たぬきはもうだめです……か……?
――ぽ、きゅー……キュー……、
薄暗い隙間の中から響く切ない鳴き声。
たぬきは、たぬきはおいしいものをさがしていただけなのに……。
おいしいにおいをさがしていたら、ぼてぼてとどこかからおちてしまって。
たくさんの、くろくておおきなこわいいぬに、おいかけられて。
あわててにげて、とびこんで。
きづいたら、からだがぬけなくなっていて。
がんばってあしをうごかしてみても、じたじたとからまわり。
たぬきは……たぬきはもうだめです……か……?
●
何時ものティーサロンの一角。
「君達、動物は好きかな?」
黒の星詠み――ノイル・S・リース=ロスは、アイスカフェオレの入ったグラスをストローでくるりと掻き混ぜて貴方に問うた。氷がからりと涼やかな音を響かせる。
「いや、どうもね。誤ってダンジョンに迷い込んだ……|かわいいたぬき《どんくさい子》がいるらしくて。」
ふふ、と苦笑してカフェオレを一口。
「まぁ、自然の掟と云うか、淘汰と云えばそうだけど。……ちょっと可哀想だから、助けてあげて欲しいな。」
√ドラゴンファンタジー。自然豊かな里山の中に存在するダンジョン。
一歩足を踏み入れると、中は石造りの立体迷路になっている。
「それも唯の迷路じゃなくて、|騙し絵《トロンプ・ルイユ》の様な不可思議な構造になってるみたいなんだよね。」
進む度に床が、重力方向が変わり、無為に歩いていると方向感覚を失って迷ってしまう。
更に通路に柵などもないので、うっかり足を踏み外せばたぬきの様に想定外の場所に落ちてしまうだろう。
慎重に、正しい道を探して進むのが肝心だ。
「迷路を抜けた先にはダンジョンモンスターの『バーゲスト』が巣食っているみたいだけど、君達なら問題ないだろう。」
たぬきの様に為す術もなく追い掛けられる、なんてことはない筈だ。
モンスターを打ち払って更に奥に進むと、少し開けた空間がある。
「一見何もない処だけど、何処かにたぬきが詰まってる筈だから、探して助けてあげてね。」
とは云え、たぬきの哀しい鳴き声が響いているのでその発生元を辿れば直ぐに見付かるだろう。
助けてやれば、たぬきなりのお礼も期待出来る。たぬきなりの、だが。
「困っているかわいい子を助けてあげる……位の軽い気持ちでどうか頼むよ。」
そう云った黒い影は、グラスを掲げて微笑んだ。
第1章 冒険 『立体迷路ダンジョン』
「……なんかな。一人で抜け出せないそいつが『あいつ』に似て……放っておけない気が、したんだ。」
依頼を聞き、思わずダンジョンに足を踏み入れたキール・グラナドロップ(過去に縋る影・h13133)はぽつりと零した。
が、傍で揺れる兎耳に、呆れた様に振り返る。
「……で、結局お前もついてくるのか。」
「迷路が気になるからキールについてきたザクロさんだ。」
無表情ながら堂々とした佇まいでキールに続くザクロ・シャハブ(Euclid・h13134)は、ふむと顎元に手を当てて考えた。
騙し絵の迷宮と云うだけあって、眼に見えるだけでも何処から繋がっているのか解らない階段が空に伸びていたり、どう見ても垂直の通路が交わっている。
「ここはタヌキの気持ちになってみれば良いと思うんだ。」
そう云ってザクロは【リアルタイムどろんチェンジ】でたぬきに変身した。もこもこのボディに愛らしいあんよ。
「狸の思考って……いや、お前ならやれる……のか……?」
嗅覚やタヌ六感で進むぞ、と自信ありげな姿にキールはもしかして、と僅かな期待が頭をもたげる。
てこ、てこ、てこ。
まんまるの身体がのろのろと通路を進む後ろ姿を見て、キールの顔はスンとした表情に戻った。
「いや、同じ轍を踏むだけだな。」
余りに探索に向いてなさすぎる。
キールは溜息を吐くと自身も【リアルタイムどろんチェンジ】で小さな影の様なスライムに変化した。
「落ちる可能性があるなら落ちてもいい姿で、だ。」
するすると身体を伸ばして、途切れている道や重力方向が変わる場所を調査し、学習していく。
「……手に入れた情報は……あいつにも共有してやるか。ミイラになられても困る。」
そう考えてザクロの方を見遣ると、丁度此方に近付いてくる処だった。
「キール、視力に頼りすぎると迷いそうだ。」
頭をリセットしようとしたのか、丸い顔をぷるぷると振りながら。すると、てこてこ歩いている足がすかっと宙を踏んで。
「あ、」
「って言ってる側から落ちそうになるな。」
咄嗟にスライムの身体を伸ばしたキールが、もふもふの尻尾を掴んでずるずると通路へ引き上げる。
ぺそっと通路に戻って来たザクロはキールに礼を云いながら、信じられないとでも云う眼でぽってりとした前足を眺めた。
「ありがとうスライムキール。この身体……足が短い……!」
「当のたぬきも、まともに動けないから落ちたんだろうしな。」
ザクロの言葉にスンとしたまま答え、キールはもう落ちるなよと通路の情報を共有して先導する。
「本当にやばかったら別の姿に化けるしかないか……。」
そうしてスライムとたぬきのコンビはスルスルぽてぽてと迷路の奥へと進んでいくのだった。
「可哀そうなたぬき、これは助け出さねばなりません。」
依頼内容を聞いた吉備津彦・巫琴(御伽噺の末裔・h01753)は強く決意した。
それは、かつて先祖が動物達を助けお供にしたと云う血が騒ぐのだろうか。
巫琴自身も三匹のお供――犬のシロ、猿のタロ、雉のミロを連れて、ダンジョンに立ち入った。
「さて、とろんぷ? とろろ昆布?」
聞き慣れない『|騙し絵《トロンプ・ルイユ》』と云う単語が『とろろ昆布』に変換されて首を傾げる巫琴。
「おにぎりに巻いて食べるのが美味しいですね! ――弁当に持ってきました!」
更には実際にお弁当として、竹皮に包んだおにぎりを持参していた。冒険に携帯食は必須であるから、結果オーライである。
おにぎりに興味を示すタロから「まだですよ、」と包みを仕舞って、改めてダンジョンの攻略に意識を向ける。
「さて、鳴き声だけでなく匂いでも追跡できるのでは?」
現状は耳を澄ませてもそれらしい声は聞こえないが、匂いならまだ残っている筈だ。
「美味しい匂いを探していたようですし、たぬきも獣らしい匂いがあるはず。」
巫琴はそう考えて、視線をシロに移す。
「私も嗅いでみますが、お供のシロが一番得意ですね。」
ふんふんと獣の匂いを探しながら迷路を進むシロの後ろを追い掛けて。
突き当りの通路を曲がると、ぐるり、床の方向が変わってしまい。
「あっ! おにぎりが!」
懐から零れたおにぎりが、ころりんと落っこちて転がっていくのを思わず追いかける。
おにぎりはそのまま通路からも落っこちて、見えない|下《・》へと吸い込まれていく。
「たぬきも落ちたのなら、この先が近いかも!」
それを見て、巫琴は即断即決、通路の下へと飛び込んだ。
『!?』
主が行くならお供も行かねばならない。意を決して続く三匹。
立体迷路には『そんなんで大丈夫か……!?』と云うお供の声にならないツッコミがこだましていた。
「ど、どんくさすぎる……!」
星詠みから聞いたたぬきの行動に、黄・夜巡(夕立のあとに巡るもの・h13090)は思わず目元を手で覆った。
「しかしオレが来たからにはたぬきはもうだめ、じゃない! ――たぶん。たぶんな。今回はな。今回に限り大丈夫。」
そう、今回は助けてやれるが、今後だめになってしまった場合は保証出来ないのだ。
それでも、今だめになりかけているたぬきを放ってはおけない。
「行くぜたぬき、待っとけたぬき!」
意気込んでダンジョンに飛び込んだ夜巡の眼前に広がるのは、脳が混乱する様な|騙し絵《トロンプ・ルイユ》の迷路。
「うわ、迷宮だ。」
その圧に思わずシンプルな言葉が漏れる。
「こんなのたぬきに化かされてるんじゃないか? 黒幕はたぬきだったんじゃ?」
実は心配した人間をダンジョンにおびき寄せる為に仕組まれた、たぬきの罠――。
「……って心境になるけど、ま、たぬきだし……、」
と、夜巡は頭に過った考えを手で払う。
たぬきはそれどころじゃないだろうからな……と、何処かに詰まっているだろうたぬきを思いながら慎重に一歩を踏み出した。
全体を見ると方向感覚が狂ってしまいそうなので、極力進行方向だけを見ながら一歩一歩足元を確認する。
「おっと、分かれ道か。」
行って帰ってなんかをしていると迷いそうだから、此処は手分けをして調査するのが良いだろう。
『出番だぜ、ネズミどもっ!』
【|雷網九鼠《ジェルボアランナー》】で喚び出された雷素トビネズミ達が飛び跳ねながら多方に散っていく。
ピョンピョン行ってピョンピョン帰って来る雷素トビネズミの話を聞いて進む方向を決めるが、やはりそう簡単には進ませてくれない様で。
「ん? どっちも結構先が続いてる? ……しょうがねぇ。」
話を聞いた夜巡はポケットから『豆菓子の小袋』を取り出すとバリっと開けて、一方の道に一粒、菓子を落とす。
こうしておけば戻ってきてしまっても目印になるだろう。
しかし前に進みながらも、夜巡はちらりと豆菓子を振り返る。
「もったいねえ。帰りにたぬきが食ってくれるかな……。」
たぬきにやったら喜ぶだろうか、と|お《・》|い《・》|し《・》|い《・》|も《・》|の《・》を探していたらしいたぬきに思いを馳せながら、夜巡は迷宮を進んでいった。
「タヌキさんがお困りなのですね! こんなよくわからない場所にひとりきり。さぞ心細いことでしょう!」
もふもふなお仲間が困っているなら放っておけはしない。
たぬきよりもっともふもふのボディを揺らして、アルテュール・ビヨン(野良サモエドのどろんバケラー・h07347)はダンジョンの入り口を見上げ声を上げる。
「なるべく早めにお迎えにいけるようがんばりますね!」
何処かで詰まっているたぬきに呼び掛ける様に宣言して、迷宮への扉を潜った。
「……というわけで迷路ですが、どう進みましょうか。」
あっちにも、こっちにも、どっちにも続いている道をふんふんと鼻先で確認しながら、アルは首を傾げる。
「いつもならのんびりお散歩ですが、タヌキさんが待っていますし……。」
色んな処が気になるが、余り寄り道もしていられない。
お散歩を楽しんでいる間にもきっとたぬきは|鳴いて《泣いて》いるのだ。
「うーん、『Mistral』と『Rafale』を飛ばして道の先をカンコン叩いてみましょう。」
通路に何か仕掛けがあるかもしれないと、西洋剣型のドローンで安全を確保しながら進んでみる。
ついでに他の|レギオン《ともだち》も呼んで、みんなで進めば安心だ。
この不思議な|騙し絵《トロンプ・ルイユ》の迷宮でセンサーが役に立つかは解らないが、それぞれの様子に注意していれば何かが起こっても素早く対応出来るかも知れない。
「こっちの道は大丈夫そうですね!」
|レギオン《ともだち》の反応や、偶に匂いを嗅いだりしながら進む先を選ぶ。
そうしている内に少し楽しくなって、|レギオン《ともだち》達とてってこ駆け出した処で急な曲がり角から床と壁が入れ替わった。
「わっ、わ! 『Ouragan』!」
つるんと通路から落ちそうになった処を、大きな飛剣に乗る事で回避して。その侭近くの通路に着地し直す。
「あぶなかったです……いっそう気をつけて行きましょう!」
アルはそう|レギオン《ともだち》に声を掛けると、気持ちも新たに迷路を進んでいったのだった。
「自然の掟、適者生存……いやぁ、全く以てその通りだ。」
星詠みの言葉を思い出して、六合・真理(ゆるふわ系森ガール仙人・h02163)はしみじみと頷く。
「とは言え、今回は簒奪者絡み……とことんついてない子だけど、それ故に吉凶の帳尻を合わせる機会に恵まれたってことかねぇ。」
「そうだよ、かわいいたぬきが困ってるとあらば、助けない訳にはいかないね!」
正しくそんなたぬきを助けんとする野分・風音(|暴風少女《ストームガール》・h00543)はぐっと拳を握って笑った。
「……お礼にちょっとモフらせてくれたら嬉しいなぁ。」
もふもふもちもちのまん丸たぬきはそれだけ魅力的なのだ。
「とはいえ、このダンジョンを攻略するのはなかなか骨が折れそう。」
ダンジョンの中に足を踏み入れて、その姿を確認した風音は顎元に指を当てて首を傾げた。
「とろんぷ|某《なにがし》ってのは知らんが……あぁ、こういう類の絵は見覚えがある。」
その横に立った真理も辺りを見回して眼を細める。
「あまりはっきり見ようとすると良くなさそうだ。」
常識が通じなさそうな不思議な迷宮――警戒しすぎて困る事はないだろう。
「こういう場合は『情報収集』しながら進むのが大事だよね!」
風音はそう云うと、事前に用意しておいた小さなボールをポケットから取り出す。
それを床に置いて、妙な動きがないか確認を始めた。
「それならわしは視覚に頼らない生き物に化けて行こうかねぇ。」
