シナリオ

ラビット・ポルカ

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●Prelude to Act 1
「おねえさま。おねえさま……どうしてまだ、蘇ってくださらないのですか?」
 痛みを堪えるような声だった。ちいさなからだに余りある重みに耐えかねるかのような痛々しい哀れな泣き声が、辺りに静かに雨のように降り注ぐ。
 うつくしい花々に満たされていた迷宮は舞い降りた少女が一歩を進めるたびに生気を奪われ、じくじくと膿んで生臭い汁気を帯びながら次々と腐り落ちていく。
「『絶対にどうにもならない事など、この世にはないのだよ』。……おねえさまは、わたしにそう仰ってくださいましたよね」
 ぐつりぐつりと、地獄の釜が煮え立つような湿った音を立てながら蠢くは生ける屍。迷宮に住まう魔物を生きながら動く死体へと変じさせたそのちからは復活などとは到底呼べはしない、純粋なる生命への冒涜であった。
「ご覧くださいおねえさま。わたしはまたひとつ、生命の限界を超克しました」
 これが。これこそが、わたしが生み出した『ゾンビウイルス』。あまねくいのちのすべてを不死なるものへと変じさせる、感染性の細菌兵器。
「|動く死体《アンデッド》におねえさまの頭骨を移植する事には失敗しましたが……。生きながら死んでいるゾンビなら、おねえさまに適合する検体が現れるかもしれません」
 もっと。もっともっと、もっともっともっと、検体を採取しなければ。
 ああ、あなたを甦らせるのに、こんなにもふさわしい日はないでしょう。復活祭と呼ばれるよろこびに満ちた今日を、わたしはおねえさまに捧げます。
 だから――どうか。
「待っていてくださいおねえさま。わたしは、絶対に諦めません……!」

 『絶対死』など信じるものか。

 狂気と妄信に双眸を歪ませた少女は足元に蠢く屍を苛立ち混じりに踏み潰す。幾百もの肉片となったそれらを厭うこともなく、屍王『ラフェンドラ・オピオイド』はいのちに満ち満ちた外のせかいへと赤黒い足跡を刻みながらゆっくりと歩み始めた。

●We celebrate Easter
 小麦の咽せ返るようなにおい。冬の間は痛々しいほどに冷たく流れていた川が雪解けとともにさらさらと流れ始め、澄んだ水と空気があまい香りを運んで一斉にいのちが駆け巡っていくようだった。

 それは春の訪れを祝うもの。
 生命の誕生と繁栄を象徴する、春の女神が齎すさいわいのおくりもの。

「たまごを! さがしにいきませんか!」
 以前よりも幾分か緊張が解けた様子で身を乗り出すトゥバ・コルヌコピア(凱風・h09459)はつい前のめりになってしまったことを恥じるように照れ笑いを浮かべながら、ちいさな咳払いをひとつ挟んで姿勢を正した。
「イースターを祝うおまつりがあるんです。パンセの村と呼ばれるその場所では、いまがいちばんきれいな光景を見ることができるんですよ」
 そこは都会の近くまで二時間以上もかかる長閑な農村のひとつであった。電車や船の類は通っておらず、この時代に馬車を走らせねば辿り着けないというある種日常から切り離されたせかいとも呼べる場所なのだとトゥバは地図を広げてみせた。
「村の入り口ではうさぎの耳飾りを配っているんですよ。これさえあれば、誰もがみんなイースター・ラビットになれる! ……ということみたいです。よかったら身につけてみてください、今日はおまつりですから!」
 もともとうさぎの耳を持つひとであるならば、村人たちはあなたをたいそうありがたがることだろう。そうでなくとも、配られた耳飾りを頭に乗せれば誰もがさいわいの運び手になれるというわけだ。
 村中に植えられた色とりどりのパンジーの花が一斉に開花するこの時期は、春のまばゆさをより身近に感じることが出来るはず。『世界でも有数のうつくしい村』と称されるパンセの村がイースターを迎えるこの日は多くの観光客で賑わいを見せるのだという。
「村のあちこちに隠されたイースター・エッグをさがしてみてください。たまごの中には、もれなく『幸運のおまもり』がはいっているんです!」
 色とりどりの絵の具でおめかしをしたイースター・エッグの中に閉じ込められているのは村の名前に因んだパンジーの花飾り。幸運の象徴とされているその花は、きっとあなたに祝福を届けてくれるはず。
 村を散策して幸運のおまもりを見つけることができたなら並ぶ露店を巡ってみるのもいいだろう。名物のたっぷり卵のホットサンドを頬張ればおなかもこころもいっぱいのしあわせで満たされる。うさぎやイースター・リリーを模ったアイシングクッキーの数々は目にも楽しいし、日持ちもするから手土産にも丁度いい。
「花染めのストールや薄手の羽織ものはこれからの時期にも活躍してくれるとおもいます。広場では旅芸人の楽団がおんがくを披露してくれているので、踊りの輪に参加するのもきっと楽しいですよ」
 花染めと刺繍を施した布製品が特産品でもあるパンセの村で春夏の洋服を見繕えば、あたらしい日々の彩りにもなるだろう。広場で開催されているちいさなダンスパーティにはきびしい作法があるわけではない。軽快なフィドルの音色に合わせ、手と手を取り合って身体を動かすだけでもこころは自然と上向くはず。
 誰もがそうして訪れた春を喜び合っているのだと嬉しそうに目を細めたあと、己が視た星の軌跡を示すためにトゥバは『ここからは、おつとめの話です』と告げてその表情をすこしだけこわばらせた。
「村はずれに隣接する『花の迷宮』と呼ばれるダンジョンも、普段であれば駆け出しの冒険者たちが挑むようなものなんです。凶悪なモンスターは存在しない、そのはずなんですが……」
 復活祭に集まる純粋な強い生命力と魔力に目をつけたのであろう。
 生命を冒涜せしもの、屍を統べる王が花の迷宮へと君臨し――やがては地上の生命までもを蹂躙し尽くしてしまうのだという。
「ラフェンドラ・オピオイド。感染性のゾンビウイルスを創造した|屍王《ネクロマンサー》と呼ばれています。放っておけば花の迷宮はおろか、パンセの村そのものさえも彼女の死の概念が覆い尽くしてしまうんです。……今なら彼女の儀式を止められる。だから」
 花の迷宮の最奥に息衝く死を、どうか退けて欲しいのだと。トゥバはEDENたちに深く頭を下げて花満ちる村への道を指し示した。

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第1章 日常 『お祭りに行こう』


●子うさぎのリトル・テンポ
 そらを見上げた瞳が静かに潤んでいくような、うっとりするくらいにあたたかい春の日だった。
 吹き抜ける風に揺れて、午後の陽射しを照り返す色とりどりのパンジーが笑い合うように咲き綻んでいる。青みわたった山々から抜けていくやわらかな空気と共に、陽気なポルカを奏でるフィドルの音色が直接心臓にまで響いてくるよう。
 いのちの再来を祝福するかのような春の雲が紫がかったひかりを帯びながら、淡く、まばゆく、ゆっくりと流れていく。

 あなたも、あなたも。今日という日の訪れをよろこんで。
 さいわいのハーツイーズが、誰にも等しく春の祝福を届けてくれることでしょう。
嘯・シアン
憂・サディスト

●きまぐれ、戯言
 風も、空も、花も。何もかもが春めいていて心地がいい。
 臓腑いっぱいにぬくみを帯びた空気を満たせば、こころまでもが華やいでいくようだと嘯・シアン(恣意的思惟・h06837)が目を細めるかたわらで、憂・サディスト(蝶々結びで、・h12742)は昏い双眸を胡乱に細めていた。
「仕事ほったらかして随分ご機嫌な祭に用があるんですね、先生」
 先月分の報告書もまだ貰っていない。当然これは仕事に関係のあるものではあるまいと眉根を寄せるサディストの頭に乗せられたのはくろいうさぎの耳飾り。
「サディ君もほら。ふふ、うさ耳がよく似合ってるよ」
 まったく意に介していない。深海よりも深い溜息を吐きながらも耳飾りを無理には外さないサディストの様子に気をよくしたのか、亜麻色の耳を頭上に乗せたシアンは楽しげな笑みを浮かべるばかり。
 業務に忠実なのは結構なことだが、少し彼も肩の力を抜いたほうがいい。そも、こんな祝福に満ちた佳き日に仕事の話など野暮なことだと。小首を傾いだシアンはひとつ、彼が体良く遊戯に乗るための|口実《そらごと》を口にした。
「ねえサディ君、ゲームしようよ」
 ルールは単純明快、先にイースターエッグを見付けた方の勝ち。
 君が勝てばちゃんと言うことを聞いてあげる、なんて。
「……ゲームね」
 片眉を上げたサディストはその真偽を確かめるようにじとりとシアンへ視線を向ける。朗らかな笑みを浮かべるそのかんばせからは悪意の断片は感じられず、肩を竦めながらも誘いに応じるべくして青年は口を開いた。
「その言うこと聞くってやつ、一つだけですか」
「お、珍しくやる気だ」
 日頃の苦労を省みるならば丁度いい。報告書の提出のほかに、この際もうひとつ頼み事をと告げれば、可笑しげに笑ったシアンは何の気まぐれかふたつ返事で是を唱えてくれた。 
「別にいいけど、俺が勝っても二つ我儘言うからね!」
 どうせ彼の我儘なんて『あれが食べたい、これが食べたい』程度だろうに。その程度のわがままなんてどうということは――いや、
「……って、まさか飯代を経費にさせるために俺を呼びました?」
 シアンはもう言葉を返さない。我に勝算ありと先んじて村の中へと進んでいく背中を追って、本日二度目の溜息を吐いてサディストもまたエッグハントに興じるのだった。

「さあ、おいで」
 |あびす《無気力君》と|幻夢虎《野生児君》。声に応じて現れ出づるはこの世ならざる隣人たち。三手に分かれて探せばきっと早かろうと花畑の中へそうっと足を踏み入れたシアンのかたわらを、ずるり、と枝分かれした影が通り抜けた。
「その程度で勝算だなんて、らしくないですね」
 それは何処までも昏い闇のいろをしたリボン。サディストの手繰る黒いリボンが、大地に根を張るが如く地面を這って伸びていく。
「うわ、サディ君何それずるい……!」
 程なくしてリボンのひとつが絡め取ったイースターエッグを拾い上げれば、背中を地面に向けて屈めたままのシアンが気の抜けた声を上げるものだから。したりと目を眇めたサディストは『約束ですよ』と念を押す。
「はぁ。でも君がこんなお遊びに付き合ってくれるなんてね」
 いつもそうなら俺も邪険にしないのに、と。思わず溢れたことのはは、きっと心からのものだったのだろう。
「……邪険にされてたのは初耳ですね。先生?」
 そこのところはもう少し詳しい調査が必要だ。言い逃れの出来ない状況にある内に、もうひとつの願いも口にしてしまおうか。ははは、と誤魔化すように笑うシアンの目を、サディストはこれ見よがしに凝視するのだった。

家綿・樹雷

●名探偵の名にかけて
「妖怪探偵、家綿・樹雷ただいま推参!」
 人々の浮き立つ気持ちに釣られて名乗りをあげてみせたなら、体のあちこちに花飾りをつけた子どもたちが手を叩いて喜んでくれたことが家綿・樹雷(綿狸探偵・h00148)は純粋に嬉しかった。
「たんていさんも、これどうぞ」
「ボクにも? ありがとう」
 驚きをあげるつもりがうさぎのみみをもらってしまった。子どもたちにイースターの楽しみ方を伝授してもらったなら、好奇心の芽がぐんぐんと胸の中で伸びていくのを感じる。早速探してみるよと頭の上をにぎやかにしながら、ましろの妖怪探偵は村の中を早速散策することにした。

 子どもたち曰く、イースター・エッグの隠し場所は『ないしょ』であるらしい。
 それでも驚かせることにおいては樹雷のほうが一歩先を往く。すぐにたまごの頭が覗いている場所をいくつか見付けるけれど、子どもたちがわくわくと見守ってくれている姿をみれば、ああ、すこしばかり勿体ぶったほうがいいだろうか?
「――そこだ!」
 狙い澄ますは水車の根元。水の流れに紛れさせたあおいたまごを拾い上げて見せれば、わっと上がった歓声が名探偵の勇姿を手放しで讃えてくれるから。ほんのちょっぴりだけ照れくさくなって、樹雷は自前の狸耳を細かく揺らしながら中に入っていたパンジーのブローチを勲章のように胸に留めた。

 祭りを楽しむばかりではない。村のはずれにある花迷宮とやらにも多少探りを入れておこうと、探知機を作動させた樹雷は村人たちに可能な限り被害が及ばぬよう木の根が張り巡らされた入り口周辺を入念に調べ上げた。
 この奥に死が張り巡らされているのだと知ればすこしだけ恐ろしくも感じるけれど、笑顔をくれた子どもたちや村人たちを守るためならば必要なこと。
「どうか、村人たちにも幸運がありますように」
 かすかな祈りは確かな決意となって、迷宮の奥へと溶けていく。
 今はまだ、どうか。
 誰もがひかりに満ちた春の中にいられますようにと、願いを込めて。

夕星・ツィリ
鴛海・ラズリ

●しあわせのあおいはな
 馬車から降り立った先に広がる牧歌的な光景は普段の生活にはないやわらかな空気に満ちていて、夕星・ツィリ(星想・h08667)と鴛海・ラズリ(✤lapis lazuli✤・h00299)は手を取り合いながら花のアーチを掲げられた村の入り口へと駆けていく。
「まあ。まあ! こんにちは。あんたってばとっても素敵な『幸運のしるし』を持っておいでだね」
「わぁ、ほんとう! おねえちゃん、しあわせのうさぎさんだ!」
 耳飾りを配っているのであろう恰幅のいい女性が、その手伝いの子どもたちが、口々にラズリの耳を誉めてくれるから、ふたりはぱちりと目を瞬かせてしまう。
「ウサァ……! とても歓迎してもらえてる!」
「ふふっ。みんなから大歓迎のラズリちゃん、すごい!」
 こんなにも歓迎されたことはないと自分のうさぎ耳をきゅっと掴んだラズリの姿に友人までもが一緒になってぱちぱちと拍手をするものだから。『嬉しいけどちょっと恥ずかしいね』なんてぽそりと溢れた言葉に、ツィリはそんな姿も可愛いのだと笑みを深めるばかり。
 お嬢さんもどうぞ、と手渡されたのはほのかに青みがかったしろいうさぎ耳。いそいそと頭につけたなら、ふたりの姿はまるで姉妹のよう。
「わあいツィリもうさぎさん!」
「お揃いのうさ耳! 記念にお写真撮ってもいい?」
 かわいい、とお返しに言葉を返せば擽ったそうに微笑む少女の様子がうれしくて。次いで齎されたお願いを、どうして断ることが出来ようか。もちろんと頷けばちいさな画角に収まるようにふたり身を寄せ合って、
「ぴーすぴーす!」
 ぱしゃり。
 今日という日の思い出の一枚を。いちばんの笑顔で、貴女ととびきりの一枚を重ねたなら――さあ、エッグ・ハントをはじめよう!

