シナリオ

痛ましき大団円にカタルシスを……

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●ある舞台女優の|葛藤《パトス》
「————うっ、はぁ……」

 悪夢にでもうなされていたのか。
 動悸と息切れで私が目を覚ますと、
 自分の嫌な汗でパジャマが濡れていた。
 最近は眠りの浅い日がやけに多い。
 明日の劇団の公演で主役を張るプレッシャーのせい?
 それともあれから一年経つからなのかな?
 私はキッチンの明かりをつけゆっくりと水を一杯飲む。
 深呼吸をして壁に掛けられたクリップボードの写真を見つめる。
 写真には上京したばかりの気の弱そうな私と、
 同郷からの親友だった彩美の陽気な笑顔が並んでいた。

「一緒にこの劇団で有名になろうね!」

 そう言っていつも私を励ましてくれた彩美が、
 事故で亡くなり明日でちょうど一周忌になる。
 そしてその日こそは皮肉にも、
 私の役者人生最大の晴れ舞台なのでした。

「ホントは消えて欲しかったんだろう?
 役者として引け目を感じるその親友に」

 これはやっぱり悪夢の続き?
 穏やかなのに冷たさの籠る言葉が、
 薄暗い部屋の中で私の頭に響く。

「違う……わ、私は!」

「違うって何がだい?」

「だって、あれは私のせいじゃない」

「それは、そうかもしれないね。
 でも、君のその苦しみは真実で嘘じゃない」

「じゃあ、私はどうすれば……」

「友と同じ夢を語り合った君だからこそ、
 次の舞台で苦しみをカタルシスに変えてやれ。
 そこで全ての苦しみを終わらせるのさ」

「あなたは一体何者なの?」

「君の役者としての完成を見届ける者。
 とでも言っておこうかな……」

 蠱惑的でどこか有無を言わせぬその声は、
 その言葉を最後に聞こえなくなりました。
 明日の大団円で私は彩美に対してどう臨むのか。
 決着を裁定を私自身に下さなければならないのでした。

●痛ましき悲劇を|逆転《ペリペテイア》せよ
「よう、集まってくれてありがとな」

 金菱は集まった√能力者たちに軽く挨拶をする。

「今回の予兆はある劇団の花形女優『伊川結衣』。
 彼女が晴れ舞台で突然自殺し大団円が血に染められる。
 そんな悲劇的結末に誘導しようと『悲劇創作者ディトラ』が、
 企んでいる光景が見えたんだが……」

 金菱は少し考えこんで言葉を紡ぎ出す。

「伊川結衣は世間の注目を浴びる舞台劇の花形。
 そして彼女は過去に何らかの過ちを犯してしまった。
 あるいは事実はどうあれ自分のせいでという、
 罪悪感を心の内に引きずっちまっているらしい」

 アリストテレスの『詩論』曰く悲劇の定義とは、
 栄光にある人物がある過ちを犯してしまい結果、破滅する。
 観る者には痛ましさ恐ろしさを感じさせる物語だと言う。

「古代のギリシャ悲劇って訳じゃないが、
 まさに今回ディトラが付け入るための、
 悲劇の構造が見事に揃っちまってる訳さ」

 後は絶妙のタイミングを狙って結衣の、
 背を押してしまえば結衣は坂道を転げ落ちるのみ。
 それを見てディトラは暗いカタルシスを味わうのだろう。

「お前さん達は伊川結衣に手を差し伸べて、
 悲劇的結末を回避するよう動いてくれ。
 もしかしたら何かの勘違いか擦れ違いで、
 伊川結衣が自身を追い詰めている可能性だってある。
 自分の書いた筋書き通りに事が動かなければ、
 いずれディトラ自身が出てくるはずだ」

