シナリオ

血華を咲かすココロの旋律

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 旋律。それは川の流れのように、風が通り過ぎるように、人から人へ、流れゆく。
 空気を媒介として、精神を揺さぶる極めて普遍的なソレ。

───だが。

「さあ、きみたち。ぼくの音を聞いて……? そう、それでいい。」

 にこやかに、しかしてどこか違和感のある嗤いを貼り付けた、天の輪を掲げたひとりのピアニスト。
 細く綺麗な指から奏られる音は、それはもう素晴らしい旋律を響かせるが───しかしてそれは人を狂気に堕とす魔性の旋律。

 うっとりと聞き入れる観客の様子が、次第に変化していく。
 感動から崇拝へと。狂気へと。

「さあ……ゆっくりでいい。ぼくに、頭を開いて……?」

 それは地獄のコンサート。否、地獄へ誘うコンサート。

 観客は頭を抑え───蹲る。
 苦しんでいるのではない。自らの意思のままに、言葉の通り───

───観客席に、真っ赤な造花だけが残る。

 血の華、死体の群れ。それだけならばまだ良かったのだろう。だが、影響はそれだけにとどまらない。
 音は響くもの。現代において、音は遠く伝わるもの。

 音は増幅され、遠く離れた地へと。怪異の間を伝わって広く、広く───

_____________________

「やあやあみんな、今回も依頼を持ってきたよ。……まあ、いつもと違ってダンジョン攻略ってわけじゃないんだけどね。」

 冒険者ギルド、フローディにて。
 銀髪の天使───シャル・クライスルーン(鍵の天使・h00082)が皆の前で依頼の説明を行う。

「今回は√汎神解剖機関で怪異が復活したらしいから、その調査から討伐までを頼みたい。」

 いつものダンジョン関連の依頼ではないのはたまたまらしい。
 予知したならとりあえずみんなに説明する。そのくらいしか考えていないのだろう。

「じゃあ、早速説明を始めるね。」

「今回復活した怪異は『人間災厄『グノシエンヌ』』。人の精神を容易に操り壊す“旋律”を奏でる怪異だよ。」

 旋律、音楽はそれだけでも人の心に大きな影響を与えるものだ。
 穏やかな音楽でリラックスしたり、激しい音楽で興奮したり、と。
 そんなものを怪異が司るなら。それは人を殺すに十分すぎる。

「今予知している内容だけじゃグノシエンヌが隠れ潜む場所はわからなかった。だけど、音を広く拡散させてその影響を何倍も厄介にする彼女の配下。その大方は人間社会に隠れ潜んでいるようだね。」

 音を伝達させて、広範囲に精神破壊の旋律をばら撒く。凶悪極まりない計画だ。
 伝達と増幅の中継となる配下の怪異たち、それらを探し当て、討伐するのだ。

「変装や擬態でうまく隠れているだろうけど、彼らを野放しにしていたら被害は計り知れない。それに、現実的な手だと彼らから情報を得るしかないだろうね。」

 これらの怪異を討伐したとて、根本的解決には至らない。
 前座も前座、怪異を足掛かりに事件の深部へと踏み入っていかなければならない。

「それで彼らを追っていくと、次に現れるのはグノシエンヌを崇拝する狂信者だ。うーん、音楽と宗教っていうのは切っても切れない関係らしい。
 数はそこまで多くはないけど、それぞれが√能力者だから戦闘力の面ではちょっと厳しいかもね。」

 心を操るなら、殺さずに狂信させ手足として扱う存在だって作れるのだ。
 一種の見方ではこの狂信者も被害者と言えるのかもしれない。尤も、その自己意識もアイデンティティも全て旋律に押し流されて尽き果てているのだが。

「彼らは音楽……というか音そのものに敏感だから、逆にそれを利用すると隙が作れるんじゃないかな?」

 欠落は自己の意識。拠り所は彼らが崇めるたった一つの旋律そのもの。
 旋律のために全てを捨てた存在を乗り越えた先は。

「んで色々を処理して最後……人間災厄『グノシエンヌ』。ぶっちゃけ、彼女はそこまで強くない。精神攻撃は厄介だけど、それだけ。……でもね。」

 広いコンサートの、全ての視線が集まるステージに。
 たった一つの小さなキーボードを手に旋律を奏でる存在だ。
 うまくことが運べばコンサートが始まる前───誰ひとりとして観客がいない状況で、彼女と戦えるだろう。

「彼女には普通の攻撃は通用しない。音は意思。音は心。精神で彼女を上回った瞬間だけ攻撃が通るんだ。
 自らを奮い立たせろ。彼女の旋律に惑わされず、自らの拠り所を胸に戦うんだ。それだけが対策になる。」

 音楽とは自身の感情を相手に伝える手段の一つ。それは儀式的な意味合いだってそう。
 自己の狂気を被せ心を潰すその旋律には、心一つで上回らなければ勝ち目なんて存在しない、ということなのだろう。

「あー、あと一部のものは……彼女と音楽で勝負してみるのもいいんじゃないかな? 彼女は音楽にだけはどこまでも真摯だ。 その思想は歪んでいるけどね。 確実に受けてくれるだろう。もし勝てたなら、勝利に続く大きな一歩を踏み出すことができるかもしれない。」

 旋律を司る彼女に勝つのはそう簡単なことじゃない。互いの心を揺らし響かせ、純粋な技量と相手を圧する心の強さ。その全てが揃って初めて負かすことができる。

「じゃあ……検討を祈るよ。まあ君たちが心で負けるなんて、有り得ないだろうけどね!」

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第1章 冒険 『汝は異分子なりや?』


クラウス・イーザリー

 数多の足音が軽快に響く。楽しげな話し声が駆け巡る。聞き慣れた流行りの音楽が存在を主張する。
 音は入り混じり、混沌として。それを騒音と断じるものもいるだろう。意志なき音、意図なき音、それらが混ざり合って調和が取れるわけがない。

 ザ、ザザ───

 そんな混沌に隠れ潜むように、その混沌にすら似合わない異なる音。
 もし聞こえたとして誰も気に留めない。故に誰も気付けない。
 この街の中に、怪異の魔の手が迫っているということに。



 カツ、カツと。この場では酷く聞き飽きた足音を響かせて。
 クラウス・イーザリー(希望を忘れた兵士・h05015)は少なくはない人の波を縫って進む。

───社会に隠れ潜む怪異、か。厄介だな。

 依頼人からの情報を頭で反芻しながら、細心の注意を払って歩む。
 怪異はこの周辺に居るらしい。そして、その怪異は微かな違和感のある“音”を発していると。
 耳を澄まさずとも聞こえてくる街の喧騒のさらに内側に隠れる音───見つける難易度は高い。それに、怪異の擬態は。

