ふしぎ迷宮アトラクションズ
●冒険への|招待券《チケット》
狐堂・カイナ(古書店主代理狐・h02271)は、ふよふよと浮かびながら、集まった能力者達に一礼した。
「集ってくれて感謝するのじゃ。今回皆に依頼したいのは、『√ドラゴンファンタジー』のダンジョン探索じゃ」
とある冒険王国の近隣に、ダンジョンが突如出現。その内部は、歴戦の冒険者ならば、危険を感じる作りになっている事が判明した。というのも……。
「遊園地なのじゃ」
遊園地。その名も仰々しき『ドラゴンズアビス』。
ダンジョンとは思えぬ開放的な空間の中には、様々なアトラクションが設置されており、来園者……もとい冒険者の行く手を阻むという。
カイナお手製と思しき小冊子には、ジェットコースターやお化け屋敷、ウォータースライダー。果ては、遊園地オリジナルキャラクター『メイさん&キューさん』のおうち訪問などなど……様々なアトラクションが記されていた。
「一歩踏み入ったが最後、並みの冒険者ならば楽しさに飲み込まれ、本来の目的を見失うこと請け合いじゃ。それこそがダンジョンの主たるモンスターの思惑」
あるいは、こちらが油断している隙に、命を奪うつもりかもしれない。
「というわけで」
見た目とは裏腹な難関を切り抜け、ダンジョンの奥へつながる通路を発見しなければならない。
「わしの星詠みによれば、あまり皆が楽しんでいないようならば、業を煮やしたモンスターが襲い掛かってくると出ておる。一方で、楽しんでいたのならば、新たな罠が待ち受けておるようじゃ」
カイナによれば、モンスターが現れる場合は『あばれうしぶたどり』が。
罠の場合は『スイーツの楽園』が待っているという。
「いずれを引くかは、皆の反応次第じゃよ。どちらにせよ、困難が待ち受けていることに違いはないがの」
そうして、困難を潜り抜けた先、ダンジョンの最奥にて待ち受けるは、主たる強力なモンスター。
「遊園地もスイーツも、そやつの趣向のようじゃ。わしらが惑うさまを見て、愉悦を覚える類の輩なのじゃろう。じゃが、世の中思惑通りにゆくものではないという事を、教え込んでやるのじゃ。その心身にの」
そしてカイナは、一同の無事な帰還を祈り、送り出すのだった。
第1章 冒険 『ダンジョン内に遊園地フロア!?』

●ダンジョンパークへようこそ
「やあみんなっ! よく来てくれたねっ!」
「ここがふしぎ遊園地『ドラゴンズアビス』だぜ」
白ネコと、黒ウサギの着ぐるみ。
件のダンジョンに足を踏み入れた√能力者達を出迎えたのは、トラップでもモンスターでも宝箱でもなく、着ぐるみ2体だった。
これが話に聞いたキャラクター、『メイさん&キューさん』のようだ。それぞれ、魔法使いと戦士のコスチュームに身を包み、来園者をナビゲートの構え。
「ここにはいろんなアトラクションがあるよっ!」
「下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるってな。誰にでも楽しんでもらえる仕組みだぜ」
さあどれから遊ぶ?
友好的雰囲気をびしばし放つ、メイさんキューさん。
だが、その空虚な瞳の奥には、悪意。ダンジョン主の意志を反映した、闇へと誘う怪物の眼差し。
もう逃がさない……そんな悪魔的思惑を察することは、そう難しい事ではなかった。
ここは一つ、アトラクションを楽しむふりを装いつつ、奥へ続く通路をひそかに探すのが得策かもしれない……。
√ドラゴンファンタジーの象徴的存在、ダンジョン。
その地へ足を踏み入れたクラウス・イーザリー(希望を忘れた兵士・h05015)は、思わず疑問符を浮かべた。
「ゆうえんち……?」
「ようこそ『ドラゴンズアビス』へっ!」
「『ドラアビ』って略してくれてもいいぜ」
困惑と期待に心揺れるクラウスを、案内に現れたのは、メイさん&キューさん。
友好の化身である着ぐるみの中には、深淵へ引きずり込もうという邪悪さが隠れている。
(「思惑に乗って楽しむフリをしようと思ったけど」)
「何をしようか迷ってしまうな、これ」
思惑を内心で呟く一方、本音が声に出た。
何せクラウスは、√ウォーゾーンで戦いに明け暮れていた身。こうした娯楽施設……遊園地には馴染みというか耐性が無い。
あふれるアトラクション。メイさん&キューさんのおすすめを聞いたクラウスは、その中から、1つを選んだ。
「じゃあ、このジェットコースターというものに乗ってみるよ」
「わわっ、いきなり絶叫系っ?」
「楽しむ気満々だな」
遊んでくれればよきかな。上機嫌な着ぐるみ達の案内で、竜型ジェットコースターのシートに座るクラウス。
ちゃんと安全バーが自動で降りてくる。どういう仕組みなのだろうか。魔法? などと推察していたクラウスの身体が、がこん、と前進した。
「いってらっしゃーいっ!」
「いい旅を、だぜ」
2体に見送られ、最初に待つのは上り坂。がこんがこんと不安を煽る音を立てて上昇軌道。
高いところに行けば全容が見えるだろうかというクラウスの考えは、ひとまず叶えられそうだ。
やがてコースターは最高到達点へ。クラウスは、視力や観察力を瞬間的に総動員。周囲を見渡し、閉鎖空間の中の怪しい場所……通路がありそうなポイントを探す。
「あそこは……森? まるで何かを隠してるみたいな……?」
クラウスの第六感が反応した直後。
急速下降!
牙を剥くジェットコースター。怒涛の下降曲線を描いてクラウスに強烈なGを浴びせると、続けざまに急カーブ。右に左に車体を揺らし、ぐるりと円すら描いて見せる。
「お帰りなさいっ!」
「風になれたようだな」
無事、終点へとたどり着いたクラウスを、着ぐるみズが迎えた。
「……ジェットコースターって想像よりも早いんだな……びっくりした」
「でしょっ?」
「まだまだこんなもんじゃないぜ。次は何に乗る?」
「そうだね……」
はっ。クラウスは我に返った。うっかり楽しさに飲み込まれそうになってしまった。
(「こういうところで遊ぶのも新鮮で楽しいけど、本当に楽しむなら本物の遊園地で楽しみたいしね」)
楽しんでいるフリで2体をやり過ごしつつ、調査を続行するクラウス。
その足は、先ほど気にかかった森へと向くのだった。
リア・カミリョウ(|Solhija《太陽の娘》・h00343)を歓迎したのは、ダンジョンらしからぬメルヘンBGMと明るい景色の二重奏。
「わあい! 遊園地! リア大好き!」
そう、ここはどうみても遊園地。
リアのはしゃぎっぷりを、『奴ら』が逃すはずはない。陽気な着ぐるみが2体、ご案内にやってくる。
「ようこそ遊園地へ!」
「『ドラアビ』って気安く呼んでくれていいぜ」
シロネコとクロウサギ。メイさん&キューさんの姿を見た途端、リアの第六感がヤな感じを強めた。遊園地に入った瞬間から感じていたけれど、それが一層はっきりした形だ。
けれど、楽しいは正義。罠だろうと思わず遊んでしまいたくなるのである。
(「高いところから調査をしよう! そして遊ぼう!」)
内心、決意するリア。これなら着ぐるみズにも怪しまれないし、リアも遊園地を堪能できるし、星詠みの依頼も達成できる。一石三鳥だ!
「そだ、園内の地図あるかな?」
「あそこにパネルがあるよっ!」
「パンフレットもあるぜ」
手渡されたミニパンフには、情報たっぷり。ひとまず目を通し、だいたいの配置を把握したリアは、とりあえずジェットコースターを指さした。
車体は、メルヘンアレンジのドラゴン型。
「やっぱりコースターは人気なんだねっ!」
「ふっ、気絶してもしらないぜ?」
2体に歓迎されたり脅かされたりしながら、リア、出発進行!
始まりは、静かな上昇。期待とドキドキが高まる時間帯。
そして、テッペンに辿り着いた直後。
……レッツ急下降!