風音とは違うアプローチで情報を増やそうと、真理は【|仙術・万変化形之法《センジュツ・バンペンカケイノホウ》】で蝙蝠に変化する。
反響定位を使いながら迷路の構造を読み解き、風音に伝えた。
真理が調べた構造からざっくり進む方向を割り出し、風音が安全性を確認して通路を選ぶ。
役割を手分けする事で、効率よく攻略は進んでいるが。
「うう、ちょっと酔っちゃいそう。かわいいたぬきを早く助けてあげたいけど、無理に進むより安全を優先して休み休み行こう。」
「そうだねぇ、たぬきの前にわしらが参ってしまったら元も子もないからね。」
少し眼を閉じてお休み、と真理は風音の肩に止まって休憩を促す。
それに従って、風音は安全を確認した階段の途中に座って息を吐いた。
「うーん……待っててね、たぬき……!」
それでも、此の二人なら迷宮迷路を無事踏破するのもそう遠くないだろう。
「たぬきさんが大変なことに……!」
哀れなたぬきが隙間に詰まっていると聞いて、此は助けねばとヴァロ・アアルト(Revontulet・h01627)は心を決める。
「おっけーぽんぽこ! このヴァロにお任せあれ!」
さくっとお助けしちゃいますよっと勢い良くダンジョンに突入したら、其処には|先客が一人《ウォーゾーンが一機》。
「おや、」
「んー、風景がぐるぐるだー。」
藍色の瞳で通路の流れを追っていた冬月・楠音(氷原より貫く一閃・h01569)は、見える範囲を一通り確認すると考える様に息を吐いた。
「りったい、だからあっちきたりこっちきたりしてるー。」
それを邪魔しないように、少し距離を取ってヴァロも|騙し絵《トロンプ・ルイユ》の迷路に向き合う。
「早速お出ましですね……立体迷宮迷路……!」
そしてヴァロは迷路を眺めると、数秒の思考の後、自信あり気に頷いた。
「……ん、分かりました! 考えても分からないということがっ!」
「だいじょーぶ? わたしは、んー、ズルかもだけど、これならいけるかなー?」
もう一人の挑戦者に気付いた楠音は其方を気にしながらも、自身の最適解に辿り着く。
【|天翔『黄道辿り流星は翔ける』《トレーシング・スターサイン》】を発動し、空中のインビジブルを辿ってウォーゾーンで飛翔した。
「ゆだんしたら落ちるなら、そもそもおちなきゃいいんだよー。」
ぐるぐるの通路も、間を飛んでいけば良いのだと。
「のーぷろぶれむです。私は霊ですからねっ。」
それを見たヴァロも気遣い無用とばかりに霊体に変身すると、ふわりと浮かんで空を駆ける。
「わー……どうなってるんでしょう?」
遠目に見ると平面でしかなかった階段も、近付くとちゃんと段差があった。
耳をぴこぴこ、尻尾をぴーんと興味津々で迷路を眺めていたヴァロは何かを見付けて近寄ろうとする。
「あ! きらきらしたあれは何でしょ……うっ?」
「んーと、これがあっちで……っと、わー!」
同じく、経路を割り出してそちらに進もうとしていた楠音も声を上げた。
身体が、機体が、がくんと強く引っ張られる感じがして、二人は慌てて態勢を整える。
「もしかして、空中も付近の通路ごとに重力方向が滅茶苦茶になってます?」
しかも霊体相手でもお構いなしに発生する。ダンジョンの制約的なものだろう。
「でも、このくらいなら、いける……!」
「ええい、私も気合いと根性で……!」
機体の出力を上げて無理を通す楠音に、負けじとヴァロも引力を振り切って移動する。
「えっと、これがつながって、ここがみためだけで……あ、これだー!」
「あとは一気に!」
ゴールを見付けた楠音とヴァロは、ラストスパートとばかりに飛び込む。
「やっぱり、ちょっとズルだったかなー? ……まいっか、とければせーぎ、だとおもうし!」
「もう暫くの辛抱ですからね、たぬきさん……!」
そうして二人はたぬき目掛けて駆け抜けて行ったのだった。
「たぬきさんを探すのです! 星詠みさん! お任せあれ! 安心していてくださいなのです!」
依頼を聞いた小夜雀・小鈴(雀風招き・h07247)は、自信満々な『たぬきを助けるぞ!』の気持ちを胸にダンジョンへ入り。
「ここ、どこでしょう……? えっと、出口は?」
早速迷っていた。
「お、落ち着くのです。たぬきさんの痕跡や足跡を探してみましょう。」
おろおろと周囲を探し回る小鈴は、後ろから現れた気配に慌てて顔を上げた。
「……わっ!?」
時間は少し遡り、ダンジョン入り口付近。
「傭兵業の依頼を受けてきたのですが、相棒の鴉鉄には断られてしまいました。」
――成功報酬の内容に気になる点でもあったのでしょうか。
ピピカ・ブリッジス(|戦術支援端末体《アシスタントAI》・h12328)は首を傾げる様にライトを点滅させた。
確かに成功報酬が『たぬきなりのお礼』であれば、まともな仕事とは云えないだろう。……余程の動物好きでもなければ。
「ともあれ、依頼をキャンセルする訳にはいかず、こうしてたぬきを探しにダンジョンを訪れた訳ですが……なるほど、事前情報の通り、視覚情報を攪乱する建築様式のようですね。」
ピピカは空間を反響定位で計測し、周辺のマッピングを行いながら進んでいく。
「視覚だけに頼れば、件のたぬきのようにこの迷宮で迷うことは必至でしょう。……おや、」
熱源、もとい生体反応を発見してピピカは其方――小鈴に向かって近付いた。
「……わっ!?」
「貴方もたぬき救出依頼を受けて来た方でしょうか?」
小型の機械然としたボディで流暢に語り掛けて来るピピカを見て、小鈴は眼をぱちぱちさせる。
「ロボット、さん? ええと、そうです、たぬきさんを探しに来てて……、」
「正確には違いますが、良いでしょう。|戦術支援端末体《アシスタントAI》、ピピカ・ブリッジスです。ピピカとお呼びください。」
「ピピカさん。えっと、私は小夜雀・小鈴です。よろしくおねがいします。」
ピピカの丁寧な自己紹介に、小鈴もぺこりと頭を下げた。
「小鈴。よろしければ同行しませんか?」
相棒不在の今、ピピカのボディでは対応出来ない事態も起こるかも知れないと提案する。
「いいんですか? わたしも、ひとりで……ちょっと、迷ってしまっていて……、」
そう答えながら、段々語尾が小さくなる小鈴に、ピピカは自信あり気にライトを光らせた。
「問題ありません。スキャンによるマッピングが可能です。」
人の手でないと対応出来ない事があれば手伝って欲しいと云うピピカに、同行者の出来た安心感から小鈴は大きく頷いた。
「熱源センサーにも反応なし。どうやらダンジョン攻略は順調のようですね。」
「すごいです、ピピカさん!」
その言葉通り、順調に迷路を進んでいた小鈴とピピカだが。
「落とし穴のようなアナログなトラップでもない限り大丈夫でしょう。」
そんな、盛大なフラグの様な一言の所為か。
『――あっ。』
一人と一機は、探していたたぬきの様にぼてぼてと何処かに落ちてしまったのだった。
たぬきを助けるのだ、と実体化してキリっとした顔で歩く足元の|エゾタヌキ《グレンデル》を見て、リーガル・ハワード(イヴリスの|炁物《きぶつ》・h00539)は緩く首を傾げた。
「まあ、お仲間みたいなものといえばそうか。」
「想像以上にやる気ですね、お知らせして良かった。」
古出水・潤(夜辺・h01309)はその姿を微笑ましそうに眺める。
「グレンデルとも暫くの付き合いですし、私にも特定の生物種に愛着を感じる心はあるのですよ。」
そう云いながら胸に手を当て、自信あり気に深く頷いた。
「今なら空腹の際に一般の狸を見かけても、見逃せる自信があります。」
「……見逃すんじゃなくて助けるんだぞ?」
趣旨からずれている潤の言葉に、リーガルはジト眼で念を押す。
解ってますよと笑う潤に小さく息を吐いて、リーガルは改めて迷路を見回した。
「来た道も正しく覚えておかないとなあ。」
颯爽と進もうとするグレンデルを抱え上げて、さてどうしたものかと思案する。
「……ひとまず、床として踏んだ場所にアウィスの刃先から一定間隔に氷塊を生やしておくとしよう。」
こうしておけば、既に通った道は直ぐ解る。ついでに特徴的な場所なども記憶しておけば良いだろう。
「ありがとうございます、これで岐路の心配はなさそうですね。」
後ろへと続いていくリーガルの氷塊を確認すると潤は頷いた。
「しかし……やはり迷宮は一筋縄では行きませんね。騙し絵の判別に集中させていただけますか?」
扉の様に見えるただの壁を指でなぞり、潤はリーガルに振り返る。
「視界を変更しますので……危険そうな場合は救けてください。」
「了解。」
その要請にリーガルは手早く潤と自分のベルトを簡易的な命綱で繋いだ。
準備が出来たのを確認した潤は、懐から取り出した折紙のカメレオンを頭に乗せて眼を閉じる。
『Code//避役//汝の姿を隠蔽せよ』
【|Code//避役《コード・カメレオン》】を発動し、視覚情報を拡張。
「普段より色味の変化は分かりやすくなりますが……やはり歩きづらいですね、これは。」
視界の変化から行動に制限が掛かる潤を見守りつつ、リーガルは後に続く。
「おや、」
「――ッ!」
曲がり角で急に変化した重力方向を、リーガルは咄嗟に|災厄の力《イヴリスの呪縛》で相殺し、潤とグレンデルを抱えて浮遊しながら緩やかに着地した。
「壁に顔からぶつかるのはまだいいが、落下は少々肝が冷えるな……っと!」
「おっと、助かりました。」
「一人と一匹を抱えながらはなかなかにしんどいな!?」
しかも一人は自分より体格の良い男性だ。無理もない。
リーガルの苦労に、潤は次も頼みますねと笑ってから視線を移した。
「……あちらの壁は違和感がありますね。行きましょう。」
「はいはい。」
それでも頼れるナビゲーターに頷いて、リーガルはキリっとした侭のグレンデルを抱えて付いて行くのだった。
星詠みの話を思い返して、茶治・レモン(魔女代行・h00071)は首を傾げる。
「可哀想なたぬきですね……。猟師の罠じゃなかっただけ良かったの、かな?」
「たしかに、わなじゃなくってよかったのかも!」
それを聞いた廻里・りり(綴・h01760)は安堵する様に同意した。
あのどんくささでは罠にも簡単にかかってしまうに違いない。
「おっちょこちょいさんを、はやく見つけてあげましょうっ。」
えいえいおーと気合を入れて、早速足を踏み入れたダンジョン内。
眼の前に広がるのは|騙し絵《トロンプ・ルイユ》の迷路。
「しかし、楽しそうな迷路です!」
「道がいっぱい……!」
四方八方に伸びる通路に眼を輝かせるレモンと、眼を丸くするりり。
「りりさん、良かったら手を繋ぎませんか?」
「とってもひろいですし、はぐれちゃったらたいへんですもんねっ。」
その申し出に、りりはレモンの手をぎゅっと握ってからハッとしてその顔を窺う。
「レモンさん、わたしがまいごになると思ってますか……?」
「いえそんな、りりさんが迷子になると思っているわけでは。ええもちろん、はい、決して。」
レモンは笑顔でそう言葉を連ねた後、着地点を見出す。
「こんな可愛い子が、攫われたらどうしようと心配なだけですよ。」
そう云われて、りりはえへへと頬を緩ませた。
「かわいい、ですか? てれちゃいますね?」
「でもそんなものずきさん、いるかな……、」と呟く声に「いますよ!」と返しながら、レモンは【花薫る日輪】で通路を照らす。
「わぁ! あかるい! ありがとうございますっ。」
明るく暖かな陽光にりりの表情も明るくなる。
二人はきゅっと握った手を振りながら、しばらく一本道を進んでいたが。
「おや? 分かれ道。」
初めての分かれ道で立ち止まる。
「どちらにしようかな、りりさんの言うとおりー……ということで! りりさん、どっちが良いですか?」
レモンの問い掛けに、りりは左右を見比べた後、右手の道を選んだ。
「うーん……お花がいっぱい咲いているこっちで! ……きゃ、」
そう云ってりりが歩き出そうとした瞬間。
そちらの床は錯覚で気付かない程度に斜めになっていて、つるっと足を滑らせる。
「なるほど、華やかで素敵……おっと!」
それを咄嗟に、レモンはしっかりその肩を支えてりりが転んでしまうのを防いだ。
スマートなその仕草は姫を護る|騎士《ナイト》の様だ。
「わっ……ありがとうございます、レモンさん……!」
りりは驚きと恐怖に心臓をどきどきさせながら、レモンの手をぎゅっと握り返す。
「き、気をつけないとあぶないかもしれません……っ、」
「ふふ、そうですね。気を引き締めて行きましょう!」
二人は斜めの道を慎重に歩いて、立体迷路を進んでいく。
階段かと思ったら平面の道、壁かと思えば潜り穴……そんな仕掛けを越えて辿り着いた二つ目の分かれ道。
「あ! わかれ道……つぎはレモンさんがどうぞっ。」
先程を思い出して、りりがレモンに選択を促した。
「うーん……、」
レモンも左右の道を見比べて、左手の道を選ぶ。
「では僕は……こちらを。視覚への情報量が少ないので、罠も少ないかと。」
そう云ってりりの手を引いて通路を進んでいった。
