ようこそ妖怪温泉『勾玉の宿』へ
「温泉に行かねーか?」
ひらひらと。
八色・祥真は指先にはさんだチケットを振ってみせる。
「といっても、ただプレゼントってわけじゃねーんだけど」
一旦チケットを下ろし、祥真は話し始めた。
「どうやら、古妖の封印を解いた奴がいるらしい」
古妖の封印は、強い情念を抱えた人間や妖怪を引き寄せる。
願いを叶えてやるという約束と引き換えに、古妖は封印を解かせ、自由になってしまった。
「古妖なんてあぶねー奴がふらふらしてたら、おちおちメシも食えねー。ってことで、再封印したいんだけど……この古妖がどこに行ったか分からねーんだよ」
出来れば事情を知っている人物と接触して、行き先の手掛かりを得たいところだが、古妖の封印を解いたなどと、口に出す者はいないだろう。
「んで、これ」
祥真は再びチケットを持ち上げた。
「星によると、古妖の封印を解いた女が、妖怪温泉『勾玉の宿』に泊まっているらしいんだ。まずはこの女を特定するために、宿に泊まって欲しい、ってワケ。
古妖の封印を解くなんて、大それたことをしたんだから、喜んでいるのか、後悔しているのか知らんけど、どっか様子がヘンなんじゃねーかな」
人物を特定、あるいは絞れれば、接触して情報を得ることも可能になるだろう。
「女に警戒されると見分けにくいから、普通の宿泊客として過ごすのが良いんじゃねーかな。ま、女が見つからなかったら、付近を探してヘンな動きをしてる妖怪を探すって手もあるから、ぴりぴりせずに宿を楽しんでくれて良いよ」
そう言って祥真はチケットをはいと差し出した。
「古妖に好き勝手されると困るんだよね。何がどうなって封印が解かれたか知らんけど、よろしくー」
●妖怪温泉『勾玉の宿』
「いらっしゃいませ」
ぺこりと頭を下げる豆腐小僧。
部屋まで案内してくれる唐傘おばけ。
足元をすりっとしてゆくのはすねこすり。
ようこそ、ここは妖怪温泉『勾玉の宿』。
湯につかれば、お肌はつるつる勾玉の輝き。
疲れた身体をマッサージでほぐして。
山海のご馳走を食べてのんびりと。
可愛い妖怪たちに癒されてみませんか。
第1章 日常 『妖怪温泉宿へいらっしゃい!』

浴衣にどてらを羽織って、十枯嵐・立花(|白銀の猟狼《ハウンドウルフ》・h02130)は妖怪温泉『勾玉の宿』の廊下をゆるゆると歩く。
温泉を楽しんで、さあ次はどうするか。
考えているところにマッサージ部屋を見つけて、立花は中を覗いてみた。
「いらっしゃいませー。ささ、どうぞどうぞ」
ぴょんぴょん跳ぶ案山子神に誘われて入ってみると、簡単に仕切られた小部屋が3つ並んでいる。
「こちらでお待ちくださいね」
案山子神に言われるままに小部屋で待っていると。
「えっ、猫又ねえさんまだなんですか?」
なんだか焦った声が聞こえてくる。
……大丈夫なんだろうか。
やや不安が兆したけれど、ぼそぼそとした会話のあと、やけににこにこ顔で案山子神が戻ってきた。
「お待たせしました。えっと、その、リラックス効果を高めるために、まずは目隠しさせていただきますね。この目隠し、ぜーったい取ってはいけませんよ、絶対に」
やたらと念押しされて、案山子神が出て行くと入れ替わりにマッサージ師が入ってきた。
「よろしくお願いいたします……まずはお背中をマッサージさせていただきます……」
か細い声に寝かされて、まずは背中を……。
ぞろろろろろ。
背中を走った異様な感覚に、立花は目隠しの下で目を見開いた。
「これ本当にマッサージなんですか?」
驚きの余り、立花の口調は妙に改まってしまう。
「……はい」
今、間があったよね?
気持ち良いのか悪いのか判別がつきにくいマッサージを受けながら、立花は最近泊まりに来た客の話などをふってみた。
年末年始の繁忙から少し落ち着いてきた、などとマッサージ師はぽつぽつと話してくれる。そんな話の中で。
「なんだか顔がこわばっていた方がいらしたのですが……猫又さんのマッサージで少し落ち着かれて……私もそう出来るようになると良いなと思うのですが……でもこれですものね……」
ぞぞぞろろぞろぞろろ……。
ため息とともに走る感覚に、
「……これ本当にマッサージなんですか?」
ついまた尋ねてしまった立花に、マッサージ師はただ含み笑いを返すのだった。
妖怪温泉『勾玉の宿』。
仲居の骨女に是非にと勧められ、華乃宮・クリス(エレキギターの付喪神・h04870)は露天風呂へとやってきた。
依頼絡みとはいえ、温泉のチケットがもらえるとは役得だ。
「遠慮なく堪能させてもらうとするか」
露天風呂に併設された脱衣所で、クリスはためらうことなくしゅるっと浴衣の帯を解いた。
長い緑の髪はくるくるまとめて頭の上に。
宿の名前入りの手ぬぐいで前を隠し、クリスは風呂へと向かった。
周りを囲む岩や草木には、うっすらと白い雪。
温泉に湛えられた湯は無色透明。
身体にかけるだけで、とろりと柔らかい湯が肌に馴染むのがわかる。
さっそく湯に浸かれば、クリスの口からは自然と息が漏れた。
やっぱり温泉は良い。
芯から温まって、身体も清潔になるとなれば。
「こりゃあボクの|音色《うたごえ》が、益々刺激的になっちまいそうだな」
クリスは上機嫌で、温泉の湯を掬いあげた。
そうやってのんびりと……けれど周囲には目を配って、クリスは妙な仕草をしている者がいないかを観察する。
「あれはもしや……」
クリスの目が、温泉を楽しんでいる少女に留まった。
クリスに観察されているとも知らず、エアリィ・ウィンディア(精霊の娘・h00277)ははしゃいでいた。
「温泉、温泉っ♪ 寒い日にはもってこいだねっ♪」
きんと冷たい冬の空気が頬を撫で。
白く湯気を上げ続ける湯がぬくぬくと身体を温め。
そのふたつが合わさるから、のぼせずにのんびりと温泉を楽しめる。
「きっもちいいー♪ 開放感もあるしー♪」
青空が見えて、お風呂に入れて。
うん、ごくらくぅ~ってこういうことを言うんだろう。
エアリィは湯の中でぐーっと身体を伸ばしてくつろいだ。
このまま何も考えずに湯につかっていたいくらいだけれど。
(「でもちゃんと事件の解決もするよ? ほんとだよ?」)
心の中で言い訳のように呟いて、エアリィは周囲に目をやった。
とはいえ、みんなが入浴しているところで、あまりきょろきょろするのもなんだから……。
「うわぁ、露天風呂、ひっろーいっ! あ、まだ雪が残ってるー!」
あくまで、大きなお風呂ではしゃいでいる女の子、という感じになるように気を付けて……と、その目がクリスの視線にぶつかった。
「え?」
大きな青い目をまばたかせるエアリィに、クリスはゆっくりと近づいた。
「すまない、ぶしつけに見てしまったな。もしかして……アンタも能力者だったりするのかなと思って」
