シナリオ

ひとかたの想い

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●祈り
 わたしはずうっとずっと、あなたのしあわせをねがってる。

●三色菫
 その人形は何度身代わりとなっても蘇るのだという。
 身代わり傀儡人形、名を三色・すみれ。三度までなら、身代わりとなったダメージから即座に回復し、すぐ身代わりを果たせる人形。
 四回目から先は即時再生が難しく、身代わりとなれるまでにスパンが生じる。
 けれど、命の危機を三連続で乗り切れれば、身代わり人形としての役割は十分に果たせている。
 それでもすみれは自らを不出来な人形だと感じていた。
 スミレの四度目以降の再生までの隙。そこを衝いて殺された主人の数は十を超えてから数えていない。
 それでも、主人が変われば連続身代わりの回数はリセットされた。そうして役に立つ身代わり人形として、すみれは使われ続けてきた。
 守れるのなら、守れるのなら。
 主人の命を身代われるのなら、わたしはそれだけでいいの。
 ただ死んでしまうのを見るのが、間に合わなかったと嘆くのが、いやなの……。
「なら、終わらせてやろう」
 男の声がした。
 低く、底から湧いたような声だ。
 緑色が近づいてくる。黒を伴う緑色。雨の匂いがしそうだ。
 黒い触手の手には鋭い切先、片刃の剣。
「終わらせ、る? どうやって」
 わたし、簡単には死なないよ。時間をかければ、すみれは再生する。胸元の三色菫の花が再び開いたら、わたしは元通りになる。
 人形の声に、男は返事をしなかった。代わりのように、剣を構え、振り下ろす。
 すみれの首は簡単に飛んだ。だが、首を飛ばされたくらいですみれの意識は飛ばない。
 こうやって、いつもいつも、自分が身代わりとなった直後に殺される主人をまざまざと眺めさせられたのだ。
 しかし、すみれの予想に反して、すみれの体は再生されなかった。胸元の花は綻んだまま、頭と胴が泣き別れた状態、初めて意識の朦朧を感じる。
 遠退く意識に男の言葉が浸透する。
「お前の不死性はあくまで身代わりのためだけにはたらく。つまり、誰の身代わりでもなく、お前自身がダメージを受ければ、お前は再生することなく死ぬ」
「はじメて、知っタ……」
「だろうな。まだ意識があるか」
 斬。
 体が千々に刻まれたことがすみれの最後の意識に刻まれた。
 塵のように跡形もなくなった人形を、外星体『サイコブレイド』はただ見つめていた。

●川辺の静かなる
「みんな、集まってくれてありがとう」
 星詠みの勿忘・灯守があなたたちを呼び出したのは、√EDENのとある川辺の街。
 少女の姿をしたこの外星体、無表情がデフォルトなので取り乱すことはあまりないのだが、今回は目に見えて焦っていた。
「この近くで川開きの祭りがある。それに参加しつつ、身代わり傀儡人形の『三色・菫』という子を保護してほしいのだが」
 すみれというその人形は簒奪者へ堕ちかけているのだとのこと。
「すみれは身代わり傀儡人形。三回連続までなら、即時再生で身代わりになれるが、四回目以降は再生までに時間を要する。その四回目以降の隙を衝いて、すみれは主人を何人も失ってきた。
 役割を果たしきれず生き続ける無念に、彼女は『未完成のツギハギドール』によく似たモノへ変じようとしている。祭りの始まる前なら、すみれが変じる前に間に合うかもしれない」
 確かなことは言えない——可能性の提示しかできないことに、勿忘は歯噛みする。
 勿忘の見た託宣では、すみれの居場所が特定できなかった。川開きの祭りをすみれが眺めていたという情報を汲み取っただけ。
 すみれが変じていない確信はない。けれど、死を代わる形代として生まれた彼女は、人を殺そうという悪意が生じるのに時差があるのかもしれない。
 一縷の望み。それに賭けて、すみれを探してほしいとのこと。
「祭りでは少し早い七夕に因んでか、離れず競走というのをやっている。自らの相方を担いでコースを走るというものだな。奥様運び大会というものをかなりマイルドにした競技らしい」
 本家の大会に詳しくはないが『離れず競走』はパートナーを担いで川辺の指定された100mコースを走るようだ。コースはほぼ直線、川辺のため砂利道らしい。『担ぐ』の定義は概ね横抱きとのこと。奥様運び大会を調べると、だいぶマイルドというか、別物というくらい緩いルールだとわかるはずだ。
 担ぐパートナーは人間である必要はない。知人である必要もない。しかし、一定の重さがないとだめらしく、運べるパートナーがいない場合、軽い場合は重石だの人形だのを貸し出してくれるとのこと。
 粗方競走のルール説明を終えると、勿忘は一旦深呼吸を置き、続ける。
「すみれを見つけて、説得することになるか、はたまた別の展望が待つのかは詠み取れなかった。すみれの気配に引き寄せられたツギハギドールたちと戦うことになるかもしれないし、別のナニカに巻き込まれるかもしれない。すみれが逃げるのを追いかけることもあるかもしれない」
 あと三週間ほどで、√EDENは戦争が始まる。そして、同じくらいの時で、星に関わりのある『七夕』が訪れる。
 きっと、これまでで最も詠みづらい星なのだ。
「それでも、その向こうに外星体『サイコブレイド』の影を見た。止められなきゃ、奴が戦争の相手になるかもしれない」
 それに、織姫と彦星のようなどうしようもないほどの二人が祈る日などに、サイコブレイドを凶行に走らせるわけにはいかないのだ。
 一年と少し。それが過ぎてもまだ、邪悪であろうとする迷いがあるのなら、止めなくては。
 少なくとも、勿忘・灯守はそう願ってあなたを呼んだ。

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第1章 日常 『パートナー運びレース!』


●しあわせをだきしめるように
 星詠みに導かれた先では祭りの喧騒が始まっていた。
 屋台からあらゆる調理の音、次第にいい香りが漂ってくる。射的なんかはもうできるようだ。やたらでかいぬいぐるみが目玉景品らしい。
「娘が来られなかったし、あの子背負って参加するか」
「落とせるかい、お父さん?」
 的屋にお金を払い、挑戦的な視線を交わす壮年がいたり。
 『離れず競走』にやる気の人間はちらほらおり、友達同士の女の子なんかはどっちが担ぐかじゃんけんをしていた。男女カップルの出場者に同行してきた友人らしき人物がひゅーひゅーと生暖かい声援。
 離れず競走のエントリーはスタート地点付近にあり、エントリーを終えるとコースの案内をしてもらえる。
 川辺なので砂利と土の混じった地面である。それ以外に走りにくそうな条件はなく、障害物もない。100mは案外長いくらいだろうか。
「怪我のないように、お気をつけください」
 係員がにっこりそう告げる。
 競走とは言うが、一位の景品がちょっと豪華なお食事券というだけで、参加者全員に参加賞がある。途中棄権などのペナルティはない。
 楽しく川辺で楽しむ催しの一つが離れず競走なのである。
 最後には花火もある。それを大切な誰かと楽しむのもこの祭りの醍醐味です。係員はそう説明した。
 しかし、身代わり傀儡人形『三色・すみれ』の騒動は花火より前に起こる。すみれを見つけ出すことが目的であることを忘れてはならない。競走への参加は絶対ではないし、祭りを楽しんだり、競走参加準備をしたり、思い思いの行動を取りながらでOKだ。
 すみれは胸元に三色菫……ビオラという花の飾りをつけている。黒い髪に紫の目をした女の子の人形だ。ツギハギドールになりかけているため、星詠みが証言した容姿と多少差異はあるかもしれない。

●天の川
 空を見る。星がたくさんある。
 その煌めきが連なって、白い流れのように見える様を人は天の川と呼んだ。
 赤みの強い紫の瞳で、すみれは空を見上げる。
 人が死んだことを「川の向こうに行った」と表現することがある。いままで庇いきれなかった主人たちは天の川の向こうに行ったのだろうか。
 視線を落とし、祭りで賑わう川を見つめる。
 川向こうに行ったというのを言葉通りに信じて、川を渡ったことがあった。溺れ死ぬことのない人形は向こう岸に辿り着くことができたが、そこに亡くした主人はおらず、落胆しながら、拾われた。ずぶ濡れであったから、見つけた人間が憐れんでくれたのだ。
 そんな優しい人を、今度は守ろうか。
 すみれはそうして、新しい主人を据えた。
 優しい主人もすぐに殺されてしまった。優しくてなまっちょろい奴から死んでいくんだよ、この世はさぁ、と主人を殺した者が叫んでいた。
 それなら、あなたのような荒くれ者なら、簡単に死なないでくれるの、とすみれは新たな主人を据えた。その荒くれ者は優しい人より早く殺された。
 何度も何度も滅多刺しにされた。急所を何度も刺されるなんて、相当恨まれていたのだろうな、とすみれは他人事のように認識し、ごめんね、と荒くれ者を殺した人を撫でた。
 人を殺した人は、身代わり人形を望まなかった。人を殺した罪を償うのに、身代わりなんて持てない、と。
 その代わり、何の罪も負っていない息子を守ってくれ、とすみれに託した。
 そうしてすみれが会ったのは、齢五、六の子どもだった。無邪気で無垢で、その明るさはすみれの心を照らした。守りたいと思ったし、こんな優しい子なら、きっと殺されることなんてそうないだろうと安心した。
 けれど、人殺しの親を持つというレッテルはその子に害なすための他者の旗印となり、子どもは肉体的にも精神的にも傷つけられた。
 その傷をすみれは肩代わりした。階段から突き落とされたときにはその死を代わった。すみれの三回のカウントは「死」に対してのみであり、傷くらいなら何度でも代われる、とただただ主人の子を守りたくて、守りたくて……。
「おまえが、代わってるの?」
 いつもありがとう、と主人は泣きそうな声で言った。
 次いで。
「でも、もう死にたいよ」
 ぼくを守ってくれるというなら、死なせてくれ、と。
 すみれは主人の要望に逆らわなかった。なぜなら彼女は傀儡人形でもあるから。傀儡は主人に忠実なものである。
 だから主人に、四回目以降の死を即座に代わることはできないという事実について説明した。
 主人は死ぬ方法を考えに考えて、致死量の薬を飲み、自分の胸を突き刺しながら、高層階の屋上から身を投げた。
 よく晴れた日ばかりだった。
 どれもこれも、御天道様が「ちゃんと見ているよ」とばかりに。
 ——わたしは、主人を死なせてばかり。挙げ句、死にたいとまで言われて。
 ほんとうはうまれてくるべきではなかった。

 ユルさナい。ユルさナい。
 そんナノ、おカしイ。
 身代わりになレと定義しタのハ、人間ナのニ!!

