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遠く冷たき陽の影よ

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モルドレッド・アーサー
ある凶行者の・三支刀

●Prequel - Brutal Wanderer -
 名も知れぬひとりの鬼が野に放たれ、季節は二度移ろった。
 獣の如き凶行者。
 時には求めるものの為に、時にはただ生きる為に……殺し、奪う。
 その暴虐を知る者は未だ少なく、だが着実に犠牲者は増えつつあった頃の事。

「一体……何なんだお前は――ぐあっ!?」

 困惑の声に返るのは無慈悲な剣閃のみ。
 その鬼は言葉を持たない。
 比喩でも何でもなく、それが|簒奪者《√能力者》としての欠落だった。

 彼は"証"を欲していた。
 しかし言葉を持たない彼に、尋ねて回るという選択肢など有る筈も無い。
 ただ超常的な野生の勘が告げるままに獲物を狙う。
 或いは強い執着に依るものか……その嗅覚の鋭さは、犠牲者にとっての不幸だろう。
 吹き飛ばされた青年へと容赦なく追撃の刃が振り下ろされ、鮮血の飛沫が上がる。

 狩られる側というのは脆い。
 ましてや鬼は生来の膂力に加え、その執着と狂気に惹かれ集まった悪しきインビジブルが更なる力を与えているのだ。
 少しでも立ち向かおうとしただけ青年は勇敢だったと言っていい。
 尤も、蛮勇と称される類の無謀だったかもしれないが。
 護衛は木っ端のように吹き飛ばされ、青年も圧倒的な力に蹂躙されるのみ。
 見下ろす銀灰の瞳は冷たく、飢餓めいた獰猛さにギラついている。

「…………」

 鬼の視線の先には"証"がある。
 ある氏族が成人の儀に用い、候補者たちが決闘を通じ奪い合うもの。

 生まれた時より無き者とされた忌み子には資格など端から与えられはしなかった。
 成人の儀など、氏族の取り決めなど知る由も無い。
 知らずとも欲した。
 己の存在を認めさせる為に必要なものを、本能が感じ取った。

 あの日、岩戸の隙間から覗き見た輝きに比べれば随分と色褪せて見えるそれは。
 奪い、集めても満たされる事は無く……
 だとしても他の術など知らない。
 足りないのならば、もっと集めればきっと。
 これでまた一つ――振り下ろされた凶刃は、しかし白銀に輝く盾に阻まれた。


「……? 声……いや、――悲鳴か……!」

 モルドレッド・アーサー(防導の騎士・h04734)が居合わせたのは偶然の事だ。
 ダンジョンの外に漏れたモンスターの討伐を終え、帰路で耳にしたのは只ならぬ悲鳴。
 すぐさま駆け付けた騎士は、あわや一人の命が絶たれる寸前に割って入る。

「ッ……そこの方、無事か?!」
「だ……駄目だ。動けない……!」

 酷い有様だ、と視線を走らせ眉を顰める。
 青年は四肢を破壊されていた。
 死屍累々と転がされた護衛と思しき面々は無造作に打ち払われたようで、
 少なくとも直ぐに動ける者は居ないだろう。

「此処からは俺が相手になろう」
「…………!」

 流れ弾を当てさせるわけにはいかない。
 旗槍を振るいモルドレッドから攻撃を仕掛ければ、鬼の狙いは騎士へと移る。

 鬼からすれば護衛は邪魔だから黙らせただけの事。
 獲物である"証"を持つ青年は逃げられぬよう弱らせたまで。
 自分を脅かす敵が現れたのなら、
 その排除が無力な獲物より優先されるのも当然の事だ。

「――しかし、何だ? この御仁は……」

 零れた疑問に返答は無い。
 見た目は√妖怪百鬼夜行の鬼に見える。
 しかし、身に纏う装いは|こちら《√ドラゴンファンタジー》のものと思しい。
 EDENのように複数の√で活動している訳でもないようだが。

「……得物は使い込まれてるというより、使い潰しているという形容の方が近そうか」

 血錆や傷みが顕著な武器は碌に手入れもされていないのだろう。
 流派や戦闘技術から素性を探るというのも難しい。
 だが、そうして観察するだけの余裕はあった。
 『力ある者は他者を護る盾となる』。
 それを責務と掲げ邁進するモルドレッドの力量は、攻め一辺倒で破れるものではない。

 相手の動きを誘導し、襲われた青年たちからはある程度引き離した。
 他者に狙いが移る心配も無いこの状況、
 守る為に磨き上げた戦技は鬼の猛攻にも揺るがぬ対処を可能とする。

「其処だ!」
「!」

 振るわれた一撃にタイミングを合わせ盾で受ける。
 邪悪なインビジブルの力を無意識に上乗せした膂力は相当のものだ。
 故に、角度を付けて弾き返す。
 鬼の手から武器が離れ、体勢を崩した。猶も止まる事無く強引に踏み込んでくる。
 盾と槍の間合いの内側。
 腕が掴まれる。

