|死亡遊戯《デスゲーム》の勝機は眼鏡
●
「集まってくれてありがとう。今回は『|死亡遊戯尊《デスゲームのみこと》』の起こす事件を解決してほしいんだ」
赤神・晩夏(狐道を往く・h01231)はゆるく手をあげ、集まってきたEDENたちに笑顔を向ける。
|死亡遊戯尊《デスゲームのみこと》はEDENの活躍により新たな名前と比較的無害な性質を得た古妖だ。彼はその名に相応しいよう『決して簡単ではないし、間違えれば死の危険もあるが、絶対にクリア手段が存在する死亡遊戯会場を作る』という事件を起こして回っているらしい。
「死亡遊戯尊は民間人を攫って、危険なデスゲームに強制参加させるつもりだ。けど、こいつも本当は人死を望んでないみたいだぜ。だから皆が代わりにデスゲームをクリアするなら、それで満足してくれるはずだ。というわけで、やろうぜデスゲーム!」
気軽なノリで参加するようなものでもないが、これも人助けの一環だ。どうにか死亡遊戯尊の開催するデスゲームに参加し、無事にクリアする――こうすれば、誰も傷つかずに済むのだから。
「それで、デスゲームに参加するなら会場に行かないといけないよな。ちょうど死亡遊戯尊に雇われた奴が民間人を襲撃する地点が予知できたから、まずはそこに向かてほしい。で、民間人を守りつつ、適当なタイミングでやられたフリして代わりに攫われてくれ」
死亡遊戯尊の配下は√マスクド・ヒーローの市街地に出現し、目についた民間人を攫おうとするようだ。そこにEDENたちが向かい、民間人を救出、ついでに攫われて会場まで連れて行ってもらおう、という流れになる。
「会場まで来ればそのままゲーム開始だ。今回のデスゲームは危険なトラップでいっぱいの巨大迷路だぜ。闇雲に進んだらトラップに引っかかりまくるだろうし、完全に迷っちまう。けれど死亡遊戯尊の作るデスゲームには必ず攻略法が用意されてるって話だったろ。今回の攻略法は……『眼鏡』だ。眼鏡をかけている人は、トラップの位置や正しい順路が見えるようになる仕掛けが施されてるんだってさ」
どういう仕組みかはわからないが、眼鏡をかけていれば迷路は簡単に攻略できる。
自前のものを持っている人はそれを使ってもいいし、迷路の入口で好きなデザインの眼鏡をレンタルすることも可能らしい。
「眼鏡をかけて迷路を攻略すれば、あとは死亡遊戯尊と戦うだけだ。こいつと戦う場所にもトラップが隠されているが、それも眼鏡で見通せるんだ。死亡遊戯尊本人も眼鏡をかけつつ戦うみたいだから、そいつを奪ったり破壊すれば有利になると思う」
すごくざっくり言うと、今回のデスゲームは眼鏡をかけてるやつが勝てる。多分そんな感じだ。とにかくしっかり眼鏡を死守し、危険なデスゲームをクリアしなければならない。
「死亡遊戯尊を倒せば無事にゲームクリア、事件解決ってわけだ。流れは大体こんな感じかな? そろそろ出発の時間だぜ」
晩夏はEDENたちに笑顔を向け、手を振る。
「それじゃあ気をつけて、無事に帰ってきてくれよな!」
第1章 集団戦 『風来坊な用心棒『先生』』
●
『先生』と呼ばれた男は現地のチンピラを引き連れ、市街地に降り立っていた。
「上からの命令はただ一つ。目についた民間人を片っ端から攫え。怪我はさせるなよ、殺すなんて以ての外だ」
「ウス、わかりました!」
眼鏡やサングラスをかけたチンピラたちは、『先生』の指示を受け走り出す。彼らは市街地にいる人々に、すぐさま襲いかかるだろう。
『先生』は死亡遊戯尊の依頼を受け、デスゲームの参加者を集めようとしている。このままでは民間人が危険なデスゲームに参加させられてしまうだろう。
それを阻止するため、まずは民間人を守り――代わりに攫われなければいけない。
●
ゼロ・ロストブルー(消え逝く世界の想いを抱え・h00991)にとって、他の√に迷い込むことはよくあることだった。
少し歩き回ってから帰ろうかな、なんて思っていたのだが――そういう時に事件現場へ突入してしまうのも、ままあることで。
嫌な気配を感じ取り、ゼロはそちらへ足を向ける。そこにはガラの悪い男たちが集まっており、彼らは凶器を片手に民間人へ襲いかかろうとしていた。
「おい! やめるんだ!」
相手の注意を引くべく、ゼロは道端の石を掴んで男たちへと投げつける。相手がこちらに意識を向けた瞬間に、ゼロは人々を守るように立ちはだかった。
「随分治安の悪いことをしているな。何の集まりなのか……」
瞬時に周囲の様子を確認し、ゼロは表情を険しくさせる。暴漢たちもそうだが、特に気になるのは彼らの後方――落ち着いた様子で立つサングラスの男。彼が漂わせる気配から、その正体は推測できた。
(……√能力者か? はは、なら……なおさら見逃せないな)
ゼロは後方をチラリと見遣り、民間人へ視線を向ける。不安げな彼らを安心させるよう、薄く笑みを浮かべて。
「何とかして隙を作るので、走ってください」
その言葉に民間人たちは頷く。彼らに関しては心配いらないだろう。あとは――目の前の暴漢たちだ。
「おい、お前ら。あの男が邪魔だ、先にやれ」
「ウス、先生!」
『先生』の指示を受け、暴漢たちは一斉にゼロへ迫りくる。相手は数が多い上に、距離も近い。ゼロは一瞬思案を巡らせ、徒手空拳の構えを取った。
幸い『先生』以外の男たちの実力は、普通のチンピラ相応だ。単純な喧嘩や殴り合いならば、経験が多く冷静なゼロに分がある。
狙うのは顎や喉といった一般的な急所。そこを殴りつければ、男たちは簡単に倒れ伏す。
迫りくる攻撃を掻い潜りつつ、ゼロは奇妙な違和感に気づいた。頭部にある急所といえば、目も該当するのだが――攻撃することを無意識に避けている。
「そういえば……眼鏡率が高いな? 目的はなんだ?」
「ああ、雇い主曰く『デスゲームのドレスコードみたいなもの』らしいぜ。そういえば、あんたも眼鏡だな。参加者には向いてそうだが……」
『先生』の答えにゼロは納得したように頷き、構えを解く。
「なるほど、デスゲームのために民間人を攫おうとしていたんだな? なら……俺で1枠を埋めてくれ」
「……いいのか?」
「ああ、頼む」
民間人に被害が出るくらいなら、自分がその危険に飛び込む。ゼロとはそういう人間だった。
(……この状況、弟子からは、お前も民間人だとまた突っ込まれそうだけれどな)
そんなことを考えつつ、ゼロは大人しくデスゲーム会場へ連れられることとなったのだった。
●
「やろうぜデスゲーム! じゃないでしょどう考えても。しかも攻略法が眼鏡って、なんだってそんなけったいな」
至極まっとうなツッコミを入れつつ、折木・龍也(伏龍・h13162)は現場へと足を運ぶ。
|死亡遊戯尊《デスゲームのみこと》なる存在が現れデスゲームを起こしまくっている、という状況が奇妙な上に、今回のデスゲームの内容は奇怪としか言い様がない。
だからといって、民間人が巻き込まれそうになっているなら放置はできない。龍也は頭を掻きつつ、民間人に危害を加えようとしている暴漢たちの前に立った。
「あー……何だ、オジサンそういうのは良くないと思うんだ、話し合いで解決しよう、な?」
「おぅ、なんだお前……!?」
流れるような動きで現れた龍也の姿に、暴漢たちは驚き動きを止める。『先生』と呼ばれるリーダーらしき男だけは、サングラス越しにしっかりと此方を睨んでいるようだ。
相手がこちらに注目しているなら都合がいい。龍也は困ったような表情のまま、躊躇なく霊震を発動させた。
「こ、今度はなんだ!?」
突然、男たちがその場に蹲る。彼らだけが震度7相当の震動に見舞われ、その場から動けなくなったのだ。
