|温泉《フロ》へ…
●沸いたものは…?
ーーその日、戦闘機械群が沸いた。
ついに、√EDENへの道が開いたのである。
征く先はとある温泉街。
次々と√を渡り、降りしきる雪の中、作戦を開始する少女型機械たち。
メイド型ロボは地を駆け、道々を制圧し、
UFO型ロボが空を舞い、制空権を奪う。
廃墟となった街の中、温泉宿へ堂々と歩を進める|少女《アンドロイド》。
彼女たちの目的は、ただ一つ。
『ーーこれより、銭湯を開始します。』
……うん?誤植かな?温泉だよ?
●温泉街を守れ!
『まー、そこは美肌の湯として有名だったんだなー。』
けらけらと、温泉街のパンフレットを手に笑っているのは、星詠みに目覚めた虎の獣人、真弓・和虎である。
『機械でも女の子、って事なのかねぃ?生体パーツなら効果がある…のか?』
などと、疑問を挟みながら、さてとと切り出し。
『とは言ってもだ。街を吹っ飛ばされて、温泉宿まで橋頭堡にされちゃあたまんねー。心置きなく叩きのめしてやってくれぃ!』
作戦の概要は、こうだ。
まず、街のお掃除と称して破壊活動を行っているメイド型お掃除ロボの群れを排除してほしい。
『で、だ。こっから先、変わった運命の分岐が見えてんだよなぁ…。
どうも、掃除ロボを倒した時の男女比率で、相手の出方が変わってくるみてーだ。』
男子の比率が大きければUFO型ロボの集団が。
女子の比率が大きければ、一体の指揮官アンドロイドが出てくるという。
なお、階梯0〜1の獣人や、野良系の動物√能力者は、男女どちらであっても条件に含まれないらしい。
『徹底してこの区域から男を排除してから、安心して温泉に入りてーのかもな!』
などと宣いながら、白虎はけらけらと笑い。
そこから一転、真剣な表情を浮かべて、√EDENの危機に集った√能力者たちを見渡す。
『色んな意味で巫山戯てるが、放っときゃ周辺住民にも被害が及ぶ。
命張らせて悪ぃが、仕事上がりにゃ温泉がある!
コイツで一丁、よろしく頼むわ!
ーーあ、混浴よ?水着と着用と公序良俗しっかりな?』
白虎は茶目っけたっぷりにウィンクすると、ひらひらと手を振りしっぽ振り。√能力者たちを送り出すのであった。
第1章 集団戦 『お掃除ロボット『DSN205型0番台』』

降りしきる雪の中、お掃除ロボット『DSN205型0番台』が口々に『ですの〜』『ですの〜』『すの〜ですの〜』などと騒ぎながら、賑やかに、姦しく、甲斐甲斐しく温泉街を駆け回っている。
今はまだ除雪とゴミ清掃だけで済んでいるが、これがいつ人間を掃除対象と認識するかわからない!量産初期型は中古品だからね!
喜劇がもとい、悲劇が起こる前に、急ぎ排除せよ!
ーー寒いときは温泉じゃな。
『で〜す〜の〜!』
駆けずり回るお掃除ロボット『DSN205型0番台』を眺めながら、ヴィルヴェ・レメゲトン(万魔を喚ぶ者・h01224)は、土産物屋のベンチに腰掛けて。
温かく、ど甘いお汁粉を口に含んで、ほぅ、と白い息を吐いた。
初雪の様な肌に、雪の様な白い髪。赤い瞳は雪兎のよう。
ぶかぶかの召喚術師のローブは、降りしきる雪の中でも暖かい。
ーー今のところ、ロボットたちは除雪に掃除にと獅子奮迅。
温泉街の道々は着実に歩き易く、綺麗に整えられていっている。
『ですの〜』という声が少々賑やか、中古品故にいつバグるかわからない、という難点にさえ目を瞑れば、そこまで害はない。
いや、後者が余りにも致命的なのだが。
おそらく、予知で見えた風景は、やがてくる故障の結果なのだろう。
故にヴィルヴェは、
『タダ働きさせておけば温泉街も綺麗になって良いのじゃが……』
と、一先ずの実利を取り、さらにバグって殺人ロボになったら殲滅すれば良いという目算だ。
そして、その時は訪れた。
真冬とは思えぬ薄着であったがために、寒さによりバッテリーか動力か何かでもイカれたのか、元々限界だったのか。
頭から煙を吹き始めたモノがいる。
『ここらが潮時みたいじゃな?』
どっこいしょ、とベンチから腰を上げるヴィルヴェ。
【Lesser Key】を始めとする、召喚装備も問題ない。
店を巻き込まない様、ローブをずりずり、メイドロボの目の届く所へ。
あとは力ある言葉を唱え、戦端を開くだけだ。
『で……す……DEATHの〜!!』
『メイドフォーメーションパターンZですの〜!!』
どうも、バックアップ個体たちにまで、バグ情報がデータリンクされているらしい。
動作不良を起こしていなかった機体までもが、一斉にメイドセンサーで捕捉したヴィルヴェを見つめ、ロングソードを抜いた。
ーー開門せよ。
殺人機械と相対する、小さく白い召喚術師が、『鍵』を振るう。
虚空に浮かぶ『門』より現れるのは、果たしてメイドロボたちを上回る数の、光の軍勢。
『天使の軍勢よ! 聖なる光を撃ち放つのじゃ!』
ヴィルヴェがぶかぶかの袖に包まれた腕を振るえば、それを合図に、無数の光の矢が雨の様に、雪と共にメイドロボたちに降り注ぐ。
半径内にバックアップを呼び出すというメイドロボの仕様上、指定地点に光の矢の雨を降らす【|天軍の光《テングンノヒカリ》】は相性抜群だ。
足を奪われ、機動力を奪われ。
逃げられもせぬままに、次から次へと射抜かれ。
火を噴き、故障品から廃品へと姿を変えてゆく。
『ふははー!ヴィルヴェの召喚術に恐れ慄くのじゃー!』
メイドロボの残骸たちを前に響く、ヴィルヴェの高笑い。
これが温泉街防衛戦、最初の勝ち鬨となったのであった。
ーーですわ〜、ですわ〜、お風呂ですわ〜。
『ですの〜!ですの〜!お風呂ですの〜!』
何やらお掃除ロボット『DSN205型0番台』と共鳴しているのは|テラコッタ・俑偶煉陶《てらこった・よーぐれっと》(はにわじゃないよ・h00791)である。
ーーわれたちは人形ですゆえ。
『創られた』生命同士、何かしら通じ合える部分があったのかもしれない。
セラミックの彼女が、どれだけ寒さを感じるかはわからないが、土師器壷瓯鈿ハジキコーデ『おらりお』で寒さをぱおんと吹っ飛ばしながら。
しばらくは除雪に掃除にと駆け回るメイドロボを観察していたが。
先ほど響いてきた高笑いを境に、どうも、一部の機体が戦闘態勢に切り替わりつつある。
先ほどテラコッタと共鳴していた機体も、突如として動きを止めた。
テラコッタを見つめる瞳には、敵の性能を測る、機械的な光が点っている。
先ほどまでの交流は、既に戦闘命令へと上書きされ、攻撃態勢に移行しているようだ。
『除雪をしてくれるのはありがたいですけど。
攻め込んでくるような人形は、コテンパンにのしてやる、ですわ。』
テラコッタは除雪していた機体に、微かな寂しさを交えて感謝を伝え。
『愛用の植木鉢を背中に背負っていざ出陣、ですわ。』
『メイドフォーメーションパターンBですの〜!』
隊列を組み、抜剣突撃してきたメイドロボたち。
これを迎え撃つテラコッタは、楽しみにしている温泉のイメージを頭に浮かべ。
『お風呂といえばお猿さんね。われたちが顔を引っ掻いてやります。』
【|あのころの思い出《ツチニヤドルキオク》】を元に、猿に変身したテラコッタ。
メイドロボたちの突撃を猿の身のこなしで回避すると、そのまま顔に飛び付いて、セラミックの爪ではりばりばりー!顔を思いっきり引っ掻いた!
『いったいですの〜』
『助けるですの〜』
仲間の窮地を助けようと、振り下ろされたロングソードをかきん、と土師器らしく弾きます。
これで相手のパワーが測れた以上、数発くらいであれば問題なく耐えられそうだ。
隊列を組んだメイドロボたちがテラコッタを袋叩きにしようと襲いかかっても、それこそが鉄壁たる彼女の真の狙い。
ーーこの距離は、あの人の言うことを実践できる、いい機会なの。ですわ。
『ポンコツ機械は叩けばなおるって|かまどおうちの持ち主《Anker》が言ってました。』
陶芸家の俑偶煉陶・炭彦氏は、歳の割に古風な方なのかもしれない。
ーーぶぉん、ぐしゃり。ぶぉん、めきり。
テラコッタの怪力とともに、棍棒【|土師器漠堊火弗《ハジキマクアウィトル》『しろつち』】が唸りを上げる。
振るう度に一体、また一体と、重量のある攻撃の前にフレームごとひしゃげさせ、中古兼故障品の精密機械がホームランされていく。
『これでポンコツを治して、われたちみたいにいい子な人形になるんですよ。ですわ』
ーー諭す様に言うテラコッタに、返事ができる者は誰1人として残っていなかった。
ーー戦争中だと製作者の脳味噌腐るのかしら。
ですの、ですのと姦しく駆け回るお掃除ロボット『DSN205型0番台』を冷めた目で見ているのは、カンナ・ゲルプロート(陽だまりを求めて・h03261)だ。
『掃除用のロボットがメイドなの?