 それが己の声なのか、寄ってきたツギハギドールのインビジブルなのか、すみれには判然としなかった。
 ただ、呆然と、空を見ている。
クラウス・イーザリー
システィア・エレノイア
エアリィ・ウィンディア
架間・透空
汀・コルト
樒矢・リベル

●おもう、ひと
「お人形さん、ものすごく思い詰めてるなあ……」
「そうですね……」
 今回の保護対象である三色・すみれの話を聞いたエアリィ・ウィンディア(精霊の娘・h00277)と架間・透空(|天駆翔姫《ハイぺリヨン》・h07138)はすみれの抱えるものの重さに表情を曇らせる。
 身代わりになって、死を見つめてきたすみれ。庇えるし、自分は死なない力がある。それなのに力が届かず、主人が死ぬのを見ていることしかできなかった。
 その無念がいかほどか、計り知れない。
「絶対見つけてあげないとねっ。寄り添うくらいしかてきないとしても」
「はい。あんな結末、悲しすぎますから」
 すみれのためにも、望まずこんなことを続けているとしたら、サイコブレイドのことを止めるべきだ。
 簒奪者になりたいと願ってなろうとしているわけではないだろう、とエアリィも透空も考えていた。
 ——なりたくて、なるわけじゃ。
 透空がそっと拳を握りしめる。
 アイドルになりたくて、|怪人《アイドル》になってしまった。そんな自分のような思いをさせるわけにはいかないから。
 そんな透空の心中を察したのかはわからないが、エアリィが透空の手を取った。固く握られ、震えそうになっていた手を包み込むエアリィの小さな手。
 小さくとも、あたたかな手。手とおんなじ温度で、エアリィは笑う。
「ところで! 『離れず競走』、一緒に参加してみませんか?」
 エアリィのきらりとした目。ぱちりと銀の瞳を瞬かせて、透空もおんなじ煌めきを宿して笑った。
「ふふっ……是非是非お願いします! 楽しそうだなって思って、気になっていたんですよ、『離れず競走』」
 離れず競走のベースは奥様運び大会というものらしいが、ルールでは恋人である必要もないし、異性である必要もない。絆を確かめるイベントのようなもの。であれば、女の子同士のなかよしのお友達で参加したって、何も問題はない。
 そうと決まれば早速エントリー。受付係員のところへ行くと、二人は名前を聞かれ、チーム名があれば任意でご登録できますよ、と教えられた。
「では、【銀風】はどうですか?」
「それでいきましょー!」
「【銀風】ですね。それでは、走者はどちらでしょうか?」
 透空とエアリィ。体格的に、透空が運び役になるのが自然だろう。そう事前に相談していたため、透空が走者、エアリィが運ばれるパートナーとして、エントリーを完了した。
「参加者が多い場合は五組ごとの競走となりますが、エントリー順になりますので、銀風のお二方は第一レースになります。開始時間になりましたらお越しください。それまでお祭りを楽しんでくださいね!」
 そんな係員の言葉にわくわくしながら、二人はお祭りへ繰り出した。
 『離れず競走』も素敵だが、お祭りには他にも楽しいことがいっぱいだ。
「りんご飴とかわたあめとかありますよ! 焼鳥もいいですね」
「射的だとお人形さんの景品とかあってかわいい! 参加してみようかな」
「エアリィさんが射的するんですか? 精霊銃士ですもんね……見てみたいですっ」
「お、そう言われると、気合いが入っちゃうな♪」
 目をきらきらさせる透空に、ふふん、とエアリィは得意げになる。射的屋台にお代を払って、せっかくだから、と透空の望むものを落とそうと銃を構えた。
 花束を抱えたくまのぬいぐるみだ。
「いっくよー!」
 弾は三発。小気味よく連続で命中させれば、派手さこそないが、ぬいぐるみはこて、と後方に倒れた。
 手に入れたぬいぐるみをエアリィから透空に渡す。
「はい、透空さん」
「ありがとうございます!」
「新しいお友達だね。いらっしゃい」
「ありがとクマー!」
「えー、透空さん、今のかわいいっ。もう一回!」
 えへへ、と照れながら、もらったぬいぐるみにアテレコをする透空。
 ふと、それを大切に抱きしめる。
「透空さん?」
「すみれさんのことも、こうして迎えて、大切にしてくれる人はいなかったのでしょうか」
 落ちた呟きに、エアリィも切ない表情になる。
「大切にする間もなく、死んじゃったのかもしれないね。それか、大切にされたからこそ、死んじゃったのがつらかったんじゃないかな」
 想像することしかできない。エアリィにとって、身近でショッキングな死というのは今までなかったから。けれど、エルフとして、√能力者として生きていくのなら、これからそういうものにも出会っていくのだろう。
 透空を見る。透空の目は悲しげだけれど、決然とした光が灯っていた。
「だとしたら、尚更、見つけてあげないとですね」

 祭りの喧騒から少し離れた川辺で、クラウス・イーザリー(太陽を想う月・h05015)が九体のドローンと知覚を共有する。
 瞑目。——|機械仕掛けの瞳《オートマタ》。
 目を閉じ、√能力を起動するクラウスの姿はどこか祈りのようにも見えた。事実、彼はいつも祈っているのかもしれない。
 手の届くかぎり、助けたい。
 両の目に灯る青はEndless Desire for Essential Nexusの色なのかもしれなかった。
「クラウス」
 人知れず行使されたそれ。そのタイミングを計ったかのように、クラウスを呼ぶ声をする。
 振り向くと柔らかい灰色の眼差しが降り注がれていた。システィア・エレノイア(幻月・h10223)。クラウスの心の拠り所。
「ティア」
 クラウスも名を呼んで返すと、その灰色の奥に潜んだ花のような紫色が深くなった気がする。
 システィアはくすんでしまったような、などと言っていた気がするが、クラウスにはそう見えた。紫の花といっても色々あるが、ちょうど菫色のような。
「『離れず競走』だって。参加してみる?」
 物思いに耽りかけた耳にそんな言葉が入ってきて、え、と少し間の抜けた声が零れた。
 祭り会場のそこかしこに『離れず競走エントリー受付中』の看板がある。興味がないわけではないから、頷いた。
 少し頬が染まる。
 クラウスは身長165cmで細身。対してシスティアは190cm超えで体つきがしっかりとしている。どちらが抱える側かは、一目瞭然といっていい。意地を張って「俺がティアを抱える!」なんて言うようなクラウスでもなし。
 抱きしめられることにも、抱えられることにも抵抗ない。なんなら、愛情深いシスティアはよくクラウスを抱えてくれる。
 けれど、ここはお祭りの会場。たくさん人がいるし、きっと離れず競走には観客がいる。
(みんなに見られるのは、ちょっと照れちゃう)
 そんな理由で頬を赤らめているのだろうなあ、とシスティアは微笑ましく見守った。
 エントリーすれば、第二レースに割り振られた。お兄さん大きいですねえ、と係員がシスティアを見上げて関心していた。
 ほどなくして離れず競走の開始時間だ。クラウスは透明化して飛ばしたドローンとの知覚共有の確認を行う。胸に三色菫の花をつけた人形の女の子、は今のところ、ドローンたちの視界にはない。
 走りながら探せるだろうか、と悩み始めたところで、システィアがぽん、とクラウスの肩を叩く。
「何か食べよう。難しいルールがない抱えて走るだけの競走だけど、腹拵えはしておくに越したことはないよ」
「そ、そうだね。何がいいかな……」
 くるりと見回すクラウスに、システィアが示したのはりんご飴の屋台の前に並んだいちごの刺さった串。いちごが飴でコーティングされていて、その赤みがいつもより艶めいて見える。
 いちごは二人の思い出の一つだ。
「綺麗……りんご飴もそうだけど、飴でコーティングされると、いつもと違った感じで色鮮やかだよね。一緒に食べよう、ティア」
 目を輝かせるクラウスにシスティアは穏やかに頷いた。