声を潜め、クリスはエアリィの尖った耳を視線で示した。
「うん。も、ということはあなたも?」
「ああ。チケットをもらってきた」
「おんなじだ。よろしくー。で、どう?」
エアリィに聞かれ、クリスは視線を露天風呂の端へと流す。そこにはぼんやりと湯に浸かる女性がひとり。せっかくの温泉なのに、宙に向けた彼女の目はどんよりと曇っている。
「やっぱり? あたしもそう思った。もうちょっと近くに行ってみたいんだけど……」
急に近づいたら怪しまれるだろうが、ふたりなら。
エアリィは周囲に聞こえるように声に出す。
「ここのお湯、お肌もつるっつるになるって言ってたよねー」
「そうだな。本当に肌がつるつるだ」
「見て見て、あそこからお湯出てるー。あっちのほうがもっと、すべすべつるつるになるかも!」
エアリィが指をさして、女性のほうへと進み出す。
「どこだって?」
風呂を横切ってゆくふたりを女性はちらりと見たが、すぐに興味を失ったようにまた物思いにふけり始めた。
20代後半ぐらいだろうか。どちらかといえば地味な雰囲気の小柄な女性だが、その顔はやつれ、表情は疲れ切っている。
ふたりがこっそり観察するうちに、女性は深いため息とともに湯から上がっていった。
「なんですって?」
話を聞いた|アリス・グラブズ《繧ウ繝溘Η繝九こ繝シ繧キ繝ァ繝ウ繝?ヰ繧、繧ケ $B%"%j%9(B》(平凡な自称妖怪(悪の怪人見習い)・h03259)は、目を見開いた。
温泉に入って、上げ膳据え膳のご馳走を食べられる。そんな依頼があるとは! ……もとい。
「古妖の封印が解けたなんて由々しき事態だわ! これは調査に行くしかないわね!」
そうこれは√妖怪百鬼夜行の、いやそこから繋がる√を含めての脅威。
日本に土着したと自称するアリスとしては、見過ごすわけにはいかない。
ということでやってきた、妖怪温泉『勾玉の宿』。
いざ。
「山海の幸を|念入りに調査する《思う存分楽しむ》わよ!」
任せなさいとばかりに、アリスは膳と対峙した。
「これではぜったいに足りないわ。もっとじゃんじゃん持ってきて。お茶碗とお箸もよ」
慌てて妖怪たちが追加で運んできたおいしそうな料理を前に、まずするのは。
|異形化解除《ウマレタママノスガタ》。
『|繧ェ繧ェ繧ェ繧ェ繧ゥ繧ゥ繧ゥ繧ゥ《オオオオォォォォ!》』
あってはならない叫びをあげれば、獲物を貪り食らう顎と獲物を追跡し絡みつく触腕が、10組生える。
「これで一度に11膳は楽しめるわね!」
圧巻の勢いで食べ始めるアリスの姿を目の当たりにし、ぽかんとする妖怪に、
「あ、ワタシは二口女の親戚です!」
と、妖怪アピールをするのも忘れない。
「ああ、美味しいー」
でもこれだって調査の一環。こうやって食事を楽しむ一般客として『目立たずに』周囲を窺っているのだ。
「うーん! 季節の山菜も海鮮も最高!」
……ほんとに窺ってる?
「もちろん銀シャリにスネコスリも……」
……ほんとに?
「ちょっと! 勝手に口に入ってこないでよ! 食べるバランスというものがあるのよ!」
ぱくぱくもぐもぐウマウマ。
アリスの調査はまだ始まったばかりなのだ!
妖怪温泉『勾玉の宿』。その入口をくぐりながら、藤原・菫(気高き紫の花・h05002)は後援している女の子二人から聞いた、古妖の話を思い出す。
「情念故に、古妖の封印解かれしこと……か。厄介だね」
人の情念はままならないもの。
時にそれは大きな力となって、良い方向に、あるいは今回のように悪い方向に動く。
古妖の封印を解いたのは悪いことかもしれない。だがそうしてしまった原因が情念に関わっている以上、彼女に罪悪感があるのかないのか。そう簡単に善悪を問うことは出来ないだろう。
「いらっしゃいませ」
「いらっしゃいませー!」
宿に入ってきた菫を見て、妖怪たちが次々に声をかけてくる。
「お泊りですか?」
「ああ、これで頼むよ」
チケットを見せて案内を頼むと、唐傘おばけが部屋まで案内してくれる。
自然と表情が緩んでいるのに気づいて、菫はふと思う。
件の人が選んだのは、何故……可愛い妖怪たちが懸命に働いているこの宿だったのだろうかと。
「かわいいなぁ……」
すりっと足元に体をこすりつけてゆくすねこすりに、赫夜・リツ(人間災厄「ルベル」・h01323)は目を細めた。
あっちでは河童が、前が見えないくらい積み上げた荷物を抱えて、えっちらおっちら歩いている。その向かい側から来た一つ目小僧が、河童をよけようと、右に、いや左に、とおろおろしているのもみんな。
「どの妖怪もかわいいなぁ、すっごくかわいい」
温泉というだけでも疲れた身体を癒してくれるが、どこを見ても可愛い妖怪たちがいるこの宿では、心も身体も何もかもが癒される。
ついつい夢中になってしまいそうだが、今日は妖怪温泉を楽しむためだけに来たのではないからと、リツは気を引き締めた。
「お風呂にされますか。それとも先に夕食を召し上がりますか?」
芝天狗に聞かれて、リツは少し考えて夕食を先にすることにした。
案内された食事のための大部屋には、人の入りは半分ほど。
今のところ、様子の変わった人はいなさそうだと確認すると、リツは運ばれてきた食事へと目を移した。
素朴だけれど、手を掛けているのがわかる料理には、妖怪を模した飾りがされていて、微笑を誘う。小さな目がつけられたこんにゃくを眺め、
「もしかしてヌリカベ?」
そんな風に考えながらの食事は楽しい。
菫も大部屋で、心づくしの夕食を味わっていた。
「これは?」
「くわいを絵馬の形にいたしました」
「なんだか願いが叶いそうな料理で良いね。こちらのキノコは……」
「クサビラ神にあやかった料理です。そしてこれが!」
どーんと豆腐小僧が出したのは……豆腐。
「作りたての豆腐の美味しさをぜひ味わってください」
勧められて食べてみれば、豆本来の甘みがとろりと口の中で解ける。
今は菫は自宅のオフィス勤めだから、簡単に冷凍もので食事を済ませてしまうことも多い。けれど元々田舎育ちだから、新鮮な山海の素材を使った料理はとても馴染みがあって、懐かしく。
「美味しいね」
涙が出るほどに料理を味わいながらも、菫は目の端にうつる女性が気になった。
こんなに素晴らしい料理を前にしているというのに、さっきからずっと俯いているばかりで、色が進んでいない。
こっそりと窺い見れば、ほろりと。女性の目から雫が膳に落ちた。
ジロジロ見てはいけないと思いつつも。
リツの目は料理に手もつけずにいる女性に向いてしまう。
大人しそうな……そして憔悴した雰囲気の女性は結局終始うつむいているばかりで、豆腐を一口だけ食べただけで席を立った。
「ごちそうさま」
リツも続いて席を立つと、物陰でどろんと子ネズミに変身。女性の後を付けてゆき……うちしおれた彼女が芙蓉の間と書かれた部屋に入ってゆくまでを見届けたのだった。