√ウォーゾーンのロボットは、たまに頭おかしいのがいるわね。』
と、開発者の頭の中を心配するに至っていた。
元々の開発目的は『貴族の政敵暗殺用』と、何とも物騒な代物であり、『お掃除』もそちらが本来の仕様なのであろう。
しかし、そんな事をカンナが知る由もない。
√EDENにも自動で掃除してくれるロボットが存在するし、ある程度はそれで事足りる。
手足がある事で生まれた利点も有るのだろうし、0番台以降も量産されているという事は、何らかの要因がユーザーに刺さったのだろうが。
壊れるまで使える程度には、信頼性も担保されているようだ。
それにしても、聞けば聞くほど物騒な世界である。
『ま、これ以上被害出る前にぶっ壊しますか…』
石畳をとんと跳ね。雪の降りしきる中、ヴァンパイアマントを靡かせて。
|黒影の翼《シャッテンフリューゲル》が飛び立った。
『対空メイドセンサーに感ありですの〜!』
その言葉を最期に、メイドロボの頸がころりとひとつ、地に落ちる。
ーーウォーゾーンの敵はぶっ壊しても心があまり痛まないからいいわ。
例えヒトの形をしていようと、文字通りの人形だ。 躊躇いなど微塵も無い。
『おっと、集まってきたみたいね。』
索敵・情報収集に出している|蝙蝠《ロキ》と|黒猫《エレン》の視覚からカンナへと、メイドロボたちが空を舞うカンナを目指し、集まりつつある映像が共有される。
『ネットランチャー、一斉発射ですの〜!』
銃列を整え、宙を舞うカンナを地に引き摺り下ろさんと放たれる網を軽々と避け。
『あなたたち、ちゃんと可動部に油さしてるー?
動き悪すぎてウケるわー。』
その単調な動きを笑い、挑発しながら。
一ヶ所に集められたメイドロボたちの足元。ぞわり、地上に映るカンナの影が蠢く。
『|影《これ》でお相手するね。刺殺、斬殺、殴殺、どれがお好み?』
ーー|鏖殺する影《シュラハトシャッテン》。
剣山の如き影が、四方八方へと伸び。カンナという獲物目当てに集まったモノを穿ち、貫き、切り裂いてゆく。
相手は人形とはいえ、ヒトガタの手脚や胴、頭が転がる、『鏖殺』の名に相応しい惨状が、カンナの眼下に広がった。
『そもそもメモリぶっ壊れてるんじゃない?
掃除の前に自分の中身の掃除してもらえば?』
メモリどころか全損し、中古品から廃品へと変わったモノたちの中に、カンナの声が届く者は、もう居ない。
ーーこんな物騒な所で女給ごっこかい?
ぽくり、ぽくり。舞い散る雪の中、ぽっくりを鳴らし、粋に藤色の着物を着こなして。帯は達磨の縁起物。
|五ツ花・ウツギ《いつはな・うつぎ》(遊び遊ばれ世は情け・h01352)は、すっかり戦場に様変わりした温泉街を見渡した。
あちらでは高笑いと共にお掃除ロボット『DSN205型0番台』の悲鳴が聞こえ、此方ではメイドロボがどっかんどっかん宙を舞い。
きっと何処かではバラバラになったメイドロボが転がっていることだろう。
当初は除雪に掃除にと駆け回ってくれていたのだが。
今となっては、給仕ごっこをするには、確かに物騒なことこの上ない状況となっている。
『逆さクラゲと言えば相応にいかがわしい場所と相場は決まってるけども、こっちの世界じゃそういうのも中々難しそうだね』
老いを欠落し、若い見目にも関わらず、齢70を数える彼女にとって。
今世の観光地ではなく、歓楽街としての温泉街を懐かしく感じる事もあるのだろう。
『ここは一つ、歓楽街の復活のためにも一肌脱ぐかね。』
ーー温泉饅頭と温泉卵目当てに来たらこれですか。
一方で、嘆息しているのはスミカ・スカーフ(FNSCARの少女人形レプリノイド・h00964)だ。
敵の目的が、どうにも温泉であることは、スミカにも見当が付いている。それにしたって…
『温泉街を破壊してしまっては温泉の魅力が半減していしまうではないですか。』
温泉街の街歩きやグルメも含めて『温泉』なのである。
それを解さないとは、無粋にも程があろうというものだ。
『とりあえず、とっとと退場してもらいましょう。』
懐古するもの、無粋を憤るものがいれば、純粋に温泉を楽しみにしているものたちもいる。
ーー美肌の湯だって?僕も入りたいな。
温泉、大好きなんだ。
ーーわたしだって美肌になりたい!!
もふもふにゃんこだけど。
この依頼で白一点となったマスティマ・トランクィロ(万有礼讃・h00048)と、もふ一点となったクラウディア・アルティ(にゃんこエルフ『先生』・h03070)だ。
なお、クラウディアは指揮官から見て階梯1の獣人と判断されているらしい。
『でもその前に、あのお嬢さんがたにお引き取り願わなくてはならないんだね。』
『聞いた話と、今起きている話では、そのようですね。』
彼らの前には、周りがバグりちらし、廃品に変えられていく中でも、データリンクに故障があったのか、いまだにせっせと除雪と掃除をせっせと続けている個体群がいる。
『雪かきとお掃除をしてくれている…。
うーん、全く悪い人たちには見えないね。
意外と話が通じたりしないかな?』
『予知上では、街が瓦礫の山になっていたようですので、オススメはできませんが。』
マスティマが口にすれば、試す価値はあるかもしれないとクラウディアも頷き。
2人で掃除中のメイドロボに近づいて。
『失礼、お嬢さんがた』
名家の者らしく、穏やかな表情と、外交経験の中で鍛え上げた礼儀作法を以て、メイドロボに声を掛けたマスティマに。
ーーぎゅるり。人には能わざる速さと角度で、メイドロボたちが一斉に振り向いた。
『男を発見ですの〜!』
『男は|見敵必殺《サーチ&デストロイ》ですの〜!』
『ズムウォルト様からのご命令ですの〜!』
ーーきりきり、きりきり。メイドロボの表情が、殺人人形のそれに変わっていく。
『あっ、コレはヤバいやつですね?』
『…えっ、男?確かに僕は男だけど…?
待ってくれ、手荒な真似はやめてくれないかな。』
話せばわかる、と言おうとすれば、問答無用と返ってくるのがお約束。
『問答無用ですの〜!』
『メイドフォーメーションパターンZですの〜!』
攻撃を静止しようとするマスティマと、居合わせたクラウディアに向け。
隊伍を組んだ殺人ロボから、捕縛用のネットランチャーが放たれる。
クラウディアもマスティマも、辛うじて回避するも…
ーー痛っ。
ランチャーが掠った途端に、|懐中時計《ルキウスの炎》が、この状況を危険と判断。
兄の窮地に獄炎を放ち、ネットを焼き払い。
ーー各位、今です!射撃開始!『『『了解!』』』
屋根の上から2分隊、マスティマとクラウディアの背後から1分隊が、アサルトライフル【SCAR-H 435】による、|十字砲火《クロスファイア》の弾雨をお見舞いした!
火線をひと所に集注するこの戦術は、城郭においても『横矢』として用いられてきた程に、基本にして奥義とも言うべき強烈な防衛力と殺傷力を発揮する。
スミカが予め伏せていた【|少女分隊《レプリノイド・スクワッド】の配置の妙と、メイドロボたちの動向をつぶさに観察していたからこそ実地で成った、高度な現場勘である。
『2人とも、無事ですね。』
『ありがとう、おかげ様で。』
礼を言いながら、火線により足止めされる殺人人形を見遣り、マスティマも遂に彼女たちを破壊する決意を固める。
『…成る程、これは確かに一般人には危険だね。
あまり気乗りはしないけれども…皆、お願い!』
【|真白き牙は月を喰らうか《ムーンハウル・ムーンイート》】で放たれた猟犬は、その数21体。
十字砲火を強引に抜けて来たもの、迂回して来たものを探し出し、喰らい付き、足止めし。
猟を嗜むマスティマが、上下2連銃【Moon Howl】を以て狙撃する。
ーーそんな所で足止めされて、暇だろう?たまには仕事の事なんて忘れてパーッとさ。
足止めには成功するもの、戦いの決定打には至らぬ中。からりと響く、女の声。
声に合わせ、突如としてメイドロボたちがロングソードを抜剣した。
すわ、抜刀突撃かと2人と1匹(?)が構える中。
ぽくり、ぽくりと歩むウツギは、舞台に立っているかのように両腕を広げ。
『温泉なんて盛り場なんだから、合わせて遊びを流行らせるとするよ。
チャンバラ遊びなんてどうだい?』
言葉に釣られるように、互いに剣を振り下ろし合い始めるメイドロボたち。
その顔は、楽しげですらあって。
『さあさ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい。一度嵌まれば病みつきになるよ。』
ーーウツギの√能力【|闇の遊戯《オイモワカキモオトコモオンナモヒトモアヤカシモ》】により、真剣を用いた『チャンバラ遊び』は、やがてヒートアップ。
殺人人形たちは、機械の心なりに、心より遊びを楽しみながら、お互いの体を切り刻んでいく。
さて。先ほどから静かなクラウディア。彼女が何をしていたかと言えば。
『ウィッチ・ジャベリン』を地面に突き立て、勝敗を完全に決定付けるため。
気合いを入れて【ディバイン・プロテクション】を全力魔法として発動すべく、詠唱中であった。
目立たない技能は伊達じゃない!