 運命の逆転により栄光から絶望のどん底に落ちるのが、
 悲劇と言うのなら運命をもう一回転させて、
 希望を灯すこともできなくはない。

「数多の悲劇を防いできたお前さんたちなら、
 今回の悲劇もひっくり返すことだってできるさ。
 それでは諸君らの健闘を祈る……」

 金菱はどこかしめやかに一同に敬礼をしてみせる。

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第1章 冒険 『Restart』


一樹・奏
伽草・結葉

一樹・奏(真実に毒を盛る者・h12892)は、偶然迷い込んだ劇場の裏手で結衣の窮地を察し、陳腐な悲劇の筋書きを上書きすべく探偵の顔を作る。
奏に続いて助手の伽草・結葉(名探偵の右腕(予定)・h12857)が、
おずおずと奏の影に寄り添うように付いて行く。
二人が伊川結衣の楽屋の前まで来ると、大柄なスーツ姿の男が二人の前に立ちはだかる。

「なんだあんた達は?今、公演前で忙しいんだ。
 伊川結衣へのサインなら後にしてくれないか」

どうやら彼は、伊川結衣のマネージャーらしい。
奏は慣れた手つきで偽名刺を丁寧に出し、営業スマイルを浮かべ15度の角度でおじぎをする。

「お忙しいところ失礼します。私どもこういうものでして……」

「そういうことなら……まぁ手短に」

偽名刺を受け取ったマネージャーは見えざる力動かされるように、楽屋のドアから離れる。

「お時間は取らせませんよ」

「どうも、失礼しまぁす」

奏は堂々と楽屋へ潜入を果たし、続く結葉は恐縮したように楽屋へと入る。

「貴方達は一体?」

公演前の緊張かそれ以外のストレスからか、伊川結衣の繊細そうな美貌は少しやつれていた。
そんな結衣に奏は深く同情した顔で接触する。

「結衣さん、お忙しい中失礼します。私たちは彩美さんの死の真相を追う探偵です」

涼し気な表情で隙のない笑顔を浮かべる奏だったが、そこは相手も演技においてはプロ。
奏から胡散臭い雰囲気を感じ取ったか、結衣は警戒した様に表情をこわばらせる。

「彩美さんって、どんな人だったんですか? 結衣さんと、どんな夢を……?」

そんな結衣の心情を知ってか知らずか、結葉が純粋に相手を心配している眼差しを浮かべる。
結葉は結衣に親友との思い出や過去の想いを自然に聞き出そうとする。

「彩美はよく笑う子だったわ。
 私が稽古で辛い時も『二人で一緒にスターになろーっ』て口癖のように言ってた。
 今回の主演の役だってホントは一年前の公演で彩美がやる予定だったの。
 私は役者として芽が出なくていつも彩美に励まされてばかりで、
 それがあんな事故が起きたせいで……」

結葉の純真そうな瞳を見て警戒が解けたのか、結衣はポツリポツリと彩美との記憶を語り出す。
やがて押し殺して来た感情があふれ出したか、結衣の目じりから涙が滲み始めていた。

「それはさぞお辛かったでしょうね。心中お察し申し上げます」

奏は心にもない言葉を吐きながら、頭の中で奏は結衣の人物像をプロファイルしてみせる。
明るく才能のある親友と比較し常に引っ込み思案な性格。
責任感は強いが悩みを自分の胸の内に抱え込み沈んで行くタイプ。
親友の死をきっかけに相談できる相手がいなくなり、かつ罪悪感からかその傾向が更に悪化してしまったと奏は見る。
そこまでの分析を終え奏は、沈痛そうな表情で懐から『|黒革の真実録《ただのメモ帳》』を取り出す。

「実は、結衣さんに宛てた彩美さんの手記が見つかりましてね」

今相手が望むであろうセリフを、奏は即興で組み立て口を開く。

「『結衣、私の分まで最高の大団円を迎えて。あなたの輝く姿を特等席で見るのが、私の本当の夢だから』

奏は役者顔負けの切なげな朗読で白紙のページを淀みなく読み終える。
そして、少し間を置き今度は葬儀屋のような厳粛な顔を張り付かせる。

「……ええ、彼女はあなたを恨んでなどいませんよ」

奏の迫真の演技に結衣よりも先に結葉が息を呑む。
そして結葉は疑うことなく大粒の涙をこぼす。

「うぅっ……彩美さん、結衣さんのこと本当に大切だったんですね!」

奏は、嘘を真実と信じ大号泣する結葉を横目に結衣へハンカチを差し出す。
助手の涙で疑う余地を奪い、心地よい嘘で彼女の思考を誘導する。
自らのプロファイルと共にその作戦も成功を収めたようだ。

