銀河の|箱舟《ノア》は、偽りの|星《スター》に導かれ
●悲劇の結末へ
その日、|乃亜・莉々《のあ・りり》は高揚していた。
「乃亜」は「ノア」。この名前は、汚れきったこの世界から善き魂だけを選び、新天地へと運ぶ『方舟』の運命。
「私は、銀河の救世主アイドルになるべくして生まれたのよ……!」
ひとけのない夕暮れのステージで独り痛々しいポーズを決めた瞬間、空から降り注いだ七色の光が彼女を包み込んだ。
「……っ、これよ! ついに|全宇宙《コスモ》が私を迎えに来たのね!」
光が収まった時、そこに立っていたのは魔法少女の姿をした乃亜こと「ギャラクシー・ノア」であった。
しかし、同時に彼女の肥大化した全能感は、即ち|欲望《デザイア》に惹かれた存在を呼び込んだのだ。周囲の空間が歪み砕け散ると、奥からから這い出したのは、おぞましい形をした数体のデザイアモンスター。
「きゃっ……何よ、この不細工なファンは! 私、出待ち禁止だって言ったじゃない!」
強がる莉々だったが、怪物の放つ殺気に足がすくむ。莉々の「心」を喰らおうと跳躍した、その時――。
「――そこまでだ、デザイアモンスター! 子供の夢を、オイラが汚させはしないぞ!」
重厚な駆動音と共に、毎度おなじみ、ロボトロン「ジロウ・ボンバード 」が割って入った。鋼鉄の腕が怪物の突進を弾き飛ばし、火花を散らしながら莉々の前に盾となって立つ。
「ここはオイラに任せて、君は急いで逃げるんだ!」
「……え? ちょ、ちょっと、何この古臭いロボット……」
「危ないから後ろに下がって! この√世界に、好き好んで子供を戦わせる大人はいない。勿論、オイラ達ロボトロンも同じ気持ちだ! だから、オイラがやっつける!」
ロボトロンのセンサーが警告を発する。敵は一体ではない。至る所からデザイアモンスターが這い出してくる。一人の少女を守るには、あまりに多勢に無勢。それでもジロウは、傷ついた装甲を軋ませながら、必死に莉々を背中に庇い続けていた。ここまでは、いつも通り。
「……ふふ、ふふふ……はっはっは! 素晴らしい勇気だ、鋼鉄の友人よ!!」
その時、絶望に染まるはずの戦場に、場違いなほど明るく、そして深く響くバリトンボイスが降り注いだ。見上げれば、夕闇の空に一番星よりも眩い「光」が滞空している。
「だが、君のその『守る』という行為が、彼女の真の輝きを遮っているとは思わないかね?」
光の中からゆっくりと降りてきたのは、星型の頭部を持ち、マントを翻す黄金の超人…いや怪人だった。
「さあ、少女よ! タイミングよくあらわれ、君の『真の輝き』を抑圧し、逃げることしか教えない、このガラクタこそが、君の羽ばたきを邪魔する『悪』だ!!」
「ノアちゃん……聞いちゃいけない! コイツは危ない……オイラの指示に従って、逃げるんだ……!」
「聞いただろう? 彼は君のファンではなく、君を管理しようとする独裁者だ! 真のトップアイドルなら、自分を縛る旧い鎖を断ち切らねばならない! さあ、その『救世主の輝き』で、銀河の自由を阻むこのマシーンを、笑顔で粉砕するんだ!!」
怪人のバリトンボイスが、莉々の肥大化した|全能感《デザイア》を甘く叩く。
「……そうよ。私は銀河のアイドル。誰の指図も受けないわ。自由な|方舟《ノア》なのよ!」
莉々の瞳から理性が消え、歪んだ「星の光」が宿る。彼女が掲げた手の中に、全宇宙を救済し、同時に焼き尽くすほどの暴力的な魔力が収束していく。
「やめるんだ、ノアちゃん……! そいつは、君の心を……っ!?」
「諦めてはいけないよ! ロボトロン君。君の死もまた、銀河の新たな夜明けのための、美しい笑顔の種となるのだからな! はーっはっは!! 」
ジロウは、自分に向けられた殺意が「守るべき子供」のものであることに絶望し、火花を散らすカメラアイを悲しげに明滅させた。反撃のプログラムは、彼の優しさゆえに最初から存在しない。
「銀河を乱すノイズは……私が消してあげる! ギャラクシー・パニッシュメント!!」
放たれた極大の光線が、無抵抗なロボトロンの装甲を貫く。鋼鉄の体が爆音と共に吹き飛び、ステージの端へと無残に転がった。
「はっはっは! 素晴らしい! ついに旧き秩序は打ち倒された! おめでとうギャラクシー・ノア君、君こそが今日、真の自立を果たしたのだ!」
高らかに笑い声を上げコレる怪人は、これ以上ないほど爽やかで残酷な笑顔を浮かべてた。その背後では、半壊したジロウは、煙を上げながら、それでもなお、少女を救えなかった悔しさに、震える指先をノアの方へと伸ばしていたのだった。
●偽りの星が齎す離間計画を打ち破れ!
