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惑イ子
にゃーん。
下校時間だから、住宅街は小学生たちの賑やかな声がときおり爆発している。ランドセルの中身がガタゴト音を立てて、ドタバタと元気な足音と、笑い声。
溌剌とした彼らの耳には届かなかったけれど、確かに猫の鳴き声がした。
「ねこちゃん?」
背負っているラベンダー色のランドセルには傷が少ないのは、彼女が小学生になったばかりだからだ。
上級生の男子たちには気づかれなかった、もの悲し気な声に、彼女は気づいた。
ふらりと声のした方へと足を向ける。
にゃあ。
甲高い、どこか苦しそうな、否、親を懸命に呼ぶような寂しい声だ。
心配だから、見に行こう……私も教室でママに会いたくなるし……もし怪我をしていたら可哀想。おばあちゃんに言えば、きっとなんとかしてくれる。だから――
「ねこちゃん、どこ?」
彼女の呼びかける声に、律儀に猫は、にゃーんと応えた。
●
では、県内のニュースです。
小学一年生の女の子が下校途中に行方が分からなくなって、三日が経ちました。
女の子の名前は、|木内《キウチ》・|愛《アイ》さん。
下校時の服装は、赤いチェック柄のシャツ、黒いズボン、ピンクの運動靴、ラベンター色のランドセル、白い制帽、黒猫柄の手提げ袋を持っていました。
学校から帰ってこない愛さんを心配した、同居の祖母からの通報で発覚しました。
警察は事件と事故の両方から捜査を続けていますが、未だ発見には至っていません。
今月に入ってから、県内で行方不明になる児童はこの件で四件目となり、いずれも未解決です。
些細な情報でも構いません。お心当たりのある方は、██警察署、情報提供専用ダイヤル――――まで情報をお寄せください。
続きまして…………――――(その後、地域に即したニュースの読み上げが続いた)
●
ゾディアック・サインに導かれた星詠みは、√能力者に「やほ」なんて快活に挨拶して、春空色の眸を微笑みに染めたままに話を始めた。
「えっとね、手伝ってほしいことがあるんだけど、いい?」
星詠みの彼女――リカ・ルノヴァは、無邪気に、それでも強引に進めていく。
「こどもがいなくなっちゃうんだけど、この事件ね、怪異の仕業なんだ。だから、手を貸してくれないかなーって」
判っていることを教えるねと、リカはタブレットの画面にスイスイと指を滑らせ、端的にまとめてきた文章を読み上げた。
小学生の失踪が続いている。
今回行方不明になりかけている小学生を救い出すことができる。
ただし、過去に失踪した子は救い出すことはもちろん、発見することは出来ない(この怪異が関わっている確証はない)
今回の救出対象の気にしている猫が無事である確認をしないかぎり、彼女は帰路につかない。
猫がたくさんいる。
出会うことになる猫はとても人慣れしている。
猫はものすごく可愛い。
猫に気に入られると|おうち《﹅﹅﹅》に連れて行ってもらえる。
猫はとっても可愛い。
「…………おうち?」
聞き返されて、リカは大きく肯いた。
「猫ちゃんは、おとりなんだよ。猫ちゃんにつられて寄ってきたニンゲンを捕らえてしまうのが、怪異の目的なの」
マイゴをマドワせるような奇妙な様子で、油断ならない。ただの野良猫というわけではなさそうだが、いくら調べようと猫は猫。
怪異の住処――それが、おうちだ。
これ以上放置すると犠牲者は増える一方だろう。
「小学生の子を帰らせることが、大前提だよ。で、|おうち《﹅﹅﹅》に招待してもらえるように、猫ちゃんのゴキゲンをとってほしいの。つまり、ねこねこぱらいだすってやつ!」
猫は好きだろうか。
機嫌を取ってもらいたい猫は、多様だ。好奇心旺盛であったり、やんちゃだったり、おすましさんだったり、警戒心マックスの臆病者、ケンカっ早い子――きっと気の合う猫に出会えるのではないだろうか。
「件の子は、入学したばかりの一年生だよ。まだまだ幼いし、癇癪を起されたら大変だから、ちゃんと寄り添ってあげてね」
リカはずっと持ったままだったタブレットを鞄の中に押し込んで、手を振った。
「じゃ、よろしくね!」
第1章 冒険 『あなたのおうちはどこですか?』

「あ! いた! ねこちゃん!」
停まっていた車の下から、心細そうな猫の鳴き声がしたから覗き込んだら、果たしてそこにいた。茶トラで金目の小さな子だった。
こちらをじっと見つめてから、逃げ出してしまった。
「急に走ったらあぶないんだよ!」
ママからの教えがそのまま口をつく。逃げなくてもいいのに。少女――木内・愛は少しむっと唇を尖らせて、子猫の後を追いかける。ぴんと立った尻尾がやけに誇らしげに見えるのは、気のせいか――そんなことよりも、軽やかな足取りで、子猫は塀と塀の間を抜けていって、ついていくのに必死だった。
家と家の間を抜けてきた。塀に沿って歩いて来た。子猫の震える尻尾を追いかけて、追いかけて、追いかけて。
「ねえ待って! ねこちゃん!」
「にゃ」
小さい返事があって、ちらっと愛を見る。ふたつの金目は何を語りかけているのか分からなかった。
追わなくちゃ。
あの子が心配。
あの子、とっても可愛かったから、撫でてみたいなあ。
触らせてくれるかな。
ほんとは怪我してないかとか、どっか具合悪いとか……ちゃんと元気って、見たいから。
あの子を追わなくちゃ。
ねこだまりのある寂れた公園までもう少し。
◇
春に芽吹いた草はぐんと成長をし続けて、公園を新緑で染め上げた。
コナラの木が枝葉を広げてそよりと影を作る。麗らかな陽気と、穏やかな風が吹き抜ける、管理を忘れられた公園だ。
遊具が設置されていない(あるいはすでに撤去された)から手入れが後回しになっているのだろうか――詳細は不明だが、日当たりも良く、程よく影もある公園だから、猫が屯するのも頷ける。
下校中の子どもたちの喧騒は遠く、警戒をする必要もない。
さて――聞こえるだろうか、穏やかな猫の話し声が……
ぽかぽかした昼下がり。まさに新緑。緊張の解れる緩やかな日差しの注ぐ――校区内の住宅地。通学路の賑わいを背に感じて、斯波・紫遠(くゆる・h03007)は、シガレットケースを弄ぶ。
(「まさか猫さんの案内がないといけない|おうち《﹅﹅﹅》があるとはね」)
それが、一体どういう場所なのか、まったくの情報がない今、猫の機嫌をとるほかあるまい。
シガレットケースを今一度ポケットに押し込んだ。事件が解決してから至福の一本と洒落こもう。
今件に巻き込まれてしまう子が通う、ありふれた公立小学校を中心に、紫遠は聞き込みを開始した。
ねこだまりの場所を知っているか否か、それはどこにあるのか――単刀直入に聞いても教えてもらえる確率は低い。ここは小学校周辺だ――ひときわ|不審者《ヨソモノ》への警戒心は強い。
だからこそ、生業で蓄えた力は真価を閃かせる。人当たりのいい雰囲気で、黄色い旗を持った見守り隊の女に声をかけた。まずは挨拶と世間話。このくらいの年の女性は、実にお話し好きだ。見守り隊の仕事の邪魔にならないように、すれ違っていくこどもたちにも、にこやかに話しかけて――するりと紫遠への警戒を解いていく。
いつも見ている見守り隊の人が話している人は、きっと大丈夫な大人。たぶんおばあちゃんの知り合い。おばあちゃんが笑っているから安全な人。だから――この人とお話ししても良い。