「きゃははは! たーのしー!」
髪がぶわっと風に受けて宙に踊る感じがたまらない。両手を挙げて笑顔百パーセントのリア。
ジェットコースターとか絶叫系は笑っちゃうタイプである。楽しくて。
園内に響き渡る笑い声。急カーブも一回転も、リアにとっては楽しみポイント。おっと、周りの景色を観察する事も忘れずに。
猛スピードで流れていく園内、不穏な空気を漂わせる一角が。森。あそこっぽい。
「お帰りなさいっ!」
「すっかり楽しんできたようだな」
「うんっ! 今度は〜観覧車!」
さっそく次を催促するリア。
一転のんびり、しかし、その高さはコースターを見渡せるほど。
持ち込んだ望遠鏡で、遠くを眺めて情報収集。先ほど目星をつけた場所……森なエリアを中心に、風景も堪能。
その後も、記念と称して、景色や自撮り写真をあちこちで撮って回るリア。そこには通路めいたものが見切れていた。
いい感じ。ご機嫌な鼻歌を奏でるリアに、メイさんキューさんは、黒い笑いを浮かべていたけれど、歌のひみつ……|傍らの幻影《√能力》には気づいていないようなのだった。
「ようこそっ『ドラゴンズアビス』へっ!」
「歓迎するぜ」
遊園地の仮面をかぶったダンジョン。
ソレイユ・プルメリア(君が為の光の剣士・h00304)を出迎えたのは、シロネコとクロウサギ着ぐるみ……メイさん&キューさんコンビだ。
「遊園地ね……なかなか楽しそうで素敵」
愉快な音楽が流れ、楽し気な雰囲気が園内を包んでいる。思わず、本当にダンジョンなのかと疑問してしまいそうになる。だとすれば、敵の目論見は、成果を上げているといっていいだろう。
……だとしても、ソレイユが目的を見失うことはないのだが。
まずは、マップを確認。それはダンジョンでも遊園地でも変わらない、大事な下準備だ。
ソレイユが目指したのは、聞きこみできそうな施設や、園内をくまなく見渡せる高い場所。
何かと案内したがってくるメイさん&キューさんをうまいことやり過ごしながら、めぐっていく。
悪意を孕んでいるのは、この着ぐるみ達だけとは限らない。少しばかり警戒しつつ、辺りを見渡せるような広場へ足を向けてみるソレイユ。
道中、風船を配っているトラの着ぐるみや、職員さんへの聞き込みも行う。
「このあたりで変わったものはなかったかしら」
「変わったもの? 楽しいものなら事欠かないけどね。あの不思議の森エリアなんかは、特に変わったところはないね。特に」
森。
風船クマさんが語った場所に、なんとなくピンときたソレイユは、その方面を調べてみることにした。
と、いうわけで乗り込んだのは、立派な観覧車。
空の向こうまで見渡せそうなアトラクションに、ソレイユはここがダンジョンの中だという事を、一時忘れそうになる。
壮観な景色の中、確かに森がある。メルヘンチックに大きな果実を抱く木々には、表面上、怪しげな部分はないようにも見えるが……気になる。
ソレイユは更に調査を続けた。
「次は何に乗るのかなっ?」
「オイラ達の家に来てくれてもいいんだぜ」
メイさん&キューさんのおうち。
何か危険な香りを感じたソレイユは、やんわりとお断りすると、空中ブランコを所望した。
「あれも素敵よねっ!」
「高いところは得意かい? 結構な高さだぜ」
歓迎するメイさん、脅かすような事をいうキューさんに連れられ、空中ブランコに挑戦。
ひゅうん、と押し出されたソレイユは、束の間、空の人。
「子供の頃に戻ったみたいね、妖精さんの気分だわ」
これでモンスターの思惑がなければ、もっと楽しめたのだろうけれど。
重力から解き放たれる……そんな爽快な感覚に身を浸しながらも、ソレイユの眼差しは、何かを隠すような森の一角へと注がれていたのである。
竜なる深淵……迷宮遊園地『ドラゴンズアビス』。
来園者に名を連ねるヘリヤ・ブラックダイヤ(元・壊滅の黒竜・h02493)は、メルヘンの中に、ほんのりダークさをはらむ景色を眺めた。
「ドラゴンズアビスか……いい名前ではないか。ここの支配人はいいセンスをしている。……と、支配人ではなくモンスターだったか」
そしてヘリヤは、背後に声を掛けた。
「さて……メイ、そしてキューと言ったな。お前たちに問うことがある」
びくん、と震えるシロネコとクロウサギ。竜の頭部をディフォルメしたマークを胸につけた着ぐるみ達。ヘリヤを案内すべく、喜び勇んでやってきたのだ。
「先に声かけられちゃったねっ! ご質問っ?」
「入場料なら無料だぜ」
「いや、そういう事ではない」
振り返ったヘリヤの真剣な表情に、メイさんキューさんも身構えた。
「……ここは撮影、配信は可能か?」
「へっ?」
鋭い眼光から繰り出された質問に、着ぐるみ達も拍子抜けのようす。
「大丈夫だけどっ……」
「わざわざそんなこと確認したのか?」
「うむ、勝手に配信はしてはならないものだと聞いている」
礼儀は大事だ。
かくして許可を得たヘリヤは、フローティング配信カメラを起動した。遊具に乗りながらやお化け屋敷の内部からの配信は不可能だとしても、それ以外なら問題はない。
√能力も発動、配信能力を強化して、隙の生じぬ万全だ。
「準備も出来たみたいだしっ、楽しんでいってねっ!」
「なんでも乗り放題だぜ」
配信を始めたヘリヤに合わせて、着ぐるみ達も『仕事』に移る。
「『ドラゴンズアビス』。様々なアトラクションがあるようだが、一番のウリは何だろうか」
「え~とねっ」
「おすすめは、やっぱりアレだな」
2体が指さしたのは、ジェットコースター。
「ここからでも見えるあれか。よし、まずはそこに向かおう」
発着ポイントに辿り着くと、竜の頭部を模した先頭車両が、ヘリヤをお出迎え。
「『ドラゴン』の名を冠する遊園地だけあって、象徴的なデザインだな。少々童話チックなアレンジも施されていて、没入感を高めてくれる」
そして、乗り込み、発進。
竜の咆哮の如き荒々しい音を響かせ、駆けるコースター。風を、身を揺らす圧を、存分に浴びるヘリヤ。
「お帰りっ! 凄かったでしょっ!」
「まだまだこんなもんじゃないぜ。次はどこに行く?」
着ぐるみズの案内で、その後もヘリヤは、園内の様々をめぐり歩き、配信していく。
その足取りは軽く、メイさんキューさんも、ヘリヤが遊園地の虜になっていると信じて疑っていないようだ。
(「罠も敵もどうせ踏み潰すのみだ。それならば楽しんだ方が得だろう?」)
内なる思惑を、着ぐるみ達に悟られることは、ない。
冒険の地を訪れたエアリィ・ウィンディア(精霊の娘・h00277)は、目をしばたたかせた。迷宮のイメージからかけ離れた、明るい景色に。
「遊園地なんだ、今回のダンジョン……まぁ、せっかくだから楽しませてもらおうかな!」
「そう! ここは『ドラゴンズアビス』っ!」
「『ドラアビ』って気軽に呼んでくれていいぜ」
メイさん&キューさんが、エアリィを愉快なポーズで出迎える。
2体は、ダンジョンの主、ボスモンスターの手先。だが、敵意を剥き出しにしてはこないし、戦うにしてもまだその時ではない。
「なら、もうここは、アトラクション全制覇の勢いでっ!」
おーっ!
エアリィに合わせて、メイさんキューさんも手を挙げた。
「あ、その前に一つ聞きたいんだけど。……身長制限とかないよね? あたし、小さい方だし」
エアリィは、メイさんキューさんを見上げながら質問した。
「問題ないよっ!」
「アトラクションも、サイズを調整できるからな」
なんというダンジョンマジック。
ともあれ、身長問題をクリアしたなら、あとは楽しむだけ。
エアリィがまず向かったのは、観覧車。
ここがダンジョン内であるという事を忘れそうになるほどの高さに、エアリィは思わずはしゃぐ。
何より、窓から眺める広大な遊園地の景色は、エアリィを存分に楽しませてくれるものだった。
続いて乗り込んだのは、絶叫マシーン。ほのかに可愛げのあるドラゴンを象ったジェットコースター。
ちょっと安全基準ギリギリな感じのスピード&コース設定は、エアリィを|疾風《かぜ》に変えた。
「キャー! はやーい!!」
絶叫系なら、声を上げて楽しまなきゃ損なのだ。
と、ただ単に、キャーキャー言って喜んでいるばかりではない。
観覧車で、絶叫マシーンの道を確認。そして、実際絶叫マシーンに乗り込み、その道を観察……。
「どうっ?」
「楽しんでるか?」
「うん! こんなダンジョンがあるなんて、面白いね!」
メイさんキューさんに、笑顔で応えるエアリィ。
「でもちょっとお腹すいちゃったかも」
「それならおまかせっ」
「あっちにフードコートがあるぜ」
「やったー! ほら、遊園地で食べるご飯っておいしいからっ! 甘いものをくださいなー♪」
アイスクリーム三段乗せ。メイさんキューさんの顔型クッキーがトッピング。
スイーツ食べ歩きを楽しみながら、エアリィは、不思議な森エリアのすぐそばを通る。高い場所から怪しげな道があると目星をつけていたのだ。
何気なく通り過ぎるふりをしつつ、木々の間から、隠された通路をばっちり発見……!
とりあえず、目的はクリア。なら、もうちょこっとだけ。
「ねえっ、今度はメリーゴーランド乗りたいっ♪」
「お任せだよっ!」
「楽しんでいこうぜ」
2体に導かれるまま、エアリィは愉快な時間を過ごしたのだった。
『ドラゴンズアビス』。
やたら仰々しい名を冠した遊園地ダンジョンに、赤星・緋色(フリースタイル・h02146)の姿があった。いつの間にか。
すると、メイさん&キューさんが、慌てて出迎えにやってきた。それはそれとして。
「折角遊園地を作ったんだから遊んであげなきゃ」
「どこから遊ぶっ?」
「案内してやるぜ」
「んーとね、遊園地に来たらまずは……ショップに行く感じかな!」
アトラクションじゃないんかーい!
メイさんキューさんのツッコミをスルーして、緋色はマイペースにショップへGO。
「ここの力の入れ具合によって作り手側の本気が分かる、って言ってたよ。私が」
「まあ、それでもいいかなっ……」
「警戒心とサイフのひもを緩めたと思えばオーライだぜ……」
ぶつぶつ言ってる2体をよそに、緋色は楽しくお買い物。
メイさんキューさんモチーフのぬいぐるみや、バルーン、それと、キューさんの耳……すなわちクロウサ耳をゲット。
あとは、レンタルサービス。ドラゴンっぽい衣装? 着ぐるみ? を選んで装着!