そしてまた、新たな客が妖怪温泉『勾玉の宿』を訪れた。
「いらっしゃいませー」
「ようこそ、勾玉の宿へ」
妖怪たちに迎えられて、志藤・遙斗(普通の警察官・h01920)は年季の入った木の廊下を歩きだす。鄙びた佇まいさえ、日常の疲れを癒してくれそうだ。
「温泉なんて久しぶりに来ましたよ。最近は仕事が忙しくて中々来れなかったので」
|警視庁異能捜査官《カミガリ》の仕事で激務が続き、正直くたびれていたところだ。タバコの本数も増えがちだったから、仕事のついでとはいえ温泉でゆっくりできるのは有難い。
「久留さんも温泉は久しぶりですか?」
そう尋ねてみると、きょろきょろと珍しげに周囲を見回久していた留・春過(|志魄《しはく》ドライブ適合者・h00263)は、いやと首を振った。
「私、温泉旅館って初めてだ。戦闘日常を忘れてナントカ〜、ってこういうやつなんだな」
春過は温泉旅館に泊まるという経験をしたことがない。
生まれ故郷の√ウォーゾーンでは、日々生き抜くことに精一杯で、のんびりと温泉を楽しむ余裕を見つけることは難しかったのだ。
「そうでしたか……」
「だけど、大きい風呂は好きだぞ。|生身の頃《むかし》は防衛戦の後に友達と寮の風呂でよく駄弁ってたしな」
戦闘の緊張が解けた反動で、つい大声で騒いでしまって寮監に怒られたりしたものだ。
「戦い続きだったしここらで自分にご褒美ってのも悪くないな」
「ええ。仕事のついでとはいえ温泉に来れたんだし、たまには羽をのばしましょう」
話をしながら廊下を歩くふたりの足下を、すねこすりがすりすりっと通っていった。
温泉宿の楽しみといえば、温泉。そして、それに劣らず楽しみなのが料理だ。
大部屋の畳の上に座って待てば、妖怪たちが次々に料理を運んできてくれる。
八寸は幽庵焼きや絵馬くわいなどが一口ずつ。
お刺身は昆布締めにした真鯛を松皮造りに。
手がかかった料理が並べられてゆくさまに、遙斗は目を細めた。
「やっぱり温泉旅館といったら豪華な食事ですよね」
「ああ。では早速、いただき……」
待ちきれずに箸を付けようとした春過を、
「すみません、少しだけ待ってもらえますか」
遙斗は申し訳なさそうに制すると、スマートフォンを取り出した。
「やはり料理人さんが作る料理は豪華ですよね。盛り付けにもこだわって目でも楽しむことができるんですよ」
遙斗は写真を撮りながら、飾り切りされた野菜や、妖怪をかたどった料理を目で堪能する。
「料理といっても食べるだけじゃないんだな」
春過は遙斗が料理をスマートフォンに収めるのを待って、箸をのばした。
「んー、なに食べても美味しい」
客を喜ばせようと作られた料理は、どれも皆、目にも口にも美味しくて。
「私一人じゃゆっくり温泉旅行なんて考えなかったろうな。改めてサンキューな、志藤」
「いいえ。古妖の封印を解いた女性をさがすのが目的の、半ば仕事のような……」
答えかけて、そういえばと遙斗は周囲に目を走らせる。怪しい女性を探しに来たはずなのに、料理に目を奪われて脳裏から抜け落ちていた。
「それらしいのは見当たらないな」
春過も思い出したように周りを見回したが、客たちは皆、平穏に料理を楽しんでいる様子。
「まぁ、今はこのご飯を楽しみましょ」
「そうだな。せっかくのご馳走なんだから」
気づけばまた、意識は目の前の心づくしの料理に占められて。
ふたりは久方ぶりののんびりとした時間を楽しんだのだった。
宿の入り口をくぐるだけで、温かな空気に包まれる。
冷たい外気にさらされている状態から、暖められた建物に入ったのだから当然なのだろうけど。
「あ、お客さまがいらっしゃいましたよ!」
「いらっしゃいませー!」
元気に声をかけてくる妖怪たちが醸し出す空気のためもあるに違いない。
「寒い季節はやっぱ温泉だよね」
せっかく来たんだから満喫しようと、贄波・絶奈(|星寂《せいじゃく》・h00674)はお泊りセットの入ったカバンを振った。
「大きいお風呂でのんびりできるのって良いよね」
雨深・希海(星繋ぐ剣・h00017)はそう言って、連れ立って来た旅団の仲間……絶奈と神代・京介(くたびれた兵士・h03096)の顔を見た。
温泉というだけで気分が浮き立つのに、今日は旅団のみんなと一緒なのだからなおさらだ。
「ああ。だが欲をいうなら……」
京介はそこで肩をすくめ、
「これが事件じゃなければな。可愛らしいお嬢さん方を両手に花で気分も最高なんだが……」
絶奈と希海を両手で示した。
「確かに、事件がなければもっと最高だったけどね」
この宿のどこかに、古妖の封印を解いてしまった女性がいる。希海はぐるっと見渡してみたが、今見えるのは従業員の妖怪たちばかりだ。
「事件? そんなの心配いらないって」
「お? 贄波には何か秘策でもあるのか?」
その自信たっぷりな様子に京介が尋ねると、
「その時の私がどうにかしてくれるでしょ」
絶奈はふふんと胸を張った。
貸切風呂もありますよと、唐傘お化けに言われたが、
「さすがにそれは遠慮しとくよ」
京介は一旦ふたりと分かれて、男湯へ。
「希海ちゃん、行こ行こ!」
絶奈は希海の手を引っ張るようにして女湯へと向かった。
「絶奈さん、張り切ってるね」
「だって、友達と温泉だなんて初めてだからワクワクが止まらないんだよ」
「初めて?」
意外だと思いながら気海が聞き返すと、絶奈は、ん? と視線を上向けた。
「いや、初めてじゃなかったかもしれない」
「……絶奈さん」
「楽しければ細かい事はいいんだよ」
さ、入ろうと湯船に向かう絶奈にちょっと笑ってしまいつつ、希海も後に続いた。
のんびりと湯に浸かり、希海はちゃぷちゃぷと湯を肩にかけ、その手で腕を撫でおろす。柔らかな湯はとろりと肌をうるおし、手はするりと気持ち良いくらいなめらかに滑った。
「本当にお肌すべすべになる……凄い」
「ところで知ってた? 温泉の湯って飲んでもお肌にいいんだよ」
絶奈に言われ、希海は手で湯を掬ってみた。
「これが飲めるの?」
「当然、嘘だけど」
絶奈はしれっと答える。
「ホントに飲める温泉もあるけど、そういうとこには飲泉カップとか置いてあるから」
「さすがに人が浸かったお湯は飲めないよね」
飲んだらどんな効能かあるのだろうと考えつつ、希海は指を開いて掬った湯を零した。
温泉から出たふたりは浴衣に着替え、食事をするために京介と合流した。
「へぇ、二人とも浴衣が良く似合ってて可愛いな」
「そう、かな。浴衣ってほとんど着る機会がないから、これで良いのかどうかよく分からないんだよね」
大丈夫かな、と希海は浴衣の襟元に触れた。
「希海ちゃんは、もっとぐっとはだけて色っぽくしても良いと思うよ」
冗談めかす絶奈も、髪をアップにまとめて浴衣を着こなしている。
