急募:メンズモデル(※ただしイツメンに限る)
「――よし、これで完了だな」
ある日の月刊『Rリープ』、編集部にて。
ゼロ・ロストブルー(消え逝く世界の想いを抱え・h00991)は今しがた、今回分の原稿纏めを終えたところだ。暫く同じ姿勢だったことで、ぐぐと体を伸ばすと存外気持ちがいい。
さらなる一息を付くために、既に空になって久しいカップに新たな珈琲でも入れようと席を立とうしたそのタイミング。遠くからかすかにドタバタと、走る音と悲鳴のような音が近づいてくるのを聞いた。また、誰かが慌てているようだ。
一体落ち着きがないのは何処の部署の奴だろう、なんてどこ吹く風で日常的な風景を受け止めたゼロは、珈琲を入れ始めてある異変に気がついた。その足音は、直ぐそこまで来て大きな声とともに扉をばぁんと激しく開けたのである。
『ゼ、ゼロさん!! 今すぐちょっといいかなーーーっ!?』
猛烈な勢いのまま、開け放った存在は、切実極まる叫びを編集部内に響き渡らせまくる佐藤。
ファッション雑誌部署の所属『ヴェローチェ』のメンズファッション担当編集だ。そう、この"|問題児《・・・》のあの佐藤"なのだ。旧知の仲として、最後の頼みの綱として、ゼロに頼りに来る事は減ってきた方なのだが――今回は転げていくことはなく、ちゃんと立ち止まった。
膝が笑い、ぜぇぜぇと肩で息を吐く様は全く大丈夫そうではなく、会話が出来るレベルではなかったが彼が今持ち込んだのは確実に急ぎの案件問題。その片棒を担げという協力交渉戦が発生したことだけをゼロにバッチリ理解させに来ている。
「此処でのトラブルを自重できて何よりだ。……それで? 佐藤くん、なにかな」
蒸らし終わった珈琲を手に、ゼロは最低限、事情は自分で言わせるように促す。周囲の編集部員たちが「また佐藤か……」と言いたげな遠巻きの視線を送っているのを視界の端で受け止めつつ、やれやれと内心で苦笑を漏らしながら。
『あ、あの……助けて欲しい!』
結論を先に述べる佐藤からの、ストレートな頼みであった。なりふり構っていられないと言わんばかりに、ゼロのデスク前で勢いよく頭を深々と下げる。
「……またか?」
『……うん、そうなんだ。また、なんだ。もうどうしたらいいかわからなくて!?』
頭を抱えた佐藤は、取り乱している。慌てる様子から、相応に大きなヤマだったことは伺えた。
肩を叩き、簡単にだが聞いているから、と落ち着かせる。
まずは話を、と。
「つまり、また、締切絡みだったりするのか?」
無言の頷き。そう、"また"なのである。
『正確に、説明するよ。うん。落ち着いた。今日……これから撮影予定だったメインのグループモデルたちの一人が急病で来られなくなったんだよ!自分たちの身内が行けないなら我々はいかないって他全員がドタキャンしてもう現場は大混乱でさ!代役を探そうにもこの夏向け特集の撮影ラッシュ期に、今から揃うグループなんてどこにも居なくて……っ!』
「今度はグループ撮影キャンセル!?一度お祓い行ってきたらどうだろうか佐藤くん……」
『この案件が成功したら行くよ、ホント困るからね。もうそういうのが強い所はサーチ済みだから!……っじゃなかったよ、頼むよゼロさん、あと数時間で撮影時間の枠が空いちゃうんだよ!もしこの穴を埋められなかったら、次の枠とり問題で始末書どころじゃなくて……今度こそクビになっちゃうかも。どうか助けてください!!』
切望。普段の口調から丁寧な言葉に直る程に切羽詰まった佐藤の言葉。
なんというか、重い。凄く、話が重い。
ゼロが感じるのはそこだ、人数集めを達成し、集合させ撮影まで全てスムーズに持ち込まなければならない案件を今聞いてしまった。その手助けと撮影までの協力を仰がれてしまった。
「……はぁ。困ったやつだな……よし、佐藤くん、此処で相談だ、そっちは衣装のサイズ調整とスタッフの抑えを急いでくれ。俺の友人たちなら、もしかしたら力を貸してくれるかもしれない」
『本当!?本当だねゼロさん……っ!うう、ありがとう!!』
泣き濡らす勢いの涙目から一変、パッと顔を明るくした佐藤を送り出しつつ、ゼロは手元のスマートフォンを取り出した。メール作成画面を開き、いつもの面々へ一言、それぞれ送信する。電話が必要な人物へは折り返しを向こうの反応依存ということで留守電にのみ入れる。
"ファッションモデル、やらないか?"