「彩美っ……!」

純真な結葉の涙に感化され、結衣もまた涙腺が決壊し目頭を押さえ始める。

「彩美さんの夢、結衣さんが叶えなきゃダメですっ! 最高の舞台にして、天国まで届けましょう!」

涙を流し気持ちも晴れた結葉が、真っ直ぐな瞳と熱い言葉を結衣にぶつける。

「分かったわ、まだまだ力不足かもしれないけど最後までやり切ってみる!」

劇団の看板女優、伊川結衣もまた前を向き始めたのだった。

番田・陽葉

「辛そうな顔だべさ。花形女優さんがそんな顔しちゃダメだべよ?」

番田・陽葉(はぐれ 熊猫パンダ純情派・h10140)は、堅い表情の結衣の緊張をほぐすように優しく話しかける。
朗らかな声に結衣が振り返ると、割烹着を着た大柄なパンダという陽葉の姿に面食らう。

「え、パンダ?今日の演目にパンダの役なんてあったかしら……」

「あ、わだすは前座を担当する着ぐるみだべよ♪」

陽葉は唖然とする結衣を適当に言いくるめる。
結衣はパンダに割烹着と言う陽葉のビジュアルに興味を抱いたのか目を丸くしていた。
ほっこりとした陽葉の出で立ちは、少なくとも悲劇に出て来る配役としては縁遠い存在ではある。

「そ、そうなんだ。よろしくパンダさん」

「わだすの事は、陽葉でいいべ。さ、温かい熊笹茶でも飲んでリラックスするべさ」

陽葉はお盆に乗せた湯呑をそっとテーブルの上にのせる。
葉緑素の香る茶の匂いが強張った結衣の心を少しづつ解いてゆく。
結衣は一呼吸整え熊笹茶を一口含む。

「スタッフのみんな言ってたべ。大変なことがあったのに結衣ちゃんは頑張ってて凄いって。みんな結衣ちゃんを信頼してるんだべね」

茶を一口飲み下し、結衣は強張った体全体を緩ませるようにため息を吐き脱力する。

「そうかな……私の演技は彩美に比べればまだまだだし」

まだかつての親友への後ろめたさを抱える結衣に陽葉は優しく首を振る。

「そのお友達がどんな人かは知らんけど、結衣ちゃんは結衣ちゃんだべ。そんで、わだすも結衣ちゃんの演技を楽しみにしてるべ。大丈夫!あんたの演技は想いのこもった本物……なんも気に病む必要はないんだべ」