「そんなことしなくても、今のままでふたりの浴衣姿は十分魅力的だよ。湯上りって風呂上りとはまた違って、こう、風情があるというか、まさに眼福眼福」
「そう言う京介さんも浴衣似合ってるよ。さ、ご飯食べようか」
これ以上京介に誉め言葉をかけ続けられては気恥ずかしい。希海は皆を膳へと促した。
「ぼくはコーラにするけど、絶奈さんも同じで良い?」
「うん。一緒で良いよ」
希海と絶奈はコーラ。
となると、京介も未成年の前で酒を飲むのは憚られ。少し残念に思いながら、自分のグラスにウーロン茶を注いだ。そして。
「乾杯!」
ご馳走タイムの始まりだ。
京介は粂り帆立をつまみ。
「美味い。だがこれは日本酒が欲しくなるな」
「豆腐小僧が豆腐持ってきた!」
絶奈は笑いをかみ殺し。
希海はくつくつと煮えてゆくねぎま鍋の蓋をちょっと開けてみて。
「こういう旅館の一人用鍋って、なんか豪華って気持ちになるよね」
温泉に入って、美味しい料理を食べて。
ああ、温泉宿に来て良かった。
……と、満足するその前に。
「まずは報告なんだけど」
希海が口を開くと、絶奈は一瞬きょとんとし。
「報告?」
「そう。私は怪しげな女の人は見かけなかったよ」
希海の報告を聞いて、思い出したように頷いた。
「私も。もちろん忘れてなかったよ。ちゃんと聞き耳立ててたはずだけど、特に何もなかった、多分」
「京介さんは?」
「実はちょっと気になることがあった」
京介は箸を置くと、自分が見聞きしたことを話しだした……。
女湯に向かう希海と絶奈と分かれた京介は、温泉をほどほどで切り上げ、浴衣姿で付近を散策した。小型ドローンを使用して……とはいっても、温泉近くでの撮影はまずいため、中庭の辺りでしか飛ばすことは出来なかったが……情報収集をしていたとき。
人目をはばかるように植え込みの陰に身を寄せて、電話をしている女性を見かけた。
「愛してるだなんて……ずっと騙し……」
年のころは20代後半。大人しそうな外見だったが、興奮しているのか声は大きくなりがちで、京介のところまで聞こえてくる。
「あらいざらい……ぶちまけ……したことを広め……」
噛みつくような口調が気になって、京介は見つからないように女性との距離を少し縮めた。
「分かってる……私には聞いてもらう相手なんて……こと」
女性の表情が苦しげに歪む。
「……ねば良いのよ……ええ、私には……でも待ってなさいな……引き換えに……が殺しに……」
叫ぶような女性の声はそこで不意に途切れ。
恐らく相手に斬られただろう携帯を、女性はずっと見つめ続けた……。
「……ということがあったんだ。もしやあれが件の女性なのかも知れない」
京介の説明に、痴情のもつれ? と絶奈が首を傾げると希海も頷いた。
「その可能性は高そうだね。食事を終えたら他の√能力者とも情報交換してみよう」
第2章 冒険 『移ろう心に生まれる咎』

勾玉の宿で集めた情報を、√能力者たちは持ち寄った。
怪しそうなそぶりが見られたのは、20代後半の大人しそうな女性。
√能力者の目撃した特徴が一致しているため、おそらくはこの女性が封印を解いたのではないかと考えられる。
女性は食事も喉を通らず、マッサージ室や露天風呂でも元気がなかった様子。
彼女が宿泊しているのは、芙蓉の間のようだ。
恨みを持つ相手と中庭で電話していたようで、彼女が封印を解くに至った情念も、この相手との間のことだろうと推測される。
彼女が封印を解く引き換えに、古妖に何を願ったのか。そして古妖はどこに向かおうとしているのか。
それを突き止めるため、√能力者たちは女性との接触を図るのだった。
宿の1階にある売店で、|赫夜《かぐや》・リツ(人間災厄「ルベル」・h01323)は土産物の菓子を見て回る。
「ろくろ首パイ……」
ユーモラスだが、首がかなり細いから食べているときにぽきっと折れて散らばりそうだ。
「このクッキー可愛いけど……おさん狐?」
念のために調べてみると、美女に化けて妻帯者や恋人のいる男へ言い寄ってくる狐の妖怪だった。
女性が古妖の封印を解くに至った要因が、痴情のもつれかもしれないことを思うと、なんだか危険な気がする。
迷った末に、リツはかっぱがキウイを咥えているフルーツ大福を選んで購入した。
さすがに自分の姿でいきなり女性が泊っている部屋に行くのはまずいと判断したリツは、従業員の目に触れない場所に移動すると、倉ぼっこにリアルタイムどろんチェンジ。
宿で働いている妖怪に化けてから、芙蓉の間を訪ねた。
「お休みのところ失礼します。名物のお菓子はいかがでしょうか?」
「食欲がないので結構です……」
「ではせめてご覧いただけませんか。宿自慢のフルーツ大福ですので」
もう一押ししてみると、それなら、と女性は内鍵を外してリツを部屋に入れてくれた。
リツがお茶を淹れ、お菓子と一緒に差し出すと、女性はかっぱのフルーツ大福を見てかすかに微笑んだ。
「可愛い……」
「ええ、お味も良いんですよ。よろしければ一口だけでも」
彼女が食事をほとんど食べていないようだったのも心配だ。リツが勧めると、女性は促されるままに大福を口にした。
「キュウリではなくてキウイなんですね」
「皆様、そうおっしゃいます」
ゆったりとした口調を心がけながら、リツは女性とよもやま話を続け。その合間に聞いてみたかった質問をしてみた。
「この宿はどこでお知りになったのですか」
「前に聞いたことがあったんです。可愛い妖怪がやってる温泉宿があるって。それで……家にはいられないし……ここなら気分も紛れるかなって……」
答えながら女性はちらりと時計に目を走らせ、身を固くした。
「どうかされましたか」
リツが声をかけると、女性は無理に笑って首を振り。
「なんでもないです。もうしばらくしたら、全部……終わりますから……」
そう言って飲もうとしたお茶を飲みそこね、女性は軽くむせた。
「ふむふむ、なるほどねぇ」
|久留《くどめ》・|春過《はるか》(|志魄《しはく》ドライブ適合者・h00263)はしきりに頷きながら、√能力者たちが集めた話を聞いた。
「けど、私からの情報はないんだよね。いや、探してたけど該当者らしき女性が見つからなかったもんで……」
ここに行けば会える、というものでもなく、偶然の目撃に頼るしかないのだから、それも仕方のないこと……と、春過は手にしていた瓶のコーヒー牛乳をぐびぐびと飲んだ。
「ぷはー。やっぱ温泉とコーヒー牛乳との相性最高―っ!」
どうやら春過は、初めての温泉旅館を十分に満喫しているらしい。
「いや違う、サボってないサボってない」
ちゃんと依頼は忘れていないし、これからもしっかりと古妖の行き先を探る気でいる。それを証明するように、春過は湯上りの頬をぱたぱたと手で仰ぎながら、女性の泊っている部屋付近をぶらぶらと歩いて接触を図った。