 樒矢・リベル(カゲロウ・h07812)は思考する。
 今回の任務の概要は聞いた。身代わり傀儡人形の女の子。即時再生に回数制限があるだけで、何度でも命の身代わりになれる人形。けれど主人の死を見続け、邪悪に堕ちようとしているという。
 すみれの辿ってきた道筋はともかくとして……。
「自我があることは残酷だろうに」
「そうですね」
 リベルをこの任務へ誘った汀・コルト(Blue Oath・h07745)が隣で同意を示す。
 自我、意思、ココロ。そんなものがなければ、苦しむことはなかったのかもしれない。
 戦闘機械群と戦い続ける世界にリベルとコルトは生きている。いつだったか、コルトは知人の姿を模倣する敵性体と戦ったことがあった。あのときも、心があって、言葉があったことで、コルトは苦しめられた。敵性体も苦しんでいるように感じた。
「ブレイドおじさんも、まだ苦しんでるんだね。それに、すみれさんも……なんて声をかけたらいいかわからないけど」
 なくなるのは、なんか嫌だな。
 サイコブレイドの剣技によって、粉微塵となり消えると予知されたすみれ。邪悪に堕ち、簒奪の徒となるくらいならば、いっそそうしてやるのも優しさなのかもしれない。
 そう思うゆえに、リベルはサイコブレイドの行動も理解できた。だが、阻止任務が出され、すみれを救う余地があるというのなら、その可能性に手を伸ばさない理由はない。
 命を代わる。しかも三回連続までなら即座に身代わりできるときた。それはとある√能力と似ていたりするが、それを知らないリベルからしても、利便性の高さはよくわかる。自分たちが使えたら便利だろう。だが、残念ながら、戦争をしている自分たちが使えば、三度などあっという間だ。
 文字通りの『命がいくつあっても足りない世界』である。既に主人の死を何度も経たすみれ。そうして心が壊れかけた彼女を更に壊すことになりかねない。
 まずは見つける。祭りを眺めているというのなら、催し事も見物していることだろう。
 二人は『離れず競走』の受付カウンターにやってきた。受付のそばにはイラストつきで競技のルール説明がある。
「手伝ってほしいというのはこれか」
「はい。知り合いでなければないということもないようですが、現地で相方を募集しても、抱えるのも抱えられるのも、お互いに落ち着かないだろうなって」
「なるほど」
 合理的である。
 そばの図解ルールを頭に叩き込みつつ、エントリー手続きを進める。係員から「走者はどちらですか?」との問いが出た。係員は登録のために確認しなければならないだろう。一目瞭然だとしても。
 リベルが答えるより早く、コルトがリベルを見上げた。
「どっちが抱える方になりますか?」
 真顔である。つまりコルトは本気である。
 必要ならばリベルを抱える気である。
「……いや、どう考えても俺が運ぶ側だろう。抱えたいなら止めはしないが」
 やってみるか? と腕を広げ、抱えやすいように姿勢を崩すリベル。リベルに挑発の意図はおそらくない。だが、コルトは真剣なので、両腕でリベルをぎゅっとして、むんと持ち上げようとした。
 が、リベルはびくともしない。両腕が義手となっているコルトだが、出力は見た目どおり少女のもの。
「……腕力なくて抱えられない、くやしい……」
 歯噛みしたが、当初の目的を思い出す。別に先輩を抱えて走るのは主題ではない。
 離れず競走の会場は拓けているし観客も集まる。コルトの眼なら走りながら探せるだろう。
「そもそも、私の方が捜索に適していました。先輩に運んでもらいながら捜します」
「懸命な判断だ」
 係員は捜索? と疑問符を浮かべかけたが、そろそろ開始時間というのもあり、追及することはなかった。
「私たちは第三レースだそうです。結構いるんですね、参加者。他のEDENの方も来ているんでしょうか」
 と、コルトが見回していると第一レースが始まる。チーム「銀風」と呼ばれている女の子二人組が風のように駆け抜け、ぶっちぎりの一位である。
 透空とエアリィの二人組だ。もちろんズルはしていない。透空が女子高生であることを踏まえてもエアリィは軽いという判断から、開始前に配布された重石代わりのぬいぐるみがつけられている。
 ぬいぐるみをつけられたエアリィは結構ずっしりと重さを感じたのだが、透空はその重さ調整を物ともしていない。
 落ちないようにぎゅっと透空にしがみつきながら、その横顔を見つめる。
 本当に特等席だね♪
 風を孕んで、ペースを落とさず駆け抜けた銀風の二人は第一レース一等賞であった。
 レースごとの一位に景品が渡される形らしい。まずは参加賞の箱ティッシュ。√EDENのお祭り参加賞ではよくある景品だ。
 そして、全国の飲食店で利用可能なお食事券三千円分が二人それぞれに。
「お食事券はうれしいですね。今度二人でどこか行きましょう、エアリィさん」
「うん、透空さん。……あのね」
 笑顔で振り向く透空に答えてから、エアリィはそっと手招き、耳打ちをする。
「とってもかっこよかったよ!」
「……えへへ!」
 人を抱えて100m。100mといえば、学校の測定なんかで走ることはあるが、意外と長い。それを人を抱えて息も切らさず走り切った透空。その横顔を一番そばで見られたのは役得だな、とエアリィは思う。
 更に一等賞で喜ぶ笑顔も一番に見られて、誘ってよかった、と自分もにっこり笑った。
 エアリィさんがこんなに喜んでくれるなら、怪人の体力も悪くないですね、と透空はほんのり心が暖かくなりつつ、決戦気象兵器『ハイペリヨン』を起動する。
 他二組と異なり、レース終了後からすみれの捜索を開始することにしていた。他のレースも見たいけれど、√能力の行使が人目につきにくく、観戦でみんなの足が止まっている今が捜索のタイミングとしてベストだろう。
 レースに参戦しながらだと、お祭りの楽しさを満喫できないだろうし、と話し合った結果だ。
 『ハイペリヨン』をドローンの要領で飛ばし、透空は会場内のマッピングをする。一方でエアリィはインビジブルに呼び掛けた。
 |精霊交信《エレメンタル・コンタクト》により精霊へと変じるインビジブルたち。川辺だからか、水の精霊のようだ。
「お人形さんを見かけなかった? 女の子で、胸元にビオラのお花がついているらしいんだけど」
『お花? それならさみしそうにしてた子かな』
『お祭りを見てるよ』
『でも近づいた子たちが怖いことになってたから、近づかない方がいいよ』
 近づいた子。この精霊たちは元々インビジブルだから、近づいた子というのもインビジブルだろう。怖いことというのは、もしかしたら。
「すみれさんに近づいたことで、邪悪なインビジブルに変わってしまった、ということでしょうか」
 証言を照らし合わせ、透空が推測を口にする。そうだと思う、とエアリィも同意した。
 星詠みの話では、「すみれの気配に引き寄せられたツギハギドールたちとの戦闘になるかもしれない」と言っていた。それを踏まえると、あまり猶予はないかもしれない。
「その子、今どこにいるかわかるかな?」
『うーん、最後に見たのは……』

 第二レースが始まる。
「はい、ぎゅってして?」
「うん……」
 恭しくクラウスのために重心を下げて微笑むシスティア。穏やかで甘い雰囲気に観客や同レース参加者の視線がいくつか集中する。
 それを感じるとやはりクラウスは照れくささを感じた。きっと赤くなってしまっているだろうな、と思いつつ、システィアの首に腕を回して、ぎゅっとしがみつく。
 あたたかい。システィアは筋肉がしっかりついているので、身を預けるとき逞しくて頼もしい。絶対に落とさないと本人が宣言する通り、落とさないでくれると信じられた。
 その信頼が心地よくていとおしい。けれど二人共、すみれを探すことは忘れていなかった。クラウスはドローンと同調を続けているし、これから目視での捜索も行う予定だ。
 放っておくと無茶をして、ふらふらになってしまうかもしれないから。少しでも負担のないように抱えて、ゆっくりと歩き出すシスティア。
 大丈夫、今は何に追われているでもない。大切な愛するきみを全力疾走で揺らすわけにはいかないから。
 そのペースにクラウスは抱きつきながら驚いた。もっとはやく走れるはずなのに、とは思ったけれど、そこに自分への労りを感じるからうれしくなった。
「すみれを見つけたら、こうして抱きしめてあげたいね。大丈夫だよって、伝えてあげたい」
 捜しながら、言葉を交わす余裕はあるだろうシスティアに告げる。
 システィアも静かに「そうだね」と応じた。
 すみれの境遇に関して、システィアも思うところがあった。与えられた役目を果たしきれない。力を十全に使われてなお、定められた役割をこなせない。そのことにうちひしがれる気持ちはシスティアにも痛いほどよくわかる。
 本当に、痛いくらい。だって、自分の過去に似ている。自分は求められたことができなくて、その結末を恨んで人を殺してしまった。だからこそ、すみれにはそうなってほしくない。
 システィアのそんな心の柔い部分をクラウスは知っている。システィアの過去を知るからこそ、クラウスもまたすみれに手を伸ばすのだ。
 きみに心を救われたんだ、とシスティアは言った。それなら、同じようにすみれのことも救えないだろうか、と考える。救いたい、と願う。
 ——知覚共有したドローンの一つに、菫色が見えた。
(追って)
 ドローンに指示を飛ばす。
 クラウスの雰囲気から、見つけたことを察したシスティアは歩調を乱すことはなかったがゆったりペースを上げ、ゴールへと向かった。
 見逃さない。手を伸ばす。
 菫色は、ティアの灰色の目に滲む優しさと同じ色だ。
「行こう」
「うん」

