夜に影
●地方興行イベント【陣取りゲーム】
「本日お集まり頂いた皆様に、先ずは感謝を述べさせて頂きます!」
マイクを持った女性が、大きな声で感謝を述べ、頭を下げた。
「此処に! ヒーローVS夜鬼、陣取りゲームの開始を! 此処に宣言致します! 本イベントについて、改めてご説明致します! 配布した、お手元のパンフレットをご覧下さい」
もしお持ちでない場合は近場のスタッフへ、と付け加え、女性はルールを説明して行く。陣営の割り振りは希望制、その後、人数が均等になる様にランダムで調整を行う。
「ヒーロー陣営、夜鬼陣営! 出来る事も! 勝利条件も同一です! まず勝利条件ですが、相手よりも早く、鍵を指定エリアの設置場所に設置すること、です!」
鍵は各陣営一つずつ、合計二つがゲーム内区域の何処かに設置されている。
「鍵の場所は残念ながら、お伝えすることが出来ません! 自ら! 勝利の鍵を掴み取る事に! 意義があるのです! 相手陣営の鍵を予め奪っておく事も、ルール上、許可されています!」
ぐっと拳を握り締め、女性は熱を入れて解説する。
「鍵の奪還、強奪は勿論可能! ただし、直接的な暴力行為は禁止です! 逆を言えば相手を傷つけなければ、何をしても構いません! 制限時間は開始時間の10時から、午後の6時まで! ルールは以上! 開始時間まで、ヒーロー陣営代表、ナイトライドさんと、夜鬼陣営代表、ナイトオーガさん、お二人のチームアップ・ステージをお楽しみ下さい!」
夜色の服装にバイザーを着用した細身の男と、大柄な仮面の男が、集まった観客に手を振り、歓声に応じ、握手を交わす。
大柄の男が口元にマイクを当て、喉だけでパーカッションを奏で、夜色の影がリズミカルに言葉を刻む。かと思えば、役割が何時の間にか逆になり、次には言葉をぶつけ合う。時に下品な表現を交え、時にコミカルな言葉遣いと拍子で観客の笑いを誘う。
パフォーマンスに沸く歓声、会場が温まって来た頃に、二人は指を差す。選ばれた幸運な観客は舞台に上がる。二人は出来る事を聞き出し、出来る者にはフリースタイルによる勝負を、出来ない者には興味の有無を聞いてから、ボイスパーカッションやラップの指導を行い、最後にサインを渡す。
見ていても微笑ましい時間が過ぎた先に、血を流し、冷たくなった身体が二つ、転がっていた。
首魁は未だに生命の滴を垂れ流す肉塊を一瞥し、呆れたように鼻を鳴らす。
観客も参加者も、スタッフも、恐怖に怯えていた。
彼等はこれが現実だと、良く知っていた。
だからこそ、夢見るのだ。
恐怖という隣人からの、解放を。
それを現実にしてくれる、ヒーローを。
●幕間
暗い未来ばかりで、目眩がする。
同時に吐き気を催しながら、寺山・夏(人間(√EDEN)のサイコメトラー・h03127)は思った。
イベントについては、良くある形式の陣取りゲームで、著名なタイトルに同じ様な大戦モードに触れた事があった。
(でも、直接的に危害を加えちゃ、いけないんだよね)
泥棒をテーマにしたタイトルがあったと記憶している。
暗殺者や狙撃手であればナンバリングタイトルになっている。メジャーな方だ。同じように、有名なロールプレイング・ジャンルであれば、新旧問わず、ミニゲームやスキルで良く表現されているし、ローグ・プレイはデジタル・アナログゲームに関わらず、動画でも場が盛り上がり易く、人気という認識で間違っていない筈だ。
(卓上だと、ルーニー……? になりやすいんだっけ、ああ言うの)
ネットで囓った程知識を、意味もなく引き出してみる。流石にアナログの方はまだ、詳しくは知らない。
逃避の為に頭が空回りしているだけだと、分かっている。興味のある物に目を向けて、目を向けたく無い凄惨な未来から、目を逸らそうとしているだけだと、分かっている。
直視し、受け止められる人は、きっと強いのだろうと、夏は思う。
込み上げてくる物を抑えながら、溜息を吐くと、少しだけ、気分が楽になった。
「星詠みより、√能力者へ」
意識して、機械的に、動画を制作する。
●依頼内容
星詠みは、√マスクド・ヒーローの地方興行イベントで、ヒーローが殺害される予知を、見た。ただし、この予知は敵陣の対抗予知によって察知される可能性がある為、√能力者達はまず、日常に紛れる必要がある。つまり、この地方興行イベントに関わって様子見をする必要がある。
イベントはチーム対抗の陣取りゲームだ。ヒーローと夜鬼の陣営に分かれ、一つのエリアを取り合う。チーム分けは希望申告制。人数が偏った場合にランダムで振り分けられる様になっている。
ゲーム内区域は様々な建造物が建ち並ぶ駅前のオフィスビル街。
基本的に直接的な暴力行為は禁止だが、それ以外は概ね許可されている。
当たり前だが、大規模なイベントの為、ガードマンも警察も見張っている、留意して行動するべきだろう。
陣取りのルールは何処かにある鍵を探し、該当エリアの所定の場所に置く事。鍵は各陣営に1つずつ、計2個が隠されている。
そして、ゲームのルールとは別に、√能力者は、敵の対抗予知を掻い潜る為に、√能力を使用してはいけない。
出来る事はざっと【鍵の探索・奪還】【味方の援護】【索敵】【相手陣営の妨害行動】だろうか。他にも思い付いた行動が有れば好きに実行して良い。また【イベントの裏方】として様々な仕事を行う事も可能だ。
その上で どの様に動くか考えてみると良い。
各陣営代表のナイトライド、ナイトオーガとの会話も可能となっている。
好きな時間を過ごしてみると良い。
最後に、√マスクド・ヒーローについて解説する。
●√マスクド・ヒーローについて
√マスクド・ヒーローは世界征服を企む悪の組織と、それに従う怪人が実在する現代地球であり、己の素性を隠したマスクド・ヒーロー達だけが、正義の為に戦い続けている世界だ。
最も巨大で最も謎めいた悪の組織は秘密結社プラグマであり、誰にも姿を見せない大首領にあらゆる存在が絶対の忠誠を誓っている。
プラグマの狙いはただ一つ。世界征服だ。
マスクド・ヒーローに留まらず、全ての世界を征服しようと企んでいる。
要人達があらゆる悪の組織の創設、復活を止められない理由は、プラグマが家族を狙うからだ。大首領が授けた戦略は、あらゆる表社会の団結力を凍結させた。
そして、怒りに燃える民衆から、仮面で素性を隠したマスクド・ヒーロー達が、悪の組織に立ち向かい始めた。そして、警察の特殊部隊、悪の組織から逃走を図った改造人間、怪人もそこに加わり、正義と悪の抗争が始まった。
ヒーロー達の最終目的は、プラグマの大首領を倒すことである。
人々は悪の組織隆盛以前から、幾多の自然災害や、社会不安に見舞われていたが、どこか、それらを物ともしない、闇雲な活気に溢れている。大人から子供まで、変わってゆく世の中に、それなりに疲弊しつつも、うまいこと自分だけの楽しみを見出して、日々を過ごしている。
√マスクド・ヒーローは、その様な世界だ。
第1章 日常 『ローカルヒーローショー』

●日常と平常
(この世界の人達は、いつも元気だな)
何時もとは違う世界を、青い瞳が映し出す。クラウス・イーザリー(希望を忘れた兵士・h05015)は、一時目を閉じ、僅かに頬を緩ませた。
(その活気が闇雲なものであったとしても、俺はこの雰囲気が好きだ)
忍び寄る脅威ををやり過ごす為の空元気でも、日々を楽しく生きようとする、前向きな姿勢が、何処か、普段の世界と似ているのだろうと思った。
後ろ手で括った黒髪を軽く撫で、気を引き締める。
(この明るさを、壊されないようにしないとな)