●同時刻――連絡送信先の様子(抜粋・1)
|屍累《しるい》・|廻《めぐる》(全てを見通す眼・h06317)が管理する図書館にて。仕事が休みだった彼は本の手入れをしていたところで、ブブ、とスマホが揺れる。
「……? 誰かから連絡が来るのは珍しいですね」
図書館では当然マナーモードであるが、今はちょうどタイミングが悪く両手に本だ。すぐには見れない。
電話ではなかったことは丁度よかった。
机の上に本を置き、スマホを手にするとそこにはゼロのメッセージが踊っている。
連絡相手は知人。書かれた短い文を見て、誘いだと理解を得た廻はさらに短く考えて、返事が必要であると考え付き"モデル経験が特にない事は問題か"と思考が留まった。
「"不慣れでも良ければ"」
面白そうな話を断るのは勿体ない。出来ることなら協力しよう。
流れるように指をすべらせて、送信後すぐに出かける準備へと移行した。
●抜粋・2
学校からの帰宅途中だった|花園《はなぞの》・|樹《たつき》(ペンを剣に持ち変えて・h02439)は、突然のスマホの振動に不意を突かれた。誰かの急ぎの連絡だろうかと慌てて内容を覗き見る。
「……え?私が、モデルの代役!?」
樹は教師である、為、そのような案件が飛んでくる(物理)とはなかったのだ。これは仕事なのだろうか、であるならば――。
「ふ、副業とかになる……?いやほら、禁止だから……」
困惑が加速する。だが、声を掛けてきた、ということは。
今、返事を急ぎ待っているということだ。困った。これの返事は急ぐものではないか?
「……お洒落とか全然わからないし……」
困りに困り、彼は最終的に"友人"を放っておくことはできなくて、OKの返事を送る。
飾る言葉はなく、二つ返事としか読めないたったに文字の返事を。
――だって、これは他ルートの雑誌なんだろう?
――じゃ、じゃあ雑誌が√EDENまで流通するなんてことはないだろうし……。
そう自分に必死に言い聞かせながら。
●了承後訪れし者たち
返信があった面々に場所を指定して、それぞれ自主的な訪問を依頼した。
なんやかんや、その依頼でも了承したいつものメンツなら出来るだろう。よくは知らないが。
地図を添付し、ここの"出版社ビル内にある撮影スタジオに集合"と。
ビル内部で誰かに質問された場合は"依頼されたモデルだ"と伝えればそれでいい、と招待文面を添えて。
ゼロがスタジオに訪れたときには既にもう到着済みの顔ぶれがあった。
素晴らしい集合率、ゼロでなければ見逃してしまったかもしれない。
「やあゼロ君!面白い連絡ありがとう!面白そうですぐに来てしまったんだよねぇ、モデルなんてなかなか経験出来ないし、僕で良ければぜひお手伝いさせていただくよ。へえ、此処が撮影スタジオかぁ……」
「ゼロさんから仕事のお誘いなんて初めてじゃない?飛んできちゃったよ、それに友人が困ってるなら喜んで協力しましょう……っ、て、あれ?」
一番乗りでやってきた|北條《ほうじょう》・|春幸《はるゆき》(汎神解剖機関 食用部・h01096)が手を上げて合図してきた。そこへ、ちょうどいいタイミングで|斯波《しば》・|紫遠《しおん》(くゆる・h03007)がやってきて、あちこち興味津々な様子で覗き込む春幸を見つけ、これは呼ばれたのはみんな知り合いの可能性が、と少しだけ安堵した。
「長く生きてきましたが、現代の『写真撮影』の現場というのは賑やかなものですね……ん? 何だ、集まっているのは……」
「ぜ、ゼロ……!やっぱり私なんかが来て良かったのだろうか……って、あれ?みんな……?」
「おや、斯波さんに北條さん。それに花園さんとヴェーロさんもゼロさんに呼ばれたのですね。これはこれは……」
ゆるりと最後に静かな足取りでやってきた廻と、気品を漂わせる普段通りの姿で現れたヴェーロ・ポータル(紫炎・h02959)。そして、狐疑逡巡な表情を浮かべたままの樹がその場に揃ったことで、お互いに顔を見た途端、緊張の糸はやや勢いよく途切れたのである。ぷつり。
