シナリオ

とある温泉旅館の乱痴気騒ぎ

#√妖怪百鬼夜行 #完全ギャグシナリオ #キャラ崩壊注意

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 #√妖怪百鬼夜行
 #完全ギャグシナリオ
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●欲望が脳に直結してしまっている男が始めた物語
 それは、寂れた温泉旅館で起こった出来事。
 男が色欲に酔う椿の香りを露天風呂に充満させ、女は、その裸体を惜しみなく晒しながら、男へとしな垂れかかった。
 腕に感じる柔らかな、されど、はっきりその張りの良さを感じさせる適度な弾力。
 世の男ならば、万人が容易く堕とされてしまうような、甘い誘いに男は酔いしれていた。

「椿姉さん……! ボクはぁ! ボクはぁ!」

 男の鼻息は荒い。
 星詠みの悪妖『椿太夫』にとって、この男が与し易い事は解っていたことだ。
 故に。『椿太夫』は、その妖艶なる|手練手管《てれんてくだ》を用いて、己の封印を解かそうと画策していたのだ。

『ふふっ……。わっちが欲しくありんすか? ならば――』

 フッと、男の耳に甘い吐息を吹きかけてやれば、男の身体が『ビクン!』と面白いように揺れた。その様子に、『椿太夫』が己の作戦が成った事を確信する。
 そして、己を封印する、忌々しい祠を男が破壊するように上手く誘導しようと、更にその身体を男へ押し付けながら、続きを告げようとした時だった。

「はいっ! 以前言ってた祠を破壊すれば良いんですよね!? いつがいいですか!? 今ですか! 今すぐがいいッスか!?」
『は……?』

 裸であったはずの男は、いつの間にか己の腕からかき消え、すでに登山姿に着替え、準備万端といった様子で露天風呂の扉に手を掛け、興奮した様子でこちらを見ていた。
 鼻息は依然として荒い。
 そして、己の裸体へと向ける、下卑た視線の熱量を隠そうともしていない。
 あまりにも己の欲望に実直過ぎる男に、さすがの『椿太夫』も驚きのあまり、素で声を上げてしまう。

『そ、そうでありんすね。早ければ早いほど、わっちとの時間が増えるかと思いんす。なので――」
「おかのした!」

 気を取り直して、男を更に誘惑せんと『椿太夫』は、男がより見やすいように、その身体を男へと向けながら、その胸を強調するかのように両腕で挟み込む、が――。
 『椿太夫』が言い終わる前に、元気に了解の意を告げると、すでに男は、その場から立ち去っていた。

『えぇ……?』

 裸のまま、一人露天風呂に放置された『椿太夫』は、あまりの展開に困惑した様子で、溜息を吐く。
 そして一抹の不安を覚えるのだった。
 あの男がちゃんと祠を破壊してくれるのか。
 あと、ついでになんとなくだが。無事、復活を果たした己が殺す前に、とんでもない事をやらかしそうで、あの男の行く末を案じてしまったりもした。

●困惑極まる温泉旅館へ向かえ!
「え~と……。とりあえずですね。今回は、星詠みの悪妖『椿太夫』の討伐をお願いしたいんですが」

 とりあえず?
 なんだ、その適当な指示は。
 集まった能力者達は、困惑した表情を浮かべる。
 ただ、そう告げた|伽藍堂・空之助《がらんどう・からのすけ》(骨董屋「がらんどう」店主・h02416)も、珍しく困惑した様子をみせていた。

「ああ、そうっすね。経緯と討伐への流れを説明、説明……。はて、どうしたもんか」

 そう言って唸りながらもなんとか言葉を紡ごうとする空之助に、集まった能力者達の困惑は更に深まる。
 そんな中、困惑が一周回って吹っ切れたのか。空之助が、少々自棄気味に今回の経緯と、流れの説明を始める。

「星詠みの悪妖『椿太夫』の色気にやられてしまった男が、封印していた祠を破壊してしまった、というのが今回の事件のあらましッス。最終目標は、先程言ったように復活を遂げた、星詠みの悪妖『椿太夫』の討伐。そして、それに至るまでの方法ですが――」

 そこで、空之助が言葉に詰まる。

 方法は?

 続きを聞こうと、話を促す能力者達の視線に、空之助の目が泳ぐ。
 扇子を取り出して口元を隠しつつ、更には視線を横へと向けて、能力者達との視線を切った状態で話を続けた。

「まずは、皆さん露天風呂を楽しんで下さい。楽しんでくだされば、いいです。男女別々の露天風呂もありますし、混浴の露天風呂もあったりするッス。どちらに入るかは、皆さんにお任せしますが、女性陣は、ちょっと開放的な気分になって無防備な姿を見せたりなんかしたりすると、尚良いっすね」

 は?
 そんな心の声が、空之助にははっきりと聞こえた。なぜなら、集まった女性能力者達の視線がこんなにも痛いのだから。

「いや、祠の場所を突き止めるのは、壊した当人である男をとっ捕まえて吐かせてしまうのが一番楽なんすよ。で、その男というのが、かなり欲望に忠実なようでして。露天風呂で女性がくつろいでいると知れば、とりあえず覗こうとするんすよ。これがまた」

 お、おぅ……。
 今度は男性陣の生温かな視線が、空之助を襲う。

「まぁ、どうにも男は覗きの常習犯でもあるらしく逃げ足だけは速く、一筋縄では捕まえられないかも知れないですが。男性陣も女性陣も、露天風呂を楽しみながらも、そこをどう対応するかは能力者としての腕の見せ所……かも知れないですねぇ」

 そう言って、煙草を吸うと、遠い目をする空之助。
 何やら、さらりと不穏な言葉が織り交ぜられていた気がする。
 それに、そこは絶対に能力者としての腕が問われるような、大層なものでは無い。話を聞いていた能力者達の心は一つだった。
 無事に男を釣り出せたとしても、そこで上手く男を捕縛出来なければ、覗きがバレたと思った男に、温泉旅館がある複雑な路に逃げ込まれてしまい、見失ってしまうだろうと、空之助は語る。

「そうなると、土地勘の無い皆さんでは、余計な時間を消費してしまう事になるかと。なので、そこは注意が必要っすね。捕縛するために必要な手段を講じておく。露天風呂を楽しむ前の雑事とでも思って、罠を仕掛けるか、それとも覗きにきたところを取り押さえる手段を考えておくか。どうするかは皆さんにお任せするっすよ」

 集まった能力者達の視線に、耐えきれなくなったのか。
 空之助は、つらつらと説明を並べ立てながらも、一気に捲し立てた。
 そしていつものように、だが、何処か気まずさを誤魔化した様子で、『それじゃ、皆さん、後は頼んだっすよ』と言って、ヒラヒラと手を振って能力者達を見送るのだった。

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第1章 日常 『温泉旅行を楽しもう』


アーシャ・ヴァリアント
中村・無砂糖


 その温泉旅館は、山奥の寂れた立地であるにも関わらず、隅々まで綺麗に掃除が行き届いており、年季を感じさせる風情があった。
 ただ、なにぶん寂れて久しいせいか。
 人を雇う金銭的な余裕が無く、手が足りていないらしく、愛想が良く、腰が低い初老の女将が一人、忙しなく来客の対応に追われていた。
 件の男と、妖艶な人間の遊女に化けた星詠みの悪妖『椿太夫』の二人の宿泊客だけでも珍しい上に、|能力者達《たのおきゃくさま》の予約が入ったことで、多少のサービスの提供の遅延や、人目が少ない分、セキュリティ面に不安を感じる事になるかも知れないことを、チェックイン時、女将に申し訳なさそうに頭を下げられたが、案内された客室は、窓からの眺めは絶景で、眼下に広がる森林は美しく、身も心も休ませるには充分過ぎた環境が整っていた。
 そして、案内された客室で、女将の施設案内の言葉の中の一つに、過剰に反応を見せた男――中村・無砂糖 ( 自称仙人・h05327)がいた。

「なんじゃ? 混浴の温泉じゃと?!」

「はい。当旅館自慢の、天然の露天風呂にございます。勿論、混浴では無く、男女分かれた露天風呂もありますので、異性の方を気になされるようなら、遠慮せずそちらをご利用くださいませ」
 
 中村の反応に『なんかこの反応、先日にも見た気がするな~』と、既視感を抱きながらも、女将は笑顔を崩す事無く、気品を感じさせる所作でお辞儀を済ませると、足早に去っていく。
 その後ろ姿を見送った後、中村は部屋の中で飛び上がる。

「……ひゃっほーー! ならば、ボサっとしてはおられんのぅ。早速、『景色』を楽しむためのポイントを厳選せんといかん」

 直に温泉に行くのも良いが……。それは、少々浪漫に欠けるというもの。
 そう思い立ったが吉日。物々しい登山スタイルに身を包むと、中村は地図で厳選したポイントへ向かうため、旅館から出立するのであった。
 ちなみに、その姿を見送る女将は、『なんかこれも先日に見た気がするな~』と思いながらも、笑顔を崩す事はなかった。
 接客においてのプロ根性、ここに極めりである。


 そして、そんな中村と入れ替わりになるような形で、二人の姉妹が旅館へと辿り着いていた。

「へぇ、寂れた旅館だなんて聞いたから、どんな所かと思ったけど……。これって良い穴場ってヤツじゃないかしら?」
「そうだね、アーシャお義姉ちゃん」

 客室に案内された二人は、窓から見える絶景に目を奪われる。
 季節は冬で、窓を開けると少々肌寒い空気が流れ込んでくるが、それ以上に都会では感じられない開放感と、自然に包まれた独特の新鮮な空気を吸い込むと、満足げに告げた、アーシャ・ヴァリアント(ドラゴンプロトコルの竜人格闘者ドラゴニックエアガイツ・h02334)の問いかけに、彼女のAnkerであり、かつ義妹であるサーシャ・ヴァリアント(アーシャ・ヴァリアントのAnkerかつ義妹、義姉が大好きなヤンデレお嬢様。・h03227)が笑顔で応える。

「これだと、女将さんが言っていた天然の露天温泉も全然期待しちゃうわね」
「そうだね、アーシャお義姉ちゃん」

 相も変わらず、大好きな義姉であるアーシャの言葉を、笑顔で全肯定するサーシャだった。
 そして、件の男に関しては、『姿を見せたときにでも、捕まえてしまえばいい』と軽く考えていたアーシャは、この時点では微塵も警戒心を抱いておらず、このまま天然の露天温泉へと足を運ぼうと、サーシャを誘う。
 いつもと同様に、サーシャは当然自身の誘いに乗ってくると思っていたが、ここで予想外の事が起こる。
 サーシャが、アーシャの誘いに首を横に振って断ってきたのだ。

「ううん。ごめんね。私は少し|やる《・・》ことがあるから。アーシャお義妹ちゃんは先に行ってくれる?」
「え、そうなの? 何かやることがあるなら、私も手伝おっか?」
「ううん。大丈夫。気にしないで、先に行ってくれる? 私も終わったら、すぐ向かうから」

 そっか、残念そうに肩を落としたアーシャが、諦めて一人で温泉へと向かおうとした瞬間。

「あ、そうだ。アーシャ義姉ちゃん。これ、御守り」
「えっ?」

 そう言って、サーシャが自身の荷物から取り出した御守りを、アーシャへと手渡す。

「いつもの御守りなら、持ってるけど……?」
「うん。でも何があるか分からないし。御守りなんて、幾つ持っていても足りない事はないでしょ?」

 その義妹の物言いに、『心配性だなぁ』と笑いながらも、『ありがと』と感謝を口にしてアーシャは手を振って、今度こそ露天風呂へと歩いていった、
 そんなアーシャの後ろ姿を、サーシャは笑顔のまま見送る。
 そして、誰も居なくなった室内。
 サーシャは、持ってきた己の荷物を漁りながら、己の愛刀と|受信機《・・・》を手にして、フッと怪しげな笑みを浮かべるのであった。


