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●くろくぬれた
「如何ですか」
「上出来だ」
 言葉はあまりにシンプルである。波音だけが響く世界、積まれたコンテナがゆっくりと船へと積まれて行く。行き先はどこか。欧州である。欧州のどこか。さてはて、知りはしないとも……。

 埠頭はあまりに静かだった。√EDENへと訪った『フィクサー』は、麗しき女との一つの取引をしていた。

 積荷は人。
 アタッシュケースに金銭。
 そこらを泳ぐインビジブルへ目を向けるフィクサーを見て、オルキス・アウレリス・ルキアナ・ポータルは微笑んでみせた。偽物の、甘い笑顔で。

「慣れないか」
「ええ。我が√と比べれば。それこそ水族館、とでも言いましょうか」
「そのうちに『そちら』の√もこれに満ちる」
「そう願っています」
 これは対等な交易である。互いがそう認識しているのだから、間違いのないものである。
 ひとつ問題とするのなら、コンテナの中、喚く声が反響し、喧しい声を響かせていること……。

●おかえり。
「『おかえり』諸君! 厄介事だぞ! わたくしも関わりたくないなと思うタイプの!」
 ディー・コンセンテス・メルクリウス・アルケー・ディオスクロイ(辰砂の血液・h05644)、声量お化けは高らかに笑う。アッハッハ。さてはてどうかね最近は、わたくしは翼の手入れにご執心だった!

「ある埠頭にて、二人が『密約』を交わしている。周囲に人の気配はなく静かで、波の音と――コンテナから響く人の声がする程度だ」
 それは静かではない。星詠みにそう指摘する間もなく、まあ待てとメルクリウスは辰砂の爪を宙で踊らせる。
 曰く、欧州を中心に活動している人身売買組織と、√仙術サイバーの組織……『黒域』が、人身売買による利益を得るため――そしてその恐怖と苦痛を利用した、インビジブルの確保のために手を組んだ、との事だ。

「美男美女と侮るなかれ、どちらも放置できはしない。相応の実力を持つ簒奪者が二人、埠頭に揃っているのだ。まずは下見から入るがよかろう。捕えられている人間の数、戦場となる埠頭の様子……それらをよぅく観察してほしい」
 下手に巻き込めば人質どころか人死にが出るからな。笑うメルクリウス、どこまでも声が大きい。

「女の名はオルキス・アウレリス・ルキアナ・ポータル。長いが覚えろ。男の名は不明、通常フィクサー、『クライム・サスペンス』。後者が√仙術サイバーから訪った男だ」
 くるくる爪を回す手がようやく止まった。ぴんと人差し指を立てて、あからさま、翼で隠された目が笑んでいるのが分かる笑みを浮かべ。

「オルキスもクライム・サスペンスも逃すな。ここで野望を潰えさせろ。……戦闘において、クライム・サスペンスは己の『フィクサー』としての実力を存分に使ってくる。ようは、戦闘中、オルキスの補助のために動く確率が高い。良い商売相手なのだろう」
 そこまで言って、メルクリウスはカリ、とテーブルの上に置かれた資料を爪で掻く。赤く刻み込まれた辰砂のあと、バツ印を書いてみせた。
「……まあ、下手をすればオルキスには逃げられる可能性もある。そうすれば残念なことに、フィクサーの思うがままだ」
 ふうむと顎を揉む星詠み。それだけ事前準備に時間をかけろということか。

「まあいい……さあいざ行け諸君! わたくしはまだ暑いので働かないぞ! アッハッハ!!」
 暑いのは羽毛のせいではないか。翼の怪人、ばさりと羽ばたいた。
これまでのお話

第3章 ボス戦 『フィクサー『クライム・サスペンス』』


 散った血肉は文字通りに散々だ。せめて欠片を踏まぬようにと足取りを慎重に運ぶフィクサーはEDENを一瞥し、己の拳銃の弾倉を交換する。銃口はまだ向けない。まだその理由がないからだ。

「交渉の余地がないことは知っていますが、些か――ここまで出し抜かれると、腹も立つというものです」
 感情を殆ど廃した言葉ではあるが、それに僅かに滲む棘。どろり。足元から静かに滲み出る黒。仙魂が僅かに風を吹き起こし、フィクサーの髪とコートを揺らす。
 整った顔に付着した血液を拭い去ると、男は軽く肩をすくめて。

「――それでは、殲滅を」
 フィクサー『クライム・サスペンス』は、僅かに――笑んだ。