死着のトレイン
●日常発
√EDEN・新宿駅初。
今日も観光列車は走る走る。トンネルを抜けて、富士の山を仰いで。
列車の内部は木材が使われた、クラシックな装いのレストラン。
シェフが提供する食事やスイーツを心行くまで堪能できる。
今日も観光列車は走る走る。たくさんの人々の笑顔を乗せて。
――その列車の終点が“死”だったら……どうする?
●非日常行
「どうするも何もねえとは思うが。……ある怪異の仕業で、観光列車の乗客皆が死に至る光景を視ちまった。止めに行ってもらえるか?」
鬼道・太一朗(h05388)と名乗った男の予知によると、怪異は√汎神解剖機関から√EDENに出現したものであるという。
「件の怪異は既に何件か、列車関連で小規模な事件を起こしているみたいだ。だが、√EDENの奴らは“忘れる力”が強すぎてな。今までのやらかしは全て、事故って形で処理されちまってる」
されど怪異は今回、大胆な策に打って出る。
ゆえに、星詠みの力で事前に予知が可能だったのかもしれない。
「ここで元凶を倒せば被害を防げるだけじゃなく、一連の事件も終わりってわけだ」
まずは、敵の懐に潜り込む必要がある。
観光列車の乗客として、何も気付いてないような振る舞いで過ごすのだ。
「飯食って景色でも楽しんでりゃ、まあ気付かれねえだろうよ。警戒だの調査だのは、むしろしねえ方がいい。英気を養うつもりで楽しんでくれ」
気付かれることが無ければ、いずれ怪異は行動を起こす。
「まずは配下らしき何かが出てくるまでは視えたが……どんな奴らかは不明確だったな。だが、元凶は確りと捉えた」
人を死に誘う怪異。
その名は。
「高天原・あがり。善意の死滅天使と称される人間災厄だ」
そいつは「人は幸せに死ぬべき」という考えから、他者を死に誘っているらしい。
此度の一連の事件も、あがりなりの哲学によって引き起こされるものなのだろう。
「まったく、迷惑な話だ。死に方を勝手に決められるなんてな」
太一朗は√能力者達を見つめる。その瞳に誰一人として、同じ顔は映っていない。
「お前らにも乗客にも、それぞれの|人生《みち》がある。ここで途切れないように……頼んだ」
第1章 日常 『列車に揺られて……』

●
人は幸せに死ぬべき。
それが大往生ならまだしも、誰かに勝手に運命づけられた死ではたまったものではない。
事件の報せを受け、赫田・朱巳(h01842)は現場に赴くと決めた。
他者の運命に手を出す行為など、自分が阻止してみせようと。
(「さて、注文は何を……」)
食堂車。
椅子に小柄な身体を収め、朱巳が捲るはカジュアルな品を集めたメニュー表。
彼は健啖家だ。それも欠落の影響を受けて、人の域を超越したレベルの。
高級なメニューにも興味をそそられるが、此度は後に事件が起こるとわかっている。
優先すべきは、腹ごしらえ――つまりは、量だ。
「よし」
ぱたりとメニューを閉じて、注文した品々は――。
肉厚のロースをとろとろの玉子で閉じたカツ丼。
グレービーソースが肉の味を引き立てるハンバーグ定食。
さっぱりとした、それゆえにいくらでも食べられそうな唐揚げ定食。
フランスパンに挟む形式の具だくさんのサンドイッチ。
これだけの量であれ、朱巳にとっては腹四分にもなるかならないかという程度だが。
(「あまり注目を集めすぎても困りますからね」)
料理が運ばれてくる最中にいくらか視線を感じたものの、乗客らは既に各々の時間に戻っているらしい。
人目を気にせず食事を楽しむことができそうだ。
両の手を合わせて。
「いただきます」
最初はどれから――決めた。ゲン担ぎも兼ねて注文したカツ丼にしよう。
まずはカツを一切れ。じゅわりと肉から旨味が染み出し、衣と玉子とマッチする。
つづけてご飯も掻きこめば。
(「これは……あっという間に食べ切ってしまいそうですね」)
箸が止まらない。
二口、三口と食べ進めていくうちに、丼は綺麗に空になった。
(「そういえば」)
紙のナプキンで口を拭う最中、朱巳は己が内に集中する。
|神霊のポチ《マーモット》は静かなものだ。
静かにしているようにと言い聞かせたこともあるが、今は特段に怪異も動きを見せていないといったところか。
ならば。
(「心置きなく食事ができそうですね」)
さて、次はどれを食べようか?
●
がたり、ごとり。電車は揺れる。
静かで穏やかな時間だ。
されど、クラウス・イーザリー(h05015)は何処かそわそわした様子。
(「ただのんびりするっていうのはちょっと落ち着かないな……」)
無理もない。|彼の育った世界《√ウォーゾーン》は、安らぎとは程遠い環境だ。
常に戦いと隣合わせ。気を抜くなどもってのほか――むしろ、頑張らないと気が抜けない。
(「でも、今回はのんびりするのも仕事の内だ」)
せっかくだ。何か軽く腹に入れようか――。
クラウスが選んだのはサンドイッチ。
耳を落とした食パンに具材を挟んだ一般的な形状のものだ。
だが、具材にはこだわりが。
ハムにチキンサラダ、スモークサーモンにカニサラダの四種。
見慣れた、しかし見た目にも上品なメニューだ――少し、気後れもするけれど。
「いただきます」
まずは馴染みのある具材から。ハムサンドを一口齧ったクラウスは。
「っ! 美味しい……」
思わず目を見開いた。
パンのしっとりさか、あるいはハムの質か、食材そのものの鮮度であろうか。
√ウォーゾーンの食事とは、何かが違うのは間違いなかった。
(「……学園の皆にも食べさせてあげたいくらいだ」)
食糧に乏しい己の世界で、美味い食事にありつける機会は殆ど無い。
気が付けば、ハムサンドはクラウスの腹に全て収まっていた。
せっかくの機会。今のうちに堪能しようと、もう一切れ手に取ろうとして。
ふと視線が捉えるは、窓の外。
踏切で母親らしき女性に手を引かれて、幼い男の子がこちらに手を振っている。
大きく、大きく。全身を使って。
自然と、軽く手を振り返す。刹那、親子は通り過ぎ、小さくなって見えなくなった。
「本当に、平和なんだね。この√は」
素直に羨ましいと感じた。
でも、だからこそ守りたいとより強く思った。
改めて、サンドイッチをもう一切れ。
味わい深いスモークサーモンは、大人の味だった。
●
雪月・らぴか(h00312)のテンションは今日も高かった。
「うひょー! 観光列車の旅!」
あ、窓は開けないでくださいね。
「新宿から富士山見える方向。なーんか帰省っぽい!」
普段は家でゲームばかり。こういった旅は、らぴかにとって新鮮だ。
けれども、この列車は死に向かって走っていると聴く。
ホラー好きの血が騒ぐものの、それはそれとして。彼女は事の重大性をきちんと把握していた。
(「犠牲者出るってのは……やばいねぇ」)
もっとも、自分達が何とかしてさえしまえばいいのだ。
だから、まずは。
「さてさて。ここ、ごはん美味しいはずだよねー」
何か食べながら、敵が動くのを待とうではないか。
「うひょー!」
本日二回目のうひょー、いただきました。
「これこれ! しょっぱいのと甘いの、交互に食べたら幸せだよね!」
らぴかが選んだ品は二種。
一種目は銀鮭がメインの定食。
シンプルな鮭の塩焼きに、チキン南蛮や出し巻き玉子、タケノコの煮物などを添えて。味噌汁付き。
そしてもう一種は、苺のブリュレパフェ。
爽やかな旬の苺を、香ばしいクレームブリュレに合わせて。
「いっただっきまーす!」
食べ切れるのか……という心配は、彼女には不要だ。
「鮭! あっさりしてるけど、だからかな? 鮭の本来の味がわかるー!」
何しろ彼女、よく食べる。
具体的には激しめの運動部の男子高校生くらいには。
「そしてそしてー、続けてご飯を……んまっ! 地球に生まれて良かったー!」
なお、甘いものは別腹である。
「やばい。コレやばいよ。無限ループだよ!!??」
味噌汁で口直しのち、再び鮭に手を付けるらぴか。
大丈夫。この後は戦闘が控えている。そうゾディアックサインは告げている。
だから、たっぷり食べても大丈夫。
「よーし、お待たせ! 苺ちゃん!」
食べた分のカロリーは消化しきれるはずだから!
