夏夕べの祭り
ゾディアック・ミラー
これは2章構成の期間限定シナリオです。09/23(水)16時頃までに完結したシナリオの結果により、宿敵の運命が変わります。なお、期間中に宿敵主によって倒された場合、通常のルール通り宿敵は絶対死します。
夏休みももうすぐ終わるという頃に開催された夏祭り。
皆、それぞれが親しい誰か、或いはひとりで楽しむなかに|簒奪者《その娘》は居た。
「えー!あの子可愛い!顔ちっちゃーい、お肌とぅるとぅるー!」
手に持ったりんご飴を食べる|魔法少女《アンテロス》が、金魚のように綺麗な浴衣を着た少女を見て黄色い歓声をあげる。色んな人の色んな容姿を見られるから、人が集まるイベントは推しカプを見繕うのに丁度良い。先日のゾディアック継承戦争のように殺伐としてやるべき事がある訳でも無し、手に入れた自由時間をめいっぱい満喫して心のデトックスを図ろうという心算だ。
「あっちのイケメンの彼女ぱっとしなくなーい?だめだめ、絶対さっきの子みたいな可愛い子の方がいい!ビジュが最強同士並んでたら見てる側も眼福なんだから!待ってて、今完璧なカップルにしてあ・げ・る♡」
新たな推しカプを作り出そうと、うっきうきで手近な木の陰へ隠れたアンテロスの左手には愛らしいピンクの弓が握られて、矢を持つ右手を弦にかけ静かに引分ける。恋人と仲睦まじく手を繋いで歩く少年へ狙いを定め、好意的な感情を増減させる能力の込められた矢がぱっと放たれた。
●
──時は遡り、呼びかけに集ってくれた|√能力者《EDEN》達へ星詠みの少女イル・メイヴ(h09441)が恭しくカーテシーをして見せる。
「先輩方、お集まり頂き誠にありがとうございます」
初めて顔を合わせる方には、自身の名を名乗り挨拶をするだろう。その面持ちはえらく真剣に見えるが、声は呆れている風に聞こえる。さて、語られる内容は一体何だと身構える者も居るだろうか。
「実は、ゾディアック継承戦争で獲得した『ゾディアック・ミラー』により、簒奪者のとんでもない推し活を捕捉致しました。……あぁ、推し活というのはご存知ですか?ざっくり言うと趣味に没頭する、みたいな感じです」
メイヴが鞄からスッ……と取り出したのはスーツ姿の男性と中性的な人物がちょっとイイ雰囲気で頬を染めて寄り添っているA4サイズの薄い本だ。「ご安心ください、全年齢です。これはBLですが、私は3L全ていけますよ」という無駄な補足を挟みつつ、話は依頼の内容へと戻る。
「皆様の中には|魔法少女現象《プエラマギカ・フェノメノン》で覚醒し、人から人への好意的な感情を増減させる能力を獲得したアンテロスという、欲に溺れて簒奪者となった魔法少女と対峙した方もおられるでしょう。彼女が癒しを求めて訪れたお祭りで、またやらかすところを予知してしまいました……。何度もアタックして漸くお付き合いが叶った大好きな恋人とデートをしていた高校生くらいの男性と、同性の先輩に密やかに恋をしている中学生くらいの女の子が先ず狙われるみたいでして……許せませんねほんと」
一瞬般若面のような顔をしたものの、気の所為かと思う程すぐに穏やかな笑顔をしてみせた。
「皆様には彼女の身勝手なカップル作りを止めて頂きたいのです。その為に武器を手に戦うならば、アンテロスのミラーレイヤードでの戦いを余儀なくされますが……理想の為に捻じ曲げた関係とは違う、交流から生まれた関係性の良さを伝えて丸め込めれば、戦うことなくお祭りを楽しめそうですよ。どのように解決なさるかはお任せ致します。どうか、お力をお貸し頂けませんか?」
問い掛けにあなたが首を縦に振ってくれたのなら、深くお辞儀をして「それでは、お帰りをお待ちしておりますね。行ってらっしゃい」とお祭りが開催される公園の場所を伝えて送り出すだろう。
第1章 ボス戦 『魔法少女アンテロス』
夏の終わりを惜しむように開かれた夏祭り。
訪れた皆が思い思いに楽しむ中、木の影から一組のカップルを眺めてひとり浮かれている|魔法少女《アンテロス》が居た。
「きゃー!すっごいイケメン……!お祭り来てみてよかった~!アイドルよりカッコイイでしょあの人~!」
イケメンと表現をして熱い視線を送る相手は、高校生程の年齢と思わしき男性。目がぱっちりとしていて涙袋もふっくらしていて高い鼻……まるで人形かのような整った容姿にすらっとした長身で、シースルーセンターパートの艶やかな黒髪が似合うダウナーな雰囲気だ。この手の男の子が表紙を飾っているだけで漫画を買い求めるくらいには大好きな|見た目《ビジュ》である。しかし──。
「……でもさー……ぇー……?あれ彼女だよね?メイクもあんましてないし日焼け凄いしぃ……」
親しそうに手を繋いで隣を歩く女性はというと、如何にも体育会系ですって感じの小麦色の肌にパサついて見えるショートカット。お化粧もナチュラルなのか知らないけれど、ぱっと見はスッピンって感じだし、服装だってただのTシャツにジーンズってあまりにもデートらしい雰囲気が無さ過ぎる。
「やーっぱさ、儚げ美少女とダウナー系美男子の組み合わせガチで最強だと思うの。さっき見かけた女の子とくっついて欲しい~!モノトーンコーデでお揃っちしてほしーよー!」
あの人と付き合いたい!ではなく、推しカプを作って眺めたい!強過ぎるその願望が溢れるままに姦しく呟き、うんうん唸る。
「あの人達だって絶対喜ぶでしょ。よぉし!ここはわたしが一肌脱いで……」
いそいそと弓を構えようとするその背中へ何時の間にか接近していた三人の人物には気付かずに、にやにや笑って矢を持てば「貴女がアンテロスだろうか?」と男性から声が掛かり、「ひゃい!?」と素っ頓狂な悲鳴があがる。
アンテロスが勢いよく振り返ると、晩夏の今ではしないような春の香りが心地良い風にふわりと乗って、清涼な神楽鈴の音が一度鳴った。紫の髪の男性から漂ってくるような……。
「こっ、これはさっき射的で取った玩具でぇ、別に怪しいものじゃ……!」
急に声を掛けて来た三人へ視線を泳がせて焦りながらも、穏やかな香りのお陰か落ち着くような不思議な心地がして、戸惑いながらこの状況を誤魔化そうとする。
「ええと。カップリングのエモさに非常に関係のある話があるんだが……良かったら我等の話を聞いてみないか?」
「はぁ……。ぇっ、もしかしてさっきの聞いてた!?やだー、恥ずかしい……!でも声をかけてくれたってことは、皆もお仲間さん?嬉しいな~、なになに、聞くー!」
思いのほか良い反応を返され、真白・漆黒(h09483)はホッとした。SNSを見ていると“推し”について論争が繰り広げられているのをよく見るし、自分自身もつい|漆黒の支配者《推し》を批判する発信に対して返信してしまい、熱くなってレスバに発展することがままある。
カップリングなんかは逆カプだ何だと繊細な話題もあるようだから、いきなり悪感情を向けられないかと内心少しだけ緊張していたのだ。
ただ……これから話す内容はアンテロスの行いを止める為のもの。√能力者同士、レスバどころか|戦争《殴り合い》に発展してもおかしくはない。
「アンテロス殿、説教くさくなるが聞いてくれるかのう」
漆黒の隣に並ぶ詠・ミヤビ(h12714)が落ち着いた声で語り掛ける。
「説教?わたし何かしたっけ……?」
きょとんとするアンテロスへ、しようとしてるでしょー!と感情をわっと爆発させそうになった間宵・理央(h12873)が、思わず仰け反って息を止めた。拳の語り合いより穏便に、けれど絶対に許せない暴挙をどうにかして止めようとやって来たのだから、耐えなければ。竜巻のように荒れ狂う言葉達を、出来るだけ優しくオブラートに包む方向へ神経を研ぎ澄ませて深呼吸をした。
「お聞きくださいアンテロスさん……あなたは間違えています」
「え?」
考えに考えた一言目は低く震えて、ふぅっと呼吸を整える。
「萌えは既にそこに“|存在《あ》”る。よく見てください、あの二人の幸福そうな、そしてお互いを思う愛しげな空気を」
指を揃えて上へ向けた掌を空中へ滑らせ、アンテロスが騒いでいた男女のカップルへ向けて示す。
彼等の会話は騒がしさに紛れて聞こえては来ないけれど、混み合うベンチの傍に立った二人はたこ焼きを食べようとするところだった。男性が両手で容器を持ち、女性が最初の一個を男性へ食べさせようとしている。先に食べなよとでも言っているのか彼は首を振るけれど、彼女の笑顔に根負けして照れながら口を開き、食べさせて貰っていた。
「んぅぉ゙っっしゅご、はぁ国宝……っ」
「甘い。甘すぎる。助かります、ありがとう世界」
男性の嬉しそうな恥ずかしそうな何とも形容し難い幸せそうな表情に、アンテロスは震えながら涙を浮かべて口元から鼻まで両手で覆う。理央は女性が同じ爪楊枝でたこ焼きを頬張り、目を細めて微笑んでいるのを見逃さない。
「タイプの異なる装いのあの二人がああなるまでの過程に、紆余曲折あったはずです……それでも漸く掴んで結び合った赤い糸なのです」
「そうじゃ。その男は自身で選んだ女性とお付き合いをしておる」
「好みの相手同士だとテンションが上がるのは理解出来る。だけどそれでは『本当に心から通じあっている二人』から得られる素晴らしさを見逃してしまうんだ……!」
「えぇ~!?だって、あんなにカッコイイんだから、可愛い子といたらもっと素敵じゃない?ごめんだけど、わたしはあの二人じゃ解釈違いだなー勿体無さ過ぎる。イケメンの無駄遣いだよ」
ムッとして頬を膨らませたアンテロスに、漆黒がふっと笑う。
「あなたは恋愛漫画を読むか?」
「めちゃ好きだよー?」
「ならば解るだろう。あなたのやり方だと、そこに至るまでの過程を読み飛ばしてしまうんだ!一番|美味しい《エモい》所を……ッ!」
「ハッ!?」
アンテロスに電流が走る。気付いたようだがそれでも矢張りまだ、見た目を重要視する気持ちはどうしても変わらない。
「おぬしが重視するびじゅあるに嵌る美しさだと思うがのう。おぬしが行うのはそれらを摘み取る行為じゃ」
「自然に咲いた恋の花の美しさ、あの二人を見れば分かりませんか……?」
「うっ、ぐ……!でもぉ……っ」
「恋が実るまでのドキドキ感。二人がどうやって心を通わせていくのか、お互いのどんな所が好きなのか、そういう……何だろうな?お互いが自然と心を通わせる過程を見守るのもまた、素晴らしい事なんじゃないかと我は思うぞ!」
「そうかもしれないけど……ッ」
三人から説かれる恋心の楽しさは、ビジュアルがドストライクの少女漫画で自分自身も得ているものだから、否定しきれずに腹の底から声を絞り出して頭を抱えた。
「愛は無理やり押し付けるモノではありません。少しずつ結び合うモノなのです。漫画だって、現実だってそうです。その過程を、もっと愛しませんか?」
「ぅぅぅ……っ、でも可愛い女の子が彼氏とじゃなくて女子だけで集まって来てるんだよ?ここで衝撃的な出会いをして、真実の愛に気付くストーリーだっていいと思うの!わたしならそれを作れるもん」
「その少女も淡い恋をしておる。手出し無用じゃ」
「あの少女が片想いのお相手とどんな日々を過ごしていくのか、それもまた、恋の花の蕾なのです」
「そうなの!?どんな人なんだろー、あの人くらいのイケメンならいいな」
「我等が聞いた話では、同性の先輩だと聞いたな」
「いやー!だめ許せない!」
同性は好みでは無いのか、それとも同性には同性の強い拘りがあるのか三人には分からないが、ぶんぶんと左右に首を振るアンテロスにミヤビが歩み寄る。
「現実とは、いわば公式じゃ。それに意見を申してはいけない。ふぁんは本編に手出しをしてはいけないのじゃ。それが推しを見守るふぁんのまなーじゃよ。アンテロス殿のそれは、創作活動ではないのかのう」
「……それは、……」
「短き青春の中で時間をかけ、可愛らしく芽吹いたふたつの恋を尊んでみてはどうじゃ」
「そうですよ。あなたが何かをしなくとも、そのままで人々は愛し合い、そして十人十色の恋の花が咲きます」
「……でも……」
「今一度、振り返り……すでに刺さっている恋の矢を見てはくれないか」
ミヤビに促され、アンテロスは自分好みのイケメンとその彼女を振り返った。不満そうな複雑そうな顔を浮かべてはいるけれど、解釈違いだと口を衝きそうになる発言はどうにか我慢をしている様子で──じっと見つめて考える姿を三人は見守る。
縁を結んだ関係を引っ掻き回すのではなく、一歩踏み出せない二人の背中を押す存在に変わってくれたらいい。切実にそう願う。
悩みながらもまだ弓矢から手を離さずにいるアンテロスは、矢を持つ手をぎゅっと握る。やっぱりどうしても、推しカプの尊さを無限に摂取したくて……再び弓を構えようとするその眼前へ、射線を遮るようにしてクラウス・イーザリー(h05015)が立ちはだかった。
「そういうの、良くないよ」
出来れば話し合いで解決がしたくて、敵意は無いと伝わってくれるように穏やかな声色で首を横に振って見せる。
「な、なんでよ。いいでしょ別に、あなたには何も迷惑かけないじゃない」
あなた“には”と言うなら、多少なりとも本人達には悪いという感情を抱き始めてきたのだろうか。……|魔法少女現象《プエラマギカ・フェノメノン》で覚醒した彼女はもしかしたら、突然得た力や巻き込まれた騒動への精神的な負担から、欲に溺れて暴走してしまっているのかも知れない。
問答無用で攻撃して来ることは無く話せる相手だと解ったから、尚更戦いたくは無い。安易に傷付けず、避けられる戦いは避けていたいのだ。──俺のパートナーも、そうだから。胸元に下げた月明かりを浴びて光る赤い鉱石を見て、表情を綻ばせる。
「うん。ただ、悲しいって思うんだ」
「悲しい……?他人のことなのに」
