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梅の宵に、六つの杯

#√汎神解剖機関 #ノベル #バレンタイン2026

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北條・春幸
斯波・紫遠
屍累・廻
ヴェーロ・ポータル
花園・樹
尾花井・統一郎

 冬の夜気に包まれた路地の奥に、その店はある。

 暖簾をくぐれば、ふわりと出汁の香りが漂ってきた。
柔らかな灯りが古い木のカウンターを照らし、壁に並んだ一升瓶がどこかなつかしい。

 年季の入ったこの小料理屋は、斯波・紫遠(くゆる・h03007)が五年以上通う行きつけの店。今夜は六人での新年会。女将に頼み座敷を確保した。奥まった個室は八畳ほどで、いつメンが膝を突き合わせるにはちょうどいい広さだった。
 
 「随分前に話題に出てから、なかなか皆で来られなかったからな」

 一番乗りで細身の体を座に整えながら、紫遠はそう独りごちた。

 温かな大皿に盛られるおばんざい、仕入れで変わるメニューはどれも一品だし、この店はウイスキーで漬けた手作り梅酒が常連に好評なのだ。
 その話をしてからというものの、皆で集まる機会を伺って今に至るわけで。
 
 運がいいと旦那さんにも会える。今日はどうかな、と厨房を覗いてみたり。少しの間一服するかとも思ったが、今日は宴の場だ。ポケットに入れたタバコを取り出そうとして、また押し入れた。
 
 やがて、三々五々といつもの顔が揃い始めた。
 狼の耳軽く揺らし、時間より少し早めに来たのは花園・樹(ペンを剣に持ち変えて・h02439)だった。
 「斯波の行きつけのお店……梅酒が美味しいって聞いて、ずっと来てみたかったんだよね」
 小学校教師らしい優しさを滲ませる声で座布団に腰を下ろすなり、すでにメニューへ目を走らせている。定刻より少し早めに到着するところが彼らしい。
 
 続いて尾花井・統一郎(戯言を集めて囃し枯尾花・h03220)が「お邪魔いたしやすぅ」とピアスを揺らしながら丁寧に一礼して座り、落ち着いた顔立ちに金の瞳が印象的な屍累・廻(全てを見通す眼・h06317)が「話に聞いていましたが、こうして来る機会ができて嬉しいです」と穏やかに微笑みながら場所を探した。
 
 「ん?尾花井、今日はごりょんさん達はお留守番?」
 なんて声をかけながら、右足がわずかに動きにくそうな様子を見て、樹が素早く座布団の位置を調整する。統一郎はそうだと返事を返しつつ、廻は「ありがとうございます」と小さく頭を下げた。
 
 緩やかなウェーブヘアに優しげな雰囲気を纏う北條・春幸(汎神解剖機関 食用部・h01096)が「お邪魔しまーす!ずっと来てみたかったんだよ」と賑やかに入ってきたかと思えば、最後に現れたのはサラサラの銀髪を揺らす碧眼のヴェーロ・ポータル(紫炎・h02959)。静かに一礼して空いた席へ滑り込む。
 
 「こちらに来て一年、色々と食べましたが、オーセンティックな日本スタイルのお店は初めてです。あなたのチョイスなら間違いないですね、紫遠さん」
 低く落ち着いた声で言うヴェーロに、紫遠は「そう言ってもらえると嬉しいよ」と目を細めた。

 これでいつものメンツが勢揃いだ。時代を感じさせる作りの店が一気に明るくなるのは気のせいではないだろう。
 
 「今回女将さんたちに団体で予約って出来るか聞いたら根掘り葉掘り聞かれてさ」
 「ここに職場以外の人間を連れてくるのは初めてだからだと思うんだけど……」
 珍しいと思われるのは、それだけ長く通ってきた証拠でもある。
 現に今も|若い子《イケメン》たちの集まる座席を、女将だけでなく大女将までチラチラ覗いている。どちらが注文を取りに行くかで小競り合う声も聞こえてきた。
 
 飲み物の注文を取りまとめたのは樹だった。
 「まずはみんなで乾杯しようか。一杯目、何にする?」
 慣れた様子で各自の希望を確認して、妙に早く来た女将に伝える。

 紫遠は梅酒のソーダ割り、樹と統一郎と春幸はビール、
ヴェーロは迷わず「梅酒をロックで」、そして廻はサングリアを選んだ。
「ビールは少し苦手なもので」と小さく言いながら、廻は手渡されるグラスのスパイスの香りに目を細める。クリスマスにグリューワインを経験しているから、これなら飲めるとわかっていた。
 
