0
+ fixer
●くろくぬれた
「如何ですか」
「上出来だ」
言葉はあまりにシンプルである。波音だけが響く世界、積まれたコンテナがゆっくりと船へと積まれて行く。行き先はどこか。欧州である。欧州のどこか。さてはて、知りはしないとも……。
埠頭はあまりに静かだった。√EDENへと訪った『フィクサー』は、麗しき女との一つの取引をしていた。
積荷は人。
アタッシュケースに金銭。
そこらを泳ぐインビジブルへ目を向けるフィクサーを見て、オルキス・アウレリス・ルキアナ・ポータルは微笑んでみせた。偽物の、甘い笑顔で。
「慣れないか」
「ええ。我が√と比べれば。それこそ水族館、とでも言いましょうか」
「そのうちに『そちら』の√もこれに満ちる」
「そう願っています」
これは対等な交易である。互いがそう認識しているのだから、間違いのないものである。
ひとつ問題とするのなら、コンテナの中、喚く声が反響し、喧しい声を響かせていること……。
●おかえり。
「『おかえり』諸君! 厄介事だぞ! わたくしも関わりたくないなと思うタイプの!」
ディー・コンセンテス・メルクリウス・アルケー・ディオスクロイ(辰砂の血液・h05644)、声量お化けは高らかに笑う。アッハッハ。さてはてどうかね最近は、わたくしは翼の手入れにご執心だった!
「ある埠頭にて、二人が『密約』を交わしている。周囲に人の気配はなく静かで、波の音と――コンテナから響く人の声がする程度だ」
それは静かではない。星詠みにそう指摘する間もなく、まあ待てとメルクリウスは辰砂の爪を宙で踊らせる。
曰く、欧州を中心に活動している人身売買組織と、√仙術サイバーの組織……『黒域』が、人身売買による利益を得るため――そしてその恐怖と苦痛を利用した、インビジブルの確保のために手を組んだ、との事だ。
「美男美女と侮るなかれ、どちらも放置できはしない。相応の実力を持つ簒奪者が二人、埠頭に揃っているのだ。まずは下見から入るがよかろう。捕えられている人間の数、戦場となる埠頭の様子……それらをよぅく観察してほしい」
下手に巻き込めば人質どころか人死にが出るからな。笑うメルクリウス、どこまでも声が大きい。
「女の名はオルキス・アウレリス・ルキアナ・ポータル。長いが覚えろ。男の名は不明、通常フィクサー、『クライム・サスペンス』。後者が√仙術サイバーから訪った男だ」
くるくる爪を回す手がようやく止まった。ぴんと人差し指を立てて、あからさま、翼で隠された目が笑んでいるのが分かる笑みを浮かべ。
「オルキスもクライム・サスペンスも逃すな。ここで野望を潰えさせろ。……戦闘において、クライム・サスペンスは己の『フィクサー』としての実力を存分に使ってくる。ようは、戦闘中、オルキスの補助のために動く確率が高い。良い商売相手なのだろう」
そこまで言って、メルクリウスはカリ、とテーブルの上に置かれた資料を爪で掻く。赤く刻み込まれた辰砂のあと、バツ印を書いてみせた。
「……まあ、下手をすればオルキスには逃げられる可能性もある。そうすれば残念なことに、フィクサーの思うがままだ」
ふうむと顎を揉む星詠み。それだけ事前準備に時間をかけろということか。
「まあいい……さあいざ行け諸君! わたくしはまだ暑いので働かないぞ! アッハッハ!!」
暑いのは羽毛のせいではないか。翼の怪人、ばさりと羽ばたいた。
これまでのお話
第1章 冒険 『夜回り隊が行く』
「私のお姉様がいらしているそうなの」
なんでもない、楽しげな囀りだった。
「お姉様はずぅっと前にお家を出て、最後にお会いしたのは……何百年前かしらぁ?」
はて、長命種の時間感覚というものはあてにならない。首を傾げ、唇に指を当て。やや子供じみた様子でうーん、と唸ったのはリウィア・ポータル(無明の祝福・h08012)だ。――オルキス・アウレリス・ルキアナ・『ポータル』。……因縁と呼ぶべきか、それとも。
「だから、私、お会いするのがとぉっても楽しみよ」