目の前の状況に混乱する民間人に、龍也はヘラリとした笑みを向ける。
「今のうちに逃げな」
その言葉に促された民間人は、そそくさと逃げ出した。暴漢たちは振動に見舞われつつも、その様子に気づいて怒りの声を上げている。
すると、その声に反応するかのように――実際は龍也が能力を解除しただけなのだが――男たちから震動が消え、自由に動けるようになったのだ。
「アレ? 急に動きが良くなった感じ?」
「妙な真似をしやがったなコラァ!」
暴漢たちは良いようにされたことの怒りを晴らすかのように、一斉に龍也へと迫りくる。龍也はできるだけ焦ったような表情を作り、そのまま激しく抵抗せずに拘束された。
といっても、暴漢も龍也に激しい暴力を振るうことはなかった。彼らの目的はあくまで誘拐なのだ。もちろん、思い切り殴られたら殴り返すくらいのつもりはあったのだけれど。
「ぐあーやられたー、これはデスゲームに攫われてしまうに違いないー」
「あン? デスゲームのこと知ってたのか? 何にせよ……お前みたいなタイプがいたら盛り上がるだろうな」
「……そういうもんかね? というか、本当にデスゲームなんだなぁ」
こちらを見下ろす『先生』にも態度は崩さず、龍也はされるがままに連れられていく。目的地は此度の戦場――デスゲーム会場だ。
●
|死亡遊戯尊《デスゲームのみこと》がデスゲームを開催する。それはわかる。けれど攻略法の眼鏡はどこから来たのだろう。
「メガネが大好きな人がいるんですかね?」
そんなことを考えつつ、黒木・摩那(異世界猟兵『ミステル・ノワール』・h02365)は目的地へ向かう。
自身も眼鏡ユーザーである摩那にとっては、眼鏡は生活のために必要なものというイメージが強い。好き好んで掛けるものではない、無ければ無い方が楽なんじゃないか? という思いも強かった。
これからの暑い夏は、汗を拭く時に眼鏡が邪魔になる。逆に寒い冬なら、寒暖差でレンズが曇ってしまう。
そうじゃなくてもずっと掛けていると鼻が痛くなるし、かといって外すと視界がぼやけて危険になってしまう。
「……主犯の方は、きっとメガネユーザーではないんでしょうね」
多分きっと、主犯は眼鏡をかけることに特別感を見ているタイプだろう。だからといって、デスゲームの攻略法に選ぶのはどうかと思うけれど――。
なんて思案を巡らせているうちに、無事に目的地へ辿り着けたようだ。
摩那が現場へやって来たのと同じタイミングで、『先生』が率いる暴漢たちが民間人へと襲いかかろうとしていた。
摩那は彼らの間へ割って入り、そのまま手近な暴漢の足を払う。
「ぐっ!?」
「なんだこの女!」
突然の攻撃に暴漢たちは対処しきれず、あっさりとその場に転がされていく。数人の男を蹴散らしたところで、摩那は立ち上がり『先生』へ視線を向けた。
「あなたがリーダーですか。目的はわかりませんが、危ないことはさせませんよ」
「なかなか出来る奴のようだな……お前ら、気をつけて相手しろ」
「ウス!」
暴漢たちは『先生』を援護するよう、数で圧倒するように摩那へ襲いかかる。『先生』もまた手にした木刀を振り回し、こちらを打ち据えようとしてきていた。
彼らの攻撃を時に掻い潜り、時に受け流して。相手の勢いを利用しつつ、摩那は慎重に立ち回った。
(もしやられたフリをするなら……『先生』とやらの攻撃に合わせたほうがいいですね)
一人の男を勢いよく振り払った瞬間に合わせ、摩那の元に飛び込むのは『先生』による鋭い一閃。摩那はそれを大げさに回避して、あえてその場に転がった。
「うっ……!」
「今だ、捕まえろ!」
転倒した瞬間を見計らい、暴漢たちが一気に摩那を拘束していく。
(……作戦成功ですね)
その時、彼女が眼鏡の下で目を輝かせていたことは――誰にも気づかれていなかった。
●
花園・樹(ペンを剣に持ち変えて・h02439)は物陰に潜みつつ、大きな狗神の頭を軽く撫でていた。
「イヌガミ、よろしく頼むよ……怪しまれる訳にはいかないからね」
イヌガミと呼ばれた狗神は太刀『狼牙』を咥えつつ尻尾を揺らしている。EDENとしての武器を二つも手放すことになるのだが、今回の目的を思えば仕方のないことだった。
樹はこれから、通りすがりの|先生《教師》として姿を晒す。その時に帯刀したまま死霊を引き連れていれば、当然不審に思われてしまう。
だから後のことを考え、イヌガミに狼牙を守ってもらうのが最善だ。この子なら、きっと上手くやってくれる。
「……よし、行ってくるよ」
霊犬『早太郎』から霊気を借り受け、神鈴を持っていることをしっかりと確認して。準備を整えた樹は、迷うことなく暴漢の元へと向かった。
樹は迅速に暴漢の前に飛び込むと、後方にいる民間人に顔を向けた。
「大丈夫かい? ここは私がなんとかするから、今のうちに逃げて!」
ハッキリと、けれど落ち着いた樹の声に促され、民間人は素直にその場から逃げていく。その様子を前に、暴漢たちは荒々しい声をあげた。
「何しやがる!」
暴漢たちは得物を振り上げ、邪魔者である樹を無力化しにかかったようだ。樹は背後で逃げる人々の気配を感じつつ、白墨を構える。
まずは手近な相手へ向け、白墨を投げつけて。相手の動きを止めたところで、樹はすかさず菫青を取り出す。
動きを止められていた暴漢たちも気を取り直し、一斉に殴りかかってくるが――彼らの攻撃は簡単に受け流すことができた。けれど余裕は見せず、あくまで民間人のフリをしながら樹は立ち回る。
(他の人たちは……もう大丈夫かな)
狼の耳でしっかりと周囲の音を拾えば、庇っていた人たちが逃げ切ったことは確認できた。そのタイミングで、再び暴漢が飛び込んでくる。
樹は敢えてその攻撃を受け、武器をその場に落とした。そのままその場にへたり込めば、様子を見にきた『先生』が樹を見下ろした。
「くっ……!」
「随分手間取らされてたみたいだな。おい、こいつも連れて行け」
『先生』の指示を受け、暴漢たちは樹を拘束していく。完全に身柄が拘束されたところで、樹はポケットに仕込んでおいた神鈴に意識を向ける。
神鈴の繋がる先――『狼牙』とイヌガミはすぐ側に待機しているようだ。見張りがいなくなったタイミングで、彼らを呼び寄せれば問題ないだろう。
(……ご苦労様、イヌガミ)
心の中で仲間に感謝を告げつつ、樹は眼鏡の暴漢たちに連れて行かれるのだった。
●
依頼の概要と戦況を確認し、古出水・蒔生(Flow-ov-er・h00725)はコテンと首を傾げた。
「……デスゲームってそういうのだっけ? わたしが知ってるのと致命的になんか違うような……今更」
古妖や簒奪者は時に意味不明なことを考える。今回の依頼も、きっとそういうのの一環だろう。ふんわりと納得する蒔生の隣では、古出水・潤(夜辺・h01309)が楽しげに霊紙の準備を進めていた。
「ほう、眼鏡が……死亡遊戯尊とは初対面ですが、もしや眼鏡を好んでいらっしゃるのでしょうか」
「どうなんだろう。そうなのか、ノリで選んだのか……どっちもありそう」
「眼鏡がお好きなら気が合いそうですね」
キラリと自前の眼鏡を輝かせる潤に、蒔生が向ける視線はほんのり生暖かい。兄貴はいつも通りだなぁとか、そういう感じだ。
そんな妹からの視線をさらりと受け流し、潤は霊紙を空中へと放り投げる。するとそれらは猫や椋鳥の姿に変わり、意思を持っているかのように動き始めた。
「こちらの準備は整いましたよ。椋鳥はすでに敵のいる方向を見つけたようです。まだ距離があるようですので、今のうちに民間人を避難させましょうか」
「わかった。こっちもいつでも行けるよ」
蒔生は手袋を外し、手のひらを軽く開いたり閉じたりしていた。兄妹は視線を合わせ、頷き合う。