「……む? あれは――」

 中村が、己が厳選したベストポジション近づいた時、すでに誰かが地面に伏せた状態で、双眼鏡で露天風呂を覗いて事に気づく。

「むひょーーー! えらくぺっぴんさんなお姉さんとは、今日のオレはツいてるでぇ……! たまりませんなぁ、ぐへへへへ」

 勿論、件の男であった。

 己が厳選したベストポジションに、男が同様に目をつけ、あまつさえ、自身を出し抜いて一足先にお楽しみ中だった男の姿に、中村が素直に己の敗北を認め、清々しげな笑みを浮かべて、男に近づく。

「お主、やるのぅ。そう、覗きというのは、手早く、抜き足差し足忍び足で行うものであり、そして、湯気から見え隠れする桃源郷を触らず眺めるというのが、ロマンというのじゃ……!」

 そう力説した中村は、男の肩に手を置いて優しく諭すように語りかけた。
 そんな中村に、当初は訝しげな表情を浮かべた男だったが、その手に握りしめられた双眼鏡を見て、己の同類だと察する。

「ふっ……。爺さん、数多あるポイントの中で、ここに目をつけるなんて、中々やるじゃねぇか」
「ふっ……。そういうお前さんもな」

 そう言って、二人の男は互いを認め合い、熱い握手を交わす。
 その瞬間だけを切り取れば、感動的なシーンに見えたりはするかも知れないが、やっていることは、ただの覗き魔が、覗きのベストポジションが一緒だった、という事を認め合っているだけである。
 そして、二人して暫くの間、一人、無防備な格好で、天然の露天風呂を楽しむアーシャの姿――もとい、『景色』を楽しんでいたのだが。

「ちぃ……! 夕日の光が、微妙に温泉の湯気を照らして肝心な所が見えなくなるとは……! 爺さん、悪いな。俺は――行くぜ」
「小僧、正気か……!?」

 立ち上がり、背後にある森の中へと歩みを進めようとする男の言葉に、その真意を汲み取った中村が、身体を伏した状態のまま振り向いて、男の片足を掴む。

「いいのか、小僧。その道は果てしなく険しいぞぃ……!」
「爺さん、アンタなら分かってくれるはずだ。男なら、ここは引くべきじゃない。進むべきなんだ……!」
「小僧……!」

 西日に照らされながら、戦地に赴かんと歩み出そうとしている男を、地面に倒れ伏した老人が引き留めているという構図が、そこにあった。

 ちなみに、そう見えたりするだけであって、二人も無駄に盛り上がっているが、言っていることを要約してしまえば、『直接視認出来る距離まで温泉に近づいて覗きにいく』と言っているだけである。

「……そこまでの覚悟か。良かろう。もはやお主を止める事はせん。じゃが、老婆心ながら一言贈らせていただくとしよう。……死ぬなよ」
「ふっ……。爺さんもな」

 男は、振り返る事無く、走り去っていく。
 その姿を見送り、

「儂も老いたものじゃ。あのような小僧に教えられるとはのぅ……」

 そう言って、再び双眼鏡を覗きながら、姿勢を元に戻した中村だったが、そこで異変に気づく。
 双眼鏡の視界が、立ち塞がった何者かの影によって遮られたのだ。
 訝しげに、中村が双眼鏡から目を離してみると、そこには華奢な女性の両足があった。
 嫌な予感がして、そのまま視線を上にやると、西日を背にしたサーシャが立っていた。
 ニコニコした笑顔のまま。
 愛刀を、その鞘から抜き放った状態で。

「あ、ちょ、ま――」

 リアルタイムどろんチェンジ?
 使う暇など、あるはずが無かった。南無三。


「ぐへへへ……!」

 先程まで己が居た場所で、そんな事が起こっているとは露とも思わず、男は人目を掻い潜り、女姓専用の露天風呂の脱衣所に侵入して、アーシャの衣類を漁っていた。
 そして、下着を発見した男は眼福だと言わんばかりに、アーシャの下着を手にして、それを両手で広げながら、高々と天に掲げると『とったどーー!』と小さい声で叫ぶ。
 だが、そんな時。
 己の足が、バキッ、と何かを踏み潰した音が聞こえる。

「――ん? なんじゃこりゃ?」

 それは、サーシャがアーシャに『新たな御守り』と称して渡した、小袋に詰められた小型の盗聴器だった。
 しゃがみ込んで覗き込んでいた男が、それに気づく同時に、ポン、と日本刀が男の肩に添えられる。

「――聞いていましたよ。貴方の愚行の全てを」

 きっと、男が脱衣所に侵入した瞬間から、その言動は仕掛けられた盗聴器によってサーシャに筒抜けであったのだろう。
 サーシャのスカートの裾は土に汚れており、急ぎこの場に駆け付けたことが見て取れた。
 幽鬼のようにユラリと身体を揺らし、肩で息をするサーシャの姿に男は青ざめる。

「あ、ちょ、ま――」

 それは、奇しくも中村の台詞の再来だった。
 当然、その末路は変わることなく。
 見事にボロ雑巾にされた男は、脱衣所から放り出される事となった。

「――今の声は何!? まさか敵襲!?」

 男の短い悲鳴を聞き取ったのだろう。バスタオルを身体に巻くこともせず、手でタオルを身体に押し当て、最低限の部分を隠した状態で、アーシャが慌てて、露天風呂から脱衣場を隔てる扉を一気に開け放つ。
 だが、そこに居たのは、服を脱いでバスタオルを巻いた状態でキョトンとした表情を浮かべるサーシャの姿だった。

「あれ? サーシャ? 今なんか悲鳴聞こえなかった?」
「え、私はたった今来て、ちょうど入ろうとしていましたけど……」

 誰も居ませんでしたよ?
 サーシャは笑顔で答え、『さぁ、一緒に入りましょう』と言って、未だに困惑するアーシャの肩に手を置いて回れ右させると、そのまま再び露天風呂へと足を進めるのであった。

仇梶・二尾

「ぐぐぐ……! なんだ、あの物騒な女は……!」

 女性専用の露天風呂の前に、ボロ雑巾のようにされて投げ捨てられていた男は、それでも不屈の闘志を胸に立ち上がった。
 そこに、ヒタヒタと軽快な足音が近づいてきた事に気づいた男は、即座に復活すると、隣にある男性専用の露天風呂の入り口に身を隠す。
 そっと様子を伺っている男の眼前に姿を現したのは、育つにつれ尾を増やしていく種族、『妥尾の狐』の少女――仇梶・二尾(荷ノ尾・h00519)だった。

「天然の露天風呂~、楽しみなのです!」

 耳をぴこぴこ、尻尾ふりふり。
 その動きだけでも、仇梶のご機嫌っぷりが伺い知れた。
 ここに辿り着く前に立ち寄った売店で売っていた、地元名物のお菓子を口いっぱいに頬張りながら、男の存在に気づく事無いまま、鼻歌交じりで脱衣所へと入っていく。
 
「むむっ……! あれは……ありか? 明らかな幼女。後数年後であったならば、これほど葛藤しないんだが。だが、しかし、今というチャンスを逃すと、次|会える《覗ける》チャンスなどは早々に無いだろうし……」

 男はそんな葛藤を口にしつつも、いつの間にか、
 男性用の脱衣所で服を脱いで。
 男性専用の露天風呂に肩まで浸かって。
 男と女の露天風呂の間を隔てる壁にドリルで覗き穴を完成させていた。
 
「――はっ!? ついうっかり、いつもの癖で覗き穴を作ってしまった!」

 穴が貫通したことで、女性風呂の音がより漏れ聞こえるようになり、まずは音を楽しもうと壁に貼りついて耳を澄ませてしまっている己の状況に、男はワナワナと手を震わせる。
 幼女を覗くのは、紳士としてどうかと自問自答していた割には、旅の恥はかき捨てかと思い返し、今度はばっちりと覗く目的で空けた穴を覗き込むと、そこにははしゃいで温泉内を泳ぐ仇梶の姿があった。
 幸か不幸か。タオルなど身につけておらず、正真正銘生まれたままの姿な仇梶だが、そのバタ足によって発生する水飛沫が、見事に男の視界を遮っている。と、言うか、能力者によるバタ足なのだから、それはもう凄まじい水飛沫で、泳いでる仇梶の姿すらまともに目視出来ない。

「これだけ広かったら泳ぎ放題なのです。家のお風呂もこれぐらいにしてほしいのです」
「ぐっ……! よもや、その幼女然とした振る舞いによって、こうも見事に防がれるとは……!」

 よほどはしゃいでいるのか、一向に泳ぐことを辞めない仇梶に、諦めずに覗き続ける男の奇妙な攻防は続く。
 だが、いくらはしゃいでいたとしても、それだけ長い間、己へと向けられた視線に、さすがの仇梶も気づく。

「……う~ん。なんだか視線を感じるのです。……はっ!? これが『罪な女』ってことなのです?」

 泳ぐことを一旦中断して、仇梶は口元まで湯舟を浸けた状態で、首をコテンと傾ける。

 そういえば、ここにはただ温泉を楽しむためだけに来たのでなく、何か依頼を受けてきた気がする。

 むむむ、と唸りながら必死にその事柄を思い出そうとするが、温泉というキーワードに意識を全振りしていたため、いまいち思い出せない。そうしている間にも、悩みに集中し過ぎて、今度は、徐々に顔ごと温泉へと沈めていってしまっている。

「やっと泳ぐの止めたと思ったら、今度は沈んでいってるんだが……。なにやってんだ、あの幼女」

 無防備のようだが、結局の所、今まで一度もまともに肌色を拝めていない男は、ヤキモキして、更に覗き穴へと意識を集中させた。
 その瞬間――。

「なにやら、誰かを捕まえるようにとか言われてた気がするのです。――そうだっ! よく思い出せないのなら、とりあえずこうするのです!」

 そう言って、仇梶が勢いよく立ち上がり、叫んだ。

「座し御する武の定義!――『御座候』!」

 眩い光が辺りを照らし、その光が収束する頃には、仇梶の周囲には、炎に包まれた一〇本の浮遊刀が召喚されていた。
 一方、その隣で覗き穴へ全集中していた男は、

「目がぁ!? 目がぁぁ!?」

 召喚の光が、湯舟に乱反射した後、運悪く覗き穴を覗いていた男の目に集中した結果、男の目に深刻なダメージを与えていた。
 そして、そうやってもがき苦しんでいる間にも、男女の風呂を間を隔てる壁を越えて、自身へと照準を合わせた浮遊刀が男を襲う。

「ぎゃーー!? なんでやーーー!?」

 次々と飛来する浮遊刀に、お手玉の如く空中で弾き飛ばされながら、男は腰のタオルだけはしっかりと死守したまま、何処かへと飛んでいったのだった。

「おぉ~……。なにやら無事に撃退は出来たみたいなのです!」

 本当は磔にでもしようかと思っていたが、男が服を着ていなかったため、それは叶わなかった。だが、面白いように空中でお手玉され飛んでいく男の姿を、仇梶は何処か他人事のように眺めながら、『万事解決なのです!』と、自己完結させて、ニコニコ顔で再び温泉の中を泳ぎ始めるのであった。

カズヤ・サンタクロース・パインブック
姉のクロエ・ウィズダム・エクレール・妹のシロエ・ウィズダム・エクレール
待雪・子虎
森屋・巳琥
森屋・虎狐


「ひ、酷い目に会った……。最近の|女子《おなご》というのは、幼女の頃からすでに物騒なのか……?」

 何処で見つけたのか。ちょうど良い太さの木の枝を杖代わりにして、男は露天風呂へと戻ってきた。すると、男専用の露天風呂の隣――女性専用の露天風呂とは逆にある、混浴の露天風呂が賑わっている事に気がつく。

「……声からして、幼女数人と、男が一人か?」

 ふむ、と。男は頭の中で『覗くか否か』を吟味するが、正直、めくるめく甘美な世界が約束されている、椿姉さんとの約束の夜までに残された時間は、あまり無い。 
 それに、|女子《おなご》の声からして、かなり幼い。と、なれば、ここは静観が吉だろう。

