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もうあの頃には戻れない

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 冬の昼下がり。とある地方の商店街は今日もひっそりとしていた。
 昼間だというのに多くの店はシャッターが降りており、開いている数少ない店も全く活気が感じられない。ときおり通りを行く人は店に目もくれず、ただ足早に通り過ぎていく。
 かつては街路樹が並び、冬でも枯れ木の賑わいにはなっていたこの場所も、今では切り株しか残っていない。手入れをできる者がいなくなったためだ。
 この商店街は、もはや死に体だった。
「昔は良かったのう……」
 数少ない営業中の店の一つ、本屋の老店主がぼやく。長年苦楽を共にしてきた店内では、今日も閑古鳥が鳴いている。
 今では何十冊、何百冊という本がスマホで簡単に読めるという。老人がその話を初めて聞いた時は、「紙の温もりがない」と馬鹿にしたものだ。
 けれど結局、客が選んだのはあちらだった。紙の本をを好むわずかな客も、近所に出来た大型ショッピングモールに全て奪われた。
 事情は似たり寄ったりだろう、近隣の店は次々と閉店していった。それでも老人が赤字をたれ流しながらも店を続けてきたのは、ただの意地だった。
 だが、それも今日で終わる。
『もし、そこの方』
「……あん? なんだ、嬢ちゃん。見ない顔だな」
 商店街が寂れていった理由は時代の流れだけではなかった。
 機関の目をかいくぐり、長年に渡って人々を消し続けた存在がいたのだ。
『あの頃に戻りたいですか……?』
 そしてまた一人、商店街から人が消えた。


「……とある商店街で、怪異が人を攫っています」
 神谷・月那(人間(√EDEN)の霊能力者・h01859)を初めとする星詠みは、ゾディアック・サインという形でこれから起こる事件を知ることができる。
 しかしそれは犠牲者が出ないということではない。月那は痛ましげな顔をして説明を続ける。
「……時代の流れとともに商店街が寂れる、それは自然なことです。ですがそれを隠れ蓑に、人が消されていたのです」
 今回の怪異は随分と狡猾なようだ。月那によれば、闇雲に現場を探し回っても見つからないとのことだ。
「怪異の方から姿を現してもらう必要があります。幸い、その方法は分かっています」
 そう言って月那が差し出したのはアルバイト募集のチラシだ。募集主はごく普通の引っ越し業者に思えるが、やけに報酬が良い。
 どうも、その地域が曰く付きであることはその筋では有名だとか。
「商店街から引っ越そうとすると、本人の代わりに業者の人間が何人かいなくなる……なので引っ越し会社はこうして高い報酬で、いなくなっても構わない人を集めるようですね」
 思うところはあるはずだが、月那は何も言わない。悪いのは怪異だ。
「皆さんはこのアルバイトに参加して、あえて攫われてください。攫われた先は怪異が作り出した異空間です。普通の人は二度と出られませんが、世界の狭間を幻視できる√能力者なら帰り道を見つけられるでしょう」
 危険だが√能力者たちなら出来ると信じている、そう伝えた月那はぺこりと頭を下げる。
「捕らえた獲物が逃げ出せば、怪異も姿を現すはずです。皆さん、よろしくお願いします」

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第1章 冒険 『ワケアリバイトの新人くん』


ヨシマサ・リヴィングストン
九・白
ケヴィン・ランツ・アブレイズ

 裏バイト。
 それは、超常的な理由により危険を伴う作業、およびそれに従事する短期人材のことである。
「……いや、思っていたより本当に報酬がいいね、これ」
 その報酬は日当にして十万円超と不自然に高い。目的地へ向かうトラックに揺られながらチラシを改めて確認していた九・白(壊し屋・h01980)が思わずこぼしたようにだ。
 その理由を、横から覗き込んだヨシマサ・リヴィングストン(戦場を散歩する戦線工兵・h01057)は即座に看破した。
「なるほど~、こうやって報酬額を釣り上げて人員を集める……ボクの√でも昔に使われた手法っすね。理には適ってます」
 かつて√ウォーゾーンでもこうやって実験台が集められたのだと語るヨシマサ。
 要は、雇い主の会社はまともに報酬を払う気がないのだ。なにせ受け取る相手は、そのほとんどが『いなくなる』のだから。
「危険手当ってわけだね。……チラシには一言も書いてないけども」
「だからウチでは廃れたんすよ。世界がヤバイってすぐ知れ渡ったっすからね~」
 こんな手法は騙される者がいなければ成り立たない。戦闘機械群の猛攻もあり、危機感の足りない者は色々な意味ですぐにいなくなった。
 怪異の存在が公になれば、この√でも同様の道を辿るのだろうか。そんなことを思った白だったが、目的地が見えたことに気付いて気持ちを切り替える。
「さてさて……鬼が出るか蛇が出るか、だね」