 黄色にしろ、紫にあおいろ。戯れ合うように咲き乱れるパンジーの花畑を傷付けないように、そろりとした足取りでふたりは隠されたたまごを探していた。
「草の中ー……にはないみたい」
 うっかり踏ん付けてしまうようなところには無いのだろうか?
 いやいや、子どもたちも隠しているとあらば予想もつかない場所に隠されていることだってあるかもしれない。
「何処かな、木の上……とか? あっ」
 ぴちち。チュピ、ピチュチュ。
 小鳥たちの楽しげな歌声に顔を上げたラズリの視線の先にあったのは、枝の根元に鎮座せしひときわ大きな巣籠――の中からひょこりと顔を出した、花模様のまるい気配。
「ツィリ! 見つけたかもです!」
「あった!? どこどこ?」
 なるべく足音を立てないように駆け寄って、ひょこりとラズリの傍らから顔を覗かせたなら。色鮮やかなたまごがちょうどふたつ収まっていることを知り、少女たちはそれぞれの歓声を上げて小鳥たちを驚かせないようにそうっと花たまごたちを拾い上げた。
「揺れた時に音が聞こえる……?」
 からからとした軽い音はたまごの中にあるおまもりが立てる音なのだろう。思い至ればそわそわと期待と好奇心が満ちてきて、顔を見合わせた少女たちはくすりと笑い合う。
「二人で開けてみる?」
「じゃあ一緒に開けよう! いくよー!」
 せえの、でぱかりと開けたイースター・エッグの中身はあおいパンジーの可憐な髪留め。細やかなその装飾に、わぁ、と感嘆が上がったのはきっとふたりともほぼ同時のこと。
「ね、花飾りもお揃いで着けちゃうなんてどうかな?」
「お揃いの花飾り大賛成!」

 たまごと一緒にみつけたしあわせ。
 揃いの花飾りはきっと、ふたりだけの想い出の花になるに違いない。

トゥルエノ・トニトルス
緇・カナト

●学ぶということ
「へぇ、イースターの祭りねェ」
 そこは世界でも有数のうつくしい――いや。いけずな主はこれには恐らく食いつかないと、トゥルエノ・トニトルス (coup de foudre・h06535)が『楽しいイースターなる祭りがあるらしい』と語って聞かせれば、緇・カナト(hellhound・h02325)が緩慢に視線を向けてくれたことで少しだけ彼が話に興味を持って貰えたことを知る。
「うむ! なのでな、主。いざ行かんイースター……!」

 ――そう。いいとは言った。いいとは言った、のだが。

「なにもこんな長閑な農村まで見学に行かなくても……」
 電車を乗り継ぎ、バスを乗り継ぎ、どんどん景色が緑色になっていくのはまだ良かった。が、行き着いた先で馬車が出てくるまでとは想定していなかった。
 心なしか体がぎしぎし音を立てるような心地がして、カナトはうんと伸びをしながら人知れずちいさく溜息を吐いた。
「玉子探しも興味深いが、やはり主といえば露店巡りだろう、そうだろう?」
「前にもエッグハントなら軽くやったケド。トールが露店巡りたいなら其れでイイよぅ」
 長く一緒にいると食いしん坊も移るものなのかもしれない。自分は社会勉強なのだと主張するトゥルエノを軽くあしらいながら、カナトはゆっくりと花の匂いに誘われるまま、露店が並ぶ道へと歩き始めるのだった。

「おお、彼処にあるのが人気の土産らしいなぁ」
 衣替えの時期に相応しい鮮やかな布製品たちを横目に、真っ直ぐに焼き菓子が並ぶ露店へ足を進めるトゥルエノの姿にカナトの目が胡乱に細まる。
「やっぱり自分が食べたいんじゃん……」
「み、土産のクッキーなんだから未だ食べないぞ……! 何々イースターにちなんだ……」
 卵にひよこ。ウサギに白百合、子羊たち。アイシングで描かれたたくさんのモチーフはどれも愛らしいけれど。
「ヒトって何でも食べようとするのだなぁ」
 どうやらそれらを『イースターに食べるごちそう』であると認識したらしいトゥルエノの声に、かくん、とカナトの肩が軽く落ちたのは多分気のせいではない。
「卵は再生、兎は繁栄。子羊は救世主のモチーフとかじゃないの?」
 大体がイースターのための料理になっていることもあるが、これらのクッキーはそういった意味合いを持つものだと知れば、ほぉ、と感心したような声を上げたトゥルエノはその中からいくつかを手に取りそれらを買い求めることにしたようだった。
「愛らしいのでヒヨコとウサギは買っておこうか」
「ま、クッキーも美味しく食べられて本望だろうよ」
 手土産も無事に購入できたし、長旅ですこし小腹もすいてきた。腹拵えには名物のホットサンドが良かろうと、ふたりはちいさな村のパン屋が営む露店をひょいと覗き込んだ。
「おぉ、イースターと春らしい色合いに具沢山で目にも賑やか。美味しそうだなぁ」
 カナトの手元を覗き込んで、ふわふわのたまごが挟まったサンドイッチに瞳を輝かせたトゥルエノの手にはそれがない。『いっぱい味わうと良いぞ〜』なんて言うばかりで自分のことは後回しにするものだから、片眉を持ち上げたカナトは半分に切られたサンドイッチの片割れを寄り添う雷獣へと軽く差し出した。
「トールも眺めるだけじゃなくて、ついでに色々味わって行けば良いんじゃないのぅ」
「あ、主ぃ〜〜!」
 これは気まぐれ。もしかしたら、自分だけ食事をとることが気まずかっただけかもしれないけれど。唐突に主から齎された厚意に目を丸くしたトゥルエノは、すぐに満面の笑みを咲かせながら飛び付かんばかりの勢いでお裾分けを受け取るのだった。

リリアーニャ・リアディオ
戀ヶ仲・くるり

●春のよろこび
「やっと世界が春めいてきていい天気!」
 あまい春のにおいを胸いっぱいに吸い込みながらリリアーニャ・リアディオ(深淵の爪先・h00102)がうんと伸びをすれば、慣れない様子で馬車を降りた戀ヶ仲・くるり(Rolling days・h01025)も擽ったいような、むずむずとした『はじまり』の予感めいた気配を感じてへにゃりとやわらかく笑みを溢した。
「ふふ、本当にあったかくなって……うん?」

 ――わあ、わあ! 『しあわせのうさぎ』さん!

「えっなになに?」
 村の入り口から駆け寄ってきたのは、うさぎの耳飾りをつけたちいさな子どもたち。それに遅れてやってきた保護者であろう村人までもがリリアーニャを口々に讃えはじめるものだから、ふたりはきょとんと目を丸くしてしまう。
「村人さんが! リリアーニャさんを拝んでいる! どうして……、……うさぎのお耳があるから?」
 聞けば、この村は一年の中でも春を大切にしているらしく、とりわけ『うさぎ』は幸運を象徴するモチーフであるらしい。
「ふふっ。拝みたくなるかわいさなのは分かります、私も拝もう〜」
「もう、くるりまでっ。愛でられることはあっても、拝まれるなんてびっくりしたの」
 垂れ耳の端を手繰り寄せて恥じらう彼女はいつもよりもすこしだけ幼く見えて、それが可愛くてくるりの顔は緩んでいくばかり。『おねえちゃんも、どうぞ!』と差し出されたうさぎの耳をつけるのはちょっぴり気恥ずかしかったけれど。
「えへへー、リリアーニャさんとお揃いですねぇ!」
 しあわせの運び手なんて大それたものになろうというつもりはなくても、あなたとおそろいになれることが嬉しかったから。頭の上にそうっとみどりの耳を乗せてみたなら、お返しとばかりに拝み返すリリアーニャの姿に、くるりは慌てて『も〜〜!』と笑い混じりの抗議の声を上げるのだった。

「さ、エッグハントを始めるわよ」
「はいっ。リリアーニャさん、探しましょう!」
 たまごの中には幸運のおまもりが入っているのだという。せっかくならばくるりにそのさいわいを齎してあげたい。コツを教えてあげなくっちゃね、なんて微笑むリリアーニャの頼もしい言葉に続いて、くるりも長耳を揺らしてこくりと頷いた。
「こういうのは大体このあたりに……あれ?」
 たとえば玄関の影。
 たとえば植木の根元。
 たとえば窓辺、郵便ポストの屋根の上――、
「あれれ?」
「……おかしいわね」
 おかしい。この宝探しは村の子どもたちでも見付けられるような難易度設定のはず。もしかして、あらかたこの辺りは獲り尽くされてしまったのだろうか?
「えーっと、この辺りとか……あっ!」
 立てかけられていたブリキの如雨露を軽く揺すれば、からん、ころん、と乾いた音が立つ。それに気付いて中を覗き込めば水玉模様のイースター・エッグが隠れていて。先に見つけちゃった、と声を上げたくるりの姿にリリアーニャの垂れたうさぎの耳がますます垂れ下がってしまったような気が、して。
「リ、リリアーニャさんもきっと見つかります!」
「これじゃ私の面目が……、……あっ! あった、あったわ!」
 これからつぼみをつけるであろう春薔薇の花壇の棘に気を付けながら手を伸ばせば、リリアーニャもばらいろのたまごを掴み取ることが出来た。よかった、よかった、と喜びあえばこれまでの苦労も報われるよう。
「座れる場所で開けませんか、……甘いものと一緒に!」
「ええ、そうしましょ!」

 薄紫のふちどりが愛らしい白いパンジーのブローチはおそろいのいろ。ふたりで並んで食べたあまい焼き菓子と花飾りこそが、今日という幸運の証なのかも、しれない。

ルカ・ルチア

●はじまりの季節
 花と、土と、水。あまいにおいに満ちた風が木々の幼いみどりを揺すっている。
 故郷の春よりもずっとずっと眩しくて、賑やかで――それがちっともいやじゃないことが不思議で。陽のひかりに目を細めながら、ルカ・ルチア(プラチナファントム・h12654)は花のアーチで彩られた村の入り口へと歩を進めた。
「わあっ。おおかみさん……ううん、ちがうわ。きつねさん! ようこそ、パンセへ!」
 出迎えてくれた村の少女に手渡されたうさぎの耳飾りを手に、ルカはぱちりと目を瞬かせた。これはきっと、頭の両側に耳がある種族のためのもので。自分は頭の耳に耳があるけれど、決してうさぎではない。
「おれがつけても、いいのかな」
「ええ、もちろん。この日限りは、みんなが『四つ耳』になるのよ」
 ヒトも、妖精も。おおかみだって、もちろんきつねさんだって! 誰もが幸運の運び手足りうるのだと笑う少女に促され、えいっと頭にうさぎの耳を着けたなら少し落ち着かなくてそわそわするけれど。郷に入っては郷に従えというもの、何より少女からの厚意をちゃんとした形で受け取りたかったから。気恥ずかしげに尾っぽを揺らしたルカを、少女は嬉しそうに笑って送り出してくれた。

 響くフィドルの音色に、体も心も弾んでくるよう。
 エッグ・ハントに興じるルカはダンスパーティが開かれている広場に植ったパンジーたちの根本をそうっと窺っていた。
「(おれがこの村の住人なら、きっとこの辺りにある)」
 だってこんなにも花とよろこびに満ちたうつくしい村だ。訪れた人々を路地裏に誘い込んでしまっては勿体無いと思うから――、
「あっ」
 咲き誇る花の影に隠されていたのは、じぐざぐ縞模様が可愛らしいイースター・エッグの姿に間違いない。割ってしまうのがすこし惜しくて、手にしたたまごを春の麗らかな陽気に翳して、ルカは暫し幸福の余韻に浸ることにした。

 こんなにもあたたかい春は、きっと忘れられない思い出になるだろう。
 こころはもちろん、うさぎの耳までぽかぽかとしてくるようで。銀のきつねは揺れるパンジーと同じようにやわらかく綻んだ。

セレネ・デルフィ
アンジュ・ペティーユ

●花編みの輪
 ひょこりと揺れるうさぎの耳はそれぞれふたつ。
 そわそわと己の頭上や服の裾を気にしながらもじつくセレネ・デルフィ(泡沫の空・h03434)の緊張をほぐしてあげたくて、アンジュ・ペティーユ(ないものねだり・h07189)はじゃん、と声を上げて俯きかけた少女の前へと躍り出た。
「みてみて! ピンク色のうさぎ耳!」
 自分の髪色に合う耳があってうれしいとはしゃぐアンジュの無邪気な笑顔が可愛くて、ほのあかく頬を染めていたセレネの口元も柔く綻んでいく。
「ふふ、とても素敵です、アンジュさん」
「ねっ、セレネもとっても似合っているから大丈夫だよ!」
 恥ずかしがらなくたっていい。だって今日はみんながうさぎになっちゃう日なんだもの、と。村を仰ぐように両腕を広げてみせたなら、楽しげに駆け回る子どももおとなたちも、みんながみんなうさぎの耳を着けていることを知る。だからセレネも、そこでようやく『ありがとうございます』と笑顔で応えることが出来た。
「以前も、迷路で……宝探ししました、ね」
「ふふふー、前も楽しかったよね!」
 宝探しは得意なんだ、なんて胸を張るアンジュは頼もしい旅の導となってくれるはず。彼女とふたりでならすぐにでも見つかる気がして、ましろのうさぎはふわりとやわらかく微笑みながら『どこを探してみましょうか』と桃色うさぎへ小首を傾いで問いかけた。
「今回もあたしに任せて! よーし、たまごはどーこだ」
 どこをベッドにしているかな。名前を呼んだら出てくるかな? なんて。かくれんぼの相手を探すようにあちらこちらへ声をかけるアンジュに倣って、セレネも花壇のそばへと屈み込む。
「どこにあるでしょうか……? お花のそばなら、寝心地がいいでしょうか」
 花の影に、草の隙間に。色とりどりのパンジーを傷付けないようにしながら、そうっと葉っぱを指の背で除けてみれば、
「わ、こんなところに……!」
 そらいろに菜の花を描いた春のたまご。ころんとてのひらに収まるそれは、探し求めていたイースター・エッグに違いない。友の名を呼ぼうと振り返れば、そこにはちょうど窓辺の植木鉢に隠れていたたまごを手にしたアンジュの姿があった。
「と、あった! セレネ、あったよ!」
「アンジュさんも……? 流石です、ね。ふふ、私も見つけられました……!」
 こくりと頷けば、花々よりも明るい笑顔がぱっと咲く。互いの成果をせえので見せ合えば、そこには春のよろこびがふたりぶん。
「……あの、よければイースター・エッグ、交換しませんか……?」
 こうしてふたりで分かち合えば、あなたへ幸運を運ぶ兎さんになれたりしないかな、なんて。はにかみながら告げられる言葉にアンジュはすぐに快諾を示した。
「いいよ、もちろん!」
 ふたりは幸せを運ぶましろのうさぎと、幸せをもらう桃色うさぎ。
 互いのたまごを交換すれば、中に閉じ込められた幸運の花飾りだってもっとずっと特別なもののように感じられた。
「幸せと幸せを合わせて……はい! はんぶんこ!」
「はんぶんこ……! 嬉しい……」
 アンジュが見つけたのはネモフィラが描かれたあおいろたまご。セレネの色みたいだね、と手放しで褒めてくれるのが擽ったくて、知らず頬に熱がのぼってしまう。
「セレネの見つけたたまご、かわいいね!」
「アンジュさんのたまごも、とてもかわいいです……!」

 たまごを割ってしまうのはすこし勿体無い気がしてしまうけれど――その中に眠るすみれいろとあおいろ。ふたつのパンジーで彩られたブレスレットは、きっと今日という日の思い出を結ぶ輪となりふたりを繋いでくれることだろう。

狒ヶ嶽・渥麿
桜下・梢

●はるかぜに游ぐ
「この獣の耳を私めも付けるのですか……色々と過多ではありません?」
 立派な角とうつくしいつばさ。それらはにんげんしか知らない村の少女が見たことのないひとならざるもののしるしであったけれど、このせかいに於いてそれを不自然に、或いはおそろしく感じる者が多くないことはきっと僥倖だったのだろう。桜下・梢(桜の木の下には・h06953)は素朴な少女の様に目を細めると、恐る恐るその頭の天辺に手渡された薄紅色のうさぎ耳を飾るのだった。

 己は兎に非ず。猿の血を色濃く残した己ではあるけれど、皆それを気にした様子も無い。こんな長閑な場所で行われる祭りであるならば楽しいものに違いないと、狒ヶ嶽・渥麿(猿戯・h07530)が葡萄色のうさぎ耳を受け取ろうとしていた、そんな時だった。
「うおでっけぇ!」
 生白い膚に薄く血管を透かしたかのような、淡い紅を内に秘めたうつくしい娘が宙に浮かんでいる。
 渥麿が上げた声が己を指し示すものであると理解した娘は、ぴくりと肩を僅かに跳ねさせてゆっくり、まるで水中を游ぐかのように、至極ゆっくりと振り返る。
「はら? 私ですか?」
 口を開けばどういうことか、まるでふつうの少女のようだ。意思疎通が図れることにちいさな安堵の息を吐き、渥麿はにかりと人好きする笑みを浮かべた。
「おねーさん、ぼうっとしてどうしたんです?」
「ぼうっと……ええ、ええ。心惹かれるまま来てみれば目新しいモノばかりでときめいていましたの」
 聞けば、彼女はイースターという祝祭の名を知ることはなく。賑わう気配と花の香りに誘われてやってきたはいいものの、楽しみ方がわかっていないのだと言う。
「おいらはたまご探しをしますよ。こういうイベントは参加しねぇと勿体ねぇんです」
「まぁ、てめぇさま共に参加してくださいますの」
 これは興味。或いは好奇心。
 不躾に驚いてしまったお詫びも兼ねて、ご一緒しませんかと問うたなら。ぱちりと目を瞬かせた娘はやがて嬉しそうにはにかむから、少年もまた笑みを浮かべて『行きましょう』と歩き始めた。
「おいらは渥麿ってんです。おねーさん、お名前は?」
「ふふっ、名も知らぬ|女《おなご》を誘うなんて大胆な殿方ですのね。――梢。私めは、桜下梢と申します」
 どうぞよしなに、と膝を折って礼をする娘に倣って渥麿も軽く頭を下げる。宝探しみたいなものだと噛み砕いて説明すれば、文化に馴染みのない梢にも楽しみ方が伝わるだろう。
「花畑の中とか、木の根元とか……村のあちこちに隠してるってんで。……あ! 梢ちゃん、下、下です。足元」
「――まぁ、こんな所に」
 自分の目線より上の木の枝を見回していた梢が視線を落とせば、そこにはてのひらに収まるほどの淡いフリージアが描かれたイースター・エッグの姿があった。そうっと拾い上げたそれを渥麿のてのひらに乗せたなら、今度は少年の瞳がまあるく見開かれるけれど。すぐにそれは満面の笑みへと変わって、それが梢の胸にもちいさな喜びを運び込んでくる。
「私の近くにありましたが見つけになったのはてめぇさま」
 ですからこれはてめぇさまのモノ。
 そうでしょう、と小首を傾げる梢に応え、渥麿は『それじゃあ』と声を上げた。
「次は梢ちゃんの分を探しましょ!」
 このたまごの中には幸運のおまもりがあって、折角ならふたりぶん見つけたい。もしもそれを手に入れたなら、うんと素敵ないいことがあるはずだからと。屈託なく笑う渥麿へ、きょとんとしていた梢も言葉の意味を理解したのかやわらかく綻ぶのだった。

 パンジーの花刺繍のリボンに、押し花のちいさな手帳用の栞。それぞれの『さいわい』のかたちはきっと、ああ、この出会いを祝福するためのものなのだろう。

エオストレ・イースター
咲樂・祝光

●Happy Hoppy Easter !
「ハッピーイースター!!」
 おさえきれないほどの歓喜を、踊り出しそうなほどの胸の鼓動を、誰にも止められやしない。ぴょんと飛び出したエオストレ・イースター(桜のソワレ・h00475)が両腕をそらに掲げれば、春の陽気が肌のいろを透かして――なんだかこのまま溶けてしまいそうだ!
「桜が舞いイースターバードは歌いイースターラビットは踊りまくる! なんて素晴らしい日なんだろう!」
「ああ。春の女神が齎す豊穣と目覚めの季節に感謝しようか」
 普段なら『なんでもかんでもイースターにするなよ』と咎めるところだけれど、今日は特別。なぜなら今日こそが彼を指し示す女神の祭日そのものなのだからと、咲樂・祝光(曙光・h07945)もやわらかな笑みを浮かべながら燥ぐエオストレを見守っていた。