「ふっ……。超法規的処置、というやつか」

 そう言って、沈みゆく太陽を眺めながら、椿姉さんとの夜を想像して、ニヤニヤと不気味な笑みを浮かべるのであった。

「ニャー」

 そんな男の存在を眺めている、猫――森屋・虎狐(こねこねこ・h03129)の存在に気づく事は無く。


「へぇ。客室からの景色も絶景だったけど、ここからの景色も絶景だな」

 混浴風呂で、幼女達に囲まれた男――カズヤ・サンタクロース・パインブック(アンフォーフィルリビドーを抱く双剣士・h00591)が、夕日に照らされた森林を眺めて呟く。

「「素敵ですね~!」」

 その右隣に陣取っているのは、二卵性の双子姉妹であり、今回の旅行の発案者である姉のクロエ・ウィズダム・エクレールと、その妹のシロエ・ウィズダム・エクレール(Deux éclairs de sagesse・h04561)であった。
 二人とも、露天風呂のマナーとして、タオルを湯舟に浸けるわけにはいかないので、当然タオルは身につけておらず、パインブックに天真爛漫な笑みを浮かべる。その無防備な姿に、パインブックが思わずゴクリと喉を鳴らす。

「カズヤさん、私の裸も見て欲しいです」

 そんな、パインブックの左隣に陣取っているのは、初対面の面々に挨拶を交わしたばかりの待雪・子虎(取り替え子の古代語魔術師ブラックウィザード・h05362)。自身の裸をパインブックに見せつけようと裸を最大限にアピールするようなポーズをとってみせる。
 全員が全員、パインブックにとっては守備範囲内である以上、その効果は抜群だった。

「う、うん。素敵だよ」
「えへへへ……」
「「なっ……!?」」

 いくら『特別許可識別勲章』あるといっても、冷静さを欠いた行動を取ってしまえば、待っているのは社会的な死である。パインブックに常時発動型の√能力があろうと、そこに|例外《慈悲》など存在しない。
 パインブックは、極力、自身の興奮を悟らせないように自制しつつ、冷静さを保つことに努め、待雪の頭を撫でる。が、それを見ていたクロエとシロエが短く叫び声を上げた。

「わたしも!」
「わたしもお願いします!」

 そして、グイグイと裸のままで、己の頭をパインブックへと押し付けていく。身長差からくる掌に感じる感触に、

――|守護《まも》らなければならない。この笑顔を。

 パインブックは、ある意味悟りを開いたような表情を浮かべ、遠い目をしながら、その決意を新たにする。
 そこへ。

「皆さん仲良しなのですね。せっかくの露天風呂ですし、洗いっこでもしてみては?」

 そんな四人を眺めつつ、森屋・巳琥(人間(√ウォーゾーン)の量産型WZ「ウォズ」・h02210)は周囲をキョロキョロと見渡しながらも、パインブックを取り囲む三人の背中を後押しする。

「「「ッ! それなのです!」」」

 その言葉に頷き、三人が目を輝かせてパインブックを見上げた。
 その期待の眼差しに観念したかのように、パインブックは『いいよ』と苦笑いを浮かべて答える。
 そして、ワイワイと互いの身体を洗い始める四人を見て、再び視線を周囲に戻すと、一緒に付いてきたはずの己の猫――虎狐の姿を探す。どうにも、旅館に着いた辺りから、その姿が見当たらないのだ。
 任務の事も忘れておらず、『白銀の雫の願い』を発動して、万が一男が覗きにきたときのために自身の魅力を強化しつつも、パッと見た感じ死角になっていた箇所を覗き込んだり、暗くて視界が不十分な狭いところに手を突っ込んでみたりと、調査と平行しつつ、虎狐を探す。
 が、終ぞ発見には至らなかった。
 諦めて、湯舟にタオルは浸らない様に頭に載せて、のんびりと過ごしていると、ふと、男性専用の露天風呂から聞き慣れた猫の鳴き声が聞こえた事に気づく。

「……? 虎狐、そっちにいるのです?」

 首を傾げ、湯舟から一度上がると、四つん這いの状態で男性専用の露天風呂とこちらの――混浴の露天風呂を仕切っている壁の下に隙間をある箇所を発見して、そこから男性専用の露天風呂へと手を伸ばすと、虎狐を呼ぶようにパンパンと床を叩いてみせるのだった。


 刻は少し遡り。
 男は、『幼女は覗くべからず』という教訓の元、隣の騒ぎを聞き流しながら、今夜の妄想に耽っていた。
 しかし――。

『……あ。カズヤさん、もっとしっかりと洗ってください』

 だとか。

『そこはもっと優しくして……欲しいです』

 だとか。

『そう、そんな具合に、身体は手で優しく洗ってくれると嬉しいです』

 などと言った、幼女達の言葉が、混浴の露天風呂から響いてきた瞬間、男は激しく動揺した。

「こ、これは幼女達によるちょっとしたスキンシップ。そう、スキンシップでしかないはずだ。例えるならば、年が離れた兄妹によって行われる事があると噂される『傍から見ればアウトなんだけど、実は年が離れ過ぎているだけでそう見えちゃうだけ』という現象からなるものであって、決してやましい事が行われているというわけではないのだ。あぁ、椿姉さん。椿姉さんという存在がありながらも、『これはひょっとしてうらやまけしからん事案なのでは?』という考えに至ってしまう、愚かな俺を笑うならば笑うがいいさ。これはそう、超法規的処置だから。超法規的処置だから……聞かなかった事にしよう!」

 その動揺のせいか。訳の分からない言い訳を高速詠唱しながら、身体を小刻みに揺らす事で、湯舟が波打っているのだが、身につけても無い心の眼鏡をクイっと人差し指で押し上げながら、冷静を装う。
 だが――。

『きゃっ!? すす、すいません、カズヤさん。倒れかかってしまって。苦しくなかったですか?』
『きゃっ!? も、もう……。カズヤさんのエッチ』
『きゃっ!?……ふぅ。抱きついてしまってごめんなさい。頭を床にぶつけずにすみました……』

 幼女達の、その言葉が聞こえてきた瞬間。
 男の身体は、小刻みどころか超振動を起こして、湯舟は嵐によって荒ぶった海の如く
波打ち始めた。

「にゃっ!?」

 その異様な光景に、男の動向を観察するために男湯に侵入していた猫――森屋・虎狐がびっくりして毛を逆立てさせる。

「屋上へ行こうぜ……。久しぶりに……キレちまったよ……」

 この旅館に、屋上なんてものは存在ししない、なんて冷静なツッコミを入れる者は誰もいなかった。ユラリと男は立ち上がると、一人でそんな訳の分からない事を言って、混浴風呂の方へと歩き始めた。
 事前に覗き経路の確認を行っていた虎狐が、男が混浴風呂が覗ける隙間に向かっている事をいち早く察知すると、それを知らせるために鳴き声を上げ、巳琥へ警戒を促さんとする。
 だが、その行動が拙かった。

「……? 虎狐、そっちにいるのです?」

 それは、間違い無く巳琥の声だった。そして、ピンと伸ばされた片腕が、パンパンと床を叩いているのを見れば、巳琥が今どんなポーズで、それを行っているかは一目瞭然であった。

『ま、拙いにゃ!?』

 虎狐が、心の中で悲鳴を上げる。
 あんな下にある隙間に、手を突っ込んで伸ばしている。そして、ここが温泉であること加味すれば、『裸の状態で、四つん這いになってこちらに手を伸ばしている』以外考えられない。
 虎狐が慌てて、パンパンと床を叩く巳琥の手を、己の猫の手で押し返そうとする。
 だが、その行為は、またしても悪手であった。

「……ぅん? あ、見つけたのです」

 がしり、と。近寄った身体を掴まれると、そのまま露天風呂へと引きずり込まれる。

「……って、あ~!? 汚れているのです!」

 案の定、四つん這いのまま、己を見下ろす素っ裸の巳琥の姿があった。
 そして、その背後には、パインブックの身体を、泡だらけの自身の身体を押し当てて洗っている三人の姿。
 己の汚れた姿にお冠状態の巳琥に、思わず猫に化けていることも忘れて、虎狐は言葉を発そうとする。

「巳琥、今はそれどころじゃにゃい――!?」
「言い訳は後で聞くのです。まずは、身体を洗うのですよ」
「うにょわーー!?」

 だが虎狐の言葉は遮られ、自身専用に準備された丸桶のお湯の中で、問答無用で洗われ始めてしまう。

「ぷはぁ! せ、せめて、ここで、そんなポーズのまま洗うのは止めるにゃ!」
「うん? 何をそんなに慌てているのです?」

 四つん這いの状態のまま、自身を丸桶の中で洗う巳琥へと注意を促す。
 この状況だと、男が隙間からこちらの様子を覗いた場合、巳琥の姿が眼前に広がるだろう。それによって後ろの四人は無事だろうが、巳琥の裸を間近で見られてしまう事になってしまう。
 虎狐は、素早く任務を遂行していた事を伝えると、得た情報を告げる。
 男が隣の男湯におり、こちらに近づいて来ている事。
 すでに祠は破壊されており、そう遅くない未来、星詠みの悪妖『椿太夫』は復活する事。
 そこまで話を聞いた巳琥は、虎狐を両腕で持ち上げ状態で、姿勢を四つん這いから女の子座りに変更すると、太股で虎狐を洗っていた丸桶を挟み込み、頭の中で状況を整理する。
 パインさんは男故に対象外だろうが、独占欲は強めのようで、他の皆の裸を男に覗かれるのは良しとしないだろう。クロエ、シロエ、そして、子虎も、パインさん以外に、その肌を晒す事は嫌がるはずだ。
 角度的に己しか見えない状況というならば、その危険性が無いのならばひとまずは安心出来た。
 また、幼い巳琥自身も、男のストライクゾーン外だろうと考えていた。が、そこに考えが至った巳琥は、万が一のために備えて、それを補填するために能力を使用した事に気づく。

「……ぁ」

 そうだ。
 少しでも目を引ければと思い、『白銀の雫の願い』で自身の魅力を引き上げていた。
 相手はあくまで一般人。いくら、この場にいる誰もが『パインブックのみに興味が持たれるように』と願っていたとしても、能力者の√能力の効果として、『魅力』を上げてしまっている以上、一般人である男の興味が惹かれてしまうのは当然の帰結なのだ。

 つまり――。

 バッと、勢いよく隙間を覗くように巳琥が顔を近づけると、その先にいた男と視線が合う。

「「…………」」

 二人の間に、奇妙な沈黙が流れる。
 だが、それも束の間。

「……ふん!」
「ありがとうございますぅ!?」

 巳琥渾身の、文字通り地を這う蹴りが男の顔面にヒットして、きりもみしながら男湯の水面を数回跳ねて、逆側の壁へと衝突した。
 実は、男からすれば、覗いたところで巳琥の下半身程度しか見えておらず、その上、大事な場所はしっかりと丸桶がガードしていたので、被害は最小限だったりするのだが。
 そんなこと知る由もない巳琥は、こみ上げてきた羞恥心に冷静さを欠いてしまった結果、その勢いに任せて男を完全ノックアウトさせてしまった。あれでは、破壊した祠の居場所を聞き出すことは難しいだろう。

「こほん……。とりあえず、ですね。ここから祠までの経路は『検索さん』を併用して、情報を整理するとするのですよ」
「……誤魔化したにゃ」

 初手に『白銀の雫の願い』を使用してしまった己の迂闊さを呪いながらも、羞恥心によって朱色に染まった頬を誤魔化すように『情報検索ソフトウェア『検索さん』』を発動する巳琥に、虎狐はジト目でツッコミを入れるのであった。

第2章 集団戦 『面妖・申』


●断章
 件の男は、能力者達の手により、男風呂の壁に頭をめり込ませた状態で沈黙していた。
 鉄壁を誇る、腰に巻かれたタオルは身につけてはいるが、それ以外は裸の男が、露天風呂内の壁に埋まっているという異様な光景。
 男が見事な手際で封印の祠を破壊してみせたことで、星詠みの悪妖『椿太夫』は、今は既に復活の刻を待つばかり、だが、男の生体反応が一瞬途絶えた事で『邪魔する何者かが現れた』と判断する。
 すでに、男と一緒に泊まっていた客室からは姿を消していたのが、祠の中に封印されていた己の依り代の中、未暫くは揺蕩い、力が定まらぬ故に、時間を稼がなければならない。
 そこで、己の力を分け与えた『面妖・申』を各露天風呂へと急行させるのであった。

