図書館でのひと騒動
ゾディアック・ミラー
これは2章構成の期間限定シナリオです。09/23(水)16時頃までに完結したシナリオの結果により、宿敵の運命が変わります。なお、期間中に宿敵主によって倒された場合、通常のルール通り宿敵は絶対死します。
●長月の物語
まだまだ暑さは緩まないが、九月に入ったある日のこと。
魔法少女アンテロスは、冷房のほどよく効いた図書館の隅っこで暇を持て余していた。
「むー…つまんなーい」
彼女の手元には恋愛ものを取り扱った小説や漫画が積み重なって、塔となっていた。どうやらすべて読み終えたようだが、それでもアンテロスの表情は不機嫌のそれである。
「文字も絵も表現の世界での恋模様もいいけどさぁ…やっぱり|現実《リアル》に勝るものなんてないんだよねぇ。そう、例えば…」
アンテロスの視線の先には、大きな机があって男女が向かい合うように座っている。
制服を着ていることから、高校生くらいだろうか。ただ制服のデザインはそれぞれ違っているので学校は別かもしれない。
男子生徒が持っている本をずらしながら、向かいに座っている女子生徒のことを見つめていた。サラサラのストレートの髪、四角いフレームの眼鏡の奥で輝く瞳は彼のことを捕えることはなく、文豪が書き下ろした物語に集中している。
その様子を見たアンテロスに、雷のような衝撃と妄想が繰り広げられる。
きっとあの男子生徒は美しい女子生徒の姿に一目ぼれしてしまったのね。でも学校が違うからこの機会を逃せば再会のチャンスが訪れることは難しい。
ならば今ここで一声かければいいけれど、ああでも突然見知らぬ男に声をかけられてはきっと彼女も困ってしまうかもしれないああどうしよう!?
――というのが、あのふたりの様子から描き出したアンテロスの|あらすじ《妄想》。
「そうそうそう!こういうのを、まっていたの!でもやきもきするのは面倒くさいしー…とっとと、くっついちゃえー☆彡」
ハートをモチーフにした弓矢を構えるアンテロス。
その矢の狙いは…若き高校生ふたりに向けられてしまうのだった。
――愛知県豊橋市。
JR東海の駅のひとつである豊橋駅から歩いて五分。そこに、|emCAMPUS《エムキャンパス》という複合施設がある。
数年前に建てられたその複合施設は、「食と健康と学を楽しみ、東三河の駅前の『笑む』に満ちたキャンパス」というコンセプトのもと、自然豊かで休憩や交流をすることが可能な「まちなか広場」、東三河産の食材を多く使用した料理が提供されるレストランやショップのある「emCAMPUS FOOD」、そしてカフェも併設された「まちなか図書館」が設立されている。
今回は、emCAMPUSのメイン施設のひとつである「まちなか図書館」を舞台にした、恋と妄想にまつわるひと騒動のお話である。
●星詠みは困惑する。
「というわけでして…図書館に現れたアンテロスを止めてほしいのですっ」
シャルファ・ペンタス・ダオは、ある意味で戸惑っていた。
これから広場に集まってくれたEDENに説明をはじめようするシャルファだが、いつもの柔らかで朗らかな笑顔ではない。彼女が浮かべていたのは、困惑のそれだった。
「え、ええと…誰かが殺されてしまうとかそういうものではないので、そこは安心していただきたいのです…ですが、その…今回、私が見た|星標《ゾディアック・サイン》……いつもとはちょっと違っていて…」
聞けば、「まちなか図書館」という施設にて、先日の|魔法少女現象《プエラマギカ・フェノメノン》にて覚醒した『魔法少女アンテロス』が現れたという。
簒奪者であるのなら、討伐に行くのはもちろんのことではあるのだが。
「その……彼女、アンテロスの目的というのが…「ビジュのいい2人を無理矢理カップルにする」……という、もの、でして…」
普段のシャルファから考えられないような、俗っぽい言葉が並べられた目的を歯切れ悪くも伝えられたEDENたちの時間が止まったような気がする。
「そ、そんな表情にならないでくださいませ!?私もこの星標見えてしまったとき、とっても困ってしまいましたもの…!」