まず最初に二人が目指したのは、狙われた民間人のいる地点だ。
二人が民間人の前に姿を晒すと同時に、少し離れた位置から怒声が響いた。『先生』の配下たちが近づいてきているのだろう。
突然の荒々しい声に驚く民間人へ向け、潤は笑顔を向ける。
「皆様、こちらへ。慌てずとも結構です。あそこに猫の折り紙が見せますね? あれに従って、落ち着いて、静かに避難してください」
「こっち! 足元とか気を付けてね! わたしが後ろからついていくよ」
冷静な潤と頼もしい蒔生の様子に民間人も安心したようだ。事情を把握した彼らは、素直に指示に従ってくれるだろう。
民間人が動き出したのを確認すれば、潤は彼らに付き従う。パニックになりそうな人がいたら宥めつつ、椋鳥による索敵を続けるつもりだ。
一方、蒔生は宣言通りに最後尾について、後方の様子を確認する。まだ暴漢たちの姿はハッキリと見えないが、数人に男がこちらに近づいていることは把握できた。
「申し訳ないけど……これも人助けのためだからね」
逃げる最中、蒔生は手近な柵や外階段などに触れ、それらを劣化させていく。錆びた設備は崩れ落ち、追跡する暴漢たちの動きを鈍らせてくれるだろう。
そうして少しずつ暴漢との距離を稼ぐ間に、潤は霊紙を操作し続ける。目を閉じ、椋鳥と視覚を共有すれば敵の姿はしっかりと確認できた。
「……なるほど?」
「兄貴、どうしたの?」
「いえ、敵の姿が確認できたのですが」
小さく首を傾げる潤を、蒔生は不思議そうな顔で見上げる。しっかりと足止めの用意をしつつも、兄の様子は妙に気になった。
「変なものでも見えた?」
「変なもの、といえばそうですね。話には聞いていましたが……想以上ですね」
その言葉に、蒔生は改めて依頼の概要を思い出した。そういえば、今こちらを追いかけてる暴漢たちは――。
「……マジでほんとに眼鏡なの?」
「そうですね、サングラスの方もいらっしゃるようですが、あとは全員眼鏡です」
「全員? コンタクトは許されないわけ?」
「許されていないかはわかりませんが、裸眼やコンタクトの方がいらしゃらないようですねぇ」
圧倒的な光景を確認しつつも楽しげな潤の側で、蒔生は口をモニョモニョさせた。
なんなのだ、眼鏡集団。実際に目の当たりにするのは怖いけど、ちょっと見てみたい気持ちも湧いてくる。その時は、意外と早くやってきそうだ。
民間人と暴漢との距離が十分に開いたことを確認すると、潤は蒔生に視線を向けた。
「……さて、そろそろ頃合いでしょうか」
「おっけー。それじゃ、わたしたちは行くね。あなたたちはそのまま逃げてね」
暴漢たちにバレないように民間人に別れを告げて、兄妹は別の方向に逃げていく。すでに椋鳥が敵との遭遇に適したポイントを発見していたので、まっすぐにそちらへと向かった。
「恐らくこの辺りで良いでしょう。蒔生」
「ん、わかった」
小声で兄妹がコンタクトを取って立ち止まると、同じタイミングで暴漢たちが姿を現す。
「よくもウロチョロ逃げやがったなオラァ!」
「すぐとっ捕まえてやるからな!」
荒々しく声を上げる彼らは――眼鏡に眼鏡、サングラスにまた眼鏡。本当に全員が眼鏡やサングラスをかけていた。その後ろを悠々と歩くサングラスの男は恐らく『先生』だろう。
「ほんとに全員眼鏡!! いや絶対怪しいでしょ!」
目の前の光景が我慢できず、蒔生は叫ぶ。潤は追い詰められた一般人っぽい雰囲気は出しつつも、内心では妹の様子を楽しんでいた。
「なんで全員眼鏡なの!? 制服なの!? 眼鏡優遇とかあるの!?」
「…………いや、嬢ちゃん落ち着いてくれ」
いたたまれなくなったのか、思わず『先生』が前に出て言葉を紡ぐ。彼のサングラスすら蒔生には奇妙に見えていた。
「俺のこれはまぁ、ファッションだよ」
「そうなの?」
「でも集まったやつらまで眼鏡なのは……偶然だ」
「そうなの!? ちょっと待ってやっぱり怖いって!」
思わず後退りしつつ、蒔生はブンブンと腕を振るう。するとその指先が『先生』のサングラスに触れてしまった。
「あっ、錆び……ご、ごめんなさい!」
「おっと、意外と脆くなってたか?」
サングラスは蒔生の力により劣化して、そのまま壊れてしまった。敵の道具とはいえ、ちょっとばかし申し訳ない。
「弁償とかした方がいい……?」
「いや、予備があるから大丈夫だ」
「……はい?」
『先生』は何事もなかったかのようにポケットから新品のサングラスを取り出すと、スチャっと掛ける。その光景に、蒔生は最早ツッコミすら入れられずに目と口を丸くしていた。
妹がこうなってしまったら、ここからは兄の出番だ。潤は何事もなかったかのように『先生』と視線――眼鏡とサングラス越しだが――を合わせる。
「しかし……誘い込まれていたようですね」
クイッと指先で眼鏡の位置を整える潤。さりげなく掌で顔を隠すが、その口元は当然のように笑っていた。
そんな兄の様子を見て、蒔生はようやく気を取り直す。
(……兄貴、絶対ちょっと楽しんでるでしょ)
呆れたような妹の視線も、潤にとっては愉快なもの。表情は隠したまま、口調だけはピンチの一般人を気取る。
「これは困りましたね、捕まってしまいました」
「……うん」
「どうしましょうか、蒔生。攫われてしまいそうです」
「…………うん、棒読みやめて」
確かに口調はピンチのそれ。けれど声が明らかに棒読みで、なんともリアクションしづらい。蒔生の小声のツッコミに、潤は優しい微笑みを返した。
兄妹が互いにだけわかるやり取りをしていれば、『先生』の配下たちが縄やら何やらを持ってきた。二人は抵抗することなく拘束されることにした。
あとは大人しく会場まで連れて行かれるだけだ。蒔生は改めて周囲を見回し、自分だけが裸眼であることに改めて驚嘆していた。
「……なんか、変な集まりに見えてきた」
「蒔生もこれから仲間入りするんですよ?」
「必要だから眼鏡をかけるだけだから!」
最後までツッコミ気質な妹に、潤はやっぱり爽やかな笑顔を向けるのだった。
第2章 冒険 『全人類眼鏡化計画』
●
「よし、これで全員か。あとは雇い主から説明を聞いてくれ」
『先生』たちによって連行された√能力者たちは、巨大なホールのような会場へと運ばれていた。その中央には巨大なモニターが据え付けられている。
仕事を終えた『先生』と暴漢たちは、そそくさと出ていく。彼らはこれ以上悪さをするつもりはないようで、放っておいても大丈夫だろう。
しばらく待っていると、突然モニターの電源がついた。映し出されるのは、眼鏡をかけたテディベアだ。
「今から|死亡遊戯《デスゲーム》を開始する。お前たちには命がけの迷路を攻略してもらうぞ」
モニターから流れる音声に合わせるよう、前方の壁が倒れた。その奥には超巨大な迷路が見える。
「この迷路には無数の罠が仕掛けてある。何の工夫もなく進めば、一瞬でお前たちは命を落とすだろう。だが、こちらも鬼ではない。お前たちには勝機を用意している。後ろを見ろ」
指示に従って後方を確認すると、そこには大きな棚が据え付けられていた。棚の中には――さまざまなデザインの眼鏡やサングラスが置かれている。
「|アレ《・・》を活かすかどうかはお前たち次第だ。元々持っているなら、それを使ってこ構わんよ。さあ、楽しんで迷路を攻略してくれ」
話が終わると同時にモニターの電源も落ちる。これ以上は何も説明する気がないようだ。
眼鏡やサングラスをかけた状態なら、迷路の罠は見通すことが可能だ。ついでに正しい順路も教えてくれる。
この巫山戯たデスゲームを終わらせるために――早速眼鏡やサングラスを身につけ、迷路を進もう!
