シナリオ

福娘、神の庭を駆け抜けて

#√マスクド・ヒーロー #デザイアモンスター #魔法少女現象 #お待たせしました、受付中です #5月12日(火)8時30分締切

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 #√マスクド・ヒーロー
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 #5月12日(火)8時30分締切

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 ーー嘘、うそ、ウソ……ッ!!

 少女は石畳の上をひた走る。表大門を潜り抜け、天秤カーブの異名を持つ、南宮神社前の急カーブを転ばずに右折して。

 ーー気付いた時には、彼女は勝手知ったる道を辿っていた。
 直線コースの脇の置き物の神馬は、巫女服を思わせる可憐な衣装を纏った少女の疾走をただだただ見守るばかり。
 彼女の後を追う黒く澱んだ怪異たちを止める力など、有りはしない。
 突き当たりを左に曲がれば、突如として視界の中心に現れるのは巨大なクスノキ……通称『審判の楠』だ。
 この楠が、いったい何人の韋駄天たちを屠ってきた事か。
 だが、快速の巫女の頭に、このコースは嫌というほど叩き込まれている。
 数多の参詣者によって踏み磨かれた石畳の上、僅かに減速し、巧みなコーナリングでクスノキを回避すれば、後続の怪物たちは天罰覿面。
 参道の死角にある審判の楠の太い幹を揺らす程の勢いで激突し、動かなくなった。

 だが、快哉を叫ぶまでもなく、彼女は魔物のカーブと呼ばれる直角カーブに足を取られ掛けながら曲がり切る。

(ーー宮司さんでも、禰宜さんでも……権禰宜さんでもいい! 誰か、大人に伝えなきゃ……!)

 フク、と友人たちから呼ばれる少女は、息を切らせながら。
 そして無力感に涙を流しながら、えびす坂を駆け上がる。

 ーー私のともだちが、怪物に襲われて……目の前で怪物に変わっちゃった……!
 ーーごめん、ごめんね……! 何もできなくて……!

 自分に彼女たちを救う力がない以上、大人に助けを求めるのも、未成年としては当然の判断であろう。
 そして何より。福を授けてくれる神様にも、友だちが元に戻るよう願いたかったのかもしれない。
 あの真冬の未明であれば、この230mを駆け抜けた者を受け止める職員がいるのだが。
 果たして、今日も運良く人影があったのである。
 社殿前に飛び込んだフクを、紫色の袴を穿いた人影がしっかと受け止めた。

(ーー権宮司さん! 運がよか……あ……)

 ーーだが。
 安心も束の間、彼女は衣服だけを見て判断したことを後悔する。
 その姿は、彼女を追っていた怪物たちと同じだったのだから。

「ーーあ"……逃ゲ、な、サ……イ……」

 飛び込んだフクを受け止めた紫の袴を纏った怪物は、言葉と裏腹に、触手の寄り集まったかの様な腕で、彼女の身を捕えてしまった。

(ーーそんな。私、福娘に、なったのに……)

 怪物が犇く社殿に、新たな魔法少女が絶望に嗚咽する声と、希望を啜り尽くす音が響き。
 ーーやがて、消えた。


「みんな、緊急の案件にゃ! |魔法少女現象《プエラマギカ・フェノメノン》が、また起きたのにゃ!
 新しい魔法少女さんが、デザイアモンスターに追いかけられてるのにゃ!」

 慌てて飛び込んできた半人半妖の猫耳の魔女、瀬堀・秋沙の口から飛び出した言葉に、居合わせた√能力者たちも即座に臨戦態勢を取った。
 今、全国各地で『魔法少女現象』と、それに伴うデザイアモンスターの大量発生が頻発している。
 今回も、その数ある事件の内の一つなのであろう。

「場所は、√マスクドヒーローの兵庫県西宮市、西宮神社にゃ!」

 ーー西宮神社。

 正確な由緒こそ不明ではあるが、平安時代には開かれていたという説もある歴史ある神社であり、商売繁盛の神として名高い『|えびす大神《えべっさん》』を祀る総本社である。
 この神社で特に有名なのは、1月10日の早朝に行われる『走り詣り』……またの名を『福男選び』であろう。
 神社の開門と同時に、逸早く御参りをしたいという血気盛んな者たちが境内を駆け抜け、『一番福』を目指す、という風習である。
 この『一番福』となった者はその年の『福男』として、幸福を振り撒く存在になるのだという。

「今回、『フク』って呼ばれてる女の子が狙われてるんだけどにゃ? この子、とっても足が速いのにゃ!
 男のひとたちに混じって、三番福を取っちゃったくらいの俊足にゃ!」

 この福男選びは、開門時に最前列の中央に近ければ近いほど有利になるのだが、事故の発生を未然に防ぐため、籤引きによる抽選でスタート位置が決まるのである。
 さらに待ち受けるのは、滑りやすい石畳やコースに聳える楠などの障害物。
 これらによって先頭を突っ走っていた健脚自慢が脱落するというドラマも珍しくはない。
 つまりフクは、幸運と健脚を兼ね備えているという事にもなるのだが、今回ばかりは運に恵まれなかったらしい。

「デザイアモンスターが、人や武器に欲望のオーラを注ぐことで、新しくて強力なデザイアモンスターを増やすことは知ってるかにゃ?
 その√能力のせいで、フクちゃんのおともだちたちと、神社のひとたちまでデザイアモンスターにされちゃったみたいなのにゃ!」

 俄かに、√能力者たちの緊迫の度合いが一段増す。
 【ヒュプノシス・デザイア】という√能力により、一般人までデザイアモンスターにされたとなれば、実質的な人質だ。
 さらに唯の人質ではない。硬度強化と暗黒による攻撃能力を得た、通常個体よりも強力な怪物に仕上がっているのである。

「√能力だから、術者を倒せば回復すると思うけど……。
 できれば、おともだちや神社のひとたちも助けてあげてほしいにゃ!」

 恐らくは、敵は√能力を発動した一体、未発動の一体、そして元人間の一体のスリーマンセルを組んでいる筈であるという。
 まずは本殿付近にいる神職や巫女たちであったはずのデザイアモンスターたちを無力化、救出し、それ以外の怪物を撃退してほしい。
 【ヒュプノシス・デザイア】の効果は、あくまで『意思を抑え付けて術者の為に戦わせようとする事ができる』、である。
 元人間たちには、皆の声が届くこともあるだろう。

「そこから先は、星が不鮮明なんだけどにゃ?
 きっと、フクちゃんのおともだちたちを救出する時にも、同じ方法が通用するはずにゃ!
 大変な事件になっちゃってるけど、みんなならフクちゃんも、デザイアモンスターにされちゃったひとたちも助けられるはずにゃ!
 事件が無事に終わったら……『福男、福娘』選びの真似っこもできるかもにゃ!
 フクちゃんを助けて、駆けっこして、交友を深めてほしいにゃ!」

 子猫は皆が無事に帰って来られるよう、べっかりと灯台のような笑みを浮かべると。
 魔法少女と無辜の一般人を救出するべく、現場に急行する者たちの背を見送るのであった。

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第1章 集団戦 『デザイアモンスター』


 ――処は√マスクド・ヒーロー、兵庫県西宮市。

 この中枢中核市に位置づけられる都市に鎮座する西宮神社は、七福神の一柱である恵比寿神を祀り、漁業や商売繁盛にご利益があるとして大きな信仰を集める神社である。
 特に、1月10日を中心に行われる『十日えびす』は関西最大級の祭典ともいわれ、その参拝者数は100万人を超えるという。
 その十日えびすにて併せて行われるのが、神社の開門と共に5千人の走力自慢たちが本殿への一番乗りを目指して230mを駆け抜けるという福男選びである。
 観音開きの門の中央という好位置を得るための籤引きは完全に運であり、天運に見放され門よりも遥か後方に位置取らねばならぬ者の方が圧倒的大多数。
 しかし、例え運に見放されようが凄まじい熱気に魅了され、遠方より走り詣りに訪れる者も多いという。

 ――しかし。4万2千㎡もの広大な敷地を持つ都会のオアシス、その本殿。
 神の庭は今や、希望を喰らう欲望の怪物が蔓延り徘徊する万魔殿と化していた。
 その中には紫や緋色の袴を穿いた者も見え、それこそがデザイアモンスターの√能力によって新たなる漆黒の怪物に変えられてしまった、哀れな神職達であろう。
 彼らは触手を束ねたが如き腕を揺らし、表大門より本殿に追い立てられてくる新たに覚醒した魔法少女を今か今かと待ち受けている。

 ――だが。三番福の韋駄天が到着するよりも早く。
 EDENの√能力者がデザイアモンスターたちを強襲するのが先であった。
 彼らは福娘が本殿に到着するよりも早く怪物たちを駆逐、或いは救助すべく。
 各々が戦闘行動を開始する――!
洛・咬月

「あん?」

 |洛・咬月《ルオ・ヤオユエ》(|牙婆洛《ヤー・ポールオ》・h12497)が、いつもの路地を抜けた先。
 そこは朱塗りの柱に、銅葺き屋根が三つ並んだような特徴的な建築様式を持つ西宮神社の社殿が、其処にはあった。

「……何処だよ、ここ」

 胡乱な目で辺りを見回す咬月だが、彼女の生活圏にこの様な景色はなく、記憶の内にも見当たらない。
 まして、この見知らぬ建築物の中を徘徊するデザイアモンスターの姿に心当たりなどあろう筈も無い。
 想定外の魔法少女ならざる闖入者の出現に、我先にと襲い掛かる怪物たちの姿を認め。
 この地に迷い込んだ武侠は、口の中のキャンディを噛み砕いた。

「いつまにか|妖魔《・・》のテリトリーになってやがる。これだから下層は、よっと」

 水色の袴を穿いた怪物が無造作に振るった、触手の寄り集まった様な腕を受け流し。
 きゅる、と調伏した妖魔が成った赤い靴で石畳を鳴らし繰り出すのは、練り込んだ気を爪先に集中した槍の様に鋭い|逆撃《カウンター》の蹴りである。
 それを腹部に真面に受けた袴を穿いた怪物はもんどりを打って倒れるが。