「なんか楽しくなってくるよね」
緋色はテーマパーク・フル装備となった。荷物は多いけれど心は軽い。すなわち楽しい。
「さあっ、いよいよアトラクションにっ……」
「……って、またいかないのかよ」
2体のツッコミ、・リターンズ。
新たなショップに吸い込まれていった緋色は、ジェットコースターのスケールモデルに興味津々。
「こっちの迷路ミニチュアもなかなか精巧だね」
更にお土産を買い込んだ緋色は、ひと段落。
「楽しんでるねっ……」
「ああ、楽しんでるな……」
お目付け役の如く、緋色の様子をうかがうメイさんキューさん。
その真の目的は、アトラクションの虜にしてこのダンジョンから抜け出せないようにする、もしくは油断させて始末する事。
だとすれば、想定とは違ったけれど、その目論見は成功しているということになる。
「そろそろお腹すいたね!」
ならばお食事タイムだ。
名物ドラゴン焼き(ドラゴンの肉は使用していません)や、迷宮アイス、ドラゴンの尻尾型チュロス、などなどを堪能する緋色。美味。
「そだ、あっちにはっ」
「くじがあるぜ」
メイさんキューさんも開き直ったのか、緋色を案内にかかった。
「くじ?」
「そうだよっ、なんとはずれなしっ!」
「どうやってもメイか|キュー《オイラ》のぬいぐるみが当たるやつだ」
どうやら、まだまだ『ドラゴンズアビス』には掘り下げどころがあるようだ。
そう、たとえば、先ほど緋色の視界に映り込んだ、フシギな森エリアに隠された通路……とか。
『ドラゴンズアビス』。
ダンジョンっぽさを感じさせるその名前は、しかし今回、遊園地を表すという。
赤峰・寿々華(人妖「鬼人」の煉鉄の|格闘者《エアガイツ》・h01276)は、同行者と共に、そんな場所を訪れていた。
「いやー、一人で廻っても虚しいし知ってのとおり色々と問題あるしさ、一緒に来てくれて助かったよ」
陽気に語る寿々華に、同行者……猫宮・弥月(骨董品屋「猫ちぐら」店主・h01187)が応えた。
「こちらこそお誘いありがとう。そうだね、ちょっと問題あるからね」
問題。弥月達が言っているのは、ダンジョンの秘めたる思惑、敵や罠やらの事。
こうして2人で連れだってというのも、楽しみを倍増させるためだけではない。
アトラクションを存分に楽しみつつ、それとなく深部へつながる奥の道を探していくのが、寿々華達の目標だった。
「さあ、ひとまずは、遊園地、堪能させてもらうとしよう」
「うん、楽しんで行こうか」
微笑んだ弥月は、聞きなれぬ足音と気配に振り向いた。
ひょこひょこと弥月達の方へと近づいてくるのは、白と黒、コントラストの着ぐるみコンビ。
「これがマスコットのメイさんとキューさん」
「そうだよっ!」
「よろしくしてくれよな」
寿々華達にハイタッチを求める2体。
「さあ、今日は楽しんでいってねっ!」
「今日だけと言わず、ずっといてくれていいんだけどな」
なんだかぐいぐい来る。しかし、寿々華はその圧をやんわり受け流し、にっこり。
「マスコットキャラかあ、確かに可愛いね、折角なら写真撮る?」
寿々華に誘われ、弥月はさっそくカメラを向けた。
「確かにゆるキャラっぽくて可愛いかも。記念に撮ってこうか」
はいチーズ。
弥月の掛け声で一枚パシャリ。
さすが、メイさんキューさんはプロフェッショナルなので、写真写りは抜群だった。
「今度は俺達も一緒に写ろうか」
弥月が言うと、どこからともなく現れた第三の着ぐるみ……風船配りの着ぐるみさんが、撮影役を買って出た。至れり尽くせり。
というわけで、寿々華も並んで、4人でポーズ。
「うん、イイ感じだね」
寿々華は、出来上がりを見てうなずいた。法外な料金を取られることもないのもいい。
メイさんキューさんとしては、楽しんでもらうのが第一。寿々華達が機嫌を損ねて、「帰る」などと言い出したら面倒なのは、彼らの方なのだ。
さて、メイさんキューさんの案内もそこそこに、弥月は、お目当てのアトラクションを口にする。
「寿々華さんどこ行きたい? 俺はジェットコースター」
「私は、そうだね……フリーフォールかな」
何の気なしに答えて、寿々華は、くすっ、と笑いを漏らす。
「フリーフォールとジェットコースター、乗りたいものがどっちも絶叫系なのは偶然だね」
弥月は、微笑み、どちらが先がいいかな、と思案する寿々華のリクエストを優先させることにした。
「よし、まずフリーフォール行こう。あの上がって、降りるときのふわっとしたときの感覚すごいよね」
何度味わっても慣れない感覚、その代表格かもしれない。
こちらも着ぐるみなスタッフのサポートで、フリーフォールにスタンバイ。
「それでは、ご安全に」
スタッフに見送られ、寿々華達を乗せた座席は、ぐんぐん上昇。危険はもちろん排除されているようで、しっかり安全バーが降りている。
少しずつ昇っていくこの時間は、否応なしに寿々華達の期待を高めてくれる、大事なエッセンスだ。
そしてついに。
「!」
「!!」
ふわっと感覚が弥月達を包み、一気に落ちていく。
悲鳴どころか、思わず笑い声をあげる弥月。この瞬間を待っていたのだ!
「箒でもそこそこスピード出るけどそれとはまた違う感覚だ」
ふわり包まれる無重力、急降下時のスピードに乗って、寿々華は歓喜の声を響かせた。
「次はジェットコースター行こう行こう」
すっかりスリルを堪能した寿々華を連れて、弥月がうきうき進む。フリーフォールで上がった今のテンションなら、いっそう楽しめるはず。
「ようこそドラゴンコースターへっ!」
「待ってたぜ」
寿々華達を迎えたのは、メイさんキューさんだった。
コースターはドラゴン風味。ちょっぴりファンシーにディフォルメされたデザイン。うねり、上昇下降を繰り返すジェットコースターには相応しいモチーフかもしれないね、と寿々華は思った。
弥月達を乗せ、ゆっくり上昇していくコースター。この独特の時間帯は、フォールダウン同様、わくわくのチャージ時間だ。
そして、一気にタメが解放された。
急速下降。右に左にコースは進み、ぐるんと一回転。まさにドラゴンの背にまたがった大冒険の様相……!
起伏の大盤振る舞いは、フリーフォールの高速落下とはまた違った体験。寿々華を襲うGは、ジェットコースターならではの快感を与えてくれる。声を存分に発して、楽しさを溢れさせる。
「……あれっ?」
「……うん」
コースターに揺られながら、頷き合う2人。
その視線の先には、怪しげな森が映り込んでいたのだった。
ひとしきりアトラクションを巡った弥月は、思った。ちょっと甘いの食べたいかも、と。
「うん、スイーツもいいね」
寿々華がうなずく。何せ園内にはいい香りが漂っていて、食欲をこれでもかと誘ってくる。
ここは、ナビの力を借りるとしよう。弥月が、メイさんキューさんにご質問。
「この遊園地独自のスイーツないかな?」
「もちろんあるよっ」
「あそこなんかおすすめだぜ」
メイさんキューさんが案内したのは、フードコート的スペース。
ドラゴンポップコーンにドラゴン焼き、ドラゴンソフトクリーム……様々なスイーツが並んでいる。弥月も目移りしてしまう程。
そこに、こちらもスイーツを目で楽しんでいた寿々華が、助け舟。
「遊園地の定番といえばチュロスとポップコーンだけど……どっちが好き?」
「俺、ポップコーン好き。甘いコーディングのやつ。さくしゅわっとするのもいいな」
しかし、弥月の視界に次々飛び込むスイーツ達。
中でもチュロスは、その美味しそうな香りと、独特の竜の形で、弥月を迷わせるのだった。
そうして遊園地を堪能した2人は、先ほどの森へと足を運ぶ。着ぐるみ達に気取られないよう、こっそりと。
ダンジョンの入り口、妙に華やかなゲートをくぐり抜けた白椛・氷菜(雪涙・h04711)を、愉快な仲間達が出迎えた。
「またしてもようこそ『ドラゴンズアビス』へっ!」
「千客万来、歓迎するぜ」
メイさん&キューさん。
愛らしさの化身が、笑顔を浮かべている。……いや、着ぐるみなので笑顔を『張り付かせている』というのが正しいかも。
(「……着ぐるみでも、中身は知的生命体……」)
内心渦巻く警戒心。
ナビゲートを申し出る2体から、やんわり距離を取り、園内の探索を始める氷菜。
メイさんキューさんも、対人の圧が強いという自覚はあるのか、氷菜が引き気味だと察すると、挨拶もそこそこに、氷菜を見送ってくれた。
……実際、引いていたので、ほっとする。
「……本当の猫と兎なら大丈夫なのだけど」
メイさんキューさんに手を振り返しながら、さて、と気を取り直す氷菜。
「遊園地、ねぇ……聞いた事はあるけど……こういう建物かぁ」
一応、星詠みからも説明は受けている。ダンジョン、しかもモンスターが関係しているからといって、ここも遊園地という概念から外れたものではないらしい。
実際、点在するアトラクションは、どこかメルヘン風味。流れる音楽も、気持ちを高めてくれる楽し気な曲調だ。
「……どうにも、楽しむフリは難そうだね」
ここは割り切り、あれこれ見て回りつつ、奥へと進む道を探すことにした。
氷菜が足を止めたのは、お化け屋敷。けれどここはスルー。
普段の√妖怪百鬼夜行と似てそうと思ったから、というのもある。中の仕掛け人に生き物が混じっていても厄介だし。
「んー……あの『じぇっとこぉすたぁ』という乗り物なら周りが見易いかも」」
思案した後、氷菜が選んだのは、絶叫マシン、その系統だった。
「いらっしゃいっ!」
「おひとり様だな。よし、楽しんで来いよ」
乗り口で待っていたのは、メイさんキューさんだった。
さっそく2体の案内を受けながら、ジェットコースターへ乗り込む。いざ出発。
最初はゆっくり上昇、からの、急降下のインパクト……!
