シナリオ

廊下は決して走らないこと

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 誰も居ない夜の学校、月の照らす薄暗がりの中、その静かな光景に乱れが生じる。

「cvbghykl,,jklh/gycferwjhfs……」

 日中ここではしゃいでいる子供達の声とは、似ても似つかない耳障りな音の羅列。
 闇から滲み出る混沌、色をでたらめに混ぜ合わせたような黒いそれは、やがて人間に似た形を取った。眼球と思われるものがぎょろぎょろと周囲を見回すと、同時に『そこ』が変わり行く。
 浸食される風景、組み変わる空間。楽園に落ちたその一滴が、ダンジョンという名の染みを生み出す。そして。

「uisdgcuilgasuilsakhytykx-as!!!」

 √能力者達ならば、見えただろう。言葉にならない、意味不明のその声が広がると同時に、周辺のインビジブルが急激に蠢き始める様子が。
 目の色を変え、尖った気配を撒き散らし、迷宮と化す世界の中で、インビジブルが狂い行く。

●学園迷宮
「困ったことになりましたよ、皆さん」
 うーむ、と眉根を寄せて、星詠みである漆乃刃・千鳥(暗黒レジ打ち・h00324)がそう告げる。√ドラゴンファンタジーから来た者には馴染みのアレ、ダンジョンが、√EDENに発生してしまったものらしい。
 恐らくは、何者かが天上界の遺産を持ち込んだのだと思われるが、その辺りは判然としない。わかっているのは、早期にこのダンジョンを消滅させければ大惨事となること。動植物は勿論、近づいてしまった一般人まで次々とモンスターにさせられてしまうだろう。
「ダンジョンはこの地域の小学校を中心に広がったようですね。恐らく、核となる存在もこの場所に居ると思われます」
 休日の夜という状況のため、生徒がいなかったのは幸いと言えるだろうか。とにかく校庭を抜けて校舎の中へ、その道中も校舎内も、恐らく入り組んだ迷宮と化していることが予想される。
「注意していただきたいのは、この周辺のインビジブルが……なんでしょう、言うなれば暴走状態にあるようなのです」
 これもまたダンジョンを作成した何者かの仕業か、狂ったインビジブル達はポルターガイスト現象を発生させて、こちらの進行を妨害してくることが予知されている。
 こちらをどうにか潜り抜け、先へと進めば敵の配下モンスターか……もしかすると、事の首謀者を発見することもできるかもしれない。
「何が起こるかは行ってみないとわかりませんが……最終目標はダンジョン奥に居ると思われるボスモンスターです! こちらを撃破し、ダンジョンを消滅させてください!」
 きっと皆さんなら大丈夫ですよ!
 根拠なく、そして元気よくそう言い放って、星詠みは一同を送り出した。

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第1章 集団戦 『ポルターガイスト現象』


天籟・ワルツ
爾縫・恢麓


 月明かりが照らす校庭は静まり返り、わずかな風に乗ったグラウンドの砂粒が、薄い銀色の光を浴びて、視界の端で踊っている。昼間、日中とは違い無人となったそこを通して、爾縫・恢麓(博愛面皮・h02508)は夜の学校――ダンジョンと化したその校舎を見上げた。
「あんま思い出とかはないんだけどなぁ」
 何しろあんまり通えていなかったから。この年になって再度訪れた『学校』という存在にも、そういう意味では少々感情移入しづらいかもしれない。
「あ、でもたま行けた時に食った給食の揚げパン、めちゃくちゃ美味かったな」
 ふと思い出したそれに触れると、反応したかのように『オオカミ』が身じろぎした。
「アシモフさん唸らないで、全身ゾワゾワするから!」
 そうして自らに憑いた狼霊を宥めつつ、彼は校庭へと踏み込む。するとグラウンド周辺にあった備品の類が、ばらばらに宙を舞い始めた。
「ああ……ここからもうダンジョンに入るってこと?」
 早速襲い来たボールの類を適当に捌いて、、旋回しながら飛んでくるグラウンド整備用のトンボに大して左腕を掲げる。アシモフさん、そう呼んだ動物霊がその力を顕現し、掲げられた左腕を強化する。
 それに受け止められた空飛ぶ備品は、硬化したそれに防がれ、逆に砕け散っていく。
「……これ壊しちゃって大丈夫だった?」
「この状況では止むを得ないわ」
 同じタイミングで突入した√能力者、天籟・ワルツ(Faustpatrone・h00342)がそう応じる。
「こんなところで時間をかけているわけにはいかないもの」
 こちらも学校の備品を傷つけることに抵抗があるようだが、校舎にさえ辿り着けていない現状でそんなことは言っていられない。ただでさえ、神聖な学び舎で騒ぎを起こすなんて見過ごせないというのに――。
「それにしても、邪魔が多いわね」
 先を急ぎたいところだが、体育倉庫でもひっくり返したのか、ポルターガイスト現象で飛び来る物体は徐々にその数を増している。弾幕として見れば脅威かもしれないが、実際に戦場を飛び交う弾丸に比べれば、ひとつひとつは大きく、鈍い。|少女人形《レプリノイド》たる彼女にしてみれば、見切ることはそこまで難しくない。
「弾幕が薄い方を指示するわ」
「頼りにしてますよ」
 弾道計算を駆使したワルツの声を指標に、飛び交う障害物の只中へ。躱せるものは躱し、難しいものは恢麓の爪で、そしてワルツの鉄拳で打ち落とし、足を止めぬまま校庭を突っ切る。最後に立ち塞がった『部外者立ち入り禁止』の看板を切り裂き、叩き砕いて、二人は校舎の入口へと飛び込んだ。
 着地したそこには、大きな棚のようなものが整然と並ぶ、ある種異様な空間――もとい、下駄箱だった。
 そうして状況を把握したところで、ワルツの身体が驚愕に揺れる。
「ど、土足で……!?」
「え……靴脱いだ方が良い?」
 普段ならば風紀委員として看過できない問題だが、今そんなことは言っていられない。
 堪えつつ首を横に振って恢麓に応じ、ワルツはダンジョンの奥を目指し、通路を駆け出した。
「ああっ、私とした事が廊下を走るなんて……!」
 難儀な話ではあるが、これもまた事件が終わるまでの辛抱である。