可愛らしい、もふもふ姿に似合わぬ魔力が渦を巻き。
ーー『あなた』から貰った力。今、此処に。
長命種たる彼女がその心に想うのは、いつの日の『あなた』か。
現れたのは輝く竜の幻影。護霊『ドラゴン・ミラージュ』の召喚が、今此処に成った。
憂いを帯びた瞳から一転。軽ーい調子、友達感覚でドラゴンの頭の定位置に、白いもこもこが収まった。
『よーし、いきますよー!ドラゴン・ミラージュ!』
マスティマの猟犬たちの退避を見計らい。
にゃっと、桜色の肉球を突き出して。
『とりあえず、ドラゴンブレスです!!焼き払えー!!』
ぶわりと吹き放たれる熱線。
スミカのクロスファイアで足を止められていた者も。
ウツギの術で、心の底からチャンバラ遊びを愉しんでいた者も須く。灰燼と帰した。
ーーそういえば、ズムウォルト様、とか言っていましたね?
熱線をはじめとする戦闘の余波で傷んだ街を、ドラゴンミラージュのドラゴンミストで癒しながら。
メイドロボが口にした、上位者らしい名前を思い出す。
共にこの名を聞いたマスティマとともに、クラウディアは戦闘に参加した√能力者たちに、この情報を共有するのであった。
第2章 ボス戦 『レールガンアンドロイド『ズムウォルト』』

ーー皆でお風呂を楽しむ前に斃れてしまうとは、不甲斐ない。
パンプスで石畳を踏みしめる頭には、ホワイトブリム。
胸元のタイと頭のリボンを除き、全てがモノクロで統一された、クラシカルなメイド服。
雪華が舞う中、先ほどまで街を駆け回っていたお掃除ロボットたちの親玉と言うに相応しい出立ちの、|少女《アンドロイド》が姿を現す。
『しかし、中古品たちがやったにしては、道もよく片付けられているみたいだ。
もう少し、無差別に片付けて、酷い有様になっているかとも思ったけれど。』
予知で見えた、廃墟となった温泉街の光景は、この|少女《アンドロイド》にとっても想定外の結果だったのだろう。
道々を見渡し、満足げに頷いている。
『当初想定より、温泉の治安を乱す男たちも、随分と少ないみたいだし。
コレで生還していたならば、ワタシなりに温泉で労ってあげていたところなんだけどな。』
多少の偏見を口にしながら、その手に持った|電磁投射砲《レールガン》に通電し、√能力者に対峙して。
『さて、ワタシの名は、『ズムウォルト』。この温泉奪取作戦の指揮官だ。
上司として、ワタシの可愛い|中古品《ポンコツ》たちの仇を取ってあげなくてはね。』
ーーそれでは、銭湯を開始しようか。
ーーしかし、いくら中古品でも。
まともに配下の統率も取れていないのは、指揮官失格ではないか?
時折ポンコツな面も見せるという、ヴィルヴェ・レメゲトン(万魔を喚ぶ者・h01224)より、開口一番に放たれた、痛烈など正論に。
レールガンアンドロイド『ズムウォルト』は、『う"っ』と声を詰まらせた。
それはそうである。このズムウォルト、温泉を楽しみにしていたにしては、作戦に杜撰な点が溢れている事は否めない。
予知で見た瓦礫に溢れた光景も想定外の惨状なら、男性の少なさも想定外と他ならぬ本人が口にしているのだ。
『戦闘機械群が沸いた。』というのは、頭のこと…?
戦闘機械としての明晰な頭脳も蕩かすほど、みんなで温泉を楽しみにしていたのだろう。きっと。
『う、うるさいっ!あれだけの数の|かわいい部下《ポンコツ》を統率するのだって、大変なんだ!
アナタみたいな子どもに、ワタシの苦労がわかってたまるか!』
ガシャリと電磁砲を構え、ツインテールを靡かせてヴィルヴェに突進するその姿には、どこか中間管理職の悲哀すら感じさせるが。
『今更出てきたところで何もさせぬのじゃ。』
石畳の上の、サイズの合わぬローブに身を包んだ召喚士には、微塵も関係のないこと。
ーーこいつもサクッと倒してしまうとしようか。
白兎のような少女は愛杖【Lesser Key】を構え、『扉』を開くべく、力ある言葉を唱える。
『開門せよ。奈落の底より出でしは災厄の風。暴食極まる悪食共よ。』
ーーその姿が登場するのは、√EDENであれば旧約のころ。
エジプトに齎された十の災いの内、第八のものに当たる。
また、今世においても猛威を振ることもある、人類が克服できていない災いのひとつ。
『出でよ、【アバドンの風】よ!』
召喚士の呼びかけに応じ、大気を羽音で震わせて現れた異形、その数18体。
ーーその名は、アバドン。
イナゴの似姿を持ちし、蝗害の化身である。
『その様な羽虫を出したところで!喰らえっ!!』
大電力を纏い、【接射モード】に切り替えた電磁砲を突き出すズムウォルト。
果たしてそれを受け止めたのは、魔蝗の一体であった。
地面に帯電させる程の電流を身に受け、炭化するアバドンの一体であるが。
『下手に回避すると面倒じゃからな。』
それこそがズムウォルトの電磁砲の特性を考慮した、ヴィルヴェの策であった。
仲間の身が焼けるにおいを意に介さず、残る17体がズムウォルトに襲い掛かる!
『そんな戦い方して…あいたっ!?そんな、身も命も削るような戦い方してっ!
アナタたちは、そんな上司で満足なのかー!?』
袋叩きにしてくる魔蝗の群れの中から、時折の発砲音と、|中間管理職《ズムウォルト》の悲鳴が戦場に木霊した。
『余計なお世話なのじゃ。まったく…』
ーー携行用レールガンって実現可能なんだ。
レールガンアンドロイド『ズムウォルト』の携行武装であるレールガンを一目見て、カンナ・ゲルプロート (陽だまりを求めて・h03261)は、「へぇ?」と紅い目を細める。
「勿論。ワタシたちの技術力であれば、この程度の武装など…」
バチバチと電磁砲に電流を滾らせ、得意げに胸を張るズムウォルトの声…を遮り。
カンナの舌が高速回転を始めた!
「ね、何ジュールで撃ってるの?弾のサイズは?音速で撃ち出す電力はどこから?どう見てもコンデンサーのサイズ足りてないよね?√能力なの?後学の為に教えてよ。」
もちろん、√能力であれば、如何に現実的には無理に見える設計であろうと、物理や工学の常識を超越した機能を獲得することもあるだろう。
事実、簒奪者の側のみならず、その様な超技術を振るう√能力者は少なくない。
それに、何を隠そうカンナ自身も、コレが無駄口であることは認識しているのだ。が。
外見10歳ほどのカンナの姿から、そんな専門的な質問が矢継ぎ早に連射されたズムウォルトは「え、あ?う〜?」とたじろぐばかり。
実際には、彼女は齢数百を数えようという吸血鬼なのだから、各種方面に深い知識を持っているのだろうが。
そんなことをまごつくズムウォルトが知るはずもない。
それ故に、|蝙蝠《ロキ》と|黒猫《エレン》を放つのは容易かった。これで視野の確保は充分だ。
「まさかと思うけれど、武器がどういう物か分かってないとか、ないよね?
与えられた物を考え無しに振り回してるとか、そんなことないわよねえ、指揮官サマともあろうお方がー?」
尚も叩き込まれる、カンナの口撃!舌好調である!
銃の初速を考えて撃つ兵士がいるか、と言う前に逃げ道を塞がれた指揮官サマは、もはやレンズの洗浄液を流さんばかりの表情となっている。
「ワ、ワタシたちに命じられているのは、設計思想に従って与えられた武器を以て、任務を遂行する!
武器は相手を沈黙させられればいいではないか!ワタシはその様に作られた!それだけだ!」
ーーアナタの減らず口もこれまでにしてやる!
カンナの挑発を止めようと放たれる、電磁砲の連射。300発を数える弾雨がカンナ目掛けて降り注ぐ!ーーが。
その小さな姿は、弾が降った場所に無く。あろう事が、ズムウォルトの懐に。
ーー【|瞬動術《ブリッツトリット》】。
蝙蝠と黒猫の目が電磁砲の銃口を多角から捉えることで、弾の降雨地点の予測を可能にし。
あとは、その射線を避けて、瞬間移動とも見紛う速さで踏み込むだけ。
集弾の乱れに伴う、多少の流れ弾くらいは|影技《シャッテン》と|黒影の翼《シャッテンフリューゲル》で受けて、弾いてやれば良い。
「――ぶっ飛ばしてあげる。」
凶暴の色を宿し、吸血種のルビーの瞳が輝く。
射撃体勢から抜けていないズムウォルトの顎、それを打ち上げる様に、左の掌底を一閃。
更に、上体が起き、ガラ空きになったボディに渾身のストレートを叩き込む!