"なーーーんだ顔なじみばかりじゃないか"、と。
「全く知らない相手を呼ぶわけ無いだろう」
「ふふ、急にかしこまったメッセージが来たものだからどんな現場かと思えば。気心の知れたみんなが一緒なら心強いねぇ」
「見事にいつものイツメンですね……ふふ、なんだか一気に緊張が解けました。これなら楽しい撮影になりそうです」
「まったく、ゼロさんも"友人たちを集める"って何人とか全部説明してくださいよ。どんな集まりかと思えば……見知った顔ばかりではありませんか。安心しましたがね」
手を叩いて笑う春幸と、ホッと胸を撫で下ろす紫遠とヴェーロ。廻もどこか嬉しそうに目を細めている。
この場において特に救われたのはゼロと佐藤、そして樹だろう。
心底安心したように大きな息を吐き出すのだから。
「よかったぁ……知り合いが誰も居なかったらどうしようかと胃が痛かったんだよ。皆が居るなら、なんだか心強いな」
「ははは!でもみんな、急な呼び出しにも関わらず集まってくれて感謝するよ。……佐藤くん、見た通り最強の助っ人たちだ。これで撮影枠はバッチリだろう?」
ゼロが腕を組み、周囲を眺めて満足そうに笑うと先程までの色々とパニック状況は段々と収束する。
なにしろ集まるまでは順調だった。忙しいのは本来ここから、なのである。
「今日はよろしくお願いします。はは、ちゃんとモデル代なり出させるから安心してくれ。…………あぁそうだ、先に言っておく。吹っ切れる覚悟を決めてくれ」
*
やや放心状態のままだった佐藤が正気を取り戻した途端ペコペコと全員に頭を下げつつ、準備していた衣装ラックを大慌てでガラガラと引っ張ってきた。
『そうそう、こちらから色々選べるように揃えておいたよ!』
スタイリストやそれぞれのスタッフは、ひょこひょこと色んなところから顔をのぞかせて、それぞれが親指を立てて"宜しく"と親しげにあぴーるしているではないか。
集められた急造の集団を前に、最初は困惑の表情を浮かべていたスタッフたちだが緊張がほぐれた自然な姿を見たあと――目の色を変えた。
それもスタッフ全員が、だ。
何と言っても、揃った面々の平均身長はおよそ178cm付近。アスリート体型から細身の貴族風、高身長の教師まで、それぞれが規格外のポテンシャルを秘めているのだ。これがワクワクせずに、いられるものか!
スタッフたちの値踏みするような視線はまるで極上の"|獲物《被写体》"を得た猛獣のごとくギラギラと輝き始めるのは、当然の帰結と言えた。だってこんなに都合よく揃うわけがない!
"――獅子の群れに迷い込んだ気分だな"
ゼロが心の中でそう呟く間に、指先をぱちんと鳴らして本格的な着替えとスタイリングが有無を言わさず開始される。
「これは……気合い入れて色々用意したな?」
「こちらこそ、よろしくお願いします。モデルなんて縁のないものなので、こうして声掛けてくれるのは嬉しいです」
正しく声で返す廻の後ろで、ここで真っ先に本領を発揮したのは紫遠だった。過去に少しばかりモデルをやっていた――本人にとっては思い出したくもない黒歴史だが――経験値は伊達ではない。スタッフたちに囲まれて返事が曖昧になっている不慣れな友人たちの様子を見るや、服の仕立てや肌の露出度合いを一瞬で見極め、手際よくフォローに回る。
「センセ、ヴェーロさん、ゼロさんは上背があるからスタイリストさんも大変だね。こっちの調整は僕がやるので次行ってください。……っと、樹センセの衣装か。このチョーカーに合うのは……コレ(スタッズのついた革ジャン)かな?」
「えっ!?チョーカー……!?いや紫遠君、私は一応狼で……って、首輪かと思ったら男性用のチョーカーなのか。女の子がつけている細いリボンとは大違いだね。……スタッズ?このトゲトゲのこと?これ、私が着ちゃって大丈夫かい?こう、職務的に……」
「大丈夫大丈夫!これ付けてくれたら尻尾も耳も"そういうコンセプトの衣装"ってなるんじゃない?」
「北條、君は気軽に言ってくれるが……!」
オロオロと困惑を深める樹の襟元を、紫遠が慣れた手つきでキュッと整え、手鏡をすっと目の前に差し出してみせる。