兵藤・空
香柄・鳰


「なるほど、こうなるわけですか」
 玄関口を抜けて、角を曲がる。本来ならば点いているはずの電灯がちらちらと瞬く中、兵藤・空(改造人間のマスクド・ヒーロー・h00405)は、目の前に伸びる長い廊下を前に溜息を吐いた。実際にダンジョンに踏み込むのは初めてだが、こういうことも起こり得る場所なのだろう。
「何にせよ、迷っている時間はありませんね」
「ええ、折角事前に判明したのですから」
 同様にこの場に踏み込んだ香柄・鳰(玉緒御前・h00313)が頷いて返す。目指すところは迅速な事態収拾、幸い行く手は一本道だ、駆け抜けるだけならば容易い。
「……来ましたね」
 もちろん、それは邪魔が入らなければの話。侵入者の気配を察したのか、突然浮き上がった学校の備品、机や椅子の類に、空が身構える。こちらは反応が一歩遅れたこともあっただろうか、鳰は速度を緩めぬままさらなる一歩を踏み出した。
 ポルターガイスト現象による飛来物、ぼんやりとした視界の中でその風切り音を感じ取ったところで、鳰は大太刀を抜き放った。頼りない電灯の明かりの下、刃が一度閃いて、二人に向かっていた飛来物を両断する。
「学校に通った経験はありませんが、こうして備品を壊すのは少々心苦しいですね……」
 本来ならばまだまだ子供達の役に立つものだったはず。ある意味これもダンジョン化現象の犠牲と言えなくもないが、とにかく。命の通わぬそれに対して鳰が口にしかけたことを、空が継ぐ。
「敵というより現象ですからね、まともに取り合っていてはキリがありません」
 殲滅というよりも突破を目指すべきだと定め、二人は勢いを増す障害物の嵐の中へと飛び込んでいった。
 先程の言の通り、剣閃と打撃で最低限の障害を排し、道を開くようにして前へ。方針を決めてから些かも鈍る気配のないその侵攻速度に反応したか、これまでの飛来物よりも一際大きな物体、廊下に立っていた縦長のロッカーが宙を舞った。
「これは――」
 この大きさでは両断しても躱し切れないか、鳰が一瞬躊躇したところで、バンと音を立ててロッカーの扉が開き、多数の掃除用具を空中へとぶちまけた。数と質量による同時攻撃、それに対して火花を散らしたのは、空の圧縮銃だ。
「――轟け」
 込められていた雷属性の弾丸がロッカーを穿ち、爆ぜる。激しい電光放つそれは、味方である鳰を除き、周辺の飛来物をまとめて吹き飛ばす。
 一瞬戸惑った鳰だが、周囲の帯電する空気を読み取り、強く地を蹴った。
 吹き飛んでいった掃除用具のロッカーと入れ替わるようにして、金属製のモップが槍のように飛来する。それが彼女を掠めるよりもさらに速く、紫電を纏い跳躍した鳰はその放出点へと至っている。
「居ましたね」
 そこには、先程からこちらを狙っていた敵性インビジブルの姿が。迎撃のつもりか、咄嗟に飛んできた机を大太刀を突き立てることで縫い留めて、もう片方の手に握ったハチェットを振り抜く。切り裂かれたそれは、夜闇に融けるように掻き消えた。
「このまま、駆け抜けましょう」
 空の放った次なる弾丸が、ダンジョンの廊下を照らし出す。一瞬の光の先、無数に並んだ扉の一つから、聞き慣れぬ奇怪な『音』がする。