●
「何だこれ」
目の間の状況に対し、折木・龍也は素直な言葉を零す。
デスゲームが起きてる、それはあんまりよくないけど、まだ良い。そこに眼鏡の棚が備え付けられているのは――ふざけすぎではないだろうか。
しばらく真顔で静止していた龍也だが、ここで立ち止まっていても仕方がない。大きく息を吐いてから、龍也は黒いサングラスを選んで身につけた。
そのまま胸元から潰れた煙草箱を取り出し、軽く握りしめる。
サングラスに煙草、というのは自分にはなかなか似合う組み合わせではないだろうか。彼がそう思う通り、そのファッションは様になっていた。
煙草は咥えるけど火を付けたりはしない。館内禁煙の可能性もあるし、迷路の中に火が触れると危険な罠もあるかもしれないからだ。
けれど咥えているだけでも、雰囲気は出せるものだ。龍也は片手をポケットに入れ、力を抜いたように笑う。
「……なんつってな」
格好いいオジサンごっこはここまでだ。ここから先は――仕事の時間なのだから。
肩を竦めたまま向かうのは、迷宮の入口。
サングラス越しに迷路の様子を確認すれば、うっすらと文字や記号やらを見ることができた。罠の位置や進むべき方向を示しているのだろう。
「っと、本当に見えるんだな。まったくふざけたデスゲームだが、死ぬ気はないんでね」
書かれているものには、素直に従ったほうがいいだろう。龍也は導くように記された矢印の方向に、ゆっくりと歩を進める。
特に時間制限などはないようで、焦らず進んでいけば問題はなさそうだ。実際、表示に従っている限りは特にトラブルも起きたりしない。
しかし、一つくらいは罠の実在も確かめたほうがいいだろう。龍也は先の通路に落とし穴のイラストが書かれているのに気づき、そこから少し距離を取る。
それから落とし穴の方向に向かって霊震を放てば――ガコンと、その位置に大きな穴が空いた。
「罠は実在してるか。こいつは改めて気をつけないとなぁ」
子どもの悪戯のようでありつつ、ちゃんと殺意は感じられる迷路。その攻略法がふざけていることまで含めて、なんだかチグハグな悪夢めいている。
けれど歩を進めた時に感じる感触は、ちゃんと現実のものだ。だから龍也は、着実に歩くことをやめない。
サングラスを光らせ、火のついていない煙草を口元に。少しいつもと違う格好でも、龍也の在り方はブレたりしない。だからこそ、彼は確かにゴールに近づいていくのだった。
●
愛用の銀縁眼鏡のテンプルに触れながら、ゼロ・ロストブルーは例の棚を見上げていた。
「眼鏡を活かす、のか……よくここまで種類を揃えたな」
並べられた眼鏡の数はかなりのもので、そのデザインも多種多様だ。ゼロは仕事用のカメラを取り出すと、まずは棚の様子を軽く撮影していく。
「ふむ、本当にいろいろ揃っているんだな……」
オーソドックスなスクエア型やウェリントン型のものや、リムレスのもの。これらは眼鏡屋などで簡単に探せそうだ。個性的なフレームのものは、何かアニメや漫画とのコラボ商品らしい。
他のもレンズを動かせるものや、かなり変わった形のものなど――そういうものに関しては、ブランドやメーカーの名前もチェックしておく。
ゼロは気になった眼鏡を次々に撮りつつ、ぼんやりと想像を巡らす。こういうのも良いな、こういうのは友人に似合いそうだな、等々……。
「……よし、撮影はこのくらいにしておこうか」
十分に眼鏡チェックを終えたのなら、今度はデスゲームの攻略だ。ゼロはカメラを仕舞うと、迷宮の入口に向かった。
眼鏡をかけた状態なら、迷宮の壁や床にさまざまなサインが見て取れる。試しに眼鏡を外してみると、それらの表示はすべて消え去った。
「なるほどこういうギミックか……つまり、眼鏡なしで挑んだら危なかったわけか……はは」
眼鏡が命運分けるデスゲーム。そんなものがあったとは。なんとも言えない気持ちになって、ゼロの口元からは笑い声が溢れた。
しかし、デスゲーム自体は本物だ、警戒しておくに越したことはない。ゼロは青刃の双斧を構えると、静かに祈りを捧げる。
あとは眼鏡の導くまま、慎重に進むだけだ。
基本的には描かれた矢印の方向に進めばいいようで、ゼロはゆっくりと、けれど着実なスピードで先へと進んでいく。
罠の位置はイラストで示されていることが多かった。避けられるものは極力回避し、どうしても踏まなければいけない時は双斧で打ち払う。
そうして進んでいるうちに、ゼロの脳裏にとある想像が過った。
(はは、これはこの先に待ち受ける敵も眼鏡だったりしてな、どんなのかけているんだろうな)
民間人を攫うための配下も、案内人のテディベアもみんな眼鏡だったのだ。きっと黒幕も眼鏡に違いない――自然にそう思ってしまう。
果たしてこの先に何が待ち受けているのか。それを突き止めるためにも、ゼロはしっかり先へ急ぐのだった。
●
迷宮の入口で、花園・樹はほんのり不安げな表情を浮かべていた。
その理由はこのデスゲームではなく参加者だ。ここに集まってきているのは、民間人の代わりに攫われてきた√能力者たちだったはず。
けれど――その中に見知った姿があった気がした。問題なのは、彼が非能力者だということ。
そういえば、さっき迷宮に入った人物の後ろ姿が、彼に似ていた気もする――。
「……いや、まさかね」
一旦不安を飲み込み、樹はデスゲームの攻略を優先することにした。万が一非能力者が紛れたとしても、自分たちが先にクリアすれば大丈夫だろう。
改めて迷宮を進むと決めた樹は、カバンの中に視線を落とす。その中には、例の棚から拝借した眼鏡がいくつか入っていた。棚の眼鏡はすごい数だったので、少しくらい持っていっても問題ないだろう。
もしも誰かが迷宮内で眼鏡をなくしたのなら、これを渡せばいい。そう考えて、デザインも無難なものを中心に選んだ。
樹自身は自前の眼鏡をそのまま使うことにする。特注品なので、壊さないよう注意しなければ。
準備ができたことを確認し、樹はいよいよ迷宮の中へと足を踏み入れていく。
眼鏡をかけた状態だと、迷宮内のさまざまな表示を確認することができた。
進行方向を教えてくれる矢印に、罠の位置を示しているイラストなど――それらは手書きのようで、どこか気の抜けるようなデザインをしている。
「こういうのは、レクリエーションだったのなら悪くはないんだけど……」
レクリエーションはみんなで楽しむからこそ意味がある。誰かが命を落とすようなものなら、見過ごすわけにはいかないのだ。
樹は慎重かつ着実に、罠を避けつつ先へと進む。しかし、緊張状態がずっと続いていたせいだろうか――死角にあった表示に気づかず、ついついそちらの方向に足を踏み入れそうになってしまった。
それと同時に、樹の懐から持参した眼鏡がこぼれ落ちた。
「っと、危ない!」
樹は咄嗟にしゃがみ込み、落下した眼鏡をキャッチする。そのおかげで、罠に踏み込む直前で足を止めることができた。
視線を下方に向ければ、罠の表示も発見することができた。おそらく危機一髪だった状況に、樹は大きく息を吐く。
「いや、なんだかよく分からないけれど上手くいってよかったよ……」
自らのフラグ建築パワーによって助かったことには、まったく気づいていない樹であった。彼はそのまま立ち上がると、再び先へと進むのだった。
●
「これは本当にメガネが大好きな人がいるんですね」
ずらりと並べられた眼鏡を前にし、黒木・摩那はなんとも言えない表情を浮かべる。
デザインは多種多様だし、サイズも取り揃えてあるし、きっと本当に好きな眼鏡は選べるのだろう――しかし、それはあくまでデザインの話。
「こんなにたくさんメガネを置かれても、レンズが無ければ意味がないんですよね」
試しにデザインが気に入った眼鏡を手に取り、摩那はまじまじとレンズを眺める。思った通り、この眼鏡は自分のものとは度が違う。
恐らくレンズの度数もいろいろなものが揃っているのだろう。しかし、それとフレームの好みが合うかはまた別の話だ。
「見えなければ意味がないんです。黒幕の方はその辺りが抜けているようですね」
多分黒幕は眼鏡を『視覚を矯正する道具』とはあまり認識していないのだろう。きっと普段は普段は眼鏡をかけないような人物だ。
そんな推測をしつつ、摩那は迷宮に向かっていく。
「……本当に罠も道順も教えてくれるんですね」
眼鏡をかけていると、迷宮内でさまざまな表示を確認することができた。
進行方向は矢印で示してくれているし、罠の位置は手書きのイラストで教えてくれる。命の危機という意味では助かるのだが、ゲームという意味ではどうなのだろうか?
