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【刹那】誰そ彼時の迷ひ路

#√妖怪百鬼夜行 #ノベル

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弥久院・佳宵
平咲・鳴衣


「なんですか、これは」
 |平咲《ひらさき》・|鳴衣《めい》(h04101)は目前の光景に絶句した。
 いつものように下校し、帰宅して、日常が過ぎていく。そう思っていたのに。
 曲がり角の先には、見覚えのない建築群が広がり、元来た道も“|見失った《世界の亀裂の先》”。
 |今の《・・》彼女は知る由もない。――世界が“√EDEN”と呼ばれ、侵略されている事実を。
(「建物は木造ですし、不均衡に重なった組み木細工のよう。……なのに、崩れる気配もありません」)
 鳴衣は周囲を見回し、『奇妙建築』と呼ばれる“√妖怪百鬼夜行”の独自文化に、視線を釘付けにされる。
 動揺する鳴衣に“内なる声”が『落ち着いて』と語りかけ、それを認識できた訳ではないが、無意識に深呼吸する。
「そうです、まずは落ち着きましょう」
 冷静さを取り戻そうと繰り返していると、
「――もし」
 背後の声にとっさに振り返ると、まず真っ白い九尾が視界に飛びこんだ。

 尻尾の主、|弥久院《びきゅういん》・|佳宵《かしょう》(h02333)は|衣被《きぬかづき》をそっと上げ、硬直する鳴衣と視線を合わせる。
「この辺りでは、お目にかからない学生服にございますね。道に迷われましたか?」
 しっとりとした語り口の佳宵に、動揺する鳴衣は思わず頷き返した。
 自身の狐尾へしきりに視線を向ける様子に、佳宵はこっそり納得する。
(「どうやら、この√の御仁ではないご様子。……捨て置くなど無粋にございましょう」)
「よろしければ、私の店に立ち寄られませんか? 趣味が高じた古書店にございます」
「年頃の娘さんには退屈やもしれませんが」と付け加え、無理強いしないことを強調しつつ、鳴衣に提案していく。
(「九尾の狐、ですよね?今は、他に頼れる方もいません」)
 状況を把握したい鳴衣は、佳宵の誘いを受けて古書店へ向かう。


 道すがらに自己紹介を済ませ、佳宵の古書店へ辿り着く。
 店内は古書の日焼け予防で薄暗く、整然と並ぶ書棚には数多の古書が並ぶ。
 和洋不問の蔵書が揃う、その店の奥――控えめな茶の間へ、鳴衣は通された。
「抹茶は嗜まれますか? 梅を漬けた|果実水《ジュース》もございますよ」
 佳宵が見るからに高級そうな、蒔絵入りの茶箱を取り出し、鳴衣は「果実水が気になります」と慌てて制止する。
「佳宵さん、凄いお金持ちですね」
「滅相もございません。ほんの少し歴史のある家柄にございます」
 謙遜した物言いをするが、高貴な雰囲気は隠しきれるものではなく。
 鳴衣も『生まれながらの貴人』なのだ、と理解する。
 茶請けの煎餅と合わせて出された、切子細工が施されたグラスに梅ジュースが注がれ、甘酸っぱい香りが鼻腔をくすぐる。
 鳴衣が梅ジュースを口にすると、梅と蜂蜜の優しい口当たりに心を和ませていく。
「して、鳴衣様は『気付くと見知らぬ場所にいた』と仰せでございましたね」
 佳宵の問いに、一息ついた鳴衣が頷き返す。
 毅然と振る舞いつつも、無意識の焦燥で動き続ける指先。
 その仕草に『偽りなし』と佳宵は確信する一方で、
(「しかして、変わった雰囲気にございますね。無防備と警戒が|混在している《・・・・・・》ような」)

 佳宵は「いくつかお尋ねしたく」と前置きすると、
「竜漿はご存知ですか」
 聞き慣れない単語に鳴衣は首を傾げ、
「誘拐されたご経験は?」
 不思議そうな顔で「ないと思います」と返し、
「なら“|怪異《・・》”という言葉は――」
 直後。|何か《・・》が反応を示し、佳宵は言葉を止める。