ゾーイ・コールドムーン


 ダンジョンと化した校舎の中、廊下だった部分で構成された通路に、ゾーイ・コールドムーン(黄金の災厄・h01339)の足音が響く。他の√能力者達も乗り込んでいる以上、戦闘音くらいは聞こえてもいいはずだが、その辺りも迷宮の不思議な効力によるものだろうか。中の異常に気付かず一般人が踏み入れば、モンスター化してしまうというのに……。
「やはり、将来的な影響は無視できないか」
 このままダンジョンが広がり続ければ、それはいずれ彼にとっての『大事な人』にも届くことになるだろう。であれば、放置するわけにはいかない。
 まずは進むことが重要、とはいえ妨害に当たるインビジブルはすぐにこちらを発見してしまうだろう。
「どこから来るかわからないのが困るな……」
 だが、それでもやりようはある。周囲を警戒し、敵の気配を探りつつ、ゾーイは死霊を先行させる。単独で直接戦闘をさせるにはいかにも頼りない存在だが、今回の役割はそれではない。通路を先に進ませることで道中の危険を探る、要は偵察、斥候といったところだろうか。
 案の定先に進んだ死霊を捉えたようで、廊下の前方にあった扉の一つががらりと開く。中から現れたのは敵……ではなく、教室内に収まっていただろう机や椅子だ。ポルターガイスト現象で飛翔するそれらは、とりあえず、とでも言うように前方の死霊へと殺到する。力無き死霊に咄嗟の反応は難しく、あえなく敵の攻撃に潰されてしまう。
 ――と、そのはずだったが、直前に、ゾーイが√能力を発動した。災厄とは遍く在るもの、死霊の居たはずの場所に一瞬で移動したゾーイは、飛び来る椅子の一つを弾いてさらに前へ、殺到する障害物の合間をすり抜ける。一瞬の出来事、攻撃が不発に終わったことを悟った敵性インビジブルはゾーイを縛り付けるべく雄叫びを上げるが。
「遅いな」
 先にそちらの姿を捉えていたゾーイにより、今度はそのインビジブルとの位置が入れ替わる。ほんの二手で一気に通路を飛んだところで、彼はそのままダンジョン奥へと進んでいった。
 入れ替わりに対応できず、ゾーイを視界から逃したインビジブルはそのままにしておくことになるが、わざわざ足を止めてまで仕留める必要は、実際のところ全く無い。
「さて、そろそろ何か、大物が居ても良い頃だと思うが……」
 上手く戦闘を避けたことで余力は十分、何が来ても、今の彼ならば対応できるだろう。

箒星・仄々
七星・流


 夜の静寂に落ちた学校に、規則正しく微かな音色が聞こえてくる。昼間にはおおよそ気にも留まらないであろうそれは、校舎の壁に掛けられた大時計から響いていた。秒針の刻むそのリズムは、今日に限っては妙に大きく聞こえ、この空間の異質さを際立たせている。
「はー、夜の学校ってこんな感じなんか」
 小学生である七星・流(√EDENの流れ星・h01377)にとっては馴染みがあるものの、どこか新鮮なこの光景は、自然と心を浮き立たせる。これがダンジョン化の解決とか言う用事でなければ、もう少し素直に楽しめたのかもしれないが。
「学生さんの学舎にダンジョンなんて大変です。何としても消滅させましょう」
 前を行く箒星・仄々(アコーディオン弾きの黒猫ケットシー・h02251)の言葉に頷いて、流もその後に続き、ダンジョンと化した校舎の中へと踏み込んでいった。
「まあ、遅い時間に出歩いてたとかで、卒業式前に先生に怒られたくないしなぁ……」
 とにかく中に入ってさえしまえば、一般人に見つかることもないだろう。代わりに居るのは暴走状態にあるインビジブル――そしてそれの操る学校の備品達だ。ばたんと音を立てて引き戸が開いて、各教室から二人に向かって机や椅子が襲い掛かる。
 飛来するそれを、流は咄嗟の反応で弾き返し、仄々もまた素早く身を躱した。そして飛び交うそれらの動きをひと睨みしてから、彼は楽器を手に取った。
 飛来物の風切り音と、それらが廊下の壁にぶつかる轟音の間に、アコーディオンの音色が響き出す。調べを即興で他と合わせるような、たどたどしい音色から、徐々にそれが整い始める。すると襲い来る攻撃に対し、仄々の反応が鋭さを増した。
 どんな攻撃や動きも、完全に無軌道なランダムになることなどあり得ない。そこには、必ず何かしらの拍子が存在し――。
「それが判れば防御や攻撃は容易いですよ」
「そういうもん?」
「そういうものです」
 えっへん、と胸を張ってみせた仄々は、それを証明するようにステップを踏んで、軽やかに跳躍、トンボを切る動きで飛来する机を避けて見せた。
「これくらい、演奏しながらでも猫の手さいさいですよ♪」
 相手のペースを掴んだところで、仄々の演奏は調子を変える。
「それでは反撃の調べを上げましょう」
 拍を上げたメロディによって放たれる音撃、そして色とりどりの光の音符や五線譜が、飛来する備品を迎撃し、貫いていく。敵のそれを遥かに超える密度の弾幕が道を開いたところで、彼等はそこをぐんぐんと突き進んでいった。
 その後を追い縋るように放たれた攻撃に対し、流は先頭を切って飛んできたイスを掴み取る。耳に残るメロディ、仄々の演奏に、自然と合わせるように身体が動いて。
「お、できた」
 掴み取った椅子をそのまま用いて、後続の攻撃を見事に捌く。打ち据えられた備品たちは、あるものは砕け、あるものは床に叩きつけられて動きを止める。素晴らしい動きで敵の猛攻を凌いだ、という形ではあるのだが。
「あれ? もしかして、今の俺ってヒコーに走る小学6年生……ってコト!?」
「まあ……話せばわかってもらえますよ」
 何しろ人命だってかかっているのだから、ダンジョン消滅が最優先である。仄々の言葉に、その通りだと流も大きく首肯してみせた。
「これは、今回の事件の犯人に、しっかり一緒に謝って貰わんとなー?」
 まだ見ぬ敵に責任をひっ被せてしまえば、歩みを緩める理由もない。冗談めかせてそんなことを言いながら進む流に、仄々は小さく笑いながら続くけれど。
「……とはいえ、少し申し訳ないことをしたかもしれませんね」
「ああ、そこは任せといてや」
 壊れてしまった机や椅子、表面の傷や鉛筆跡という形で、子供達の思い出の染み込んだそれらに、流は『帰還の誓い』を捧げる。
 増幅された日常に帰ろうとするその意志によって、これらの備品もまた、しばらく後には元の形に戻っていることだろう。
「準備が良いですね」
 仄々の称賛の言葉に、自慢気な笑みを浮かべたところで、流は残りの気がかりへと話を向けた。
「しっかし、インビジブルさんってこないに荒ぶるもんなんやろか?」
 お話出来たら良いんやけど、と後ろを振り返り、その姿を探す。それが出来れば何か情報が得られたかもしれないし、宥めることで戦闘を避けることもできたかもしれない。可能ならば、彼等も元に戻してやりたいところだが。
「きっと、ダンジョンに当てられてしまったのでしょう」
 お可哀想に。仄々もまた、僅かに瞑目する。とはいえ、今は足を止めてはいられないのだ。
「すぐにダンジョンを消滅させて、元へ戻して差し上げますからね」
「今は先に通してや」
 この状況を解決するため、ダンジョンの奥を目指し、二人は夜の校舎を駆け抜けていった。