 ――ただの|妖魔《ザコ》にしては、どうにも硬ぇ。

 その手応えの鈍さ、立ち上がりの鈍さ。そして、怪物が呻くように口にする『言葉』に、咬月は訝しげに藍の眼を細めた。
 不可解な点はあるが、この頑健な怪物は斃さねばならぬ。
 ならば弱点を探り、突破の手立てを得るべく『観察』するが定石であろう。

「さて、弱点は……あ?」

 彼女は眼に気を集め、水色袴のデザイアモンスターを霊視すると。
 得られた結果に、思わず眉根を寄せた。

「あ?おいおいこいつ人間かよ、めんどくせぇなぁ。他は……違ぇな?」

 ――そう。
 彼女に蹴り飛ばされた袴の怪物は、【ヒュプノシス・デザイア】によりデザイアモンスター化させられた一般人である。
 この|妖魔《・・》の周囲にいる残り2体は|違う《・・》ようであるが、何とも面倒なことになったものだ。

 さて、この洛・咬月という人物。見ての通りぶっきらぼうである。
 ――斬れるなら斬る。斬れないなら、斬れる形に崩すだけ。
 そう口にする程に、剣の腕に秀でた武侠である。
 しかし、その一方で……困ってる者がいれば、己に言い訳しながらも助けるという、侠客としての優しさを併せ持っていた。
 故に、見捨てられず、救う手立てを講じなければならぬからこそ、『面倒臭い』。
 そして、それを実行できるだけの力があるからには、実行に移さねば気が済まぬのが彼女という人間なのだ。

「逃、ゲ……げげゲげ……」

 女武侠に逃げるように促しながら、言葉とはあべこべに繰り出される暗黒を纏った触手。
 これを咬月は身を低くして滑る様に掻い潜り、懐に飛び込み。
 白衣の上より押し当てるのは己の掌。

「じっとしとけ。今、元にもどしてやるから、よ!」

 ――ずん、と。石畳が、揺れた。
 視える者が視たならば、怪物の背より漆黒の影が弾き飛ばされたのを確かに見たであろう。
 そう、咬月が寸勁の如く|妖魔《・・》の内に叩き込んだのは、破魔と破邪の気である。
 そして、内から押し出されたのは『ヒュプノシス・デザイア』により注ぎ込まれた欲望のオーラ。
 デザイアモンスター化させるという、このオーラが抜けたなら対象はどうなるか。

「……っし、うまくいったな」

 そう、結果は一目瞭然。成功である。
 咬月の思惑通り、石畳の上には水色袴の神職が気を失って倒れていたのだから。
 √能力に頼らず、己の類稀な気功の能力、そして破魔と破邪の力を活かした彼女らしい解決方法であると言ってよいであろう。
 かくして、一番の難問は解決された。残るは一般人を戦に巻き込んだ、不埒者たちのみである。

「さぁて。一番硬かったのが、さっきの奴だろ?
 ……人間を化け物に変えるなんて、洒落臭ぇ真似しやがって。
 ――めんどくせぇ一手間をくれた落とし前、付けさせてやるよ」

 ふ、と。咬月の姿が漆黒の怪物たちの前から音もなく消え。
 気付いた時にはさくりと武侠剣がデザイアモンスターの内の1体の身を潜り、怪物の肉体はずるりとずれて、その上半身が石畳の上に転がった。
 面倒臭さから解き放たれた彼女の動きの違いを、|妖魔《・・》は果たして理解出来たであろうか。
 いいや、理解したところで結果はどのみち変わらぬ。
 未だにここを√仙術サイバーと誤認したままの女侠客を目掛けて振るわれた腕が、鉄壁の硬気功を纏った左掌で受け流される。
 がら空きと成ったその胴に、深々と突き立てられるは月を喰らう朔牙の刃。

「こいつで……仕舞いだ!」

 |牙婆洛《ヤー・ポールオ》の荒れ狂うエネルギーが|妖魔《・・》の内を満たし。
 その汚らわしい漆黒の肉体を内側から爆散させたのであった。

ラディール・メイソン・らでぃーる・めいそん
シルヴィア・ノーチェイサー

 西宮神社と、本殿に蔓延るデザイアモンスターを巡る戦い、その緒戦。
 強襲を仕掛けたEDENの√能力者の1人により、星詠みの読み通りに【ヒュプノシス・デザイア】によって|欲望の怪物《デザイアモンスター》と化した|神社関係者《一般人》を元の人間に戻し、救出できる事が判明した。
 で、あるならば。各々が為すべき事を為せば、新たに魔法少女に目覚めたフクが、知己を喪って悲しむであろう未来は避けられるという事に他ならない。
 この成果に√能力者たちは益々士気を高め、望まぬ醜い姿へと変えられた神職たちを救い、この神の庭を穢す怪物を討ち果たすべく攻勢を強めてゆく。


「なるほど。速さが売りの方を速さで上回らなければならないと。
 ……燃えてきましたね」

 シルヴィア・ノーチェイサー(人として・h09162)は、この事件が無事に終結した暁に見るであろう光景を既に脳裏に思い描いているのであろうか。
 その涼やかな瑠璃の瞳に闘志を漲らせる様に、ラディール・メイソン・らでぃーる・めいそん(サティー・リドナーの元Ankerの「天使」・h06597)は頼もしさを覚えたようである。
 事実、多くの実戦経験を経たシルヴィアの実力はEDENの√能力者の中では指折りのものであり、この現場でも踏んできた場数が大いに活かされる事であろう。
 味方にした時、これ程心強い者はそうは居るまい。

「さて、先ずは【ヒュプノシス·デザイア】のルート能力を消去するのが先決みたいだ。
 デザイアモンスターに強制的に変化させられた神職、それに巫女さんとかもいると思うから救助するよ!」」

 ラディールは大きく息を吐き、作戦を最良の形で遂行するために現場の状況を改めて確認する。
 彼とシルヴィアの出現に気付き、迫ってくるデザイアモンスターは6体。その内2体は緋袴を穿いている。
 つまり、あのデザイアモンスターは望まぬ姿に変質させられた一般人……要救助者たる巫女であろう。

「デザイアモンスターの√能力で怪物と化した存在は、硬度強化と暗黒による攻撃能力を得ると聞きます。
 通常の個体より強化されているために一筋縄ではいかないでしょうが……裏を返せば、彼女たちを救いさえすれば後は有象無象という事」

 不敵に笑いながら愛用の|弩砲《バリスタ》が如き『エアリアル』を折り畳み、『オフィーリア』と銘打たれた蒼銀に輝く剣を構える√ウォーゾーンの女戦士の見立てに狂いは無く。天使の少年は首を縦に振る事で同意を示す。

「わタし、なんデ……ほしイ。キ望ガ、ホし……イ」
「た、たス……けけケケケケけけけけ」

 助けと、欲望。意に沿い、或いは意に反して伸ばされた緋袴の怪物の腕をそれぞれに躱しつつ。
 恵比寿神の御前にて。2人の√能力者たちが巫女に似合わぬ欲を祓うべく、中盤戦の火蓋を切る。


「ボクの√能力なら、祓えます!」

 ラディールの言葉の意図を、戦火の絶えぬ√ウォーゾーンにて生き抜いてきたシルヴィアは瞬時に察した。
 ならば、彼が|巫女《デザイアモンスター》に接敵する隙を作る事が目下の仕事となるであろう。

「久しぶりに、『普通に』戦ってみましょうか」

 蒼銀の剣に亜k是を纏い、地を擦らんばかりに身を低く。
 燕の如く駆け出し様に手に握り込むは、神社に無尽蔵に転がる……そう、玉砂利である。
 その礫を2発、抜き撃ちの如く放てば。

「「あァ”……ッ!?」」

 額に直撃を受けた緋袴のデザイアモンスターたちが怯み、仰け反った。
 何せ、弩による狙撃を得意とする彼女である。普段の得物と異なる印地打ちといえども、弾道を予測し急所を射抜くなど容易い事であろう。
 その硬直した身目掛け、風の様な体捌きと共に【臨機応変】に閃くは、風精霊の力に加えて破邪の力を乗せた『オフィーリア』。

「その欲望のオーラ、祓いきれずとも……揺らぎを与えるには、十分でしょう」

 ――√能力にまで昇華された彼女の戦闘勘は、一度に複数の敵を相手取る事を可能にする。
 水に揺蕩う乙女の如く、儚くも美しい煌めきが硬化したデザイアモンスターの表皮を切り裂く。
 断つには至らぬが、それでよい。シルヴィアは緋袴の怪物を殺しに来たのではない。救いに来たのだから。
 そして、体表に表れたダメージ以上に、流し込まれた破邪の力は巫女たちのデザイアモンスター化の原因となった欲望のオーラと肉体との接続を大いに揺るがせ、その漆黒の躯体をよろめかせた。
 ――さあ、御膳立ては、整った。

「今です。祓ってください!」

 シルヴィアの闇の如きマントの向こうから、右拳を握り締めて飛び込むのは、ラディール。
 ここまで万全の体勢に仕立てられたなら、最早この一撃、外しようがない。
 込めるはありとあらゆる√能力を無効化し砕き割る、『最強』の名を冠する√能力……その類型。

「――目前の超常力を、無力化せよ……!」
 ――【|不可思議無効《フカシギムコウ》】

 緋袴のデザイアモンスター2体への、2連続のタッチダウン。
 【ヒュプノシス・デザイア】も√能力なれば、その結果は言わずもがな。

「あ、れ……? 私、私……もとに、戻ってる……? ありがとう、ありがとう、ございます……!」
「ああ、あああああ……よかった、よかったよぅ……! 私、もう、黒い何かに塗り潰されて、あのままかもって……!」

 怪物に注ぎ込まれた欲望より解き放たれた2人の巫女が奇跡の生還にその瞳を兎のように真っ赤にして、その場にへたり込んでいた。
 女性たちが人間に戻った姿を認めながらも、√能力者たちに一息つく暇はない。残る4体のデザイアモンスターは健在なのだから。
 ――だが。
 先にシルヴィアが口にした通り、残るデザイアモンスターは『デザイアモンスター化』した巫女たちに強さで劣る。
 ならば、後は油断なく討ち果たしてやるのみだ。

「2人はボクの後ろに。必ず守ってみせますから」

 迫ってきたデザイアモンスターの頭を自慢の格闘術で蹴り砕きながら、ラディールは巫女たちが狂乱せぬよう、落ち着かせるように声を掛けながら護衛に陣取り。
 あらゆる後顧の憂いを断ったシルヴィアは風の様に残る3体の間を駆け回り、瞬く間に斬り伏せてゆく。