「分かった。もう誰かと比べて自分を卑下するのは止める」

熊笹茶を飲み切った結衣が晴れやかな気持ちで席を立つ。
陽葉おすすめのお茶のデトックス効果は絶大。
それ以上に、伊川結衣は役者としての自分に目覚めたのであった。

「そうそう、その意気だべ」

役者魂を取り戻した結衣に陽葉が微笑む。
今日は彼女にとっての晴れ舞台。
それに今は亡き親友のためにも、今日の公演は誰にも邪魔はさせない。

第2章 集団戦 『トモビキ』


●友の命日に喪服のパレードを

「コンコン……」

そろそろ公演開始が近いのか楽屋のドアを誰かが叩く。

「はい、今行きます」

既に舞台に上がる衣装もメイクも万端だ。
結衣は意を決してドアを開ける。

「本日は、惜しい人を亡くされました……」

不吉で淀んだ声が部屋に響く。
結衣の目の前には首なしの喪服たち。
そして、喪服たちの手には見覚えのある遺影があった。

「あ……彩美」

共に夢を語り志半ばで倒れた親友の、彩美の顔。
そんな彩美の明るく丹精な顔が遺影の中で苦痛に歪んでゆく。
夢、希望、友情の色彩がどす黒く塗り潰される。

「どうぞこちらへ……どうぞこちらへ……」

次々と押し寄せる喪服のパレードが、生者である結衣を後追い自殺の沼へと引きずり込もうとする。
遂に、悪趣味な悲劇が蠢き出す。ならば、その自死のシナリオを阻止するのみ。
大団円に至る道に喪服のパレードなど不要であると。
一樹・奏
伽草・結葉

「彩美が……苦しんでいる」

親友の遺影を持って現れた喪服のトモビキたちを前に、結衣は再び絶望の底へと叩き落される。
そんな結衣とトモビキ達の間にゆるりと奏が割って入り、悪趣味な遺影が結衣の視界に入らないよう遮る。

「あれは悪質なエキストラです。貴女が気にする必要はありませんよ」

奏は動揺する結衣を気丈に言いくるめ、トモビキ達の『後追いを求める執念』から気を逸らさせる。

「そうです。それは彩美さんじゃありません、ただの偽物ですっ!」

結葉もまた、結衣を喪服のパレードから守るため楽屋の入り口に立ち塞がる。

「どうぞこちらへ……」

トモビキ達はお構いなしに楽屋の中へと押し寄せる。
が、奏は予めドア付近等の侵入経路へ『見えない蜘蛛の糸(極細ワイヤー)』を張り巡らせていた。
何体かがワイヤーに絡まりつつもワイヤーの防衛線を突破したトモビキが血のゲリラ豪雨を呼び寄せる。
結葉はハイカラな革靴で楽屋内の床と壁を蹴り上げ、持ち前の俊敏さで駆け回り血の豪雨を見切り回避してゆく。

「結衣さんと舞台は、助手の僕が……一歩も通しませんっ!」

トモビキ達との間合いを詰めた結葉が、狐の尻尾でトモビキ達を一挙に薙ぎ払う。
その後方では奏が結衣を庇いつつも結葉の攻撃を潜り抜けて来たトモビキ達の足や首に、ワイヤーを絡め進撃を阻止する。

「どうぞこちらへ……ご友人がお待ちです」

トモビキ達は、執拗に遺影を掲げ結衣を自死へと引き込もうと諦めずに肉薄する。

「やっぱり、私が生きて居ちゃ……彩美は」

「結衣さん。遺影を観ちゃダメです!」

怯える結衣に結葉がまっすぐに声を張り上げる。
そして結葉は臆することなくトモビキ達の掲げる遺影を直視する。
結葉は紅葉色の組み紐の一撃でその悪趣味な遺影を敵の手から弾き飛ばす。

「お引取りを。この程度の三文芝居、私の推理通りですよ」

残ったトモビキに、奏がステッキ先端に仕込んだスタンガンで鮮やかに止めを刺す。
執拗な喪服のパレードを追い返した後は、この三文芝居のシナリオを書いた脚本家にも舞台から退場願おう。
大団円に続く道は生者の栄光であって死者の悲劇ではないのだから。

番田・陽葉

「ファンの方だべか〜?うちの花形女優にお手を触れるのはやめて下さいだべ!」

陽葉は戦闘用杓文字を振りかぶり結衣と喪服達の間に割り込むように介入する。

「伊川結衣様のご友人がお待ちです。どうぞこちらへ……」

立ちはだかる陽葉の巨体を擦り抜けようと、喪服のトモビキたちは蠢き出す。

「結衣ちゃん。今からタチの悪いファンたちにちょっとお灸を据えるから離れててもらえるべか?」

遺影をもって現れたトモビキ達を前にして、不安を募らせる結衣に陽葉は力強く頷く。
楽屋から結衣を独りで逃がしても逃げた先でまた新たな刺客が待ち構えてるかもしれない。
ならば、自身の目が届く楽屋の隅でじっとしてもらうほうが安全だと陽葉は判断を下す。