色白の肌に纏った無難なデザインの黒装束。然程高くない青年の背中が、運営スタッフと観客の狭間に潜み、溶け込んでいく。
「最後尾は此方です」
丁寧な言葉遣い。案外と場内に通りの良い声音。整った容姿に、ただの列整理にも関わらず時折、女性に声を掛けられたりもする。
「パンフレットをお持ちでいない方はいらっしゃいますか」
きびきびと動き、無駄の無い動作で、労働に真面目に励む。序でに気が利く。力仕事も難なくこなす。当然の様に、仕事仲間からのクラウスの評価は非常に高かった。
イベント会社は有能な青年の勧誘を真面目に考え始めた。
「あ、お兄さん、お兄さん、パンフレット貰えない?」
「はい、良いですよ。此方になりま……」
クラウスは、その客の容姿に違和感を覚えた。背中から羽根が生えている。形としてはツバメの物に似ていると思った。確か、あの世界の獣人階梯では5に相当する姿だった筈だ。
「鳥人?」
「あ、分かるって事は、そう言う事で、良いのかな?」
鳥人が声を潜ませたのに合わせ、クラウスも首肯し、肯定の意を示すのに留めた。
「クラウス・イーザリー」
「ゼズベット・ジスクリエ。それじゃ、また後でね」
ひらひらとパンフレットを持った手を振り、鳥人ゼズベットはステージの観客に紛れていく。
美男同士の謎めいた会話に、後ろの女性客は妄想を掻き立てられ、一人で盛り上がっていたりした。
●
(夢は見るだけでなく、叶えるものだから)
その手伝いを、少しでも出来たら良いな。
ゼズベット・ジスクリエ(ワタリドリ・h00742)は鼻歌を歌いながら、受け取ったパンフレットをゆっくりと読み込んでいく。本心だが、、良いフレーズだなと、紫の双眸をパンフレットから持ち上げて、詩をもう少し繋げてみる。
Did you see? no no no, make dreams come true Are you worried? Don't worry, I'm here with you. let"s try……
試しに作った一小節に、鼻歌でリズムを付け、脳内で追わせてみる。
(うん、悪くない)
ただ、ありがちで少し安っぽい。ゼズベットは不出来さの寂しさを隠すように、軽く翼をはためかせた。丁度、ヒーロー二人のステージが始まった所だった。
体格に見合ったリズムの良いボイスパーカッションに合わせて、細身の男が確りとした声量でリズムの良い言葉を刻んでいく。歌詞のセンスの良さに影から見える練習量、声量、音程。それらを含めた基礎、応用技術の高さ。ゼズベットを高ぶらせるには十分な理由が揃っていた。フリースタイルでの互いの煽りは脚本通りなのだろうが、毒舌とジョークのバランスが良く、僅かな間がある時も幾度かあった。
何となく脚本から外れた、本気のアドリブと言う、ライブステージ特有の良い意味でのブレが見える。最終的には互いを称えて笑顔が戻る辺り、本当に仲が良いのだろうと、容易に想像が付いた。
(悲劇は、食い止めて上げたいよね)
趣味だと言っていたが、最早デビューしていないだけという技量の高さだった。音楽でのプロシーンの活躍を目指す以上に、現状を何とかしたいと思ったのだろうか。或いは別の理由があるのかもしれない。
(にしても……こんな大勢で遊ぶなんて初めてかも)
参加者と観客で別れているだろうが、それでも、結構な人数が集まっている。ライブの完成度の高さも相俟って、ゼズベットの胸の高鳴りは天井知らずだ。
●糸を紡ぐ
「ありがとう! 君のお陰ですっごく助かったよー! 折角だから、ゲームに出場してみるのはどう? この後やることって会場の警備とかだけだから、結構暇だしね」
裏方をこなしながら、ライブステージを自分なりに楽しんでいたクラウスは提案にどうしたものかと首を捻り、今回は一先ず断る事にした。
(怪しいのが何匹か、いるしな)
普通を装っている中に、ごくごく僅かに混じる不自然な所作。観客の中に、敵は既に紛れ込んでいる。現状、交流の無いスタッフにも気を配る必要がある。
(ゲームの参加者の方は……向こうに任せるか)
「君が居ると助かるけど、本当に良いの?」
薦めてきたスタッフに、静かに首肯する。もう少し、情報を集めるべきだ。自分が悪漢ならどうするか、思考を巡らせる。イベント後の疲弊を狙った闇討ち。ゲーム参加者に紛れての暗殺。人質。
(プラグマの大首領は、そこを狙う様、教えているんだっけな……)
希望の欠落を代償に、絶望を排除し、青年は目の前の現実と冷静に向き合い続ける。
「危険な事態が起きたら、すぐに警察やガードマンと連携して、避難誘導が出来る様にしておきましょうか」
「あ、うん。おっけー、任せといて! って言うかリーダーに根回しする様に伝えておくねー。やー、本当に色んな事に気が回るねえ、君!」
●状況開始
状況は各所に設置されているドローンと、参加者を追従するドローン双方によってシームレスに映像情報として伝達される。観客はスクリーンにクローズアップされる状況、または所持している端末から好きな参加者を追うことが出来る。
ドローン、搭載ビデオカメラの乗っ取り、ゴースティングは原則禁止とされ、携帯端末からの不正アクセスはナイトライド、ナイトオーガの端末が、自陣営を監視出来る様になっている。
「この辺り結構細かいよねえ、会場に来る理由もちゃんと出来てるし、ねぇ?」
突然話を振られた参加者は、戸惑いながら頷いた。
「今日は宜しくお願いします」
「此方こそ宜しくね!」
礼儀正しい男性、と言うにはまだ若い年齢の青年にゼズベットは挨拶を返す。
「今日のゲストヒーローの二人には詳しいの?」
「……ファンです。何時もステージが楽しくて! あんな風にステージでパフォーマンス出来たらって思いながら、仲間の皆と色々練習してみたり……まだ勇気は出ないけど、他にも……」
「うんうん、良いなぁそういうの! それじゃあ頑張って行こうか」
「今日は集まってくれて有難う! ヒーロー陣営の指揮を務めるナイトライドだ。いくらオーガと言えど、勝利は譲れない! みんな、宜しく頼む!」
ナイトライドが登場し、チームを激励する。同じように。
「今日は感謝するぜ! 夜鬼陣営の首魁、ナイトオーガだ。野郎共、だけじゃねえか。手前ら、勝利の女神と酒を飲むのは俺達だ! ライドの野郎にも、こればっかりは譲れねえ!」
反対に本拠のある夜鬼陣営に、ナイトオーガも現れ、参加者を激励する。
「それでは、ゲーム開始です!」
午前10時。開始の合図を報せる実況の声が、会場に響き渡る。
●午前10時
「先ずは鍵探しだ! 特に策が無ければ、僕に付いて来ると良い!」
「先ずは鍵探しだぜ! さあどうするんだ、手前ら! 俺に付いて来たい奴ァ、付いて来なァ!」
陣営代表は互いにほぼ同様の言葉を吐いて、集団を先導する。互いに首魁とそれを追う者達が率先して鍵を探しに行く展開となる。ヒーローらしいと言えばらしい。
(色々少し、直線的なのは、盛り上げるのを狙っているんだろうな)
本来なら大将は率先して動くべきでは無い。
ただ今回、脱落についてのルールは特に設けられていない。直接的な暴力行為を除く何らかの手段、つまり間接的な手段による妨害、罠を始めとした足止め程度しか、行動不能になる要素は無い。情報収集の片手間、スクリーンに映った光景を見て、クラウスは状況と展開に考えを巡らせた。
●張り合い
無人の摩天楼を無数の影が陣を作り、駆け抜ける。ぼやけて見えるインビジブルと呼ばれる者の事をライドもオーガも、まだ知らない。幽霊のような物だと、現状は無視している、見えることに、意味がある事も、何となくは気付いている。
(今はまだ!)