 各露天風呂は、混浴、男風呂、女風呂といった形で配置されていた。
 つまり、男が混浴の露天風呂から吹き飛ばされて、その顔面をめり込ませている壁というのは、男風呂と女風呂の間を隔てる壁であるということ。

 ここは無難に、男がいない混浴風呂へと突入してきた『面妖・申』を討伐するか。
 それとも、頭を壁にめり込ませた状態で、変なオブジェと化してしまっている男の姿を横目に、男風呂へと突入してきた『面妖・申』を討伐するか。
 或いは、男の顔面だけが壁から覗いているという、異質な状態の女風呂へ足を踏み入れ、女風呂へと突入してきた『面妖・申』を討伐するか。

 それは、√能力者達の個々の判断に任される結果となった。
 すでに旅館へと足を運んでいる√能力者達は、『服を着る』時間的余裕もあれば、今し方到着した√能力者達にも、『服を着たまま戦闘に突入するか』『服を脱いでバスタオルで大事な箇所は隠した状態で戦闘に突入するか』の選択肢が与えられる。

 全裸が許されたのは、あくまで前回のみである。
 
 今回は、例えバスタオル姿で戦闘を選択しようが、戦闘の過程においてポロリを望もうが、鉄壁と化したバスタオルによって、モロ見えという危険から√能力者を守ってくれる。

 ただ、|十二分《じゅうにぶん》に留意しなければならない事柄もある。
 いくら宿泊客が、件の男と、依頼を受けて急行した√能力者達だけであっても、各自、その性別に応じた露天風呂にしか入れないということ。そりゃまぁ、性別に応じてない露天風呂に入ろうとすれば、旅館の者が全力で止めるのは道理だ。
 そして、女性陣が女風呂に訪れようものならば、その姿が服を着たままだろうが、バスタオル姿だろうが、男の意識を一気に呼び覚ますことになるだろうということ。
 男の影も姿も無い混浴風呂ならまだしも、男の首下からが存在する男風呂や、顔だけを覗かせている女風呂での戦闘では、ちょくちょくはさまれる男の言動に困惑しながら、そして、そんな男が巻き添えで死なぬような配慮が必要となるだろう。

 だが、こんな所でめげていては、星詠みの悪妖『椿太夫』を再び封印することは叶わない。
 頑張れ、√能力者諸君!
アーシャ・ヴァリアント

「ついに、本格的に戦闘開始ね……!」

 一足先に出て、客室で|義妹《サーシャ》と過ごしていた、アーシャ・ヴァリアント(ドラゴンプロトコルの竜人格闘者ドラゴニックエアガイツ・h02334)は、騒ぎを察知し、女風呂へと駆け付つけていた。
 |義妹《サーシャ》には、大人しく部屋にいるように言い聞かせてきたのだが、その|義妹《サーシャ》に、お風呂に入る前に手渡された御守りは何故か回収されてしまったことに、若干の不満を持っていたりしたのだが――知らぬが仏とはまさにこの事だろう。

 戦闘服を身に纏い、一匹の『面妖・申』と対峙するアーシャ。

 大猿へと変化し、体格が二倍となった『面妖・申』が、雄叫びを上げて如意棒を振り回す。それだけで暴風が巻き起こり、その力さえも増していることが伺い知れる。

「相手が巨大化するっていうなら、こっちも真竜に、と思ったけど……」

 戦闘体勢を維持したまま、アーシャがチラリと視線を己の背後へと移すと、そこには真実の口の如く顔面だけをこちらにめり込ませて、気絶している男が見えた。

「大きく暴れるには、アイツが邪魔ね……!」

 |自分にはまったく心当たりは無い《・・・・・・・・・・・・・・・》が、それなりに酷い目に合っていたようで、泡を吹きながら気絶している男を見て舌打ちする。

――ならば、速度と手数を増やして対抗するのみ。

「この連撃に耐えられるかしら!? 『竜斬爪連撃拳』!」

 そう叫び、大きく身体を沈めると、全身をバネにして大きく跳躍する。そして、見事、巨大化している『面妖・申』の頭上をとると、裂帛の気合いを以て叩き伏せるべき、己の篭手に取り付けられた竜斬爪を振り下ろそうとした時。

「――はっ!? |女子《おなご》の声!」

 最悪のタイミングで、最悪の男が目を覚ました。
 男は、巨大化している『面妖・申』の存在とか、自分が壁にめり込んでいるといった状況を、即座に脇に置くと、跳躍しているアーシャの後ろ姿をガン見する。

「この角度からでしか見えないであろう、あの尻に、太股……! まさに至高ッ……! 感謝……ッ! 圧倒的、感謝……ッ!」

 濁流の如く涙を流しながら、男は感謝の意を告げた。
 そう。アーシャの服装は、しっかりと着ているといっても、その露出度は結構高めであり、尚且つ、この場が温泉内ということで湿度はかなり高く、竜皮衣が肌に張り付いていて、妙な色香を醸し出していたのだ。

――濡れて透けるほどではないから良いって言いますけど、それって貴女の感想ですよね?
――ボクは、ある意味裸よりもエロいと思いますけど。

 そう語る男に、アーシャは盛大に羞恥心を煽られてしまい、思わず強引に攻撃を中断。空中で身を捩り、方向転換して露天風呂の床へと、なんとか着地する。
 すでに戦闘どころではない。男の言葉によって、盛大に羞恥心を煽られてしまったアーシャは、その頬を僅かに朱色に染めながら、プルプルと身を震わせていた。
 それを見ていた『面妖・申』も、如意棒を振り回すのを止めて、心なしか、『なんか……その、こんな所に出現しちゃってごめん』みたいな雰囲気で、気の毒そうな視線をアーシャに送る。
 ちなみに、男はその間も、身を捻ることによって発生した『揺れ』に感涙し、強引な攻撃停止による反動により生じた、四つん這いに近い格好での着地を後ろから眺めながら、『ぐへへへっ……たまらんですなぁ』と、下衆な笑い声を上げていた。
 そんな男の元へ、顔が見えぬほど俯いた状態で、アーシャはスタスタと無言で歩み寄る。その状況に、なんとなく身の危険を悟った男が、

「え゛……。敵はあっちでは? お~い、聞こえてますか? 敵は後ろ! 後ろですよ~!」

 と、焦った様子でほざいていたが、アーシャは気にも留めず、問答無用で、男の顔面に渾身の拳を叩き込んだ。
 そして、男がしっかりと気絶したことを、数回軽く殴って確認したアーシャは、何事も無かったかのように『面妖・申』へと向き直り、再びしっかりと戦闘態勢を取ると、

「……さぁ! リターンマッチよ!」

 そう気炎を吐いてみせた。
 その様子を見ていた『面妖・申』は、『お、おぅ……』といった感じで若干引きながら、こちらも気を取り直したかのように如意棒を振り回し始める。

 そうして始まった戦闘は、とにかく男が意識を取り戻す前に決着をつけようとするアーシャの鬼気迫る猛攻に、終始『面妖・申』が押される結果となった。

――竜斬爪で斬り、竜鱗靴で蹴り飛ばし 、そのまま灼熱の吐息で燃やす。

 それらの動作は全て淀みなく一連の動作として行われ、それを成したアーシャの前に、『面妖・申』は儚くも敗れ去ることになったのだった。

 あれって絶対、八つ当たりでもあったと思うんだよね。
 理不尽過ぎてワロタ。

 敗れた『面妖・申』は後に、同じ仲間内で、そんな会話を繰り広げていたとか、いなかったとか。

サルサ・ルサルサ

「いや~ん、スケベな風」
「はっ!? 先程とはまた違った|女子《おなご》の声っ!?」

 全力でぶん殴られて気を失っていたはずの男だったが、新たな女性の声に、即座に反応して意識を取り戻す。
 だが、現実は無情であった。
 視線を彷徨わせて、最終的に行き着いた先は、露天風呂に浮かぶ見慣れぬ物体。

「|女子《おなご》……!? おな、ご……?」

 そこに居たのは、『面妖・申』の足元で湯舟に浮かぶタマサボテン――サルサ・ルサルサ(サボテニックヘヴン・h04751)だった。

「さあ、やろうぜ……なのよさ」

 なにやら格好良くキメているっぽい、湯舟に浮かぶサボテンの姿に、その光景を見た男の頭の上では、宇宙ネコがタップダンスを踊り出す。
 いや、まぁ一般人からすれば、巨大化して如意棒を振り回す『面妖・申』だけでも、充分異常事態なはずなのだが。どんな時でも、女性の裸を見る事に心血を注ぐ男からすれば、サボテンから若い女性の声が聞こえてくるという事のみが、混乱する要因となっていた。
 だが、とりあえず女性の声は聞こえるのだ。万が一があるかも知れない。そう思った男は、ルサルサへと視線を集中させる。

「回す回す、もっと回すのよ!――『棘々転舞』!」

 高々と己の√能力名を告げ、発動させるルサルサ。
 その瞬間、全方位にトゲミサイルが発射された。そして発射されたミサイルは、誘導弾となって『面妖・申』へと襲いかかる。

『キィー!?』

 ルサルサの見た目からでは到底信じられない程、凶暴なその攻撃に、手にした如意棒を振り回し、『面妖・申』は自身へと向かってくる誘導弾を撃ち落とさんとするが、蹂躙力が増加したミサイルは、振るわれる如意棒を掻い潜り『面妖・申』の身体を次々と着弾し、その炎で身体を燃やしていく。
 そして、着弾と同時に発生する煙幕に紛れて、いつの間にか人の姿へと変身していたルサルサは、その拳にトゲを纏った状態で『面妖・申』の足元へと疾走すると、器用にその身体を駆け上がり、眼前へと躍り出る。
 
「これでトドメ~、なのだわ!」

 鬨を上げるように、そう高々と宣言すると、渾身の力でトゲを纏った拳を振り抜く。
 その拳が、寸分の狂い無く己の顔面を捉えると、『面妖・申』は短い悲鳴を上げて、力無く仰向けに倒れ伏す。

「おぉ! なんかよくわからんが、若い女子! チチ、尻、太股ーー!」

 状況は、相も変わらず男にとっては理解出来ないものであったが、ルサルサが人化した姿を現したことで、男のテンションが上がる。

――だが、それがいけなかった。
 
「ほぎゃーーー!? なんでワイまで攻撃してくるんやーー!」

 その邪な視線が、ルサルサの放ったミサイルに敵判定された結果、残っていたトゲミサイルが男へと殺到したのだ。
 すでに、その身体がこの世から崩れ去っていっている『面妖・申』と同様に、男の姿が爆炎の中に消える。

「終わったのよさ。ほな、温泉タイム再開なのよさ」

 そんな中、再びサボテンの姿へと戻ったルサルサは温泉にぷかぷかと浮かんで、まったりとした時間を過ごす。そんな中、男の断末魔が若干うるさく感じたルサルサによって、トゲを追加で飛ばされた男の叫び声が響き渡るのであった。

仇梶・二尾

 眼前で、めまぐるしく変わる戦況に、変化していく状況。
 とりあえず、その顔面がボコボコで、トゲが刺さっている男の顔面が壁からにょきりと文字通り顔を出している事だけは理解した、仇梶・二尾(荷ノ尾・h00519)は、あちこちで起こる戦闘を背景に、湯舟の中へと顔ごと沈め、温泉の中で尻尾を振りながら、とんちが得意な某お坊さんの如く三テンポほど、思考を働かせると――。

「――きゅぴーん! 新たなるミッションが追加された気がするのです!」

 これがミッションインシッポフル!
 それならやってみせるのです、この露天風呂殺人事件の解決を!