「えっ……は、はい。でも」

流石に多勢に無勢ではないか、と結衣は陽葉の身を案じているようだった。
そんな結衣に陽葉は心配ご無用とばかりにカラッと笑ってみせる。

「大丈夫。おばちゃんは守りながらの戦いに慣れてるべ」

執拗に結衣に迫ろうとするトモビキ達の攻撃を、陽葉は中華鍋の盾受けで防ぐ。
束になって陽葉の鉄壁の守りを押しのけようとするトモビキたちを、
結衣を庇いながらも陽葉は戦闘用杓文字で払い除けてゆく。

「はい!お帰りはあっちだべさ」

更に陽葉は笹葉の矢を放ち敵の方向感覚を狂わせる。
動きが鈍った喪服たちの隙を逃さず、陽葉は力士の如く四股を踏む。
そのまま巨体を活かした陽葉のぶちかましが決まり、トモビキたちは部屋の外へと豪快に吹き飛ばされる。

「さよなら〜!」

未来ある若き女優に悪い虫が付かないように、陽葉は塩を撒いてから楽屋の扉をドバンと締め切るのだった。

クラウス・イーザリー

「同じ夢を語り合った亡き友のため……か」

クラウス・イーザリー(太陽を想う月・h05015)は、
親友を失った境遇の結衣にかつての己を重ねる。
あいつはいつも太陽のように周囲を照らす存在だった。
伊川結衣にとっての彩美という親友も、そんな憧れの存在だったのかもしれない。

「どうぞこちらへ……ご友人が幽世にてお待ちです」

喪服を着たトモビキ達が暗闇へと結衣を引きずり込もうと魔手を伸ばす。

「前を向いて歩き始めた人の邪魔をするのは、やっぱり許せないな」

クラウスが魔力兵装を刀型に構え、結衣を庇うようにしてトモビキ達に立ちはだかる。
突然の介入にトモビキ達は今度はクラウスにぼやけた遺影を手向ける。

「うっ」

瞬間、遺影の表面が燦然とした太陽の如く輝いて見えた。
焼けつくような沈黙が、クラウスの額を焦がし更に痛む目を抉った。
今にしてみれば全てが始まったのは彼の死だったのかもしれない。
クラウスは額に溜まった汗と太陽の幻影を振り払う。
偽りの戦友の遺影を抱えたトモビキごと、クラウスは虚影斬で迷いを一閃に斬り捨てる。

「引きずってゆくさ。俺は!お前たちに見せられなくても」

既にトモビキ達は、太陽の光に照らされた夜の残り香のように消え去っていた。

「あの、どうも。助けて頂いてありがとうございます……」

結衣がおずおずとクラウスに礼を言う。
彼女にも誰かに助けられてしまった負い目があるのかもしれない。

「気にしないで、太陽のように咲く華もあれば月のように咲く花だってあるんだから」

燦然と輝く太陽のような演者になれずとも、月には月に輝き方がある。
その輝きを貫いて行けるのなら自然と大団円の道は見えるのだった。

第3章 ボス戦 『悲劇創作者『ディトラ』』


●苦悩を突き抜けて|大団円《カタルシス》へ

「彩美、私の舞台……特等席で観ていてね」

今回の主演女優の伊川結衣は天を見上げ自身の舞台に集中する。
やがて舞台は佳境に入り役者たちの熱演に人々は息を呑む。
舞台の大団円が近づく。

「伊川結衣、なかなかの逸材だよ。僕も彼女の才能を見込んで、今回の悲劇的シナリオを練るのに結構寝ずに考えたんだけどね。その筋書きは、君たちに台無しにされてしまったよ」