「人に化けているとは限らない……か。」 

 ラジオ、スピーカー、町内放送。細かく見れば数え切れない程あるだろう。
 音を受信、増幅できるものなら、どんなものにも化ける可能性はある。

 目で見ても違和感はない。なら目を閉じて。
 自らの音で小さい音が遮られる。なら呼吸を止めて。
 全ての神経を耳と、その情報処理に回せ。集中───

 靴の音、声の音、流れる音楽、違う、これじゃない。もっと小さくて、もっと異質な───

 ザ、ザ───

「見つけたよ。」

 音の主は小さな子供。
 歩いている。喋っている。でもその音はしない。
 代わりに聞こえるのは、違和感のあるノイズだけ。

 補足ができてしまえば、後はそう難しい仕事ではない。

「ちょっと君、少し『お話』してもいいかな?」

 子供の肩に手を置いて。路地裏に引き摺り込んで。
 これといった抵抗はない。それにこれといった反応もない。
 生身の人間ならば、驚きや恐怖の感情が出てもいいだろうに。
 そして路地裏に叩きつければ、鳴るのは衝突音ではなくノイズだ。
 擬態も解けて──スピーカーのような奇怪な頭部が顕になる。

「君の親玉はどこにいる?」

 それに怪異が答えることはない。否、答える能力を持たないといった方が正しいか。
 戦うこともない。自衛すらも必要ないと意味を定められたもの故に。

「期待外れだね。さっさと壊して次の目標を探しに行こう。」

 紫の電流が爆ぜる。機械のような姿をした怪異なら、これで十分だろう。
 身体の崩壊が始まったのを確認して、路地裏を出ようと一歩。

「おや、これは……?」

 怪異がいた場所を振り返れば、怪異の代わりに一枚のチケット。
 日時は今晩、場所は近い───廃棄された地下貯水槽。
 おそらくだが、怪異の手によってコンサートホールに改造されているのだろう。

 予想外の手掛かり。しかし、これで大きく事件の深部に近づいたと言えるだろう。
 道中でも気を配りながら、チケット記された場所へ歩む。

冥道・三色

 騒がしい街並み。人々の間に特段変わったところはない、普段通りの喧騒に。冥道・三色(一頭ケルベロス・h00943)は店売りの一般的な揚げ物を手に歩いていく。

「で……化けてるのを探せと」
「まー適当に歩けば探せるでしょ。」

 軽快な足音すらもそこらで鳴る様々な音に混じって消えていく。
 独り言のようにも聞こえる声は二人言。三色に宿る三つの人格のふたり、藍と紅の会話だ。
 側から見れば奇妙な光景だが、それすらも街の喧騒は飲み込んで。

 しかし、と言うべきか。計画もなく歩いているだけで見つかる程怪異も甘くはないようで。
 步けど歩けど見つかるのは食欲をそそる飲食店だけ。買い食いしつつ、それでも足りない為√能力で幾度再生させつつ食べる。
 怪異捜索は遅々として進まず、無駄な行動でも腹は減る。
 そんな中、はっと思い出したかのように紅が口を開く。

「そういえば、思い出したけどさ。」
「何? 考えてるんだけど。」
「探してるのはいわゆる罠じゃない?」
「罠? あー」

 罠。
 音を広範囲に伝播させる為にはそれを出来る場所に留まる必要がある。
 つまりは探している怪異はその場所を動くことができないということ。
 ならば、ずっと動かない奴を探せばそれが怪異に違いない、と。

 三色が向かったのは狭い路地裏。建物で挟まれた狭い空間な上に人目にもつかないこの場所、そして三色の身体能力なら。
 タン、タンと軽快に跳ねて、その身体はぐんぐんと上に向かう。壁を蹴り、窓枠を跳ねて、コンクリートの平坦な屋根に手をかける。

 先程はなかった上からの視点。それに、何を探せばいいかも目処がついた。
 音を拡散させるなら開けた場所だろう。人々に聞かせたいなら人の多い場所だろう。予想と予測で探す範囲を絞れば、三色にとってあとは然程難易度の高いモノでもなく───

「………あ、アレじゃない?」
「え、どれ?」
「ほら、何も持たずに駅前の像に背を持たれてる奴。待ち合わせにしては長いと思うんだけど。」
「……! とりあえず、行ってみようか。他にそれっぽいのもいないしね。」

 見かけたのは青年。のように見える何か。
 待ち合わせをするように像に背持たれているが、動くどころか待ち人を探したり身じろぎしたりといった当然の行動を一つも行っていなかった。それに特に何も持っていない。離れた場所から長時間観察すれば違和はいくらでも出てくる。

 登ってきた路地裏方面からふわりと降りて、見つけた怪しい人物の所へ走る。当然その場を動いておらず───呆気なく捕獲された。
 引っ張っても特に反応は無い。持ち上げても同様。表情ひとつ変わらない。 
 確定だ。こいつが怪異───

 捕まえたまま人目に付かない路地裏へ運び、尋問を開始した。
 尤も、この尋問が尋ね問うだけに収まる筈もなく。行われるのは血に濡れた拷問だ。

「じゃあまずは……親玉は何処にいるの?」

 そう問いながら、軽く怪異の右足を千切って、食べる。微妙な味だ、さっき買った揚げ物の方が美味しかった。
 その瞬間に擬態は解けて、傷口からはドロドロとした黒い液体が溢れる。が、その問いに言葉を返すことはない。ただ、砂嵐のようなノイズの音がスピーカーのような頭部から発せられるだけ。

「それじゃわかんないよ? じゃあもう一度だけ……あなたの親玉は何処?」

 左足も千切って、端から噛み砕く。普段は怪異など喋る食べ物としか思っていないが、今回ばかりは喋りもしない。
 なら。この程度の痛みで終わりだと思ってるようだけど、それは間違いだって教えないと、ね。

 怪異の千切れた足がみるみるうちに治っていく。
 神の奇跡か仏の御技か、否、これは地獄の魔業。
 部位欠損をも治す回復は救いとなる? 否。絶望が長引くだけだ。
 問いの答えを喋れば解放される? 否。許されていないし、そもそも出来ない事だ。
 この苦痛の先に解放はあるのか? 否。そして、是。