「これはもう迷宮ではないのでは……これで死亡遊戯と言われても困りますね」
多分黒幕は死亡遊戯の初心者か、ただみんなが眼鏡でワイワイしているところを見たいだけの人物だろう。
そんな憶測もしつつ、摩那は着実に歩を進める。
その最中、ふと目に留まったのは落とし穴の表記だ。進行方向に近い位置にあり、眼鏡パワーがあっても引っかかる人がいるかもしれない。
「一応解除しておきましょうか」
摩那は和傘『飛天御前』にて空を舞い、落とし穴の真上まで飛んでいく。そのまま『エクリプス』で床を叩けば、大きな穴がパカっと開く。
見えない落とし穴も見えてしまえば問題ないだろう。落とし穴の先に降り立ち、摩那は再び進んでいく。
道中、他にも解除できそうな罠があればできるだけ解除していこう。そう決心した摩那は、踏むと飛び出すトゲを出現させたり、吊り天井を先に落とさせたりしていく。
「……こういうことをしている方が、幾分かゲームらしいですね」
ただ迷路を進むのではなく、危険にしっかり対処しつつ進む。摩那は彼女なりの手段で、有意義に迷路を攻略していくのだった。
●
現状に遠い目をするしかない古出水・蒔生の隣で、古出水・潤は出口へ向かってにこやかに手を振る。出口に立っていた人たち――『先生』と配下たちはそれに気づき、会釈しながら会場を後にした。
「……兄貴、なんであの人たちに手を振ったの?」
「礼節は大切ですから」
「そうだけど、そうじゃないでしょ」
どんなふざけた状況でも、ここが命を奪うようなデスゲームの会場であることに変わりはない。緊張感のない兄の様子に、蒔生はムムム、と眉を寄せた。
「それで、わたしたちもゲームに参加しなきゃいけないわけだけど……」
先ほどの案内を受け、蒔生が向かうのは会場後方の戸棚。いっぱいの眼鏡が並べられている様は、なんともコメントしづらい。
「眼鏡屋さんなの? デスゲームってこうなの?」
「いいじゃないですか、こういう時は楽しんだほうがいいですよ。現に私は楽しんでいます」
気づけば潤も棚の前にいたようで、サングラスを装着して目を細めている。いつもの金縁眼鏡の上に自然にサングラスを重ねる兄の姿に、蒔生は思わず脱力していた。
「いや楽しそうだけどさ、兄貴はもう眼鏡あるじゃん。サングラスいらないよね? 慣れた眼鏡で行ってよお願いだから」
「いえ、サングラスに意味はありますよ? ほら、私の目は夜行性仕様ですから。それを補えるものがあればいいのですが」
「そういう考えがあるのなら仕方ないけど、眼鏡の上にサングラスは絶対におかしいでしょ。いや、オーバーグラスとかそういうのもあるけど……」
結局良さそうなものは見つからなかったし、蒔生の視線はずっと鋭い。そんなこんなで、潤は愛用の眼鏡で迷宮を攻略することにした。
「私の準備はこれでいいですが。蒔生はどうしますか?」
「うーん、わたし? 普通でいいんだけど……」
自分の番となったことで、蒔生は棚に視線を向ける。眼鏡を選べと言われても、邪魔にならないもので出来ればオーソドックスなデザイン、くらいしか要望はない。
蒔生が眼鏡を吟味すれば、潤は気になったものを次々手に取る。
「これとかどうでしょう? これもいいですね。その丸眼鏡など似合うと思いますよ」
「ちょ、ちょっと待って。どんどん出さないで。一個ずつ試すから」
自分で気になったものを選んでいる間に、兄がどんどん新しいものを提案してくる。それも良い笑顔で。
蒔生はなんとも言えない表情を浮かべつつも、気になる眼鏡やサングラスを着用してみる。
「んー……丸眼鏡、はあんまり合わない。サングラスもわたしのはちょっと厳つい……うう、絶対似合ってない」
「そんなことありませんよ、ほら」
兄の声につられ、ついつい顔をそちらに向ける蒔生。鏡でも出してくれたのかと思ったが――潤は良い笑顔でスマホを構えていた。
「待ってやめて! 撮らないで!」
「どれもよく似合っていると思いますが……」
そんなこんなでワイワイと眼鏡を試し、最終的に選ばれたのはスポーティーな赤フレームの眼鏡だ。
その眼鏡を装着し、蒔生はしぶしぶ一枚だけ写真撮影を許可した。新鮮な妹の姿に、潤は今日一番の笑顔とともにシャッターを切るのだった。
準備が整ったところで、二人は迷宮の入口に立つ。
「……成程。眼鏡を掛けると見える世界が変わると言いますが、このことだったのですね」
眼鏡をかけた状態で周囲を見れば、壁や床に案内のような図表が見える。道順の矢印や、罠の位置を知らせてくれるイラストなどだ。
「えっわ、本当に見える! すご!」
「蒔生も楽しそうで何よりです」
「うっ、確かにちょっとワクワクしたけど……」
軽く首を横に振り、蒔生は気を取り直す。アトラクションみたいで楽しそうに見えたのは事実だが、危険な状況なことだって忘れていない。
蒔生がネイルガンを取り出す隣では、潤が手早く霊紙の熊蜂を飛ばしていた。数匹の熊蜂を先行させれば、先に攻略を始めた能力者たちの様子を把握できた。
「罠を破壊しつつ進んでいる方もいるようですね」
「わたしもそうするつもりだよ。こういうのって、錆には弱いだろうし」
金属を使った罠があれば、蒔生の力で簡単に破壊できるだろう。実際、潤が確認した範囲でも金属製の罠はいくつか確認できた。
二人でしっかり周囲を確認し、潤が探索、蒔生が罠の破壊と分担すれば、迷宮の攻略もきっと難しくはない。それに、眼鏡の力だってあるし。
「……なんか、変な考えが過った気がする。眼鏡の力ってなんなんだろう」
「きっとこの状況では変ではないですよ。さあ、行きましょうか」
レンズ越しに遠い目をする蒔生の隣で、潤はゆるく微笑む。目指すは、矢印が案内する方向だ。
「蒔生、この先に吊り天井があるようです」
「わかった、遠距離から鎖を壊すね」
潤が罠を発見すれば、すぐさま蒔生がネイルガンで攻撃する。この流れを維持すれば、罠に引っかかる心配はまったくなかった。むしろ罠をきちんと破壊していける分、安全でもある。
「先程分岐があったのですが……外れの道に進めば、瓦礫で生き埋めにされていたようですね。熊蜂たちが潰されました」
「うわ、エグいね……。そんな罠もあるんだ」
やはりふざけていてもデスゲームはデスゲーム。即死級の罠があったことを知り、蒔生は思わず青ざめた。
「瓦礫ならわたしの力でも簡単に壊せないだろうし……そういう罠には気をつけていこうね」
「そうですね。眼鏡さえあれば、その手の罠もきちんと回避できそうですが」
自分の眼鏡をクイッとあげて、レンズを光らせながら語る潤。彼の顔を、蒔生はじーっと見上げていた。
「おや、何か気になることでも?」
「……いや、改めてツッコミ所だらけの状況だなって」
冷静になればなるほど、現状がよくわからなくなっていく。デスゲームに巻き込まれたことは、この際置いておいても問題ない。それより気になるのは――。
「というか何なのこのゲーム! この眼鏡の万能感なに!?」
「眼鏡は万能ですよ」
「わたしの知らない常識が当然のように広がってる!」
「こういう状況では、乗り切ったほうが楽しいですよ」
「そりゃ兄貴はそうだと思うよ。だって……なんか今日やたら生き生きしてない?」
妹からの疑問に対し、兄が返すのはアルカイックスマイル。これ以上は突っ込んでも駄目かな、と思い、蒔生は迷宮に意識を向け直した。
「わかった。この状況、さっさと終わらせるのが最善かな」
「そうですね、危険な状況ではありますしね。っと、この先、分岐点のすぐ側に罠があるので気をつけて」
「ん、ありがと」
潤はエンジョイしつつも、ちゃんと危険を排除しよう、この迷宮をクリアしようというモチベーションは高い。蒔生もそのことは理解しているので、安心して同行することができるのだ。
二人はどんどん罠を見つけては、破壊していく。眼鏡パワーも相まって、まったく怪我することなく先へ進むことができた。
「……おっと、この先がゴールのようです」
「よかった。こんなところさっさと出て、黒幕をやっつけちゃおう」
無事に出口まで辿り着ければ、肩を並べて通り抜ける。
√能力者たちを待ち受けるのは――黒幕との決戦だ!