静かに引かれた戸から、宿の浴衣姿の女性が出てきた。のろのろとした足取りで、階段の方向へと足を運ぶ。
それを見て、春過は何気ない様子を装って、女性へと近づいた。
「お姉さん、どうかされました?」
口調はちょっと丁寧に。声色はちょっと優しめに。
よそゆき声に調整して話しかけると、女性は面食らったような表情になった。
「すみません急に。なんだか浮かない表情をされていたので……」
春過はキャップを開けていないコーヒー牛乳を、女性の目の高さに掲げてみせる。
「あ、|コーヒー牛乳《これ》いかがです? 甘い物は心が落ち着きますよ」
邪気無く話しかけ、そこで春過ははたと気づく。
(「あ、駄目だこれ」)
見切り発車で始めたキャラだけど、もう持たない。
「(志藤ー! ヘルプー!)」
ばれないように、春過は|志藤《しどう》・|遙斗《はると》(普通の警察官・h01920)へと合図を送った。
さあ春過がどうするのかを見守ろう、と思っていたところの最速ヘルプ要請に驚きつつも、遙斗は偶然その場を通りかかったように、春過の背に声をかけた。
「おや、久留さん、こんなところにいたんですか」
そこではじめて女性に気付いたように軽く会釈をしてから、春過に尋ねる。
「そちらの女性はどなたですか?」
「えーっと……名前、聞いてない」
春過の返事に、遙斗は女性へと向き直る。
「失礼しました。俺は志藤と言います。こちらは久留」
「あ……佐島と申します」
つられて女性もおずおずと名乗った。
「それで一体何をしていたんです?」
遙斗に言われて、春過は佐島をさした。
「この人が浮かない顔して歩いてたから、声かけてたとこ」
「浮かない顔を?」
なるべく警戒されないよう、遙斗は穏やかな口調と人当たりのよさそうな表情を心がけながら、佐島を促した。
「何か悩みでもあるのでしたらお聞きしますよ。誰かに話したらすっきりすることもあると思いますよ。通りすがりの俺たち相手なら、話してしまっても後腐れありませんし」
「そうそう。私でよければ、話聞きますよ」
春過も口を添えると、佐島はふたりを並べ見た。
「……おふたりでご旅行ですか?」
「いいえ、今日は同じ職場の友人と社員旅行の下見に来てるんですよ。貴女はどちらからいらしたんですか?」
「うちはすぐ近くです……」
「では悩みの気分転換にいらしたとか?」
遙斗の質問に佐島は目を伏せる。
「待っているんです……。私の7年間に区切りがつく……いえ、つけてもらえるのを」
そこで思いつめた顔を上げ。
「嘘で塗り固めて周りに不幸を振りまく男なんて、いなくなったほうが皆のためになりますよね? 私がしたことは、間違ってなんかいないですよね?」
たまっていたものを吐き出すように言うと、佐島は失礼しますと身を返し、自分の部屋へと駆け戻っていった。
部屋に入ろうとする佐島を、|藤原《ふじわら》・|菫《すみれ》(気高き紫の花・h05002)が呼び止める。
「すまない、会話を聞くつもりはなかったのだが聞こえてしまってね。良かったら話をさせてもらいたいんだが……」
菫に何か言おうと口を開きかけた佐島だったが、春過と遙斗が追ってくるのを警戒してだろう、さっと視線を走らせたあと、
「入ってください」
菫を部屋にいざなって、戸を閉ざした。
「あなたも社員旅行の下見に来た方ですか?」
「私は違うよ。ここへ来たのはひとり」
「そう、ですか……」
佐島はどうしようか迷う様子だったが、どうぞと中を示すと自分も座卓の前にぺたんと座り込んだ。そのままただぼんやりとしている佐島に、菫は聞かせるともなく自分の話をはじめた。
「私は都会でオフィス勤めをしているんだが、本来は田舎育ちでね。こういう温泉宿に来ると、ほっとするよ」
夫と2人の娘と共に、田舎に里帰りしたときの話、そしてその3人と死別したことも。
夫との話をすると、佐島は顔をこわばらせた。
「もしやそういう相手がいるのかい?」
柔らかく話を向けると、佐島は硬い声で答えた。
「いる……と思っていました。ほんの数日前までは」
佐島の様子を観察しながら、菫は考えを巡らせる。
すれ違いがこじれて恨みが降り積もりでもしたのだろうか。
「私も夫がいたからね。すれ違いも多々あった。男女の関係は難しいね」
そんな風に話を向けると、佐島は真っ向から菫を見た。
「ではもし……ご主人があなたを騙していたら、どうしますか」
「まずは話を聞くよ」
「ではその結果……ご主人が浮気をしていたら?」
菫を見ているのに佐島の視線はどこか遠く、菫へというよりは、別の誰かに問いかけているかのようだった。
「どうしてそうなったのか、もっと詳しく話をすると思う。真意を問うためには本音をぶつけあうことが必要だからね」
「では……ご主人が、結婚していることを隠し、いつか結婚しようと嘘を囁きながら、誰かを騙していたら? あなたはその恨みを許容して、あるいは7年もの間騙されていた愚かな相手を嗤って、ご主人と幸せに暮らしていけますか?」
言い終えた佐島の目から、ぼろぼろと涙が零れ落ちた。
芙蓉の間の戸に3人耳を寄せて。
漏れ聞こえてくる声に、|贄波《にえなみ》・|絶奈《ぜつな》(|星寂《せいじゃく》・h00674)が目を見開いた。
「希海ちゃん、聞いた? 本当に痴情のもつれだよ。色々大変そうだね」
「痴情のもつれなぁ……」
|神代《かみしろ》・|京介《きょうすけ》・(くたびれた兵士・h03096)は当惑に眉を寄せる。戦場で生まれ育った京介はその辺りに縁が少なかったため、どうも理解が及ばない。
「これに関しては、可愛らしいお嬢さんがたの方が経験ありそうかな?」
京介に冗談めかして言われ、|雨深《あまみ》・|希海《のあ》(星繋ぐ剣・h00017)はうーんと唸る。
「痴情のもつれか……。ぼくにも縁がないな」
15歳になったばかりの希海にとってそれは、そういうこともあるらしいね、という程度に遠い出来事だ。
「ぶっちゃけ恋愛事だったら私は縁が無い話だけど……」
そこではっとして絶奈はいや、と言い直す。
「私はモテてモテて困ってるんだけどね?」
「え、絶奈さんはモテモテなの?」
聞き返す希海に、まあねと絶奈は余裕の笑みで。
「いや、ほんと困ってるんだよね。モテない√世界を探しに行かないといけないくらいだよ」
絶奈がこういう調子のときには往々にして……。
「ふぅんそっか。……うん、そういうことにしとこう」
気の無い様子で答えながらも、希海はちらっと思う。
(「……まぁでも本当かもしれないね、絶奈さんかわいいし」)
得意分野とかけ離れていても、古妖を放置はしておけない。なんとかして女性から話を聞かなければ。
「あまり複数で取り囲むのは威圧するようで良くないだろう。話を聞くのは2人に任せるよ。俺は周囲の警戒をしていよう」