 少しの時間が過ぎた。
 裏路地の一角には黒いペンキをぶちまけたかの様に真っ黒になった空間と、そこに立つ一人の地獄の番犬。

「あーあ、結局何も喋らなかったね。」
「……だけど、収穫はあった。」
「チケットでしょ? 見た感じ廃棄された地下貯水槽にコンサートホールがあるみたいだけど。」

 怪異は|最後《三色が飽きる》まで何も喋らなかった。だが、怪異が消滅した後に、一枚のチケットが残されたのだ。
 予想外の手掛かりだが、これで進むべき道は見えた。あとは、なる様になるだろう。
 市販の揚げ物を食べながら、チケットに記された場所へ向かう。

神喰・蛙蟋
柳・依月

 人通りの多い街中を外れ、対照的に人が減った外縁部の一角で。
 日差しは未だ高く、冬の弱々しい日光は淡く街並みを映す。
 そこに現れるは、ふたり。神喰・蛙蟋(紫煙の売人🚬・h01810)と柳・依月(ただのオカルト好きの大学生・h00126)だ。

 ここは見渡しても人を数えられる程。つまりは人の間に音を伝播させることが目的の怪異が現れぬだろう場所。こんな場所を探したとしても意味はないだろう。ならば、何故に。

「相方も合流するかもしれないし……まずは情報収集も兼ねて、といこうか。」

「こういうのは外から見た方が違和感あったりするよにゃあ。てことでお前さんたたち、なにか知らねぇにゃ?」

 依月は軽く手を伸べ、闇鴉を街に放つ。黒い身体は夜にこそ有用となるが、この場合は関係ないだろう。都会に居る鴉になど誰が違和感を抱えるものか。
 蛙蟋は自らの足元に目を向け話す。相手は多数の猫であり、多数の雀であり、多数の鼠───街中に住まう動物たちだ。

 依月と蛙蟋は思わず、と言った様子で顔を見合わせる。
 彼らが行ったことが似通っていたから。
 人の間に紛れ込んだ怪異を、人と同じ感性を持つものが探すのは至難だ。ならば、人以外の手を。そう考えるのは至極当然なのだろう。

 依月は視聴覚の共有を行い、自らも街を探査する。
 闇の鴉が見下ろすは光。人の間に潜むは闇。

 探すのは、怪異。人に化けるもの。
 ああ、そうだ。それなら分かる。化ける側の心意を知っている。
 空気感で分かる。違和感を感じ取れる。何故なら自分がそうだから。

 闇鴉の。否、視界を共有した依月の視線の先に。どこにでもいるような青年が居た。

 ────あいつか。

 怪異にとっては“不幸”な事に。
 路地の裏、影の中で。|青年《怪異》と|青年《怪談》は対峙する。


 蛙蟋もまた、手掛かりを見つけていた。
 |光《ライト》の当たる|都会《ステージ》は彼らの領域ではない。しかし、影の落ちる|街の裏側《舞台裏》には彼らの目があり、網がある。
 それは、生きるために必要なもの。違和感を感知するのも、危険を遠ざけるのも、現代の人々が忘れた感覚。彼らに深く根付いた感覚故に。

「ここかにゃ?」

 猫に連れられ案内されるままに辿り着いたのは路地の裏。怪異としても、計画の時間までは人目につかない場所が望ましいのだろう。
 そして目の前には2人の青年。先程も出会った依月の姿と、知らない男。彼がそうなのだろうと自身の勘が告げている。

「見つけたにゃ。」


 √能力者がふたり、それに対して相手は能力者でもない怪異一匹。
 圧倒的な戦力差と言わざるを得ない。怪異の制圧は、もはや戦闘ですら無かった。

 怪異はというと、制圧中に擬態が解けて、スピーカーのような奇怪な頭部が露わにしながら砂嵐のようなノイズを垂れ流している。
 路地裏の建物に叩きつけられた状態で動くこともできない様子。

「コイツ解剖してーにゃー。問題ねぇよにゃ、怪異だし。」

「おい? こいつから情報を聞き出さないといけないんだから、問題はあるだろ?」

「そうだったにゃー。じゃあ聞きながらついでに解剖するにゃー」

「それ尋問通り越して拷問だよな……まあ怪異だし情報を得られるならそれで良いか。」

 蛙蟋は良い笑顔を浮かべて怪異の肉体に爪を突き立てる。
 良い笑顔も怪異にとっては恐怖の象徴だろう。裂かれた肉体からは黒い液体がドロリと流れるが蛙蟋は気にしない。

「コイツで逆相違のアレコレできねぇかにゃ? それとついでにお前さんのボスはどこにゃー?」

 ずぶずぶと爪を肉体へと沈めれば、それに比例し流れ出る液体は増していく。
 怪異はもう動けないのか、それとも話す機能か権限が無いのか、意味のある音を発さなかった。

「何を言っても話さないんじゃあ拷問も意味が無いな……」

「ん、コイツなんか持ってたにゃ。なんかのチケットかにゃ?」

「お? 見せてみろ。」

 チケットに記された内容は、日時と場所だけだった。
 日時は今晩、場所は廃棄された地下貯水槽。かなりの広さがあり、廃棄されているが故に誰も立ち入る事の無い。おそらくは、今回の依頼のボスとも言える人間災厄『グノシエンヌ』が潜んでいる場所なのだろう。

 拷問では手掛かりは得られなかったが、このチケット一枚でお釣りが来るだろう。
 2人は闇の中、先へ進む───

ゴードン・バロック

「音楽かあ……とりあえずカフェやバーにでも行って美味しいもん飲み食いしながら情報収集すっか!」

 ゴードン・バロック(陽差しの|炎銃士《フレイムマスケッター》・h01865)は街中のカフェの中、やや寛ぎつつコーヒーを啜る。
 洒落たBGMを聴き、人の声に耳を立て。この光景に名前をつけるなら充実した休日の過ごし方、とでも表すべきか。

 勿論、ゴードンは依頼をサボって遊んでいるわけではない。
 食事処というのはどの世界でも普遍的にあり、そしてどんな世界だとしても情報の飛び交う外聞の場所。
 尚且つ多くの人が集まってくるというのなら、怪異そのものを探すのにもピッタリな場所であるのだ。