第3章 ボス戦 『『死亡遊戯尊』』
●
迷宮を抜けた先に待っていたのは、開けた空間だった。
眼鏡やサングラスをかけた状態で周囲を見れば、床や壁に警告のイラストが描かれているのが見える。ここの迷宮と同じような罠が仕掛けられているらしい。
広い空間の中央に立っていたのは、黒幕――|死亡遊戯尊《デスゲームのみこと》だった。
しかし、彼の姿は予兆などで見られていたものと違う。白い顔の上には、シャープな表情を際立たせるような眼鏡がかけられていた。
死亡遊戯尊は√能力者に気づくと、目を細める。
「よくぞ私の迷宮を突破したな、眼鏡の似合う能力者たちよ。いよいよクライマックス、最後の決戦といこう。ルールは単純明快、私を倒せばそちらの勝ち、全員やられれば私の勝ちだ。こちらは全力で戦わせてもらうぞ」
死亡遊戯尊は古妖としての力を、躊躇なく振るうつもりらしい。挑むなら、本気で挑まなければならない。
「周りを見ればわかるだろうが、この戦場には多くの罠が仕掛けられている。眼鏡をかけた状態なら、発見するのは難しくないだろう。そしてその条件は私も同じだ」
言葉を紡ぎつつ、死亡遊戯尊は自分の眼鏡をクイッとする。あの眼鏡を奪えば、恐らく死亡遊戯尊は罠の位置を見失うはずだ。
「この戦いは、きっと最後まで眼鏡をかけていた者が勝利となるだろうな――さあ、始めよう」
レンズをキラリと光らせて、死亡遊戯尊は両腕を広がる。
眼鏡だらけの決戦が、幕を上げようとしていた。
●
堂々と現れた死亡遊戯尊を前に、折木・龍也は思わず叫ぶ。
「お前も眼鏡なのかよ! いやまあ、似合ってはいるけどな、妙に腹立つくらいに」
「褒め言葉として受け取っておこう。そちらもよく似合っているぞ」
古妖の言葉を受け、龍也はサングラスのテンプルに触れる。そのままサングラスをかけ直し、確認するのは周囲の様子。
戦場には迷宮と同様の表示が見えている。それらの位置や内容をしっかりと頭に叩き込み、龍也はゆっくりと息を吐く。そのまま少し皮肉めいた笑みを浮かべ、古妖へと視線を向けた。
「褒められるとは思ってなかったな。イケオジ眼鏡は好みかい」
「うむ、誰かが楽しく着飾っているのは悪くないものだ。だが、どうせ見えなくなるのだろうな」
「その通り……ユーサネイジア!」
龍也の呼びかけに応じ、ウォーゾーン『ユーサネイジア』が姿を現す。龍也は愛機に搭乗すると、すぐさまプロジェクトカリギュラを発動させた。
決戦モードに移行したユーサネイジアは真紅に輝き、凄まじい速度で戦場を駆け回る。罠の位置は先ほど記憶したため、回避するのは簡単だった。
少しずつ距離を詰めてくる龍也たちを、死亡遊戯尊は楽し気に見つめていた。
「面白いな。だが、サングラスを取られれば罠も避けきれまい」
古妖は黒き絡繰仕掛けを展開し、龍也の顔面を狙い動かしていく。生きているかのように動く絡繰に、龍也は舌打ちを返す。
「眼鏡キャラの眼鏡は割れたら死亡フラグだっつーの! 最後まで眼鏡をかけてた方が勝ちなんだろ? こっちの狙いも同じだ」
全身を使ってサングラスを庇いつつ、ユーサネイジアの狙撃銃にて絡繰をどんどん撃ち抜いて。余裕ができれば、古妖の顔面を狙って攻撃を放つ。
相手も同じように眼鏡を守り、どうにか銃撃から逃れようと動いているようだ。
「お互い妙な動きをしてんな……意味不明な優先順位だから仕方ないが」
状況におかしさは感じているが、命がけの決戦なのは間違いない。双方の距離は少しずつ縮まっているが、現状は遠距離からの撃ち合いになっている。状況を打破するには、大きく動く必要があるだろう。
龍也は周囲の状況を再確認し、古妖との距離とその間のルートを計算する。ここで動けば――罠を搔い潜っていけるはず。
計算したルートに沿うように、ユーサネイジアを一気に加速させて。龍也は古妖の懐に潜り込み、相手の顔をしっかり見据えた。
「それじゃ、これでゲームセットだな」
そのまま撃つのは相手の顔面。龍也の的確な狙撃は、死亡遊戯尊を眼鏡ごと吹き飛ばしたのだった。
●
古出水・蒔生は周囲を見渡し、現状を把握してからパチパチと瞬きした。そのまま半目になって、思わず呟く。
「いやほんと何なのこの空間……ボスまで眼鏡掛けてるって」
迷宮と同じような罠はまだいい。けれどその中央で眼鏡を光らす死亡遊戯尊には呆れるしかなかった。
これだけ眼鏡な空間、きっと兄貴は喜ぶんだろうな、と蒔生は思う。彼女の想像通り、古出水・潤の微笑みはいつもよりも明るい気がする。
潤は妹のジト目な視線を受け流し、古妖に軽く会釈する。
「お褒めいただき光栄です。あなたの眼鏡もとてもお似合いですよ」
「おお、そうか。時間をかけて選んだだけあったな」
「拘りのある御方なのですね。迷宮も実に興味深いものでしたし、ゲーム性を尊重するその姿勢もお見事です」
朗らかに会話する男性二人に、蒔生は小さく息を吐く。この人たち、お互いを褒めているのは本心からだろう。だから余計に頭が痛いのだが。
こうなれば、無理やりにでも戦闘モードに切り替えるしかない。蒔生は前へと身を乗り出し、軽く手を叩く。
「はいはい! お話はそこまで! あんたさ、ゲーム好きなのは分かったけど攫って巻き込むのはだめでしょ」
「そういう存在だからな。だが、君の怒りはもっともだろう」
「その余裕な感じもデスゲームのボスっぽくてなんだかなぁ……ほら、兄貴も、任務なんだから真面目に戦ってよね」
蒔生が向ける視線は先程よりも鋭い。潤も流れが変わってきたことを感じ、笑顔のまま雰囲気を引き締めた。
「ええ、かしこまりました。蒔生こそ、眼鏡は死守ですよ」
「はいはい、分かってるって!」
兄妹らしい会話の最中も、二人は抜け目なく周囲を観察していた。眼鏡のおかげで罠の位置は確認できる。あとはしっかり位置を覚えて立ち回るだけだ。
蒔生は罠を避けるように前へと駆け、潤は煌めく霊紙を展開する。二人が動き出すのに合わせ、古妖も黒き絡繰仕掛けを創造し始めた。
敵の攻撃の予兆や周囲の罠の位置。それらを赤縁眼鏡越しに観察しつつ、蒔生は走る。
その合間に進行方向の罠に触れれば、それは一瞬で錆びて朽ちた。
「ほらほら! わたしが触ったら錆びちゃうよ!」
古妖に見せつけるよう、さらにいくつかの罠を破壊する。そうすれば相手は否応なしに蒔生へ意識を向けざるを得ないだろう。
このままうまく相手を追い込めば――そのまま敵との距離を詰めようとした蒔生は、突然の閃光に足を止める。
「ってうわ、眩し!?」