佐島自身が襲われることはないだろうが念のため、と京介は話の間の警備にあたることにした。
「じゃあ周りの警戒は京介さんに任せる。希海ちゃん、一緒に話を聞きにいこうか」
「ごめんね京介さん。よろしく」
「あ、ひとつ頼んでいいか」
芙蓉の間に行こうとする絶奈と希海を、京介は呼び止める。
「おそらく古妖は女性を騙した男の元へ向かっているんだろう。その辺をうまく聞き出してくれるかな?」
「了解だよ」
「分かった。聞いてみるね」
2人は頷くと、芙蓉の間をノックした。
「すみません。少し良いですか」
呼びかけて待つことしばし。
戸を開けたのは菫だった。
「ちょっと取り込んでいて、代わりに見て来てと言われてね」
入って、と菫が2人を中に通してくれようとするその横を。
「どうやらワタシの入念な調査により容疑者が絞られたようね!」
|アリス・グラブズ《繧ウ繝溘Η繝九こ繝シ繧キ繝ァ繝ウ繝?ヰ繧、繧ケ $B%"%j%9(B》(平凡な自称妖怪(悪の怪人見習い)・h03259)が駆け抜けた。
山海の幸を喰らい尽くしたアリスは、いつも以上に元気に満ち溢れている。
だが調査によると、古妖の封印を解いた人物は元気が無いらしい。
そこからアリスが導き出した答えは、
「きっとお腹が空いているんだわ!」
大抵のことは食べれば解決するはずだと、アリスはお土産に詰めてもらった折詰|山海の幸《アリスセレクション》を抱え、芙蓉の間に突撃を敢行したのだ。
部屋に入って佐島が目に入ると、
「アナタが古妖の封印を解いたのね!」
ド直球かつ剛速球での断言をぶつける。
「え、あ、あの……」
あまりの不意打ちに、佐島は驚き戸惑うばかり。
目の前の子どもは一体誰で、どうしてここに入ってきて、何を言って……何を知っているのだろう。
「なんか反応悪いわね。やっぱりお腹がすいているのね。さあ、これを一緒につつきましょう。事情聴取はお腹を満たしながらと相場は決まっているわ!」
アリスは座卓の上に折詰を広げると、さっそく食べだした。
「さあ、古妖はワタシが食……倒してあげるから、アナタはこれを食べて。そして古妖がどこに行ったのかキリキリ吐きなさい!」
食べろと言いながら、アリスはぱくぱくと自分で折詰を食べている。
それを見る佐島は、言葉を失って口をぱくぱくさせている。
そこに今度は|十枯嵐《とがらし》・|立花《りっか》(白銀の|猟狼《ハウンドウルフ》・h02130)が、
「戸が開いてたから入らせてもらったよ。ちょっと話を聞いてくれると嬉しいな」
とやってきて、固まっている佐島とアリスを見比べた。
「うっわ……」
絶奈は思わず希海と目を合わせた。
「希海ちゃん、どうする?」
「うーん、とにかく話が出来るようにしないと」
このままだと話をするどころではなさそうだとみて、希海は佐島に話しかけた。
「ねえお姉さん、何かあったのかな、よかったらぼくらに聞かせてよ」
「あなたたちは……一体どこまで……」
「たぶん結構知ってると思う。古妖のことも。だから全部話して大丈夫だよ」
誰にも話せなかったこと、話したかったこと、全部。
「話を聞くくらいしか出来ないかも知れないけどね」
絶奈に言われ、佐島はぎゅっと指先を組み合わせた。
「7年間、付き合っていた人がいたんです……今は仕事が忙しいから、落ち着いたら結婚しようって約束して……だからなかなか会えなくても、いつか一緒に暮らせる日のために、ってずっと我慢してきました……」
その日を夢見てきたのに、突き付けられた現実は甘いものではなかった。
彼女と付き合い始めたころにはもう、彼は結婚していたのだ。
「こんなのに騙される方がバカなんだよと、彼は笑いました。当然そっちも分かっているもんだと思っていたと。分からなかった私に非があるのだと」
傷ついて飛び出して、彷徨って。
彼女は封印の祠に行きついてしまったのだ。
「そんな不実な男、生きていればもっと害をもたらすぞ。周囲が皆不幸になるに違いない。じゃが……儂が止めてやろう」
封印を解きさえすれば、不実な男を殺し、これから起きる悲劇を止めてやる。
そう言われて彼女は、封印に手を掛けてしまったのだ。
「ん、復讐したいって気持ちは分かんなくもないよ」
ひどい目にあったね、と立花は佐島の気持ちに寄り添った。
ずっと信じていた相手に騙されていて、それを嗤われて。きっと行き所のない怒りが湧き上がったことだろう。でも。
「こういう手段はちょっとよくないと思うよ」
古妖はそんなに簡単に利用して良い相手ではない。
「だって、古妖がその相手だけ狙ってくれるワケがないだろうし。古妖はその人よりもっと、あちこちに害をもたらすと思う」
立花の指摘に、佐島は小さくはいと答えた。
「そうだと思います……でもあのときは……苦しくて、何も考えられなくて……つい、ふらふらと……」
古妖の口車にのせられてしまったのだと、佐島はうなだれた。
「いけないことだと思う気持ちと、因果応報だと思う気持ちと……どちらも私の中にあって……。間違っているのでしょうけれど、許せなくて……」
「まぁどうしても復讐したい……っていうなら後で鉄砲貸すよ?」
これなら被害はその相手だけにとどまると立花が勧めると、
「復讐で殺すなんて良くないわ!」
アリスが箸を持ったまま叫んだ。
「全裸逆さづり日比谷公園334周引回し(楽器隊随伴)くらいで許してあげて! そのくらいなら|ワタシ《アイテム:ワタシ》が手伝ってあげるから!」
それをアリスの冗談だと思ったのだろう。佐島は涙をこぼしながら、小さく笑った。
「聞きたいんだけど、もしかして古妖はその人を殺しに向かっているのかな」
希海が京介から頼まれていた質問を投げかけると、佐島はちらりと時計に目をやった。
「尾幡さんはあと1時間ほどで、私の部屋に荷物を取りに来る予定です。それを……隠神刑部に伝えました」
任せておけと隠神刑部は答えたそうだ。そういうことは得意なのだと。
「部屋の場所ってどこ?」
身を乗り出す絶奈に、
「……どうか隠神刑部を止めてください」
そう言って佐島は紙にアパートの住所を書いた。
佐島から聞き出したことを京介に伝えようと部屋を出る希海に、絶奈が身を寄せて尋ねる。
「ところで希海ちゃんの恋愛事情はどうなの?」
「え、ぼく? 恋人とかいたことないよ。ぼく学校だと陰キャだし。それに、恋愛とかまだあんまり良くわからないしね」
「えー、でも修学旅行と言えば恋バナだし。……いや、この話は後にしよう。そもそも今は修学旅行じゃないし」
ちょっぴり残念そうに、絶奈は身を翻す。
「さ、先生……じゃなくて京介さんと合流しようか」
「うん、京介先生と合流だね」
そんなふたりの話が漏れ聞こえて、京介は首を傾げる。
(「恋バナ? 修学旅行? 先生??」)
古妖の話のはずなのに、どうしてそんな単語が?