「あの人達は他人だけど……他人事とは思えないんだ」
訝し気に耳を傾けるアンテロスへ左手薬指に輝くプラチナの指輪を見せると、彼女はそれとクラウスの顔を交互に見て何か考え込んでいる様子だ。
「俺は、その……結婚、してるんだけどさ」
「ふんふん、お嫁さんいるんだ。どんな人かなぁ、やっぱりハキハキしたちょっと豪快な感じの人とか……」
「うぅん、俺がお嫁さん」
「へぇ、あなたがお嫁さんなんだね、え?ん?」
声で男性なのかなーと思ったが、女性だった?と混乱して聞き返すアンテロスへ、クラウスは照れくさそうに、はにかみながら頷いて見せる。
「え、ぇー……と?」
「ふふ、何それって思うよね。俺も、あの二人みたいに縁があってさ……だから俺に迷惑がかからなくても、無理に引き離されると思うと悲しくなるんだ」
クラウスにも先に声を掛けてきた三人の言う、エモい過程というやつがあるんだと思う。だから、「どうしてその人と結婚しようと思ったの?」と自然と問い掛けた。相手がどんな見た目かより先に、その過程を知りたくて。
その問いに小さく笑って返すのは、思えば最初から惹かれていたのだろうけれど……彼等のように沢山の思い出を作るうちにもっと好きになって、気付けばいちばん安心する居場所になっていて、考えさせてと保留もせずにプロポーズを受けた思い出を語る。
愛おしげに指輪を撫でて、安らいだ表情で──清らかな魔力をふんわりと溢れさせながら、断られると思いつつ傷付くのを覚悟で伝えずにはいられなかったあの人の顔を思い出して、くすりと笑い頬を染めた。
「優しい思い出を重ねて築いた絆を裂くような行為はよくないと思う。俺だって、別の人と無理矢理カップルにされたら嫌だし、ひとりになったら悲しくなるはずだし……本人たちの想いを捻じ曲げて無理矢理カップルにしても、長続きするとは思えないよ」
「そういうもの?」
「きっとね。自分の欲望のために人を悲しませるようなこと、してはいけないよ」
ぷくっと頬を膨らませて悩んでいるアンテロスに、今直ぐでは無くても伝わってくれているといい。弓を構えずにいる姿が皆の言葉を受け入れようとするものだと信じたい。そう、心に希望が灯るのを感じて微笑んだ。
「……わかったよ」
皆の言い分に一定の理解を示し始めたアンテロスだったが、だとしても拘りを持つ|カプ厨《オタク》の端くれ。そう簡単にわかりましたと改心する性分だったなら、そもそも簒奪者などと言われていない。
「わかったけどさ」
多分この人達は√能力者で、自分のことを知って止めようと集まったのだろう。
「でもやっぱりさ!顔が良ければやなことあっても、まぁいいか〜ってならない!?世界平和に繋がるでしょ!?」
「……んなっ!?待て待てーい!そうとも限りませんよ!」
何とか自分の行いを正当化しようとするアンテロスへ、待ったをかける人物がいた。今度は誰だと声の主の方を見ると、そのひとが息切れしながら両手を膝に置いているから心配になり、「大丈夫?」と聞いておく。架間・透空(h07138)は息を整えてから顔を上げ、「大丈夫です!」と元気に返事をした。
「迷子の子が居たので、本部へ預けて、大急ぎで……っ」
「わぁ、やさしー……」
この人達って皆こうなのだろうか。
ひとを気にして助けて、そんなにいい報酬でも貰えるのか甚だ疑問だ。
「はいこれ、まだ開けてないから飲んだら?」
「わっ。ありがとうございます!優しいんですねっ」
簒奪者である少女からミネラルウォーターの小さなペットボトルを差し出された透空は、朗らかに笑ってそれを受け取る。未開封の手応えを掌に感じながら蓋を開け、まだほんのりと冷たい水を一口飲む。
「……で、あなたもビジュだけじゃないって言うつもり?」
「はい!あっ、でも決して顔カプ推しを否定したいんじゃなくて、推しが選んだお相手を否定したら勿体無いです!と、伝えたくて」
「勿体無い?なにそれ。……一応聞いてあげる」
また厄介な相手が増えたとでも思っているのか、透空のことをジト目で見るアンテロス。しかし、透空にとっては耳を傾けてくれる気持ちさえあればそれで良い。お礼を言うと、何故そんなことでお礼なんて言うのか訳が分からないと呆れられてしまった。
「理想の推しカプを作ろうとするその熱意は素敵ですけど、推し自身が選択し、育まんとするものから生まれる関係性だって、それに劣らぬ素晴らしいものだと私は思いますよ!」
「皆そう言うけどー、実際どうなの?わたし恋愛って見るのは好きだけど、自分がそうなりたいとかあんまりわかんないからピンと来ないんだぁ」
「それは勿論──」
片思いの幼馴染の話をうっかりしそうになって赤面し、こほんと咳払いひとつ。「これは聞いた話ではありますが」と前置きをしたうえで、推しカプを作るべく引き離そうとした二人は、男性の方から必死でアプローチをして漸くデートをする関係に至ったと伝える。
嘘だ、嘘じゃないと問答の末、くっつける予定だった女の子の秘めた恋心や、一緒に居た女の子の中に先輩がいたからとびきりお洒落してきたんじゃないかと、女の子の秘めた恋心にも思いを馳せた。
「推しがいちばん素敵な顔をするお相手が誰であれ、その恋路を見守る推し活を模索してもいいのではないでしょうか……!推し活のマナー、守りましょう!」
「んんん〜〜、わたしの力ならその相手を変えられるんだってば!だから、今どれくらい好きとか関係なくって……、……もー!そんな見られても困るってば!」
反論するアンテロスを透空の真剣な眼差しがじっと刺す。
マナーを守るように圧をかけられているように感じるのか居心地が悪そうに駄々を捏ねた捻くれ者の魔法少女は、銀の瞳から逃げるように桃色のツインテールを揺らしぷいっと顔を逸らして後退った。
数日前から我々|√能力者《EDEN》を騒がせている“推しカプ”や“養殖”という単語。今回依頼を受けた星詠みの少女は推し活のことをざっくりと説明してくれたものの、そこにそれぞれの単語が結び付くかというとそうでは無い。
「お魚かにゃ?」
猫耳と尻尾をぴょこっと揺らして歩く瀬堀・秋沙(h00416)は、養殖という単語からオシカプという魚がいると思ったらしい。愛する|小笠原父島の海《ボニン・ブルー》に囲まれて育った、自然が大好きな彼女らしい発想だ。
「そういう魚がいるのですね」
共に歩くクラーラ・ミュスティアウゲン(h12663)は多すぎる人々の合間をぶつからないように、封帯で覆った両目へ竜漿を集中させて藍色に燃やし、隙間を縫って器用に進む。
「きっと、屋台にオシカプの塩焼きとかあるかにゃ!クラーラちゃん!簒奪者の目論見を阻むため、いざ出漁にゃ!ふにゃっ」
意気込む秋沙が、周囲の確認を怠ってはしゃぐ同年代の男子グループにぶつかりそうになったのを見て、クラーラが片手を伸ばす。
「繋ぎませんか?ひとりで挑むには少々難しそうですから」
「えへへ、ありがとうクラーラちゃん!」
差し出された手とクラーラの顔を交互に見た秋沙が嬉しそうに笑い、遠慮がちにおずおずと手を繋ぐ。出漁準備を整えていざ、屋台の並ぶ|園路《舞台》へ進む。
食べ物の屋台は多々あれど、わたあめやバナナやりんご飴といった甘味系だったり、豚串だったりイカ焼きだったり焼きそばだったり……魚として見付けたのは、今のところ鮎の塩焼きだけだった。非常に惜しい。
そうこうしているうちに園路を行く人々から少し外れた木々の影に、見知った友達も居る人の輪を見付けて歩み寄ると、後退ったアンテロスがクラーラにぶつかった。
「きゃっ、ごめんなさい!」
「いえ、お気になさらず。……あぁ、あなたがアンテロスさんですね?」
「うわっ出た、さては√能力者仲間」
「ふっふーん。アンテロスちゃんに、め!ってするついでに、珍しいお魚食べに来たにゃ」
「魚?」
爛々とした秋沙の笑顔にきょとんとしたアンテロスは、そういえばお腹が空いてきたかもーなんて思い出す。屋台で色々買って食べる為に、お昼を軽く済ませて来たんだった。少しだけ腹の虫が鳴いたのを感じて、恥ずかしそうに表情を曇らせた。
「養殖のオシカプがいると聞きました」
「推しカプまだ用意出来てないよ!皆にめっちゃ邪魔されてるんだから!」
「オシカプ食べられない?残念だにゃー……。でも、アンテロスちゃん凄い!その歳でお店屋さん出来るにゃ?」
「ま……まぁね、まだお友達が頒布してるコピー冊子にゲストで描かせて貰ってるだけだけど……将来は壁サー目指してるし」
何も噛み合っていないのに噛み合ってしまっている会話を繰り広げ、褒められたことを照れくさそうにしつつもアンテロスが胸を張る。
「ところで、努力を重ねてお付き合いをしているお二人や、女の子の恋路を滅茶苦茶にしようとしているそうですね」
「えぇ今褒めてくれたのに、もしかしてお説教するの!?」
味方が現れたかも知れない!と思ったが、どうやら糠喜びだったらしいことを悟ったアンテロスががくりと肩を落とす。癒しを求めてやって来ただけのお祭りでこんな大勢の√能力者に囲まれるなんてどうして……と嘆くアンテロスだったが、一部のひとは予知の力があったり、おまけに先日の戦争で厄介なものを回収されただの何だの、風の噂で聞いた気がする。
それの所為かも。
一体誰がそんなとんでもない物を作ったんだろうか。
返して、わたしの平穏な推しカプ作りの日々……。
「養殖にも勿論、良さはあるのでしょう」
「手塩にかけて養殖されたものには脂がのって美味しいけど、海流に揉まれた天然物の身の締りも素晴らしいのっ。人間関係もおんなじにゃ」
「そうですね。手をかけ、環境を整え、大切に育てる。それを否定する気はありませんが……あなたのそれは養殖というより、無理に網で掬って同じ水槽へ入れるようなものでは?」
「ねぇ、誰よわたしが作る顔面国宝カップル達のこと“養殖”だなんて上手いこと言った人!発想が天才でしょ……もぅ、いいじゃん否定しないなら全肯定してくれたってぇ……」
「だめ!いざ荒波に飲まれたら、養殖物は脆いから心配にゃ。アンテロスちゃんの作るカップルは、人生の激流に耐えられる?不幸な終わりになったら本末転倒にゃ?」
お説教のされ方が独特過ぎて泣けもしないし怒れもせず、笑ってしまいそうになる。複雑な表情でくすんくすんと泣き笑いのような呼吸をし、肩を揺らすアンテロス。冷静なクラーラと真面目に心配している秋沙達との温度差がやや滑稽だ。
何だかもう帰りたい気分になってくるけれど、まだ癒しを得ていなければお祭りそのものも楽しみきれていないから、悔しくてそうもいかない。
「他人がどうなろうが知らないよ、も~……。その、皆が言う……二人が言う天然もの?ってそんなにいいの?」
「焦らず、育つのを待つのもよいものですよ。秋沙さんとも、こうして自然に一緒に歩いていますから」
「そうにゃ!クラーラちゃんとの出会いは天然もの!」
繋いだままの手を掲げて見せる二人が楽しそうに笑う。
焦ることなくゆっくりと、二人のペースでお喋りをして今日がある。
「日々の会話、偶然の出会い、少しずつ積み重なる時間……そこで自然に育つ、天然物ならではの強さがあります。そうして初めて、良い味わいが生まれるのではありませんか?」
「これからもーっと仲を育んで、自然にいっぱい仲良くなれるのにゃ!」
「……。謎に楽しそうっていうのはわかったよ。わたしだって友達くらいはいないわけじゃないし……」
納得いっている訳では無さそうでも、ぼんやりと理解してくれたことを喜ぶクラーラと秋沙が顔を見合わせ、どちらともなく固く握手するように繋いだ手へぎゅっと手に力を入れた。
「……ところで、オシカプの屋台はいつ始まりますか?」
「お魚楽しみにしてたにゃ~……」
「屋台?いや、えぇ?サークルのこと?推しカプって、大好きで推してる人物同士の組み合わせ……カップリングのことだけど……そういうのは同人誌即売会とかで出すものだよ?」
「……え。オシカプって、お魚じゃないの!?」
「本当ですか?」
「いやそこも天然なのあなた達!?」
聞いたことも無い魚なら珍味かも知れないと期待して訪れただけにしょんぼりとした二人へ、愕然としたアンテロスのツッコミが飛ぶ。
このひと達のこと、可笑しくて面白いな。なんて、ほんの少し思ったり思わなかったりするのは……内緒だ。
少しだけ距離を保って見守っていると、どんどん微笑ましくなっていく皆のやり取りに、シンシア・ウォーカー(h01919)がくすくすと笑う。ずっと年上なのにこういう時にとても子供っぽい顔をするなぁと、神隠祇・境華(h10121)は隣に並び立つシンシアを眺めて小さく微笑んだ。
推しカプというものについて初心者過ぎる二人へ丁寧に説明したアンテロスが若干遠い目をして、静かに様子を窺っていたシンシアと境華の方を見て歩み寄ってきた。
「伝わりましたか?」
「そう思いたいわよ……いや、推し語りそのものは楽しいんだけど……天然怖いわ」
「折角なので私達にもご教授頂けると、お疲れの姿を見て愉悦に浸れるのですが」
「本音が漏れてるよねぇ!」
穏やかに微笑んでいたシンシアが、言葉でアンテロスをおちょくっている境華に吹き出し顔を背けて口を手で覆う。声を出さずに肩が小さく跳ねて揺れているのを見つめる境華が、|自分《わたし》を見るのと違う優しい目をしているから、要するにこの二人も天然ものの関係なのだろうとアンテロスは察する。
それが友情なのか、例の──くっつけようと目論んだ女の子みたいに、同性へ恋愛感情を向けているのかは、ぱっと見ただけでは分からないけれど。一緒に行動しているらしい辺り、仲良しではあるんだろう。
