はじめてのかみさま
これは今よりちょっとだけ昔のお話
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さらさらとした水の流れる音が耳にやさしく響き、ふわふわとした風がほんの少しの湿り気を帯びて頬を撫でていく。
そんな穏やかに流れる小川のほとりを彼――椎宮・紫水(シセキエイ・h12162)――は、日課の散策をしていた。
椎宮神社の裏山をながれる小川のほとりは神社の境内と並んで紫水のお気に入りの場所だ。
(今日はなにをしようかな)
紫水が朝の山の澄んだ空気を吸い込みながらきょろきょろと周りを見渡すと、キラリと光るなにかが目にとまった。
なんだろう、と思いそれを手に取れば、それは滑らかな光沢を持つ丸くて、とても綺麗な石だった。
おそらくは川の水で磨かれたのだろう、最初は真っ白に見えた表面は光の角度と加減によって様々に色が変わって見える。
とはいえ宝石などというようなものではない。けれどその輝きは紫水の心に強く響いた。
(これは神様に見せてあげないと!)
紫水は輝く石を手のひらで包み込むように大事に握りしめると、椎宮神社へと駆け出した。
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(あれ?)
椎宮神社の鳥居をくぐった紫水は、わずかに違和感を感じていた。
ほんの少し空気がいつもと違う。
しかし嫌な感じではない。むしろいつもより空気が澄んでいる気がして気持ちが良かった。
そんな空気を目一杯吸い込みながら、急いで、けれど走ることはせずに参道を抜けて階段を上る。
そして境内にたどり着くと、そこには見慣れない一人の女性が佇んでいた。
思わず足を止めた紫水の気配に気がついたのか、女性がゆっくりと振り向いて……。
紫水と女性の目が合った。
(この人は僕の神様だ)
紫水は思った。
理由なんてない。けれど自分の神様なんだと、紫水は直感的に感じた。
それなら。
紫水は女性の前に、てててっ、と近寄っていくと、
「僕の名前は紫水です。5歳です。お姉さんのお名前を教えてもらえますか?」
ぺこりとお辞儀をしながらそう言った。
「ふむ、いまどきにしては礼儀正しい|童《わらべ》じゃな」
女性は紫水の丁寧な挨拶に、感心したように呟くと、
「我の名前はツチミヤヒメノカミじゃ」
しゃがみ込んで紫水に目線を合わせると自らの名を名乗った。
しかし紫水は、うーん、と悩んでいた。するとヒメノカミは、
「覚えにくければ好きに呼ぶと良いぞ」
そう言って微笑みかけた。
その笑みに釣られるように、紫水は少し考えるようにしてから、
「ヒメ様?」
こてんと首を傾げながら、だいぶ端折って名を呼んだ。
その姿を見たヒメノカミがびしりと固まる。
「う……」
ヒメノカミの口から声……いや音が漏れた。そして次の瞬間。
「ウチの子にします!!」
絶叫と同時。
いやひょっとしたら音より早かったかもしれない。
『ヒメ様』は目にもとまらぬ速さ――まさに神速――で紫水を抱きしめると、もう離さない、とばかりにぎゅむぎゅむと紫水を抱きしめながら、頬ずりを敢行しはじめた。
「紫水君、椎宮神社の子ですよね! ですよね! いえこの際違っててもいいです!」
いいのかな? それに紫水君?
紫水はいろいろ疑問に思ったが、そんなものがどこかに飛んで行くくらいに『ヒメ様』の抱擁は熱く激しくなっていく。
「こんなにかわいいんですからどこのこだっていいんですこのかわいさにはだれもさからえませんいえさからうなんてとんでもないこのままながれながされてわたしとともにこのとちにねづきましょうこのかわいさはえいえんにかたりつがれないといけないものでそうえいえんにかたりつがれるべきものなのですですからうちのこになってこのまま……」
超絶早口。正直紫水には半分も聞き取れなかったが、それでも『ヒメ様』がちょっと取り乱しているのは解ったので、
「ヒ、ヒメ様、あの」
不意に空いた一瞬の間に紫水が止めようとしても止まらない。止まらないどころか神の抱擁は緩まない。
だきだきぎゅむぎゅむすりすりひめひめ。
「そうですこのままおとこがみとなってわれとともにこのとちをまもっていけばかわいさもえいえんにかたりつがれますしわれともずーーーーーっといっしょにいられていっせきにちょうというもの……」
ヒメ様に抱きしめられるのはもちろん嫌ではない。ない、が。
途切れ途切れに理解できた言葉の中で、とんでもないことを言い出していることが紫水にもだんだんと解ってきた。
「あの! ヒメ様!」
「ん? 紫水君どうしたのじゃ?」
すこしだけ緊張感のある紫水の声にヒメノカミが紫水を見つめながら答えた。が、抱きしめは解かない。
「あの、ヒメ様のことは大好きなんだけど、このままヒメ様の子になっちゃうとお父さんとお母さんが心配しちゃうから……」
心から申し訳なさそうに言う紫水の声に、ヒメノカミの気持ちが少し落ち着いた。
それまで。なにがあっても離さない、とばかりに抱きしめていた両手を解くとそっと紫水の肩に手を置く。
「ふむ、なるほど。たしかにご両親に迷惑を掛けるのはよくないのぅ」
ならば今は紫水君にご両親のもとに帰ってもらって、後日改めて貰い受けに行くのがよいだろう。
なに、萌えの前には年の差なんて些細なことよ。
ヒメノカミはぶつぶつとつぶやきながら自らの答えを導き出すと、紫水と目線を合わせて言った。
「ならば今日のところは親元に帰るとよい。我はずっと紫水君のことを見守っておるからな」
そう言ってヒメノカミはやさしく紫水の頭を撫でた。
気持ちよさそうに目を細めた紫水の表情に、抑えたはずの萌えが爆発しそうになるのを感じたが、そこは神様。
表面上はなにごともなかったように――しかし内面的には神力を極限まで使用して――ほほえみを返す。
「じゃあ僕、ヒメ様の為に頑張るね」
そう言うと紫水は『ヒメ様』に、持ってきていた綺麗な石を捧げるように差し出した。
(これは……求婚!?)
ヒメノカミの意識が一気に沸騰し、動きが止まった。
紫水はそんなヒメノカミに元気に手を振ると、丁寧にお辞儀をすると境内から帰路についたのだった。