ボクとキミが見たセカイ
風が吹き、木々の梢が擦れる音が笛の様に鳴り響いた。幼き竜の子が好奇心でその音の正体を探ろうと道を外れれば、もう既に同胞たちの姿は何処にも無かった。仲間たちはどこだろう? 竜の子が不安げに周囲を見渡せば近くの繁みが揺れた。きっと仲間だ——幼き竜は何の疑いも無くその繁みに近づく。然し、その繁みの中から聞こえて来たのは見知らぬ人間の声だった。
「捕まえろ!」
それは冒険者らしき人間たちが叫ぶ。突然の事に幼き竜は悲鳴すら出せず、その場から逃げ出そうとするがそれも叶わず転んでしまう。そんな幼き竜を冒険者らが取り囲んだ。
「もう逃げられないだろ!」
「で、ここからどうするんだ?」
「どうするって……依頼の品は竜の瞳だろ?……やるしかねぇだろ」
それは年若い声だった。その声を聞き、幼き竜は同胞から聞いた話を思い出した。この辺りの人間にとって竜の瞳とは特別なものだから、狙う者が多い。だから気を付けろ——と。もはや動けない幼き竜は自らの左目に迫る鉄の切先を恐怖に震えながら、見つめていた。そして意識はプツリと途切れ、真っ黒な闇へと沈んだ。
——それからどれほどの時間が過ぎただろうか? その場所には冒険者たちの姿も無く、幼き竜の姿も消えていた。残されていたのは青色の髪を乱し、力なく地面に倒れ呆然と空を見上げる少女の姿だけだった。そして、その左目がある筈の場所にはただ空虚だけが残っていた。
◆
——数年後
賑わう商店街。行き交う人々に混じって青髪の少女、レンリ・インヴィクタは歩いていた。翠を基調とした衣服の腰部分から生えた青い鱗の翼が特徴的なドラゴンプロトコルの少女はとある仕事の為にこの街を訪れ、蔦の絡まる木製の杖で石畳を叩き、カランカランと音を鳴らしながら目的地を目指していた。
「賑やかで、みんな元気そうだね」
昔はこうやって街を歩く事すら苦痛に思えたが、今では街の活気を楽しむ事すら出来るようになった。レンリのその右目には人々の営みが色鮮やかに見えている、そんな中、レンリは足を止める。偶然にも視界に入ったのは賑やかな世界から弾かれた薄暗く寂しい路地だった。
(——あの時を思い出すな)
それは今から少し昔の事。少女の姿となったレンリは群れから逸れたまま1人、街の路地裏を彷徨っていた。着慣れない布をその身に纏い、素足を転がる小石が痛めつける。漠然と、かつて左目が存在した場所に手を翳す。何も無い、あるのはただ喪失感ばかりだ。
——ボクには、もう何も無い
レンリは路地裏の片隅に座っていた。涙も怨嗟の声すら出る事は無い。自分はただ静かに、誰にも知られる事無く死んでいくのだと思っていた。そんなレンリの前に1人の少女が立っていた。随分と身なりの良い少女だ。彼女は微笑んでいた。
『同じですね』
少女の言葉でレンリは少女の右目が光を失っている事に気が付いた。自分と同じだ——だけど、全然違う。無意識に差し出された少女の手を取っていた。彼女の体温が伝わり、レンリは少女のその手を取ったまま歩き出していた。——時が動き出した。そしてレンリは少女に手を引かれ、薄暗い路地から活気に溢れた街通りへ飛び出した。
光が飛び込んで来る。白黒だった世界が鮮やかに彩られていった。隣を見れば少女の微笑みがあった。レンリは上手く笑顔を作る事が出来なかったがそれで十分だった。闇に光が差し込んで、心を満たしてくれた。だから今度はボクが——微笑む彼女の右目となろう。
◆
「懐かしいね。……さぁ、仕事だ」
レンリは懐かしそうに微笑むと、路地から視線を外して歩き出した。清々しいほどに空が青い。あの日の記憶はこの胸の中に鮮明に残っている。