『重くてごめんなさいね。でもこれはどうしても持っていきたいのよ~』
 長年住み続けた一軒家から引っ越すという老婦人。そんな彼女が先ほどそう言って示したのは、大きなダイニングテーブルだった。
 一人暮らしには似つかわしくない、四人用の重厚な木製テーブル。
 普通なら、転居を機にもっと小さくて軽いものに変えてもいいはずだ。
「(ニンゲンが言うところのノスタルジィ……ってヤツか)」
 ケヴィン・ランツ・アブレイズ(|“総て碧”の《アルグレーン》・h00283)はその理由に思いを馳せた。
 思い出の品なのだろう。夫と、子供と、ともに食卓を囲んできたのだろう。
 その記憶を留める楔を大切にしたい気持ちには、ケヴィンも大いに共感できる。
 滅びた彼の故郷の品は、勲章を初めとした僅かに残るばかりなのだから。
「ボクに任せてください~。こ~いうのは分解できるようになってるので」
 さてどう運ぼうか、そう考えていたケヴィンの前でヨシマサがテーブルの下に潜り込んだ。
 マルチツールを片手にゴソゴソと何かした後、下から出てきたヨシマサ。その手にはナットやネジなどの金具が握られている。
「はい、これで天板外せますよ~。あ、金具は古くなってたんで交換しときますね~」
「おお、助かるぜ……む、意外と持ちにくいな」
「手伝うよ。ぶつけないよう丁寧にね」
 ケヴィンと白、二人は見た目の年齢こそ違うがどちらも筋骨隆々の大男だ。そんな彼らが一緒に荷運びする光景は、まるでこの道のベテランのよう。
「単純に重い物を持つのとはまた違うな。いい鍛錬になりそうだ」
 全身の筋肉を使いながら、限られた空間をどう移動させていくか思考を巡らせる。最初のうちはぎこちない動きだったケヴィンだが、みるみる上達していった。
 ただ漫然と行うのではなく、明確な目的意識を持つ。それによって人は急速に熟達していくのだ。
 運び出した天板をトラックに積み込み、輸送中にずれないようしっかりと梱包する。
「残りを運んだら、次は冷蔵庫にしようか」
「そうだな。……扉が開かないように固定しとく必要があるよな?」
「そうそう、慣れてきたね。このテープを持っていこう」
 えっちらおっちら、ゆっくりと確実に荷物を運び出していくケヴィンたち。素早さよりも丁寧さを重視した仕事は、引っ越し主にはとてもありがたいことだろう。
 引っ越し会社にとっては逆に歩留まりが悪くなるが――騙して生贄を集めるような会社だ、優しくする必要もない。
 そうして一仕事を終えると、白はスキンヘッドに浮かぶ汗をぬぐいながら、様子を見守っていた老婦人に声をかけた。
「ああ、おばあさん。他に重い物とかはあるかい? 力仕事は慣れてるから任せてくれて構わないよ」

「それで、後はこのベッドってわけだな」
「ベッドフレームは分解すればいいとして~、問題はマットレスっすね」
 二階の主寝室にて三人は考え込む。
 理由はボンネルコイルのマットレスだ。20キロという重さは彼らならどうにかなるが、問題なのは大きさ。セミダブルサイズのそれは、コの字階段の踊り場を通れるようには見えなかった。
「手すりの分階段が狭いんだよね……真新しかったし、後付けでバリアフリー化したのかな」
「もう窓から出しちゃいましょ~。足場組んできます」
 いうや否や、外で工事しだすヨシマサ。その速度は圧倒的で、見る見るうちに第二の搬送ルートが作られていく。
「……弾丸が飛び交わないとちょっと物足りないっすね~」
 戦線工兵は前線の拠点構築を一手に引き受けるエキスパートだ。戦場での作業には早さと、なによりも度胸が求められる。
 一歩間違えれば死が飛んでくる、そんな√ウォーゾーンの過酷さこそを楽しむヨシマサにとって、この後の怪異との遭遇こそがメインディッシュだった。
「よっと……た、高くない? 引っ越し業者っていつもこういうことしてるのかな?」
「いやあ、さすがに重機とか使うと思うぜ。っと、足元に気を付けてな」
 寒空の下で、命綱もなしに足場を一段一段、重い荷物と共に降りていく白たち。
 やがて降りきってトラックに積み込んだ後、二人はどちらからともなくハイタッチするのだった――。

逢沢・巡
ヴォルン・フェアウェル

「そんなぁー……裏バイトは闇バイトじゃないなんて……」
 移動中に仲間から裏バイトについての説明を受けた逢沢・巡(散歩好きなLandmine・h01926)は一人落ち込んでいた。
 裏バイトと闇バイト、両者は語感こそ似ているが全くの別物だ。
 裏バイトとは危険な作業を無自覚に――あるいは自覚して――行う、どちらかと言えば被害者側の立場。
 対して闇バイトとは組織犯罪の使い走りのことで、つまりは加害者側だ。
 楽しみにしていた巡には気の毒だが、√能力者にそのような依頼が来ることは早々ないだろう。なお、彼女自身が既に|犯罪者《心霊テロリスト》認定されていることには目をつむるものとする。
 引っ越し現場の片隅で黄昏る巡。彼女と同じ顔の少女たちが、それに冷ややかな視線を向けながら作業を続けている。巡のバックアップ素体である彼女たちは、別のトラックだったために裏バイトの真実を知らないのだ。