「……実は、ずっと使ってきた射撃武器達よりも、こちらの方が身体に早く馴染むのですよね。
 ――別に武道を嗜んできた訳ではないのですが。不思議です」

 その様な知能があったかはわからぬが、怪異化した人間を盾にするという姑息な手段を取っただけあって、実に手応えも無く他愛の無いものである。
 ともすれば、弩弓剣を操る時よりも『楽』であったようにも思うが……
 血振るいし、剣を納めながら抱いた彼女自身の疑念について、いつか晴れる時は来るのであろうか。

「この場はオールクリア、だね。……フクさんも此方に走って来たら、疲れているだろうし……。
 給水用の水を飲んで、落ち着く時間があればいいんだけど」

 そして、救出した2人の巫女を守りながら、天使の少年は碧い目を本殿の向こうに通ずる石畳に向ける。
 さて、韋駄天の魔法少女が必死に走っているのは、果たしてどのあたりであろう。
 いずれにせよ、この|本殿《ゴール》に飛び込む時は、そう遠くは無い筈だ。
 その瞬間を恙無く迎えるためにも、ラディールはフクを迎える準備を整え。シルヴィアは残敵の掃討へと向かうのであった。

小明見・結

 デザイアモンスターの√能力【ヒュプノシス・デザイア】によって欲望の怪物へと変えられてしまった西宮神社の神職たちは、√能力者たちの活躍により徐々に元の人間の姿を取り戻しつつある。
 しかし未だなお残存する怪物たちもまた、ただただやられているわけではない。
 √能力者たちを自分たちを討滅しうる脅威として認識したのであろう。
 あろう事か袴を穿いたデザイアモンスターをまるで盾にするように隊列を組み、闖入者へと迫ってゆく。

「人を襲うだけじゃなく、無理やり戦わせるなんて……」

 果たして、この怪物たちに自我があるのかはわからぬが。
 その非道にして陰湿なやり口に、温厚な性質を持つ|小明見・結《こあすみ・ゆい》(もう一度その手を掴むまで・h00177)も、憤りを隠さない。
 ヒュプノシス・デザイアによってデザイアモンスター化した存在は、暗黒による攻撃能力を与えられた上で耐久力も増し、その意思を抑え付けた上で術者の為に戦わされる事となる。
 そして、予知の中では、この本殿に飛び込んだフクをデザイアモンスター化した神職が受け止め、そして命を奪った様であるが……福男、或いは福娘に選ばれた者は、その後一年『福を招く者』として神社の祭事に同席するという習わしである。
 故に、この神職もフクの事をよくよく見知っていたであろう。その彼女を、己の意思に反して殺めねばならなかった時の、互いの無念は想像するに余りある。

「――なんとかして、すぐに助けないと」

 故に、予知された未来を迎えさせるわけにはいかない。今ならば、その予知を覆す事だってできるのだから。
 この場を強襲した他の√能力者たちと同じように、結もまたデザイアモンスター化した人物を『救出』する事に迷いはなかった。

(√能力による変化だったら、同じ√能力で治せるかもしれない)

 消えた友を探す心優しい魔術師は、自身の周囲に風の精霊を侍らせ。
 望まぬ戦いを強いられた、無辜の命を救うために策を巡らせる。


 さて、デザイアモンスター化した人間の特定は容易い。
 何せ、人間だった頃の名残として袴を穿いているのだから、その他のデザイアモンスターと誤認する心配は薄いだろう。
 そして、結の眼前に迫っていたデザイアモンスターの群れの先頭も、巫女であった事を示す緋色の袴を纏っている。

(少しの間だけ、我慢していて頂戴。必ず、あなたを助けて見せるから)

 触手を束ねたような腕を前に突き出しながら、か細く泣く様な呻き声を上げて暗黒の弾を撃ち出してくる敵。
 魔術師は風の精霊を操り、この怪物を極力傷付かぬ様に鎌鼬を放って牽制する。
 そして接近を妨げながら様子を窺っている内に、『彼女』の救出の手掛かりを得ていた。

(相手の√能力は意思を抑えつけるものだったと思うけど……それも限界があるのかもしれない)

 そう、予知の中でも、そしてこの場でも。
 怪物に姿を変えられた神職たちは、それでもフクに『逃げなさい』と促したり、√能力者たちに助けを求めたりと、自我を抑え付けられながらも微かに己の意識が残されている気配がある。

(彼らの強い思いを引き出すことで、抵抗できるようになるかもしれないわ)

 結は積極的に祓う力こそ持たないが、外部から与えられた状態異常を『元に戻す』能力……【忘れようとする力】ならば、その身に備わっている。
 この方法ならば、変えられてしまった人物を傷つけることなく治せる可能性もある筈だ。
 なればこそ、その効果を最大限に発揮させるため結は声を張り上げた。

「フクさんがこちらに向かっているわ! 助けを求めて、こちらに向かっているの!」
「……あ、ァ”……? ……フく、ちゃ……ン……?」

 緋袴の怪物が発した呻き声の中に、確かな反応が見えた。間違いない、状態異常からの回復の兆しが見え、そして魔術師の声は『彼女』に届いている。
 しかし、欲望のオーラに操られた脚は止まらない。『彼女』の背後に隠れたデザイアモンスターに操られているが故に、止まりたくても止まれないのだ。

「ごメ……ごめメメめ……ん、なさイ……アし、とまラな、イ……」
「聞こえているのね? なら抗って、イメージして。
 この神社で過ごしてきた、いつものあなたの姿を。あなたの守りたいものを……!」
「……う、ン……!」

 その時。結の呼び掛けに応じて、緋袴のデザイアモンスターが動きを止めて|頷いた《・・・》。
 己の意思を抑え付けられているにも関わらず、僅かの間でも『彼女』の強い意思が欲望のオーラを上回ったのである。
 だが、忘れようとする力が状態異常を完全に治すまでは、10分を要する。結は、それよりも早い『解放』を試みた。
 狙いは操られたデザイアモンスターの背後……姑息にも、自身が操る怪物を盾にしている漆黒のモンスターだ。

「これ以上、彼女を無理矢理戦わせることは許さない。
 ――……精霊さんたち、お願い!」

 まさか自分の操り人形が、刹那の間でも己のコントロールから外れるとは思ってもいなかったのであろう。
 油断していた2体の怪物は、『盾』を回り込んできた風の精霊に対し、反応が遅れた。
 逃れる事の叶わぬ、不可視の風の刃。これが人質を失った漆黒の怪物を包み込み、その汚らわしい肉体を微塵に斬り裂いてゆく。

「……術者を討てば元に戻るなら、これで彼女も元に戻っているはず、よね?」

 遺された僅かな漆黒の塵も、風の精霊に吹き祓われたならば。魔術師の微かな不安の声色も、ともに吹き散らされた。
 術者の死と共に欲望のオーラから解き放たれ、元の肉体を取り戻した一人の巫女が、その場に横たわっているのを認めたためだ。

「よく頑張ったわね。元に戻ってくれて、ありがとう」

 結は作戦が首尾よく運んだことに、ほっとひと息吐くと。
 柔らかな笑顔とともに元の姿を取り戻した巫女に駆け寄り、無事に保護したのであった。

白藤・ラキラ

 |魔法少女現象《プエラマギカ・フェノメノン》により新たに覚醒した魔法少女『フク』と、彼女を待ち伏せして捕えんと西宮神社の本殿に現れたデザイアモンスター。
 そして、この漆黒の怪物たちの√能力により、同じく|欲望の怪物《デザイアモンスター》と化した、巫女や神職たち。
 この無辜の一般人を怪物化する事で人質にし、フクの希望をも啜らんとする怪物たちの姑息な企みも、強襲したEDENの√能力者たちの活躍により、潰えかけている。
 
「福男や招福大マグロの奉納でおなじみ西宮神社か、わたしも一度訪れてみたかったんだよね!
 こんな機会じゃないとよかったけどね!」

 この本殿強襲戦を完全勝利で終わらせるべく現れたのは、如何にも健康を絵に描いた様な小麦色の肌を持つ√能力者であった。
 |白藤《しらふじ》・ラキラ(健康的ていねい型吸血鬼・h12879)は、『西宮神社と言えば』という要素を列挙して、太陽の様に快活に笑い。
 紫色の袴を纏った怪物を先頭にした漆黒の怪物の群れを認めると、金の瞳で敵を見据え、気を引き締めた。
 なるほど、元は高位の神職であろう『彼』を【ヒュプノシス・デザイア】によって強化し、その意思を抑え付けて無理矢理操り、ラキラと戦わせようというのであろう。
 ほぼ全ての一般人たちが解放されたこの期に及んでも、怪物たちはこの卑劣なる戦い方を変えるつもりは無いようであった。

「……よし! 神社に平穏を取り戻すためにも、フクちゃんのためにも頑張る」

 この戦いが初陣となる彼女は、緊張する心を追い払うべくぱしりと両頬を叩き、気合を入れた。
 他の√能力者たちだってそれぞれに工夫を凝らし、一般人を欲望のオーラから解放してみせたのだ。ならば、自身にもやれぬ筈がないだろう。
 活気に満ちた社に奉仕する者を救い、美しい神の庭を取り戻すべく。ラキラはこの困難な状況に、果敢に立ち向かってゆく。


(まず、デザイアモンスターに変身させられた人たちを救助したいな)

 純白のヴァンパイアマントを翻し、紫袴のデザイアモンスターが接近する事は許さじと放つ暗黒の弾丸を躱しながら、ラキラは神職を解放する手立てを練る。
 現状で採り得る戦術のひとつは、一般人に掛けられている√能力の効果を何らかの手段で解除する。
 そしてもう一つは、【ヒュプノシス・デザイア】を発動した術者を先に斃してしまう、と。大まかに分けて2通りだ。
 ――さて、このうちどちらを取るのが『ラキラにとって』の正解か。
 後者はどちらが術者を見極めるか困難であろうし、袴のデザイアモンスターを操り、盾にも攻撃役にも利用してくるであろう。ならば、可能な限り前者を取りたい。
 純白の衣を纏った吸血鬼は、己が使える『手札』を頭の中で並べ。そして、ひとつの確実な救出の手段を思い描いた。

(ヒュプノシス・デザイアは√能力だから、ルートブレイカーで解除できないかな?)