「さすがレモンさん! あんぜんな道です!」
レモンの見立て通り、特に危険な罠もない道にりりが感心した様に声を上げる。
「見わけかたってあるんでしょうか?」
「そうですね……、」
知っておけば今後役に立つかもしれない、と首を傾げるりりにレモンは一例ですがと添えながら簡単に解説をした。
「次の分かれ道で練習してみましょうか。」
「はい!」
そうして、二人は迷路を楽しみながら踏破していったのだった。
「可哀想なたぬき、助けてあげなきゃね。」
今も何処かの隙間に挟まっているたぬきを思って恵宮・アキ(人間(√EDEN)のレゾナンスディーヴァ・h13025)は決意を新たにする。
その横では初めての冒険に、深呼吸して気持ちを落ち着けている冬迦・アールグレイ(エルフの雷の精霊銃士エレメンタルガンナー・h13145)。
「……初の冒険だし気を引き締めないといけないわね。」
「ふふ、じゃあ一緒に行こう。」
その姿を微笑ましく眺めたアキは、促す様にダンジョンの扉を開けた。
「これが立体迷路……、」
「落ちないように注意して進めばいいのね。」
柵もない石造りの通路が四方八方に伸びていて、視覚を惑わせる。
「たぬきさんも引っかかって落ちたみたいだし気を付けないとかしら。」
冬迦はそっと下を覗き込んで、身を震わせた。
「迷宮の見た目に騙されないようしないと……道が道でない可能性もありそうよね。」
「よーく見ればギミックが見えてくるはず。」
壁だと思っていた処が通路だったり、逆もまた然り。
「床は一番に確認する必要があるわね、」
そう云って冬迦は羅紗を飛ばして道の実体を確認する。
道が途切れいていたり、落とし穴でもあればたぬきの様に真っ逆さまだ。
「そうだ、万が一の為に命綱の代わりになるかもしれないわ。」
ふと思い立った冬迦は、自身とアキの身体を羅紗で繋いだ。
こうしておけば、もし片方が落ちても引っ張り上げることが出来るだろう。
「あ、ありがとう。」
冬迦の機転にアキは礼を云って、自身も探索を進める。
登れそうな壁があれば登ってみて、周囲を確認。
先に進める様であれば、冬迦を引き上げて共に進む。
たぬきの事は心配だけれども、まずは自分達が無事に此のダンジョンを攻略するのが一番だ。
「先にはモンスターもいるようだし……心の準備もしておかなきゃね。」
「うん、油断せず、出来る事をしっかりやろう。」
一歩一歩、着実に、堅実に。
安全を確保しながら進む二人の歩みはゆっくりだけれども、その足は確実にゴールへと向かっていた。
「どんくさ可哀想かわいいたぬきがおるって聞いて!」
話は聞かせて貰った、とばかりに飛び出したのは坂堂・鈴(鈴鹿山椿・h05098)。
「騙し絵みたいな迷路も気になるしね。さぁ行くでー小雪!」
意気揚々と肩に乗せたチビ白龍に声を掛け、いざダンジョンへ。
「立体迷路ってことは、上下左右全部気ぃつけなアカンね。」
眼の前に広がる|騙し絵《トロンプ・ルイユ》の迷路を眺めて鈴は一考するが、ふふと笑みを浮かべながら歩き出す。
「まぁでもこの鈴ちゃんにかかればそんな罠の一つやふギャン!?」
が、早速上下左右の向きが変わる洗礼を受け、したたかにおデコを壁にぶつけた。
「……い、今のはまぁ小手調べってやつやよ。もう絶対油断せぇへん!」
涙目でおデコを押さえる鈴に、小雪が『だいじょうぶ?』と云いたげにおろおろと首を傾げていた。
「えーと……さっきが右向いて、今は?」
ほんまに方向感覚失いそう、と進んできた道を確認していると小雪がつんつんと肩を突いてくる。
「ん、どしたん小雪?」
気付いた鈴が問い掛けると、小雪は壁や天井に霊力を飛ばして欠けさせて見せた。自動修復されない処を見るに、十分目印として役立つだろう。
「かしこい!!」
鈴は小雪をなでなでして、自身も墨染椿で壁に印を刻みながら進む。
「後は足踏み外さんよう気をつけんとな……、」
最初はおデコをぶつけるだけで済んだが、あれが落とし穴だったらたぬきの様に真っ逆さまだった。
鞘で地面を突いたりして罠や穴がないか調べつつ、時に離れた場所を小雪に探って貰ったりと協力して、慎重に迷路を攻略する。
そうして迎えた分かれ道。
どちらを選ぶにも決定的な決め手はなく、しばし立ち止まってむむむと悩んでいた鈴と小雪だが。
「……うちの第六感がこの先に可愛いがあると告げてる!」
そう力強く宣言した鈴は、勘で選んだ道をたぬきに向かって真っ直ぐ駆け出して行ったのだった。
第2章 集団戦 『バーゲスト』
●暗い森に巣食う獣
|騙し絵《トロンプ・ルイユ》の迷路を無事抜けた、若しくは不慮の事故から落下した貴方が辿り着いたのは薄暗い森の様な空間。
|其処彼処《そこかしこ》から獣の唸り声が響いてくる。
声の主はがさりと木立を掻き分けて現れる『バーゲスト』の群れ。
こんなモンスターに追い掛けられたのなら、たぬきが逃げ惑うのも仕方ない。
けれど、貴方達はたぬきではないから。
手早く蹴散らして、更に奥へと逃げただろうたぬきを助けに行こう。
立体迷路を越えて元の姿に戻ったザクロ・シャハブ(Euclid・h13134)とキール・グラナドロップ(過去に縋る影・h13133)は、辿り着いた場所を見渡した。
「森森してきたな……。」
「だまし絵の次は森か……これは確かに獣が潜んでいそうな場所だ。」
薄暗い森の中、草葉の擦れる音が立つと其処彼処から獣の気配がする。
「……来たな。」
「なるほど、知力の次は戦闘力か。」
ダンジョンが冒険者達に課す意図に頷いて、先に仕掛けられる前にザクロは懐へとを伸ばした。
「まずは敵に有利なフィールドにいるのが良くない。……それでは語ろう。」
取り出した絵巻を開いて朗々と【怪談「番町皿屋敷」】を語り上げる。
ザクロの|語り《声》に応じて、薄暗い森が江戸番町の古い町並みに姿を変えていった。
隠れ場所を失った『バーゲスト』達が唸り声を上げながら二人を睨み付ける。赤く輝く眼がぎょろりと増えた。
「ふーん、森をこう変えるか。」
キールは全く違う姿に変わった周囲を興味深そうに眺めてから、ふわりと飛んでバーゲストから距離を取る。
「さて、獣に対して良いのは火か?」
そして開いた魔導書を手に【ウィザード・フレイム】を創り出した。
「さあ、眼を焼いてしまえ。」
『ギャウゥッ!』
「いくつ目があろうと視点がいくつもあったら目標を定められないだろうに……やはり獣らしく、脳筋思考だな。」
次々と創造されるウィザード・フレイムが、容赦なく獣の眼を潰していく。
「これで隙は作れたぞ、いけるか? お前。」
「キールナイスー俺は避けられるから気にせずどんどん燃やしてくれ。」
視線を向けられたザクロは、そうご機嫌に返答すると黒刀を握り、屋根を跳んだ。
眼を潰され此方を見失っているバーゲストの脚を、首を切断していく。
「直接の攻撃は任せたからな。俺は妨害に回る。」
ザクロの立ち回りが問題なさそうな事を確認すると、キールはウィザード・フレイムでの妨害に徹する。
古く狭い町並みは行き止まりも多く、感覚を潰された獣達は右往左往し、時にはぶつかり合っていた。
その隙を見逃さず、ザクロの刃がその四肢を切り落とす。
「……狭い中でも刀を振り回せるの、器用だな。」
上空からその狩りを眺めていたキールは感心した様に呟いた。
此の調子なら、そう時間の掛からない内にあらかた打ち払えるだろうと思いながら。
立体迷路を抜けて、薄暗い森に辿り着いた野分・風音(|暴風少女《ストームガール》・h00543)は、気配を隠しもしない『バーゲスト』達に対し構えを取った。
「現れたね、バーゲスト!」
グルルルルと牙を見せ、唸る獣の群れの多さに苦笑する。
「まぁさっきの酔いそうな迷路で出会わずに済んだのは不幸中の幸いだね。」
「そうね。」
バーゲストの群れに追い掛けられながらあの迷宮を安全に攻略するのは至難の業だろう。
真壁・蒼穹(飛燕空剣流末弟子・h02281)は同意しながらも霊剣を抜いた。
「さて……たぬきが怖がってるんっけ……。」
あの可愛い生き物を怖がらせるのはちょっと許せないなあ……とバーゲストを見据える。
件のたぬきは今も何処かで震えているに違いない。
「ここなら方向感覚を乱されることもないし、早くたぬきを助けるためにも全力で行くよ!」
そう云ってバーゲストに向かって飛び出して行く風音は、相手が開いた口の――穢らわしい牙が届く直前でジャンプし、近くにあった木の幹を蹴り上げて更に高く跳躍する。
「そんな牙なんかに当たらないから!」
敵の上空でくるりと身を翻した風音は【|風神の刃《フウジンブレード》】で辺りの獣を鋭く切り裂いた。
それでも風音が相手取る脇からも溢れて来るバーゲストに、蒼穹は呆れた様に呟く。
「とにかく数が多いのよね……。」
とまあぼやいていても仕方がない、と蒼穹は【|凍てつかせる心《カタストロフ》】で蒼く凍てつく破壊の炎を周囲に広げた。
炎に囚われた獣はその身を凍らせ、瓦解させていく。
凍った個体の奥から未だ湧いてくるバーゲストを剣で薙ぎ払い、蒼穹は周囲を見回した。
「大した事ができる、というわけでもないけれど……これは修業がおいおい必要かなあ……?」
相手に圧倒されると云う事はないが、此の程度の敵ならもっとスマートに倒せるに越したことはない。
「まったく、どれだけの数が集まっているのやら……、」
影を捕らえた視線の先で風音がバーゲストの爪を受け流しながら後退している。
蒼穹はバーゲスト達の動きを止めるべく再び炎を燃え上がらせた。
「ありがと! 後はアタシの手刀で全部切り裂く!」
獣の動きが止まった隙に、木々を蹴り付けて飛び上がった風音の手刀が風を纏う。
凍った部位ごと切り裂かれた獣の破片が吹き飛んだ。
「大丈夫? 最後まで気を抜かないでね?」
一先ず静かになった周囲に息を吐いて、蒼穹は風音を気遣う。
「うん、蒼穹ちゃんのお陰で助かっちゃった!」
風音は笑顔で答えると、ぐっと拳を握った。
「さ、あと少し、ガンバロー!」
力量の差を察し始めたのか、現れる獣の数は減っている。
残る敵を片付ければ、たぬきを助けに奥へ進むことが出来るだろう。
「あああぁぁぁ~~!」
ダンジョンの中に電子音声が響いている。
上から下に、何処かを落下しながらピピカ・ブリッジス(|戦術支援端末体《アシスタントAI》・h12328)は自身の回路を流れる電気信号を強くした。
「むん! なんの……ッ!」
空中で身体を回転させて態勢を整え、プロペラユニットを起動する。そして落下速度を減速し、緩やかな着地に成功した。
「ふ~……危ないところでした。あんなところに落とし穴があったとは。」
今は遥か上層の立体迷路に思いを馳せる。
「よもやよもや、サポートAIとして不甲斐ない。穴があったら入りたいくらいです……いえ、もう既に穴には落ちていましたね。」
そんな冗句を嗜みながら、薄暗い森の獣道で立ち止まった。
「さて、ここはどこでしょうか?」
たぬきを探すついでに周囲の状況を確認しようとセンサーアイで観測すると、何だか馴染みのありそうな機械信号を見付ける。
「あれー? こんなとこにアシスタントAIがひとり?」
此方も量産型ウォーゾーン「タウゼントフュスラー」のセンサーでピピカを見付けた冬月・楠音(氷原より貫く一閃・h01569)が不思議そうに声を掛けた。
「これはこれは、貴方もたぬき救出依頼を受けた方ですね。」
WZを駆る冒険者、此は頼もしいとピピカは楠音に一礼する。
「訳あって当機単独で依頼を受けている|戦術支援端末体《アシスタントAI》、ピピカ・ブリッジスです。ピピカとお呼びください。」
「ごてーねいに、どうもー?」
そんな緩く挨拶を交わしている二人のセンサーに適性反応が引っ掛かった。
「ややっ! あれはバーゲスト?」
「わんちゃん……とゆーにはどーもーそうだねー。」
剥き出しの牙と爪、そして全身から生えた角には犠牲となった獲物の血が赤黒くこびりついている。
「ふむ、依頼達成にはまだ障害が残っているようですね。」
「よし! たぬきさんのためにも一掃しちゃおー!」
「良いでしょうっ! 私の手は伸びますよ!」
楠音の提案に、張り切ったピピカはフレキシブルアームを伸ばして戦闘態勢に移行する。
「うーにゅ、数がおおいー……よーし、それなら√能力でふっとばすよー!」
ピピカがシュッシュッとシャドーボクシングを披露する横で、センサー反応の数を見て眉を下げた楠音は、ぴこんと思い付いた様に声を上げた。
「弾道計算して、制圧射撃の気持ちで……【|天弾『天穹より瞬き穿つ』《スナイピング・メテオール》】をどっかーん!」
その言葉と共に光り輝く彗星の弾丸が撃ち出されて――ピピカのセンサーは真っ白に塗り潰された。
「――!!?」
「だいじょーぶ、これは範囲内ならなかまきょーかのこうかになるからね!」
「……た、たぬきの前に私が駄目かと思いました……!」