 ………と言っても人の間に潜む怪異など噂として流れる筈も無し。他の場所より効率は多少良いだろうが、それでもそれだけではまだ一つ足りない。

 ならば、そのあと一つに気付いた時。それは導となろう。
 一つ足りないのなら、足せばいい。考えろ、頭を回せ───

 そうか。

 何気なく聞いていた音楽は。
 飛び交い続ける人の声は。
 食器のぶつかる音でさえ。

 全てに意味がある。心がある。|目的がある《・・・・・》。
 ゴードンは音楽知識をあまり持たない。が、歌そのものはどんなものであろうとも好きだ。

 だからこそ、気付けたもの。
 音楽の技術一つ一つは分からない。でも、その目的が分かるように。
 意図して鳴らされた音が、意図と思考を排除して結果だけが齎されるように。
 言葉だって元を辿れば、ただの空気の振動でしかない。
 食器の音なんて、雑音と言い換えても良いだろう。

 でも、そのどれかが多かったり、少なかったりすると調和が崩れるんだ。
 異なる音があってもそれは同じ。

 ゴードンの耳には今この空間が、今聞こえる音が、どこか違和感があるように思えた。調和を崩す本当の意味での雑音が。

 違和感に気付けたなら。最後のパーツは揃う。
 どれだ、誰だ。

 声? 違う。
 店内BGM? 違う。
 ミュージシャン? それも違う。

 ああ、そうだ。
 ある筈が無い。鳴る筈が無い。
 テレビも無いのに砂嵐の音なんて。 

 音の発生源は───お前だな?

 ゴードンが肩に手をかけたのは、すぐ後ろに腰掛けていた1人の青年だ。
 手を置かれたというのに、反応は無い。それだけなら良いが、先程は希薄だった砂嵐の音が、手を伝って聞こえやすくなって。音に不協和を齎して。

 肩をそのまま引っ張って、店外へ。そして、人目につかない路地裏まで投げ飛ばす。

「俺は音楽知識は疎いが、歌はなんだって好きだ。だから───」

 反撃は無い。反応すら無い。ただ、衝突音が砂嵐として周囲に撒き散らされるだけ。
 はっきり言って、不愉快だ。

「───だから、俺は。音楽に泥を塗るような輩は許さねえ!」

 そうあれと立場を、役割と固定された怪異は抗う術を持たない。
 持ったとしても、欠落の無い怪異には万に一つの勝ち目もないが。
 怪異はゴードンの拳で爆ぜるように消滅した。

「ふぅ………あ、ボスの場所とか事件についてとか聞かなくちゃなんねぇんだったか。」

 消滅した怪異に再び聞くことは不可能だ。
 少し肩を落としつつ、路地裏を進もうとして───気づく。

「なんだこれ、チケット───?」

 怪異が消滅した後、たった一枚のチケットが残された。
 指し示す先は、廃棄された地下貯水槽。広い空間、そしてこのチケットの意味。恐らくは、コンサートホールにでも改造されて敵の根城になっているのだろう。
 記された日時は今夜。今夜に、予知の内容が現実のものとなる。
 タイムリミット、というやつだ。
 必ず、今夜までにこの事件を解決しなくてはならない。

 ゴードンはチケット記された場所へ向かい、力強く一歩を踏み出した。

第2章 集団戦 『狂信者達』


冥道・三色

 音。即ちそれは我らにとって文化の結晶。
 音。即ちそれは彼らにとって信仰の対象。
 音。即ちそれは彼女にとって興味無き物。

 嗚呼、音よ。音の創造者よ。魔性の音を奏でる我らが神よ。
 我らの信仰は、貴方様のモノ。
 安寧と快楽の操り手たる、貴方様のモノ。

 赦されよ 赦されよ 我らが神よ
 またひとり
 神を理解せぬ 音を理解せぬ 人を外れたモノがひとつ

 其の身に神音を賜る事 赦されぬ
 救いあれ 呪いあれ 滅びあれ

___________________

 冥道・三色(一頭ケルベロス・h00943)は先程得たチケットを手に街中を進んでいた。
 チケットが示す場所にはもう直ぐにでも辿り着くだろう。廃棄された、とあって人通りの少ない路地裏に放置されているらしいが、この先の路地裏を進んでいけば───

 不意に三色の前に2、3の人影が現れる。
 影から現れたかのように突然。奇妙なローブに身を包んでいて、顔は見えない。男か女かすらもわからない。
 ただ、強き殺気を。
 被り物の向こうから感じる強い殺気に肌がピリつく。本能が警戒しろと三色に告げる。

「お通しってやつ?」
「うちの方が都合良さそうだね」

 それでも三色は普段の調子を崩さない。
 嗚呼、そうだ。この程度敵とすら呼べない。起こるのは戦いではなく食事。
 それは上位者から下位者への一方的なものだ。

「貴様等には我らの儀式を見ること、神をその身に賜る事は赦されぬ。儀式を乱すことも赦されぬ。即刻立ち去れば───ッ!」

 色めき立った狂信者の1人が高圧的に警告を告げようとして。その言葉を言い終わるよりも先に、|戦い《食事》が始まった。

 三色が構える武器は大きな牙のような大鎌だ。
 グッと力を溜めて振り抜き───しかして敵もその蹂躙を許しはしない。

 いつの間にか三色の周囲を取り囲んでいた狂信者達の存在が、隙を晒した後に襲いかかるであろう波状攻撃が、三色に大振りな一撃を今か今かと待っている。
 大鎌を振るうのならば、警戒すべきは薙ぎ払い。殺傷力の高い“線”による攻撃は脅威ではあるが、囲んで仕舞えば対処は可能。人数にものを言わせた“面”の制圧で押し切れると踏んだのだろう。

 流石の三色もこれには力の解放をためら────わなかった。
 人が増えた? そりゃあどうも。わざわざ大盛りにしてくれてありがとうってね!