 ――【ルートブレイカー】

 あらゆる√能力の効果を無効化する、最強の呼び声高き√能力である。成程、これならばデザイアモンスターの√能力の効果を破却し、神職を元の姿に戻す事も可能であろう。
 何より他の√能力者も、類似した√能力を用いる事で欲望のオーラを祓う事に成功しているのだ。
 切り札は既に、彼女の手の中にある。――ならば、後は。

(どうやって、この右手を当てるか、だよね……!)

 先に語った、ルートブレイカーの如き√能力を用いた能力者は、仲間と連携する事で強化されたデザイアモンスターの懐に飛び込む事に成功した。
 しかし、ラキラは今、ひとりである。仲間に助力は請えぬ。
 初陣の彼女が、単独でこれを為さねばならぬのである。

「……ヨけ、けけけケケ……ナサい……!」
「くっ……!」

 紫袴のデザイアモンスターの警告と共に放たれた暗黒の弾丸が、ラキラを掠めてゆく。
 迷っている時間はない。このままいけば、3体掛かりで圧し潰される。
 そして――仲間は確かにいない。だが、『独り』ではない。
 彼女はこの状況を打破するべく、己と共に在る者に|希《こいねが》う。

「零れた一滴が、やがて芽吹きを呼ぶのなら。あなたが在れば園となり、世界は鉢となる!」
 ――【|護霊護緑戦《グリーン・グリーン》】

 小麦色の吸血鬼の|願い《√能力》に応えて姿を現したのは、超古代より√EDENを守護してきた強大なインビジブルが一柱。
 じょうろ様な姿をした護霊、『メデルリウス』である。
 一人では接近する事は難しかった。しかし、1人と1体ならば!

「メデルリウス、かち上げで隙を作って!
 わたしや同行者の人が危なくなったら、回復もお願いね!」

 じょうろの如き姿をした護霊は頷く様に身を傾けると、ノズルを低く構え。
 まるで闘争心に満ちたサイの様に、一直線にデザイアモンスターの群れ目掛けて猛進してゆく。

(さっき、あのデザイアモンスターは確かに『逃げなさい』って言った……!
 ――なら、わたしの声も届く筈!)

 そして、ラキラは先の紫衣の怪物の声から、まだ『彼』に自我が残されている事を把握していた。
 デザイアモンスターの√能力が、対象の意思を抑え付けて無理矢理従わせるものだとしても。
 『彼』の心が生きているならば、呼び掛け続ける事で希望を与え、もしかすれば何らかの効果も得られるはずだ。
 彼女はメデルリウスに追走しながら、群れの先頭に在る怪物に向けて語り掛ける。

「わたしは『西宮のえべっさん』のお祭り、これからも続いてほしいよ……!」
「……!!」

 関西随一の祭事。昨年の縁に感謝し、そして新たな1年の商売繁盛を願う者たちが大きな熊手を抱えて参道を歩き。
 豊漁を願って奉納された大マグロには、硬貨やら紙幣やらが貼り付けられ。
 そして血気盛んな者たちが本殿へと走り詣る、この西宮神社を舞台とした賑わいの数々。

「福男選びの様子をテレビで見て『今年も正月を迎えたなあ!』の気持ちになるとこ、あるでしょ?
 『いや、今年の福男速すぎでしょ』って微笑む時間が幸せなんだよね」

 兵庫県から離れた、愛知県の西三河地域でのびのびと生きてきた彼女のもとにも、テレビなどを通してその賑わいは届いていた。
 その様な世界を美しく彩る楽しい祭事が催されるこの神の庭で、知己が殺し合うという悲劇など、あってはならないのだ。

 欲望の怪物が放った暗黒弾をメデルリウスがノズルで弾き飛ばしながら肉薄し。
 触手を束ねたが如き醜く変異した腕をかち上げて作り上げた、がら空きの胴という確かな隙。
 純白の衣を纏った小麦色の吸血鬼は、護霊が作り上げた絶好機を逃さず、遂に此処に飛び込む事に成功する。

「――そういう伝統、続いてほしいんだよね。もちろんフクちゃんも助け出す!」
「――エえ、つヅケねバ。……お手間を取らせますが、宜しくお願い致します」

 紫衣のデザイアモンスターはラキラの金の瞳を『視』ると。
 刹那の間、欲望の怪物に注ぎ込まれたオーラによるコントロールを振り切り。
 まるで、禊ぎ祓いを待つかの如く、頭を垂れた。

「うん! まかせて! ……いっくよー!!」

 太陽の様な笑顔と共に、怪物のサイケデリックな輝きを放つ胸に押し当てられるは、吸血鬼の右掌。
 その手を通して注ぎ込まれるのは、『√能力』であるならば如何なる奇跡を引き起こす力であろうとも破壊せしめ、神聖なる場を守る者を縛る軛を微塵に破砕する|鬼札《ジョーカー》たる力。

 ――【ルートブレイカー】

 この力を受けた『彼』の内から、黒い靄の様な欲望のオーラが祓われ、消えてゆく。
 後に残されたのは、元の高位の神職であることを示す紫の袴を穿いた一人の男性だ。

「うまくいってよかった……! じゃあ、仕上げにもうあと一仕事だ!」

 ラキラとメデルリウスは即座に彼を守る様に、残るデザイアモンスターたちの前に立ちはだかると。
 これまでの鬱憤を晴らす様に、姑息なる怪物たちに猛攻を加えてゆく。

「これじゃ福じゃなくて、不幸でしょ。
 きっと、ここに祀られたえびすさまもそう思ってるんじゃないかな。
 ――だから。不幸の素であるあなたたちは、絶対に許さない」

 最大戦力である、欲望のオーラを注ぎ込んだ|人間《手駒》を全て失ったデザイアモンスター。
 彼らが壊滅し、悉く本殿から姿を消すまで、さして時間は懸からなかった。


 本殿のデザイアモンスターへの強襲を見事に成功させ、怪物たちを一掃した√能力者たちのもとに、石畳の上を駆ける足音が近付いてくる。

「大丈夫? ……受け止められそう?」

 ラキラは傍らの紫袴の神職を気遣うように視線を向けたが、彼は苦笑いを浮かべながら首を左右に振った。

「全速力で走り込んでくる彼女を受け止めようとすれば、私まで一緒に飛んでいってしまうでしょう。
 ……私の代わりに、あの子を受け止めてくれますか」
「えっ、いいの!?」

 ラキラはそう言って瞳を輝かせて快諾すると、恵まれた体躯を活かすべく、門の内側に仁王立ちした。
 その視界に飛び込んできたのは、最後の難関たる鋭角のカーブを曲がり切る、巫女服の様でありながら、走り易いデザインに仕立てられた衣装を身に纏った少女の姿。

「――……あっ!!!?」

 あの冬の日とは異なりスロープの無い石段に足を取られ掛け、バランスを崩しながら駆け込んできた魔法少女が転倒するよりも早く。
 ラキラは小麦色の両腕でしっかりと抱き留めて。

「今日はあなたが一番福だよ。もう大丈夫、よくがんばったね!」

 大きく肩で息をするフクが安心できるよう、柔らかな笑みを見せてやるのであった。

第2章 集団戦 『デザイアモンスター』


「受け止めてくれて、ありがとうございます……!」

 EDENの√能力者に受け止められ、転倒を免れた韋駄天の魔法少女『フク』は、千早の様な袖を揺らして頭を下げた。
 巫女服の様な意匠をもつ装束は、清楚かつ神聖な気配を纏いながらも俊足の彼女が走り易い様にデザインされているようである。
 息を整えた彼女は、安心したのも束の間。何故ここに駆け込んできたのかを思い出す。

「私のともだちたちが、怪物に……! 真っ黒な、怪物になってしまったんです!
 それで、私、どうにもできなくて……!」
「ええ、事情は把握しています。……私たちも、つい先ほどまで『|怪物《そう》』でしたから」

 縋る様な眼差しで√能力者を見詰める彼女を宥める様に穏やかな声を掛けたのは、紫の袴を穿いた神職だ。
 彼は社殿の向こうにフクを追ってきたデザイアモンスターたちの姿を認めると、時間が無い事を悟る。

「時間がないようですね。とにかく、フクさん。私たちは彼等に救われました。
 彼らは『怪物』を元に戻す方法を知っています。
 ですから……彼らを信じ、彼らが怪我無く、そしてあなたの友人たちが元の姿を取り戻せるよう、祈りなさい。
 ――あなたは『福娘』なのですから」

 『それ以上に出来る事は無い』と言外に述べた神職の言葉に、今までの事態で痛いほど状況を理解していたであろうフクは、素直に従い。

「何も出来ないのは、歯がゆいけれど……!
 私のともだちたちを、助けて下さい! お願いします……!」

 両手を合わせて祈った彼女に、√能力者たちはそれぞれに頷き。
 恐らくはブレザーの様な制服を身に纏っているのが、彼女の『ともだち』がデザイアモンスターたちの√能力を受けて怪物化させられてしまった者であろう。
 3体1組で社殿に突入してきたデザイアモンスターたちを迎え撃ち、救うべきを救うため。
 福娘の祈りを背に、√能力者たちは西宮神社での連戦に挑む!
ラディール・メイソン・らでぃーる・めいそん
洛・咬月

(妖魔を祓ったということはあいつら√能力者も同業か?)