震える音声で自己チェックを終えたピピカは、エラー処か機体のステータス数値上昇を確認してシュッシュとアームを振るった。
「しかしこれは……確かにアームの強度が上がっています!」
希望の星光による戦闘力強化を受けて、ピピカのパンチにキレが増している。
「よーし、たぬきさんをいじめたら、どかーんだよ!」
薄暗い森に流星の雨が降る。
その着地点では黒い獣が吹き飛ばされ、元気に暴れ回るWZとアシスタントAIが居たと云う。
立体迷路を踏破して、薄暗い森に辿り着いた黄・夜巡(夕立のあとに巡るもの・h13090)は、呼んだ相手と全く別のモノが現れて思わず声を上げた。
「おーいどこだ、たぬき! たぬ……うわ、バーゲスト!」
「バーゲストさん……! 聞いたことありますっ。」
ヴァロ・アアルト(Revontulet・h01627)は聞き覚えのあるその名にぴこんと耳を立てて黒い獣をじっと眺める。
「邪悪な精霊さんの名前とおんなじですけど……おんなじなんでしょうか?? Hey! 犬さん! 霊的存在同士、仲良くしましょ……、」
全身から生えた角には犠牲となった獲物の血が赤黒くこびりついて、剥き出しの牙の間からは涎と唸り声が漏れている。
「――なんて言える雰囲気じゃ全然ないですね!?」
「あ、あいつらこれに追っかけまわされてんのか……。」
体格も攻撃力も明らかに負けているたぬきを思って夜巡は気の毒そうに呟いた。いや、寧ろ良く逃げ切ったとも云えるか。
「そりゃひとたまりもねえなあ。人助けならぬたぬ助けと思って、蹴散らしてやるか!」
霊銃『雷精九鼠』を構える夜巡に応える様に、ヴァロもKuunkehräを構えた。
「そうですね、仕方ありません……こうなったらやられる前にやれ! ですね!」
人間の世界で学んだ言葉を高らかに叫び、先制攻撃と自身を守る為の術式を多重詠唱で展開する。
【|雪煌ノ呼《セッコウノコ》】で撃ち出された清らかな冷気が吹雪となって辺り一帯に吹き荒れた。
「私の吹雪は、私達自身も強化しますからね! 長引けば長引くほどバーゲストさんには不利ですよっ!」
「こりゃあいい!」
吹雪による足止めを食らっているバーゲストの顔面に夜巡は【|霊弾『雷公夜行』《エレメンタルバレット・オーバーストライク》】を撃ち込んだ。獣の顔が爆ぜ、辺りにバチバチと雷が走る。
動きを止められた敵など唯の的でしかない。夜巡は狙いやすいように空中へと移動する。
「空中からも雷をお見舞いしてやるぜ!」
「さぁ! 無駄な抵抗はやめて降参するのです! ……って、言葉通じてないっぽいですね…!?」
ヴァロの言葉も虚しく、明らかに冒険者達が有利であるのに、倒された獣の奥から新たな獣が押し寄せて来る。
「なら問答無用で成敗! です!」
煌めく吹雪の中、爆発する雷。
薄暗い森を輝かせる光景は、獣の唸り声が消えるまで続いた。
「こんなアグレッシブなのに絡まれたたぬき、無事だろうか……。」
沈黙したバーゲストの亡骸を眺めて夜巡はしみじみ呟く。
「淘汰といえばそうかもだけど、モンスターにやられて終わりってのもなあ……ストレスで毛が根こそぎ抜けてたりしないよな……。」
「な、なんてことを……! これは一刻も早くたぬきさんを見付けなければ!」
「あ! ちょっと、俺も行くって!」
一目散に奥へと駆け出して行くヴァロを夜巡が追い掛ける。
もふもふたぬきの安全を確かめる為に。
立体迷路を無事抜けたその先で、冬迦・アールグレイ(エルフの雷の|精霊銃士《エレメンタルガンナー》・h13145)は思わぬ出会いを果たしていた。
「あれが倒すべきモンスターね。」
それは牙を剥いて唸り声を上げている『バーゲスト』相手ではなく。
「どう見てもたぬきではないようね……ところで姉さんは何故いるのかしら?」
「無事だったからよかったけれど、黙って行くなんて危ないですよ。」
めっ、と優しく注意するのは冬迦より幼く見える少女、四希・アーデュラ(エルフの|古代語魔術師《ブラックウィザード》・h08215)。
「たぬきさんみたいに落ちたりしていないか心配していました。」
しかし冬迦と同じく、ぴんと長い耳が見た目通りの年齢ではない事を示している。
「姉さんを危険に晒したくはなかったけれど……こうなったら仕方ないわね。」
ダンジョンで出会ってしまった以上、そしてモンスターを前にしてしまった以上、すんなりと帰れる訳もなく。
「ええ、では改めて。あれが倒すべきモンスターですね。」
二人は武器を構えて獣達に向き直る。
『……受け取ってもらえるかしら?』
先制は冬迦の【|氷翼月華《ヒョウヨクゲッカ》】。絶対零度の弾丸がバーゲストの脚を凍らせる。
バーゲストから距離を取った四希も【ウィザード・フレイム】を創り出し、氷から逃れた者達の眼を眩ませた。
「あの牙に角は危険ですし、まともに受ける訳にはいきませんからね。」
動きを封じられたバーゲストを、冬迦が的確に氷雪の弾丸で撃ち抜いていく。
個々の力は心配した程ではないが、何せ数が多い。
ウィザード・フレイムの創造の為、一処に留まり続けていた四希に回り込んでいたバーゲストが駆け寄る。
「――姉さん!」
冬迦は咄嗟に【|氷翼月華《ヒョウヨクゲッカ》】でそれ等の動きを止めながら、四希へ氷翼の加護を与えた。
「……じっとしていたら危ないって言ったのに。」
「やっぱり冬迦はしっかり者で頼りになりますね。」
危ない処だったのに、にっこり笑顔で褒められて冬迦は毒気を抜かれる。
「相変わらず抜けている所があるのよね……、」
そうぼやいて。どうも危なっかしい四希のフォローをしながら、敵の数を減らしていく。
「私も負けてはいられませんね。」
冬迦のその活躍に、四希もウィザード・フレイムの反射能力を駆使しながらバーゲストに応対した。
始めは気が進まなくとも、仲の良い姉妹の連携は息の合ったもので。
(……気が付いたらいつもの調子に戻っているし、)
やはり気の置けない相手が一緒だと、動きやすい。
(一応姉さんには感謝しておくわ。)
冬迦は心の中でそう呟いて、最後の群れに向けて弾丸を放った。
もう向かってくる敵がいないのを確認して、冬迦は息を吐く。
「さて、大分時間も経ってしまったし、速くたぬきを探さないとね。」
「ええ、たぬきさんを探しましょう。」
此処迄来たら、もふもふたぬきを助けてやらねば。
そう、姉妹は連れ立ってダンジョンの奥へと進むのだった。
「暗い森、これも迷いやすくてたぬきさんだけでは出られなさそうですね。」
立体迷路からおにぎりを追い掛けて自ら飛び降りた吉備津彦・巫琴(御伽噺の末裔・h01753)は、無事下層のフロアに辿り着いていた。
――若干お供達が疲れた顔をしている様なしていない様な。
とにかく、誰も欠ける事無く薄暗い森を進んでいると、前方に人影が|降《・》|っ《・》|て《・》|来《・》|た《・》。
「――っわ、とと、」
微妙に着地に失敗して、体勢を崩しかけたその青年に巫琴は駆け寄り背を支えた。
「おや、貴方も上から落ちて来たのですか?」
「ああ、ありがとう。……と云う事は君も?」
「はい! おにぎりを追い掛けて!」
満面の笑顔で帰ってきた言葉に青年――白百合・蓮華(徒花の|実《じつ》・h12988)は「おにぎり?」と首を傾げたが、のんびり会話をしている場合ではなさそうだと囲まれた気配に口の端を上げた。
木立から唸り声と共に現れる『バーゲスト』に蓮華は穏やかに話し掛ける。
「やあ、禍々しい妖精くんたち。君らに別段恨みとかはないんだけど、」
「むむ、角の生えた様は鬼の獣といった姿ですね。相手にとって不足無し。」
相手の姿を認めた巫琴も、倒すべき敵に類似した特徴を見て霊剣を取った。
「たぬきさんを助けるためにいざ討伐!」
「たぬきくんサイドからのご依頼なもので、悪いけど退治させてもらうね。」
バーゲストの群れに飛び込んでいく巫琴とは対照的に、蓮華はその場でするりと白衣を脱いだ。
それを小脇に抱えて唯立っているだけで、制御から解き放たれた清涼な花の香りが辺りに広がる。
それこそが【|真白の百合《ギフト》】。
獣達に耐えがたい虚脱感と服従の感情を与える甘い毒。
「敵の動きが……? とにかく好機です!」
お供を連れてバーゲストの群れの中を駆け抜ける巫琴は、蓮華の香りで戦意を失った相手に【|鬼殺連撃《キサツレンゲキ》】を仕掛ける。
「やあやあ我こそは名高き英雄の末裔なり!」
高らかに名乗りを上げる巫琴に続いてシロが足を斬り、タロが角を打ち砕き、ミロが目潰し、そして最後は勿論巫琴が霊剣で止めを刺した。
「おー凄いね、僕も見える範囲は頑張ろうかな。」
バーゲスト達を蹴散らしていく巫琴を眺めた蓮華は、自身も守護霊と蓮花の加護を構えたが基本的に自身の周りには香りの影響を受けた個体しかおらず。
「……と思ったけれど、追い払うだけでもいいのかな?」
服従が聞いている個体には『去れ。』と告げてその背を見送る。
「戦わずに済むならそれでも良いけど、まぁ、牙を剥いてくる個体は遠慮なく、ぶちっとね。」
白い腕を従えた蓮華はにこりと笑いながらバーゲスト達を見渡した。
あらかた逃げたか倒されたか、と云う静寂を取り戻した森を見回して蓮華は頷く。
「さて、怖い鬼さんはいなくなったね。」
「鬼退治、完了です!」
剣を納めた巫琴も満足げに告げた。
「震えて待ってるたぬきくんたちに、もう大丈夫って言いに行こう。」
きっと此の奥で心細い思いをしているに違いない。
哀しい鳴き声を止める為、二人とお供達は更にダンジョンの奥へと進むのだった。
立体迷路を越えて、薄暗い森に辿り着いた古出水・潤(夜辺・h01309)とリーガル・ハワード(イヴリスの|炁物《きぶつ》・h00539)は早速この森に巣食ったモンスターと遭遇する。
「やっと迷路を抜けたと思いましたのに……何事もなく通しては頂けないようで。」
「なかなかに威圧感のある姿だな。一目散に逃げ出すたぬき達の姿が目に浮かぶよ。」
グルルルと唸りながらじりじりと近付いてくる『バーゲスト』達を眺め、リーガルはハッと何かに気付いた様に辺りを見回した。
「……や、気絶とかしてないよな? 狸寝入りとも言うし。」
「あの獣の特徴から屍肉食には見えません。擬死していれば生きているでしょう。」
近くにたぬきらしき姿は見当たらないが、潤が冷静に答える。
「なら良いんだが、」
リーガルは改めて視覚を暗視に切り替え、バーゲスト達に相対した。
ついでにたぬきの二の舞にならない様に、グレンデルを霊体に戻してやる。
「唸り声からも結構な数がいるようだ。」
見える姿以上に、木陰やその奥からも声や気配が伝わって来る。
「潤、僕が見えないとこは対応頼んだぞ。逆は任せろ。」
「かしこまりました、お気を付けて。」
バーゲストへと飛び出して行くリーガルとは背中合わせの方向を向いて潤が応える。
リーガルはアウィスに怪力を乗せて、獣達を薙ぎ払うように振り抜いた。
「不吉の前触れとも呼ばれる名だ、|不吉《そんなもの》を持ち込まれる前に倒してしまおう。」
相手の名を捩りながら、|人間災厄《イヴリス》の力を右眼に集約すると【|火継ぐ禍眼《ブレークイン》】の能力により、視界に映るバーゲスト達の隙が見抜ける。
特に今からリーガルを狙おうとしている個体に注視し、アウィスを構えた。
角を剥き出しに突進して来る相手の動きに合わせ、掛かる威力を殺しながらもその攻撃を受け止める。
『ギャウッ!』
反動で自身の脚を折るバーゲストに更に追い打ちの一撃を加えて、リーガルは次の相手に視線を走らせた。
後方でリーガルの戦っている音を聞きながら、潤は辺りを見回す。
「|梟の目《暗視》にはこの位の方が助かりますね。」
そう呟き、明るい場所からは視線を外して、暗闇に乗じて狙いに来る敵がいないか眼を光らせる。
遠くから此方を窺っている個体を見付けると、そっと木立の闇に紛れて攻撃を仕掛けた。
霊紙で折られた動物達が、音もなく相手の眼や脚を削り、機動力を落としていく。
「……おっと、」
大口を開けて向かってくる敵に、潤は身を翻すと樹木を盾にして回避した。
「空腹のようですし、何か食べさせて差し上げましょうか。」
がちりと木の幹に食らい付くバーゲストを見て、リーガルへ問い掛ける。
「リーガル、口を開けさせることはできますか?」
潤からの突然の指定にも動じず、リーガルはその侭振るっていたアウィスを獣の口へ向けて捩じ込んだ。
「――潤、これでいいか!?」
「素晴らしい。」
固定された大口の中へ、素早く折った|黒鳥《ピトフーイ》を飛び込ませる。
【|Code//頭黒森百舌《コード・ピトフーイ》】によって神経毒を与えられたバーゲストは痙攣しながらその場に頽れた。
「この調子で数を減らしていきましょう。」
倒し切らなくても、先程の骨折やこうして動きを止めてしまえば脅威ではない。
リーガルは頷いて、燃える視線を次の獲物へと向けた。
全てはたぬきのため――!