「はい祝光、これ!」
 ふわりと花弁が舞い降りるかのようにやわらかな感触に目を瞬かせて。それが直ぐに花染めのショールであることを知る。ひとの手で染められた繊細な風合いはとてもうつくしい、のだが。愛らしい薄紅色はどうにも少々『少女的』で、
「これぞイースター! これこそがイースター!」
 まさに春の女神が如し、なんてエオストレが満面の笑みを浮かべるものだから、かっと頬に熱がのぼるのを感じて抗議の声を上げようとするのだけれど。
「誰が女神……うわっ! なんだよエオストレ!」
 祝光が口を開くよりも先に取られた手を引かれ、とん、とん、とバランスを崩しかけてそれどころではなくなってしまう。それでもさいわいの運び手たる春の化身は大切な幼馴染を振り落とすことなく、フィドルの音色に重ねるように軽やかなステップへとその足取りに魔法をかけて変えていく。
「ねー、祝光も嬉しいよねー! うさぎ耳も似合ってるよ! 僕とお揃い!」
「……せっかく忘れてたのに思い出させたな! 嬉しくないって、うさぎ耳恥ずかしいんだから!」
 さくらいろのうさぎの耳は、エオストレと揃いのいろ。くるり、くるりと舞い踊るたびにショールと共にふわふわ揺れて、それがなんだか落ち着かなくて。それでも幼馴染がこんなにも嬉しそうに褒めてくれるから、悪い気はしないかもしれない、なんて。
「もー照れ屋なんだから! 可愛いって言ってるでしょ! ねっ、祝光! 一緒に踊ろう!」
「今日は本当のイースターだから特別な! ……待て、ダンス!?」
 今日は再誕と繁栄、そして誕生を祝う『エオストレ』の祝祭の日。
 だから、踊ろう。手と手をとりあって、いのちを育む女神へ賛歌を贈ろう。
 ダンスなんて、と咄嗟に重ねようとするけれど、既に音楽に身を任せているエオストレにリードを取られている今、人々の輪から抜け出すことも難しい。ならば神楽舞の応用でなんとか主導権をこちらに引き戻せないかと力を込めれば、きゃらきゃらとおかしげに笑うエオストレは上機嫌になるばかり。
 負けたくないと思うのに、ああ、なんだかこっちまで笑いが溢れてしまうんだ。

「ねえ、世界は君を愛し祝福しているよ、祝光」
「なんだよ急に……」
 未だ音楽に身を委ねたまま。だけれど、不意に齎されたエオストレのことのはが存外にも真剣なものだったから、祝光は続きを促すように口を噤む。
「……だからあんまり色んなことを抱え込まないでほしいんだ」
 世界が君を愛するように、僕だって君を大切に思っている。
 直向きな君を尊敬しているけれど、だからこそ壊れてしまわないか心配になる。
「……大丈夫だよ」
 エオストレは全てを口にはしない。けれど、このたった一瞬だけ、こころは確かに通じ合ったように感じられたから。胸の裡に押し込めていた蟠りが少し。ほんのすこしだけ、春風が包み込んでほどいてくれたような――そんな気がした。

廻里・りり

●フォーゲット・ミー・ノット
「いらっしゃい、おじょうさん。ハッピーイースター!」
「わっ。ありがとうございます、……うさぎさんの耳飾り!」
 廻里・りり(綴・h01760)には立派なおみみがあるけれど。
 でも、でも、今日はとくべつ。みんながみんな『四つ耳』になる今日ならば、きっと気後れする必要なんかない。
「……なかまいり! えへへ」
 祝祭の魔法にかかればりりも立派な『しあわせうさぎ』。それを思えばちょっぴり擽ったくもあるけれど、今日はこんなにもいい天気で、誰もが笑顔の花を咲かせているから。嬉しくなって一歩を踏み出せば、村中を花壇にしてしまったかのような一面の花々が視界を満たした。
「わぁ! とってもすてき……!」
 きいろにオレンジ。あお、むらさき。鮮やかなピンクやあかいろはぱっと目を惹くし、黒やモカカラーはどこかアンティークを思わせる佇まい。こんなにもいっぱいの花をきれいに咲かせるなんて、どれだけの手間が掛かっているのだろう。窓辺に、軒先に、道々に。至る所に咲くパンジーの花を数え、期待に胸を膨らませながらりりは露店のひとつを覗き込んだ。
「きれい……花染めってはじめて見ました!」
 こんなにもあざやかに色が出るなんて。思うままを口にすれば、手指に花染めの名残を残した店主たる女性は嬉しそうに笑いながら『この村で咲いた花を使っているんだよ』と語って聞かせてくれた。咲き誇るパンジーと同様にたくさんのいろに溢れた店の中からいちばんを選ぶのは迷ってしまうけれど。
「この子をくださいな!」
「あいよ。どうぞ、夜に佇む勿忘草で染めたとっておきだよ」
 絹糸の刺繍が施されたそれは軽くてとてもやわらかい。肌触りのいいあおいろにうっとりと目を細めながら、ふと。くぅ、と鳴ったおなかの主張に、りりは先ほどから漂う香ばしいにおいの存在を思い出す。
「折角だもの、たまごのホットサンドも食べたいなぁ」
 肩にかけたストールがふんわりと風に遊ぶのがたのしくて。行きよりももっともっとかろやかに爪先を躍らせながら、りりはおなかを満たしにいくべく行列の出来ている露店を目指して弾むような足取りで跳ねていった。

賀茂・和奏

●末っ子のミシェル
 思わずうんと伸びをして深呼吸をしたくなるような、長閑で優しい空気がそこには満ちている。あたたかく、地もそらも揺らめくひかりに照らされた、よく晴れて見通しの良い日だった。
「いい季節になって来たなあ」
 村に着いてすぐににこやかな笑顔とともに渡されたうさぎの耳は成人男性たる賀茂・和奏(火種喰い・h04310)には少々敷居が高い。少しばかり気恥ずかしかったから、黒髪に紛れるような小柄な垂れ耳を選ばせてもらうことにした。郷に入っては郷に従え、これを着けることでより祭りを楽しめるのならばそれに従おう。
 折角ならこのまま卵探しをしてみようかと視線を巡らせれば、村の彼方此方にそれらしき痕跡をみとめることが出来た――こればかりは日頃の捜査の賜物、警視|庁異能捜《カミガリ》査官の勘も大いに助けとなるはずで。軽快なフィドルの音色に耳を澄ませながら村を散策したならば、立てかけられたパン屋の看板の影に覗く若葉いろのたまごを見とめ、和奏は柔く目を細めてのひらサイズのそれを拾い上げた。
「ふふ、どんな子が描いたのかな」
 このパン屋のお子さんが描いたのだろうか。絵筆に慣れていないというよりは全体的に力強い筆使いで描かれたそれは、パン焼き窯の前に立つ女性のように見える。すこし勢い余ってしまったのか、殻にもうヒビが入っていることにくすりと微笑みながら。それならと和奏は中のお守りを見せていただこうと、なるべく絵を傷付けないようにぱかりとたまごの殻を割り開く。
 淡いきいろのパンジーを模したそれはタイピンのかたちをしていた。
 ちょっとしたおめかしをするひとへ贈るものだったのだろうか。さいわいのかけらを、ひだまりのようなそのいろを大切に懐に仕舞い込むと、さて、と和奏は先ほどから春風に乗って運ばれてくる香ばしいにおいのする方へ徐に顔を向けた。
「うん。ホットサンドも食べに行こ」
 その地の名物を頬張ることは旅の醍醐味のひとつに違いない。
 きっといい土産話になるだろうからと、和奏は先ほどの絵の答え合わせをするためにパン屋へ向かうべくして踵を返した。

ノーチェ・ノクトスピカ

●凪の星海
 馬車に揺られながら村の景色を思い浮かべるだけで胸の奥底からわくわくとした気持ちが湧いてくる。それに、この春を体現したかのような村の長閑さといったら!
「いーすた、って初めてだ。春の女神様が、さいわいを齎してくれるんだって。素敵だね!」
 傍に寄り添うデネブに笑みかけ、ノーチェ・ノクトスピカ(Nachtsängerin・h06452)は瞳を輝かせながらよるのいろをしたうさぎの耳を意気揚々と身につけた。
「変な感じだけど……これで僕もイースターラビット!」
 ぴょんと跳ねればそれだけで身体が軽くなった気さえして。ノーチェの声はどんどん高く弾んで、ともすれば本当に飛んでいってしまいそうなほど。
「しあわせたまご探しに出発だー!」
 まだしらないせかいへ。たくさんの『ふしぎ』の中へ飛び込むように、ノーチェは軽やかに地を蹴った。

 色鮮やかな花々がたくさん咲いていて心地いい。響いてくるフィドルの音色だってたのしいばかりで、自然と足はスキップを刻んでしまう。
「木陰かな? お花の傍に隠れてたりして……あっ!」
 郵便ポストの屋根の上。飾りのようにちょこんと置かれていたのは、夜空を描いた星のたまご。なんだか割ってしまうのが勿体無い気もするけれど、えいやと半分に綺麗に割れたなら、殻ごと持って帰るのもいい気がしてきた。
「わ! これが僕の、幸運のおまもり?」
 深い、深い、夜の海のいろ。澄んだ藍色のパンジーが彩られたそれは、絹糸でつくられた刺繍のピンブローチ。春のそらに翳してみれば、きんいろの金具がまぶしく光って――どうして? 何故だか、少しだけ胸が痛い。
「(僕なんかが幸せになっていいのかな)」
 思い出せない。それそのものが自分の罪であるかのような気がして時々不安になる。だけどきっと、このさいわいを見つけられたことに意味がある。たくさんのえにしを重ねたいま、確かにそう思えたから。
「うん! 今にもたくさんの幸福が、花咲きそうだ!」

 リゲルを目指した少年は花が綻ぶように咲った。
 今日という日の思い出を、みんなと、きみと、分かち合いたいから。

ラデュレ・ディア
ラナ・ラングドシャ

●ひだまり、きみと
 馬車に揺られ、あたたかい日差しを浴びているだけでも童話の中に迷い込んでしまったかのような錯覚を覚えて、えも言われぬ心地が胸の鼓動を早めていくようだ。それがふたりぶんともなればなおのこと!
 桜の花雨はここにはないけれど、目が醒めるほどに鮮やかな花々が戯れ合うように風に揺れる様は十分に春らしさを伝えてくれるから。楽しみだと内緒話を交わすのも嬉しくて、ラナ・ラングドシャ(猫舌甘味・h02157)はヒトのすがたの時には持ちえぬヒゲを動かすようにむずむずと口元を緩ませた。

 イースターがやってきた。
 いのちに満ちて、せかいに『はじまり』が齎される、再誕の祝祭がやってきたのだ。

「ラナ、たまごを探しに参りましょう……!」
 いつも控えめなラデュレ・ディア(迷走Fable・h07529)が瞳を輝かせながら身を乗り出す様子が珍しくて、だけどそれがうれしくて。おおきく目を瞬かせたラナも直ぐに頷きを返すと、堪えきれないとばかりに笑みに綻ぶ吐息を溢した。
「ラーレ、いつになく張り切ってる! たまご好きなの?」
 今度卵料理を食べに行こうか。それとも、村名物のホットサンドをあとで食べようか、なんて、聞けばラデュレの頬も喜びに淡く色づいていく。
「ふふ、つい張り切ってしまいました。イースターはわくわくするのです」
 こうして心惹かれてしまうのは、自分がうさぎだからだろうか。心が躍って、足は軽くなって、ほんとうに飛んでいってしまいそうなくらい。そわそわとした気持ちは足取りにまであらわれているようで、ラナもどんどん嬉しくなって、少女たちはまるで幼い子どもが戯れ合うように駆けていく。
「ラナ、ラナ。少し屈んでくださいませ」
「? ラーレ何持ってるの?」
 尖ったおひさまの耳に引っかかってしまわないように、慎重に。言われるままに屈んでくれたラナの頭に飾られたのは、
「にゃはぁ! うさちゃんのお耳だ〜〜!」
 それはラデュレとおそろいの垂れ耳うさぎの耳飾り。ふわふわのやわらかい感触が擽ったくて目を細めるその姿が可愛くて、ラデュレもふくふくと笑みを深めるばかり。
「えへ、どう? 似合う?」
「ふふ、ラナの大きなお耳と、うさぎのお耳……様々な音がうんと聴こえそうなのです」
 とってもお似合いです、と告げればぱっとそのかんばせに満面の笑みが咲くから、なんだかそれだけでおかしくて、うれしくて。どちらからともなく笑い合う声が次第におおきくなってしまうのは、きっとこのあたたかな春の陽気がそうさせてくれているのだろう。
「ラナはエッグ・ハントをご存知ですか?」
 エッグ・ハント。それはその名の通り、たまごを探すことなのだと言う。
 隠されたイースター・エッグ、幸運のお守りの入ったそれを見つけることが出来たなら、きっとしあわせがやってくる。ていねいに教えてくれるラデュレの言葉に、ラナの瞳にも好奇心と期待のひかりが宿っていく。
「そういう事だったんだ〜! てっきり逃げる卵を捕まえるのかと思ってた、かくれんぼの方だったんだね!」
「はい……! お花畑を堪能しながら、幸せのしるしを探しにまいりましょう」
 たまごの中にねむる『しあわせ』とはどんなかたちなのだろう。おそろいだったらいいですね、なんて微笑むラデュレの声に、ぴんとねこの耳だけ器用に立てたラナはぐっと両のてのひらを握り込んで意気揚々と花畑の中へと歩み出した。
「よーし! ボクも見つけるぞ〜!」
 この後に待つ『うっかり』を、いまはまだ知らないまま。

 ――そう、魔が差したのだ。
「うーん、なかなか見つからないなぁ……」
 ぽかぽかのおひさまが気持ちよくて。ほんとうに、ほんとうに気持ちがよくて。
 たくさんのパンジーから香ってくるあまい香りがやさしくて。なんだかやわらかい、おひさまをいっぱいに浴びた洗い立てのブランケットに包まれているかのような気持ちがしてきて。
「よし! 焦っても仕方ない!」
 ちょっと休憩しよう。そう、『ほんのちょっと』そうするだけのつもりだったのだけれど。どんなねこも抗えない春の陽気に誘われて、やわらかな花のベッドに身を横たえてしまったなら、すぐに意識を手放してしまうことはきっと必然だったのだろう。
「たまご、たまご……あっ。見つけました……!」
 丁度それとほぼ同時。イースター・エッグを花影にみとめたラデュレは薄紫色のルピナスが描かれたそれをそうっと拾い上げて――ラナの姿が見当たらないことに気付く。
「……ラナ? まあ、ふふ」
 きょろきょろと視線を巡らせたなら、花畑の中でおひさまいろのふわふわが丸くなっている姿を見つけてラデュレは堪らずくすりと笑みを溢す。ラナがすうすうと寝息を立てるたびに尾っぽがゆっくりと上下するのがおかしくて、起こさないようにしてあげたいのに、笑うことを止められなくて。
「にゃぁ〜……ラーレの声が……きこえ……――ハッ!!!」
 そこで、気付く。
 自分がいま、なにをしていたのかを。ふたりで遠くまでおでかけして、幸運のおまもりをさがしていたのに、だというのに、
「おはようございます、ラナ」
「ね、寝ちゃってた!! えーんラーレ〜〜! 今何時!? イースターエッグ……見つけ損ね……ん?」
 急激に現実に引き戻され、慌ててラナはがばりと身体を起こす。
 ごめんねごめんねと泣きつく友をよしよしと宥めながら、『そんなに経っていませんよ』と笑うラデュレの傍で。尻尾に違和感を感じて覗き込めば、いつの間に巻き込んでいたのだろう。オレンジ色にねこの足跡が描かれたイースター・エッグをみとめ、わぁ、と少女らの口から歓喜の声がそれぞれ上がった。
「……あっ!? あった!!! わーい! よかったぁ〜〜!!!」
「――まあ。尻尾の中に……! ふふ、これで幸せを手にしましたね」

 しあわせはふたりぶん。花のいろは、それぞれのだいすきないろ。
 パンジーの花刺繍を閉じ込めた絹のリボンは、これからもふたりを結ぶさいわいのしるしとなってくれることだろう。

祭那・ラムネ

●風に運ばれて
 バスや電車。所謂『公共交通機関』の類を祭那・ラムネ(アフター・ザ・レイン・h06527)は好まなかった。恐れているとさえ言っていいかもしれない。
 この身はあらゆる不可視の存在を惹きつける。それが『善きもの』であれば見過ごすことも、或いは共存することだって良いのだろうけれど――怪異や邪霊の類が同乗者、或いは運転手に不幸を振り撒き巻き込んでしまうことを是としたくはなかったから、ラムネは旅程のすべてを徒歩で補えるように予定を組んだ。
「晴れてよかったな、ソータ」
 体を動かすことは好きだ。それに、あたたかな春の陽気を胸いっぱいに吸い込みながら歩くことはただ心地よかったから、傍を楽しそうに、弾むように駆けていく|霊犬《親友》のソータと共にラムネは長閑な田舎道をまっすぐに進んでいった。