めぎめぎぃっ!アンドロイドの内部から、何かが千切れ、折れる様な音を立て。
石畳の上を水切りの様に跳ねて、飛んでいく。
一方で、あまりの拳速故にカンナの肌も裂けたが、この戦いが終われば入れる温泉は、美肌の湯。
√能力者の回復力も合わせれば、湯に浸かる頃には傷も綺麗に閉じていることだろうーー
ーーむ、誰か現れましたわね。
テラコッタ・|俑偶煉陶《よーぐれっと》(はにわじゃないよ・h00791)。
新進気鋭の陶芸家である|俑偶煉陶《よーぐれっと》・|炭彦《すみひこ》氏が、幸か不幸か生み出した彼女の前に現れた…いや、飛んできたのは。
温泉の占拠を目論む敵の指揮官、『レールガンアンドロイド『ズムウォルト』であった。
「く…っ、内部フレームに無視できない損傷、だね。 これはワタシも撤退を考えるべき、かな。」
漸くといった体で起き上がる指揮官と、セラミックボディのヒーローお嬢の目が、ぱちりと合う。
目をぱちぱちと瞬かせ合うこと、数瞬。
「ーーもう、誰にも何も言わせるもんかー!!」
これまでの戦いで、√能力者たちの口撃により、体力よりも精神力が削られていた敵指揮官。
テラコッタが口を開く前にレールガンを発砲してきた!
「スナイパーですか、これは困った ですわ。」
鉄壁セラミックボディと、棍棒|土師器漠堊火弗《ハジキマクアウィトル》『しろつち』で相手の電磁砲を弾くが、彼女の体は重い。
スピードでは追い縋れない可能性がある。
それ故に彼女が選んだ作戦は、囮作戦。
奇しくも、またしても。ズムウォルトの精神を削る方向で話が進んでゆくーー
「アイツの速さなら、ワタシには追い付けなさそうだね。よし、今のうちにーー」
「へいへいびびってるー?」
撤退の算段を立てていたズムウォルトに、この言葉はグサリと刺さった!
「びびってなんかないわよ!?」
目を吊って反論する指揮官に、なおもテラコッタの挑発が続く!
「ヘイカモーン?」
頭が怒りとか、温泉楽しみー、とかで沸いていなければ、テラコッタの容姿も相まって、かわいいものだと見逃すことも出来ただろう。
しかし、これまでの状況がズムウォルトから正常な判断力を奪っていた!
「うるさい…うるさいうるさい、うるさーい!!」
目は鳴門海峡もかくやの渦を巻き。
自慢のレールガンにバチバチと帯電させ、接射モードに切り替えて。
動きの鈍いテラコッタに一発浴びせんと地を駆ける。
ーーわれたちが、|囮《デコイ》とも知らずに ですわ。
不意に。テラコッタを目前に、ズムウォルトの足が止まった。
がっしりと、何者かに脚を掴まれ、ぴくりとも動けない。
冷や汗とともに足元を見てみれば。
「もぐ…ら……?」
彼女の言葉の通り、足首を捕らえていたのは、もぐら。
土偶たちとともにせっせと穴を掘り、ズムウォルトが領域に現れた途端に石畳を跳ね上げて彼女を捕らえたのである。
ーー【|土偶等《ドグラ》・|土竜等《モグラ》】。
20体ものモグラと土偶の混成部隊を地中に放つ、この√能力は。
テラコッタに安くない|コスト《野菜とミミズ》を強いる。
しかし、このコストを以て|接近戦《クロスレンジ》に持ち込んでしまえば、テラコッタの独壇場である。
「あれたちそれたち あいつを囲んでぶっ叩け ですわ。」
セラミックお嬢が|微笑《わら》う。
20体の|土偶土竜《ドグモグ》混成部隊の目が光る!
「ちょっと、ちょっと。待ってくれない…よね?」
ーーそーれ、囲め囲めー!袋叩きだ!
ズムウォルトの声を無視して、モグラたちがそう言ったかは定かではないが。
漫画のような土煙のエフェクトとともに、チャカポコチャカポコと可愛らしい打撃音が響き渡る!
「これもオマケ 持ってけドロボー ですわ。」
ぶぅん、と、テラコッタ自慢の怪力とともに振るった『しろつち』が、ズムウォルトの胴にジャストミートし。
可愛らしくない音を奏でながら、指揮官は悲鳴を残しながらホームランされた。
その姿は奇しくも、先に排除された|中古品《ポンコツ》そっくりだったという。
「温泉はみんなのものなのよ。独り占めなんて許しません ですわ。」
バットフリップとともに、テラコッタは星になったズムウォルトを見上げたーー
ーーズムウォルト、なんてまた仰々しい名前だねえ。
『ぎゃんっ!』と、痛々しい悲鳴を上げて降ってきた、レールガンアンドロイド『ズムウォルト』を前にして。
|五ツ花・ウツギ 《いつはな・うつぎ》(遊び遊ばれ世は情け・h01352)は独り言つ。
「まるで亜米利加人の名前みたいさ、そんな名前付けられたからグレちまったのかい?」
ウツギの見立てどおり、『ズムウォルト』は亜米利加における姓の一つである。
その名の由来である人物は、√EDENにおける亜米利加…アメリカ合衆国の海軍大将、作戦部長まで上り詰めた、輝かしい経歴を持つ男性である。
その武勲にあやかり、√EDENにおいては数々の先進的な機能を盛り込み、彼の名を冠した艦船、ズムウォルト級駆逐艦が建造された。
そして、ウツギの目の前で腹をさすりながら、|電磁加速砲《レールガン》を杖に立ち上がる|少女《アンドロイド》は、その試作艦をベースにしているという。
「うう…アナタもワタシをいじめるのかぁ?いじめるんだなぁ?」
|レンズ洗浄液《なみだ》で瞳を潤ませる様は、元となった人物の武勇には程遠いようにも見えるが。
前の戦場で、心身ともに、よほどひどい目に遭ってきたのだろう。
幸いにも、ウツギはこの作戦に於いては貴重な、口撃手段を用意していない人物である。
これならば|指揮官《ズムウォルト》も戦いに専念出来ることだろう。
敵がやる気であるならば、その手に携えた|武器《レールガン》が物騒でも、やるしかない。
「荒事は不得意なんだけどねえ。」
淑やかに、左手の【縁切りの扇】で口許を隠しながら、呟いた。
「そんな無防備に!撃って欲しいと言わんばかりじゃないか!」
ズムウォルトが、狙撃モードに変形させたレールガンを構えながら叫ぶ。
なんと、目の前の藤色の着物の女は、ぽくり、ぽくりと靴を鳴らしながら。
無視できない存在感とともに、しかも無防備に接近してくるではないか。
ーーこういう相手は分かりやすく効率的に当たる所…
つまり胴を狙って来るだろう。
ズムウォルトの腹部に刻まれた、深い傷を目にしたウツギは、こう睨んだ。
狙撃手は、人間の頭を。そして人間より強大なクマを相手にするマタギは、弾を弾く可能性のある頭を避け、胸を狙うという。
いずれも、生き物であるならば機能を停止する、急所だ。
そして、ウツギの口元にある扇が、如何なる材質の物か、ズムウォルトは測りかねた。
また、今までの戦いで深刻なダメージを負ったフレームでは…小さな的への精密射撃に、不安が残る。
ーーバシュゥッ!!
与えられた僅かな恐怖とともに、電磁砲が火を噴く。
扇を避けた上でのヘッドショットは現実的ではないと、判断したが故に。
「読み通り、さね。」
胴狙いの一射に向け、留袖の内に隠された右掌を掲げる。
ーー【ルートブレイカー】
如何な電力を纏っていようと。如何な威力、速度を持っていようと。その掌の前では意味を成さない。
ウツギの不思議遊戯屋店主の裏にある、もう一つの|顔《ジョブ》。
全ての√能力の天敵たらしめる、√能力の完全無効化能力である。
「ーーは?」
渾身の一射を弾かれたでもなく、掻き消された|少女《アンドロイド》は、計算を超えた事態に茫然自失となり。再装填が、遅れた。
「世には、計算を超えた奇妙もあるものさ。」
ーーまあ、機械にそんな事をいうのも、野暮なのかもだけどさ。
言の葉と共に羽を広げ、ふわりと放る【縁切りの扇】。
曰くのとおりに、ズムウォルトの腹の傷を抉るように切り裂いた。
動揺と、積み重ねられたダメージに膝をつく|指揮官《ズムウォルト》を前に、手元に返って来た扇を優美に構えながら。
老体何ぞいくらでも囮にすればよい。
後に続く者たちに、戦の趨勢、その行方を託す。
ーー敵がお掃除メイドから指揮官メイドにクラスチェンジしましたー!?
シリアスもこなすが、シリアスを吹き飛ばすことにも定評のある白猫エルフ、クラウディア・アルティ
(にゃんこエルフ『先生』・h03070)は、開口一番に驚き叫んだ。
驚くべきはそこかな?わからない、わからないな。
「帰還はもはや、難しいかもしれないが…。
せめて、獣人の1人くらいは道連れにしてやらないと…!」
|動力液《オイル》が溢れ、止まらない腹を抑えながら、苦しげに、尚も立ち上がるズムウォルト。
「あ、わたし、獣人認定なんですね。」
拾うべきとこはそこかな?そうかな、そうかも。
敵の悲壮な覚悟とか、あまり関係ないですものね。
「わかりました、あふれるもふもふ力で温泉は渡しませんっ!!」
もふもふファー付きコートをばさっと靡かせて。
びっ!と桜色の肉球を突きつけて!