口には出さないが、その心にあるたぬき愛を汲んで潤は新たな霊紙を手に笑う。
「私も親愛なるグレンデルのため、一肌脱ぐと致しましょう。」
それを聞いたグレンデルは、|たぬき《仲間》の為に奮闘する二人を応援する様にぽこぽこと跳ねたのだった。
立体迷路を無事踏破して、辿り着いたのは薄暗い森。
「りりさん、足元にご注意くださいね。」
先程の迷路とはまた違った意味で歩きにくい獣道に気を付けながら茶治・レモン(魔女代行・h00071)は廻里・りり(綴・h01760)を気に掛けた。
「レモンさん、ありがとうございます! ころばないように気をつけますねっ。」
偶に伸びている木の根や蔦に注意して避けながら、二人は辺りを見回す。
「ここに、たぬきは……どうやら居ないようですね。」
「たぬきさん、けっこう奥までいっちゃったんですね……。」
怖い童話にでも出て来そうな不穏な森に可愛いたぬきはいないけれども、響くのは獣の唸り声。
「しかし代わりに、くろくておおきなこわいいぬが居るようですよ。」
――すみません、僕は猫派でして……。
唸りながら此方を窺う様にゆっくり進み出て来る『バーゲスト』に軽口で謝りながらレモンはりりの一歩前に進み出た。
「わ、くろくておおきなこわいいぬさん……っ、」
黒い犬とは呼ばれても、そのモンスター然とした姿にりりはその身を震わせる。
「かわいい子なら大歓迎なんですけど、こわい子は遠慮したいかも……!」
「ほら、りりさんもお好みではないそうです。ご縁がなかったということで、ボコボコにしてしまいましょう!」
両眼を強く瞑ってご遠慮するりりに、ならば容赦は無用とレモンはサイハテを抜いた。
「囲まれては厄介ですからね……、」
群れとの距離を測りつつ、一体一体を釣り出して各個撃破の形に持っていく。
バーゲストと渡り合っているレモンを見て、りりはぐっと両手を握った。
「いつもレモンさんにまかせっきりじゃだめなのでっ……わたしもがんばります!」
そう決意して、さてどう戦おうかと顔を上げたりりは周りの景色に首を傾げる。
「……あれ? なんだかかこまれ、」
ぴ、と小さく声を漏らして。本能的な恐怖に耳と尻尾が下がっていった。
「……たすけてくださいレモンさーんっ!」
「ん? 今りりさんの声が……りりさーん!?」
助けを求めるりりの声に俊敏に反応したレモンは、狂戦士もかくやの勢いで獣の囲いを突破すると、りりの元に駆け寄り、その身の安全を確かめる。
「お怪我はないですか!? 不整脈や骨折や捻挫打撲打ち身はないですか!?」
「ひん……ありがとうございました……、」
「僕の目が黒いうちは、りりさんに怪我はさせませんよ!」
泪眼でお礼を告げてくるりりが無事な事を確認すると、レモンは改めてバーゲスト達にナイフを向けた。
「僕が遊んで差し上げますから来なさい、ほら。」
レモンが躍らせるサイハテの攻撃が【殉真】の効果を纏い、周囲の獣達凡てを切り裂いていく。
『――無作法をお許しくださいね。』
レモンのお陰で落ち着いたりりは深呼吸すると影業を呼び出した。
「こんどこそ、おまかせくださいっ! |★《イヴちゃん》、お願いします!」
バーゲストの気を引いたり足止めなどのサポートをお願いして、相手の動きが止まった隙に不意打ちの攻撃を仕掛ける。
そうして敵を倒しつつ、ふと思い浮かんだ言葉にりりは首を傾げた。
「一対一が作法でしょうか? それなら、わたしも無作法のなかまいりかも?」
その呟きにレモンは振り返ると、楽しそうに笑う。
「りりさんも、まさかの無作法? ――では無作法同士、仲良くやりましょうか!」
「はい、いじわるな子には、おしおきですっ!」
二人は鳴いているたぬきを助ける為に、たぬきをいじめた悪いモンスターをやっつけるのだった。
立体迷路を抜けた先には薄暗い森が広がっていた。
少し不穏なその森に巣食っているのはモンスター。
「ほうほう、こいつが『ばぁげすと』って化物かい?」
早速『バーゲスト』と遭遇した六合・真理(ゆるふわ系森ガール仙人・h02163)はその姿を観察してうんうんと頷いた。
「成る程ねぇ……このぎらぎらした威容、たぬきも逃げ出すってもんだ。」
その隣で恵宮・アキ(恋愛知らぬ心優しき乙女・h13025)は、自然の掟には理解を示しつつも強い視線で獣を見据える。
「敵意のない子を追い回すのはやりすぎだ。悪いけど、通してもらうよ。」
「……とは言え、たぬきを殺したって訳でもないんなら、流石に気が引ける。」
未だ唸り声だけで、此方との距離を測っているバーゲストを眺めながら真理は肩を竦めた。
「ここは一つ、追い返すくらいで試してみようかねぇ。」
「たぬきを追い回せば痛い目を見る、と思わせれば良いのかな?」
真理の言葉に、アキは考える様に首を傾げる。ならば、とバーゲストから距離を取り魔力弾銃「ロダン」を構えた。
『――開門。』
【|鍵魔弾〖地獄開門〗《キーバレット〖ヘル・ゲート〗》】により放たれた炎の魔弾は黒炎を纏い、群れの近くに着弾する。
『ギャウッ、』
周囲を燃え盛る焦熱黒炎で囲まれて、バーゲストの勢いが削がれた。
此方を護る祝福の焔は黒炎を弾きながら、力を与えてくれる。
「獣に炎、良いじゃないか。」
アキの攻撃に真理は感心しつつ、錯乱して突撃して来る個体に【|勁打・万象星離雨散《ルートブレイカー》】の掌底を打ち込む。
「お前さん達が殺しをしてない以上、此方も殺す必要はないからね。」
その侭もう一撃、バチンと尻を叩く様にいなして茂みに逃げ帰る背中を見送った。
「さあ、たぬきをいじめたらまたこんな目に遭うぞ。」
そう云いながらアキはじりじりと黒炎でバーゲストを森へ追い立てる。
炎への恐怖で多少錯乱する個体は出ているが、積極的に此方を攻撃しようとはしてこない。
「そうさ、死にたくないならさっさとおかえりよ。」
群れからはぐれた個体を叩き返しながら真理は笑った。
どうやら殺しはせずに済みそうだ。
「もうたぬきを追い回すんじゃないぞー!」
二人は最後の一体が森の奥に逃げ帰るのを見送ってから一心地つく。
「上手くいって上々だ。さぁて、それじゃあ、可哀想な子を助けに行くかねぇ。」
ダンジョンの更に奥、鳴いているらしいたぬきを探しに二人は歩みを進めたのだった。
立体迷路を抜けた先、薄暗い森に巣食うのはモンスター。
山あり谷あり、迷路のトラップに色々と引っ掛かりつつも勘を頼りに此処までやって来た坂堂・鈴(鈴鹿山椿・h05098)は、その姿を見て声を漏らした。
「え、全然可愛くない……。」
森の暗さも相まって、鈴のテンションはがくんと下がる。
「トゲトゲやし顔めっちゃ怖いし可愛くない。しかも森ん中暗いし……何かヤやなー。」
そう云って辺りを見回す怖がりな相棒を落ち着かせようと、鈴の肩に乗っていた小雪がその頬に擦り寄った。
「小雪……大丈夫やよ、ありがと!」
可愛らしい相棒の励ましに小雪の心が復活する。
やってやろと墨染椿を握った処で後ろから、格好良くも愛らしい声が響いた。
「むむ、出ましたね|悪い犬《わるいこ》さん!」
自身とは対照的に真っ黒で唸る『バーゲスト』達を前に、アルテュール・ビヨン(野良サモエドのどろんバケラー・h07347)が吠える。
「なんだか思ってたよりつよそうですが、負けるわけにはいきません。」
それを聞き、振り返った鈴はアルテュールの姿を見て今度は声を上げた。
「……フワフワで白くて可愛い子おる!!」
「おや、あなたもタヌキさんを助けに来た冒険者さんですか?」
アルテュールも先に敵と対峙している鈴の姿を見付けて首を傾げた。ならば心強いと笑顔で一鳴き。
「僕たちはタヌキさんを迎えにいかなければならないのです。道をあけてもらいましょう!」
「よぉし、たぬきの為にも退治したろ!」
小雪にアルテュールと真っ白可愛い子達を見て完全復活した鈴は、刀を抜いて近くの敵から切り払って行く。
「それでは、|レギオンスウォーム《みんな出番ですよ》!」
【レギオンスウォーム】を呼ぶアルテュールの声に応じて、|レギオン《ともだち》がぶわりと展開した。
レギオンにはミサイルでぽこぽこと攻撃して貰いつつ、アルテュールは『|Ouragan《ウラガン》』に騎乗してバーゲスト目掛けて滑空。その飛剣でじりじりと迫る敵を薙ぎ払った。
「木立に隠れてるやつも居てるから警戒せんと……、」
視線を周りに移した鈴の呟きを拾ったアルテュールが一声上げる。
「かくれんぼしている敵さんは僕の|レギオン《ともだち》がなんとかします!」
だから近くの敵に集中してください、と続けられた言葉に鈴は礼を返した。
「よっし。ありがと! ほんなら小雪、死角は任せてええ?」
鈴のお願いに小雪は張り切って頷くと、斜め後方から迫ってくる敵に対して氷のブレスで応戦する。
アルテュールも四振りの西洋剣型ドローンを攻撃に割り振って対応するが、如何せん敵の群れは大きい。
二人の攻撃で確実に減らしてはいるが、再び鈴の気分が下降していく。
「けど……数多いし唸り声は不気味……そこらで目が赤く光ってんのもめっちゃ怖い泣きそう。」
気付いた小雪が励まそうと、頭を撫でる様にぺちぺちその身で叩くが時既に遅し。
「もう嫌やぁぁあああ! あんたら空に落ちて行き!!」
極限に達した鈴の【|喚声《ダダッコスクリーム》】が発動して、彼女が見渡していた大量のバーゲストが|空《・》|に《・》|落《・》|ち《・》|て《・》|行《・》|く《・》。
その魂の叫びとも云える|スクリーム《咆哮》を聞いたアルテュールは感心した。
「素晴らしい遠吠えです! 僕の|音響弾と衝撃波《咆哮》もすごいですよ! ――わん!」
自分も負けていられないとばかりに残った個体を吹き飛ばす。
「もう、もう! 落ちたのが戻ってくる前に駆け抜けたろ!」
「はい!」
あらかたのバーゲストが空に落とされ、吹き飛ばされて開いた道を、鈴とアルテュールは駆け抜けていく。
後ろで発生し始めている敵の雨には眼もくれず、かわいいたぬきを目指して前だけ向いて走り続けたのだった。
第3章 ボス戦 『かわいいたぬき』
●詰まるたぬきの恩返し
ダンジョンの最奥はがらんと開けた空間で。
岩場の壁に囲まれて、処々に木立や茂みが生えている。
過去に冒険者がキャンプでもしていたのか、朽ちかけの木箱や穴の開いたバケツなどが転がっていて。
――ぽ、きゅー……キュー……、
何処かからか、哀しい鳴き声が響いていた。
●追伸
引き続き、亦は此方からのご参加有難う御座います。徒野です。
第三章は『助けたたぬきの恩返し』となります。
岩場の隙間や木の洞、打ち捨てられた木箱にハマって動けなくなっているたぬきを見付けて助けてあげてください。
するとたぬきがお礼としてもふもふさせてくれたり、なけなしのお芋を焼いて振舞ってくれます。
逆に美味しいものを与えてあげたら喜びます。
たぬきは人語は喋りませんが、顔を見ると何故か何となく云っている事が分かる気がします。
可愛がってあげてください。
それでは、どうぞ宜しくお願いします。
薄暗い森を抜けた先、木々が途切れて開けた場所に着いたピピカ・ブリッジス(|戦術支援端末体《アシスタントAI》・h12328)は、早速センサーアイの暗視機能で周囲を確認し、たぬきの入った箱を捜索し始めた。が。
「……って、わーっ! あちこちに尻とかしっぽが……、」
きょろきょろと辺りを見回しただけの黄・夜巡(夕立巡り・h13090)でも見付けられる程たぬきは詰まっていた。
「あれがたぬき? たぬきなの?」
「まさしくタヌキ! しかし、直ぐに手を出すのは早計です。まずは状況を観察しましょう。」
「え? お、おう、」
早く助けなくて良いのか、と夜巡はピピカの方を見るが、何か考えがあるのだろうと一旦飲み込んだ。
「実に可愛らしい……。」
「え?」
ピピカのLEDが高速で明滅する。
――高速思考開始。
lim_{t → ∞} Ψ_boundary(t)= exp( - ∫[0 to t] γ_fuse(ξ_panic(τ), T_stress(τ)) dτ ) → 0
そういうことですか――、
「落ち着いて聞いてください。このままではタヌキは箱と一体化して消滅します。」
「な、何だってー!? いや、ほんとに何だって!?」
ピピカの勢いに呑まれかけた夜巡だが、改めて考えても意味が解らなくて、重ねて同じ様なツッコミをしてしまう。
「一刻も早く、タヌキを箱から引き出さなくてはッ!」
「よ、よし、たぬきを抜く係はまかせろ!」
とにかくたぬきを助ければ良いんだな、とたぬきに向かう夜巡の背にピピカの真面目な声が掛かった。
「そのためには、こちらの牽引力が箱に存在する各種抵抗値を上回る必要があります。しかし、あと少し足りない。なにか別の要因があれば……、」
「なら|手《・》を増やせばいい――出番だぜ、ネズミどもっ!」
解決策として【|雷網九鼠《ジェルボアランナー》】にて喚び出された雷素トビネズミが、ぴょんぴょんとたぬきに向かって行く。
「せーので引っ張るぞ! せーの!」
たぬきのしっぽを掴んで連なる雷素トビネズミ達を見てピピカはLEDを光らせる。
「タヌキに加えて新たなモフ……素晴らしいです、これなら!」
「ファイト! ファイトオー! 全身揺らせ! 抜けろ!」
力一杯しっぽを引いてみたり、揺らしてみたり、何とか引っ掛かりを解こうと工夫する度に、切なげな鳴き声が上がった。
「がんばれ! 負けんな! 大根みてーに抜けろっ!」
そんなたぬきを励ましながら、夜巡はネズミ達の指揮を執る。
「オーエス! オーエス!」
ピピカも|可変式機械腕《フレキシブルアーム》を伸ばして最後尾に加わった。
「しかしなんだろうこの、おおきなかぶみたいな状況は……、っと!?」
全員で力を合わせた瞬間。ずる、と滑る感覚の後、景気良くすっぽーんとたぬきが木箱から抜ける。その勢いに全員でしりもちをついた。
「ってて……抜けたか、良かった!」
夜巡は自身の尻をさすりながら立ち上がると、何が起こったか解らず眼をまん丸くしているたぬきに駆け寄る。
「ハマってたとこ、痛くないか? あざになってないか?」
そう云いながらたぬきの身体を撫でてやる。
もっふもふな毛皮ともっちり脂肪が功を奏したのか怪我などはなさそうだ。
「このタヌキの危機は去りました……しかし他のタヌキが!」
「そうだった! まだあちこちに詰まってんだった!」
ピピカの言葉に残りのたぬきの存在を思い出した夜巡は、全員で手分けしてすぽすぽとたぬきを抜いていく。
全員収穫、もとい救出し終わる頃には、最初に助けたたぬきがお芋を焼いて待っていた。
たぬきを、たすけてくれたんですよね……?