看板女優の結衣の自殺でこの舞台は幕を閉じる。
そんな脚本を書いた張本人のディトラが自嘲的に肩をすくめる。

「まぁ、古い悲劇では『この世のきわに至るまで何人をも幸福とは呼ぶなかれ』とも言う。だから、最後にどんでん返しがあっても良いだろう?君たち能力者も含めて舞台全体が悲劇に染まり堕ちるという形でね……」

悲劇創作者ディトラが冷笑を浮かべ√能力者たちに立ち塞がる。
舞台の最後を飾るのは悲劇か、それとも大団円か。
惜しみないカーテンコールは誰がために上がるのか?
番田・陽葉

「あんたが黒幕だべね?」

遂に姿を現したディトラを前に陽葉が仁王立ちで睨みつける。

「いかにも、僕こそは影のシナリオ監修と言ったところかな」

芝居がかった口調でディトラが陽葉に言葉を返す。

「ラストは結衣ちゃんの自殺でジ・エンド…だべか」

「おや、お気に召しませんか?なかなかの不条理な大作悲劇だと思うのですが」

憤然とした表情の陽葉を前にしても、ディトラは悪びれる事もなく自身のシナリオに酔いしれて見せる。

「それはちっとも面白くねえラストだべな。
 あんたのお話はどこのシーンも暗くてつまんなくて眠くなるべ
 もう一度、お話作りのノウハウってのを学んだ方がいいと思う…べっ!」

そう言い終わる前に陽葉は、ディトラに飛びかかり戦闘用杓文字を大きく振りかぶっての重量攻撃をかましていく。

「おっと、ご観劇中は大人しく願いますよ」

ディトラは身を翻し陽葉の攻撃を回避する。
初撃が空振りに終わっても陽葉は狼狽える事無く√能力を発動させる。

「結衣ちゃんの心の傷にこれ以上つけ込ませねえべ!」

陽葉はディトラの死角へとダッシュで移動し笹の葉ビンタで牽制する。
咄嗟にディトラは手にした虫籠を盾代わりにその攻撃を防ぐ。
虫籠からは蠱惑的な匂いの蜜があふれ出し、その凝縮された不幸が再現される。

「他人の悲劇は蜜の味。邪魔立ては許しませんよ」

「さっきから悲劇悲劇ってあんたほんとにしつこいべ!」

蜜に篭められた不幸の再現での攻撃を、陽葉は中華鍋で防ぎ切る。
未来ある看板女優の希望を、ここで摘ませる訳にはいかない。

「おばちゃん、結衣ちゃんにはハッピーエンドを迎えて欲しいんだべ!」

陽葉は中腰の姿勢で踏ん張り、鍋越しにディトラの攻撃を力任せに押し退ける。

「なにっ!?これは、強情な……」

余裕の冷笑を滲ませていたディトラの表情が初めて崩れる。
陽葉の不屈のやさしさが背中で語っていた。
他人の不幸を貪る輩にわだすは負けはしないのだと。

冬夜・響

「ボクが書いた悲劇のシナリオは変えられない。大団円など叶わぬ希望さ」

なおも大団円を、伊川結衣の自殺で悲劇に塗り込めようとディトラが立ちはだかる。
冬夜・響(ルートブレイカー・h00516)は右手に力を込める。

「僕がするべき事は、この一撃のみ……!」

シナリオのト書きを片手に、新たに能力を発動させようとディトラは目論む。
響は咄嗟に右の掌を振り上げディトラを横から跳躍し勢いよく殴りつける。
殴られたディトラは舞台袖へと弾き飛ばされ、ルートブレイカーの発動により妨害工作もまた未遂に終わる。

「あくまで悲劇的結末に抗おうと言うのかい?小癪な真似を……」

またしても√能力者による邪魔が入りディトラは忌々しく顔を歪める。

「僕の役割は、ここまでだ」

隙のできたディトラに対し、響は追撃をせずにヒットアンドアウェイで舞台から消え去る。
既に後続の√能力者がここに来るはずである。
悲劇の妄執の権化たるディトラを倒し、舞台が大団円を迎えるのはもう少しであると響は信じた。

