『適当』な自分
テーブルの上に食事が放置されていた。
放置されているように見えるだけで、母が用意したものだとわかった。いつもこんな感じだから。
母は忙しいし、自分を嫌っている。
知っている。洗面所の前に立てば、『人間』の出で立ちが鏡に映った。
フォグル・ファルグストは黒狼の獣人。そのはずだ。けれど、人間の顔をし、人間の手足を持つ。耳や尻尾はなく、獣化部位も一つとしてない。人間の容貌を持つ獣人の子。
曾祖父が人間だったらしい。が、それだけの理由で母は我が子の容姿が獣人らしからぬことを受け入れられなかったのだろう。母は獣人だし、会ったことのない父も人間だったという話は聞かない。
獣人同士の間に生まれて、異種族の姿をしていたら、疎まれても仕方ない。幼いながらにフォグルはそれを理解していた。同年代の子供は近所にいるのに、誰とも仲良くはなれなかったし。
別にこれでいい。母のこれは育児放棄と呼ばれることで、世間一般からすれば褒められたことでないのかもしれない。だが、食事を与えてくれるし、新しい服や筆記具などを揃えるための金銭は定期的に与えられている。不便はないし、不満もない。
ただ、その日の食卓を見て、フォグルはほんのり首を傾げた。
いつもより一品多い気がしたのだ。そのせいかなんだか豪華に見える。
母の気紛れだろうか。一品多いのは奇妙だがうれしい。母の用意してくれるものはなんだかんだおいしいし。
そう深く考えず、食べ終えて、支度をしていると、家に誰か入ってきた。
大柄の男だ。
「どちら様ですか?」
知らない男。けれど強盗というわけでもなく、家の鍵を開けて入ってきた。父はいないし、家の鍵を持つのは自分と母だけ。
母が鍵を渡したのだろうか。
「えらく他人行儀だな。ああ、こうして会うのは初めてだからか。俺はお前の父親だ。お前を引き取りに来たんだ」
「そうですか」
わかりました、と特に抵抗はしなかった。
本当に父親かどうかはともかく、母が自分をこの家にいらないと判断したのだ。それなら別にいい。
母にとってどうでもいい存在だった。前からわかっていたことだ。今更ショックにも思わない。
父を名乗る男に連れて行かれた先では暗殺者として訓練された。褒められもしない。貶されもしない。ただこなすべき任務が淡々と積まれていくのが気楽だった。
喜びも笑顔も知らぬまま|欠落《なく》したとしても、自分はこれでいい。