シナリオ

深みの|微睡《まどろみ》より、鱶は目醒める

#√マスクド・ヒーロー #ノベル

タグの編集

作者のみ追加・削除できます(🔒️公式タグは不可)。

 #√マスクド・ヒーロー
 #ノベル

※あなたはタグを編集できません。

深見・音夢

 ――冥深忍衆怪人『深見・音夢』

 それが過去の『女性』の記憶を漂白し、新たる自我を得た『彼女』の名である。
 基となった『女性』の過去は、如何なる記録にも遺されていない。僅かにわかる事といえば、折悪く怪人の戦闘に居合わせ、瓦礫の崩落と火災に巻き込まれた不運の人。
 下半身を著しく欠損するのみならず重度の熱傷により喉と皮膚を損傷し、虫の息の半死体と化していたという事だけである。
 少なくとも音夢の中では、その時に『女性』は死んだも同然であった。

 培養液の中でどれだけの時を過ごしたかわからぬが。|初めて《・・・》彼女が目覚めた時、そこに在ったのは鮫をベースに培養した怪人細胞で下半身など損耗した部位を補った、異形の怪人である。
 『誕生』した時から異形であった彼女は、己の姿に何ら疑念を抱く事はなかった。何せ、周りは似た様な姿に満ちている。怪人とはえてしてその様なモノであろう。
 生まれたサメが、疑問を抱かず泳ぎ始めるように。
 鱶の眼を持つ彼女は、世界の在り様を素直に受け入れた。


 さて。怪人『深見・音夢』の肉体は、鮫を基に培養した怪人細胞により補強されていると先に述べた。
 だが、その『鮫』にも多くの種類がある。

「強いだけの阿呆は足りている」

 組織幹部である音夢の『上司』怪人が口にした通り、彼女には獰猛さ、凶暴さよりも、容易にコントロール出来る『従順さ』が要求された。
 その様な理由から選ばれたのが、小型で温厚な『ネムリブカ』であった。
 本種は静止状態であっても鰓呼吸が可能という、同属の中では独特の能力を得るに至った鮫だ。故に移動性も低く、日中や潮流の激しい時には身動きを殆どとらぬという、省エネな生態を持つ。
 そして怪人として生を享けた音夢もまた、その性質を色濃く受け継いでいた。

 組織に在籍していた頃の『音夢』を言い表すならば、『赤子』だ。
 『元の女性』の要素は一片たりとも残さずに消され、後に残るはあらゆる事象を素直に受け入れる無垢なる白なのだから、当然の話であろう。
 組織上層部は快哉を叫んだ筈だ。何せ目論見通り……無気力気味な傾向も見られるが、淡々と、如何なる任務にも異を挟まぬ便利な手駒が加わったのだから。
 ーーしかし、それも長くは続かなかった。

「面倒くさい、早く終わらせて眠りたい」

 『訓練用ターゲットを排除せよ』という命令に対し、音夢は『この方が手早く効率的』という理由で周囲一帯全てを焼き払い。さらに再発防止策として『味方への攻撃禁止』という条件を追加した結果、『味方』のマーカーが付いているもの以外を攻撃対象と認識し、設備ごと吹き飛ばしたのである。
 冥深忍衆怪人たる彼女に要求される機能は、市井に忍び込み、単独行動を行う『隠密』だ。怪人としての頑健さを活かした、特攻めいた『火力』ではない。
 だが。如何なる条件を追加しようとも、その度に音夢は素直に最も|効率の良く《面倒臭くなく》、|確実《周辺被害が甚大》となる手段による解決を図った。

「これでは『強いだけの阿呆』と変わりないではないか」

 上層部からの当然の詰問、条件を変えども明後日の方向に向かう部下との板挟みに、『忍びの一文字に心は不要』と常日頃から口にしていた上司も、さぞ心労を背負った事であろう。
 頭を抱えた彼女は、組織の情報が外部に漏れる危険と音夢の才とを秤に掛け、音夢の情操教育を図る事が組織にとって有益な結果を齎すであろうと決断した。
 その一環として使用を許可したのが、一般のウェブサイトにアクセス可能な端末である。
 常に神経質そうな表情を浮かべていた『上司』だが、上司として『深見』の行く末を真剣に案じてはいたのだ。
 その結果、彼女の思惑通り音夢の『|海《せかい》』は大いに広がった。
 だが懸念もまた、的中した。『穴』が開いた結果、音夢と彼女のAnkerである奏多との間に接点が生まれてしまったのである。
 初めて見た星に脳髄を揺らさんばかりの衝撃を受けた眠れる鱶は、尾鰭を力強く振るい。
 狭い穴から覗いた星を目指し、外界へと泳ぎ出してしまった、という結果に終わった。

 ――だが、上層部から失態を散々に詰められた上司もまた、終ぞ気付かなかったのである。
 短絡的に命令を実行してしまう、素直過ぎる問題児誕生の原因の一端が己にある事に。
 音夢が、彼女の口癖すらも『何も考えるな』という命令として、素直に受け取っていたのだという事を。


 『音夢』が生まれて2年になろうという今。組織から脱退した彼女は、簒奪者との戦いに身を投じている。
 抑圧からの解放もその要因であろうが、純粋無垢且つ元より好奇心旺盛であった音夢の『当たり前』は、精神年齢の成長とともに大いに変化した。
 まず、組織人時代に刷り込まれた知識と経験を活かし、肉体年齢と精神年齢の乖離を補いながら一人暮らしをする中で、無趣味であった彼女に『推し活』という大きな趣味が生まれた。
 バーチャルアイドルに憧れ、推し。同人誌やらコスプレ衣装の製作に励む様は、まだ人生2年目の、幼い情緒の微笑ましい発露であろう。
 そしてもう一つ。『人間』の姿は潜入工作のための偽装であったのだが、これが常態化した。
 一般人に紛れ、コンビニバイトで生計を立てるからには当然の選択でもあるのだが。
 『皆と違う』異形の姿が、全裸並みの羞恥を抱く程の強いコンプレックスの要因となったのである。
 とはいえ、だ。最近はごく稀に素顔を晒す機会も増えた様であり、今後の経験次第では、また異なってくることもあるだろう。

 ――さて。
 もし、半死体の『彼女』がそのまま捨て置かれていたならば、『音夢』は存在しない。
 だが組織が事件を起こさなくても『音夢』は存在し得ない。故に、音夢は組織に一応の恩義を覚えていなくもない。
 しかし『深見』と名を呼んだ上司の思惑通りに成長した情緒は、その意図に反し『理不尽』を許さぬ心を音夢の中に育んだ。

「推しの尊みがあれば、あと10年は戦えるっす!」

 『彼女』の様に道理なく人生を奪われる者を一人でも減らすべく。
 心優しき眠れる鱶は愛銃を担ぎ、今日も戦いへと赴くのであった。

挿絵申請あり!

挿絵申請がありました! 承認/却下を選んでください。

挿絵イラスト

開く

読み物モードを解除し、マスターより・プレイング・フラグメントの詳細・成功度を表示します。
よろしいですか?