 全員の手に飲み物が渡ったところで、樹が声を上げた。
 
 「改めて……乾杯!」
 
 グラスが触れ合う音が座敷に広がる。

 梅酒ソーダ割りの泡がほわりと弾けて、紫遠は静かに目を閉じた。いつもの一杯が、今夜は少し違う味がする。ヴェーロはウイスキーで漬けた梅酒のロックに、わずかに眉を動かして「なるほど」と小さく呟く。廻はサングリアの果実の香りに顔をほころばせた。

 最初の料理が運ばれてくると、場はさらに華やいだ。
 紫遠が事前に頼んでいたおばんざいが大皿に盛られて次々と卓へ並ぶ。
 卯の花、だし巻き卵、切り干し大根。
 それぞれ丁寧に炊かれた家庭的な味で、紫遠が「ここの料理はどれも美味しいけど、いつも食べてるのはこのあたりかな」と口にすると、統一郎が「卵焼きが綺麗な色でございやすねぇ」と目を輝かせた。
 
 「牡蠣はどうしやしょうかね。焼くのもようございやすが、蒸すのが一等旨いと思いやす!」
 「生でも焼いても蒸しても美味しいから一通り欲しいんだけど……!」
 
 樹と統一郎が声をそろえたようになり、顔を見合わせて笑う。
春幸も「牡蠣は生と焼き両方食べたいねえ」と乗っかった。では三種盛りで頼みましょうと、樹が妙に早くきた大女将に追加を伝えた。
 
 アジフライ、出汁巻き卵の追加、アボカドのチーズ焼き。
品数が増えるたびに、統一郎の目が輝いていく。彼のリクエストに合わせてフライものーーポテトも唐揚げもちゃんと注文していた。
 
 廻は料理の選択を全て他者に委ねていた。
 飲み会自体が慣れていないこともあり、「皆さんに全面的にお任せしています」と苦笑する。
その代わり、運ばれてきたものを一つひとつ丁寧に味わっている様子だった。サングリアはあっという間になくなっていた。
 
 「ふふ。ずいぶん飲むのが早いですね、廻さん」
 「あ……気づいたら」
 
 廻はいつの間にか軽くなったグラスに気づくと少し恥ずかしげに苦笑した。
水もきちんと飲むようにとグラスを差し出すヴェーロに、素直に礼を言う。
 
 一方、ヴェーロ自身は梅酒ロックをゆっくりと傾けながら、卓の全体を穏やかに見渡していた。
裏方から場を回す感覚は、飲食店を経営している身にはどうしても染みついている。瑞々しくもぽってりとした生牡蠣から香る磯の香りがしたと思えば、樹や統一郎がすでに手にとっている。成人男性の手に余る牡蠣は大きさだけでなく味の一品の様子なのは二人の顔を見ればすぐにわかった。それにしても統一郎のペースがやや速い。もう少し注文しておいた方がいいな、とすでに待機していた大女将にさりげなく追加を促した。
 
 春幸はビールを飲み干すと「じゃあ次は梅酒をロックで」と注文。
歯がいらないくらい柔らかで出汁がたっぷり染み込んだ卵を口に運びながら「うん、美味い」と人懐こい笑みで感想を述べる。
 ヴェーロも英国の味付けとは異なる、丁寧に引いた出汁の旨み溢れる日本の食べ物の美味しさに、「たまにはチートデーということに」と箸を進めていた。
 
 紫遠は梅酒ソーダ割りを一杯飲み終えたあと、ビールへと移行した。
少食で揚げ物は胃もたれしやすいため、アジフライはほんの少しだけ。小気味よい食感を楽しみつつ、口に絡む脂をビールの炭酸で流していく。そのときふと廻の様子をみて妙案を思いつく。
 「屍累くん、『種類を色々食べたい同盟』を組みませんか」
 「同盟ですか?」
 「そう、半分こすれば満腹になるまでに色々食べられると思いませんか?」
 「なるほど。喜んで協定を結びましょう」
 笑い合えば同盟締結。互いに一口ずつ分け合うことにした。おかげでカキフライの濃厚なミルク感も堪能できた。こういうとき、友がいると心強い。

⚫︎

 「そういえば、皆と知り合ってまだ一年くらいだよね」
 春幸がサクサクのアジフライを頬張りながら、ふと言った。
 
 「そうでございやすねぇ。」
 なかなか1年といっても濃厚な毎日なので、長いお付き合いのように感じやすが、と苦笑とともに統一郎が梅酒ロックを傾ける。
 「気持ち的には十年くらいつるんでる気分」と春幸が続ける。
 樹も、
 「私も意外だよ。こんなに打ち解けられると思わなかった」とグラスを置いた。