(考えるべきじゃねえ!)
分からない事は後回しだ。今は最高のパフォーマンスを。そして。
(君のことを誰よりも認めているからこそ、音楽でも、戦闘でも!)
(おめえが凄ぇのは俺が一番良く知ってるからよぉ、負けたくねえんだよなぁ!)
どうせ同じ事を考えているのだろうと、自然と頬が緩む。
此処からは互いに割り振られた者達の能力と、描く筋書き次第。
●12時
散ける事無く統率の取れた一団となって動く状況で、本隊がそれぞれ自陣営の鍵を手に入れ、状況は変化する。昼については支給されたショートブレッド、持参した食事を各々のタイミングで食べることに落ち着いた。
「此処からだ。僕はここから納品場所へ向かうが、何人かに索敵と妨害を頼みたい。部隊を分けよう」
ナイトライド陣営は昼の休憩時間を設け、ブリーフィングと相談を行い、作戦を共有する。
「ライドの野郎、どうせ包囲考えてるだろうしなぁ、怖ぇなぁ、さって、どうすっかな」
一方で外見通りというか、ナイトオーガは相手の手を読みつつも思考が止まっていた。摩天楼である以上、つけいる隙はあると考えている様だが、後一押し、アイデアが足りないと言った印象だ。
「よっしゃ。鬼らしく、囮作戦と行くか!」
●午後1時
互いの小分けにした隊がバラバラにぶつかり合う。
ライドの索敵班は積極的に敵を見付けるように動き、その中で最前線に居るゼズベットは近場の者に片端から声を掛ける。時に背後から、時に正面から。神出鬼没っぷりに度肝を抜かれる参加者が多く、味方であるヒーロー陣営からも一瞬、敵だと疑われたりしていた。もう敵も味方もゼズベットの所属が曖昧になってきた頃に、不意に通り掛かった人物と言葉を交わす。
「あ、そう言えば話変わるけど、鍵ってさぁ」
鳥人が言いながらポケットを探ると、男は目の色を変え、その手と視線を探る。
「え、どしたの急に目の色変えて? もしかして君、夜鬼陣営?」
伸ばされた手から逃れる様に、アスファルトを蹴って、翼を広げ、空に逃げる。夜鬼陣営の男は呆然として空を見上げた。
「……アリかよ」
「少しくらい多めに見てよ」
「……道具の使用は禁止されてねえし。仕方ねえなコレ」
男は鍵の情報を味方と交換しようと退く事を決めた、が。突如鳴り響いたスイッチ指揮の防犯ブザーが男の耳を思い切り刺激し、動きが止まった所で、急降下したゼズベットによって間近で照らされたペンライトが一時的に視界を奪い、眩ませる。
「ナーイス! タイミングばっちりだったよ!」
「有難う御座います。それにしても、陽動と妨害、手慣れてますね、ゼズベットさん……」
タッグで動いている青年にぐっと親指を立てる。
其処彼処で行われる妨害行為は各人が工夫を凝らしていた。主に音刺激、視界妨害が主となる。流石に掃除の手間があるので粘着性の高い物の使用は控えられていた。それでも街路でガム、ちょっとした索敵の為に置かれる空き缶、古典の爆竹、使い易い煙幕、ロープの罠など見ていて飽きる物は少ない。少し扱いは難しいが、缶に入った炭酸による妨害も散見された。ゼズベットにより状況はヒーロー側に傾いている。
「でも、これ多分ねえ……」
●仕事は進んでいる
相手の大まかな位置を割り出し、包囲を決めていく策は確かに効果的だったが、オーガはそこそこ大きい規模での囮を複数作り、そのライドを填めようとしている。当然、ライドも策に気付き始めた状況だ。少し気付く事に遅れ、小分けにしている部隊との連携が難しくなっている。
相手が良く手を読むことを失念していたと見て良い。何時もとは違うオーガの様相に、ライドはどの様に考えているのだろうと、クラウスは考えた。認めた上で策を考えるのだろうか、きっと、そうだろう。
妨害行為の種類は各々良く考えられており、実際に見ていて飽きず、つい、スクリーンに目が行く。
●ライバル
「やってくれたな……!」
らしいと言えばオーガらしい。あれで良く考えるし、人の思考を良く読むのだ。此方の考えている事など、初手から分かっていたのだろう。
「だが」
もう目は届いている。タネはバレている。何より。
(君の本隊は、極々小数の筈だろう、オーガ!)
部隊の割り振り直す。
(考えている通りだよ、ああ、手に取るようにお前の考えている事が分かるぜライド! 俺の本隊は最小限だ。だからなぁ、こっからはよォ!)
(望み通り、速さ比べと行こうじゃないか!)
●午後3時
リアルタイムでの人員整理が終わり、囮小隊を相手取る者達が死に物狂いで包囲している夜鬼陣営を抑え込む。
本隊を引き連れてライド達は鍵の納品場所へと向かう。2時間は掛かりすぎたかも知れない。夜鬼陣営に塞がれているルートを迂回。途中の人員はゼズベットが攪乱し、道を開いていく。
同様にオーガ陣営は手勢二人を従えて、納品場所への道を急ぐ。両陣営、辿る道筋はほぼ同じだった。敵を警戒しながら、ビルの隙間を縫うように、息を潜め、無駄を無くし、周囲を慎重に警戒しながら。
●午後5時
「やっほー」
気の抜けそうな暢気な声が、空気を割った。声のした方を反射的にオーガを含む三人が振り向く。
「君かな」
その一瞬に、ゼズベットは勘だけで一人の男を選び、ポケットから鍵を盗み取る。
「ビンゴ! うん、今日は運が良いね!」
すぐに聴覚刺激の足止めが襲ってくる。オーガがデスボイスによって鼓膜を揺さぶり、流石のゼズベットも、耳が痛み、行動が鈍くなる。
(何て声量と肺活量! 本当に人間だよね!?)