第2章 ボス戦 『『DEEP-DEPAS』』


●混沌
『fhsdi:hnvicnoiuhi[jhkewhnkjh』

 聞き慣れない耳障りな音を捉えた√能力者達は、廊下の途中に存在する扉のひとつに手を掛ける。理科室、と書かれた扉の表札は、ダンジョン化した今も間違っていなかったようで、一息に扉を開いた彼等が見たのは、等間隔に並んだ水道付きの大机と、それを囲むように配された椅子。そして部屋の後ろの棚には、様々なガラス製の容器が、薬品が、実験器具が、蒼とも黒ともつかない奇妙な光を映し出していた。
 部屋の中心に居たそれ、人に似た形をした渦巻く混沌は、√能力者達に気付いたのか、ゆっくりとこちらを振り返る。
 恐らくは目に当たるであろうそれをぎょろぎょろと動かして、それは叫んだ。

『uisdgcuilgasuilsakhytykx-as!!!』

 同時に、周囲を漂っていたインビジブルが目の色を変え、そこら中の備品が一度に浮かび上がる。
 正体は分からないが、恐らくはこの存在が事件の発端、ダンジョンを生み出し、インビジブルを狂化させている存在で間違いないだろう。
富士・ニコ
天籟・ワルツ
香柄・鳰


「うわぁ! なんかいましたよ!?」
 理科室の扉を開けた富士・ニコ(人間(√汎神解剖機関)のゴーストトーカー・h03228)が目撃したのは、曰く言い難い闇の奔流。見様によっては人間の形に見えなくもない。もしかしたら、迷い込んでしまった人間の可能性も――。
「ないですよねやっぱり!」
 怪異の相手が専門の彼女としては、どこか見慣れた存在のようにも思えるが、今回の相手はどうにもまた違った異質さを備えているように感じる。
『uisdgcuilgasuilsakhytykx-as!!!』
「あ、どっちにしろ戦う感じですね」
 『DEEP-DEPAS』、便宜上そう名付けられたその存在が雄叫びを上げると、周囲を漂っていたインビジブル達が臨戦態勢を取り始める。窓の外から、廊下から、呼び寄せられるそれらとの距離を測りながら、鳰とワルツもまたこの敵と対峙した。
「ううん、何とも耳に痛む声です」
「無害なインビジブルも簒奪者の手に掛かれば、こうも容易く危険な存在になるのね……」
 正体の分からぬ相手であるとはいえ、やはり放置しておくわけにはいかないだろう。
「風紀委員として、しっかり指導してあげる」
「あなたも狂わされたのか、元よりこうだったのかは分かりかねるけれど――」
 幸い、先程の叫びの反響で部屋の様子は鳰にもよく分かった。暴走したインビジブル達によるポルターガイスト現象、飛来する椅子やガラス器具を避けながら、鳰は大机の上へと駆け上がり、ワルツは敵の側方へと回り込む。しかし刃と拳、同時に振るわれたそれらが敵を捉える前に、『DEEP-DEPAS』の姿が掻き消える。インビジブルを利用した入れ替わり転移――ワルツがそう気付いたタイミングで、『DEEP-DEPAS』は再度雄叫びを上げた。
『sedfghjlouyttiitio!!』
 空間をも揺るがすその叫びが、√能力者達を打ち据える。
「うわわ! なんだかすっごくグラグラ揺れるんですけど!」
 √能力者だけを対象としたそれは、震度7相当の振動を三人に与える。ダメージはもとより、深刻なのは平衡感覚の異常だろう、敵の眼前どころか囲まれつつあるこの状況で、行動不能になるのはさすがにマズい。ニコと同様の懸念を抱いたワルツが何とか壁を背にするように移動し、鳰もまた闇の中に紛れるようにして距離を取る。とはいえ、現状のままでは敵の攻撃を捌き切るのは難しいだろう。
「これ凄く疲れるからあんまり使いたくないんですけど……」
 それでもやるしかないと瞬時に覚悟を決めて、ニコは目を見開いた。
「だるまさんがころんだ!」
 『チョコラテ・イングレス』、敵の雄叫びに抗う声と共に、彼女の√能力が視界に捉えた者をまとめて拘束する。思いっ切り味方も巻き込んで麻痺させた形だが。
「これ、問題ないですよね!?」
「ええ、大丈夫ですよ」
「出来れば、揺れが収まるまで耐えてね……!」
 そう、この時間相手も動けないのなら何も問題はない。ただちょっと、麻痺を維持するのにニコが体力の消耗と目の渇きに耐える必要があるだけだ。短い我慢比べの末に敵の雄叫びが先に収まり、√能力者達を襲う震動が解除される。
「動けるようにしますからね!」
 味方に合図を送って、ニコが見開いていた瞼を閉じる。その瞬間に合わせて、鳰は敵に向かって地を蹴った。とはいえ聴覚デバイスによる情報のみでは、敵の行動の前触れまでは掴めない。『DEEP-DEPAS』は迫り来る彼女に対し、もう一度深淵の叫びを叩き込むつもりのようだが。
「来ると分かっていれば、やりようはあります」
 その直前に、彼女は足元の大机を蹴って跳躍した。耳をつんざく雄叫び、自分だけが感じる激しい震動、しかし既に跳躍した彼女の身体は、平衡感覚を乱されようとも止まることはない。
 振るうというよりは押し付けるように、振り下ろされたハチェットが『DEEP-DEPAS』に伸びる。
『xcvbnmj,l.;iouyghn』
 転移。最後に残ったその手段で、『DEEP-DEPAS』はその刃の前から姿を消した。
「逃がさないわよ」
 だが、それもまた織り込み済み。転移を予測し、行き先をしっかりと捉えたワルツが駆ける。
 『DEEP-DEPAS』を護るように展開されたポルターガイスト現象、飛んでくるガラスの器具や木製の椅子を叩き割り、多少の破片にも構わず彼女は最短距離を飛び込む。敵を見据えるワルツの瞳が、こちらを向いた相手の目、闇の中に浮いた虚ろなそれを捉える。そこからは何の感情も読み取れず、行動原理も今回の事件の思惑も、推理さえできないような有様だ。
 鳰の振るった刃から衝撃波が飛び、『DEEP-DEPAS』の姿勢を崩す。その瞬間を逃さず振るったワルツの拳は、今度こそ敵に届いた。
 身に染み付いた軍隊式格闘技の粋をここに。拳からの投げ技、さらに打撃へと切れ間のない連撃が『DEEP-DEPAS』を打ち据える。
「やりました! ……よね?」
「ええ――」
 手応えはあった、とニコの声にワルツが頷く。仲間と協力して与えた一撃で、その存在は確かに揺らいだ。だが両手に残る気味の悪い感触、この違和感は何だ?
 身じろぎするような気配の後、『DEEP-DEPAS』はまるで何事もなかったかのように、戦闘を続行する。