と、とにかく!とシャルファは無理やり言葉をつなげる。
「男子生徒さんのほうは女子生徒さんの姿が綺麗だなぁという印象だけで、それが恋愛に結び付くことはないみたいです。女子生徒さんはもとから彼に気に掛けることはないみたいですし…それでも、アンテロスの弓矢には、「本人の本心や意思に関係なく、告白や告白以上の行為をさせる」というとんでもない能力があるので、このまま放置しておくわけにはいかないのです…!」
それ以上の行為については、特に言及することはなく。
シャルファは最後にこう説明して案内を占めることになる。
「皆様にはアンテロスが弓矢を撃つ直前に先回りしていただきます。図書館で戦って彼女を討伐するか…あるいは、説得などをして彼女に弓矢を撃つのをやめてもらうかのどちらかになります。どの選択をされるかはEDENの皆様にお任せいたしますの。彼女を倒す方針なら、彼女の討伐後にミラーレイヤードに向かっていただきますし、彼女を説得する方針なら、説得のあとアンテロスと仲良く過ごしてもらうこともできます」
簒奪者だからといって討伐する必要性は彼女にはあまりないのだと、シャルファは付け加える。苦笑いを浮かべながら、白猫の星詠みはいつものように貴方たちを見送ることだろう。
「皆様、ほかに質問がないようでしたら、出発のお時間にいたしますね。忘れ物はございませんか?EDENの皆様に、優しき花とまばゆい星の加護があらんことを。いってらっしゃいませ!…え、ええと、どうか、ご無事で帰ってきてくださいね?」
シャルファに見送られ、EDENたちは出発する。
目的地は、√EDEN愛知県豊橋市、「まちなか図書館」だ――。
第1章 ボス戦 『魔法少女アンテロス』
●きっかけなんてあとから考えたらいいの!
現場に到着したEDENたちは急いでアンテロスのいる図書館に向かう。外階段から直接入館することが出来るため、あなたたちが図書館に入ることは難しくはない。
「そうそうそう!こういうのを、まっていたの!でもやきもきするのは面倒くさいしー…とっとと、くっついちゃえー☆彡」
図書館の中、派手なピンク色の髪と衣装を可愛らしく揺らしながら、アンテロスはハートをモチーフにした弓矢を構えていた。狙いは、彼女の目線の先にいるふたりの男女の高校生。
星詠み曰く、彼ら同士で恋愛感情が目覚めることはないといっているが、アンテロスの弓矢には「当人の本心など関係なく、告白行為や告白以上の行為を無理やりさせてしまう」というとんでもない能力が秘められているという。
それがまかり通ってしまったら、世界はある意味で大変なことになってしまう。なんとかしなければ!
EDENたちがアンテロスに近づく。弓矢を構えたまま、アンテロスは頬を膨らませた。
「えーなにー?邪魔しないでよー?私はただぁ…あのふたりがくっつく様子を見てみたいだけなのにー!」
図書館で戦うか、彼女に説得を試みるか。
どちらを行うかは貴方たちEDEN次第だ。
●おいしいもすきもだいじだよね。
|黄・夜巡《こう・よじゅん》(夕立巡り・h13090)は、√仙術サイバーの香港Ⅱのスラムで生まれ育ち、現在は名古屋Ⅴに住居を構える青年である。
「|√《ルート》は違えどこの辺に暮らしているモンなんで、|√EDENの豊橋市《ここ》のことについて調べを入れてみたワケよ」
そうしたら出るは出るは、豊橋にまつわる様々な魅力的な情報たち。
豊橋には、動物園と植物園と遊園地と自然史博物館が併設された「豊橋総合動物公園」――通称「のんほいパーク」があること。
豊橋は、ここ数年、連続ドラマの撮影場所として提供されることが多く、豊橋を舞台にした作品も徐々に増えていること。
また東三河では唯一新幹線が停車する駅であることから、様々なゲームやアニメーション作品とのコラボレーションイベントが次々と開催されていること。
豊橋には、プロ野球の公式戦を開催できるほどの市民球場があり、近日開催されるアジア競技大会の野球の試合会場として運用されること。
普段手に触れたり口にしているものが、実は豊橋発祥のものが多いことは知っているだろうか?