 そう言って、元気よく湯舟から飛び出すと同時に、今度は変身する戦隊モノ如く、器用にも頭に乗せていたバスタオルを広げ、その身体へと巻き巻きして装着する。
 あちこちから、あやかしの気配を感じられるが、混浴や男風呂の方の気配は一旦横へと捨て置くことにした。『男女七歳にして同衾せず』をドヤ顔で語り目を閉じる仇梶だが、ただ単に自分が女風呂に居るからというだけである。

 そんな最中。仇梶の声に反応した男が気絶から復活すると、ジャンプした仇梶の姿を見上げて、その鉄壁のバスタオルの隙間を血眼になって探す。

「おぉ!? なんか状況はよく分からんが、この角度ならば或いは……!」

 ところがどっこい。世の中、そう上手くはいかない。

「みえ……みえ……みえ、ないっ……! なんでじゃーー!」

 どれだけ目を凝らそうとも、その隙間を覗き込む事が男には出来なかった。
 目を閉じ、顔をブンブンと振って、その悔しさを表現する男だったが、その頭上から影が差す。
 訝しげに、『はて?』と首を傾げ、男が視線を上へと戻すと、綺麗に閉じられた幼女の足裏が、どアップで見えた。

 当然、その影の正体は、空中でバスタオルを身に纏った仇梶である。
 
 仇梶は、ドヤ顔で目を閉じた状態で、空中で見事な姿勢制御を行い、そのまま地面という名の男の顔面へと着地したのだ。決して、男の邪な視線に感じ入るものがあったのでは、ない。
 いくら仇梶が幼いとはいえども、埋め込まれた顔だけで、その全体重を支えることなど出来なかった。
 そのまま、男の顔面を踏み抜いて、露天風呂の床へと着地を果たした仇梶だったが、着地までの経過途中で足裏に感じた変な感触に、クエスチョンマークを浮かべながら、閉じていた目を開けて、クルリと振り返ってみると、そこには、曲がってはいけない方向に首が曲がってしまって、口から魂が出かかっている男の姿があった。

「「…………」」

 妙な沈黙が訪れる。
 これには、さすがの仇梶も己の失態に気づいたらしく、困ったように眉を下げると、口から出かかっている魂を掴み、無理矢理男の口へとねじ込む。

「ふぅ……。これで良し、なのです」

 あーだこーだと悪戦苦闘しながらも、なんとか口から出かかっていた男の魂を、その口へとねじ込むことに成功した仇梶が額に浮かんだ汗を拭っていると、そこに何処からか『面妖・申』が現れ、威嚇するような唸り声を上げる。
 
「むっ! 犯人さんの登場なのです!」
「キィィイィーーー!?」

 身構える仇梶。
 今登場したばかりなのに、あらぬ冤罪を被らされ、怯む『面妖・申』。

『えぇ……? なんか俺達悪いことしたっけ……?』

 一瞬悩む『面妖・申』だったが、とりあえずこのまま戦闘の流れでいっか、と思い直し、甲高い鳴き声を放つ。
 すると、激しい振動が仇梶を襲った。その振動は激しく、仇梶は膝をつきそうになるのをなんとか耐えながらも、負けじと己の能力の名を叫ぶ。

「二に重なる炎の定義!――『|二重焼き《ダブルファイア》』!」

 その瞬間。
 赤と青、二色の炎の弾丸が仇梶を中心として周囲を回転しながら展開される。
 そして、その炎はガトリングガンの如く、装填と射出を繰り返しながら『面妖・申』へと襲いかかった。

『キィィイィーーー!』

 弾丸が爆発し、その爆炎によって、その身を焦がし、悲鳴を上げる『面妖・申』。

「ギャーーーー!? あばばばばばば! なんでワイまで焼かれとるんやーーー!?」

 魂をねじ込まれた結果、見事復活を果たしたものの、何故か気づけば仇梶の炎に巻き込まれている男の叫び声。

「あ」

 またもや己のやらかしに気づく仇梶の声。
 三者三様の声が響く。
 文字通り男の眼前に着地した仇梶が、そんな能力を使えば、間近に居た男が巻き込まれるのは必然であった。

 仇梶・二尾、最大のやらかしであった。

 仇梶に相対した『面妖・申』は、その爆炎に身を包まれ力無く倒れ伏す。
 それと同様に、炎に焼かれた男が、口から煙を吐きながら、力無く項垂れている。そんな男を、ツンツンと突いて生存確認すると、

「殺人事件は起こらなかったのです! 起こる前に止めたなら、解決以上の解決だからこれでいいのです!」

 仇梶は、その小さな胸を張って、そう宣言するのであった。

呉守・社

「へへっ……。徒歩で来たから遅れちまったけど……。その分を含めて、しっかりと|熨斗《のし》付けてお返ししないとな」

 混迷が極まりつつある女風呂へと制服を着た状態のまま訪れた、新たな女性――呉守・社(蛇神封じのTS人柱・h04697)は、ブンブンと右腕を回しながらそう言ってニヤリと笑う。
 自身に封印した白蛇御前の影響で『性別が男から女になってしまった』という、少々特殊な経歴がある呉守だが……すでに女の身となって三年は経過しているためか。女風呂へと足を踏み入れることに、躊躇いは無かった。
 その眼前には、その能力によって巨大化し、両手で如意棒を振り回してこちらを威嚇する『面妖・申』。そんな『面妖・申』を迎え撃つように、呉守は、握り込んだ己の右拳を突き出すと、真正面から啖呵を切ってみせる。

「てめぇは――『右ストレートでぶっ飛ばす』!」

 そう宣言し、身につけていた制服のブレザーを脱ぎ、更衣室へと放り投げると、呉守の√能力が発動し、その突き出した右拳に光が宿った。
 その右拳から発せられる威圧感から、その破壊力を悟った『面妖・申』が、警戒心を露わにして甲高い声を上げる。
 だが、そんな『面妖・申』自身も巨大化しており、その手にした如意棒から繰り出される一撃は、それ相応の破壊力であることに違いなかった。故に、呉守は『面妖・申』を真っ直ぐに見据え、静かに腰を落とす。
 呉守と『面妖・申』。互いの距離を構えたままでジリジリと詰めながら、ついにはその距離は、互いの攻撃範囲の一歩前まで縮まる。
 その緊迫感は、圧となって互いの体力と精神力を削っていく。

――勝負は一撃で、決まる。

 それが、互いの共通認識。
 迂闊に飛び込んでしまえば、相手の必殺を込めた一撃が、己の身に降りかかるに違いない。
 ここが風呂場であることも合わさり、じっとりとした汗が流れてきては呉守の頬を伝う。風呂場特有の湿気が纏わりつき、ワイシャツを濡らすことで、更にはワイシャツまでもが身体に張りついてきて気持ちが悪い。だが、ここでそんなことに注意を逸らすことは出来ない。してしまえば、相手の懐へと飛び込むことすら叶わず、自身の敗北という結果を招くだろう。
 だから、注意を逸らすわけにはいかなかった――はずだった。

「――はっ!? 女子の匂い! それもこれは……ピチピチの現役女子高生の匂い!」

 先程までボロ雑巾のようになっていたはずの男が復活して、必死に顔を動かしてクンクンと匂いを嗅ぎだす。そして、濡れたワイシャツ姿という、扇情的な見た目となった呉守をめざとく発見すると、その目を見開き、構えている呉守足のつま先から頭のてっぺんまでをガン見する。
 濡れたワイシャツによって僅かに透けて見える胸に、汗ばんだ太股に、男は大興奮して甲高い声を上げて、先程の『面妖・申』に匹敵するほどの声を上げた。
 すると、どういうわけか。『面妖・申』と呉守が、示し合わせたように自身の立ち位置を『どうぞどうぞ』と相手に譲り始めたのだ。

「はぁ!? おいこら、ボケ猿! お前がこっち側に立つと|女子《おなご》の姿が見えんじゃろがい!」

 先程まで瀕死だったはずの男は、濡れ透けワイシャツの現役女子高生の姿を見る事で元気を取り戻したらしく、動かせぬ身体をジタバタさせながらクレームを言い始めた。
 元々は男だった事から、その性格も男勝りだった呉守だったが、男に『チチー! 尻ー! 太股ー! 透け透け現役女子高生を返せー!』と叫び続けられると、さすがに居心地が悪い……と、いうか。気恥ずかしさが勝ってしまう。

 濡れたワイシャツに、そのスカートから覗かせる健康的な太股。
 それを初めて見た時、なんというか……その……下品なんですが……フフッ……興奮、しちゃいましてね……。

 そう言って、どちらが邪悪な存在なのか、分からなくようなゲスい笑みを浮かべる男に、『面妖・申』も若干、いや、かなり引いていた。

「~~ッ! 隙ありぃ!」

 自身が感じている気恥ずかしさを振り払うかのように、呉守は叫び、男へと注意が逸れてしまっている『面妖・申』との間合いを潰し、その拳を振り抜く。

『ぇ゛……!? せっかく立ち位置変わってあげたのに酷くね!?』

 そんな声が聞こえて来そうなほど、驚愕した表情を浮かべながら、『面妖・申』はその呉守の一撃で見事に吹き飛ばされる。
 そして、吹き飛ばされたということは、背後にいた男も当然巻き込まれることになり――。

「ギャーーー!? って、ぺぺっ! なんか獣臭っ!? どうせ巻き込むなら、ピチピチの現役女子高生の方にしろ! チェンジチェンジーーーー!」

 吹き飛んできた、巨大化した『面妖・申』の背中に顔面を押し潰されそうになりながらも、男は再び意識を失うまでの間、自身の欲望に忠実な、無茶な要望を叫び続けた。

「その……なんかすまねぇ。ついカッとなって身体が動いちまった」

 巨大な『面妖・申』の身体に押し潰されて、見事にその意識を飛ばす事となった男を無視して、呉守はブレザーを着直して倒れ伏し薄れゆく『面妖・申』の前で腰を落とすと、申し訳なさそうな表情を浮かべ、『面妖・申』へと謝罪の言葉を口にするのであった。

中村・無砂糖

 露天風呂が一望出来る山のとある場所まで、その戦闘音は響いていた。

「いたたた……。先程は、桃源郷より三途の川が見え隠れしたわい」

 その音に反応するかのように、そう言ってムクリと身体を起こしたのは、覗きを敢行しようとして成敗されてしまった爺さん――中村・無砂糖(自称仙人・h05327)である。
 成敗され、うち捨てられていたのだが……。√能力者故の生命力か、或いは男と同じくギャグ空間で生きる|性《さが》故か。先程までボロ雑巾であった風貌は、すっかりと治ってしまっている。
 座り込み、片手で己の顎を擦りながら、状況は把握する。
 女風呂の方は、すでに数人の|√能力者《同業者》が来ているようで、『面妖・申』の群れが次々と倒されている様子が見て取れた。

「……ふむ。間近で女風呂を覗くのは……浪漫に欠けるしのぅ。じゃが、そうなると問題は――」

――混浴と男風呂か

 そう考えて視線を混浴へと向けたところで、その混浴へと入ってくる数人の√能力者達の姿が確認出来た。あの人数であれば、問題は無いだろうと判断する。

「……ならば儂が向かうは男風呂か。さて、ちと真面目になるとしようかのう」

 言うが早く、中村は立ち上がりその両手を合わせると、自身の√能力を発動させる。

「仙術、超仙人モード――『超スーパー仙人モード3』!」

 全身から白い蒸気のようなものを放ちつつ、中村は軽く息を吸い込むと、一瞬にして姿がかき消えた。
 そして、その姿が捉えられたのは、なんやかんやあって男風呂の壁にめり込んでいた男の無防備な身体へと攻撃を加えようとしていた『面妖・申』の懐へと、すでに潜り込んだ後の姿だった。

「哀れな。じゃが、お主のその勇姿。儂がしかと認めるぞい」
『キィ!?』

 突如として男と己の間に割り込んできて、男の尻をペチペチと叩く中村の姿に、『面妖・申』は驚きの声を上げながら、即座にその攻撃対象を男から中村へと切り替える。
 甲高い猿の鳴き声を響かせ地震を発生させる事で、攻撃と同時に中村の動きを止めようとしたのだ。