……血族の絆と呼ぶべきか。ふわり笑んでみせたリウィアを見て、花喰・小鳥(ルージュ・カシェ・h01076)は改めてその感覚の違いを受け入れる。
「何百年ぶりかの再会、お姉様ですか」
リウィアの態度からでは具体的な関係性は判然としない。再会を楽しもうというだけではないことは確かだ。分かたれた姉妹、それも――相当な理由であると、小鳥は前もって知っている。|星詠み《錬金賢者》の話では、厄介な手合い。簒奪者である以上、姉は妹よりも強大な存在となっているはずである。
『――お兄様がたには秘密で来たけれど、小鳥さんがいれば私も大丈夫!』
胸に手を当て、得意げにふふ、と愛らしい微笑み。仕草はどこか少女めいていて、庇護欲まで誘われるが、彼女はただ守られるだけの女などではない。
『お姉様はリウィアというよりは、あなたのお兄さまと何か因縁があるんですね?』
『ええ、ヴェーロお兄様はとりわけ思うところがおありみたいで』
そう聞けば、頬を覆い、困った様子で首を傾げるその姿。
『お姉様をずっと探してらっしゃるわぁ』
……先に小鳥は、そう語るリウィアの様子を見ていた。
「だから、私が見つけて説得するか殺せばお褒め頂けるはずだわぁ!」
故にこの言葉を真っ直ぐと受け止め、その因縁に思いを馳せたのだ。
だからこそ|私《・》はここにいた――小鳥は静かに、彼女の護衛としてリウィアの隣に立っている。
物陰に隠れた二人。祝宴の歌、ふわり現れるは蝶の羽。|小さな精霊《お友達》がリウィアの指先に手をついて、彼女の声に耳を傾ける。
「ね、この辺りにかくれんぼしてる方々の様子を教えてくださる?」
妖精とは、ひそひそお話をするものだ。ないしょばなしは楽しく明るく、そしてイタズラめいていて。
「それから危ないものを見つけたら見えないところに隠して欲しいの」
たとえば、ばぁんと破裂しそうなものとか……。リウィアの言葉に頷く妖精たちは、ひらひらと手と翼を振った後、すうと透明になり飛び立っていった。
「見つからないように注意なさってねぇ」
透明になってしまえば、物品を移動させている所を直視されなければ見つかりもしないだろう。あるいは、妖精を信じる純な心などというものがあれば。視えるのかもしれないが。
さて、暴くべきものはまだある。
ぽむ。と現れたフワフワの丸い『なにか』。電子妖精と呼ばれる毛玉のようなそれ、数えるのも億劫なほどに現れては透明化していくモーラット・コミュ。軍用ヘルメットを被った――やや斜めになっている――一匹が、ぴしりと敬礼する。
「索敵と、偵察を。ここよりも潜伏と、襲撃に相応しい場所を探してください。リウィアの妖精と出会ったなら、彼らの話も加味を」
ふんす、胸を張ってみせたもふもふが透明化する。数は十分。
埠頭は『浮遊する、透明で、ファンシーな存在たち』が埋め尽くしているなどとは思えないほどに……静かだ。
小鳥は考える。説得はともかく、殺すのは穏やかじゃない。分かたれたとしても、リウィアたちの姉なのだ。理由はどうあれ……。
「(友人が大変なことにならないよう努めましょう)」
偵察は順調だ。ふわふわときらきらたちは、宙から埠頭を念入りに視ている……。
「√を超えての誘拐に加えて人身売買とか舐め腐ってくれてるわね」
まずは状況を把握するところからだ。物陰から飛び上がったのはアーシャ・ヴァリアント(ドラゴンプロトコルの|竜人格闘者《ドラゴニックアーツ》・h02334)。
飛び上がるところさえ見られていなければ、高所からの視線に気がつくことはないと踏んでの飛翔だった。
埠頭全体を把握できる高度から見下ろせば、目前に広がるのは、事務的なやりとりを続けるオルキスとフィクサー、そしてその部下であろう複数の黒服の男たちである。
まだ会話をしている最中らしい。次の取引についての話が耳に入ったが、EDENはこの企みを今回で潰し切るつもりだ。二度目の機会は訪れないことだろう。ふん、と鼻を鳴らしてアーシャは改めて視線を巡らせる。空中から暗視能力にて見渡す視界は良好だ。