兵藤・空
爾縫・恢麓
ゾーイ・コールドムーン


 ダンジョン内の一角、かつては理科室だったその部屋を舞台とする戦いの中、『DEEP-DEPAS』の奇怪な叫びが響き渡る。
「いやうるっさ! なんですかこの声?」
 声、というには言葉のようには聞こえないその音は、むしろノイズというのが近いかもしれない。大音量かつ耳障りなそれに、恢麓と共に在る狼霊、アシモフさんも驚いているようだ。
「大丈夫ですよアシモフさん、そんな毛をぼっふぼふに逆立てなくても……」
 え? これはいつものこと? じゃあ別に驚いてはいないようです。
「……俺は結構同様してますけどね。見るからに危険そうで、怖そうで……」
 倒すのに時間がかかりそう。最後に口にしたそれに、多少含みがあるように聞こえたが、それよりも。
「こいつが、インビジブル暴走の正体…?」
 空とゾーイもまた、部屋の中心に居座るそれを前に、身構えていた。
「何だろう……インビジブルのような、そうではないような」
「ボスモンスター……というわけでもなさそうですね」
 曰く言い難い造形もさることながら、先行する√能力者達の攻撃も、効いているのかいないのか。その様子から敵の感情も目的も読み取れないが、少なくともこちらに害意を抱いているのは明らかだろう。
「ダンジョンを消滅させる為には、まずこいつを何とかしないと」
「得体の知れない強敵が出てきてしまったけど、ともあれ倒すしかないね」
「流石にキツそうなんで、任せましたよアシモフさん」
 恢麓の左半身に憑神が宿り、悍ましい獣の巨腕へと形を変える。それに合わせて、空とゾーイもまた『DEEP-DEPAS』へと向けて地を蹴った。
 先頭を切ったゾーイは、まずは周囲を泳ぐインビジブル達の様子を確認する。暴走状態にある彼等は短絡的に、一番近くにやってきたゾーイを捕え、喰らい付こうと寄ってきていた。この辺りの反応は概ね彼の思惑通り、そのまま護衛を兼ねたインビジブル達を引き付けるようにして、行く手から横に逸れる。
 ゾーイが囮として開いた道を恢麓が駆け抜け、空の放った銃弾が『DEEP-DEPAS』に喰らい付く。銃弾は混沌の身体に黒く穴を空けて、恢麓の左腕の凶悪な爪が、その足元を薙ぎ払った。敵の身体と同時に、足の下の大机に鋭い爪痕が刻まれる。さらに伸ばされた腕のような部位を、掴み取るように爪を立てて。
 急所ではなく末端、敵の動きを封じるためか、執拗にそれらを狙う恢麓の動きに合わせて、ゾーイの放っていた死霊が『DEEP-DEPAS』に迫る。それが敵にぶつかる直前に、ゾーイが√能力を発動した。瞬時にインビジブルと位置を入れ替え、黄金の短刀を敵へと突き立てる。一方殺到するインビジブルの只中に放り込まれた死霊は、次元歪曲効果でそれらを迎え撃った。
 敵の攻撃を見事に封じ、奇襲を仕掛ける一手。だがそれに抗うように、『DEEP-DEPAS』は雄叫びを上げた。
『wsdcvtghyjmu7jki,l.cxd!!』
 対象だけを揺らす激しい震動が恢麓の動きを乱し、部屋の外からも呼び寄せられたインビジブル達が、ゾーイに融合しようと迫る。それらを持ち前の技能で払い、ゾーイが抵抗する間に、『DEEP-DEPAS』の欠損したように見えた部位が、インビジブルと混ざるようにして再生していく。
「これは……愚直に攻撃しても突破は難しいかもしれませんね」
 そんな敵の様子に、マスクの中の目を細めて空が呟く。このダンジョン行は未だボスモンスターと遭遇するところまでは至っていない。だが、もしかするとこの敵はボス格に匹敵するか、それを凌駕しているのでは?
 躊躇が、彼女の中にあったかどうかは定かでない。ただ「やる」と決めたその一手に、迷いは見られなかった。
 √能力者として事を成す。文字通り命に換えて。|等価交換契約『命』《ライフ・ディール》発動。
 無造作に前へと進み出た空に、暴走状態のインビジブル達が殺到する。その身体に喰らい付き、貪るように混ざり、融合することで自由を奪う。やがて、それは程なく臨界を迎えるだろう。
「えっ、ちょっと……!?」
 一切感情の読めない敵に代わって、ということもないだろうが、思わぬ状況に恢麓が目を丸くする。だが、決然たるこの行動を止める術はない。
「流石に死ぬのは初めてですね……」
 この眠りから目が覚めることはあるのか、そんな一抹の不安を口にしながら、空は帰ってくる場所を思い描く。そして。
「――さあ、やれ。ウロボロス」
 殺到したインビジブル達と共に、彼女の姿は消滅した。代わりに現れたのは、透き通ったヘビのような謎の獣。空の命を代償として召喚されたそれは、ゆっくりと身体を蠢かせ、彼女が最後に示した標的へと頭を向けた。
『;lkjhgfdertyuiop;l,!!』
 何らかの効果をもたらす『DEEP-DEPAS』の叫びを一切意に介さず、ウロボロスは敵に対して襲い掛かった。