「おー……」
氷菜は、意外と平然。
「勢いはあるんだけど……下手な乗り物妖怪よりは余裕があるわ」
風を受けながら、冷静に周囲を見渡す氷菜。
「……あっちの方、何か違和感が……?」
人工物(モンスター物?)が大半を占める中、森がある。
それもアトラクションの一部なのかもしれないが、なんだか氷菜は気になった。まるで何かを隠しているような。
たとえばそう、通路、とか。
「お帰りなさいっ!」
「楽しんでくれたか?」
「ありがとう……ドラゴンの背中に乗った気分だったよ……」
メイさんキューさんにお礼を告げると、氷菜は、先ほど気にかかった森の方へと、足を向けるのであった。
第2章 冒険 『スイーツの幻影を抜けて』

「みんなーっ、楽しんでくれてるっ? ……って、あらっ?」
「あいつらがいねえな」
メイさん&キューさんが、辺りをきょろきょろ。
先ほどまで園内を楽しく回っていたはずの√能力者達の姿が、ない。
「きっと自由に楽しんでくれてるんだねっ」
「ああ、あいつら、すっかりここのトリコになってたからな。くくっ」
ほんのり本性を現しつつ、2体が勝手に納得している頃。
√能力者達は、森エリアに隠された通路を暴き出し、ダンジョンの先へと進んでいたのである。まんまと。
階段を下りた先。そこは。
スイーツの楽園だった。
プリン、シュークリーム、パフェにいちご大福、クレームブリュレ。
階層じゅうが、無数のスイーツであふれかえっていた。メルヘン。
『タベテ……』
『ボクラヲ、タベテ……』
ふわふわと浮かんでいたスイーツの群れは、侵入者……すなわち√能力者に気づくと、言葉を発しながら、こちらへと飛んできた。
食欲をくすぐってくる甘い香り。しかし、これは幻影。実体はないから食べられない。悔しい。
そのくせ、触れた途端にクリームや生地の感触は伝えてくるのでなんだかべたっとする。
厄介だ。だが、このスイーツ群を突破しなければ、ダンジョン主の元には辿り着けないのだ。困ったことに。
ドラゴンの名を冠した遊園地、アトラクションの森を突破した先。
クラウス・イーザリー(希望を忘れた兵士・h05015)の前に、次に立ちはだかった刺客。それこそ、スイーツの大群であった。
『タベテ……』
『タベテ……』
ふわふわ、迷宮を漂う甘味の群れ。
よい香りで場を満たしながら、自己犠牲の精神というのか、美味しく召し上がる事を懇願してくる。が。
「食べられないのか……こんなに美味しそうなのに」
クラウスが、非常に残念そうにつぶやいた。なにせ視界に収めたスイーツ達、その全てが幻影。
基本的に食糧が乏しい√ウォーゾーン出身のクラウスにとっては、特別に酷な試練と言える。
「こんなに美味しそうなスイーツを食べられないのはとっっても残念だけど、幻なら仕方ない」
誘惑を断ち切る言葉にも、思わず力がこもる。
『タベ……サセテアゲル……』
そっちが来ないなら、こちらから『ごちそう』するまで。
襲来するスイーツの幻影。どういう魔法的仕組みなのか……こちらに接触することで、本物同様、べたべたとくっつく感触をもたらすようだ。
「何にせよ、これに捕まると厄介なことになりそうだし」
クラウスは、非情に徹する事にした。スイーツへの渇望を完全シャットアウト。出来る限りの接触を避けて、このエリアを突破にかかった。
加速する。
帯電とともに、クラウスが瞬神となった。
√能力は、クラウスに、誘惑を振り切る超速力をもたらした。
迫りくる、あるいは待ち受けるスイーツ達の位置を見切り、ダッシュで一気に駆け抜ける。
鼻と口は、布で覆ってある。匂いだけでも感じてしまえば、お腹が減ってしまうに違いないから。
『タベテ……』
『タベ……』
誘惑の声と香りが、瞬く間に後方に流れていく。
クラウスにくっつこうとして叶わず、スイーツ同士の衝突事故が発生する。中には、合体して、新たなスイーツを爆誕させているものもあった。
そんな、姿形だけは本物同様の存在感を放つ幻影達を、無心で突破していくクラウス。一刻も早くこのスイーツ地獄……天国? から抜け出すべく。
「食べたかったなあ……」
名残惜しそうにクラウスが振り返ると、スイーツ達の姿はだいぶ小さくなっていた。どうやら、一定の領域からは離れられないらしく、追いかけてはこない。
核のモンスターを倒したら、何か甘いものでも食べに行こう。
そう心に誓い、先を急ぐクラウスであった。
タベテタベテと声がする。
イイ感じに遊園地を楽しんで、イイ感じに通路を進んだリア・カミリョウ(|Solhija《太陽の娘》・h00343)を待っていたのは、これまた雰囲気やわらかめのトラップだった。
「は? な、なに、スイーツ……? これ敵なのよね?」
『タベテ……』
『タベヨウネ……』
困惑するリアへと訴えかけてくるのは、スイーツ・オールスターズの皆さんだ。
見た目にモンスター的なところはなく、実際スイーツそのものなのだが、なぜか喋るし浮いている。
ふわっ、と近づくショートケーキに、リアは、思わず口元を覆って後ずさり。
「やだ、甘ったるいにおい……」
魅惑の香りを心置きなく撒き散らして、リアを包囲。おもてなしを装って、カロリー地獄へと誘うつもりか。
「んー……甘いもの、嫌いではないのだけど、やっぱり女の子としてはダイエットの敵というか……」
はっ。
リアは気づいた。
「──なんだ敵じゃん。よし、遠慮なく行こう!」
リアは戦いを始めた!
「カロリーを排除よーーー!!!」
甘い匂いを吹き飛ばす勢いで、声を上げると、|魔弾銃《ツァウバー》を振り上げた。続けて、電脳霊体ウイルス『ラブボム』を召喚。
アイノウイルスは、スイーツ達と接触するなり、特性を発揮した。
『タベテ……』
『タ……ベ……』
途端にしょんぼりしだすスイーツ達。ラブボムの効力が発揮された証拠だ。
ほとんどただのスイーツと化した敵へ、氷の魔弾を込めたツァウバーの銃口を向ける。
『タベ……』
ドーナツが、突然凍り付いた。リアの緻密な弾道計算によって逃げ場を失ったスイーツ、最初の犠牲者である。
ふっ、と、かっこよく笑みを浮かべるリア。
「こーして凍らせちゃえばいいのよ、ベタベタは」
『タベロ……!』
『クエ……!』
スイーツの口調が変わった。そっちがそうくるなら、と新たな一団が、集団でリアに襲い掛かってきたのだ。甘い香りと殺気が迫る!
「やだーこっち来ないでよー!」
しつこく追い回してくるスイーツ軍団に、リアはびしばしバンバンと銃を撃ちまくった。遠慮なく、容赦なく。
そんな中、冷凍スイーツ化していく仲間?の無念を晴らすため、リアへと必死に突撃してくるチュロスがいた……が。
『……アレ?』
「あ、効果あった?」
リアが張っておいたエネルギーバリアに跳ね返されて、チュロスはあえなくはじきとはされたのであった。残念。
無事、秘された通路を見つけたソレイユ・プルメリア(君が為の光の剣士・h00304)は、深部を目指す道中、新たな不思議に遭遇した。
「あら、美味しそうな香り……」
『タベテ……』
『タベテヨ……』
ふんわり匂いを連れて、スイーツ達が現れる。
ソレイユのそばを浮遊する、おかしなお菓子。音声なのか思念なのかは定かでないけれど、言葉を発する以外は、問題なく美味しそうなスイーツのかたち。
魅惑の匂いにつられて、ついつい誘いに乗ってしまいそう。ただし、それが幻影だと知らなければ。
「食べられないのは残念ね」
それでも、食欲をそそる香りとビジュアルは、確かにソレイユに認識されているわけで、困ってしまう。
何より、『食感』はなくとも、『触感』はあるというのだからますます困る。
「感覚だけがまとわりついてくるのは非常に不快ね」
『タベナイノ……?』
『タベテ……タベテェェェ!』
突然、スイーツが荒ぶった。
周囲のスイーツ達が、一斉にソレイユへと飛び掛かってきたのだ。
背を向けることなく、ソレイユも、相手に向かって猛然とダッシュを仕掛けた。急いで走り抜けてしまいたい一心で。
相手より不利な点があるとすれば、それは、足場だ。
浮遊しているスイーツに対して、ソレイユはダンジョンの床を走っている。もしもクリームやらなにやらで濡れていれば、滑ってしまいかねない。
それにもし、スイーツ自体が床に転がっていようものなら、
「踏みつけたら不快だろうから……」
シュークリームだったりしたら、ホイップやカスタードなクリームがむにゅっと飛び出して、二次被害の恐れもありそう。
もはや弾幕のような様相のスイーツ達の『おもてなし』をかわしながら、通路を進むソレイユ。
何個めかに飛んできたドーナツを避けた直後、何やらスイッチのようなものが視界に入った。とっさに進路を調整、スイッチを飛び越え、支障なく前進を続行する。
『イテッ』
空振りしたドーナツが、スイッチに触れる。
魔力的なものに反応したためか。天井が開いて、金平糖の群れが降ってきた。
『タベテー』
『ワワーッ』
妙に甲高い声の金平糖達に飲み込まれ、ドーナツの姿が見えなくなる。
「危ないところだったわね。綺麗かもしれないけれど、あんなデコレーションはごめんだわ」
味方を巻き込んで失敗ムードの金平糖の山を振り返りながら、ソレイユは安堵した。
それから一層注意深く、先を急いだのだった。
通路を隠した森を進んできた白椛・氷菜(雪涙・h04711)の視界を塞ぐ、敵の群れ。
今度の相手はスイーツ。……の幻影。
『タベテ……』
『オイシイヨ……』
「……甘い物は好きだけれど、これは、ちょっと……触りたくない」
やたら訴えてくるケーキやシュークリームから、氷菜は距離を取った。
『ドウシテ……』
「喋ってるし、何かが化けてそうだし。……ああ、幻影なのだっけ」
ちょんっ。
試しに指先で触れた瞬間、氷菜は嫌な顔。幻影のくせに触感を返してくるなんて。その時点で怪しい。
『ソウイワズニ、タベテ……』
「幻影だから食べられないでしょ」
氷菜が至極まっとうなツッコミを返すと、先頭にいたエクレアがしょんぼりした。
さすがに顔はないので表情はわからないが、それでも伝わってくるあたり、感情表現豊かなスイーツらしい。……やっぱりなんか嫌だ。
そちらが食べてくれないのなら、力に訴えるまで。
スイーツ達は、殺気を帯びると、氷菜に襲い掛かった。と、いっても、体当たりを仕掛けてくるだけなのだが。
『タベローッ』
心なしか、甘い匂いが濃くなった気がする。
こんなところでクリームまみれにはなりたくない。氷菜は、スイーツのお誘いを拒絶した。
呼び起こす冷風で、スイーツ達の進軍をとどめ、弾き散らそうと試みた。
『ワ~』
「よかった、効いたみたい」
あえなく吹き飛ばされていくスイーツ達。きりきりまいして壁の方に飛んでいくと、悲し気にへんにゃりとしおれた。
『ニゲラレタッ』
「……普段、寄ってくる集団から逃げているのを甘く見ないで」
視界が開けた隙に、氷菜は駆け出した。自分の第六感を信じて、幻影の気配が少ない方へと向かっていく。
しかし、その行く手に、新たなスイーツの大群。けれど、敵が多いという事は、正解のルートである可能性も高いという事。
「ええと、回り道は……」
あった。氷菜は、見つけた横道から迂回して、奥へと進む。行先をしっかと確認するのも忘れない。
しかしそこにも、色とりどりのお菓子……グミ達が待ち受けていた。
『タベテッ』
グミの弾力を表すように、その口調は弾んでいる。
氷菜は、速さを保ったまま、相手の上を跳んだり、下を潜り抜けるために屈んだりして、グミの壁を突破していく。
単調というか一直線だから、避け易いのは幸運だった。
「……数はともかく」
帰ったら普通に甘い物を食べようと心に決めて、氷菜は迷宮を進むのであった。
ふしぎの森の赤星・緋色(フリースタイル・h02146)。
テーマパーク・フル装備のまま木々を抜けて、奥へと進んでいた。
「何かいつの間にか森エリアにきてたけど、このぬいぐるみってメイだっけ、キューだっけ? ……|MAY《たぶん》と|CUE《手がかり》?」
緋色は、ぽん、と手を打とうとして、荷物が多いのでやめた。
「うんうん、きっとさり気なく手伝うお助け役だったんだね! ありがとう!」
『どういたしましてっ!』
ぬいぐるみをぺこりと動かして、メイさんの声真似をする緋色。
いい加減、逃げられたことに気づいたであろうメイさん&キューさんに感謝しながら、緋色は先を急いだ。
急いだら、また何か試練的なものが待っていた。
「スイーツ?」
ずいっ。ずずいっ。
通路の先から、姿を現すスイーツの幻影達。1つ、2つ……たくさん。
しかし、誘惑の化身を前にしても、緋色の自信たっぷりスマイルは揺るがない。
とっさに、曲がり角に身を隠すと、マイ作戦確認。
緋色の手元には、さっきのお土産があるから大丈夫。お菓子欲が高まったならそれを食べればいいじゃない。
それに、
「ふわふわスイーツって実体がなくて感触だけ。逆に言えば私たちを物理的に止められない、って私が言ってたよ」
私が。
心を強く持てば、そして、多少のベタつき感覚を我慢する気力があれば、中央突破も決して難しいことではない。はず。相手が√能力者じゃなくてよかった。
そして何より、緋色は、ある真理に到達していた。
見つかると飛んでくるなら、見つかる前に一気に通っちゃえばいい……と!