「ようこそおいで下さいました」
都内、某エンターテイメント系会社が所有する巨大高層ビルの会議室にて、レア・マーテル(PR会社『オリュンポス』の万能神官冥土秘書スーパーエリートメイド・h04368)が、そう語ると恭しく迎えてくれた。
「既にご存知の方は多いかと思われますが、√マスクド・ヒーローにて、子供達が男子女子問わず魔法少女に覚醒してしまう現象…通称『|魔法少女現象《プエラマギカ・フェノメノン》』が発生しております。そして、いつも通り、子供を守るロボトロンのジロウ・ボンバード様も水面下で動いているようです」
しかし、話を聞くとそれだけではないようである。情報によれば、魔法少女となるのは、アイドルスターを目指す痛い娘…いや、色々と勘違いしやすい個性的で純粋な|乃亜・莉々《のあ・りり》と言う少女であるらしい。此処へデザイアモンスターが現れるのはいつも通りだが、ここに悪の派遣組織『仮面武闘バルマスケ』の星詠みの怪人が関わり、ジロウの動きが読まれたことから魔法少女そのものを利用したロボトロンへの罠と化した作戦が実行されようというのだという。このままでは、乃亜もジロウも危ない。
「どうぞ、皆様のお力をお貸し下さいませ」
第1章 日常 『キメポーズの練習!』
夕暮れの屋外イベントステージは、人影もなく、オレンジ色の西日が長く伸びているだけだった。
「…よし、誰もいないわね」
この開放的なステージこそが、次世代のトップアイドルを目指す自分に相応しい練習場なのだ。乃亜は一人、誰もいないステージの中央に立っていた。オーディションのために用意した派手な衣装ではなく、着慣れた制服姿。けれど、彼女の瞳に映っているのは、埃の舞う無人の客席ではなく、色とりどりのペンライトが揺れる熱狂の海だ。
「さあ、始めるわよ」
誰もいない、色褪せたプラスチックのベンチを『超満員の観客席』に見立て、乃亜はステージ中央に立った。右足を一歩引き、指先を天に向けて突き出す。スカートの裾がふわりと円を描き、ピタリと止まる。完璧な角度だ。計算し尽くされたポーズ。だが、乃亜は不満げに眉を寄せた。
「……ダメ。指先の角度が、あと五ミリ低かったわ。これじゃあ、一番後ろの席の人まで届かない…」
彼女は独りごちて、何度も同じ動作を繰り返した。可愛いだけじゃ足りない。圧倒的でなければならないのだ。そう…今日の彼女が突き詰めるべきは、歌でもダンスでもない。「最強の第一印象」だ。
「……右手をこう。ううん、少し指を曲げた方がエレガントかしら?」
この時の彼女に、魔法少女なんて概念は、頭の片隅にもなかった。あるのは、自分が世界の中心でスポットライトを浴びるという、絶対的な予感だけなのだ。
◆銀河の残響と鳳凰の羽ばたき
オレンジ色の西日がステージの床に乃亜の長い影を落としていた。指先を天に突き出し、静止する。その瞳にはまだ見ぬ数万の観客が映っているが。周囲はあくまで静かなイベントステージに過ぎない。
「五ミリね、やっぱり、まだ低かったかしら?」
乃亜が独りごちて、その指先を微調整しようとしたその時だった。
「いいじゃん! その角度。あたしは好きだよっ!」
誰もいないはずのステージの袖から弾けるような声が飛んできた。乃亜は驚きに肩を震わせるも、即座に「完璧なアイドル」の表情を崩さず声の主を睨む。そこには自分とさほど歳が変わらないように見える――しかし、どこか浮世離れした大人びた空気を纏ったオレンジ色の髪の少女が立っていた。
「…いつからそこにいたの? ここは今、私のプライベートステージよ」
「ゴメンね、さっきから覗いちゃってたんだ。あんまり熱心だったからさ、でも、すごいじゃん! あたしそういう熱いの嫌いじゃないな」
少女は屈託のない笑顔で、ステージを区切る柵を軽々と飛び越えてきた。|火宮・焔雀《ひのみや・えんじゃく》(紅蓮仙姫・h12960)――仙術武侠の人間として力を手に入れたばかりの自由を愛する令嬢だ。彼女は星詠みの予知に従いこの先に待つ「悲劇」を回避するため、乃亜との接触を図るべくここへ来たのだ。しかし、彼女の態度は「警告者」のそれではない。ただ純粋に、面白いものを見つけた子供のような輝きに満ちていたのだ。
「あたしは焔雀。長ったらしいからエンでいいよっ! あなた、乃亜って言うんだよね?」
「な、馴れ馴れしいわね。でも、私の名前を知っているなら話が早いわ、見ていたなら分かるでしょ? 私は完璧を目指しているの。邪魔をしないでくれるかしら」
「邪魔なんてしないよ。むしろ、あたしも手伝ってあげよっか?」
焔雀が、乃亜の制服姿と彼女が追い求めている「アイドル像」を交互に眺めながら、あどけない顔で提案した。
「さっきのポーズ、もっと大きく両手を広げてアピールとかすると、宇宙と星の広がりを表現できていいんじゃないかな? ほら、こうやって!」
彼女がそう言うと、天性の身のこなしでダイナミックに両手を広げたのだ。それは不思議と、ステージ全体が膨張したかのような錯覚を抱かせる華やかなポーズだったのだ。
「セリフもさ、この銀河を駆ける希望の|箱舟《ふね》とかどうだろ? アニメのヒーローみたいに見えてカッコいいじゃん!」
乃亜は最初、呆気にとられていた。無断使用中のステージに堂々と現れ、あろうことか自分のプロデュースに口を出してきたのだ。しかし、彼女の提案したポーズとフレーズは、乃亜が喉の奥で求めていた何かに奇妙なほど合致していたのだった。
「—箱舟、ね。悪くない響きだわ。でも、ポーズはもっと、こう、気高く!」
「だったらさ、二人で合わせようよ。せっかくだし、あたしもポーズ決めを手伝うよっ。運動神経には自信があるんだっ♪」
焔雀は乃亜の隣に並ぶと、鏡を見るように動きを合わせようとする。乃亜は戸惑いながらも隣の少女から溢れ出す太陽のような情熱に抗えなかった。この少女が何者なのか、なぜ自分の前に現れたのか。今の乃亜には知る由もない。ただ、夕暮れのステージで、二人の少女がポーズを合わせる。
「いくよ、乃亜。銀河一番のデビュー、あたしが盛り上げちゃうんだから!」
運命は、まだ悲劇の色をしていない。二人の少女が描く「完璧な第一印象」が、歪み始めていた世界を繋ぎ止めていたのだった。
◆星待つ知恵の翼
オレンジ色の西日が横切り、ステージを劇的な陰影で彩っている。乃亜は、自分の影が長く伸びるのを舞台効果として計算に入れながら再び右足を引いた。
「……あと五ミリ。指先の残響が、空気に溶けるくらいの高さで」
