殲滅の記憶
可憐な少女が、その街を歩いていた。
√ウォーゾーンのとある都市。人類がようやくに奪還したその街は、徐々に殺戮を思い出そうとしていた。
探査ドローンが飛び交い、機械を食らった肉塊が動き出す。
やはりそこに平穏はないのか。戦闘の臭いに人々はたちまち逃げ出した。
そして一人の男が、その可憐な少女を見つける。
「おい、君も逃げ——」
だがその言葉は続かなかった。
振り向きざまに放たれた弾丸が、男の腹を穿った。傾く視界で、彼は最後までそれが人間ではないと気づけなかった。
「人間は、殲滅しなきゃ」
組み込まれたプログラムが、彼女を動かす。
●
「今回は、√ウォーゾーンの都市を再び奪還して欲しいんですよ」
星詠みの二軒・アサガオは√能力者に語った。
「一度は取り戻し、平穏だったその街が、とあるアンドロイドの襲来によって殺戮を思い出してしまいました。ええ、そこはやはり戦闘機械都市でしたから、生命攻撃機能が存在していまして、それがどうにも再起動させられたみたいです」
億劫そうな口調でも、知っている情報は丁寧に伝える。
「相手方の狙いは、ただ人を殲滅することのようです。街中で少女が歩いているのを見かけるかもしれませんが、それこそがアンドロイドです。警戒してくださいね」
扉が開かれる。既に戦いは始まっているようだった。
「√ウォーゾーンですし、戦闘続きになりますが、どうか気を付けてお願いします」
そうして、√能力者を送り出した。
第1章 冒険 『適性因子を検知シマシタ!』

スクレンマンデ・サークは星詠みの予言に導かれ、事件現場へとやってきていた。
「√ウォーゾーンと言っても怯んではいられませんね。都市の再奪還であれば多少の物的損害は已む無しと言ったところでしょうか。」
戦闘機械都市。人々の生活が再開されたはずだったそこでは戦闘の記憶を思い出させられていた。
「といっても、一度得た都市です。必要以上にド派手な暴れは避けるべきだと私は思うッス。そういうのが得意な能力者の方が他にいればいいンすけど……」
今訪れているのは彼女一人きりのようだ。取り敢えずは自分の力で動くしかない。
都市中を飛び回るドローン。しかし見つかったところで、とスクレンマンデ・サークは飛び出し、√能力【獣妖暴動体】で体を変化させた。
邪魔な探索期は力技で排除しつつ、救えそうな人命があるのならばそれを最優先に行動する。
と、都市を歩いていると戦闘の後なのだろう、いたるところにジャンクが転がっていて。
「……ごくり」
思わず唾をのみ、コッソリとつまみ食いをした。
コウガミ・ルカは辺りを見渡しながら喉を鳴らした。
「……グルルル(怪力で街を壊さないように気を付けないとな。最低限の動きで、確実に壊す)」
今は避難して住人たちはいないが、事件が片付けば戻ってくるだろう。方針を決めていると、路地裏から偵察用ドローンが現れた。
「……敵、機械……(機械に言霊が通じるか分からないから、使わない方が良いかな)」
ドローンの数は3。大した武装はしていないようだが、こちらの情報が漏れるのも厄介だと、出し惜しみせず√能力【狂犬の咆哮】を行使した。
怪力を加えた体術とナイフで邪魔者を破壊していく。敵を感知して宙へ逃げるドローンもあったが、その挙動よりも早く、一足飛びでとびかかり仕留めた。
そうしていると、新たなドローン。今度のそれらは銃火器を装備している。
「……グルルル(身体を造り直すのに時間がかかる攻撃は避けたい)」
多少の攻撃は痛覚がないことを利用しあえて受けてカウンター。致命傷を狙う至近距離射撃だけを避けた。
「……損傷。(昔と比べると、やっぱり便利だな……)」
受けた傷は異常修復で身体を造り直す。相手の数がどれだけ多かろうが、コウガミ・ルカには関係がなかった。
立岩・竜胆は都市を飛び回るドローンを見つめ、刀の柄に手をかける。
「この都市を奪還しろ、ということでございましたね」
侵入者を発見し、殺到する機械たちに向け、刀を抜いた。
「すぐにでも成し遂げてございましょう」
一つ、二つと羽を断ち切る。自由を失った機械は墜落し、地面で小さな爆発を起こした。
とはいえ、ドローンは無尽蔵に湧いてくる。敵の力量を図って、武器を搭載した迎撃用ドローンまで現れた。
しかし、立岩・竜胆がたじろぐことはない。それらが銃撃を放つ直前、√能力【古龍再臨】を発動する。
「——ッ!」
3倍にまで増した移動速度が、弾丸を避け、時に切り捨てる。空中移動という優位性を保ちながら、ドローンの銃口は一人の男と捉えることが出来ない。
「さあさあ、こちらでございますよ」
煽るように言って、注目を向けさせる。カメラが動いたその時にはすでに、彼の姿はなく、
「【龍牙一閃】」