●
列車の旅の楽しみとは何だろう?
人の数だけ答えはあろうが、一定の指示を集めるであろう意見がある。
――駅弁だ。
この観光列車にあるのかって?
ご安心を。
乗客の腹も心も満たすのがこの列車の使命ゆえ。
「ふふっ! まずは撮影してからっ!」
心弾ませて、リア・カミリョウ(h00343)はスマホを構え。
まずは未開封のパッケージを、続けて開封したところを。
鮭の西京焼きが食欲をそそるが……もうちょっとだけ我慢。
自撮りもしっかり。可愛く盛ったら。
「送信っと。あとはSNSの方も……あ、顔にスタンプ!」
真っ先にメッセージアプリで送信したお相手は誰かって?
内緒。
さてさて、一通り送ったらお待ちかね。
「頂きます!」
鮭をほぐして、ぱくりと一口。
「んん〜! 美味しい〜!」
銀ダラと迷いに迷ったが、こちらを選んで正解だった。
渋好み? ちょっぴり優柔不断?
否。乙女心はいつだって複雑で、時に欲張りなものなのだ。
皮まで美味しくいただいて――。
「……綺麗だなぁ」
お腹を満たしてのち、リアは窓の外を動画で撮影し始めた。
トンネルをひとつ抜ければ、遠目に雪化粧の富士の山。
次々移りゆく景色と裏腹に、ゆったりと時間は過ぎてゆく。
(「たまにはのんびりも悪くないね」)
この心地は、動画でも伝わるだろうか。
共有したいあの人に。
●
観光列車の旅と聴いて、シンシア・ウォーカー(h01919)の心は踊る。
彼女は元々、旅人だ。加えて、柔和な外見と裏腹に好奇心は人一倍。
さて、この度ではどんな体験が――。
きゅう。早速、お腹が鳴った。
(「うふふ、まずは食堂車ね」)
新宿を発って早々、まずは良い匂いに満ちた食堂車へ。
一歩、足を踏み入れて。
「まあ!」
思わず感嘆の声を上げるシンシア。
木目の内装、赤いシート。ホテルめいた、雰囲気たっぷりの空間だ。
こういう場所では洋食を頼みたくなる。
ゆえに席に着いて、選ぶメニューはビーフステーキ。
共に注文した赤ワインは、列車の通り道で作られたご当地ワインであるとのこと。
いただきます、と両の手を合わせて。
手ごろな大きさに切った、柔らかなステーキを口に運べば。
「――っ!」
デミグラスソースと肉の旨味がシンシアの言葉を奪う。
ワインは渋みの強いフルボディ。ステーキとの相性は抜群。
シンシアの喉を、幸せの味が流れてゆく。
(「景色を堪能しながら、こんなご飯が食べられるなんて」)
頬を僅かに赤く染めて。顔を上げれば、既に都会のビル群を抜けていて。
「――綺麗ね」
そこには、のどかな自然と雪化粧の富士の山。
がたり、ごとり。
優しく揺れる列車の音。
旅のひと時は、まだまだ続く。
●
ふかふかシートに身体をうずめて。
「はぁ……」
贄波・絶奈(h00674)は思わず溜息ひとつ。
此度は自分で歩かなくても良い。
最高だ――この旅が、汎神解剖機機関の仕事でさえなければ満点だったのだが。
(「ま、いいや」)
怪異は向こうからやって来てくれると聴く。
ならば今は適当に、マイペースに列車の旅を楽しもうではないか。
ふと、窓の外に視線を送る。
東京のビル群は既に抜けて、自然豊かな風景が広がってゆく。
(「うん。景色を眺めながら食事かな。駅弁、頼めるんだよね?」)
メニューを広げる。名物の駅弁の中から注文できるらしい。
何となく、指差して。絶奈が選んだ一品は――。
「へえ、なかなか……」
ご当地のブランド鶏を使用した鶏めしであった。
鶏そぼろで彩られた茶飯に、鶏の照り焼きを乗せた一品だ。
おかずは錦糸卵や煮物が数種。お供には熱い緑茶を。
(「まあ仕事だけど。こういうのが食べられるなら……まあ?」)
箸が進む。
なんとなく辿り着いた先で出会ったものにしては上々では、なんて。
ぼんやり物思いの間に、弁当の容器は綺麗に空になっていた。
「ふー……」
此度の溜息は満足の意。飲み頃になった茶を啜れば、鶏めしの味が思い起こされる。
がたん、ごとん。
「……」
満腹、静寂、程よい揺らぎ。
瞼が重くなってくる。
(「……ちょっとひと眠りしよう」)
サボリ? いいや、この先に控えてる戦いに備えてのことだ。
もっとも、列車に揺られれば眠くなるのも必然で。
(「……おやすみ」)
少女は静かな寝息を立て始める。
がたん、ごとん。
揺り籠のように揺れながら、観光列車は走り続ける。
●
「イェーイゆるり観光列車の旅〜」
新宿駅にて、列車をバックに動画を撮るは一文字・伽藍(h01774)。
彼女は動画配信者としての顔を持つ。
「あれあれ、バラエティ番組とかで「都会の喧騒から離れて」云々言うやつ」
歌ってみた等が主ではあるが、此度の動画も何やらに活かせるかもしれない。
「さて、と」
一通り、撮り終えて。
「たまには良いよねぇ。のんびりすんのもさ」
伽藍は列車に乗り込んでゆく。
列車の椅子に収まった伽藍。
メニューへ向ける目は真剣そのもの。
「どうしよっかなぁ」
だって、曾祖母ちゃんが言っていたのだ。
旅の醍醐味は綺麗な景色見ながらの美味しいご飯だって。
ならば、旅のお供選びに妥協はしない。
駅弁にしようかとも思ったが、やはりここは何か頼みたい。
そうして選んだのは、甘い物。
「お~、見事なフワフワ系……」
フワフワの生地に、旬の苺を主役とした数多の果物が乗ったパンケーキだ。
生クリームもきちんと添えて。飲み物にはフルーツジュースを。
大人なら迷わず酒を頼んでいただろうが。
(「未成年の飲酒ダメ絶対。ホーリツイハンで家でもガッコでも怒られるわ。父さんの拳骨が光って唸っちまうわー。おーこわこわ」)
それは、数年後のお楽しみに取っておくこととして。
手ごろなサイズに切ったパンケーキと生クリームと果物を口に運べば――。
「え、何これうまっ。美味すぎてウマになるわ」
思わず、スマホに手が伸びる。配信者の宿命である。
「あ、食べる前撮り忘れた。……ま、いっか!」
●
席に着いて、全身でうきうきしながらメニューを捲る少年がひとり。
「メッシだ飯だ、観光列車ー♪」
レストラン付きの列車に乗るなんて、ラグレス・クラール(h03091)には初めてのこと。
初めての環境、車内に満ちる食欲をそそる香り。
テンションが上がらないわけはない!