この連鎖を作り上げて、紫遠はねこだまりのある場所を割り出していく。
(「できれば、愛ちゃんと歳が近い子から聞けると良いけど……」)
「おれンちの近くに白いやつがいるぜ!」
「キイね、三毛猫いるよ!」
「ぼくンち、三匹飼ってる! おもちとおはぎとだんご!」
こどもたちが口々に語ってくれるねこ情報はあまりに雑多で、紫遠は苦笑いを隠した。
「この辺りで猫が集まっている空き地をご存知ですか?」
「猫の集まる空き地?」
「ええ……実は、僕の猫が迷子になってまして……もしかしたら、地域猫さんと一緒にいるのかもと思って」
「あらあら心配ね。そこにいるかは分からないけど、あたしが知ってるとこはね――」
◇
野良猫の多い区画は、最寄り駅のさらに向こう側――沿岸の緑地公園へ行くまでの、古い家々の立ち並ぶ居住区だそう。
小学校が近い。大きな病院が近くにある。公園もあって遊び場所にも困らないし、駅も近い――ふた昔前までは栄えていたが、今ではすっかり静まり返っている。
なるほど、高齢世帯が多いのか。野良猫が増えてしまっている原因の一端を担っていそうだ。
下草が自由に成長している小さな公園――近くに広い緑地公園が整備されているから、すっかり忘れ去られてしまったような、ひっそりとした――それでも暖かな小さな場所だった。
ブランコも滑り台も、カラフルなタイヤ跳びもない。あるのは、朽ちかけのベンチと、大きなコナラの木。もしかすると草に覆われて見えていないナニかがあるかもしれないが、今のところ、紫遠は発見に至っていない。
そよっと流れたやわい風が、草先を揺らして、コナラの枝葉をゆすった。
ここが、魅惑のねこだまりだそうだ。
「あ、」
よく見ればいる。ベンチの下に一匹、木の根元に二匹――もしかすると木の上に――やはりいた。
話によると、ここの猫はただの猫。しかし、彼らは、ひとのこを惑わせてしまうという。だから――新たな被害を生まないために。
(「心優しいお嬢さんが安心して、家に帰れるように尽力しましょう」)
そこで取り出したるは、かの有名な、全猫が好きと噂のおやつ!
このおやつを苦手とする猫の話を未だかつて聞いたことがない。すべての猫を虜にするといっても過言ではない魔性のおやつ!
紫遠は、ゆっくりと木とベンチとの中間地点に座って、おやつの封を切る。ふわっと、ねこを惹きつける香りが立つ。じっと紫遠の様子を見ていたベンチ下の猫がのっそと起き上がった。ぐぐっと伸びて、ストレッチをしながら、影から出てくる。
片耳に切れ込みが入っている地域猫だ。穏やかな金目が紫遠を見ている。
「やあ、僕とお揃いだね。おやつ、どうだい?」
紫遠も猫を見返して、おやつを振ってみた。見覚えがあったか、香りにつられたか――どちらにせよ、猫はぺろりと舌なめずりをした。
うにゃうにゃにゃ、にゅあっ。
「おしゃべりだね」
うにゃうにゃとなにやらを話しながらも、がつがつ! なんて擬音語が聞こえてきそうな勢いでがっついて、紫遠を驚かせた。
「キミ、凄い食いしん坊さんだな。他の子にも譲ってあげてよ」
金目の猫のおやつをがっつく様子を首を伸ばして見ている、グレーの猫の青い目に微笑みかけた。驚かせないようおやつを遠ざけて、灰猫の鼻先へと近づけた。
ぺろりとひと舐めしてから、驚いたように食べ始めた。
「このおやつは初めて?」
返事はないけれど、その子の夢中な姿が可愛らしくて、紫遠は目を細めた。
「たくさん持ってきたからね、でもみんなで分けないとね」
ゆったりと、のんびりと、慌てることなく猫たち本位に満足できるよう、確りと奉仕に勤しんだ。
木内・愛。小学一年生。初めての学校、初めての授業、初めての登下校……――小学一年生にとって、冒険の日々だ。
その中でも、下校中となると、その日の最後の冒険だ。
たくさんの刺激を受けて、ようやくつく帰路で出会う猫の特別なこと。
雨深・希海(星繋ぐ剣・h00017)にも覚えのある感覚だった。学校からの帰り道に、たまたま出会った野良猫をぼんやり眺めたりすることのある希海だから、予知された女の子の気持ちはよくわかる。
ねこ。ふいに出会うあの可愛さ。心が跳ねるあの感覚。可愛いだろう。きっと可愛いだろう。絶対に可愛い。どんな子に出会うだろう。
希海の頬はわずかにしか動かないが、鮮やかな青い眸は好奇心に輝いていた。
猫じゃらしも用意した。王道も王道、棒の先に毛玉がついたスタンダードスタイル・猫じゃらしだ。じゃれて追いかけている姿を夢想し、むずっと唇が動いた。
とはいえ、まずは愛を無事に帰宅させることが最優先だ。
猫と遊んで、猫に夢中になって、猫の後を追って――|おうち《﹅﹅﹅》へと連れていかれる。
それが、怪異の狙いだと容易に想像できる。
このねこだまりの猫たちはただの地域猫だろうけれど。
この子たちの先に、脅威があって――それを阻止できるというのであれば。希海は改めて心に決める。
止める。行方不明には絶対にさせない。彼女を待っている家族がいるから。
◇
「猫ちゃんを探しているんであるかな?」
きょろきょろと辺りを見回している女の子がいる。
赤いチェック柄のシャツは長袖だが、すでに腕まくりしている。黒いズボンの膝はたくさん遊んだ跡で白くボケていて、ピンクのリボンのモチーフの運動靴も土汚れでくすんでいた。
ゼグブレイド・ウェイバー(ポイズンサイエンティスト・h01409)の目には、実に活発な少女に映る。
具合が悪いかもしれないと子猫を案じて追いかけてしまうほど、心優しい子なのだろう。
背負っているラベンダー色のランドセルも、被っている制帽も、持っている黒猫柄の手提げ袋も真新しい――聞いていた特徴のすべてを揃えた子だ。
初対面のひとに突然名を呼ばれると怖いだろうから、そうして確かめることまではしなかった。
ゼグブレイドは彼女と視線を合わせるようにゆっくり蹲踞んだ。
「えっと……知ってる? たぶん、こっちにきたの……」
「ふむ……では、お兄ちゃんも一緒に探してあげるであるぞ」
「ほんと?」
「ん、心配であるからな」
言ってあげれば、彼女は大きく目を見開いて、破顔する。
「こういう時はこれを使うであるぞ」
畳みかけるようにじゃーんと取り出したのは、かつおぶしが香ばしいおやつ! そしてカラフルに染められた鳥の羽の猫じゃらし!
一セットを少女にも渡してあげる。おずおずと受け取って、嬉しそうに猫じゃらしを振り始めた。小さな鈴がチリチリと鳴る。これで猫の気もこちらに向けることができるはずだ。
「おにいちゃん、ありがとう」
「かまわないであるぞ。探しているのは、どんな猫ちゃんであるか?」
「ちっちゃくって、ちゃいろくって、金色の目の子!」
彼女と一緒にいれば、猫に惑わされてしまうことも阻止できるだろう。ゼグブレイドの真意には気づいていなくても、構わないのだ。
愛が気にかけている猫の様子が判れば、彼女はきっと納得するだろうから。
小さな公園まで一緒に歩いて、生え放題の草を踏んだ。古いベンチに腰かけているのもまた、愛を事件に巻き込まれないように駆け付けた√能力者――希海だ。彼女の手にある猫じゃらしには、すでに黒猫が釣れている。
「ここにいるの?」
「たぶん、きっと、いや絶対に」
「おーい、ねこちゃーん、おいでー」
その場にちょこっと座ってしまって、猫じゃらしを振って呼ぶ愛。
ぱたぱた、しゅしゅ、チリリン。猫を誘う軽快な羽は、愈々、白猫を釣り上げた!