「はぁぁ……! |ケツ《決》闘じゃぁ!」

 だが中村は、素早い動きで手にした決気刀を尻に挟み込むと、再びその場から姿を消した。
 否――消えたのでは無い。『超スーパー仙人モード3』によって全体的に底上げされた身体能力を用いて、超スピードで空中へと移動したのだ。

「はぁぁぁ! ちぇすとーーー!」

 空中に跳躍して、見事に『面妖・申』の頭上をとった中村は、その身体を回転させながら『面妖・申』を真っ二つにしても勢いが止まることなく、地面へと突き刺さることで止まる。
 どうやら、男風呂での|雑事《戦闘》に駆けつけたのは己のみらしい。ならば、ここにいる『面妖・申』は自分一人で対応するしか無さそうだ。
 尻に決気刀を挟んでおり、その状態のまま地面へと突き刺さったため、珍妙な体勢ままで停止していると、そんな中村を取り囲むように、男風呂へと侵入してきた『面妖・申』達が立ち並ぶ。

「ふむ……。これは少々手間取るかも知れんのぅ」

 余裕があれば、混浴風呂の方にも顔を出して、あちらの『面妖・申』共の相手もしようかと思っていたが、そんな余裕は無さそうである。

「此奴は、若さ故の過ちによって、今はちぃとばかり動けんだけじゃ。ならば、同じ男として、その勇敢さを讃える事はすれども、見捨てるなど以ての外じゃ!」

 床に突き刺さっていた決気刀を、先程とは違う方向へと身体を回転させることで床から抜き取り、綺麗に着地を決める。そして、腕を組み、威風堂々といった様子で言い放つ。

「中村・無砂糖! 義によって推して参るっ!」

 そして、再び尻に挟み込んだ状態で跳躍し、身体を回転させて、己の周囲を取り囲む『面妖・申』へと襲いかかる。
 ちなみに。
 中村が格好良く言い放った『義』とは、『同じ覗き仲間』としてものであり、決して褒められるものではなかったりする。
 そんな事を知らない『面妖・申』達は、己の尻で挟んだ刀で戦う男との戦いには少々引いていたりもしたのだが、『でも、ここに来てやっとまともな戦闘シーンだし……』と思い直し、喜び勇んで中村との闘争に身を委ねたのであった。

姉のクロエ・ウィズダム・エクレール・妹のシロエ・ウィズダム・エクレール
待雪・子虎
カズヤ・サンタクロース・パインブック
森屋・巳琥
森屋・虎狐


「くそっ!? なんかいきなりだな!?」

 その身体を巨大化して混浴へと乱入してきた数匹の『面妖・申』に驚きつつも、自身の√能力である『|無意識の魅了《アンコンシャス・ファシネーション》』を発動させながら、水着を着用したカズヤ・サンタクロース・パインブック((アンフォーフィルリビドーを抱く双剣士・h00591)は慌てた様子で、『面妖・申』が手にした如意棒から放たれる打撃を紙一重が交わす。
 幸か不幸か。パインブックは、祠を壊した男を『混浴を覗いた不埒者』として敵視していたりしたのだが、その男の姿は見当たらない。これ以上、周囲の女性の肌が見知らぬ男に見られる危険はひとまず去ったようだが、数体の巨大化した『面妖・申』に追いかけ回され、回避に専念することを強要される状況となってしまっていた。
 その間。
 そこから少し離れた距離で、普段の魔女服へと着替え終えていた待雪・子虎(取り替え子の古代語魔術師・h05362)が、早速詠唱へと入っていた。
 その姿を見た、姉のクロエ・ウィズダム・エクレール・妹のシロエ・ウィズダム・エクレール(ドゥ・エクレール・ド・サジエス)(Deux éclairs de sagesse・h04561)は、バスタオルでその身体を包んだ姿で叫ぶ。

「カズヤさん!」
「援護を頼むぜ!」
「ッ! おう!」

 クロエとシロエは、自身の√能力である『|Les armées de l'eau《レ・アルメ・ド・ロー》』で、数十体のセイレーンを召喚すると、パインブックを襲う、巨大化した『面妖・申』数体の足止めへと向かわせた。温泉が豊富なこの場では、その液体の化身は、最大限に猛威を振るう。
 そして、それによって攻撃の手が緩められたパインブックは、二人の声に応じる形で素早く身体を反転させると、自身の√能力である『護霊護国戦』によって召喚された護霊『プリズマティック・ブルー』を用いて、反撃に転じる。

『キィイ!』 

 パインブックによって召喚された護霊が、巨大化した『面妖・申』を襲い、その攻撃――『ブルーストライプ』を放つ最中、短いようで長い詠唱を終えた待雪の魔法が発動した。

「喰らうがいいのですっ!――『ウィザード・フレイム』!」

 放たれた炎が、『面妖・申』を襲う。
 その威力は折り紙付きである待雪の『ウィザード・フレイム』だが、詠唱には3秒かかってしまうこと、そしてその間移動できないことがネックとなるのだが、仲間達の助力によって、その弱点を上手く補う事が出来た。
 炎に包まれて倒れ伏す『面妖・申』を見て、待雪がホッと一息ついて、再び詠唱を開始しようとした瞬間。その近くに居た『面妖・申』が、そんな待雪へと『病の塊』を放つ。

「――そうはさせないのです!」

 だが、その攻撃が待雪に届くことは無かった。
 バスタオルに身を包んだ森屋・巳琥(人間(√ウォーゾーン)の量産型WZ「ウォズ」・h02210)が持つ√能力の一つである『|蜃気楼の分隊《ミラージュ・スカッド》』によって事前に招集しておいた、見た目が巳琥に酷似しながらも、身体の一部が若干盛られた一二体の素体によって防御されたのだ。
 本来であれば、その各素体に指示を送ることで自身と各素体の反応速度は半減する√能力である。だが、もう一つの巳琥が持つ√能力――『|白銀の雫の願い《ウィッシュ・シルバードロップ》』により、自身の減少した反応速度を補った事で、『面妖・申』の攻撃から味方を庇うことが出来るまでの反応速度を得られるに至ったのだ。
 互いの√能力で、互いをカバーして戦闘を優位に進める一同ではあったが、その戦況は『面妖・申』の数という物量に押され始めてしまう。
 そして、ついには、その均衡は崩れ去り、巨大化した『面妖・申』の如意棒が、詠唱によって足を止めていた待雪へと振り下ろされんとしていた。


 一方、その頃。

『……こっちかにゃ? あ、いたにゃ』

 猫へと変身したままの森屋・虎狐(こねこねこ・h03129)は、暫しの間皆の戦況を見守っていたのだが、戦闘能力が無い己が出来る事と言えば、かなり限られてしまっている。
 故に、猫の身軽さを用いて、男性風呂と女性風呂を隔てる壁に突き刺さって気絶している男の様子を見に来たのだ。
 今は訳あって猫の姿だが、本来の人間の姿であれば、この男の言うところの『二〇代のぴちぴちの|女子《おなご》』である。そのため、最近の『せんしてぃぶ』というのに対応するため、視線対策として水着を着用しているのだが――。

『さて、どうしたものかにゃ?』

 先程まで巳琥によって洗われていた名残で、シャンプーハットも装着しており、それがどうにも通常の猫ではあり得ない姿となっており、随分と奇妙奇天烈な姿になってしまっていた。
 男の様子を見つつ、皆の戦闘の実況でもしようかと思っていたのだが、如何せん距離が離れ過ぎている上に、混浴風呂から男性風呂までには当然のように仕切るための壁が存在する。

『ここだと、実況どころか戦況を確認すること自体困難だにゃぁ』

 思惑が外れた事に、若干肩を落とす虎狐。
 諦めて、混浴風呂へと戻ろうかと思った――その瞬間だった。
 その横を掠めながら、誰かが混浴風呂の壁を突き破り、男が突き刺さっている、男風呂と女風呂を隔てる壁へと衝突したのだ。


「……ッ? あれ? 予想よりもダメージが軽い?」

 その『誰か』の正体に一人である待雪は、吹き飛ばされた先――男風呂と女風呂を隔てる壁に激突したであろう己の身体を、閉じていた目をおそるおそる開けて確認してみる。

 だが、どういう訳か。吹き飛ばされはしたものの、思っていたほど深刻なダメージを受けていない。

 あの時、自身に降りかかるであろう如意棒の衝撃に備えるかのように身構え、目を瞑っていた待雪には、その理由が分からず、頭の上ではクエスチョンマークが飛び交う。
 とりあえず、まずは現状を把握しようと周囲を見渡した結果、自身が置かれている状況を理解するに至る。
 自分はどうやら、攻撃が当たる寸前でパインブックによって庇われたようで、己を庇うように抱きかかえたパインブックの腕の中にすっぽりと収まってしまっている。

「カズヤさん、子虎ちゃん! 大丈夫ですか!? ……って、あーーー!?」

 血相を変えて、心配してこちらへと走り寄ってきたクロエが、二人の姿を指差し、絶叫する。
 シロエに至っては、クロエ同様に、こちらを指差していることには変わりはないが、金魚の如く口をパクパクとさせてしまっている。

「ぅん……? ん、ぅ?」

 確かに『自身がパインブックに抱きかかえられている状態である』という事を考えれば、二人の悔しがる反応は自然なのかも知れない。が、それにしては反応が過剰であると感じながら、待雪は首を傾げるが、次の瞬間、自身の身体を無遠慮にまさぐられてしまい、変な声を出してしまった事により、その理由を知る事となる。

「イタタタタ……。武器は武器は、と……って。ん? なんだ、この感触」

 吹き飛ばされた拍子に、お姫様抱っこは崩れてしまっており、背中へと回されていたはずのパインブックの手が自身の服の隙間に入り込んで、その胸に軽く触れていたのだ。

「ーーーーー!?」

 その事に気づいた待雪は、パインブックがその事実に気づくよりも先に、素早く立ち上がると、何事も無かったかのように振る舞う。

「カズヤさん!?」
「なんで、おれたちにはそうならないんだ!」
「はっ!? え? なんの話?」

 そして、自身の横を超スピードで通り抜けて、困惑するパインブックへと詰め寄る二人を横目に、後を追ってきた『面妖・申』達へと向き直る。

「……大丈夫です?」

 巳琥が、パインブックに詰め寄る二人と、そんな待雪へと視線をキョロキョロと彷徨わせながら、オロオロと心配げに問いかけてきた。
 その問いかけに、なんとか首を縦に振ることで答えると、待雪はそのまま詠唱に入る。
 
『にゃんだか、一気に騒がしくなったにゃぁ……』

 クロエとシロエ、双子姉妹に詰め寄られるパインブック。
 なんとか冷静を取り戻そうと、戦闘に集中しようとする待雪。
 そんな状況に振り回されて、どうしたらいいかと困惑する巳琥。

 各々の状況が混沌とし過ぎている戦場に、虎狐はしみじみと呟く。
 だが、そうとは言ってられないのが戦場の常である。当然の如く、そんな状況下でも、『面妖・申』は攻撃の手を緩める事は無い。

『……って、危ないにゃーーー!』

 虎狐の声が響く。
 動揺のあまり、敵の眼前で立ち止まり詠唱を始めてしまった待雪に、『面妖・申』の『病の塊』が襲いかかってきていたのだ。

「ッ……! させないのです!」

 戦闘能力が無い虎狐へ、己の能力――『|蜃気楼の分隊《ミラージュ・スカッド》』によって生み出した素体を数体ほど護衛のために配置していた巳琥が、危険を知らせる虎狐の声に即座に反応する。
 召喚していた残りの素体で、その攻撃を再び防ごうと試みたのだが――。

「ぎゃーーー!? なんかよう分からんが尻に強烈な攻撃がーーー!?」

 気を失っていた男が、その衝撃に叫ぶ。
 そう。巳琥は焦ってしまった結果、素体の操作を誤り、床に散らばった石鹸を踏み抜いてしまい、コントのように、綺麗に全員がその場で転んでしまったのである。
 そして、その際に、ちょうど壁に埋もれ覗き男の近くにも念のために配置していた素体が、倒れてしまう過程でバタつかせていた腕が、綺麗に男の尻にエルボーという形で攻撃を加えてしまったのだ。