「ハッハァ! 簡単には行かせねぇよォ! あと潜んでるのも倒れたなァ!」
ゼズベットは出来るだけ遠くに行ける様に、ふらふらと距離を取る。
「と思うだろう、オーガ!」
。喉の奥から絞り出す、金切り声染みたハイトーンのシャウト。それが、20秒ほど、空間を支配すると言う局所的な地獄。ライドとオーガに限って言えば、直接的な妨害を持たずとも、その声だけで人を前後不覚に陥らせる事が出来ると、体験した人間は思い知った。
「今だ。駆け抜けよう」
予め決めていた手信号でライドは意図を伝え、納品場所へ向かう。当然ゼズベットの奪取した相手陣営の鍵は、本隊の適当な者に渡る。
「まだだ、まだに決まってんだろ、ライドォ!」
そう言うオーガは豪快に笑っていた。それを聞いたライドも、追ってこいと挑発し、無邪気に笑っていた。
そうして、追い縋るオーガから逃げ切ったライドが鍵を納品する。
実況がライドの勝利を称え、オーガの健闘を称え、参加者を称え、労う。
(実感するよ)
ヒーローという存在は、本当にこの世界の人達にとって、心の支えなのだと。イベントの終わりを、クラウスは破顔し、見守っていた。根回しは済んでいる。ゲーム参加者の方はゼズベットが割り出してくれている。
(此処からだ)
●胎動
「今より、状況を開始する」
悪意が民衆に紛れ、脈動する。
第2章 集団戦 『潜入工作用改造人間『スニーク・スタッフ』』

●悪漢のショータイム
「今より、状況を開始する」
人間に擬態し、紛れ込んでいた改造人間が、一斉に姿を晒し、一般人に銃口を向け、決められた部隊が、ステージを襲撃する。
オーガは舌打ちし、ライドは歯を噛んだ。
然し、それは簒奪者側も同じ。彼等は、本来ゲームに紛れて二人を狙い、同時に観客を人質に取る予定だったが、思わぬ邪魔が入った。紛れていた簒奪者は肝心な状況で、監視の目に晒され、作戦実行時間をずらす他、無かった。
非常事態に対して、会場警備の各所の行動は、一人のスタッフによる扇動もあり、迅速だった。すぐさま非常警報を鳴らし、身を盾にして避難経路を形作る。実況は、ショーでは無い事を訴え、避難指示を行う。
絶望的な状況でありながらも、人々の心には、今も尚、希望が灯っている。
●状況説明
対抗予知による未来の大きな変動は回避された。
この先は、√能力は自由に使用して構わない。
√能力者は、その尽力により、明記されている状況より、少しばかり、早く動くことが出来る。具体的には、一般人へ簒奪者が一斉に銃口を向けるより早く、簒奪者がステージを襲撃されるよりも、一手先に動く事が可能だ。
敵の数は30程が視認出来ている。
√能力者の目的は、敵の殲滅だが、状況は一般人を巻き込む形となっている為、それのみに専念することは難しいだろう。
これは対抗予知も相俟って不可避な状況であり、逃れる事は出来なかったものだ。√能力者は己の無力を恥じる事も、悔やむ必要も無い。事実、簒奪者は当初の予定を変更し、この機を伺う他無かった。
√能力者に出来る事は四つ。
一つ目は【簡単な避難誘導】だが、警察、ガードマン、会場スタッフ、果てはキッチンカーのアルバイトに至るまで、非常に協力的であり、避難誘導ガイドの復習も警察の指示で、業務の合間に行われた。一丸となって被害を抑えようとしてくれる。非常にスムーズに行われる為、手助けはほんの少し、片手間程度で良いだろう。
二つ目は【警察の援護】だ。
市民の安全確保の為に、彼等は特に身を挺してくれている。手負いの者を手当したり、狙われている者を庇ったりすれば、避難はそれだけスムーズに行われる。
三つ目は【ヒーロー:ナイトライド/ナイトオーガ】の援護。
ステージ上に立っている彼等の自衛能力は高いが、ゲーム後の彼等は互いの潰し合いや激しい運動で消耗し、疲弊している。多勢の相手は間違いなく辛い上に、敵の首魁はまだ姿を見せていない。体力の温存を考えるべきだ。
四つ目は主目的となる【敵の殲滅】だ。
敵は一般人への包囲網と、ステージ上のヒーローを包囲する様に展開する。これを殲滅する必要がある。
他にも思い付いた行動があれば、試しても良いだろう。
先手は取れている。
全ては無理だとしても、幾つかを並行して行うことも可能な筈だ。
与えられた僅かな時間で、状況を好転させる事も出来るだろう。
√能力者は状況を整理し、打開の為に、行動を開始する。
●夕焼け空に一等星
歓声の沸く会場、夕暮れ時に、刻を忘れた一等星が瞬く。
瞬きと共に照らされるのは、正に、悪意の胎動だった。銃のトリガ、腕筋の収縮、引き抜く動作、全てを置き去りにし、収束光が肉と血管を正確無比に撃ち抜く。痛覚刺激にうめき、膝を折る。
鉄が手指から零れ落ちる。
「待機要員に告ぐ、ただちに……」
呻き、崩れ落ちながら、改造人間は、応援を要請する。
「やっと、尻尾を見せたね」
特に手近な改造人間の背後を取り、クラウス・イーザリー(希望を忘れた兵士・h05015)は、動脈を艶消しのナイフを最小限の動作で淡々と振り抜き、裂く。驚く程あっさりと、鮮やかな血花が咲いた。通信は敢え無く、途切れた。
(予知よりは良い状況で安心、だけど)
亡き友の遺産が、青年に語りかけるように、未来を照らす。
●猟犬
「正義だ悪だ、そんなのは知ったこっちゃないが、寝覚めが悪くなるのは困るんでな」
端整な顔立ちに、吊り上がった切れ長の薄氷色。不機嫌にも見える双眸に、赤銅色の髪が、尾の様に、そよぐ風に流されて、気儘に揺れる。じゃらり、じゃらりと、練り上げられた鋼鉄の身体が、歩を進める度に、重苦しい棺桶に巻き付けた鎖が、夕暮れの影に沈んで、擦れて、嘶く。
はぐれ者、並外れた精神力と体力を共に、赤銅の猟犬、レヴィア・ルウォン(燃ゆるカルディア・h02793)は、夕焼け空に瞬いたソレを見て、偽造した身分証明書を警官に見せ、事情を聞き出した。
「此処で何が起こってる、何でも良い、情報を全部吐け」
到底堅気には見えない風体に、乱暴でぶっきらぼうな言葉遣い。それでも、この世界の人間、特に警察はタフだった。身分証明とその様な行動だけで、人を判断しなかった。瞳の底にある隠しきれない僅かな善意、優しさを、応対する警察官は確かに見抜いた。
「分かっていることは多くない。私達は、警備マニュアルの徹底を頼まれた。結果、イベント終盤に人が倒れている。事実だけを羅列すれば、これだけだ。何か分かるなら、協力して欲しい、頼む」
「あー……そのつもりだったんだが」
丁寧に頭を下げられて、レヴィアは困惑した。
(んな感じで頼まれたら、調子が狂うっての)
戸惑いを誤魔化す様に頬を指で掻いた。余りに呆気なく信用され、毒気が抜ける。
「だが、それだけ知らせてくれりゃ十分だ。そっちは今すぐに避難出してくれ、誘導徹底してくれよ。手慣れてんだろ?」
警察の返事を待ってから、獲物を見付けた猟犬が、獰猛に唇を釣り上げる。
「さァて、狩りの時間だ」
●陽(動)キャ(ラ)
「やっっと、正体現したね!」
「ちょっと、ゼズベットさん!? 何処行く気ですか?」