 未だに此の地を√仙術サイバー、そしてデザイアモンスターたちを彼の地に蔓延る妖魔と勘違いしている|洛・咬月《ルオ・ヤオユエ》(|牙婆洛《ヤー・ポールオ》・h12497)は、愛剣たる『朔牙』を肩に担いで辺りを見回した。
 神職たちは咬月たちの邪魔にならぬ様、自発的に退避し。そして『|同業者《√能力者》』たちは、今にも社殿に突入して来んとしている妖魔たちへの迎撃態勢を整えている。

(――ま、事情は後で聞けばいい。
 護衛対象らしい、あの『フク』とやらを守ればいいわけだな)

 何れにせよ、先ずは天に祈りを捧げる様に手を合わせている、巫女を思わせる魔法少女を守り抜けばよい。
 武侠の少女は、欲望のままに駆け込んでくる漆黒の怪物たちを鋭く睨め付けた。

(フクさんは無事にこちらに合流したし、あとは【ヒュプノシス・デザイア】で怪物化した友達を救助して……そして、デザイアモンスターを全滅させるだけだね)

 ラディール・メイソン・らでぃーる・めいそん(サティー・リドナーの元Ankerの「天使」・h06597)もまた、デザイアモンスターたちに素早く視線を走らせ、その姿を確認する。

(今度はこちらが向かえ撃つ立場。元々が学生だった子たちは、元の制服で判別出来るね)

 敵の数は6体。その内、先頭を切って……いや、最前線に押し上げられている2名が、フクの『ともだち』たちであろう。
 きっと彼女たちにも、自身の右手に宿る『破魔』の力は役に立つはずだ。
 ラディールは『使いどころ』を見定めつつ、デザイアモンスターたちとの戦いに挑む。


 祈りとは、時として思わぬ効果を生み出すものである。
 それは暗示による士気の高揚であったり、『偶然』の産物であると言う者もいるだろう。

「さて……ん?」

 しかし、己が身への違和感に眉を顰めた少女の身に起きた変化は、決して偶然ではなく。
 洛・咬月という人物が、この地に訪れたという……きっと、『必然』の縁によって紡がれたものだったのだ。

「な、なんだ? 何が、どうなってやがる?」

 如何なる敵にも恐れず斬り込むであろう女武侠が、この様に戸惑いの声を上げる姿を見た者は、そうはいないであろう。

(――これ、私の時と同じ……!)

 心当たりのある『フク』は、咬月の身より迸る膨大な『希望』の力……。
 この『現象』を、彼女は身を以て知っている。何故ならつい先ほど、経験したばかりなのだから。

 ――そう、これは。【|魔法少女現象《プエラマギカ・フェノメノン》】である。
 
 発生した|渦を巻く光気功の奔流《変身バンク》は武侠を包み込み、彼女が携えた真の侠客が持つという『朔牙』を愛らしいステッキに変え。
 彼女の肢体を覆う中華風の服、その上から羽織る武骨なジャケットが一転、見る者の心を華やがせる、少女らしい愛らしさを感じさせるデザインの装束へと変化させてゆく。
 この動きのない隙に、デザイアモンスターたちは彼女を狙い撃てばよいだろう。しかし、|妖魔《デザイアモンスター》たちはたじろぎ、それが出来ない。
 何故なら咬月を中心に周囲に放たれる|破魔・破邪・浄化《変身バンクのお約束》の光が、悪しき欲望の魔物を寄せ付けないのである。
 むしろ、その隙を狙い撃たれたのは、漆黒の怪物たちの側であった。

「――隙だらけだよ。目前の超常力を、無力化せよ」
 ――【|不可思議無効《フカシギムコウ》】

 そう。ラディールの、あらゆる√能力を破砕する右掌が制服を着たデザイアモンスターたちに触れたためである。
 最早、人の身を取り戻した彼女たちを盾にする事は叶うまい。ならば、諸共命を奪わんと突き出される触手を束ねた汚らわしき両腕の接近を、『羅紗天使砲』から放たれた光が阻む。
 この牽制に対する一瞬の歩の緩みが、この場の勝敗を分けた。

「……あー……とりあえず残った妖魔を片付け……って、剣が|杖《ステッキ》になってやがる」

 主の姿の変化に対して空気を読んだか、石畳を踏めば星が散る様な愛くるしい意匠に変化した妖魔製の靴。
 新たなる魔法少女は、何とも言えぬ表情で、しかし鍛え抜かれた縮地の如き体捌きで軽やかに踏み込み。
 浮かべるは魔法少女らしからぬ、獰猛な笑み。

「ま、剣気纏えば斬れるから、仔細はないな」

 人質を取らねば戦えぬ様な敵を斬り捨てるに、一拍の間も要らぬ。
 ステッキから放たれた光気功の刃が、壱、弐、参と閃けば。
 ずるり、ずる、ずるりと漆黒の怪物たちは浄化の魔刃に耐えること能わず、欲望のオーラを穿き散らしながら黒塵と消え。
 あまりの早業に状況を把握できない妖魔の頭に、聖歌とともに突き付けられるのは、ラディールの左手に融合装着された砲だ。

「零距離なら、外れようがないよね?」

 欲望の怪物の回答を待つまでも無く。その醜い頭を天の光が吹き飛ばした。


「なんだよ、まだまだお代わりが来んのかよ。
 ……ったく、面倒くせぇな」

 魔法少女の装束から戻れなくなった咬月が、杖と化した愛剣で軽く肩を叩く。
 彼女が見遣る先には、フクだけでなく、新たに魔法少女に覚醒した女武侠までも狙って来たであろう妖魔たちまで押し寄せてくる姿が見えている。

「ま、此処まで乗った船だ。相手してやるよ。……だけど、踊り子には手を触れないでください、ってな!」

 武侠の希望を啜らんと突っ込んできたデザイアモンスターの顔面を|朔牙《ステッキ》で殴り倒す、その背後で。ラディールは福娘に語り掛ける。

「フクさんは、彼女の様にまだ満足に魔法少女としては戦えない。
 でもどうか、この戦いを安全な距離から目を反らすことなく、恐れず観察してほしいな。
 今後、あなたが覚醒して立ち向かう、過酷な運命に立ち向かうためにも!」

 天使の少年の力強い言葉に、韋駄天の少女はしっかりと頷いた。

小明見・結
シルヴィア・ノーチェイサー

 境内より社殿に侵入したデザイアモンスターの群れ。その内の先頭……醜い姿に不釣り合いな、女子制服を纏った怪物を視界に捉え。
 シルヴィア・ノーチェイサー(人として・h09162)は嘆息とともに眉根を寄せた。

「ああ。あれが、ご友人……」

 そう。つい先ほどEDENの√能力者たちによって保護された、魔法少女の『フク』。
 『福娘』たる彼女がこの西宮神社に駆け込む事となった切っ掛けは、この制服を着たデザイアモンスターたち……【ヒュプノシス・デザイア】の欲望のオーラをその身に受けた事により、デザイアモンスター化してしまった友人たちを救う手立てを探すためであった。
 この事件が星詠みの予知に掛かった今、その見立ては正しいものとなった。
 結果として、友人たちも『人間』としての姿を取り戻す者が出始めているのだから。

「フクさんに声をかけてもらえれば、友達の動きを止めてもらうこともできるんだろうけれど……あまりそればかりに頼るわけにもいかないわよね。
 今の姿に向き合わせるのは少し酷だわ」

 先の戦いでの事例を思い起こしながら、|小明見・結《こあすみ・ゆい》(もう一度その手を掴むまで・h00177)は皆に福がある様にと祈る韋駄天の魔法少女を気遣う。
 社殿に蔓延る欲望の怪物たちを討滅した際、デザイアモンスター化した神職たちには√能力者たちの『声』が届いていた。
 さもありなん、怪物たちの√能力は『意思を抑え付けて、術者の為に戦わせようとする事ができる』に留まる。
 『欲望』に侵されながらも、完全なる操り人形になる訳ではないのだ。友人たちにもフクの声は届くであろうが……結は、突然の事件の連続に動揺しているであろう彼女の心の傷を、少しでも和らげることを選んだ。

「取り戻さねばなりませんね、人としての生を」

 結の言葉の意図を察しながら、シルヴィアは弩砲の如き剣『エアリアル』を構えた。
 ほぼ戦闘機械群に制圧された√ウォーゾーンに於いては、生きるためには人間性を喪い、人道に非ざる手段を取らねばならない状況も多々訪れる。
 その中で、『人間としての在り方』を模索しながら生き延びて来た彼女にとって、理不尽に『人』である事を奪われた者たちを捨て置く事など出来る筈も無い。
 故に、その理不尽を齎した怪物たちに対する、蒼銀の射手の戦意は旺盛だ。

「――普段とは意味が少し違いますが、結果は同じものです」
「ええ。一刻も早く助け出して、元の日常に返してあげましょう」

 救うべきを救い、討つべきを討つべく。
 2人の風使いは互いに頷き合い、欲望の怪物たちの迎撃に移る。


 デザイアモンスターの群れとの連戦。つまり、結とシルヴィアにはこの怪物たちとの実戦で得た『情報』という、この戦いを優位に進める上での大きなアドバンテージがある。

(彼らは√能力により、攻撃だけでなく引き寄せと蘇生を使います。ならば、どうするか)
(【欲望のオーラ】には一定の効果範囲があるみたいね。なら、私がやるべきことは)

 現場で実際に見、相対し。そして星詠みの予知で得た、敵が使用する√能力の『情報』を加えたならば。
 風使いたちの頭の中に、各々が打つべき手はおのずと見えてくる。

「復活の余地を与えぬよう継続的に叩く。それに尽きます。
 ――風よ踊れ、アレグレット!」
 ――【|風妖精の悪戯《ダンシングシルフィード》】

「精霊さんに、デザイアモンスターを遠ざけてもらいましょう。
 ――距離ができれば、友達も元に戻る筈だから。お願い」
 ――【大鎌鼬】

 俄かに結が操る風精霊が巻き起こす竜巻が、制服を纏った怪物を群れから遠ざけんと荒れ狂い。
 その風に乗り、シルヴィアの弩砲から乱れ撃たれた弾丸がデザイアモンスターたちに殺到する。
 それは敵陣の只中に着弾すれば大風と化して、漆黒の怪物たちを社殿外へと吹き飛ばしてゆく。
 ――すべては魔術師が思い描いた作戦の通りに。
 
(境内の人たちは皆が保護してくれているし、向こうの一番の目的であるフクさんはここにいる。
 今なら遠くに追いやっても、近くに居た誰かが襲われるなんて可能性も低いはず)

 そう。星詠みの予知の中に、他の参拝者たちは見られなかった。ならば、彼女たち2人の風の合わせ技で吹き飛ばしても、2次被害は起こり得ないだろう。
 そして、何よりも。デザイアモンスターたちは何故、群れで行動していたか。それは【ヒュプノシス・デザイア】が、一定範囲内でしか効果を及ぼす事が出来ないからに他ならない。
 制服のデザイアモンスターが群れから切り離されたならば、完全なる解放は難しくても、意のままに操る事は困難となるであろう。
 だが。遠ざけただけでは、いずれ術者にコントロールを取り戻されてしまうであろう。
 吹き飛ばされた怪物たちは寄り集まり、融合し。その欲望のオーラの効果範囲を広めんと、巨大化しているところだ。
 ――その思惑を挫くために、蒼銀の剣を抜いた彼女がいる。