 綺麗に滑って後頭部を打ちつけて悶える素体に、その素体によって攻撃を加えられ、ぎゃーぎゃと騒ぐ男。

『真面目ってなんだったかにゃぁ……』

 そんな様子を見て、真面目に注意を促した虎狐は、少しばかり遠い目をしてしまう。
 更には、素体達がバスタオル姿で転ぶ際に垣間見えた肌に、パインブックが目を奪われていた事を察した巳琥が、温泉への被害を配慮して携えていた武器――ツールガンや光線モード狙撃銃で、パインブックへ攻撃を加える。

「いってぇ!?」
「覗き魔には天誅を、なのです」

 パインブックは、その巳琥の言葉に『冤罪だ!』と叫びたくなるが、今はそれどころでは無い。
 なんとか『面妖・申』の攻撃が、待雪へと届く前に、自身の身体を滑り込ませることが出来たパインブックが、今度こそしっかりと待雪を抱きかかえる。そして、慌てて『面妖・申』の攻撃範囲外までの退避を試みる。
 だが、そう上手くはいかずに、『面妖・申』の『病の塊』の直撃を受ける事となる。
 先程にも待雪を庇ったときに受けたダメージは、確実にパインブックの肉体へと蓄積されており、その上で受けてしまった『病の塊』によって、その体力を奪っていく。

「……せっかく用意していたのが、消えちゃったのです」

 そんなパインブックの腕の中に、すっぽりと収まっていた待雪は、途中で動いてしまう形となったため、詠唱していた魔法がかき消えてしまっている事に気がつき、しょんぼりして、少々パインブックを責めるような拗ねた口調でぼやく。
 だが、拗ねた口調では言ってみたものの、パインブックの腕の中に収まっている事から得られる幸福感により、その表情は崩れてしまっている。

「「援護」」
「します!」「するぞ!」

 そんな二人の姿に思うところが無いと言えば嘘になるが、仲間に危険が迫る中放置するつもりなど無い。
 クロエとシロエが援護射撃を行い、二人を追いかけ回している『面妖・申』達の気を逸らし、更には、『羞恥心』から持ち直した巳琥が、『体勢』を持ち直した己の姿を模した素体に攻撃の命令を下して、隙をつくる。

「今です!」
「しゃぁくらえっ!」

 なんだかんだとわちゃわちゃしているが、決めるべきときは決められるのは√能力者所以なのか。
 再び発動した、パインブックの『護霊護国戦』により召喚された護霊『プリズマティック・ブルー』へ、今度は敵との融合を指示する。
 クロエとシロエ、そして巳琥の攻撃に弱っていた『面妖・申』達は、その護霊からの手から逃れる事は出来ずに、その身体の中への侵入を許してしまう。
 そして――。

「ギィ……キ」

 行動力を奪われ続けた結果、その場にいた『面妖・申』達は、力尽きて床へと崩れ落ちると、護霊達と共に消滅するのであった。

第3章 ボス戦 『星詠みの悪妖『椿太夫』』


●断章
「いややーー!? なんでワイが簀巻きにされて、暗闇の山中を引き摺られやなあかんのやーー!? ワイは椿姉さんとの約束を守るんやーー!」

 すっかり夜の帳が下りた山中に、男の声が響き渡る。
 先程までの露天風呂の騒ぎから一段落した後。
 壁に埋まった男を、強引に引きずり出し、封印の祠の場所を聞き出そうとしたのだが、男は頑なに拒絶し続けた。どうやら、星詠みの悪妖『椿太夫』との夜の約束を楽しみにしていた男からすれば、能力者達に祠の居場所をバラしてしまうと楽しめなくなってしまう可能性があると考えたらしい。
 暫しの押し問答を繰り返したが、時間は待ってくれない。
 能力者達は男の説得を諦め、簀巻きにして、強引に山中へと連れ出した。

「うぎぎぎっ……。 なんて酷い奴等なんだ……!」

 さすがに、簀巻きにされて山中引き回しされたのが効いたのか。男は観念して、祠へと案内する。
 そして、男が破壊した祠に辿り着いた先に居たのは――。

『――やはり、万事上手くとはいきんせんか。あの男は、後ほど命を頂戴するといたしんしょう』

 優雅に煙管を吹かせながら、破壊された祠へと腰かけた、星詠みの悪妖『椿太夫』の姿があった。
 己へと対峙する能力者達に、『椿太夫』はやれやれといった様子で溜息をつく。
 そして、立ち上がり、能力者達へと視線をやると、その先に、妙にボロボロな姿で簀巻きにされている男の姿を見つける。

『おや? これはちょうど良うござんした。邪魔者を殺して、お前様の命を魂ごと喰らわせていただくとしんしょう』
「そ、そんな……。椿姉さん……。なんで……? 最後に見たときは、あんなに……」

 ワナワナと声を震わる男の表情は、絶望に染まっていた。
 古妖である『椿太夫』にとってみれば、絶望した人間の、その命を魂ごと喰らうのは最高のご馳走だ。
 妖艶な笑みを浮かべながら、男の問いに答えようとしたのだが――。

『ふふふ……その表情、良うござりんすなぁ。最後に会った時は、露天風呂でありんしょうか? わっちは古妖『椿太夫』。お前様達の命を喰らう妖怪でありんす』
「……そんな、なんで。なんで服なんか着て、素敵な素足を隠してるんすか!? 最後に会ったときはあんなに肌を露出してくれていたのにッ……!」
『いや、こんな夜中の山中で、露天風呂のように真っ裸でいるヤツは、ただの露出狂の変態でありんしょう』

 見当違いな言い分で悔しがる男の言葉に、『椿太夫』は冷静にツッコミを入れた。
 もっとこう、気にするべき内容や単語があっただろう、と。
 その後もギャーギャーと騒ぎ立てる男に、ほとほと困り果てた『椿太夫』は、能力者達へ助けを求めるような視線を送ってきた。
 能力者達は、さすがに古妖を手助けするのはどうかと、思ったりもしたのだが……。
 さすがに、『チチ、尻、太股をもっと出せーー!』と騒ぐ男がいる状況だと、まともに戦闘が開始出来ない方を危惧した能力者によって、首筋に手刀を叩き込まれる。

「恐ろしく素早い手刀……。俺じゃなきゃ見逃してた、ね……ぐふっ」

 男は、そんな、訳の分からない台詞を吐いて、そのまま気を失った。

『ま、まぁとにかく……。わっちは無事復活を果たしんした。ならば、存分に殺戮を楽しませてもらいんす』

 男がかき乱した空気感を、げふんげふん、咳払いしてなんとかシリアスへと切り替えた『椿太夫』は、そう言って、無理矢理戦闘の開始を告げるのであった……。
 ちなみに。
 男は簀巻きのまま、その場でうち捨てられていたりする。
アーシャ・ヴァリアント


 いつもの戦闘と違い、妙に気が抜けた始まりとなってしまった原因である男を一瞥して。アーシャ・ヴァリアント(ドラゴンプロトコルの竜人格闘者・h02334)は『なんだか気が抜けちゃうわね……』とぼやきつつも、気合いを入れ直す。

「|悪《覗き魔》は滅びたわね……さてそれじゃ後は|オマケ《椿太夫》を倒しましょうか」
『わっちを、そこの|変態《男》のオマケ扱いされるのは嫌でありんすなぁ……』

 そんなアーシャの言葉に、星詠みの悪妖『椿太夫』は、心底嫌そうな表情を浮かべた。そのまま、それを否定するかのように、足元に散らばった惑わしの妖気を宿す椿花を巧みに操り、アーシャへと殺到させる。

――その一輪単体の威力は、それほど高くないとはいえ、その手数の多さは脅威。
――ならば。

「――まずは、この邪魔な妖花、ぶっ飛ばさせてもらうわよ! 『|竜王絶唱撃《ドラゴニック・クラッシャー》』!」

 迫り来る椿花の構造を解析し、固有振動数に合わせた超音波を放つ。
 |目標《アーシャ》に到達する前に、粉砕されていく椿花。
 ここで、お互いにとって計算外だった事が起こる。

「粉砕してしまえばいいと思っていたけど、想像以上の手数ね……!」
『忌々しい……!』

 莫大な手数によって押しきろうとしていた『椿太夫』と、その手数の多さを範囲攻撃で封殺しようとしたアーシャ。互いに動けない均衡状態へと陥ってしまったのだ。
 その結果――。

「――はっ!? なんか知らんが、いつの間にか、椿姉さんと見知ったエロいねーちゃんの肌の露出が増えている!? なんだここは。ここは理想郷か何かか?」

 簀巻きのままで、意識を取り戻した男が、陸に打ち上げられた魚のようにビクビクと身体を飛び跳ねさせて狂喜乱舞する。
 そう。男が叫ぶように、アーシャと『椿太夫』、互いに互いの能力の余波によって、その身体に傷をつける結果となってしまったのだ。
 アーシャ自身、自分だけが恥ずかしい思いをしたのは不平等だと感じ、ダメージを与えるついでに衣装をボロボロにしてやろうとは思っていたりした。だが、よもや、自分も同じ状況になるとは考えていなかった。
 ここに至るまでにも、結構な酷い目に遭った男。しかし、こういう状況になると即座に復活する姿に、アーシャの怒りは再熱した。

「こ、の……!」
『なっ!? 急に力が増して……!?』

 アーシャ、怒りの|一撃《フルパワー》である。
 そんな、突然の出力増加に、『椿太夫』は一気に押しきられる。そして、その震動によって動きを封じられてしまい、椿花をものともせずに突進してきたアーシャの一撃によって、吹き飛ばされてしまう。

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 吹き飛ばした先で、衣装を乱れさせた『椿太夫』の姿が見える。
 目的は達したものの、椿花へと突進してしまった結果、自身もまたボロボロになってしまったアーシャだったが、乱れた息を整える暇無く、

「ヒャッハーー! |女子《おなご》二人が、衣服をボロボロにさせながら戦う姿は最高だぜ!」

 ビタンビタンと、簀巻きにされた身体を跳ねさせて地面を叩く男の前へと歩み寄る。

「……ん? いやいや、おねーさん? そんな天丼はいらな……げぷらっ!?」

 その姿に、既視感を抱いた男が、慌てた様子で言いつくろうが刻既に遅し。
 アーシャは呆れながらも、男の顔面を踏んづけ、その頭を地面へと埋めると、強制的に男を黙らせるのであった。

中村・無砂糖

「なんと同士よ……。無念じゃのう」

 バスタオル一枚で簀巻きにされた挙げ句、ここまで引きずられてきた男を眺めつつ、中村・無砂糖(自称仙人・h05327)は静かに黙祷を捧げた。
 前回は風呂場の壁に頭をめり込ませていたが、今度は地面に顔面が突き刺さっている姿は、哀愁すら漂っている。中村は『男の無念は、わしが晴らしてやるのじゃ』と心に誓うと、カッと目を見開き霊剣を尻に挟み込み、叫ぶ。

「おぬしに代わって、わしがしかとこの目に焼きつけておくわい!」
『なんぞ、そこな馬鹿な男と同じ匂いがしんすなぁ……』

 吹き飛ばされたものの、なんとか立ち上がった『椿太夫』は、目の前で行われている覗き魔二人の喜劇を見て、ぼやくように呟く。
 そんな呟きを華麗にスルーして、中村は太古の神霊『古龍』を纏い、自身の身体能力を底上げする。そして、その上昇した速度で、『椿太夫』を攪乱するかのように、周囲をぐるぐると回り始めた。

「ふふふ、わしを視界にとらえ続けられるじゃろうか?」

 そう言って不敵な笑みを浮かべる中村・無砂糖。
 霊剣を差した尻を、こちらへと向けられ迫ってきた時は、『椿太夫』もどうなることかと身構えたが、自身の隙を窺うような形で周囲を動き回る姿に、『あ、一応戦闘は真面目にしてくれるんですね、そうですか』と一安心する。
 だが、その安心は、中村の次の言葉で崩れ去る事になる。

「胸! うなじ! 脚!」

 周囲を旋回しながら、上下左右へと高速起動していたのは、どうやら一番肌の露出部分を確認出来るポイントを探していたらしい。興奮気味に叫びながら動き回る中村の姿に、『椿太夫』は俯き、ワナワナと震えている。