「ねぇ、二人も天然の関係ってやつで、言いたいことあるんでしょ?どういう関係なの?馴れ初めでも何でもいいから教えてよ。皆過程を大切にしてるみたいだけど、そんなに大事?お見合いみたいにそれ前提でやり取りするのと何が違うのかわかんないから、色んなお話聞かせてよ」
「境華さんとの関係……ですか?」
一緒に過ごすのが楽しくて落ち着く、それで満足してあまり真剣に考える機会が無かったから、どういった関係かを問われて二人は顔を見合わせる。第三者に何をどのように話したものか悩む沈黙が三人の間に訪れた。「シンシアさんとの関係は……」と、それを破ったのは境華だったが、如何にも歯切れが悪い様子だ。
「誰かに結ばれたものではありません。……まだ殆どお話したこともなかった頃、少し勇気を出してお茶へ誘ったのが始まりです」
「ふぅん、入学早々とか、クラス替えの後とかみたいね」
「そう、ですね……そんな感じに近いかも知れません。お互い少し緊張していたのに、気づけば話題も、一緒にしたいことも増えていました」
蓋を開ければ沢山想いが詰まった心から、たどたどしく思い出を引き出して語る境華の言葉を、シンシアは隣でにこやかに聞きながら頷いている。
彼女もまた境華を想う気持ちは大きいけれど、明確な言葉にするのは難しい。互いに同じような感覚を持ちながらも、それを表現する型には嵌められないでいる。
──同性同士ならそういう相手を、親友と無難に表現するのかも知れないが……どうしてかそうしたくない理由もまた、互いの心のどこかに埋もれているのだろうか。
「最初は本当に偶然でしたね。話が盛り上がり、そこから丁度直近であったお祭りに行こうという話になって」
「はい。それからお出かけにも誘ったり、誘っていただくようになって……」
「ええ、沢山の場所へ行きましたね。ショッピングモールにキャンプに、福岡だって満喫して……」
「買い物や、食事、もちろん戦いも。そうして思い出を綴る頁を重ね、今は隣にいることを少し当たり前に思えるほどです」
話し始めは困った様子だった二人だけれど、合間にアイコンタクトを取る度どんどんと表情が綻んでいくものだから、聞けば聞くほどこの二人が友達なのか恋仲……例えば両片思いみたいな、そういうものなのかアンテロスには分からない。
確かなのは、この二人のビジュはまぁまぁアリか……?と自分の中の癖が囁くことだけだ。頭をフル回転させている所為でだんまりを決め込んでいる状況は、さながら壁にでもなったかのようである。
「戦う時も傍らに居て貰えるだけで安心感が違うんです。だから、今日も一緒に。ねっ」
「そうですね。戦う時も、普段のお出かけでも……シンシアさんが隣にいてくださると、私も安心します。この関係に今、何と名付けなくても、大切だと思っていることは確かです」
「私もです。いま明確に2人の関係をカテゴライズする言葉がなくても、境華さんとの関係性が大切な繋がりであることは疑いようもないですから」
そう語る二人へアンテロスは目を閉じて首を傾げる。
カプ厨の心が叫ぶのだ。
あれ……?今わたし、百合の告白シーンを見てる?と。
うっかり誤射したのかと手元を見下ろすが、まだ矢は手の中にきちんと持っていて未使用らしい。
「だから、誰かが外から感情を動かし、望む形へ作り替えることを、私は良いとは思いません。縁は、そのように作るものではないでしょう」
「わかりましたかアンテロス!安易なカップル認定だけが関係性ではないのですよっ!」
胸を張って堂々と宣言するシンシアに、うーんと唸るアンテロス。謂わば白か黒かをはっきりさせて多方面に喧嘩を売るような価値観で生きてきたから、ふんわりし過ぎていて具体的にどう過ごしてきて大切だと言われてもピンと来なかった。だから問い掛ける。
「それってさ。じゃあ……わたしの力を使わずに相手に誰かイイ人が出来て、違う人とカップルになっちゃっても全然変わらないの?」
変わりませんよ。
その言葉はスムーズに返ってきたような、喉につかえて悩む不自然な間があったような……それすら、随分と曖昧なものだった。
推しカプだとか、養殖だとか──聞こえてくる所謂サブカル系なそれらを、少女達はあまり知らない。
アニメや漫画やアイドルグループが好きな子達の輪から時々聞こえてくることはあったけれど、篠杜・カレン(h12997)も世良・きらら(h12884)も、学校で交友関係を一気に広げる方では無いから、どうしても知らないことが沢山ある。
勉強はどんどん難しくなってきて、そろそろ高校受験が控えていたり小学校で成績が良かったからといって油断していたらついていけなくなる頃のうえ、|魔法少女現象《プエラマギカ・フェノメノン》で覚醒してからというもの、√能力というものをまだ使えないにしろ自分達を助けてくれた皆と心は同じ……EDENに寄り添う者として人助けや鍛練に明け暮れていて、知らない趣味の世界を覗く為に割く時間があまり無い。
特に最近は同じ魔法少女である|仲間《ともだち》が出来たから、一緒に過ごすのが楽しい時期で、戦い方の研究や狭い交友関係をより深めていく方向へ傾いているから尚更である。が、しかし……皆の会話を聞いていると、何となくそれらの輪郭をぼんやりと掴むことが出来た。
「推しカプとかはよく分かんないけど……」
「……応援したくなる恋人達とか、特に仲がいい二人、ってことなのかな?……なるほどね……」
言葉の意味は納得したものの、その行いは知らんぷり出来るものではない。
「本人の気持ちを無視して勝手にくっつけるのは、私は嫌。魔法少女になったのだって、自分の意思じゃなくて……最初は嫌だった」
カレンのその言葉は、“最初は”という部分がやや強調されていて、最近はそこまででは無いんだという気持ちを教えてくれる。
「きららはどう思う?」
「うーん、本人の気持ちを無視してくっつけるのは、私も嫌だな。だって人の関係って、いっぱい泣いて笑ってぶつかって、その上でできるものじゃない?」
「うん。私だって、色んな人に助けられて……話して、ぶつかって、少しずつ今の私になったんだから。人との関係って、そうやって出来るものだよね」
確かめたことは無いけれど、きっとお互いにとっていちばん多くの気持ちを理解し合える相手が、自分と同じ意見を持っているのが心強い。だから、どうすれば√能力者の皆みたいに立ち回れるかではなくて、私達だから伝えたいことを言おうと、簒奪者へ立ち向かう緊張が解れていく。
「行こ、きらら」
「うん、カレン」
二人一緒なら、魔法少女として強い力を持っているであろうアンテロスと万が一戦闘になったとしても、きっと身を守るくらいは出来るから。緊張した面持ちながら、しっかりとした足取りで皆の輪へ加わろうと歩み出す。
「──縁がどうのとか、過程が大事みたいに言うけどさ……怖くないの?えー、こんな人だと思って無かったって残念な気分になったりとかさ、自分ばっかり盛り上がってたとかさ、色々あるでしょ?わたしの力にかかればそんなの無しに、大好き♡ってらぶらぶになれるのに……そりゃぁ、わたしの顔とか癖に偏り過ぎなのは否定しないし……ほんの少しは良くないことかも知れないけど~……」
一応、皆の話を聞いた上で『どうして?』が拭えない。結果楽しい時もあるのだろうけれど、いつか嫌にならないとも限らないのに。わざわざそんな一時の楽しさの為に一喜一憂するわ、結局踏み出せずに終わってしまったり、欲張りすぎて自滅したり、そんな嫌な経験のリスクを負ってまで人間関係を地道に築く楽しさって何なのだろう。
背後で砂利を踏む音が聞こえてアンテロスが振り返ると、年の近そうな少女が二人でやってきた。この子達も、√能力者なのだろうか。
「こんばんは、私は星の魔法少女『スター・トゥインクル』。|魔法少女現象《プエラマギカ・フェノメノン》で覚醒した一人だよ」
「……私は、祈りの魔法少女『オリゾン・ライト』。あなたを仲間だとは思ってないけど、同じ魔法少女」
「わー、びっくり!別の魔法少女に二人も会えると思わなかったなぁ!ねえ、あなた達はどう?自分の理想を叶えられる力があるなら、自由に使いたくならない?」
「理想を言いたくなるのは、わからなくもないかな。でも、力を使うなら人助けの為にって決めてるよ」
同じ魔法少女なら理解してくれると思ったのに、期待とは違う言葉を返されたアンテロスの頬がぷぅっと膨らんだ。
突然変な力が覚醒して、戦いに巻き込まれて──そのうちにやっと幸せになれる力の使い方を思いついて、楽しい毎日を取り戻したのにと不満が募る。
「顔だけでくっつけたら、凸凹で下手くそな溶接みたいに、いつか無理が出ちゃうよ」
「別にそんなの、わたしの力でどうにでもなるもの」
「力を持ってることや、使い方を模索すること自体が悪いとは思わない。でも、出会った人と交流してくうちに尊敬しあえたり、支え合ったり、いつかは……好きになったり。そういう積み重ねの方が大事でしょ」
「うんうん。泣いて笑って、友達に……恋人に、なったり。人間関係ってなるようにしかならない部分のほうが多いと思う。その上で、もし“自分たちだけでは関係を進める勇気が出ない”人がいたら……その時こそ、アンテロスの出番じゃない?」
「わたしの出番?」
アンテロスは思わぬ言葉に目を丸くして聞き返す。
「うん。両片思いからなかなか抜け出せなくて困っている人の背中を、少しだけ押すの」
「困っている人の背中を……」
「あなたのその力、きららの言うみたいな使い方なら、良いんじゃない?魔法少女なら、誰かの大切なものを勝手に奪うんじゃなくて……」
手に持つ矢を見下ろすアンテロスの視界に掌が差し出され、顔を上げる。
するとその掌を差し出していたのは、仲間だと思っていないと言い切ったカレンだった。
「守ろうよ、一緒に」
──本当に、お人好しの集まりだ。
戦って解らせれば良いのに、訳が分からない。
「それをして、わたしに何かメリットあるの?」
「……さぁね」
微笑むカレンときららの顔を順に見て、アンテロスは大きな溜息を吐く。
ちょっとだけ、先の見えない関係を築いていくエモさってやつに触れてみてもいいのかも知れないと、そう思ってしまったから。
第2章 日常 『このなつのおもいでに』
「そんなに言うなら、天然ものの楽しさっていうの?わたしに沢山見せてよ。あ、魚じゃないからね!……ちょっと興味はあるから、魚の話でもいいけどさ。見ていてわたしが気に入らなかったら、その辺の人達みーんな巻き込んでカップル作っちゃうんだから、ちゃんと楽しんでよね」
こういうのをツンデレと言うのだろうか。“ちゃんと楽しんで”を強めに伝えてくる辺り、特に何かを警戒せずとも普通にお祭りを楽しんでいれば良さそうだ。共に訪れた者同士は勿論、ひとりきりでも、途中から誰かと合流しても構わないだろうし……アンテロスと話をしに集った十一人以外にも楽しそうにしている誰かが居るなら、こっそり覗き見ることだろう──。
「わたしもお祭り楽しみたいから、そっちはそっちで遊んでるところを見掛けたら観察することにするわ。どーしてもって言うなら、一緒にお祭り回ってあげる。その時は片思いの話でも両想いの惚気でも、最近増えたお友達のことでも、なーんでもお喋りしましょ。一時休戦、はい解散!……今日はもう推しカプ作って回らないから、ほんと。安心していいんだからね!」
じゃあね!とその場から遠ざかろうとする背中を見送るも、呼び止めるもあなた次第。
広い敷地の園路沿いや芝生の運動場に並ぶ屋台を見て歩く人々はまだ、減っていく様子は無い。なんたって、ささやかながら花火の打ち上げをして閉会になるようだから、帰ってしまっては勿体無いという来場者が多く居る。
人混みに疲れたら池沿いのベンチでのんびり過ごしてもいいし、安全には十分配慮しながら敢えて夜の遊具で遊んでも構わない。
さて、どのように過ごそうか──。
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■マスターより補足
戦わない選択が多かった為、お祭り会場となっている公園で思い思いにお過ごし頂く分岐となりました。
(アンテロスと一緒に行動しても、しなくても構いません)
屋台は園路周辺や芝生の運動場に出店されています。
飲食系や射的等、一般的によくあるお店は大体あります。
混雑してはいますが、運動場周辺のベンチや芝生に座って食べたり、公園内の別の場所へ移動してのんびりなさっても大丈夫です。
公園内にはあまり広くはない池(周辺は照明やベンチ有り)やアスレチック広場もあり、様々な遊具が置かれています。この遊具も大きい公園でよく見るようなロープスライダーや流木渡り等、色々と設置されておりますのでご希望があれば自由に遊んでください。
この章からご参加頂く方がおられましたら、一章に参加していたつもりでお越し頂いても、何も知らず偶然このお祭りに訪れていて、ただ楽しく過ごすのでも構いません。
皆様、のびのびとお楽しみください。
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「それじゃ、一緒に行こ」
じゃあね!と去ろうとするアンテロスが背を向けきる前に声を掛けて立ち止まらせる。また何かするんじゃないかと疑うようなものではなくて、ただ純粋に一人より二人の方が、きっと楽しいと思ったからだ。
もし、来れるならば一緒に来たいひとは居たけれど――残念ながら都合がどうしても合わなかったから。何も楽しまず帰るのも勿体無いが、ひとりぼっちは侘しい。
「そう?なら……あ!ついでだしさ、天然物の惚気話聞かせてよ!結婚してるんでしょ?何でもいいからさ」
「ふふ、聞いてくれる?」
「勿論!」
屋台が並ぶ賑やかな通りへ出て、はぐれないよう気を付けながら寄り添って歩く。
