シナリオ

獣縛りの夜迷宮

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●誘い
 暗い道を照らしていたランプの灯が突然消える。
 視界を失った彼は思わず立ち止まった。慌てて周囲を見回せば、再び淡い光が灯る。
 一時的な停電か。電気が復旧したのだろう。最初はそう思ったが、安心感はすぐに崩れ去った。
「……ここは、どこだ……?」
 満月の光が木々の間から差し込む。御伽噺に出てくるような、幻想的な夜の森だ。
 自分は美術館に来ていたはずで、それがどうしてこんな森の中にいるのだろう?
 それに視界がやたらと低い――。
 突然、目の前の空間に文字が浮かび上がった。
『夜迷宮へようこそ。獣の姿を借りて、『月の羅針盤』を探し出せ。羅針盤は貴方を古城に導く。城の主が貴方を迎え、脱出のための扉を開いてくれるだろう』
「獣……?」
 そこでようやく彼は気付く。自分の手が人のそれではないことに。
「な、なんだこれは!? この肉球はッ……もしかして、猫!?」
「どういう状況なの!?」
「うおお! すげえ! 空飛べる~!」
 夜の森に放り出されたのは彼だけではなかった。動物の姿に変えられた人々が騒いでいる。ネコだけではない。オオカミやフクロウ、ハリネズミまで動物だらけだ。
 彼らはこれから『夜迷宮』を脱出するために、慣れない姿で羅針盤を探さなければならない……。

●夜迷宮
「|死亡遊戯尊《デスゲームのみこと》が構築し、他の簒奪者に管理を任せた死亡遊戯迷宮を発見しました。脱出ゲームに近い性質ではありますが、脱出できなければ人間としての生命は終えますから、その点では死亡遊戯と言えるでしょう」
 |泉下・洸《せんか・ひろ》(片道切符・h01617)は、今回の依頼についてEDEN達に話し始める。
 都内の美術館に厄介な仕掛けが施された。『夜迷宮』と呼ばれる空間に強制的に転送されてしまう入口だ。夜迷宮に転送された人間は、強制的に動物の姿に変えられてしまうらしい。
「この迷宮には制限時間があります。24時間以内に脱出できなければ、人としての意識が完全に消滅し、迷宮を彷徨う動物として生きることになるのです」
 転送された人々の一部が脱出できずに夜迷宮に取り込まれ、野生動物化してしまう。
「ちなみに24時間ルールについては知らされていないみたいですね。ゲームマスターとして重要なルールを知らせないのは……まぁ、|そういうこと《・・・・・・》なのでしょう」
 一見穏便なゲームの奥に、うっすらと悪意が垣間見える。洸は含み笑いをこぼした。
「野生動物化する者が増えるほど、脱出の難易度は上がります。獣に喰われて死ぬ者も出るでしょうね。野生動物同士で、生存競争の果てに死ぬパターンも出るでしょう。迷宮内のインビジブルを増やせますねぇ」
 簒奪者の基本的な目的はよく知られている。インビジブルを集めることだ。死亡遊戯尊も厄介な簒奪者に管理を任せましたね、なんて言いながら、洸は話を続ける。
「皆様には『夜迷宮』を破壊するために美術館から迷宮に入っていただき、迷宮を抜けた先にいる簒奪者『真祖吸血鬼・オクト』を倒していただきたい」
 夜迷宮に入るとEDENも動物の姿に強制的に変身してしまう。ただ、変身する動物は自分で選べるようだ。夜迷宮には『月の羅針盤』が隠されており、見つけると古城に向かう道が指し示される。
「迷宮を抜けてオクトがいる古城に辿り着けば、動物変身を解くことができます。ですから戦闘については心配せずとも大丈夫ですよ」
 夜迷宮のゲーム開始日に合わせてEDEN達は行動できる。早急に古城に到達し、オクトを倒してほしい。そうすれば迷宮は崩壊し、ゲームに巻き込まれた一般人も脱出できるというわけだ。

●ナイトミュージアム
 EDEN達は夜迷宮の入口を探すため、都内の美術館に訪れる。
 美術館では、『夜』をテーマにした企画展が開かれていた。
 月や星空、街の夜景、夜の海や森、夜行性の動物たち等々。様々な夜らしさをモチーフにした芸術作品を展示中だ。
 フロアは大きく三つに分かれている。
 一つ目は、夜をテーマにした絵画や彫刻を展示する『夜行画廊』。暗色の空間にライトアップされた美術品が浮かび上がる。
 二つ目は、『夜空とランプの間』。天井投影型プラネタリウムを展開する広間で、壁や天井、足元には数多くのランプが灯る。ランプはどれも芸術家が手掛けたアートランプだ。精巧な細工が施されたものや、宝石やステンドグラスを嵌め込んだものなど、様々な作品が目を楽しませてくれるだろう。
 三つ目は、『アートショップ』と呼ばれている館内の土産屋コーナーだ。展覧会の図録やポストカード、しおり、ポスターや複製画、マグネットやキーホルダー等々。今は夜をテーマにした商品をメインに販売している。
 美術館を歩き回り、夜迷宮に繋がる入口を探してほしい。入口については、館内を歩き回ればすぐに見つかる。EDENであれば魔力の流れを感じ取れるだろう。

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第1章 冒険 『簒奪者の痕跡を追え』


眞継・正信
ルイ・ラクリマトイオ

●夜に魅せられて
 やわらかな照明が暗い空間を照らす。夜を表現した作品が並ぶ『夜行画廊』は、落ち着いた趣と共に二人を出迎えた。
 フロアを歩きながら、|眞継・正信《まつぐ・まさのぶ》(吸血鬼のゴーストトーカー・h05257)は穏やかに瞳を細める。
「夜がテーマとは面白い。美術館だからというのもあるだろうが、静かな雰囲気は心が安らぐ」
 リラックスしている正信に、|ルイ・ラクリマトイオ《涙壺のルイ》(涙壺の付喪神・h05291)の気持ちもほぐれた。
「正信さんは夜を好んでおられますから……、お誘いしてよかったです」
 柔く微笑むルイに、正信も笑みを滲ませる。
「声を掛けてくれて感謝しているよ。私にとって、夜とは、本来生きる時間だ。ふむ……そうだね、若返るような気持ちになることもある」
「夜とは正信さんにとって活力を得られるものなのですね」
 吸血鬼とはそのような存在なのだろう。ルイが知らない夜を、正信は幾つも知っているに違いない。
「ルイ君は、夜は壺の容に戻るのだったかな?」
「そうですね、ヒトの|容《かたち》に疲れたら休む、という感じで……かつての主人達の多くは、夜は眠りの時間として過ごしていましたから。同じようにしてみようと、夜は壺に戻っていました」
「なるほど。確かに人間は昼行性の生き物だからね。電気が普及してからは、夜も活動するようになったけれど」
 控えめな声量で会話を交わしながら、画廊の作品を順に鑑賞する。月夜の湖を描いた絵の前で、ルイは一度足を止めた。
「けれど、最近はヒトの姿でいることにも慣れてきましたので……この姿で、夜を味わいたいな……とも、思っています」
 昼には味わえない、夜ならではの体験が待っているかもしれない。
「夜の散歩ならばいつでも付き合うよ」
 正信もルイと共に湖の絵を眺める。慣れた景色を見つめる正信に、ルイは心強さを感じた。
「正信さんが一緒なら安心ですね」
 二人はゆっくりと画廊を巡る。それは作品を鑑賞するためであり、迷宮の入口を探すためでもあった。
 正信は|クロウタドリ《メリル》を密かに放ち、入口の場所を探らせる。影から影へと死霊が羽搏く様は、夜を表現する演出に見事に溶け合った。
 ――魔力の流れを色濃く感じる。二人の前に、一枚の水彩画が飾られていた。月明かりが差し込む森を狼の群れが駆け、木には梟がとまっている。
「水彩画か。月明かりの柔らかさを上手く表現しているね」
 正信が絵をじっくりと観察する。
 夜行性の鳥獣が精細に描かれた絵を、ルイも記憶に刻む。
「夜は昼とは異なる世界として、描いた作品が多いですね。豊かで魅力的ですけれど、触れるのは畏れ多くもある……」
 引き寄せられるように、ルイは正信を瞳に映した。
(夜は厳かに、それでいて優しく包んでくれる……なんて神秘的なのでしょうね)
 横顔を見つめながら、正信の心地よい語りに耳を傾ける。
「美しいかたちがつまびらかに、白日の下で歴然とするのも良いものだが。陰る下でヴェールを被ったように薄っすらと見えるのも、良いものだね。その美しさを、闇の中から掬い上げたようにも思えるよ」
 闇のヴェールに月明かりが優しく触れて、内に隠された姿を覗かせる。ルイは思う――奥深い『美』が、そこには在るのかもしれないと。
「はい。だからこそ、夜の闇に惹かれるのかもしれません。もしかしたら……夜へと招く絵が、迷宮への『扉』かもしれませんね?」
 美しきものが潜む闇に目を凝らせば、迷宮の誘いが心を掴み離さない。そうやって人々を引き込んでいるのかもしれない。
 実際その予感は感じている――正信は思考を巡らせた。この絵に限らず、多くの絵にその仕掛けが施されている可能性がある。
「ここに『扉』があったとして、不思議ではないね。他の絵画も探ってみようか」
 芸術家の手掛けた作品が数多く飾られているのだ。人々の心を掴まないはずがない。