「よーしソータ、エッグハントするぞ!」
『わん!』
 言葉は果たして通じているやらいないやら。身体ごと揺すらん勢いで尻尾を振りたくるソータが飛び出していくのとほぼ同時、ラムネもまた花に満ち溢れた村の中へと踏み出していく。うさぎの耳をつけるのは少しばかり照れ臭かったけれど、それもまたこの旅の楽しみのひとつかと思えば素直に受け入れることができた。
「カエルムさんはこの村、来たことある?」
 首に下げたあおい輝石に語りかけることも随分自然なことになった。もしも彼がこの村を訪れていたなら、彼もうさぎの耳を頭に飾ったのだろうかなんて。想像すればちょっぴりおかしくて、知らず笑みが溢れてくる。
 花の影に、窓辺に、踊る人々のかたわらに、たまごの影がないものかと探す間も心が躍る。花に満ち溢れたうつくしい光景を切り抜くように、ラムネはカメラのシャッターを切りながら周囲を散策していた。
 彼と歩んだ旅路を写真に収めていこうと思い始めたのは何時からだろう。目に焼き付けることももちろん良いけれど、後から見返したいと思えるようになった自分の変化が嬉しい。思い出の形はいくつあってもいいはずだからと、自分の目線で見たせかいを少年はどんどん残していく。
「見つからないな〜、ソータ」
 こうして宝探しをしながら見慣れぬ村を探検することが楽しい。けれど、ひとつくらいは見つけて帰りたいものだと視線を巡らせる。旅の連れ合いたるふわふわのしろけだまを見れば、はふはふと息を切らせながら花畑の中に顔を思い切り突っ込んでいるものだから堪らずふは、と笑いが溢れてしまう。
 自分と、ソータと。影の中に住む|影業《かわいい子》と、今も寄り添ってくれているであろう天なる竜の幸運を願いたい。竜からすれば『逆だ』と言われてしまうかもしれないけれど――ラムネはただ純粋にそうしたかったから、彼のためを思って幸運のしるしを懸命に探した。
「――、え?」
 不意に吹いた風は、そんな竜からの手助けだったのだろうか。
 輝石がひかりを反射するのに合わせて振り向いたその先に。木の枝に引っ掛かるようにしてぶら下げられていたたまごの姿に、ラムネはぱっと瞳に星を浮かべて精一杯に手を伸ばした。
「……あった、幸運のたまご!」

 あおいはなをひとひら、ピンブローチに閉じ込めて。
 もしもあなたが『よそいき』のおめかしをする機会があったなら。花は優しくその装いに寄り添ってくれることだろう。そんな姿を見ることが出来たら――もしかしたら、竜も感慨深い面持ちでそれを喜んでくれるかも、しれない。

香柄・鳰
月夜見・洸惺

●篭いっぱいのさいわいを
 折れ耳のうさぎ耳はふたりぶん。『えいえいおー!』の掛け声と共にくろとみどりがひょこひょこと躍るこころをあらわすかのように揺れていた。
「では……エッグハント開始です! 頑張りましょう」
「はいっ! いっぱいタマゴを見つけちゃいましょうっ!」
 すこしの照れはそれを上回る楽しさが隠してくれる。年長者として率先して楽しむ姿勢を見せねば――いや、そんな風に気負う必要さえないのかもしれない。花のかんばせに笑みを湛えて香柄・鳰(玉緒御前・h00313)がちいさく拳を掲げてみせれば、月夜見・洸惺(北極星・h00065)も意気込むようにぴょんと軽やかに飛び跳ねた。
「洸惺さんはエッグハントのご経験は? 私、イースター祭は何度か参加しましたがタマゴ探しは初めてで」
 どこから探したものだろう。この祝祭の楽しみ方を彼は詳しいだろうかと首を傾ければ、ふるふるとかぶりを振って否を唱えた洸惺は、目の不自由な鳰にも伝わるように言葉でもきちんとその意を告げてくれた。
「わ、鳰さんは初めてなんですね……! 僕はイースター祭への参加自体が初めてなので、どれも真新しく映っちゃいますっ」
「まあ、でしたらお祭りもハントも全力で堪能しませんと!」
 これくらい楽しみでした、と両腕をいっぱいに広げる姿は年相応の少年らしさを湛えていて可愛らしい。霞む視界の中でも、纏う空気が、何より彼自身の仕草ひとつひとつがよろこびと期待を示してくれるよう。その想いがただ嬉しくて、『私もうんと楽しみでした』と微笑んで見せれば洸惺はぱっと笑みを咲かせながらおおきく頷いた。
「えへへ、そうですねっ! エッグハントもお料理も、全部全力で楽しんじゃいますっ」
 自身もよりやる気が出ようというもの。このちいさな友人に是非いっぱいのさいわいを届けられますようにと願いを込めながら、鳰は洸惺と共に花の満ちる村の中心へと歩みはじめた。

 イースター・エッグの隠し場所。
 それは例えば鳥と同じように木の上であったり、もしかしたら屋根の上にだって隠れているかもしれない。あまり地面から遠く離れすぎていたら手が届かないかもしれません、なんて。冗談めかして告げられることのはに、洸惺のひとみがきらきらと輝きはじめる。
「なるほどっ! タマゴといえば、ですよねっ。僕、実は飛べちゃったりするので、ちょっと見てきますっ!」
「飛ぶ? 洸惺さんは空を飛べるのね。羨ましいわ……、……まあ!」
 言うが早いか、ばさりと翼を広げた洸惺はあっという間に木々の上へと飛び上がっていくものだから。まるで鳥のよう、なんて微笑む鳰の頭上から、わあ、と歓喜の声が上がったのはほどなくしてのことだった。
「鳰さん、名推理ですっ! タマゴ、鳥の巣の中に入ってましたっ!」
 若葉色の水玉模様が可愛らしいたまごがひとつ。まさか本当にあるなんて、と目を丸くした鳰がひとりぼっちにならないように、風を受けながら降りてくる洸惺を鳰は感嘆を上げながら迎え入れた。
「ふふ、発見できると嬉しいものね」
「はいっ」
 まずはひとつめ。
 友人たちにしあわせのお裾分けをするならばまだまだ見つけなければと、ふたりは意気揚々と花畑の中へ、花を踏んで痛めてしまわぬように気をつけながら爪先を運ぶ。
「一輪の中にたくさんの春色。なんて綺麗なんでしょう!」
 きいろ、しろ、むらさき。ひとつの花の中に共存するそれらのいろは水に伸ばした絵の具のように鮮やかで、まばゆい春のいろはこの薄ぼやけた瞳の中にも純粋な色彩を告げてくるようで心地よい。
「パンジーのお花って、カラフルな蝶々みたいで可愛いですよねっ」
「蝶ですか……ふふ、素敵な表現。本当にひらりと飛び立ちそう」
 一気に春が来た感じがして楽しくなるのだと、身振り手振りを交えながら一生懸命に伝えてくれる洸惺の言葉に目が柔く細まる。幼さゆえのやわらかな表現はどんな詩篇よりも純粋で、それが少しだけ擽ったくて鳰はくすりと笑みを溢した。
「……あら」
「どうされましたか?」
 より近くでと屈んでみれば、花とは違う色彩が紛れ込んでいることに気付く。それがまるいかたちをしていることを確かめてから手を伸ばせば、あおいそらのいろを宿したイースター・エッグを掴み取ることが出来たから。とくり、とくりと早まる鼓動をそのままに鳰は声を弾ませながら傍らを振り仰いだ。
「洸惺さん見てください、此処にもタマゴがありました!」
 あかいポピーを描いたかわいらしいふたつのいろ。はっきりとした色合いのそれは鳰の瞳でも見て取れて、それが嬉しくて笑みは深まるばかり。
「わわ、鳰さんお見事ですっ! この調子でどんどん見つけていきましょう!」
「ええ、まだまだ探してみましょう!」

 幾つかたまごを見つけたその後ですこし休憩とベンチに腰を下ろしたなら、何時の間にか篭におさまるほどのイースター・エッグたちが集まっていることを知る。
「ね、タマゴをひとつ開けてみません?」
 お土産にするのは勿論だけれど、自分たちの分も確保しなくては。
 しあわせのしるし。幸運のおまもりとは如何なものであろうかと、実は気になっていたのだと微笑めば洸惺もこくこくと頷き是非と同意を示してみせた。絵柄を成るべく傷付けないようにぱかりと殻を割ってみれば――先程見た花とそろいのいろを宿した花飾りの姿に、わっとふたりの口から歓声が上がる。
「さっきお見かけしたお花と一緒のお色をしていますねっ!」
 指で触れる。かたちを確かめるようになぞれば、それが絹糸の刺繍でていねいにつくられた造花なのだと知ることが出来た。髪に飾るのも、胸元に飾るのも良い。鮮やかな春のいろはきっと、身につけるだけで明るい心地を齎してくれるはずだから。
「ふふ、かわいい。素敵な春の思い出ね」
「はいっ! 可愛い思い出、早速できちゃいましたっ」
 皆にも喜んでもらえたならいいと密やかに笑い合うふたりの声を、春の陽気はあたたかく、いつまでも包み込んでいた。

第2章 集団戦 『イニグマ・エッグ』


●エッグ・ハントにご用心
 緩んだ風が草花の香りを孕んで日光をふわりと漉しながら流れていくよう。
 みどりのトンネルを潜った先に花迷宮は広がっているのだと、陽気な村人たちは気前よくダンジョンのありかをEDENたちに教えてくれた。おそろしい魔物の類は居らず、ほとんどがはじめての冒険や観光目的で使われるような場所であって――だからだろうか。彼らは『彼女』の様子をひどく気に掛けているようだった。

『お嬢さんときたら、随分思い詰めた顔をしていてね。ひとりで大丈夫かいと訊ねたなら、『構わないで』の一点張りでねえ』
『そうなんだよ。危険は多くない迷宮だけれど、みんなあの子のことを気にしていたのさ。……ねえ、あんたたち。良ければお嬢さんの様子を見てきておくれでないかい?』

 折角なら彼女にも祭りを楽しんでもらいたかったなあ、なんて。羊飼いのおとこが案じる声を上げるのに、誰もがうんうんと深い同意を示していた。
 よもや、まさか、その少女こそがこの村に終焉を運ぶ死の御使であることなど誰も疑いはしなかった。だからこそ、この村はうつくしいのかもしれないけれど――。

 この花迷宮の最奥に屍王たる少女は佇んでいるはず。
 彼女の目論見を阻むためにも、この村を守るためにも。先に進まなければならないと、EDENたちは木々がかいなを広げる迷宮の入り口へと足を踏み入れるのだった。

 - - - - - - - - - -

 第二章 集団戦 『イニグマ・エッグ』
 木々の根が入り組みながら張り巡らされた、春の花で満たされたいのちの寝床に住み着くイースター・エッグ――もとい、イニグマ・エッグが彼方此方に転がっています。生まれたばかりのその存在は現時点ではさほど強くはありませんが、放っておけば人々の脅威にもなりかねません。

 ふしぎなたまごたちを倒しながら花迷宮の最奥を目指していきましょう。
 探索の果てに、皆さんは大いなる『死』へと辿り着くことでしょう。

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家綿・樹雷

●化けくらべ
 青々と茂るみどりが踏み締める地面をいっぱいに覆っていた。
 競い合うように咲く花々はよくよく手入れされた村のパンジーたちよりは野生みが強かったけれど、その分力強い生命に満ち満ちている。ああ、ここにも春がやってきているのだなと想いを馳せながら、家綿・樹雷(綿狸探偵・h00148)はぐるりと周囲に視線を巡らせた。
「さて? 今度はエッグはエッグでもこの迷宮に元からいるモンスターかな?」
 探すまでもなく見つけることが出来たのは、大小様々なイースター・エッグ……もとい、イニグマ・エッグは其処彼処に転がっており、それらのすべてが不自然にゆさゆさと揺れていたから。
 なるほどこれは骨が折れそうだ。それでも、ゾンビウイルスに冒される前のものであるならば幾らか負担は少なくなるだろう。
「あの村におどろおどろしいゾンビは似合わない」
 通してもらうよと顔を上げた樹雷の瞳には、確かな決意が宿っていた。

 ぴしりと音を立ててたまごにヒビが入ったかと思えば、それは直ぐさま眩い光を放って姿を何時か『成る』姿へと変じさせていく。なないろに輝く凶鳥が産声を上げるかのように甲高い声を上げるのとほぼ同時、樹雷もまた動き始めていた。
「さて。幸運にあやからせてもらおうか」
 これなる木の葉は化け術の極地。花吹雪が如く舞い上がった木の葉は見る間にうさぎの獣妖と成り、樹雷をその背に招くと突進してきた凶鳥の一撃を予測済みだと言わんばかりにひらりと軽やかに躱していく。幸運のお守り――パンジーの花に変じさせたどろん葉っぱを手裏剣に見立てて投げ付ければ、樹雷がそう念じるままに敵を切り裂く刃へと変わる。
「(話しかけてきた村人を害さないあたり、ラフェンドラさんの被害は蘇生儀式の結果であって目的ではないんだよね……)」
 愛する家族を慕う彼女の想いは理解出来ないこともない。ないが、それが他者を害する理由であってはならない筈だから。彼女の凶行を止めるためにも急がなければと、樹雷は先を急ぐべくして立ち塞がる凶鳥とたまごの群れへ花手裏剣を解き放った。

ルカ・ルチア

●その手に銃を
 ポケットの中に大切に仕舞い込んだじぐざぐ模様のたまごに触れ、ルカ・ルチア(プラチナファントム・h12654)は祭りの喧騒を思い出して目を細めていた。パンセの村を、人々を無事に守り切ることができたなら。その時にたまごを割って中身を知ることの楽しみを胸に抱き、顔を上げたルカの瞳には確かな鋭い光が宿っていた。
「仕事の時間だ」
 短く呼吸を整え意識を切り替える。慣れ親しんだ草木と土のにおいが確かに心地いいはずなのに。あまい、あまい花の香りも、普段ならば落ち着くはずなのに――どうしようもなく異質で不快な死臭が感じられるのは、きっと気のせいではないのだろう。
「(この卵……こいつらの中には何が詰まってるんだろうな)」
 ごろごろとそこら中に転がるたまごたちは僅かに震えていて、先のエッグ・ハントで見つけたような愛らしいそれとは根本的に異なるものなのだと即座に理解することが出来た。
 数を迅速に穿つには狙撃銃は少し不向きだ。であればと抜き放った|精霊銃《おまもり》が構えると同時に乾いた音を立てて火を噴くのを、誰がとらえることが出来ただろうか。
「ろくなものじゃあなさそうだ」
 発砲とともに四散したイニグマ・エッグの残骸は、ああ、なんて悍ましい肉のかたまりだろうか。それが己が持つ悪食によるものか、それともこの先に待つ『死』が齎したのろいの一端かどうかまでは分からないが、もしかしたら今この瞬間も花迷宮への侵食が続いているのだとしたら、ここで時間をかけるわけにはいかない。即座に次の弾丸を装填したところで、気付く。
「……!」

 ぶるりと痙攣した肉片が蠢いている。
 『まだ、生きている』。

 破片同士を継ぎ接ぎにするように盛り上がった肉のかけらが、腐乱した汁と油を滴らせながら翼を持つ鳥を形作っていく。それはまるで孵化し、生まれ直しているかのようにも見えて本能から呼び起こされた嫌悪感に嘔吐きそうになるけれど。ルカにとっては鳥を撃つ方が慣れていることであり、そんなにも血の匂いを発していたら森の中では格好の的でしかない。
「狙いやすくなって助かるよ。……っと、」
 視界に収まるたまごは複数。それらが孵化してしまう前に狙いを定める中、一際大きな腐肉の鳥が翼を広げ突進してくるのを地面を転がるように躱していく。体制を立て直すべく直ぐ様低く身構えたルカの足元からずるりと伸びた影が翼ごと刈り取らんばかりの鋭さで以ってイニグマ・エッグであったものを大きく、深く切り裂いた。

『花迷宮に行くの? ふふっ、それじゃあ。もっともっとすてきな春が見ることができるかも!』
 春はいっとう鮮やかに花が咲くから。だから、楽しんできてねと告げてくれた、うさぎのみみを渡してくれた少女の、エッグ・ハント中に声を掛けてくれた村人たちの笑顔が浮かぶ。
 皆が皆、しあわせそうだった。めぶきの春を両手いっぱいに抱いたかのようなあたたかなひとたちに、あの美しい村に、こんな死の匂いはかけらだって触れさせはしない。
 どうか。どうか、知らないままで。
 彼らには、今日という日には、笑顔ばかりが溢れていてほしいから。
「おれたちがここで消し去る」
 火花とともに炸裂した銃弾が次々と悪しき魔物を貫いていく。さらさらと砂と化していく極彩色を背に、ルカは先を急ぐべくして花迷宮の奥を目指して、死の匂いがより濃い方へと駆けていった。

緇・カナト
トゥルエノ・トニトルス

●影照らす天雷
「イースターの露店には楽しい物が沢山あったな……!」
 弾む声音は高らかに、踊る爪先もこころのままに。トゥルエノ・トニトルス (coup de foudre・h06535)がきらきらと瞳を輝かせる傍らで、緇・カナト(hellhound・h02325)はちいさく息を吐きながら花迷宮の有様をぐるりと見回していた。
「さて、楽しませて頂いた事もあるしでダンジョンでの仕事も熟そうではないか〜」
「まぁ、そうね。そのついでにダンジョン探索するのは良いんだけどねェ」
 まるで遠足の続きだ。楽しげに笑う雷精のマイペースな言葉を軽く受け流しつつ、カナトは親指で周囲を見るよう促せばトゥルエノの視線も転がる今日という日ならではの異変へと向けられる。
「……まさか本格的なエッグハントする羽目になるとは。ふしぎなたまご達がいっぱい転がってンなぁ」
 彼方此方に転がるイースター・エッグもどきがぐらぐらと揺れている。それは殻の中で中身が窮屈そうに蠢いているのが予測できるほどの活発さで、先ほどまで村にたくさん隠されていた可愛らしいそれとは明らかに違うのだということを否応にも伝えてくる。
「イニグマ・エッグだっけ? 折角だから卵狩りの数でも競うかい、トール君よ」
「……なんと!」
 それはトゥルエノにとって喜ばしい申し出であったらしい。
 ふしぎなたまご、イニグマ・エッグを倒していくのであれば必然的にエッグ・ハントにも取り組むことができる――趣は若干異なるが、ハントと言えばハントなので良きものとする――主と一緒に楽しめる、すなわちお得!
「イースターをたくさん楽しめて良かっただろう、なぁなぁ主よ」
 来て良かったな、籠ってばかりでは見られなかったなと矢継ぎ早に言葉を紡ぎながら身を乗り出す雷精を片手で制しつつ、『集中しないと負けちゃうよぅ』と片眉を上げたカナトの『遊び』の誘いに、トゥルエノはぱっと歓喜のいろを咲かせ全身を使って是を示した。