配置されている黒服たちの位置を確認し記憶しながら、アーシャの意識がコンテナへと向いた。
まだ船へと積み込まれる前のそれには、誘拐された多くの被害者が中にいるのだろう。『積荷』の人数は不明だが、相応の人数が詰め込まれているはずだ。
彼らをどうやって逃がすか……万が一を考えてか、周囲はしっかりと警戒されている。騒動を利用し逃がすにしても、今はまだ具体的な道筋は見えにくい。対して、彼らが警戒しているのは被害者たちの逃亡ではなく、取引を邪魔されることのようだ。それならば多少、完璧な不意打ちを決めることは難しくとも、隠れる場所のアテはつく。
「まぁ、なるようにするしかないわね、なんとかなるなるって事よ」
トラップを仕掛けられるのなら、それも有りだっただろうが――。
「(アタシそういうのは苦手なのよねぇ)」
アーシャにとっては、搦手よりも頼りになるのは己の体だ。ため息をひとつ吐き、アーシャは身を隠したコンテナの隙間から、機を窺う――。
――呼び出したドローンたちが、一瞬で透明となる。ばらばらの方向へと放たれたそれらは、既に周囲を『視て』まわっているEDENの視線、その穴を埋めるように的確に配置されていく。
クラウス・イーザリー(太陽を想う月・h05015)はコンテナの陰で息をひそめながら、ドローンの視界と聴覚を頼りに周囲の索敵を開始した。
上空に向かわせたドローンから地形と障害物を見て、それを頭へ叩き込む。そしてコンテナへと近づけたドローンを使い、内部の様子を窺った。……声や物音からするに、どうやら数人では収まらない人数が詰め込まれているようだ。
奴隷貿易の時代に戻ったのかと思うほど――コンテナを叩く音などから、拘束されて|積まれている《・・・・・・》ことがわかる。これではまともに逃がすにはかなりの時間がかかるだろう。このコンテナに下手に手を出すのはおそらく、愚策だ。
――コンテナとその陰で会話するオルキスとフィクサー。
その周囲を、フィクサーの手先であろう黒服たちが警戒している。巡回する者もいれば、同じ方角――人の往来があり得る方向を見続けている黒服もいる。無策で突っ込むわけにはいかないか。
だが、その中でも死角はしっかりと存在している――遠距離であれば射線が通るであろう位置を記憶しながら、クラウスは唇を結ぶ。
さて、次は『逃がさない』ための対策だ。周囲を巡回させていたドローンを黒服たちが警戒しているであろう範囲の外へと配置しなおす。
戦闘力は無いが弾性を上げれば、いざというときに役に立ってくれるはずだ。これに弾かれる黒服というのは少々趣深い面白さだが。
何をするにしても見つからないのが最優先。慎重に――そして、順調に。脳にかかる負荷は相当だが、仕方がない。クラウスは静かに、オルキスとフィクサーを追い詰めるための準備を進めていく……。
「(う〜ん? 怪しまれないように?)」
首を傾げながら。チョコレートを口の中で転がして溶かしつつ、神咲・七十(本日も迷子?の狂食姫・h00549)は静かに埠頭を見渡した。
「(……もしかしてかなり苦手な内容かもです)」
ごくり。チョコレートを飲み込んだ七十は、小さな声で囁くように歌い出す。現れた少女のような|邪神の欠片《フリヴァく》の口から『チル・マイ』が囁かれ、生み出されるのは隷属者たちだ。
「んぅ……一先ずちょっとずつ偵察して行きましょうか」
怪しまれない程度に。静かに、隠密を。ゆっくりと動き出した隷属者、なんとかフィクサーの配置した黒服たちの視線を掻い潜って情報を収集しはじめた。彼らはほかの偵察役と比べて体が大きく、派手な動きができないのが欠点だが、ともあれ情報を持ち帰ることさえできれば上出来だ。
隷属者たちの報告を聞いた七十は唇に指を当てながら考える。
「ふにゃ……そんな感じなら、バレない様に……」