わかっているかわかっていないかわからないエルフは気炎を吐いた!
ーー【希望の物語】
それは、光り輝く舞台を生み出す魔法。
『例え、辿り着けない未来希望であったとしても。
それを求める限り、色褪せる事は無いのです!』
と、状況によっては、実に、実に格好の良い詠唱が行われるのだが。
「そうです、お風呂入ったら毛がぺしゃんとなっても
もふもふにゃんこだって温泉楽しみたいんです!
そんな|プチ《すぐそこの》未来を楽しみにしててもいいじゃないですか!」
この日に於いては、疲れたOLのような、何とも目先の我欲に満ち溢れた詠唱が、齢を数えることを忘れたエルフの口から放たれた。
「それならワタシだってそうだ!メイドたち、UFOたちを侍らせて、戦わされてばかりのこの体をのんびり癒してだな…!」
しかし、発動条件はしっかり満たしているので、魔力に満ちた、光り輝く舞台に、哀れ、ズムウォルトは取り込まれてしまった!
「なん、だ…?これは…」
「余所見とは余裕ですね、これでもくらえー!」
驚きを以て周囲を見渡すズムウォルトに向けて、ぴょいっと、ジャンプ。
そして動揺に付け込み、容赦なく振り下ろされるウィッチ・ジャベリン!
「あいたぁっ!?」
すっこーん。例え出鱈目に振り回そうが、これは必中です。
そういう√能力だから、指揮官殿におかれましては、諦めて欲しい。
しかし、あくまで「主人公」になり、自分の攻撃が必中になるだけで、敵の攻撃が届かない訳ではない。
「よくも…!一回は一回だからな、このにゃんこー!!」
先ほど格好よく死を覚悟したとは思えぬ(ノリと)勢いで突き出される、接射モードレールガン!
クラウディアはこれを辛くも避けるが、辺りは【放電地帯】に!
「きゃー!?わたしのもふもふが、ぼわぼわにー!?」
静電気により自慢の毛並みが逆立ち、蒼い瞳のケサランパサランのように!
「一回が一回なら、そちらの一回にも一回ですよ!」
この世から争いが無くならない真理のような言葉を述べながら、ジャベリンを頭上でぐるぐる振り回し、魔力を溜める|ケサランパサラン《にゃんこ》先生。
モバイルマナバッテリーも使いつつ、全力魔力で制御とブースト!
「ていやーっ!」
何とも可愛らしい気合いと共に、極音速ミサイルのように投げ込まれる短槍!
実際の、彼女のコントロールがどうかは定かでないが、明後日の方向に投げようと必ず当たるこの空間!
ーーどかーん!!
|主人公《クラウディア》のウィッチ・ジャベリンの一撃が、いい音を立ててズムウォルトのツインテールの頭に入った!
土煙を巻き上がるその中、勝敗は決したかに見えるこの瞬間。
ここでクラウディアは、主人公が決して口にしてはならない言葉を口にする。
「やったか!?」
「う、ぐぐ…ワタシはまだだ…!お風呂に入るまでは、まだ終われない…!」
「くるなー!もふもふは大事に!」
お約束を吐いたがために、トドメは刺し損ねました。
ーーふざけるのも大概にしておけよ、ポンコツ。
スミカ・スカーフ(FNSCARの少女人形レプリノイド・h00964)は、既に満身創痍、死に瀕した敵指揮官レールガンアンドロイド『ズムウォルト』に向けて、そう吐き捨てた。
先の戦いで見せたように、スミカは分隊指揮官である。
また、√EDENにおいては米国特殊作戦軍にも用いられる、FNSCARの性能を具現化したのが、スミカという|少女人形《レプリノイド》である。
ズムウォルト級駆逐艦をベースにしたというズムウォルトとは、そう遠くはない経緯の出自を持つと言ってもよいだろう。
ーー部下を生かすも殺すも上司次第。
与えられた人材の中で、能う限りではあるが、部下の適性を見極め、適切に配置する。
「軍隊では上からの命令は絶対であり、上司は部下の命を背負って、立たなければならないのです。」
一つの命令によって、部下を死地に送り、時には部下と共に死地に踏み入らねばならない。
特に命の軽い√ウォーゾーンで製造されながら、√EDENで生まれたという縁がある故だろうか。
『今日もまた、私達は生きていく』。その考えをスミカは大切にしている。
さて。奇しくも、部下の扱いに関しては、スミカに近しい言葉を残したとされる、√EDENの戦国武将がいる。
西方無双と称された名将、立花宗茂である。
『一言の義にても身を捨るものなれば、大将たる者心得べき』
目の前の|少女《アンドロイド》に、空色の瞳が問う。
「あなたに、その覚悟はおありですか?それが、ポンコツ、ですか?」
現場に立つ者として、命を預かる者として。
如何に√能力者の死は軽いといえども。
自分もお前も、幾ら替えが効く√ウォーゾーンの量産品であったとしても。
ーーこの似非指揮官は、ここで叩き潰す。
スミカ率いる【|少女分隊《レプリノイド・スクワッド》】の12人が駆け出した。
「抜かすなよ。ワタシもアナタも|中古品《ポンコツ》たちも、同じ替えの効く量産品。
殺し、殺されるために|創造《うみだ》されたのが|量産型人造少女《ワタシたち》じゃないか!
……今更、命とか、覚悟とか。笑わせるなッーー!」
接射モードレールガンに切り替えながら、|少女《アンドロイド》が慟哭する。
あちらこちらで残骸と化し、薄っすらと雪を被って沈黙するメイドロボたちから目を背けるように。
自身の最期から目を逸らすように、真正面だけを見据えながら。
放っておいても機能を停止するであろう身体と、雷を滾らせた電磁砲を引き摺って。
10m向こうの集団、寸分の狂いもなく銃列を組む|量産型人造少女《スミカ》たちに迫る。
「ーー撃て!!」
号令と共に振り下ろされる右手。
合図とともに、側面から、そして銃列から一斉に火を噴く【SCAR-H 435】による、征圧射撃の弾雨の中。
ボロボロに砕け、蜂の巣になりながら、最後まで『与えられた』任務を果たそうというのか、前進するズムウォルト。
もしも彼女が最初から現場指揮を執っていれば、√能力者たちにとっては望ましくない事ではあるが。
|少女《アンドロイド》にとっては、スムーズに事が運んでいたことだろう。
|試作艦《ズムウォルト》と|武勲の名銃《スミカ》、指揮官の差が此処に顕れた。
ーーワタシとアナタ、何が違うんだよぉ。何が違ったんだよぉ…
電力を喪い沈黙したレールガンを手に、尚も這いずるズムウォルトに。
スミカは言葉の代わりに、その頭に突き付けた【SCAR-H 435】から。
渇いた銃声とともに、|慈悲の一撃《スティレット》を贈った。
●戦いの終わりと、降りしきる雪と
ーーこうして、温泉で癒されたいがために温泉街を騒がせた、どこかが沸いたメイドロボとその指揮官は、全て排除された。
あとは、荒れた石畳やメイドロボたちの残骸を片付けて。
待ちに待ち、守り切った温泉街や温泉宿を楽しむだけだ!!
第3章 日常 『ゆったり温泉旅行』

●雪の温泉街にて
街並みも、石畳もすっかり元通りとなり、平時の賑わいを取り戻した温泉街。
幸か不幸か、メイドロボたちの活躍(?)によって除雪され、散策するにも不自由はないだろう。
さて、温泉は先に語られた通り美肌の湯。
水着が必須の混浴だが、今なら露天風呂で雪見温泉を楽しむ事もできるだろう。
更に聞くところによれば、狩猟期間にも重なっていることから、牡丹鍋やキジ鍋など、新鮮なジビエ料理も楽しめるそうだ。
また、温泉宿に付き物な卓球台やビリヤード台、カラオケボックスなども備えている。
折角守り抜いたのだ。各位、周りに迷惑をかけない程度に、思う存分羽を伸ばして欲しい!
※カラオケについては、音楽の著作権に関わる描写は致しませんので、ご承知おきくださいませ。
温泉街に、再び深々と雪が降り積もっていく中。
「温泉じゃ、温泉じゃ!」
戦場のみならず、温泉にも一番乗りを果たしたのは、ヴィルヴェ・レメゲトン(万魔を喚ぶ者・h01224)であった。
大人用でぶかぶかな、紺色の召喚術師のローブを引きずっているのだから、普段は露出が極端に少ない。
そんな無理やり着ていたものを脱ぎ捨て、水着に着替えたその姿は。
髪や、肌の極端な色白さもあり、雪の中に溶け込んでしまいそうだ。
「あーいい湯じゃな♪」
雪うさぎのような召喚術師は、湯船の中で溶ける代わりに。
ローブの重みと共にあった全身を。ゆるりと弛緩させた。
ひとしきり暖まり、ほかほかと血色の良くなった頬で。
雪の降る空を見上げていたヴィルヴェだが。
「そうじゃ、どうせならヴィルヴェがさらに温泉を楽しめるようにするのじゃ!」
と、そんなことを閃いた。
雪うさぎの少女は、赤い瞳をくりりと動かして、辺りを見回し。
他人に迷惑を掛けることは無さそうだと判断した。
とくれば、鍵は無いが、力ある言葉を唱えるだけだ。
「妖精シルキーにブラウニーども、出番じゃぞ!」
ーー【|妖精の召使達《シルキーアンドブラウニーズ》】
この√能力は、作戦の進捗に応じて、家事などの雑務を得意とする妖精たちを呼び出すというもの。
呼び出されたその数は、驚きの30体超え!