 軋る唸り声を上げながら現れ出づるは影の獣。伸びるカナトの影からその顎門を覗かせたのは膨大な数の狼に酷似した獣の群れであった。
「昏い月夜に御用心、と。何事も手足の数は多いに越した事はないからなァ」
 自らをインビジブルに喰わせて何者にも受け付けぬ魔物へと孵化するというのなら、そうなる前に叩き割ってしまえばいい。五十匹近くにものぼる影の群れは一斉に蠢くたまごが潜む影という影に滑り込み、見付けた先から我先にと鋭い牙を立てていく。
「相変わらず主のとこの千疋狼たちは便利そうだが、我のビギナーズラックと言うものを見せてやろう……!」
 自然物に近しいこの迷宮であるならば、地の利は精霊たるトゥルエノにある。敵の数は不明瞭なれど、その全てを悉く穿ち貫いてしまえばいい。
「すべてを貫け神の鉄槌……!」
 おおよその位置は影の狼たちが示してくれる。それならば迷うことなどありはしないと、眩い閃光とともに弾けた万雷が打ち漏らしたたまごを灼き尽くしていく。
「……どっちも数の暴力してたら勝敗がつき辛いんじゃないのぅ」
 結局索敵しているのは狼たちであるならば競争にもなっていないような気がしないでもない。ないが、主との共闘は楽しいものに違いなかったからトゥルエノの表情が翳ることはない。
「まぁイイか」
「うむ! 細かい事は気にせず進むか〜」
 それぞれの足取りで以って花迷宮をひた進む。何だかんだで結局イースターを満喫しているのかもしれないな、とカナトは人知れず淡く微笑むのだった。

廻里・りり

●ゆめからゆめへ
「わぁ⋯⋯! お花がいっぱい! とってもすてきな場所っ」
 木々を抜けていくあたたかな風が頬を、髪を撫でていく。やわらかな空気も、長閑な光景も。何もかもが先程まで散策していた村の続きであることが風景からも伝わってきて、廻里・りり(綴・h01760)は弾む足取りに身を任せながら花迷宮を進んでいく。
「はっ⋯⋯いえ、ダンジョンですけど⋯⋯! わかっていますけど⋯⋯!」
 こんなにぽかぽかといい陽気なら、魔物だってうたたねしたくなってしまうかもしれないのかも。ちょこっとだけときめいてしまうこころを抑えながら散策を続けたならば、行く手を阻む――正確には、行きたいところの途中に無遠慮に転がっている――イニグマ・エッグたちを見つけるまでにそう長い時間は掛からない。
「あ! たまごはこの子たち、ですね?」
 しましま、みずたま、波もよう。色とりどりのたまごたちはそれぞれの気に入った柄を殻に備えているのだろうか、なんだかその姿が彼らなりのおめかしのように思えてしまってすこしだけためらってしまうけれど。
「で、でもでも、観光にくるひともいるって言っていたから⋯⋯」
 可愛らしいたまごたちを割ってしまうのは気が引ける。それでも、ラフェンドラのちからがここまで及んでこないとも限らない。放っておけば望まぬ『孵化』を遂げてしまうことだってあるかもしれない。誰かが怪我をしてしまう前に、つとめを果たさなければと。りりは決意を胸に抱きながらぐっと両の手を握り込む。
「ごめんなさい! たおしちゃいますね⋯⋯っ」
 彼らにねむりを運ぶのは、あおいとりたちに担ってもらうのがいい。ひとりでたくさんのたまごを集めるのは大変だから――。
「イヴちゃん、てつだっていただけますか?」
 つま先をひと鳴らし。伸びるよるいろの影にねがいを告げれば、星屑のきらめきを伴いながら散り散りになってたまごたちをさらっていく。
 せめて苦しみを与えないように。『おやすみ』は一瞬のうちに。集められたたまごたちに齎された終のうたは、きっと、やさしいゆめだけを運んだに違いなかった。

アンジュ・ペティーユ
セレネ・デルフィ

●ひかりのみち
「たまごだ! セレネ、たまごがある!」
「本当に、たまごさん……!」
 それはエッグ・ハントのつづきのよう。旅のみちゆきを通せんぼするように転がるイニグマ・エッグを指し示し、アンジュ・ペティーユ(ないものねだり・h07189)はかたわらを行くセレネ・デルフィ(泡沫の空・h03434)を振り返る。
「花の迷宮は美しいです、が」
 ゆさゆさ、ぶるぶる、小動物が怯えるような様。見た目も動きもどちらかといえば愛嬌がある佇まいだけれど、いずれ村の人々をも襲いかねないというのならば彼らが悪しき魔物へと成長しきってしまう前に倒してしまわなければならない。
「此処のたまごさんは悪いたまごさん……なのですね」
 既にこの周辺にもラフェンドラののろいが振り撒かれている可能性だってある。もしも完全に汚染されてしまっているのなら、彼らは生きたまま永遠に死に続ける苦しみに囚われてしまうから。だから、とセレネがふるりとかぶりを振れば、その決意を後押しするようにアンジュは力強く頷いて見せる。
「うんうんっ。今回はエッグハントのかわいいたまごじゃないけど、最悪なことになる前にやっちゃおう!」
 ひとりで立ち向かうことが困難だったとしても、ちからを合わせるならきっと。頼もしい友の言葉に淡く綻び、セレネはきゅっと顔を引き締めてアンジュにいらえるのだった。

「そういえば……アンジュさんと、戦うのは初めて……ですね」
 遊びに出かけることはあっても共闘というかたちをとったことはない。だから、互いの得意なこともまだよく知らなくて。そのままそれを問うたなら、ぱちりとおおきな瞳が瞬いた。
「ふふふー! そういえばそうだ、あたしは魔法が得意なんだ、空想魔法!」
「空想魔法……どんなものなのでしょう」
 首を傾けながらも興味津々な様子のセレネに笑みを返し、アンジュはとん、と自分の胸を叩いて見せた。
「――みててね!」
 これは、誰かが描いた|空想《ゆめ》の軌跡。
 ぱちんと鳴らした指と共に砕け散った空想宝石がひかりの粒となったかと思えば、すぐに意思を持つ炎となって燃え上がる様にセレネの口から感嘆が上がる。
「わ……すごい……! 綺麗……、なのに……すごい力を感じます」
 キラキラして綺麗だけれどそれだけではない。数を集めればよりおおきなちからとなって、どんな困難をも退けるひかりになるのだと片目を瞑って見せるアンジュへ、『実は、私も魔法を扱えるのです』と一歩前へと踏み出したセレネは胸の前で両の手を組みいのりのことばを口にする。
「地撲つ氷片を。……玉霰よ、届いて……!」
 相反する魔力はひかりの調和を描きながらイニグマ・エッグたちを包み込む。その殻が再誕という名の予期せぬ孵化を齎すよりも早く、ひとつ、またひとつと砂塵へと還していく。
「セレネの魔法も、とっても綺麗!」
 広げられた氷雪が木々へ炎が移ってしまわないようにしてくれるから、アンジュがちからを制御する必要はない。すごい、すごいと上がる声に、セレネの頬が淡く色付く。
「ふふ……実はもっとキラキラにもできるのですが……それはまた、別の機会に」
「えっ! もっとすごいものも?!」
 今じゃダメ? なんて、可愛らしいおねだりを聞いて仕舞えばつい応えたくなってしまうけれど、この先に待つ死の気配を打ち倒してからでも遅くはないから。今はこのひかりの奔流の中をただ進んでいこう。
「さーて、あとすこし! じゃんじゃんいくよ!」
「はいっ。残りも、頑張って倒しましょう……!」
 少女たちの歩みは止まる事はない。
 砂塵と化したたまごたちが、宝石と霰の名残を抱いていつまでも煌めいていた。

月夜見・洸惺
香柄・鳰

●星のゆりかご
 そよそよと囁き合いながら揺れるみどりの声までもが耳を優しく撫でていくよう。花々はぐんと背を伸ばし合いながら咲き誇り、村の中よりももっとずっと色濃いいのちがそこにはいっぱいに満ちていた。
「わあ、綺麗なところですねっ!」
「本当に。なんて濃い草花の香り! 美しい此処がダンジョンだとは一寸驚きです」
 春の花々がたくさん咲いているこの場所は、花迷宮の名に相応しい色彩が其処彼処に溢れている。言われなければここが迷宮だなんて思えないくらいだと月夜見・洸惺(北極星・h00065)が声を弾ませれば、草花を傷付けぬよう軽やかな足取りでつま先を運んでいた香柄・鳰(玉緒御前・h00313)もそれに応えた。
「でもでも、よくないタマゴさんたちが隠れん坊しているなら倒さないとっ」
 やさしい村の皆にも、この迷宮を訪れるであろう観光客の人々にも、ひとりも怖い思いなどさせられない。彼らがなにも知らないと言うのなら、被害が及ぶ前に解決して安心して楽しめるようにしなければ。
「ええ、引き続きエッグハント頑張りましょう!」
 洸惺にも怖い思いなどさせられない。重荷にならぬようにとひかえめに拳を掲げて見せたなら、くすりと笑みを溢した洸惺は鳰のぶんも抱え込むように、両の拳をぎゅっと握り込んでいっぱいに背伸びをして飛び上がってやる気を示した。
「第二回エッグハントも大成功を目指して、えいえいおー! ですねっ」
「まあ。ふふっ、そうね。えいえいお!」
 このうつくしい迷宮に死の気配は似合わない。望まれぬのろいを祓うべく、ふたりは意気込み彼方此方に潜んでいるであろうイニグマ・エッグたちを探し始めた。

「アルコルよ、導いて。……微かな光も、見逃さないで」
 示された洸惺のゆびさきからふわふわと浮かび上がるは、蛍にも似た死霊たち。淡い輝きを纏いながら現れたそのひかりを受けて、鳰はぱちりと目を瞬かせた。
「まあ……! 洸惺さんは頼もしい死霊さんとご友人なのね」
「はいっ。お友達なんですっ」
 索敵を担ってくれる頼もしいひかりに、なればと鳰が手招くは藤色の羽毛に包まれたちいさな雛鳥。チチ、と愛らしく囀る姿を見れば、わぁ、と洸惺の口からよろこびに上擦った声が上がる。
「八千代さんもふわふわで可愛らしいですねっ!」
「ふふ、お褒め頂きましたよ。良かったわね、八千代」
 さあ、探して。花が特に集い咲くところを。草葉の影を、木の根元を。たまごが隠れられそうな『すきま』は、先までのエッグ・ハントで見当がついている。それぞれの視線の先でみとめたたまごにピシリとひびが入った様子を見れば――大変!
「悪いタマゴからはモンスターが生まれるよう。孵る前に倒してしまいましょ」
「ええ、孵る前に……! 死霊さんたち、お花や根は傷付けないようにお願いしますっ」
 可愛らしい模様でめかし込んだ彼らは人間のまねごとをしているつもりなのかもしれない。生まれたばかりの存在を打ち倒すことに躊躇いを感じない訳ではないけれど、のろいを浴びたあとの末路を知っているからこそ、ここで迷いを見せる訳にはいかない。
「申し訳ないけれど……お帰り下さいな」
 鳰の神気が運ぶ『ゆらぎ』がイニグマ・エッグをとらえれば彼らに逃げるすべはない。淡いひかりと共にいのちを吸い取ってやれば、彼らは痛みさえ感じる事はないだろう。
「皆さんの脅威になる前に、おやすみなさい」
 いのちの廻りの、そのままに。手繰る死霊が運んだ眠りは、静かに、確かに、たまごたちを安らぎへと導いていった。

嘯・シアン
憂・サディスト

●ちぐはぐ
 そう言えば手に入れたことに満足してイースター・エッグの中身を見ていなかった。
 木々に、花に。好き好きにいのちを与えて剣を象らせ、隠れていたたまごたちを手当たり次第にぽこぽこ叩きながら嘯・シアン(恣意的思惟・h06837)は思考を巡らせていた。
「開ーけて、サディ君」
 己の補佐に徹していた憂・サディスト(蝶々結びで、・h12742)へ前触れもなくぽんと投げ渡せば、僅かな動揺の気配と共に黒いリボンがそれを絡め取る。無事にたまごを受け止めてくれたことを視界の端にみとめ、『やるねえ!』と可笑げに笑うシアンの姿にサディストの目が胡乱に細まった。
「……卵相手だからと舐めきってません?」
 一応前衛に立ってくれている、という自覚だけは持ってくれているらしい彼の代わりに正しいイースター・エッグの殻を割ったなら。ころりとてのひらの中に転がった金細工のピンブローチを手に、触腕の如く黒いリボンを張り巡らせる青年は徐に口を開きながら顔を上げた。
「さっきの約束、守ってくれるんですよね」
「え〜……やだよ、君とは趣味が合わないもん」
 それは先ほどの賭けへの報酬。『俺のために何かひとつ作品を』と正当な対価を求めれば、返ってきたのは『俺、君と違ってハッピーエンドが好きなんだ』という|堂々たる不満《わがまま》だったものだから。取り繕いさえしない拒否の言葉に反射的につい舌打ちを返せば此方の負の感情は十分に伝わったのか、シアンは困ったように眉を下げながら視線だけで振り返る。
「まあ気が向いたらね」
 面倒くさそうな様子を隠しもしない。けれど、確かに言質は取った。
「では、気が向くまで幾らでも待ちましょう」
 根くらべであれば負けてやる道理がないと、僅かに青年が唇の端を持ち上げたことは見て見ぬふり。おっと、とわざとらしく声を上げたシアンの声は果たして全てが仕切り直しの合図という訳では無かったらしい。
「二人じゃ手が足りないかな」
 先ゆく道を物理的に塞ぐイニグマ・エッグの群れを見上げ、指先に乗せた黒羽の小鳥を宙へ放つ。おまじないはそこそこに。与えるべくはさいわいの色彩。ひとつだけに注ぎ込んだ魔法はあびすを見る間にひとのかたちへと変じさせ、焔の槍を携えたその姿にサディストの瞳が大きく見開かれた。
「あんた……こんな小鳥にも戦わせるんですか。しかも無理矢理に……」
「ちょ、人聞きが悪いなぁ……!」
 心外だと言葉を返すけれど、互いに何処までそれが伝わっているのやら。『あびすだって俺と一緒に戦いたいよね? ね?』と言い募れば、ものいわぬ小鳥はものいいたげな視線を向けてくるばかり。そんなあと情けない声を上げる姿が見れたなら、意趣返しには十分か。
「あと、手なら足りてます」
 搦手としてのみ扱っていたリボンがその定義を、変える。
 今なお傍でペン先を滑らせるシアンの脇を摺り抜け、放射線状に蔓延らせた闇色のリボンは卵の厚い殻ごと貫き、蹂躙し、その総てを捕食していく。
 力不足などとは言わせない。契約は恙なく履行されるべきもの、そこに不十分など決してあってはならないのだから。

 一転して攻勢に立ち回りを変えたサディストによる一方的な蹂躙を、シアンは『すごいねえ』と何処か他人事のように見つめていた。いや、勿論己とて弾丸を描き出す手は止めていないのだけれど――。
「……卵達を片付けたら労ってあげよう」
 あびすも、意外と負けず嫌いの青年のことも。
 ちょっとしたご褒美くらいあってもいいのかもしれないな、なんて。そんな一瞬の気の迷いをシアンが最後まで覚えているかどうかは、また、別の話である。

賀茂・和奏

●証言A
 先程まで楽しんでいた祭りの雰囲気をそのまま運んできたようだった。
 地に、木々に、いのちのあたたかさが満ちている。観光地としても扱われていることがよくわかると賀茂・和奏(火種喰い・h04310)はぐるりと周囲を見渡しながら眩しげに眼鏡の奥の瞳を細めた。
「(村人の皆さんは、危険の接近に気付いてない)」
 異変は静かに、確かに迫ってきている。けれど、『知らない』という事は死の恐怖を知らぬまま平穏無事に今日を過ごせるのと同義だ。
「そのまま終わらせられるのが、一番だよね」
 春の花と瑞々しいいのちに溢れるみどりの道へと踏み出し、和奏は感覚を研ぎ澄ませながらこの迷宮に生まれ落ちてしまった異分子たちを入念に探し始めた。