 順番が回ってきて、スタート位置につくリベルとコルト。リベルに抱えられることに対し、コルトは一切恥じらいはなかった。
 既にsphereをサーチ視界に切り替えており、捜索を開始している。それがなかったとして、コルトが照れることはないだろうが。
「速やかに行動する為、目立たない順位を取るぞ」
「……一位は取らないんですか?」
 ふと、先に見た第一レースの優勝者を思い出したので、反論まではいかないがコルトが口にする。
 その言葉に、リベルは思わずふっと笑った。
「ここで負けず嫌いを発揮せずともいいだろう?」
「……了解です」
 笑われてしまった、と思いつつ。確かに自分はちょっと負けず嫌いかもしれない、なんてコルトは自省する。
 あの二人、とても楽しそうだったし……。
 けれど、負けたくないという気持ちは本当に負けられないときに取っておく、というのもわかった。今は集中。
 走りはリベルに任せて、観客を順に確認していく。すみれは人形、人間ではない。見た目や動作に人間との違いがあるだろう。夏も近いお祭り会場、人々は軽装である。だとしたら球体関節とか。肌を隠しているのも却って不自然になる。
 それに、賑やかな場にそぐわない雰囲気。簒奪者に変じかけているというならそれだけでもかなり目安になる。そして星詠みも話していた胸元の菫の花。
「見つけました」
 リベルも目視で捜していたところへ、コルトの声。コルトの示した方向に、特徴と一致する影を見つけた。土手の上にいる。
「少しペースを上げる」
「はい。見失わないよう、マーキングしておきます」
 目覚ましいほどの追い上げ、まではいかないが、リベルはペースを上げ、順当にゴール。コルトと共に、すみれを追う。
「気づかれてますね。逃げてる……?」
「隠れていたわけでもないようだが」
 二人が進んでいけば、同じくすみれに辿り着いた√能力者たちと合流することとなる。
 だが、すみれの足が思ったよりはやく、追いつけない。
 それに、エアリィについてきた精霊が待って危ないよ、とみんなを止める。
『危ないよ。やっぱりあの子、怖いものになろうとしてるよ』
「まだ間に合う。だから、俺たちは行くよ」
 クラウスが答え、システィアと走っていく。
『行ってどうするの? 止められる?』
「わかんない。でも、悲しみに沈むその心を、救えたらいいなって思うよ」
「どう言葉をかけたらいいか、私もまだわからないけど」
 精霊に答えるエアリィに、コルトが続ける。
「さっきの人も言ってたとおり、まだ間に合うから。先輩、今度は全力疾走でかまいませんよね?」
「当然だ」
 駆け出すコルトとリベル。
 精霊たちに手を伸ばし、そっと撫でてから透空が笑う。
「心配してくれてありがとうございます! きっと大丈夫です。私たちを心配してくれるあなたたちの思いがあるから。無事で帰ってきます」
 約束です、と小指を示す透空。それを見た精霊たちはがんばって! と口々にエールを送った。
 あの子の笑顔に、届いてね。

第2章 冒険 『消えた子供を探し出せ!』


●|魂隠《アコガ》レ
 抱え上げることができたなら、ただ身代わりになるだけじゃなく、主人を逃がすことで、助けられたりしたのかな。
 『離れず競走』を眺めながら、すみれはそんなことを思った。
 自分の手を見下ろす。
 六歳くらいの女の子の見た目。見た目相応の非力である。身代わり人形として、頑丈さはあるけれど、主人は大抵、自分より大きな体をしていたから、抱えて逃げるなんて、無理だったかもしれない。
 でも、あこがれてしまうなあ。

『ホんとウニ?』
『ねタマシくハなイノ?』
『うらやましいよ。でも、うらめしくは……』

 悪い声に答えてしまっていて、その声が聞こえたり、その声に心を寄せてしまっていることに気づいた。
 水辺から精霊の声が聞こえる。
 ——怖い感じになってるよ。
 ——怖いから、近寄れないの。
 ——危ないよ。
 ただ純粋な人を心配する声だ。無垢で透明で、どこまでもすなお。
 嘘がないから、すみれは気づいてしまった。

 そっか、わたし、危ないものになりかけているんだ。
 救えない、助けられないばかりか、わたしは人を危ない目に遭わせてしまう存在になりかけているんだ。怖い思いをさせてしまっているんだ。
 ——死にたいんだ。
 いつかの主人の言葉を思い出した。どれだけ命身代わりしても、主人が生を望まないのであれば、それは役立たずどころの騒ぎではない。
 その上、無関係の人々を巻き込んで、ただ透明な人たちを怖がらせて。
 ツギハギの心は堕ちきってはいない。
 だからこそ、姿を眩ませた。

 さがしてくれたひと。
 ごめんね。でも、わたし……どうしたらいいか、わからないの。
 答えが見つけられないまま、人に触れたくないの。わたしを探してくれるような優しいひとを、傷つけたくない……。

 優しくて、愛おしくて、狂おしいほどに想ってしまったら、守りたくなってしまうから。でも自分は役目を果たせないって知っているから。
 ……もう、誰とも、関わらない方が、きっと……。

 そんな声がどこからともなく聞こえた。しかし、すみれの姿はない。
 声が聞こえるし、先程まで視認できていたということは遠く離れてはいないはず。簒奪者に堕ちかけたことと身代わり人形としての術が作用して、すみれは隠れることができているのかもしれない。
 土手の上、離れず競走と花火大会のために人々の通りは少なくなってきている。川の反対側は閑静な住宅街に続く一般道。
 すみれに呼び掛けて説得、もしくは不思議な術式を破るなど。あなたの取り得る方法で、彼女を見つけ出さなくてはならない。
 時間はない。なぜなら、星詠みが事前に話していた刻限に近づいてきている。
 花火大会の始まる前に、サイコブレイドが訪れて、すみれを消してしまうから。
 そうして人知れず、失われてしまわないように。
 空に花が咲く前に。
エアリィ・ウィンディア
架間・透空
クラウス・イーザリー
システィア・エレノイア
汀・コルト
樒矢・リベル