遠距離攻撃に長けている隷属者を配置すれば、完全でなくても妨害出来るはず。念のためと事前に配置しておくが、√能力である以上、彼らは歌い直せば消えてしまう泡沫である。念のため、考慮はしておくべきだ。
「(ついでに人質を使う妨害に備えて……)」
コンテナからどう逃げるか、どう逃がすか。割り出した避難ルートを確保しようと動いていた、その時だ。
――反応速度が半減していようとも、『フィクサー』は簒奪者である。
「鼠ですね」
振り返ることもなく、真っ直ぐにオルキスを見つめたまま、フィクサー『クライム・サスペンス』が呟いた。
一体の隷属者が、仙術義体に換装された拳にて打ち砕かれる。
――気づかれた。焦る七十の耳に入るオルキスの声。
「そうか」
くるりと踵を返そうとするオルキスへと、フィクサーが小さく声をかける。
「念のため。EDEN、人数不明、制圧できる場合はこのまま『|事《コト》』を続けましょう」
拳銃を構えたフィクサーに対し、オルキスはやや面倒くさそうに――指を鳴らした。
第2章 ボス戦 『オルキス・アウレリス・ルキアナ・ポータル』
「――念のため。EDEN、人数不明、制圧できる場合はこのまま『|事《コト》』を続けましょう」
拳銃を構えたフィクサー『クライム・サスペンス』。彼の操る仙術義体たちが一斉に動き始めた。数は少なく、反応速度も遅い。一体程度ならばEDENの脅威にはならないだろうが、徒党を組ませればどうなることやら。オルキスを守るために動くもの、索敵を始めるもの――埠頭に革靴の音が響く。
――『オルキス・アウレリス・ルキアナ・ポータル』は、やや面倒くさそうに指を鳴らした。刺青から浮き上がるようにして現れるは、|鱓《ウツボ》型の使い魔。
紫色の炎を纏うそれは、オルキスの周囲をぐるりと回り、そして彼女の手に擦り寄るかのようにして、オルキスの手のひらの上に顎を置いた。
「面倒な口上まで言わせるな」
それは『姿を現せ』という意の言葉であった。オルキスは騒がしくなった埠頭と、索敵のためにコンテナ上に陣取ったフィクサーを見ながら、浅く溜息を吐く――。
「あうぅ……見つかっちゃいましたか……」
仙術義体で武装した黒服に隷属者が殴り飛ばされ、掻き消えていく。それを隠れ見るようにして、神咲・七十(本日も迷子?の狂食姫・h00549)は困ったように眉を下げた。
見つかってしまったのならば仕方がない。今の配置でなんとかするしかない――歌い続ける|邪神の欠片《フリヴァく》は、心配そうに七十へ視線を向ける。七十は彼女に微笑んでみせ、配置した隷属者たちを動かし始めた。
目指すは妨害だ。相手の動きがただの人間よりも鈍いことを考慮して、相手の動きが人間よりも鈍いことを考慮し、足止めを図る。か弱い隷属者なりに、仙術義体へと対抗していく。一対一では敵わずとも数体がかりであればそれなりだ。数をもって一体を圧殺し、引きちぎり、鮮血が飛び、それでもまだ隷属者たちは群がっている。
だが七十が視線を向けるのは、そんな惨状などではなかった。
「……んぅ、改めて見ると綺麗なお姉さんですね」
見目麗しく。すらりと伸びた脚には美しい刺繍のように刻み込まれた墨――おそらくは魔術的な意味を持つもの。それを眺めていた七十の側を弾丸が通り抜けていく。フィクサーの援護射撃だ。
「……欲しいなぁ〜……」
文字通り、指をくわえて。配置していた残りの隷属者たちを増やし――殖やし――向かわせる。オルキスを貪るために。
だがそれを阻止しようとフィクサーの射撃が入った。彼への対処のためにコンテナへと這い上がる隷属者、その脚を蹴り飛ばしながらフィクサーが声を上げる。
「後退を!」
「今更」
囲まれる前にとオルキスは先に動いていた。ぶわりと紫炎を、ストールのように展開したオルキス。そこから放たれるのは蝙蝠型の使い魔だ。夜闇を照らすその焔が火炎弾を吐き出していく。
――オルキスは簒奪者だ。一人では対処に苦労するであろう蝙蝠の群れが、隷属者を焼き払っていく!