「はあー、泣きそぉ……」
 自分自身に追い払われた巡は一軒家の裏手へと回る。そこには既に先客がいた。
「やあ、君も休みにきたのかな。さぼり仲間だね」
「あれ、さっきそこで見たような……もしかして?」
 巡はその微笑みを浮かべる青年、ヴォルン・フェアウェル(終わりの詩・h00582)に見覚えがあった。ついさっきまで荷運びしていた彼を見ているのだ。
「うん、(幻覚の)√能力だよ。力仕事は苦手だからね」
「便利ですよね、(分身の)√能力。みんな(素体たち)働いてるし、ワタシ一人くらい別にいいですよね」
「そうだね、みんな(√能力者たち)いるからね」
 すれ違いにお互い気付かなかったのは幸か不幸か。適当な場所に腰かけた巡へ、一軒家を眺めるヴォルンは話しかける。
「この家、どうなると思う?」
「えっ?」
「このまま廃墟になるのか、それとも新しい住人が来るのか、どちらだろうね」
「えっと……地域に活気がないし、そもそも古いし、壊されるんじゃないですかね?」
 答えた後、爆破解体もありかなぁ、と呟く巡。それが聞こえたわけではないだろうが、ヴォルンは一つ頷くと立ち上がった。
「そう、どんなものにも終わりはある。それが望んだものではないにせよ、ね」
 変わるということは進むということ。進むということは、やがて終わるということ。
「だけど……こんな世界だからね、多少は救いがあってもバチはあたらないさ」

『住み慣れた場所を離れるのは寂しいと思います』
『ですが、運命は最も相応しい場所へと貴方を運ぶ、ともいいます』
『どうかお元気で』

 先ほど老婦人へとかけた言葉を思い出すヴォルン。
 歳が歳だ、引っ越し先は終のすみかとなるだろう。長年住み続けた土地を離れるだけの理由が、そこにはきっとあるはず。
 例えば、独り立ちした子供が近くに住んでいる、とか。
 ヴォルンとしては、そこに魂の安息があることを願うばかりだ。
「さて、そろそろ荷造りも終わる頃だね。様子を見に戻ろう」

「待って、置いてかないでぇ!?」
 なんと巡の素体たちは勝手に出発しようとしていた。
 慌てて駆け寄り、涙目で静止する巡。主人格の威厳が形無しである。
 怪異に襲われるのが目的なのだから、ここから離れては意味がない。裏バイトについて主人格から説明された素体たちはがっくりと項垂れる。
 やはり彼女たちも、なんだかんだ言っても巡なのだった。
「(さあ、怪異のお手並み拝見だ)」
 そんな愉快な光景を、ヴォルンは微笑みの裏で油断なく観察する。
 かつての経験から奇襲などには慣れているのだ、この後のことも考えて手がかりは掴んでおきたい。
 そんな想いが通じたのだろうか、彼は巡たちの背後の空間に黒い穴が開く光景を確かに見た。
 ――そして自身の背後からも迫る魔の手を、あえて受け入れたのだった。

ルネ・レッドバーン

 大型の家具がほとんど運び出された後、ルネ・レッドバーン(屠竜騎士見習いの冒険者・h01148)はさまざまな小物を段ボール箱に詰めていた。
 傍には引っ越し主の老婦人が座っている。彼女から一つ一つの品に込められた思い出を聞くのが、この√での活動が初めてなこともあってルネには新鮮に感じられる。
「これはこっち、これはそっち……あっ、お婆ちゃんはのんびりしててー」
「ありがたいねぇ。この歳になると重いのは持てなくてねぇ」
「うんうん、引っ越しって大変だよねー」
 食器のような日用品から高価そうな壺まで、次々と仕分けていく。運送中に割れないよう緩衝材を詰めながら、ルネはここへ来るときに見た商店街のことを話題にあげた。
「聞きたいんだけどー、あそこの商店街って昔はどんな感じだったのかな?」
 ルネは√汎神解剖機関には詳しくないが、それでもあの商店街が普通ではないことは察しがつく。
 なにせ自身の出身、√ドラゴンファンタジーの市場とは比べものにならないほど活気がない。√の違いだけでは説明できないほど顕著に。
 そもそも開いている店自体が少なすぎて、ルネは最初、そこが商店街とやらだと気付かなかったほどだ。
「あそこはねぇ、山本さんちの八百屋が安くてねぇ――」
 老婦人が語る思い出話に出てくる店も、ルネは見た覚えがない。全て閉店してしまったのだろう。時の流れの残酷さがひしひしと感じられた。
「そっかー。後で見に行きたいんだけど、おすすめのお店ってある?」
「そうだねぇ、森さんの本屋はまだやってたかしら」
 本屋。その単語にピクリと反応するルネ。
 確か星詠みが予知した内容が、本屋の店主が襲われる光景だったか。
 あれは予知なので実際にはまだ起きておらず、ルネたちが怪異を倒せば事件は回避される。
「(別√の本かぁ、面白そうじゃんね)」
 全てが片付いたら冷やかしに行ってみよう、そう決めたルネは荷造りを続けるのだった――。

第2章 冒険 『無限ループってこわくね?』


 がしり、と。
 腕を、肩を、足を掴まれた。
 そう√能力者たちが認識した次の瞬間、視界が切り替わる。
 ――たった今まで、自分たちは確かに一軒家にいたはずだ。しかし今は、どこをどう見ても商店街にいる。
 異常はそれだけではない。
 冬のからっとした青空は、不吉な真っ赤な空に。
 切り株と化していた街路樹は幹と枝を取り戻し、青々と葉を茂らせて。
 店は本来の商店街とは逆に、シャッターが下りている方が珍しい。
 そして――いたるところで、人の形をした真っ黒な影が蠢いていた。あちこちであがる声は普通の人間のようで、それがかえっておぞましい。