「うわあ! あははっ、びっくりしちゃった! おっきなねこちゃんだ!」
愛が追いかけてきた子猫ではなかったが、じゃれついてくる姿は可愛い。ゼグブレイドも一緒になって、猫たちと遊ぶ。目を爛々と輝かせて、飛びついてきては、だだっと逃げていく。そして、しとめるように再び飛びついてくるのだ。
目の端にきらりと弾ける光の粒が眩しく、何事かと視線を上げて、「おお……」と思わず感嘆する。
希海の《レイン砲台 Type:N.O.A》の、威力を最小限まで絞ったレーザー粒子だ。弱く弱く、キラっと、前触れなく光る。なんの変哲もない、(おそらく概ね)いつもの公園なのに、なにかが煌くのだ。あまりに不思議な現象に、猫たちも興味津々で、じっと観察しては、飛び出すタイミングをはかり、エネルギーを貯めている。キラっの瞬間、体がびくりと反応する。
(「すごい集中力……可愛い」)
希海の粋なおもちゃに、びょーん! と飛び出してきたのは、茶トラの子猫だった。我慢できなかったように飛び出して、光の粒を追いかけて、見失って探している――無邪気な様子に、成猫たちは背中を丸めて眺め始めた。
「ねこちゃん!」
愛が叫んだ。
「あの子であるか?」
「そうだよ、ねこちゃん! よかった、みつけたあ!」
飛び上がって喜んで、それでも駆け寄って行ったりはしない。子猫を怖がらせないようにしているようで、希海もゼグブレイドも、ほっこりと微笑ましく見た。
子猫が次に目をつけたのは、希海が力なく持っている猫じゃらしだ。
希海の足元に転がって、短い前足でちょんちょん触って、――ゆっくりと愛が近づいてくる。
「また寝転がっちゃったの?」
「そうだね、ちいさい子だからすぐ疲れちゃうのかも」
「……そっかあ」
子猫の毛艶は悪くない。極端に痩せているわけでもない。愛が聞いたという寂し気な声という主観に、心配のバイアスがかかって不安になっているのだろう。
しかし猫はお構いなしだ。ゼグブレイドから渡されたおやつの香りに引き寄せられてきた猫が、人懐っこく愛の足に体当たりする。まっすぐに立てた尻尾がおやつを催促している。
高い声で甘えるように(急かすよう、あるいは文句を言うよう)にゃあと鳴いた。
ゼグブレイドは、愛を促しておやつを与えさせる。満足いったそのキジ猫はせっせと毛繕いを始めた――が、間髪入れず、羽の魅惑に逆らえなかった別の猫が、仕留めるつもりで跳んでくる!
「わあ! びっくりした!」
持っていかれないようにゼグブレイドはそっと手助け。遊んでもらっていると思っているらしい猫は、また体を低くした。
「みんな、元気であるな……」
猫の奔放さに翻弄される。おやつを催促されて、羽は奪われそうになるし、チリリンと鈴は賑やかに鳴り続け。あっという間に時間は溶けていく。
(「若い猫が多いのであるな」)
ゼグブレイドの準備したおやつはすっからかんだが、猫じゃらしに釣られる子は後を絶たなかったのだ。
愛も忙しそうに猫の相手をして、きゃらきゃら笑っていた。
「……さて。そろそろ帰る時間であるぞ」
「もう?」
「早く帰らないとおうちの人が心配するであるからな」
ゼグブレイドの言葉を境に愛の表情は一気に曇る。希海の足元でころんと寝転がって、うとうとしている子猫を見つめて動こうとはしないのだ。
「この子、心配なの?」
「うん。怪我してないかな?」
「うーん……さっき跳んでたし、元気そうだけど……獣医さんに診てもらった方がいいかなあ」
「万が一、猫ちゃんに何かあったらお兄ちゃんとおねえちゃんがちゃんと病院に連れて行ってあげるであるから……安心してほしいであるぞ」
「ほんとに?」
「ほんとである」
ひときわ優しく微笑んで、語る。
安心してもらえれば、帰路につくだろう。だから。
「それに……また明日でもここに来れば猫ちゃんに会えるであるからな、今日はばいばいするである」
「それでも心配なら、大人の人を呼んできてよ。ぼくたちがねこちゃんを見ててあげるから」
希海が最後にひと押しする。
これで帰ってくれると、いい――このまま遊び続けて、もしまた子猫が動き出してしまえば、愛は追いかけて行ってしまうかもしれないから。
(「おうちに連れてくのは、|ぼくら《√能力者》だけで十分でしょ?」)
希海は、うとうと微睡む子猫の小さな鼻がひくりと動くのを見ていた。
眼鏡をかけたお兄さんは優しかった。ねこちゃんのおやつをいっぱいくれて、猫じゃらしも貸してくれた。
静かに話してくれたおねえさんも優しかった。きらきらする猫じゃらしを持ってて、かっこよかった。
ふたりとも優しかった。
ねこちゃんも心配してくれたし、びょういんの先生にみてもらおうって教えてくれた。
でも、愛ね、ねこちゃんの病院、どこにあるかわかんない……おばあちゃんならわかるかな。おばあちゃん……あれ? たいへん……ここがどこかわかんない……!
ねこちゃん、しんぱい。
かえりみち、わかんないかもしれない。
おにいちゃん、おうちまでついてきてくれる?
おねえちゃんは、ねこちゃんみてくれる?
きいても、いいかな……。
(「あいちゃんには、おはなししちゃいけないって、たすくくんがいうから、きょうのねここはフツーのねこのフリするの」)
だって、猫がニンゲンの言葉を話すと、驚いてしまうでしょう?