 大鎌で包囲の一点に突撃する。目的は包囲の突破ではない。|全ての殲滅《完食》の為、一番近い場所に斬り込んだだけのこと。
 大きく薙ぎ払われた大鎌は容易く狂信者の命を刈り取って。だが、血の華が咲くことはなかった。

 宙に浮かぶは狼の顎門。斬られた狂信者はそこへ投げ込まれ───呑み込まれる。
 三色の『フタクチ』。ただ|戦闘《食事》の為に在るその顎門は三色に繋がっているのだ。ならば。

 三色の背後から斧槍が、炎が、敵対者を滅ぼさんと迫る。
 その脅威は全て三色へと正しく伝わり、切り裂かれ焼かれる───のだが。

 露わになり大きく傷の開く背中が、その肉が、蠢いて。
 まるで顎門を閉じるかのように、繋がり、鳴動し───閉じる。
 跡すら残らず癒えているのだから、敵からすればそんな攻撃など無意味だと突きつけられているようなものだろう。

 不安。困惑。恐怖。
 狂信者達の動きが鈍る。

 そして、三色がそれを見逃すはずがなく。

 舞うように。と形容するには、些か飛沫を上げる血が多すぎた。
 円をなぞる様に。大きく振った大鎌の威力を殺して構え直すのではなく、遠心力や慣性を途切れさせることなく、切り刻み続ける。
 ざく、ざくと。ナイフを立てるに難儀する筋張ったステーキはなかったらしい。

 気付けば、紅いステージの上に立つ役者は三色だけ。
 ただ、血は溢れても肉や臓物はどこにもない。
 骨すら残らず、全て三色の腹の中。

 ごちそうさま、とは言わない。まだ食事は終わっていない。
 食べ足りない。少し食べれば、余計に腹は空くものなのだから。
 邪魔は入ったが───次はメインディッシュ。と言っても、食べられるものはそう多くはなさそうだが。その分味には期待できるのだろう。

 大鎌を背負い直して、先へと歩みを進めた。

クラウス・イーザリー
ゴードン・バロック

 音が鳴る。
 街の中心部には中心部の。外れには外れの。路地裏には路地裏の。
 それぞれ特徴的な音だ。
 話し声や靴の音。木の葉が風に靡いて擦れる音。室外機のファンが唸る音。
 その全てが一般的で、普遍的。

 ならば。狂気に塗れた昏い音が、どうして光の世界に現れ出ずることができようか。
 否、それは正しくない。
 ひっそりと影の中で抑圧された音は弾けるように拡散されるものだ。

 嗚呼、そうだ。彼らは狂気の信奉者。彼らは狂音の受容者なのだ。
 音に魅入られ、音に誘われ、音に堕とされ、音を引き連れ。
 どこまでも、どこまでも。

__________________

 クラウス・イーザリー(希望を忘れた兵士・h05015)は、そしてゴードン・バロック(陽差しの|炎銃士《フレイムマスケッター》・h01865)は、チケットに記されたその先へと歩を進める。
 遭遇したのは偶然だ。互いにチケットを手に進んでいたところ、路地裏でバッタリと。

 概ね順調に事は進んでいる。ならば、気になるのはタイムリミットだ。
 コンサートが始まるらしい時刻は今晩0時。今は日が落ちて来た具合。時間には余裕がある───が、そもそもコンサートが始まるより前に全てを終わらせなければ人的被害が出かねないのだから、急ぐ必要はあるだろう。

 こんなところで無駄足を踏んでなどいられない───のだが。

 彼らの前に怪しい影がいくつも伸びて。
 現れたのは全身を統一された黒いローブで包んだ奇怪な姿のものたちだ。いくつかのものが手に持つ武器は、そしてそのローブの内側から感じられる熱烈なほどの殺気は。「この先に通す気はない」と雄弁に語っている。

「こいつらが例の狂信者共か……なんて厄介な客、いや、演奏出演者か?
 ───どうだっていいか。どっちにしろ世界を乱す雑音ってのは間違いねぇしよ。」

「あぁ。邪魔をするなら容赦はしないよ、狂信者。」

 通さないと言われたところで、はいそうですかと引き下がる訳も無い。
 人数としては不利をとっている。相手も√能力者である。
 それでも。
 立ち向かう他無いのだ。世界の平穏を、安寧を、正気を保つには。

「少し、時間を稼いでくれないか、ゴードン?」

「オーケー、先に殲滅しちまっても文句は言うなよ?」

 クラウスは一歩下がって、ゴードンは前へと飛び出していく。
 無論、思考のない突貫を行なったわけではない。戦闘開始直後の隙を。それに加えて、散開の甘い密接した状況下が目の前にあるのなら───ゴードンが自らのマスケットから打ち出した炎の弾丸は全てを飲み込むに足る大火炎となり、轟と燃え盛る炎は敵を等しく焼き払う。

 だがしかし、この一撃で終わってしまうほど敵も弱くはない。
 欠落を。拠り所を。自分たちと等しく持っている彼らは、それに対抗できる力がある。

 いつの間にか、彼らの人数が増えていた。
 増えた人員は既に詠唱を終わらせ、ゴードンの炎にすら対抗できる炎を放ち相殺を狙う。
 最初から数多く潜んでいたのだろう。星詠みの力か、先見の才でもあるのだろうか。結果としてゴードンの一撃は防がれた。
 しかして彼らも無事とは言えず、隠れ潜んでいた狂信者達は全員その姿を表して、詠唱も一からとなってしまっている。それでも人数優位は依然彼方にあるのだが。

 そしてクラウスはといえば。
 行なっていたのは周囲の機械へのアクセス。要はハッキングだ。
 真っ当に戦うならある程度の消耗は覚悟しなければならない相手。ならば、情報にあった弱点を突いて戦うのは理に叶っている。

 ハッキングしたのは放送用のスピーカー。
 “音”を信仰する彼らは、音に強い───否。
 “音”の信仰を植え付けられた存在は。意図して音の影響を過敏にされているのだ。精神影響の感受性を極限まで上げる為に。

 そんな彼らに、意思の象徴たる“音”を、大音量で浴びせかけたならば───

「が、があああああああああ!!」

 耳を抑え、頭を抑え、唸り声にも似た呻きを漏らし。
 行動が鈍る。武器の振りは遅く、詠唱は漏れ出る声が途切れさせる。
 阿鼻叫喚、まさしくこの言葉が言い表すに相応しい。

 クラウスはそんな狂信者達を見据え、冷静に銃を構え狙いを定めて。
 敵の動きは緩慢だ。距離も近い。ならば、外す道理などありはしない。
 戦場に、稲妻が爆ぜる。それは敵の全てを飲み込んで。
 ゴードンの一撃に防ぐリソースを持っていかれた現状、まともな防御手段が彼らに用意できるはずもなく。