「今回はたらふく食うぞー! ……とはいえ、何でもあるんだな。どうしよ」
味は勿論のこと、量もがっつりいきたいところ。
もしも足りなければ、追加で注文するとして。
「すみませーん!」
少年が選んだ一品は――。
「おおお!!」
不思議と昔懐かしい感じがする、ポークカツレツ定食であった。
ボリュームたっぷりのカツレツにシャキシャキのキャベツを添えて。
ライスは大盛り、野菜スープ付き。
飲み物には烏龍茶を。
「いっただきまーす!」
早速、ソースをカツレツにかけて。一切れをライスと一緒に頬張れば――。
「っ!!!」
一口、また一口。
少年の箸は止まらない。烏龍茶で口をすっきりとさせ、また一口。
何しろ、食べ盛り。きっと、まだまだ食べられる。
サクサクの衣の味わいを楽しみながらも、メニューにちらりと視線を送ると。
「ん?」
御霊のテラが前肢でメニューをカリカリと掻くような仕草をしている。
そういえば、席に着いた時から何処かそわそわしていたような?
「テラ。お前、もしかして……“食いたい”の?」
試しにカツレツを一切れ差し出すも、テラはメニューを気にするばかり。
テラが食事をするのか否か、そういえば師から聴いてはいなかった。
どれどれと、頁と開いてみると。
「……苺スイーツ?」
本当に食べるのか? 肉食獣に近い外見のテラが?
わからないが、もしも食べずとも自分が食べればいいと判断し。
「すみませーん!」
二度目の注文を行う少年。
食事の時間はまだまだ続きそうだ。
だが落ち着く頃合いにはきっと、腹ごなしの舞台も整っているだろう。
●
がたり、ごとり。
揺れる列車に身を任せ、歪・静真(h04836)は移ろう景色を眺める。
なかなかどうして悪くない心地だ。
「……サテ」
メニューを開く。何処か懐かしいものから、真新しいものまで。
どうやら人間の進歩というのは、食事の分野においても目覚ましいようだ。
「酒に合うものがいいねぇ」
ならば、魚はどうだろう。
今日はハイカラな気分でと、注文したものは――。
「おやおや。どれから食べようか迷っちまうね、これは」
魚がメインのコース料理は、前菜から華やかなもので。
牛蒡とレンコンのマリネやら、キャロットラペやら、アンチョビのブルスケッタやら。
聴き慣れぬ音の料理が沢山。
まずは、さっぱりと野菜からだろうか。キャロットラペを一口摘まむと。
「うん、いい味だ」
爽やかな香りが鼻を通り抜ける。
程なくしてスープが運ばれてきて、そして。
「こちらはどうだろうね」
レモンバターソースを使った、タラのポワレがやってきた。
皮はぱりぱり、身はふっくら――間違いなく、日本酒と相性抜群だ。
「ああ……こりゃいい」
富士の湧水で造った酒は、すっきりとした辛口なもの。
白ワインとも似た風味は洋食にもよく合っている。
最高だ。
「このトシになってもまあ、食べた事がないモンがポンポンと増えて……」
感嘆の息を漏らし、人の世に混ざりし妖はふと思う。
改めて、古妖とは言い表せぬ程に残念な存在であると。
(「味音痴なのか、何なのかねぇ。人間にばかり拘って、その手で作ったもんには目もくれないときた」)
――この味わいの良さがわからないなんて、古妖というやつは人生の半分を損しているのでは?
(「ま、アタシも人じゃあないけどネ」)
富士が育んだ酒を、また一口。
至高の味わいだ。うっかり飲み過ぎないようにしなければ。
●
木をふんだんに使った内装、赤いシート。想像以上にクラシックな雰囲気。
(「ふぅん、悪くないじゃない?」)
リリンドラ・ガルガレルドヴァリス(h03436)にとって、列車の旅は初めてのこと。
隈なく散策を終えて、ふかふかシートに身を沈める。
作戦上の行動と理解はしているが、星詠みも「楽しめ」と言っていた。
ならば、時が来るまで存分に乗客として楽しもう。
せっかくだ、高級な料理を注文してみようか。
代金? 何とかなるなる。
「あなた、よろしくて?」
あえてちょっと気取った言い回しで、ウェイターに声掛けて。
リリンドラが選んだ品は――。
(「へえ、オードブルもスープもなかなかだったけど……」)
肉料理がメインのコース料理。
パテ・ド・カンパーニュに、コンソメスープ。ポワソンの酒のムニエルを楽しんでのち。
運ばれてきた牛肉のヒレステーキは特別に気に入った。
「この料理、正義の味がするわ!」
そう、正義。リリンドラの正義。
美味しいものは正義だ。ワイングラスに注いだぶどうジュース――お酒は二十歳になってから――を一口。今なら、誰にも負ける気がしない。
ふと、窓の外を見る。雪化粧の富士が太陽に照らされ、輝いている。
(「わたしが空を駆けてた頃、こんな景色も見たのかしら」)
何気なく首の傷跡に触れ、竜の少女は首を振って。そして、食事を続ける。
「デザートはいちごの……グラニテっていうのね!」
シャリリとした食感に、さっぱりとした味わい。
これを吸い込まれそうな夜空の下、楽しめるなんて最高では――。
「え、あら……?」
思い返す。
自分は雪化粧の富士を確かに見た。
そう時は経っていないはず。
窓の外を見る。
風景は、漆黒。
異変に気付いたのは、おそらくリリンドラが最初であっただろう。
――イッタイ イツノマニ ヨルニ ナッタノ?