佐久良・スイ(かぎしっぽの「さくら屋」店主見習い・h04737)は、ふふっとかぎしっぽを揺らした。
子猫に連れていかれないように、愛が自分のおうちに帰れるように、望月・翼(希望の翼・h03077)と打ち合わせをしてきた。
ねこだまりには、ねここさんが一等最適。
スイは普通の猫に徹すると決めたから、合図は瞬き。スイはとととっと軽やかに走り出して、蹲踞んでいる愛の足に、すりっとすり寄った。
「わあっ、ねこさん!」
悲しそうな顔をしていた愛だったがスイのやわい毛並みに、ころりと表情を変える。いままで遊んでいた猫と明らかに違うのは、首にリボンを巻いているということだ。
「かわいいリボンつけてる! わああ、かわいい!」
「にゃぁん」
黒い顔の真ん中で輝く青い目に、愛の笑顔が映る――ああ、さすが。警戒心のまったくない笑顔を引き出した。
「スイちゃん、まって~!」
翼がスイに追いつく体で公園に入った。
「わ! スイちゃん! ごめんね、びっくりさせてないかな?」
「この子のかいぬしさん?」
「そうだよ。オレは、望月・翼」
「あいね、きうちあい」
「そっか、愛ちゃん! ねこさんと遊ぶの上手だね」
愛の相手は翼が。そして、子猫の相手はスイが――ちゃきっと翼が構えたのは、鮮やかなスカイブルーのリボンだった。
「これでも遊んでみる?」
地面にリボンがはらりと落ちる。それがぴくりと動くたびに、狙いを定めた猫の動向がきゅっと狭まる。
「すごーい!」
「えい!」
翼はリボンを引いて動かした瞬間、猫はロケットになってすっ飛んできた。勢い余って翼にぶつかって――そんなことはお構いなしに、リボンにじゃれついている。
「この子ね、さっきまで猫じゃらしで遊ばなかったの」
「そっかあ、ねこさんにも好きと嫌いがあるんだよ」
リボンが好きな子、カシャカシャの音が好きな子、ぶんぶん動く激しいのが好きな子――その好みは多様だ。
◇
翼が愛の相手をしている内に、愛が気を揉んでいる、ちゃとらのきんいろのおめめのこに、スイは歩み寄った。
スイの出番だ。この猫が無事だと、この猫になんの問題もないと解れば、彼女は帰路につくだろう――それもあるし、ねこの|おうち《﹅﹅﹅》に案内されるよりも前に、公園から帰らせなければならない。
「こんにちは。ごきげんいかが?」
「ここまではしったから、ちょっとつかれちゃった」
「あたしは、スイよ」
「なまえがあるんだね、すごいや。ぼくにはなまえはないよ」
それは都合が悪い……
「あっちのニンゲンのこは、あいちゃんよ。いっしょにあそびましょ」
「あのこ、ぼくをおっかけてきたんだよ、ぼくがすきなのかな?」
「そうよ、あいちゃんはねこさんとあそびたくっておいかけてきたの」
「そっかあ。ふふ、ぼくのことすきなんだね」
「すきだからいじわるしてもいいってことじゃないよ、いじわるは、めっ、なの」
「わかってるよ」
ひょいっと立ち上がって、ぐぐぐっと伸びる。ナナシの茶トラは全身じっくり伸ばしてから、ベンチの下から出てきた。
チリチリン。愛が持っている猫じゃらしの鈴を鳴らすように、ペチペチたたく。
「ねこちゃん!」
「やあ、あいちゃん」
通じていないけれど、ナナシはきちんと挨拶をした。それでも、ナナシの嬉しそうに笑う様子に、スイもほっこりする。
愛の安心しきった顔も、好意に酔うナナシも、それを打ち破って、狩猟本能を目覚めさせるリボンが蠢く!
「……うああああ!!! この! この! まて!」
ナナシのはしゃぎっぷりに、愛は驚いてきゃらと笑う。
「うずうずしちゃう……う、う……たのしそ……!」
ナナシがあまりに楽しそうに遊んでいるから、リボンが理想的に動くから――それでも、翼との約束が思い出される。
「スイちゃんは、他の子を押しのけて遊びすぎないでね?」
あのときは自信たっぷりに頷いたから、いまここで遊びすぎるのは、いけない!
はわわ……あ、つかまえたい……!
思わず、にゃにゃっと小さな声が漏れた。
「ふふ、」
翼には決死の我慢が見破られているみたいだったけれど。
◇
ナナシはたっぷり遊んで、大満足。ゴキゲンに尻尾を立てて、にゃあんと鳴いた。いままでの様子とは違う。翼もスイも直感する――猫が|おうち《﹅﹅﹅》へ行こうしている。
それでも、それ以上に、愛へのフォローは手厚くて。
気になるなら、明日また来ればいい。
怪我はなさそうで、元気におやつも食べて、元気そう。
茶トラの金目の子の様子がおかしければ病院へとの気遣いもあった。
「愛ちゃん、この子がね」
この子――スイを示しながら、翼は子猫とお揃いの金瞳を優しく細めた。
「愛ちゃんのおうちまでお見送りしたいって言ってるよ」
「ねこちゃんの言葉、わかるの?!」
「スイちゃんのだけね」
「そっか……」
ここまで猫を追いかけてきてしまった子だ。翼や他の人の言葉を聞き入れることは難しいかもしれないけれど、帰りも猫と一緒なら。
「にゃあ」
スイの後押し。愛の足にすり寄って、おずおずと伸ばされた指先におでこをこすり付けた。小さな掌で頭を撫でられて、それを羨ましがった茶トラの子猫が割り込んでくる。
愛の掌を奪おうとすり寄ってくる子猫に場所を譲って、スイはナナシへも最後のお願いをした。
「ねこのおうちじゃなくって、あいちゃんのおうちへ、いっしょにかえりましょ? てつだって?」
「ん、いいよ。さいごのおさんぽだね!」
猫同士の会話はわからないけれど、ナナシは愛の足にまとわりつく。
歩き出すスイの後を追うように――愛が、ここまで来た道を辿って帰られるように。
「愛ちゃん、気をつけて帰るんだよ」
翼に手を振って、笑みを弾けさせた彼女は、家路についた。
厄介だった人払いは滞ることなく成功し、ひとつの事件が始まる前に食い止めることが出来た。
連続した行方不明事件が、同一の事件のものか否か、それは現状解らない――過去起きたことは変えられない。解決もできない。それは、しかるべき機関が動いている。
見つかればいいけれど。
解決まで祈るほかないだろうが、それでも――未然に防げた失踪事件に、一旦は胸を撫でおろしていいだろう。
さて。
作戦は動いた。
大きな赤い瞳をまあるく見開いて、口元をきゅっと引き絞る。大きな耳が捉えている音は、多くの猫のおしゃべり声だ。
(「へえ……」)
ずいぶんと多くの猫がいる。隠れている子がほとんどだが、コナラの木の上からルナ・エクリプス(盤上の駒・h02474)の様子を見ている子もいた。
なるほど、遊具がなく、人もあまり来ない。小学校が近くにあるとはいえ、下校してくるこどもがいないということは、この辺りに子育て世帯は極端に少ないということだ。こうなると、人目を気にする必要はなくなってくる。追いかけられる心配も少なくなるのだから。
猫にとって居心地のいい条件が揃っているといったところか。
だが。
ルナは小さく鼻を鳴らした。
その条件は、怪異が罠を張って獲物を待ち構える場所としても、十分に都合よく機能してしまうのではないか。
見下ろしてくる白猫に手を振りながらも、その猫の真意を確かめようと観察する。
あの猫も、ベンチの上の猫も、怪異の駒なのか……あるいは単に怪異がこの状況を利用しているだけなのか。いまのこの時点では、ルナには判別できなかった。
それを確かめるためには、接触だ。
接触しないことには、何も始まらない。
木の上で、興味津々にルナを見下ろしている白猫に声をかける。
「こんにちは。――……追いかけっこは好きですか?」
駒としては兎としての性質を与えられているルナだから、本来なら逃げる方が得意だ。本当に狩られてしまうわけではないから、こういう遊びをやってもいいだろう。
「とりあえず、走り回ってみましょうか」
「んなぁ」
「いいじゃないですか。お昼寝も大事なのは否定しませんけど」
「にゃ」
なんとなく文句を言っているようにも聞こえたが、ルナのことが気になっているらしいから、ぴょんと軽快に跳ねてみせた。あそぼう、と誘ってみる。表情が変わった。すかさずもう一度――すると、白猫は、猫らしくしなやかな体捌きで木の上から降りてきた。
しゅっと白猫から逃げて、背の高い下草に隠れてみた。チラチラっと見え隠れするルナに、白猫の狩猟本能が刺激されている。
(「お、のってきましたね」)
最初は猫の方が優位だと思ってもらって、隙を見て反撃――それもやりすぎて逃げられないように慎重に。大きな声で驚かせることも厳禁。
隠れているルナを仕留めようと、じりじり近寄ってきて、全身のばねを如何なく発揮して飛び掛かってきた。が、それはルナも同じ。易々と捕まってやるわけにはいかない。猫の方が優位――? はて?
