機関と硝煙
乾いた風が、牧場の柵を軋ませる。
√仙術サイバーのアメリカ。
とある保守的な田舎の地表に、その牧場はあった。
牛の群れが気ままに草を食んでいる。あるいは体躯を横たえ、昼寝を楽しんでいるのか。
そんな牛の群れを眺めながら干し草を積み上げていた男は、土煙の向こうから歩いてくる人影に眉を顰めた。
「……観光なら場所を間違えてるぜ」
サイズの合わないジャケットを着た青年――オルコシアス・パイライシャル(自己再定義の澱・h09280)が足を止める。
「突然申し訳ない。貴方が研究している極小型内燃機関式の機械体について、技術提供をお願いしたい」
開口一番、それだった。
男は相手の全身を一瞥する。
ぱっと見はただの青年にしか見えない。
しかし、よく観察すれば皮膚の質感が違う。人工皮膚。精巧なアンドロイドを作る時によく用いられる素材だ。
耳をすませば微かに駆動音も聞こえてくる。
「……なんだテメエ、完全機械人か」
男が吐き捨てるように鼻で笑う。
「飢え死にしないうちにお空に帰りな。地表にゃインビジブルは居ねえぞ」
「いえ、当機は起源も技術も異なる機械知性種族となります」
淡々と返したオルコシアスが、肩から下げていた鞄から書類の束を取り出した。
「ちなみに蓄電池式であり、常に雷素崩壊での爆発の可能性があります。こちら、当機の仕様書です」
うっかり差し出された仕様書を手に取った男が、視線を落とす。
何を言われたのか脳がすぐには理解できなかった。
「……は?」
脳がオルコシアスの言葉を理解し始める。
渡された仕様書をもう一度見返す。
「……はぁ!?」
勢いよく後ろへ飛び退いた。
「ふざけんな! こっち寄ってくんじゃねぇこのクソロボ野郎!」
「申し訳ない」
男の剣幕に、オルコシアスは律儀に一歩下がった。
「ですが、技術提供を受けることが当機の上位命令に設定されています」
「帰んな。俺にはテメェに技術をくれてやる義理はねぇよ」
男はシッシッ、とまるで羽虫を払うような仕草をした。
しかしその程度でオルコシアスが諦めるはずもない。
「目的が達成されるまでは付きまとう形になります」
「継続すんな!」
「ひとまず、何かお仕事を手伝いましょうか」
「人の話を聞け!」
牧場中に怒鳴り声が響く。
牛たちは男の怒鳴り声で何事かと一斉に顔を上げた。
しかしすぐに興味を失ったように草を食べ始めた。
男は頭を抱え、舌打ちする。
「……追い返しても帰らねぇ顔だな」
「はい」
「即答すんな」
再びの舌打ち。
「だったら牛舎の掃除でもしてこい。サボったら蹴り飛ばす」
「了解しました」
返事だけは実に良い。
オルコシアスは牛舎と思しき建物へ向かった。
数分後。
牛舎から、ガシャーン! と盛大な音が牧場に響いた。
「何の音だ!」
男が駆け付けると、牛舎の扉が蝶番ごと外れ、倒れていた。
近くの床には綺麗に積み上げられた干し草と、磨き上げられた農具。
そして、呆然と立ち尽くすオルコシアスがいた。
「作業効率を優先した結果、扉の耐久限界を超過しました」
どうやら効率を求めるあまり、扉を開き過ぎたらしい。
「限界まで開ける馬鹿があるか!」
「申し訳ありません」
「謝る前に直せ!」
「了解しました」
数分後。
扉は蝶番を新しいものへと替えられ、元の通りに取り付けられていた。いや、心なしか扉自体も綺麗になっている。
「……だからって技術はやらねぇぞ」
「承知しました」
その後も、男はなにかとオルコシアスをこき使った。
オルコシアスはその事に何かを言うでもなく、淡々と指示通りに働く。
牧場を夕日が照らし、長い影が伸びる頃。
「では、本日は失礼します。明日もまた来ます」
一日働いたオルコシアスは、そう言って一礼する。
男の「もう来んな!」という怒声を背にして。
◆
それから3日後。
朝靄の残る牧場へ、人影が現れる。
「また来ました」
「……来やがった」
男は干し草を荷車へ放り込みながら、盛大に顔を顰めた。