「良ければ、お話伺っても?」
 なにもない。けれど、レンズを通して朧げに視認できる輪郭に明確な呼び掛けの声を届けたなら、空気中に漂う『それら』が嘗てのすがたを取り戻し始めていく。あるものは小鳥であったり、あるものはおおきな獣であったり――彼らは和奏が自分を認識していることを知れば、嬉しそうに声を上げてヒトの言葉を用いて挨拶を返してくれた。
『おれたちがみえるの?』
「はい、視えますよ。皆さん、この辺りでおかしな卵を見掛けませんでしたか?」
 通じ合えるかどうかは賭けのようにも思えたが、存外にも友好的に対話の意思を示してくれたことに和奏はにこやかに笑みを深めて安堵の息を吐き出した。
 動物たちの残留思念曰く、ミツバチのすみかを乗っ取っただとか、リスのねどこを横取りしただとか。たべものがたくさんあるところ、居心地のよりよいところを奪われてみんなこまっていると教えてくれたから。ありがとうございますと丁寧に謝辞を告げ、彼らのこまりごともまとめて解決するべくして和奏は隠れていたたまごへ破魔の刃を振るっていく。
 咲くのも、生まれるのも罪ではない。倒すのはこちらの都合なのだから、出来るだけ素早く、痛みを感じさせぬように。
「早く……行って、止めないと」
 この先に佇むいのちの全てを冒涜せんとする存在へと辿り着くために、和奏はその歩みを一層早めるのだった。

ノーチェ・ノクトスピカ

●まよいのもり
「いーすた、って綺麗だったね! ね、デネブ!」
今日この場には来ることが出来なかった友にもこのさいわいに満ちた春の欠片を見せたかったから。囁く声はひそひそとちいさく、手に入れたおまもりを大切そうに抱えながら、ノーチェ・ノクトスピカ(Nachtsängerin・h06452)は花迷宮の中を慎重に進んでいた。
「あれ? ここにもイースターエッグがある」
 小鳥の住処だったのだろうか、枯れ草を敷き詰めたちいさなベッドの上に、先程村の中でたくさん見かけることのできた見目にもたのしい色鮮やかなたまごがちょこんと乗っかっているものだから。
 なんの躊躇いもなく手に取ろうとして――、――がちん!
「わぁ!?」
 唐突に割れたたまごがノーチェの手に齧りつこうとしたものだから、思わず身を仰け反らせてしまう。幸い木の幹がからだを受け止めてくれたから、尻もちをついてしまうことはなかったけれど。
「噛まれるとこだった⋯⋯!」
 これが花迷宮に転がり込んできた春のたまごのまがいもの。このままではイースター・エッグと間違えて怪我をする人が出てしまう、それではいけないとノーチェはおおきく息を吸い込みながら星紡のタクトを指揮者の如く振るいはじめた。
|『アストライアーの慈愛を』《「てんびん座の星宴」》
 星を紡いで、うたを奏でよう。
 あまく紡がれた星呼の声は音階を奏で上げ、蒼穹の彼方より呼び寄せた綺羅星の軌跡となってイニグマ・エッグへと降り注ぐ。インビジブルに喰らい尽くされてしまう前に、その身が完全に孵化してしまうよりも早くに撃ち出された星の煌めきはその尽くをひかりへと還していく。

「――――、」

 不意に、花に満ちた迷宮の奥に待つ『死』が過る。
 屍王たる少女の在り方を想うと胸の奥が何故だろう、針を刺すようなちいさな、鋭くむず痒い痛みを感じて落ち着かない。
「(でも、僕も⋯⋯なぜだかわからないけど、向き合わなきゃダメなんだ)」
 この胸を掻き立てる衝動に名前を付けることは今はかなわなかったけれど、それでも。ひとつの解へと向かうべく、ノーチェはふるりと一度かぶりを振って再び前へと進み始めた。

祭那・ラムネ

●雨雲
 その少女の話を聞くたび、寂しい気持ちがひたひたと押し寄せてくる。
 知らず、縋るようにあおい輝石を握りしめてしまったのはきっと無意識のこと。祭那・ラムネ(アフター・ザ・レイン・h06527)は眉根を寄せながら、痛みを堪えるように一度強く目を瞑った。
「(誰かの死は、大切な者の死は、⋯⋯本当に苦しいって⋯⋯俺も知ってる)」
 けれど、だからこそ。それを知っている彼女自身こそが、誰かの『大切』を奪うことなどしないでほしいと願うのは傲慢だろうか。
「(だって、⋯⋯そんなことをしても⋯⋯彼女も、彼女の蘇らせたいひとも、きっと悲しいままだ)」
 彼女の大切な存在は、それを一度でも望んだのだろうか。歪なかたちで蘇らせた先にある穢れた生を、果たして彼女の『おねえさま』は本当に喜ばしいと思うだろうか。
 何度考えても答えは出ない。正解なんてどこにも存在しないのかもしれないけれど。
 たったひとつ。このままではいけないと思う心に嘘はつきたくなかったから、ラムネは決して歩調を緩めない。
「たまごの子を倒さないと」
 少女のもとへ辿り着く為には、道を塞ぐイニグマ・エッグたちを倒さなければならない。魔物とはいえ、|幼体《こども》に手を掛けることになる。
 槍を持つ手が僅かに震える。
 それでも自分の仕事を放棄したりはしない、出来ないから。
「⋯⋯おやすみ」
 いずれ人々の脅威となり得るのなら、その前に己の手で打ち払う。
 彼らが夢から醒める前に。痛みを知るよりも前に、この一撃で終わらせる。
「雨は、⋯⋯きっとあがるから」
 雲を裂く槍の一閃がそらの軌跡を描いて放たれる。
 目覚める暇さえなく、その身をインビジブルに捧げようとする意思さえ見せぬまま、イニグマ・エッグたちは音を立てて砕け散っていった。

 静寂が満ちる。
 薄ら寒いほどの閑寂は、果たして死の気配が近付いているが故のものだろうか。
「――行かなくちゃ」
 打ち砕かれたたまごたちが鮮やかな霧となって散っていく様を暫く見送ったそのあとに。ラムネは意を決するようにかぶりを振って、花迷宮の最奥へ進むべくして再び駆け出すのだった。

桜下・梢
狒ヶ嶽・渥麿

●懐郷のみどり
 枝の先が薄明るく見えるようだった。
 ほのかに赤みを帯びて幾つもの芽を膨らませる木々も、競うように蕾を開かせた花々も、すべてがすべて、やわらかなひかりを帯びているような気さえした。
「いやぁ、やったらぬくぬくの花満開な迷宮だなぁ」
 たまご探しの次はみどりの迷路。それ自体は長閑な光景の続きを見ているようで、あおくあまい春の空気をいっぱいに臓腑に吸い込みながら狒ヶ嶽・渥麿(猿戯・h07530)はううん、と陽気に誘われる眠気を払うように一度大きく伸びをした。
「梢ちゃんはこういうとこはおすきでごぜぇやす?」
 自分は故郷の山などを思い出すものだと笑いかければ、これも縁のひとつだと道を共にする桜下・梢(桜の木の下には・h06953)もまた、花首にいたずらに指の背を近づけながら眩しそうに目を細めていた。
「私めは、こういった迷宮染みたとこに身を置いてましたので。同じく懐かしく感じますわ」
 この先に蔓延る死ののろいさえなければ、花逍遥の続きを楽しんでも良かろうとも思うけれど。ころころと地面を跳ねるように転がってきた色とりどりのたまごたちを見れば、そうも言ってはいられない。
「っと、言ってる傍から卵がころころと」
「ふふっ、何かと卵と縁があるのがいーすたーなのですねぇ」
 幼体とはいえ魔物には違いない。行手を阻む障害であるならば退けねばなるまいと、卒塔婆を構えた渥麿はにっと唇の端を持ち上げて宙を游ぐ梢を仰いだ。
「放っておくのもあぶねぇですからね。ちゃちゃっと割っちゃいましょう!」
「ええ、ええ、渥麿さま」

 ――私、壊す方が得意ですのよ?

 それは間違いなく微笑みでありながら、ひどく艶めいた捕食者のそれであった。
 ふるえる唇の両の端からぎらりと覗いたのは、常は視えざる彼女の歯列であったのか――それが己に向けられたものではなくてよかったと。渥麿は軽やかに笑いながら音もなく地を蹴るのだった。
「うお、梢ちゃんの太刀でっけぇ!」
 胸元から引き抜かれるは咲き狂いの刃一振り。巨大な大太刀を顕現させた梢が桜花の一閃を振るう様に、渥麿はぱちりと瞳を瞬かせ感嘆の声を上げた。
「なんですそれ、おいらのよりめちゃくちゃかっこよくねぇですか!?」
「ふふっ、お褒めに預かり光栄」
 遅れをとってはいられない。彼女の勢いに乗じて一気に距離を詰めたなら、風を薙ぐ唸り声を上げながら振り下ろされた卒塔婆がひとまわりもふたまわりも大きなたまごたちを次々と叩き割っていく。なに、目隠しのスイカ割りよりはずぅっと簡単に違いないと構え直したその先で――頬を柔らかく撫でるあかい風の気配は、きっと気のせいではなかったのだろう。
「『いただきます』」
 ふわりと舞う花弁に紛れ漂う死霊の蝶が、卒塔婆と太刀から逃れた幸運で不運なたまごたちを残らず喰らい尽くしていく。再誕のちからを宿した『たまご』という生命力のかたまりは、ああ、何にも変え難いご馳走に違いない。

「にしても梢ちゃんの太刀、超かっけぇなぁ……いいなぁ……」
 壊して、食べて、飲み下して。すべてのたまごを砕き尽くしたそのあとに。改まった様子で向けられた羨望の眼差しに、梢はくすりと笑みを深めた。
「まぁ。渥麿さまのも扱いやすいようでトキメキますわ♡」
 ちょっと後で交換してみやせんか、なんて戯れ混じりのことのはの応酬を交えながら。ふたりのあやかしはくすくす、けらけら、何時迄も可笑しそうに笑っていた。

ラナ・ラングドシャ
ラデュレ・ディア

●The Empty Throne
 ゆらゆら、ゆらり。絹のリボンを尻尾の先に結え、ご機嫌に花迷宮を進むラナ・ラングドシャ(猫舌甘味・h02157)のかろやかな歩みに重なるように、弾むつまさきに合わせてラデュレ・ディア(迷走Fable・h07529)の長耳に飾られたそろいのリボンが揺れている。
「……? まあ、ラナ。ご覧ください、こちらにもたまごがあります」
「わ! ほんとだ! 誰かが落としちゃったのかな?」
 二度目のエッグ・ハントだろうか。色とりどりのたまごたちは見目ばかりは愛らしいけれど、先ほど村の中で見つけたものたちよりも幾分、いや、随分おおきい気がして。
「持ち主を見つけ――み”ゃっ!?」
「――わっ、動きました! 少しずつ殻が……!」
 ころころとひとりでに動き出したたまごたち。まさかいのちが宿っているとは思わなかったラナがぴょんと真上に飛び上がるのに合わせてラデュレも一歩だけ後退る。ぴしり、ぱしりと乾いた音を立ててひび割れていくその様は、今まさになにものかが生まれようとしている前触れに違いない。
「な、なにあれ……! なにか生まれる……?」
「お気を付けください、ラナ。こちらのたまごはイースターエッグではありません……!」
 ざわざわと全身の毛が逆立っていく心地がする。それは決していい予感と呼べるものではなかったから、友を庇い立つようにばっと両腕を広げれば、直ぐ様書物を取り出したラデュレは己もまた戦えるのだと声を上げた。
「ラナ、力を合わせて孵るのを阻止いたしましょう」
「……うん、村のみんなの脅威になってしまう前に。ボクたちで食い止めよう!」
 生まれたばかりの命ではあるけれど、それが脅威の芽であることを理解した上で放っておくことなど出来はしない。生まれ出づる魔の完全なる孵化を阻止せんと、頷き合った少女たちは互いのちからとなるべくして動き出す。

 ちりん。ちりん。

 耳の花飾りに触れる――それが、ボクたちの合図。
「みんな、武器を持って! ボクと一緒にあの卵たちと戦おう!」
 微かに鳴った鈴の音はラナの可愛い仔猫たちが齎す悪戯な足取りを示すもの。ラナの号令に合わせて飛び出した仔猫たちは、一斉にぐらぐらと揺れるたまごへと刃を向ける。
「おいでませ、うさぎの兵士たち。わたくしにお力添えくださいませ……!」
 開かれた物語の頁から喚び出されたのは12の役割を宿したうさぎの兵士たち。ざく、ざく、と土を踏む物々しい足音は、遍く罪へ幕引きを運ぶ緋と黒の緞帳であった。
「――おっと! ボクはこう見えても俊敏で反射神経もいいよ!」
 前脚を割れたたまごの殻から覗かせたイニグマ・エッグの鈍い一撃などそうそう当たりはしない。『なんたって可愛い猫ちゃんだからねっ!』と木々の合間を飛び回るように跳躍するラナと仔猫たちを、誰にも止められやしない。
「ほらほら、よそ見してたら仔猫ちゃんとうさぎ兵たちがキッツイ一撃喰らわせちゃうよ〜!」
 善いたまごに、悪いたまご。その中に眠るものは目覚めの時を迎えるまで明らかになりはしない。可憐な殻に包まれていてはその真偽さえ確かめることは出来ないけれど――『裁くもの』の目を誤魔化すことなど出来ようはずもない。
「ラナは素早いですが……わたくしも鈍足ではありません!」
 槍に貫かれたたまごの中から溢れ出た緑の体液が禍々しさを連れてくる。
 それは既に汚染された、穢れたいのちのあらわれ。災厄はすぐそこまで迫ってきているのだと知った少女たちは花迷宮のさらなる深部へと足早に向かっていくのだった。

エオストレ・イースター
咲樂・祝光

●エッグ・トラップ
 酷く死臭を纏ったそれは、三毒の香りだ。
 この迷宮の先に件の屍王なる存在が座しているのは間違いないだろうと緊張に睫毛を僅かに震わせた咲樂・祝光(曙光・h07945)の傍らで、春の祝祭を胸いっぱいに抱きながら桜の花弁を歩みと共に舞わせていたエオストレ・イースター(桜のソワレ・h00475)は花の間に間に色とりどりのたまごの姿をみとめてわっと歓喜の声を上げた。
「おっと……、このイースターエッグみたいなやつは……」
「あっ、祝光見て! ここにもイースターエッ……、」

 がぶり。

「あっ」
 知っているから気を付けろ、と祝光は言いたかった。
 意地悪のつもりではなかった。なかったのだが、常よりも十割増しで浮かれているエオストレのほうが祝光の言葉よりもうんと素早かっただけで。
 だからこれは不可抗力だ。そのはず、なのだけれど。
「……。…………」
 おそるおそる幼馴染の方を伺う。だって、不気味なくらいの沈黙に満ちていたから。ぱかりと割れたイニグマ・エッグはエオストレの手に齧り付いて離れない。ぱたり、ぱたりと血の雫が落ちて――ざわりと、その全てが一斉に『開花』したのを祝光は間近で見てしまった。
「……なんだァ……?」
 地を這うような声だった。とても、とても普段の可憐で愛らしい弾んだ声音とは程遠い、禍々しささえ滲んだ低い声だった。
「ハッピーなイースターエッグが……人を襲うだァ……??!!」
 許せない。
 許せない、許せない許せない許せない。
 それはエオストレの存在意義を揺らがすほどの冒涜的行為に違いない。
 向けられた鋭い眼光に一瞬たまご(と、祝光)が射竦められてその動きをびたりと止めたのは、多分不可抗力だった。
「エオストレ、可愛い顔が台無しだぞ」
「絶対に許せない!! イースターはな……イースターなんだ!」
 このハッピーなイースターを血で穢すことは誰にも許されることではない。今日という日はいのちの喜びに満ち満ちた、春の祝福を知らしめるためにあるべきなのに。
「許さないぞ、アンハッピーイースターエッグ共!」
「エオストレ、これイースターエッグじゃないから。ハッピーなイースターエッグは人を襲わない、だろ?」
 悲しきかな、祝光の言葉は春の狂喜に満ち溢れるエオストレには届かない。喰桜を抜き放ち己の手に噛み付いたたまごを勢いよく地面に叩きつけたエオストレの瞳には、禍津のひかりが静かに宿っていた。
「――さくら、さくら、仇桜!」
 ばちん。ばきん。べきん、ばしん。
 まるで旋風に巻き上げられた花嵐だ。祝光の静止などお構いなしに次々とイニグマ・エッグを粉砕する鬼神が如き戦いぶりを見せる幼馴染の姿に若干引きつつも、防御を完全に捨てたエオストレがこれ以上の傷を負わないようにと祝光は守護の桜符を解き放つ。
「君の太刀筋の粗は知ってる。その隙を補ってやるよ」
「祝光! ……もちろん、僕だって祝光を守る!! ハッピーなイースターも、守ってみせる!!」
 咲櫻の加護が己を包んだことで漸くほんの少しだけ我に返ったエオストレが祝光を振り仰ぐ。その瞳に僅かな理性が戻ってきていることに安堵して、『存分に』と頷いた祝光は守護結界を次々に展開していく。
「……やる気になればすごいんだよな」
 出来れば普段からこのくらい頑張ってくれたらいいのだけれど――悲しきかな、春の化身とはそういうものなのだと祝光自身が誰よりもよく知っていた。

 この迷路を抜けた先に招かれざる死の女王が佇んでいる。その少女こそがこの『ハッピーなイースター』を穢そうとしている張本人なのだと耳にするが早いか、エオストレは傷の手当てもそこそこに喰桜を手にしたまま駆け出していくのだった。