最初の狩りが空振りに終わったけれど、それは二回戦開幕の合図。
(「……流石に動きが機敏ですね」)
相手は野良猫。地域猫だから、飢餓で死にかけるという経験はないにしろ、野生に生きるケモノだ。自然の摂理に則って生きるハンターだ。
走って跳んで、ルナを捕まえるためにアタックを繰り返す。にゃにゃにゃっ……狙いを定めて、距離を詰めて。詰められた距離を開けて、さらに追いかけられる。
瞬間的に跳び出して、ルナの顔目掛けて跳んできた。
「うわああ」
もっふりした感触が、顔にべったり張り付いて、次の瞬間、蹴られた。
「いたっ」
「にゃっ」
興に乗ってきた猫は、再びルナから距離をとって、下草に隠れる。
ふんふんと鼻息荒く、楽しそうにルナを狙っている白猫は、はやく跳びつきたいと攻めが雑になって、だだだっ駆けてくる。
その速さに、瞬間的に態勢を変えられずに、また体当たりされた――否、背中に乗られた。
「わっ……って、服に爪を引っかけないでくださいよ? だめですよ、爪、ささってますって!」
「にゃ!」
また蹴られて、白猫はルナの背中から飛び降りた。
(「これで、思いっきり体を動かして機嫌が良くなってくれれば良いのですが……服がぼろぼろになる前に」)
白猫が満足するまで、あと少し。
餅は餅屋。馬は馬方。猫のことは猫に頼るに限る。
「――ということで、猫の先輩、大吾をお呼びしたぞ」
「うなァ」
ベンチの上でくありと欠伸をしたキジトラは、半分閉じかかった琥珀色の目で、櫃石・湖武丸(蒼羅刹・h00229)を見返す。
野良に紹介された月見亭・大吾(芒に月・h00912)は、猫は猫だが、立派な猫又だ。
「人間はどうして猫を追いたがるんだろうね」
「んな」
律儀に合いの手を入れるキジトラは、大吾と湖武丸の様子を見ているようだった。
「猫を追う理由……? ふぅん……知らないね」
逃げられると追いたくなるという狩猟本能がニンゲンにも残っているからだろうか――とはいえ、湖武丸とて、いくらもヒトらしくあるが、真にニンゲンではない。
「犬なら何も言わずとも、向こうから寄ってきて撫でさせてくれるのに」
「……ほお」
「そこんとこどうなんだい、お兄さん?」
小さな黒い前足を上げてみせる。その|前足《て》で犬を撫でるのかい?――喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。
「どうと聞かれてもな……追われたことのある猫に聞いてみるのはどうだ?」
「ああ、やっこさんかい?」
目の前のキジトラだ。にゃあと一鳴き、大吾はくつくつ器用に笑う。
「そうかいそうかい、そうだろうね。ありゃ、人のサガってやつだねえ」
「本能ってことか」
「んにゃ」
しれっと猫とコミュニケーションをとっている大吾は、やはり楽し気にふたまたの尾を揺らした。
それが羨ましいやら、妬ましいやら。
ここの猫たちに気に入ってもらって、満足させられないと、|おうち《﹅﹅﹅》へ招待してくれないなんて――湖武丸にはずいぶんとハードルが高い。
人間に追われること、可愛いと黄色い声をあげられること、時と場合によるがイヤなことばかりではない。
ただ、こども相手にするように、いつまでも|猫じゃらし《もじゃもじゃ》を追いかけるものと思われるのは、いただけないんだ。
キジトラはゆっくりと話す。
大吾は、うんうんと相槌をうった。その隣で、袂から猫じゃらしを取り出した湖武丸。
「ここの猫が、どんなおもちゃを気に入るか分からないが……こういう一般的なものなら遊んでくれるだろうか」
「……まあ、おもちゃで釣られるのは、若い猫だね」
「こちらは?」
「もうおもちゃを追いかけるようなガキじゃねえってさ」
「そうか……――大吾がいるから、一匹くらい寄ってくれるだろう」
湖武丸は鬼だ。あまり猫に好かれた記憶はない――否、だいたいいつも逃げられる。目の前のキジトラが逃げないのは、隣に大吾がいてくれるからと思っている。
「遊んでもらえないなら大人しくおやつで誘うことをお勧めするよ」
「このおやつは最終手段だ」
ぱたぱた、ぱたぱた、ぶんぶんぶんぶんぶん。じゃらし慣れていない激しい動きの猫じゃらしの勢いについていけなかった猫が、草むらに隠れてしまった。
「おやつはいいぞ。老若男女関係なしだ」
「だって、動物が食い物に惹かれるのは当たり前だろう? なんか、不服」
「……そうかい」
不服とふてる湖武丸は、それでも逃げてしまった猫を追うことはしない。去る者を追うと余計に嫌われるだろうし、新たな出会いに期待する方が、建設的だ。
なんとか猫じゃらしで遊べないかと試行錯誤。
(「そもそも逃げられるんじゃあどっちも難しいけれど……」)
ふむ、と鼻を鳴らして、大吾はキジトラの欠伸を見ていた。
おやつの香りで誘い出すというのが、今の所スマートな近づき方ではないかなあ――と思案を巡らせた。
「なあ、」
「なんだい?」
「大吾は猫と話せたりするんだろう?」
「そうだね、あたしの母国語みたいなもんだからね」
「翻訳してくれ、要望とかさ。ヒントくれないか」
「よぉし、一肌脱いでやろうじゃあないか」
◇
「やあ、気持ちのいい日向だね」
「おいおい、あのおおきなニンゲンはあんたのツレか?」
「そうだよ、あちらのお兄さん、大きいんだが悪い子じゃあないよ」
「へえ……? 大きいだけ?」
「そうさ、大きいだけ。そのお兄さんが猫とコミュニケーションを取りたがっているんだ、どうだろう、なにか要望があれば聞いてくれるって言ってるんでね」
「要望?」
「そうさ、食い物がほしいだとか、痒い所を掻けとか、マッサージしろとか――ああ、多分、なんでもしてくれるんじゃないかな」
「なんでも!! あのニンゲン、ふとっぱらだな!」
「……猫の要望くらい、お兄さんにかかればちょちょいのちょいさ」
多分。
◇
大吾と猫のトークがなされているらしい。内容は全く分からないが、猫の雰囲気から刺々しさがなくなっていくではないか。どんな言葉を交わしたのだろう。興味津々で見学させてもらっていたが、大吾と話をしていたハチワレが近寄ってくる。
ゆっくりと。やや警戒をするような気配だが、距離を取られていた先の様子とはまったく違う。
じりじりと。その後ろを誇らしげな大吾がついてきていた。
「にゃ」
「……お」
地に座り込んだ湖武丸の正面に座り込んで、湖武丸を窺うようにゆっくりと、香箱座りになった。
「…………えっと?」
「やっこさん、お兄さんに撫でてもらいたいんだと」
「撫でる……? 遊ぶではなく?」
こくっと頷いた大吾は、促すように鼻先を突き出した。ためしに撫でてみろ――言外な催促だ。
おずっと指先を伸ばせば、ハチワレは真っ黒の目を閉じて、額にくる撫での感触を待って――額に触れた。瞬間、湖武丸の掌に額が押し付けられた。
あとは、ハチワレのやわい毛並みを堪能するだけだった。
嬉しそうにごろごろと喉を鳴らして、徐々にとけてくる。ふわふわの毛並みを堪能させてくれる小さな猫は、どんどん伸びてくる。
「ほお、うまいもんだ」
「……そうか?」
「しっかり伸びてるじゃあないか」
大吾が斡旋してくれた猫の要望には応えられているらしかった。顎下を擽るように撫でてやると、「にゃぁ」と甘えるような甲高い声で鳴いて。
ごろごろ、ごろごろ……うるさいくらいに、喉を鳴らして、愈々はらをみせるように反転した。
「もっと撫でろってさ」
「わかった」
このままの調子で、と湖武丸は優しく撫で続ける――でれでれにとろけているハチワレの、とんでもなく腑抜けで幸せそうな姿に、大吾はくつくつと喉の奥で笑った。
いざ、ねこねこぱらだいすへ!