緋色は、ダンジョンを駆け抜けた。緋の風、あるいは彗星となって。
『タベテ……』
『タベテ……』
ふよふよと、被害者を求めて、迷宮内を徘徊するスイーツ達。
『ダレモイナイ……』
『ドコ……』
おかしいな、とお菓子が困る。
標的がいない。何か気配を見つけてやってきたようだが、肝心の気配の主……緋色の姿は見つけられない。
木を隠すには森の中。幸い、緋色の周りには、木や切株というイイ感じの遮蔽物があったので、それを使ってやり過ごしたのだ。
小首をかしげるようにして……もちろん首などないのだけれど……スイーツ達が去っていったのを確かめると、緋色は再びダッシュで、その場を離れた。
逃げ足なら折り紙付き。緋色がそう言っている。
ヘリヤ・ブラックダイヤ(元・壊滅の黒竜・h02493)の進行を阻む、新たな刺客。
迷宮の主が差し向けたであろう、幻影スイーツ軍団!
『タベテ……』
『タベテ……』
必死に訴えてくるスイーツ達。バラエティ豊かな面々の中には、もちろんヘリヤの好物も混じっているし、香りもふんわり美味しそう。
だが幻だ。
「食べられんのか……そうか……」
一瞬、ヘリヤの顔に残念が浮かんだが、次の瞬間、きりっ、と騎士然としたものに変わった。
「それならば用はない」
ヘリヤは、立ち向かった。正攻法で。
感触や嗅覚に気を取られないように、スイーツ群を突破する。それも、引き続き配信し、視聴者と会話しながら、だ。
並大抵のワザではない。しかしヘリヤは、龍の誇りにかけて、それをやってのける。
「そういえば、これは幻のようだが配信映像には映っているのだろうか」
『見えてますー』
『腹減ってきた』
『後で、行くか、コンビニ……!』
視聴者からのリアクションを確認しながら、奥へ進むヘリヤ。
ぴた、といったん足を止めて、ふむ、と思案顔。
「お前たちは画面越しだと甘い香りが分からんだろう……今決めた。配信終了まで飲食は禁止だ」
ブーイングコメントが羅列された。
「私が食えないのにお前たちだけはズルいだろう」
『えーッ』
視聴者に横暴を発揮しながらも、ヘリヤは敢然と奥へ進む。
『タベテーッ……』
ぎゅん、と苺ショートな幻影が急接近。反射的に腕で払ったヘリヤは、覚えた違和感に、眉をひそめた。
「む、手にクリーム……いや、何もついていないか?」
確かに相手と接触したが、ヘリヤの装備は綺麗なままだ。
「……待て、幻影だから拭うこともできんぞ。このまま先へ進めというのか……!?」
想像以上に厄介だった。
感触もそうだが、匂いもつきまとったままということになる。つまり、甘い香りが常時、ヘリヤの感覚をくすぐってくるというわけで。
「バッドステータス、か!」
デバフ、ともいう。
同じ轍は踏まない、と、スイーツの襲撃を、確実にかわしていくヘリヤ。だが、避けるためには、相手を視界に納めなくてはいけないわけで。
終始、スイーツがヘリヤの食欲を刺激する。
「しかし……食べられんのか……そうか……」
残念が、ヘリヤの口から再びこぼれる。
なんていやらしい罠だろう。幻影だろうといっそ能力で追い払ってやろうか、とヘリヤは思ったが、何とかとどまったのだった。
「うわぁ」
その声を最後に、猫宮・弥月(骨董品屋「猫ちぐら」店主・h01187)は、しばし言葉を失った。
甘い香り&幻影。弥月達の前に立ちはだかった新たな脅威は、世にも美味しそうなスイーツであった。
そんな甘党の相方に同情しながらも、赤峰・寿々華(人妖「鬼人」の煉鉄の|格闘者《エアガイツ》・h01276)は、弥月よりは冷静に、このトラップを見据えていた。
「ただベタベタするだけで食べられない甘味かあ……作成者の性格の悪さがにじみ出てんね」
作成者、すなわちダンジョン主。遊園地の次にこれとは、本当に意地の悪いことだ、と寿々華は思えてならない。
そしてその意地の悪さは、さっそく弥月を直撃しているようだ。
「え、寿々華さん、これ、食べれない? まじで?」
試してみる。というか、試してみるまで納得できない。弥月は、スイーツに手を伸ばした。
するり。嘘のようにケーキを通り抜け、ただ、べたりとクリームの感触だけが残った。
「あーすり抜ける……べたってするのに食えない……」
何度やっても結果は同じ。ぐぬぬ、と弥月は、行き場のない食欲を持て余した。
「生殺しだ、横暴だ」
「とりまドンマイ弥月さん。後でケーキ奢ってあげるからさっさとこんなとこ抜け出してダンジョン主にクレーム言いに行こ?」
抗議の声を上げる弥月の肩に、ぽんと手を置く寿々華。
「そうだね、クレーム行こう」
弥月は頷いた。目の前を通りがかったクレームブリュレを睨みながら。
「けど、奢りはなんか申し訳ないしむしろ俺が奢るよ」
「うん、その辺後で決めよう。今は邪魔者いるし」
『タベテ……タベテ……』
邪魔者……すなわち寿々華達へと迫る甘味の圧は、徐々に増している。
「それにしても強力だねスイーツの誘惑、甘いものが好きでも嫌いでもない私でも結構効いてる感じするもん」
√能力ではないようだが、一種の魔力であるのかもしれない。
まあ、これだけのスイーツをそろえられた上、こうも甘い匂いを振りまかれては、甘党でなくとも、正気を失うのも無理はないか。
となれば長居は無用。ここは一つ、頑張って精神力で耐え抜いていく事に、寿々華は決めた。
「駆け抜けるなら電動アシスト付きウィザードブルームの出番だ」
調子は万全。タンデムで行こう。
寿々華の後ろに乗せてもらった弥月は、不思議道具を取り出した。
「俺も耐える、精神抵抗頑張る」
決意を口にするのは、そうでもしないと、またもやスイーツの誘惑に心折れそうになってしまうからだ。弥月にとって、この罠は相性が悪い。もはや天敵。
スタート・ユア・エンジン!
寿々華達は、突破作戦を開始した。
罠を通り抜けようとする弥月達に、強力な攻撃……甘い姿&匂いが来る。√能力でもなんでもないくせに、それと同等、あるいはよりいっそうの威力で、弥月を苦しめる。
『タベテ……』
「うん、強力なお誘いだ。ぐぅ、食べたい……なのに食べれない……なら!」
プリン、シュークリーム、パフェ。
いちご大福、クレームブリュレ。
その他諸々の甘味の幻を、弥月は不思議道具……扇子で扇いだ。全力で。
弥月の気迫に押されたか。スイーツ達は、おののいたように道を空けた。
弥月にばかり集まってきている気がするのは、そちらの方が陥落させやすいと思っているからかもしれない。
とはいえ、運転者である寿々華にも、もちろんスイーツは襲い掛かる。
『タベテ……』
『タベナサイ……』
「幻影じゃなきゃ考えても良かったかもだけど。少し運転荒くなるけど、許してほしいな弥月さん」
断りを入れると、寿々華は再度加速した。追いすがってくるスイーツ達を、一気に振り切る算段だ。
遊園地の続きと思えば楽しいかもしれない。スイーツな敵を切り抜ける、レース・アトラクション。
幻影達も、数と種類こそ多いが、別に機動力に優れるわけではない。しょせんスイーツなので。
寿々華のドライビングテクニックを以てすれば、かわす事も難しくはなかった。
「というか、この速さについてこようとするなんてスイーツのくせに骨があるヤツじゃんね」
まとわりつくベタベタの感触を、纏った闘気で払いのけながら、進撃する寿々華。
やがて、弥月達の視界から、スイーツの数が減っていく。追跡をあきらめてくれたらしい。
「あとで絶対食べに行ってやるからな」
見事やり過ごしたスイーツの幻影達を振り返り、憎々し気に呟く弥月。
名残惜しくも見送って、しかし今見据えるべきは未来。
「ダンジョン主、呪ってやる……」
そう、ボスに復讐するという未来。……なのか?