「と、そうだったそうだった。君の援護、最高だったよ! お陰で凄く楽しかった! また一緒に遊ぼう! 約束!」
人好きのする笑顔を見せて、ゼズベット・ジスクリエ(ワタリドリ・h00742)は手を振ってから、ステージを指で示してから、思い切り翼を広げ、低空を超速で駆け抜ける。音を置き去りにする。
出鼻を挫かれ、連携を諦めた部隊が、ステージ上の二人に肉薄するのを確認し、周囲に風の輪刃を形成し、敵の腱を削ぐ。即座にルイニルと銘打った細身の刃を引き抜く。
蒼の双子星が風に瞬く。紅い花が流星の様に散ってぱたりと地を汚す。
「二人とも! 見ての通り、戦いはまだ終わっていない! みんなへ明るい未来を届ける為に、延長戦も駆け抜けようじゃないか!」
二人は瞬間、顔を見合わせ、それだけで状況を把握した。
「悪の秘密結社が潰えるまで!」
「俺達の戦いは終わらねェ! 何より、手前ェみてえな奴を守るのが俺達だ!なァ!」
「勿論だ。みんな、ここは僕等に任せて、警察の指示に従って、落ち着いて、会場から避難して欲しい! スタッフもだ! 無理をするのは僕等だけで良い! オーガ」
「行くぜェ! で、手前ェと後、数人か。多分、俺達よりもう少し先に居る奴だな。こっちからも頼むぜ、援護をよ」
「見えている理由が分からないからね、勉強させて貰うよ」
「一から説明すると長いんだよね! 本当!」
夜より昏い鉄の引き抜き、瞬時にポイント。トリガ。雷精が合図に応え、雷光がオレンジ色の空に奔る。
「取り敢えず、それは君達にとって、悪い事じゃない! それだけは言えるかなって!」
●避難
市民も慣れている様で、異常事態と対応、二人の呼び掛けに、パニックは最小限に、驚く程スムーズに進む。彼等は避難しながらも、ヒーロー達に、それを助けようとうする人物に応援を惜しまない。同時に、身を案じたりもする。
「無理、しないで下さいよ。また遊ぼうって、約束したんですから」
「彼に心配は無用です。此方は大丈夫なので、落ち着いて避難して下さいね」
通路に残った最後の敵に、高電圧のスタンロッドを浴びせ、身体を焼く。肉の焦げる嫌な匂いが周囲に漂い、クラウスは警戒を解かず一瞬目を閉じて、丁寧に案内する。
凶弾は仲間達によって防がれている。最後列に移動し、最後となった警察官達に向く銃弾に、多機能手甲に搭載された機能を解放し、力場を発生させ、銃弾を弾く。すぐさま腕を其方に伸ばす。瞬間の機械音と収束音。手甲から放たれる光が敵を焼く。
「これで、遠慮はいらないかな」
敵の急所を、空に瞬く星が貫く。
●ハンティング
「敵はこっちで引き受ける。怪我はしても死にはするなよ」
生きてこそ、ヒーローは成り立つ。慣れた緊急対応に、レヴィアはぼそりと呟いた。
出鼻を挫かれた敵を思い切り警棒で殴り付け、頭蓋を砕く。一時避難しようとした敵の足に鎖を巻き付け、力任せに引き寄せる。宙空を舞う敵が銃口を向けた所で跳躍。
「――灼き尽せ」
右の掌底による衝撃と宿る禍焔が、改造によって強化された強靱な内臓を破裂させ、敵を√能力ごと無力化する。、びくりと一度身体を跳ねさせ、絶命した敵を鎖で振り回し、近くの敵にそのままぶつける。嫌な音が響く。僅かに動く掌を見逃さず、肉薄し、右掌で掴み、折る。
「好き勝手やらせてやったんだ。こっからはこっちの番ってなァ! 当たり前だよなァ!」
闘争に血を沸騰させながら、肉食の獣が戦場を跳ねる。
●生ける炎の塵の様な断片
「我輩が思うに……君達の計画は既に破綻していると思うのだが、どうかね?」
よく整えられた濃い黒髭が印象的な、一房の髪を垂らした黒づくめ。紳士的な振る舞いの中年男性は、本を開いて、状況を一瞥し、味方の状況の好転、相手の状況の悪化を見て、そう呟いた。。
角隈・礼文(『教授』・h00226)は観察者の様な態度を崩さず、正気を失いそうな悍ましい言葉を紡ぐ。
「いあ いあ クトゥグア。彼の者を称えよう。彼の者は生きる炎。あい、あい、クトゥグア。おお、汝は尽きること無き炎、邪悪なる者、高貴なる者、神聖なる者、一切の区別も無く焼き尽くす。矮小な私達に種火を与えたまえ、いあ、いあ、クトゥグア。あい、あいクトゥグア。汝は公平にして苛烈なる審判者、偉大なる生ける炎。汝の前には彼の無貌の神すらひれ伏すだろう」
礼文の周囲に炎が灯る。轟々と燃え滾り、うねる炎は召喚者自身すら食らわんとする凶暴さと強大さを示す。欠片の炎ですらこれなのだ。使い易いが扱いが難しい。礼文は溜息を吐く。彼の偉大なる者を御する為に讃辞を送り続けなければならず、使えば、彼は一歩も動けず、本を捲り、詠唱を続ける以外の事が出来ない。
(これだけ状況が整っていれば、何の問題も無いのですがね。息抜きに少し散歩を、と思いましたが、良いタイミングでした、おや?)
凶暴な生ける炎の断片が、敵を屠る。
●記憶は代償
「地よ、踊れ」
じゃらり、藍染めの生地がはらりと地に落ちて、掌がひたりと地面に沿う。片耳の金の羽根飾りが擦れ合う。殿のブーツは不思議なことに靴擦れ一つも聞こえない。七州・新
(無知恐怖症・h02711)は捕捉した敵の頭を揺らし、ぼんやりと考える。
例えば、どうでも良い風景でも、夕陽は輝いている、遠くから聞こえる人の声は、自身の心に影響は与えないが、存在は認知してしまっている。彼等が、逞しい善人であることも、識ってしまった。この状況をどうにかしようとする√能力者達は戦場を駆け、飛翔し、跳ねている。
放っておけないから、こうして、手を差し伸べている。そんな小さな小さな積み重ね、自身の善意、人の善意、自然の雄大さが、ゆっくりと蓄積されていく。
(ああ、些細だけど、失いたく、ない、ね)
記憶の喪失が、もし、もう一度起きるなら、もう一度、全てを忘れて、また死んでしまうのだろう。自然と忘れていく事でも、忘れたくないと、思う。歯が少しだけ勝手に触れ合って、恐怖に呑まれているのに気づき、歯を食い縛った。
(終わったら、美味しい物を食べに行こうかな)
●不思議なことを行使しているから、不思議なことを認識出来ない。おまけに運が良い。
「そんなこと、絶対に有り得ませんわ」
只の暴漢の集団に何をそんなに怯える事があるのだろうだと、アナタ・オルタ・クエタ・ナントカ・ヴァルカス(人間(√EDEN)のルートブレイカー・h00637)はブーツの踵を鳴らし、何故か蹲っている敵の頬を、思い切り張り倒す。攻撃を行おうとした敵が謎の力に阻まれる。
「ほら、この程度でしょう! 皆さん、何を怯えていらっしゃるのかしら?」
手近な敵を片端から張り倒す。その拍子は運良く、悉く敵の行動を妨害しているし、行動不能手前まで追い詰められた敵が最後この力を振り絞る行動を無碍に却下していく。
「ほら、√能力なんてトンデモ能力なんて、何処にもありませんの!」
間近で起きる炎などは科学的に立証されていると信じようとしない気の強いお嬢様。何故彼女がそう信じ込めるのか、それは、とても運が良く、彼女の平手が全ての√能力を否定しているからだ。
(……今日は、来ませんわね?)