「本日も技術提供をお願いしたい」
「断る」
「では、お仕事を手伝います」
「誰が許可した」
先日と同じようなやり取りだった。
そんなやり取りをしているうちに、柵の向こうで牛が一頭脱走した。
「チッ! おいクソロボ、あれを捕まえろ!」
「了解しました」
オルコシアスは一直線に駆け出す。
次の瞬間。
牛より速く走った。
驚いた牛がさらに逃げ回り、群れ全体が暴走を始める。
「馬鹿野郎! 追い立てるな! 回り込め!」
「……なるほど」
オルコシアスは少しの間、牛の動きを観察する。
そして、演算結果を更新したオルコシアスは進路を変え、牛の前へ静かに回り込んだ。
今度は見事だった。
逃げ道を塞ぎ、慌てる牛を刺激することなく群れへ戻してしまう。
暴走していた群れも、進路の先へ回り込み落ち着かせていた。
牛たちは何事もなかったかのように草を食み始める。
牛を追い込むのは初めてだろう。だが、まるで牧羊犬のように群れ全体を統率したオルコシアスに、男は呆気にとられた。
そして。
「初手からそれをやれ!」
男の怒鳴り声が青空へ響いた。
また数日後。
オルコシアスは再び男の前へ姿を現した。
今回も、オルコシアスは技術提供を依頼する。
それにそっけなく断った男が、屋根を指差した。
「屋根を直せ。最近雨漏りしやがる」
「了解しました」
作業は1時間と経たず終わった。
仕上がった屋根を見上げ、男は目を丸くする。
「……何だこりゃ」
男が見上げた先。
屋根は、新品同然どころではない。
暴風や竜巻にも耐えそうなほど頑丈になっていた。
「耐用年数を向上させました」
「そんなもん頼んでねぇ」
「耐久性向上は利益になると判断しました」
「余計な世話だ」
そう言いながらも、男は屋根から目を離さない。
「……まぁ、悪かねぇが」
ぼそりと漏れたその一言を、オルコシアスは聞き逃さなかった。
「評価を確認しました」
「そういうことじゃねぇよ」
それからも数日置きに、オルコシアスは牧場へ現れた。
「また来ました」
「知ってる」
「技術提供をお願いしたい」
「断る」
「では、お仕事を」
「勝手にしろ」
牧草を運び、荷車を修理し、井戸のポンプを直し、壊れた柵を立て直す。
余計に頑丈にしたり、必要以上に効率化したりする癖は相変わらずだったが、男もいちいち怒鳴るだけ怒鳴って、その仕事ぶり自体は認め始めていた。
夕暮れ。
一日の仕事を終えた男は、家の前の椅子へ腰掛ける。
オルコシアスは帰ろうとしていた。
「おい」
「はい」
「飯だ」
男はぶっきらぼうに親指で家を指した。
「当機は食事を必要としません」
「知ってる。食うのは俺だ」
そう言って鼻を鳴らす。
「だが、ちょいと付き合え」
「……はい」
食卓に並ぶのは分厚いステーキと焼きたてのパン。
二人の間に会話はほとんどない。
男が立てるナイフとフォークの音だけが静かに響く。
「都会はどうなんだ」
不意に男が尋ねた。
「知りません」
「知らねぇ?」
「当機はこの世界の都市を観光した経験がありません」
「……そうか」
それ以上、男は聞かなかった。
夕食を終え、オルコシアスは静かに立ち上がる。
「本日はありがとうございました。では、失礼します」
「おう」
数歩歩いたところで、背中へ声が飛ぶ。
「おい」
オルコシアスが振り返る。
「どうせ明日も来るんだろ」
「はい」
「だったら朝から来い。牛の世話は夜明け前から始まる」
「了解しました」
一拍置いて、男は小さく付け加えた。
「寝坊すんなよ」
「当機は睡眠を必要としません」
「……そういう意味じゃねぇ」
夕日に照らされた牧場へ、小さな笑い声が1つだけ溶けていった。
◆
翌朝。
牧場には干し草を積み上げる音と牛の鳴き声が響いていた。
荷車へ干し草を積み終えたオルコシアスへ、男が煙草を咥えたまま声を掛ける。
「……なぁ、クソロボ」
「はい」
男は、静かな声だった。
それにつられるようにして、オルコシアスもまた静かに応える。