「ほら樹センセ、鏡見てごらんよ。すごく格好いい。スタッズのワイルドさと先生の知的な雰囲気が絶妙に噛み合ってて、全然おかしくないよ」
「そ、そうかい……?紫遠、なんだか君、手際がプロのスタイリストさんみたいだな……」
「ふふ、まあ昔ね、ほんの少しだけ嫌っていうほどこういう現場に居たからね。それにほら、せっかくみんなでやるんだから、樹センセの格好良いところをいっぱい撮ってもらいたいじゃない?」
紫遠の見事なコーディネートと手際の良さによって、一際ワイルドで知的な樹のスタイリングが完成していく。
一方、廻は義足側の足に負担がかからないポーズをスタイリストと丁寧に入念に相談しながら確認しつつ、プロのメイク技術や衣装の構造を観察眼でじっくりと見つめていた。
「なるほど、こうして撮影されてるんですね。これはとても楽しい経験です。お洒落にも疎いので勉強になりますね。あ、何なら途中で『どろん』と姿を変えて、スレンダーな女性姿のモデル枠もやりましょうか?」
「廻君は物怖じしないせいか、すぐに様になるねえ。ノリノリなのはいいことだよ。流石にそれは編集部が混乱しそうだけど!」
春幸の笑い声に、廻も楽しそうに目を細める。自身の見せ方を的確に把握し、指示通りのポーズを軽やかにこなしていく彼の好奇心と楽しもうとするスタイルは完全な強みだ。スマホを持っているポージングも余りに様になっていた。
彼の好奇心の強さと始終楽しもうとするスタイルが、完全に功を奏しているのだ。
ヴェーロの方はといえば、ただそこに静かに立っているだけなのだが――立ち姿が、異様なまでに美しい。永い時を生きてきた吸血鬼として、社交界用に嫌というほど叩き込まれた美意識と立ち振る舞いが、意識せずとも隙のない完璧なシルエットを描き出しているのだった。
「ふぅ……立っているだけだな、これ。ポーズは分かりませんが、とりあえず重心を移しながら立っていればいいのでしょうか……意外と見れたものにはなったでしょうかね」
「ヴェーロ本職みたいだねえ!」
むしろ、綺麗過ぎてモデルじゃないと言われるのが不自然なほどである。ふっと繊細な手つきで髪を払う動作を連続撮影でパシャパシャ抑えられても悪い気はしなかった。
優雅すぎる動作に『これは絵になる!』『もっと画角を攻めろ!』とカメラマンたちが興奮し、むしろ現場を激しく盛り上げているほどである。
ゼロは両手の指先にある傷痕を自然に隠すブラックのシックなグローブを装着し、アスリート仕込みの引き締まった肉体美を惜しげもなく魅せる。カメラに向かって無意識にウインクを飛ばせば、撮影エリアのあちこちから小さな悲鳴が上がった。
『な、なんて似合う……!』
「ゼロさんや紫遠君は流石。慣れてるなあ」
「はは、一度経験したからね。見え方が変わり、映える風貌が変わる。記事の構成と同じさ……見せたいものを強調する手法は」
この環境のなかで一人ガッチガチに緊張していたのが樹なのである。耳の先まで硬直しているのが丸分かりな彼に対し、一歩引いて見ていたヴェーロが助言という名のお節介を焼く。
明らかに、皆がフリースタイルな中ひとりだけが、肩身が狭そうで――。
「樹さん、表情作りに苦戦しているようですね。……笑顔も素敵ですが、アンニュイな流し目も決まる方ですよ、此処では」
カメラを見るだけでいい、とヴェーロは言い、ただ見るだけの方法を変えるのはどうか、との提案を送る。困惑した樹が"えっ? アンニュイ……?"とふと視線を泳がせ、カメラのレンズから微妙に逸らしたその瞬間。眼鏡の奥の流し目が、偶然にも至高の"憂いを帯びた大人の色香"を生み出してしまった。
『ブラボーッ!!その流し目、いただきました!!』
『その視線をAカメラ、Bカメラ、あとトンでDカメラにも向けて下さい!順番に視線を飛ばして!どうぞ!!あと、こっちには目力ちょっと強めで!』
言われたとおりに方向に視線を流すとスタッフの歓声とシャッター音が炸裂する。
「……えぇっ!?今ので良かったのかい!?」