彼女が神経を研ぎ澄ませながら数千回目の調整を行っているその時。ステージ脇の街灯の陰、あるいは柵の僅かな隙間に移動しながらその『観客』は潜んでいた。コキンメフクロウのオーリン・オリーブ(占いフクロウ・h05931)である。彼は今、アテナの使い魔としての誇り高き血筋と智慧をその小さな体に宿し、極めて高度な潜伏を行っていた。
「……狩りの時間だほ」
オーリンが心の中で唱えると、彼の存在感は希薄になり、世界の背景へと溶け込む。肉眼で注視すればそこにいるのが分かるが、カメラも、魔術的な探知も、あるいは異能者特有の気配察知ですら、今の彼を捉えることはできないだろう。星詠みによって予知された悲劇を回避する為、彼はマスコット枠として潜り込む機会を伺っていたのだ。
しかし、ある意味、根がお調子者の知識欲の塊である彼はただ隠れていることに対して、早々に飽きてしまったのだ。
「ほうほう……あの小娘、なかなかストイックだほね。我輩が見込んだだけのことはあるほ!」
オーリンは念動力で自分の姿勢を保ちながら、乃亜の動きを観察し始めた。彼女がくるくると回り、スカートを広げ、指先をピーンと天に掲げる。その一連の動作には、魔術の儀式にも通じるように一切の妥協を許さない美学が宿っていたのだ。
「羽先ピーン、あと五ミリ高く…うーん、難しいほ。人間は身体の感覚をそんなミリ単位で調節できるのかほ? いや、これがプロってやつかほ。感服だほ!」
好奇心を抑えきれなくなったオーリンは、影の中でこっそりと彼女の真似を始めた。短い翼を精一杯広げ、乃亜のターンに合わせて自分も空中でくるくると回る。羽の先をピンと伸ばしながら、彼女が言うあと五ミリという身体的な感覚を、自分の小さな体で再現しようと試行錯誤する。
「くるくる回って、|ポウッ《こう》だほ! …うぅ、ま、目が回るほ。でも、この『決め』が決まった時の高揚感、まるで強力な|強化魔術《Buff》がかかったみたいだほね!」
オーリンは、ステージ上の少女が見ている銀河の景色に、自分もまた、その知識と想像力で補完しながら追いかけていた。彼女はまだ、自分が救うべき対象であり、同時にこの世界の運命を握る重要なピースであることを知らない。
「汝はまだ、自分が何者になるのか分かっていないようだほ。だが案ずるなほ。アテナさまの知恵を継ぐ我輩、オーリンが汝に最高の知恵を貸してやろうほ」
人語を喋り、魔術を操る謎のフクロウ。彼はまだ名乗るタイミングではないと判断し、今はただ、影の中で少女の踊りを完コピすることに心血を注いでいた。乃亜が再び完璧なポーズを決めた時、オーリンも、空中で自分史上最高の「ドヤ顔」とポーズを完成させた。
「親愛をこめてオーリンと呼ぶ事を許すのは……もう少し先の話だほね。今はまだ、影のプロデューサー気取りでいさせてもらうほ」
静かなステージに少女とフクロウ。全く別の理由で『完璧』を求める二つの翼が、まだ見ぬ敵の襲来を前に、静かに…しかし熱く共鳴していたのだった。
◆安らぎの千鳥足と一時の幻想
飲み屋横丁の夕暮れは忙殺される日々を送る|黒木・摩巳《くろき・まみ》にとって、久しぶりに眺める『|人間らしい時間《定時上がり》』だった。
表のIT企業での激務、そして裏の反プラグマ組織での神経を削る活動。ダブルワークでボロボロになった心身を癒したのは、退勤後に勢いで引っ掛けた度数の高い数杯の酒だった。
「ふふ、今日は残業なし…最高……。もう一杯いけたわね、私……」
少し赤らんだ顔で千鳥足気味に横丁を横切り、近くの野外イベントステージの方へ。眼鏡の奥の瞳は少し潤み、普段のさばさばしたキャリアウーマンの面影はどこかへ消えていた。そんな彼女の視界に、ふと、オレンジ色の西日に照らされたステージが飛び込んできた。
――そこには、制服姿の少女が一人、真剣な面持ちで立っていたのだ。
何度も何度も、指先の角度を微調整しながらポーズを繰り返す姿。そのストイックなまでの熱量は、酔った摩巳の目には、どこか危うくも、そして愛おしく映った。
「……あの子、練習してる…。あんなに一生懸命に」
摩巳はベンチの端に腰を下ろし、ぼんやりと乃亜を見つめた。その姿が、酔った気分だろうか、最近どこか様子が変わってしまった——けれど、奇跡的に生き残ってくれた大切な妹、摩那の面影と重なった。
「……摩那も、あんな風だった時期があったわよねぇ…。なのに最近のあの子ときたら、なんだか別人のように遠くに行っちゃったみたいで…ねぇ、聞いてるの、神様?」
急に涙もろいスイッチが入り、摩巳はバッグから取り出した水の入ったペットボトルと酒に合う辛いつまみを口に放り込んだ。ピリッとした刺激が喉を焼くが、心の空虚さは埋まらず、それを潤すかのように水で胃の腑の底へと流し込んだ。
「頑張んなさいよぉ…。あなたみたいな子が、ちゃんと報われる世界じゃなきゃ…お姉さん、許さないんだからぁ……っ!」
乃亜はまだ気づいていない。ステージの片隅で、酒と辛味で顔を涙でぐしゃぐしゃにした大人が、自分を妹と重ね合わせて勝手に感極まっていることに、そして、この平和な酔っ払いの独り言すら、非日常の嵐に飲み込まれる前の、束の間の安らぎに過ぎないことを。 摩巳は、いつか怪物に奪われた家族との平穏を、目の前の少女に投影し、空っぽのペットボトルを握りしめた。
第2章 集団戦 『デザイアモンスター』
◆鋼鉄の守護者と銀河の目覚め
夕暮れのステージに、奇跡のような共鳴が起きていた。指先をミリ単位で突き詰める少女の執念。それを面白がり並び立つ少女、影で見守る知恵の翼、そして大切な誰かを重ねる切実な視線。偶然居合わせた者たちの意志が、ステージ中央の少女を世界の中心へと押し上げたのかもしれない。
「……これよ。これが、私の求めていた完璧な光!」
少女が渾身のポーズを決めた瞬間、サンセットモールの空気が変化した。西日が極彩色の星屑へと変貌し、彼女の制服を銀河の輝きを纏う装束へと書き換えていく。
魔法少女——その概念すら知らない彼女が、ただ究極の自分を望んだ結果、未知の力が覚醒した。
だが、その輝きに誘われるように、空間の底から亀裂が入るとどろりとした闇が溢れ出す。人々の欲望を喰らい形を成したかのような醜悪な姿、デザイアモンスター。怪物は唸声 を上げながら、覚醒したばかりの少女へとその魔の手を向けたのだ。
「――そこまでだ、デザイアモンスター! 子供の夢を、オイラが汚させはしないぞ!」