 最後には、大勢いた筈の狂信者は1人として地に立ってはおらず。
 たった2人の√能力者だけが銃を片手に立っていた。

「さあ、さっさと進もうぜ。時間は有限だからな。」

「そうだね、急ごうか。」

 2人の銃士は先へと進む。放棄された地下貯水槽へと。

四季宮・昴生

 何故だ、何故だ、何故だ。
 我らは貴方様を、音を、こんなにも崇拝しているというのに。
 その欠片も想わぬ者共にしてやられねばならないのだ。

 縋ることしか脳の無い、個を失った狂信者は呻く。
 手段は目的へとすげ替わり、滅ぼすことしか目に映らぬ簒奪者の姿は酷く滑稽に映るだろうか。

 嗚呼、神よ。
 嗚呼、神よ。

 何度唱えたところで、狂信の主はもはや耳を貸すことはないというのに。

 信仰のままに。一色に染まった情念のままに。
 彼らは武器を取る。

___________________

「ち、思ったより前の事件に時間が取られたな……」

 四季宮・昴生(蛇神憑きの|警視庁異能捜査官《カミガリ》・h02517)は路地裏を走る。
 この事件に対してある程度の情報こそ持っているが、現状どこまで進行しているのか、敵の勢力図や具体など肝要な所は未だ昴生にとってベールの中だ。
 それでも迷わず走っているのはただ単に同僚であり監視対象の|やたら調子のいい怪異《柳・依月》の現在位置へ向かっているに過ぎない。

「早く奴と合流せねば。」

 靴音一つ響かせず、風を思わせる程に軽々と。
 狭く障害物の多い路地裏を駆け抜けて───

 ───その前にこいつらか。

 昴生の目の前に現れたのは黒いローブを身に纏った奇怪な集団。
 これが、話に聞いた狂信者という奴等なのだろう。 
 何やら恨み言のように一方的に捲し立てているが、知った事か。
 俺は音楽なんぞに造詣はないし、そんな連中に合わせる趣味もない。

 だからこそ、正面から叩き潰すのが手っ取り早い。

 昴生は狂信者達を一瞥し、背に掛けた大型のシリンジシューターを素早く構える。 
 シリンジシューターの銃口は冷たく光り、昴生の瞳もまた同様に。
 怪異でもない敵に対して特別な感情は抱かない。速やかに任務をこなすのが最優先。

「抵抗するだけ無駄だ。」

 構えたシリンジシューターの照準を視線の先、中心辺りにいる狂信者に合わせ───引き金を強く引く。
 シリンジシューターは要するに注射器を飛ばすガトリングガンだ。ダダダ、と放たれた注射器は着弾と同時にその効力を発揮する。
 着弾した注射器は爆発するように拡散し、礫となって周囲の狂信者を襲う。だがこれはただの副次的効果でしかない。
 その拡散によって周辺に広がった薬物は───

「静かに沈め。抵抗しても無駄だと教えてやっただろう。」

 永遠に覚めぬ眠りへと誘う霧。───ただの劇物の蒸気であるが。
 ただ狂信し、ただ欠落し。人の形すら捨てられぬ者達にはさぞ効いただろう。
 逃れる時間すら無い。致死量を圧倒的に超過した劇物は、たやすく命の灯火を吹き消すものだ。尤も、敵は簒奪者。そのうち復活するだろうが───少なくともこの仕事には影響はないだろう。

───ち、少し時間を食った。遅れればまた「遅いじゃないか」とでも揶揄われかねん。

 脳裏に浮かぶは気さくに笑う人間擬きの姿。
 怪異の相手など、わざわざ好き好んでやっているわけではない───というより願い下げなのだが、どうしてこうなったのだろうか。……はぁ、頭が痛い。

 だが。そんな悩みなど今するべき事じゃない。任務中に雑念を挟むなど言語道断というもの。
 軽く頭を振って、また路地裏を駆ける───

第3章 ボス戦 『人間災厄『グノシエンヌ』』


 チケットに記された先。辿り着いたは地下貯水槽───だったもの。
 今やそこは大きなコンサートホール。
 尤も、明かりは一つもついていないし観客もいない。

 暗いステージは1人の役者が立っているだけだ。

「お客さん、コンサートは今夜0時、まだ先だよ。それとも───」

 澄んだ声で呼びかけてくる彼女は人間災厄『グノシエンヌ』
 彼女は撫でるようにキーボードに触れながら。貴方達を覗き込むように見つめている。

 その指で。その顔で。その瞳で。
 彼女は人々を狂気に堕とすのだろう。

 誰しもが、許せないと言うだろう。だが、彼女の音を聞いてそれを言えるのは極小数。
 自分たちが立ち上がらなければならないのだ。

 武器を持て。心を燃やせ。自らの欠落がある限り、精神操作などと笑って見せろ。

 人間災厄『グノシエンラ』との、魂の戦いが始まる───!
クラウス・イーザリー

 荘厳なホール。ここが廃棄された地下貯水槽なことすら忘れそうな、芸術のためだけの場所。
 シンと静まった空気はそれだけで圧迫感があるものだ。

 しかし。彼女にとっては。
 人間災厄『グノシエンヌ』にとってはただの白いキャンパスに過ぎない。
 尤もキャンパスを彩るのは絵ではなく音だ。心だ。

「一人かい?」

 グノシエンヌが問いかけるは、今まさに開け放たれた扉の前に立つ、一人の男に対してだ。

「あぁ。予定より開演を早めてもらおうと思ってね。」

 クラウス・イーザリー(希望を忘れた兵士・h05015)は油断なく銃を手にかけ周囲を観察する。
 観客は、誰一人としていない。
 それは、巻き込まれる一般人がいないということ。好都合だ。

「へぇ……ぼくが君のためだけに、演奏すると?」

「しないならしないで構わないさ。───でも、最後に奏でる音がピアノじゃなくていいのかい?」

 グノシエンヌの口端が吊り上がる。明確な敵意を前に。

「その威勢、どこまで持つかなぁ………いいとも。演奏してあげるよ。」

 キーボードに軽く触れ、そして手を構え直す。
 弾き始めはゆっくりと───『グノシエンヌ第一番』
 不規則に変化する拍、拍子も小節の境すらも無い、自由な独奏だ。

 その音は完璧に響き───そして、クラウスに牙を剥く。

「……っ!」

 これが、精神操作。
 心の奥に、自分のものではない感情が、衝動が、押し付けられる……!