何時もならこの辺りでドラゴンが出て来て、戸惑う自分が居る事を、彼女は知っている。それは、少しだけ寂しい気もした。
「いえ、これが正常なのですから、これで良いのですわ!」
一人、力強く頷いて、アナタは近場の敵を引き続き、平手で引っ叩いていく。
●悠然
「少し小突かれただけでこの有様、いかにも下っ端って感じ!」
ゼズベットは敵を機動力と舌で弄ぶ。
飛行しか取り柄が無いかと思えば、途端に地に降りてすれ違い様に四肢の何処かを切り付け、すぐに地表啜れ擦れのトップスピード・フライトに移行し、別の敵を襲撃する。気紛れな風と評するに値する。鎖付きの棺桶に振り回される敵を捕まえて、持ち主に投げ返す。
「良いタイミングだ」
受け取る代わりに、レヴィアの豪腕が敵の身体にめり込む。落下も加えた体内衝撃は容易に肉体の耐久限界を越え、絶命する。
「お褒めにあずかり光栄です、っとね!」
夕暮れに灯る一等星が、敵目掛けて光雨を注ぐ、急所を貫く制度で降る数百の光線に、容赦は見受けられない。残った敵に足音無く忍び寄り、スタンロッドで行動不能に追い込んでいく。
「僕たちの出番は、無かった様だね」
「凄ェな……声張り上げるだけならライドも俺も、良く人間離れって言われるんだがなァ!」
オーガは感心と共に大笑する。運動能力も人よりは優れている自負はあるが、√能力者の闘争はそう言う次元を逸していた。
「その様子だと、怪我ァ無ェみてえだな、ヒーロー。油断すんじゃねェぞ」
薄氷の瞳は落ち着きを取り戻しながらも、狩りは終わっていないと、周囲を嗅ぎ回る。
「こっちの思惑通り! 二人とも無事で良かった!」
「二人の護衛に努めた燕は、人なつっこく笑って、二人の無事を心から喜んだ。
「状況は随分好転出来たと思うけど、もう少しだね」
悲惨な未来が遠退いていく、その確信を得て、クラウスは安堵の溜息を吐いた。
刻は逢魔。悪は嗤い、悠然と歩む。
第3章 ボス戦 『『デュミナスシャドウ』』

●改造人間・デュミナス・シャドウ
「使いの一つも果たせんか。役立たず共め」
転がった死体の頭蓋を踏み砕き、高慢に鼻を鳴らす。
「戦う運命からは逃れられんのだ。芽を摘み取るなどと、本当につまらん作戦を立てる。俺を宛がうのも気に食わん。この屈辱が分かるか」
予知能力者がいる事など最初から分かっている。分かっている上で、今回の作戦が成功する等と、誰が考えるだろうか。妨害されるに決まっている。作戦失敗時の尻拭いをマカされただけなのだ。少なくとも、この改造人間はそう、考えた。
「試験段階の役立たず共と行動を共にせよ。本当に笑わせてくれる。思った通りの展開で清々する。強者を平らげてこそ、俺の価値は証明される」
影が指を鳴らす。影から黒色のヴィークルが、付き従う様に現れる。
「ああ、名乗りが遅れた。俺はデュミナス・シャドウ。来るが良い、√能力者共。貴様等を平らげて、俺は更に強くなる」
逢魔が時に、黒色のシャドウ・ヴィークルが唸りを上げる。
●状況説明及びギミック
今回の作戦指揮は、姿を現したデュミナス・シャドウに任されていた様だ。だが、彼は全てを承知の上で指揮を部下にのみ任せ、己の目的の為に手を貸さなかった様だ。
デュミナス・シャドウが現れた時間は逢魔が時。周囲は夕闇に包まれ、やや視界は悪く、敵が纏う戦闘用スーツの配色は闇に紛れ易い。見失わない様に何か考えた方が、展開は迅速に進む。
また、デュミナス・シャドウは市街地戦闘も視野に入れた、シャドウ・ヴィークルによる高速機動戦を狙っている。ただし、ヴィークルを破壊すれば再召喚は不可能。相手の狙いを崩す事が出来る。
それとは別に、最も重要なのは、ライドとオーガの二人に戦闘経験を積ませ、√能力者としての覚醒を促すか否か、だ。
まだインビジブルが見えるだけの彼等は、喪失を抱えていない代わりに、ヒーローとして完成することは無い。
それでも、彼等はヒーローと名乗り、音楽活動を通して、人々を活気付け、有事の際は身を厭わず人を助けようとするだろう。凶刃に倒れる未来も有るかも知れない。それでも、普通の人間として、全うに生を謳歌する。
経験を積ませれば、彼等は何かしらの喪失を抱えながらも、それらをアンカーによって補完し、世界を助ける事の出来るヒーローとして活躍する。
何方の人生にも、幸福と不幸がある。
これは居合わせた√能力者が決めて良い。
今これを見ている√能力者は、そう言う瞬間に、偶然にも立ち会う事となった。
他人かも知れない、本当は、存在しない人物かも知れない。
誰にも、何か影響を与える選択肢では無いかも知れない。
それでも彼等は今を生き、幾多にも分岐する未来へと進んでいる。
ヒーロー二人の未来は多数決によって傾く。
選んでみると良い。
●小包は時間稼ぎですね
「丁寧な名乗りをどうも有難う! ゼズベット・ジスクリエ、郵便屋!」
開口一番、ゼズベット・ジスクリエ(ワタリドリ・h00742)は、漆黒の長銃を引き抜き様、トリガを引く。コンマ以下で行われる超人的なクイック・ドロウ。音無く刻まれる六の弾道を、デュミナス・シャドウは見切り、五指で受け止めた。
「礼儀を弁えている伝書鳩だな、褒めてやろう。だが、銃の扱いも雉撃ちも、人の専売特許だ。産まれる時に頭に刻まれなかったか? 郵便屋。獣人に文明の利器など、千年早いわ」
「今時、HDBECも知らない時代遅れの野蛮人が居る事に驚きだね!」
ゼズベットの挑発を、敵は鼻で嗤う。
「平等思想など幻想だ。郵便屋、貴様は良く、知っている筈だ。誰も彼も自分が、自分の生まれが最も優れているのだと、思っている。多種など劣等だと、誰もが抱え、思っている。貴様の抱える文に、貴様の仕事に、唾を吐く者が、居なかったとでも?」
「はいはい。その手の話は聞き飽きてるんだ。思想を振り撒きたいなら是非、ゼズベットの郵便屋まで、正式にお仕事の依頼をどうぞ! ま、誰にも届けてなんてやらないけどね」
呆れたと言わんばかり、ゼズベットは両手を広げて、片方の指を立て、大人を馬鹿にする子供の様に、ちろりと舌を出す。瞬間。思い切り身を屈め、地を蹴る。風を置き去りにした一太刀が、足を狙う。
「俺の速さをまだ認識していないのか、攪乱か。大方、後者だろうな、貴様は。予知などに頼らなくとも、分かることはある」