緇・カナト
雨夜・氷月

●創造のセカイを楽しむ
 頭上に輝く満天の星夜と、道標のように揺らめくランプの光。
 幻想的な『夜空とランプの間』を、|雨夜《あまや》|・《・》|氷月《ひづき》(壊月・h00493)は興味深げに見回した。
「んふふ、キラキラ綺麗な夜だね。色んなオホシサマが輝いてるみたい」
 きょろきょろと個性的な星々の輝きに目移りする。
 神秘的な気配に溢れたこの場所に、死亡遊戯迷宮に続く扉があるらしい。
 それにしてもスゴい名前だと、緇・カナト(hellhound・h02325)はしみじみ思う。とはいえ先ずは美術館の鑑賞から楽しみたい。
「夜らしさをモチーフにして芸術作品を作ろうなんて。人間って物好きだよねぇ」
 氷月のあとを歩きながらそう口にするカナトに、氷月はくるりと目線をやる。
「ヒトは色んなモノを芸術作品に落とし込むからねえ。こういう暗がりのキラキラから、ココには無いけどホンモノの暗がりを模したものまで」
 笑みをひとつ溢しながら、一番近くのランプに顔を近づけた。白い光を灯す丸いランプは、夜に浮かぶ小さな月のようだ。
 カナトが天井を見上げる。星座たちの織り成す天の川が目を楽しませた。
「暗闇にランプの灯りはよく映えるケド、投影型プラネタリウムみたいな人工的な星空でもオレは割と好きかも〜」
「綺麗だよねえ。細部まで作り込まれてるし、曇って見えなくなることもない」
 氷月も一緒に星を見上げた。自然の空と違い、人が作り出した空は常に澄んでいる。
 人工の星空を、人が生み出した芸術が美しく彩っていた。
「うんうん。人の手で作ろうとしたひかりの形は色々あって面白い」
 精巧な細工が施されたアートランプの数々を、カナトはじっくりと鑑賞する。
 氷月も同じようにランプを眺め、硝子で作られたフリージアのランプに目を留めた。
「よく出来てるねえ。確かにヒトの手で作られてるのは色んな形してるね」
 花びらの内にオレンジの暖かな光が灯る。氷月の視線を追って、カナトもフリージアを瞳に映した。
「へぇ、花のランプかぁ。すぐに割れてしまいそうなくらい繊細なのに、綺麗に咲いてる」
「カナトはこういうキレーなモノ好き? 俺は好きだよ」
「宝石とかステンドグラスみたいなキラキラ光り物も好きだよぅ。美しさを見出すのは見てる側だろうけどね」
 頷くカナトに、氷月はふと思い付いたように煌石を取り出す。
「それならコレも好き? ホラ、ランプみたいにキラキラしてるでしょ」
 氷月の指間から覗く美しい石にカナトは視線を落とした。美しい輝きが、スッと心の隙間に入り込んでくる。
「月の光を反射してるみたいだよねぇ……」
 油断したら魅入られてしまうかも、なんて。氷月が何も無かったように、煌石を元の場所に隠した。
「キラキラ好きなのお揃いだねー。……ま、爆発物なんだけどね?」
 悪戯っぽく囁く氷月に、カナトは口端を上げる。
「綺麗な薔薇には棘がある、みたいな? いや……『綺麗な月には裏がある』?」
「んは、うまいこと言うじゃん!」
 軽く笑い飛ばせば、僅かに漂った物騒な雰囲気は鳴りを潜めた。
 雑談を交えながら夜空とランプの間を巡った。一通り見て回った後、二人はフロアから出る。
 夜空とランプの間から抜けはしたが、記憶の星空には未だにランプが灯っている。
「……オレも何か光るキーホルダーでもお土産に買っちゃおうかなぁ」
 カナトがぽつりと呟いた。当然聞き逃さず、氷月が即反応する。
「あ、俺もお土産見に行きたーい。行こ!」
 夜をテーマにした商品を販売しているというし、気に入るグッズがあるかもしれない。カナトは館内マップをサッと確認する。アートショップはすぐ近くだ。
「この先だって。行こ行こ~」
 ランプのミニチュアキーホルダーや、夜の生物をモチーフにしたアクセサリー。他にも様々な土産品が、彼らを楽しませてくれることだろう。

黒南風・螢

●月の向こうに
 芸術の天空が生み出す『夜』、人々が創り出す『美』の集合。
 それは引き込まれるような魅力を宿し、訪れた観客を夜の世界に手招いている。
「美しいものにはなんとやら、っていうけどこれはとんだ罠だねぃ」
 天井投影型プラネタリウムと浮かぶランプの灯に、|黒南風・螢《くろはえ・けい》(毒雨入之刻・h01757)はゆるりと瞳を細めた。
「とはいえ、だ。折角の素敵な企画展だ、たのしみたいよねぃ」
 どのフロアも魅力的だが、『夜空とランプの間』はとくに惹かれるものがある。ランプという共通テーマがあるためか、より興味深く思えた。
 淡い色彩の硝子を嵌め込んで作られた三日月のランプが人工の夜空に灯る。優しい光を見つめ、螢はふと笑みをこぼした。
「相棒の名前も、夜の光に関係してるからなのかもねぇ」
 瑠璃空の下で出逢った彼を思い描きながら、依頼のこともしっかり考える。
「仕事も忘れずに、っとね。さぁて、入り口はどこだろねぃ」
 展示は展示で楽しみつつ迷宮への入口も探す。マルチタスクはお手の物だ。天井や壁に掛けられたランプを見るていで、さりげなく周囲のインビジブル達の様子を観察する。
「どれどれ……集まっているか、逆に手薄になっているか。不自然な場所はないかねぃ」
 星空とランプ、インビジブルに導かれるように神秘的な空間を巡った。
 ふと、インビジブルが奇妙な流れを形作っていることに気付く。まるで渦に引き込まれるかの如く、一箇所に集まっているようだ。
 流れの先、満月をモチーフにしたランプが青白く煌めいていた。表面には透かし細工として狼の模様が刻まれている。螢はほう、と感嘆の息をついた。
「良い作品だ。けど、鑑賞するために集まってるわけじゃなさそうだねぃ」
 作品を見ている一般客の状況に目を配りながら、満月のランプに意識を向ける。
 色濃い夜の気配が、ランプの内からじんわりと滲み出した――。

鴛海・ラズリ
セレネ・デルフィ

●光に出会う
 アークトゥルス、スピカから、時の移りと共にベガやアルタイルへ。天井へと投影された夜空に、アートランプが星のように灯る。
「すごい……綺麗」
 セレネ・デルフィ(泡沫の空・h03434)は、幻想的な夜の空間に瞬く。人工的な世界だけれど、見惚れるほどに美しい。
 ヒトの芸術が生み出した星空を見上げ、|鴛海・ラズリ《ほしうみ☾·̩͙⋆✤✤✤✤✤✤》(✤lapis lazuli✤・h00299)も瞳を輝かせる。
「美術館の中にこんなに素敵な空間があるんだね……っ」
「夜を閉じ込めたような……神秘的な空間、です」
 わくわくどきどきと心を躍らせるセレネに、ラズリがまっすぐと頷いた。
「うんっ。夜の星々にぐるりと囲むランプのひかりが、まるで星からの贈り物みたいなの」
 二人は『夜空とランプの間』を進む。セレネはひとつのランプに目を惹かれた。
「わっ……」
「セレネ、何かみつけた?」
「ね、ラズリ。このランプ素敵です、ね」
 セレネはラズリを手招いた。月と星の煌めく細工のランプが二人を迎える。
 覗き込んだ先、煌めく月と星模様にラズリは歓声を上げた。
「わぁっ、きれい……! まるで宝石みたい!」
 個性的なランプたちが存在を主張する。誘われるように、セレネは別のランプへと視線をやった。
「あ、あちらには猫さん、月と兎さんも……」
 星模様が入った猫のランプ、月面を走る兎の透かし彫りが繊細なランプまで。
 デザイン豊かなランプたちに、ラズリの心もご機嫌な兎のように跳びはねる。
「ふふ、猫さんも兎さんも可愛いね……!」
 微笑むラズリに、セレネも表情を綻ばせた。
「気になるものが沢山で楽しくなってきます、ね」
 星空の路を巡る旅は素敵な出会いの連続だ。ラズリも魅力的な作品を見つけ、セレネに呼びかける。
「みてみて、丸型のステンドグラス調の紫陽花ランプ!」
 光が壁や天井に映り込み、万華鏡のように花が咲いていた。夜空に織り成す花模様に、セレネも頬を緩める。
「とても華やか、ですね。魔法みたいに、光が咲いています」
「ちょこっとおまけに! えいえい!」
 ラズリはこっそりと針剣を操り、魔法の花糸で編んだ蝶を羽搏かせる。ランプにとまり、光と共に翅を休ませた。
「ね、セレネにぴったりなランプでしょう」
 ぱちりとウィンクしてみせるラズリ。ランプを彩るラズリの蝶に、セレネは瞳を輝かせた。
「わ、本当だ……綺麗、ですね」
 とまった蝶が|お揃いの羽ペン《パピヨン・アミィ》を思い出させて、胸の内がほんのり温かくなる。
「……素敵な魔法をありがとう、ラズリ。私も、お礼に」
 密かに生み出した水に幻影を映した。淡く青い蝶が、星月と兎のランプに向かってとまる。兎の星月夜を、青い蝶が神秘的に引き立てた。
「これでお揃い……なんて」
 ラズリは青い蝶に笑顔を綻ばせる。
「わ、お揃い! ふふっ、可愛くて綺麗……嬉しいな」
 今かぎりの芸術品を記憶に刻む。絶対に、忘れないように。
 感動が薄れないうちに消えない星空を見上げた。
 お揃いの二人で見る空は、格別だから。
 素敵な空間も巡り続ければ終わりに近付く。寂しさが訪れる前に、セレネが口を開いた。
「このランプ関連のグッズも売ってるでしょうか……? 後でショップも見てみませんか?」
 ラズリには断る理由なんてどこにもない。
「ランプのグッズ! あるなら記念に何かお土産にしたいね。もちろんお買い物していこう……!」
 二人は夜空とランプの間を見終え、アートショップへと向かうことにする。
「ふふ、楽しみです。どんなグッズがあるのでしょうか……」
 セレネの足取りは軽い。ラズリも同じ気持ちだ。
「素敵なグッズに巡り合えるといいね!」
 展示されているランプをモチーフとしたアクセサリーから、工芸品の趣を残しつつ実用向けにデザインされた小型ランプ等々。夜を彩る魅力的なグッズが、彼女たちを待っていることだろう。

ノーチェ・ノクトスピカ

●星空の庭
 美術館の門をくぐれば、夜の気配はすぐ近く。
「ナイトミュージアムかぁ。わくわくするや! デネブ、行こう!」
 夜で飾られた美術館に、ノーチェ・ノクトスピカ(|Nachtsängerin《星歌い》・h06452)は足を踏み入れた。
「何処から見ようかな?」
 周囲を見回せば、デネブがひらひら飛んでいく。『夜空とランプの間』と書かれた看板の上にとまった。
「『夜空とランプの間』? そこが見たいの?」
 応えるようにぱたりとひとつ、翅を動かすデネブ。ノーチェがこくりと頷いてみせる。
「じゃあそこにしよう。どこかに夜迷宮の入口があるんだよね。頑張って見つけよう!」
 よしっと意気込んで広間に入った。すぐに入口を探そうとして……彼の瞳は星空に奪われる。
「わぁ……!」
 |デネブ《はくちょう座》、|アルタイル《わし座》、|ベガ《こと座》。天井に投影された夏の大三角が燦然と輝いていた。
「すごい! 本当の星空みたいだ」
 天に煌めく星座たち。そして足元を見れば、多彩なランプの数々が路を照らす。
 星空を灯す光にノーチェも瞳を輝かせた。
「見て、デネブ! すごく綺麗! 星空と星座のランプかな? こっちはお花のランプ!」
 散歩するように『夜空とランプの間』を巡る。彼のあとを、デネブもひらひらと付いてまわった。
「芸術家ってすごいんだなぁ……あっ! このランプは、デネブみたいなステンドグラスの蝶々のランプだ!」
 鮮やかな蝶々が、星空に暖かな灯を浮かべている。
「……こういうランプ、ほしいな……」
 蝶々のランプを見つめるノーチェの肩にデネブがとまった。主張するようにぱたぱたと羽搏くデネブに、ノーチェはハッとする。
「はっ、入口……! 探してるよ……! えっと、ランプの無いひっそりした場所とかに隠れてたりしないかな?」
 視界内のインビジブルを観察しながら、迷宮の入口を探し始めた。そうしてすぐに、濃厚な夜の気配を感じ取る。光が届かない暗がりを、ノーチェは覗き込んだ。