意図せぬ奇跡のカットに激しくキョドる樹を余所に、スタジオ内は一気に大熱狂の渦へと巻き込まれていった。
ちなみに、春幸のソロ撮影に至っては完全に『無邪気なポージングのオンパレード』であった。くるくると表情を変え、カメラマンの"いいね!その笑顔!"という声に応えて無邪気に笑ってみせたり、小道具のサングラスを指で少しずらしてみせたりと、現場の空気をノリノリで楽しんでいたらしい。そんな彼の瞳の奥で、次の『悪戯』のアイデアがキラリと閃いたのを、この時のゼロたちはまだ知る由もなかったのだが――。
*
撮影第一段階として、ソロ仮撮影が無事に終了し、現場の温度は急上昇。
ここからフリーな組み合わせやペア撮影を行います、とスタッフたちはワクワクキラキラの視線を向けて、簡単な説明を行った――のだが、此処で春幸の"溢れる悪戯心"が、制御不能の暴走スイッチを押し込んでしまうのである。
「ヴェーロ、もっと大胆にこういう服はどうだい?ほら、この白い透けてるシャツ。薔薇の模様が入ってて似合いそうだよ。佐藤さんにも提案して許可貰ってるからね」
「なんだ春幸、その服はどこから持ってきた!?何と合わせて着……いや単品で着るものではないでしょう、不埒な感じになってしまうではないか!今回はそういう感じではないでしょう、戻してきなさい!」
春幸の向こうで佐藤がウンウンいいと思う、と微笑っているのだが、ヴェーロは驚愕しながら後退するばかり。その佐藤がカメラの影から涙目で『お願いですっ……ヴェーロさん!『神秘的インテリ』の枠で!』と必死の手振りで縋り付ついてきて、春幸のゴリ押しに押し切られる形で着せられてる体裁だけが整えられていくではないか。
「やめろ!恥を記録に残してたまるか!こういうのはゼロさんも求めていないでしょう!」
これは逃げられないフラグの乱立。助けを求める視線を皆へと送るヴェーロだったが、ゼロは"ははは!似合ってるじゃないか"と想像して笑うばかり。
結局、逃げ切れないままされるがままになったヴェーロだが、引き受けた以上はきちんとやるのが彼の紳士としての流儀。透け感のあるシアーシャツを纏い、腹を括って美しいポーズを決める姿は、もはや神話の如き妖艶さであった。
手を差し出すポーズ――。これに、口笛を吹いたり茶化したりしない事が許されるだろうか、いや、ない。
「……結局やるのかヴェーロさん、流石だなあ」
さらに、春幸のアイデア暴走は止まらない。
「折角これだけイケメンが揃ってるんだし、皆にもそれなりにやってもらわないと?」
BL風味の、なんかちょっと危ない感じのアレそれまで。
仕掛けて見よう、案外服装提案は採用されるかも知れないから。
がばっと、春幸が樹にくっついてチョーカーに付属品を取り付ける。さっきまでありませんでしたが、これをつけるとそれなりに(笑)なので、自重していました。
「花園君ガッチガチ(笑)耳の先まで緊張してるのが分かる」
「うわわっ!?春幸、ちょっと待ってチョーカーにこんな鎖付いてた!?」
ぐい、と鎖を引っ張って顔を寄せて、ニィと微笑っておく。ツイてなかったです。
今つけました。愉しいですね、楽しいですよ。
同時多発で起こされる事象。
廻と紫遠はこのノリに即座に適応してみせた。
廻はといえば、"ああいう感じの雰囲気も需要があるんですね"と学んでいる。学ばせてはいけない方の人がなにかを吸収している気がするが、流れるように紫遠に近づいて、躊躇なく顎をくいっとも持ち上げる。
過激なやつではない。これは虚を付かれた不意打ちだ。あざとかわいい仕草でかえそうにも、不意打ちはいけない。誠意を持って対応したかった紫遠ではあるのだが――。
「お求めはこういう感じですよね?」
「ちょ、と、待って……コレは……」
自分優位なら平気な紫遠だったが――廻がふと、読めない瞳で至近距離から見つめ返してくるのだから、ずるい、の感情が勝った。オーダーが入るより前に、このシチュエーションが作られると、流石に、さ、流石に、……紫遠は耳まで真っ赤にしてマジ照れ!