ともあれ、ゴールは、寿々華達のすぐ目の前だ。
「一気に駆け抜けちゃおか」
「うん、出口までさっさと行こう」
弥月は寿々華に賛同した。これ以上スイーツを見ていたら、正気を失ってしまいそうだったから。
怒りのお陰もあってか、スイーツの誘惑に耐えている弥月とともに、寿々華もアクセル全開で駆け抜けるのだった。
メイさん&キューさんに代わって、エアリィ・ウィンディア(精霊の娘・h00277)を大歓迎したのは、スイーツの皆さんだった。
「わぁ、甘いものが沢山っ♪ いい匂いだよねー♪」
メルヘンというか、いっそ愉快な光景に、エアリィも自然ときらきら笑顔。
「こんなに一杯あったらお腹いっぱいになりそうだけど……」
香りだけでもう満足してしまいそう。
エアリィは、近くにあった(『いた』?)ショートケーキに手を伸ばす。タベテ、と向こうが言ってくれているのだから、断る理由は特にない。
さっそく、いただきます……。
すかっ。
「……あれ? 食べられない? え、これ、幻なの? そんなぁ~」
何度も触ろうと手を行き来させるけれど、ちっとも当たり判定がない。
「もぉ、食べられないなんて~、でも、なんかべとべとするぅ~」
ぷくっ、と頬を膨らませ、それから嫌そうな顔になるエアリィを見て、スイーツの幻影達が、笑うような気配をこぼした。
これぞトラップ。美味しそうなかたちで侵入者の食欲を誘い、そのくせ食べさせないという生殺し。なんという精神攻撃!
「食べられなくて、べとべとになる感触だけあるとかやだぁーーっ!!」
迷宮の壁に木霊するエアリィの不満。
「で、でも、どんなトラップでもどこかに隙はあるはず……」
『タベテ……』
『イッパイ、タベテ……』
しつこく、エアリィに迫る幻スイーツ軍団。そういうなら食べさせてくれればいいのに!
何より、手に残るべとべとの感覚。スイーツエリアだったらお手拭きの1つも用意しておいてほしい。
仕方ない。エアリィは、べとべとの感触を我慢すると、しっかりと前を見据えた。
「見据えて………」
ぎんっ。
エアリィの視界には、スイーツのオンパレード。
「……速度を上げて無理やり突破だね、これ」
『……!』
エアリィから殺気に似た感覚を浴びたスイーツ達が、びくっ、と震えた。これは何かされる予感。
エアリィは、高速詠唱で素早く術式を成立。六界の精霊の力を束ねて、一気に加速した。精霊力による速度強化で、甘い罠を強行突破!
『タベ……』
『タベー……ッ』
精霊力の尾をひいて、スイーツ達を切り抜けるエアリィ。
「……まだ、別の√能力で壁を破壊とか考えるより平和だと思うよ? いや、ほんとに……」
ダンジョン主とスイーツ達は、ダンジョンが無事で済んだことに、感謝するべきかしれない……。
第3章 ボス戦 『堕落者『ジュリエット』』

魅惑のスイーツ・イリュージョンを抜けた先。ようやく、開けた場所に辿り着く。
そこはまるで、オシャレなお茶会の会場のような趣だった。
「私の趣向、楽しんで……いえ、苦しんでくれたかしら?」
黒き翼の天使が、√能力者達を歓迎した。
これこそ、ダンジョンの主。「堕落者『ジュリエット』」。
「しっかり困ってくれたようね。ずぅっと困ったままだったら、もっと嬉しかったのだけれど。何せ私は、他者が堕落する姿を見るのが何より大好物なのだもの。そう、私自身みたいに、ねぇ?」
他人の不幸という名の蜜を味わったジュリエットが、笑う。元は純白だったであろう、黒の翼を揺らして。
「最後のアトラクションは、あなた達自身。せいぜい苦しんで、無様な姿で、私を愉しませて!」
喜悦とともに、ジュリエットが鎌を振り上げた。
だが、相手の思い通りになどさせない。堕天使の望む|未来《ルート》を、今こそ否定するときだ。
「ジュリエット。お前を愉しませてやるつもりは無いよ」
黒き誘いの拒絶の証として、クラウス・イーザリー(希望を忘れた兵士・h05015)は、ファイティングポーズを取った。
アトラクションは正直割と楽しかったけど、その後のスイーツ天国めいた地獄で帳消し。
もっとも、そんなことを告げれば、ジュリエットを喜ばせる恰好の餌を与えることになる。ゆえにそれは、胸に秘めて。
そしてスイーツの恨み……は、さておき。
「ダンジョンを消すために、全力で退治させてもらうよ」
「ふふ、そういう決意を手折った時に浮かぶ表情が、私は大好物なの」
処刑鎌、その型をした遺産武器を構えるジュリエット。
先手を奪ったのは、クラウスだった。ダッシュで相手の間合いに入り込むと同時、√能力を発動。
拳でジュリエットを捉える。そのまま相手を逃さず、居合、流れるように再度の拳打へとつなげた。
クラウスの猛攻は、止まらない。防御の構えをとったジュリエットからいったん距離をとってのクイックドロウ。相手の足が止めたところに踏み込み打撃。
勢いを殺さぬままのマヒ攻撃、リズムを刻むようなパンチに続いて、喧嘩殺法による蹴り。
「……く」
うめき吹き飛ぶジュリエットを追いかけ、拳を起点に、連打を浴びせかける!
怒涛のコンボが、ジュリエットを壁面に叩きつけた。
「……ずいぶんと大盤振る舞いしてくれたものねぇ。翼が汚れてしまったじゃない」
調度品の下敷きになったジュリエットが、声を響かせる。
「今度は私と踊ってくれるかしら?」
ぐんっ、と体を一気に起こすと、クラウスの眼前に、堕天使が肉薄した。
「さあ『ルート・ハーヴェスター』の切れ味を堪能して!」
死をもたらす斬撃が、クラウスの真横の空間を切断する。
「ふふっ、かわしてしまったのね?」
ジュリエットが、嗤う。
クラウスが切り刻まれるはずだった場所を起点に、空間が歪んだ。
「√能力無効化空間……」
「ここは私のダンスホール。もうあんな好き勝手は果たせないわよ?」
脱力感を覚えるより先に、クラウスはバックステップで、領域から離脱した。
戦術変更。ジュリエットへ、小型拳銃での射撃戦にスイッチする。
「そんな、離れるなんて寂しいわ。一緒に踊りましょうよ」
「どういう経緯で堕落したのかは知らないけど。他人まで堕落させるのは止めて欲しいな」
銃弾の雨で相手を追い詰めながら、クラウスは堕天の誘いを振り切るのだった。
鎌を携えるその姿は、堕天使か死神か。
ソレイユ・プルメリア(君が為の光の剣士・h00304)は、このダンジョンの元凶たる『ジュリエット』と対面を果たした。
アトラクションを仕掛け、スイーツの幻でソレイユ達を惑わせた張本人。その姿は、思いのほか可憐で。
「あら、可愛いお嬢様。けれど……どいては、もらえないわよね?」
「もちろん。だってその方が、貴方は嫌でしょう?」
ふふ、と悪戯っぽい笑みを浮かべるジュリエット。いや、ストレートに悪意と評した方がいいだろうか。
ソレイユは、小さくため息1つで、それに応じる。
「もう少し素敵な趣味を持った方が更に可愛くなれるのにね。残念だわ。分かり合えないこともね」
ならば、刃を交えるほかなし。ソレイユは、対話を打ち切った。
殺意をこめて鎌を向けるジュリエットに先んじて、動く。
相手の敵意を起動キーとして、√能力を発動。相手の反応を許さぬ速度の跳躍で、直近まで迫った時には、ソレイユの手にはダガーが握られていた。
浴びせるのは、二刀一対の斬撃!
白磁の肌に緋色の線が刻まれ、黒の羽根が宙を舞った。
「勇ましいお顔だこと。けれど、それもすぐに歪ませてあげる。想像するだけでぞくぞくしてしまうわ」
痛みを感じていないのか、それとも、ソレイユをいたぶる期待でそれを打ち消しているのか。
ジュリエットは、ソレイユへと、禁断の果実を振る舞った。
次々投じられる禁忌の果実は、内側から赤熱化。ソレイユが危険を察知して離れた直後、爆発を生じさせ、周囲を破壊に巻き込んだ。
「また食べられそうにないものを……」
炸裂のタイミングに合わせ、ソレイユは衝撃波を放っていた。
爆風を相殺しつつ、反動を生かして疾走。不利をもたらす領域から、離脱する。
「直撃は免れたようね。でも、かわす時の必死の表情、悪くはなかったわよ?」
「そんなに本気だったつもりはないのだけれど」
「そんな強がりも素敵……あら?」
ジュリエットが首を傾げた。ソレイユの姿がない。
ダガーから溢れた闇へと紛れ、ジュリエットの視界から脱したのだ。
「今度はかくれんぼというわけ?」
周囲を見回すジュリエットに対して、ソレイユは、一斉発射を以て回答とした。
アミュレットからの鋭い矢が、ジュリエットを貫く。
「ちょっともったいないけど。堕落してなければ、お友達になれたかもしれないわね」
ソレイユは、そう呟きつつ、ジュリエットを追い詰めていくのだった。
びしっ!