例えば、今では安価で手に取りやすくなった「ちくわ」は、もともとは吉田宿で魚問屋が営んでいた男が金刀毘羅宮へ参拝に向かった際、現地で食べたちくわの美味しさに感銘を受け持ち帰って作り始めたという。
そして、豊橋で特徴的なB級グルメといえば「豊橋カレーうどん」もかかせない。
実は、豊橋のうどん屋が使用しているうどんは自家製麺率100パーセントを誇る。そのうどんをたくさん食べて欲しいという願いから、十数年前から販売されるようになった。
「自家製麺を使用する」「器の底から、ごはん・とろろ・カレーうどんの順に入れる」「豊橋産のウズラの卵を使用する」「福神漬または壺漬け・紅ショウガを添える」「愛情を持ってつくる」という5箇条をクリアし、さらに、特定の団体に加入したうどん屋さんのつくるカレーうどんだけが、『豊橋カレーうどん』を名乗ることができるという。
その5箇条を守ればその名前を名乗れるということもあり、各うどん屋では具材やトッピング、カレーのベースなどで差別化を計っていることで、豊橋では様々な「豊橋カレーうどん」を味わい楽しむことができるのだ。
「…というわけでよ、オレが調べただけでもこんなに出てきたんだ。豊橋には、まだまだオレの知らないことがたくさんあるだろうな」
まちなか図書館に入ってきた夜巡は、太陽のように明るい笑顔を浮かべながら、今まさに矢を放とうとしていた魔法少女アンテロスに話しかけた。
「え?ええと…?出会って早々、豊橋グルメの|話題《はなし》…?」
戸惑いながらも、アンテロスは弓矢をおろすことはない。ただ話題が気になるのか、彼女の耳は夜巡のほうに向けられている。
「まぁ早まるなよ、アンテロス。あのさ、恋愛模様ってのは、「とっとと、くっついちゃえー」って他人が安直に結果を提出させて完成しちまうもんじゃなくてさ…恋とか愛って、本来は多くの要因が絡まった不明瞭で複雑なものなんだ」
そう、それはまるで!
広々とした図書館の中、夜巡は自信たっぷりな表情を浮かべながら渾身の説得を乗せる。
「ごはんととろろとカレーうどんを混ぜた……豊橋カレーうどんのように…!!」
高らかな説得のあとに訪れるのは、ほんのすこしの沈黙。
図書館に集ったものたちの頭上にほんの少しのクエスチョンマークを浮かべる中、アンテロスだけは「おおっ…!」と目を丸くしたまま、彼の熱心な説得に聞き入っていた。
「た、確かに…!豊橋カレーうどんはあんなに炭水化物たっぷりなのに、絶妙なバランスと調整で美味しくいただけるものね…はっ、まさか、恋愛は豊橋カレーうどんといっしょだった…?」
「ははっ、理解が早いようでよかった!そのうどん…じゃなくて、過程の『味』こそをオレと一緒に楽しんでみないか?楽しみ方についてのトークなら、オレはいくらでも付き合うぜ!」
「ほんとに!?まさか名物グルメから恋愛話のあれこれを聞けるなんて思わなかったの!ぜひ聞いてみたいの!!」
嬉しそうに弓矢を揺らしながら、アンテロスは一旦は矢を放つことをやめたみたいだ。
だが、アンテロスはまだまだ高校生二人組が気になる様子。更なる説得という名の話題の種を重ねていかないと、ヤキモキした彼女が暴走してしまうかもしれない。
……ちなみに、だが。
豊橋市の各地には「勢川」といううどん屋さんがあるのだが、店舗それぞれによって「豊橋カレーうどん」の装いの内容が違うので、機会があれば各店舗の豊橋カレーうどんを食べ比べするのも大変おすすめである。
●びーりあるってやつ?