しかしオルキスへと迫った隷属者の腕がその体をぎゃり、と引き裂いた。ドレスの端が破れ露出する傷と肌。舌打ちをした彼女が隷属者を足蹴にし、さらに後退する――。
「……ふにゅ、見た限り私に似て操る類の能力ですね」
なら、こうすれば。
義体も使い魔も取り込まれないようにすれば、オルキス自身への守りが減る。その対処に集中すれば手足の一本とは言わずとも、指の一本は持っていけるか。
……歌声を切り替えようとした、その瞬間だった。
『――!!』
――狙われた。|邪神の欠片《フリヴァく》を撃ち抜くはフィクサーの弾丸。続けて七十自身を狙った弾丸を、彼女はすぐさま鎌で弾いた
「私の役割を改めて」
フィクサーは無表情で告げる。
「『揉み消し屋』ですよ」
彼らは手段を、選ばない。
「ち、誰かしくったかしら」
慌ただしくなった埠頭、溢れ出る異形たち、そして銃声。響く音は深夜には相応しくない騒がしさだった。
「なるようになれね、何とかしてやるわよ」
見下ろす先で動くオルキスとフィクサーを見ながら、アーシャ・ヴァリアント(ドラゴンプロトコルの|竜人格闘者《ドラゴニックアーツ》・h02334)は軽く鼻を鳴らした。まずは陽動だ――記憶していた位置に陣取る仙術義体で武装した黒服を、圧倒的な速度で切り裂いていく影。アーシャの竜漿を分け与えられた分身が黒服を何体か切り裂いていく。武装兵たちも、数の差とブレスの熱量を前に手も足も出ない。燃え尽きるまでとばかりに吐き出された炎に、困惑する間もなく彼らは焼き尽くされていった。
「オルキス嬢!」
自身の部隊の数が一気に減らされた。追加として呼び出された義体たちが、埠頭に停泊していた船から飛び降り着地する。だが数に限りがある――それを考慮しての、フィクサーからオルキスへの連携要請。オルキスは声をかけられる前から動いている。
真下のコンテナへ集まってくるアーシャの分身を見て、フィクサーが飛び退いた。分身たちはその腕力と人数をもって、丸ごとコンテナを持ち上げていく。それを見たフィクサーは舌打ちをする――下手に手を出すことはできない。何故ならば、『中身』が中身だからだ。
内部から聞こえてくる悲鳴は聞かなかったことにして、アーシャの分身たちは持ち上げたコンテナを運び始める。オルキスにより生み出された鱓型の使い魔がそれを阻害するために襲いかかり、幾人かの分身を仕留めていくが三秒ごとでは少々、手が足りないか――!