「ふぃー…どうじゃ。極楽が、さらにヴィルヴェ好みになったぞ?」
召喚術師の肌の色にも近しく思わせる、白のシルクドレスを身に纏ったシルキーたちは。
ご主人様が喜ぶようにと、次々とジュースやお菓子…それもとにかく甘い物を運んでくる。
「天使たちやアバドンたちも労ってやりたいが。
あ奴らは、居合わせるとケンカしそうじゃしな。
また今度、なのじゃ!」
天使と悪魔、彼女の下での実際の相性は、どうなのかはわからないが。
術師が元気ならば、またいずれこういった機会もあるだろう。
「召喚術師たるヴィルヴェが万全の状態でなければ、あやつらを呼び出すこともできぬしな!」
ーーふははー!
ほかほかのあんまんに、温泉の名物のひとつであるという、ノンアルコールの甘酒を片手に。
そして優しい妖精たちに囲まれたヴィルヴェの満足げな高笑いが。
露天風呂から、雪の空に木霊した。
ーーさ、温泉です、おんせん!
「温泉に饅頭と卵と野菜を持ち込んで、温泉月見メシです!せっかくですから冷酒も!」
スミカ・スカーフ(FNSCARの|少女人形《レプリノイド》・h00964)の当初からの目的といえば、温泉饅頭と温泉卵。
やっと本懐が果たせると、うきうきと青い瞳を輝かせ。
ちらりと視界に映る召喚術師もそうしているように、温泉での食事を楽しむことにした。
「いやぁいい湯です。√ウォーゾーンではこうはいきませんから…。」
食事の前に、戦闘の疲れと、冬の寒さで強張った体をぐぐぐ〜っと伸ばし、ほふぅ。大きく息を吐く。
そう、彼女の出身世界は、戦闘機械群により『既にこの世界を征服している』も同然の世界。
「敵に襲われる心配なく、開放的な場所での心も体も休まる……良き場所ですね。」
気を抜いたら命を奪われかねない、かの世界では。
片時でも武器や防具を手放せる時間など、貴重も貴重なものだろう。
その貴重な時間を、スミカは温泉卵を食べながら、全力で満喫している。
「彼女たちにとっても、このような時間は、貴重なのでしょうか。」
ふと、そんなことを思う。
人類を最盛期の30%以下にまで追い込んだ、戦闘機械群も。
真の目的こそ定かではないが、今や|派閥《レリギオス》同士で相潰しあっている。
現場の一兵士、一兵卒は、√ウォーゾーンの人間たちのように、心身ともに深く休める事は少ないのかもしれない。
「『替えの効く量産品』『殺し、殺されるために創造されたのが量産型人造少女たちじゃないか』ですか。」
慟哭を残して散ったズムウォルトたちも。
やり方さえ違えば、一緒に温泉で寛ぐ未来もあったかもしれない。
今日もまた、ともに生きていく道だってあったかもしれない。
しかし、蘇った彼女がその道を選ばない事も、スミカには想像が付く。
そのように、創られた事に囚われた存在だから。
ーーだからこそ、それに囚われてはいけないと私は思います。
ーーたとえどんな生まれだろうとどんな立場だろうと、ね。
「ーーはぁ、いやですね。」
徳利から猪口に酒を注ぎ、きゅーっと呷り。
ーーいつか私もああなってしまうのか。
戦況がさらに悪化すれば、|《ズムウォルト》と同じように。
部下たち、さらには自分の命をも気に掛ける心すら、失われてしまうのではないか。
そんな漠然とした不安が、酒を進ませる。
ーー先を見ているようで気分落ち込みますよ。
「お酒!忘れる!みんな、集合!呑みますよ!付き合ってください!」
だから、今この場において、酔いで顔を赤らめたスミカは。
今生きている自分と部下たちを大切にすることにした。
先のことなど、考えても仕方ないのだから。
自身のバックアップであり、同じように温泉で寛ぐ部下である分隊員たちと、猪口をかちり、合わせて。
スミカはその中に月を映して、呑み干した
テラコッタ・|俑偶煉陶《よーぐれっと》(はにわじゃないよ・h00791)は、土師器の体の肩までしっかりと湯船に浸かっていた。
「温泉で雪を見ながら日ごろの疲れと汚れを落とすのよ。あー極楽極楽……!」
彼女にとって、炎のお布団で体を休めて蘇らせる時間も至福だろうが。
この温泉の心地よさもまた、セラミックボディに沁みるらしい。
美肌の湯らしく、更にその身をつややかに仕上げることだろう。
「土偶達もつかってけ。なかなかこの泉質は味わえねーぞ ですわ。」
先の戦いでモグラたちと共に呼び出され、戦っていた土偶たちも。
姉貴分なのだろうか、テラコッタに促されると、次々と湯船に入って行く。
素焼きのボディに水は大丈夫だろうか、染み込んで重くはならないだろうか、とも思うが。
テラコッタが勧めてそれに従ったのだから、心配はいらなさそうだ。
彼女の泉質の評価ならば、いつか有名になるかもしれないし、ならないかもしれない陶芸家、|俑偶煉陶・炭彦《よーぐれっと・すみひこ》氏が温泉にやってくる未来もあるのかもしれない。
そして、『あと ですわ。』と、少しバツが悪そうに、土偶たちに一つ、注意事項を言い含める。
「……泳いじゃダメですよ、さっき怒られましたからね ですわ。」
ーーわーい、ついに温泉ね。待ってました ですわ。
仲良く並んで、行儀良く湯に浸かる土偶たちは。
入って早々にバタ足をしようとして、√能力者の仲間にやんわりと嗜められたテラコッタの姿を思い浮かべていたことだろう。
「土偶たち、言いたいことがあるなら はっきり言え ですわ。」
少し不思議な光景でもあるが。
付喪神たちの時間は穏やかに流れていく。
そして、√ウォーゾーンの|少女人形《レプリノイド》と同じ様に、土偶の付喪神もまた、ズムウォルトに思いを馳せていた。
かたや造られた物に神が宿った者と、かたや造られた体に精神がプログラムされた者。
少しばかり、気にかけたくなるような共通点も、あったのかもしれない。
「やれやれ、お風呂に入りたいならあの人形達も意地を張らずに仲良く入ればよかったのよ。」
当たり前に来て、当たり前に温泉に入って、当たり前に癒されて、当たり前に帰る。
それは本来、とても簡単なことのはずなのに。
その凡ゆる『当たり前』が、ズムウォルトたちにはできなかった。
|少女《アンドロイド》たちの姿は、どう造られたとか、こう命令されたとか。
そんなことで雁字搦めにされているようにも、映ったのかもしれない。
「温泉の前ではみんな丸腰。武器なんて必要ないんですわ。」
テラコッタは、土偶たちと静かに雪の舞う空を眺めながら、一つの真理を口にしたのだった。
なお、湯上がりにジビエの噂を聞き付けたテラコッタは、料理屋に乗り込み。
「じゃあ大将、おすすめを一丁お願いします ですわ。
なんだったらわれたちも野菜をおすそわけするので使って欲しいのよ。」
などと、持ち前の愛らしさと勢いで大将と女将さんを言いくるめ、可愛がられ。
鉢の『あおもの』の野菜と、牡丹鍋のコラボを作り出し、心ゆくまで堪能したというーー
「やつもまた|強敵《とも》であった!」
ーードンッ!!
と、言ったかと思えば。
「いえ、全然お友達じゃなかったですけども。なんとなく」
即座に掌をくるりと引っくり返すにゃんこ。
それがクラウディア・アルティ(にゃんこエルフ『先生』・h03070)だ。
「ともあれ、温泉タイムですね!やったー!」
寒空の下で死闘を繰り広げてきたのだ。
身も心も開放的にもなろうというものである。
「というわけで、にゃんこin温っ泉!」
ーーばーん!
元気に両腕を広げるクラウディア。やはり、テンションが高い。
そして、きょろりと青い瞳であたりを見回し、人がいないのを確認して、悪い笑顔。
「わたしくらいちっちゃければ大丈夫でしょう。」
齢を数える事を忘れた、エルフらしからぬ大人げなさではしゃぐにゃんこ先生。
ーーまさか。
今日び、子どもでも中々やらないことを!
そんな、まさか。先生ともあろうものが!
「だーいぶっ」
やりやがった!先生ともあろうものが!やりやがった!