重厚な駆動音、ロボトロン「ジロウ・ボンバード 」が割って入ったのだ。鋼鉄の腕が怪物の突進を弾き飛ばし、火花を散らしながら莉々の前に盾となって立った。
その背中を、潜伏していた√能力者たちが追うと、少女を守るという意志において、ジロウの戦いと共鳴し始めたのだ。
——ステージの夕空に闇が差し、不自然なほどの禍々しさに染まった。
完璧なポーズを決めた乃亜を包み込んだ銀河の光。それは奇跡の目覚めであると同時に、最悪の捕食者を呼び寄せる『餌』の輝きでもあったのだ。
「……あ、あ、……なに…これ…?」
魔法少女へと覚醒したばかりの乃亜は、自分の姿が書き換わった驚きを味わう暇もなかった。空間を裂いて現れたのは、紫色の肉塊に蠢く極彩色のコアを持つ怪物——デザイアモンスター。少女の「希望の心」を食糧として永久に動き続ける自動機械の如き存在が、その鋭利な爪を乃亜へと振り上げた。
「——コンニャロ~~~!!!」
その爪が乃亜の柔肌を切り裂く寸前、上空から飛来した鋼鉄の巨躯がステージを揺らした。ロボトロン、ジロウ・ボンバードである。彼は内蔵されたブースターの火花を散らし、乃亜の前に仁王立ちになると、怪物の猛攻をその分厚い両腕で真っ向から受け止めたのだ。
「オイラはロボトロンのジロウ! 悪い奴はオイラがやっつける! 君は早く逃げるんだ!」
「……え? ちょ、ちょっと、何この古臭いロボット……」
バチバチと火花が飛び散り、ジロウの装甲が軋む。だが、多勢に無勢。怪物の数が増え続け、ジロウが盾として釘付けにされる中、ステージの陰から一人の大人が飛び出した。|黒木・摩巳《くろき・まみ》(ひみつのおしごと・h02923)だ。彼の怪物と幾度かの交戦を経験した彼女の酔いは完全に消え失せ、眼鏡の奥の瞳は反プラグマ組織の秘密機関職員 としての鋭さを取り戻している。
「……あんな化け物に、あの子を食わせるわけにはいかないのよ!」
摩巳は愛用の自動拳銃を抜き放ち、ジロウの巨体を遮蔽物にしながらも、迷いなく引き金を引いた。放たれた弾丸は正確にデザイアモンスターの関節を穿ち、その突進を僅かに鈍らせる。
「しっかりしなさい! 私の指示に従って!」
摩巳は低い姿勢で乃亜の元へ駆け寄ると、その肩を強く掴んでステージの死角へと引き寄せた。
「な、なんなのよ貴女……警察!? でも、どうしてこんな」
「今は説明してる時間はないの! 私は警察関係者。あの大きなロボットは、貴女のような魔法少女を守るための味方よ。信じなさい!」
銃声が重なり、摩巳は乃亜を自分の背後に隠すと、周囲を警戒しながら手際よく次弾を装填した。強がる乃亜だが、その震える手と妹の摩那が重なる。この絶望的な状況下で、少女を守り抜き、状況を理解させることだけが、今の|摩巳《大人》の役割だった。
「いい? 貴女のその力は、奴らが一番欲しがっているもの。絶対に渡さない。……ジロウさん、右は私が止める! 貴方は正面を維持して!」
摩巳の叫びに応え、ジロウが踏ん張る。
覚醒の混乱に喘ぐ少女を一人の大人の意志と一機のロボットの献身が絶望の淵で繋ぎ止めていた。
◆二人の『ノア』と銀河を貫く方舟の光
鋼鉄の腕でデザイアモンスターの猛攻を食い止めるジロウの巨体。その背後で、一般人に守られながら戦慄く乃亜の視界を眩いほどの白が横切った。
「——同じ名前を聞くと、不思議な感覚になりますね」
静謐だが、戦場の喧騒を容易く貫く透き通った声。現れたのは長い白髪をたなびかせ、肌に密着するような白い装甲と実体のない衣を纏った女性——ノア・レムナント(方舟の残滓・h01678)だった。彼女の瞳は冷静に…しかし、慈しみを持って自分と同じ名を持つ若き魔法少女の姿を映し出していた。
「乃亜さん、でしたか。心ばかりですが、お手伝いさせていただきます」
ノアの背後に、物理法則を無視して巨大な鋼鉄の砲塔群が実体化する。収束し解き放たれた白き閃光と重厚な駆動音がステージに響き渡り、怪物の咆哮を掻き消した。
「デザイアモンスター…。どういう欲を持てばそのような姿になるのか、興味はありますが」
対する怪物は、自身の内側からどろりとした闇を溢れさせた。それは『クレイヴィング・ダークネス』。欲望のオーラを増幅させ、受けたあらゆる損傷を即座に修復し、死を否定する|呪い《執着》の波動ともいえる。怪物の傷口が瞬時に塞がり、その身は不気味なほど生命力に満ち溢れた。
「尽きぬ|再生《欲望》ですか。ふむ……。ならば、治る隙すら与えず、その概念ごと吹き飛ばしてしまえばよいのです」
ノアの口調は淡々としていたが、その指先が描く軌跡には、絶望的な時代を越えてきた存在としての重みが確かに宿っていた。
―—間髪入れずに放たれる。一斉掃射。空を焼き尽くす程の閃光が、ステージを白一色の世界へ変えた。直撃したデザイアモンスターの肉体は、超高熱のエネルギーによって細胞の一片に至るまで蒸発し、再生という|理《ことわり》すら介入する余地なく、虚空へと消滅したのだった。
――爆風が収まり、一時の沈黙が戻るステージ。ノアは召喚した砲塔を粒子へと還すと、呆然と立ち尽くす乃亜の方を向き、少しだけ首を傾げた。そして、思い出したかのように、目の横で指をV字に作る。
「……えい。ふむ、やはり私がやっても何の面白みもないですね」
場違いなほど礼儀正しく、どこか茶目っ気のあるピースサイン。
乃亜はその圧倒的な力の奔流と、それを行使しながらもどこまでもマイペースで気高い「ノア」の自然な姿に、激しい衝撃を受けていたのだ。
アイドルとは、ただ可愛くポーズを決めるだけではない。この白い「ノア」が見せたような、世界を自分の色で塗り替えるほどの圧倒的な意志こそが、真の輝きなのではないか。
「方舟、としての私の役目は守ること…。ですが、貴女という星を輝かせるための露払いなら、いつでもお呼びください」
二人の「ノア」が視線を交わした瞬間、乃亜の中に眠る|銀河《魔法》の力が、新たな共鳴と鼓動を始めていたのだった。
乃亜にとって、目の前で繰り広げられる暴力の嵐はあまりに現実離れしていた。守ってくれているロボットが傷ついていくその光景は彼女の心を締め付けた。
そこへ、ステージの袖から一陣の風のように、もう一人の少女が軽やかに躍り出た。オレンジ色の髪を輝かせた少女、|火宮・焔雀《ひのみや・えんじゃく》(紅蓮仙姫・h12960)だ。
「あ、そっか。楽しくて忘れてたけど、あたし、こいつらから乃亜を守りに来たんだったっけ!」