暖かな春の陽だまりに、ねこだまり。ほっこりする光景は約束されたも同然!
楽しめそうだなぁ――ほくほくと灰色の双眼を細めて、紙袋をがさりと揺らしたのは、緇・カナト(hellhound・h02325)。そよぐ風に、亜麻色の毛先を揺らされた。
猫大好きな茶治・レモン(魔女代行・h00071)もカナトの隣で、わくわくそわそわ浮足立っている。派手に感情が表に出てこないけれど、猫好きとして、この機会を逃すなんてもったいないことはしない。
「僕、猫用のお菓子、いっぱい持ってきましたよ」
「猫大好きレモン君が準備万端~」
さすがレモン君ぬかりなし――そう褒めるカナトの言葉に、ほんの少しだけ頬を緩ませた。
「カナトさんはご用意できました?」
「オレは猫じゃらしみたいなのと~、お手入れ用の魔法のブラシならあるよぅ」
「念のため、まぐろジャーキーをお渡ししておきますね」
「わぁ、まぐろジャーキーおいしそう」
「……カナトさんは食べちゃダメですよ? 猫用ですからね」
「ん~……ネコ用かぁ……」
こんなに美味しそうなのに、猫用だなんて――なんて惜しい。
「……とりあえず、猫探しに行こ~」
「おー!」
◇
好奇心の塊さん、ムスッとおすましさんも、人慣れしているベッタリさんも、我関せずのマイペースさんも――いろんな子がいて、みんな可愛い。
地に座れば、下草を掻き分けて、興味津々に集まってくる猫たちは、小さな鼻をひくひくさせている。
なるほど、レモンの用意したおやつの香りに誘われてきたようで、口々に、|にゃぁ~ん《おやつほしい》とせっついているみたく聞こえる。
「美味しいご飯はあちらの白い子の方へ~」
「よしよし、おいでー、ささみチップスですよ~」
ささみチップスをふりふり。檸檬色の双つの目がとらえたのは、うにゃあと甘える猫と、カナトが取り出した猫じゃらしを仕留めようと飛び掛かった元気な子だった。
好奇心旺盛で、溌剌とヒットアンドアウェイを繰り返す三毛猫が、みたび跳んできた!
「うああ……持っていかれたよぅ」
ネズミみたいな人形がついているから、狩猟本能に火をつけてしまったのかもしれない。
けれど、まだ猫じゃらしはある! リボンがくくりつけられているものだ。魅惑の動きをするリボンにテンション爆上げのブチ猫がいて、まんまるになった黒い目が実に可愛い。
必死に追いかけて追いかけて、疲れたら少しグルーミング――そんなブチ猫のお手伝いを買って出る。
ちゃきっと構えたのは、ラバーコーム!
「グルーミング屋さんでも開いておこうかなぁ」
さっそくのおきゃくさんは、ブチ猫。驚かせないよう、優しく撫でるようにブラシを使った。
「わ~、すごい毛の抜ける猫~……」
コームがあっという間に抜け毛でびっしりになる。冬毛が残っていたのか疑いたくなるくらいの量に、カナトは素直に驚いた。
そんなグルーミング屋は口コミで順番待ちが出来る――カナトの背にすりっとすり寄って催促を始めていた。
「見て下さいカナトさん、美味しそうに食べてます!」
ささみチップスを喜んで、おかわりを要求している。レモンがひらいたご飯屋さんもまた大盛況。美味しいおやつは老若男女問わず大人気だ。
「ふふふ、可愛いですね――いっぱい食べてまぁるくおなり」
ひとりじめさせないように気を配りながら、レモンはたくさん食べる猫たちの様子を観察する。
ささみチップスの売れ行きは好調。もっとよこせ――なんて言葉が聞こえてくる鳴き声の子たちを甘やかした。くれと言われる限りおやつを渡して、ガツガツ食べる。うにゃうにゃと食べながら、なにやらを話している姿が可愛い。
カナトにお裾分けしたまぐろジャーキーも、にぼしも――ねこそぎ奪われないように、しっかり袋を握り締める。
がんばっている白猫みたいなレモンも、なんだか微笑ましく映るようで、カナトは小さく頷く。
「ところで、ささみチップスは食べても良いヤツ?」
「カナトさんは、食べちゃ、ダメです!」
「……そっか~……こんなに美味しそうなのにね~……」
せっかくだから、カナト用のおやつも用意して来ればよかった。そうすれば、気兼ねなく猫たちとおやつタイムと洒落込めたのに。
せっせとブラシをして、もっふもっふの毛皮の手入れの手伝いをしているから、カナトは役得。猫たちの小さい額も、ぴこぴこの耳も、もこもこの胸も、ゴロゴロならされる喉も――ブラシがあれば、触らせてくれる。
うっとりと目を閉じて、なすがままの黒猫がいて――彼は、どーんと寝転がって、腹を向けていた。
彼の黒い眸がレモンを見ている。ゆっくり閉じられていく瞼、レモンにも聞こえてくる黒猫の喉のゴロゴロ。
「でれっでれだ…!」
「とろけちゃったね」
「にぼし、お食べよ」
そっと鼻先ににぼしを差し出しせば、ひくひくと鼻が動いて、あぐっと食いついた。
ブラシをされながら、おやつを食べさせてもらって、至れり尽くせりの黒猫だった。
ここまでしたのだ。白いヒゲがリラックスしきって垂れているから、無茶な刺激さえしなければ――
「そろそろ、撫でても許されるでしょうか……――」
驚かせないようにゆっくりと、不意打ちをすると嫌われるかもしれないから、今から触るよとアピールしながら、レモンは手を伸ばした。
「しつれいしま、あっ痛」
べしっと猫パンチで手を叩き落とされた。
ううなぁぁ……――今の今までデレデレにとろけていた黒い尻尾が地面をぺしぺし叩いている。
「えぇ……怒った顔も可愛い……!」
とどのつまり、猫はなにをしていても可愛い。
可愛いけれど、触らせてもらえないのは悔しい。
可愛いからこそ、撫でたい!
もっふもふもやわい腹に顔を埋めて、もふ成分を摂取したい!