伽草・結葉
一樹・奏

「まだだ……まだ、物語の幕は下りていない。僕はこの舞台を悲劇で終わらせて見せる」

影のシナリオ監修を自負するディトラがなおも諦めずガラスペンを走らせ、特上の悲劇的結末を書き綴って行く。
あくまでも悲劇を展開しようとするディトラの前に、一樹と結葉がその妄執を止めるため優雅に歩み出る。

「どんな悲劇も、僕の先生が全部ひっくり返してくれますっ!」

結葉は純真そうな緑色の双眸で隣に立つ一樹を見上げ、絶対にして無垢なる信愛を向ける。
そんな力強い結葉の言葉に、一樹はゆるりと頷く。
更に一樹は、探偵らしく仕込みステッキを片手にちっちとディトラを挑発してみせる。

「さあ、解決編の幕開けです。ご都合主義な悲劇の脚本は、私が|破棄《ボツ》にしましょう」

「今回の、悲劇的結末は誰にも邪魔はさせはしない。伊川結衣は友への罪悪感に打ちひしがれ舞台の最後で自死を遂げる!」

ディトラがガラスペンで自らが計画した悲劇的結末を書き綴ってゆく。
その攻撃を予測していた結葉は、革靴を蹴って俊敏に駆け回りディトラの狙いを引き付ける。
ガラスペンからの幻影による攻撃を結葉は探偵刀で弾き防いで行く。
結葉は、なおも悲劇の執筆を止めようとしないディトラへ紅葉色の組み紐を放ち動きを阻害する。

「先生、今です。とびっきりの解決編をお願いします!」

これでお膳立ては整った。
あとは名探偵の推理を待つばかり。
動きの止まったディトラに一樹がスーツを翻し肉薄する。

「さて今回の貴方の悲劇の脚本とやらですがね……悲劇に陥るはずの結衣さんは今回何も過ちを犯していない。これでは、悲劇的な痛ましさが生まれませんよ」

「なっ、なに!」

滔々と、シナリオ演出の破綻を語る一樹にディトラは顔を曇らせる。
饒舌になった一樹が、更にディトラの心を折りに掛かる。

「でもまぁ、どうしても過ちがあるとすれば……彼女の過剰な善性ですかね。結衣さん自身は親友である彩美さんに対して何も加害行為をしていない。にも拘わらず心優しい彼女は、自分のせいで彩美さんが死んでしまったのではないか?と心のどこかで思ってしまった。結果、貴方のような存在が付け入る隙ができてしまった……と、これが事件の真相でしょう」

饒舌に語っていた一樹が、最後は厳かに自身の推理を締めくくる。

「ええい、それでも僕は……」

なおも悲劇を諦めきれないディトラが、組み紐の拘束を抜け出しガラスペンでの執筆を目論む。
一樹は仕込みステッキの毒針をペンを持ったディトラの腕に打ち込み、更にガラスペンを極細ワイヤーで絡めとりそのまま没収する。

「三文芝居はこれにて終幕です。お引き取り下さい」

最後に一樹は、ディトラに慇懃無礼な会釈をしてみせる。

「まったく、とんだ名探偵がいたものだよ……次こそはこうはいかないよ」

ディトラは、ほろ苦い笑みを浮かべつつ舞台袖の闇の中へと消えてゆく。
直後、舞台では伊川結衣がスポットライトと大歓声を浴びて大団円が成っていた。
結衣の横顔には、亡き友が果たせなかった夢をやりきった涙が一筋、光り輝くのだった。

「やっぱり、物語の最後はハッピーエンドがいいですよね」

結葉が幸せな大団円を眺め、釣られて涙を流して見せる。

「さてねぇ。たった一つの真実よりも、数多ある嘘の一つを真実であると思いたい。だけなのかもしれない……さ」

今度は、一樹がほろ苦く呟いて見せる。
人の強さとは、もしかしたらそんな弱さにこそ宿るのかもしれないのだから。

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