史記守・陽
静寂・恭兵
アダン・ベルゼビュート

●芸術鑑賞
 美術館の企画展に仕掛けられた死亡遊戯迷宮の罠。
 そのようなゲームに巻き込まれたら、力を持たない人々が死んでしまうのも頷ける。
「デスゲームな……また厄介なやつが増えたもんだ」
 |静寂・恭兵《しじま・きょうへい》(花守り・h00274)はそっと呟いた。件の美術館に、アダン・ベルゼビュート(魔焔の竜胆・h02258)も足を運ぶ。恭兵の隣には、常にアダンの姿ありだ。
「ああ、無関係の民を巻き込むなど見過ごせぬ」
 芸術を味わいに来たはずがデスゲームに巻き込まれる。そんなことが許されるはずがない。
 特命班の一員として、|史記守・陽《しきもり はる》(黎明・h04400)も共に美術館へと訪れていた。
「犠牲者が出る前に手を打たないといけませんね」
 通常どおりチケットを買って入館する。恭兵は入口の館内マップを見て、向かうべき場所を確認した。
「まずは夜迷宮を探すだな……さてどうするか。展示物を見て回ればいいんだったか」
 何事もないならゆっくり見て回りたいが、そうも言っていられないのが残念だ。
 『夜』の企画展には様々な催しがある。アダンは『夜行画廊』のポスターに目を向けた。
「ふむ、夜行画廊か。美術館という場所も興味があるが、暗闇の中でライトアップされている作品とは趣もある」
 手始めに夜行画廊を巡ろう。三人でフロアに向かいながら、陽がぽつりと口にする。
「俺、昔からあんまり美術とか音楽方面はそんなに……なんですが、頑張ります」
 一体何を頑張るというのか。恭兵が苦笑する。
「いや、頑張らなくていいぞ……?」
「史記守、案ずるな。実の所を言うと、俺様もさっぱり分からん!」
 アダンも元気付けるように言った。「分からん」と堂々宣言するアダンに、陽は意外そうに瞬く。
「そうなんですか? てっきり詳しいのかなって思ってました」
「結斗の記憶を辿ろうとしたのだが、『今回は、自分の目で見に行く方が楽しいよ?』と、事前知識のない儘に来てしまった故にな」
 結斗の判断は正しい。芸術とは他人の知識で予習するものではない。自ら味わうべきだ。芸術初心者の二人を連れて、恭兵はちょっぴり引率の先生気分である。
「なら、今日は貴重な経験ができるかもしれないな。芸術とは発見の連続だからな」
 雑談を交わすうち、夜行画廊に到着した。数多くの『夜』をテーマにした作品が、ライトに照らされて浮かび上がる。
 順に絵を見て回りながら、陽はとりあえず感想を述べていく。
「すごいなー」
「きれいだなー」
「……この絵、物理的におかしくないですか? 現実にはこんなもの存在しないと思います」
 陽には芸術が解らぬ。みんな凄いなーとは思うのだ。しかし、それ以上はない。
 小学生以下の感想しか出てこないか、場違いなコメントしか出てこない。
「空想画というジャンルだな。絵画の世界ではこういった画法も珍しくない」
 インビジブルの形跡を探しつつ、恭兵が簡潔に説明する。普段は聞かない芸術の話に、陽はわからないながらも感心した。
「静寂さんはさすが芸術もわかっていらっしゃるみたいですごいなぁ。俺には何もわからない……」
 しょぼんと眉を下げる陽に、恭兵は「なんてことはない」と小さく笑ってみせる。
「まあ、そんなものでいいんじゃないか? 絵画や彫刻なんてものは感覚で感じればいいと思うぞ。自分が好きだと思ったら好きでいいんじゃないか? 難しい感想は必要ないさ」
 傍で二人の会話を聞いていたアダンもホッと息をついた。
「ふむ……そういうものなのか。恭兵が言うのであればそうなのであろうな」
 ならば俺様も素直な感想を遠慮せず口にしようと、展示された作品をじっくりと眺めていく。ふと目に留まったのは、月夜の廃墟に潜む狼の絵だ。青い光と赤い光が一定の間隔で入れ替わる。
「……ライトの色が変わるだけで、作品の印象も変化するのは面白いな」
 青い光は神秘的な雰囲気を、赤い光は不気味さを強調する。恭兵もアダンと一緒に狼の絵を見つめた。
「色は人に心理的な影響を与えるとも言うしな」
 一方で、陽は別の絵に意識を引き寄せられていた。
「あれ? この絵……見覚えがあります」
 一枚の絵の前で足を止める。陽は似た絵を美術の教科書で見たことがあった。印象的かつ奇妙な絵画だ。宇宙背景にムンクの叫びのような絵が描かれている。
 こんなところで叫んでたら酸欠になりそう……なんてぼんやり考えていたら、いつの間にかアダンが隣に立っていた。陽が何を見ているのか気になって来たのだろう。
「…………」
 アダンは沈黙したまま、その場で硬直している。
「……あれ? アダンさん? おーい、アダンさん」
 陽が声を掛けても反応がない。それもそのはず、アダンは精神的な衝撃に襲われていた。
「……何だこれは? 何なのだ、これは??」
 暗闇の中から、訳の分からない絵が出てきた。ぐにゃりと歪む宇宙で耳をふさぐ謎の男は、まるでブラックホールに呑まれる寸前のようだ。はっきり言って、見ていると精神状態が不安定になる。
「静寂さん、大変です。アダンさんが絵と同じ表情をしています」
 陽が恭兵に助けを求めた。アダンの状況が芳しくない時は、恭兵に頼るにかぎる。
 恭兵はアダンのすぺーすはおうな顔を見て、くすりと笑みをこぼした。
「……なんだか面白いことになってるな。常人では理解できない作品に出会うとまぁ……こんなこともあるな」
 大した問題ではない。さらりと流す恭兵に、アダンがハッと我に返った。
「俺様は今、美術品を鑑賞していた筈なのに不意打ちを食らった気分なのだが?」
 アダンにとっては大問題らしく、奇妙な絵画から目が離せずにいる。
 しかしながら芸術とは、恭兵が最初に言ったとおり、新しい発見の連続であるのだ。
「新しい発見ができて良かったじゃないか」
 これもひとつの学びだな、と恭兵は引率の先生のように思う。
 もちろん、本来の目的を忘れたわけではないのだが。

アネット・ファーネリア・リングストン

●灯火
(人を獣にする……あたし達は死んで獣になったから、転生した身なんだけど、生きながらにして獣にされるのは、話が違うわね)
 アネット・ファーネリア・リングストン(動物保護官・h06517)は美術館に訪れる。館内の静かな雰囲気が心を落ち着かせた。彼女は作品を眺めながら思考を巡らせる。
(太古の神や魔女には、その力を持っているのもいるし、下手な事したがゆえに呪われて獣になる事例もあるし。自業自得はまぁね……とはいえ、戯れで獣にするのは、いただけない事例ね)
 美術館に来る人間たちには、獣にされるような罪は無いと言えるだろう。死亡遊戯迷宮に参加させるという理由だけで、獣に変えるなどあってはならない。
 アネットは『夜空とランプの間』に足を踏み入れた。暗い室内には満天の星空が投影され、造られた星月夜を彩るように無数のランプが灯る。
「人は夜を恐れるけど、神秘を見出す事もあるわよね。大航海時代と産業革命、人が一気に生息域を拡張し、動物たちの苦難が始まった時代ですわね」
 夜を照らす炎の灯は人々にとって希望であったが、動物たちにとっては脅威であった。ランプの光を頼りに進めば、より暖かな光がアネットを出迎える。
「この辺りはオイルランプを展示していますのね」
 これまでは電気を使った芸術性の強い作品が多かったが、この辺りは違うようだ。現在は電気式の照明も『ランプ』と呼ばれるが、昔は油やガスを燃やして明かりを得る道具であった。
「……暖かいですわね」
 実用性に特化したシンプルなデザインのランプたち。その内に灯る本物の炎にぬくもりを感じる。
「電気と機械に頼らない、かつての明かりを見出すことができるわね。どれも、これも、いいものですわね。かつての生活は、こういった明かりで生活していたようですし」
 デザインに凝り過ぎていないからこそ、炎がより強調されて、美しいものであるように思えた。

第2章 冒険 『月夜の出来事』



 『夜行画廊』に飾られた絵画。
 『夜空とランプの間』の光が届かない暗がり。
 『アートショップ』の商品棚の奥……。
 夜迷宮の入口は、様々な場所に仕掛けられていた。EDEN達は各々入口を見つけ出し、夜迷宮へと飛び込んだ。
 迷宮に入ったEDEN達は、動物の姿へと強制的に変身する。
 いつもと違う感覚に戸惑いながら、或いは既に慣れた姿かもしれないが……彼らは空間に浮かび上がる文字へと視線をやった。
 
 『夜迷宮へようこそ。獣の姿を借りて、『月の羅針盤』を探し出せ。羅針盤は貴方を古城に導く。城の主が貴方を迎え、脱出のための扉を開いてくれるだろう』
 
 西洋の御伽噺に出てくるような幻想的な夜世界。
 満月と星々が輝く夜の世界を歩き、月の模様が描かれた『月の羅針盤』を見つけてほしい。
 夜迷宮には3つのエリアがあるという。
 1つ目は深い森。満月の光が淡く差し込み、木々が鬱蒼と茂る。
 2つ目は湖。森に囲まれた湖は直径2kmに及び、中央には小島が浮かんでいる。
 3つ目は廃墟群。無人の小さな集落で、荒れ果てた民家や教会が建っている。