驚きつつもきちんと罠を回避する蒔生。そのまま後ろに一瞬だけ振り返り、睨むのは兄だ。
「兄貴! それやるなら言ってからにしてよ!」
「おっと、蒔生、ちゃんと前を向いていてくださいね。それに言ってしまっては相手にも覚悟をさせてしまうではありませんか」
潤の周囲には霊紙の黄金蝶が羽ばたいていた。先程の閃光は、蒔生の側で金属粒子を散布した蝶によるものだ。
蝶はさらに前方へと飛んでいき、死亡遊戯尊の視線を眩ませるように輝きを放つ。
「そちら、遮光性は十分でいらっしゃいますか?」
攻撃を行っている潤と光の正体を知った蒔生は、的確なタイミングで閃光から目を守ることができる。しかし古妖にとっては未知の攻撃であり、彼のレンズの下の表情は険しい。
「なるほど、厄介だな」
「ええ、厄介でしょう。さあ蒔生、合わせていきますよ」
「ほんっとにマイペースなんだから……わかった、任せて!」
潤が相手の視界を阻害しつつ、蒔生が状況に適した攻撃を放つ。二人で連携すれば、戦いを有利に運ぶことができるだろう。
再び閃光が弾けたタイミングで、蒔生はネイルガンを取り出す。そのまま銃口を古妖の顔面――眼鏡に向けた。
この戦いでは眼鏡をなくせば不利になる。古妖は顔を庇うように後退し、絡繰り仕掛けを動かそうとした。それに合わせるよう、黄金蝶が光を放つ。
視界が乱れたことにより、古妖は予想より大きく後退してしまったようだ。体勢を崩した彼の元に、蒔生が飛び込む。
「さあ、覚悟して!」
白い手を古妖の眼鏡に向け伸ばして。古妖はさらに攻撃から逃れようとしてバランスを崩し――トラバサミのような罠に足を嵌めてしまった。
「くっ……!」
「やった! 兄貴、一気に決めるよ!」
蒔生が眼鏡を狙っていたのも本当だが、本命は相手に罠を踏ませることだった。作戦が成功しても、蒔生は油断なく次の攻撃に移行する。
それに合わせて潤は黄金蝶を霊紙刀に集束させ、妹とは別方向から古妖に接近した。
「まったく、容赦がないな……!」
「互いに全力を尽くす、それがこのゲームのルールでしょう?」
潤が刀を振り上げれば、古妖の背に鋭い一閃が刻まれる。そのまま身動きが取れない敵へ向け、蒔生が腕とネイルガンを向けた。
「もう眼鏡はお腹いっぱいなの! 夢に見たらどうしてくれんの!?」
「はは、いつでも思い出してくれ」
「誰が思い出すもんですか!」
決別の挨拶のように、叩き込まれるのは錆禍の連撃。それは正面から古妖を打ちのめし、死亡遊戯を終わりに近づけたのだった。
●
眼鏡に纏わる仕掛けを作り、大量を眼鏡を集め、自分で眼鏡をかけて現れた死亡遊戯尊。そんな彼の姿勢に、黒木・摩那は素直な言葉をかける。
「死亡遊戯尊は本当に眼鏡が好きなんですね。ここまで眼鏡やサングラスを集めたことには感嘆するばかりです」
「元から好きだったわけではないが……確かにここまで関われば、愛着は湧いたな」
摩那の発言に古妖が返すのも素直な言葉。そこに嘘や何かしらの含みがないことを感じ取り、摩那は思考を巡らす。
ならば今の彼の心境を利用しない手はない――そこで摩那が考え出したのは、身体の要所に眼鏡を装備するという作戦だった。
「どうですか? 今のあなたなら、眼鏡を破壊することに抵抗があると思いますが」
「そうだな、悪条件に乗るというのも面白そうだ。君の顔面以外の眼鏡は傷つけないようにしてみようか」
相手は誰かを傷つけたり殺すことではなく、悪事や遊戯を楽しむタイプだ。それを踏まえて考え出された摩那の作戦は、うまく相手を誘導できている。
それなら、あとは正面から戦うのみ。古妖から禍々しい気配が溢れ出すと、それに立ち向かうように摩那は『白波残月』を構えた。
二人は一瞬で肉薄すると、互いの攻撃をぶつけ合う。
古妖は無数の手を使い、文字通り手数で摩那の眼鏡を奪おうとしているようだ。次々に迫る手を刃で受け流しつつ、摩那は周囲の様子を観察する。
(お互い罠の位置は見えているから、そう簡単に踏むことはないでしょうね。こちらから攻めようにも、相手の攻撃が激しいです)
さすがに力のある妖怪だけあってか、死亡遊戯尊の猛攻は耐えるだけでも精一杯。相手の眼鏡に触れるどころか、攻撃するにも一苦労だ。
それなら隙を作ってしまえばいい。摩那は大振りの攻撃を受け流すと、そのまま後ろに下がって明後日の方向を指さす。
「あ、ろくろ首がメガネしてる!」
「ほう?」
思わぬ言葉に古妖の意識は一瞬だけ逸れた。けれどその一瞬こそ摩那が求めていたものだ。
「隙ありです!」
摩那は手を伸ばしつつ前進し、古妖の眼鏡を狙う。古妖はその攻撃を避けようと後退するが、それに合わせて摩那もまた能力を発動した。
彼女の位置は古妖の頭上にいたインビジブルのものと入れ替わり、そのまま摩那は念動力にて古妖の眼鏡を奪い取る。
そのまま『白波残月』にて追撃を加え、相手の身体を吹き飛ばして。罠の位置が把握できなくなった古妖は、不可視だった罠に飲まれていく。
「この勝負、こちらの勝ちですね」
摩那は着地すると同時に、自身の眼鏡を整える。最後まで眼鏡をかけた勝者は摩那となったのだ。
●
最終決戦のタイミングで、すべての参加者は同じ戦場に集まっていた。
そんな中、ゼロ・ロストブルーと花園・樹は互いの存在に気づき、笑顔を浮かべつつ駆け寄った。
「花園さん! 一緒に連れてこられていたんだな」
「あっ、ゼロ!? もしかしたらと思ったらやっぱり……!」
「助かったな、これで帰りの心配はなくなったよ。こちら一人では、家までの道を探すのも一苦労だったからな」
いつもの調子で語るゼロに、樹は首を小さく横に振る。
「いや、帰りの心配よりもまずは目の前のことを心配しようか……? ほら、これをよかったら使って」
樹が差し出すのは、迷宮の入口から持ってきた予備の眼鏡。ゼロはそれを手に取ると、軽く頭を下げた。
「ありがとう、助かるよ。確かに、咄嗟の時の替えがないと困るな」
「こちらこそ。最後の戦いだし、気を引き締めていこう」
「ああ、デスゲームなんてさっさと終わらせようか」
ゼロは青刃の双斧を、樹は白墨を構え死亡遊戯尊を睨む。二人の傍らでは、イヌガミが身を低くして構えていた。
一行の視線に気づき、古妖はレンズの下の目を細める。
「やる気も十分のようだな。それでは、最後の戦いを始めよう。そちらが解くべき謎は……そうだな、眼鏡の雑学にでもしようか。こういうクイズも死亡遊戯らしいだろう」