上空から、強力な一撃が振り下ろされた。
第2章 集団戦 『AL失敗作-『チャイルドグリム』』

√能力者たちにより、都市内を監視するドローンのほとんどが壊された。
しかし、まだそこは敵の手に落ちている。
——オギャァ
赤子の声が聞こえた。
それは徐々に増えていく。
——ズルル、ガチャガチャ
粘性の何かが這いつくばり、機械が地面に引きずられている。
異形のそれは、あらゆるものを捕食し、自身の体の一部とした。
チャイルドグリム。
かつて眠らされた禁忌の創造物が、都市中に解き放たれていた。
継萩・サルトゥーラは現れた敵の姿に悲鳴を上げた。
「ちょいちょいちょい! なにあれ!? キモいなオイ!?」
機械と肉塊が一体となった生命体は、音を感知すると押し寄せてくる。
「ポンコツ機械どもなら色々見てきて倒してきたけど、あーゆータイプのヤツは見たことねーな。でもまぁぶっ潰していきますか。」
接近戦には忌避感を覚えてしまうため、遠距離を主体にする。√能力【アバドンプレイグ】を行使して、建物や物陰を利用し、小型改造無人ドローン兵器「アバドン」によるミサイルやレーザーで攻撃していった。
「初めてのタイプだ、いろいろと試してどーなっているか、気になるな」
敵は大量にいるが、互いに意思はなくただ本能のまま音に反応しているようだ。しかしそれが垂らす唾液は、アスファルトでさえも容易に溶かした。
「流石にアレの攻撃を食らうにはマズイ、肉体的にも精神的にも!」
観察していると後ろから回りこまれれていて、慌ててダッシュで逃げる。第六感と身体能力を駆使し、その場を乗り切った。
ドローンを大方片付けたスクレンマンデ・サークはそれを目の当たりにする。
「うえ~……」
機械と肉塊のキメラ。生命を冒涜したようなその見た目に、思わず顔をひきつらせた。
なんでも食べて取り込む様に自分の悪食を少々重ねつつも、それらがこちらに向かっているのだから処理をしなければいけない。
「やりにくいタイプの連中っすねえ……」
動きと造形から直接触れるのは危険そうと判断し、【メカニカル・アームド・フェノメノン】と【頑丈なカバン】で、近づきすぎないように立ち回る。
機械の腕と見まがう強化腕が大群を押しとどめ、多用途のカバンで薙ぎ払った。しかし敵が散らした唾液が、鞄の表面を確かに溶かす。
「近づかないで欲しいっす!」
装備をダメにされては困ると、辺りの瓦礫やジャンクを投擲して攻撃に代えた。ダメージを受けるたびに上がる悲鳴は赤子のようであり、戦意を削いでいく。
それでもスクレンマンデ・サークは怯むことなく、確実に敵を排除していくのだった。
コウガミ・ルカは現れた敵の軍勢を観察して喉を鳴らす。
「……グルルル。(どの能力も厄介だな……。言霊で動きを封じた方が良いのかも知れない)」
機械と肉塊が一つになった姿を睨みながら、それらの能力を看破した。攻撃を受けてはいけないと判断し、まずはと√能力【狂犬の咆哮】を使用する。
首輪型の通信機で連絡を取り、言霊の使用許可を得る。するとマスクの拘束が緩まり、隠された彼の素顔が明るみに出た。
「……動くな!」
獰猛な口がそう告げた途端、辺りの生命体が動きを縛られる。波のように押し寄せていたそれらはギギギ、と動けなくなり、無様な隙を見せた。
「——ッ!」
体術とナイフを駆使して確実に破壊していけば、敵は抗おうと半身を召喚した。攻撃が繰り出されるも、たぐいまれなる嗅覚と聴覚で察知しして回避。身をひるがえすと同時に半身もすぐに切り伏せた。
「……失敗作……?(俺みたいに、人間に造られたのかな……)」
あまりに軽い切り心地にコウガミ・ルカは一瞬同情を抱くも、手を緩めることはなかった。
不忍・清和は、堂々と立ちはだかった。
「あれをどうにかしないといけないわけですね」
穏やかな口調はその直後、急変する。
「行くぞ忍法絆変身! 時空を超えて力を貸してくれ! 悪しきエンディングを打ち砕く力…終焉粉砕バクサイガー!!」
√能力【忍法絆変身「終焉粉砕バクサイガー」】が行使され、理を守る力を封じた絢爛な【守理絢】を装着した不忍・清和は、たちまち守護特捜ブレヴァントに変身した。
頭には牛のような二本角を生やし、全身を紫が覆いつくし、顔を隠したメタリックなヒーローがその場に爆誕する。
その派手な登場に、機械と肉塊が一体となった敵——チャイルドグリムは押し寄せた。
「おぬしらからこの町を取り返させてもらうでござる! たぁ! とぉ!」
威勢のいい声を上げながら軍勢の中へと踏み込む。
攻撃されても動じず、拳と蹴りを叩きこみ、その有象無象を対処していった。
人のいなくなった都市でその声はどこまでも響くのだった。