馴れ初めを教えてと言われれば、彼の心臓の欠片から出来た赤黒い鉱石を左手の親指と人差し指で摘まみ、優しい笑顔で星月夜の出会いを語る。離れてしまえばお互い良かっただろうに、どうしてか二人共それっきりに出来なかった。
「そのネックレスは旦那さんからの贈り物?」
「うん。持っていてって渡してくれたんだ。自分の命、全部あげるって」
「?ふぅん。命って、随分重たいこと言う人なのね」
重たいと素直な感想を述べるアンテロスと視線を合わせ、唇をぐっと結び、にやけそうになる口元を堪える。あぁ、重たいんだな。と思う気持ちと、それを喜んでいる自身の気持ちが溶け合って、愛し合っていることを強く感じて嬉しくなってしまった。
「で、あなたも命をあげてるの?」
「うぅん、あげてない。いや、うーん……」
はっきりと否定してから、何か思い出したかのように顎へ拳を当てて視線を下げ、少し顔を俯かせる。
「アンテロスも、推しカプ作りを始めてから、一度くらいは経験無いかな?死んだはずなのに生きてたこと」
「あるー。今死ななかった?って不思議だった」
「欠落っていうのを持った俺達は、死んでも蘇るんだけど、その欠落を埋めてくれる存在に殺されたら蘇らないんだ。旦那様は俺にとってそういうひとなんだけど……」
「そうなの?怖……でもじゃあ、命をあげてるってことじゃない?」
殺されたら蘇れない相手がいるんだと知ったアンテロスが身震いし、品行方正は難しくても相手を選んでいれば、もしかするとそういう相手と出会す機会が減るかもしれないと心が揺らぐ。
それは今決めきれることでは無いからともかく、殺されたら死んじゃうのに命をあげていないとはどういう理屈なのだろうと首を傾げた。
「……。あのひとは俺のこと……大好きだから、絶対に殺せないんだ。俺は命はあげないって約束していて。だから、俺を殺せるひとだけどあげてない」
「フクザツ〜……。でもよーするに信頼関係ってこと?ふっ、オニーサン顔赤いよ」
「ん……こんなにいっぱい惚気けるの初めてだから、恥ずかしくて」
無自覚に赤面していたのを指摘され、クラウスが華奢な身体をもっと小さく丸ませる。
オニーサンビジュいいなー、相手どんな顔してるんだろ。なんてアンテロスが興味を引かれているうちに、たこ焼き屋台の前へ来た。
「買ってこうかな」
「美味しそ〜!ぅゎ、ぁ〜……わたしお腹空いてないからいいや……」
がま口財布を開けて中身を数えてからパチンと閉じたのを見て、「奢ろうか?」とクラウスが提案する。
「え!?やさし!」
「今日は推しカプ作り諦めてくれたし、俺の惚気話を聞いてくれるお礼だよ」
「えぇ〜迷うぅ〜何買ってもらおう。屋台で一番高いの何だろ」
クラウスは手早く会計を済ませてたこ焼きを買い、アンテロスが悩むのを待つ。少しでも得をしようとしていることに感心してしまう。
「わかった!ケバブ食べてみたい!」
「ふふっ、いいよ」
「ついでに豚串もいいですか!?」
「もー、しょうがないなぁ」
「やったー!」
ぴょんぴょん跳ねて、こっちこっちと手招きをするアンテロスを見失わないよう、クラウスも足早に後を追いかけた。
✧
丁度空いたベンチへ並んで腰掛け、熱々のたこ焼きを息を吹きかけて冷ましたり、ケバブの包装を整える無言の時間。各々でいただきますをして口へ運び、談笑をする前に一度きちんと味わいたいのは二人とも同じだったようだ。
地域を見ずに買ったたこ焼きは表面がカリッとしていて、中はタコだけではなくキャベツも入っていた。家にたこ焼きが作れる器具はあっただろうか?一緒に作りたいなーなんて思いを馳せながら、二、三口も食べれば自然と会話が生まれ始める。
「どんな人なの?旦那さん」
「俺の旦那様ね、すごくかっこいいんだ」
「へー、めっちゃ見たい。そのかっこいいって見た目?たまに中身のこと言う人いるよねぇ」
「両方かな。いつも俺のことを一番に考えてくれて……」
「うーわ、超惚気るじゃん」
「ふふっ。最近は料理を頑張ってくれていてね、どんどん上達していくんだ。……その背中もかっこいい……」
ぽそりと呟いて照れ隠しにたこ焼きを頬張る姿を見ているのが、果たしてわたしでいいのかとアンテロスは思う。こんなに嬉しそうな顔、一番見たいのも見せたいのも旦那さんじゃない?と。ふと感じた天然物を全肯定するような思考を掻き消すように、ぷるぷると頭を左右に振った。
ビジュさえ良ければ関係値は別添えでいいんだわたしは。
――でも、女子会っていいな。
……いやこの人男だったわ。
「料理男子かぁ、いいねぇ。そういうの後ろから抱きついたりしないの?漫画とかでよくあるやつ〜」
「ん。火や包丁使ってるし、危ないって怒られないかな」
「わかんないけど、それだけあなたにデレデレだったら、ご飯の支度中断してでもいちゃついてくれるんじゃない?」
「……。うん、そうだね」
容易に想像がついたのかクラウスの幸せそうな照れ笑いを見て、アンテロスは爆発しそうになる感情を必死に宥める。思わずケバブを握り潰して自分の口へ突っ込んで叫びそうだった。旦那さんの面を見たい。写真とか無いのだろうか。
「は〜〜〜てぇて、んおっほん。べ、別に尊いとか思ってないけどね!もっと聞かせてくれたっていいんだから……!」
萌えたいのに相手のビジュを確認していないから手放しで萌えられない、生殺し状態に耐えつつも欲望を駆り立てられる悲しきオタクのアンテロスとは対極に、クラウスはふわふわと幸せに心が蕩ける想いで顔を綻ばせている。
普段こういう話をする機会はあまり無いから恥ずかしいけど、大好きなひとの話をできるのはすごく嬉しいし、楽しい。もっと話していいなら、聞いて欲しい。愛おしさに胸がきゅっとしても、いつもは本人に大好きって伝えるか、心の宝箱にしまうばかりで溢れているから。
「えっと、じゃあね……」
これは俺だけのあのひと。こっちは、こんな素敵なところもあるんだよって知って欲しい。……いや、自慢したい、のかな。なんて、時折薄っすらと自分の中に湧き上がる独占欲や、自慢したくなるような奇妙な感情へ、意図的に意識を傾けようとする。
日々の変化は小さくても、随分変わったみたいだ。
――幸せだな。そう、思った。
「じゃあね!」
と、あっさり遠ざかろうとする背中へ「……えっ?」と動揺してしまう。
透空としてはもう、控えめに言っても友達に片足を踏み込んでいるくらいの気持ちでいたから、きっと一緒に遊んでくれるものと思っていた。だから寂しく感じてしまった。
「アンテロスさんっ」
名前を呼んで駆け出すと、彼女の眼前へ出て足を止めさせる。祈るように胸の前で両手を組み潤んだ瞳で、目を丸くしてきょとんとしているアンテロスと見つめ合う。
「なに、どうしたの?」
「私とは一緒に遊んでくれないんですか……?」
「物好きだねぇ~……」
「私、透空っていいます。ここで出会ったのもきっと何かの縁でしょうし……折角だから一緒に遊びましょうよ!」
「はぁ、……うん、そういうことならいいけど。あっ、ブランコでも行く?走ったから座って休みたいでしょ」
遊ぶのは構わないけど疲れてそうなのに何処に行こうかなと、アンテロスはぐるりと周辺を見渡してぼんやり考える。何か食べるでも無いのにテーブルのある席へ座る訳にもいかないし、屋台近くのベンチ類も同様に気が引ける……座れるかつ気が向けば漕いで遊べるし、とブランコを選んでみた。
パタパタと服の中へ風を送り汗を落ち着かせる透空が、簒奪者である彼女の小さな気遣いへ嬉しそうに笑う。
「えへへ、やっぱり優しいですねアンテロスさん」
「やめてよ、別に馴れ合う気とか無いんだから」
言葉とは裏腹に満更でも無い顔をしていて、透空の笑顔が一層増す。
そうと決まれば早速向かおうと並んで歩く道中、人波に攫われそうになったアンテロスを救出したり、足元の段差に気付かず転びかけたところを今度は助けられたりとちょっとした冒険を二人きりでして、気付けば一緒になって笑い合っていた。
✧
屋台の並びから離れて多少暗くはなったけれど、ブランコへ座り見上げた空は相変わらず照明に負けて殆ど星が見えない。月は、まだ建物の影に隠れているのだろうか。
「アンテロスさん!」
「なぁに?」
「私……アンテロスさんの恋の話、聞いてみたいです!」
思いもしなかった要望にアンテロスはぽかんとして、少しの間沈黙が訪れた。視線を横に滑らせ、右手の人差し指で頬を掻く。
「わたしのかー……んー、……萌えって意味できゅんとしても、恋ってしたことないんだよねぇ。人の見てるのが楽しいからさぁ」
「これまで他の方から聞いてきた恋の話でも構いません!こう見えて私も、恋のお話は大好物ですので!そういうお話、沢山したいです!」
他所へ逸らしていた視線を透空へ戻す。ビジュだけで取って付けた恋愛をさせる自分に、透空が楽しめるような恋の話なんてある訳が無いだろうに。その辺を考慮せず、キラキラとした真っ直ぐな瞳で見てくる純真な姿がほんの少し眩しい。
「無いよぉー、わたし空想や妄想ばっかりしてるんだから。透空の方がよっぽどあるでしょ?ねー、誰かいないの?片思いの人とか、恋人とか〜」
「えっ?」
話題を返した瞬間に、透空の声が僅かに上擦った。
おやおやおや?これはこれは?もしや?
「わ、私の話ですか……?」
両手共ブランコの鎖をぎゅっと掴んでほんの少し背中を丸め、砂利を擦る音をさせながら足を引いてぴったりと綺麗に揃える仕草は、動揺していると見える。
「そう、透空の!そういうの天然物っていうんでしょ?透空にはないのー?養殖じゃないやつ」
「そ、そうですね……恋愛的に好き、って人はいるわけじゃ、ないですけど……ずっと一緒に居れたらいいな、って人なら……いますけど、それくらいですよ?」
「ふぅん?……あー」
狼狽える透空へアンテロスは意地の悪い笑顔を浮かべ、ギッと金属が擦れる音をさせて身を乗り出した。
「さては恋愛話が好きなのってぇ、その“ずっと一緒に居られたらいいな”って人のこと、血縁者みたいなノリなのか大親友なのか恋なのかわかんないから、人の恋愛話聞いて『私はどうなのかな』って参考にしようとしてるぅ?」
「!?」
「あー!なになに、図星!?詳しく教えてよその話〜」
「ち、違いますそんな、それに、アンテロスさんのお眼鏡にかなうような恋の話なんて、そんなの……ないですよ……」
消え入りそうな声で、それでも精一杯告げる。
けれどアンテロスにとっては“都合がいい”。
だってそうでしょ?相手のビジュがどうかは知らないけど、無理にくっつけるのは駄目でも、こういう片思いの子の背中を押すなら文句無いでしょ?
アンテロスはブランコから立ち上がり、心の逃げ道を無くすように透空の目の前に立つ。彼女が鎖を掴むよりずっと上の方をアンテロスも掴み、簡単に立ち上がれないようにして、やがて差し込む月明かり等からも隠して見下ろし、にこりと笑う。アンテロスの長い髪がさらりと肩から滑り落ちた。
「ねーぇ、いいじゃん教えてよぉ?そんなに親しくない方が打ち明けられることとか、あるくない?」
「うぅ……その……。幼馴染、なんです。その人」
「うわ、めっちゃいい!で、どうして意識し始めたの?」
「い!?意識だなんてそんな、こと……」
どんどん顔が俯いて目を伏せてしまう透空を追い掛けるように、アンテロスは鎖を掴む手をするすると下へ落としながらしゃがみ、下からじーっと見上げて覗く。
暗いから、頬が赤く染まっているのはあまり分からなかった。
「髪、汚れませんか……?」
「泥じゃないしいいよ。砂は叩けば落ちるし、帰ったらお風呂入るし」
「そうですか……」
「わたし、髪の心配より青春の恋バナ聞きたいな〜?」
「うっ」
甘ったるい猫撫で声で先程の続きを促され、全身が緊張で強張ってしまう。平和に仲良く楽しく語り合うつもりが、すっかりアンテロスのペースに飲み込まれている気がするけれど、外見以外に忖度しない彼女に話すだけなら、いいかも知れない。
「恋じゃないです……!意識も、その……当たり前になってったんですよ……ご近所付き合いも長くて。だから、そういうのじゃなくて、……。でも、色んな私のことを、幼馴染だけが知ってる、ので……」
“私”を知っていて、それでも離れずに居てくれるから。
すごく――ほっとする。
……。
火を吹きそうなくらい顔が熱くて、もう話せそうに無かった。
アンテロスの視線が明後日の方へ逸らされる。
何か考えているのだろうか。
「ねぇ、そういうのをさ」
「?」
「例えばわたしが透空と幼馴染の人をわたしの力でカップルにするのはダメ?まぁ、うんダメか。透空は恋愛じゃないって言ってるもんね。……んー、難しいなぁ!」
「……ふふ、力の使い方。考えてくれたんですね」
「あれだけ色んな人から散々煩く言われたら、ちょっとだけ考えるでしょ」
「ちょっとなんですか?」
「ちょっとね!ちゃんと考えたら負けな気がする」
不貞腐れてそっぽを向くアンテロスを、透空がくすくすと笑う。素直じゃないけれど、歩み寄ろうとする姿勢は見せてくれているみたいだ。……アンテロスの欠落を知らないから、それ次第ではもしかすると、どう工夫しても欲望に勝てない彼女と戦い続けなければいけないけれど――仲良く過ごせる未来を信じていたい。
「ふふ!じゃあ、いつか私達が勝ちますね……!」
「ふぅん?ま、次は恋人連れてきてよ」
「こ……!?べべつに彼はそういう、恋愛とかじゃ」
「未来の恋人が幼馴染なんて一言も言ってな〜い」
「はぅあ!?もー!意地悪です!」
静かな遊具エリアに、はしゃぐ少女達の声が響く。
見知らぬ誰かが聞いたなら友達同士みたいな、そんな温度感だ。
――さて、上手いこと狙われた二人から気を逸らすことが出来た。
んじゃ、お祭りを楽しむか!