 探索に向かうエリアは、この3つから好きな場所を選んでほしい。どのエリアに行っても、必ずどこかに月の羅針盤が隠されている。
鴛海・ラズリ
セレネ・デルフィ

●うさねこ道中
 空間が揺らいだ後、眼前に広がるのは月夜に沈む廃墟群だ。聳える建物は朽ち果て、静寂の中で沈黙を貫いている。
「えっと、此処は……教会?」
 |鴛海・ラズリ《ほしうみ☾·̩͙⋆✤✤✤✤✤✤》(✤lapis lazuli✤・h00299)は廃教会の前にいた。廃教会を見上げる自分の目線が、地面と近いことに気付く。彼女は自分の体をぺたぺたと触った。
「自分の兎耳ヨシ、尻尾ヨシ。肉球ヨシ……にくきゅう……?」
 一方、セレネ・デルフィ(泡沫の空・h03434)も同じ場所に転送されて、いつもと違う感覚に疑問を抱く。
(視線がいつもと違う……なんだか、低いような……)
 きょろきょろと辺りを見回して、兎が傍にいることに気付いた。直感的にセレネは理解する。
「もしかして……ラズリ……?」
「えっ? その声は、セレネ……!」
 兎に変身したラズリが丸い瞳をセレネに向けた。可愛らしい白兎に、セレネは思わず声を上げる。
「可愛い……! ふわふわのうさぎさん!」
「やっぱりウサギになってるのー!」
 ラズリは驚きに兎耳をぴこぴことさせて……セレネの姿にハッとした。
 セレネは白銀の毛並豊かな猫の姿だ。
「セレネは……もしかして猫ちゃん? 可愛い……!!」
「え? 私はねこに……?」
 首を傾げながら尻尾をふよりと揺らすセレネ。手を見てみれば、ふわふわな手とぷにぷに肉球が……間違いなく猫である。
 ゆらゆら尻尾を目線で追い掛けながら、ラズリがむぅと×の口をすぼめる。
「くっ、この姿じゃぎゅーって抱っこできないの。でも先ずは羅針盤探さなきゃね」
 セレネもちょっぴり残念な気持ちになった。うさラズリを抱きしめたくても、今の状態では体を寄せるくらいしかできない。
「確かにこれじゃぎゅーって出来ませんね。出口を探さなくては……!」
 本来の目的を思い出し、二人は羅針盤を探し始める。
 セレネは4本の足でとてとて歩き、椅子や台の上に飛び乗って周囲を観察した。
「月の羅針盤……どこにあるかな」
 ラズリも短い手足で、ぴょんぴょんと必死に跳ねながら探索する。
「えいっ!」
 狭い椅子の下に潜ってみたり、パイプオルガンの後ろを覗いてみたり。たまに挟まりかけて、わたわたと足を動かしたり。
 セレネはそんなラズリの姿にほっこりする。
(頑張ってる姿が可愛い……)
 埃だらけの椅子の下から這い出たラズリは、耳先から鼻先まで、手と口を使って毛繕い。
「つい手が勝手に! でも、くしくしすると気持ちいいの……」
「うさぎさんの習性、でしょうか?」
 すべての仕草が可愛い。セレネはラズリの様子を熱心に見つめた。事情を知らない人がその光景を見たら、猫が兎を狙っていると思うに違いない。
 ふと、ラズリが目線を上げる。神や天使、賢者が描かれた美しいステンドグラスだ。その中に描かれた月に違和感を覚えた。
「セレネ、もしかしてあれかな? ステンドグラスのあたり……」
「確かに……他の場所より、光っている気がします」
 セレネも違和感に気付く。月の絵の一部が、他の部分より光っている気がしたのだ。ラズリは後ろ足で立って背伸びしてみた。
「うーん、セレネの方が身軽に高いところとかいけるかな?」
 高い所に登るなら、兎よりも猫の方が向いている。
「高いところ、ですか……? えっと、ステンドグラス……行ってみますね」
 セレネはしなやかに跳び上がり、窓枠をひょいひょいと身軽に登る。示された月をじっと見つめて――。
「あ、ラズリ……! ありました……!」
 月の羅針盤を発見し、前足と口を器用に使って手に入れた。
 口にくわえて下に降りれば、ラズリが嬉しそうにぴょんっと跳ねる。
「わあ! 器用……! 有難うセレネ!」
 ちいさな手ではいたっち。兎と猫の手がふにっと触れあった。羅針盤は白い輝きを放ち、一定の方向を指し示す。
「わ……あっちが古城、かな?」
 羅針盤が示す方角を見やるセレネに、ラズリはこくりと頷いてみせた。
「光が指す方向に行ってみようっ!」
 古城を目指して、兎と猫は仲良く駆け出した。

緇・カナト
雨夜・氷月

●ナイトウォーク
 夜迷宮の深い森に送り出された二人は、空中に光で刻まれた案内文を見上げた。
「夜迷宮へようこそ。だってさ〜」
 緇・カナト(hellhound・h02325)は長い鼻をくんと上に上げる。彼は灰色のボルゾイへと姿を変えていた。
「あ、ホントに動物になってるー! カナトはボルゾイわんちゃんだー!」
 |雨夜《あまや》|・《・》|氷月《ひづき》(壊月・h00493)は白いメインクーンだ。ご機嫌にカナトの足元をうろうろ歩き回る。
 足元にじゃれつく猫に、カナトも尻尾を振った。
「もふもふメインクーンだ!」
 氷月のイメージとバッチリ合っている。氷月は体を摺り寄せながらゴロゴロと喉を鳴らした。
「わんちゃんいいなー。すっごくもふもふしたい! けど、この姿じゃ難しいかな……」
「オレはいつもと似た感覚になってるような」
 カナトは普段と変わらない気分だ。むしろ人間の姿より、|この姿《灰色ボルゾイわんちゃん》の方が夜の世界を歩きやすいかもしれない。
 カナトの言葉に、氷月が丸い瞳をキラリと輝かせる。
「ってことは、もふもふできる?」
「人間の時とは違う風になるだろうけど、まぁイケるんじゃない?」
「それじゃあ――」
 氷月が言葉を紡ぐより先、森の奥から不気味な鳥の鳴き声が響いた。カナトが耳をぴくりと動かす。
「さりげなくホラー感。夜の森だねぇ」
 氷月も鳴き声がした方角を見やる。尻尾をぴんと立てて警戒態勢だ。
「遊んでる場合じゃないか。んふふ、羅針盤探しをしないとね」
 二人は森の奥へと進み始める。前を歩きながら、カナトは森の匂いを嗅いだ。
「月の羅針盤って何処にあるんだろうねぇ。地面の匂いを嗅いでも特にはノーヒント?」
「ノーヒントだけど……月のって言うくらいだから月っぽいかも?」
 氷月は宵の瞳を細めて笑う。猫になっても、月の浮かぶ不思議な色彩は変わらない。
 森には月光が届き、風に木々が揺れる度、淡い光がカーテンのようにゆらいだ。
「何処にあるかなー、木の上とか?」
「氷月にゃん君だったら樹の上とか、高い所も探しやすそう」
 木を見上げる氷月にカナトが返す。
「今の俺は猫だしね。登ってみるかー」
 軽やかに登っていく氷月。するりとてっぺんまで行き、森をぐるりと見渡した。
「お、いい眺めー……じゃなくて、ちゃんと探そっと」
 一方で、カナトも地上から羅針盤を探す。
「……あ! あそこで何か動いた気がする〜」
 他の参加者か、森の野生動物か。気配がした方向に駆ける。本能的なモノだろうか。夜の森を走り回るのは心地よい。
「地面に埋まってたりしないかな。ここほれワンワン」
 柔らかそうな地面を見つけ、前足で穴を掘り始めた。深く掘り進めたところで、氷月がぴょこんとカナトの背に降りる。
「何か見つかったー?」
「ううん、まだ~」
 カナトは穴掘りの手を止めた。灰色の毛が土で茶色に染まっている。その姿に氷月は尻尾をふわふわと揺らした。
「あははっ、カナトってば土まみれじゃん!」
「穴掘ってたら楽しくなっちゃって……」
「気持ちはわかるよ。俺もいつもと違う姿で楽しいし!」
 完全にわんこ化しているカナトだが、氷月も氷月でにゃんこを楽しんでいる。
 穴から出ながら、カナトが氷月を遊びに誘う。
「何とか見つけ出したら古城には導かれるみたいだし、もう少しもふもふアニマル姿を堪能して遊んでいっちゃう?」
「それもアリかも……あっ」
 動物姿での夜遊びに氷月は惹かれるも、意識を森の奥に向けた。
「何か見つけた?」
 首を傾げるカナトに氷月は頷く。
「あそこの月明かりちょっと他より明るくない? あそこら辺に何かあるかも」
 幾筋も差し込む月明り。その違いにカナトも気付いたようだ。
「言われてみれば……行ってみようか」
 氷月はカナトの背にしがみ付いた。でっかいわんこに、でっかいにゃんこが乗っている。
「カナト号、しゅっぱーつ! なんてね」
「出発進行〜」
 カナトも弾んだ声で応じ、月明りの方向に走り出す。二人の夜遊びはまだまだ続きそうだ。

