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秋に祈る

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呼宵・秋祈

 ――|陽葵《アキ》が名前の通りに育ってくれたら、そんなに幸せなことはないからね。
 キルシュネーテと呼ばれる世界に来るより以前、今は呼宵・秋祈(黄昏・h12424)と名を受けている少女の記憶に残されていた唯一の祈りの光だけが、彼女の握り締めているものであった。
 鳥籠の中に連れられて来たとき、秋祈が知っていたのは己の名を示す音だけだった。ただ零された|アキ《・・》に漢字を当てたのが誰なのかを、彼女は未だ知らない。
 兎も角――秋祈はキルシュネーテの地を訪れ、秋の聖女の役割を賜った。それがいかなる意味を孕むのかを知る由こそなくとも、彼女は鳥籠の中で、己の役割を果たすことを願われて、新たな名を与えられたのである。
 聖戦の訪れを前に、やがて互いの命を奪い合うことになる季節を冠する聖女たちは、甘やかながら厳格な管理を受けていた。罷り間違っても顔を合わせて情を紡ぐことのないように、大人たちは各々の外遊を完璧にコントロールしていたのだ。しかし、秋祈に対しては斯様な措置もさしたる意味を持たなかった。
 モンブランクリームのように淡い栗色の、毛先にかけて墨の色を纏う髪は、まるで彼女の命運を指し示すかのようであった。
 体が弱いという自覚は、何故だか秋祈の中に深く残されていた。事実、鳥籠に連れて来られた時点で、少女は僅かに重く感ずる体を何とか引き摺っているようなありさまだったのだ。
 悪いことに、元より虚弱だった体はキルシュネーテの中にいるうちに更に病を深刻にした。殊に外にいるときにには体力の消耗が烈しいと気付いたのがいつだったのかは、よく覚えている。
 初めて祭典に参加したときのことだった。外遊の時間が終わった途端に熱を出して倒れたのだ。最初は誰もが桜の舞い散る光景に見惚れて燥ぎすぎたせいだと思っていた。しかしいつまで経っても下がらぬ熱に浮かされ、一週間が経ってようやく身を起こすことが叶うようになった頃、身を蝕む倦怠感が比べ物にならぬほど膨れ上がっていることに気が付いた。
 それから、彼女は外出をしないようになった。
 それでも病は徐々に重くなっていく。とうとう衰弱し果てて眠りに就いた秋祈は、そのまま短い命を終えるはずだったのである。
 しかし――迦楼羅の|霊薬《ち》によって救われた身は、目を醒ませば役割を失っていた。
 目を醒まして混乱した。彼女が見知った秋の鳥籠ではなかったからだ。慌てて見渡せば、秋祈が願って与えてもらったものがそこかしこに遠慮がちに配置されていた。それらを前に半ば茫然としている彼女を見とめ、部屋に入って来た大人はいたく大声を上げたのを覚えている。
 永い眠りの果てに、秋祈は彼女の元いた鳥籠に帰る意義を失っていた。
 聖戦は終わったのだという。この先、二度と起こり得ないのだという。彼女を囲んで途方に暮れる大人たちの中で、喚ばれた意義をも見失った秋祈は、当座の自由を約束された。
 といっても、彼女が立ち寄るのは専ら墓標ばかりだ。
 静かなこともある。元より弱かった体は不死の妙薬ですら解決出来ない何かを抱えているらしい。未だ普通の人間たちと同じ輪に入ることの出来ない彼女には、静謐で落ち着ける場所が必要だった。だがそれ以上に、墓標の中に宿った悲しき歴史の犠牲者たちの悲鳴が、彼女の心を掻き立てるのだ。
 歴代の聖女たちが辿った慟哭を、秋祈の掌は受け取ってしまった。何気ない仕草が呼び起こしてしまった記憶の群れの訴えによって暫し心身の調子を崩していた彼女は、やがてその悲痛の波が引いたときには、悲嘆を決意に変えていた。