でもまあ、歳の差を考えれば自分は引率の先生か保護者みたいなものだろう。
「あと10歳若けりゃ恋バナにも混ざれたんだがな」
そんな風に呟きつつ、京介は戻ってくるふたりを迎えるのだった。
第3章 ボス戦 『隠神刑部』

佐島の書いた住所を頼りに、√能力者たちはアパートへと向かった。
ごちゃごちゃとした裏通りに建ってはいるが、ネイビーと白の外壁の組み合わせが洒落たアパートだ。
佐島の部屋は、3階建てのアパートの3階端。
部屋の主は勾玉の宿にいるため、部屋は真っ暗だ。
時計に目をやれば、尾幡が来る予定の時間まであと20分ほど。
今ごろ尾幡は、そして隠神刑部はどこにいるのだろう。
時計を睨みつつ、√能力者たちは隠神刑部を倒すための準備を開始するのだった。
佐島からもらったメモを頼りに、√能力者たちは彼女の住むアパートへと急いだ。
「ここが佐島さんのハウスね!」
古ぼけたアパートを見上げる|アリス・グラブズ《繧ウ繝溘Η繝九こ繝シ繧キ繝ァ繝ウ繝?ヰ繧、繧ケ $B%"%j%9(B》(平凡な自称妖怪(悪の怪人見習い)・h03259)に、
「いや、おそらくこっちだと思うよ」
|赫夜《かぐや》・リツ(人間災厄「ルベル」・h01323)が隣に建つ、ネイビーと白の外壁のアパートを指した。
「紛らわしいわね。けどお部屋が3階端なのは好都合だわ!」
アリスはアパートの外壁をひたひたと這い上がってゆくと、換気口からぬるぅん! と佐島の部屋へと侵入した。
アリスを見送ったリツは目立たない場所に身を潜め、尾幡がやってくるのを待つ。
その間に脳裏をよぎるのは佐島のこと。
(「佐島さん、えらいな……色んな人に励まされて、思い直してくれたんだ」)
隠神刑部を止めてほしいと佐島は言った。尾幡に思うところが無いわけではないけれど、それが彼女の願いならば、叶えられるように力を尽くそう。
そうして待つこと10分ほど。
アパートの階段を上った男が、3階の端の扉の前で足を止め、ポケットを探った。
「ったく、荷物ぐらい送れよな。気が利かねーヤツ」
ぼやきながら取り出した鍵で扉を開けると……。
その身体ににゅるんと触腕が絡みつき、男……尾幡を部屋の中へと引きずり込んだ。
「|保護完了!《ふぃーっしゅ》」
口元にも巻き付いて声を封じておいてから、アリスは尾幡を縛り上げる。
「絞めてしまいたいですけど、死んだら日比谷公園に行けないですしね!」
どこか押し込めておけるところはとアリスが探しているうちに、リツは硬化した異形の腕のまま近づいた。
「もうすぐここに、あなたを殺すために古妖が来るそうですよ」
話しかけると、さるぐつわをかまされた尾幡は芋虫のように身をよじる。
「今回は佐島さんに頼まれましたから、僕たちはあなたを守ります。でも……あなたみたいに人の気持ちを踏みにじって笑う人って、今回のこと以外でも恨まれてそうですよね」
尾幡が佐島にしたようなことを、別の人にしていないとも限らない。そうでなくとも、そんな性格であれば、どこかで誰かの心に深い傷をつけることもあるだろう。
「だとしたら」
リツは異形の腕で尾幡の肩に触れ、伝える。
「早く自首しておいた方が身の為ですよ。また何者かに狙われるかもしれませんからね」
大きく目を見開く尾幡へと、リツは脅すようにではなく、憐れむかのようにひっそりと囁く。
「……人を騙して無事でいられると思わない方がいい」
因果応報。全ての行為は自分へと返る。
「狭いですけどここに隠しておきましょう」
クローゼットの中のものを出して作ったスペースへと、アリスは尾幡を押し込めながら、にっこりと。
「関係ないですけど最近|くされ外道《タベテモイイジンルイ》が急にいなくなるそうですよ」
そう言ってバタンとクローゼットの扉を閉めた。
だが、尾幡にいつか因果が巡るにしろ、それは今ではない。
リツは隠神刑部がいつ現れても対処できるよう、佐島の部屋のドアの前で待機した。
尾幡を古妖から護るのは尾幡自身のためでない。佐島のためであるのだから。
「さあいらっしゃい」
アリスは佐島の部屋から外の様子を窺いながら、停スバを構えた。
もし隠神刑部が来たらこれを投げつけて気を逸らして、そして……。
「雁字搦めにして、両手で顔面をひたすら殴り続けてやるわ」
隠神刑部が泣いて謝るまで、許してあげない。ゼッタイに!
尾幡のほうにはちょっとくらい怖い目に遭ってもらったほうがいいのかも。
そんな風にも思っていた十枯嵐・立花(白銀の|猟狼《ハウンドウルフ》・h02130)だったが、佐島の部屋の様子を眺めて、もういいかとアパートの階段を下りた。
うん、あれはもうちゃんと怖い目にあっている。
隠神刑部に殺される恐怖とは違うけれど、それを味わわせるのはあまりに危険が大きい。万が一があっても困ることだし。
相当懲りただろう尾幡はあれで良いとして。
接触されないうちに古妖を探し出して倒してしまわなければ。
立花が足を急がせて階段を下り切ったところで、ちょうどやってきた藤原・菫(気高き紫の花・h05002)に出くわした。
「すまない、到着が遅くなった。ちょっと佐島さんの助けになろうと手を回していたものだから」
「助けに?」
どういうことだろうと立花が聞き返すと、菫はスマートフォンを示した。
「ああ。本来こういう問題は、古妖の助けを借りるものではないからね。人と人の揉めごとは人の間で解決すべきだし、その報いも人のルールで受けさせるものだから」
確かに酷い事情ではあるが、尾幡がしたことが許せないのなら、それは古妖ではなく人のやり方と法とで裁くべきだ。
その手配が出来る自分が佐島から事情を聞けたのは幸いだったのだろうと、菫は手配のための電話をかけていたのだった。
「尾幡さんと隠神刑部は……」
間に合っただろうかと周囲を窺う菫に、立花は尾幡の部屋での顛末を話した。
「それはまた……なんか愉快な流れになってるようだ。若い人はいいねえ。なんとも微笑ましい」
尾幡にとってみれば、微笑ましいなどとは言っていられないのだろうけれど。
「とりあえず隠神刑部の居場所を探すところからだね」
立花は周囲をぐるりと見渡した。隠神刑部が目指す場所はここ。だがどちらからやってくるだろう。こんなときに頼れるのは、野生の勘と第六感。
「たぶん……向こう?」
「そうだね。あまり人通りが多い場所は避けるだろうし」
菫と相談しながら周囲を探し回り。
「……いた、あれだね」
遂に、一本下駄を鳴らしながらやってくる隠神刑部を発見し、立花は音響弾で味方の√能力者へと合図を送った。
「なんや騒がしいのう」
隠神刑部がぎょろりと周囲を見渡す、そこに。
『ちょっと危ない弾だけど……使うね』
立花が精霊銃『熊殺し七丁念仏』で狙うのは、隠神刑部の胸元にかけられたもの。