静寂・恭兵
アダン・ベルゼビュート
史記守・陽

●特命獣班
 絵画のような夜の世界へと三人は飛ばされる。さっそく月の羅針盤を探すための作戦会議だ。
「先程は、そうだな……不可思議な出来事に直面した為、思考が飛んでしまったが、此処からは『夜迷宮』と呼ばれる場所なのだろう? 早速『月の羅針盤』とやらを──む?」
 そう口にするアダン・ベルゼビュート(魔焔の竜胆・h02258)だが、視界と感覚が変わったことに目を瞬かせる。
 |史記守・陽《しきもり はる》(黎明・h04400)も仲間の姿が消えて驚くが、声ですぐに状況を把握した。
「そういえば動物に変身するって言ってましたね」
 |静寂・恭兵《しじま・きょうへい》(花守り・h00274)がアダンと陽を交互に見やる。
「アダンは狼で史記守がゴールデンレトリバー……なんだか和むな」
 何の動物になるか気になっていたが概ねイメージどおり。ここからが本番だ。
 黒い毛並みの狼になったアダンは、自分の姿を普段使役している『狼影』と重ねる。
「……本当に動物の姿になるのだな。恭兵はクロヒョウ、史記守はゴールデンレトリバーか。何と言えばいいか……二人共、イメージし易いな」
 クロヒョウと言われ、恭兵は成程と己の肉球を見つめた。
「俺は……クロヒョウ? そうか……獣の体に慣れるまでが大変かもしれんが。一般人に比べればおかしな現象には慣れてるから大丈夫だろう」
 恭兵とアダンの姿は夜迷宮に溶ける漆黒だ。
「俺だけゴールデンレトリバーってなんか場違いじゃないですか? うう……うらやましいです」
 陽だけが金色の毛並である。まるで自分だけ空気が読めないようで、陽は尻尾をぱたんと下げた。しかし、この程度で落ち込んではいられない。
「さて、何処探すかですね」
 気持ちを切り替える陽に、恭兵が言葉を続ける。
「深い森と、湖に、廃墟群。このうち捜索の手が薄いのは、動物姿が不利に回りそうな湖かと思うがどうだ?」
「その意見には概ね同意するが、今の俺様達では中央の小島まで辿り着くのは難しいだろう」
 アダンは首を横に振る。確かに恭兵の言うとおりであるが、現状では湖の捜索はリスクが高い。
「確かにそうだな……鳥なら飛べたんだが」
 恭兵は考え込みながら、ゆらゆらと尻尾を揺らした。この姿で湖を渡るためには犬かきで泳ぐ必要があるが、慣れない獣の身だ。
 行き詰まりかけたところで、陽が自ら危険な役目を買って出る。
「ゴールデンレトリバーって泳ぐの得意なんですよ。実際この姿で泳げるかどうかわかりませんけど、小島の捜索が手薄だったら試してみるのもありかもしれません」
 リスクを後輩に背負わせるのは気が引ける。恭兵とアダンは陽を止めようとするが、陽の瞳はキラキラと輝いていた。
 自信に満ち溢れている犬がそこにいる。止めたら落ち込みそうだ。
「……では史記守、小島は頼んだ」
「小島の探索は史記守に任せる。周辺の森は俺様と恭兵で探索するとしよう」
 恭兵とアダンは、陽を信じることにした。後輩を信じてやるのも先輩の務めだ。
「任せてください!」
 陽は湖へとダッシュで駆けてゆく。
「まるで本物の犬のようだな……」
「ああ……」
 しみじみと呟くアダンに、恭兵も同じ気持ちで頷いた。
 二手に分かれての羅針盤探しだ。陽は難なく犬かきで湖を渡り、小島に辿り着いた。
 ぶるぶると水を振るい落として、小島の茂みに鼻を向ける。
「くんくん……ううん、土と草の匂いしかしない……」
 鼻が利くか試してみて……利いたところで、月の羅針盤の臭いがわからないから無意味だと気付く。
 それでも変わった匂いがしないかと、地面に鼻を近づけてふんふんと探り続けた。
「なんだろう、まるで警察犬……犬のおまわりさんが笑えない冗談になりそう……ん?」
 茂みの奥にキラリと光るものが埋まっている。気になって掘り返してみると、月の模様が描かれた羅針盤が出てきたではないか。
「見つけました! 早く二人の所に戻らなきゃ」
 一方で、恭兵とアダンも湖の周囲にある森を探索していた。恭兵は軽やかに木を登り、上から周囲を見回す。
 クロヒョウは木登りの名手だ。恭兵の身体能力が元々高いことも関係しているかもしれないが、本物のクロヒョウのように、すんなりと樹上に行くことができた。
「恭兵、何か見つかったか?」
 茂みを探っていたアダンが声を掛けた。恭兵はすたっと地面に降り立つ。
「いや、ここにはないようだ」
「そうか。別の場所も探すべきか……ぬぅ、毛に植物の種が……」
 茂みに生えていた雑草の種子がたくさん体に付いてしまった。振るい落とそうにも、細いトゲが引っ掛かりしぶとい。
 全身種だらけのアダンに、恭兵がくすりと笑う。
「ひっつき虫というやつだな。人の姿に戻ったら取れてるといいな」
「其れならば良いが……」
 やがて、湖の方から駆け足の音が近付いてきた。
 二人が見やれば、尻尾を振りながら口に羅針盤をくわえて走る陽の姿が。
「口にくわえているのは……あれが月の羅針盤のようだな」
 言いながらアダンは思う。やはり、今の史記守は本物の犬のようだと。
「……犬のおまわりさんだな……」
 恭兵の内に、ちょっとした出来心が芽生えた。
 お手と言ったら反応したりしないだろうか? 二人の傍まで駆け寄った陽に、試しに「お手」と言ってみる。
 陽は反射的に片手を差し出した。つい反応してしまい、陽はハッとなる。
「こ、これはその……!」
 慌てながら手を引っ込めるがもう遅い。
「するのか……」
 笑みをこぼす恭兵。もし、恭兵がクロヒョウではなく元の人間の姿だったなら、陽の頭を撫でていたかもしれない。
 完全なゴールデンレトリバーと化した陽に、アダンも笑いを堪える。
「……犬のおまわりさんが現実味を帯びたな?」
 今のアダンが人間の姿だったなら、間違いなくわしゃわしゃと撫で回していたに違いない。羅針盤を見つけてきたのだから、たっぷりと褒めなければ。
「ち、違います……俺は人間のおまわりさんです……!」
 陽は必死に弁解しようとする。足元に転がった月の羅針盤が、古城の方角を指して光り輝いた。

黒南風・螢

●月下の狐
 舞台の幕が切り替わるように現れたのは深い森だ。夜空には満月が浮かび、木々の間から淡い光を覗かせる。
 |黒南風・螢《くろはえ・けい》(毒雨入之刻・h01757)は自分の姿を確認した。黒に近い深い緑色の毛並みに、フサフサの尻尾……狐の姿だ。
「へぇ、こりゃまた新鮮だねぃ。あいつ(anchor)がいたらバランス良かったかもしれないねぃ」
 身体を馴染ませるように一度二度、足踏みをする。踏みしめた草がカサカサと乾いた音を立てた。普段より地面が近いせいか、音の聞こえ方にも違いを感じる。
「なるほどなるほど。それじゃ、探索と行こうかねぃ」
 体を慣らしたところでいざ出発。影の獣たちを呼び出して、森の中に解き放った。
「さぁ、出番だよぃ。目指すは月の羅針盤。手掛かりを探しておいでぃ」
 獣たちは大地を駆け、或いは夜空に羽搏いてゆく。彼らを見送った後、螢も森の奥へと向かった。
 草木の間から虫の鳴き声がする。鈴虫にも似た「りんりん」という響きが心地よい。しばらく歩いていると、ひらけた場所に出た。満月の光が優しく降り注ぐ草地に月見草が咲いている。
「月明かりと花か。綺麗だねぃ」
 こんな時ではあるけれど、楽しめるものは楽しみたい。
 ふと草むらの奥に、ぷるぷると震える茶色い毛玉を見つけた。野兎が震えている。
「おやぁ、迷い込んだ人かぃ?」
「わ、狐……!? た、食べないでください! 本当は人間なんです!」
「大丈夫、何も心配することはないよぅ。私も元々人間だよぃ」
 戻ってきた獣たちから安全な場所を聞き、迷い込んだ一般人を案内した。比較的保存状態の良い廃墟だ。
「ここでジッとしているんだよぃ。待っていれば夜が終わって、元の世界に帰れるからねぃ」
「ありがとうございます……貴方は此処に留まらないのですか?」
「ちょっと古城に用事があってねぃ」
 螢は影の獣が見つけてきた月の羅針盤が指し示す方向を、涼しい表情で見据えるのであった。

眞継・正信
ルイ・ラクリマトイオ

●夜をゆく獣たち
 絵画に引き込まれ、夜の帳が下りる。夜迷宮に送られた|眞継・正信《まつぐ・まさのぶ》(吸血鬼のゴーストトーカー・h05257)はオオガラスの姿へと転じていた。
 |クロウタドリ《メリル》たちは羽を休めるように、|ルイ・ラクリマトイオ《涙壺のルイ》(涙壺の付喪神・h05291)の薄紅の袋角にとまる。ルイは白鹿に変身していた。
「おや、ルイ君は白い鹿……か。君らしいような、不思議なような」
 大地からルイを見上げる正信。いつもと違う視界が新鮮だ。
「森の迷宮なら姿だけでも導き手にと思っていましたが……似合いますか?」
 4本の脚でゆったりと歩いてみせるルイに、正信は頷いてみせた。
「ああ、よく似合っているよ。神々しささえ感じるようだ」
 白鹿は神聖な存在として、古くより様々な物語に登場する。ルイの普段の雰囲気とも重なりイメージによく合った。
 ルイはオオガラスとなった正信をじっと見つめる。
「正信さんは烏ですか……夜を凝らしたような闇色の羽、とても素敵です」
「私の姿も、そう言ってもらえるのは嬉しいね」
 触れてみたい。闇纏う鴉となった正信にルイは手を伸べようとして――今はそれが叶わぬことを思い出した。
「あ……、手がないのでした」
 決まり悪そうに首を下げ、顔を逸らす。残念そうなルイを励ますように、正信は翼を広げてみせた。
「ふふ、すぐにその身体にも慣れるとも」
 その仕草は可愛らしく、けれど頼もしさも健在で、ルイは勇気づけられる。
「探索をしながら慣らしたいところですね」
 二人は深い森に足を踏み入れた。
「私は高所から探すとしよう。せっかく翼を得たのだからね」
 正信は空高く飛び上がる。
「闇色の烏に導かれて月夜の森を進む……まるで物語のワンシーンのようです」
 満月を背に飛ぶ姿が美しい。ルイはOrgeと共に駆けながら正信についていく。
「この先に廃墟があるから、そこを探してみようか!」
 正信が空から大きな声で伝えた。月下の廃墟はルイに取り残された過去を思い出させるが、今はこれっぽちも寂しくない。
(……今の私は、独りではありませんから)
 月光に朧気な廃墟群は、夜の中で静かに眠っていた。
 ルイは廃屋に入れるか試してみたが、扉の上部に角が引っ掛かってしまう。
「角があると建物の出入りにも一苦労ですね……」
 廃墟とはいえ無為に壊したくはない。オトギのマーチを編み、月光蝶の妖精を召喚する。
「みなさん、私の代わりに家の中を探ってきてくれませんか?」
 月光蝶はひらひらと廃屋に舞い込んだ。正信もクロウタドリに、月光蝶を手伝うよう命じる。
「ルイ君の月光蝶と共に屋内を探索してくれ。Orgeは匂いの変化を辿ってほしい」
「ワン!」
 Orgeは一声鳴いて、廃墟の中を探り始めた。
 正信は再び空に飛び立ち教会の鐘楼にとまる。街は青白い月に照らされ、魂を失った骸のように沈黙していた。
「ふむ……上から見る分には、とくに変わった所はないようだ」
 他方、ルイも入口の広い建物や廃墟の周縁といった動きやすい場所を探索する。
 狭い場所は月光蝶や、正信が使役する者たちが見てくれていた。
「メリル達も、Orgeも……頼もしいですね」
 月光蝶の翅が廃屋の中で一段と煌めいた。何か見つけたようだ……クロウタドリも騒がしい。
「屋内で何か見つけたようだね」
 気付いた正信が空から降りてくる。ルイは狭い民家に入る覚悟をした。
「行ってみましょう」
 廃屋に入った二人は月の羅針盤を発見する。それは暖炉跡に放り込まれていた。
 Orgeも一緒に羅針盤を覗き込む。正信は確かめるように、羅針盤を嘴でつんとつついた。
「月の模様が描かれている。探している物はこれで間違いないようだ」
 ルイは床に座り込み、身を低くしながら羅針盤を眺めている。
「これが月の羅針盤……美しい意匠です」
「そうだね。深いこだわりを感じるよ」
 正信は羅針盤に込められた魔力を感じる。
 羅針盤を見つめていると、白い光がふわりと浮かび、古城の方角を指し示した。