「甘いッ!」
 喉笛を狙う鬼の牙に頭突きを合わせれば、裂けた額から流れる血が顔を濡らした。
 手の力が緩んだ瞬間に振り払い盾で一撃。

「まるで獣を相手取っているようだな。だが……」

 叩き落とした武器を拾おうとするに先んじ、遠く手の届かない距離まで蹴り飛ばす。
 甲冑を着込んだ印象を裏切る機敏な動きはインファイトにも隙を作らない。
 そして、引き剝がしたなら此方の間合いだ。

「大人しくしてもらおうか」
「……!」

 翻した旗槍の穂先を鬼は身を投げ出すように掻い潜る。
 再度の追撃は下段からの切り上げに受け止められた。
 三支刀。
 転がっていたと思しきそれは元々被害者が持っていたものだろうか。
 悪足掻きだ。扱い慣れない武器で立ち向かえる程モルドレッドは甘くない。
 その筈だった。

「――ッ!」
「その場の状況を早急に理解し、適応している……優れた判断能力だ」

 まず、外に出て半年の鬼には物珍しさなどどれも同じ事。
 世間的に見ても珍しい形状の三支刀であれ、
 彼にとっては先程まで使っていた武器と大差は無い。
 使えるものを使う。
 直感、本能をもとに全て奪ったもので成立している在り方に依るものか、
 決して容易い部類ではない三支刀の扱いを彼は凄まじい速度でものにしていく。

「獣のような荒くれた直感でもあるだろうが……
 然るべき場所で教養と鍛錬を重ねれば優れた冒険者になりえただろうな」

 つい考えてしまうのは弟子を取り導いている騎士の立場ゆえだろうか。
 三支刀の独特な動きに適応していくのは鬼の側だけではない。
 多少の変数が生じれど、両者の差も容易に埋まるものではない。

 相手は一般人に害なす敵だ。
 称賛できる伸びしろはあれど、それは人々を脅かす危険性と同義。
 まして今は近くに傷ついた一般人がいる。
 弟子に『騎士の皮を被った|狂戦士《バーサーカー》』と形容される側面は
 より闘争を愉しみたいと首を擡げるが……
 優先すべきは襲われた青年の安全だと、理性で以て抑えつける。


 隙とも呼べないような――言うなれば僅かな認識のズレ。
 モルドレッドは鬼の力量を測り、戦う相手として改めて気を引き締めた。
 鬼は乱入してきた騎士を、相手取ったところで消耗するばかりだと理解した。
 "証"への執着はある。
 だが……機会は今だけではないのだ。
 無理を押して次の機会を失う方が己の望みからは遠ざかる。鬼にもその判断は出来た。

 何度目かの激突。
 反動で両者の距離が開き、鬼は手近な枝を圧し折って投げつける。
 怪力で振るわれる三支刀に比べれば脅威には程遠い攻撃だ。
 最小限の動きで払い除け、再び迫る鬼との間合いに意識を集中させる。

 変則的な三支刀の動き。
 剣に拘らず体術も織り交ぜた荒々しい戦法。
 短くも濃密な戦闘の中で見せられた鬼の"手札"が期せずして陽動となった。
 未だ刃も手足も届かない距離、不意に鬼が蹴り付けた足元から砂塵が巻き上がる。

「目潰しか……ッ」

 モルドレッドは欠落により涙を流せない。
 |涙《それ》は眼を保護する重要な生理機能の一つだ。
 こと戦闘に於いては|感傷《センチメンタリズム》より余程重大な影響を招く。

 だとしても、鬼が畳み掛けてくるなら騎士が後れを取る事は無かっただろう。
 しかし追撃は無かった。
 モルドレッドの動きが止まった瞬間、鬼は身を翻しその場から離脱を図る。

「待て……!」

 投げた声に相手が応じる筈も無い。
 鬼が逃げ去ったのは襲われていた青年たちから遠ざかる方向。
 深追いすれば此方も彼等から引き離される。
 取り逃がす事にはなるが……優先すべきは一般人の安否だ。
 砂塵を振り払う頃には、もう鬼の背は見えなくなっていた。


「生命に寄り添う熱よ、廻り――あるべき場所に還ると良い」
「う、うぅ……」

 生命の熱を増幅する√能力は生きてさえいれば10分も経たぬ間に完全回復を齎す。
 鬼に狙われた青年の傷は重かったが直に癒えるだろう。
 同じく被害に遭った護衛も、息があるなら助かる筈だ。

「もう大丈夫だ。安全な場所まで送ろう」
「済まない……恩に着る……」

 治療を施しながら、吹き抜ける風に空を仰ぐ。
 雲行きが怪しい。
 嵐の気配……天候も崩れそうだ。


 一方、その頃――追手の気配が無い事を確かめ、鬼は漸く速度を緩める。
 幾らか手傷は受けたが、強靭な生命力を脅かす程ではない。
 今回は失敗だった。
 なら、次の獲物から奪うまでだ。
 そうすれば……きっと、いつかは。

 拾った三支刀を握り締め、再び獲物を……"証"を欲して歩き出す。
 求めるものには、まだ届かない。

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