第2章 集団戦 『狂信者達』

●途中下車は許されない
誰しもが異変に気付く。
窓の外の風景は、何時しか漆黒に塗り潰されていて。
乗客の姿も見当たらない。残った者達が集まって確かめれば、皆が皆√能力者であった。
つまりは、事件解決に乗り出した者しかその場にいなかった。
他の車両はどうなっているだろう。
繋がる扉を開けば、そこは。
* * *
何処までも広い、儀式場めいた場所だった。
ざわざわ、ざわざわ。
√能力者の存在を認め、焦った様子を見せるは黒ずくめの宗教者めいた何かども。
曰く、どうやって此処に来た。
曰く、どうして貴様らは術が効かぬのか。
どうやら何らかの術を以て、乗客達を死の旅路へ導く算段であったらしい。
そして。
曰く、善意の死滅天使の邪魔はさせぬ。
そう言って身構えた者どもの瞳は、狂信に染まっていた。
善意の死滅天使。
其は、此度の元凶の異名であったはず。
そして、√能力者達に明確に敵意を向ける集団。
状況から考えて、奴らが敵配下に違いない。
怪異を討ち取るその為に、まずはこの狂信者どもを片付けねばなるまい。
●
人の気配の無くなった列車。別車両に続く扉を開けると――。
「おおお!?」
その先は異空間。らぴかが想起するは、最近プレイした某ホラゲ。
……だがアレは確か、異変をどうにかすれば次の車両に進めるのではなかったか?
(「なんて考えると……こんなことできる怪異って結構やばいやつかも?」)
不安も過ぎるが、敵は焦りの色を見せている。
こんな時に取るべき策は、
「よーし、ささっと片付けちゃおう!」
速攻、あるのみ!
「こいこい集まれ吹雪の力っ!」
左の拳に吹雪を纏いて。
「ズバッと一発れっつごー!」
繰り出せ、|雪風強打サイクロンストレート《セップウキョウダサイクロンストレート》!!!
まさか、らぴかが単身突っ込んでくるとは。狂信者どもにも想定外だったようで。
「天使様の承認を――」
などと、ほざく。
何を企んでいるかはともかく、らぴかがそんな隙を与えるはずもなく。
「――早く得nふぐぅ!!??」
顔面に一発、お見舞いする。
すぐさま身を翻し、また次の敵へ。
√能力で増した速度は、狂信者どもには到底捉えられず。
「次、次! ガンガン行くよー!」
殴って、殴って、ぶちのめして。
数を減らす最中、思考する余裕すら生まれる程だ。
(「列車を使って儀式をするって、この信者達は鉄ヲタだったりするのかなー?」)
あるいは、元凶が?
真実は窓の外を塗り潰せし闇の中。
●
宗教というやつは、時には厄介なものだ。
人を救うというお題目で、戦争の火種になってしまうことだってある。
日本人であるリアは無宗教を自認している――強いて言うならば、万物に神は宿る。八百万の神がいるといった考え方に馴染みは深いか。
基本、盆もクリスマスも違和感なし。何でもオーケーではあるが。
「でも、君たちは受け入れられないかな」
得物を構えるリアの傍ら、シンシアは敵を見つめていた。
両の手で口元を覆って、わなわなと震えて。
「なんとまあ、物騒な集団……」
ちらり。リアがシンシアを見る。
流るる金髪、背の翼。セレスティアルだ。もしかしたら、怪異慣れしたリアとは違って恐怖か怯えの感情が……。
「旅情が台無しではありませんか。もう一杯ワインおかわりしたかったのに!」
「えっ」
そんなことは特になかったらしい。
「ここで討たなければ。如何なる思想であろうとも、それは他者を死に導く道理には決して成り得ないのです!」
「……うん、そうね」
先程聴こえた気がした私情はきっと、ふわり香るアルコールのせいだきっとそうだ。
「承認が降りたぞ! あれを……」
敵が動きをみせた。されど、好きにはさせてやらない。
「援護、お願いできるかな?」
「ええ、任せて」
リアが戦いの歌を響かせる間に、シンシアがさっと後方へ下がり陣形を整えた。
|骸さん《マイク》の調子は今日も万全。今日のナンバーは威圧的な高音。
途端、一点に集まらんとしていた狂信者どもが動きを止めた。
「み、耳がッ!」
「怯むな! 早く魔力砲を、『信仰の炎』を……」
されど、集合はシンシアに阻止される。
「『信仰の炎』とおっしゃいましたか?」
じゅうと音を立て、ウィザード・フレイムが敵のローブを焼いた。
「炎がご所望なら、いくらでも」
また一つ火の玉が現れ、爆ぜ、狂信者どもの目を眩ませる。
列車の揺れも利用した、軌道の読めぬ魔法攻撃。
これには敵もたまったものでなく一旦、散開を試みる。
――リアとシンシアにとっての好機となることも知らずに。
「痛い目見てもらうよ!」
「反撃の隙は与えないわ」
錯乱した敵から、リアが|小野さん《アックス》で叩きのめしてゆく。
後方ではシンシアが詠唱の趣向を変え、手数を増やして狂信者どもを牽制する。
二人のコンビネーションにより、敵は確実に数を減らしてゆく。
「クッ、天使様の教え……幸せな、死……」
狂信者は最期まで、狂信者のまま。
きっと、死んでも改心などしないのだろう。
(「命の輝きが無いね。人生もったいないと思うよ」)
リアがまた一体を倒して顔を上げると、シンシアと視線が交わった。
首を振るシンシア。きっと、似たようなことを考えていたのだろう。
他者の意を鑑みることなく、己が狂信によって死に導く。
そんな在り方で人が命を輝かせることなど、けして在り得ぬのだ。
●
蹴散らされた狂信者の持っていた得物が、からりと音を立て床に落ち、滑る。
其をつま先で受け止めて。
「はい出た〜〜〜なんかヤバい儀式やってるやつ〜〜〜」
伽藍は画面越しに戦場を見、そしてそっとスマホを懐にしまった。
どういう理屈かは不明だが、この空間は靄がかかったようにまともに映らない――何より、大事な|旅の思い出《素材》に何かあったら大変だ!