●絶対などなくても
「……本当に、誰も傷つけたくないのだな」
 携帯端末を見下ろし、樒矢・リベル(カゲロウ・h07812)が呟いた。端末で確認していたのはこの周辺の地理。土手は犬の散歩コースにはなっていそうだが、それくらい。今はそんな時間でもない。
 リベルはこの中では非能力者であるため、特殊な探索や探知は同行する汀・コルト(Blue Oath・h07745)が頼りだ。
 コルトがsphereで見つけ、マーキングした跡を追っている。それが祭りの喧騒から確実に離れようとしているのは、周辺の状況から十全にわかった。
 声はリベルにも聞こえた。だから、すみれがどんな決意を胸に抱くかを知る。
 役目を果たせない役立たずだとしても、自分は人を守るために生み出された。それなら傷つけてはいけない、と。
 傷つけるものに変異する自分を人々から遠ざける。せめてそれだけでも叶えようとしている。
 その思いの切実さに、クラウス・イーザリー(太陽を想う月・h05015)やシスティア・エレノイア(幻月・h10223)も胸を打たれていた。
「どうしたらいいかわからないなら、一緒に探そうよ」
 クラウスが当たり前に手を差し出すように言葉を贈る。けれど、すみれは姿を見せない。
 人を想い、傷つけたくないからと触れないことを選ぶ優しい子。どうしたらいいかわからない、と迷って隠れてしまうような臆病な子。
 クラウスの手を差し伸べるような穏やかな言葉たちに、システィアはそっと目を閉じ、胸元に揺れる青に触れた。クラウスのくれたペンダント。クラウスの胸には揃いの形の赤い石。
 手を伸ばして、寄り添ってくれるのがうれしくて、重いかもしれないと思いながら、託した心臓の欠片。
 システィアの胸の奥に鼓動は刻まれない。けれど、大切な人の|胸《こころ》の上で『自分』が脈打つのを感じている。
「すみれさん……うん、きっと、わからなくてもいいんだ。わからなくても、手を伸ばしていいんだ。俺もそうしたことがある」
 そうして、手を握り返されて、ここにいるよ。
「もし、怖くて、触れたくないというのなら……此方から迎えに行くから、待っていて」
 システィアがそっと目を開く。その目はやはり、くすんだ灰色をしているけれど、奥にはすみれの花の色が滲んでいるように見えた。
 その瞳に微笑んで、クラウスが手を取ろうとする。
「行こう、ティア」
「うん、クラウス」
 重なる手。詠唱。
 二人の願い。一つの祈り。
 |不死鳥《フェニックス》の加護が舞い降りる。その加護の下、|希望を咲かす魔法《アインルーク》よ、成れ。
 終わろうとしている太陽の時間から、あたたかな光孕む鳥がクラウスとシスティアの肩に留まる。
 言葉を発することはなく、ただじっと見つめた。
 誰も傷つけることなく、叶えたいという願いは何か。無言のうちにそう問いかけているのだろう。
 二人の願いは一つだった。
「すみれを見つけたいんだ」
「寄り添えるように、どうか導いてほしい」
 鳥は語ることも鳴くこともなく、けれど、願いには応えた。
 応えたかのように、ふわり、色とりどりの花と精霊が風に揺蕩う。
 魔法のような光景だ。クラウスが不思議そうにシスティアを見た。彼が操る魔法の中には、植物など自然を取り扱うものもある。
「ティアの魔法?」
「ちがうよ。……ねえ、クラウス。歌が聴こえるね。すみれさんの声ではないけれど……」
 綺麗な声だ。透き通るような壮麗さと人を奮い起たせ、励ますための愛らしさが兼ね備えられている二つの歌声。
 空に歌えば、それがいつであろうとどこであろうと風が吹く。その風は煌めきを孕んだ銀色に見えるかもしれない。
 エアリィ・ウィンディア(精霊の娘・h00277)と架間・透空(|天駆翔姫《ハイぺリヨン》・h07138)、ソラカゼの二人が歌っている。
 エアリィと透空はひょんなことから生まれたアイドルユニットのメンバーであった。そのユニット名がソラカゼである。
 声を届けたい。
 時間の猶予がない中、すみれに想いを届ける方法を考えたとき、透空は「歌……」と呟いた。
「歌いましょう、エアリィさん!」
「歌っ?」
 唐突に手を取って、そう言われた。びっくりした声を出したエアリィだが、透空の澄んだ目を見てすぐ理解する。
「うん、透空さんが歌うなら、あたしもご一緒させてもらおうかな。『ソラカゼ』として、しっかり歌って届けたいね」
「やった! エアリィさんとのデュエットです。いっそう気合いが入りますね」
 どんなにがんばっても、力の及ばない状況で主人の死という絶望を叩きつけられて。それでも『主人を守る』という使命のために一人でがんばってきたすみれ。
 誰も傷つけたくないから、とひとりぼっちになろうとする。想いは報われず、願いは叶わないから。そう身に染み着いてしまったから、なんでも一人で抱えて、そのまま消えてしまおうとしてしまっている。
 その果てに、サイコブレイドに殺される。本当に報われないまま、ひとりぼっちで。
「そんなの、悲しすぎます。だから、そんな終わり方をさせません。私たちが」
「うん。歌おう、届けよう。一人じゃ届かなくても、二人ならきっと。……ハッピーエンド以外はのーさんきゅーだもん、ねっ」
 手をつなぐ。声を重ねる。世界線を越えて、精霊たちが囁く。
 楽しい歌が聴こえるよ。ぼくたちもいこうか。
 泣いている子がいるの? いや、泣きたくても泣けない子なのかな。すごく痛い、苦しいって声が聞こえる。
 聞こえたの。
 だからね、放っておけないんだ。
 エアリィの|精霊達の囁き《エレメンタル・ウィスパー》に六属性の精霊たちが応える。水辺だから、水の精霊が多いのは相変わらず。ちょっと控えめな火の精霊は、苛烈さを潜め、あたたかな灯りを光の精霊と共に。夜の近づく場所で、闇の精霊が大丈夫だよ、と囁きを重ねる。風の精霊が声を風で拾って、土の精霊がとてとて、歩み寄るべき相手を探す。
 きっときみはお花の名前をしているから、お花が好きじゃないかなと思って——なんて、精霊は|三色菫《ユメノカケラ》を抱えて、すみれを探した。きみと同じ名前のお花だよ。
 非能力者の傍らに現れる精霊と花。それはリベルの視界も賑やかせた。
 リベルは√能力を持たないサイボーグだ。けれど、微かな物音や空気の揺らぎから高速思考を介し、すみれの居所を特定できないか探っていた。
「汀、マーキングはまだ追えているか?」
「いえ。消えたわけではないですけど、そこかしこに散らばって、特定ができません。代わりに、変質した彼女の術式を追います」
 コルトの言葉に、リベルは考える。
 そのそばに風の精霊がふよふよと飛んでくる。がんばれ、がんばれ、と漂う精霊と夢の欠片が具現した花。
 水の精霊が多い中を一羽、陽光を纏ったような鳥が通り抜ける。水の精霊が光を受けて、きらりと景色ではない何かを写した。
 先程見たばかりの花。精霊たちと共に踊るようにそこら中を舞う花たちと種類は同じだろうが、その三色菫は他より深く寂しい色をしているのが印象的だった。
 まるで持ち主の心が反映されたかのような。
「汀、すみれの胸元の花が見えた。そこの精霊に反射したものだ。つまり——」
「……ありがとうございます、先輩」
 リベルの示した位置、汲み取っていた術式の異様な流れを照合、コルトの『眼』が導く、すみれの場所。
 そっと腰を屈ませて、目線を合わせるようにする。まだ、視認はできていないけれど、明後日の方向ではないはず。
「すみれさん、少しでもお話ししませんか?」
 答える声はない。が、そこへもう一羽、光の鳥が飛んでくる。
 攻撃ではない。悠々と宙をゆく様は、迷い子を導く神鳥のようでもあった。
 きみを迷わせたまま、ひとりぼっちのままにはしないよ。どこに行けばいいのかわからないなら、ここへおいで、と——光の鳥は、散らばってツギハギを解かしてしまおうとしていたすみれの心をコルトの前に導く。
 すみれの術、身代わりの心臓部である三色菫の花飾りを中心に、すみれの姿が現れる。
 鳥を追ってきていたクラウスとシスティアもすみれのそばにやってくる。口々にすみれの名を呼ぶと、すみれはコルトを見てから、二人に振り向いた。
 主だと示すように、二羽の光の鳥が二人の肩へ戻る。
『とりさんは、ご主人様のためにはたらけるのね、ちゃんと……』
 切なそうに視線を落とす。
 すみれのその様子に、クラウスはそっと隣のシスティアの手を握った。ちら、と表情を覗き見る。
 システィアは少し目を伏せていた。
「役目の為に生まれたのに、その役目を満足にこなせないのは辛いよね」
『……』
 システィアの言葉に、すみれは赤みの強い瞳をそっと閉じる。表情変化が明らかではないが、顔に射した翳りが彼女の頷きの代わりであった。
 その気持ちがわかる。苦しさをシスティアは思い出してしまう。
 なくなったわけではない。痛みも苦しみも、なかったことになどならない。忘れられない。褪せてもその存在感だけは激しく主張を続けてくる。
 でも。
「……俺は、役目だけが生まれた理由じゃないと思うんだ。生きる理由も、それだけじゃないって思う」
 システィアの隣で、手を握る力を強めながら、クラウスが告げる。
「役目を自分に当てはめて、その通りにだけ生きることが楽だっていうのを俺はよく知っているんだ。役目にこだわって、理想があって、それを果たすために、なぞることこそを史上として生きていた」
 身代わりをしていたことがあった。親友の身代わり。自分のせいで死なせてしまったから。
 今だって、あいつならきっとそうした、を指針にすることがある。けれど、あいつのようにできなかったとき、とても苦しかった。自分の無力を嘆いた。
 それを思うから、すみれの痛みに同調する。システィアの過去に思いを馳せる。自分は『生きる理由』だけだったけれど、二人にとっては『生まれた理由』も含まれるから、より苦しみが深かっただろう。
「今思えば、つらかったよ。でも、人と出会って、繋がって、生きる理由が見つけられたんだ。……一人じゃ、できなかった。今、きみを見つけたみたいに」
 何人もの能力が噛み合って、重なって、奇跡のようにすみれの姿がここにある。声が届いている。
 一人の力ではない。だからこそ、一人じゃなければ、一人よりも成し遂げられると信じられる。
 そう語ってくれるきみが隣にいることが、どんなにうれしいだろう。すみれにまっすぐ向き合うクラウスを今度はシスティアがじっと見つめていた。
 それから、すみれを見る。すみれの赤みがかった紫がシスティアを見て瞬いた。
『……あなたも、そうなの?』
 見つけられたの? つらくなくなった?
 システィアは応じて、微笑む。その微笑みがクラウスには少し寂しげに見えたけれど……、
「そうだよ。今でもつらくて苦しいけれどね、役目以外のものを見つけられたんだ。役目を果たしたいという思いはあるよ。たぶんそれはきみと同じ」
 できなくとも。苦しくとも。ちゃんと果たしたいと願い続けるからこそ胸の痛みはあり続ける。
 それでも、役割の外側で、かけがえのないものを見つけられた。
「きっと、見つけられるよ、すみれさんも」
 きみのために歌う人がいて、きみのために目を凝らして探してくれる人がこんなにいるから。
 そうしてシスティアがつい、と視線を動かした。それに釣られてすみれがそちらを見ると、歌いながら、女の子が二人、駆け寄ってきていた。
「よかった、無事です!」
「すみれさん、大丈夫? あなたを助けに来たんだよ」
 透空とエアリィがすみれに異変がないか見守りつつ、声をかける。
 エアリィの周りをふよふよと水の精霊が漂っていた。それがふわふわと気遣わしげにすみれの方へたむろしていく。
 ぷわぷわ。はっきりした形はないけれど、柔らかい感触。まるで撫でてくれているような、慰めてくれているような。すみれはどうして、というようにきょとんと精霊を見つめた。
 なんだか、優しくしてくれる。どうして?
「あのね、すみれさん。その子たち、ごめんねって言っているんだ」
『え』
「怖いって言っちゃってごめんって。あなたの耳に届くところで言っちゃったから」
 怖いと思ってしまうのは仕方ない。だって本当に怖いものになろうとしていたのだから。
 そう言って、大丈夫だよ、とすみれは撫でて返す。
「きっと、怖いのはすみれさんも同じでしたよね」
 精霊たちの思いを補足するように切り出したのは透空であった。
「怖いと思ってしまうのは仕方なかったかもしれません。でも、たくさんの死を見て、守れなくて、つらくて……守るために生きてきたのに、真逆のものに変わってしまうなんて、怖かったはずです。……傷つけるものになってしまうなんて」
 そこまで気が回らなくてごめん。
 精霊たちの囁きが、透空の言葉に続いた。
 透空の言葉に籠る実感。それは、透空も自分が|怪人《こわいもの》になったと自覚したとき、怖かったから。
 でもやっぱり、守りたいと思った。夢を諦められなかった。そうして立ち上がって、EDENとしての活動から人との輪を広げたら、一緒に歌ってくれる人たちに出会えたのだ。
 その一人がエアリィである。同じ『ソラカゼ』のメンバーであることはもちろん、エアリィは透空にとって大切な友達の一人である。
 そんな透空と共に、エアリィはすみれへこれから起ころうとしていることを説明した。
「サイコブレイドっていうおじさんが、あなたのことを殺そうとしているの。そんなことにさせたくなくて、あたしたちが来たんだ」
「すみれさんはこんなにも優しくて献身的だから、私が主人だったらこんな従者の幸せを願うと思います。今まで辛かったこと、苦しかったこと……消えないかもしれないですが、それでも、あなたに幸せを掴んでほしいです」
「あたしたちも手を伸ばすから、すみれさんも伸ばしてくれたらうれしいなっ♪」
 Anker抹殺計画。誰かの|かけがえのないひと《Anker》になり得る人物や物品を抹殺して回るサイコブレイドの凶行。
 説明と透空とエアリィからの励ましにすみれはまた目を閉じた。
 ……大切にしてくれる主人が現れたとして、わたしは。また守れなかったら、つらいよ。
 でも、守ろうとしてくれるひとたちがこんなにいること……どうしよう、うれしいな。
 それでもまだ瞳の中には戸惑いがあって。そんなすみれの目のまんなかを見つめていたコルトが、不意に呟く。
「私が言いたいこと、わかった」
「突然どうした」
 急なコルトの言葉に、リベルが怪訝そうな声を出す。急じゃないです、とコルトは続けた。
「すみれさん、あなたは『怖いもの』になりかけても、人を憎まず、守りきろうとしているんですね」
『だって、それが役目だから。役目以外のことは……』
 たぶんきっと、おそらくできない。
 そう言おうとしたけれど、続かなかった。できる気はしないけれど、探せるような気もしていたのだ。たくさん励まされたから。
 もし、身代わりになる以外のことができたとしても、ずきずきと痛む芯が「守りたい」という心であることは変わらない。
 守りきりたい——それがずっと、願いだった。主人を守りきりたい。それが役割だから。どんな主人も、自分にとってはいとおしかったから。
 言葉を変える。
『守りきれたって思いたい。死なせてしまったって、もう思いたくないの』
「……それなら、」
 コルトが目線を合わせる。ぱちり、ぱちり。ヴァイオレットとシアンが同じ高さ。
「私は絶対に死ぬつもりはないから、身代わり候補にどうかな?」
『えっ』
「おい汀」
 コルトの宣言にリベルは思わず口を挟んだ。
「絶対なんてないだろ。ましてやお前は戦い続けなくてはならない世界に生きている。このまま戦い続けていたら、どうなるか……そんなお前が提案するのは、却って残酷だろう」
 √能力者は真の意味で死を迎えることはない。そうだとされている。欠落が満たされて、√能力を失って、普通に死ぬようになる可能性もある。欠落が満たされなくとも、Ankerによって殺されれば、それこそ「絶対」の死となる。
 死なないとしても。機械群との戦争が続く世界で戦いながら生き続ければ、どんどん新しい欠落が生まれていくかもしれない。今は何が失われているかわからないというコルトの欠落も、次第に具体性のあるものが増えていく可能性だってある。
 既に両腕、両足、両目を失っているのだ、コルトは。これ以上失うものなんてない、と考えているのかもしれない。死ぬつもりはないというのは本当だろう。
 けれどリベルはそう思えない。
 だからこれ以上他の誰かが損なわれないように、自分が盾になる。
「すみれさん、先輩っぽいから放っておけなかったのかも」
「は?」
 リベルの胸中を知ってか知らずか、コルトがそんなことを語り出す。
「無茶な庇い方をして死に場所探してそうな所とか。誰かのため、誰かのためって自分のことは考えないところとか。小隊モットーが生き残る事なのに、危なっかしいのはどうかと思います」
「待て。お前が今説得すべきは俺じゃなくてすみれだろう。なんで俺が説き伏せられてるんだ?」
「と、こんな感じの先輩がいるんだ。確かに戦いにはよくいくよ。私も誰かの力になるために戦おうと思ってる。みんなが平和に生きていてほしい」
 そう願う。それがコルトの中に灯るEndless Desire for Essential Nexus。
「でも、さっき言ったとおり、死ぬつもりはない。できるだけ長く生きることをモットーにしてる。……私には命を擲つやり方は難しいから」
 命懸けで、自分を省みずに動けるひとを尊敬している。自分にはできないやり方だから。
 ……うまく噛み合えるんじゃないかな。
 コルトがそっとすみれに手を差し出す。すみれはコルトをじっと見た後、手のこともじっと見つめて……おずおずと自分の手をぽんと重ねた。
 小さな手。無力な手。でも、コルトが握ってくれたら……無力でも、無意味ではないように思えて。
 ぱちくり。まばたき一つ。
 答えようとして、——すみれはコルトを突き飛ばした。
 思うより強い力で突き飛ばされて、コルトは後方に吹き飛び、それをリベルが受け止める。どうした、と視線を走らせれば、エアリィと透空が反動で飛んだすみれを受け止めていて、二人のいた位置に、剣が一つ。
 正確無比に投擲されたもの。その飛来した方向へクラウスとシスティアが鋭い視線を向け、身構えていた。
 王劍とは異なる、けれど存在感と強さをしっかり感じさせる剣。その名を『サイコブレイド』という。
 飛来したそれに反応し、すみれはコルトを突き飛ばしたのだ。
 祭りの喧騒は遠い。花火まできっと、あと少し。
 外星体『サイコブレイド』。彼のもたらす暗雲を払わなければならない。