「いちいち大袈裟だよね、君!」
銃撃に続け様、刻まれる剣の軌跡が、夕闇に呑まれては、消えて行く。
●死者の茨
「有難いね」
クラウス・イーザリー(希望を忘れた兵士・h05015)は、多機能ゴーグルを装着し、。√ウォーゾーン製の自動二輪に跨がり、エンジンに熱を入れる。
「彼もさっき言っていたけれど、話すと長い。ただ、俺達の戦いは茨の道だ」
亡き友は今も空で見守っている。未来を夢見ていても、青年の瞳に希望が灯る事は無い。ありのままの現実と、不幸な未来という数多の流星群を処理し続けた先に、夢見る未来がある、それだけだ。それを辿る為に、力を貸す事は惜しまない。
「未来を選べるのは、俺達じゃない」
意志が自身の未来を決定付ける。
それでも、どう足掻いても、どうにもならない現実があった。クラウス・イーザリーの喪失は、そうして生まれたのだと、誰より、自分が知っている。
「付いて、くるかい?」
ゴーグルの下、視界に映るインビジブルが、未練の茨となって絡み付く。透明な棘が心の痛覚に刺さり、じくり、じくりと痛ませる。
●シデレウス・ケルベロス・ハウンド・ドッグ
「屈辱だなんだ、組織の飼い犬が良く吠えたもんだな。尻尾振って媚びも売れねェクセしてよ」
双星と漆黒の軌跡弾道に紛れて、生きた蛇の様に、鉄鎖が舞い踊る。レヴィア・ルウォン(燃ゆるカルディア・h02793)の鎖が舞う。
「鳥の次は躾のなっていない、残飯を貪る駄犬か。まだ礼儀が出来ているだけ、鳥の方がマシだな」
「うるせェよ。テメェの立場も、事情も、言葉も、知ったこっちゃ無ェんだよ。こちとら耳貸す程ヒマじゃねぇんだ」
背後に回ったゼズベットに合わせ、鎖を腕に巻き付け、思い切り引き、踏み込む。
「舌噛んでさっさと死んでな」
宵色の、鎖が巻き付けられた棺桶が、重さを忘れた様に、頭蓋目掛けて薙ぎ払われる。流石のデュミナス・シャドウも、これには舌打ちしながら、二枚のカードを大振りな鉤爪付きの機械手甲に挿入する。
シデレウス・カードを認識します。
ゾディアック・ライブラ……
アンチ/ヒーロー・ケルベロス……
認識完了。
フォーム・チェンジ=ケルベロス・ライブラ。
伝達はコンマを切っていたが、それでも不服そうにデュミナス・シャドウはもう一度、舌打ちする。同時に黒炎がシャドウの身を包み、姿を変える。マスクは凶暴な犬を象った物に、マフラーが変質し、鉄で凶犬の首を二つ象る。片腕にあった鉤爪手甲は両手に装着され、周囲には鋸歯に黒炎を宿したソーサーが三つ、宙空に浮かぶ。
「俺にこれを使わせた事を、褒めてやるぞ、√能力者ァ!」
「ケルベロス? 冥府の番犬だったか。生憎こちとらそう言う類の胎児が専門でなァ! 要は怪異だよなァ! なら」
狩らせて貰う。楽園の猟犬が、番犬に揚々と、然し獰猛に牙を剥く。
「なァ! ヒーローさんよォ! 好きにしなァ! 誰も咎めねェ! ただ」
好きに生きている代名詞を二つ思い出す。
一つは、どうしようもない碌でなし、だが、自身の好きな様に生きている奴と言えば、すぐに思い浮かぶ人物でもある。しょぼくれた人生なんて言ってんじゃねェよ自由人が、と悪態を付くのは、仕方のない事だろう。
一つは、種族が違い、言葉も通じない他種の同類。頭を撫でると目を細めて喜ぶし、冬は合間に編んだ物を着せてやると、喜んで尻尾を振る。そういう所を見ると、勝手に頬が緩む。相手が何を思っているかは分からないが、良い主人である様には努めている筈だ。家に居て、帰ると迎えてくれるのだから、良く懐いている。そう言って良いだろう。良い筈だ。
「後悔だけはすんな。悔いの無い選択をしろ。自分に嘘だけは付くんじゃねェぞ!」
好きにすれば良い。平穏な明日を掴む為に戦うのも。平穏な日常に戻るのも。
「テメェの人生だからなァ!」
●風の強い日には、人差し指を立てよう。ほら、寂しくない。
「僕は、君達の力になるよ」
ゼズベットは、黒炎から距離を取り、独り言を呟く。
ライブはとても楽しかった。ゲームで共に遊ぶのも、文句なしに楽しかった。
「運命ってさ、その日の風よりも勝手なんだ。簡単に人を吹き飛ばしちゃったりするんだけどね、風向きを読んで、辿り着く場所を変える事くらいは、誰だって出来るんだ。翼が折れて、墜落する未来はね、そんな些細な事で変えられる。その時に、やっぱり風に攫われる物はあると思うけどさ、誰かが拾ってくれたら、それで、届けてくれたら、こんなに嬉しい事って、ないよね」
ふんわりと、笑ってみせる。
言葉を拾って届ければ、大抵のお客さんは笑顔を浮かべて、ありがとうと、感謝の気持ちを言葉で現してくれる。嫌なお客さんだって、それはそれは居るけれど。嫌な事ばかりじゃない。繋がっていれば、打ち解けられる時だって、ある。
「もう一度言うよ、僕は、君達の力になる」
何時でも、とは言えないけれど、迷った時に、背中を押す風くらいにはなれるだろう。悲しい時に、涙を攫う位は、出来ると思う。
「これで、独り言はおしまい!」
もう一つ、翼を羽ばたかせよう。
ゼズベットは翼を広げ、シャドウ・ヴィークルに跨がる影を追う。
●Knight ride/Knight ogre
目にも止まらない攻防。
その合間に送られるエールに、二人は少しだけ悩んで、笑った。
「答えなんて、決まってんだよなァ!」
「僕等はヒーローだ。恐れを退け、人を助ける!」
「そうなりてェからなァ!」
「このマスクを被ったんだ!」
心など最初から決まっている。
青い瞳の彼が言う様に、それは茨の道かも知れない。差し伸べられない手だって有る。それに傷付き、心に跡を残し、誰かの死を思いながら生きていく事になるのだろう。
薄氷の瞳が言うように、選択は誰も咎めない。これは自身の人生だ。
紫の瞳の彼の独り言に共感する。それは、とても嬉しい事だ。
「行くかァ」
「行こうか、先輩方、本当に有難う。お気遣い、心より感謝致します」
「固ェってライド。けど、そだな。有難うよ。お陰で腹ァ括れたぜ!」
「言える立場じゃ無ェだろうけどよォ! 助太刀するぜェ!」
「なりかけの雑魚共が、良く吠える。貴様等は後だ。付いてこれると思い上がるな、雑魚共めが」
フルスロットル。呼応するタイヤの強烈な摩擦に、舗装された地面が甲高い悲鳴を上げる。
●夜を越えよう