「ダメ~~~~~!!!!!」
まちなか図書館で、|架間・透空《かざま・とあ》(|天駆翔姫《ハイペリオン》・h07138)の、悲痛にも近い絶叫が響き渡った。
「えっ?誰!?」
突然の絶叫に、魔法少女アンテロスは思わず構えていた弓をおろしてしまう。
そのあとに続くのは、どたどたどた!魔法少女アンテロスの元へやってくる透空の足音。
図書館の|規律《ルール》としては、透空の行動のどちらもご法度には違いないのだが、それよりも透空はいますぐにでもアンテロスの暴走を止めたいという一心だったのだ。
アンテロスのもとに駆け込んできた透空はそのまま、がしっ!と彼女の弓矢を持った手を固く握りしめる。小さな手からは到底想像できない力強さに、アンテロスは「ふえっ!?」と戸惑ってしまう。
それでも、透空の蒼空の瞳はじいっとアンテロスのピンクの瞳を見つめることをやめない。彼女の瞳の色は不思議と惹かれるものを感じてならなかったのだ。
「確かに、偶然の出会いと共に目覚める恋――、というものもあるかもしれませんし、私も……その手の恋は大好物ですっごくキュンキュンしちゃいますけど!だからって無理やりそんな風にするには……なんか、違うような気がするんです!!」
絶対に弓矢を撃たせるわけにはいかない――そんな固い意志を抱いて握る手の力は、透空本人の考えている以上に強かった。
そろそろ手を離してもらわないと、|こっち《アンテロス》の手が鬱血してしまう気がする…!
内心焦りを見せ始めたアンテロスは手を離してほしいとお願いしようとしたところで、透空はばっと顔を近づけた。かわいらしい顔の急接近はアンテロスの心臓によくない。
ビジュのいいドアップは、もはやゲーム内のイベントスチルの一枚絵である。
「だって、恋というのはもっとこう……自由であるべきだと思うんです!」
その言葉が、アンテロスの脳内に、衝撃が駆け抜ける。
(え…なにこれ…?)
アンテロスは、驚きと戸惑いを同時に感じていた。
脳内でぴりぴりとした痺れのような感覚を味わう中、純粋でまっすぐな透空の言葉が慈雨のように降り注ぎ、アンテロスの心によびかけていく。
「ふとしたきっかけで意識するにしても、大事なのは本人同士の働きかけなんじゃないですか!?誰かに強制されるわけでもない、自分自身で選んだ恋の形だからこそ、より尊いものになるんだって…私は思うんです!」
力説しながら、透空がアンテロスの手を握りしめる力はより強くなっていく。
ぎゅうううう…と圧を感じさせる音が聞こえてきそうなくらい、強く。
(痛い…!でも…もっと、もっと聞いてみたい…!!)