第3章 ボス戦 『外星体『サイコブレイド』』


●当たり前のこと
「生きることを選ぶか」
 投げた剣の元に歩み寄りながら、サイコブレイドがすみれに問いかける。
 問いかけではなかったのかもしれないが……すみれは、同じ地点にいた能力者の身代わりに剣を受けるのではなく、自らも飛んで避けた。
 それは何か、新しい「答え」が芽生えているように感じられる
「それを摘まねばならない。俺は」
 望む望まないに拘わらず。
 Ankerを守るため、√能力者は戦う。余所の√や他者の事情にまで介入するお人好しはごく一握りだが……Ankerを守りたいという衝動は、√能力を持つなら、当たり前のものだ。
 その当たり前のために、この男も戦っている。
「√能力者に真の意味での死は訪れない。だが、お人好し能力者が多いことも相まって、お前のように身代わり能力を持つ存在がそちらと手を組むと更に厄介なことになる。だからお前はここで殺す」
 それが俺の役目である。
 サイコブレイドの言葉にすみれは目をぱちくりとした。
「……あなたも、役目のために生きているの? 役目のためにしか、生きていられないの?」
「そうだ。俺がそう望んだ」
 淀みなく答える。
「お前のような悲愴は俺の内にはない。気の狂うほどの時、俺はAnkerを探し続けた。肉体を持たず、形を持たない。けれど、Ankerを、かけがえのない存在を得たいという心で、Ankerを見分ける力を得た。見つけた。ようやく見つけたんだ」
 それが悲しいなんてわけはないのだ。
 希望という陳腐な青臭い言葉を信じられた。満たされて享受できた。だから手放したくないと願う。離れてほしくない、死んでほしくない。お前を守るためなら何だってしよう。
 どんな邪悪だって、為す。
 例えば、身代わりでなければ一度きりで終わる生命を絶つことだって。
 誰かの大切を奪うことだって。
「その前に……お前に希望を与えようとしたこいつらをお前の目の前で殺してやった方がいいか」
 せめて最後まで救いのなさを感じて、絶望にうちひしがれて、殺してくれと懇願してくれた方が、俺は殺しやすいからな。
 嘯いて、男は剣を取った。
エアリィ・ウィンディア
架間・透空
システィア・エレノイア
クラウス・イーザリー
汀・コルト
樒矢・リベル