 鳴衣から感じられる、|強い警戒《別の気配》に佳宵は目を細め、
(「成る程……お見受けしたところ、√能力者ではないご様子。言及するのも野暮天となりましょう」)
 鳴衣の視線に気付き、「失礼をば」と佳宵は微笑を浮かべて誤魔化す。
「驚くのも無理はありません」
 しかし、不安を煽れば予期せぬ事態を引き起こす。
 であれば、彼女が納得できるよう話せばいい。
「ここは現世と幽世の境目、|常世《とこよ》。刻は大禍時、迷い神が悪さをしたのでしょう」
 人を迷わす神が“神隠し”をすると、佳宵はそれらしく説いた。
「私、神隠しに遭ってるんですか?」
「然様でございます。迷い神が見目麗しい御仁に“悪さする”のは、今も昔も変わりませぬ」
 実際、鳴衣は『名の知れた美少女』で、ちょっとした有名人と言える。
 尤も、彼女自身は称賛よりも、|ただ一人《大切な人》の好意が欲しいだろうが。

 閑話休題。
「どうすれば帰れますか?」
 落ち着きを取り戻した鳴衣は、グラスを両手で持ち、神妙な面持ちを見せる。
 その様子に、佳宵も薄く笑みを浮かべ、
「“|境界の抜け道《世界の亀裂》”が現れますゆえ、私が|案内《あない》いたします。とは言え、あれも気まぐれな上に、只人には視えぬもの」
 そう言って佳宵は立ち上がり、店の本棚から適当な古書をとりだす。
「辺りを確かめて参りますゆえ、こちらを読みながらお待ちください」
 差し出されたのは、短編集の|読本《よみほん》。ライトノベルに近い古書と言えよう。
『娯楽作品とあって読みやすい』と勧められ、鳴衣は目を通していく。
 内容は|人情噺《日常系》で、当たり前のように人間と妖怪が共生している。
 けれど、不思議と情景が思い浮かび、ある小噺に目が留まる。

 古椿人情譚――昔々。ある男女が大きな椿を逢瀬の待ち合わせ場所にしていた。
 しかし、それは“古椿の霊”という妖が宿る怪木。美女に化けては、人を誑かす古妖だったという。
 あるとき、女が流行り病を患い、それを椿にさめざめと話し聞かせた。
 妖はその夜、蜂に姿を変え、女の病を肩代わりすると椿に戻れず、亡くなってしまう。
 女は快復を喜んだが、妖の存在に終ぞ気付くことはなかった――。

 女の幸せを願ったのか、ただ情が移ったのか。
 鳴衣は|無意識に《・・・・》、何度も読み返していた。
「おや、其方がお気に召したご様子で」
 ハッと勢いよく顔を上げると、佳宵が戻ってきていた。
「抜け道を見つけました、同じ場所に再び生じてございます」


 慌てて鳴衣が古書店の外へ出ると、夕闇が色濃く変わり始めている。
 黄昏れていく奇妙建築に見惚れる鳴衣だが、不意に佳宵が彼女を肩に担ぐ。
「またすぐに閉じるやもしれません、ご容赦願います」
 揺れを感じさせぬ身のこなしで、佳宵は一散に路地を駆け抜け、世界の亀裂がまだ閉じていないことに安堵する。
(「間に合いましたか、早々に送り届けませんと」)
 亀裂の手前で鳴衣を下ろすと、呆気にとられた様子で佳宵を見つめ返す。
「ここにあるんですか?」
「相違ありません。指差すほうへ進まれますように」
 佳宵は真っ直ぐ、世界の亀裂の向こう――√EDENの街並みを示す。
 その光景が見えない鳴衣は、言われるままに歩を進めていく。

 世界の亀裂を越え、見慣れた光景が鳴衣の前に広がる。
「よかった、有り難うございま、した……」
 振り返り、礼を告げる鳴衣。だが、すぐに己の言動に疑問が生じ始めた。
「私、誰にお礼を?」
 √EDENの|無慈悲な防衛機構《忘れようとする力》は、すでに鳴衣の記憶に作用している。
 閉ざされていく、世界の亀裂の向こうで、佳宵は鳴衣の言葉を聞いていた。
「どうか、誰そ彼時にはご用心を」
 たとえ届かぬとしても、亀裂が塞ぎきるまで、離れ往く背を見送り続ける。

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