くっ、と視線を逃がす紫遠と、視線から逃さないで"遊ぶ"廻の構図で、現場は大盛り上がりだ。いいぞ、もっとやれ!
『あ、今直ぐカメラ回して!アドリブも収めて収めて!』
『そのままでキープを!』
『むしろ、そのままスリーショット取らせて!』
「え、あっ……ハイ」
「このままもう少し楽しみましょう」
照れた紫遠もまた、逃げ道はなくなった。そこから先は仕事である。
その様子を少し離れた場所から腕を組んで眺めていたゼロが、"ははは!あの紫遠さんが押し負けて耳まで真っ赤にするなんて珍しいな!"と心底楽しそうに腹を抱えて笑っている。隣に居たヴェーロは、興奮して身を乗り出すスタッフたちを見て、額を押さえながら深い溜め息を吐いた。
「ちょっと待ちなさいゼロさん、笑っている場合ではありませんよ!撮影スタッフの目が完全に『本気(マジ)』になっています!これ以上春幸や廻を面白がらせたら、我々までどんな目に遭わされるか……!」
「はは、いいじゃないか。みんな最高の顔をしてるよ。ほらヴェーロさん、次は俺たちの番みたいだぞ?」
「……だから近いと言っているでしょう!巻き込まないでいただきたい!」
「誰か、俺と一緒に撮影を受けてくれないか?お姫様抱っことかでもいいが……」
「ゼロさんお姫様抱っこ出来るの?やるやる、お願いします!」
「さあ、行くよ!」
180cmのアスリート体型を持つゼロは、176cmの春幸を軽々と横抱きにしてみせた。息を吸うように持ち上げられて、抱えられた春幸はといえば、"やだ、逞しい……(トゥンク…)"と全力で乗っかる始末。そこからゼロにあっちと指さすことで次なる被害者が生える。ヴェーロに対しては春幸が首に向けて乗り出すように抱きつき、三者密着混合型の集まりが発生した。
「待ってください、近い近い近い!この関係性で吐息の触れ合う距離になることがあってたまるか!」
「渋~い顔されながらちょっかいかけるの楽しいねえ」
離せ、とヴェーロが嫌がってもゼロのしっかりお姫様抱っこが崩れないことで、春幸の抱きつき顔が近いショットは大変に美味しいと思いますありがとうございます!
撮影音が吠える連続で、最高潮の盛り上がりが生まれている。
そして極めつけは、撮影の合間に起きた――"|尊い事故《・・・・》"であった。
見逃せないショット、の一つだ。激しい撮影に少し疲れ、床に座り込んでいた仲間たち(※単に身体を休めていただけなのだが)を見た樹から発生した事象。
「大丈夫かい? 無理をせず、手を掴むといい」
真面目で優しい彼は、純粋な好意でスッと手を差し伸べた。
その瞬間、彼の背後のライティングと、真神としての神々しさ、秩序を守る教師らしい慈愛の表情が完璧に噛み合い――。
『シャッターチャンスだぁぁぁつ!!連写!連写しろーっ!!』
「……えっ!? な、なんで??!」
怒涛の連写音に包まれ、樹はただただ盛大にキョドるしかなかったのである。
*
『――はいっ!撮影、すべて終了です!お疲れ様でした!!』
スタッフの叫びとともに、スタジオ内に嵐のような拍手が巻き起こった。
佐藤は涙と鼻水で顔をグシャグシャにしながら、深々と頭を下げる。
『お疲れ様でした、ゼロさん、皆さん!助かりました、本当に!間違いなく読者アンケート一位とれますって!』
「はは、困ったときはお互い様、ってやつだ。それにしても、今日はお疲れ様でした、助かったよ。これは仕事の一つとして支払うからな、バイト代と……後日、雑誌が刊行されたらそれを全員にお届けしたいと思うが」
ゼロが労いの言葉をかけ、メンバーもそれぞれ体をほぐしながらスタッフや佐藤へお礼を伝える。緊張とはもう、さようなら、だ。
簡易ながら存在する控室で、鏡の前でコットンを手にメイクを落とし、私服へと着替えながら誰からともなくふっと息を漏らす。