黒翼の堕天使に、リア・カミリョウ(|Solhija《太陽の娘》・h00343)が、指を突きつけた。
「出たね、諸悪の根源! 子供じゃないんだからスイーツで揺らがないの」
「あらあらごめんなさい。もう少しオトナなスイーツを用意してあげればよかったかしら?」
リアの憤慨をさらりと受け流し、からかうような笑みを浮かべるジュリエット。
ただしそれは、リアの怒りにいっそう火を注ぐ結果になっただけ。
「リアは淑女よ! 惑わされたりしない! 覚悟なさい!」
「覚悟するのは貴方よ? 楽しみだわ、貴方が泣いたりわめいたりする姿」
想像だけで、ぞくりと体を震わせるジュリエット。
こういう相手は、さっさと倒してしまうに限る。リアは、一気に決着をつけようと、√能力を使い……たいところなのだが、そこは冷静だった。
先に動いたのは、ジュリエット。鎌の一撃が来る。
エネルギーバリア展開! 防御も万全に、鎌をかわすリア。だが、敵の本領はここからだ。
虚空に構築される、√能力無効化の領域。
「さあ、貴方の時間はお終いよ。目いっぱい困って!」
ジュリエットの期待に応えるなんて、とてもじゃないがごめんだ。ゆえに備えは万全だった。
能力が封じられるなら、技能でそれを再現してみせる。リアは、ツァウバーの銃口をジュリエットに向けた。
堕天使を、炎の魔弾で迎え撃つ。相手の一挙手一投足を潰すように、弾道を計算。
炎が相手を赤く染めるのを確かめ、銃をマイクに持ち替える。『骸さん』……ガイコツマイクで、歌声を増幅。
音による振動は重力となって、ジュリエットにのしかかる。
「面白い攻撃ね。けれど私が聞きたいのは悲鳴なの」
動きを遅延させられながらも、ジュリエットの余裕は崩れない。
「まだまだ、おしまいじゃないよ!」
マイクの次は、巨大武器。
両手でようやく扱えるサイズの両刃斧『小野さん』を、振り上げるリア。
「あらあら、そんな物騒なもの、貴方に扱えるのかしら?」
「心配……ごむよう!」
黒い羽が、宙を舞う。
リアの全力をこめた一撃が、ジュリエットを斬り裂いた。
「さあ、これでどう?!」
安全を確保しながら、リアは問うた。
傷だらけとなった、堕天使の姿こそが、その答え。
「痛……痛いじゃないのっ!」
ジュリエットの声に、初めて混じった怒りが、リアの第六感に危険を伝えた。
だが、冷静さを欠いた鎌では、リアを捉える事はかなわなかったのである。
「ええー! 最後なのにそんな面白くないものなのー?」
エアリィ・ウィンディア(精霊の娘・h00277)の不満が、室内に響き渡った。
原因は、ゴール地点の『ジュリエット』の宣戦布告と、突きつけられた鎌。アトラクションやスイーツとはうって変わって物騒で。
するとジュリエットは、拗ねたような顔で、エアリィにプレゼンした。
「あら、貴方が血祭にあげられるショーなのに。絶対楽しいと思うの。私が」
「そんな楽しくないアトラクションは、のーせんきゅーですっ!!」
拒絶を合図に、エアリィは、空中へと駆け上がった。
ジュリエットの上方を抑えつつ、左手の精霊銃を撃つ。撃つ。乱れ撃つ。
「まるででたらめね。下手な鉄砲も……ということかしら?」
しかし、意味はある。ジュリエットを含めた周囲をランダムに標的とする事で、相手の行動を制限する。そして同時に、多重詠唱の時間を確保。
エアリィの元に、チャージされていく魔力。それは、限界到達だけではとどまらず、突破すらして、エアリィに必殺の用意を整える。
鎌で精霊弾をしのぎながら、ジュリエットが攻勢に転じた。どうせ致命傷はないのだから、多少のダメージには目をつぶる、というつもりらしい。
しかしエアリィの攻撃も、ここからが本番。詠唱を継続しつつ、銃撃に斬撃をプラス。
右手の精霊剣と、左手の精霊銃。2つを巧みに操る近接戦に移行する。
至近の斬撃で敵の鎌を払い、零距離射撃で銃弾を叩き込む。
稼ぐべき時間は、60秒。
「楽しさが足りない? ならこの愉快な果実で機嫌を直してちょうだい?」
ジュリエットが、空いた片手で、果実を放る。
色が悪い。形も悪魔的。しかも食べれば虚言癖。
「そんな美味しくなさそうなものは食べたくないー!」
さっとエアリィがかわすと、果実は背後で炸裂した。
果実爆弾の爆風を感じながら、エアリィは動いた。60秒が経過したのだ。
「!?」
ジュリエットの視線が、上へと向けられる。エアリィが突然放り投げた、銃と剣へ。
「降参の合図かしら?」
「必殺の合図だよ」
蓄えた全ての魔力を解き放つ!
「遠慮せずもってけーっ!!」
|六芒星精霊収束砲・零式《ヘキサドライブ・エレメンタル・ブラスト・ゼロ》!
全力全開・限界突破の砲撃が、ジュリエットを精霊力の奔流で呑みこんだ。
その光景を、エアリィは、先送りしていたダメージに堪えながら見届けたのだった。涙を呑んで。
美術品のようでありながら、神経を逆なでする、堕天使の笑顔。
猫宮・弥月(骨董品屋「猫ちぐら」店主・h01187)は、憎むべき元凶との対面にも、冷静さを保っていた。
「不幸ってさ、いつかは終わっちゃうんだよ」
語る弥月。けれどそれは、嵐の前の静けさ。
「慣れたり不幸な存在がいなくなったりしてさ。幸せなら、いつまでも新鮮なのにね」
「あら、お説教? 飽きたら、よりいっそうの刺激を求めればいいだけじゃない」
「それで、ずっとつまらないままを続けるのかな。いつまでも満たされないなんて、それこそ不幸だと思うけど」
弥月の言わんとするところは、理解できただろう。けれど……いや、だからこそ、価値観の異なるジュリエットには受け入れられぬ。
「いつか終わるのは、貴方達も同じ。そしてそれは今。残念だけれど」
ジュリエットが、鎌でくるりと弧を描く。殺意をこめる儀式のように。
その仕草に合わせて、赤峰・寿々華(人妖「鬼人」の煉鉄の|格闘者《エアガイツ》・h01276)は、淡々とした表情で、指を立てた。
「レビュー ★3」
「??」
素で疑問符を浮かべるジュリエットに、寿々華はご説明。
「アトラクションのクオリティは高くキャラグリーティングも楽しかったのですが、園内フードの提供が遅く押し売りも酷いのが残念でした。今後の改善に期待します……なんてね」
評価コメントを終えた寿々華に、ジュリエットは優雅に会釈。
「貴重なご意見ありがとう。今後の参考にさせてもらうわ」
「あいにく本日で『ドラゴンズアビス』は閉園です。私達がオーナー……お前を倒しちゃうからね」
「ようし寿々華さん行っちゃえ、サポートするよ」
宣言とともに、戦闘態勢に移行する寿々華に言葉を投じて、弥月は前に出た。冷静の仮面を脱ぎ捨てて。
「俺はジュリエットを呪ってやる、有言実行だ!」
スイーツの(嫌な)触感を思い出しつつ、弥月は掌に力をこめた。
不思議が集い、神秘の道具が創造される。それは、猫が彫られた揺らし香炉。
「猫?」
「そう、猫だ!」
香炉から、猫の鳴き声が響いたかと思うと、途端に果物の甘い香が立ち込めた。しかしそれは、呪詛を含んだ、安息効果とは程遠い代物。
「これは……」
「呪いだよ。甘いものが好きになる呪いと、甘味を無性に食べたくなる呪いをね」
弥月の言葉は、すぐさまジュリエットに、実感を伴い証明された。
「なんだか無性に、お腹が、すいた……それに、何これ、ベタベタする……?」
触感は、弥月の|おまけ《サービス》だ。
「甘党の恨み思い知れ……思い知れ……」
「……うわあ、ここぞとばかりにうっぷん晴らしてるなあ……」
弥月の全身から立ち昇る、怨嗟。寿々華も、これまでのあれこれを知っている分、その感情は理解できる。いわば、ジュリエットの因果応報だ。
頑張れ。寿々華は、弥月を応援した。いや、自分も戦うのだけれど。
弥月の恨みは、ジュリエットの集中を乱すのに、正しく効果を発揮した。
「うう、何なのこの飢餓感。今すぐケーキを、なんなら、砂糖をそのまま|摂取《ドカ食い》したい!」
からん、と鎌を取り落とし、身もだえ始めるジュリエット。これでは弥月を苦しめるどころではない。
「さあ寿々華さん、今だよ! 存分にぶん殴ってやって!」
パンチ繰り出すジェスチャーで、寿々華を促す弥月。
多分に私怨を含んでいるけれど、このチャンスを利用しない手はない。寿々華は、弥月に感謝と労いと、なだめる視線を送りつつ、攻撃を仕掛けた。
固めた拳が力を放つ。√能力……溢れ出す活力が、寿々華の全身を覆う。それは闘気の鎧ともいうべきもの。
名匠が鍛えあげた逸品の如きそれをまとうと、寿々華は、ジュリエットの死角から一気に接近した。その速度は、ダンジョン主にも捉えられぬ。
相手が万全でなかろうと、全ての力を込めた煉鉄拳を、容赦なく叩き込む!