「(クライム・サスペンスを吹き飛ばせば楽にできそうだけど)」
フィクサーは既にコンテナから退いた後だ。だが警戒は解いていない――コンテナの処理に追われている間に、オルキスを狙うほうが得策か。
アーシャとしては、|義妹《サーシャ》が巻き込まれなければどうでもいいのだが、犠牲者が出るとなれば話は別というものだ。自分が責任を負う羽目になるなど面倒くさいにもほどがある。
あくまで冷静に、その状況を見ていたオルキスが動き始めた。飛び回る蝙蝠が火炎弾にてアーシャの分身を狙いつつ、本体を探す。そして見つけたのは――高所。
「華麗に参上っ、華麗に解決っ!」
――着地の瞬間、大爆発が起こった。オルキスとフィクサーがよろめき、そしてアーシャの分身たちもぐらつくほどの風圧。土煙の中から現れたアーシャは高らかに名乗りをあげる。
「アーシャ・ヴァリアントとはアタシのことよっ!」
こんばんは、死ね。ご挨拶もほどほどに、吹き飛ばされた鱓を再召喚するオルキスへと迫るアーシャ。オルキスの体からぶわりと溢れ出た蝙蝠たちの炎に焼かれながらも気にせず突っ込み、その体を打ち据える――!
「ッ――」
圧倒的なまでの腕力に、拳を受け止めた腕の骨が軋む感覚。オルキスが半ば吹っ飛ばされるかのように後退するも、その先、すぐに迫るアーシャの脚。己の脚をもってそれを受け、なんとかアーシャを蹴り飛ばし距離を取ったオルキスは深い溜息を吐いた。
「まったく――面倒な」
再接近しようとするアーシャの足元を狙い、フィクサーの弾丸が撃ち込まれる。睨み合うオルキスとアーシャ。それを遮るかのように、フィクサーの指揮する黒服たちが集まってきた。
これ以上の追撃も不可能ではないが、数が数だ――自らの分身たちが運び出していったコンテナへちらりと視線を向けて、アーシャは腰に手を当て、自分の髪を手で背へ流す。
「これでおしまい、なんてタマじゃないでしょ? アンタたち」
「その評価相応の働きは、させてもらいますよ」
オルキスの返答はなく、フィクサーが答える。人質の避難は叶うだろう。ひとまずこれで、『最悪の事態』は起きない。……だがまだ、終わりではない。
狙撃は的確だ。頬を掠めていく弾丸を避けながら、オルキスは眉をひそめた。的確な位置調整。相当な手練が、この弾丸の先にいる。
クラウス・イーザリー(太陽を想う月・h05015)が狙うは確実性を求めた一撃だ。使い魔の召喚には、三秒――装填の間に向かわせるには距離的に無理があるか。それでもオルキスはその場から動かず、静かに鱓型の使い魔を向かわせることに決めた。
「補助を」
命ずるはフィクサーだ。仙術義体を纏う黒服をオルキスの盾とし、そしてクラウスの元へと向かわせる。その黒服すら射抜く弾丸。まったくもって相性が悪い、と、フィクサーは舌打ちをする――。
そして、クラウスの元に向かっていた黒服が、仕込んでいたドローンに弾かれた。合間を縫うようにしてなおも先へと向かう黒服たち。その隙をついて、クラウスは黒服たちとオルキスを狙い撃っていく。
使い魔や黒服に弾丸を反射させたり、受け止めさせたりしながら、オルキスはようやく遠く、狙撃してくるクラウスの姿を捉え、生み出しておいた使い魔を向かわせた。クラウスの位置を変えさせるために。
「(姿を現せと言われているのはわかるけど、わざわざ顔を出してやる義理もないな)」
迫る使い魔に弾丸を使い、反射してきた弾を避けて位置を僅かに変える。黒服たちが迫ってきている中で、残り何発をオルキスへ撃ち込めるか――使い魔の群れが途切れ、オルキスがそのタイミングに合わせて位置を変える。
それに対し、クラウスもまた黒服を撃ち抜いた後に射線が通る場所を探すも、オルキスは絶妙な位置取りを選んでいた。ならばとドローンを改めて動かし、跳弾を狙ってオルキスへと弾を撃ち込む。
「ッ……」