『安いよ安いよー、特売だよー』
『今日はハンバーグにしよっか』
『やったー』

 怪異の異空間に囚われたのは明白だった。
 星詠みによればどこかに元の世界へと帰れる境界があるはず。辺りを見渡した√能力者たちは、改めてこの空間の異常性を認識する。
 商店街の大通りが明らかに長すぎる。立ち並ぶ街路樹も延々と、地平線への彼方へと続いているではないか。
 そして、いかにも怪異じみた人影もまた、延々と同じことを繰り返していた。

『安いよ安いよー、特売だよー』
『今日はハンバーグにしよっか』
『やったー』

 戻るとは進まないということ。進まないということは、変われないということ。
 こんな永遠の牢獄からはさっさと脱出するに限る。√能力者たちはそれぞれ、帰るべき場所への道を探し始めた――。
ヨシマサ・リヴィングストン
九・白
ヴォルン・フェアウェル
ケヴィン・ランツ・アブレイズ
逢沢・巡

●赤い悪夢
「――っと。ここからが本番、ってワケだな」
 世界が切り替わる瞬間に感じた、後ろに引きずり込まれるようなめまい。
 ケヴィン・ランツ・アブレイズ(|“総て碧”の《あるグレーン》・h00283)は軽く首を振って、その残滓を振り払った。
 その後ろでは九・白(壊し屋・h01980)が辺りを見回す。どうやら√能力者たちは一カ所に集められたらしい。
「当初の予定通り、さらわれることには成功と。あとはここから脱出するだけ、なんだけど……」
 手分けして探索できるのは心強い。だが――。
「夕日にしては随分と赤いですねぇ。この空間を作ったやつは風情を分かってないと見ましたよぉ」
 上空を見上げる逢沢・巡(散歩好きなLandmine・h01926)が言うように、この異空間は明らかにおかしい。
 鮮血のような色合いの空、長すぎる大通り、真っ黒な人影――まるで悪夢だ。
「……もっと命の危機とかそういうのを期待してたんすけど、これは……心細さ? 明日が来るのが怖い日の寝る前、みたいな」
 ジャパニーズ・ホラーは好きじゃない、そう語るヨシマサ・リヴィングストン(朝焼けと珈琲と、修理工・h01057)。
 同じことを繰り返す人影たちを冷ややかに眺めていたヴォルン・フェアウェル(終わりの詩・h00582)も、この空間を否定する。
「続いてさえいれば終わらない……明日のことを考えなくて済む、か。なんとも見苦しい悪あがきだね」
 こんな場所に長居はしたくない。想いを同じくする√能力者たちはさっそく調査に乗り出すのだった。

●無限と有限
 人影へのアクションは後回しだ。今はこちらに干渉してこない彼らだが、何がきっかけで敵対するとも限らない。
 この商店街が実際にどんな構造となっているか、ケヴィンたちはまずそれを解き明かすつもりだった。
「この街のかつての姿、っていうには禍々しいが……それでも、見るやつが見れば懐かしい光景なんだろうな」
 愛馬を呼び出して跨ったケヴィンは、馬上から大通りを一望する。
 役者こそ奇怪な影法師だが、開かれている店や行き交う人々の数は元の商店街とは比べ物にならない。それが記憶の呼び水となって感情を揺さぶることもあるだろう。
 まるで牢獄だ、とケヴィンは思った。失われたものへの感傷を餌に犠牲者を逃がさない牢獄。
「趣味が悪ィにもほどがあるぜ。……行くぞっ!」
 では、この牢獄はどこまで続いているのだろうか。地平線まで伸びる大通りは、本当に見た目通りなのか。
 それを調べるべく、彼の愛馬は大通りを駆け抜けていった――。
「おお~、速いっすね」
 あっという間に小さくなっていく仲間の背を見送りながら、ヨシマサは感心する。自分の足ではないとはいえ、あのように走り回りたくはなかったので、ケヴィンがしてくれたのはとても助かる。
「それじゃ、ボクは横じゃなくて上を調べましょ~」
 そう言ってヨシマサが用意したのは自作のレギオン――小型ドローン群だ。まだまだ改良の余地はあるが、一応は|リリース済み《Ver.1.5.2》なので実用には耐えるだろう。
 そのはずなのだが、飛ばしたレギオンから送られた警告に首をかしげるヨシマサ。
「……ん~? 障害物?」
 何もないはずの場所で衝突防止機能が働いている。どうも一定以上の高度、というか商店街の建物より上には行けないようだ。
「……この構造、まるで天井みたいっすね。あの空はただの背景っすか」
 改めて観察してみれば雲が動いている様子もないし、そう言えば風も吹いていない。少なくとも上下方向に関しては、屋外というより屋内と表現するのが正しそうだ。
「……あれ、私っていつの間に戻って来たんだろう?」
 と、そこへやって来た白。目を白黒させている彼は、商店街の裏側へ回り込めないか試していたのだ。
 延々と続く大通りを仮に東西方向として、南北方向はどうなっているのか。
 建物同士の狭い隙間を苦労して通り抜けた白が目にしたのは、さらわれた当初と全く同じ姿の商店街だった。
 驚きの光景。向こう側に置いてきたはずの仲間がそこにいるのだからなおさらだ。
 理由を考えるより先に馬の蹄が聞こえてきた。その方向を見た白は、さきほど逆方向に走っていたたはずのケヴィンがやって来たことに目を剥く。
「なんだ、まさか偽物か!?」
「わーっ待って待って、本物だから! そっちも本物だよね!?」
 誰何するケヴィンに慌てて答える白。慌てすぎたのか少しおかしな返事になっている。仮に偽物だったとして、偽物だと答えるはずはないのだが。
 落ち着くまでしばし。
 結論として、横方向は本来の商店街が無限ループしていることが分かったのだった。