「隙あり……! 仙術、霊剣術・古龍閃(尻)じゃー!」

 その様子を見て、中村が一瞬にして真面目モードに戻ると、『椿太夫』へと斬り込もうと距離を詰めた瞬間だった。俯いていた『椿太夫』が顔を上げ、妖艶に微笑んだ。

『この『椿太夫』たる、わっちが男に振り回されるなぞ、合ってはならぬこと。なればこそ、ここでこれ以上の|婆娑羅狼藉《ばさらろうぜき》は許しんせんよ』

 そう『椿太夫』が告げた瞬間。中村の視界が、突然発生した椿花の香りが充満した煙幕によって封じられてしまう。
 これこそが『椿太夫』が有する能力――『星詠み乱れ花』。
 あらかじめ、数日前から「【星詠み】作戦」を実行しておく事により、視界内の敵1体の行動を一度だけ必ず失敗させる事を可能とする代物だ。

「くっ……! 不覚っ!」

 どうやら、己はまんまと術中に嵌まってしまったらしい。
 中村は、視界を封じる煙幕と、その煙幕を吸い込む事で生じる身体の気怠さに片膝を着く。

『ふふっ……。今度はわっちのばn……』
「そこじゃーー! ちぇすとー!!」

 勝利を確信した『椿太夫』が、中村の背後から忍び寄り、|鬨《かちどき》の声を上げて攻撃を加えようとしたのだが、何故か中村は即座に反応し、『椿太夫』の言葉を遮って攻撃を当てる事に成功する。

『ぐっ……! 何故、わっちの位置が……!』

 胸元を斬り裂かれ、後ろへと後退する『椿太夫』。
 思いも寄らなかった反撃を受けてしまい、驚きの声を上げた。間違い無く、視界と行動は妨害したはずだ。ならば何故、こんなにも正確に自身の位置を把握出来たというのか。

「ふっ……。なに、簡単な事じゃ」

 そんな『椿太夫』に、中村はニヤリと笑って答えた。

「匂いと煙幕を用いようが、お主自身が発する、胸が弾む音を消すことは出来なかった。ブラをしていないことが、お主の敗因じゃ」
『いや、そんな阿呆な理由で攻撃を受けたわっちの身にもなって欲しいでありんす』

 中村の理不尽過ぎる攻略法に、『椿太夫』は真面目にツッコミを入れるのであった。

呉守・社

「この男は、本当に|邪《よこしま》だな……」

 散々戦闘に巻き込まれながらも、その度、女性に反応して復活する姿に驚嘆しつつ、呉守・社 (蛇神封じのTS人柱・h04697)は、簀巻きになっている男の生存確認を行う。

『まったく酷い目に遭わせてくれなんすね……』

 ツンツンと男を突いている呉守の様子に、『椿太夫』が傷を負いながら立ち上がり、その強力な香りを放つ。

――周囲に、椿の匂いが充満していく。

 男に振り回されている怒りのせいか。
 可視化出来る程に濃密なレベルの|それ《匂い》は、|その場にいた全員《・・・・・・・・》を凶暴化させるには充分過ぎた。

「ふぐぅ……!?」

 香箱の惑わしの香の影響で、呉守が発情期を誘発されて悶絶する。
 呉守が人の身でありながら発情期があるのは、古妖『白蛇御前』を、その身に封印した結果、人妖のような性質を持った所為なのかも知れない。
 だが、実際に発情期になったわけではなかった。香りによって、強制的に誘発されてはいるが、所詮は紛い物。

 ならば、耐えられる。

 いくら誘発されたとはいえ、理性のタガが外れたわけではないのだ。喘ぐような荒い息を小さく繰り返しながら、呼吸を整え、両手で腰溜めに霊気功を収束させようとしていた――その瞬間。

「ぼかぁ、もう我慢ならんのですよ!」

 何故か香りによって暴走した、簀巻きにされていたはずの男が。
 いつの間にやら縄から抜け出して、鼻息を荒げながら手をワキワキされて、呉守の背後で復活を遂げていた。
 そして、男は対峙する両者を確認する。
 強力な香りを放ちながらも、その着物は斬り裂かれ、随分と露出が高くなっている姿の『椿太夫』。
 何やらエロい吐息をつきながら、苦しげな呉守。
 男の判断は早かった。

「いくら露出度が断然高くなっているとはいえ、何故か妙に俺に対して殺気立っている
椿姉さんよりも、エロい呼吸をして注意が散漫になっているねーちゃんの方がワンチャンある!」

 そう叫び、蛙のような姿勢で跳躍して、呉守へと襲いかかる。
 ちなみに、その時。『椿太夫』自身は安全圏になった事を察して、静観の構えであった。
 だが、いくら香りによって注意散漫になっていた呉守とはいえ、そんな脳内会議を堂々と大声で叫ばれたのならば、さすがに気づく。

「こ、の……! 吹き飛べぇーー!」

 飛びかかってきた男を、そのまま一本背負いで静観していた『椿太夫』へと投げ飛ばすと、収束されていた霊気功――『霊気功波』を男諸共『椿太夫』へと放つ。

「ほげぇー!? あ、でも椿姉さんの胸元にダイブできたから、コレはコレで良し!」
『……は? ちょ、離しんす! ま――』

 まさか、静観していた結果が、男と一緒に攻撃も飛んでくるという理不尽過ぎる状況に、さすがの『椿太夫』も予想出来なかった。
 そして、攻撃が迫っているというのに抱きついて離れない男に妨害されて、『椿太夫』は回避もままならずに、呉守の『霊気功波』の直撃を受けるのであった。

仇梶・二尾

『ぐっ……!? どこまでも虚仮にしてくれりんすね……!』

 吹き飛ばされた『椿太夫』が、ボロボロの姿の状態で、これまたボロボロにあった男の頭を掴んでぽいっと近くの木に投げ捨てる。
 その着物は乱れてはいるものの、能力者達の手によって、大小様々な傷がつけられており、その姿は痛々しくあった。
 だが――。

「なんだか、えっちな人が出てきたのですっ!」

 そんな『椿太夫』をじぃっと眺めた後、仇梶・二尾 (荷ノ尾・h00519)が指差し叫ぶ。依頼内容よりも、温泉に思考を奪われてしまっている仇梶は、とりあえず『椿太夫』を倒せば良いと考えているようで、そのまま戦闘態勢をとった。

「たぶん、おねーさんが今回の目標だった気がするのです! なので、覚悟するが良いのです!」

 小柄な体格を生かし、そのスピードを以て跳んだり跳ねたりして隙を伺う仇梶。
 だが、そんな仇梶に対して『椿太夫』は、優雅に微笑む。

『『たぶん』で、いきなり他人様に襲いかかろうとするとは、怖いお方でありんすなぁ。されど……』

――星詠み乱れ花に、狂いはありんせん。

 そう囁く。 
 それと同時に、仇梶の動きに誤差が生じる。スライディングして方向転換をしようとしたはずだった。だが、上手く止まることが出来ずに、『椿太夫』の近くにあった木が眼前に迫る。

「むむっ!? 仇梶をなめてもらっては困るのです! 回し転ずる炎の定義! 『回転焼き』!」
「え、ちょ、ま――」

 なんだか、余計な声が聞こえたが、仇梶は『椿太夫』の能力『星詠み乱れ花』によって、強制的に自身の制御から離れた身体を、敢えて木に衝突させることで『椿太夫』の視線を切ると、高速回転する炎の刃で『椿太夫』を遅う。

『ぐぅ!?』

 飛来する炎の刃が、『椿太夫』に深々と突き刺さり、その身体に傷を刻んでいく。そんな苦しげな声に、仇梶は自身の攻撃の成功を悟り、衝突した木からひょっこりと顔を出して、してやったりといった表情で胸を張る。

「ふっ……。仇梶を甘く見るから痛い目に遭うのです! ん……?」

 そこで、自身の足元にある違和感に気づく。
 なんとなく既視感がある感触に、仇梶がおそるおそる視線を落とすと――。

「……またやってしまったのです」

 最初の方で、『椿太夫』の手によって木に投げ捨てられた男が、勢いよく木に突っ込んできた|自身《仇梶》の足元で倒れ伏していた。どうやら、勢いよく突っ込んできた仇梶の身体と木の間にサンドイッチされてしまった男は、その意識を再び刈り取られてしまったようだ。

「今回も、問題なし! なのです!」

 とりあえず、前回同様にツンツンと男を突いて、生存確認した後、仇梶は万事解決と言わんばかりに、Vサインしてみせるのであった。

辰巳・未卯

「覗きの通報を受けてきました……が。どういう状況ですか、これは」

 能力者達と『椿太夫』との戦闘現場へと駆けつけた辰巳・未卯(魔法少女プリズムスター☆プリンシパル・h05895)は困惑した。
 能力者達との戦闘によって、ボロボロになった姿の『椿太夫』。これはいい。
 バスタオル一枚姿で、ボロボロになって地面に朽ち果てている様子の男。これが訳が分からない。

『覗きはその男でありんす』

 いつもの真面目なものとはかけ離れた戦闘に、『椿太夫』は諦め気味に男へと視線を向け、困惑する辰巳に教える。

「はぁ……。協力には感謝しますが、古妖の貴女が復活しているとなれば、対応しなければいけない慣例でして」

 そう言って、辰巳がスッと身構えると、『椿太夫』に向けて|霊震《サイコクエイク》を放つ。

『ほんにもう、今宵は面倒ごとばかりでありんすなぁ』

 対する『椿太夫』は、惑わしの妖気を宿す椿花で応戦する。

「くぅ……! やはり一筋縄とはいきませんか……!」

 頭部と心臓を狙った辰巳の霊震は、『椿太夫』の圧倒的な手数の前で狙い通りにいかずにいた。それでも、辰巳は諦める事はせず、職務を全うせんとする。

『……ッ! 今のわっちでは押しきれないでありんすか……!』

 だが、上手くいかないのは『椿太夫』も同様だった。今までに負ったダメージによって、押しきれない。
 そんなときだった。

「……はっ!? 椿姉さんがピンチになっている!? このまま追い込まれれば、ワンチャン着物がはだけてしまうのでは……?」

 男が復活すると、押され始めた『椿太夫』の姿を邪な眼差しで眺めだした。
 そんな態度にカチンときた『椿太夫』は、思わずツッコミを入れずにはいられなかった。

『いい加減に、そのゲスい視線を止めるでありんす!』

 辰巳へと向けていた攻撃の標的を、男へと変更する『椿太夫』。
 だが、その隙を辰巳が見逃すはずは無かった。

「封印されていた古妖ですし、このまま始末させていただきますっ!」
『しまっ――!?』

 椿花によって傷ついた身体に鞭打って、辰巳は最後の力を振り絞って霊震を放つと、その振動は確かに『椿太夫』の脳と心臓を揺らし、そのまま辰巳の一撃は『椿太夫』へのトドメとなるのであった。

●とある男の顛末
「いややーー!? なんでワイが捕まらんとイカンのやーー!?」

 辰巳の手によって捕縛された男が、ジタバタと見苦しく喚き散らす。
 その場に居合わせた、今回居合わせた能力者達は、その姿を微妙に生温かい目で見ていた。

「個人的には死刑でいいんですけど、一応は一般人みたいなので逮捕に留めているんすが――」

――死刑の方がいいですか?

 辰巳の冷たい視線が男を射貫く。

「ア、ハイ。逮捕でお願いします」

 その態度から、本気だと察した男は素直に辰巳の言う事を聞いて大人しくお縄につくことにする。
 だが、男はどうしても最後に言わなければいけないことがあった。
 それは――。

「ワイはただ、裸の|女子《おなご》を見て興奮したかっただけなんや……。それを覗きやないんや。仮に覗きだったとしても、覗き魔という名の紳士なだけなんや……」

 そう言って、大人しく連行されていく男の後ろ姿を眺めながら、能力者達は『アイツはまた、なんかやらかすんだろうなぁ』という予感を抱かずにはいられないのであった……。

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