焔雀はこの絶望的な状況下で尚、屈託のない笑顔を浮かべていた。彼女は迷うことなく仙術サイバーの力を起動させると、一瞬にして仙衣を纏う。夕暮れの空を舞う火の鳥のように鮮やかな紅蓮の装束が、薄暗くなりかけた戦場を熱く照らし出した。
「銀河の救世主アイドルには、応援してもらっていいかな? 大丈夫、あたしこう見えても結構強いんだから!」
焔雀は混乱する乃亜に悪戯っぽくウィンクを投げた。その瞬間、乃亜の胸を支配していた凍てつくような恐怖が、不思議と僅かに和らぐのを感じた。
対するデザイアモンスターが、その禍々しい胸の核を脈動させる。周囲に欲望のオーラを振り撒き、無機物をさえも怪物へと変え、意思を塗り潰す暗黒の呪縛がステージを侵食し始めたのだ。
「へー、そういうドロドロしたの、あたしの性に合わないな! ねえねえ、ちょっと力借りていいかな?」
焔雀は即座にジロウの隣へと駆け寄り、彼の赤い装甲にそっと小さな手を添えた。
「急急如律令、疾く!——仙術・火行!!」
焔雀が放った純粋な仙力が、ジロウの全身へと駆け巡る。ジロウの鋼鉄の身体が一時的な|宝貝《パオペエ》へと昇華され、表面に幾何学的な光の紋様が浮かび上がった。暗黒のオーラを焼き払うほどの熱量がジロウに宿ると、その重厚な駆動音が、戦場を支配する怪物の咆哮を掻き消しながら追い込んだ。
「うわっ、キモッ!? ……でも、逃がさないんだから!」
——欲望の影に呑まれかけたステージを焔雀が与えた火炎の輝きが奪い返す。苦し紛れに急襲して来た怪物に彼女は鉄壁の構えで乃亜の前に立ちはだかった。猛攻をその身一つで完璧にかばうその姿は、小柄な少女とは思えないほどの威厳に満ちていた。
弾き飛ばされた怪物が姿勢を崩したその一瞬の隙。焔雀は気功を足先に一点集中させ、地面を爆ぜさせて跳躍した。
「中への衝撃は結構効くもんでしょ? ——いっけぇぇぇえ!!」
空中で描かれた螺旋の軌跡。放たれたのは急所を的確に射抜く貫通の蹴りだ。宝貝化したジロウとの共鳴によって極限まで高められた一撃は、デザイアモンスターの身体を内側から爆砕し欲望が渦巻く核へと致命的な衝撃を叩き込んだのだ。
凄まじい衝撃波が吹き荒れ、巨大な怪物がステージの端まで吹き飛ぶ。着地した焔雀は、乱れた前髪を払うこともせず、流れるような動作で指先を天に向けた。それは乃亜が先ほどまで、たった一人で繰り返し練習していた、あの「最強の第一印象」のポーズを、より自由で力強いものへとアレンジした形だった。
「これが紅蓮仙姫の力よっ!」
乃亜は、自分を命がけで守る鋼鉄の巨人と、美しくも苛烈に、そして誰よりも楽しそうに戦う少女の姿に言葉を失っていた。
ポーズを決め、視線を集める。それは乃亜がアイドルとして目指していたことと同じはずだ。——けれど、焔雀のそれには自分を守り、敵を討ち、世界を切り開くための覚悟が宿っていたのだ。
「……ポーズ、崩れてない。あんなに動いた後なのに…」
乃亜は無意識に自分の胸元に光る銀河の輝きを握りしめた。ただ守られるだけの存在で終わりたくない。自分もあの紅蓮の少女のように、このステージの主役として、誰かの希望になりたい。乃亜の瞳に恐怖ではなく、かつてないほど強い意志の火が灯り始めていた。
絶え間なく出現するデザイアモンスターを前に、イベントステージはもはや混沌の坩堝と化していた。夕闇を切り裂く極彩色の輝きと、全てを飲み込もうとするどろりとした闇が激突し、火花を散らす。
「コンニャロォォォォ!!」
ジロウ・ボンバードが吼える。鋼鉄の巨躯を軋ませ、デザイアモンスターの巨大な爪をその両腕で受け止めた。既に数十分、彼はただ一人の「子供」を守るためだけに、無数の傷をその身に刻んでいた。ロボトロン――子供の守護者としての誇りが、彼の駆動系を限界を超えて回し続けている。
その背後で乃亜はまだ困惑していた。自分が望んだ最強のアイドルとしての覚醒。だが、その代償はあまりに重く、怪物は津波となって押し寄せ、周囲は血と油と、欲望の泥に汚れ始めていた。
「……あ…あ……っ」
——声が出ない。魔法少女『ギャラクシー・ノア』として覚醒した筈の力も、いざデザイアモンスターと真向から対峙すると、化け物が放つ欲望の暗雲に灯った意志さえ覆われそうになり、その輝きを失いかけていた。
そこへ、一羽のフクロウが空から舞い降りた。オーリン・オリーブ(占いフクロウ・h05931)である。彼は敢えて『ハンティングチェイス』の構えを解かず、透明な壁の向こう側から語りかけるように、乃亜の肩へとふわりと降り立つ。
「目覚めたほ? 我輩は星の意志を伝える者、オーリンだほ。……怯える必要はないほ。君の周りには、君を守り、君を待っている知恵と勇気が溢れているほ」
オーリンはウィザードロッドを高く掲げた。
「未来は今が作り上げるんだほ!——『|今を掌握する感覚《ストラテジア》』、みんなに力を貸すほ!」
その瞬間、乃亜の脳内に心地よい電気信号のような衝撃が走った。
視界が、感覚が、全方位へと拡張される。背後で虎視眈々と狙いを変えていたデザイアモンスターの動き、ジロウの駆動音の微かな震え、空気の密度——それら全てが、自分の手足のように把握できる。第六感共有網。まさにオーリンがもたらした「知恵の目」とも言えるものだった。
「ほうほう、デザイアの奴め、悪あがきだほね」
デザイアモンスターが、周囲の個体と融合し始めた。——『ロンギング・アーム』。欲望の腕が肥大化し、空間そのものを引き寄せる不可避の一撃がジロウへと向けられる。それと同時に怪物の傷口は瞬時に全快していく。
「ギャラクシー・ノア、いいかい良く聞くほ」
オーリンは、混乱する乃亜の耳元で、冷徹かつ慈愛に満ちた声で囁いた。
「あの古臭いロボトロン……ジロウの言葉は、今の君には過保護に聞こえるかもしれないほ。『逃げろ』。それは大人の愛だほ。でも、君が魔法を使いこなせるなら、それはただの足かせだほ」
ジロウの装甲が『ロンギング・アーム』の圧力で悲鳴を上げる。それでも彼は一歩も引かない。
「もうすぐ、君を言葉で操り、傷つけようとする怪人が現れるほ。我輩を含めたみんなの言葉が、汝をどういう行動に誘導しようとしているのか……その正しさの理由を、汝自身の心で考えて、選んでほしいほ!」
「自分で、選ぶ……?」
乃亜は、ジロウの広い背中を見た。ボロボロになりながら、自分を信じて「子供」として守り通そうとする鋼鉄の意志。そして、これまで自分に関わってきた人々の、打算のない献身。
(私は…守られるだけの『子供』じゃない!)