これはおれいです。おいしいものです。
そんな視線を感じて、夜巡はありがたく焼き芋を受け取る。
「うーん、かわいい。かわいい生き物だな……来てよかった気がするなぁ。」
「此方が依頼の報酬ですね。私は食べられませんが、お土産に頂いて行きましょう。」
ピピカも今日は不在の相棒を思いながら焼き芋を受け取った。
自身はたぬきの姿を記録に焼き付けながら、アームで毛皮や脂肪の柔らかさを計測する。
「此は有益な情報です……。」
「またハマってたら、オレが助けに来るからなぁ。」
つぶらな瞳で見上げて来るたぬきの可愛らしさに、次も助けてやるぞと云う気持ちが沸き上がった、が。
「いや、ハマらないのが一番なんだが……。」
夜巡はそうぼやいて、ネズミ達にも芋の欠片を分けてやりながら焼き芋を齧る。
たぬきの焼いたお芋は甘くて美味しかった。
「キャーなのです!」
立体迷路の迷宮から真っ直ぐ落ちる小夜雀・小鈴(雀風招き・h07247)は強く眼を瞑り声を上げた。
が、ふっと冷静になって腕を広げる。
「……って、そういえば私、飛べるのでした。」
羽の様にふわりと広がった袂を揺らしながら、改めて辺りを見回した。
「たぬきさんは大丈夫なのでしょうか……?」
一緒に行動していたアシスタントAIも一緒に落ちた筈だけれど、途中ではぐれてしまったのか姿が見えない。
そちらも無事だと良いのですが、と心配しつつも一先ず眼の前の事に頭を切り替える。
「まずはたぬきさんですね! 雀の小鈴の力を見せるとき! なのです!」
ゆっくり地面に降り立つと、きょろきょろとたぬきの姿を探し出す。
「声が聞こえ……あっ、あのもっふりしたしっぽ!」
岩の隙間に挟まっているしっぽがぴるぴると震えているのを見付けて、小鈴は駆け寄る。
「たぬきさん、大丈夫ですか? 怪我はしてないですか?」
そっと背中を撫でながら優しく聞くと、「キュー、」と返事が返って来た。
「もしかして、わたしのように落ちてきてしまったのでしょうか?」
よいしょとたぬきの身体を抱えて隙間から出してやる。
「お迎えにあがりました。もう、安心してくださいなのですよ。」
そう云って笑い掛けると、たぬきはつぶらな瞳で小鈴を見上げた。
たぬきを、たぬきをたすけてくれてありがとうございます……。
えっと、えっと、おれいです、おいしいものです。
たべてください……。
「さつまいも、いただいて良いのです?」
たぬきに差し出された焼き芋を笑顔で受け取って、小鈴は半分に割ると片方をたぬきに差し出した。
「たぬきさんもよく頑張ったのです! 一緒に食べましょう。」
……! たぬきも、食べていいんですか……!
眼をキラキラと輝かせるたぬきと一緒に焼き芋を楽しんで、一息吐いた小鈴はぽんと手を叩く。
「さて、えーと、そうですね。一旦、地上に戻りましょう。」
もう一度よいしょとたぬきを抱えると、ふわりと飛び上がった。
「飛べますからね。帰りはすぐですよ!」
◇
「到着なのです! お疲れ様でした。」
無事ダンジョン外に辿り着いた小鈴はたぬきをそっと地面に下ろす。
そして葛籠を取り出すと、中から竹皮に包まれたおにぎりを取り出した。
「大事なさつまいもをいただいたお礼です。」
えっ、えっ……これはおいしいものですね……?
たぬきがもらっても……?
たらーと涎を垂らしながらおにぎりと小鈴を交互に見るたぬきに、小鈴は頷いておにぎりの包みをたぬきに渡す。
「えへへ、元気になったようで良かったのです。」
無事たぬきを助けられて、小鈴は満足そうに微笑んだ。
薄暗い森を抜けた先は、何処からか光が差して少し明るい。
広場の様な其処に辿り着いた廻里・りり(綴・h01760)は大きな耳をぴこりと動かして、茶治・レモン(魔女代行・h00071)に振り返った。
「は! レモンさん、声が聞こえます!」
「さすがりりさん、耳が良いですね!」
こっちです、とりりが示す方向に進んでいくと、レモンの耳にも哀し気な声が届き始める。
「……あ、僕にも聞こえてきました。」
段々と確かになる声に、当たりを付けて物陰を覗き込むともっふりとしたおしりがじたじたと暴れては力尽きる、と云う哀しい動きを繰り返していた。
「……底のぬけた箱に頭からはさまってる……、」
「わぁ……なんと言うかこう、芸術点の高い挟まれ方をしていますね。」
挟まった丸いおしりを眺めた二人は、余りの姿に感心すらしかけたが、此を助けに来た事を思い出す。
「こんにちは、たぬきさん。皆で助けに来ましたよ!」
「こんにちは、たぬきさん! つっかえちゃってますね……いま、たすけますねっ、」
二人はたぬきを安心させる様に声を掛けてから、ぐるりと木箱の周りを確認し何処からアプローチするかの算段を立てる。
「では僕は、こちら側から押し込んでみましょう。」
「わたしは反対側から! ……ひっぱってもいたくないでしょうか?」
「多少引っ張っても、まぁ……全長が伸びるだけで、きっと大丈夫!」
「キュ!?」
「たぬきさんがんばって! おなかへこませてっ!」
「ヒュー……ン、」
すっぽり嵌ったお腹を抜くには多少の力は必要で。
より切なく鳴くたぬきを励ましながら、力を合わせて押して引いてを繰り返していると、ある瞬間にまさしくすぽんと気持ち良くすっぽ抜けた。
「やった……!」
「ぬけましたよたぬきさん!」
何が起きたのかと眼を丸くしたたぬきだったが、ワンテンポ遅れて自身が助かった事に気付く。
たぬきは……もうだめかとおもいました……。
たすけていただいたおれい……おいも、いかがですか?
おいしいものです……。
とでも云いたげな視線で見上げて来るたぬきは、何処からともなくさつまいもを差し出してきた。
「おいもをいただけるんですか?」
「えっ、本当だ! 芋を持っている……どこから……!?」
先程までは確かにたぬきは身一つだったのに、と不思議そうなレモンにりりも首を傾げる。
「箱のなかにあったんでしょうか? 底がぬけてたからちがうかな?」
考えても謎は深まるばかりなので、一度忘れてたぬきのお礼を受け取る事にした。
「では折角ですし、焼き芋にしましょうか。」
そう云ったレモンの手元には火を熾す為の道具やアルミホイル等が準備されている。
「やきいも! うれしいですっ。レモンさんのお料理道具はどこから……、」
新たな謎に再び首を傾げるりりにレモンは悪戯っぽく笑って答えた。
「ふふ、√能力でマンドレイクが店から転送してくれるんですよ。火が危ないので、りりさんとたぬきは少し遠くに居て下さいね。」
「√能力! すごい! べんりですね……っ。お言葉にあまえて、たぬきさんもはなれましょう!」
本当に色んなことができるんですね、と眼を輝かせたりりは、たぬきと一緒に数歩後ろに下がって待つことにする。
「待つあいださわっても……?」
たぬきの隣にしゃがみ込んでそう問い掛けてくるりりに、たぬきは身を投げ出す様に横たわった。
たぬきはたすけていただいたみ……にるやりやくなり……あっうそです、たべないでください、たぬきはおいしくないです……。
さわるのなら、おすきにしていただいて……。
「たべませんよっ……ではしつれいしますね!」
りりは転がるたぬきに手を伸ばして、毛を撫でてみる。
「みためより、少しかたい……ですかね?」
「さて、後は焼き上がりを待つだけですね。僕も触らせていただいても?」
焼き芋の準備を終えたレモンも、りりの隣にしゃがみ込んでたぬきに手を伸ばした。
「毛がゴワゴワしていて、野性味を感じますね。だがそれが良い……!」
二人にわしゃわしゃと撫でられて、たぬきも気持ち良さそうにとろんと眼を瞑る。
その姿に笑みを零したりりは、思い出した様にポシェットの中を覗き込んだ。
「そうだ、たぬきさんビスケットをどうぞ! どうぶつさん用なのでだいじょうぶなはず!」
「りりさん、すばらしいですね! 僕も何か……猫用のササミスティックがあります。こちらもどうぞ!」
その提案に、レモンも荷物の中から愛猫の為に用意しているおやつを取り出す。
その匂いにハッと眼を開いたたぬきの口から、たらりと涎が伸びた。
「ササミスティックもおいしそう……! おいもと交換こしましょうっ。」
いいんですか、そんなおいしいものを……たすけていただいたうえにおいしいものを……。
「ふふ、いいんですよ。おいしいものはみんなで一緒にたべるともっとおいしくなります!」
「そろそろ焼き芋も出来る頃です。皆でおやつの時間にしましょう。」
りりとレモンの言葉に、たぬきは本日初めて嬉しそうな声を上げたのだった。
「きこえます……タヌキさんのかなしげなお声が……!」
薄暗い森を抜けてダンジョンの最奥に辿り着いたアルテュール・ビヨン(野良サモエドのどろんバケラー・h07347)はふわふわのお耳を揺らしてその鳴き声を聞き取っていた。
「うーん。このあたりだと思うのですが、いっぱい散らかってますね……仕方ありません。端っこから見ていきましょう!」
声は聞こえても姿は見えず。
木立や岩の間、木箱やあちこちにある隙間をふんふんと嗅ぎながら順番に覗き込んでいると、茶色い毛玉の詰まった岩場を発見する。
「いました! あなたがタヌキさんですね!」
アルテュールは無事見付けられた事に嬉しそうな声を上げて、近付いてみた。
すっぽりと嵌っているその姿に、|このまま《サモエドの姿》では上手に助けられないなと【リアルタイムどろんチェンジ】で人間の少年姿に変身する。
「こっちの方が|前足《おてて》がやさしく器用に動かせるのでべんりなのです!」
自信あり気に両手を広げて見せてから、たぬきの身体を抱えて隙間から引っ張り出した。
「よいしょっと……、大丈夫ですかね?」
自由になった身をぷるぷると震わせるたぬきを見て、アルテュールはいつもの姿に戻る。
「無事でよかったです!」
特に怪我もなさそうな様子に安心していると、たぬきが恐る恐る見上げて来た。
あの……たすけていただいてありがとうございます。
たぬき……あなたもたぬきですか? ちがいますか……。
ええと、このくらいしかおれいができないのですが……。
たぬきはそう云って、何処からか取り出したさつまいもを謎の炎で焼き上げる。
「お芋をくださるんですね! 実は僕もお芋を持っているのです。」
それを見たアルテュールも荷物の中から包みを取り出した。
「じゃーん、干し芋です! おいしいですよ!」
あっおいも……おいしいにおいがします。
「こっちはタヌキさんにあげます。ごはんにしましょう!」
アルテュールは干し芋の包みをたぬきに差し出して、自身はほかほかの焼き芋を受け取る。
一緒に、甘くて美味しいお芋を食べながらアルテュールはたぬきに笑い掛けた。
「おなかいっぱいになったらいっしょに遊びましょうね!」
「クー!」
そんな楽しいお誘いに、たぬきは嬉しい声で返事をしたのだった。
「ここがダンジョンの一番奥か……たぬきもここに居る筈だけど……、」
黒い獣の森を抜けて、開けた場所に辿り着いた恵宮・アキ(恋愛知らぬ心優しき乙女・h13025)はきょろきょろと辺りを見回した。
姿は直ぐには見付けられないが、哀しそうな鳴き声は何処かから聞こえてくる。
その声を頼りに、順に物陰を覗き込んでいるともっふりとした毛玉の生えた木箱を見付けた。
「あらら……見事にジャストフィットしてる。」
誰かが来た気配にたぬきが助けを求める様にひゅーんと鳴く。
「はいはい、ちょっと待ってね。」
アキは返事をする様にそう云って、霊剣を取り出す。
「危ないから動かないでね? 先っちょで、こう、木箱を崩して……と。」
木箱の脆そうな部分に霊剣を当てて、トンと柄を叩くと古い木箱は簡単に割れていく。
たぬきに当てない様に気を付けながら木箱を壊すと、もふんとその身体が解放された。
「よし、もう大丈夫だよ。」
アキは木屑を払ってやりながらそう声を掛けると、たぬきは自由になった身体をぶるぶる振るわせる。
あ、あの……たすけていただいてありがとうございました。
たぬきはもうだめかと……おもって……。
あの、おれいといってはなんですが、おいもたべますか……?