「ゲームとか漫画とか、あとどっかの√で百万回は見た。たまにはスタイリッシュな儀式とかしないワケ?」
古き良きを守るのも大事だけれどもと、肩を竦めた伽藍と並び立ち。
「お前達の信仰に、無関係な他人を巻き込むな」
クラウスは静かに、されど威圧的に狂信者に告げる。
青の瞳に映した敵は、各々の武装を構えて答える。
わかっていた。言葉は通じないと。
「本来信仰は自由なものだけど」
ゆえに銃口を向け、さらなる返答とする。
目には目を、武には武を。
「他人に押し付けるのなら、それはただの狂信だ」
わっと押し寄せる狂信者どもに放たれるは、紫電の弾丸。
一人を見事にヘッドショット。そして戦場に、雷の加護が満ちる。
クラウスの紫電の弾丸により齎される効果は、二つ。
一つは敵への感電効果。
もう一つは味方の帯電による強化。
味方は、多ければ多いほど効果が高い。
即ち。
「お~、これは助かる~」
伽藍の召喚系能力とは抜群に相性が良い。
「さ~て、準備は良いかい? クイックシルバー」
|妖精狩猟群《ワイルドハント》のお出ましお出まし。飛び出すは数十体もの護霊の分霊。
こちらに迫って来ていた狂信者を取り囲む程に数が多い。
それが、強化されたともなれば――。
「ホラホラ頭下げな、釘が刺さるぞ!」
数で悠々と押しきれる程。
「あと足元も気を付けな」
「その忠告は……|一足《・・》遅かったかもしれませんね」
抵抗を試みる狂信者の手足を、クラウスが電撃鞭を伸ばして打ち据え、無力化し。
感電で思うように動けぬところを、伽藍が指揮する霊が袋叩きにしてゆく。
「っつか前から思ってたんだけど、アンタらみたいなのってなんで皆してそんな黒ずくめなの? なんか服装規定でもある?」
伽藍の問いに、答える狂信者はいない。
とうに息が止まっていたゆえだ。
「黒なら目立たないと思ってるかもだけど、寧ろ目立つからね。如何にも「ヤバいやつです」って感じ?」
「もっとも、本当にまずい相手……善意の死滅天使自身らしき相手は見当たらない」
本番はきっとまだまだこれからと、素早く弾を装填するクラウスの張り詰めた表情の隣で。
「何にせよ、今時はアプデもしてかないとって思うけどねえ」
飄々と伽藍が指差した敵が、また一人釘に撃ち抜かれた。
●
わらわらと出てきて絶奈を囲む狂信者。その数、十二体程。
もっとも、彼女が臆するはずもなく。
「ふわ……優雅な列車旅が台無し……」
小さく欠伸をひとつ。
されど、寝起きの瞳にも油断の色はけして無い。
「まぁ、いいや。探さなくて済んだし」
各々の武器を構え、迫り来る敵――だが奴らの動きは、けして速くないと見た。
「起き抜けだし、手加減してね。……って、ダメそうか」
ならば、手数で応えよう。
「じゃ、いいや」
愛用の銃が火を噴いた。
数に任せて距離を詰めて来ていた狂信者どもは、格好の的。
一発目の銃撃で一人を屠り、移行は手足を狙った牽制に移る。
あえて、全てを倒しきろうとはしない。絶奈は機を待っている。
――10秒、20秒
(「ん、やっぱり遅い。なら、ここからは」)
ある程度、敵群の自由を奪い、懐に飛び込んでゆく。
銃からナイフに持ち替えて。
――30秒、40秒。
踊るように、刃を振るい。反撃を躱す。
此処でまた幾人かの首を狩る。
それでもしぶとく、生き残っているから。
――50秒……60秒。
いっそのこと、纏めて終わりへ導こう。
「受け継がれた秘技を見せてあげる」
|【流星】ー空に落ちる夢ー《リュウセイーシューティングスター》、発動。
60秒の間チャージしたインビジブルのエネルギーが剣の形に具現して。
降り注ぐ。
「――なんて。秘儀とか嘘だけど」
流星の如き軌跡を残し、インビジブルソードが敵を貫く。
「天使様……加護、を……」
まだ息がある狂信者には。
「さっさと片付いてよ」
その手で剣を振るい、終焉を。
●
「元凶はあなた方? ……いえ、天使様とやらの方でしょうか」
持ち帰り用に包んでもらったおにぎりを口に放り込みながら、朱巳は戦場を一瞥する。
得物を手にこちらを警戒する狂信者ども――まったく、風情の無い景色だ。
そんな場所でも、おにぎりの美味さが変わらないのが救いではある。
一粒も残さず、腹に収めて。
「惨事回避の為に、邪魔立てさせてもらいます」
朱巳は対の戦籠手、阿吽を構えて駆け出した。
人の域を超えた急加速は|火竜の髭《靴型推進装置》の賜物。
幻惑の炎の軌跡を残して当身を食らわせれば、重い一撃に狂信者どもが纏めて跳ね飛ばされる。
と、その背後には、どうにか朱巳の攻撃を逃れた一団が斧槍を手に身構えているではないか。
単純な武器攻撃を仕掛けてくるのか? それとも√能力を使ってくるか?
敵が何をしでかすかはわからない。
ならば。
「その能力、頂きます」
突き出すは、右掌。
その一連の動作自体が朱巳の√能力・|満足しない右手《ブラックホール》
斧槍の柄を掴んでしまえば、力比べでは朱巳が勝り、狂信者はそれ以上自由に動くことができず。
そのまま得物ごと敵をぶん回し、自身を取り囲まんとしていた敵群を振り払う。
陣形を崩したところに、とどめの追撃を。
息を吸い、丹田を意識し、止めて。
「はあっ!」
気合とともに、一撃を地に放つ。
ごうっと巻き起こった衝撃が、這う這うの体の狂信者どもを吹き飛ばした。
●
ぞろぞろと立ちはだかる黒ずくめの集団。
だが、ラグレスは臆さない。
「来た来た来た! 明らかに怪しい!」
身構えた少年に相対する狂信者の壁の向こうで声がする。
「今のうちに、天使様の承認を……魔力砲を……」
敵は何やら企んでいるらしい。
その声を捉え、静真はふうと紫煙を吐き出した。
「なんだい、魔力砲? 随分とまあ物騒なものを用意してたんだねェ」
ある意味、死の列車旅には相応しい代物かもしれない。
されど、其に巻き込まれた人々にはたまったものではないのだが。
「旅行の行き先を勝手に変更するんじゃないよ、まったく。サテ、坊主」
「ん? 何だよ、姉ちゃん」
静真の真の齢を、ラグレスは知らない。
「敵の陣形はアタシが何とかしよう。……向こう側まで行けるかい?」
女の意を少年は瞬時に汲み取る。
なるほど、向こう側に行けということは――。
「オーケー、やってやろーじゃん」
「じゃ、任せたよ」