 寄り添っていたいと思ったのだ。
 ここに来て、親類縁者の誰もいない孤独を知った。元より断片的だった記憶に曖昧に描けるだけの顔が恋しかった。キルシュネーテの者たちは優しいが、秋祈の鋭敏な心は甘やかな表面に隠された本当の目的の片鱗を正確に読み取っている。
 ――彼女を引き取った人々は、未だ秋祈に秋の聖女であることを求めている。
 再び聖戦の開かれることを、或いは季節が永久の秋に留まり続けることを願っている。裡に隠した欲望の精細な色こそ読み取れぬまでも、笑みと丁重な扱いの下に何があるのかを、彼女の心が理解している。
 今や嘗て冬の聖女であった少女によって安定を取り戻したキルシュネーテには、平等に全ての季節が巡っている。春の爛漫な桜が咲き誇り、やがて夏に傾く。蝉の鳴く暑い季節が終わりを告げれば、徐々に紅葉が木々を彩るようになる。秋祈がここに留めておくべき季節もすぐに過ぎ去って、落ち葉が全て舞い散る頃には、雪が大地を白く染めるようになる。
 それは――キルシュネーテに住まう大半の人々にとっては祝福すべきことであるようだった。
 そうでない人々の方が少数であることにも気が付いている。しかしどうやら、秋祈が賜った|聖女《・・》という役目は、そうした人々にとっては何より代えがたいものであるらしい。こぞって秋祈を崇めるように丁重に扱う彼らの目は、いつも奥底に陶酔じみた邪念を隠している。
 きっと他の聖女たちも、どこかで同じ視線を浴びていたに違いないのだろうというのは、想像に難くなかった。
 だから。
 彼女たちも、きっと寂しかったのだろうと思う。
 見知らぬ土地に連れて来られて、頼れる者も傍には殆どいない。子供というのは大人たちが思っているより敏感だ。その中で、まるで自らが大仰な戦士か世界を救う礎にでもなったかのように崇め奉られるのである。たとえこの地を心から救いたいと思っていたのだとしても――。
 辛いことに変わりはない。
 戦士も勇者も聖女も孤独を強いられるものであるから。
 せめて傍にいたい。眠りを妨げるつもりはなかった。もう二度と還れぬと分かっているのに、ようやく得られた安堵の眠りを醒ましてやる必要はない。ただ、孤独の中で戦い、自らが心を許した誰かを喪って涙した彼女たちの寂寥を少しでも和らげてやりたい一心だった。
 秋祈を匿う人々はきっとすぐに迎えに来てしまう。鳥籠から外に連れ出され、自ら地を踏みしめることが叶っても、彼女は結局のところ呪縛を振り払えてはいないのだ。そして、その足枷を引き千切るようなつもりもなかった。
 出来たとしても――|そうしない《・・・・・》だろう。
 同情でも憐憫でもない。神の如き慈愛でも有り得ない。半分ばかりの諦めと、それよりも強く心の中に揺らめく言葉がある。
 名前の通りに育ってくれたら――。
 幸せだと、きっと両親のどちらかだったのだろう声が言っていたのを覚えている。過去の記憶の曖昧になった彼女にとって、それは最初に握り締めた祝福だった。与えられた最初の名前の意味は薄れて、しかし今の少女の手中には新たな文字が握り締められている。
 秋を祈る。
 であらばその通りに生きよう。
 彼女の周囲の大人たちが、そう望んでいるように。記憶の中に朧げに残る最初の祈りを導にして。たとえ誰もが秋祈自身を見詰め愛して抱き締めているのではないとしても、少女はそれを受け入れる。
 それに、今はただ地を歩いて回れることがこんなにも愛おしい。病に侵されたままでは得られなかった喜びは確かに秋祈の胸裏に満ちている。ここにいられることが――嬉しい。
 どこからか呼ぶ声がするのに応じて、秋祈は|緩慢《ゆっくり》と立ち上がった。眼前に輝く太陽に黄昏色の目を細めて、少女は静かに返事を戻す。
「私はここにいるよ」