……とは、ならないのがゲーマーという性質である。
ミヤビは賑わいを見せるメインの屋台が並ぶ方向へ背を向け、ソシャゲのデイリーをこなしながら自宅へいち早く帰るべく歩を進めていた。
(暑いのう……早く冷房で涼みたいものじゃ。あいすくりんでも買って帰ろうかのう)
もうそろそろ、イベントの周回にラストスパートをかけなければならない。本来ならば大金を積んでガチャの副産物として獲得するような強化アイテム達がイベント産のアイテムを集めるだけで無料で交換が出来るのだ。根こそぎ回収しなければ勿体無いと、時折周囲を気にしつつスマホの画面を操作して黙々と歩き、公園の敷地を出ようとする所まで来ていた。
だから漆黒と理央は、ミヤビを追ってこの暑い中を走ることになった。
「あっ!居た居た、ミヤビ!」
「ミヤビさんみ~つけた!もう、隣を見たら居ないからびっくりしましたよ……」
見つかってしまった。という顔をミヤビがしたのは、決して二人と過ごすのが嫌という訳では無い。
友人という存在も勿論大切だけれど……今日はゲームというもうひとつの生き甲斐が待っているだけのこと。
「色んな店があったぞ!一緒に見て回ろう!」
「そろそろ帰ってげーむをしたかったが……」
「折角のお祭りですよ、一緒にいきましょ~♪」
「いや、わしは……おぉ」
無垢な笑顔を浮かべた二人に、左右の手それぞれを引かれていくミヤビ。
夏祭など大抵阿漕な物売りが居る程度で、何がそんなに楽しいのかと正直な感想を抱きつつ、一緒に過ごしたいと思ってくれる二人の気持ちを無下にすることも出来ずに大人しくついて行く。
渋々といった様子を滲ませていたミヤビだったが、メインと言える賑わいを見せる通りへ踏み入れて、直ぐに考えを改めることとなった。
「……おお」
屋台が多数立ち並ぶその通りには、活気溢れる人の声が満ちていた。
電球や提灯がカラフルなテント屋根を煌々と照らし、うちはこれを売ってるよ!と大きな文字で主張してくれている。食材を焼く店からは調理時の熱気や湯気に芳ばしい香りが乗って漂って来て、アニメキャラクターや動物みたいな可愛らしいお面を沢山並べた店や、ボードに玩具や雑貨が貼り付けられてくじ引きのようなことをしている店もある。
ミヤビが想像していた大正時代の田舎のお祭りとは比較にならない程に、現代は明るく華やかな店が並ぶようになっていた。初めてのことに感嘆の声をあげ呆けていると、√ウォーゾーン出身の漆黒や、√能力に目覚めた際に記憶を落としてしまった理央もミヤビと同様に、知識として知ってはいても体験するのは初めてのお祭りを前に瞳を輝かせていた。人の流れに従いながら、あっちこっちへ顔を向けては美味しそうと呟きを落とす。
「屋台の食べ物ってすごく色々種類があるんだな……!」
「そうですね!すっごい色んなのある……!何もかも美味しそうに見えちゃう……!」
「これ程あると食べ切れん、選ばねば……」
「うん、……そうですね……!」
理央が言葉を溜めたのは食べたいものが多すぎて、理性的なミヤビの苦悩に一瞬煩悩を冷やされたから。とはいえ浮かれる気持ちは抑えきれなくて、「ええと、あれとこれと……」と食べたいものに目星を付けている漆黒に「あれも、これも……買っちゃいましょう!」と、ぐっとサムズアップして悪魔なのか天使なのか分からない誘惑をしてしまう。「い、いいのか……!?」なんて息を呑む漆黒と理央のやり取りに挟まれたミヤビまで、欲に気持ちが傾き始めた。
「迷ってしまうのう……」
「二人はどんなのが好きなんだ?」
「美味しいものが好きです……あ、いいこと思いつきました!シェアしませんか!?」
「それだ!」
天才的な閃きにぴょんとスキップ交じりに歩く理央へ、漆黒がぱちんと指を鳴らす。名案を思い付いた二人の様子に、ミヤビはきょとんと首を傾げる。
「何、しぇあ?というものが……」
「分け合って、ちょっとずつ色んなものを食べるんです!」
聞き慣れないシェアというものを理解したミヤビが頷くと、候補のひとつに挙げていた唐揚げの屋台を振り返った。
「では、唐揚げも購入して良いかのう」
「いいぞ、じゃんじゃん買おう。屋台飯パーティーといこうじゃないか!」
「パーリーナイトです!おー!」
「おー」
気合を入れて拳を掲げたり、或いは見よう見真似で掛け声に続いてみたりする。
そんな彼等が購入したのは、たこ焼き、ベビーカステラ、タンフールー、焼き鳥串、からっと揚げたポテト、唐揚げ。それから、不思議なもので……家で手軽に作れる焼きそばも、屋台となると非常に美味しそうに見えてしまう……。どうしようか迷って全員が顔を見合わせているのだから思い切って買ってしまおうと頼んでみれば、取り分ける為の惣菜容器や割り箸を追加料金で貰えるらしい。助かるなぁと即決だった。
シェア出来そうなものを各々心行くまで購入し、偶然空いたテーブルベンチへ腰掛けると、先ずは焼きそばの屋台で貰った惣菜容器をお皿代わりに皆の前へ置き、箸を配った。
「では……」
「「屋台飯パーティー開宴です!」」
理央と漆黒が声を揃えて始まりの言葉を告げて拍手をすると、一緒になってミヤビも控えめな拍手をする。
とろとろ生地のたこ焼きに、太めに切って揚げられたポテト、醤油ダレが炭火で香ばしく焦げたふかふかの焼き鳥や、鉄板焼きの焼きそばも、にんにくは入れずに沢山のスパイスが効いた唐揚げも、どれもやや濃いめでありながら暑い環境下では助かるもの。キンキンに冷えた麦茶でお口のリセットをするのが爽やかで、それもまた気持ち良い。ベビーカステラは余りをじゃんけんして配ったり、一人一本のタンフールーはマンゴーやパインが連なる可愛らしい見た目で、表面はパリッと中は果物そのままで柔らかい不思議な食感がする。
「たんふーるー……思わず心躍る形をしている。わしはこれが気に入った」
「可愛いよな。宝石みたいだ」
アンテロスによる暴挙を阻止する為に消費したカロリーを、しょっぱい食事や甘味でのんびりと補給していく。
案外はしゃいでいる様子のミヤビと漆黒を見ながら、口の中に刺さらないか少しだけ怖くて慎重に黙々と咀嚼していた理央が小さく笑う。
(ふふふ、仲良しさんと一緒に食べると、より美味しくて幸せですね……♪)
段々と食べるコツを掴んでくると、パリパリとした音が三人分重なってリズムを刻み、くすくすと笑い合った。
✧
暫く食事を楽しんだ後、漆黒の提案でデザートにかき氷を食べようと再び屋台へ向けて歩き出す。
熱気であまりに暑いから、熱中症対策にも丁度良い。
訪れたかき氷屋台の前で、シロップのバリエーションを皆でじっと見つめて首を傾げる。
「ぶるーはわい」
「ブルー……ハワイ……」
「ブルーハワイ味……?一体どんな味なんだ?」
三人の視線は一所に注がれて、そこに書かれたシロップの味を読み上げる声が重なった。
「どんな味なんでしょうね……?海みたくしょっぱい、とか?」
「湖の味やもしれぬ。頼むとしよう」
「わたしも食べてみよう……!」
「チャレンジャーだな!?……俺もそれにする!」
ここに来て自分だけ同じ味を共有出来ないのは寂しくて、仲良く同じシロップをかけて貰う。通行の邪魔にならないよう端っこで寄り添い、零れそうなくらい盛られたふわふわの氷へスプーンを沈めた。
ドキドキしながら一口食べると、「ん~~!?」と嬉しそうに漆黒が唸る。ミヤビも態度は変わらないが瞳を輝かせ、冷たさに感謝する理央が天を仰ぐ。
「これは……青空の味!」
夜の闇が覆い、お祭りの明るさで星も少ない空だけど、今この瞬間はそこに真っ青な晴れ空が広がっているような気分だ。
青空の味って何だろうとは思いつつ、のほほんとその様子を眺めて食べ進める漆黒とミヤビもまた、殆どが青く染まっていくなか所々雲のように白い氷が浮かぶのを見て、確かに青空を食べたみたいだと感じて微笑んだ。
かき氷を食べ終わると、次は射的へ挑戦してみることにした。
普段銃とは縁遠い理央とミヤビは、店主のおじさんや漆黒から構え方のコツなんかを教えて貰ってから、使用するコルク銃を両手で受け取る。想像するよりも重くて上下に振ってみたりして、一時の相棒と戯れてから慎重に構えて引き金を引く。……が。
「当たらない……!」
一回につき挑戦出来る三発とも、目当ての景品に掠りもしてくれず、理央は悔しさでぐっと口を引き結んだ。ミヤビは黙々と財布を開き、次の一回を購入するか残金を確かめて思案している。
「ふっふっふ。射的は腕の見せ所だな!」
順番が回ってきた漆黒は慣れた手付きでコルク銃を構えた。カッコ悪い所を見せたくないとつい緊張してしまうから、欠けた自信が気弱な自分を引っぱり出して来る前に、ふっと小さく深呼吸をして集中を図る。しっかりと狙いを定めて引き金を引けば、割れ物に該当する景品の代わりに置いてある札をカコッと弾き落とした。
「……わ、漆黒さん上手!」
「良しっ!」
これには思わず渾身のガッツポーズをして、店主から袋に入った景品を受け取る。そっと中身を覗き見ると、『漆黒の支配者の備忘録~世界最強になって崩壊した世界を再生した話~』で一部のファンから熱狂的に愛される、もふもふした動物姿の流浪の商人が描かれたマグカップが入っており、感動や喜びで口元が綻ぶ。
――自分の狙ったものを取れたのだから、残り二回……挑戦していいなら二人が欲しいものを狙ってみたい。店主に相談するとニカッと笑い「二人の挑戦が終わるまで、今回は待ってやろう!」と気のいい返事を返してくれたから、甘えることにした。
「エイムもやる気も十分だ!二人が欲しいものがあったら、気合いを入れて頑張るぞ!どれでも言ってくれ!」
「……はっ!では……あのぬいぐるみ、欲しいです!」
未練を抱えてじっとぬいぐるみと見つめ合っていた理央だったが、その言葉ではっと我に返り、ここは素直にお願いすることに決める。
「……」
次の一回をラストと決めて、何とか自分の手で獲得しようと足掻いたミヤビもまた、三回とも当たらずに店主へコルク銃を返却した。中々難しいと日頃ならあっさりと諦める所だけれど……もう今は販売されていない、散々やり込んだゲームの人気キャラの人形だし、折角の申し出だから是非欲しいと思った。
「漆黒殿、わしの敵討ちを頼む」
「よし!任せてくれ!」
二人の要望を聞き、漆黒は再びコルク銃を構える。
同型機よりも幾分か精度は劣るが、それでもRIA型の端くれだ。
緊張に震えてしまいそうな指で何度かグリップを強く握って気分を落ち着けてから、引き金へ指を掛ける。
狙い澄ました通りにパンダのぬいぐるみと、人形の代わりに置いてある札を次々に撃ち、ころんと倒していった。
「わー♪凄いです漆黒さん!」
「上手いのう……。今度、ばとろわのしゅーてぃんぐげぇむでも一緒にどうじゃろうか?」
「最後まで生き残るとチャンピオンになれるってやつか?楽しそうだな!」
理央はぴょんぴょんと小躍りしながら店主からぬいぐるみを受け取り、ミヤビは人形が収められた箱が入った袋を受け取る。
「……来てよかったのう」
真っ先に帰ろうとしていたミヤビからそんなセリフを言われたものだから、漆黒と理央が顔を見合わせ嬉しそうにくすっと微笑んだ。走って追いかけてみて良かった、と安心した。ちょっと強引だったかなと思いつつ、どうしても皆で楽しみたかったから。
ミヤビも近代のお祭りは初めてのようだし、物資不足や争いの絶えない世界に生きた漆黒と記憶を失くした理央も初めての経験で、そんな貴重な経験を同い年の皆で出来たのが一層嬉しくなった。
「二人が居なければ、屋台飯の味もこの楽しさも、知らないままじゃった。……わしが絶望的に射的が下手なことも、のう」
「わたしもへたっぴでしたから、仲間ですね!この後はどうしましょうか?」
「花火まで時間がありそうだし……皆へおみやげも、何か探してみるか!射的以外でっ」
「賛成です!あっちの方まだ見てないですよね、行ってみましょう!」
ぬいぐるみを抱えた理央がうきうきと先に駆け出して、くるっと二人を振り返る。
手招きをする朗らかな笑顔に漆黒とミヤビも並び、三人揃って次の屋台を目指して歩き出した。
✧
タンフールーを齧りながら、アンテロスは買い物中の三人と擦れ違う。
まぁ折角だから観察していこうと少しだけ後をつけていた。
(女の子が一人、男の子が二人。ぱっと見同年代っぽい三人組。ふぅん、なるほどね。イイじゃん夏の終わりのロマンスってやつ?)