「大事な命を、そんな……」
 命を灯火であるとするならば、今のはそれが一瞬で燃え尽きる様だと言えるか。「なるべく長く生きて」という彼の願いとは真逆の行い、眩しすぎるそれを直視してしまったような感覚に、恢麓が頭を振る。今は、足を止めている場合ではないのだから。
 残り少なくなったインビジブルを噛み千切りながら進む蛇、ウロボロスが『DEEP-DEPAS』に牙を突き立てる。引き裂き、その身を絡みつかせるが、不定形の『DEEP-DEPAS』は液体のように拘束を脱してしまう。それでも敵の注意が完全にそちらに行っている間に、恢麓がさらなる一撃でその足を切り飛ばし、敵の動きを阻害する。
 先程と同様なら、また『DEEP-DEPAS』は再生してしまうのかもしれない。拉致の明かないこの状況を打破すべく、その腕に嵌った魔具を外した。
 ただの腕輪に見えるそれ、人間災厄としての力を抑える拘束具が、床に当たって跳ねる。
「触れたものが黄金になる祝福を受けた王の神話、きみは知っているかい」
 解放された黄金の災厄、あの欲深な王にもたらされた力のように、ゾーイの触れたものは全て黄金と化す。眩く尊い祝福の輝きは、しかし命を終わらせる呪いでもある。それは『DEEP-DEPAS』にとっても致命的なものになり得るのか、敵は速やかに逃れようとする。
 だが、もう遅い。転移対象に足るインビジブルの大半は払われ、空の命を懸けたウロボロスが、恢麓がそれぞれにその身を縛っている。
「――ここまで来たら逃がさないよ」
 『黄金の手』が敵に触れる。形の曖昧な混沌でさえも、全てが即座に金色に染まる――と、思われたその瞬間に、『DEEP-DEPAS』の姿は完全にそこから掻き消えた。先程まで見せていた√能力と思しき転移とは明らかに違う、入れ替わりではない消失。
「今のは倒した……ってことで、いいんですかね」
「……さあ、どうだろう」
 訝し気な恢麓の問いに、ゾーイが応じる。姿を消したのか、倒したのか、それともただ単に去っていったのか……明らかなのは、暴走状態から解放されたインビジブルの姿と、敵が戻ってこないという事実だけ。
「少なくとも、物語の結末としては締まらないね」
 あの存在と決着を付けるのはまだ先になる、ということだろうか。
 一時の静寂がダンジョンに戻る。だが、それもまた一時のことに過ぎなかった。

第3章 ボス戦 『堕落騎士『ロード・マグナス』』


●廊下を走るな
 正体不明の敵と交戦し、打ち払った√能力者達。すっきりとしない決着ながら、強敵を下した彼等の居場所に、今度は激しい破砕音が降ってきた。
 理科室だったダンジョンの一室、その天井を突き破り、落下してきたのは紫の鎧を纏った騎士だった。
『なんだ? 先程まであった気配が……消えている?』
 小学校という場に全くそぐわない全身鎧の騎士は、陥没した床の中心で立ち上がり、周囲を見回す。当然、√能力者達の存在もその目で捉えたはず、だが。
『あの気配、必ず『聖剣』に由来するもののはず。逃がす訳には行かぬ……!』
 彼にはより大事なものがあるのか、そう呟くと、勢いよく扉を破砕しながら廊下へと飛び出していった。