 ◆

 |陽葵《アキ》と呼ばれた少女は、生まれついて体に大いなる欠陥を抱えていた。
 陽に向けて育つ葵のように伸びやかに、元気に生きてくれますように――両親の込めたせめてもの希望も叶わずに、娘はひどく衰弱していく。やがて余命を宣告された彼女は、幼い両手で窓辺の秋葵に触れた。
 陽葵の傍には絶えず植物がある。科学による解決が難しいと知ったとき、手を尽くした両親は藁にもすがる思いで花々を用意した。自然に触れることによって快復することを願ったのである。衰弱していく彼女が窓辺を開いていられるのはほんの僅かな時間だけだったが、友人もいない少女にとっては、窓辺に咲き誇る花々だけが話し相手といって過言でなかった。
 その日に咲いていたのは夏の始まりと終わりを告げる花であった。次々と咲いては枯れていくそれに随分と親近感を抱いていた娘は、その最後の花に指を寄せて自嘲したのである。
「私ね、冬は越えられないんだっていうの。ひどいよね。あと半年も生きられないなんて。あなたも一日で枯れちゃうの、知ってるよ。私たち、いっしょだね」
 触れた指先の熱が離れたその日に、未だ秋も迎えぬうちに、陽葵は静かに永遠の眠りに就いた。
 しかし。
 枯れ行く秋葵の薄い黄色の花弁に手を伸ばした娘は、|生きていたい《・・・・・・》と強く願った。
 祈りは届かず、しかし秋葵に娘の未練の片鱗が宿される。黒い髪は花弁の色を帯びて淡い栗色へ変じる。ただの一日で枯れていく花に、少女が遺した小さな希望が、断片的な記憶と共に受け継がれた。
 ――もう一回、桜、見たかったな。
 冬を越えて咲く艶やかな薄紅の花弁を求めて、自我も曖昧なままに歩いた娘の形をしたものは、やがて常春の樂園へと導かれる。栗色を宿しきれずに黒く残った髪の先と、願いの叶わぬまま散った命の運命を告げる黄昏の色をした双眸で、彼女が渇望した花弁を見上げた。
 孤独感があった。帰りたいような、しかしもう二度と帰りつけないような思いもあった。差し伸べられた手が何を願い、彼女をこの鳥籠じみた場所に縛り付けるのかも分かっていて、それを丸ごと受け入れて頷いたのも本心だった。
 秋祈と呼ばれる少女は知らない。
 何故己がここに喚ばれることになったのかも。キルシュネーテに満ちる歪んだ病の気配も。この地に|根を張った花《・・・・・・》が何を吸っているのかも。己が――嘗て、舞い散る花々と同じ運命を辿るはずであったことも。
 弱き身を蝕むキルシュネーテの狂気は、天の果てと地の底に根付いた病巣となって降り注ぐ。植物たちが吸い上げる三毒の影響を、命を繋いだ|秋葵《・・》もまた強く受けることになる。
 やがて秋の聖女として名を受けることになる娘は、嘗て自らが|窓辺から見続けていた《・・・・・・・・・・》娘の名を借りた。育ち、花をつけるまでの間、彼女が涙ながらに受けていた両親の愛を自らへ与えられたものだと錯誤した。
 それでも――与えられた使命は彼女を駆り立てる。
 寂しくないように。
 病床に伏して弱り果てていく娘に寄り添い、その心を慰めることが、窓辺に植えられていた植物たちの宿した意味だった。果たして秋祈と名乗る人の形には幾重の願いが折り重なって、一つの|人格《・・》を織り成すことになる。
 |少女《・・》は。
 秋祈は未だ何も知らない。
 キルシュネーテによって深く齎された病が迦楼羅の霊薬によっても祓いきれなかった理由も。そうでありながら目を醒ましたのが何故なのかも。半身を喰らわれた龍王が、嘗て己に何を齎していたのかも――。
 抱えた孤独の断片的な記憶が行く先は、最初からどこにもありはしないことも。
 何も知らぬまま、聖女だった娘は淡く笑う。人々の裡に自らのみを窶して。

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