●なれの果て
「まあ、馬鹿正直に歩いていても帰れないよね、当然」
「ですねぇ。このシャッターとか怪しそうですよぅ」
 ヴォルンと巡は、この異界商店街で唯一シャッターが下りている店に目を付けた。
 この空間が過去の栄光を再現しているのなら、その中でシャッターが下りているのは意味ありげだ。中がどうなっているか、確認してみる価値はある。
 しかし。
『……』『……』
 シャッターへ近付くにつれて影法師たちの動きが変化するのを二人は見逃さない。
「開けようとしたら襲ってきそうですねぇ、これ」
「先に駆除した方が楽そうだね。どう見ても生身の人間ではないわけだし」
 シャッターから離れると影法師の動きも元に戻る。それが分かった時点で、どう対応するかは決まりだった。

 商店街の一角で、ドカンと爆発が起きる。その原因である地雷を踏んだ影法師は下半身を吹き飛ばされ、そのまま消滅した。
 一部始終を見ていた巡は笑う。
「ふふふ、やっぱりイレギュラーには対応できないんですねぇ」
 同じ行動を繰り返す影法師たちは、当然同じ場所を行ったり来たりしている。そのルート上に巡が地雷を設置すれば、彼らは面白いように踏んで爆破されていった。
「消えた分が復活する様子はないですか。このままどんどん行っちゃいましょ。ワタシの代名詞、たっぷり味わって~!」
 リュックサックから次の地雷を取り出す巡。その際にポロリと別の地雷が零れたが、巡が気付く様子はない。
 なお、地雷に|フレンドリーファイア《自分で踏んづける》を避ける機能はついていない。
 商店街に爆発音が響く。
『安いよ安いよー、特ばっ』
 すぐ近くで爆発があったにも関わらず、他の影法師たちは我関せずだ。そんな彼らがまた一人、大百足に食いちぎられる。
「繰り返し続ける君らに終わりをあげよう。そろそろ彼らの餌が欲しかったんだ」
 大百足の主であるヴォルンはただ微笑む。己が|楽園《エデン》に見出した|生きる意味《アンカー》、とある少年の姿を思い浮かべながら。
 過去を懐かしむなど、ヴォルンには理解しがたい感傷だ。自身の過去が特殊なのもあるが――これから迎えるだろう未来を想う方が、ずっと昂るではないか。
 あり得ない話ではあるが、この異空間に囚われればその未来が潰えてしまう。それはヴォルンにとって紛れもないバッドエンドだ。
「こんなところでバッドエンドを迎えるわけにはいかないさ。早く帰らせてもらうよ」

「なんか楽しそうなことしてるじゃないっすか。ボクも混ぜてくださいよ~」
 騒ぎを聞きつけてやってきたヨシマサは、状況を把握すると目を輝かせた。
 ここに来た当初にも言った通り、直接命のやり取りをするような、アドレナリンが出るスリリングな状況こそが彼の好みなのだ。
「弱いのはちょっと減点っすけど、本番の準備運動にはちょうど良さそうっす」
 手にした光線銃の狙いをわざと少しだけ外せば、攻撃を認識した影法師もさすがに反撃してくる。
 このようにするのは、相手に終わりを認識してほしいから。
「それに、これがもし誰かの気持ちで出来た怪異なら……進むのが怖いな~って気持ちにだけは寄り添ってあげたいっす」
 自身の過去と比較した、ヨシマサなりの優しさだった。
「んんー……それ、ちょっと怪しいと思うなぁ」
 しかし、ヨシマサと共に来ていた白は――戦いは三人で十分すぎた――その言葉に首をひねる。
「ぶっちゃけ、こいつらって今までの犠牲者だよね? もう見るからに手遅れだけどさ。で、中には私たちみたいな引っ越し業者もいて……その人たちには商店街の過去とか関係ないよね?」
 寺生まれにして|山《YAMA》育ちの経験が告げている。今回の事件は綺麗な形に終わることはなさそうだと。
 もっとどうしようもない、救いようのない真相の匂いがする、と。
「怪異に期待しない方がいい。真実なんて大抵ろくでもないよ」
 勘だけどね、と白が締めくくったのと同時に、最後の影法師が消滅した。