「――ノーチェイサーさん!」
「ええ、十分な距離です。手早く片付けてしまいましょう」

 空間ごと引き寄せられるならば、己から飛び込んでやる。
 そう言わんばかりに、シルヴィアは巨大化した怪物目掛け、疾風の如く社殿から躍り出した。
 敵を弾き飛ばすために利用した彼女の|魔弾《√能力》の効果範囲内に、結が使役する風精霊が境内を満たす清らかな風を運んできたならば。
 神気を帯びた酸素が彼女の体内を巡り、30兆を超える体細胞たちが一斉に奮い立つ。
 如何なる激しい動きをしようとも、今ならば。

「人である事。その掛け替えのない在り様を、無為に奪う者。
 ――……その汚らわしい欲望も、これまでです」

 アイスブルーの瞳に巨体を収め、止まって見える愚鈍な巨腕を掻い潜り。
 次いで破邪の力を込めて放たれるは、目にも止まらぬ無数の剣戟。
 それは敵の邪なる肉体をまるで砂山の如く、跡形もなく微塵に切り崩し。復活の暇を与える事も無く、その命脈を完全に断った。

「辛い経験をさせてしまったわね。でも、戻って来てくれて、ありがとう。
 ――こんな事の後だけれど、ゆっくりお話ししましょう」

 結の温かみのある笑みと、せめて少しでも落ち着いて貰おうと差し出された菓子が、制服を着た『怪物』から元の幼さを残す顔立ちに戻った『少女』たちを迎えるのであった。

白藤・ラキラ

「受け止められてよかった! 身体がでっかくて幸いした……!」

 先の戦闘で初陣を果たし、駆け込んできた福娘を受け止めるという大役を務めた|白藤《しらふじ》・ラキラ(健康的ていねい型吸血鬼・h12879)は、西宮神社に所縁する韋駄天の魔法少女『フク』を見遣ると大らかな笑顔を浮かべた。
 小麦色の肌を持つ彼女は身長180㎝を超える上、がっしりとした印象を与える、見てわかる通りの健康体である。
 駆けこんできた魔法少女に吹き飛ばされなかった事からも、その恵まれた体格と安定感が窺えるというものだ。

「フクちゃん、危ないから物陰で見守っててね」
「わかりました! ……お姉さんも、お気を付けて……!」

 安全な場所に退避する魔法少女の声援を受けたラキラは、その声に応える様に向日葵のような大きな笑みを浮かべると、まるでエンジンに火を入れるかの如く、ぐるんぐるんと大きく肩を回した。
 今、門の向こうに姿を見せたデザイアモンスターの一団。これが魔法少女を追ってきた怪物たちの内の、最後の集団であろう。
 これを片付けたならば、この西宮神社で発生した|魔法少女現象《プエラマギカ・フェノメノン》に引き寄せられた者たちは全て討ち果たし、フクの安全の確保に成功したこととなる。
 ともなれば、この西宮神社で行われる祭事の数々を愛するラキラも、十二分に気合が入ろうというものだ。

「さ、福娘の祈りのパワーで百人力だ!
 彼女のともだちの救助も、はりきっていくぞ!」

 どっしりと大地に根を下ろすかの如く、太陽の様な吸血鬼は強く石畳を踏み締めて。
 この神々の庭を荒らす害ある者たちを駆除し、囚われた者たちの欲望のオーラを掃き清めるため。
 彼女はこの戦いに終止符を打つべく、棕櫚の箒を構えるのであった。


(さっきとやるべき事は変わらない。
 【ヒュプノシス・デザイア】で変異させられた人には【ルートブレイカー】が有効な事が確認出来ているんだから、これをブレザーの『子』に当てる事を念頭に作戦を組み立てるだけだね。
 それと、対集団戦。敵に背中を見せない様に立ち回りたいところ!)

 一度の実戦は、百の訓練に勝るものだ。
 先の初陣では、体格のみならず精神的にも安定した彼女をも多少は緊張させたのだが。
 一度の戦闘を経て、敵が何者であり、何を以て対処するかが明確であるならば、丹田で呼吸をするだけで集中出来ようというものだ。

「もう一度力を貸してくれる? メデルリウス!」

 ラキラは先の戦闘でも犀の如く雄々しく暴れ回った、如雨露のような姿をした護霊『メデルリウス』を【|護霊護緑戦《グリーン・グリーン》】にて呼び出すと。
 メデルリウスは主の意図をそれで酌んだのか、サイがそうするかのように如雨露の注ぎ口を低く構え。彼女の後背を守る様に陣取った。

「わたしや他の参加者の方の体力がもたなそうだったら、回復も忘れず! こまめに、注意深くね!」

 彼の背中にかけられた言葉も、恐らくは聞こえている事であろう。
 これで万が一敵に回り込まれようともメデルリウスのフォローが望めるのだ、数の不利は戦い方でカバーできよう。
 だが、デザイアモンスターにとっても後が無い以上、小麦色の肌を持つ吸血鬼に襲い掛かる攻撃は苛烈を極める。
 それをメデルリウスと前後を入れ替わりながらカバーし合う事で、ラキラはダメージを最小限に抑えながら、じりじりと群れとの距離を詰めてゆく。

「大丈夫、攻撃は全部弾いてやるっ! あなたにわたしを傷付ける様なこと、させないんだから!」

 ぎこちない動作で腕を突き出した、ブレザーの『怪物』たち。
 『彼女』たちの腕から放たれた暗黒弾を棕櫚の箒でいなし、弾くと、ラキラは怪物によって抑え付けられた心に届くよう、再び声を張り上げた。

「フクちゃんが、あなたたちを待ってるよ! 一緒に帰ろう!」

 ――その声に。
 2人の攻撃の手が、止んだ。背後のデザイアモンスターたちの腹のサイケデリックな輝きが一層増すが、ブレザーを着た『彼女』たちは、その輝きを拒み全身を錆び付かせたかの如く、動きを鈍らせたのである。

「かエれる、ノ……? わたシシシシシたち、もとニ、ももモドれる、の……?」
「かかカカカえり、たい……ふクちゃんトいっしョに、かえリリリたたイよゥ……!」

 明らかな『言葉』を口にした『怪物』たちの頭に輝く複数の眼から、涙がこぼれ落ちていた。
 訳も分からぬままに希望と元の姿を奪われていた中、彼女たちにとって、ラキラの言葉は大きな希望となったに違いない。
 そして、フクの友人たちが希望を胸に、欲望のオーラに抵抗するならば。
 その『灯火』を絶やさぬよう、願いに応えんとするのが、この吸血鬼である。
 彼女は褐色の貌に力強い笑みを浮かべると、最後の一歩……拳の間合いに、遂に踏み込み。

「全員で笑って帰るぞ! 家に帰るまでが『おまいり』だからね!」

 少女たちが元の『笑顔』を取り戻せるようにと、願いを込め。
 全ての√能力の効果を破壊する褐色の右掌が、『彼女』たちに優しく触れる事に成功したのであった。

 ――【ルートブレイカー】

 手応えは一瞬。だが、『触れた』のならば、確実に効果を発揮するのがこの√能力である。
 今まで欲望のオーラの虜であったのが、まるで悪い夢であったとでもいうかの様に。 『少女』たちは、双眸から涙を流し、腕を突き出した格好のまま、固まっていた。

「あ、ああ、あああああ……戻ってる……私たち、元に……もとに、戻ってる……!!」
「怖かった……! すっごく怖かった……!」

 2人が呆けていたのも束の間。
 お互いの顔に触れ合い、涙ながらに抱き合う少女たちを庇いながら、ラキラは渾身の力を以て棕櫚の箒をデザイアモンスターの頭に叩き込む。
 大地に鍬を入れるかの如く振り下ろされた柄を真面に喰らった怪物は、その頭蓋をぐしゃりとひしゃげさせ、石畳の上に転がった。

「まず、一体」

 その亡骸を見下ろし、次いで残る敵を見遣る小麦色の吸血鬼の眼差しは、フクたち少女たちに向けたひだまりのような温かさを持つものではなく。
 この事件の元凶たる者たちを灼き殺さんばかりの、強い怒りに燃えている。

「フクちゃんや、神職さんたち、そしてこの子たち……
 何も悪くないみんなに、よくもこうまで恐ろしい思いをさせてくれたな?
 ――もう、二度と悪さが出来ない様に、ぼっこぼこにしてやる!」

 メデルリウスに少女たちの守りを任せ、繰り出されるのは槍のような突きに、陽光の輝きを纏った神速の拳。
 最高戦力にして、盾。更には人質でもあった少女たちを喪った今。
 【クレイヴィング・ダークネス】で回復する時間を稼ごうにも、ラキラとメデルリウスの猛攻を耐え凌ぐ術は、最早残されていなかった。
 彼女が口にした言葉が現実のものとなり、全てのデザイアモンスターがこの西宮神社という神域から消滅するまで、そう時間は懸からなかったのであった。


「ケガはないかな? 自分の足で歩けるかな?」
「は、はい。大丈夫です、歩けます!」

 己より頭一個分以上は背の高いラキラを見上げながら、少女たちは負傷が無い事を示す様に、各々が軽くジャンプしたりストレッチをしたりして、無事を証明してゆく。
 やがては忘れようとする力により、怪物に変えられたという恐ろしい記憶ごと、この事件を忘れて元の日常へと帰ってゆくのであろう。
 この様な心の傷にも成り得る体験など、持ち越さないに越したことはないのである。
 それを確認し安心したラキラは、太陽の様に笑って一言。

「なら、よし!」

 こうして、新たなる魔法少女『フク』の覚醒に伴い発生した、デザイアモンスターの群れとの戦闘は。
 EDENの√能力者たちの活躍により、1人として民間人の犠牲者を出さぬまま、無事に終わりを告げたのだった。