「……ッ!!」
鬼の拳が、堕天使へとめり込んだ。
とっさに鎌で防御姿勢を取る事も叶わず。
ジュリエットは、鬼人のりょ力を存分に味わって、壁へと叩きつけられたのだった。
「ど、どうして……こんなに上手く事が運ぶはずなどないのに」
闘気の残滓を振り払う寿々華に、ジュリエットが恨みがましい視線を浴びせた。
「こうした企みが破綻するようにと、あらかじめ仕掛けを施しておいたというのに」
しかしそれは、寿々華はもちろん、弥月にも発動していない。何一つ、だ。
その理由を、寿々華は、あっけらかんと口にした。
「まあ、そんな不幸な日もあるよね。私の拳と弥月さんの恨みの方が強かったということじゃないかな」
寿々華は、すっきりした表情で指をぐっと立てる弥月に、同じサインを返したのだった。
アトラクションと、スイーツに別れを告げて。
白椛・氷菜(雪涙・h04711)は、妖力ハンドガン≪氷棘≫を抜きながら、『ジュリエット』に思いを告げた。
「……つまり、此処のアトラクションは貴女の為だったと。……メルヘンなスイーツとか、可愛い趣味だね?」
「お褒めいただき光栄だわ?」
氷菜の、ほんのり皮肉交じりの賞賛を、ジュリエットは笑顔1つで受け流す。
「貴女の趣味趣向よりもダンジョンが他の場所に繋がっても迷惑だもの。……だから阻止する」
「ええ、やってみてちょうだい? それを私が全力でくじいてあげるから」
それぞれの武器を構えたジュリエットと氷菜が相対する。
鎌と銃、そこに加わったのは、竜。
「馬鹿め。お前は誤りを犯した」
ジュリエットを振り返らせたのは、竜……をその身に秘めし銀髪の騎士。ヘリヤ・ブラックダイヤ(元・壊滅の黒竜・h02493)だった。
「堕落させたいのであれば、食べられるようにしておくべきだったろう……!」
静かな、しかし濃密な怒りが、ヘリヤから溢れていた。
「一理あるわね。では、次はそのように趣向をアップデートしましょう」
とぼけた風に微笑むジュリエットに、ヘリヤは、敢然と指を突きつけた。
「あいにくとアップデートの機会はない。趣向も何も、ここでお前はお終いだからだ。ダンジョンもな」
「なに? 趣向? 楽しかったよ!」
ひょこっ。
物陰から顔を出した赤星・緋色(フリースタイル・h02146)が、会話に加わった。『テーマパーク・フル装備with食べかけのチュロスのすがた』で。
「苦しんで……? 楽しかったよ!! 困って……? 楽しかったよ!!! 苦しんで無様な姿……? それはね、私が言ってたよ『そんなルートは|存在しない《ムザイ》』って」
緋色の、本心をつかませない笑顔とともに、エフェクトパーツ達が展開した。それらが、戦いの火ぶたを切る。
だっ、と駆け出す氷菜。狙いは、容赦なく、ジュリエットの頭部。
きぃん、と金属音が響く。ジュリエットが、鎌で氷菜の妖力弾を払った音だ。しかしそれも、氷菜の作戦の内。あえて鎌を撃ち、敵の攻撃態勢を崩しにいく。
「3人がかり? 誰から『遊んで』あげようかしら」
別の仲間へ視線を動かすジュリエットの注意を、氷菜が、銃弾にて引き寄せる。
「よそ見しないで。今、貴女を狙っているのは私だよ」
「そうね。ご所望とあれば、応えないわけにはいかないわね」
ジュリエットが、鎌を持ち直し、氷菜へと標的を再設定した。
「銃1つで私を止めるつもり? その健気さも嫌いではないけれど」
ジュリエットの嘲笑を、横合いからの雪の結晶が断ち切った。氷菜の飛ばした≪氷輪≫が、堕天使をけん制する。
「それなら、これでおもてなししてあげるわ」
ジュリエットが、氷菜へと、何かを投じた。
果実。禁断の名を冠したフルーツだ。氷菜へと振る舞われた果実は、虚空で爆発した。
爆風に逆らう事なく、即座に軽く飛ぶ氷菜。むしろ流れに乗るようにして、ダメージを軽減する。
「あら、美味しいのに。一口だけでも召し上がれ?」
ジュリエットのおススメを、丁重にお断りしつつ、≪氷棘≫で確実に撃ち落としていく。
色がよくない。形も不気味。さらには堕天使のおススメ。三拍子そろえば、氷菜がいただく理由はどこにもなかった。
雪の結晶と禁断の果実のダンスの合間を縫って、ヘリヤも攻撃を仕掛けた。
「ダンジョンの名前は良かったがお前のお陰でこちらは空腹だ。さっさと片付けさせてもらう」
抜剣が、√能力の解放の合図。ヘリヤは、有言実行の一手目として、魔導機巧剣『竜翼』による加速斬撃を披露する。
「ぞくぞくする一撃ね。けれど」
ジュリエットの鎌が来る。ただの武器ではない。鎌の形態をとった、一種の遺産武器だ。
だが、ヘリヤの武器とてただものではない。敵の斬撃を魔導機巧斧『竜吼』で受けると、再び剣を繰り出した。
「く……」
剣気に押されるジュリエットは、ヘリヤの隙を見出し、鎌を下段から切り上げようとする。
けれど、ヘリヤの斧の方が早かった。カウンターで鎌を弾き、剣での一閃。
ジュリエットの攻撃のリズムを崩しつつ、剣と斧の双撃で、相手に傷を確実に刻んでいく。
誰の目にも、ヘリヤが押していることは明らかだ。
その勢いの背を押したのは、派手さだった。
緋色の周囲、打ち上げ花火めいたエフェクトとともに弾が乱舞。それを盛り上げるように、続いて放たれた攻性インビジブル。蛍光色で空間に尾を描いて、まるでサーカスの様相。
ジュリエットへ命中、炸裂すると同時に、効果音と文字が派手に飛び交って、ダメージを演出した。
まるで輝くパレードのような見た目に反して、1つ1つのダメージは、さほどでもない。
だとしても、緋色ら√能力者達との戦闘で、ジュリエットの体力は削られている。決してほいほい食らっていいものではなかった。
3者による連携。敵味方が密集している今が、チャンス。
2人がジュリエットから離れた一瞬を狙い、氷菜が、とっておきの氷弾を射出した。
「!!」
直撃と同時、冷気が存分に炸裂し、周囲にその威力を示す。
敵……ジュリエットには、氷刃の吹雪を。
そして味方には、氷刃の護りと清らかなる雪の癒しを。
氷菜に礼を告げ、ヘリヤは万全にて戦闘を継続した。剣と斧、2つを握る手にも、いっそうの力がこもる。
「貴方達が勝ち誇るなんて、私の筋書きにはないわ」
吹雪と血で身を染めたジュリエットは、そばにいた緋色へと、鎌を放り投げた。雑な攻撃。
ゆえに緋色はひょい、と首を動かし回避したけれど、本命は次に来る。
禁断を含んだ謎のフルーツが、緋色にも振る舞われた。山盛り。
先ほどのスイーツはしょせん幻影。ベタベタしても、我慢すれば別に実害はない。
けれどこれは喰らえばダメージ。タベテと口走らないくらいしか、マシな部分は見当たらなかった。
「でもそれって」
緋色は、相手の能力を、冷静に分析していた。
敵の攻撃は、敵や自分以外をどうこうするって能力ではなく、『半径内の全員』を対象としたもの。ならば、接近戦に持ち込めば、状態異常は敵にも付いてしまうのでは?
と、いうわけで。
「みんな状態異常になれー」
緋色が、ジュリエットに急接近。果実の爆発が、敵を巻きこみ炸裂した。
すると。
「……え、貴方、自爆覚悟でこんなこと……きっと何か企みがあるのね? でしょう?」
突如、疑心暗鬼に囚われるジュリエット。
一方、それは緋色も同じなので。
「うーん、当たらない気がしてしょうがない。なら、これでもかこれでもか」
いくら準備しても足りないくらい。緋色は、執拗なまでにエフェクト達を投入した。フルキャストの光と文字が、華麗なショーをジュリエットにお見舞いした。
「私の技、当たるのかしら……本気を出しても足りなさそうね?」
いうなり、ジュリエットの鎌が魔力を帯びた。中空に漂う氷菜の氷刃が、それに対抗しようと、冷気を研ぎ澄ませた。
これまでのどの斬撃より速い銀閃が、ヘリヤを襲う。
しかしヘリヤには、仲間の加護がある。それらを味方につけて、鎌の軌道を見切って回避。斧の一撃へと繋げ、逆襲する。
が、虚空を薙いだ鎌の一撃は、空間に新たな能力を付与していた。
√能力無効化空間。斬撃箇所から生じた領域が、ヘリヤへ魔手を伸ばす。
ならば二撃目だ。
「特殊な空間によるこちらの行動阻害か。この体では対処が面倒だな……だが、あぁそうだ。そういえば、もう一つここのアトラクションに不満があった」
「何かしら? 最期に聞いてあげなくもないわ」
ヘリヤの双眸が、ジュリエット、その問いごと貫く。
「『ドラゴンズアビス』という名ならば……最奥に在るべきは、深淵に座すドラゴンであるべきだろう」
無効化領域に飲み込まれたはずのヘリヤ、その姿が、鱗に包まれていく。ブラックダイヤの輝きが、この場の全員を圧倒する。
「そんな! 能力が使えるはずなどないわ」
「自分の目が信じられないか? ……ひれ伏せ」
後ずさるジュリエットの眼前で、ヘリヤは、人の身を脱ぎ捨て黒龍へと変化……否、『回帰』を遂げていた。
その鱗、その魔力は、外部からの影響をあまねく遮断する。
それを実証するように、黒竜ヘリヤは、ジュリエットへと踏み出した。
おののく標的へ、自らの巨体を砲身として放つは、ドラゴンブレス。
竜の真骨頂ともいうべきその奔流は、床を、壁を黒の結晶へと変えながら、ジュリエットを薙ぎ払った。
そこに、氷菜の氷弾、そして緋色のエフェクト群が重なる。
ジュリエットの耐久力が、遂に限界を迎えた。
「ウソよ、私が負けるなんて、こんな運命あるはずないわ……!」
「……何が切欠で、堕落したのかは知らないけど。もう、休むといいよ」
氷菜が、崩れ落ちるジュリエットへとかけたのは、葬送の言葉。
「これで終わりだ。報酬でスイーツを買って帰るとしよう」
勝利を確信し、ヒトの姿に戻ったヘリヤが、甘味への期待をにじませた。
「じゃあおつかれー」
緋色が言うと。
『Congratulations!』
一同の勝利を祝福するエフェクトとともに、氷刃に裂かれ、黒晶に飲み込まれたジュリエットの姿は半透明化し、消滅したのだった。
かくして、堕天使をオーナーとしたおかしなダンジョンは、見事攻略された。
踏破した√能力者達に、報酬と、甘いモノ……あるいは、口直し……を欲する気持ちを残して。