乃亜の瞳に、銀河の星々が再び点り始めた。彼女は、オーリンが共有した感覚の海の中から、一つの「答え」を掴み取る。ジロウを逃がすのではない。彼と共に、このステージを完成させるのだと。
「ジロウさん…! そのまま、正面を抑えてて!」
乃亜の声が、戦場を震わせた。彼女は一歩踏み出し、胸元に宿る銀河の熱を、右手へと一点集中させる。
「私は乃亜! この銀河を照らす、一等星、ギャラクシー・ノアなんだからっ!」
自らの力を「認識」した瞬間、魔法の質が変わった。ただの『覚醒』ではない。自らの意思で世界を定義する『選択』。乃亜はオーリンの『|今を掌握する感覚《ストラテジア》』を逆利用し、自分を狙う『ロンギング・アーム』の引き寄せエネルギーを、逆に自身の加速へと転換した。
「いっけぇぇぇ!! ——ギャラクシー・スターライト・ノヴァ!」
——閃光。ジロウの鋼鉄の拳が怪物を怯ませた刹那、乃亜が放った|銀河《魔法》の一撃が、デザイアモンスターの巨大な腕を、そして再生の核である『クレイヴィング・ダークネス』の源流ごと粒子レベルで粉砕したのだ。
欲望の闇が晴れ、ステージには夕暮れの最後の残光と、乃亜の放つ透き通った星の光だけが残った。デザイアモンスターは塵となり、空間こと消え失せる。乃亜は大きく肩で息をしながら、ゆっくりとポーズを解いた。
「ほうほう……完璧だほ! 汝が選んだ未来は、なかなか輝いているほね」
オーリンは満足げに頷くと、羽を広げ、暫しの頃合い迄、再び静寂の中へと消えていくのだった。
「…乃亜。君、…強くなったね」
ジロウが膝をつき、安堵したように電子音を漏らす。乃亜はボロボロになった守護者に駆け寄ると、その大きな金属の指に優しく自分の手を添える。
「当たり前でしょ。私は…世界一のアイドルなんだから!……ありがとう、ジロウさん。オーリンも」
ステージに、本物の静寂が戻る。だが、それは終わりの静寂ではない。星詠みが予知した悲劇を越え、少女が自らの足で歩き出した新たな「物語」の幕開けだった。
第3章 ボス戦 『スターマスケ』
◆星の喝采と、幕は再び上げられた
デザイアモンスターが霧散し、静寂が戻りかけたステージ。そこに耳を劈くほど豪快な、しかし深く響くバリトンボイスの笑い声が轟く。
「ハッハッハーッ! ブラボーだ! 実に見事なステージだった。これこそが私の見たかった可能性という名の輝きだ!」
どよめきの中、ステージの頭上に逆さ吊りから豪快な着地と共に姿を現したのは、筋肉の鎧を纏った巨躯の怪人——スターマスケであった。翻る白いマント、そして顔そのものが黄金の星と化した異形の存在。彼はその隆々とした腕を広げ、乃亜や能力者たちへ、心底嬉しそうに賞賛を送り始めたのだ。
「何がそんなに嬉しいわけ? あんたの差し向けた怪物は、もう影も形もないわよ」
乃亜が生み出された銀河の杖を構え直し、不敵に言い放つ。だがスターマスケは、その瞳の奥にある鋭い眼光をいっそう輝かせた。
「邪魔された? 否! これこそが私の『|星詠み《予知》』が映し出した至高のシナリオだ! 運命を書き換えんとする異分子が集い、少女の輝きを極限まで引き出す……この瞬間を待ちわびていたのだ!」
なんと彼は最初から自分の計画が「失敗」することを予知していたのだという。星だけに。故に、この敗北すらもより強大な「輝き」を喰らうための前座に過ぎないのだと。
「さあ、ギャラクシー・ノア君! 君が手に入れたその銀河の煌めき、運命を越えたその輝きを私に、そして、この世界に見せてくれ!!」
スターマスケが両手を広げると、ステージは再び異様な熱気に包まれる。それは幕引きではなく、本当の「戦い」の始まりを告げる合図だったのだ。
◆決戦、星を穿つ弾丸
デザイアモンスターが消滅したステージで星の怪人、スターマスケが哄笑する。その圧倒的な筋肉量と星詠みと自称する不気味な余裕に覚醒したばかりの乃亜は息を呑んだ。
「予知していた…ですって? ——話半分に聞いておくのが正解ね」
震える乃亜の前に、聞き慣れたさばさばとした声が割り込んだ。黒木・摩巳《くろき・まみ》だ。彼女は既に、反プラグマ組織のルートで手配していた装備一式を手にしていた。傍らには、重低音のアイドリング音を響かせる機動バイク『レクレール』が、獲物を狙う獣のように佇んでいる。
「ノアさん、状況は飲み込めたかしら? あの怪人は負け惜しみを言っているだけ。一泡吹かせてやるわよ」
摩巳は、眼鏡の奥の瞳を鋭く光らせると愛銃から重ショットガンへと得物を持ち替えた。装填されているのは、装甲をも容易く貫く特製の徹甲弾だ。
『さあ、見せてくれたまえ! 人間の足掻きを!』
スターマスケが仁王立ちになり、その身に『心に宿る秩序と勇気の力』をチャージし始める。全身から溢れ出す黄金のオーラ。おそらく60秒後に放たれるであろう絶技――『コスモミラクルスーパーノヴァパーンチ!』の予兆だった。
「逃がさないわよ……レクレール、フル加速!」
摩巳はバイクに跨がると、タイヤを悲鳴させながらスターマスケの周囲を旋回し始めた。レクレールの電子頭脳が最適解を弾き出し、機動性を最大限に発揮する。スターマスケの拳がチャージを完了するまでの死のカウントダウンの中、摩巳は近距離から重ショットガンの引き金を連射し続けた。――腹に響くような爆音と共に徹甲弾が放たれる。至近距離からの容赦なき射撃が、スターマスケの強靭な筋肉に次々と着弾し、火花を散らした。チャージ中、彼は一切の回避を行わない。受けたダメージはチャージ後に適用されるという特性を過信し、彼は不敵な笑みを浮かべたまま弾丸の雨を浴び続けている。
「——五、四……今よ!」
摩巳は、怪人の右拳に集う光が臨界点に達するのを一瞬早く察知する。レクレールのハンドルを強引に切り、限界までスロットルを開放。爆風のような加速で、彼女はスターマスケの近接範囲から一気に離脱した。
『ハッハッハーッ! 逃がさんぞ、秩序と勇気の爆発を喰らえい!』
——轟音。スターマスケの拳が空を叩き、文字通り銀河最大の爆発がステージを包み込んだのだ。だが、そこには既に摩巳の姿はない。
「……ハァ、ハァ。まともに受けてたら、身がいくつあっても足りないわね」
砂煙の向こう側、間一髪で爆心地から逃げ切った摩巳が、再びショットガンを構える。彼女の冷静な一撃が無敵を誇る怪人の「余裕」に確実な亀裂を刻んでいたのだ。
◆決戦、偽りの未来を越えし、白銀の方舟と知恵の翼