 話題は自然と、この一年の思い出へと流れていった。
 「一番印象に残っていることですか」
 と廻は少し考えてから、
 「やはり最初の鍋パーティーでしょうか。それか、皆さんと行った夏祭り、ですね」と
ほろほろした声で言った。
 「どちらも選べませんが……どれも、楽しかったです。」
 二杯目に選んだ梅酒をゆっくりと口に含みながら、廻は思い出に思考を巡らせる。

 春幸の家を大破させたことについてはさすがに申し訳ない気持ちにはなったが、あれはあれで楽しかったと思い返しているようでもあった。

 「え〜〜一番印象に残っている事は」
 なんだろう。春幸が目を細める。
 女体化したりお祭り行ったり色々あるけれど…。
 「鍋パーティかなあ。皆が狩りの所から協力してくれて、本当に嬉しかった。美味しく出来たし、皆にも喜んでもらえたし。」
 ……想定外の事態になって自宅が大破したのも、今となってはいい思い出だよ、と
さらりと言うが、その「想定外の事態」の凄まじさは当事者しかわからない。
廻が投入してしまった怪異の心臓が爆発し、大惨事になったのだ。アグレッシブ好奇心よ、なんてことしてくれたんだい。
 
 「あれで『報・連・相』の重要さを心から理解したしねえ。」
 今思えば、僕が心臓を独り占めしていたようにも視えるしね、と
春幸が笑いながらしみじみ締めようとすると、
 「鍋パはなぜか最後の方記憶がないんだけど…斯波と北條に怪異鍋食べさせられそうになったことは忘れてないからね…?!」
 樹はちゃんと忘れていなかったようだ。
 引率者としての責務を果たそうとしたのに。彼の怪異肉トラウマはこの辺りから始まったのかもしれない。

 統一郎が「なんかこう、鍋は物騒なオチになっちまいやしたけど」と
怪異肉とは関係のないベクトルから意識を刈り取られた思い出とともに酒を口へ運んでいた。とんでもない騒ぎだったけれど、今ではこうして酒の肴になれるのはこのメンツだからこそだろう。
 
 樹は梅酒のロックを二杯目に差し掛かりながら、「みんなが濃すぎていっぱいあるんだけど」と天井を仰いだ。
 
 「やっぱり斯波に服選びを頼んだら、斯波が|女性姿《しおん》で現れた上に……たまたま居合わせた他の面子にあらぬ誤解を受けて盗撮されたことかな……」
 
 遠い目になる樹に、紫遠は冷酒へと移りながら苦笑する。
 「いや、あれは驚いたよ僕も。気がついていない花園センセにも驚いたけれど」
 「自分でも思ってる……!」
 樹が頭を抱えると、場が笑いに包まれた。
 「あの時の春幸さんのアテレコもすごかったです」と廻が首を傾げた。
 「我ながらピッタリだったと思うね!最後はプロポーズでフィナーレだったし」
 「あれ?そんな話でありんしたか?」
 「春幸だけでなく廻さんも一緒に尾行していたのは驚きましたが」
 
 話はまだまだ深淵があるようだ。
 
 「あと、|訳わからない《女体化する》√に連れて行かれたこととか…。」
 
 |何かを思い出したのか《胸大きめタイトミニスーツ女性教師》樹はロックを一気にあおる。
 「なんでみんなあの状況で普通でいられるんだよ……!?」
 「…ぐっ、例の√女体化の話はッ…」

 √この話題に入った途端、いつメン達の料理を取る手が急速に鈍化した。

 |統一郎《フレンチメイド》と|紫遠《セクシースケバン》は比較的何くわぬ穏やかな表情だが、
 |廻《バブルヘッドナース》の表情は遠くなり、
 |ヴェーロ《ダイナマイトバニー》はそっと視線を逸らし、
 |春幸《ギャル幸》の眼鏡は白光する。

 己の内なる欲求を具現化させるあの√の話は心を強く保たねば。
 いや、超楽しかったけど。
 
 「…失礼」
 
 顔を赤らめて静かに立ち上がり、さりげなく離席するヴェーロ。しかし樹は気づいてしまった。
 「あ、ちょっと、ヴェーロさん!?」

 嵐が過ぎ去るまで戻ってこない予感がした。巻き添えを喰らった上に女体化してみると一番肌色多かったのが彼だ。皮肉にも大変よく似合っていた。

 統一郎が苦笑しながら「あとは、プラネタリウム行ったことでやすかね、あっし的には」と
そっと話題を切り替えた。
 「ああやって友達とお出かけして飯食って遊んでっていう経験が、なかったんで……純粋に嬉しかったでやす」と、しみじみとした顔で言う。