ノーチェ・ノクトスピカ

●月夜のナイチンゲール
 夜迷宮に引き込まれたノーチェ・ノクトスピカ(|Nachtsängerin《星歌い》・h06452)は、満月が照らす森にちょこんと降り立った。
「わぁ!? 青い小鳥になっちゃった!」
 サヨナキドリにも似た小さな体に、鮮やかな瑠璃色の毛並。まるで幸せの青い鳥だ。試しにぱたぱたと羽を動かしてみれば、体がふわりと宙に浮かんだ。
「ちょっと変な感じだけど、飛ぶのは慣れてるからなんとか進める、かな」
 ノーチェの隣にデネブが並ぶ。いつもは小さいデネブが、今日は自分と同じサイズに見えた。
「ふふ! デネブと一緒くらいの大きさだ!」
 デネブがくるりんと宙返り。いつもと違う視界にデネブもご機嫌だ。
 ノーチェはさらに上空へと羽搏き、夜迷宮をぐるりと見渡した。森には幾筋もの月明りが差し込み、スポットライトのように降り注ぐ。
「ここが夜迷宮……神秘的で、素敵な場所だね。よし! 月の羅針盤を見つけるぞ。がんばろうね、デネブ!」
 意気込みつつ探索を始める。普段は翼が引っかかり森の探索は得意ではないけれど、今夜は特別だ。
「月の羅針盤っていうくらいだから月の光が関係してるのかな」
 共に羽搏くデネブが、月明かりに向かって飛んでいく。
「デネブもそう思う? それじゃあ月明かりを辿るように探していこう。どんな形なのかな、楽しみだね!」
 優しい満月の光を浴びながら木々の間を飛びまわった。茂みや高い場所を探しながら、心地よい月夜のお散歩に、楽しい気持ちがどんどん膨らんだ。
「何だか歌いたい気分になっちゃう! 森に棲む小鳥ってこんな気持ちなのかな? 月を見上げながら歌うなら、やっぱり子守唄かな? 夜想曲もいいかも!」
 ふと、茂みの奥にキラリと光る物を見つけた。近付いてみると、円形の銀細工が落ちている。
「これが月の羅針盤かな? 開いてみよう……!」
 銀細工を嘴で開くと、水晶盤に方角が刻まれていた。
 光の針が、古城の方角を指し示す。

アネット・ファーネリア・リングストン

●夜を探る
 ランプの中で揺れる炎が、アネット・ファーネリア・リングストン(動物保護官・h06517)を誘い込む。
 突然激しく燃え上がり、次の瞬間には夜迷宮に転送されていた。
「魔術的な効果かしらね。この姿も……」
 強制的にブチハイエナの姿に変えられている。それは彼女のもうひとつの姿でもあった。慌てる必要はない。むしろ慣れた姿だ。
 アネットは月夜に閉ざされた森の奥に廃墟群を見た。月明かりだけが目印の世界でも、その輪郭をはっきり捉えられる。
「まぁ、元に戻されたけど、基本的に獣は夜目が効くのよね」
 木々の間をするりと抜けて、廃墟群に難なく足を踏み入れる。尖った瓦礫や剥き出しの木材が彼女を傷付けることはない。
「夜目だけではないわ。ブチハイエナも食肉目の一員だし、鼻も利くのよね」
 ブチハイエナは優れた嗅覚を持っている。数キロメートル先にある死肉の匂いまで、正確に嗅ぎ分けるのだ。
 獣としての能力と、人としての思考力を合わせ、アネットは探索を始める。
(月の羅針盤がどんな匂いかは知らないけれど、自然の物とは違う匂いがするはず。建物も見たところ、木材や石材が大半のようね。それらと異なる匂いを探し出せばよいのですわ)
 羅針盤には魔術的な効果もありそうだ。自然物とは違う音を発している可能性もある。鼻だけでなく耳も駆使し、遠くの音まで意識を向けた。
 しばらく歩き回るうち、木造や石造の建物とは違う匂いを感じる。匂いを辿った先は井戸の傍だ。
 水晶で作られた羅針盤が落ちていた。施された魔術のせいか、何とも言えない不思議な香りがする。
「装飾部分に月の模様が描かれているわね。目的の物で間違いありませんわ」
 銀色の針が淡く光を放ち、古城の方角を指し示した。
「廃墟を抜けて、森をしばらく行った先……といったところかしら」
 アネットは古城に向けて走り出す。月明かりが、彼女の背を優しく照らしていた。

第3章 ボス戦 『真祖吸血鬼・オクト』



 月の羅針盤に導かれて、EDEN達は森を進む。
 しばらく進むと森が途切れ、視界が開けた。石造りの橋の向こう、年代を感じさせる城が聳え立つ。
 そして、橋の入口には一匹の狼が座っていた。
 EDEN達の姿に立ち上がり、まるで「ついてこい」と言うように橋を渡り始める。

 狼のあとを追い、EDEN達は城門を抜けた。狼は管理された庭を駆けてゆく。
 狼を追った先、綺麗に刈り揃えられた芝生の上に一人の男が立っていた。
 男……『真祖吸血鬼・オクト』は狼を優しく撫でたあと、EDEN達を見やった。
「ここまでよく来たね、歓迎するよ……と言いたいところだけど、君たちは√能力者のようだな」
 彼の周囲には狼だけでなく、鴉や猫、蜥蜴……様々な眷属がいる。眷属たちはオクトを守るように威嚇の声を上げた。
「星詠みの予知に掛かったか。きっと討伐の依頼を受けているんだろう?」
 あまり表立って争いは起こしたくない。それでも他の簒奪者を利用してインビジブルを集めているのは、故郷に帰る方法を模索するため。
 数百年前に故郷への帰還方法を失った『世界難民』。彼もその一人なのだ。
 
 ※人間の姿に戻れますが、動物の姿のままで戦ってもOKです。
(その場合、使用する√能力によっては、いつもと違う描写になるかもしれません)
セレネ・デルフィ
鴛海・ラズリ

●もふもふな戦い
 迷宮の最終地点……オクトの古城へとセレネ・デルフィ(泡沫の空・h03434)は辿り着く。
「あなたが迷宮の主、ですね」
「はじめまして、可愛い猫さん」
 セレネの後を追い、|鴛海・ラズリ《ほしうみ☾·̩͙⋆✤✤✤✤✤✤》(✤lapis lazuli✤・h00299)がぴょんこぴょんこと駆けてくる。
「やっと追いついたっ……!」
「ラズリ、大丈夫ですか?」
 はふはふと息を切らすラズリをセレネが気遣う。
「この姿だと走るのが大変なのよー!」
 ラズリは熱くなった体を冷やすように、ぺたんと芝生にお腹をくっつけた。その姿が可愛らしいとセレネは思うが、敵の前なのでグッとこらえる。
 二人を眺めながらオクトが微笑んだ。
「微笑ましいやりとりをしているけれど、君たちも迷宮を終わらせに来たんだろう?」
 セレネは表情をキュッと引き締める。
「叶うならば皆でもふもふしたかったですが、人の死を誘発させるのが目的ならば……放っておけません、ね」
「そうだねっ。誰かが死んじゃう前に、どうにかしないと!」
 ラズリも芝生から立ち上がり、ぴんと長い耳を立てた。
 オクトが狼の姿に変身する。彼は眷属の狼と共に鋭い咆哮を上げた。
 セレネは残念そうに、猫耳をへにゃりと伏せる。
「狼さんも、もふもふで素敵だったのですが……今度動物カフェ行きましょうね、ラズリ……」
「セレネ、もふもふしたい気持ちはわかるの……! 残念だから動物カフェでも行こうね……今は私達が動物だけど……」
 すっかりこの姿に馴染んでしまった気がする。それこそ無意識に毛繕いしてしまうほどに。
 セレネが祈るように手を組もうとした。
 ――ぷに。
「……はっ、ねこさん姿のままでした……」
 誤魔化すように、重ねた肉球で顔をもちぷにと毛繕い。
 その可愛らしい仕草にラズリが悶え、芝生を足でたしたしと叩いた。
「か、かわいい……!」
「ラズリ、落ち着いて、ください……」
 あたふたするセレネに、ラズリは興奮しながら鼻をぷすぷすと鳴らす。
「あなたがどんな姿になろうが、私達がどんな姿でも信念は変わらないのよー!」
 後ろ足で立ち上がり、小さく短い手を天に向かって伸ばした。
「宙廻る星の導きを、いっぱい降らせるウサ!」
 綺羅星が夜空に輝く。|流星の哀歌《ディアトン・アステラス》を呼び、夜空からいくつもの流れ星を降り注がせた。
「くらえっ! ウサー!」
 キラキラ煌めく星に、白兎。
 綺麗な景色が、うさぎさんをさらに愛らしく見せる。ぴこぴこと動く長い耳から、セレネは視線を外せない。
「とても、とても気になります……が、集中しなければ……」
 狼に転じたオクトが迫る。ラズリがふんすと鼻を鳴らして前に出た。
「せれにゃんは私が守るウサァ。狼さんだって怖くないもの!」
 こっちなの! とオクトを引き付けるように走り回る。俊敏に駆け回り、時折躓くのはご愛敬。今度はセレネが悶える番だ。
「うう……ラズリが可愛くて集中が……っ。ま、守ってくれてるのに……」
 尻尾が忙しなくぴこぴこ揺れる。可愛いと思う気持ちに加え、猫特有の感情が高まる。
 ――追いかけ回したい。
 そんな猫の本能が目覚めかけたところで、頭を無理やり切り替えた。
「えっと、その、ね、ねむってくだにゃいっ」
 にゃい。ラズリがそれを聞き逃すはずもなく。
「あ! セレネがかんじゃった」
「にゃっ……うう、かみました……」
「大丈夫だよ、セレネ。すっごく可愛いから!」
 ラズリはセレネに駆け寄って、慰めるようにセレネの毛をもふもふ毛繕い。
 もはや戦いの場ではなく、ほっこりなうさねこ空間である。
「恥ずかしい、です……」
 セレネは恥ずかしい気持ちを誤魔化すように毛繕いして――そんな場合ではないと我に返る。
「ではなく、今度こそ……! 氷雪に抱かれて……ねむってください……! にゃん……!」
 |六花の抱擁《ミュートス・キオーン》が生み出す氷雪の嵐がオクトを包み込んだ。
「この姿でもちゃんと戦えるね! ウサウサー!」
 星々と氷雪が織り成す輝きに、ラズリはご機嫌に跳ね回るのであった。