第3章 ボス戦 『屍王『ラフェンドラ・オピオイド』』


●Queen's Throne
 何も見えない。
 何も、何も聞こえない。

 激しい痛みが全身の血管を熱を帯びながら逆流していく。痛いのか、熱いのか。誰もその感覚を明確に言葉にすることなど出来はしなかっただろう。
「おねえさま……。……わたくしの声が聞こえていますか?」
 蜜を運ぶ働き蜂は突然の寒さに身を縮こませると、ほどなくして柘榴が弾けるようにぶちゅりと音を立てて醜い汁を四散させながら地面に次々と落ちていく。腐り落ちていく巣蜜が黒く膿んでいくのを、誰にも止めることなど出来はしなかった。
「いのちに満ちたこの場所を。花の揺籃を。わたしはおねえさまに捧げます」
 はじめに、誰が声を上げることが出来ただろうか。
 血のあぶくばかりが滴りそうになる口を、喉を引き攣らせながら名を呼べば。腐臭を放つ花の祭壇を仰いでいた少女はゆっくりとEDENたちを振り返った。
「……。……ああ……」
 寝ぼけ眼を擦るようにゆっくりと瞬いた少女の生白い頬が、薄らと血の気を帯びていく。然してそれは決してEDENたちにとって喜ばしい感情の発露などではなく、手段と目的のさかいめを失った狂信者の歓喜の声であった。
「おねえさま、ご覧ください。いえ。きっとご覧になっておいででしょう? これだけのいのちがあれば、おねえさまに適合する器が見つかるかもしれません……!」
 骸の残骸を抱いた少女の全身から、ぶわりと昏い澱みが解き放たれたのはほぼ同時のこと。
 全身を蝕む死の呪いを乗り越え――あなたたちは、彼女を止めなければならない。

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 第三章 ボス戦 『屍王『ラフェンドラ・オピオイド』』
 迷宮の最奥にて、腐敗した花の祭壇の前で儀式を行うラフェンドラ・オピオイドとの戦闘になります。
 周囲は彼女が振り撒くゾンビ・ウイルスに満ちており、息をするだけでもいのちは静かに侵食されていきます。全身にこののろいが行き渡るよりも前に、ラフェンドラを打ち倒し花迷宮に平穏を取り戻しましょう。

 対話は可能ですが、『おねえさまの再誕』を切望し、手段を厭わぬ彼女にみなさんの多くの言葉は届かないでしょう。
 大いなる『死』を退け、こののろいにどうか打ち勝ってください。

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ルカ・ルチア

●骸の道化
 正直なところ、気持ちだけなら理解できる。
 大切なひとの理不尽な死を受け入れられない、認めたくない。取り戻せる手段がもしもこの世のどこかに存在しているというのなら、それに縋らずにいられようか。
 そうでもしないと生きていけない。きっと受け入れられやしないと、ルカ・ルチア(プラチナファントム・h12654)はそれでも、いや、とかぶりを振って憂いを振り払うと哀れな少女と真正面から対峙した。
「……かわいそうに」
 いっそ諦めてしまえたら、どんなにか楽だろう。少なくとも終わりのない迷路からは脱することが出来るだろう。今よりは苦しくないだろうに、
「ええ、……ええ、ええ! おかわいそうに、おねえさま。今もおねえさまは、冷たい骸の檻に閉じ込められておいでです。一日も早く、一刻も早く、わたしがちっぽけな『たましい』などという戒めから解き放ってさしあげなければ……!」
「あなたを見ていると、どこか……、」
 頑なに己を『そう』だとは認めない。それはラフェンドラという幼なげな少女にとって、救いであったのだろうか。それとも。
「(……やめておこう)」
 こんな言葉が届くわけない。もっと、もっと早い段階で彼女の手を誰かが取ってくれたなら、何かが変わったのだろうか。
 あらゆる限りの『もしも』を浮かべたとて答えは出ない。
「多分あなたはまだ諦めないよな」
 それならばせめて、無差別に死を齎すのろいと化した彼女を止めなければ。
 低く跳躍したからだが、屍の騎士の合間を無理矢理にすり抜けていく。顎門の如くがぱりと口を開けた無数の影が、その追撃を許さぬままに腐肉を絡め取っていく。
 ――間近に迫った彼女の目を、両の瞳が、『見た』。

「――――!」

 『死』が、一度に溢れ出す。
 体が軋む。ポケットの中のたまごが、割れてしまった音がした。
「それでもおれは何度だってあなたを止めるよ」
 けれど、それは決して不幸な出来事などではなく――致命の一撃をたまごの殻が肩代わりしてくれたのかも、しれない。
 撃ち込まれた腐食の弾丸は、皮肉にも彼女のちからとよくよく似たものだった。

月夜見・洸惺
香柄・鳰

●月明の路
「おねえさま、ですか」
 他の誰をも犠牲にすることを厭わぬほどに。それは彼女にとって命にも代え難い大切な存在なのだろうと、香柄・鳰(玉緒御前・h00313)は暈けた視界の先に立つ膠のように黒く凝った死の気配に瞳をすうと細めた。
「一切理解出来ない……とは、言えないのだけど」
 それでも、貴女を止めます。
 大太刀に手を掛けた鳰のかたわら、月夜見・洸惺(北極星・h00065)もまた、ぎゅっと己のてのひらを握り込み――顔を上げたその瞬間に、自らの姿を八つ足の天馬の姿へと変じさせると低い嘶きと共にきっと彼女を真っ直ぐに見据えた。
「あなたにとって、とても大切な人だったんですね」
「――おねえさまは! おねえさまは、いまも『ここ』においでです!」
 認めない。認めない、認めない、許さない。
 今はただ、深い深い眠りについているだけ。魂の輪郭を失ったことも、絶対死をも認めぬ少女は駄々を捏ねる子どものようにぶんぶんと髪を振り乱した。
 その姿はひどく矮小で、哀れにも映ったけれど。
「……でもでも、死者の安寧と秩序を護る一族の一人として、生命への冒涜は赦せませんからっ!」
 矛盾している。死を認められず、然れど生も肯定できない。
 出口のない袋小路に迷い込んだ少女を、ああ、一体誰が救えただろうか。
 手段を見失った狂信者に齎すべき慈悲を下すべく、鳰と洸惺は一瞬だけ視線を交わすとちいさく、それでも確かに頷き合った。
「洸惺さん、大丈夫ですか?」
「今のところはっ。鳰さんも大丈夫ですか?」
 目には見えない。けれど、確実に『のろい』はふたりのいのちをも蝕んでいく。呼吸をすることさえかなわなくなるよりも前に、彼女を完全に沈黙させなければならないと言うのなら。
「ええ。早めに決着をつけた方が良さそうね」
 これ以上の問答は無用だ。であるならば、後は互いのいのちを散らすだけ。このふたつの眼は不自由なれど、何処までも駆ける天馬の蹄が、きっと歩みを助けてくれる。
「はいっ。いのちと花の揺籠を守るためにもっ」
「そうね、花の迷宮や村へ呪いが届いてしまう前に!」
 駆け出した洸惺の高らかな蹄の音が反響する。
 空気が、木々の声が、鳰にこの空間の『余白』を伝えてくれるから、迷わない――ああ、彼の天馬のなんと力強いことだろうか!
「先陣はお任せをっ!」
 その巨躯と速度を生かした突進が、ラフェンドラを護るように立ち塞がった屍兵の体を強く、強く打ち据える。腐り切った肉の身体は脆く、それだけで酷く粘ついた音を立てながら熟れ切った果実が破裂するかのように弾け飛んでいくのを止められない。
「鳰さんの頼もしい刀捌きには敵わないですが、僕もやるときはやるんですっ」
 守られるばかりではいられない。自分だって肩を並べて戦うことが出来るのだと示すように、洸惺はその歩みを決して止めることはない。死角から飛びかかってきた腐肉の腕を、木々の影から跳躍した鳰の一閃が勢いよく斬り飛ばす。
「ふふ、十分頼りにしてます」
 幾ら無尽蔵に屍を生み出そうと構うまい。
 洸惺が切り拓いた屍王への道を、鳰は一直線に駆け抜けていく。
「……おねえさまを求めるうちに、思い出も忘れてしまったのでしょうか」
「もう少し早く、貴女と出会いたかったわ」
 死の気配は生きる限り常にあるもの。この身を呪いが蝕もうとも、彼女の『歪み』を寂しく思おうとも、足を止める理由にはなりはしない。せめてと振り下ろされた鳰の落花啼鳥の刃が、ラフェンドラを袈裟懸けに大きく斬り裂いた。

家綿・樹雷

●ちっぽけな少女
「どうも、妖怪探偵の家綿・樹雷(綿狸探偵・h00148)だよ」
 意思疎通は叶う。が、少女は対話を望まない。ある程度は予想の範囲内であったから、樹雷はその様子に構うことなく細い糸を手繰るようにことのはを紡ぎ続ける。
「あなたがおねえさまの復活を望むのは分かる。ただ、器があっても|インビジブル《本人の魂》がなくては復活できない……」
 その言葉にラフェンドラの血の気の引いた唇がわなわなと震え出す。それは果たして図星であったのか、それとも『死の概念を他者に指摘されること』に対しての怒りだったのか。
「絶対死ってことはおねえさまの死に王劍が関わってない?」
 Ankerの存在なくして能力者、或いは簒奪者に絶対死を下すことはかなわない。
 例外はただ一つ。王権執行者が王劍を手にしたその瞬間――最愛の姉を彼女が自ら殺したとは考え難い。であれば彼女は、或いは『おねえさま』は、一体誰と対峙していたのだろうか――?
「定命の存在が、おねえさまを語らないで! わたしと、おねえさま。ああ、せかいにはそれだけがあればよかった! それだけでいればよかったのです!」
 血走って涙ぐんだ双眸がぎらりと樹雷を睨みつけるのと同時、屍の騎士たちが一斉に煮え立つラフェンドラの影の中から湧き上がってくる。言葉は確かに届いた筈だ。その筈だが――ああ、届きすぎてしまったのか。
「……うん、もう聞いてないね」
 熱波が地面から上がってくるかの如く濃くなった瘴気を吸い込まぬよう、樹雷はどろんと煙に紛れその姿をちいさな綿塊へと変じさせる。血の通わない無機物に変じてしまえば、屍の騎士たちはこの身を感知出来ない。血潮で錆びた刃が振り回されようと、誰も樹雷をとらえることなど到底出来はしなかった。
「平和な村をゾンビに襲わせるのは許さない!」
 もし。もし、『おねえさま』のインビジブルが王劍そのものに融合しているのならば。その王劍さえあれば、あるいは――?

 今はまだ明快な解に辿り着けずとも。それでも、兆しはきっと見えたに違いない。
 巨大狸へと変じた樹雷の剛腕が、ラフェンドラのちいさな身体を強く、強く打ち据えた。

アンジュ・ペティーユ
セレネ・デルフィ

●『たすけて』
 何ごとかと思う。魚が腐ったような酸っぱい、胸の悪くなるような臭気に、人の魂を歪めるほどの悪霊が宿っているようだ。
 これが『死』。
 いのちが芽生える春を蹂躙する、悍ましいのろいのちから。
「これが死の呪い、なのですね……」
「大変だ……! いろんなものが枯れてしまう……!」
 なんて。なんておぞましく、悲しいちからなのだろう。睫毛を震わせながら顔を俯けたセレネ・デルフィ(泡沫の空・h03434)に寄り添い、アンジュ・ペティーユ(ないものねだり・h07189)はその細い肩をしっかりと支えた。
「全てがゾンビになってしまう前に、のろいをどうにかしてしまおう!」
 それは彼女が守られるだけのか弱い少女でないことをもう知っているアンジュの確かな信頼のかたち。力強いその言葉にはっと顔を上げたセレネは、友のきもちに応えるように強く、深く頷く。
「そうですね、アンジュさん……! このままでは……全てが死に満ちてしまいます。止めなければ……!」
 彼女の『おねえさま』とは、どんなひとだったのだろう。
 少なくとも――気が触れてしまったラフェンドラの今の姿を見て、喜びはしないのではないか。そう、思いたかったから。ここで止める。止めてみせる。少女たちは確かめ合うようにぎゅっと一度手を繋ぐと、決意を胸にそれぞれの魔力を編み始めた。

「セレネ! 今回もあたしは宝石魔法でキミを援護するよ!」
 でも、今回は先の戦いとは違う。今も彼女が振り撒くのろいが、刻一刻と死を近付けてきているのが分かるから。肌が灼けようと、喉が枯れようと、この魔法を、炎を潰えさせることなんかさせやしない。
 キミを護るために。彼女を、止めるために。
「あたしの全ての魔力をもって、この魔法を浴びせちゃう!」
 先よりも大きく、強く。燃え盛る炎のゆらぎが、眩いほどの宝石の煌めきを受けてその勢いを増していく。
「アンジュさん……、……はいっ!」
 今まで以上の膨大な魔力を感じながら、セレネもまた冬のあらしを今一度呼び覚ます。いのちを蝕む死ののろいから植物たちを氷のよろいで守るように。荒れ狂う霰の礫は立ち塞がる屍騎士たちを穿ち貫き、誰ひとりとてアンジュに近付けさせないためにより苛烈になっていく。
「ゾンビさんの一撃は、危険です……! アンジュさん、どうかお気をつけて」
「当たったらとんでもない事になりそう……! うんっ、あたしも気をつけるよ!」
 肺に血が込み上げて来ようとも、セレネもアンジュも、魔力を決して途切れさせはしなかった。
 振り下ろされた剣の一撃は轟轟と音を立てて噴き上がる炎に弾き返される。風のように舞い上がったましろの翼を、誰にもとらえることなど出来はしない。
「あなたに、私達のいのちを捧げる事はできません。勿論、他の方々も」
 黒衣の少女の涙ぐんだ瞳は痛みによるものだったのだろうか。それとも。
 どうかお引き取りくださいと、告げるセレネを睨み付けようとする『のろい』を前に、アンジュは両腕を伸ばして立ち塞がった。
「誰にも。誰にも、誰にも、わたしの邪魔はさせはしません。すべては、おねえさまのため……!」
 ぐずぐずと音を立てて崩れていく草花が――どうして? ふたたびいのちを取り戻していくのは――、
「朽ちた花を咲かせる魔法。それがあたしの、空想の力なんだ。簡単に終わらせたりはしないよ!」
「心を交わせないのなら――どうか、眠って」
 どうして、と。口に仕掛けた少女を、炎と氷雪の螺旋が瞬きも許さぬままに包み込んだ。

嘯・シアン
憂・サディスト

●Dies Iræ
 折角静かに眠っているところを、こともあろうに腐臭で叩き起こそうとは。やれ、残された者というものは斯くも傲慢になるものか――実に滑稽なものだと、憂・サディスト(蝶々結びで、・h12742)はちいさく肩を竦めた。
「俺ならキレます」
「そうだなあ。彼女の一途な物語のその先を見てみたくはあるけど」
 おろかな道化の行く末など碌なものにはならないと相場が決まっている。
 所詮は他人事。サディストも、嘯・シアン(恣意的思惟・h06837)も、何処か冷めた眼差しでラフェンドラという名を授かった黒き少女と対峙していた。
「きっとハッピーエンドには至れないだろうね」
 彼女は何処までも人間臭い。だからこそ、踊り狂ったあとに残ったものを抱き締めることが出来るかどうか――その結末には多少興味はあるけれど、この胸には先ほど村人から譲り受けた『さいわい』がある。であれば優先すべきは好奇心よりも恩だろうと、シアンはペン先を掲げながら柔らかく微笑んだ。

 腐肉から滴り落ちる濁った汁がみどりのみちを穢していく。
 統率の取れていない屍兵たちが生きる血肉を求め群がってくる様を、『映画みたいだ』と男は可笑しげに笑った。
「でもさ、サディ君はこういうの好きじゃない?」
 ゾンビ蔓延るアポカリプス。破滅的な世界観は如何にも君の好みではないだろうかと首を傾げるシアンの様子に、サディストはちいさく溜息を吐きながら闇色のリボンを編み上げていく。
「ゾンビ映画が好きなのは先生の方でしょう。俺はもっと品のある終末が好みですかね……」
 例えばそう――|ディエス・イレ《怒りの日》の一節など相応しい。
「……うーん、なるほど?」
 フレーズを聞けば思い至れそうなものだが、タイトルだけでは今ひとつぴんと来ない。わかっているやらいないやら、指揮者の如くペンを宙空へと滑らせ始めたシアンの様子を横目に、編み上がった黒槍を手にサディストは群がる屍を薙ぎ払っていく。
 痛みを遠く忘れた屍兵は斬れど貫けどその歩みを止めることはない。面倒ではあるが、順に頭を潰していくほかないかと眉根を寄せた、次の瞬間だった。
「!」
 昏く沈んだ天より飛来せしは『神』なるもの。
 伸べられた手が下すは審判の時。突如として響いた鉄槌が振り下ろされたような爆音と炎の礫に飛び退ったサディストは幸いかな、粛清の手から逃れることが叶った。

 怒りの日。望まれぬ者たち。還るべき者たちよ、穢れし肉の檻に囚われし者たちよ、己が罪を知るがいい――甦りし愚者、その悉くへ永遠の炎が裁きを与えるだろう。

 無慈悲に降り注ぐ終末の炎を見上げ、サディストは暫し時を忘れた。
 亡霊のような人影が縺れ合うように倒れ伏していく。焦げ臭いなど生やさしい、質量を伴う煤が臓腑までもを穢していくようだ。
「(ああ、彼の|作品《真骨頂》を垣間見られた)」
 余りにも独自解釈が過ぎる。
 こんなものは冒涜だ。ああ、なのに。この胸に満ちる感情の名は。
「どう、俺のミリしらは。気に入ってくれたかい」
「……約束、守ってくれたんですね」
 彼は成した。であるならば、後は目前の屍王を断罪するのみ。
 退路を塞ぐように降る神の炎が燃え上がる。焼け爛れた腐肉の塊の先に立っている彼女に、幕引きを。
「いや、いや! 離して、離しなさい……!」
 地より涌き出る黒いリボンが哀れな少女を絡め取る。炎の中を突っ切るように飛び込んできたサディストが、シアンが、それぞれの槍を少女へ深く、深く突き込んだ。