 逃れなければ。
 影響の少ない場所に。
 仕切り直しを。
 擦り切れた感情を燃やす時間を。

 もっと聞いていたい。
 ただ感動していたい。
 全てを忘れ没頭していたい。
 この音に、全てを委ねたい。

 理性と押し付けられた感情とがせめぎ合う。
 しかし、この程度で済んでいるのはひとえにクラウスの狂気耐性が高いから。

 壮絶な人生。戦いばかりの√ウォーゾーン。
 敵を撃った。仲間を撃たれた。敵を殺した。仲間を殺された。
 蹂躙した。蹂躙された。人を救った。救えなかった───

 そんな過去の色褪せない記憶の味が、一歩を繋ぐ理性の柱となって。
 色鮮やかな感情なんて。燃え上がるような情念なんて。もう大して残っていない───自分でも、わかる。

 それでも。自分の中に燃え続ける炎がひとつ、確かにあるから。

 『誰かを、助けたい。』

 たったひとつのその想い。
 一人でも多くの人を助けたい。無為に命を散らせたくない。そんな想いが。

 クラウスは言葉なく、音を噛み締めて引き返す。
 コンサートホールはどの場所にいたとしても最大限音が響くように設計されている。この中にいる以上、逃げ場なんてない。
 ───なら。

 クラウスは銃を構え───照準を合わせる。
 脂汗が流れる。そんなことは意識の表層にすら上げず、集中して───

 感情の擦り切れた俺の想いで。誰かを助けるという意志ひとつだけで。
 そんな俺で、彼女の精神を上回ることができるのかなんて、わからないけど。
 ここで彼女を止めれば、多くの命が助かるというのなら、俺は───!

 引き金を引く。整った音楽を正面から切り裂く銃声と共に、グノシエンヌへと凶弾は迫る。
 グノシエンヌはそれに目をくれることすらしない。自信か、はたまた集中か。
 結果として、弾丸はグノシエンヌの左胸、心臓へと正確に届き───貫いた。

 貫いた。が、演奏は止まらない。
 心を縛る精神の音もそのままだ。

 しかし、それでも。
 グノシエンヌだって無事ではない。
 穿たれた左胸からは血のようなドス黒い液体が溢れ出し、止まる気配はない。よく見れば、演奏する腕だって震えている。

 それでも尚も演奏を続けられるのは、彼女の想いの強さに他ならない。
 気付けば、『グノシエンヌ第一番』はその全てを奏で終わっていた───

ゴードン・バロック

 音が、鳴っている。美しい旋律だ。

 不規則なようであり、拍の概念など取っ払った自由な旋律。

 奏でるは一人の怪異。鳴り響くは無人のコンサートホール。

 否、唯一人。
 その演奏の中に立つものがいた。

 ゴードン・バロック(陽差しの|炎銃士《フレイムマスケッター》・h01865)は響く演奏に軽く、耳を傾け───改めて脅威を感じる。
 精霊銃を握る手に思わず力が入る。ホールの外縁、最も遠いはずのこの場所にいたとしても。あんな小さな掌から奏でられる音を“脅威”と考えざるを得ない事実に。

 ピアノの曲自体は、とても美しいものだ。
 奏でられるは流れるようなクラシック。曲名は『グノシエンヌ 第二番』。
 彼女と同じ名前の曲───彼女自身がこの曲への情念から生まれた怪異、というものなのだろうか。

 当然と言うべきか、曲は美しく響き渡る。
 グノシエンヌは特殊な曲だ。拍を持たず、決まったリズムも持たず。だからこそ、弾き手の情念が、精神が、ダイレクトに届き、揺さぶる───怪異の力も、そう。

 ───ピアノの曲自体はとても美しいのかもしれない。

 ゴードンは純粋に、そう思う。
 この曲自体は、人を感動させるものを秘めていると思うし、実際特殊だが調和が取れているとさえ、心から感じとれる。

 ───だが。お前にくれてやる命など、ない。

 この曲に注ぎ込んだ情念がどれだけのものかは知らないが。
 それを他人に押し付けるなど。その狂気性そのものが曲を汚しているのだと。

「巻き込まれちまってる一般人はいなさそうで安心した……存分に叩っ斬らせてもらうぜ!」

 精神への影響、確かにそれは危険なものだ。
 それでも、ゴードンへは遥か届かない。
 ゴードンの心に押し込まれる数多の感情は、しっかりゴードン自身に受け取られて───しかしそれでも、燃え上がるような情念の渦がその全てを圧倒する。

 それは、平和を守る意志。人を救う意志。
 そんなに大それたものじゃないとゴードンは言うだろうか?
 それでも。その心意気は正しく救世へと向かう輝き。
 それはまさしく滅び。堕落───そんなものには屈さないという確固たる意志の結晶だ。

 精霊銃を構え、引き金を引く。銃声は流れるようなリズムを斬り裂いて。
 しかしてそれは届かない。ひらりと踊るように躱される。 

 銃声が演奏の邪魔になるだろうと敢えて選んだ銃撃。
 だがグノシエンヌはにやりと笑みを浮かべ。

「君は意志が強いね。君に音楽の才があったならば|二重奏《デュエット》を頼みたいくらいには、好きだよ。でも今は───」

 曲調が少し、変わる。
 激しく変化し、音圧が一段階強くなる。
 強く響く演奏はそのまま感情の昂りを表す。ならば精神への影響も強まるだろう。

「驕りたかぶるな。君は───ぼくの旋律とは混ざれない。」

 グノシエンヌはそう言い放つ。
 演奏を続けている間、このコンサートホールは彼女の世界だ。ならば世界の主人たる彼女の横には、何人も並び立つこと許されず。

「あぁ、そうかよ……俺は演奏技術はなければ曲一つ一つを語れるほど造詣も深くねぇ……」

 ゴードンはそう言って俯いてみせる。
 嗚呼、そうだ。いつだって。
 何を武器にして、何を力として。強大な敵に、絶望的な困難に打ち勝って来たか、思い出せ。

「でもよ、俺はお前のピアノの他に聴きたい音楽があるんだ、ここで死ぬわけにはいかねえんだよ!!」

 錬成剣? 精霊銃? そんなことを聞いてるわけじゃねえ。
 支えてくれた人、師匠、思いつくことは数多くあるが───頼ってばっかじゃねえだろ。
 だから俺は、敢えて言い切ってやるさ。

 燃え上がる俺のココロ一つで、俺はここまで来たんだよ!!
 お前なんかと───比べるんじゃねえ!!!