ここから恋のときめきが始まってもおかしくはない。
(えー、くっつくならどっちと?大人しい不思議なひともいいしー、でも波長はあっちの元気なひとと合う?いやー、気になるなー。青春ってやつぅ?……ぁ)
……成程、確かに自分好みにカップリングしなくても楽しめている。
ほんの少しだけ彼等が言ったことを汲み取った気になって、長居してもお祭りが終わってしまうと踵を返す。
「まー嫌いじゃないかなぁー……こういうの!」
呟いた声は誰に届くでも無い独り言だけれど、自分自身の心には僅かに響くものがあった。
お祭りを楽しむ皆のことを、一通り見たり一緒に過ごして色々考えた。何が良いとか悪いとか……まぁでも、だからって長年推してきたビジュのいいカップル達がいちゃついてるとこを見て萌えたいって気持ちは簡単に覆りはしないけど。
(要は本人達の意志を無視してくっつけさえしなければいいってことでしょ。って、思うじゃん?それ難しくない?両片思いなんてどう判断したらいいのさ)
むっと考え込んでいるところに、知らない人の声が聞こえてきた。
「おーっと、花火見に来たらアンテロス先輩いるじゃん。はじめまして」
その名前で声を掛けてくるなら、またきっとお人好し達のお仲間さんだ。そう感じたアンテロスは大人しく、声のした方へ顔を向けて「どうも」と素っ気なく返す。今度はどんなお説教をされるんだろうと身構える所為で、何処となく死んだ魚のような目をしている。
さっきの人達の中には居なかったから遅れて来たのか、それとも偶然ばったり会っちゃっただけの、わたしを知ってる人なのか……。
「はじめまして。オニーサンも誰かに言われて来た感じ?」
「八月も終わる時期に花火なんて珍しいだろ?だから見に来たら、偶然アンテロス先輩が居たんだよ。最近養殖だなんだと先輩の話題で持ちきりだぜ」
「うーわ……ダル……。もー、誰よほんとに!妙なもの作って奪われた間抜け!」
がっくりと肩を落として両手で顔を被ったアンテロスへ、ジェイド・ウェル・イオナ・ブロウクン・フラワーワークス(h07990)が爽やかそうな笑顔を向ける。
「暫く忙しいな、ドンマイ!」
「うわぁん!返してわたしの平穏な推しカプ作りのハッピーな毎日!」
顔を覆った手を退けると、嘘泣きする軽い調子ながら目に涙を浮かべてすんっと鼻を啜る。
「で、どうしてわざわざ声掛けてきたの。偶然だったら首突っ込まなくて良かったんじゃない?」
「それがなかなか難しい性質だってのは何となく知ってるだろ?」
「あー……迷子の子を本部まで連れてって走って来た子いたわ……」
「ははっ、そゆこと。出会したら声も掛けるよ」
難儀だなぁ疲れないのか、と自分のしたいことを邪魔してくる人々を想う。好きでやっているなら他人が何かいうことでは無いだろうから、進んで言及はしないけれど。それこそ考え方が違う人達の生き方なんて、幾ら話しても交わるのは難しそうだし。
言いたいことが何かあればサクッと聞いて早々に別れるのがお互い無難かと、何か言いたいことでもあったか問い掛ける前に「あんたの気持ちもわかるぜ〜」と言われ、瞳にぱっと輝きが戻る。
「大切な人らが付き合うとか結婚するとかなったらさ、まず第一に顔が良くないと駄目!って派閥」
「は!?話解る人いるんだ!?」
「おれらにだって先輩みたいに個性はあるぜ」
「うわー、感動!」
「イエーイ」
先程までの怠そうな様子から一転、駆け寄って来たアンテロスへ掌を見せると、彼女が掌を叩いてくる。手袋越しでは音も鳴らない軽さで意気投合を記念したハイタッチをすると、飲み物でも飲みながら少し語り合おうということになった。少し離れた自販機で買って、座るのはまぁ、その辺の適当な遊具に乗るか寄りかかるかすればいいだろう。
薄闇の中で光る自動販売機へ近付くと、公園だけあって大きめの水やお茶が多く並んでいる。小銭を入れたジェイドは、大は小を兼ねるでしっかりしたサイズの水のボタンを押した。飲むにも冷やすにも使えて便利だ。
「おれの奢りな。好きな飲み物買いなよ」
「やさしー!じゃあこのキャラメルのやつがいい!」
有名な喫茶店の緑のロゴが入った小さめの缶を指し示すアンテロスへ頷いたジェイドが小銭を入れてボタンを押すと、彼女は転がり落ちてきた缶を両手で取り出し早速頬に当てていた。
酷暑では無いが、今年も暑い。
場所を移して平均台の高さが異なる丸太の上を、自分が使う物だけ砂を払ったりハンカチを置いて腰掛ける。それぞれに飲み物の封を開け、「かんぱーい!」なんてボトルや缶を掲げて口をつけた。
買ったばかりのそれらはとても冷たくて、飲み込んだまま息を止めてぎゅっと目を閉じたり、ほっと息を零したりと、それぞれに生き返る心地を堪能している。
「……はー……。みーんな凄いよねぇ。顔や見た目より性格っていうの?聖人サマばーっか」
「顔も大事だよなー」
「ねー!いや嬉しいな〜、邪魔してくる人しかいないと思ってた」
「立場上邪魔はするぜ?」
「うげー。ま、いいけどさ。……やっぱまじでビジュが最高な人は釣り合う人といちゃついてて欲しー……」
「わかるー。おれも大事なやつがいてさ、気づいたら結婚してたんだけど。おれより顔良くなかったらぶっ飛ばしてたね、結婚相手を」
「その大事な人カワイー?」
「最高にカワイー」
ふぅん、と深く掘り下げはせずに取り敢えず聞く姿勢を見せるアンテロスが飲み物をちびちびと飲み、ジェイドは物思いに耽るようにボトルの中の水を転がした。
「でもまああくまで“第一に”なわけで、顔が良くても性格悪いとかやだろ」
「DVクズ野郎や酒乱やギャンブル中毒までいくとやだけど、そんな気にする?」
「幸せになってほしいだろやっぱ。顔以外も良くないと駄目だね」
「うーん、そういうものなんだ……。その大事な人の結婚相手はどうだったの?顔良くなかったらぶっ飛ばしてたんだったら、見たことはあるんでしょ?話したことは無い系かな」
「……話したこともあるよ」
「ぶん殴れなかったんだ……?」
深く長い溜息が答えだ。「あーあ」という短い相槌は淡々として冷たいようで、一切寄り添おうとしないのはとても気楽に感じる。
「あなたじゃダメだったの?」
「おれ?おれは駄目だよ。顔以外ぜーんぶ、な」
「ふぅん?わたしはビジュさえ良ければなーんでもいいんだけど。あ!」
名案を思い付いたアンテロスが、ぱちん!と両手を叩く。
「良かったらその大事な人とくっつけてあげよっか!?そしたら幸せでしょ?」
「不幸になるわばーか」
「何でぇ?わっかんないなー」
「解ったら|簒奪者《そっち側》じゃないだろ」
「それはそう」
「自分で言うか?」
「あっはは!」
顔を見合わせて笑い合い、腰掛けた平均台からジェイドが立ち上がる。立ち去る空気を感じてアンテロスも飲み物を煽って立ち上がり、スカートをぱたぱたと叩く。
「おれみたいなお節介が他にも来てるんだろ?」
「うん。いち、に、さん……」
「ならあいつが来てるかもしれないから、ばったり会わないうちに行くわ」
「ん?あいつって大事な人のこと?」
「そー」
何気無いアンテロスの質問は当たっていたらしい。
……そう言えば、男の人同士で結婚したって人いたっけ。この人の大事な人の性別とか、聞いてなかったな。と思考を巡らせつつ、まぁビジュいい同士らしいから文句は無いかと、軽く流すことにした。
「花火まだなのに帰っちゃうの?」
「公園出て少し行った先に土手があるだろ?そっちで見るわ」
「あぁ〜、頭いいね」
「褒めてもなんも出ないぞー。じゃ、お祭り楽しんで」
「はーい、またね!……くっつけて欲しかったらいつでも言ってー!連絡先知らないけどー!」
背を向けてひらひらと手を振る背中へ、アンテロスも手を振り返す。
ビジュも中身も良い人なら誰とくっつけても怒られないかなー?と考えるけれど、外面を見ただけじゃ判断つかない。
「中身もなんて、恋愛のハードル高すぎでしょ皆……」
残されたアンテロスは眉間に皺を寄せ、ぽつりと呟いた。
「じゃあ、はい」
と、カレンが再び手を差し出した。
「まぁ、あなたと握手はするけど」
その手は懲りずに握手を求めるものだと思ったアンテロスが自分の手を重ね、ぶんぶんと上下に振る。
「仲間になろうっていうのじゃないからね。無理矢理っていうのは要検討だけど……あなた達みたいにいい人になるの疲れそうだから、今は考えたく無いかな。ほら、お友達同士で来たんでしょ?わたし抜きで楽しんで来たらいいじゃない。じっとしてたら勿体無いんだから」
手を離して“じゃあね”、と言う前にカレンの手にぐっと力が込められた。痛くはない程度とはいえ驚いて二人の顔を見ると、カレンは少し拗ねたような顔をして、きららはにこっと笑っている。
「ちょ、え、なに?」
油断させて今更喧嘩する気かと身構えかけるが、どうやらそうでは無いらしい。
「アンテロスも一緒に回ろうよ」
「そうだよ、一緒にお祭り回ろう?」
「……うそでしょ?」
「ほんと」
「ねー」
簡単に手を離すつもりが無さそうなカレンと、ふくふくとした笑顔でカレンへ頭を傾けて寄せるきららの熱い視線がアンテロスへ注がれて、当の本人はどうして?と心底疑問で仕方ないといった様子。例えば魔法少女が何人も集って知り合うことなんて滅多に無い機会だったとしても、彼女達にとって好ましくないことをしていた訳だから、まさか誘われるとは思っていなかったのだろう。
二人が呆れるくらい善人達だというのだけは伝わったみたいだ。
「……わかったわよ。じゃあ、ありがたくそうさせてもらうから。……一緒にいこ?」
口を尖らせて俯き呟いて、ちらっと見上げる。控えめなガッツポーズやピースサインが見えて、ほっと息をついた。握手していた手を漸く離したと思ったら、すすす……とカレンときららがアンテロスを挟むように並び立った。
「えぇ!?わたしが真ん中なの!」
「別にいいでしょ」
「来てくれてありがとう、嬉しいな」
「そんっ、えぇ……?」
「さ、行こ!」
「はわ!?」
フレンドリーさに困惑しているアンテロスと、クールな顔に嬉しさを滲ませたカレンの手をきららがそっと引く。するとそれに触発されたのかカレンがアンテロスの手を握り、頷いたきららはカレンの方の手を離してアンテロスと腕を組んだ。
遠慮が何処かに飛んで行ってしまう迄は捕まえていよう。カレンときららがほんのりと通じ合っている真ん中で、アンテロスは不思議と不快ではない交流に目をぱちぱちと瞬いていた。
(いやでも仲が良さそうな女子の間に挟まるのは……って、わたしも女子か……。いや、うん、お祭りを一緒にっていうのは嬉しい。でも、わたしが真ん中って、そうはならなくない!?)
ぱっとカレンを見る。
「どの屋台が気になる?」
(イケメンおねーさんだ……ちょっとキュンとするじゃん……)
ぱっときららを見る。
「甘いのもご飯物も、沢山あったよ」
(ぁっ、ねぇ、首傾げたら歩く揺れで頭擦り寄せてるみたいだってぇ……)
……。
……二人共ビジュは花丸かも知れない。
え?わたし美形と美人に取り合われたい系の趣味は別に無いんだけど。
異世界転生でもしちゃったかなぁ。
覚醒してから暫くして、こういうお人好しに邪魔されるようになってから、何故か死んでも夢見たいに元通りなんだけど……やっぱり世界線の移動とか転生とかしてるんじゃ……。
現実逃避めいた思考を繰り広げるアンテロスは、明る過ぎて殆ど星が見えない夜空を仰いだ。
✧
折角なんだから楽しめるだけ楽しもうとやってきた、お祭りのメインである屋台の並び。近付くほど濃く漂ってくる良い香りを吸い込むと、途端にお腹が空いてくる。そんな状態だから、どの屋台もとても美味しそうで全部食べたくなってしまうけれど、持って来たお金はそんなに多く無いから吟味しないと。
お小遣いはそんなに増えないのに品物の値段はどんどん上がっていくのを、理不尽だなぁなんて感じながらアンテロスはきょろきょろと見回して、きららも似たような想いを感じているのか、美味しそうと呟くのに大きく値段が掲げてある屋台は積極的に足を向けようとはしない。
「ほら、りんご飴でも綿あめでも、好きなの選びなよ」
「ん?もしかして買ってくれるの?」
「ひとつくらいはね」
「ふふ。嬉しいから皆で食べたいんだよね、カレン」
「そうなの?」
「……」
知り合ってたった数十分しか経っていないアンテロスでも、これは照れたのだと解る。
なるほどね、可愛いじゃない。なんて、カプ厨の血が騒げば雰囲気に慣れるのも早いもの。ギアが入ってきたところで、ぐぅ、と腹の虫が大きな音を立ててしまって恥ずかしそうに頬を染めた。
「たこ焼き、食べる?」
「食べるぅ……」
「じゃ、買ったげる」
「待ってー、わたしに買ってもらうのは甘いものがいい!たこ焼きはカレンが買ったのを皆で分けよ?」
アンテロスはカレンへ猫撫で声でおねだりをして、上目遣いに見つめながら繋いだ手を前後にふらふらさせている。狡賢い抜け道を使われて、カレンは鳩が豆鉄砲でも食らったようにぽかんとしてしまう。
「急に図太いな……」
「あははっ」
堪らずにきららが吹き出して、カレンもくすくすと笑い出す。
「はーやーくー!お腹空いた!」
二人を引っ張るようにしてたこ焼き屋台へ向かい、購入したのは関西風と掲げていた屋台のものを一パック。
踊る鰹節を潰したくなくて蓋を閉めずに容器を持ち、近場の空きベンチへ腰掛ける。皆でいただきますをしてから容器の中に並ぶひとつへカレンが爪楊枝を刺すと、そぉっと持ち上げ息を吹きかけ冷ましてから、アンテロスの口元へ差し出した。
「先食べていいの?」
「いいよ」
「じゃ遠慮なく!」
ぱくっと口へ含み口を閉じると、薄く焼けた表面から中身の生地がとろっと溢れ出してきた。出汁がしっかりとしていて柔らかくて驚いたけれど、サクサクした天かすも使われていて、ごろっと入ったタコと一緒に噛むと凄くジューシーに感じる。
美味しーなんて浸っていると、「私にもっ」とアンテロスの肩に両手を置いて身を乗り出したきららがカレンへ口を開けた。
(ぉっ?)
何だ、ヤキモチか?とつい捻くれた見方をして動向を見守る。
「近いって、アンテロスがびっくりするから」
なんて少し素っ気なく言うカレンが、もう一つ爪楊枝を刺して持ち上げ、少し冷ましてきららにも食べさせている。これは一体、どう捉えたらいいのだろうか。距離近くない?と思わなくもないし、皆で分けようと言ったのは自分だし、普通……?なのだろうか。
「ふふっ、ありがとカレン」
「どういたしまして」
そこまで甘ぁい空気感は無いんだよねぇ。と、悩むアンテロスがたこ焼きを飲み込みながら首を傾げた。
美味しく食べ終えた次は、かき氷も外せない。
夏祭りといえば思い浮かぶそれを一人一つ買ったものの、近くに座れそうな場所が空いていなかったから、食べながら歩くことになった。
「カレン」
「ん、なに?」
「最初のひと口、あげる」
「ありがとう」
(おぅおぅおぅ?)