軽く屈伸してのち、幾度か軽く跳躍し。
ラグレスが構えを取ったと同時。
「仕事を始めようかね」
静真が放つは、九尾妖力術。
狐の尾を模した妖力の塊が、するり狂信者どもに伸びてゆく。
妖力に打ち据えられて、狂信者の陣形が崩れた刹那。
「しゃあ! 行くぜ!」
ラグレスは全力で駆けだした。
敵の頭を踏みつけて、高く高くに跳び上がり。
「できるもんなら落としてみせろ! でなきゃ天使の邪魔するぞー!」
狂信者の集団の中心目掛け、落下の勢いも乗せて放つは。
「でも、近づくと危ないぞ? 忠告はしたからな!」
闘気を纏った右拳の一撃。纏めて敵を吹き飛ばし――崩れた狂信者の壁の向こう側、少年は砲台の存在を認めた。
見た目はクラシックはカノン砲。おそらくは、殴れば壊せると見て。
「ろくでもねえ天使は、信者もろくでもねえな。あんな危ねーもん、ほっとけねえよな」
地を強く蹴り、右前の構えのままで砲台へと飛んで行く。
少年を阻もうと、体勢を整えんとする狂信者もいたが。
「若いのの邪魔はするもんじゃないよ」
静真の操る狐尾に阻まれ、さらには煙管の一撃を食らって昏倒する。
女狐が。そう、ほざいた敵を見下ろして。
「ああ、アタシは狐じゃあなくて蜘蛛だよ。なんて、もう聴こえちゃいないか」
くるり。掌の中で煙管を回して、女は少年の小さな背を見送る。
彼を阻むものは、いない。
「テラ、悪いな。ここはオレ達だけで充分だ。――後で思いっきり暴れてくれ!」
護霊に語り掛け、体捌きとともに左拳を解き放ち。
魔力砲起動の為に集まっていた狂信者どもごと、砲台を粉砕したのだった。
* * *
「しっかし、列車からこんなとこに繋がるなんてどんな術なんだろうなー」
狂信者が一人残らず伸びているのを確かめてのち、ラグレスは改めて戦場の様子を確認する。
儀式場めいた、一見して石造りの場所。
何処までも広く、薄暗い。されど、不思議と視界に支障はない。
「テラ、何か変わったこととか……」
少年が語り掛けた刹那、護霊が低く唸り声を上げはじめる。
その傍ら、悠々と再び一服する静真。
「何を信仰しようが勝手だが、無関係な人間を巻き込むのは感心しないね」
平静そのものの女が紡ぎ出す言葉は。
「聴こえてんだろう。“天使様”とやら」
薄闇の向こうから姿を現した人影へと向けられていた。
第3章 ボス戦 『人間災厄『善意の死滅天使』高天原・あがり』

●終着駅は
「えー。せっかく、承認出したのに。魔力砲、使えなかったんだぁ」
闇の中から姿を現すは、纏う色彩も声色も明るい少女であった。
見た目は普通の人間と変わりない。されど。
「みんな、幸せに死ねたかな? きっと死ねたよね! だって私のために死んでいったんだもんね!」
異様な精神性も持つことは、その言葉から察せられるだろう。
「で、ここに来たみんな√能力者? かな? うん、そうだよね! だって、黒いみんなを倒しちゃったんだもんね!」
一人、納得する少女の背後に光輪が出ずる。
「せっかくこの列車に乗った縁だし、あなた達も連れてってあげるね! ……あがりが、“幸せな死”に!」
善意の死滅天使は告げた。
あまりに独善的な彼女の思想を。
観光列車は走り続ける。引き起こされた異変をそのままに。
元凶たる少女を討たぬ限り、本来の路線に戻れはしない。
●
(「うひょー! 可愛い子きたー!」)
らぴか、テンション爆上がりである。
けれども、やばい。見た目は可愛くとも、どう考えてもやばい相手だ。
だって、ほら。
「まずはそこの、元気そうなお姉さん。あなたが幸せな最期を迎えられますように」
「ひえっ。ちょ、待っ」
らぴかの返答を待つこともなく、光の輪を飛ばして攻撃してきているではないか!
チャクラムめいた光輪が、らぴかの手足を狙って――。
「いや、ほんと、こんなのいるとか……」
咄嗟に前に踏み込んだのが功を奏し、らぴかはどうにか光輪の軌道からの離脱に成功した。
「やっぱりこの異変列車はホラーだったよ! あはは、テンション上がるね!」
そのまま魔杖を振りかぶり、善意の死滅天使を殴りに掛かる。
「抗おうとする手足なんて、やっぱりいらな」
「ごめんねー! 可愛いけどごめんねごめんねー!」
大振りに振り下ろした魔杖は躱されるも、続けて敵が放たんとしていた光輪が狙いを付けられないままに飛んで行く。
牽制には、それで充分だった。
「キミを倒さないとここから出られなさそうだし!」
そのまま即座に魔杖を鎖鞭形態に変化させ、天使を捕縛し、自由を奪う。
「犠牲者もどんどんでるっぽいからね。それにそれに」
鮮やかな手際で敵の動きを封じたら、さて。
「幸せな死だったっけ? じゃあさ……」
言葉が通じぬ死滅天使への挨拶代わりに、人の身では耐えきれぬ一撃を叩き込んでしまおう。
「まずはキミが死んで手本を見せてくれないかなー!!」
魔杖斧形態、変形。
いざ、|変形惨撃トライトランス《ヘンケイサンゲキトライトランス》!
「振って縛ってカッチンコッチン、ピンクの氷で真っ二つ!!!」
魔法少女めいた口上。しかし、やっていることは。
「これ、杖振りまくるからさー」
氷の刃がピンクに輝く魔杖斧での斬撃である!
「結構大変なんだよね!」
ざっと音を立て、空気を冷気が切り裂いた。
まさに、命を刈り取るように天使の身体ごと切り裂いた。
●
「あなた達は……幸せに死にたくないの?」
斜めに斬られた死滅天使が、呆然とした様子で√能力者達を見ている。
されど、その表情は一瞬のこと。
ぱっと、宝物でも見つけたかのような笑顔になったかと思うと。
「幸せな最期を|邪魔《けが》すなんて、許せない。そうだよね!」
死滅天使は己を中心とした、巨大な光輪を戦場に解き放つ。
津波が押し寄せるように、戦場を全て薙ぐように。
広がりゆく光の輪が、三人の√能力者達の命を奪わんと迫る。
「死は救済ではないよ。幸せでもない」
凛と告げ、リアは|骸さん《マイク》を構えてメロディを編む。
全力を、想いを込めた生命の歌を。
それは彼女の|範囲内攻撃《マイフィールド》。戦場というステージに立ちながらも、リアは理不尽な死を否定する。
(「生きる事こそが、生命力が、命の輝きが幸せに繋がる。リアはそう信じていつも笑っているの」)
だって大事な人が笑ってくれるから――これってすごく大切な事じゃない?