 言動から察するに、先程掻き消えた『DEEP-DEPAS』を探すつもりのようだが……身のこなしから漂う力量とその気配、どうやらあれがこのダンジョンの核として据えられた存在であるらしい。見たところ、『ボス部屋』的なところで待ち受けているタイプではない。ここで逃すとさらに捜索に時間を使うことになるだろう。
 そうこうしている内に、全身鎧の重い足音は、信じられない速度で離れていく。力ずくで駆け回るあれにどうにか追い付いて、仕留めなくては――!
富士・ニコ
ゾーイ・コールドムーン
爾縫・恢麓


「こらー! 廊下は走っちゃいけないんですよ! 危ないじゃないですか!」
 轟音と共に扉を破砕し、走り去っていった鎧の騎士。突然現れた彼の凶行をニコが咎める。注意したところで止まってくれるタイプではなさそうだが、だからと言ってそのまま見過ごしていいという理屈にはならないだろう。それにしても何を考えているのだろう、夜の学校をあんな姿でうろうろするだなんて。
「まったく、何だったんですかね、今の鎧さん」
「ダンジョンのボスってやつっすかね、何しろ全身鎧の騎士ですし?」
 見ました今の? かっこよかったっすよねえ――ファンタジー全開のその佇まいに恢麓が感心したように頷くと、「ん?」とニコが首を傾げた。
「あれ? じゃあやっつけなきゃいけない人ってことです?」
「え? まあ確かにそうっすね」
「しかしまさか、おれ達を無視するなんて……」
 予想外だとゾーイが呟く。ボス戦ともなればこちらを待ち受け、襲ってくるものだと相場が決まっているが、今回の敵は少々特殊なのかも知れない。
「は、早く追いかけないと見失っちゃいますよ!」
「ああ……」
 とにかく、今は追いかけるしかあるまい。あれを仕留めなくては、この学校のダンジョン化は解除されないのだから。
 ニコと恢麓に続いて壁の大穴から廊下へ、先程走ってきた道とは逆方向へとゾーイが踏み出す。
「少なくともこちらを狙っていないなら、追いかけるのは難しくない、か」
「すごい足音がします! この感じならすぐ見つけられますね!」
 トラップを仕掛けるとか先制攻撃をしてくるとか、そういう妨害は無いと見て良いだろう。周囲を注意深く観察するよりも、素早く進むことに重点を置いて、彼等は廊下を駆ける。わかりやすい足音、そして全身鎧同士がぶつかる金属音のおかげで、道を間違えることはなさそうだ。
 獣化した巨腕で床や壁を叩き、恢麓は跳ねるようにして進んでいく。常人よりは遥かに速い……と自負もしているのだが、それでも中々距離が詰まらないのは敵の体力、膂力によるものか。
「いやー、それにしても素早いヒトですね」
「とにかく、まずは足を止めてやるか」
 このままでは埒が明かない、そんなゾーイの言葉に応じるように、ニコがいち早く加速する。
「それでは、参りますよーッ!」
 古龍の力をその身に宿せば、地を蹴り進むその歩幅も三倍になったように感じられる。風を切り、飛ぶようにして廊下を駆け抜けた彼女は、その勢いのまま霊剣を振り抜いた。咄嗟に身を背けた騎士の黒鎧に、剣の軌跡が刻まれる。体勢を崩したロード・マグナスは、兜の奥の瞳で彼女を睨めつけた。
『邪魔をするな、貴様等の相手をしている暇などない』
「ああ、探し物ですか?」
 まだまだ探す気ですか? それより僕と? そんな風に笑いながら、追い付いた恢麓が獣の巨腕を振るう。旋回する爪が、敵の足元に向けて三日月のような弧を描き、その前進を阻害する。疾走する騎士の足を止めれば最初の目的は果たしたようなもの、続けて空中を漂うインビジブルと位置を入れ替えたゾーイが、敵の頭上から奇襲を仕掛けた。
『おのれ……!』
「効いたみたいだね」
 彼の手にした短剣は、鎧の隙間に滑り込むようにしてその刃先を血で濡らす。さすがに襲撃者を無視できぬと判断したか、ゾーイを振り払うように剣を振るって、ロード・マグナスはそのまま攻撃呪文を詠唱する。足を止めての剣戟、だが敵の腕は確かであり、詠唱を妨害することも難しいと判断し、ゾーイとニコはそれぞれ通路の角と教室の扉で射線を切るように身を躱した。
 呪いの炎が夜の校舎を照らす、燃え盛る合間を縫って、ニコは走り去ろうとする敵の頭を抑えるように、その前へと回り込む。
「行かせませんよ!」
 決定的な一撃を与えるよりも、足止めを重視する割り切った立ち回り。ボス格をソロで落とすのは難しいかもしれないが、この目的を絞った戦い方ならば比較的容易なはず。とはいえ。
 走り来る敵の手に生じる剣、禍々しく捩じれた、獣爪を思わせる刃を目にして、ニコは思わず声を上げた。
「あ! やっぱりこれキツイかもしれません!!」
「おれも手を貸すから、なんとか凌ごう」
 敵の来歴はわからないが、元は見た目通りの冒険者なのだろう、剣と魔法をバランスよく修めたその戦い方は隙の無いものだったが、味方と手を組める現状ならやりようはいくらでもある。転移を用いたゾーイは、敵の狙いを乱す撹乱に徹する。先程突き刺した短剣のこともあり、無視することは難しいだろう。そうしている内に、他の者が決定的な一撃を打ち込む隙が生まれるはず。
 古龍を宿したニコの刃が鎧ごと敵の身を斬り裂き、アシモフさんの力を纏う恢麓の爪が追撃をかける。
「逃げないでくださいよ?」
 凶悪な形をした爪と、ロード・マグナスの『聖剣』、双方の刃が噛み合って軋むような音色を奏でる。膂力を比べるような、拮抗したその間に、恢麓は愉快気に口の端を上げた。
「――もっとじっくり、命の『あたたかさ』を教えてもらわないと」
 戦いを長引かせるのは彼の趣向……だけではなく、他の味方の合流を見越してのことでもある。三人の狙い通り、ダンジョンを駆けてきた√能力者達が敵を囲んで――。