混雑していて少し立ち止まったタイミングで、きららがかき氷を掬ったストロースプーンを、アンテロス越しにカレンへすっと差し出してまた仲良くしている。お礼を述べて自然な感じで貰っているから、流石に勘違いじゃなく近くない?と思わざるを得ない。
「二人さぁ、距離近くない?」
「え、そう?」
「何?普通でしょ」
「そっかぁ。……とはならないって!無理矢理じゃなくて理想や妄想だったらいいよね?ねぇ、実は付き合ってたりしないの……?」
きょとんとして見つめ合った二人が首を傾げる。
「ううん。友達だよ」
「うん。カレンやアンテロスと一緒できるのが嬉しいとは思ってるけど……それに、友達になったのもつい最近だしね」
「嘘だぁ、そんな親しくて!?」
「友達になったのが最近なの、そんな意外?」
「見えない見えない」
「……えへへ、ありがと」
信じられなくて驚いていると、照れたようにきららがはにかんだ。
これはくっつけてもいいでしょ〜!?と暴れそうになる心を必死で宥めてそわそわしているアンテロスに、カレンが苦笑混じりに微笑む。
「アンテロスともこうして打ち解けてる事を思えば、意外でもなくない?」
「それは……、……そっか。……?」
本当にそうなの?何か上手いこと丸め込まれてない?とは思いつつ、一応の理解は示す。かき氷の残りをしゃくしゃくと忙しくストロースプーンでシロップに馴染ませて、ほんの少しの抵抗を訴えて見せるけれど。
――ふと、手が止まる。
覚醒した時の動揺とかそういう、分かち合える相手としての絆を持っているのかなと思ったら、群れるのがあまり好きではないつもりでも、羨ましいなと幾分か寂しさのようなものを感じてしまったから。
「溶けるのも早いね……まだ氷っぽさが残る時にいちご味飲むと美味しいよ。きららも飲む?」
「飲みたいな」
「はい」
「ありがと。……ほんとだ、ひんやりして美味しい……!」
(いやぁ、やっぱカップリングの妄想してれば別に寂しく無いやっ)
自分を挟んでいちゃついてくれて感謝でしかない。単純な頭をしていて良かったと自画自賛をして、アンテロスは何とかして空気と一体になる為、無心でかき氷を食べ続けた。欲を言えば二人が背負う|花《背景》になりたい。
✧
途中途中、別行動なんかもしつつ花火の打ち上げ時間が迫る頃に再び合流をした三人。少しでも一緒に見られたらいいと、運動場に敷かれたブルーシートの上へ場所を取り、あまり広く占領しないように詰めて座る。
打ち上げのアナウンスと共にある程度の屋台は照明を落として、本来の公園の明るさへなるべく近付けていく。遠くで鳴った重たい音が地面を伝って身体に響き、控えめな星空に大きな光の花が咲いた。
「綺麗……」
「キラキラ散ってくの、お星様みたいね」
「ふふ、ほんとだね」
「消える前に願い事したら叶うかな〜」
「何を願うの?」
「そりゃ勿論、……最高のビジュカプが爆誕しますよーに!」
きららの問い掛けを受け、両手を組んだアンテロスが舞台演者が如く大袈裟な所作でキラキラと光って落ちていく光を仰ぐ。そこへ冷静に突っ込みを入れるのはカレンだ。
「願い事って口に出しながらでもいいんだっけ?」
「やだ待ってだめなの!?今のなし、違うから!」
「……っ!」
懸命に笑いを堪えるきららも、にやりと笑うカレンも、アンテロスに倣い願い事をしてみることにする。
それは二人とも、アンテロスがこのお祭りを楽しかったと思ってくれて、無差別なカップリング作りはやめてくれますようにということと……お互いに……きららが、カレンが、楽しかったと思ってくれていたらいいなぁって。
ちらりと見ると丁度目が合ってくすっと笑い、花火を見上げた。
――二人の相互の願いは、もう叶っているみたいだ。
今日は待ちに待ったお祭りの日。
暑さにバテて体調を崩したり、ちょっと忙しかったり、大規模な戦いなんかもあったから、なかなかイベント事とタイミングが会わずあっという間に夏も終わりかけていた。だから有名なお祭りは軒並み参加出来なくて、少し残念だなーなんて思っていたけれど、それを補って余りあるくらいにいいことがあった。
にへーっと緩みきった笑顔の真白・璃亜(h09056)が手に提げている巾着をぶらぶら揺らしていると、同じく待ち合わせと思われる隣の女の子が鏡を取り出して身嗜みを気にし始めたから、同じ女子としてつられるように前髪へ手櫛を滑らせ、着ている浴衣の帯び周りが乱れていないか腰を捻ってチェックする。
そんな時だ。楽しみ過ぎて三十分以上前に到着するくらい、一緒にお祭りへ参加してみたかったひとの声が聞こえてきたのは。
「おお、璃亜。待たせてしまったか?」
「ひゃい!?ぁっ、うぅん全然!さっき来たとこだよー!」
だいぶ愉快なポーズをしている所へ声が掛かって、素っ頓狂な悲鳴をあげてしまった。慌てた璃亜が視線を低めに正面へ向き直ると、中性的で綺麗な顔を柔らかく綻ばせた治部・亞比栖(h00488)が見上げて立っている。アビィと愛称で呼んでいるその少年は、お揃いの浴衣を着ているのにとても可憐で目を奪われる。少し目を細めて「そうか」と言って貰えて、にっこりと笑いかけた。
「では、……」
アビィが何時ものように手を差し出そうと持ち上げかけて止まり、自分の手と周囲の人の流れを見てから璃亜を見上げる。
「ああ、エスコートは祭りの雰囲気に合わぬか。……手を繋ぐ、というのはいかがかな?」
その提案を心の中で復唱した璃亜が、ぱちぱちと目を輝かせる。女の子同士の仲良しだとすることもあるけれど、恋人じゃない異性ともしていいのかな?って疑問だったから。そんな時、走り出した男の子にお母さんが「迷子になるでしょ!」って声を掛けて手を繋ぐのが見えたから、そっか、と合点がいった。
「……うん!はぐれないように手を繋いで行こっか!」
反対に差し出されてしまった手をきょとんと見下ろすアビィの心中は複雑だ。間違ってはいないが、そういうことでは無い。けれどそれも璃亜らしいと思えば、やや苦笑しつつも「まいろうか」と素直に握り返す。
今はまだ帰る客より向かう客の方が多い。人波に逆らわず流されて、慣れない下駄で璃亜が転ばないようにという気遣いを悟られないよう、アビィがゆっくりと歩く。ほどなく、お祭り会場となっている公園の敷地へ踏み入れた。
「わー!色んなお店があるね!」
「活気に溢れているな」
「何して遊ぼうか?ワクワクするね!」
璃亜はこの日の為にダンジョンで稼いだお金からコツコツお小遣いを貯めてきたから、懐は随分潤っている。が、つい普段の倹約が頭をもたげてしまい、ウィンドウショッピングのような様相を呈してしまう。素敵だね、美味しそうだねと楽しそうにしながらも買おうとはしない様子を見て、アビィは安易に買えばいいのにとも、買ってやろうとも言わずに思考を凝らす。
「あ、たこ焼きだ〜!関西風と、関東風?たこ焼きって、地域によって違うのかな?」
道を挟んで両者向き合って屋台を構えているから、地域表記が余計に目を引く。
「関西は出汁が多くとろとろで、関東は出汁をあまり入れずにしっかり中まで火を通したり、キャベツが入ることもあるのだったかな?」
「そうなんだ!アビィって物知りだねぇ」
「有名な話だよ。……たこ焼き……よいな」
璃亜は目を離さず興味津々といった風だから、折角なら食べ比べをしたいところ。楽しみつつ上手く自分が買う手段は無いものかとアビィは考え抜いて、博打ではあるが名案が浮かんで璃亜の手をそっと引く。
「食べ比べてみよう。射的で勝ったほうが奢る、というのはどうだ」
「射的勝負だね!ふっふっふー。私は手強いんだよー!」
アビィは銃をほぼ使ったことが無い。自信満々な璃亜を見て、これは失敗したかと肝を冷やした。
――結果、勝負に勝ったのはアビィだ。
「……掠りもしなかった……」
臨時で設けられている飲食用の席にちょこんと腰掛け、買い出しに向かったアビィを待つ璃亜。残念がって呟きつつ肩を落とすけれど……素の自分で勝負を楽しみたかったから、ポンコツのままで全力を出した結果こうなった。
(お礼に別のものを奢るのって、あり?なし?)
「璃亜、戻ったぞ」
「あ、おかえりなさい!」
「ただいま。さあ、焼きたてのうちに食べよう」
「うん!出来立てが一番だよね!」
熱々の容器を二つも直に持てなかったから、入れてもらったビニール袋から容器を取り出して卓上へ並べる。輪ゴムを取って蓋が開くと、ほわっと白い湯気が薄明りに溶けた。
「「いただきます」」
揃って食前の挨拶をしてから爪楊枝を持つ。先ずは味の思い出しも兼ね、関東風というものから刺して口へ運ぶ。
「あッ……!あふ……ッ!」
「っんん!」
二人共その熱さに口を閉じられず、手で隠してはふはふと空気を送って涙目で冷ます。
「……出来立てのたこ焼きって、こんなに攻撃力高いんだ!?」
「だ、だが、ソースの香りが広がりて、美味しい!」
ソースの味に鰹節と青のりの風味が混ざって、粉ものといえばこれという味を思い出す。外はさっくり、中はもっちりめ。にゅっと出てきたタコの弾力がやけに嬉しく感じる。スーパーのお惣菜やちょっとしたお店だと地域が明記されていなかったりするから特別気にしたことは無かったが、食べ慣れた食感と味がする。
さて、次は関西風。大阪はたこ焼きが美味しいと聞くから期待も高い。慎重に容器から取り上げるとふにゃっと柔らかくて、簡単に爪楊枝から滑り落ちてしまいそうなそれを慎重に口へ運ぶと、噛んだ途端にとろっと生地が広がっていく。和風出汁が優しくて、大きなタコと薬味のネギが食感のアクセントになっており、幸せという一言がぽっと心に落ちた。
「ふふふ」
目を閉じてうっとりとした満面の笑顔で味わっている璃亜をアビィが笑う。
「璃亜と一緒なればこれも楽しいな」
「ふふ!美味しくて楽しいねぇ」
口の中を火傷しないように、まったりゆったり。美味しい時間が流れていく。
✧
のんびりと過ごして食べ終わった頃、花火に関するアナウンスが流れた。
「もうじき花火のようだ。高台へ見にゆかぬか、璃亜」
ゴミを袋へ纏めて持ち、席を立ったアビィが璃亜へ手を差し出す。
「もう!?見たい見たい!」
差し出された手を取って、爛々と高台を目指し遊具のエリアへと向かう。その途中にお祭り用に設けられたゴミ箱へ持っていた袋を捨てさせてもらって、灯りが乏しく暗くなっていく中を転ばないように手を繋いで進む。
浴衣でも簡単に歩いて登れる背の高い遊具の上へ立ち、熱気や賑やかな空気から少し離れて涼んでいると、放送と共に先程よりも明るさが落ちて静かになった気がした。
間もなく、遠くでドンッという重たい音がして、闇夜に大輪の花が咲く。
「今宵の浴衣の柄は、花火の色を、その花へ写し取らんと選んだものだ」
アビィの言葉に璃亜は視線を浴衣へ落とす。光沢のある白い花達が確かに、花火が咲く音と共に様々な色を照り返していた。
「本当だ!」
「どうだ、なかなか――……」
面白いだろう。アビィが最後まで言えなかったのは……暗きなか少し離れて隣に立つ璃亜が、普段纏っている青とは違う、|赤や黄色《自分のような色》を纏っていて心を奪われたから。
嬉しそうに花火を見上げ微笑んでいた璃亜が、楽しいねぇとアビィへ声を掛けようと隣を見ると、じっと見つめられていて首を傾げた。
「……どうしたのかな?アビィ」
「……何でもないよ。花火、綺麗だなぁ」
「うん!綺麗だねぇ。すーっごく素敵!」
空を見上げた彼に、幾つか言えない言葉を飲み込んで微笑む。浴衣の花を指してこっちも綺麗だよね!とはまるで、私も綺麗でしょう?と言うようで口に出来なかったし、色とりどりに染まるアビィの姿が素敵だとは、何故だか面と向かって伝えるのがこそばゆい。
「ああ、とても素敵だ」
そう答えるアビィの横顔は、日頃の鋭い眼が僅かに眦を下げたような、柔らかい雰囲気を纏っていた。
去って行くアンテロスの背中を見送ったシンシアと境華は、少しの間時が止まったように立ち竦んでいた。小さく細い棘が刺さった時に抜けたのかどうか分からなくて何時までも痛むような……それに近い感覚で、彼女と対話をした際に言われた言葉を忘れようとしても、上手くいかない。
「行っちゃいましたね、アンテロス」
「はい、行ってしまいましたね」
ぽつりと呟かれたシンシアの言葉に境華も続く。
あの時返した言葉は、本当にあれで良かったんだろうか。
……心に靄がかかったような、ひんやりとした心地だ。
シンシアがぱちんっと両手を叩いて空気を変えようと試みる。
それを聞いた境華がシンシアを見ると、何時も通りの穏やかな笑顔を浮かべていて、釣られて微笑んだ。
「……さ、二人でお祭り!私、屋台見たいです」
「では私達も、お祭りを楽しみましょうか」
互いに歩き出しを待つように、半歩足を踏み出してから並んで歩き出す。屋台へ向かおうとしたところで人波に押され、はぐれないよう境華がシンシアの手を取り引き寄せた。
「わ、ありがとうございます……」
「危なかったですね」
じっと見る金の瞳にどきりとしたのは、転びかけてしまった焦りからだ。シンシアは助けてもらったことにほっと胸を撫で下ろす。親しい二人は握った手を離す理由が特に無いから、何を言うことも無くそのまま歩き出した。
(今迄も手を繋ぐ機会はありましたし。何もおかしくはありません)
仲がいいから、おかしいことはない。
こんな風に無駄に考え込んでしまうのは、アンテロスから妙な問をされたから。
時間が経てばきっと何時も通りになる。
そう、境華は自分へ言い聞かせて。
(離す理由はありませんから、繋いでいてもいいですよね)
決して悪いことはしていない。やましい気持ちも何も無い。
なのにどうして、言い訳じみた思いばかり浮かぶんだろう。
(……ぁ)
暑いなか手を繋いでいるから、少しだけ汗ばんできてしまった。
離すべきか迷うと境華が握る手に力を込めてくれたから、シンシアも少しだけ握り返す。
そう、仲良しだから。はぐれてしまったら困るから。
このくらい、何もおかしいことは無い。
✧
屋台を回っていると、様々なものが売っている。
恐らく近隣の市の中でも一番大きな公園らしく、かなり広い敷地で開催するから相当力が入っているのだろう。
フランクフルトに綿あめ……定番の屋台は何軒も出店されているものもある。色々と目移りしてしまって、これというものをなかなか決められない。
「境華さんは何か食べたいものはありますか?」
「私は焼きそばが食べたいです」
「では先ずは、あっ、丁度二軒先にありそうですね」
焼きそば屋台の前に辿り着くと、青海苔と鰹節が散らしてあるポピュラーなものと、薄焼き玉子に包まれたオムそばの二種類が置かれていた。
「どちらも美味しそうですね。どうしましょうか境華さん!」
繋いだ手を軽く引いて揺らしながら、うきうきと問い掛ける。けれど返答が返って来なくて隣を見ると、何やらぼんやりと焦点が合っていない気がして……境華の目の前で片手をひらひらとさせる。
「……境華さん?」
「――あ、はい、ええと。すみません、何でしたでしょうか」
「少し蒸しますし、具合でも悪いですか?」
「いえ、そんなことは」
「そうですか……?一人分食べられそうなら両方買って、後で選びましょうか。冷たいお茶やスポーツドリンクも売っているみたいですからそれも買って、ゆっくり食べながら休みましょうね」
「はい。そうしましょう」