「テメェの目的、技術提供の依頼ってのは嘘だろ」
オルコシアスは手を止め、男へ視線を向けた。
「少なくとも、本題じゃねぇ」
男は紫煙を吐き出す。
「俺の研究を知ってる奴なんざ、息子くらいしかいねぇ」
乾いた風が牧草を揺らした。
「最初は息子から聞き出して盗みに来たのかと思った。だが、その気なら工房へ入る機会はいくらでもあったのに素振りも見せねぇ」
工具も。設計図も。試作品も。
オルコシアスは一度として手を付けなかった。
「だから考えた」
男は苦笑する。
「息子は高層都市でヘマして死んだ。今わの際にでも、居合わせたテメェへ親父の様子を見てやってくれ……そう頼んだんじゃねぇか」
沈黙。
オルコシアスは僅かに視線を伏せる。
「申し訳ない。何の話か、判別できません」
「舐めんな」
男は鼻で笑う。
「テメェの嘘にゃ癖がある。下手くそなんだよ」
その口調に怒気はない。
「……それにな」
遠くの地平線を見る。
「なんとなく、そんな気がしてた」
返答候補――検索。
該当なし。
オルコシアスの演算は、答えを導き出せなかった。
その時だった。
電子感覚が異常を捉える。
地鳴り。草を踏み潰す重い足音。
「警告」
オルコシアスの声色が変わる。
「妖魔反応を確認しました」
「何?」
牧場の外れ。土煙を上げながら巨大な影が姿を現す。
角を持つ獣のような異形。
赤黒い眼が牛の群れを見据えていた。
「チッ……!」
男は壁へ立て掛けてあったライフルを掴む。
仙術機械ではない。
内燃機関で火薬を撃ち出す、昔ながらの銃だった。
「地表じゃ能力は使えねぇ! 鉛玉で追い返すしかねぇぞ!」
「了解しました」
オルコシアスも銃を受け取り、照準を合わせる。
乾いた銃声が牧場へ響いた。
銃弾が妖魔の肩を撃ち抜く。
だが、巨体は怯まない。
牛が逃げ惑い、柵が砕ける。
立て続けに数発撃ち込みながら距離を詰める。
妖魔が迎え撃ち、互いの攻撃が幾度も交錯した。
攻守は目まぐるしく入れ替わり、決定打は生まれない。
その瞬間。
妖魔の爪がオルコシアスの胸部を深く薙いだ。
「損傷確認」
内部へ警告が走る。
――雷素崩壊危険域。
電力の制御が急激に乱れ始める。
「当機から離れてください」
「爆発すんのか!?」
「可能性があります」
「最悪のタイミングで言うな!」
男が飛び退いた、その直後。
爆ぜるような衝撃と共に右腕が吹き飛び、白煙が立ち上る。
妖魔はその様子を静かに見据え、低く唸る。
そして、それ以上追撃することなく森の奥へ姿を消した。
静寂。
荒らされた牧場だけが残る。
男は煙草を握り潰した。
「……野郎」
――戦力を測りやがった。
次はもっと確実に仕留めに来る。
牛も、牧場も、守り切れない。
「おい、クソロボ」
男は工房へ歩き出す。
「ついて来い」
埃を被った作業台の奥。
壁のギミックを解除すると現れた小部屋にそれはあった。
極小型内燃機関式の技術を利用した各装備・機関。そして、積み上げられた書類の山。
「本当は息子のために作った」
男は苦々しく笑う。
「インビジブル抜きでも最低限動けるように設計した機関だったんだがな……」
皮肉なことに、できあがった技術は非常に繊細だった。生体電気のような、雷素崩壊の影響を受けない程度に微細かつ極めて精密な電子機器の制御を必要とする。
それは、√仙術サイバーの完全機械人には使えないものだった。
「こいつをやるから帰れ」
男はそう言う。
しかし、その言葉をオルコシアスは断った。
「そんなものが用意できているならば、今ここで換装して迎え撃ちましょう。当機もお手伝いします」
「手伝いますっつったって……ここじゃ、√能力は使えないんだろ」
男はオルコシアスの言葉に驚いた。
√能力も使えないのに、あの妖魔を倒すことは不可能だ。
だが。
「問題ありません。この装備が、当機の元の機関に大きく劣るモノでなければ、戦力は十分な計算です」
――それとも、自信がありませんか?