アダン・ベルゼビュート
静寂・恭兵
史記守・陽

●混沌
「良し、無事に人間に――戻っておらぬではないか!?」
 芝生の上で、アダン・ベルゼビュート(魔焔の竜胆・h02258)が叫ぶ。
 特命班の面々は月の羅針盤の導きに従い、古城へと辿り着いた。そこで動物化も解除される――と思っていたのだが。
「これで獣から人間に……戻れんな」
 |静寂・恭兵《しじま・きょうへい》(花守り・h00274)もクロヒョウの姿のままだ。アダンは狼姿のまま、唸るようにグルグルと喉を鳴らす。
「つまり、此の状態で戦闘か。興味深いものはあるが、中々に難題だな」
 恭兵は前方のオクトを見やった。オクトは何処か楽しげに三人を眺めている。
「仕方ない、一旦これで戦うか。元凶をなんとかしなくては本当に戻れなくなってしまうからな」
 アダンと恭兵が覚悟を決める中、|史記守・陽《しきもり はる》(黎明・h04400)はキャンキャンと吠えている。
「わふー?! 何で戻らないんですか!! こんなんじゃ刀も持てません……シキはもうおしまいです……」
 絶望する陽にアダンが冷静に返す。
「史記守、最初から諦めなくとも良いと思うぞ。√能力が制限されていないだけ、まだマシだと考える方が建設的であろう」
「う……確かにそうですね。こんなんで挫けてたらいけませんよね。むしろ挫けてしまったら一生人間に戻れなくなってしまいますから意地でも帰らないといけません」
 陽は尻尾をぴーん!と 立てた。すっくと立ち上がり、勇ましく吠える。
「そういうわけで俺達はこの迷宮をクリアします! わんわん!」
「気合が入っているな。いいぞ、その調子だ」
 恭兵は陽の犬化が進んでいるように感じるが、気にしないことにした。きっと気のせいだ。戦闘態勢を取る彼らに、オクトもFusioを発動する。
「生態系の頂点にいる狼の天敵の代表格といえば人間だけど、それじゃ芸がないからね」
 召喚したのはヒグマだ。狼とは餌を奪い合う関係性と言えよう。
 アダンは|黒き獣爪《ベート・フラム》を展開する。多少の違和感は有るが、この√能力ならばまだマシな方だと思いたい。
「たとえ姿形が変わろうとも、魔焔の鋭さに変わりは無い」
 ヒグマと融合したオクトが突進してくる。アダンは両前足に魔焔を纏わせ、黒炎の獣爪を作り出した。突進を避けながら、横腹を獣爪で切り裂く。
「動きに違和感はあるが、見た目は悪くないのではないか?」
 べし、べしっ、と叩き付ける様には可愛さもあるが、それより√能力自体の凶悪さが目立つ。裂かれた傷から焔が噴き上がり、敵の身を炎上させた。
 使う能力を選べば難なく戦えそうだ。恭兵は数ある√能力の中から、|百花繚乱《ヒャッカリョウラン》を選ぶ。咲き乱れろと唱えれば、花の異形頭を持つ式神が召喚された。
「異形頭の式神なんだが……体が獣になってるな……まぁ、いい、攻撃を頼む」
 クロヒョウの体に花の頭部が付いている。体が黒いからか、ある種の毒々しさを思わせた。式神たちがオクトと眷属達に襲い掛かる。暴れ回る式神たちの頭が、ゆらゆらと激しく揺れ動いた。
(それにしても……花の動きが妙に気になるような……?)
 うず……。
 思わず手が出そうになる。ゆらゆら動く花に合わせて、尻尾もゆらゆら。まるでじゃらしに反応する猫のように、視線が右から左、左から右へと動き回る。
「……恭兵? 若干だが……いや、若干ではないような……ともかく、動物の本能めいた動きが見えるのは気のせいか?」
 ハッとするアダンに、恭兵も我に返った。
「気のせいだ。……多分」
 気のせいではないのだが、恭兵は誤魔化した。彼は『そういうキャラ』ではないのだ。
 一方で、陽も必死に戦おうとしている。しかし、犬の身体での戦闘はやりにくい。
(俺の意思とは関係なく尻尾が勝手に動きますし、お手って言われたら反射でしてしまったし……!)
 思うように行かず、くぅんくぅんと情けない鳴き声を発してしまう。そうこうしている間に、ヒグマ化したオクトが目の前に来たではないか。
「……なんか、やりにくいな」
 オクトはヒグマの手で陽を撫でた。傷付けぬように、そっと。
 ちなみに犬にとっても熊は天敵である。陽は慌てふためく。
「はっ撫でるのはやめてください! な、なんだか気持ちよくて……! ああ、お腹は出すつもりないのにっ」
「よしよし……君、その恰好で戦うのは無理だろうから諦めて帰ってくれない?」
 ヒグマが犬を撫でている。意味がわからない。
「なんだこの状況は!? 史記守は少し落ち着け!?」
 アダンも若干動揺している。
「敵が和んでいる……」
 恭兵もどう反応すれば良いのかわからずにいた。この状況を打破できるかは、陽に懸かっている。今こそ犬のおまわりさんとして根性を見せる時だ。
「ええい! 刀は使えないので金焔纏わせた手で犬パンチです! 犬の姿だって、理想に手が届くわん!」
 まばゆく燦めく光焔を前足に纏わせてオクトの顔面を殴った。
「ぐっ……」
 見た目は可愛いが光焔の力は健在だ。黄金の|暁光《ルクス・アウローラエ》がオクトを包み込む。
(俺ってこんなキャラだったっけ? きっとゴールデンレトリバー化してるせいだ……)
 きっと、全部迷宮の効果のせいだ。
 陽が大変な思いをしている一方で、アダンは普段とあまり変わらないように思える。姿が違うだけだ。
「それにしても、アダンは平然としているな」
 二人を見比べながら恭兵が呟く。恭兵でさえ、ネコ科の本能的な何かが覚醒しかけていたというのに。
 アダンは遠吠えもせず、穴を掘ることもしない。本能に目覚める気配が一切ない。
「影武装とはいえ、普段見慣れている故かもしれぬ――後はノリだ!!!」
 或いはシャドウペルソナという人格の特殊性――いや、さすがにないか。
「さすがアダンさんです! 俺ももっと頑張らないと……!」
 陽は気合を入れた。尻尾をぶんぶんと振り回す陽の姿に、アダンと恭兵はしみじみと思う。慣れているかどうかは別として、犬らしさには十分馴染んでいると。

雨夜・氷月
緇・カナト

●月夜に猟犬
 柔らかな芝生を踏み締めて、緇・カナト(hellhound・h02325)はすいと顔を上げた。
「古城まで辿り着けたね~。アレがきっと悪の親玉!」
 猫の姿からぴょこんと人の姿に戻り、|雨夜・氷月《あまや・ひづき》(壊月・h00493)も悪の親玉……オクトを見やる。
「んっふふ、アンタがそんなことしてなければ、もふもふ仲間として仲良くやれたのに。ねえカナト!」
 ぽん、と肩に手を置こうとして――もふっとした感触が。
 ん? と隣を見やれば、カナトは未だにボルゾイのままだ。
「もふもふ氷月君は元に戻ったみたいだけど……眷属アニマルも沢山いるみたいだし、狼狩りする猟犬の権威でも見せつけてあげようかなァ」
「あれ、カナトはもふもふのまま? もっともふもふしていい?」
 瞳を輝かせる氷月。カナトはぶるぶると首を横に振ってみせた。
「氷月君のもふもふタイムは、思う存分に暴れ回ってからね……!」
 脅威を排除してから安全にもふもふと行こう。氷月は銀片をくるりと手元で遊ばせた。
「んっふふ、じゃあ至福のひと時の為に頑張ろっかな」
「頑張って~。オレも、もふもふな毛並を汚さないようにしないとね」
 昏い月夜に御用心、とカナトは|千疋狼《オクリオオカミ》たちを呼び出す。
「数には数で相手しようじゃないか。眷属クン達は、影の獣の群れにでも食べられないよう気を付け給えよぅ」
 狼を思わせる影の獣の群れは瞳をギラつかせ、オクトの眷属を取り囲んだ。
 獲物だ、獲物が沢山いる――そんな声が聞こえてきそうだ。
 総勢57匹の影の狼が狩りを始めた。獣たちの闘争に、夜は一気に騒がしくなる。
「夜の狩りは楽しいねェ」
 ご機嫌なカナト。その一方で、オクトは眉を寄せていた。
「……状況は良くないようだ」
 少しずつ眷属達が追い詰められている。今の眷属達にオクトを守る余裕はない。
 劣勢に傾く彼に、氷月はトモダチに向けるような笑みを滲ませた。
「いいよねー、もふもふって。でも残念、アンタとはココでお別れだね」
 銀片に月光を纏わせる。舞い遊ぶ煌めきは|銀月双天《ツキノマイ》。防御が薄くなっているオクトへと、氷月は風のように切り込んだ。
「お別れの前に、ちょっとだけ遊んであげる」
 刃に宿る光は凶器そのもの。鞭のようにしなり、眷属すら巻き込みながら切り裂いてゆく。
 オクトは小さな黒猫に変身し、氷月の攻撃を避けようとした。だがその身は、大地に縫い留められて動かない。氷月の|夜《影業》が闇の鎖で縛り付けたのだ。
「ダメだよ、目立つところばっか気にしちゃ」
「影の拘束か……」
 オクトは爪で夜を裂き拘束から脱出。銀片がオクトを斬り、血飛沫が空を舞った。
 ――切り裂けはしたが急所には至っていない。
「……へぇ、結構キツめに縛り付けたのに。あっさり解くじゃん」
 口端をニヤリと上げる氷月。彼の隣にカナトがトコトコと歩み寄った。
「獣の手は借りておくかい? イヌの爪牙だけどねェ」
 氷月はさりげなくカナトの背をもふりとひと撫で。
「それじゃあよろしく!」
 二人は同時にオクトへと距離を詰める。氷月の銀片に宿る月光をカナトが追う。
 駆ける二つの影が、月夜に交わる――。
 敵の視界を惑わす銀月。その輝きに紛れながら、灰の猟犬が刃の如く爪牙を閃かせた。
「|月夜《氷月君》に惑わされた?」
「くっ……」
 カナトの爪に深々と切り裂かれ、オクトは苦しげに息を詰める。
 後方へ退いて体勢を整える敵に対し、氷月とカナトは余裕の構えだ。影の狼がカナトに捕まえた獲物を見せにきた。
「ん? 鴉を捕まえたの? ……あ、食べた」
 バリバリと骨を砕く音がする。周囲では激しい戦闘の末、眷属の一部が喰われていた。氷月がちょっぴり残念そうに眉を下げる。
「あーあ、カワイイコなのに。何匹か持ち帰っちゃダメかな」
「無理そう……帰りにもふもふするカフェでも寄っておく……?」
「もふもふカフェいいね! 行きたーい!」
 アニマルカフェで、もふもふタイム。戦いが終わった後のもふもふは、疲れを癒してくれるに違いない。