「……あれ?」
 その中に先程『死んだ』者を見つけて、恢麓は思わずそう声を上げた。

兵藤・空
七星・流
香柄・鳰


 √能力者は死なない――死ぬことができない。言葉で聞くのと体感するのはまた違うもの、命を糧とした攻撃を終えた空は、身を以てそれを知る事になったわけだが。
「……まあ、事の善悪は事件解決後に考えましょう」
 任務をやり遂げるという強靭な意志で、速やかに戦線に復帰した。入り口側から再度突入した彼女は、自然と他のメンバーとは逆方向から合流、挟み撃ちの形になる。
「あれ、鬼ごっこはもう終い?」
 やっぱり鬼役が多すぎたんかな、と呟きながら流が床を蹴り、足音を追った鳰もそれに続く。
「その装備も、走るのには適していないようですしね」
 敵が動く際に響く重い鎧の音色、目印にも丁度良いそれを捉えながら、その身に古龍の力を宿らせる。投擲したハチェットで相手の注意を逸らしながら、先程までよりも遥かに素早く、加速した動きで接近、そんな彼女に合わせて、流もまた反対側の壁面を駆け上がった。廊下を走るどころか壁を走るのは怒られるどころでは済まないかもしれないが、今回は状況が状況だ。きっと誰かが見つけても怒らないでいてくれるだろう。
「捕まえたー!」
 勢いを乗せた打撃が鎧を打ち据え、受け止めた騎士の足元を陥没させる。続く鳰の刃を手にした大剣で受け止めたところで。
『次から次へと、我が聖剣への道に立ち塞がりおって……!』
 怒りの混じった声は、続く詠唱によって呑み込まれる。足を止めたまま剣一本で両者の相手をしたロード・マグナスは、次々と呪いの炎生み出していく。
 燃え盛る炎、肌を炙るその熱の気配から身を躱して、鳰が小さく首を傾げた。
「先程から、何を言っているのでしょう……?」
「……正気のようには見えませんが」
 鳰の疑念に空が短く返す。先程戦った謎の存在を追っているようだが、聖剣がどうのこうのと関係するような要素は見られなかった。モンスターと化すに当たってなにかが歪んだのかもしれないが――厄介なのは、認知が狂っていようが、腕前自体は確かだという点だろうか。
「鎧に、魔法に、聖剣? めっちゃ楽しそうな話やん!」
 牽制の斬撃と、その合間に放たれる呪いの炎、流はそれらをウキウキの笑顔で捌いていく。その動きを援護するべく、空はその手に詠唱錬成剣を生み出した。
「止まったら止まったで厄介なようですね。それならば――」
 戦闘錬金術『風』。手にした剣が風を纏い、その斬撃は敵の身ならず、その生み出した炎さえも両断する。吹き荒れる風による範囲攻撃、厄介なそれに対応するべく、騎士が深く地を蹴り付ける。炎を消滅させられた今、足を止めておく意味などない。目的のものを追うためだけでなく、距離を置いての仕切り直しを期しての一手。だがそこに、炎を気にする必要のなくなった鳰が、最短距離で踏み込んでいた。
「――ごめんなさいね」
 何処へも行かせはしません。そう告げた鳰の一太刀によって、鎧が斬り裂かれ血風が舞う。
「鬼ごっこは嫌いやないけど、逃がす訳にはいかんなぁ」
 こちらも、それ以上の後退は許さないとばかりに、追撃の姿勢を取った流が言う。
「それに、こんなにワクワクさせたんや、強者として俺と喧嘩してくのが筋やろ?」
 攻撃が止んだ隙にため込んでいた速度を解放、爆発的な加速と同時に、その勢いを乗せた回し蹴りを放つ。豪風を伴うそれが敵の胴に突き刺さり、ついにはその鎧を砕き、吹き飛ばした。目にも止まらぬ神速の一撃に穿たれ、壁に叩き付けられた騎士は、ついに剣を取り落とす。
 聖剣を。世界を救い、安寧を齎すための武器を。彼が探し続けていたのであろうそれ、聖剣がそこにあるかのように手を伸ばしたロード・マグナスは、しかし何も掴めぬまま、力尽きた。

 √能力者達の手によって、ボスモンスターは討伐された。事の発端は目的の読めぬ簒奪者だったが、その狙いを阻む一手にはなったはず。そして、ダンジョン化が解かれたことで、この学校の生徒である少年少女は、変わらぬ平穏な日常を過ごしていくことができるだろう。
 平和に鳴り響くチャイムの音を心に思い描きながら、一同はこの場を後にした。

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