まるで挑発するような言葉。
男はオルコシアスの言葉にニヤリと笑う。
「んなわけねぇだろ」
男の声は自信に溢れていた。
そこからは時間との勝負だった。
雷素崩壊で断たれた蓄電池式マシンの回路を繋ぎ直す。
仕様書を元に、極小型内燃機関を補助機関として組み込み、吹き飛んだ右腕を組み上げた。
各種パーツを取り付け、駆動確認と微調整を行う。
最後に、作業台の奥から男が古びた革のコートを投げて渡す。
次いで、つば広帽。ホルスター。チューブバンダナ。
まるで西部ガンマンスタイルの装備に、オルコシアスは戸惑った。
「……このコートと帽子はなぜ、このようなスタイルなのでしょうか。チューブバンダナのスカルペイントに至っては、性能面の利点を理解できません」
オルコシアスは渡された装備を見つめる。
どう見ても、何か機能があるようには見えなかった。
「性能?」
男は目を丸くした。
「馬鹿言え!」
次いで、口元を歪める。
「俺の牛を守るカウボーイなら、必要不可欠な装備だ!」
オルコシアスは数秒、その装備を見つめる。
やがて静かに頷いた。
「了解しました」
その声は、いつもと同じようでいて。
ほんの少しだけ、いつもより柔らかく聞こえた。
◆
準備を整えた二人が、妖魔を待ち構える。
牧場の外から、咆哮が響いた。
「来やがった!」
妖魔が再び姿を現す。
一直線に牛舎へ突進する巨体に向かい、オルコシアスは迷わず駆けた。
脚部に装着された3連式タイヤが唸り、猛スピードで妖魔へと接近する。
――ギャリリリ!
接敵直前。
脚部のタイヤが甲高い音を立て、進路を僅かに逸らす。
直後、鋭い爪が空を裂いた。
妖魔とのすれ違いざま、リボルバーが火を噴く。
乾いた銃声。
怯んだ隙に、更に銃弾を撃ち込む。
オルコシアスは縦横無尽に牧場を駆けた。
妖魔は翻弄され、ついに体勢を崩す。
その一瞬。
リボルバーが最後の一発を吐き出す。
銃弾は妖魔の額を正確に撃ち抜いた。
巨体がゆっくりと崩れ落ち、牧場へ静寂が戻る。
親父は帽子を脱ぎ、大きく息を吐いた。
「終わったな」
「はい。当機の任務も完了しました」
◆
翌日。
「それでは、当機はこれで帰投します」
オルコシアスは一礼する。
顔を上げた彼が、ふいに口を開く。
「最後に1つ、訂正があります」
「……何だ」
男は訝しげな表情を浮かべる。
「息子さんは死亡していません」
親父の眉が動く。
「異世界へ迷い込み、現在は√EDENにて療養という名のバカンス中です」
沈黙。
風だけが二人の間を吹き抜ける。
「…………あんの」
親父はゆっくり拳を握った。
「クソバカ息子がァァァ!!」
牧場中へ怒号が響き渡る。
オルコシアスはその声を静かに聞きながら、内部演算へ新たな記録を加えた。
――親子とは、理解が難しい。
だが、悪くない。
そんな結論だけを残して。