イベントステージは、一つの|宇宙《コスモ》と化していた。黄金のオーラを噴き上げるスターマスケの咆哮が、大気を震わせ、周囲の空間を歪ませる。彼は絶技を放った直後、その圧倒的な破壊力の余韻に浸りながら、歪んだ瞳の奥で愉悦に満ちた目を光らせていた。
『ハッハッハッ! 素晴らしい、実に素晴らしいぞ、諸君! だが、私の『星詠み』はさらにその先、君たちが力尽き、絶望に染まる未来を捉えている。君たちの足掻きすらも、私にとっては最高のスパイスに過ぎんのだよ!」
その傲慢な宣言をどこかおどけたフクロウと冷徹な機械音との声が同時に切り裂いた。
「ほうほう! 敗北込みの星詠みをして事を進めようとは。生の輝き対する狂気めいた執着を感じるほ」
「星頭……オモシロ怪人にしか見えないですが。失敗も前提に覚醒を狙うなど、ずいぶん自惚れが過ぎますね。」
ステージの袖から静かに歩み出たのは、白銀の装束を纏ったノア・レムナント。そしてその肩には、ウィザードロッドを小脇に抱えたオーリン・オリーブらしき存在が、鋭い眼光を湛えて止まっていた。
「しかし、汝の言う『予知』など、我輩の知恵の前ではただの落書きだほ! 未来は今が作り上げるものだほ。星詠みで勝ち誇りおって、こっちの予知情報なんか、ジロウが爆散して悲惨なことになる最悪の結末だったんだほ! その心労の恨み、今ここで晴らしてやるほ!」
二人の介入者——運命の分岐点を守るために現れた者たちの登場に、スターマスケの笑いが止まる。彼は不敵に鼻を鳴らすと、その巨躯を一段と膨張させた。
『面白い……ならば、その自信ごと粉砕してくれよう!』
スターマスケが吼える。まず彼が狙いを定めたのは、肩に止まった生意気なフクロウらしき、オーリンだった。
『私の心に宿る秩序と勇気の力、チャージ開始だ! コスモミラクルスーパーノヴァパーンチ!!』
スターマスケの全身から、溢れんばかりの黄金のエネルギーが噴き出す。一分後に放たれる銀河最大の爆発拳。その圧倒的なプレッシャーが、オーリンを押し潰さんとする。だが、オーリンは動じなかった。
「汝の狙い、筒抜けだほ! ——『ハンティングチェイス』、本領発揮だほ!」
オーリンは空中で羽ばたく音さえ消し、存在感を希薄にさせて周囲へと溶け込んでいいくと、オーリンの存在ははじめからなかったかのように掻き消える。肉眼以外のあらゆる探知を無効化する、不可視の狩人としての真骨頂。スターマスケはオーリンの現在地を捉えようとするが、魔術的・機械的な探知を一切拒絶するその能力の前に、彼が事前に予知していた内容との精度が狂い始める。視覚に頼ってる以上、そもそもあそこにいたフクロウがオーリン自身であったとも限らない。
「乃亜さん……いえ、ギャラクシー・ノアさん。私が支援しますので、十全に力を発揮してください。あ、あとそちらの……えーと、レトロなロボの方も無理をなさらずに?」
ノア・レムナントが静かに宣言すると同時に、彼女の背後に展開されたが重厚な銃砲が駆動音を鳴らした。
「S.Link-SYSTEM【No-Α】——支援モードへ移行。これより全力でサポートいたします」
その瞬間、乃亜とジロウの意識に、ノア・レムナントの人工知能が直接リンクされる。視界にリアルタイムで流れるスターマスケの行動予測。それを見たスターマスケは、自身の戦略を瞬時に切り替えた。オーリンのチャージを待つよりも、この「支援の核」を潰すべきと判断し、彼は自らの姿を変貌させたのだ。
『小賢しい知能などこの速度の前には無力! ——スピードスターフォーム!!』
スターマスケが超高速流星モードへと変身する。その全身は青白いプラズマに包まれ、速度と爆発力が跳ね上がる。彼はハイパーステラナックルを構え、光の筋となってノア・レムナントへと肉薄した。
「殲滅を開始します」
ノア・レムナントは乃亜を庇う位置取りを崩さず、ブローバック・ブラスター・ライフルを全開にし、億千万の光の粒がステージを埋め尽くす。それはスターマスケを傷つけるためだけではなく、超高速で移動する彼の軌道をミリ単位の演算によって限定させるための檻だ。
『ハッハッハーッ! 無駄だ! 私は見えているのだよ、その砲火の隙間が!』
スターマスケが流星の如き速度で弾幕を潜り抜け、ノア・レムナントの胸元へナックルを叩き込もうとする。だが、その刹那、ずっと探知不能の状態で死角に潜んでいたオーリンが動いた。
「時間という長距離を経たターゲット……今だほ! バックアタックだほー!」
ハンティングチェイスを維持したまま、真空の刃となったオーリンが、スターマスケの予知の空白を突いて激突した。――「心労の恨みだほー!」と言うや否や衝突と杖の殴打の嵐。
『ぐ、ぐ、ぐ、ふぉっ!? どこから……気配が、なかっただと!?』
急所を直撃され、超高速移動のバランスを崩すスターマスケ。その瞬間、ノア・レムナントの『S.Link-SYSTEM』が乃亜とジロウに「必勝のタイミング」を告げた。
「オイラの……子供たちを守るための、フルパワーだぁぁぁ!!」
ジロウが最後のリミッターを解除し、ボロボロの腕を振り上げた。オーリンが作り出した隙、ノア・レムナントが導き出した座標。そこへ、ジロウの守護の鉄拳が、そして乃亜の魔力を込めた一撃が重なる。
「私は、もう迷わない! ギャラクシー・スターライト・ノヴァ!!」
乃亜の放った銀河の煌めきが、スターマスケのスピードスターフォームの装甲を内側から焼き切り、彼の誇るを予知を物理的に粉砕したのだ。
「――吹き飛ばすと言いましたね。一掃します」
ノア・レムナントがすべての砲門を固定し、一斉掃射。ジロウの鉄拳、乃亜の覚悟、そしてオーリンの執念。四つの力が交差し、極大のエネルギー奔流となってスターマスケを飲み込んだ。
——全体を震わせる爆発。閃光と爆煙がステージを完全に包み込み、視界は白一色の世界へと書き換えられたのだ。
『…フ、ハハ……。流石だ、ギャラクシー・ノア。私の予知の向こう側に…これほどの……』
煙の奥から掠れたスターマスケのバリトンボイスが響く。だが、その姿は濃密な爆煙に遮られ、どこにいるのか、あるいは立っているのかさえも判別できない。だが乃亜たちが放った一撃は、確かに怪人をその光の渦へと飲み込んだのだ。
「ふう、今日も平和が守られたほ!」
オーリンは、煙の立ち込める地面をウィザードロッドでと数回べしべしと叩いて残った鬱憤を晴らすと、乃亜の隣に着地した。そして、乃亜が練習していたあの決めポーズを、実に楽しそうに真似してみせる。