頷く様子は何時もの境華で、一体どうしたのだろうとシンシアは疑問を抱く。とはいえ、我慢をして熱中症や脱水症状で倒れるような人では無いはずだから、信じて必要以上に心配はしないことにした。
「確か向こうにテーブルベンチがありましたよね。空いているといいですが……」
「運動場の方にも臨時で席が増やされているとか。もし空いていなければ、そちらも見てみましょう」
「これもまたお祭りの醍醐味ですね」
また人波に攫われないように、お会計を済ませる為に離した手を繋ぎ直す。先程よりは幾分か自然な気持ちで……けれどまだふわふわとして、硬いコンクリート舗装の道なのに、ふかふかの腐葉土の上を歩くみたいに、どうしてか足取りが心許無い気がした。
✧
焼きそばをのんびりと食べ終えると席を空け、秋の虫達の合唱をのんびり聞いて歩いていると、花火の時刻が迫るアナウンスが流れた。どうせなら空が広い場所を探そうと、スポーツドリンクのボトルを片手に園内を散策する。
池の周りが静かで視界が開けていて、花火を見るには丁度いいだろうと座れる場所を探せば、案外穴場なのか運動場の方よりずっと空いていた。
「もっと虫が多いかと思っていましたが、あまりいませんね」
「ええ、ベンチも空いていてラッキーでした」
ベンチの上が水滴で濡れないようにハンカチを敷き、その上に飲み物を置く。何となく手を繋いだまま腰掛けて、花火が打ち上がる瞬間を待つ間にこの夏の思い出を振り返り、くすくすと笑い合う。
「この夏は慌ただしかったですが、そのぶん色々としましたね」
「そうですね……それに、夏の終わりに境華さんとこんなに素敵な景色が見られるだなんて。嬉しいですねっ」
朗らかに笑うシンシアへ、境華もにこりと笑い返す。
そんな時、再度聞こえたアナウンスが閉会前の花火が打ち上がることを告げ、公園内の照明が少しだけ絞られる。
その直後、空気が震える音がして闇夜に大輪の花が咲く。
然程広くは無いけれど、黒い鏡のような池の水面にも花火が映り込んでいて、「わぁっ」とシンシアが歓声をあげる。
その声へ何気無く顔を向けた境華は暫く、花火では無くシンシアの横顔をじっと見つめて。空や池へ視線を向ける彼女が繋いだままの手をぎゅっと強めに握ってきたから、顔を伏せて互いの手を見つめ、思わず強く握り返してから空を仰ぎ見た。
――やがて花束のようなフィナーレが飾られ、静寂が訪れる。
お祭りの終わりは、いつだってしんみりとしてしまう。
だからこの、妙に騒めく気持ちもその所為だ。
境華は改めてシンシアを見つめると、彼女と丁度目が合って「ふふっ」と笑われた。
「……奇遇ですね、目が合うだなんて」
「あ……はい」
触れ合う視線に、境華の瞳が揺れる。
この気持ちが何なのか、どう受け止めたらいいのか分からなくて、妙に心細くなる。一番仲良しで大切なシンシアが隣に居て、手を繋いでいるのに。
「先程のスターマイン、凄かったですね」
「はい……綺麗でしたね」
「……」
何処か心ここに在らずといった調子の境華を案じたシンシアが、悪戯でもするようにするっと指を絡めて手を握り直す。きょとんとした境華がじっと見つめてくれることに気を良くして、シンシアはくすくすと笑った。
「秋も沢山一緒に遊びましょうね、境華さん」
「そうですね。一緒に過ごしましょう、シンシアさん」
そのまま固く握った手を持ち上げて微笑み合う。
火薬の香りが混じった涼しい風が吹き抜けて……。
まるで、秋が迎えに来たようだった――。
一緒にお祭り回ってあげる、と言うのなら、遊ぶ時の人数は多ければ多い程良い。
クラーラも秋沙も無理強いしようとは思っていないが、本人がいいと言うのに遠慮をし過ぎるタイプでも無いから、一度顔を見合わせてにっと笑い合う。
「せっかくですから、三人で楽しみませんか」
「クラーラちゃんとアンテロスちゃんと、三人で屋台巡りにゃ!」
「えぇー、わたしが一緒してもオシカプの塩焼きは食べらんないけどいい?」
アンテロスのその言葉に若干のドヤ顔を浮かべた秋沙は、両手でばっとサムズアップを見せ、目元が隠れている為にいまいち表情の見えないクラーラも口元を微笑ませてから、片手を秋沙と似た形にして見せる。
「ばっちりにゃ、お魚じゃない!」
「ひとつ賢くなりましたので」
「ふっ!」
そんなちっぽけなことで学びを得たような態度をされてしまって、吹き出しそうになったアンテロスは咄嗟に口を覆う。二人のテンポに慣れてくると、この独特な賑やかさも楽しいなと思えてきて、同時に悔しく感じた。
こほんと咳払いを一つして態度を改め、まだ絆されてやらないもんと思いながら、きりっとした顔をする。
「丁度お腹が空く時間帯ですし、何か食べてから遊びましょうか?」
「そうしましょ!美味しそうな匂いいっぱいするから、わたしもお腹空いてきちゃった」
「……口がすっかり魚の気分になってしまったので、まずは鮎の塩焼きを探しても構いませんか?」
「そう!|猫《わたし》も、オシカプを食べられると思ってたからにゃ。鮎の塩焼き、代わりに皆で食べたいにゃ!」
「賛成!屋台どの辺だっけ」
「あっちで見掛けたから、案内するにゃ!たのしみ!」
先頭を務める秋沙の猫耳は、真っ直ぐ前へ向けてお囃子の音を楽しそうに聴き、ぴんと立てた長い尻尾を歩く度に踵をついた振動でゆらゆら揺らす。その後ろにアンテロス、殿はクラーラと、まるでRPGの隊列のように縦一列に並んで進む。
「お祭りを楽しんでいるうちに、天然物の味わいが何か掴めるかもしれませんよ」
「えーと、それは推しカプの話で合ってる?これから食べるの実在するお魚だよね」
「天然でも、天然じゃなくても、川の恵みに感謝にゃっ」
「それは鮎の塩焼きのことだよね……?」
「アンテロスさん、空気読みが上手いと言われませんか?」
「え、もしかしてわたしおちょくられてた?」
「アンテロスちゃん、天才にゃ!」
「それはありがとう……?」
目の前では秋沙の猫耳が後ろのやり取りに興味津々で動いているし、後ろを向けばクラーラが微笑んでいる……あの封帯の下の目がちゃんと笑ってくれてるかは知らないけれど。学校でもこんなに緩い会話をしたことが無いから戸惑いつつも、どうしてか嫌では無いから不思議だ。そうこう話しているうちに、段々と魚が焼ける良い香りが漂ってくる。
歩いている間、先頭を行く秋沙が海の魚と川の魚について一生懸命語ってくれて、自分よりも幼そうなのに凄いなと素直に関心してしまった。雑踏音で所々聞こえなかったのが、少し残念なくらい。
「とーちゃくにゃ!」
到着した屋台には波型に串打ちがされた鮎達が立てて並べられ、炭火でじっくりと焼かれている。
「とても食欲をそそられる香りがします」
「美味しそー!わたしお魚の表面が所々焦げてるの、すっごく好きなんだよねー」
「猫も!」
丁度焼きあがったということだから一人一本購入する。座れる席を探すけれど、残念ながら何処も満席で暫く空きそうに無い……クラーラと秋沙の二人が冷めちゃうな、と手に持ってる塩焼きを見下ろすと、二人をよそにアンテロスが腹の身を齧り出した。それでいいんだ、と思ったクラーラも一緒になって齧り出す。
「にゃ!食べちゃっていいにゃ……?」
「串を咥えて歩くのは危ないけど、横から齧るぶんには平気じゃない?」
「勿論、他の人の服を汚したりしないようには気を付けますが……どうやら皆さんも、なさっているようですし……」
綿あめやりんご飴といった甘味が多いものの、改めて周囲を見れば食べて歩いている人もちらほらといる。たこ焼きなんかも道の端で立ったまま食べている人が居たりして……。
「祭りで歩きながら食べるのも、こういう場なら作法の内でしょうか。どうですか、アンテロスさん。鮎の塩焼きのお味は」
「脂のってて美味し~!塩加減も丁度いいよ。秋沙もあったかいうちに食べちゃおうよ」
「にゃ……」
座って食べないとお行儀が悪い。ずっとそう習ってきたから緊張しつつ、開いた口へ鮎の塩焼きを寄せて――小骨もわたも気にせずに齧る。パリッと焼けた皮を破り、ふっくらとしたジューシーな身とほろ苦い旨味のあるわたも一緒に頬張った。炭火で焼かれた独特の香りや風味、しっかりと効いた塩の味が空腹を訴える身に染みる……。
「美味しいっ!屋台のお魚、とっても美味しいにゃ!」
「意外と美味しいものですね。知りませんでした」
「炭火焼き信者になりそ~、うまぁ」
想像以上の味わいに三人揃って目をキラキラと輝かせて、秋沙は尻尾もぴんと立てて夢中で頬張った。箸で上品にほぐして食べるのとは異なり、無くなるのはあっという間だ。あと骨と頭と尾だけになって、アンテロスは完食した気になりゴミ箱を探して周囲を見渡す。するとクラーラも秋沙も頭まで噛り付いていて、驚いて低く短い悲鳴があがる。
「えっ、それ食べるの!?」
「どんな歯応えなのかと思いまして」
「遠火でちゃーんと焼いてあるから、ぜーんぶ美味しく食べられるにゃ!」
「ワイルド~……」
話す間にもパリパリと食べ進める秋沙は、アンテロスが持つ串を不思議そうに見た。そこにはまだ頭と骨と尾、食べ難い部分のちょっとしたわたや身までもが残っている。
「アンテロスちゃん、捨てちゃうにゃ?」
「うーん……」
「身とはまた違う旨味が凝縮されていますよ」
「うーん……!」
「これは炭火でしか味わえないにゃ」
「……いったれー!」
クラーラと秋沙によるダイレクトマーケティングに背中を押されたアンテロスが思い切って頭へ噛り付く。薄目の顰めっ面で黙々と咀嚼するその様子を二人はじっと見守り、『ん?』と思ったように目を丸く開いて口元を抑え、串を見つめる所を確かに見た。
その反応から察するに、嫌では無かったようだ。
「何これー、食べれるんだぁ……」
「アンテロスちゃんも新発見にゃ!」
「捨てる所が無いというのは素晴らしいですね」
命へ感謝をしながら屋台を眺めて歩き、それぞれのペースで残った部分を食べ進める。結局全員、塩分補給の名目で化粧塩がちょっぴり辛く感じる尾まで平らげた。
✧
所々へ臨時で用意されているゴミ箱へ竹串を捨てぶらぶらと歩いていると、射的の前を通りがかる。「やって行きませんか?」と提案したのはクラーラだ。景品に惹かれたという訳では無く、武人の血が疼いたというやつで……本物とは異なっても銃に触れてみたくなってしまった。
「むむ、クラーラちゃんが射的にやる気!みんなでやるにゃ!」
「いいよー、やろやろ!どれ狙おっかな~」
挑戦する旨を店主へ伝え、先ずコルク銃を受け取ったのはクラーラとアンテロス。二人が並び、クラーラが慎重に銃を構えてじっと狙いをつけようとする。
「弓を扱うなら、アンテロスさんは射的も得意でしょうか?」
「んー、そうでもない。銃やコルクにも個体差あるから、ここだ!って決めても届かずに落ちちゃったりするんだよね」
「奥が深いのですね」
最初の一発はほぼ同時に引き金を引く。
そんなに得意では無いらしいアンテロスは狙ったポーチを見事に倒していて、一方クラーラはというと、“届かずに下段との間に当たる”という結果になってしまった。
「でしょ?」
「……なるほど」
「こーゆーのは思いっきり腕伸ばして近付けて、上端に当たるように狙えると一番いいかなー?クラーラ強そうだし、後は自分の感覚で調整出来るでしょ。がんばれー」
まさか応援されるとは思っていなかったから、次を撃つアンテロスをぽかんと見る。
また当たった。
彼女が景品のバッグチャームを受け取る様子を眺めて、少しだけ真剣にコルク銃を構え直す。
「クラーラちゃん、ファイトにゃ!」
「……ありがとうございます」
二人の応援へ礼を述べ、先程どれくらい届かなかったか、ブレてもいい遊びはどれくらい持たせた方が良さそうか、懸命に思考を巡らせていく。そうしている間にもアンテロスは三発目を外し、場所を変わってもらった秋沙が一発目を外して難しそうに唸っている。真剣な様子に店主もクラーラへ頑張れと応援の言葉をかけ、急かすことはしない。漸く二発目を撃ったが、今度は上過ぎた。
それを踏まえて改めて弾道を計算しているうちに、三発目まで撃ち切った秋沙がアンテロスからバッグチャームを貰って喜んでいる。
「ハニカム模様とミツバチさんにゃ!ほんとにいーの?」
「うん、わたしからの頑張ったで賞」
「ありがとうアンテロスちゃん!」
大事なプレゼントを両手の間に挟み胸の前で持つ。
素直に喜んでくれて、アンテロスまで朗らかに笑った。
「どういたしまして。ねぇ、クラーラって負けず嫌い?」
どうせ集中していて聞こえていないだろうと思ってか、秋沙へ問い掛ける言葉は声量を絞ることはしない。
「猫も初めて見るにゃ」
「そうなんだ?」
「こうして一緒に遊んで初めて気付く、その人の良さってあると思うにゃ。クラーラちゃんのあんなお顔、初めて見るしにゃ!」
「ふぅん」
日頃から視界を遮断しているクラーラにとっては、多少集中した所で聴覚から得られる情報が入らなくなることは無い。その会話を勿論ばっちり聞いていて、賑やかに話す二人を見ずに首を傾げた。
「どんな顔ですか?」
「にゃ!ふふ、やる気に満ちたお顔!」
「あ。聞こえてたんだ」
「……それから、負けず嫌いではありません。ただ、やるなら当てたいだけです」
「何だろねそういうの。努力家ってやつ?」
狙いを定めたクラーラが引き金を引く。最後の一発が見事に景品の札を倒して、秋沙とアンテロスと店主から拍手が起こる。
本人は札に掲載された景品を静かに受け取り、祝ってくれた三人へ礼を述べてから友人達の方へ向かう。
「努力家かどうかはともかく、出来ることが増えるのは楽しいです。どうぞ、秋沙さん」
クラーラが差し出したのは、明るいデニム地の角に小さな珊瑚や熱帯魚が刺繍されたペンケースだ。
「猫にくれるにゃ!?クラーラちゃんも、ありがとう!」
「わー、可愛い!良かったね」
まるで自分のことのように喜ぶアンテロスへ、幸せそうに秋沙が笑う。「アンテロスちゃん」と改めて正面から向き合った。
「こうやって同じ時間を過ごして、友情や恋心の土台を作るのって、大事だと思うにゃ!そこにも一つの物語がちゃんとあるの!」
「下積みですか。武と同じですね」
頷いたクラーラも、今は普通の女の子にしか見えないその簒奪者へ微笑みかける。
「貴女も勝手に恋を結ぶより、まずこうして、相手を知るところから深めていってはどうですか」
二人の視線に注目されたアンテロスは、やや居心地が悪そうにポーチを胸元で抱えて持ち、互いの間に小さな壁を作って言葉を飲み込む。
複雑な心境でいるであろう彼女へ一歩近付いた秋沙がはにかんだ。
「今日、アンテロスちゃんの良さも見えたから、おともだちっ!」
意見が違えばお互い引けないこともある。命懸けで戦うような日だって、無いとは限らない。それでも、共に過ごした時間の中でいい所だってあったから……争ってもまたいつか笑い合えると信じて、友達と、秋沙にとっての縁を繋ぐ。
「……。……考えといてあげる。……勿論クラーラも、……。皆もね」
口を尖らせてもじもじとポーチを撫でていたアンテロスが、口籠りながら照れくさそうに答えた。此処で出会った皆も含めてくれたのが嬉しくて、秋沙は目を輝かせて二人からのプレゼントを抱きしめ、クラーラは安心したように頷いた。
間もなく、お祭りのフィナーレを告げる花火が打ち上がる。
迫るお別れの時間は、また会う楽しみへ繋がる時間のようで。
――何時もより、少し心があたたかい気がした。