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深夜の買い出しに花摘む夜耽し

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斯波・紫遠

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 憎し、温暖化。
 昨今の夜は大して気温は下がらぬくせに、昼より気持ち増量した鬱陶しい湿度が肌にへばりつく。歩いて五分のコンビニに向かう道すがらですら、汗が顎に伝う程。
 寝苦しく、あてどない。クーラーを付ければ寝室や過ごす部屋は快適に保てるとは言え、廊下に出たら温度差で不快感は三割増し。折角浴びたシャワーの汗がぶり返したときに心の底から沸き起こる、怒りにすら達しない『ダルいな』という感情。
 いかに√能力者といえど、こればかりは抗いがたい。

 しかしながら、夏の暑さが盛れば盛る程。
 殊更に、陽射しではなく蒸し殺さんばかりの熱帯夜にこそ生まれる楽しみもある。
 ぱたぱたと。歩くたびに踵が鳴るつっかけサンダルで歩きながら斯波・紫遠が片手に提げた薄手のエコバッグが揺れる。中に入った缶ビールでひんやりとした袋の底が、腿にひたっと当たれば「つめた」と声を漏らすだろう。
「ぬるくなっちゃうな、さっさと帰ろ」
 ビールだけではない、ホットスナックも冷めてしまう。閉店間際ということもあって安くなったホットスナックが炭酸と踊るのを待ち焦がれている。何なら店から帰るまでの火照りを冷ますためにアイスで準備運動も済ませているのだ。機はとうに熟している。

 むっとする風に吹かれ、少し顔を顰めながらも歩幅を緩めず、自宅までもう目前といったところで。
 ふと、いつも通る路地の奥に視線が行った。
 特別普段と差がないはずの頼りない電灯でかえって明暗が区切られた暗がりは、夜の闇と混ざり一層黒々と染まっている。そしてそうした深い淵、目視で奥を探れぬ中に人は時に|何か《・・》を見る。
 夏の短夜の慰め、或いは度胸試しにそう言った背筋凍る怪談はつきもの。だが今紫遠はアイスで内から冷えている。そんな中ぞっとする気配を感じたとなればそれは芯から震えあがる恐怖に身悶えを――。
(うっわ、マジか……)
 しない。
 これまで名状しがたきものから信じがたいもの、様々なものと相対してきた彼にとって、今更この程度で怖気づくはずもなく。
 とはいえ、今の紫遠は部屋着にサンダル、武器らしい武器は持ち合わせていない。いつも同伴してくれる機械仕掛けの副官こと『Iris』も、タブレットごと自宅で充電中だ。
 面倒ならば離れても良い。迂回すればそちらからでも問題なく帰れる。
 何より今は買い物帰りだ。荷物がダメになったらそれこそここまでの歩みが無駄になってしまう。
(とはいえ、ヘタに一般人が襲われたら目覚め悪いしな)
 しかしここで、『見て見ぬふりをする』という選択を取れないところが、斯波・紫遠の損な役回りであり。誇るべき美徳であった。

 買い物のエコバックを近くの物陰に立てかけ、気配にすすんで歩み出れば、朧げな気配が明確な形となる。――ずり、ずり。長く重い布を地面に擦る音。着物姿で髑髏を抱えた花頭の怪異がそぞろに歩き回る姿。まだ群れているという程の数ではないが、このまま溜まれば面倒なことになるだろう。
「雑草の始末と、いきますか」
 確かに装備品は手元にない。刀も、砲台も。鉄扇くらいは軽いし仰げるから持ってきてもよかったかもしれなが。さりとて彼に戦うための術がないわけではなかった。

 紫遠が、半分脱いだサンダルを、天気でも占う様に放る。三つの花托がぺたら、と地面に力無く転がったそれに一斉に首を擡げれば。
 ――ごぉう。
 白く燃え盛る炎が、蓮へ墓標のように突き刺さる。一体が火に呑まれる様に呆気に取られている間に、既に狼は狩りの支度を終えていた。
 貫手によって着物の首を貫けば、そのままぼとりと墜ちる大輪の花。
 蓮は散る。残り香もなく、送り火は静かに怪異を塵にするだろう。

 大きく、息を吐き。
(――うん、去年よりだいぶ炎の調子がいい。イメージ通りな感じ)
 手の中で燃やした小さな火種。それをぐっと握り込むと、熱さも感じず掌を焦がすこともない。
 かつては嫌悪の対象でもあった、宿怨に満ちた焔。けれど今、その力が紫遠を過剰に焦がすことはない。力の制御がうまくいっている、或いは馴染んでいる、とも表現できるだろうか。
 兎も角、傷はナシ。何なら食べ終わったアイスの棒を武器にしたおかげで手持ちのゴミが一つ減った。あたりつきアイスのはずれくじだったが、命中精度は良かったらしい。

「ああ、暑い」
 炎を操り、激しく動いた今。
 煽る勝利の美酒の味は、それこそまさに格別だろう。

●
 ――余談だが。
 足音と気配を殺し帰宅した紫遠に待っていたのは、消灯した部屋の中でぼんやりと光るブルーライトと。
『遅いお帰りでしたねマスター・紫遠。健康を考慮しない夜食の購入には失望を隠せませんでしたが、まさか|私を置いた《・・・・・》戦闘でカロリーを消費しているとは。流石ですね、予測を超えています』

 ハックしたスマホで一連を把握していた『Iris』による、ぐっと部屋の冷え込む嫌味であった。

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