第3章 日常 『秘密基地見学!』


 西宮神社で発生した|魔法少女現象《プエラマギカ・フェノメノン》は無事に終わった。
 『フク』を狙って襲撃してきたデザイアモンスターたちは殲滅され、【ヒュプノシス・デザイア】によって変異させられた者たちも人間の姿を取り戻すという、これ以上ない大戦果である。
 さて、事件が解決したからには、EDENの√能力者たちがここに留まる理由も無いのだが……。

「折角、西宮神社に来たんですから、皆さんも『開門神事』を体感していきませんか?」

 魔法少女に目覚めたばかりの韋駄天の提案が、この地に√能力者を留まらせる事となったのである。


「さて、皆さん! 走り詣りの決まりごとについて、もう一度説明しますね!」

 東鳥居でストレッチをしながら、改めてフクが十日えびすにて行われる祭事についての説明する。
 ――西宮神社の『開門神事』。
 詳細については省くが、境内の約230mを一気に駆け抜け、最も早く本殿で待つ神職に受け止められたものが『福男』となる催しである。
 そう、『一番最初に辿り着いた者』ではなく、『受け止めて貰う』ことによってはじめてゴールであるので、走り詣りに行き、そして一番福が狙える好位置に入られた際にはくれぐれもご留意頂きたい。
 今回は神社の厚意により、特別にこの『開門神事』を再現する事となった訳であるが……。

「もちろん、私も走りますよ! 皆さんに福を届ける自慢の脚、お見せします!」

 見ての通り、この『フク』もすっかりやる気である。地元の消防士や陸上部などに混じって、三番福の『福娘』となったのがこの少女だ。
 √能力者ではないがコースを知り尽くした彼女のこと、結果はどうなるかわからない。
 そして、走らずとも応援をしたり、走り終えた『フク』と話す時間もあるだろう。
 デザイアモンスターという脅威を排除した今、交流する時間は幾らでもある。
 今後の彼女の『魔法少女』としての在り方、Ankerや√能力者に覚醒した場合についてのアドバイスなどを行う事も出来る筈だ。

 さて、『一番福』を目指す者たちの走る準備も整ったようだ。
 人払いは済んでいるとはいえ、流石に門を閉じる訳にはいかなかったため、門は開け放たれているのだが。
 競争に興じる者たちが横一列に並び、走り出す合図を今か今かと待っている。

「それでは、|開門《かいもーん》!!」

 そして、救い出した巫女たちの号令とともに。
 √能力者たちと魔法少女は本殿に向けて、一斉に石畳の上を駆け出したのであった。

※Caution!
1.『開門神事』はMS側で参加者様に『フク』を交えてダイスを振らせて頂き、順位を決めさせて戴きます。
2.『開門神事』に参加しない場合、『フク』との交流がメインとなります。
3.『フク』をAnkerとして迎えたい場合、プレイングの頭に【福娘】とご記入ください。
  複数の希望者様がいらっしゃった場合、第1章、第2章での交流からお迎えいただく方を決めさせて戴き、エピローグにて発表させていただきます。
4.『フク』はニックネームです。『福娘』という要素を大切にして頂けるのであれば、名前は迎えて下さった方にお任せします。
白藤・ラキラ
洛・咬月
ラディール・メイソン・らでぃーる・めいそん
小明見・結

 ――さて。時は、『開門神事』を模した駆けっこを始める前に遡る。

「さて……これ、どうすれば戻るんだ?」

  |洛・咬月《ルオ・ヤオユエ》(|牙婆洛《ヤー・ポールオ》・h12497)は変わり果てた自身の姿を見下ろし、途方に暮れていた。
 と、いうのもだ。この西宮神社に迷い込んだ彼女は、『フク』の祈りを後押しにデザイアモンスターたちと戦っていた最中、なんと自身までもが|魔法少女現象《プエラマギカ・フェノメノン》の当事者となってしまったのだ。
 お陰で、彼女が纏っていた服は『喰月の剣』と謳われた彼女の異名に対して随分と愛らしい、『魔法少女』然とした意匠に変化し。
 そしてその変身を解除できぬまま、今に至る。

「まさか、ずっとこのままじゃねぇよな?」

 このまま帰って知り合いに見られでもしたら、どの様な反応を返される事であろうか。
 やはり、武侠としてのイメージを守るためにも、早々に元の姿に戻る方法を探し出す必要があるだろう。決して気恥ずかしいとか、そういう理由ではない。
 とくれば、手掛かりとして思い当たるのは共に戦った者たちの姿である。

(まぁ、こういうのは知ってそうな奴に聞くのが一番か。あっちの同業に……)

 少なくとも、|妖魔《デザイアモンスター》に詳しい様子の者もいたのだ。聞いてみれば、何かヒントが得られるかもしれない。
 ――と、辺りを見回す彼女の元に。

「咬月さーん!!」

 彼女が救い出し、そして魔法少女に目覚める切っ掛けとなった少女『フク』が、千早の様な袖を振り振り駆け込んできたのである。

「ん? フクか、どうした?」
「はい! そろそろ模擬開門神事が始まりますので、咬月さんも、よかったらどうかなって!」

 どうやら、自身を呼びに来てくれたらしい。成程、表大門に向かう同業たちの背中が見える。――だが。

「ああ、神事なら、かったりぃから参加しないぞ」

 戦いの疲れは然程でもないが、戦闘ならまだ兎も角、このやたらと可愛らしさを振り撒く衣装で走るというのも何だか気が引けた。やはり、気恥ずかしいのかもしれない。
 フクも無理強いしようというつもりはなかったのか、『そうですか!』と朗らかな笑みを浮かべた。

「では、本殿で待っていてくださいね。終わったら、またお話ししましょう!」
「りょーかい。……転ぶなよ」

 そう言ってスタート地点に向かう韋駄天の背中を見送り、ゴール地点に向かうその脚で。

「ってぇ事は、何か。ゴールするまで、このままって事か……」

 ほんの少し、元に戻るまでが遠のいたことに気付き。
 咬月はひとり、苦笑を浮かべるのであった。


 さて。本日の西宮神社の模擬開門神事に参加するのは、3人という事になった。

「模擬とはいえ、福娘! 勝手知ったる地元で負けるわけにはいきません!」

 韋駄天の魔法少女フクは元々から走るのが好きなのであろう、既に気炎万丈であるし。

「もちろん『一番福』を目指すよー! フクちゃんにゃ負けてらんないからね!」

 向日葵の様に笑う|白藤《しらふじ》・ラキラ(健康的ていねい型吸血鬼・h12879)も、恵まれた体躯を目一杯伸ばして走る準備は万端と見える。
 テレビなどでも『十日えびす』のことを見知っていた彼女の事だ。走る道の事も、このスタート地点に向かう道すがら、よくよくチェックしてきた事だろう。
 ――そして。

「折角のお誘いだし、私も走ってみようかしら」

 なんと、淑やかで物静かな印象を与える|小明見《こあすみ》・|結《ゆい》(もう一度その手を掴むまで・h00177)も、この駆けっこに加わっていたのである。

「運動は得意じゃないから、フクさんや他の人たちに勝てる自信はないけれど……」

 共に走る事になったフクは『三番福』という実績を持っているし、ラキラは体格に加えて事前情報も持っているようだ。
 戦闘でも魔術師として後衛を担う事の多い結には、少々不利な面子にも見えるが。
 |絶対《・・》もまた無いのが、この開門神事である。

「とはいえ、最初から諦めるのも良くないわよね。一番福目指して頑張りましょう」
「おっ、小明見さんもやる気だねぇ。そうこなくっちゃ!」
「そうです、そうです。一秒でも早く、神様に新年のご挨拶をしたい、というのが本来ですからね!」

 空色の瞳にやる気の色を宿した結に、小麦色の吸血鬼と巫女服の魔法少女が揃って笑みを浮かべる。
 折角の『駆けっこ』だ、走るならば気持ちよく、全力で走ってこそだ。
 本来ならば、文字通り門が開くと同時に始まる祭事であるが、今回は彼女たちが救い出した巫女たちが、開始の合図を送る手筈となっている。
 ここから先はどんな不運が起きるかもわからない、多くの走力自慢も涙を呑んだ230mの道程だ。
 ――三者三葉、それぞれ緊張に息を呑み。

「それでは、|開門《かいもーん》!!」

 巫女の号令とともに、フク、ラキラ、結は一斉に駆け出したのであった。


 号令とともに、千早の袖を風に靡かせて。朱塗りの門から弾丸の様に飛び出したのは、フクであった。

(福娘になるには、スタートダッシュが大事! 集団に呑み込まれちゃったら、それだけで一気に不利になっちゃう!)

 地元ということで本殿までの道程を熟知し、開門神事の空気を知っている彼女は二重にも三重にもアドバンテージを抱えていると言っても良い。
 大きなストライド走法を見せるラキラ、そして結が最後尾から追うが、真っ先に抜け出すという|定石《セオリー》通りの出だしを見せた魔法少女は、序盤から圧倒的な優位に立った。
 ――が。
 走力だけが、この走り詣りの結果を左右する訳ではない。

「あっ。きゃぁぁぁぁぁ……!!!?」

 遠ざかっていく少女の悲鳴と共に、その姿が駐車場の方向へと消えていった。
 早速、西宮神社の第一関門……通称『天秤カーブ』が、咬月の願いも空しく容赦なく福娘に牙を剥いたのである。
 砂利道から石畳に切り替わるこの区画は、足場が急激に変わる事もあって特に転倒しやすいのだ。
 フクの場合は、恐らくはラキラの歩幅を警戒して加速したのであろうが、それが裏目に出た。
 更に、普段走る『縁日の屋台』が出ている状態を知るが故に、目測を誤ったのかもしれない。
 それはそれとしてコントロールを失い、曲がり切れず派手にコースアウトである。
 しかし、天秤はこの一番人気の大クラッシュでは、まだ満足しなかったらしい。

「あっ、フクちゃ……ぅおおおっとっとぉぉ!?」

 そう、目の前の派手な転倒に気を取られたラキラも右折時のエネルギーを殺し切れず、足場の悪さも相俟ってバランスを崩してしまったのである。
 魔法少女ほどの大クラッシュこそ免れたが、この失速は大きく結果に響く事になる。
 ――と、いうのも。

(大体230m……。多分、私じゃ最初から最後まで全力疾走っていうわけにはいかないだろうし、ペース配分も考えましょう)

 カーブを見越し、余裕のあるコーナリングに徹した結が後に控えていたためである。
 魔法少女と吸血鬼に対し、運動能力では敵わないと踏んでいた魔術師。彼女はその分、作戦を密に練っていた。
 足場が急激に変わる上、左に膨らむであろう天秤カーブ。そこから神馬が見守るおよそ100mの直線で少しでも差を付ければ、結にも勝機はある。

「まだ、立て直せる! いっくぞー!!」

 体勢を立て直し、猛追してくるラキラの足音が聞こえてくるが、彼女は自身の走りにのみ集中していた。
 上がりそうな息を呑み込んで、狙うはアウトコース。

(最後、楠にぶつからないように気を付けて……)

 カーブで右に膨らむ勢いをそのまま活かし、『審判の楠』をすり抜けて。

(その後のカーブでも、体勢を崩して転んだりしないようにしないと……!)