「僕は諦めません! カナトさん、あっちのねこだまりに行きましょう!」
「ん。次は撫でたり吸えるとイイよねぇ」
グルーミング屋さんの隣でひらくご飯屋さんは、新天地でも盛況だった。
ぽかぽかの陽だまりが、新緑を鮮やかに煌かせて、そよっと風が流れた。
穏やかな昼下がりは、時の流れを緩やかにしているようだ。しかし、この小さな公園が決戦の舞台――七人の期待が寄せられる、魅惑の公園。
「来たね……!」
花牟礼・まほろ(春とまぼろし・h01075)の声は、興奮に上擦っているが、それ以上に落ち着けという自己暗示がかかっている。
自分のクセを見事に把握し、同じ轍は踏まないという覚悟だ――猫の可愛さに騒ぎすぎて、近づきすぎて逃げられてしまう――そんな悲しいことがあった。それが、まほろさんとネコさんの若くも苦い思い出。
だからこそ、との思いで踏みとどまっている。
まほろのグリーンの双眼には、すでに猫耳の先が映っているのだから。
「ネコ!」
そんなまほろの視線に気づくアンジュ・ペティーユ(ないものねだり・h07189)も、息を飲む。
「にゃ~ん! ってかわいい気紛れな生き物だよね。あたしも好きなんだ」
「はいっ、猫さんってとっても可愛いですよね」
「気分屋なところも可愛くて……あと私……おててが好きです」
セレネ・デルフィ(泡沫の空・h03434)の放った推しポイントは、猫好きを唸らせ、深い同意を得ることになる。月夜見・洸惺(|北極星《Navigatoria》・h00065)も、こくこくと頷いた。
猫は可愛い。これは覆らない。耳の先の絶妙な柔らかさと、人語がなくとも雄弁なヒゲも、尻尾も――およそ猫を構成するすべてが可愛い。
なかでも、まるっとして、ほわっとやわい毛で覆われた、器用な|前足《おてて》の魅力は悶絶もので。
とても語り尽くせない愛しさが詰まっている。
「私は、可愛いなと思いつつ、あまり触れ合ったことはないな……」
「私もです。見かける度に可愛いなぁって思ってはいたんですが」
結・惟人(桜竜・h06870)とヴァロ・アアルト(Revontulet・h01627)だ。興味はあるが、近づく機会がなかった。せっかくのチャンスが目の前にある。今日はめいっぱい猫と交流したい! いや、交流する! 遊んでもらうのだ。
「僕から触ったことは無かったかもしれない……微睡んでる姿はよく見かけるけど」
詠櫻・イサ(深淵GrandGuignol・h00730)の薄桃の眸が公園のベンチの上に跳び乗った猫を見つめる。
「イサもか」
「ん?」
「皆も猫が好きなようだから、接し方を学ばせてもらおう」
「そうだね」
近寄ったらすぐに逃げてしまうし、もしかして嫌われてる?――なんて思わないでもない。
その解消法が判る日になる。
「今日は少しでもお近づきになりたい…!」
きゅっと拳を握ったヴァロも、そっと意気込んだ。
そんな三人の前に広げられたのは、洸惺が準備してきた玩具の数々。
「全力で遊ぼうと思って、たくさん持ってきちゃった!」
ペンライト、猫じゃらし、紙袋も! 猫じゃらしもたくさんの種類があって、より取り見取りだ。
全力で一緒に遊びたいとたくさん持ってきた!
「ご自由に使って下さいっ」
「玩具がたくさん……すごいですね」
「準備万端だ……すごい……!」
公園のそこここにいる猫たちへのみんなの思いを聞いて相槌を打っていたアンジュは、豊富な玩具に瞠目。
セレネも鮮やかな青瞳を丸めて、玩具が入っている袋を覗き込んだ。
「わぁ……こういうのが猫さんお好きなんですね……鈴が入ってます?」
「ボールが好きなのは犬だけじゃないんです」
ひょいとひとつ取り出したヴァロの手の中のボールが、ちりんと音を立てた。
「へぇ……すごいね洸惺。それが猫が好む玩具なのかな」
「猫にも好き嫌いがあるので、遊んでくれるか分かりません……でも、いっぱいあるので、どれか気に入ってくれるかも!」
「……僕もなにか用意して来ればよかったか」
選択肢が多ければ多いほどいいのではあれば、玩具はたくさんあるに越したことはない――しかし、まるごしでも猫はお構いなしだ。
がさがさと袋が鳴るだけで興味を示す子だっているのだから。
「ひとつお借りしても?」
「勿論です。ヴァロさんもぜひ猫さんと遊んでみて下さい」
「ありがとうございます!」
エノコログサみたいな形の猫じゃらしをひとつ借りて、ためしに揺らしてみて、ふわりと沸き立つ期待に頬が緩んだ。
いざ、ねこねこ交流会!
◇
「こんにちは」
コナラの木の下で、セレネたちの様子を見ていたサバトラがいる。アンバーブラウンの猫目でじっと観察されていた。その澄ましたような様子は、セレネの興味を刺激する。
おやつのジュレを指先にのせて、
「おやつはいかがですか? とてもおいしいと噂のものです」
仲良くなれたら触らせてくれるだろうか。仲良くなれますように、気に入ってくれますように。猫好きのする香りのおやつに、セレナが一目惚れしたサバトラの鼻が動く。ヒゲが興味あり気にそわりと動いた。
驚かせないように、警戒を強めないように、ゆっくりと近づいて、手を差し出して――その魅惑的な香りに抗いきれなかったサバトラが、おやつを舐めとった。
「ふふっ、舌がざりざりします」
一度舐めてしまえば、高が外れたようにおやつに夢中になってしまった。指を動かしてみても追いかけてくるから、このまま誘導していくと、セレネの膝にのってくれるかもしれない。
期待はそのままにおやつの追加を指先にもう一度のせた。
おやつ作戦が功を奏しているセレネに続けと、大好きなでぶねこさんを探していたまほろは、お目当てのまんまる猫を発見した。
子猫を自分の尻尾で遊ばせているキジトラだ。
「理想的なねこさん!」
「んな~」
いけない、大きな声を出してはいけない! 落ち着いて、落ち着いて。ゆっくりと懐柔するように、まずは指先を差し出してご挨拶。敵意がないことをわかってもらう。じりじりと、焦りは禁物!