(「凄く苦しい時もあるよ。けど、生命には乗り切っていくだけの力がある」)
リア自身の生きる意味を、力と成して解き放つ。
歌声が、形なき力が。あがりの放った光輪とぶつかり合って。
そして、中和するかのように霧散させてゆく。
好機。
クラウスとシンシアが、敵の間合いへと飛び込んでいく。
先に敵との距離を詰めたのはクラウスだ。
「最期か。……お断りだよ」
|体に電撃を纏いて《アクセルオーバー発動》、自身を稲妻そのものと化して。
「お引き取り願おうか」
上昇した移動速度を乗せたダッシュで急接近。
死滅天使と目と目が合う距離。
届けるは、否定の意を乗せた一撃。
(「俺達√能力者は死んでも蘇るけど、だからと言って死を歓迎する訳じゃない」)
――紫電一閃。
(「何より、この電車の乗客達には“次”はない」)
天使の身体が宙を舞う。
「もし幸せな死というものがあるとしても、それはお前から無理矢理与えられるものじゃない」
途端、あがりがクラウスをぎょろりとした目で見つめる。
笑顔はそのままに、されど殺意を込めた瞳で。
背筋に冷たいものが走り、クラウスは咄嗟に間合いを取った。
その判断は正しかった。
「だって、幸せに死ねるのに?」
天使の身体に光が収束し。
「何でわっかんないかなあ!?」
二発目の光輪の波が放たれたのだ。
(「なんと身勝手な……!」)
右手に握りしめたレイピアを以て、シンシアは迎撃を試みる。
詠唱はとうに終えている。組み立て、解き放つは魔法の衝撃波。
力と力がぶつかり合い、拮抗する――第一波よりも、あがりの攻撃の威力は上がっているようだ。
(「話が通じる相手ではない。笑顔こそ、崩さないけれど」)
シンシアの銀の瞳に映る天使の表情には、こちらへの殺意が滲み出ている。
強い感情で形なき力が増すのは、敵も同様といったところだろうか。
拮抗して、終わりか? ――否。
√能力者達は、ひとりで戦っているわけではない。
シンシアの魔法を、リアの歌声が後押しする。
視線を交わす二人。
頷くリアに、シンシアは頷いて応え。そして再び、あがりを見据える。
眩しいと感じる程の輝きを伴って敵の|攻撃《光輪》が砕け散った、刹那。
シンシアはレイピアの切っ先を敵に向け、新たな詠唱を開始する。
刃に流す魔力に託すは、夜空を流るる星のイメージ。
「ッ! 言ったでしょ。幸せな最期を|邪魔《けが》すなんて……」
地に降り立ったあがりは、シンシアへ狙いを定めんとするが。
「言ったよね。お断りだって。死への誘いは受けないよ」
死角からクラウスの電撃鞭に打ち据えられ、その場に倒れ込む。
天使が体勢を立て直す隙など与えない――詠唱は、成った。
「――空が落ちてくるその前に!」
|Stella Nova《ステラノヴァ》、発動。
(「幸せとは何か。生憎私もその答えを知りませんが」)
死滅天使を中心に、戦場に魔法が落ちてくる。
(「少なくとも、あがり。あなたに殺されることではないでしょう」)
其は、まるで流星群。
降り注ぐ光は強く、優しく。生きる意志に満ちていた。
ここに集った三人の、いや。皆に通ずる想いを具現したかのように。
――けして、こんなところで|終わったり《殺されたり》なんかしない。
生への望みが、死を穿つ。
●
死んだから幸せなのか、幸せだから死んだのか。
ふと絶奈の脳裏に過ぎる命題。解は――まあ、どちらでもいい。どうでもいい。
死を突き付けられようとも、絶奈は常のローテンションを崩さない。
けれども、それはそれとして。
「やたら死を振り撒くとかさ、勘弁して欲しいんだよね」
言うだけは言っておきたい。だって怪異に好き放題やられたら、自分の仕事が増えるのだから。
ふらり立ち上がる死滅天使に淡々と告げる絶奈。
返答は? 既にわかっている。
そう。到底、意思疎通など不可能と。
「大丈夫だよ。……うん、大丈夫。私がちゃんと看取ってあげるから」
「えっ、いやそういうのいいから。結構でーす間に合ってまーす」
ややハイテンション気味に、少しばかりおどけて制止の声を上げる伽藍。
されど間違いなく彼女の本意は、あがりに届いてなどいない。
いやはや、まったく困ったものだ。
伽藍の望む最期は強いて言うなら、お布団の上で大往生。
だというのに、この怪異は。
「そうだよね、看取ってあげないとね。だって……苦しみが好きな人なんて居るはずないよ!!」
狂気に染まった目をかっと見開いて、伽藍と絶奈の顔を覗き込む――次のターゲットとして、二人を見定めたのだ。
途端、二人の身体が動きを止める。
(「麻痺攻撃か。あー、ちょっと面倒かも」)
ちらり。絶奈が傍らの伽藍を見れば、伽藍からも視線が送られてきていて――涼しい顔をしている。なるほど、策はあるということか。
ならばと伽藍から視線を外し、確かめるは戦場の様子。
目を見開いたまま、ゆらりゆらり近付いてくる死滅天使。
おそらくは√能力者達が動けぬ間に、とどめを刺さんとする算段か。
ゆえに、後ろはがら空き。回り込む隙さえあれば……。
「そりゃね、苦しいのが好きって人はそうそういないだろうけどね」
と、ここで迫り来るあがりに声掛ける伽藍。
「だからって死にたいわけじゃねぇの、苦しくとも生きていたいのよ」
常のテンションよりだいぶ抑えた、真摯な声色だ。
「……何が言いたいの? あがりはみんなを救いたいだけだよ?」
「世の中にゃあ死が救いって思ってる人もいるかもしれんけど、アンタが殺した人たちはきっと違う」
怒りすら滲む伽藍の声もまた、死滅天使には届かぬだろう。
「アンタがやってんのは救済とかそんなご立派なもんではなくて、ただの人殺しってワケ。お分かり? っつか、アンタの為に死んで幸せとか本気で言ってる?」
「当然でしょ?」
届かなくとも言わずにおれるか。
さて、宣告してやろう。
「自惚れんなよ」
|きらきら光るお空の星《フラッシュバン発動》よ、勘違い天使に瞬きを許すな。
破裂音とともに、銀の光が死滅天使の目前で弾けた。
其は、伽藍の認めたターゲットに眩暈を齎する√能力。
「アタシの自慢の一等星だ。聢とその狂った目に焼き付けな」
眩んだ目を抑えてあがりが蹲った時にはもう、身体の麻痺は解けていた。
拳を軽く結んで開いて、伽藍は身体の調子を確かめる。
その時にはもう、絶奈の姿は消えていた。
果たして、絶奈は何処へ?