眞継・正信
ルイ・ラクリマトイオ

●夜を越えて
 古城にかかる月が、倒すべき敵を照らしている。
「故郷に帰りたいという願いは分かりますが……その為に他の命を奪うのは、見過ごせません」
 |ルイ・ラクリマトイオ《涙壺のルイ》(涙壺の付喪神・h05291)は人の姿に戻り、オクトと対峙した。
 |眞継・正信《まつぐ・まさのぶ》(吸血鬼のゴーストトーカー・h05257)も同じく相対する。
「そうだね。彼の行いを看過することはできない。……だが、その前に」
 オクトを真っ直ぐに見つめる。オクトも正信に対し、同類の気配を感じたようだ。正信は言葉を続けた。
「私の知る人とは違うようだが、彼も真祖と呼ばれる者のようだ。敬意を示さない訳にはいかないだろう」
 ルイはひとつの流れを察する。今すぐに戦いが始まることはないだろう。
(……正信さんは気にかかることがあるようですね。話が終わるまで、見守りましょう)
 空気を読み、沈黙を選ぶルイ。一方で、正信はオクトへと語りかける。
「インビジブルを集めれば、故郷に帰ることが出来る、と? それは……もし本当ならば……いや。真実であったとしても、やはり止めねばならないでしょう。望む望まぬにせよ、難民を受け入れた√EDENに仇為す訳にはいかない、というのが私の考えです」
「君の考えを否定はしない。だが、こちらにも譲れないものがある」
 ここで退いてくれるのならば……と思ったが、オクトは頑なだ。
「相容れないというならば、強引にでも止めるしかありません」
「止められるなら止めてみせるといい」
 オクトは狼の姿に転じる。同時、ルイも思念集合体:影媛を纏った。
「参ります」
「ああ、行こう」
 正信は|夜影の茨《ロンブル・デピーヌ》を足元の影から生やし、オクトを迎え撃つ。茨がオクトを絡め取り自由を奪おうとする。
 蝙蝠に化けて茨から抜け出すオクト。茨は捕食者のように彼を追った。
「影よ影よ、この身の最も近き闇夜よりいでよ、茨、棘、我が影よ」
 正信の詠唱に従い、茨は空に向かって伸び続けた。複数の茨が進路を妨害し、逃げる方向を誘導する。
(私が捕えれば、ルイ君が追ってくれる)
 いかに自在に変化しようと、必ず捕まえる。ルイは|慕情を辿るあい色の風《カゲヒメ》の力で加速した。
「故郷を想い、道を外れた彼の傍に――どうか、導いてください」
 月明かりがあるとはいえ、蝙蝠の姿は夜闇に紛れる。それでもルイはオクトを追跡できた。
(たとえ見失ったとしても、正信さんの茨が導いてくれますから)
 硬化させた絢爛帯【早駿賦】を足場に空高く飛び上がり、茨の先にいるオクトへと迫る。
「Orge、ルイ君の援護を頼む」
「ワンッ!」
 ルイへの信頼と共に、正信はOrgeへと命じた。追随するOrgeにルイが微笑む。
「Orge、共に戦いましょう」
 二人と一匹の包囲網が、オクトを追い詰める。
「……礼儀に反する行為だが、やむを得ない」
 ここで終わるわけにはいかない。彼は蝙蝠の翼を維持したまま、正信に変身した。
 本物とそっくりだ。しかし、ルイが動じることはない。
(こちらが驚いた隙を突こうとしたのかもしれませんが――)
 爪先に影媛の力を集束させる。
「迷う理由などありません」
 正信さんは、傍にいてくれているのですから。
 慕影の爪先を強かに叩き込んだ。蹴り飛ばされた衝撃で、オクトは地面に落下する。
「……悪手だったな。いっそ小鳥にでも変身して逃げ切れば……」
「あなたがたとえどのような姿になろうとも……逃しませんし、違えません」
 ルイは断言する。正信も淡々と事実を告げた。
「私に変身した程度で攻め手を緩めるほど、彼は戦いに不慣れではないよ」
 オクトは傷だらけの体で立ち上がる。命が尽きるまで戦うつもりなのだろう。
 ルイはオクトから視線を外さぬまま、正信に心を伝える。
「必ずこの迷宮を抜け出しましょう……正信さんと歩きたい道が、ありますから」
「必ず抜けよう。この迷宮は私たちの終着点ではないからね」
 さあ、先に進もうと、正信は力強く頷いてみせるのであった。

ノーチェ・ノクトスピカ

●迷子に捧げる夜想曲
 古城を照らす月明りは、何処か寂しさを感じさせる。
「君は……迷子になってしまったんだね」
 ノーチェ・ノクトスピカ(|Nachtsängerin《星歌い》・h06452)は悲しげに眉を寄せた。世界難民。その境遇にはノーチェも思う所があった。
「可哀想だと思う。帰れないのも、もしかしたら居るだろう会いたい人に会えないのも。でも……それが誰かを傷つけていい理由にはならない」
 悲しみの上に、別の悲しみを更に築くようなことがあってはならない。ノーチェは小さな小鳥のまま、翼をはためく。
「小鳥のままでも、歌をうたえるなら!」
 歌を紡げるなら戦える。飛び立つノーチェに、オクトの眷属が飛来した。
「カァーッ!」
「わわっ、カラスさん……!」
 咄嗟に横へと避けるも風圧で吹き飛びかける。
「小回りはきいて動きやすいけれどちょっとの衝撃で吹き飛んじゃうな……!」
 デネブがノーチェを励ますように隣を飛び、ぱたぱたと翅を元気に羽搏かせた。
「うん、デネブ! 油断なんてしないよ!」
 襲い来る鴉や蝙蝠を躱すため幻影を纏う。星の光がキラキラと瞬いて、眷属たちの視界を惑わせた。
 ノーチェはデネブと共に包囲を潜り抜ける。夜風のように素早く翔けて、ファミリア・リガーレには星魔法を。
「危なかった……次は僕の番!」
 織り成す魔法は|「さそり座の義憤」《フレイム・コレール》。
(神秘的な夜の世界、銀細工と水晶で作られた月の羅針盤……綺麗なもの、たくさんみせてくれてありがとう)
 感謝の気持ちを込めて全力で歌う。歌が紡ぐ星の煌めきは、燃える大蠍の炎尾へと姿を変えた。
「アンタレスに 灼かれて」
 炎尾がオクトを刺し貫いた。
「く……っ」
 眩い炎は夜を灼いて、オクトを毒のように侵してゆく。
「いつか君が、君が在るべき場所へかえれますように。星空はきっと、つながっているから」
 ノーチェは星に願いをかける。君がこれ以上誰も傷付けることなく、故郷に辿り着けますように。

アネット・ファーネリア・リングストン

●迷宮の終焉
 幾重にも連なるEDEN達の攻撃が、オクトを消耗させている。
 それでも抵抗し続ける彼に、アネット・ファーネリア・リングストン(動物保護官・h06517)は凛然と語りかけた。
「まぁ、言いたいことは分かるんだけど、それでも、一般人を犠牲にするのは止めさせていただくわ」
「……迷宮を終わらせるわけにはいかない」
 傷付きながらも折れないオクト。今のオクトは故郷に帰ることに囚われ過ぎて、視野が狭くなっているように思えた。
「そもそも、あなた達の√自体がどこなのかも分からない訳だし。探すにしても困難を極めるから、無駄になる可能性が高いわよ。だから、無意味な事を止めに来たわけだし」
 世界跨ぎも偶発的だ。だからこそ、|アネット達《EDEN》による対応が必要で、状況変化を待つわけにもいかない。
 オクトは自身の従える眷属たちをアネットに差し向ける。これ以上話を聞くつもりはないようだ。
「こうなれば、仲間たちを呼んで、あなたに立ち向かっていくわ」
 アネットは|鬣犬一族《ハイエナファミリー》を呼び出した。
「みんな来て! 力を合わせて、彼の群れと戦いましょう!」
 ブチハイエナの群れ……アネットの仲間が現れる。相手の種、大小に拘らず、彼らは眷属たちと対峙した。
 彼らが時間稼ぎしている間に、アネットは相手の群れの中からオクトを探し始める。
「眷属たちに紛れて、他の動物に変わったようね……他と違う動物を見つけるのは得意よ」
 アネットは動物たちの間を駆けた。眷属は仲間が食い止めてくれている。
「この迷宮はもう終わり。あなたは勝てない……諦めたらどうかしらね」
 次の一撃で、変身しているオクトを炙り出す。敵陣に突っ込み、|光子爆裂弾《フォトン・エクスプロージョン》を装填した。
「光子弾セット、ターゲット確認! ブラスター発射!!」
 光属性の弾丸を射出。敵の群れの中心に弾は着弾し、光子爆発を引き起こした。
 激しい光が周囲を巻き込んで炸裂する。同時に発生した光の素粒子が、仲間の戦闘力を強化した。
 爆発でダメージを受けた眷属たちを仲間が制圧していく。仲間の活躍を視界の端に捉えつつ、アネットは『他と違う動物』を発見した。光子爆発に傷付いた狼――いや、あれはオクトだ。
「見つけたわ。敵ならダメージを受けるし、本物の動物とは違う反応をすると思ったの」
 特定できたならば、その『他と違う動物』を攻撃すればいい。
 アネットはオクトへと襲いかかる。彼はもう虫の息だ。喉を噛み砕けば命が終わると、アネットは本能的に理解していた。
 アネットの牙が狼――オクトの喉を喰い破る。
「ガ……ッ……」
 熱い血を迸らせながらオクトは芝生に倒れ込んだ。絶命した彼は変身が解け、人の姿でその場に転がる。彼はもう、ピクリとも動かない。
「さようなら。一般人を犠牲にせずとも、あなたが故郷に帰れる日が来ることを祈っているわ」
 人が死ぬ時、聴覚は他の感覚より長く残るという。届いていることを信じ、アネットは手向けの言葉を贈るのであった。

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