肩を掠めた弾丸。黒服が位置を変えるのを見ながら、射線が通るまでドローンを動かしていく静かな戦闘。
「EDENらしくない戦い方ですね」
「だが、卑怯と断じるには悪くない戦い方でもあるな」
それは『彼女ら』のやり方にも似た戦いだ。二人は遠く、射線の先を見ながら唇を結ぶ。
「オルキスお姉様!」
無邪気な声が埠頭に響く。
「雰囲気はお変わりになったけど、リウィアにはわかりますわぁ!」
きゃっきゃ。長らく会っていなかった『家族』との再会に、リウィア・ポータル(無明の祝福・h08012)は実に嬉しそうに笑みを浮かべて、跳ねるようにしてオルキスの元へ向かおうとした。
「お会いしとうございまし……ひゃんっ」
その足元を撃ち抜こうとしたフィクサーの援護射撃。リウィアの首根っこを掴んだ花喰・小鳥(ルージュ・カシェ・h01076)がそれを間一髪で阻止する。
「待ってください。お姉様は歓迎してる風情ではありませんよ?」
リウィアの姉は、まったく。――目を細めた小鳥は、リウィアを見るオルキスを警戒しながら、拳銃に弾を込めているフィクサーを一瞥する。……まだ動きはない。リウィアを、直接的に手を出してこない『脅威と呼べない存在』として認識しているからなのか、彼なりの『別の考え』があるのか。
「ね、お兄様はずぅっとお姉様を心配して探していらっしゃいますの」
小鳥の物理的な忠告に従い、遠くから声をかけるリウィア。両手のひらを合わせて、その手の甲に頬を寄せ。少女のような仕草は変わらない。何も。――それこそ、何年だって、彼女は。
「一緒にお家へ帰りましょぉ?」
その言葉は、叶いそうもないが。戦いの幕は銃声によって上がる。撃ち抜かれる黒。一斉に動き出した黒服たちを見て、小鳥は静かにリウィアの前へと出た。
「始めましょうか」
言葉は端的に。フィクサーが銃を構え、リウィアを撃ち抜くために弾丸を放つも、その弾は小鳥の手に阻まれた。掴み取った弾丸を静かにコンクリートの上へと落としながら、彼女はフィクサーへと声をかける。
「感動の再会を邪魔するのは不粋というものです」
彼女を傷つけさせはしない。その覚悟を受け取ったか、それとも『おしゃべり』に夢中なリウィアを脅威の対象から外したか。フィクサーたちは小鳥を狙い動き始める。放たれた弾丸を透明化していた|偵察隊《電子妖精》が姿を現し小鳥の代わりに受け止め、リウィアへの射線を遮り――離れていたモーラット・コミュたちも集まり始めた。数は十分。ばちばちと電撃を放ちながら黒服の拳を麻痺させ、突進にて体勢を崩したところへ小鳥の射撃が入る――。
「もうお父様もお母様もおりませんもの、これからはきょうだい四人で仲良く幸せに暮らしましょぉ?」
きっとすぐには納得頂けないでしょぉねぇ。父母が居なくなった、それは|今《・》の彼女にとって幸いなことである。だがオルキスは動じない。
「戻る? 何を馬鹿なことを」
反吐が出る。そうとでも言いたげに息を吐き、その吐息がす、と、まるで冬のそれのように紫色に染まった。撒き散らされる呪い。それは自身にも、フィクサーにも、当然黒服にも――EDENに襲いかかる「|呪《まじな》い」であった。
「もぉ、頑固なのですから」
むすり。頬を僅かに膨らませて眉根を寄せたリウィアは、その後ぱあっと明るい笑みを浮かべる。
「でもね、今日の私にはプランBがあるの! 死体や携行品があれば情報は集められるのですって!」
それ即ち。『今からオルキスを殺すという宣言』である。
「だからこそお兄様には秘密で来たのよ。お兄様は優しすぎてお姉様を殺せないもの」
――『黒死棘』。現れた電子妖精たちがオルキスを取り囲む。三秒。オルキスが反射的に召喚した鱓型の使い魔が小鳥を狙うも、小鳥は電子妖精たちの隙間を縫うように、オルキスへと銃弾を撃ち込んだ。致命を狙う腹への一撃をかわすも持っていかれる肉。使い魔は掻き消され、オルキスは不愉快そうに――どこかリウィアに似た表情で、眉根を寄せた。