つぶらな瞳で見上げて来るたぬきの云っている事が何となく理解できて、アキはなら、と首を傾げた。
「お礼? なら、抱っこしてもいい?」
たすけていただいたみ……ごじゆうにしてください……。
そう寄って来るたぬきに、許されたのだとアキはその身体を抱き上げた。
「……おお、もふもふだぁ……いいこ、いいこ……♪」
優しく撫でられて、たぬきも気持ち良さそうに眼を閉じる。
そうして、アキは満足するまでたぬきを可愛がったのだった。
「ひどい目に遭うた!!」
ぐし、と赤くなった眼の端を擦りながら坂堂・鈴(鈴鹿山椿・h05098)は薄暗い森を抜けて来た。
少し明るくなった空間にほっと安堵しつつ、改めて目的のたぬきを探す事にする。
「んっと、たぬきどこにおるんかなー、小雪はどこやと思う?」
きょろきょろしながらそう肩口の相棒に語り掛けると、小雪は逆に鈴ならどこにハマりそう? と首を傾げた。
「え、どゆこと?」
うちそんな隙間にハマらんよ、と答えながら鈴はたぬきを探してぽてぽて歩く。
鳴き声も微かに聞こえる気がするが、音が反響して解りづらい。
「こういう時誰かに聞けたら……あ、それがあった!」
鈴はぽつりと呟いてから、それが出来る事を思い出した。
「ぅなーぉ♪」
愛らしい猫の鳴き真似を合図に、【|嚶鳴《ネコアツメ》】にて辺りに居たインビジブルが猫又の子供の姿に変わる。
『にー……?』
その仔猫にたぬきを見なかったかと聞き込み調査。
「ふんふん……なるほど、ありがと! バイバイ!」
折よくたぬきを見掛けていた情報を手に入れて、鈴は仔猫にお礼を云って別れるとそちらに向かった。
古びた木箱が重なった山の中に、じたじたともがく毛玉が見える。
「たぬきおったー! お前なんでそんなトコに……、」
たぬきの元に駆け寄った鈴は不思議そうに零してから、ぼんやりと既視感を覚えた。
「あれ、前にうちも似たようなとこでハマった気ぃする、」
小雪がほら、と云いたげな視線を寄越してきたが、鈴は気にせず隙間からたぬきをすぽんと抜く。
「……まぁえっか、よしよしもう大丈夫やよ♪」
自由になってぶるるとドリルの様に身体を震わせるたぬきをにこにこ眺めながら、鈴はそうだ、と鞄の中を漁る。
「たぬきって雑食やっけ、クッキーいけるかな?」
可愛らしいクッキー缶を取り出すと、たぬきに掲げて見せる。
「|うちの【黒猫狂想曲】《これ》みんなで食べよっか。」
なんですか、とふんふん鼻を鳴らして近付いて来るたぬきに鈴は缶の蓋を開けた。
中には可愛く飾られたクッキーが所狭しと並んでいる。
「片割れの子が、うちが寂しがらんようにって可愛いの詰めてくれてん。」
それを覗き込んだたぬきは、豊かなバターの香りにたらりと涎を垂らす。
あっ、あ……これはおいしいものですね……?
えっ、たぬきをたすけてくれたうえにおいしいものまで……?
ありがとうございます……!
そんなたぬきの視線に鈴は笑いながらクッキーを差し出した。
「ふふ、ええよ。はい。小雪にも。」
たぬきと小雪、そして自分も一緒にさくさくとクッキーを食べる。
美味しさに震えているたぬきを可愛いなぁと撫でながら、しばし楽しい時間を過ごした。
一息ついて、たぬきも自分も十分落ち着いた頃、そろそろ帰ろっか立ち上がる。
「もうハマりなやー?」
最後にもうひと撫でして、満足そうにたぬきを見送る鈴はまだ気付いていなかった。
――ダンジョンから帰るのに、同じ道を戻らないといけない事を。
バーゲスト達を蹴散らして、薄暗い森から此のダンジョンの最奥に辿り着いたリーガル・ハワード(イヴリスの|炁物《きぶつ》・h00539)は、早速何かに気付いた様に立ち止まった。
「潤。あれを見ろ。あの頑丈そうな箱の隙間。」
そう云って指差しながら断言する。
「後ろ脚と尻尾……あれはたぬきだ!」
呼ばれた古出水・潤(夜辺・h01309)は、リーガルの指す方を|眼鏡を外して《フクロウの眼で》確認して頷いた。
「特徴から見ても間違いなさそうです。よく見つけましたね、リーガル。」
余りにも早い発見に感心しつつ。好きなもの相手だと普段以上の力が発揮出来るものなのかも知れないな、とたぬきに駆け寄っていくリーガルの後に続く。
「んんん、なんか抜けない。」
リーガルは箱に詰まっているたぬきの腹を掴んで引いてみるが、何かが引っ掛かっているのか動かない。
「潤、後ろから引っ張ってくれるか?」
「かしこまりました。……おや、手伝ってくださるのですか?」
潤が手伝おうとリーガルの後ろに付くと、キリっとした顔のグレンデルが隣に並んだ。その侭グレンデルがリーガルの上着の裾を咥えようとするのを微笑ましく眺める。
「ア゛ッ痛いグレンデルは噛むな!!」
そのやる気が上着を貫通し、脇腹に刺さってリーガルは声を上げた。反射的に身体を跳ねさせる。
「痛……リーガル、肘が当たっています。」
それがグレンデルと反対側の裾を持って引っ張ろうとした潤に当たって、不本意な痛みの連鎖を引き起こす。
「悪い……いや、落ち着いてもう一回だ。」
今度はグレンデルに服だけ咥える様に注意して、改めて皆の力を合わせて引いた。
「よし抜けそ――うわあぁ!」
「おっと、」
突然抵抗がなくなって、勢い余ってひっくり返るリーガルを避ける様に潤は横にずれる。
無情な相棒に、リーガルは半眼で起き上がり土ぼこりを払うが、助けたたぬきがぴるぴると震えているのを見て表情を和らげた。
あ、あっ……たすけてくれてありがとうございます。
たぬきはもうだめかとおもっ……あれ、そちらにもたぬきが……?
おれいに、おいもたべますか? おいしいものです。
たぬきはそう云いたげに、何処からか取り出したさつまいもを謎の炎で焼き上げる。
「なんと、焼き芋をいただけるのですか?」
「嗚呼、ありがとう。」
リーガルは受け取った焼き芋をグレンデルに渡す。するとグレンデルもそのお礼をたぬきに差し出した。
「グレンデルも栗やどんぐりでお礼――どこから出した?」
リーガルも知らない謎の空間から出て来た木の実達に、たぬきは眼を輝かせる。
「ありがとうございます、来て良かったと心から思いました。」
一方で潤は受け取った焼き芋を、ほくほくと満足そうに食べていた。
「よし、僕は撫でたり抱っこしてもふもふを堪能したい。」
そう云ってたぬきに向き直るリーガルに、たぬきはおすきにどうぞと身を任せる。
「おお……もふもふ……、」
リーガルはそっと頭から背中を撫で、抱き上げた。しっかりとした重さを堪能する。
そしてたぬきを愛でる自分の姿を写真に収めていた潤に、リーガルは抱いていたたぬきを差し出した。
「潤もする?」
「……ええ、折角なので触らせていただきましょう。」
焼き芋の最後の一欠片を飲み込んだ潤は腕を差し出してたぬきを受け取る。
「……腕にかかる重み、毛皮の下に感じる脂肪、」
じっと観察する様にその姿を眺めていたら、瞳孔が開いていたのかリーガルからジト眼を向けられた。
「潤は食べ物として見るの禁止。」
「大丈夫です、今は満腹ですので。」
焼き芋があって良かったですねと笑顔の潤に、たぬきが本能的な恐怖を感じたのかまたぴるぴる震え出したので、地面に下ろしてやる。
すると今度は労わる様にグレンデルがたぬきに寄り添った。
もっふりとした毛玉姿になったたぬきーズをすかさず動画に取りながら、リーガルは感心した様に零す。
「へえ、たぬきの顔の模様は個体差があるんだな。」
たぬきやたぬきと戯れる相棒の姿を数多の写真に収めて、満足そうに笑った。
「さて、無事たぬきも助けられましたし、お礼もいただきましたしそろそろ帰りましょうか。」
潤の言葉に、リーガルは嗚呼と頷いて立ち上がる。
「どんくさいのは心配だが魅力でもあるよなあ、今度は嵌るんじゃないぞ。」
たぬきとの別れ際にそう声を掛けたリーガルの横で、グレンデルが名残惜しそうに一鳴きした。
するとたぬきも応える様に一鳴きして、ぽってぽってと森の中に消えていく。
その背を見送った二人と一匹も、あのたぬきが今後も無事に生き抜けるよう願いながら岐路に付いたのだった。
森の獣を制圧して、ダンジョンの最奥に辿り着いた冬月・楠音(氷原より貫く一閃・h01569)は、きょろきょろと辺りを見回すと、|探し物《たぬき》を見付け出した。
「あ、これが星詠みのいってたたぬきだねー。」
岩場の隙間に詰まって、時折じたじたと後ろ足を動かす姿はかわいそかわいい。
「おもいきりすきまにハマってる……わちゃわちゃあしがうごいてるの、ちょっとかわいいかも……。」
じたじた動いては力尽きて、また暫くしたらじたじたするのを眺めていたが、さすがにずっと見ているだけも可哀想だ。
「まあ、たすけてあげよーかなー! せーのっ!」
お腹を掴んで勢い良く引っ張ると、すぽっとあまりにあっさり抜けてしまって楠音はしりもちをついてしまう。
「てて……あ、うでのなかにたぬきが……、」
後ろに引いた反動で、抜けたたぬきも楠音の腕の中にすっぽり収まっていた。
腕の中いっぱいのもふもふ毛皮に楠音は顔をうずめてみる。
「あ、やせーどーぶつのはずなのに、もふもふふかふか……、」
思わずぬいぐるみ相手の様にもふもふしてから、はっと相手は生き物だったことを思い出した。
「あ、ごめんねー! いやだった?」
あっだいじょうぶです、いやじゃないです。
「……いやじゃないの? もうちょっとしてていーの?」
どうぞ、どうぞ。たすけていただいたおれいです。
「うん、ありがと! じゃあ、ちょっとふかふかさせてもらうね……。」
ゆっくり撫でたり顔をうずめたり、抱き締めたり。
楠音がもふもふを堪能するのを、たぬきも気持ち良さそうに眼を細めて身を任せる。
あったかいもふもふに少しうとうとしかけた処で、たぬきのお腹がくるくる鳴った。
それを聞いた楠音は笑って荷物の中から食べ物を取り出す。
「あ、レーションだけどたべるー?」
いいんですか? おいしいものですか?
「おいしい、とおもうー。」
ふんふんと匂いを嗅いでくるたぬきに、携帯用ようかんを半分こして差し出すとたぬきは眼を輝かせて。
そしてたぬきを抱っこした侭、ふたりで一緒に美味しい時間を過ごしたのだった。
薄暗い森を抜け、開けた場所に着いた野分・風音(|暴風少女《ストームガール》・h00543)は辺りをきょろきょろと見回した。
「ここがダンジョンの最奥かな? たぬきがいるのも多分この辺だよね。」
「さて……狸が逃げたらしい所にたどり着いたけど……、」
真壁・蒼穹(飛燕空剣流末弟子・h02281)も、たぬきの姿を探してすっと意識を研ぎ澄ませる。
風音も立ち止まり耳を澄ませてみると、哀しみを誘う鳴き声が聞こえた。
「よーく聞けば鳴き声が聞こえるけど、どの辺にいるんだろ?」
声を頼りに辺りをキョロキョロ見ながら歩いてると、もふっとしたお尻を発見する。
「あ、見つけた! おーい、大丈夫?」
「うーん……狸が見事に木箱にはまっている……。」
四角い箱からもっふりしたたぬきのお尻と尻尾が生えている、そんなトリックアートの様な姿を見て二人は不思議そうに呟いた。
「木箱……木箱か……。優しく引っこ抜く、しかないかなあ?」
下手に木箱を壊してケガさせちゃったら申し訳ないし、と様子を窺う蒼穹に風音も頷いて。
「そうだね。……今助けてあげるから、暴れないでね。」
「このまま真っ直ぐ引っ張れば……、」
「ちょっと痛いかもだけど我慢してね?」
二人掛かりでたぬきと木箱を抱えて、せーので引っ張る。
「よいしょっと!」
「うーんしょ、よいしょ!」
ずぽん、と引っこ抜けたたぬきがぷるぷると震えているのを、怖がっているのだと思った二人は優しくたぬきを宥めてやった。
「大丈夫だよ? あの怖いのは私達が追い払ったからね?」
「よーしよし、大丈夫だったかい?」
そしてご褒美にと、それぞれがポーチからおやつを取り出す。
「さっきは痛くしてごめんね? ほら、おやつだよ。」
「暴れずに良い子にしてた君には、ドライフルーツをあげようね。」
優しい少女二人に囲まれて、撫でられて、美味しいものを差し出されたたぬきはすっかり気が緩んでしまって。
はわ……たぬき……たぬきは……。
おいしいものをいただきます……!
「ふふ、嬉しそうに食べてる。」
「可哀そうになあ……まだ小っちゃいだろうに……。」
眼を輝かせてクッキーとドライフルーツを完食したたぬきは、そろりと満足そうに風音の膝に乗る。
たぬきのおれいは……このようなことしかできませんが……。
ころんと膝の上に転がったたぬきに風音は嬉しそうに抱き付いた。
「撫でさせてくれるの? それじゃ遠慮なくモフモフ!」
「ふふ、じゃあ私もお腹をもふもふさせてもらいましょうか。せっかくだから。」
蒼穹も、無防備な柔らかいお腹に手を伸ばしてもふもふを堪能する。
たぬきも、たぬきもうれしいです……。
たすけてくれてかんしゃです……。
もっふもふと二人に撫でられながら、たぬきは気持ち良さそうに眼を閉じたのだった。
バーゲストを始末して、薄暗い森からダンジョンの最奥に辿り着いたザクロ・シャハブ(Euclid・h13134)は、早速辺りを見回す。
「さてタヌキタヌキ……、」
挟まる可哀想なその姿は、あまり苦労せずに岩場の隙間で見付かった。
「いた。」
「……これが……例のたぬきか。」
ザクロに並んだキール・グラナドロップ(過去に縋る影・h13133)は、偶にじたじた動くお尻を見ながら呟く。
「実際に聞いてみるとほっとけなさが増幅されそうな鳴き声してんな、お前……、」
返事の様にキュー……と哀しそうな声が響いて、キールはぐっと息を呑んだ。
「タヌキってこういう庇護欲を煽る生き物なのか……?」
とは云え見ているだけでは始まらない。
キールが【|影縛《エイバク》】を発動させると、彼の影から黒い手がぬるりと伸びた。
そしてその影の手に掴まれたたぬきが驚いてぶるぶる震えるのを見て、落ち着かせる為に穏やかに話し掛ける。
「……大丈夫だ。沼までは引きずり込まない。大人しくしていれば大丈夫だ。」
「よし、俺もキールを手伝うぞ。」
再び【リアルタイムどろんチェンジ】でたぬきの姿に変身したザクロは、たぬきを下から押し上げて、キールが引っ張り出すのを補助しようと意気揚々と岩場の溝に潜り込んだ。
そして。
「きゅいー……ハマった。」
ぐいぐいとたぬきを押し上げている途中で、自身も岩の隙間にハマったことに気付いてザクロは遠い眼をする。
「……おい。」
二段に重なるたぬきをジト目で見て、キールは低い声で呼び掛けた。
「だからなんでそこでタヌキになるんだお前は……沼に突っ込んで頭冷やせって言わないだけありがたく思えよ。」
溜息交じりに頭を抱えながら。
影の手がよいしょよいしょと二匹のたぬきを隙間から引っ張り出す。
「ありがとうキール。」
影の沼に辿り着く前に地面へと下ろされたザクロとたぬきは嬉しそうにキールを見上げた。
キールの周りでたぬたぬと感謝の踊りを見せるザクロにたぬきはハッとする。
たぬきを……たぬきをたすけてくれて、ありがとうございます。
……あっおどるんですか、たぬきもおどりますか?