●ほころぶ
「もう、あなたの事情を察する余裕はゼロです」
 その一言と共に、汀・コルト(Blue Oath・h07745)が踏み込む。纏うスパーク。『sphere…Advance、sync』——クイックシンクモード、発動。
 もう、大丈夫。それを『絶対』だと照明してみせる。シアンブルーのスパークが青い誓いとして、すみれの瞳に写り込む。
『……』
 何か、言葉にならない思いがすみれの胸中に込み上げる。
 それが言葉になりきる前に、すみれを樒矢・リベル(カゲロウ・h07812)が保護。
「先程の動きはよかった。共に生き延びよう」
『ぁ……』
 何気ない言葉だ。飾り気のないリベルの褒め言葉。
 それがすみれの中にすとんと刺さった。
 だが、危難は去っていない。それどころか更なる困難に陥っていることは目にも明らかだった。
 リベルがAnkerであることがサイコブレイドには当然わかっており、その切っ先が髪の先を掠める。すみれがいるのと反対側。
(すみれの目の前で殺すことを徹底しているな。だが、簡単に殺られはしない)
 リベルは夜凪を抜刀、高速思考でサイコブレイドの剣筋を予測し、受け流し。返す刃でカウンターを叩き込む。うまく弾いた。
 深追いはしない。少し距離が取れたところでグレネードを投げ、すみれを連れて退避。散開はせず、防御。距離を取りながら味方が追いつく時間を稼ぐ。√能力が使えなくとも、戦う術をリベルは幾つも知っていた。
 グレネードの爆発の向こうからコルトが駆けつけ、サイコブレイドの行く手を阻む。すみれとリベルへ追い縋ろうとするのをスパークを纏ったコルトが許さない。|疾光《リベリオン・ストライク》の速度はサイコブレイドと張り合っていた。
 暁凪の一閃。電光が弾けながらサイコブレイドとかち合う。√能力なしの打ち合いでは分が悪いと判断したのか、サイコブレイドは距離を置くように後退。
 突っ込むコルト。コルトの義眼と索敵補助レーダーから位置情報等を把握していたリベルから叱咤が飛ぶ。
「俺達を守ることにばかり気を取られて無茶をするな! お前がここで死んでは意味がない!!」
「……わかってます」
 代わり、ドローンとレギオンを飛ばす。牽制射撃。進行方向や着地点を義眼で計算し、行動阻害を徹底。
 サイコブレイドはコルトの妨害により、攻勢から回避に主軸を移す。スパークを散らしながらサイコブレイドに付きまとい、すみれとリベルの方に行かせまいとしている。
『……あのこ、だいじょうぶかな。おじさんが押してきてる』
「ああ。汀は本来後衛職だからな、隙が多い……慣れないのに無茶をするからだ。それでも、一声かけてからは視野をちゃんと取り戻したようだ」
 大丈夫と断言はできない。相手とどれほど実力差があるかはリベルも理解している。
 気休めなど言っても仕方ない。けれど無闇に不安がらせるわけでもないリベルの言葉選びをすみれは静かに受け止める。手が胸元の三色菫の飾りにそっと触れた。
 ——祈るように。
 速度や威力でアドバンテージを取れても、細かな技巧と近接戦闘における経験値の差を埋めるには足らない。攪乱が目的、それでいいとコルトは考えていた。
 だが、殺しても真の死を迎えなち√能力者相手に、サイコブレイドが容赦することはない。レギオン、ドローン、コルトの妨害にも一定のテンポが存在する。それを読み解き、テンポを瓦解させるフェイントを交えての踏み込み——!
「申し訳ないけれど、邪魔させてもらうよ」
 その台詞はサイコブレイドのものではなかった。
 戦斧が翻る。剣先が狙っていたコルトと入れ替わるようにして前に出たのはシスティア・エレノイア(幻月・h10223)。
 長い柄の戦斧、重量があるであろうそれを悠々と扱う様は歴戦であることを感じさせた。ならば加減をしてやる理由もつゆと消える。サイコブレイドは急遽システィアの戦斧を弾いたところから素早く身を返し、サイコストライクにより、喉目掛けて突きを繰り出す。
 殺意の高い攻撃。
「ティア!」
 そこへすがりつくようにクラウス・イーザリー(太陽を想う月・h05015)が、サイコブレイドの背後から囚影により変化した二丁拳銃無明の短剣を走らせた。
 射程の短い短剣の切っ先で捉えられたのはサイコブレイドのコートの端。だが、|触れた《・・・》。となれば、無明に封じられた影竜の権能は発揮される。
「っぐ」
 影縫い。
 影と本体が解離するなどあり得ない。ゆえに影を縫い止め、固定することで行う移動阻害の状態異常。
 サイコストライクの即時再行動要件を発動するのは無駄討ちになるか。だが、振り切れぬわけでもない。
 サイコブレイドは影縫いにより動きを鈍らせられながらも振り向きざまにクラウスへ剣を投擲。回避のために気が削がれれば、影縫いの効果も弱まるだろうという目論見。
 投擲の狙いも適当ではない。剣は握って振るうのが基本。だがサイコブレイドは暗殺を生業とする身、臨機応変の柔軟な戦法も当然身につけていた。投擲もそんな技能の一つ。
 目視によらずとも狙い澄まされた剣の投擲。それがクラウスの首と胴を泣き別れにしようとする。
 回避は間に合う。それはわかっていてもシスティアは動かずにいられなかった。クラウスと剣の間に割って入り、剣を受ける。斧を振り回すと、クラウスもその範囲内に入ってしまいそうだったから、腕で。フィンブルの冬——世界の終わりという歪みが生じ、ある程度の剣の威力を削ぎ、受け流す。それでもサイコブレイドの剣。無傷で流すことはできなかった。
 傷は浅い。けれど、どれだけ見慣れても、鮮血の鮮やかさはクラウスの中の不安にぽたぽたと滴り、広がる。
「ティア? 無理はしないで」
 庇われた。
 当たり前のことである。クラウスは今や、システィアのAnkerでもあるのだから。システィアにとって、かけがえのないよすが。システィアがすみれに語りかけ続けてきた「手を伸ばしたら握り返してくれた存在」、それこそがクラウスなのだ。
 手に入れられると思っていなかった。許されると思っていなかった。でも、幻ではなくて、ちゃんとここにいてくれる。
 サイコブレイドはそのことも織り込み済みなのだろう。だからクラウスへの狙いはいっとう研ぎ澄まされていた。Ankerとするシスティアの動揺を誘うため。√能力者とはAnkerのために身を擲つものだと彼は誰よりも知っている。
 当たり前だ。サイコブレイドは自らのAnkerを人質に取られているのだから。
 クラウスもその心情は理解できる。自分だって親友が生きていたら、考えるより先に庇った。
 でも、大切なひとにそうして庇われるのが怖い。自分を庇って、親友は死んでしまったから。手を伸ばす暇もなく置いて行かれるのが、怖い。庇われて、死なれたら。いくら√能力者だとしても、それは。
「無理はしてない」
 トラウマが蘇りかけるクラウスの耳に、優しくもきっぱりとしたシスティアの声が降りてくる。
「……もうあの頃のクラウスじゃないでしょう?」
 とん、とその声がクラウスの胸を衝いた。
 言外に込められた意味。
 あの頃……親友に庇われて、かけがえのないものを喪うしかなかったあの頃とは違う。
 並び立って戦える。無力なままの自分じゃない。守られるだけじゃない。ティアが俺を守ってくれるのなら、俺もティアを守る。それができるんだ、今は。
 それに、「置いていったりしないよ」とシスティアは言ってくれた。やわらかくすみれ色を宿すその眼差しが「約束を忘れたりしないよ」「破ったりしないよ、きみが大切だから」と語りかけてくれている。
「……うん。大丈夫!」
 クラウスの表情が明るくなった。その顔で前を向く。
 短いやりとりの間も、サイコブレイドの攻撃は絶え間無く続く。サイコストライクは未だ使われていないが、クラウスとシスティアの連携の取れた攻撃を無理に崩そうとはせず、攻撃直後の硬直に剣を刺したり投げたりする。
 剣での攻撃ばかり警戒していると、コルトのレギオン等の迎撃をかわしながら、足払いを繰り出してくることもあった。剣技だけでなく体術もかなりのもの。
 低姿勢からの突き上げ。クラウスは仰け反って避ける。無明を構えて撃つ余裕はなく、たたらを踏むようにして後退。流れるように薙ぎ払って、システィアも払いのけようとする。
 後退させられたクラウスの姿を見て、そちらに一瞬気がいってしまった。それも計算のうちなのだろう。サイコブレイドはシスティアの脇腹に叩きつけるように峰打ち。
 戦斧の取り回しが間に合わず、したたかに打ち付けられる。
 一手遅れたが反省は後。システィアは斧へ魔力のチャージを始める。クラウスも無明を持ち直す。二人が体勢を立て直す間に、サイコブレイドは別方向からの攻撃に対処していた。
 別方向——上である。
 エアリィ・ウィンディア(精霊の娘・h00277)が魔力翼により飛翔していた。
 上空からの精霊銃による牽制射撃。サイコブレイドは回避と剣での切り払いで防御。精霊の力もあり、色とりどりの光が弾ける。
 その華やぎに呼応するように心の籠った歌が響き渡った。
「すみれさんを殺させるわけにはいきません。すみれさん自身のためにはもちろん、あなたのためにもです。サイコブレイドさん」
 架間・透空(|天駆翔姫《ハイぺリヨン》・h07138)がサイコブレイドを見据える。その歌は|群青を切り裂け《ハイペリヨン・デイブレイク》。
 敵以外の全てのちいさな勇気や前進する意欲を増幅し、回復をもたらす。レゾナンスディーヴァとしての歌うことによる後方支援。
 共に来たエアリィはもちろん、共に戦うコルト、リベル、システィア、クラウスも補助する。そして、何よりすみれが前に進めるように。
 ——本当は殺したくなんてない、だから今はEDENたちを言い訳にして、すみれの抹殺を後回しにしているサイコブレイドのためにも歌っている。
「後ろは任せて、思い切りやっちゃってください!」
 サイコブレイドさんを止められなければ、この場の全員の悔いになるのだ。サイコブレイド自身も含め。
 人を勇気づけて、前に進めるよ、大丈夫だよ、と語りかけるような歌。その言葉はすみれにも届く。
 さっきは、怖かった。でも、守れた。
 自分に手を差し伸べてくれた人を守れた。身代わりというやり方ではなかったけれど、それがいいことだと褒められた。