 200m近くを走った事で、体力の限界にもつれそうになる脚を叱咤して。
 石段の上に見えるのは、彼女を受け止めようと待ち構える巫女たちの姿だ。

「負っけ……るかーー!!」

 ラキラの声が、すぐ後ろにまで迫っているが。ここまで来たならば。

(私だって、負けられない、負けたくない……!)

 結はペース配分で残しておいた、なけなしの体力を振り絞り。
 脚を前へ前へと只管に動かして――


「大勝利の後の猛ダッシュ、へとへとだけどサイコーだね!」
「……そ、そうね……こんなに、走ったの……何年ぶり、かしら……」

 へたり込み、大きく肩で息をする結に対し、精も根も尽き果てたという様子で大の字に寝転んだ小麦色の吸血鬼が爽やかに笑う。

「あー、あと少しだったのにー! 小明見さん、一番福、おめでとう!」
「あ、ありがとう、白藤さん……私も、驚きだわ……」

 そう、最初に巫女たちに受け止められ、『一番福』の座を得たのは、冷静な走りに注力した結であった。
 ラキラも恵まれた体格を活かし、全身をバネの様にして追い上げたが、一歩及ばず。
 フクは最初の大クラッシュが災いし、巻き返しはならず。三番手に納まったというところである。

「とはいえ結果はどうであれ、よし!すべてよし!
 みんなサイコー! 気持ち的にはここにいるみんながみんな、一番福!
 ――えべっさんも、喜んでるかな?」
「はい、思いっ切り走りましたから! きっと、ここに平穏を取り戻してくれたことも、いい走りを見せてくれたことも、喜んでいると思います!」

 ラキラの言葉に元気よく頷くフクを見て、やっと息が整ってきた結は微苦笑を浮かべ。

「あんなことがあって、あれだけ走ったっていうのに、元気ね……。
 いえ、あんなことがあったからなのかしら。
 ともかく、2人とも怪我をしていないかしら? すぐに治してあげましょう」

 一番福の最初の『福』は、今回も三番福に納まった魔法少女と、二番福に納まった白い吸血鬼に、【忘れようとする力】の癒しの力として与えられたのであった。


「お疲れ様、EDENの先輩達は競争相手として手強かったかい」
「それはもう! 結さんは初めてとは思えないくらいに良い進路を選んでいましたし、ラキラさんは一歩一歩が大きくて、早かったし……!」

 派手に転んだフクの擦り傷が【忘れようとする力】で癒されゆく中、彼女に声を掛けたのがラディール・メイソン・らでぃーる・めいそん(サティー・リドナーの元Ankerの「天使」・h06597)である。
 彼は咬月と同じく模擬開門神事には加わらず、本殿に控えていたのだ。

「キミもいずれ、今よりもっと自由自在に力をコントロールして、疾風のように
走れるようになるさ。
 そしていずれ、今度は|魔法少女化現象《プエラマギカ・フェノメノン》から……デザイアモンスターから誰かを助けることになる」

 予言めいたラディールの言葉に、神妙な表情で頷くフク。そして、彼の言葉に反応したのが、もうひとり。

「あん? ぷえ……なんだって?」
「プエラマギカ・フェノメノン、だね」
「プエラ……マギカ……フェノメノン、ね。詳しいのか?
 ……これが戻せなくて、困っててな」

 そう、魔法少女姿から戻れなくなってしまっている、咬月である。
 彼女の言葉を聞いて初めて、フクも自分の姿が魔法少女姿のもののままである事に気付いたようだ。

「あら、元の姿に戻れないの?」
「そっか、2人とも変身前の姿がある筈だもんね!」

 その様子に、なんだなんだと結とラキラも集まって、どうすれば元に戻るのかと皆で頭を捻り合う。
 ――そも、魔法少女とは何なのだろうか。
 デザイアモンスターの餌になるためではなく、何らかの『役割』がある筈だと語った者もいるというが……
 魔法少女現象を含め、その実態は未だ明らかになっていない部分があまりにも多い。

「私たちが知っていることというと、魔法少女現象で少年少女が魔法の力に目覚めて……たまに、成人男性とかもいるみたいだけど。
 その覚醒時の力を求めて、デザイアモンスターが襲ってくる、くらいよね」
「少年少女が、ね。法改正前なら一応未成年ではあったから、範囲に含まれるかもしれんが……なんだかな」

 顎に指先を添えて思案する結に、咬月は眉間に皺を寄せる。
 彼女にも、目覚める素養はあった訳だが……それはそれとして、年齢的に考えてしまう部分もあるのかもしれない。

「魔法少女の在り方とか、どう生きればいいかとか……いやいやいや、そういうのはねえ。
 実はわたしも駆け出しで、偉そうに教えられることはあんまないんだなぁ……」

 初陣を終えたばかりのラキラも、魔法少女に詳しい訳ではない。
 長く『魔法少女』として活動してきた先輩と言える様な存在がいれば、また相談に乗れたかもしれないが……少なくとも、今この場ではないものねだりであろう。
 なら、魔法少女が何たるかを知る、その時まで。生き延びるための術を学ぶことが肝要だ。

「なら、僕からは初心者でも習得出来る、格闘の基礎や護身術をレッスンするよ。
 時には応援待ちで、一人で戦う窮地がいつ訪れるとも限らないからさ。軽い打ち込みでも、後の戦いの備えになれば嬉しい」

 ラディールの提案に、フクは皆の顔を見回して。
 『いいんじゃない』とそれぞれに頷く3人の顔を確認し。

「本当に、元気ねぇ」

 結の微苦笑に見送られながら、天使の少年の超短期レッスンを受ける事になったのであった。


「走りの筋は元からいいから、足蹴りが出来たら習得するのもいいんじゃない?
 殴る蹴ることにためらいを感じるなら、自分の大切な人を守る気持ち強く持ちなよ!」
「は、はい……。ありがとうございました……」

 この場にいる√能力者や武侠、神職や友人たちに見守られ、それぞれにアドバイスを受け。
 そうして訓練を終える頃には、あれだけ元気の良かったフクも力を使い果たしたと見えて、くたりと伸びていた。
 と。そこで彼女の変化に気付いた結が、『あっ』と声を上げた。

「あら、フクさん。もしかして、それがあなたのいつもの姿かしら?」
「え? ……あ。本当だ、戻ってる……!」

 そう、すっかり伸びた彼女の全身は、先にデザイアモンスターと化した友人たちが着ていたものと同じ制服に包まれていたのである。
 
「……で、フクはどうやって戻ったんだ?」

 ずい、っと。若干の圧を込めた眼差しで、先を越した魔法少女に迫る、もう一人の魔法少女である。
 今の今まで戻れていないのだから、力も籠ろうというものであろう。

「ええと……体を沢山動かして、くたくたになって、なんか安心したら……気付いたら、元に戻っていました……?」

 そんな咬月に気圧されながら、自分に起きた変化を口にしたフクの言葉。
 どうやら武侠もその言葉を己なりに噛み砕き、合点がいった様子である。

「安堵したら戻った?……ああ、常在戦場の心構えが邪魔してたか」

 咬月にとっての魔法少女の姿とは、『戦闘』や『事件解決』のための|形態《フォーム》として紐付けられているのかもしれない。
 ならば、それと切り離してやれば元に戻れるはずだ。この仮説を基に、彼女は気を静めるべく、丹田から大きく息を吐き。

「――意識を日常に切り替えて……よし、戻った。あんがとな、フク」

 果たして、その目論見通り。漸く、元の武侠としての姿を取り戻したのであった。
 不器用な彼女が始めて見せた笑顔に、福娘も満面の笑みで応じたのは言うまでもない。


 さて。今日の記憶は、フクと彼女に関わった√能力者たちの間にしか残らない。
 忘れようとする力とは、そういうものだ。力を持たぬ一般人にとっては、有り得ざる恐怖すらも忘れられる福音でもあるかもしれない。
 しかし、魔法少女に覚醒したフクは、忘れられない。それは、この新たなる魔法少女の日常が、望む望まないに関わらず、大きく変化してしまったという事に他ならない。
 今日のように彼女を狙い、デザイアモンスターをはじめ、新たな脅威、外敵が襲い来ることもあるだろう。『福娘』の幸運でも、乗り越える事は出来ないかもしれない。
 命を狙われ続けるかもしれないという、先の見えぬ未来に、思わず魔法少女の手が震える。
 ――その手を、小麦色の大きな手が、優しく包み込んだ。

「きっと、これから……今まで想像もしてこなかったような出来事が、フクちゃんに訪れると思う。
 それでも、もしよかったら。わたしたちと一緒に、この先の路を駆けていかないかな。
 目指せ、魔法少女界の『一番福』! みたいな、やつ……?」

 何言ってんだかなー、と照れ笑いを浮かべるラキラ。その小麦色の手に。
 |魔法少女《Anker》の手が、そっと重ねられた。その手にはもう、震えは無い。

「私の『福』をみんなに届ける事が、魔法少女としての私の『役割』なら。
 西宮神社の福娘として、駆けていきたいと思います!
 ――皆さんと……ラキラさんと、一緒に!」

 欲望の怪物たちを蹴散らし、人々を救い出して、平穏を取り戻した神の庭。
 福徳円満、商売繁盛という新たな縁を結ぶえびす大神が見守る前。
 太陽のように笑う吸血鬼と、韋駄天の様に朗らかに駆ける少女の、深い絆が結ばれたのであった。

挿絵申請あり!

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