 友と呼べる相手がいることの貴重さはよくわかっていた。それも、こんなに。
月食の再現映像ももちろん素晴らしかったけど、|みんなで《・・・・》寝転んで同じ天を見上げるという行為がとても楽しかった。
 
 樹が「完全に職業病が出てたよね、あれ」と苦笑すれば、春幸が「花園君の解説が一番わかりやすかったけどね」とフォローする。紫遠も「みんなと同じ天を見上げるっていうの、なんか良かったな」と、しみじみとした顔を見せた。ワクワク引率モードだったセンセも面白かったし、と統一郎はからりと笑みを見せた。

 廻も「夏祭りも、私にとっては初めての経験で」と頷いた。
 各々の浴衣姿が見られたのも新鮮な思い出だ。今年の夏も同じ浴衣を使おうか、紫遠と春幸のお揃いになっていた金魚を思い出せば、自分も合わせてみようかと思案したり。
 祭りといえば|色々なもの《・・・・・》が集まる。視えるものも視えざるものも。
 心から楽しめたのは、友と一緒だったからなのだ。

 嵐が通り過ぎた頃、ヴェーロが静かに戻ってきた。頬の赤みも引いているようだ。
 女体化の話になればもう帰ってこない予感のした五人は
 離席には何も触れず「おかえり」と各々声をかけた。
 白く長い指がグラスを持ち上げて梅酒のロックを口をつける。
 
 「この一年は、本当にあっという間でしたね。……友と呼べる人がいることは、特別なことです」
 普段は表情の読みにくいヴェーロが、酒と場の雰囲気のせいか、こころなしほぐれて見えた。
自然と笑みが零れている。その様子で、いつものメンツにはヴェーロが楽しんでいることがよく伝わっていた。
 
 「じゃあ、次は熟成梅酒を頂けますか」とヴェーロがすでにスタンバイしていた女将に声をかける。
 ちなみに、裏でこっそり勃発しているオーダー対決は2対2で引き分けの様子だ。
 
 運ばれた甘露からは唇に絡むとろりとした感触と共に香りが解け、鼻腔から胸いっぱいに梅花を咲かせてくる。喉壁に酒精が甘えるように触れて旨みを広げる。
 「梅酒に詳しいわけではありませんが、これはおいしいですね。」
 紫遠は何も言わず、嬉しそうに杯を傾けた。
 
 廻がほろほろとした表情で、
 「ふふっ、改めて。今年もよろしくお願いします。去年は、かなり濃厚でしたからね。もしかすると、今年はグレードアップもあるかもしれませんね?」と微笑む。
 「それは……勘弁してほしいような気もするけど」
 樹が笑いながらも、どこかで楽しみにしているような顔をしていた。

⚫︎

 いつの間にかアジフライも、卵焼きも、牡蠣を乗せていた皿は空となり、
心地よい静寂が皆を包み出す。
 微睡むようなこの時間を惜しむように、酒を開けるスピードも緩やかとなった頃。
 誰かが何かを言うわけでもない。ただ、同じ灯りの下で同じ時間を過ごしているだけで、それが心地よかった。こういう間が持てるようになったのも、この一年の積み重ねだろう。卓の上には空のグラスと、小さく揺れる行燈の影が残っている。

 「そういえば、〆のデザートはチョコ!」

 春幸が突然思い出したように鞄を探り始めた。
 「友チョコってやつだね。僕も皆に作って持ってきた」
 取り出したのはブラウニーだった。
 一人ひとりにラップで包まれた焦げ茶色の包みが渡される。
 樹だけがびく、と肩を振るわせた。
 よく知る友だからこそ警戒すべきことがあるのだ。その様子に春幸が吹き出す。
 
 「花園君、大丈夫。怪異入ってない、普通のブラウニーだから。ビター系だから酒にも合うよ」
 
 その言葉に、樹が「……本当に……??」と目を細めた。
 夏祭りで怪異食を盛られてぶっ倒れた記憶が、鮮明によみがえる。
 「本当に普通のブラウニー。一応味見もした」
 春幸が明るく言い切ると、樹は恐る恐るゆっくりと一口齧った。
 しっとりとして、ビターな甘さが酒とよく合う。
 「……美味しい」
 安堵とともに本音が出た。
 
 廻も「私も、ささやかですが」と紙袋を取り出した。
六人分、同じラッピングの小箱を配る。中身は惑星チョコだった。銀河をイメージした小さな|瞬き《ラメ》が封じられていて、食べるのが勿体無いほどの美しさだ。
 「√EDENで買ったものなので、怪異なんて入っていません。なので、樹さんはご安心を。」
 樹が「ありがとう……(じっくり確認)」と受け取る様子に、場が笑いに包まれた。