ザクロに合わせてキールを囲んで一緒に踊るたぬきを見て、ザクロは頷いた。
「俺とタヌキは溝にハマった溝友だな。」
感謝されているのだろうけど、踊るたぬきに囲まれてどうしたものかと眺めているキールに、たぬきは更にお礼の品を取り出す。
あっおれい……おどりのほかだと、おいもがあるんですが……。
食べますか? おいしいものですよ?
何処からか取り出したさつまいもを、謎の炎で焼き上げた焼き芋。
確かにほくほくと美味しそうな匂いをさせているが。
「芋……俺ひとりじゃ食べきれないからお前にもやる。」
キールはそう云うとザクロにも焼き芋を渡す。
「お、頂こう……うん、美味いな!」
美味しい焼き芋にご機嫌になったザクロは嬉々としてキールの周りを踊り回る。
此が感謝の証なら、とたぬきも負けじとたぬたぬ回る。
そんな二匹を眺めながら、キールは焼き芋を齧った。
「変な踊りだな……、」
まあ助けられて良かったか、と元気な姿を眺めて納得する事にした。
――たぬき達の変な踊りは、たぬきが疲れる迄続いたと云う。
「やあレイジくん、こっちこっち。」
薄暗い森を抜けて、ダンジョンの最奥で待っていた白百合・蓮華(徒花の|実《じつ》・h12988)は、よく知った姿が追い付いて来たのを見て手を上げた。
「お。蓮華くん無事だったか!」
ぱっと辺りが明るくなる様な元気さで声を掛けて来るイワタ・レイジ(気ままなバイク乗り・h13218)は辺りを見回す。
「本当に至る所から鳴き声が聞こえるが……どうにも場所がわからない!」
たぬきを助けるんだったな、と聞いてくるレイジに蓮華は頷いた。
「思ったより数が多いね。まずはあの茂みとかあやしいんじゃない?」
「……っと、ここか?」
声の聞こえてくる茂みを覗き込むと、まん丸な毛玉がぷるぷる震えている。
「あぁいたいた。ふふ、レイジくん、見てこの子。」
その姿を見た蓮華は思わず声を漏らした。
「茂みにはまってセルフ罠みたいになっちゃってる。」
そのたぬきは少しへこんだ地面の中、長い草が絡まり合ってくくり罠の様になっている処にお腹や足を取られて鳴いている。
「あはは本当だ! いや笑ってる場合じゃなかったな。すまん。」
「逆に器用だ……あぁごめんごめん。すぐ出してあげるよ。」
たすけてくださいと云わんばかりの切ない声に、二人はたぬきに謝ると早速助けてやることにした。
「僕だと腕の長さが足りないか……、」
「まかせろ!」
蓮華が覗き込む横から、レイジは草を掻き分けるとたぬきのしっぽを掴んで、その侭茂みから引っこ抜く。
「お! 無事たぬきを収穫できたぞ!」
「お、レイジくんさすが、頼もしい。あは、まさに収穫だ!」
しっぽを掴まれて、ぷらんと大根の如くぶら下げられたたぬきはしくしく泣いていた。
「これを持ち帰ればいいのか?」
「そのへんに放してあげたらいいと思うよ。」
「ん? 放つ? でもこのままここで放したら、こいつらまたハマるんじゃないか?」
たぬきだからな! と自信満々に告げるレイジに、蓮華は眼を細める。
「無事に家に帰れるかは、彼らの運次第だね。」
依頼通り一度目のピンチは助けてやったのだ。二度目があるかは|彼ら《たぬき》次第。
「とにかく、他のたぬきも助けてあげようか。」
「そうだな!」
それから二人は見付けられるだけのたぬきを収穫して回ったのだった。
「さて、たぬきくん、お疲れ様。毛並みを整えてもいいかな?」
助けたたぬき達が身を寄せ合って、たぬきだまりになっている処を覗き込み蓮華はブラシを取り出す。
あっはい……あの……たすけていただいてありがとうございます……。
ブラシを通しながら、ぷるぷる震えるたぬきを見て蓮華は首を傾げた。
「ん、なんか僕たち怖がられてる……?」
「怯える野生があれば、まだ大丈夫だろう!」
警戒する心があるのなら、今回の様な事には遭わないだろう。多分。
二人は全部のたぬきをつやつやにしてやってから「元気でね、」と散っていくたぬきの背を見送る。
「そうだバイクはダンジョン前に置いてきたから、蓮華くんも帰りは後ろに乗るといい!」
「え、迎えに来てくれたの? 嬉しいなぁ、ありがとう。」
此なら帰りは楽だなと思いつつ、蓮華は念の為、軽く釘を刺す。
「安全運転で頼むね。」
「安全運転は意識するが、風を切るのは気持ちがいいぞ!」
そう云って豪快に笑うレイジは今一信用出来ないが。
まあ危なくなる前にヒメくんが止めてくれるか、と優秀なバイクの方に信頼を寄せる。
そうして、無事たぬきを助けた二人は一先ずダンジョンを抜ける為に来た道を戻るのだった。
「あとはたぬきを助けるだけね。」
バーゲストを蹴散らした薄暗い森の先、ダンジョンの最奥に辿り着いた冬迦・アールグレイ(エルフの雷の|精霊銃士《エレメンタルガンナー》・h13145)と四希・アーデュラ(エルフの|古代語魔術師《ブラックウィザード》・h08215)は意気込んだ。
「バーゲストの危険は去りましたし、たぬきさん達を助け出しましょう。」
二人で協力し、手分けしながら場所を変え、耳を澄ませてたぬきの鳴き声を拾う。
「こっちかしら、」
「こちらにもいそうです。」
それぞれ岩場の影や木箱の山を覗き込むと、見事に震える毛玉が詰まっていて。
キュー……と切なく鳴く声に、四希はほっと息を吐いた。
「この前会ったたぬきさん達とは違うようですが、今回も敵意はないようで安心ですね。」
「敵でなくて本当に良かった……、」
冬迦もその可愛らしい姿に思わず呟くが、ハッとして本来の目的を思い出す。
「っと、まずは傷つけないように優しく助け出してあげないと。」
冬迦と四希は、それぞれ岩の隙間や木箱の中からたぬきを抜いてやる。
「どこも怪我してませんね? 大丈夫ですか?」
たぬきに怪我がない事を確認すると地面に下ろしてやり、四希は【ウィザード・フレイム】を発動する。
「ウィザード・フレイムで木箱や岩場の隙間を修復しておきましょう。」
「こっちも修復しておくわね。」
冬迦も【|氷河期からの記憶《アイスエイジ・メモリー》】で四希のウィザード・フレイムを使って、危険な割れ目などを元に戻していった。
「これでまたハマって抜け出せなくなることが無くなればいいのだけれど。」
「同じ様な事が起きないようにですね。」
あの、あの……たすけてくれてありがとうございました。
おれいに、おいもたべませんか……?
たぬき達が二人を見上げて来る。
「お礼をしてくれるのはいいけれど、なけなしのお芋を受け取るのは申し訳ないわね……。」
「こんなこともあろうかとたぬきさんが喜びそうなお芋をたくさん用意しました!」
少し困った様な冬迦の言葉に、四希は鞄からたくさんのさつまいもを取り出した。
「皆で一緒に食べましょう。……折角ですし、たぬきさんに焼いてもらいましょうか。」
そう云って四希がさつまいもを差し出すと、たぬきは眼を輝かせてぴょんと跳ねる。
おまかせください……!
謎の炎でおいもを焼き上げながら、たらりと涎を垂らすたぬきの姿に冬迦は笑った。
「本当にお芋が好きなのね。」
「飲み物ももってきましたから、慌てずに食べるんですよ。」
四希は二人分のカップにお茶を注ぎ、たぬきの為にも平皿にお水を用意してやる。
みんなで楽しく焼き芋パーティだ。
美味しく焼き芋を頂きながらも、冬迦はたぬきに大事な事を伝える。
「今度からは危ない場所にはなるべく近づかないようにね。」
はーいとでも応える様にきゅーんと鳴くたぬきに、満足そうに頷いた。
「冬迦もたぬきさん達と仲良くなれたようでよかったです。」
そんなしっかり者の妹を微笑ましく眺めつつ、四希も甘いお芋を頬張ったのだった。
薄暗い森の先、ダンジョンの最奥に辿り着いた吉備津彦・巫琴(御伽噺の末裔・h01753)はたぬきの鳴き声を頼りにその姿を探していた。
「ふむ、この辺りから聞こえますね。」
声の聞こえる方向に草むらを掻き分けてみれば、ばさりと羽ばたいた雉のミロが何かに降り立つ。
これかい? と云いたげにコンコンとつつくのは錆びた茶釜。
「なるほど、この中にハマって動けなくなったのですね。」
巫琴が茶釜を拾い上げてみると、もっふり尻尾がはみ出していた。
その姿は正に分福茶釜。
「引っ張り出せ……ないですね、」
尻尾を掴んで引っ張ってみるけども、もっちりおしりが中で引っ掛かっている様でつっかえてしまう。
「うーむ、引いて駄目なら押してみろ、です!」
巫琴は犬のシロと猿のタロに茶釜を持たせると、底面に思い切り拳を打ち込んだ。
「キュ!?」
ごいん、と凄い音と衝撃を受けて、ぼとりと驚いた毛玉が転び出る。
「大丈夫ですかー?」
巫琴は眼を白黒させているたぬきを助け起こして、とろろ昆布のおにぎりを差し出した。
「はい、どうぞ。」
……はっ、おいしいもののにおいです。
これをたぬきに? いただいても?
美味しそうにおにぎりを頬張るたぬきを宥める様に撫でて、巫琴はその手触りに頷いた。
「なるほど素晴らしいモフモフのぬくぬくですね。」
暫くその毛並みを堪能していたら、気付けばカァカァとカラス鳴く夕暮れ時。
ダンジョン内にカラスが居たかどうかは置いておいて。
「もうこんな時間、タヌキさんを外まで導きましょう!」
巫琴は犬、猿、雉、そしてたぬきを連れて帰路に就く。
――こうして、此度の巫琴の物語もめでたしめでたしで終わるのだった。
「よ、ようやく追いつきました……!」
バーゲストの巣食う薄暗い森を抜けて来たヴァロ・アアルト(Revontulet・h01627)は、ダンジョンの最奥らしい場処に辿り着いてぜえぜえと息を吐いた。
しかし此以上たぬきさんをお待たせする訳には、と早速耳を澄まし、辺りを見渡して捜索を開始する。
元々微かに聞こえていた哀しい鳴き声は、集中すると直ぐに辿ることが出来た。
「いた……! もう大丈夫ですよっ、今助けますからね!」
木箱に詰まっている毛玉を見付けてヴァロは駆け寄る。
割れた板の端などで怪我をさせないよう気を付けて、すぽんと木箱から抜き出して救出した。
「よーしよし、よく頑張りましたね。」
自由になってもぷるぷる震えているたぬきを優しく撫でてやる。
「落ち着いてきましたか?」
はい……たすけていただいてありがとうございます……。
このおれいは、たぬきのおいもでかえさせていただきたく……。
そう云いたげに、何処かから取り出したさつまいもをみてヴァロは手を振った。
「いえいえ! それは大事なお芋なんでしょう? お気持ちだけ受け取っておきます!」
えっ、と固まるたぬきに、良い笑顔でサムズアップ。
「そのかわり――じゃん!」
鞄の中から紙に包まれたさつまいもをごろりと取り出して、たぬきに見せてやる。
「ふたりで食べようと思ってお芋持ってきました! たくさんあるので、遠慮なく食べてくださいねっ。」
えっ、えっ……たすけていただいたうえにおいもまで……?
おろおろと困惑している様子のたぬきだが、お芋の誘惑には勝てないのか、たらりと口から涎を垂らしている。
「ふふ、なんとなく言ってることが分かって可愛いです……!」
此は一緒に焼き芋を楽しめるな、と頷いたヴァロは準備を進めた。
「では早速焼いて行きましょう。火起こしは|女主人《マスター》に教わったのでお茶の子さいさい! おまかせください!」
手際良く起こした火にお芋を並べて、火が通る迄しばし待つ。
待つ間にちょっとたぬきをもふもふさせて貰いつつ。
「そろそろですかね……よし。熱いのでちょっと待ってくださいね、」
火傷しない程度に冷ましてから、割った焼き芋をたぬきの前に置いてやる。
「いただきまーす!」
そう云って一緒にほくほく味わった。
はぐはぐと、夢中になっているたぬきの姿で答えは解っていたが、ヴァロはそろりとたぬきの顔を覗き込んで聞いてみる。
「どうです……? 美味しいですか?」
眼を輝かせて頷くたぬきに、ヴァロは満足そうに笑い。
「ふふ、やっぱり焼きたては最高ですね!」
一仕事終えた後の焼きたてのお芋、かわいいたぬき。
今日の焼き芋はまた一段と美味しいです、とヴァロはまた一口焼き芋を頬張ったのだった。