古妖の言葉に合わせるように、周囲の景色が禍々しく変化していく。設置された罠はより凶悪なものとなり、その数も増えたようだ。
いよいよ戦いが始まることを実感し、ゼロと樹は互いの顔を見合わせ、大きく頷いた。
「ゲームや謎解きなら、教材にもできるよね。さぁ、授業を始めようか」
樹の言葉に合わせるように、周囲から禍々しい気配が薄れていく。代わりに現れるのは、椅子や机といった教室の備品。
古妖の能力と樹の能力がぶつかり合い、戦場の空気はどちらにも傾きすぎないものとなっていた。
ゼロは双斧を構えて祈りを捧げ、瞬時に状況を把握する。そのまま眼鏡を樹から借りたものに交換し、戦場の中を走り出す。
「花園さん、敵の出した謎はどこに?」
飛び出す矢のトラップを踏み抜き、迫る矢を弾きつつゼロは叫ぶ。弾いた矢は眼鏡のテンプルを掠め、小さな傷をつけた。自前の眼鏡でなくてよかったと、ゼロは内心安堵していた。
「謎は……ああ、ここだよ!」
樹が指差したのは、彼の能力によって出現した黒板だ。そこには死亡遊戯尊の出題した謎が記されていた。
『眼鏡が発明されたのはいつ、どこで?』――これが今回の謎らしい。
「聞いたことはある気がするんだが……」
「本当に眼鏡尽くしだね……ええっと」
ライターであるゼロも教員である樹も、博識なのでその答えは聞いたことがあった。
けれどよく考えれば思い出せそうな答えも、罠の対処をしつつだと思い出すのも一苦労だ。二人は落ち着ける状況を作るべく、まずは罠の対処に尽力することにした。
ゼロは迫るトラップを踏み抜きつつ、できる限り自力で危険を掻い潜る。彼をサポートするように、樹はオーラの防御を展開し、イヌガミも二人の盾となる。
「大昔、というほどではなかった気がするが……」
「確かヨーロッパだったよね……!」
落とし穴の上を駆け抜けるゼロの側で、樹が地面から突き上がる槍の罠を弾く。その側で、イヌガミが大きな網を噛みちぎっていた。
思い出せるまではきっとあと少し。一行は全力で戦いを続けつつ思考を巡らせ続けた。その結果――二人が答えを思い出したのは、ほぼ同時だった。
「……そうだ! 思い出した!」
「ゼロもわかったみたいだね! それじゃあ……」
二人で声を重ね、叫ぶのは謎の答え。それは――『13世紀のイタリア』だ!
二人の声が木霊した瞬間、戦場は完全に教室の光景へと変化した。樹の能力が古妖の能力を上書きしたのだ。
「よし、今だ!」
樹はすかさず白墨を構え、古妖へ向けて投擲する。古妖も身体を傾け攻撃を避けようとするが、白墨はしっかりと狙っていた場所――古妖の眼鏡のレンズを白く塗る。
「む、眼鏡はこういう時が厄介だな……」
「隙だらけだな。その眼鏡、伊達だろうか。けれどよく似合っている、外すのはもったいないだろう」
古妖は眼鏡を外し、手早くレンズを拭こうとしたようだ。そこにすかさずゼロが飛び込み、勢いよく双斧を振り上げる。
鋭い攻撃に古妖は思わず後ずさり、後方の縄に足を引っ掛けてしまった。相手が完全に体勢を崩したのなら、追撃のチャンスだ。
「花園さん! 合わせるぞ!」
「わかった! イヌガミも!」
皆で息を合わせ、放つのは二つの斬撃。ゼロの双斧と樹の霊剣、そしてイヌガミの牙が古妖に大きな傷を刻みつけたのだった。
無事に連携して有効打を叩き込み、ゼロは満足げに微笑む。
「よし、これで無事に帰れそうだ。良い土産話も手に入ったかな」
「うん、帰りもちゃんと送るけど……本当に無理しないでね?」
非能力者ながら無茶をする友人を前に、樹はゼロの弟子たちの苦労を思うのだった。
●
面白そうな気配を感じ取り、白百合・蓮華(徒花の|実《じつ》・h12988)は戦場へと飛び込む。
そこで目にしたのは、いつもと違う様子の死亡遊戯尊だった。
「おお、眼鏡のデスみことくんは知的路線なんだ。いいね、似合ってる!」
「ほう、新たな参加者か。そちらの眼鏡も良いな、知的路線なのだろう?」
「わかってもらえて嬉しいよ。そのつもりだからね」
視線を向ける古妖に蓮華は笑顔を返す。
「知的眼鏡同士、謹んで対戦よろしく願おう」
礼儀正しく穏やかな言葉と裏腹に、蓮華が発動する能力は容赦がない。気づけば古妖の周囲で棘蔦が伸びていき、その足を捕らえた。
「おっと」
死亡遊戯尊は黒い絡繰りを生み出し蔦を切ろうとするが、それよりも早く蓮華が動いた。
「まどろっこしい真似は不要だね。遠慮なくいかせてもらうよ」
蓮華が接近してくれば、古妖も意識を向けざるを得ない。彼は拘束を解くより早く、蓮華の足を止めることを選択したようだ。
黒い絡繰りは次々に蓮華へ迫り、その進行を止めようと立ち塞がる。それらを棘蔓にて薙ぎ払い、蓮華は止まることなく前へと進む。
「それじゃあ、頼むよ」
そのまま相手に肉薄し、振るうは加護による重い拳の一撃。それは古妖の顔に叩き込まれ、同時に眼鏡が勢いよく吹き飛んだ。
「ごめんね、デスみことくんの眼鏡。恨むなら彼の方を頼むよ」
眼鏡は床に落ちるより早く、棘蔓によって噛み砕かれる。現状を把握した古妖は、体勢を立て直しつつ渋い表情を浮かべた。
しかし彼の受難はそこで終わりではない。足元の棘蔦が消えたかと思えば、今度は加護の大きな腕が古妖の胴を掴んだのだ。
「ここの罠は、君が厳選し、君がしっかりと仕込んだんだろうね――さて、デスゲームの罠に落ちたら、どんな目に遭わされてしまうのかな?」
「はは、そうだな。死亡遊戯らしい幕引きとなりそうだ」
自らの敗北を悟った古妖は、抵抗することなく加護によって投げ飛ばされる。彼は落下地点にあった落とし穴の中へと落ちて、用意されていた棘に貫かれたようだ。
物言わなくなった黒幕を眼鏡越しに見下ろすのは、勝者である蓮華。銀色の瞳は楽しげに、事の終わりを眺めていた。
「ゲームである以上、勝者と敗者は生まれるものだからね……うん、なかなか楽しかったよ」
気づけば植物たちも姿を消して、戦場に静寂が訪れた。白衣を翻し、蓮華はこの場を後にする。
会場に誰もいなくなれば――死亡遊戯はおしまいだ。
●
こうして眼鏡だらけの死亡遊戯は、EDENたちの勝利で終わった。
民間人が命を落とすこともなく、完璧な結果で終わったと言っていいだろう。
EDENのおかげで、最良の結果が導かれたのだ。
余談だが――死亡遊戯尊の用意した眼鏡類は、記念品として持って帰っても良いとのことだ。
余った眼鏡は適当に、必要としている人や妖怪に配られるらしい。
もしかすると、ほんの少しだけ√妖怪百鬼夜行の眼鏡率が上がった……かもしれない。