が。プールで走るなとか、温泉で飛び込むな、とか。
ルールやマナーとして注意されるには、相応の理由があるもので。
|悲劇《てんばつ》はその側から起きた。
ーーつるり。
「あ。……ごふっ」
本人も意図しない挙動を見せる、足下。
その要は、丁寧に磨き抜かれた床にあった。
ばしゃーんと水柱を立てるも、その入水角度は本人の意図とは違うもの。
したたかに水面に体を打ちつけた。
ーー……ぷかー……
それが、本日の戦いを生きて潜り抜け。
齢何百、何千、何万とも知れぬエルフの、あまりにも呆気なく、あんまりな最期であった。
次に彼女の肉体が再生するのは、如何なる√、如何なる場所であろうかーー
🔴🔴🔴失敗
「はっ、あやうくインビジブル化するところでした!?」
何てことはなく。真っ白な頭をぶんぶこ振って、己の欲望と死のイメージを吹っ飛ばす。
クラウディアも、ちゃんとした大人。
温泉のルールも弁えている。
弁えている大人だからこそ、破りたくなる時もあるかもしれないが。
「ダメですよ、しっかり温泉を堪能してからでないと。」
自分に言い聞かせてから、白い肉球の足下からちゃぷり、浸かる。
ーーすかっ。ーーすかっ。
肩まで浸かろうとすると、風呂の底に足が届かない。
「というか普通に入ると沈むのですが?」
ーー泳いで良いですかね?ねこかき的な。
天に問いかけるクラウディアだが、答えはない。
答えはないが、彼女の身体的特徴から、嗜められることもないだろう。
ぱしゃぱしゃと、自分好みの場所を探して。ねこかき、ねこかき。
「はふー…、やっぱり温泉はいいですねえ。」
ゆらゆら、水面から伸びる白いしっぽが、満足げに、湯気と共に踊っている。
彼女好みの浅い場所を見つけたクラウディアは、風呂の縁に手を掛け、香箱を組み。
温泉の浮力に任せて、ゆっくりと湯を堪能していた。
青い瞳を閉じて、心身の緊張も解きほぐして。
彼女も喉も鳴るのだろうか、もしも鳴るなら、ご満悦の音が聞こえてくるかもしれない。
きっと、柔らかな毛並みの下の肌にも、美肌の効果は届いている事だろう。
「毛がぺっしょりするのが、最大の難点ですけども。」
その日のクラウディアは、ドライヤーで全身が元のもふもふふかふかに戻るまで。
世の猫のお風呂姿にもあるように、幾倍もスリムに見えたというーー
ーーマスティマ・トランクィロ(万有礼讃・h00048)は、迷っていた。
眉目秀麗な美青年が、温泉宿のロビーのソファで。
憂いを帯びた瞳で何やら考え事をしていたら、それはそれは絵になる。
見るものが見たら、あの貴人はさぞ壮大な事を思惟しているに違いない。そう断じたことだろう。
ーー温泉!
ーーあ、でもジビエは絶対に食べたいかも。牡丹鍋が大好き。
ーーこの時期に、こんな場所でのお肉ならきっと、抜群に新鮮だよね?
ーーよく合う日本酒が何かあるかな?
ーーいっそお酒は、温泉で雪見酒にすれば良いかも?
と。実際には、とても無邪気なことを考えていた。
先に温泉で心を満たすべきか、それともジビエで腹を満たすべきか。
どちらが先であっても、幸福度は高そうだが。
「…あぁでも、やっぱり先に温泉にする。」
決意を込めた赤い瞳で、ソファから立ち上がるマスティマ。
なお、そんな彼に見惚れて足を止めていたマダムたちも、何名か観察されたという。
「雪を見ながらお湯に浸かれるなんて最高だね。
しっかりとお湯に浸かって疲れを癒そう。」
ふわふわと雪が舞い散る中、紅瞳が湯船から天を見上げる。
美しく、ウェーブの掛かったプラチナブロンドの長い髪は、アップにしてまとめて。
ーーひんやりした空気を味わいながらお湯を楽しめるのも、この季節だけの贅沢だよね。
マスティマは、√能力者であるとともに、随筆を中心とした文筆家だ。
襲いかかってきたメイドロボとの戦いで見せたように、彼は狩猟などの貴族の嗜みもこなす。
しかし、テーブルに向き合っている時間の方が長いようで。
ーー最近なんだか書きものが多かったから、少しだけ肩が凝っていたんだよね。
最初こそ、背伸びをしようとしたら、肩が鳴りそうでヒヤリとしたようだが。
湯船でじんわり、じっくりと肩首を温めた甲斐もあり。
伸びをし、肩を回してみれば、随分と調子も良くなったようだ。
「本当に素敵な時期に来ることが出来てよかった…」
そして、温泉から出てリフレッシュしたら。
先に、じっくり思案の上、後回しにしていたディナーの時間だ。
つい先日取れたという猪肉が、大皿の上に、牡丹の様に派手に飾られ。
地のセリやネギなどと共に、味噌が焦げる様な匂いを漂わせながら。
猪肉がぐつぐつと、鮮やかな赤から、やがて食べごろに色付いて。
一口猪肉を口に運んでみれば、猪の野生味溢れるくさみは味噌によって程よく打ち消され、豚に比べてあっさりとした脂身がマスティマの食を進ませる。
また、地のものには地のものをという、テロワールの考えに従い。
マスティマが選んだのは、この温泉宿の近くにあるという蔵の酒。
これがまた、きりりと鋭い辛口で、猪の脂をリセットするには具合が良い。
食道楽という彼の胃、彼の舌を満たすに足るものであったのか。
夜空を眺めながら、彼の口から漏れたのは。
ーーあぁ、幸せな休日だなぁ。
その、一言であった。
なお、この時のお土産は、実用性を重視して、温泉宿のロゴが入ったタオルだったという。
そのセンスをどう評価するかは…彼の家族、親族に委ねたいーー
●【賽の目】
ーーあんた達も普段から仕事詰めだろう?
そう話しながら温泉宿の暖簾を潜ったのは、お掃除メイドロボットたち、そしてその指揮官であるズムウォルトを退けた|五ツ花・ウツギ《いつはな・うつぎ》(遊び遊ばれ世は情け・h01352)。
そして、彼女を先頭にした、旅団【賽の目】の面々だ。
話は、ズムウォルトが斃れた時にまで遡る。
メイドロボと戦う前から、『歓楽街の復活』を気に掛けていたウツロだったが。
やはり、歓楽街は人の活気があってこそ。
人が多ければ、それだけこっちの√の人間のやる気も出るだろう。
そう考えた彼女は、
「一仕事終えた所だし知り合いでも呼ぶかね。」
と、【賽の目】の団長である|神鳥・アイカ《かみとり あいか》(邪霊を殴り祓う系・h01875)たちに声を掛け。
「姐さんからの粋なお誘いに全力挙手♪
旅団の仲間との温泉旅行とか最高でしょ♪」
と、アイカが元気よく二つ返事で賛成した事から、あれよあれよという間に総勢5名の所帯となったわけである。
「うちは忙しかったから、旅行して温泉入るって事が無かったんだよね。」
元気よく、【賽の目】の面々に向けてそう語るのは、この一行の中では最年少の片割れである、|神来社・紬《からいと つむ》(月神憑きのゴーストトーカー・h04416)。
「だから親しい人達と行けるのは嬉しいな♪」
それは、心からの言葉と笑顔で。
はい、お聞きよ。と最年長であるウツギが手を叩くと、皆の視線が『姐さん』に向く。
「まずはひとっ風呂浴びて、日々の疲れを落として。
それから遊ぶとしようか。」
その声に反対する者なと居よう筈もなく。賛成する声が四つ、上がった。
●露天風呂にて
ーー迷うときは誰かと一緒にとか、ありだと思うよ。
ある人に送られた言葉を思い出しながら、温泉の湯気に包まれた静かな時間を楽しんでいるのは、紬と並ぶ、もう1人の最年少。
|不動院・覚悟《ふどういん・かくご》(ただそこにある星・h01540)だ。
彼が観察しているのは、
「雪景色が絶景ですね!」
と、雪見温泉を楽しむ獣妖『オオカニボウズ』の青年、ガザミ・ロクモン(葬河の渡し・h02950)だ。
「肌がピリピリして、少しくすぐったい。
身も心もほぐれてポカポカです。」
そう泉質をを評価しながら、湯船を堪能している。
「さすが美人の湯って言われるだけあるね!」
そんなガザミの声に、紬が元気よく同意する。
「お肌ツルツルだー。雪見風呂サイコー。ガザミんの言ってる通りだね!」
ーーガザミん、覚悟くんはリラックスしてるね。
などと男子2人にも気を回しながら、自身の色白の肌を撫で、その効果を確かめている様子。
「うぉー!お酒がおいしーい!ささ、姐さんお猪口が空いてますよー?ご一献ー♪」
「ああ、悪いね。それならあんたにも、お返しに一献、だ。」
そんな若人たちの様子を肴に雪見酒と洒落込んでいるのは、アイカとウツギだ。
風呂桶に日本酒載せ、雪見温泉で一献。
アイカはどうにもピッチが早い様に見え、その顔は明らかに酔いが回っている。
「姐さん。ツムツム、覚悟くん、ガザミくんたちの距離感が、微妙に遠い気がする。」
少しばかり据わった目で、団長としての心遣いを口にすれば。
「ああ、そうかい。そうかもね。…ほどほどにやんな。」
くつくつと笑いながら、ウツギが答え。
それを合図に、徳利片手に若人3人の中に突っ込んで。
「おりゃー!ツムツム、覚悟くん、ガザミくん!みんな、温泉楽しんでるかー!」
3人まとめてハグをして。ガザミと覚悟は『ひょわあ!?』と黄色い悲鳴を上げ。