 ゴードンは錬成剣に持ち替えて、ホールの端から一息でグノシエンヌに肉薄する。
 振りかぶった剣には炎が満ちて、それは意志の表す如くに。

 薪を集めただけじゃあ炎はできない。
 いつだって、そこには種火がある。
 ゴードンは、たとえどんなに小さくとも。
 その種火を消したことなど、たったの一度もない。

 振り抜かれた剣は、敵を穿つ。
 肩から斜めに振り下ろした剣は袈裟切りのように一本の線を刻む。

 そして───血のような黒い液体がグノシエンヌの大きな傷口から溢れ出した。

 大きな一撃。人間ならば致命傷と言ってもいい。
 だがしかし、相手は怪異。まだ生きている。まだ、演奏の手は止まらない。

 『グノシエンヌ 第二番』は終了した。
 しかしこれは3つのうちの2つ。あと1つ、残っていると言うこと。

 戦いは、あと一手を残すばかりに───

柳・依月
四季宮・昴生

「おー、遅かったじゃーん」

 四季宮・昴生(蛇神憑きの|警視庁異能捜査官《カミガリ》・h02517)は路地裏を駆けて、地下貯水槽へと進む階段を駆け下りて。
 やっと追いついた、と思えば目の前にあったのは柳・依月(ただのオカルト好きの大学生・h00126)のうんざりするような笑顔だった。

「ち、結局か。」

 半ば予想はしていたが……むしろ予想を裏切らぬ依月の姿に溜息をひとつ。
 だが、この場でのんびり話している時間はないだろう。
 何せ───此処は敵の居城とも言えるコンサートホール。あるはずのない荘厳な空間がこの場所に広がっているのは良いとして、そのステージの中央には。

「そいつがボスか?」

「そうそう、俺達こいつのライブにご招待されたみたいだぜ?」

 二人の視線の先。やや大きな手傷こそあるものの、その雰囲気と瞳に一切の翳りを見せぬ怪異───人間災厄『グノシエンヌ』がピアノの前に立っていた。

「ならいい、とっとと……」

「ようこそ、お客様。ぼくのステージはもう少し先を予定していたんだけど……そんなに聞きたいならね。特別に聞かせてあげようか。」

 グノシエンヌは昴生の言葉を遮って、ピアノにそっと指を置く。
 瞳だけは二人から決して逸らさずに───その指は踊る。

 『グノシエンヌ 第三番』

 曲自体は普通の曲だ。ややクラシックにしては特殊と言うべきか東洋風の響きこそあるが、第一番、第二番のように特定の拍やリズムを持たないというわけではない。

 だが。その分ここをクライマックスと呼ぶのだろう。

「ぐ……くそ、これは……」

 昴生は頭を抑え、少しよろめく。
 膝をつくには至らないが、旋律から耳を通して送り込まれる感情が脳を揺らす。感情すらも支配せんと。
 それはもはや誘惑や堕落を齎すものではない。
 頭に流れ込むのは、支配と強制の号令だ。

 ぼくの旋律に耳を傾けろ。
 ああ、それでいい。そのまま……

「ちょ、四季宮さん!?」

 異変を感じる依月だが、しかしてその声掛けにすら昴生は。

 窪みを生じるように……ひどくまごついて……
 さあ、ぼくの旋律に……頭を開いて───


 パチン!

「ぐはっ!?」

 旋律の中に、支配の中に。鋭い音と刺激が斬り裂くように現れる。

「……おい、四季宮昴生! しっかりしろ!!
 そんなんで俺の監視役が務まるのか! 亡くなった奥さんはどうする!?」

 昴生の目を覚ましたのは、依月渾身のビンタであった。
 その一撃で昴生の瞳に光が戻る。

「……ああ、そうだったな。くそ、情けない……」

「はいはい、戻った?」

 依月は恩を着せるでもなく、いつも通りの軽い反応。
 昴生は舌打ちを堪え……自身をも支配しうる旋律の持ち主を睨む。

「あーあ、覚めちゃった。せっかく聴き入ってたのに、それは酷いと思うよ。」

「……こいつ、意思の力で上回らないと攻撃通らないんだとさ。それは聞いてる?」

 依月は怪異の話すことなど無視して、昴生に話しかける。
 興味が無いのもあるが、言葉だって旋律だ。旋律に精神汚染を乗せる怪異とまともに話をするなど言語道断である。

「意志の力、こいつよりは強いよな?」

「意志の力で上回るだと? ───なら簡単な話だ。」

 昴生は一度した失態など繰り返さない。
 調査不足と油断で一度目は不覚をとったなら。次はない。
 精神の強さ? 笑わせる。

「ふん、お前の言い分に同意するのは癪だがな……
 この俺が、意志の力で負けるとでも?」

「よしよし、それでこそだぜ」

 二人は並び立って、グノシエンヌと正面から相対する。
 曲調も最高潮の盛り上がりを見せるパート。しかして影響は皆無だ。
 依月は混濁とした感情を全て捩じ伏せて。
 昴生は影響を正しく受けながらそれより強い感情を抱く。

 まず飛び出したのは昴生だ。
 旋律の中を踊るように。否、決められた旋律などに収まる昴生ではない。荒れ狂う波の如くに、昂った感情のままに───

 ───一度は大切なものを全て取りこぼした、何も守れなかった。

 駆ける足に力が満ちる。
 強く床を踏みしめれば、体はまるで弾丸のように。

 ───だが、二度は繰り返さない。そのためなら、この忌むべき力さえも使ってやろう……!

 昴生の体に、“神”が降りる。
 黒い蛇の群れが、どこからともなく湧いて出て。
 蛇の紋様が昴生の体に浮かび上がる。

 蛇の神が司るは種と水。
 現れた黒蛇は濁流となりて押し寄せる───


 ───俺は、四季宮さんに比べればお気楽なもんだけどな。

 依月も、昴生の後に続いて駆ける。
 手にした番傘は依月の武器。幾つもの怪異を屠った剣だ。

 ───俺だって、漫然と生きてきたわけじゃない。たくさんの人間たちと出会って、そいつらを守りたいと思ったんだ。

 昴生の感情が荒れ狂う濁流と表現するならば。依月の感情は凪いだ海。
 覚悟は、とっくにできている。感情の強さ? 誰にそんなことを言っているんだ?

 人ならざる身でありながら、人を救う。
 そのために───この力を使うんだ。

「いくぞ、四季宮さん!」

「ふん、命令するな。言われずとも!」

 並び立つ、敵の眼前。
 黒蛇はグノシエンヌに巻き付き、その行動を奪っている。
 あとは、トドメを刺すだけだ。

 終わりは一瞬だった。
 依月の仕込み番傘に隠された刃が、頸を切り落とす。
 黒く大きな蛇の神が、不埒な敵対者を喰らい尽くす。

 たった、それだけ。
 敵の意思など、彼らに遠く及ぶはずもなかったのだ。

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