●開じた世界をこじ開けて
 商店街には工具店もあったので、巡はバールを借りることにした。
 シャッターの隙間に差し込んでグイグイと動かしていると、見た目も相まって悪いことをしている気分になる。
「なんか、やってること闇バイトみたい! ちょっと楽しい! 」
 そうしてできた隙間には大百足が入り込み、シャッターの向こう側の光景をヴォルンに伝える。
「……うん、やっぱりここが元の世界に繋がってるみたいだね」
 このまま作業を続ければそのうち通れるようになるだろう。しかしその必要はなさそうだ。
「ぶっ壊すなら俺に任せてくれ。これでも一応騎士なんだぜ」
 愛馬に騎乗したままのケヴィンが、その手に暴竜殺しの黒鉄斧を握りながら言う。ハルバード形態なそれの持ち方を調節しながら、ゆっくりと標的から距離を取る。
 大通りといえど、その幅は馬の助走には十分とは言えない。普通の騎兵なら十分な威力の|突撃《トランプル》は難しいだろうが――。
「俺たちならいけるよな?」
 ヒヒンといなないた馬が駆け出す。ケヴィンが構えたハルバードの先端に炎が宿る。その穂先はシャッターを紙切れのように突き破った。
 彼らの勢いは止まらない。目に映る境界をそのまま通り抜けた先にあったのは、青空の下の商店街。
「――故郷のダンジョンの方がはるかに厄介だったぜ」
 こうして、√能力者たちは無事に元の世界へ戻ったのだった。

第3章 ボス戦 『神隠し』


 異空間から脱出して現実の商店街へと戻ってきた√能力者たち。
 大通りには相変わらず人気がないが、降り注ぐ陽を浴びるだけで気力が湧いてくる。
 しかしながら、このままずっと喜んでもいられないようだ。

『戻りなさい』

 √能力者たちの目の前で空間に黒い穴が開く。その穴を通って巫女服の女性が姿を現した。
 その現れ方と、何よりおぞましい気配が女性の正体を物語る。この人物が――否、これが事件の元凶たる怪異に違いない。
 「断る」と誰かが言った。けれど怪異は聞こえていないかのように言葉を紡ぐ。

『それは良かった。さあ、この手を取って』

 その言葉には、その視線には、何の思いも込められていなかった。悪意すらもなく、その瞳は無機質にこちらを映している。
 その有り様に√能力者たちは否応なしに知るだろう。この怪異は本来、商店街とは何の関係もないのだと。
 順序が逆なのだ。あの異界が作られて人が攫われたのではなく、攫われた人がなれ果ててあの異界が出来上がった。
 抗えない現実を受け入れるための歪な肯定。知る由もないことだが、それはこの怪異が生まれた経緯と同じだった。

 山に向かった旦那が戻らない。『神隠し』だ。
 子供が家に帰ってこない。『神隠し』だ。
 隣の一家が一晩でいなくなった。『神隠し』だ。

 起きてしまった結果に対して後付けされた原因。
 かくあれかしと定められた役割を担うための人形。
 その振る舞いに意思はなく、その凶行に意味はない。
 怪物とは災害の擬人化なのだ。唐突で、理不尽で、生き延びるには逃げるしかない。
 人の身で立ち向かうなど不可能。ましてや対話など。

『恐れないで。さあ、戻りましょう?』

 けれど√能力者たちは知っている。怪異に抗おうとする人の意思は確かに息づいていることを。大勢の人々が今も終末に抗っていることを。
 ゆえに立ち向かうのだ。それができるだけの力をその身に宿しているのだから――。
ヨシマサ・リヴィングストン
九・白
ヴォルン・フェアウェル
ルネ・レッドバーン
ケヴィン・ランツ・アブレイズ
逢沢・巡

●神隠し
「ようやく本体のお出ましかい。『戻りましょう』? はっ、笑わせてくれるね」
 九・白(壊し屋・h01980)は怪異の言葉を鼻で笑う。初めは強引にさらっておいて今度は言葉で誘うとは、なんともおかしな言い分ではないか。
 しかも|還るべき場所《Anker》を自ら定める√能力者へ言うとは。いや、普通の人間だろうと在るべき場所を他人に決められる道理はないだろう。
「私の戻る場所は私が決める。それを邪魔すると言うのなら叩き潰してやるよ……!」
 研ぎ澄まされた殺気が不埒者へと向けられる。

『あああぁー!! 戻れた!』
 脱出直後はそう言って大きく伸びをしていたルネ・レッドバーン(|屠竜騎士《ドラゴンスレイヤー》見習いの冒険者・h01148)。彼女はその後現れた怪異に対して、手を横に振って断った。
「また戻れって、いやいやそれはちょっと無理な相談っていうか……って、私たちの回答は無視するんかーい」
 ズビシッと突っ込みを入れるルネ。まるでゲームのキャラクターのような敵の言動に、ルネは時間の無駄だと会話を諦める。
「まっ、駄目って言われても力ずくで帰るけどね!」

「なるほどなるほど、そう在るのが怪異……それなら話は早いっす」
 人との距離感を測るのはヨシマサ・リヴィングストン(朝焼けと珈琲と、修理工・h01057)でなくとも難しいものだ。
 しかしこの怪異はどうも、ヨシマサの√を襲う戦闘機械群と似たような存り方らしい。ならばヨシマサにとって、この戦いはいつもと変わらない。
「ボクは遠慮なく本業に回りましょ~」
 工兵の本分は仲間の支援にある。己の√とはメンバーこそ違えど、ヨシマサはいつも通り働くだけだ。