「いい感じに的っぽいよね」
射出されたのは、|属性弾『爆炎核撃』《エレメンタルバレット・ティルトウェイト》。
無属性の弾丸はただ命中するのではなく、そこから燃え上がる業火が隠神刑部を包み込む。反対に味方へは風と光でその身を強化してくれた。
「ぎゃあ」
隠神刑部は驚きの叫びをあげたが、すぐに表情を険しく引き締めた。
「おい、いっちょ相手をしてやれ」
隠神刑部が呼ばわると、化け狸の群れが現れ、こちらへと襲いかかって来る。
「数が多いねえ。流石だ」
隠神刑部からの攻撃を防御しつつ菫が撃ちこむのは、エレメンタルバレット『雷霆万鈞』。
雷の属性を宿した弾丸は、隠神刑部に命中するなり周囲の化け狸を巻き込んで爆発した。こちらも立花と同じく、敵を損なう反面、味方へは帯電による強化をもたらす。
「人同士で解決すべきことを魔のものが介入してくる。そんなことは確実に阻止しないとね」
こちらの領域に踏み込ませはしない。
隠神刑部を足止めしながら、2人は続けて弾丸を撃ちこんだ。
隠神刑部の調査も兼ねて、と佐島の部屋の様子を見て来た|贄波《にえなみ》・|絶奈《ぜつな》(|星寂《せいじゃく》・h00674)は、なんともいえない表情で戻って来た。
「間取りは普通かな。部屋はそこそこの広さだけど、良くある単身者用のアパートって感じ。クローゼットの中に監禁されてる人がいるところが、ちょっと変わってるくらいかな」
「ちょっとどころでなく、かなり変わっているだろう。といっても同情する気にはならないが」
尾幡にとってはそれも良い薬だろうと、|神代《かみしろ》・|京介《きょうすけ》(くたびれた兵士・h03096)は3階の、今は灯りがついている部屋を見やった。
√能力者たちが介入しなければ、隠神刑部はあの部屋に行き、荷物をまとめていた尾幡を殺していただろう。それを止めるためにここに来たのだ。隠神刑部を尾幡のいるところまで到達させてはならない。
「さて、ここからが本番だね」
|雨深《あまみ》・|希海《のあ》(星繋ぐ剣・h00017)は京介が見ているのと同じ場所を見上げ。
「折角温泉も楽しめたんだから、その分の仕事はしなきゃね」
「そうだな。いよいよ本番の古妖退治といきますか」
「うん。そろそろ仕事の時間……っと」
3人は視線を交わし、頷き合った。
それを捉えたのは、京介がアパート上空に展開した偵察ドローンだった。
路地に出現する化け狸たち、弾丸が巻き起こす爆発、そしてずんぐりとした隠神刑部の姿。
「どうやら隠神刑部と接触したようだな」
立花と菫が隠神刑部と戦闘を開始したのを確認すると、こっちだ、と京介は2人と共に急行した。
路地を駆け抜けた先に、隠神刑部の背が、そして戦う立花と菫が見えてくる。
「希海ちゃんがんばれ」
絶奈の言葉に希海は走る速度は緩めずにうんと答えた。
「絶奈さんもがんばってね。信じてるから。京介さんも、頼りにしているよ」
「ああ、掩護はまかせろ、二人は自由に動いてくれ」
さぁいこう。
絶奈と京介が左右に分かれ、希海はそのまま真っ直ぐに隠神刑部へ。
「人の不幸につけこんで、古妖ってのは卑劣だよね」
尾幡に裏切られた佐島の悲しみを、隠神刑部は自分の封印を解かせるのに利用した。
もしも尾幡が隠神刑部に殺されたとしても、それで佐島が幸せになることはない。
悲劇を広げる一方の隠神刑部は、ここで止めなければ。
「新手か」
希海の気配に、隠神刑部が振り返った、そこに。
京介の184式妖力銃から、妖力の弾丸が発射された。
「お、っととっ」
隠神刑部がぎりぎりで弾丸をかわした、と思った次の瞬間、逆サイドから絶奈のS.A自動式拳銃が撃ち込まれ。弾丸に破られた着物から、隠神刑部の毛が飛び散る。
「行け」
隠神刑部が両手を広げると、現れた化け狸たちが左右に分かれ、京介と絶奈へと襲いかかった。それを京介の傍らに浮遊するレインフォージ・アーカディアが、次々に射抜いてゆく。
隠神刑部の注意が2人へと向いている隙を狙い、希海は命じた。
「ストームブリンガー……Mode:A」
命を受けて一点に集束したレインは実体化し、希海の手の中に蒼く輝く剣として握られる。
身体が軽い。それはもちろん、√能力【|蒼嵐の剣《ストームブリンガー》が底上げしてくれている移動速度のためでもあるのだろう。けれどそれ以上に。
「みんなが援護してくれるっていうんだから、その分頑張らないとね」
援護射撃にあわせ、希海は一気に隠神刑部との距離を詰めた。
『迸れ、ストームブリンガー!!』
振り下ろす蒼剣から連続してビームが飛ぶ。
「ぐおぉ……っ」
たまらず隠神刑部が吠えた。その姿が揺らぎ、するりと縮んで肌もあらわなおねえさんへと変化を遂げた。
「あら~ん、いけず」
隠神刑部の化けたおねえさんは、身をくねらせ、援護射撃を回避する。
機動力も回避もあがった隠神刑部には攻撃が当たりにくい。だがそれを希海は手数でカバーして削ってゆく。
「さてと。私も頑張るか」
援護射撃を京介に任せ、絶奈は建物の死角を利用して、こっそりと隠神刑部へと近づいた。
それに合わせて京介が、
「もたもたしてるとハチの巣になるぞ」
こちらを注視しろとばかりに、派手に弾幕を張る。
隠神刑部おねえさんが京介の射撃からスカートにあるまじきバク転で逃れ、希海のストームブリンガーに身構えるその横手から、絶奈は飛び出し。
隠し持っている暗器のナイフや仕込み銃……手入れが良かったり悪かったりするそれらを、絶え間なく隠神刑部へとみまった。
隠神刑部に息をつかせまいと、希海も一層前に出る。
さあ、ここからは一気に。
京介はこれまでの援護射撃から√能力へと切りかえる。
『放て』
|稲妻弾《ライトニングバレット》が雷光を散らしながら隠神刑部へと命中した。それはばりばりと隠神刑部の体内を駆け巡ってダメージを与えるだけでなく、仲間の√能力者たちにも帯電し、その力を強化する。
「拳銃を使うのは久しぶりだが、まだまだ腕は落ちてなくてよかったぜ」
身についた動作は簡単には抜けないらしい。
そうしているうちに、絶奈は|【流星】ー空に落ちる夢ー《リュウセイーシューティングスター》のチャージを完了した。
「準備はオーケー? せーのでいくよ」
希海の合図で、√能力者たちは一斉に仕掛けた。
ストームブリンガーの蒼い輝きが、隠神刑部へと斬りこみ。
京介の稲妻弾は、隠神刑部のみならず、周辺に生み出されている化け狸もろともに。
そして絶奈は、
『受け継がれた秘技を見せてあげる。――嘘だけどね』
百のインビジブルソードを怒涛の如くに隠神刑部へと降らせ。
周囲を揺るがす光と震動。
それが収まったときには、隠神刑部は大の字になって、路地に転がっていたのだった。