「リウィアとお姉様はおたがい|大切《家族》であっても|特別《Anker》ではないでしょぉ?」
それは間違いのない、ひとつの真実だ。家族である。特別かはともあれ。叩き潰しても、何の問題もない――だから。
「だから……ね、お願い」
指を組む仕草は愛らしく。
「|ください《・・・・》な?」
そしてどこまでも罪深い。
「ひゃんっ! でも危ないのは苦手よぉ!」
リウィアに向かい放たれる鱓たちを小鳥が往なしていく。己の体を使い、銃器を使い、溢れる血液を気にせずに。
「小鳥さぁーん! ちょっとだけ匿ってくださる?」
そう言う間に、既に背に潜り込み、ついでとばかりにふわふわの電子妖精たちがリウィアを守り通している。彼らを取り除くには相当な時間がかかることだろう。
黒服と電子妖精の交戦が続く。リウィアに向けて放たれる弾丸を受け止めた電子妖精が消えた、その瞬間、小鳥がオルキスへと肉薄する。
「お姉様、あなたの相手はここにもいるでしょう?」
一瞬の出来事だ。目前、鼻先が触れそうなほどの距離に現れた小鳥。小鳥の脚を狙い蹴りを繰り出すオルキス。オルキスが纏う紫煙を警戒しながらも、その攻撃を小鳥は体で受け止める。痛みなど関係ない。防御もまた、関係ない――。
「ッ、く……!」
一発の銃声が響いた。オルキスの脚を撃ち抜いたのは、小鳥の放った銃弾。よろめくその姿を見てフィクサーが動こうとしたが、それを察した電子妖精が彼へと突進を食らわせ動きを阻止する。
「集中して……こういうときに頼りになりそうなお友達……」
リウィアはふわふわのモーラット・コミュの群れに囲まれながら、銃弾響く中で考える。
ええと。ええと。そう、確実に『捕まえられる』ような。大きくて、できるだけたくさん、一度に出来て。
あっ。あの子はどうかしらぁ?
「――ヘカトンケイルと呼ばれていたわぁ!」
……彼方の花の香り。それは、どこかで嗅いだことのある『それ』だったかもしれない。タルタロスから訪う足音。ギューゲース――百の腕、五十の頭――異形は然と顕現した。無数とも呼べるほどの腕が振り下ろされ、拳がコンクリートを叩き割り、黒服もコンテナも何もかもを潰していく。
逃れられない。撃ち抜かれた脚は上手く動かない。立っているので精一杯だ。小鳥が下がるのを見てから――オルキスは頭上を見上げることなく、リウィアをただ真っ直ぐに見つめる。
「あんなにも幼かったのに」
それは長命種としての、『いつか見た彼女』への言葉か。
押しつぶされる。血液が散る。めきりと嫌な音がした。ずり。手がコンクリートを擦る。――これでは死体はともかく携行品すら潰されてしまったのではないか。傍観する男の脳裏をよぎる思考。まあ良いだろう――問題は、まだ残っている。
「……残念ですね。良い商売相手だったのですが。これでは次は無いか」
顎に手を当て、小声で言い。首を傾げてみせた男は、血しぶきを浴びてなお無表情だった。一足先に百手の届く範囲から逃げ延びた彼は、深い溜息を吐きながら――銃を構える。
第3章 ボス戦 『フィクサー『クライム・サスペンス』』
散った血肉は文字通りに散々だ。せめて欠片を踏まぬようにと足取りを慎重に運ぶフィクサーはEDENを一瞥し、己の拳銃の弾倉を交換する。銃口はまだ向けない。まだその理由がないからだ。
「交渉の余地がないことは知っていますが、些か――ここまで出し抜かれると、腹も立つというものです」
感情を殆ど廃した言葉ではあるが、それに僅かに滲む棘。どろり。足元から静かに滲み出る黒。仙魂が僅かに風を吹き起こし、フィクサーの髪とコートを揺らす。
整った顔に付着した血液を拭い去ると、男は軽く肩をすくめて。
「――それでは、殲滅を」
フィクサー『クライム・サスペンス』は、僅かに――笑んだ。