「……悪意はなく、ただそういう役割を振られただけの怪異か」
 ケヴィン・ランツ・アブレイズ(“総て碧”の・h00283)としては、その在り方に痛ましさを感じないでもない。
 √ドラゴンファンタジーのモンスターと同じだ。利害での衝突ではなく、ただその存在そのものが人にとって害であるだけ。
 しかしここは人の世界、懸命に生きる人々を守るのが騎士の本懐だ。
「せめて祈りくらいは捧げてやるよ。安心して眠っちまいな」
 愛馬に跨ったままのケヴィンを黒い甲冑が包み込む。

「災厄とはいえ、ずいぶんと可愛らしい姿だ。それも人に望まれた結果なのかな?」
 ヴォルン・フェアウェル(終わりの詩・h00582)は考える。
 事件の元凶がこの怪異だとして、それ自体はどこから来たのだろう。他所から流れてきたのか、はるか昔からここにいたのか。
「……ま、考えても仕方ないか。いつか分かることだろうし」
 確かなのは、こうして脅威を排除することが人類の延命に繋がるということだ。近頃、新たな|新物質《ニューパワー》の可能性に界隈が活気づいているように。

 仲間たちがそれぞれの想いを固めている間に、逢沢・巡(散歩好きなLandmine・h01926)はおもむろに相手へと近づいていた。
「手を取れば良いんですか? 良いですよォ」
 言葉通り、女性と――巫女と握手する巡。あまりにも無警戒な行動に仲間たちが動揺する中、当の本人はニコリと笑って巫女に告げる。
「それはそうと、私を連れ込むなんて勇気がありますねぇ……後悔しないでね?」
 次の瞬間、周囲に浮かぶ『手』が殺到した。そのまま巫女から引き剥がされ、黒い穴の中へと消えていく巡。

「ああ、私がさらわれたぁ! ……なーんて」
 その光景を見た巡が悲鳴をあげた。――さらわれたはずの巡が何故かここにいる。
「今のはバックアップ素体です。まだまだいますよぉ」
 ぞろぞろと現れる、巡と同じ顔をした少女たち。よく見ると所々のアクセサリーや髪型が異なり、引っ越し業者の帽子を被っている個体もいる。
「ひとつ犠牲にした甲斐はありました。あの『手』には要注意ですねぇ。逆に本人はそうでもないかも?」
 捕まればまたあの異空間に飛ばされるのだろうか。再び戻ってくることは出来るだろうが、一時的な戦線離脱は避けられまい。
 無数の『手』をかいくぐり本体を討つ。難しくはあるが――それもまた、√能力者たちにとってはいつものことだった。

●有線と月
「みんなとりあえず頑張って~」
 レギオンで援護射撃も行うヨシマサだが、やはり仲間の支援が彼の本領である。
 素早く放ったサイバー・ワイヤーが仲間たちの体に突き刺さる。専用のジャックを必要とせずに十分な効果を発揮する特別製だ。
 |神経過駆動接続《ニューロリンク・オーバードライブ》。主に反応速度を強化するその支援で、もっとも恩恵を受けたのは巡だろう。先ほどまでぎこちなかった素体の動きが明らかに改善されている。
「……ほんとに頑張って~? もう一本いきます?」
 その割には、やけに異空間にさらわれている気がするが。良い笑顔をしているので作戦通りだと信じたい。

 それはともかくとして、戦場の被害も気になる所だ。
「この街、自動修復しなさそうですし~、流れ弾は撃ち落とし、て……」
 |かみのて《敵》、|拳《白》、|虫や呪い《ヴォルン》、|長戦斧《ルネ》、|槍斧《ケヴィン》、|格闘(?)《巡》。
 撃ち落とせそうな攻撃をする者がヨシマサ本人しかいない。これが自身の√であれば、大抵の者が銃器の一つでも持っているのだが。
「……これもひとつのカルチャーショックっすね~」
 後で戦闘痕を修復するだろう機関の人たちにヨシマサは同情した。世界の平穏は常に、目立たない裏方の働きによって支えられているのだ。

 ヴォルンを庇った素体が『手』に足首を掴まれ、そのまま地面へと叩きつけられた。素体は親指をグッと立てながら、ずるずると引きずられていく。
 それを感謝しつつ見送ったヴォルンは、なるほど、と頷いた。
 自分と相手の能力は似ていると、何となく予感していたのだ。それが『周辺にある最も殺傷力の高い物体』での攻撃という共通点だというのは、たった今見た通りである。
「確かに地面は強力な武器だ。だけど、スケールは僕の勝ちみたいだね」

 ヴォルンは一冊の本を開く。表紙に金色の蝶があしらわれた魔導書を。
「さて、それではエピローグを語ろう」
 本の内容が読み上げられる。持ち主の口から語られるのは、破滅の月について。それに魅入られた者は滅びる――そんな魔性の月の伝承。
 今はまだ夕方前。けれど空には白い三日月が出ている。まるで笑っているかのように、月が、出ている。
「この商店街が君の領域だろうけど。僕にとっては、この空の果てまでが領域だ」
 この世を見下ろす月からは、何人たりとも逃げられない。捕らわれる、囚われる。
「この世に未練はないだろう? さあ、おやすみ」
 そうして巫女は、眠るように力尽きた――かに思われたが。
 『その光景』を見たヴォルンは、先ほどは脳内に留めていた言葉を口にする。
「……なるほど。さっき餌をあげたのは、少し間が悪かったかな」