ノーチェ・ノクトスピカ

●星の面影
 蚕に食い散らかされた桑の葉のようだった。
「う……!」
 つんと鼻をつく腐臭に、悍ましい腐乱した屍騎士の無惨な姿に思わず目を逸らしそうになるのをノーチェ・ノクトスピカ(Nachtsängerin・h06452)は必死に堪えた。
「(目を逸らしちゃいけない!)」
 嘔吐きそうだ。本能に訴えかけてくる嫌悪感と恐怖を、それでも懸命に抑え込む。
 あの子は本気で、こんなことをしてしまうほどに狂うくらいに必死で、愛する家族の再誕を望んでいる。そのひたむきな想いだけは、穢されてはならないと思うから。
「……かえってきてほしいよね」
 ノーチェの胸の中にも、似た想いがあった。
 その面影は朧げで、何時、何処で出会ったのか、一体誰にかえってきてほしいのかさえわからないけれど。――なぜだろう、寄り添うデネブのことを、頼もしい友のことを、如何してか今は見ることが出来ない。
「わたしは、……わたしは、おねえさまに……、……おねえさまに、また、わらってほしいだけ……!」
「……!」
 決意が揺らぎそうになる。
 でも。でも、それでも、立ち向かわないといけない。だから。
「花は散っても、また廻り咲く。それが全く同じ花ではないように……同じ存在には、なれない」
 それは彼女に言い聞かせるというよりも、自分自身に向けた言葉だったのかもしれない。放たれたことのはにラフェンドラが息を呑んだ一瞬の隙をつき、ノーチェは星紡のタクトをそらへ掲げた。

 たとえ君に届かなくても。これ以上君が、きっと、やさしかったんだろう君が、誰かを傷つけないように、僕は歌う。

 屍騎士が剣を振り上げるよりも早く、燃え盛る大蠍の尾がその悉くを薙ぎ払う。顕現したフレイム・コレールが、穢されたいのちを包み込むように炎の勢いを増していく。
|『アンタレスに 灼かれて』《「さそり座の義憤」》
 蝕む死の呪いごと|燃やそう《葬送しよう》。
 この歌が、どうか。君の想いを、ひとかけらでも救ってくれますようにと信じて。

賀茂・和奏

●信じるべきもの
 賀茂・和奏(火種喰い・h04310)は彼女の姉なる存在と、少女が過ごした時間を知らない。他の命を奪い続けても、ただ願うだけの日々と想いの根の深さを分かるなどと到底言えやしない。
 でも。今なおぐずぐずと音を立てて腐り落ちていくうつくしかったみどりのゆりかごを、いのちを器や材料としてしか写すことが出来ないのなら。
「止めます」
 ただ一言。たった一言を皮切りに、地を蹴った和奏が抜刀するのとほぼ同時に屍の騎士たちが重々しい足取りで並び立つ。動きの鈍いそれらは純粋な敵というより、質量を伴う物理的な壁に等しい。それでも彼女が『肉の壁』に仕立て上げた彼らとて、罪のないいのちであったことが分かるからこそ、遣る瀬なさが胸に靄を張り巡らせていくようだった。
 招いた鴉の異形が濁った鳴き声を上げるのを横目に、和奏は片割れの別雷で以って破魔の斬撃を屍たちに打ち込んでいく。がぱりと顎を開いた屍騎士が噛み付かんとする気配を感じ取り、咄嗟に足で強く蹴り出して物理的に屍たちを引き剥がす。
「貴女が奪ったいのちは、誰かのお姉様のような存在かも」
「……、……それが、なんだというのです」
 世界を敵に回しても。それほどの願いを否定はしない。
 けれど、こんなやり方の果てに姉の再誕を果たしたとして――怨嗟は廻る。
「その連鎖の先で、いきていくことは、とても厳しい」
「……それがなんだというのです! おねえさまは、……おねえさまは、成せぬことなどないのだと! わたしに教えてくださいました!」
 抜き放った寒鴉に宿した炎が、轟と音を立てて燃え上がる。涎を垂らす青を一瞥し、和奏は『青くん』とその名を呼ばう。
「……ゾンビ化している人達と、彼女だけだよ」
 他は、食べないように。
 いのちに満ちたこの場所は、彼にとってご馳走に違いないけれど――手綱を離すことはあるまい。屍を喰らう鴉の声が、腐り落ちたいのちたちを舐めるように吸い上げていく。蒼き呪炎を纏う一閃が、少女の悲鳴ごと妄執を斬り裂いた。

廻里・りり

●トワイライト・シンドローム
 たいせつなひとには、ずっとずっととなりにいてほしい。彼女の切なる願いは廻里・りり(綴・h01760)にも理解が出来た。
「(わたしがもし、たいせつなひとを失ったとして……)」
 『また会えるかもしれない』。そんな方法を見つけてしまったときに、自分は求めずにいられるだろうか。それを思うと彼女を真っ向から否定することもできなくて、僅かな躊躇いが生まれてしまうけれど。
「でも、やっぱり。いのちをうばって、自分の願いごとを叶えるのは、ちがうと思うんです」
 彼女が奪った数多のいのちもまた、誰かにとっての唯一であったはずなのだ。その行いを肯定することは出来ないからと、りりはぎゅっと胸の前で手を握り込みながらラフェンドラへと向き直る。
「それに、あなたのたいせつなひとは……のぞんでいるんでしょうか」
 いきかえることも。愛するいもうとが、こんな方法を用いていることも。りりが齎した問い掛けに、ラフェンドラの眉が怒りとも悲しみともつかぬかたちに寄せられる。
「……おねえさまは、わたしの行いを褒めてくださいます! 永遠を、死を超越したこの秘術を、わたしは……わたしは、ただひとり。おねえさまだけに捧げるのです!」
 どうしてだろう。目の前の少女は悍ましい冒涜者であるに違いないのに、ひどく哀れなもののように感じられるのは。彼女が最愛を失ったそのときに、彼女の涙を拭ってくれる存在さえいれば――こんなにも歪みはしなかったのではないだろうか。
「……わたしからは、あまい夢を」
 これ以上の問答は不要だ。それならば、せめてうつくしいせかいを彼女へ捧げよう。
「(せっかくきれいなお花が咲いていたのに……もう、おそいですもんね)」
 星紡の影を伸ばしたりりの足元から出づるは煌めく星屑を抱いた数多の蔓薔薇。屍騎士の足元を擦り抜けたいばらの蔓はラフェンドラを絡め取り、そのちいさな身体を棘で貫いていく。
「ぁ…………!」
 声にならない声は、少女の嘆きであったのか。幾重も、幾重にも折り重なる蕾たちが、穢れた魂を吸い上げて大輪の花を咲かせていった。

祭那・ラムネ

●かえりみち
 幼い頃、実の妹を喪った。
 それは母親だったおんなの腹の中にまだ、妹がねむっていた頃のこと。
 祭那・ラムネ(アフター・ザ・レイン・h06527)は母親とどこかに向かう途中であった。それはこれから『捨てられる』道程だったに違いなかったのだが、幼かったラムネにはその全容まで理解することはきっと出来なかっただろう。
 母はラムネの怪異を誘き寄せる体質をずっと気味の悪いものだと怯えていて。ラムネ本人の意思が関与していないものであったとしても、当たり前のように生を受け、当たり前のように育まれるはずの母親からの愛情は嫌悪や恐怖という感情へと容易く塗り潰されてしまった。
 ひとはそれを薄情な母親だと糾弾するだろうか。……それとも、『仕方のないこと』だと擁護するのだろうか? 今となっては、いや。当時でさえ、誰も母にも、ラムネにも納得できるような答えを齎してはくれなかっただろう。
 高速道路を走っていた、そんな時でさえ怪異は無慈悲にも襲い掛かってきて。戦うすべを持たなかった母子は、そのまま。――そのまま。
 悲劇にもその事件は交通事故として有耶無耶に処理されてしまい、母の腹の中にいた妹は結局、ラムネが顔を見ることさえ叶わぬままにいのちを落としてしまった。

「(生き返らせられるのなら、それが贖罪になるのなら……)」
 自分も手を出してしまうかもしれない。そんな風に思ってしまった自分はヒーロー失格だろうか。でも、それでも。やっぱり、心の何処かでブレーキがかかる。『犠牲の上で成り立つ妹の再誕』に手を染めることなど出来ない。出来ようものか。あの子の誕生を無関係な人の血で染めることなど決して出来はしない。
「(……そう思ってしまう俺は、兄失格だろうか)」
 後悔と罪悪感しか、思い出せない。感情がひたひたと潮のように押し寄せてくる。だけど――それでも、彼女を止めなければならない。たったひとつのしるべを胸に、ラムネはきっと前を見据えた。
「だめだよ」
 数多のいのちが芽生える今日を。最愛の人の魂をけがしてはいけない。
「貴方が彼女を大切に思うのなら、こんな方法は駄目だ」
「わかったような口を……、……わたしが、……わたしは、振り返っている暇などありはしないのです。おねえさまは、……おねえさまは、きっとわたしに微笑みかけてくださるのです。だって、……だって、わたしは……!」
 彼女はもう戻れない。
 その言葉だけで、この槍を握るには十分だった。
「――どうか、風を」
 天よ。親愛なる竜へ、この祈りが届くよう。
 ラムネの願いを、祈りを受けたあおい輝石が煌めいて。ほんのひととき。ほんの僅かの間だけ、現世へと舞い降りた蒼き竜が大きく翼を広げるのに合わせ、少年はひといきで跳躍と共にラフェンドラとの距離を詰める。
 色濃くなった死ののろいが、臓腑を、全身を内側から灼いていく。目から、唇から溢れた血潮が黒く濁っていこうとも、ラムネを止めるには至らない。至れない。
「いこう、カエルムさん」
 この瞳に、槍に、迷いはない。
 この暗雲を、蝕む死を吹き飛ばす風を、どうか。

 おねえさま、と縋るように絞り出された声に、ラムネは痛ましげに眉を顰める。せめて痛みは一瞬で。蒼き嵐が、繰り出された槍の一撃が、屍王たる少女を穿ち貫いた。

咲樂・祝光
エオストレ・イースター

●祝福を、君に
 邪悪なるイースター・エッグもどきを悉く粉砕し終えたエオストレ・イースター(桜のソワレ・h00475)は肩で息をしながら花の祭壇へと辿り着いていた。この素晴らしき今日を破滅へと導かんとする愚か者を正しきイースターへと導くことこそ我が本懐、その筈なのだが。
「ふう……、……ん?」
 なんだか。なんだか、ざわざわして、ぞわぞわする。
 これは、なに?
「わーーん! 祝光ー! なんか変な感じする! 何これ!?」
「なんだ、やっと落ち着いたか? ……いや落ち着いてないな」
 怒りに我を忘れたエオストレは異様なまでに素早く、追い付くのが精一杯だった。漸く彼の背中をとらえて傍らに辿り着いた咲樂・祝光(曙光・h07945)は周囲を取り巻く瘴気に気付くとかたちの良い眉を寄せ、即座に桜符を用いて破魔の結界を展開した。
「僕ゾンビイースターになるのかな?! どうしよう〜〜!!」
「はいはい、ゾンビイースターにならないしゾンビ祝光にもならないよ! これで少しは防げるかな?」
「あ、ゾンビ祝光はちょっと解釈違いです」
 泣いたと思ったら急に真顔になるものだから、ちいさく吹き出してしまうのは不可抗力というものだろう。まったく、ゾンビイースターなど本当にご勘弁願いたい。
「……俺が、そうさせないからな」
 大切な幼馴染のことも。勿論、この迷宮の外で少女と自分たちを案じる村人たちも、誰一人とて彼女に奪わせはするまいと。祝光は胸の内で密やかに祝詞を唱え始めた。
「死した者はもどらない。転生することはあれど、同じ形では決して」
「……ありえません。おねえさまは、信じ続ければ叶わぬねがいはないと仰いました! わたしは……わたしだけは、その言葉を裏切ることなど出来ないのです!」
 きっとこの言葉もどんなに重ねたとして、彼女の救いになりはしないだろう。だからこそ、せめて少しでも呪縛を解いて姉の元へと送ってやりたいから。ひととせの情景を浮かべ、祝光はいのちのめぐりを描き出す。
「再誕とゾンビは違うと思うし、なんか魂がもうここにない気がするし! ちょっとこれは祝祭の象徴たる僕でも不可能かもしれない!」
 嘗ては魔獣であったもの。或いは人間であったもの。腐り落ちてしまったそれらをどうにか助けられないかと己が権能を翳していたエオストレは唇を噛み締めながらふるりとかぶりを振った。
 彼女の気持ちはわからないでもない。けれど、他の人たちを犠牲にするなんてちっともイースターじゃないし、ただの厄災でしかない。
「残念だけど、そんな君に再誕の奇跡は訪れないね」
「奇跡が訪れないのなら、自らの手で掴み取るまで……! おねえさまはこれまでも、そうしてすべてを成し遂げておいでです……!」
 中途半端に会話が成り立つからたちが悪い。屍王がこれ以上みどりのゆりかごを支配するまえにと、放られたイースター・エッグが色とりどりの紙吹雪とともに爆散する。
「AMAZING♡ESTAR!」
 死も、呪いも。全部全部塗り替えよう。
 腐り、爛れ、崩れかけた木々が、花々が、清浄なる祈りと『イースター』の祝福によってのろいから解き放たれてそのいのちを取り戻していく。ひといきで距離を詰めた祝光が、エオストレが、ラフェンドラをとらえて刃を交わす。
「イースターはこんなおどろおどろしくないもんな!」
「それは同感。花も祝祭も――死という冬より目覚め、咲初める希望に満ちているべきものだから」
 もっとカラフルで生命力に溢れて、とびっきりハッピーじゃなくっちゃ。ぱちりと片目を瞑ったエオストレの背後で、ラフェンドラががくりと膝をつく気配がした。

ラデュレ・ディア
ラナ・ラングドシャ

●『おねえさま』
 息を吸うことがこんなにも重い。
 細胞のひとつひとつ、全身に張り巡らされた血管が悲鳴をあげているようだ。
「これが死の呪いの密度なのですね」
「ラーレ、ボクの後ろへ」
 身体の小さなラデュレ・ディア(迷走Fable・h07529)にはあまりにも毒素が強過ぎる。庇い立つように立ったラナ・ラングドシャ(猫舌甘味・h02157)の背が微かに震えている。彼女だって苦しいだろうに、おおきな優しさで包み込んでくれる友の彼女へ、ラデュレは淡く微笑んだ。
「ありがとうございます、ラナ。でも……わたくしも立ち向かいます」
 ふたりで一緒に。
 どんな困難も、互いがしるべとなって乗り越えていけるはずだから。
「ラーレ……。……うん、そうだね。そうだった」
 キミはボクが。ボクは、キミが。
 今までも、これからも。そうして歩いてきたんだと。ラナは深く頷くと、ゆっくりと、なるべく怖がらせないように少女へと向き直る。
 歳の頃は、自分よりも幼いように見えた。そのちいさなからだに一体どれほどの罪を背負わせてきたのだろうか。
「キミにも『おねえさま』がいたんだ」
 ぴくり、と。少女の肩が跳ねるのを、ラナは決して見逃さなかった。一歩。また一歩と近付いていくラナへ、のろいを振り撒くことは止めはしなかったが、少女はまだ本格的に牙をむいてこない。
「悲しくなる気持ちはわかるよ。いなくなっちゃうと、寂しいよね」
「……寂しい、などと。そんな陳腐な言葉で片付けられるような、わたしは……」
 対話の意思が、あるのだろうか? 震える声に滲んだ深い悲しみのいろに、ラナは尖ったけものの耳を寝かせながら『でも』と言い募る。
 喪失の悲しみは人それぞれで、彼女にとって『おねえさま』がどれほどおおきな存在であるかなんてわからない。だけど、それでも。それでも、他の人たちを傷つけていい理由になりはしないのだ。

 彼女が齎そうとするもの。
 『再誕』を望むその姿勢に、胸がざわつく。
「(如何して、なのでしょう)」

 ――『覚えがある』? いいえ、これは、でも、なぜ――?

「(わたくしは何を忘れているのでしょうか)」
 喉まで出掛かっているのに、届かない。
 迷いを振り払うようにかぶりを振って、ラデュレは歩みゆくラナの背を見詰めることで意識を集中させていく。ふわりと今一度呼び出された仔猫たちと共に、ラナはゆったりとラフェンドラとの距離を縮めていく。
「ボクはこの子たちの『おねえちゃん』。大切な、かぞく」
 だからこの子たちに恥じない姿でいたい。
 この子たちが悲しむことのないように、精一杯生き抜いていきたい。
「ねぇ、キミの大好きなおねえさまは本当にキミのそんな姿を望むの?」
「……! ……っ、……あなたに、あなたたちに、なにがわかるというのです……!」
 そうして、届く。
 手を伸ばせば届く距離で、ラナと少女が向かい合う。
「わからないよ。他人のボクにはキミの気持ちも、キミの『おねえさま』の気持ちもわからない」
「あなたは、おねえさまを大切になさっていたのですね」
 大切なものを想うひたむきな気持ち。その心自体は否定しないけれど、この死の呪いを見逃すことはできない。だから。
「ボクはボクの『おねえちゃん』を貫き通すよ」
「守るために、わたくしたちは戦うのです」
 緋色のドレスを身に纏う。身体の内から溢れる力のまま、己ではない『誰か』の権能を掲げ、ラデュレは審判のときを告げる。
「おねえさま。おねえさま、おねえさま……! おねえさまは再誕を望んでおいでです、だって、わたしは――!」
 彼女の悲しみに、眠りを。
 そして――願わくば、幸福なる再誕を。

 あかい薔薇の花弁が散りゆく中で、黒百合の花は静かに意識を手放した。
 残された花の祭壇に、ちいさなみどりの芽が顔を覗かせている。それこそが、花の迷宮にいのちの祝福が戻ってきた証左であった。

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