逆に紬は、『きゃー!』と歓声を上げながら、アイカに抱きつき返すのだった。
● 第1回ウツギ杯
そんな賑やかだった温泉から上がった一行。
酒のピッチが早かったアイカは、既に湯上がりのほろ酔い気分。
にへらと笑い、祓う者とは思えぬ着崩した浴衣姿で
『|紬《ツムツム》〜』やら、『覚悟くん〜』やら、『ガザミくん〜』やら。
後ろから抱きしめたり、ボディタッチに行っている。
その度に、『ひょわぁぁぁ!?』と、男性陣から黄色い悲鳴が上がったとか、上がらなかったとか。
「気心の知れた大好きな仲間と一緒は嬉しい♪」
その気持ちは、この場の皆が共有していることだろう。
そんな様子をにやにやと眺めていたウツギだが。
ーーん、ここだね。
と、足を止めた。其処こそが、彼女の目的地。
それは、古き良き温泉宿にありがちな、卓球台。
「私もね、一応遊びの範疇にあることは一通りこなせるつもりさ。」
ウツギは徐に浴衣の帯をキツく締め、襷掛けして。
「やろうか、卓球を。」
とても素人とは思えぬ眼光で、そう宣った。
そして、不敵に笑いながら、スパイスをひとつまみ。
「そうだね。もちろん賭けありで。負けたほうが、この後の鍋の代金を払うってのはどうだい?」
この提案に真っ先に乗ったのは、すっかり出来上がったアイカ。
「賭け卓球上等、やろーやろー!」
と、元気よく拳を突き上げた。
実際は、酔ったフリをして、仲間たちの背を押そうとしているという事を、4人もよくわかっている。
「なら、審判にうちの|神使《仔うさぎ》を付けちゃう!」
「スリッパを使ってたとは言えないです…」
「やった事はないけれど、教えてもらえたら嬉しいな。」
三者三様のYESの返事に、団長は腕を組み、満足げに頷いて。
「下町でぶんぶん言わせたアイカちゃんの卓球の腕見せちゃうよ!」
ーーこうして始まった、第1回ウツギ杯。
試合形式は、勿論、総当たり戦。
チーム分けは、『アイカ・ガザミ組』『紬・覚悟組』の男女ペア、そして『ウツギ』だ。
「なんなら2対1でもいいよ。」
と、ウツギが一人チームに立候補したのだが。
既に彼女の纏う雰囲気が|素人《カタギ》じゃないことを感じ取っている4人からは。
『ハンデはそれだけ!?』の意味で、
「「「「えー!?」」」」
と。仲良く、そんな悲鳴が上がった。
さて。まずは、結論から述べよう。
ーー【賽の目】の面々の見立て通り、ウツギの圧勝であった。
第一試合になるなり、彼女は|伝家の宝刀《マイラケット》をすらりと抜き放った。
「にゃ!?姐さん…やっぱりガチ勢?」
「卓球のマイラケット持参とは!?」
試合相手のアイカとガザミが震えあがる。
そう、ウツギは正に卓球ガチ勢であったのだ。
カットに、ドライブに、無回転。
『任せろー』と、連携を取るつもりで飛び出したアイカを翻弄して築く、三振の山。
ぶんぶんは、回転すら自在に操るウツギの前では、空振りでぶんぶん言わせるの意に変わってしまったが。
「ピンチの時にはヒーローが現れるもの!」
そんな彼女を背後からサポートするのが、ガザミだ。
ーーラリーが続くと、楽しいですね。
無心で球に食らいつき、カコッと小気味の良い音が響くと、ひとつ縁が太く鳴ような、そんな気がする。
そして、そんな強敵から1点でも取れたら、それはそれは嬉しいもの。
「うぇ~い!」
ガザミとアイカで、笑顔でハイタッチ!
「アタシから点を奪うとは、やるじゃないか。
ーーまだ、本気が足りなかったかね?」
「「ひぃ!?」」
「ウツギ姐さんいけいけー!」
再び震えあがるアイカとガザミに、紬の無情の応援が響いた。
そんな第一試合を眺めながら、卓球のルールの把握に努める覚悟。
「五ツ花さんとの実力差をどう埋めるなら、僕はどう戦うかな…」
鬼、いや鬼神の如き強さを誇るウツギに、ルールを知らない自分が勝てるとは思えないが。
それでも抗おうという気概は、√ウォーゾーン生まれであるからこそ、とても強い。
黒い瞳で真剣に観察する彼に差し出される、温泉ならではのビン牛乳。
「どう?見てて、ルールわかってきた?はい、これ差し入れ!」
「神来社さん。…ありがとうございます。」
紬からビン牛乳を受け取ると、今時珍しい紙のキャップを開けて。
「正直にいえば、ウツギさんには全く勝てる気がしません。
それに、その強さがノイズになって、神鳥さんとガザミさんの実力まで、わからなくなっています。」
そりゃそうだ、と紬は笑いながら頷いて。
「こういうのは、習うより慣れろ、だよ!
まだ少し時間がありそうだから、練習しない?」
ーーカコッ、カコッ。
√ウォーゾーンで生き延びてきただけあって、覚悟の飲み込みは早かった。
プレイしながらルールを軽く説明する紬を相手に、ラリーが続くようになるまで、そう時間はかからなかったのである。
そして、燃え尽きたアイカを引き摺ってきたガザミに、
「僕たちのカタキ…よろしくお願いします!」
などと後を託されれば、覚悟と紬で頷きあって。
「任せてください。…一矢、報います。」
真面目に、彼なりの本気とも冗談とも付かない言葉を口にした。
もちろん、付け焼き刃がウツギに届くことはなかったが。
「ナイスカバーだったよ、覚悟くん!」
覚悟が守るためにフォローした一球が、ウツギの虚を突き。
紬のスマッシュが、一発決まって。
差し出されたその手に、感謝を込めてハイタッチするのだった。
なお、アイカ・ガザミ組対紬・覚悟組の第三試合は、かなりの激闘となった。
4人ともウツギに揉まれた結果、それぞれがそれなりのレベルアップを果たしていたからだ。
ガザミがノリノリで『炎のサーブ!』とか叫んでみたり。
『相棒!頼みます!!』と叫んだ先の|相棒《アイカ》が、アルコール摂取と運動でぐでぐでになっていたり。
紬のフォローをしていた覚悟が、彼女がウツギ戦で見せたスマッシュを見様見真似ながら成功させて。
今度は覚悟からハイタッチしたり。
「相棒!起きてください、相棒ー!!」
紬の|神使《仔うさぎ》が楽しそうに、得点カードを捲っていく。
第1回ウツギ杯の栄光は、全勝だったウツギに輝いたが。
5人とも全力で遊んで、勝っても負けてもご機嫌で、その幕を閉じたのだった。
●同じ鍋をつついて
ウツギ杯も決着し、なおも涼しい顔のウツギを除けば、皆へとへとで。
それでもこれだけ遊べば、誰かのお腹の虫は『くぅ』と鳴くもの。
誰の虫か探しは笑いとともに、そこそこに。
晩ごはんの鍋会が始まった。
「最高に贅沢なお鍋、素晴らしい。」
感嘆の声を上げるガザミたちの前に現れた鍋は。
地元で取れたセリやネギなどの野菜や山草に、大きな猪肉で形作られた牡丹の花が、二輪。
そう、今シーズンの目玉、新鮮な牡丹鍋である。
「アンタたちは食べ盛りなんだから、どんどん食べな。」
味噌の香りが若者たちの食欲を強く刺激するように漂いはじめ。
猪肉が赤から食べ頃に色付けば、ウツギが次々に取り分けて。
この手際は流石の年の功である。
脂は濃過ぎず、薄過ぎず。獣肉特有のクセやくさみが程よく抜けたその味に、若人たちの箸も進む。
「みんなで食べると、より美味しいですね。」
「温泉旅行で、みんなで食べるご飯って!こんなに美味しいんだー!
んー、本当においひー!」
「ボクはもう一本、お代わりを〜…」
そんな、【賽の目】の面々の笑顔を見ていると。
覚悟の胸も、お腹が満ちてくると共に、またじんわりと温かくなるというもの。
既に、本日何本目になるかわからないが。お代わりとして貰った、地酒の一升瓶を宝物のように抱えたアイカと。
鍋奉行を買って出ているウツギに、未成年組はお酌する。
ーー神鳥さんは皆をいつも笑顔にしてくれて。
ーー五ツ花さんはその場をまとめる細やかな配慮をしてくれて。
ーーガザミさんは新しい楽しみ方を見せてくれて。
ーー神来社さんは一緒に時間を分かち合ってくれて。
「……本当に感謝しています。」
覚悟の口から、自然に溢れた言葉に、一同は。
ーー仲間だから、気にするな。
とでも言うように、優しく微笑んだ。
【賽の目】の面々が、温泉でリラックスし、卓球でふらふらになり、鍋を堪能して、一人がへべれけになって、眠りについた頃。
ーーふふ。皆、可愛らしい顔で寝ていることだね。
ひとり部屋を出たウツギは、自分も含めた5人分のお愛想を行っていた。
最初から、賭け卓球は方便。鍋のお代は自分で持つつもりだったのだ。
もっとも。成年のアイカは、そのウツギの意図を察して、盛り上げ役を買って出たのかもしれないが。
ーー私も、今日は随分と楽しませて貰ったからね。
●エピローグ
ふと、ウツギが窓の向こうの夜空を見上げる。
いつの間にか雪は止み、空には明るい月が輝いている。
これから何度、月の満ち欠けが巡っても。何度、季節が巡っても。
簒奪者たちとの戦いが、激しさを増したとしても。
今日この日の思い出は、皆の胸に残ることだろう。
部屋に戻ったウツギを、笑顔のアイカが出迎えた。
「あー、楽しい♪こんな日が続いたら最高だね♪」
「全く、この子は。ああ、本当に、ね。」
並んだお猪口が二つ。それぞれに、月を映しているーー