まほろは、その子にロックオン。なんとしても、仲良くなると決めた。
「あたしは、あのあっちの黒猫が気になるんだ。優雅な子」
「黒猫か、綺麗だな」
つやつやの毛並みで座っている姿はスマートに伸びていて気品すら感じられる。余裕のある座り姿だった。
「惟人も気になる子は見つかったかな?」
「……私はあの目つき悪い子が気になる」
下草に半分以上隠れるように惟人を見ているような、気にしていないような、なかなか堂に入ったキジトラ猫がいて、惟人はその風格に惹かれた。
堂に入っていようが相手は猫だ。怯えさせないようにさり気なく近寄っていく。視線も合わさず、無関心を装ってじりっじりっと近寄っていく。
「そそ、ちょっとずつネコさんのデレを待つ……」
惟人の様子にうんうんと頷いて、まほろ。ねこさんのことを考えているからこその行動だ。
距離を詰めて嫌がられなかったら、今度は短い時間、目を合わせてみて――先刻、洸惺から有難く拝借した玩具の力も借りてみる。十分に猫の気を惟人に惹きつけて。
「惟人くん、距離感の詰め方なかなかニャイスだね」
「ニャイスか? ニャンコミュニケーション……上手く出来てるといいのだが」
「おお……これがニャンコミュニケーション!」
このうえないぴったりな表現に、まほろはもう一度「ニャイス!」と(猫たちが驚かないように)拍手した。
「上手く出来てると思いますっ! ニャンコミュニケーション…!」
触れ合い始めて、じわじわと仲が良くなり始める猫たちの溶け具合に、洸惺も嬉しくなってくる。
「結さん、ニャイスなニャンコミュニケーションです」
セレネもぱちんと手を打ち鳴らして、感心した。
「セレネちゃんのおやつ作戦も、洸惺君のおもちゃ作戦もいい感じ!」
この調子でみんながお気に入りの猫と遊べればなにも言うことはない。
「ニャンコミュニケーション……惟人は面白いことを言うね」
言い得て妙で、イサもその表現に異論はない。まさにその通り。
「まほろの猫は、随分と恰幅が良いね……餅みたいだ」
首元を撫でて撫でてデレデレにさせて――まんまるなおなかをまほろに見せつけるように、でろーんとひっくり返った。
「おなか……!」
「わ、すごい……!」
「すごく触り心地良さそう」
「では失礼して……! えへへ、たるたる~!」
(「たるたる?」)
これまた独特な表現に、イサは一瞬首を傾げたが、まほろの喜びようと猫のとろけ方に野暮なことかと頬を緩ませた。
「まほろさんはマッサージの達人なんですね」
褒められてまんざらでもなく、一番大好きなおなかを堪能できて大満足のまほろだった。
「よし……あたしも……まほろみたいに慎重に……慎重に……」
まほろのように、惟人のように慎重にアンジュも近寄っていく。
じりじりと。距離を詰めて。
「あまり見つめすぎたらダメだよね」
どうやって仲良くなろうかな。セレネのようにおやつでつってみるのもアリ。それとも、洸惺のようにおもちゃで釣ってみるか。
「猫じゃらしがお好み?」
「うにゃ」
「お返事…!」
小さく返ってきた声に、じーんと感動。野良がみせる可愛い反応だった。ちょっとだけ――手を差し出してみようかな、優雅な子と仲良くなれるかな……――アンジュはピンクの髪を耳にかけて、決心。掌を見せて、嫌がらないようにゆっくりと、撫でた。
黒猫との距離を着実に縮めているアンジュの背中を見ていたイサは、なるほどなるほどと頷いた。
「……セレネ、おやつ、分けてもらってもいい?」
「残っているので良ければ……気になった子はいましたか?」
「ん……あの小さい白い猫。気品があるけどすばしっこそうなんだ」
「子猫ですね! 頑張ってください…!」
イサの示した猫はちいさくても、つんと澄ました大人びた猫だった。セレネから激励とともに子猫でも食べやすい、ウェットタイプのおやつをもらって、礼を言った。
「ヴァロも、おやつあげてみます?」
「いいんですか! ありがとうございます!」
差し出してもらったおやつをもらって、意中の子猫に一口あげることを目下の目標に決める。惟人に倣って、みんなの様子も見ながら、ふれあいのお勉強スタート!
ヴァロは、まほろがロックオンしたぽちゃねこの尻尾で遊んでいたサバトラの子猫が気になって気になって。ヴァロの毛色と似ているから親近感がわいてしまっていた。
洸惺から借りた猫じゃらしを振って予行練習。
「猫じゃらし…なるものは、こう使う感じでしょうか……?」
「使い方は多分そんな感じだと思う、ヴァロ」
ふりふりっと子猫に気づいてもらえるように振ってみて――はっとこちらを向いた子猫の目が大きく見開かれた。
「…っ!」
「興味持ってくれてるかも」
惟人も気になってヴァロを応援する。
子猫の様子の変化に驚きながらも、猫じゃらしを動かせば、だだっと駆けて跳んでくる!
「わっ! 跳びついてきてくれました!」
ふわふわに抱き着いて噛みついて、棒をけりけり。
猫じゃらしに夢中になっている子猫に手を伸ばして、背中を撫でてみた。
「ふわっ、ちっちゃくて壊れちゃいそうです……ふふっ、可愛い……!」
背を撫でられて、ヴァロを振り返った子猫は、「にゃーっ」と甲高い声で鳴いて――けりけりをやめて、ヴァロの手に額を擦り寄せてきた。こどもならではの、弱々しくもろそうな感触にどきりとした。
「ヴァロちゃんたち、きょうだいみたいだね? かわいい!」
ヴァロにじゃれついているサバトラは、嬉しそうにもう一度「にゃーっ」と鳴いた。まるでまほろの言葉を理解しているようなタイミングで――それが偶然だとしても、子猫のいじらしさにときめきを隠せなかった。
「セレネさんのおやつ、僕も頂いていいでしょうか?」
やんちゃな茶トラは、洸惺の巧みな玩具攻撃によって大興奮。
びっくりさせないように様子を見ながら、茶トラが気に入りそうな玩具を次々と試し、一番くいつきのよかった、ねずみが釣られている猫じゃらしと紙袋で距離を縮め――ついにはすっかり洸惺に気を許した彼は、もっと遊べと紙袋の中(さきほどから出たり入ったりを繰り返していた)から洸惺を狙っている。
快諾したセレネに礼をひとつ、洸惺は落ち着かせようと分けてもらったジャーキーを見せた。瞬間、また別の色になった茶トラの顔に、つられて笑ってしまった。感情がストレートに伝わってくる。
「すぐにはなくなりませんよ、出てきて下さ、わっ」
紙袋を破く勢いで跳び出してきて、ジャーキーを持つ洸惺の手を抱えるように――逃げないように押さえつけて、ジャーキーに夢中になった。
「花牟礼さんの撫でてる子も可愛いですね、ぽっちゃりさんも良いなあ……」
「でぶねこさんからしか得られないたるたるだよ!」
「たるたる……新たな魅力だな。そう、セレネの言う、猫の手も良いよな」
「そうでしょう? ちょこちょこっとした動きが可愛いんです」
「あ、セレネは猫の手に触れた? ぷにぷにだった?」
「触らせてもらいました……! 肉球のぷにぷにも……おててのもふもふも……!」
言いながら、膝の上にいる猫の手をむにむにと堪能するセレネだ。よかったよかった――幸せそうにとけている。
「イサはどう? 仲良くなれそう?」
「ああ……もう少し近寄ってきてくれるといいんだけど――でも、ずいぶんと仲良くなれた」
「その子、可愛いね、おくゆかしくって――っ! みた!? イサ、お辞儀してくれたよ!」
「ああ、本当だ……!」
「イサさんと白猫さん、良い感じですねっ!」
洸惺が喜ぶから、イサも嬉しくなった。
「アンジュさんと黒猫さんは、もう仲良しさんですね」
「いくら撫でても許してくれそうよ。ヴァロも触ってみる?」
「はいっ」
ゴロゴロと喉を鳴らしている黒猫の背を優しく撫でれば、子猫のやわさとは違う、やわいだけでないしなやかさにヴァロは心を弾ませた。
「こうしてみると、イサくんとアンジュちゃんは黒白ネコさんで、優雅さがそっくりで、双子みたいだね」
「ちょうど大きさも同じくらいだし?」
まほろの気づきに、アンジュはヴァロに撫でてもらってご満悦な黒猫と、イサとの距離をはかっている白猫を見比べた。
◇
ヴァロの膝の上から転げて遊んでいるのは、サバトラの子猫。
洸惺と玩具で遊んでいるのは、元気でやんちゃな茶トラの男の子。
惟人は風格ある目つきのキジトラの頭を撫でながら、手のキュートさに気づき。
セレネの膝でお腹いっぱいになったスマートなサバトラは、喉を鳴らしてすっかりリラックスモード。
黒猫を撫で骨抜きにしているアンジュだったが、お互いにデレデレになっていた。
たるたるでぷにぷになお腹に夢中になっているまほろと、撫でてもらえて満足気なぽちゃぽちゃなキジトラ。
そして、じりじりと距離をつめて、穏やかに笑むイサと白猫は、マイペースに仲良くなっていった。
「みなさん仲良しで、なんだかほっこりします」
「そうだね、まほろもなんだかほっこり!」
まほろとヴァロは、互いに笑んで、仲良くなった猫とのふれあいタイムに戻った。
みーんな――デレデレ。
心ゆくまで、撫でて撫でられて、遊んで遊ばれて――心地よく緩やかに流れた。