言うまでもない。“仕事”を終えるために動いたのだ。
|『星月夜』ー廻る夜空に贐をー《スターリーナイト・ハローニューワールド》
「安らかな死があれば、それに越した事はないとは私も思うけど」
さくり。
あがりの背後に回り込み、絶奈はナイフを突き立てた。
怪異といえど、身体の構造は人間と変わりないようだった。
「残念ながら死ねないんだよね」
蹴り付けて、ナイフを引き抜き。距離を取りながら構えた銃を。
(「というか、生き返っちゃうんだよね」)
容赦なく発砲する。
この死滅天使も後々に生き返るのだろうか――今は、どうでもいいことだけれど。
●
「な、何で……何でよ……あ、はは。あはは」
服を血に染めてなお、死滅天使は息がある。
人の形をしているものの、流石は怪異といったところか。
「あいつらは何だってこんな小娘を崇めていたんだか……理解に苦しむね」
くるりくるり。煙管を回しながら、静真はあがりを睨め付ける。
|小娘《怪異》の狂気は据え置き。されど、肉体の限界は近いはず。
あと一押しで、おそらくは倒しきれる。
「みんな幸せに死にたいはずじゃない……ねえ、何で? 何で?」
「アンタが幸せに殺してやるから、ここで大人しく死ねってのかい?」
冗談じゃない。
「アタシは確かにばばあだが、こんなところで死ぬほど老いぼれちゃいないよ」
「ええ。幸せな死とは、他人が強引に導くものではありません」
静真を庇うように、朱巳が一歩前に出る。
彼は警戒を強めていた。
あがりの死を慈しむような言動。加えて彼女の限界が近い様子から、即死攻撃を仕掛けてくるのではないかと。
何しろ、あがりの異名は善意の死滅天使――ひとりも殺せずに果てることを良しとするとは思えない。
ここまでの戦いであがりが見せた攻撃の数々。
もっとも自分達を効率よく殺せる技は――。
「この列車に乗った縁っつってたよな?」
ラグレスは既に、踏み込む準備を整えていた。
「せっかくの縁だっつったって、死に連れてかれんのは嫌だっつの!」
「そうなんだ! そうなんだね! 幸せな最期を認めないんだあ!」
いけないんだ、いけないんだ。
問い詰める子供のように、あがりが√能力者達の方を指差した刹那。
「サテ」
「……来ますね」
「っし! 先手必勝だ!」
数多の光輪が出で、飛び交う。
「認めてくれなくても……あがりは祈るよ! あなた達が幸せな最期を迎えられますように」
三人の、首を狙って!
背筋が凍るような心地を受け、朱巳はすかさず横に飛んだ。
光輪を避け、かつ隙を伺う算段だ。
一方でその場を動かず、光輪を受け、弾かんとするは静真。
二人の思惑を助けたのは、ラグレスであった。
真正面から突っ込めば、敵の視線は彼に集中する。
「待たせたなテラ、今度は思いっきり頼むぜ!」
|天照顕現《アマテラスケンゲン》。
獣の遠吠えが戦場に響き、天照光輪にてあがりの攻撃を迎え撃つ。
衝突、のち相殺。
そのまま敵との間合いを詰めて――。
「何で? 即死できたのに!? だって、苦しみが好きな人なんて居るはずないよね!?」
――足が、止まった。
あがりの視線に捕らわれたラグレスと静真の身体が動きを止めた。
「……そりゃ苦しみが嫌なのはそうだろうけどさ」
「……」
言葉を紡ぎ続ける少年、何も答えない女。
動けぬ二人は見ていた。あがりのいる方を。
「でしょ? だから、痛くないように殺してあげるの!」
……厳密には、妄言を吐き続ける死滅天使の向こう側を。
「痛みもなく、眠るように。ほらね? 幸せな――」
「その思想……潰させてもらいます」
がしりと。大きな掌が、あがりの頭に乗せられた。
朱巳だ。
彼は初撃を躱してのち、敵の死角に入り込むことに成功していた。
ゆえに麻痺を受けることなくあがりの背後まで回り込み、|満足しない右手《ブラックホール》の発動に繋げられたのだ。
ラグレスと静真の身体に、自由が戻る。
「生きていなくては、何を味わうこともできないのですから」
火竜の髭による加速と自重を乗せて、朱巳は死滅天使に渾身の当身を食らわせた!
宙に浮いた敵の目を鬼火で灼くは、静真。
これでもう、あがりが麻痺の視線を送ることはできない。
「あ、あああああアアアァァァ!!!」
「“幸せな死”だったかねぇ、少なくとも、アンタがアタシにそれを与えることはできないね」
蜘蛛の糸で絡めとり、地面に叩き付け。
さらに煙管で追撃し、後ろに跳んで道を開ける。
真に死を否定するに相応しきは、若人であろうと。
「幸せな死って何だよ。それに、あの信者達のことも……『私のために死んだ』っつったか?」
ぐっと胸倉を掴まれたかのように、あがりの身体が再び宙に浮き、引き寄せられていく。
怒りを滲ませたラグレスのもとへと。
「お前の勝手な考え押し付けて殺して、しかもそれがお前のためだなんて、何が幸せなもんか!」
天照憑依。|護霊《テラ》と完全融合し、そのオーラを拳に集めて。
「そのろくでもねえ考え、この場所ごときっちりぶっ飛ばす!」
放つは。
「それぞれの幸せを勝手に決めつけられて殺されたひと達の思い、つらさ、不幸せ、思い知っとけ!!」
|天照波動掌《テンショウハドウショウ》。
想いを乗せた一撃が、あがりの胸を貫いた。
怪異といえど、質量は人ひとり。手ごたえはひどく軽かった。
「……しあわせに……死……あがり、も……」
血とともに、言葉を吐いてのち。
死滅天使は、光の粒子となって霧散した。
死体を残さぬ、怪異らしい最期であった。
「やったん、だよな……」
呼吸を整え、拳を握って開いて確かめるラグレス。
もうどこにも死滅天使はいないけれども、少年の手には|怪異を滅した《命を終わらせた》感触が残っている。
「ああ。……サテ、まだまだしぶとく生きてやらないとねえ」
紫煙をくゆらせる静真の脳裏に浮かぶは、|可愛いひ孫《Anker》の顔。
あの子が結婚して子供を産んで、子孫達に見守られながら大往生なら――その前に、きちんと独り立ちできるのだろうか?
心配が顔に出たのだろうか。静真の表情を伺い、声掛けるは朱巳だ。
「大丈夫。だいたいの心配ごとは、お腹を満たせば飛んでいきます」
そんな彼のお腹がきゅうと鳴った。
「終点に着いたら、何か名物でもいただきましょうか」
闇が揺らぎはじめて。やがて、まるでトンネルを抜けたかのように――。
* * *
●旅は続く
がたり、ごとり。がた、ごと、ごと。
「本日はご乗車ありがとうございました。終点――」
√能力者達の耳に届いたアナウンス。
終点は、本来の行先の駅名を告げていた。
乗客達に続いて、降りてみる。
まだ冷たいながらも春を感じさせる風と、やわらかな日差し――嗚呼、確かに生きている。
観光列車は走り続ける。
これからも、たくさんの人々を乗せて。