第3章 ボス戦 『レールガンアンドロイド『ズムウォルト』』

静まり返った都市に、その足音が響いた。
少女の軽やかな歩み。
後ろ姿は可憐で、正面から見てもそれは変わらない。
しかしそれが標的を捉えた途端、その瞳には情報が映し出され、たちまち銃口を向けてきた。
「人間は、殲滅しなきゃ」
かつて刻まれたプログラムが、彼女が動かしている。
破壊するまできっと止まらない。
コウガミ・ルカは向けられた銃口に一瞬戸惑った。
「………っ?……俺、人間、違う(ロボットからすれば俺も人間に分類されるんだ……人間は守る対象。なら、あれは敵)」
と方針を定めている隙にレールガンが放たれる。弾丸がまとった電撃が、僅かに頬をかすめた。
「……グルルル……壊す(言霊は通じなさそう……。周りに人間もいない。…なら凶暴化しても良いかな)」
周囲の状況を確認して、自動注射器を使う。薬物の血中濃度が高まるにつれて呼吸が荒くなり、理性が働かなくなった
「………っ……グルルル……!」
思考が乱れ、ただうなり声が口から出る。正面の対象に向ける攻撃的な衝動によって襲い掛かった。
体術やナイフを繰り出してアンドロイドを追い詰める。些細な攻撃なら痛覚麻痺を利用してあえて受け、カウンターに持ち込んだ。
——カチ
レールガンのトリガーが引かれるのを、聴覚が直前で察知、再び放たれる弾丸を直感的によけて見せた。
「グルルル…!……っ…壊ス、殺サなイ…!」
戦いの最中に首輪の絞首が作動し、途中で理性が戻る。自身で首輪の中和剤を注入して、再び戦闘を再開させた。
シェラーナ・エーベルージュは敵の標的から免れ、暢気に鳴いていた。
「にゃ~」
過去の姿を忘れた野良猫は、人間目当てのアンドロイドには見向きもされない。むしろ日頃からルンバを移動方法に使っているぐらいだから、仲間寄りかもしれなかった。
とはいえ、√能力者としては、敵に意識されないなら好都合だ。
「にゃ~」
と猫の振りをしたまま対象に近づいて、そしてライダー・ヴィークルルンバから跳躍の空中きりもみ回転必須にゃんこキックをお見舞いする。
しかしそれは、すかっと空を切った。
しゅたっと地面に着地する野良猫。やはりそれをアンドロイドは無視をしていて。
だが、その油断は命取りとなった。
野良猫の右ニクキュウが、アンドロイドの足に落ちつけられる。ぎゅむっと触れたそれは、√能力【ルートブレイカー】を発動した。
「!?」
機械がエラーを吐く。√能力を無効化され、相手は何が起きたのか理解できずに自身の解析を試みた。
その隙にどこかから持ってきた酒をぶちまけて、更に機械に致命的ダメージを与えるのだった。
「にゃ~」
チャイルドグリムをあらかた片付けたクレンマンデ・サークは一息つこうとしていた。
しかし、突如として現れた可憐な少女に、警戒心が蘇る。
都市を歩むその姿は一見普通に見えるが、手に持つ武器とその様子、何より事前情報から、この事件のきっかけになったアンドロイドであることは容易に推察できた。
「あの子が……」
クレンマンデ・サークはまだ見つかっていない。他の√能力者との戦いがすでに始まっていた。
どうも会話で解決できるような相手ではないようだ。人間のような見た目をしていればたちまち襲ってくる。容赦のないその姿勢には、嫌でも戦闘態勢を取らさせられた。
「一気に決めるっす!」
√能力【人化解除・鉄蟲起動】を発動し、その身をたちまち鉄製の蠕虫のような形状へと変化させる。他の√能力者がいる事も考慮して、それは硬度と重量を優先した形態となっていた。
「————ッ!!」
大気を震わす咆哮を上げながら、標的に体当たり。アンドロイドとあって見た目以上にその体重は重く、ギリギリのところで踏ん張られるが、すかさず尾部分による薙ぎ払いを繰り出し、少女型の機械を吹き飛ばした。
「人、間……?」
アンドロイドはアイアン・ワームの姿に戸惑っているらしいが、それが、攻撃してくるのならとレールガンを構える。
しかしその銃口を向けられながらも、クレンマンデ・サークは構わず突進する。
(ワタシの体は結構頑丈なんすよ!)
日頃からの食事である鉄くずが、その皮膚を構成している。ちょっとやそっとでは傷付かないのだと、レールガンによる弾丸も弾いて再び体当たりを食らわせた。
「ギギ——」
どこかの部品が歪んだのか、アンドロイドの声が軋んだようなものに変わる。それは喉。剥がれた部位を見つけて、アイアンワームはすかさず噛みついた。
(極上な食事っす!)
鉄くずを食らう虫は、機械少女をも食料とする。その牙が鉄の喉を噛みちぎり、たちまちに少女の顔を潰した。
そして、アンドロイドの沈黙と同時、都市は戦闘機能を停止させる。
すぐにまた、人々は戻ってくるだろう。