「せっかくまたひとに寄り添おうとしているすみれさんから、希望を奪わせたりしない」
「希望を失う痛みを俺は知ってる。だから、させない」
 そう言って守ってくれる人がいる。
 飛翔した状態からサイコブレイドに狙いを定めたエアリィが加速しながら接近。右手の精霊剣を振るう。
 サイコブレイドは受け止めた。だが、その勢いを殺しきることはできなかった。じり、と後ろに押されたのがわかる。
 そこからすかさずエアリィは、己の右脚を精霊銃で撃ち抜いた。
「!?」
「あなたもよくやる手だよね!!」
 言いながら即時再攻撃。
 透空の√能力による回復を当てにしているのだろう。信頼の成せる業だ。しかし、こんなに躊躇なく。
 もう一撃とでも考えているのか構え直されて自分のもう片脚を狙おうとするエアリィ。その銃をサイコストライクが弾いた。
「っうあっ」
 間を置かず、サイコブレイドは自らの左目を潰し、体勢を崩したままのエアリィを掴んで投げる。地面にどさりと投げ出され、どうにか受け身は取れたものの、右脚に力が入らず、立ち上がれない。
「この回復能力は即時再生レベルでない。飛べることに甘んじて脚を犠牲にしたのは早計だろう」
 言いながらサイコブレイドが剣を振りかぶる。
「あなたも三つ目に甘んじて一つ破壊するのは早計だったんじゃないかな」
 エアリィを庇うようにシスティアが前に出てサイコブレイドと打ち合う。システィアの言葉に右目と額の目を険しくさせ、潰した方の警戒を強めれば、そちらから何者かが迫ってくるのがわかった。
 クラウスだ。変形した二丁拳銃が移動阻害を付与してくるのが厄介だな、と脳裏を掠める。同時にシスティアとの拮抗を解き、出し惜しみせず再度のサイコストライク一閃。
 薙ぎ払うように振るわれた剣はクラウスとシスティアを同時に捉え、二人が対処に追われる中、サイコブレイドは自分の左脚の甲に剣を突き立てた。
 破壊に当てての再行動。こうも短時間で二回。負傷を厭わない覚悟は驚嘆に値する。判断力も決断力も凄まじい。
 けれどクラウスはすかさず足払いをサイコブレイドの左脚目掛けて放つ。脚を根元から断ったわけではないので立ってはいられるだろうが派手に傷つけたのだから、力は入らなくなっているはず。
 それに、クラウスが視界の隅で捉えたシスティアは、魔力のチャージが完了していた。
 逃がさない。
 |魔斧烈衝《マジンレッショウ》。
 装甲を貫通する斬撃。チャージされていた魔力は黒雷となって敵の身を焼いていく。受けたサイコブレイドからは人のような赤い血と触手由来とおぼしき黒い液体が滴った。再行動を攻撃ではなく素早く防御へ切り替えたようす。けれど、システィアの√能力により、防御に使われた黒い触腕はズタズタとなっている。
 サイコブレイドはしかし、尚も剣を握った。血のような液体を滴らせながらも、ゆらりと再生していく人外の手。そこから剣へと何かが集中していく。不可視だが、膨大な。
 剣への異常なエネルギーの収束——それはギャラティック・バーストのチャージを意味していた。
 サイコブレイドが放とうとしているのは彼の持つ中で最高威力の攻撃。破壊できる身体部位がなくなってきたし、負傷の度合いから見ても限界が近い。必殺の一撃に全てを賭ける判断は順当である。
 チャージ中のダメージは後回しだ。だから誰の攻撃を受けても、放てれば勝ち。
 せめて道連れだ。
 そんな声が聞こえる気のするほどの殺意。しかしそれは悪意になりきれない。
(露悪的に振る舞うのはいいが、呑み込まれないのか、それは)
 徹底的であろうとする。だが寸前で邪悪になりきれていない男の不器用な有り様に、リベルは内心でひとりごつ。
 空気のひりつきが増したことはすみれも感じ取っていた。だからこそ下手には動かず、状況を見守る。
 真っ先に動いたクラウスは、無明の乱れ撃ちから影縫いでサイコブレイドの動きを封じる。動揺から立ち返って澄まされた今、銃弾は確実にサイコブレイドを捉え、その精度に呼応したように、影縫いの効果も上昇する。
 透空の歌で回復してきたエアリィも、飛びこそしないが牽制射撃。
「サイコブレイドさん、あなたを止めるには言葉は届かない。あたしはそう思うから、全力で戦うよ。でも、止めたいって思う人がいるのは忘れないでね」
 隣で支えてくれる透空のことを思いながら、言葉を贈る。
 この言葉も届かないかもしれない。それでも、伝えたかった。前に進む勇気を透空の歌はくれるから。
 思いを届けるために歌う透空のことがエアリィは好きだ。自分も同じように届けたい。歌いたい。だから一緒にいる。
 回復の効果は届かなくても、透空さんの思いがあなたの心に届くように、あたしは願っているよ。
「エアリィさ、……エアリィ!! んもー、任せると言いましたけどなんたる無茶を!! あとでお説教です!!」
「ひゃ、ひゃい……!」
「サイコブレイドさんも深傷を負っています。渾身の一撃。私たちはここで防御に務めましょう。……たぶんあのひとは、あれを放って死ぬくらいの覚悟です」
 いざとなったら、身を挺してでもすみれを守り抜く。ここに集う面々の中で、怪人の自分が身体的に一番頑丈だから。
 それでも、簡単に傷つきにいこうとは思わない。すみれに目の当たりにさせたくないし、エアリィを連れて逃げる方が優先だと透空は考えていた。
 あの人もAnkerを守るために戦うしかないという事情があるのはわかっている。どこかやるせない気持ちを抱えながら、それでも透空はレーザー射撃等でサイコブレイドの動きを阻みつつ、ギャラティック・バーストに備える。
 長いようで短い60秒。直前に全員が離脱を図る。コルトはすみれとリベルを抱えて退避。腕は生身だとか、腕力がないだとか言っている場合ではない。
 閃光が過ぎ去る。サイコブレイドが再度襲い来ることはなかった。確認に向かえば、本人の姿も、剣も消え失せている。おそらく、ギャラティック・バーストを放つと同時、後回しにしていたダメージを食らって死亡、√の向こうへ再構築されるために消えたのだろう。
(……方法が違うだけで目的は同じだろうに、戦う他無いのが悔しい)
 システィアが短く瞑目しながら、そう噛みしめる。けれど、どうにか打ち勝てた。すみれも無事で、こちらも誰一人欠けずに済んだ。
 システィアとクラウスがすみれたちの様子を伺う傍らでは、透空がエアリィの肩をがしっと掴まえて、ゆっさゆっさと揺すっている。
「もう!! 本当に無茶をして!! 確かにやり方は任せたし、相手がサイコブレイドさんでしたから多少無理を通さないといけないのはわかってますけど!! 心配したんですからね!?」
「う……と、透空さん、ちょっと、ゆさゆさ止めて」
 透空の感情の乗った揺さぶりに、さすがに眩暈を覚えてエアリィが呻く。自分が無茶をした自覚はある。……心配してくれるのは、ちょっとうれしい。
 透空はすみません、とゆさゆさを止める。だが、ぷんすことした様子はそのまま。少し目元が赤らんで、泣きそうに見える。
「本当に、心配したんですから。程々にしてください」
「でも、透空さんが後ろは任せて、思い切りやってって言ってたから、気合い入っちゃって」
「言いましたけどっ、別問題だと思うんですよ、エーアーリィ~?」
「……ごめんなさい」
 エアリィが謝罪を口にすると、透空はぎゅうっとエアリィを抱きしめる。無事でよかったぁ……と零れた声は心底安堵しているようだった。
 √能力で回復するとしても、自傷ダメージはインパクトが大きい。それが勝つためだったとしても、心臓が止まるかと思うくらい、ひやっとしたのだ。
 死んでしまわなくてよかった。√能力者だから、死んでも√に観測されて体が再構築されて蘇るけれども、そういう問題ではなくて。
 今回は特に。身代わり傀儡人形として生きてきたすみれを守るための任務なのだ。誰かが死んでいたら、すみれはまた心を閉ざしてしまうところだった。
 透空に叱られてしゅんとするエアリィ同様、コルトもすみれとリベルの前でしゅんとしていた。
 瀕死までいかなかっただけで、前衛慣れしていないコルトの動きは隙が多く、他の仲間の介入がなければどうなっていたかわからない。
 絶対死ぬ気はないから、身代わり候補にどう? なんて提案した直後である。いっそう項垂れ、反省していた。
 けれど、まだ回復のための歌が歌われていて、ちいさな勇気が増幅される。前に進むための気持ちが湧いてくるから、コルトはすみれに何よりも大事な一言を告げる。
「すみれさん、さっきは守ってくれて、ありがとう」
『……!』
 あまり大きく変わることのなかったすみれの表情。それがコルトの一言で、大きく目を見開き、赤みがかった紫の瞳を震わせた。
 涙が零れる、なんてことはなかったけれど。心が打ち震えた。
『……ありがとうって、言われたの……はじめてかも……』
 今までの主人たちはそういう余裕がなかったのだろう。あまりにあっという間のお別れだったり、生を望んでいなかったりしたから。
 すみれが顔を上げて、コルトとぱちりと目を合わせる。合った瞬間、コルトは思わず目を見開いた。
 目が細められ、口角が仄かに吊りあがったすみれは、綺麗に笑っているように見えたから。
『わたしからも、ありがとう。……あの』
 微笑みは一瞬で切り替わる。けれど悲しい顔にはならず、少し戸惑っているような、照れくさそうな様子で、すみれは小さな手を伸ばしていた。
『さっきの、はなし。……答えそびれた、から』
「うん」
『あのね、うれしい。だから、よろしくおねがいします』
 どうか、ながく……そばにいさせてください。
 すみれの言葉に、コルトは頷く。
「こちらこそ、これからよろしく。すみれさん」
 小さな手を取って、引いて。もうだいぶ深い色になった空を示す。
「そろそろ花火が始まるんじゃないかな。今日はお祭りなんだって。一緒に見よう」
『……うん』
 手をつないで、ひとりぼっちだった人形が喧騒の中へ歩いていく。新たな主人を据えることを恐れることはなかった。
 ——守りたいという願いは、わたしに根づいた想いだから。

 胸に咲く花の根本として。
 ひとかたの想いは、報われる。

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