「二人なら、なんて少し安っぽいな……」
クラウスは彼等の選択を歓迎し、微笑んだ。
熱を入れたエンジンが唸りを上げる。マフラーからエグゾーストを響かせて、市街地に向かう高速機動ヴィークルを即座に追跡する。角幾つで避難場所に辿り着くか、一般人の居ないゲームエリアで決着を付ける必要が有る。
マップデータをゴーグルに表示。弾道を計算。片手でハンドルを操作しながら荷重だけで機体を制御する。
「引き摺る影は、夜に消える」
歌うように、意味の無い言葉を唱えて、拳銃を引き抜く。照準を合わせる。ト指を掛けた引き金に、力を加える。硝煙と共に銃弾が吐き出され、薬莢が排出される。地に落ちて、甲高い音が響く。
「灯火を辿って、寂しさを忘れて」
駆動機関を狙った銃弾に炎が纏わり付く。防御用に使われたソーサー一つを噛み砕いて、目標に辿り着く。払おうとしたデュミナス・シャドウに、ニュクスの翼から放たれた銃弾が、鎖が絡み付いて行動を縛る。
「日の出に笑おう、影を忘れて。その歌の終わりは、こんな感じ?」
「どうかな。勝手に口から出ただけだからね」
「ちょっとセンチ過ぎねェか。悪か無ェけどよ」
シャドウ・ヴィークルが爆ぜ、爆煙の中に、小さなソーサーが舞う。
●継萩
「お膳立ては終わりってことね!」
「良いタイミングだな。お楽しみの時間だ!」
「でも。手加減するってお話だよね」
「なら、長く楽しめるな」
躍り出た継萩・サルトゥーラ(百屍夜行(パッチワークパレード・マーチ)・h01201)は独り言をぶつぶつ呟きながら、黒炎を纏う小さなソーサー二つを蹴り砕く。代償に継ぎ足した肉が焦げる。
「ソ・ク・ド」
「スピードアップ」
「加速装置」
奥歯を噛む必要は無い。欠損していたかどうか、記憶が曖昧だ。そもそもそれを保持していたのは誰だ。奥歯か。奥歯が有るかどうかを、奥歯しか知らないかも知れない。だからと言って、固執するほどの問題でも無い。何時か噛んでみれば誰かがまた覚えてくれるはずだ。誰かとは誰だろうか。AかBかCか、それとも他の何かか。ああでもそれも、特に問題のある事では無い。
サルトゥーラの思考は、300以上の継ぎ接ぎを行った結果、とても独特だ。統合する為の疑似人格が壊れて二つある、統合しきれない部分を薬物で補い続けた結果、思考すら継ぎ接ぎとなり、自我が滅茶苦茶になっている。それでも、立場や自己の在り方を分かった上で、特に問題は無いと、サルトゥーラは考えている。
悠然と佇むデュミナス・シャドウに、身をかがめ、猛スピードで躍りかかる。一手、腕で鉤爪を払う。二手、そのまま沈んで足を払う。三手、そのまま顎を蹴り上げ、飛び退く。
「楽しいね」
「楽しいな!」
思い切り地を蹴って貌を膝、と見せかけて肩を掴んで笑う。勢いを付け、足を地に付けて投げ飛ばす。身体が宙を舞い、地に落ちる。
起き上がろうとした所に、ライドとオーガ、追い付いた二人の拳がシャドウを襲う。首を捻るだけでそれを避け、立ち上がろうとした所に。
「させねェよ」
「ダメ押しの援護だよ!」
足払いと共にレヴィアの鎖が絡み付き、番犬の頭に鈍重な棺桶が頭を揺らす。頭から地を流しながらも、呻きを消す。雷が爆ぜ、身体が痺れる。√能力者の行動が加速する。
片足を取られながら、ライドとオーガ、サルトゥーラを相手取る。絶好のタイミングは遠間からの銃撃が潰す。デュミナス・シャドウは即興の良く出来た連携に矢張り、舌打ちした。
やりづらい中で変幻自在に動く奇妙なピンク髪は戦いそのものを楽しんで、無邪気に笑っている。鉤爪は特に封じられ、思考が対応に持って行かれる。
「考え事が多くなってきたね!」
頬にサルトゥーラの肘がめり込む。追い打ちと、腹に拳が二つめり込む。
「もう少し遊びたいんだけどね!」
「流石にオレ達もここらで引かないとな」
「ヒーローさん。ボク等みたいにならないでね」
「ヒーローくん。オレ達みたいな未来が最悪に近い。気を付けな」
独り言は対話のようだ。まるで違う誰かが沢山居るような、そんな感覚を、オーガとライドは覚えて、彼の忠告に、静かに頷いた。
オーガを盾に、ライドが軽やかにステップを踏む。見た目通りの剛力と、見た目にそぐわない戦略的な一面がシャドウを追い詰め、見た目通りに頭が回り、身軽なライドは翻弄し、見た目にそぐわない力強い拳が、確実にシャドウの体力を奪っていく。幾分か鈍ったシャドウの拳を見切る。このハンディキャップマッチは、二人の、真のヒーローとしての資質を着実に育んでいった。
「は、は、は。鬼畜共が。精々、喪失に嘆き、今日のことを後悔して、永遠の生に苦しむが良い!」
デュミナス・シャドウは、そう言い残し、消滅した。
●終章
助けを求める声が耳元に響く。
助けを求める数多の声に、驚く。
合奏の様だった。
インビジブルが揺蕩う。
視界に映るそれが、死者の魂の様だと、始めて思った。
死者はこうなるのだろうかと思っても、不思議と「恐怖」を感じなかった。
元々、お互いそう言う物に鈍感だったが、それとは全くの別物だった。怖いことなど何も無いと、思えてしまっている。
「ああ、これが、喪失なのか……」
「何も怖くねェな。凄ェ……悪い意味でな」
√能力者は口を揃えて、喪失には補完がある事を伝えた。
「それは、君達以外の誰かが教えてくれる筈だよ」
幾ら感謝の言葉を尽くしても足りないと、ライドとオーガは頭を下げた。
「助けを求める声が止まない」
「助けに行かねぇとな」
そう言って、再会を夢見て、二人は手を振る。
恐れを無くした夜色の騎士は、音楽で人々を勇気付け、恐怖を人から学び、明日を紡ぐ。未来を掴み取る為に。
●エピローグ
ゼズベットは、今日の出来事を歌に落とし込もうと頭を捻る。今度また、二人と遊びたいなと考えて、ゲームを一緒に遊んだ彼との事をふと思い出して、一人、微笑んだ。
レヴィアは事を終えて家に居る同類の事を考えた。帰り道辺りで、どうせ腐れ縁に泣き付かれるのだろうことを予見して、溜息を吐く。
クラウスは未来の行く末に興味を持ちながら、頷いて、多世界を渡る。彼等と同じように、身を惜しむ事は無い。
サルトゥーラは帰るなり、薬物を投与して安堵を得て、明日の授業の出席と、学園の風景に思いを馳せた。
√能力者は有るべき所で安らぎを得て、奪う者達との闘争に、また赴いていく。