「乃亜、いい決めポーズだほ。我輩も決まってるほ?」
ノア・レムナントは、静かに砲塔を粒子へと還すと、乃亜とジロウに向かって一礼した。
「乃亜さん、ジロウさん。素晴らしい連携でした。これこそが、計算を超えた『輝き』…。爆発の煙に紛れ、姿は確認できませんが、怪人に大きなダメージを与えた事実に変わりはありません」
乃亜は、ボロボロになったジロウの手に優しく触れ、仲間たちを見上げた。
「ありがとう…。私、やっと分かったわ。完璧なポーズよりも大切なのは、こうして誰かのために、誰かと一緒に一歩踏み出すことなんだって」
——夕闇の空に本物の星々が輝き始める。まるでそれは、彼女の本当の物語のはじまりを告げるかのように。
◆決戦:銀河の残響と紅蓮の爆炎
光の渦が収束した頃、爆心地から巻き上がった濃密な砂煙を切り裂き、傷だらけな、しかも顔面の一部が崩壊したスターマスケが再び姿を現した。
『ハッハッハ! まだだ! まだ私は輝けるぞ!』
——だが、彼は笑顔を崩さなかった。それに驚愕する一同だったが、それと同時にオレンジ色の閃光がステージの中央へと躍り出る。
「…うわ、変な顔」
|火宮・焔雀《ひのみや・えんじゃく》は、仮面の怪人を一瞥して吐き捨てた。その背後には、満身創痍で駆動音を鳴らすジロウ・ボンバード、そして銀河の杖を握りしめた乃亜が立っている。
「声だけだったら、まあアリなんだけど。……っと、そんなことよりも、そんな自分勝手許さないんだから! あんたも、あんたのシナリオも、あたしがギッタンギッタンにしてあげるっ!」
焔雀は、傍らに立つ乃亜を振り返った。その瞳には、既に「守られるだけの少女」の面影はない。
「乃亜、まだあんたも戦えるんだよね? だったら、一緒にやろっ♪ 思い切り暴れちゃおうっ♪」
「……ええ。私は、銀河の一等星。このステージの主役だもの!」
二人の少女が、荒れ果てたステージの中央で敢えて背中を合わせた。一人は銀河の魔法を宿した杖を掲げ、一人は仙衣の裾を翻す。練習で何度も繰り返した、最高に自由で挑戦的な「決めポーズ」を二人で同時に完成させた。
「銀河の一等星、ギャラクシー・ノア、いっきます!」
「紅蓮仙姫、火宮・焔雀、参上だよっ!」
二人の意志が共鳴した瞬間、乃亜の杖から|銀河《魔法》のフィールドが展開された。重力を中和し、空間の密度を最適化する魔法の光。その恩恵を全身に受け、焔雀の神経加速が本来の限界を越えた。
「見逃さず、ついてこられる? ——|超刻駆動《チャオコー・チュードン》!」
焔雀は乃亜が作り出した光の道の上を滑るように駆け抜けた。スターマスケの巨腕が空を裂くが、加速した彼女には届かない。気功を練り上げた拳に全霊を込め、怪人の脇腹へと貫通攻撃を叩き込む。
「一分後にはちゃんと効いてくれるんでしょ? だったら、無駄じゃないよね!」
スターマスケの能力特性、ダメージ蓄積後の解放。だが、焔雀は止まらない。一分後に訪れる破滅的な反撃を承知の上で、彼女は「今」この瞬間の連撃を積み上げていく。
『ハッハッハッ! 良いぞ! もっとその銀河の、魂の輝きを私にぶつけてこい!』
スターマスケの黄金のオーラが臨界点に達する。ついにチャージが完了した。
『いくぞ、銀河最大の爆発力を喰らえい! コスモミラクルスーパーノヴァパーンチ!!』
——凄まじい爆発。ステージ周辺の空間そのものが震え、床が消失するほどの衝撃波が襲う。
「乃亜、こっちっ!!」
焔雀は咄嗟に乃亜の前に躍り出た。鉄壁の構えを取り、受け流しの極意で衝撃の波動を逸らす。同時に、乃亜もまた全魔力を盾に変え、焔雀を背後から支えた。二人の力が重なり合い、絶対的な破滅を押し止める。
「くっ…!? 銀河最大の爆発力を持つ拳ってのは、やっぱすごいのね…っ」
煙の中から現れた焔雀は、仙衣を焦がし口端に血を滲ませながらも笑っていた。
「……でも、そんなもの連打は出来ないよね?」
スターマスケの動きが一瞬、硬化した。絶技を放った直後の空白。エンはその一瞬に、残された全ての仙術エネルギーを注ぎ込んだ。
「教えてあげる、女の子は暴れたいのっ! ——|絶掌・火焔百合《ゼッショウ・フオイェン・バイホー》!」
超刻駆動による加速が再び世界を静止させる。乃亜が放つ銀河の光線がスターマスケの視界を奪う中、焔雀は至近距離から無限の連撃を叩き込んだ。一撃。空を裂く回し蹴り、二撃、宝貝袋から引き抜いた五火神炎扇が開き、三昧真火の劫火が怪人の顔面を焼く。三撃、流れるような身のこなしで放たれる貫通の膝蹴り。四撃、投擲された乾坤圏2.0が、超小型エンジンの唸りを上げてスターマスケの背後から襲いかかり、首元を狙い撃つ。
『ハハッ! 素晴らしい手数だ! だが、このスターマスケ、|銀河の終焉《ビッグリップ》まで妥協無し! 止まるわけにはいかんのだよ! |星《スター》だけになーっ!!』
スターマスケが唸り、巨腕を振り回して反撃を試みる。しかし、エンは空中で重力を無視した軌道を描き、さらにその剛腕をいなし連撃の手を緩めない。乃亜が学んだ「リズム」に焔雀は魂の叫びを乗せていく。スターマスケが次のチャージに入る暇すら与えず、紅蓮の連撃が怪人の不遜な自尊心をも徐々に打ち砕いていく。
乃亜は、目の前で繰り広げられる武器と技能の万華鏡のような戦いに目を奪われていた。ただ闇雲に力を振るうのではない。相手の隙を作り、武器の特性を使い分け、リズムを刻むように攻撃を積み上げていく。
(……ダンスと同じだわ。隙を作らせない。自分のステップに相手をハメ込む!)
乃亜の頭の中で、アイドルとしての表現力と、魔法少女としての戦術が火花を散らして融合していく。
「そんなに乃亜の輝きが見たいなら、好きなだけ見ると良いよ」
エンの最後の一撃が、スターマスケを空高くへと蹴り上げた。
「だけど、勝手にステージに上がってくるようなら……あたしが蹴り落とすからっ!!」
空中で乃亜が放った巨大な銀河の奔流が、焔雀が蹴り飛ばした怪人を飲み込むと、遥か彼方へと吹き飛ばしたのであった。
――やがて砂煙が収まり、沈黙が戻ったステージ。焔雀は乱れた髪を払い、乃亜に向かって親指を立てる。
「…乃亜、最高のステージだったね。あんたの輝き、あたしもファンになっちゃいそうだよ♪」
「…エン。……ううん、紅蓮仙姫。次は、もっと完璧なポーズを二人で決めましょうね」
ボロボロになった少女二人は、崩れかけたステージの上で、自分たちだけの誇り高い笑みを浮かべたのだった。