●拳と地雷
 周囲に浮いていた『手』のいくつかが、巫女の体へと飛び込んだ。するとどうだろう、力尽きたはずの巫女が立ち上がったではないか。
 何が起きたかを最初に理解した白は、後頭部をかきながら説明する。それは仲間へ向けてでもあるが、自分自身を納得させるためでもあった。
「あー、あー。神隠しだものね、そりゃ神の方が本体だよね」
 ここまで、あの巫女自身は何もしていない。それは余裕から来るものではなく、戦う力自体がなかったのだ。
 ただし、巫女を狙ったヴォルンの行動は無駄ではない。虚空より生える『手』は時おり増殖していたのだが、その最大数が先ほどより減っていることに気付けるだろう。
 つまり攻略法としては、『手』を一本一本撃破していくか、再生できなくなるまで巫女を倒し続けるかの2通りだ。
「……上等ッ! お前が死ぬまで何度でも! 砕いて砕いて砕き尽くしてやるよ!!」
 必要なのは圧倒的な暴力、ならばここは前進あるのみ。裂帛の気合とともに白は突撃した。
 『手』はあえて避けない。掴み返して握り潰し、巫女への道を強引に開く。
 そうして辿り着いた先で、巫女の腕を、肩を、首を、理外の膂力が粉砕するのだ。
「――そらよっ!」
 敵を蹴り飛ばして距離を取る白。手心を加えたわけではない、歴戦の勘がこうすべきだとささやいたのだ。

 傷ついた巫女へと『手』が融合しようとする。だが。
 脅威がいつも目に見えるとは限らない。閉鎖空間にさらわれ続けた巡の素体が、とうとう本来の機能を発揮する時が来た。
「貴女が連れていったのはなんでしょう? ……地雷です♪」
 すなわち、自爆である。
 地雷に使われる火薬の量は、対戦車地雷でも数キログラム。人間を模した自爆特化型素体の威力は、それよりもはるかに上だ。
 黒い穴から噴き出た炎が大半の『手』を吹き飛ばし、ついでに巫女も焼き焦がした。

●騎士と騎士
 ルネは屠竜騎士の見習いである。
 屠竜騎士。竜を屠るとは言っても、その実態は異なる。√ドラゴンファンタジーの空を飛び回る竜はほとんどがインビジブルだ。生身の竜を討つ機会は絶えて久しく、竜殺しの栄誉は今や伝説の中にしかない。
 それでも屠竜騎士は冒険者の花形だ。巨大モンスターと白兵戦を繰り広げる、その勇姿に憧れて騎士道に入門する者は多い。ルネもその一人だ。
 いつかは自分も一人前の騎士に――そんな目標を掲げるルネにとって、まさにその先達であるケヴィンの姿は目映いものだった。
「か、かっこいい……!」
 勇猛な乗騎も、黒一色の甲冑も、竜の鱗が張り付けられた盾も。騎士の鑑とも言える出で立ちに興奮するルネ。
 一方、ケヴィンはそんな後輩に苦笑した。
「俺だってまだまだ道半ばなんだけどな……ま、頼られる分にはいいか」
 守るべき故郷を失って、ケヴィンの騎士道は一度途絶えた。今は再起して、新たな道を模索している途中だ。
 甲冑の下の勲章がある位置に手を当てるケヴィン。
 叙任された日の昂揚は今でも鮮明に思い出せる。それは自らを過去に縫い止める楔ではない。未来へと己の背を押す激励だ。
「よし、そろそろ引導を渡してやろうぜ」

「鎧装排除。第一段階限定解除。……さあ、小細工無しでブッ潰してやる!」
 主が甲冑を外した分、彼の馬はさらに速度を上げた。
 そこにあるのは絶対的な信頼関係。愛馬が最高のポテンシャルを発揮すれば守りはいらないと、主はそう強く信じている。そして乗騎もそれに応えようとしている。
 ただ一人しか名を知らない名馬が、軽快な蹄の音と共に敵の魔の手をくぐり抜け、主人を前へと、敵の元へと送り届ける。
 そして主人たるケヴィンもまたそれに応え、渾身の一撃を振るうのだ。
「受けてみろッ! 『|斬撃・剛破竜刃《グランディア・フェイザーザップ》』!!」
 無骨なポールアックスが、黒く輝く軌跡を描く。

 その軌跡を、ルネは見た。
 彼の剣技は彼独自のものだが、その源流はルネもよく知る技だ。
 いつか自分もあんな風にバルディッシュを振るえるだろうか。己の騎士道を見出して、自分だけの技に昇華できるだろうか。
 未来がどうなるかは分からない。けれど、これだけは言える。
「まっすぐ行ってぶっ飛ばす! それが出来るから、私たちは最強なのよ!」
 力強く宣言して見習い騎士は駆け出した。外したマントが風に舞う。振り上げた刃が風を切る。
「はああああっ!!」
 既に『手』は残っていない。そうして神なき巫女は討たれ、一連の事件は終わりを迎えたのだった――。

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