「写真撮られてるだけなのに案外疲れるもんだねえ。雑誌に掲載されてると、どんな風になるのか楽しみだよ」
「ふぅ……首元がまだ少しスースーしますね。革ジャンの重みも凄かった……」
樹が首元を撫でながら苦笑すると、私服のシャツに着替えたヴェーロが脱ぎ捨てられたシアーシャツを忌々しそうに見つめながら言った。
「首元くらい可愛いものですよ樹さん。私など、あのスケスケのシャツの記憶を今すぐ脳内から抹消したい心地です……」
「ヴェーロさん、すごくお似合いでしたよ? なるほど、こうしてプロの現場で撮影されてるんですね。とても楽しい経験でした。雑誌に載るなら、出たら一冊は彼女に買って渡そうと思います。今後のコーディネートの参考にも出来ますね」
廻がにこやかに語り、樹は"……生徒達には見られないようにしないとなぁ"と呟きつつも、安堵の息を吐いていた。まあ届くのは自分の手元のみになる。
それなら――バレたりはしないだろう。
そんな中、紫遠が自前の鞄を手に、ゼロの元へ歩み寄ってくる。
「ゼロさん。日頃使わない筋が痛いけど、得難い経験だったし、楽しかったなぁ……ありがとうございます……で、報酬代わりに我が儘を一個聞いてもらえるなら、記念に1枚、オフ状態の集合写真を撮ってほしいんですけど……いかがでしょ?」
「ん?……はは、俺の腕だとさっきのカメラマンには劣ってしまうが構わないか?その程度なら喜んで」
ゼロはカバンから自前のカメラを取り出した。三脚を置いて自分も含まれるように、計算してセットする。これは佐藤の手を後で借りてもう一枚取るとして。
既に衣装を脱ぎ、メイクを落とし、いつもの私服に戻った6人の姿があるのだが――スタジオの片隅、素の表情に戻った彼らが肩を寄せ合う。
「はいはい、真ん中に|背の高い二人《ゼロ・樹》が来ると画面の収まりがいいねえ」「えっ、私が真ん中かい!?」
「樹センセ、堂々としてて!ほら、紫遠君ももうちょっとこっち寄って」
「ちょっと春幸、押さないでよ(笑)」
和気あいあいと立ち位置を譲り合う様子に"記念撮影、良いですね。これもまた思い出になりますし、是非撮りましょう"と廻が言い、ヴェーロが"……まったく、物凄く疲れましたよ"と呆れつつも自然とみんなの輪の隣に並ぶ。
樹も、春幸も、紫遠も、誰もがほどほどに達成感があふれる良い顔をしていた。
二枚目取るなら、ゼロは此処ね、と場所の指定を受けて、ひとまずは5人の協力者だけの写真を撮ろうじゃないか。
ゼロはファインダーを覗き込み、レンズ越しにかけがえのない友人たちの姿を捉える。
――カシャリ。
静かなシャッター音が響き、最高のオフショットが切り取られた。
『ゼロさんも、入って入って!一枚くらい、ちゃんと6人で映ったらいいよ』
佐藤にも背中を押されて、もう一枚。
報酬ほどに尊い物が生まれたことは間違いない。
撮影時間が終われば、あとは自由時間だ。
ゼロも仕事は終えている。あとは帰るだけだが、今この場の盛り上がりは大事にして、いつものメンツと時間を当てたいところである。
「さて!打ち上げだね。今日の話を肴に楽しくお酒飲みたいな」
「折角だからお酒も飲める所で食事したいねえ」
「とにかく酒を飲みたい気持ちです……丁度いい時間ですし、食事、行きましょうか」
ヴェーロの切実な呟きに、全員が笑いを破裂させる。
「きっかけはトラブルだったが……みんなの貴重な姿が見られて楽しかったよ。さて、どこに食べに行こうか!」
ゼロの快活な声が響き、6人は賑やかにスタジオを後にした。
夕暮れの街へ踏み出す彼らの足取りは、どこまでも軽やかで、澄み渡る青空のように晴れやかだった。今から新たな騒ぎを、向かった先で引き起こしそうなのだが――まあ、二次会みたいな部分もある。
楽しい騒ぎが、きっと、また巻き起こされるだろう――。