 統一郎は「あっしからも」と、丁寧に包まれた箱を配った。
ごりょんさんといとさんに手伝ってもらって選んだ、ショコラティエのチョコレートだ。女性センスが効いて、デザインから美しい。
二人とも五人へのチョコレート探しはたいそう楽しかったらしく、あれでもないこれでもないと考えてくれたようだ。
 「北條さんが怪異関係ない食べ物を作るとは珍しいでございやすな」と言いながら、
統一郎は春幸のブラウニーをひとつ口に入れた。
 ホロリと口の中で崩れるブラウニーはカカオとナッツの味わいが溶け合ってとても美味しい。よく考えれば春幸の持ってくる|お菓子《チップスとか》は美味しいのだが。怪異に絡んでないと安心というスパイスも混ざる気がした。
 「美味しゅうございやす!」

 樹は洋菓子店のトリュフを各人に手渡しながら、
「味は私が保証する。……怪異、入ってないから」と念を押した。先生、普通は入りません。

 ヴェーロが静かに取り出したのは、英国のダークチョコレートだった。
 「先程春幸が言っていたウィスキーの梅酒とのペアリングも、合うと思いますよ」
 ウイスキーと梅の組み合わせはバーテンダーといえどあまり試したことがない。
想像の範囲を出ないままペアリングを考えたが、ウイスキーとチョコレートはもとより相性がいい。プラムの香りを想像しながら選んだチョコレートだった。

 そして紫遠が、「実は女将さんたちにお願いして、チョコレート味のにごり酒を取り寄せてもらいました」と
小瓶を六本、卓に並べた。
 チョコレートのイラストが可愛らしいラベルは一見するとお酒だとわからないほど。
 わあ!と場が一気に沸く。
 
 「お試しサイズだけど、甘くて美味しいから。お家で楽しんで」
 「これだけたくさんありますし、読書のお供に食べようかと」
 
 六人分のチョコレートはいま、五人からのチョコレートとお酒となって返ってきている。
 廻は愛しげに荷物を撫でた。
 
 ほろ酔いで表情が柔らかくなった六人の間で
ヴェーロのダークチョコレートと、女将さんがお土産とは別に開けてくれたにごり酒の組み合わせが回覧されて、「これは合いますね」「確かに」と静かな感嘆が広がった。

 「せっかくだから、これで最後にもう一杯乾杯しませんか」と
廻が小瓶を持ち上げた。
 六つのにごり酒が卓の上で揃い、チョコレートの甘さを舌に残したまま、今度は静かに、もう一度グラスを合わせた。

⚫︎

 帰り際、暖簾をくぐりながら春幸が「梅酒、お土産に売ってもらえるか聞いてくる!」と踵を返した。
 「前に飲んで気がついたらなくなってた」と言いながら。大女将がすっ飛んできて、持ち帰り用の梅酒の瓶を大量に押し付けようとするのをみんなで笑いながら遠慮して、なんとか1本だけにする。
 
 六人がのんびりと路地へ出れば、ひんやりした夜気が温まった体を撫でる。
 家路に帰るのだとわかればなんだか心細くもなる、宴の後のちょっとした寂寥に包まれる。

 統一郎が「今年もよろしゅうおねがいいたしやすね」と軽くお辞儀をする。
 
 「あっしがバイトしてる本屋の常連さんたちという関係でやすが、バイトのあっしにも親しくしていただいて感謝感謝でございやす」

 樹が「こちらこそ。……また何かに巻き込まれそうだけど」と苦笑した。
 「巻き込まれる、というより」
 ヴェーロが静かに言う。
 「共に、何かがある、ということではないですか」
 廻がそれを聞いて、「ふふ」と小さく笑った。
 
 この一年の全部が、笑い話で済んでしまうのは、この面子だからこそだ。
 今年もきっとそう。
 闇鍋があるのか、風変わりな√に巻き込まれてしまうのか、それはまだわからないけれど。
 誰からともなく、小さな笑いが漏れた。言葉にしなくても、同じことを思っているのが伝わってきた。

 じゃあ、と誰からともなく手を振り合った。
 梅酒の小瓶をそれぞれの鞄に入れて、六人は夜の街へと散っていった。
 次に会うのは古書店か、紫遠の家か、それとも…。
 いずれにしても今宵はよく眠れそうだ。6つの杯を合わせた賑やかなひと時を思い出しながら、夜は更けていくのだった。

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