徐々に強くなっていく痛みだとしても、握られすぎて真っ赤を通り超して真っ白になってしまうとしても、アンテロスは構わなかった。いや、それよりも、アンテロスの興味は透空の言葉に惹かれはじめていたのだ。
ピンク色の瞳にキラキラと星の瞬きのような輝きが宿り始めている。
ああ、そうだ。魔法少女アンテロスは…|恋愛の話題《コイバナ》が大好きなあまり、自分の理想のために暴走してしまった魔法少女。
恋愛ネタは違う角度からの恋愛話をぶつけるのがあまりにも効果的であったのだ。
「だから…アンテロスさん!こんなこと、もうやめてください!!」
「わかったわ!じゃあいったんやめるから、あなたのコイバナを聞かせて!!」
「うええええっ!?私のですか!?」
透空自身が自覚しているかはわからないが、年頃の女の子から恋愛話を直接聞ける機会なんてそうそうない。
透空という人物に夢中になり始めたアンテロスは、あっという間の透空の手を振り払い、今度はアンテロスの手が透空の手に重なることになる。
さあ、続きを…続きを聞かせて欲しい…!!ピンクの瞳が、もはやキラキラというよりも「ギラギラ」というオノマトペのほうが似合いそうになった頃に、ふたりの後ろから咳払いがひとつ。
「……あの」
振り返ると、いつの間にか、きっちりとしたオフィスカジュアルのスーツを着た女性がいつの間にか立っている。
声色も表情も柔らかではあるが、アンダーリムフレームの眼鏡の奥の瞳は……笑っていない。
あ、やばい。とふたりは感じ取った。
女性の後ろで、仁王像が立っているような気がした。
「他の利用者さまもいらっしゃいますので…どうか、ご静粛に」
笑っていない瞳のまま、図書館の女性スタッフは静かにそう忠告する。
透空とアンテロスはお互いの顔を見合わせ、そっと握り合っていた手を離し、くるーっと女性のほうに向かって、ゆっくりと頭をさげる。角度は最敬礼のそれ。
「す、すみません……」
ふたりは、それしか言えなかった。
恐るべし、図書館スタッフ(一般人)である。
●がーるずとーく
「うぅ…こわかった…おっきな声出したのはこっちだから文句は言えないけどさぁ……」
図書館のスタッフに怒られてしまい、すっかりしょぼくれてしまったアンテロス。
先ほどまでの、熱気を感じさせる輝きはすっかり彼方へと消え、ピンクの髪も可愛らしい衣装も遠目からわかるほどに元気をなくしてしまっている。
「お、お姉さん…」
先に到着していたEDENたちから少し遅れて、エアリィ・ウィンディア(精霊の娘・h00277)もこのまちなか図書館に到着していた。すぐに彼女の暴走を止められるように武器も準備していたようだが、彼女の様子から見るに戦う必要はないようだ。
弓矢をおろしたまま、戦意をすっかり失ってしまったアンテロスの姿を見たあと、エアリィは彼女が座っていたであろう席に目線を向けた。机の上には、何冊もの本が積み重なっていて、絶妙なバランスを保ったまま塔のようになっている。
「……というか、いっぱい本を読んでいたんだね。ある意味すごい…これ、もしかして全部…」
「…うん、恋愛もののお話。小説も漫画も、あと雑誌の小コーナーも見てみたんだけど…こう、私の|癖《ヘキ》にぶっ刺さるものがなくって…」
「……|へき《・・》って…?」
「あ、こっちの話こっちの話。気にしないで…」
ふらふらと、アンテロスがこちらにやってきて、椅子を引いて腰を落とし、項垂れるように机に突っ伏してしまった。結構勢いを感じられたものの、塔が全く落ちる様子がないのはさすがというべきか。
あまりの様子に、さすがのエアリィも困惑している。
これなら戦闘などせずともアンテロスを追い出すこともできるけれど、それはそれでなんだか可哀そうな気がした。考え抜いた末に、今度はエアリィから話題を提供することにする。
「えーと、ところで…なんでおねえさんはカップルさんをいっぱい作ろうって思ってるいるの…?」
――むくり。
アンテロスの顔だけが起き上がり、ピンク色の目がエアリィの翠を見つめる。
「……気になる?」
「え、えっと…うん?ちょっと、気になっちゃって…?」
困惑のまま答えたエアリィをじいっと見たあと、アンテロスは数分ぶりに笑顔を浮かべた。
「あのね…ビジュのいい人って、世の中にはたくさんいるよね」
「ビジュがいいって…それは、お姉さんにとってのかっこいいとかかわいい…ってこと?」
「そう、それ…!ビジュが良いってそれだけで価値があるんだよ。本人たちはそれを分かっていないのよ。ただでさえビジュが良い人の隣にビジュが良い人がいたら、2倍…ううん、3倍、4倍…10倍以上の破壊力があるはずなのに!それを、見たいの、私!だから、この弓矢で…」
「わーわー!?今はそれはストップ!!」
波に乗ったことでアンテロスの表情に明るさと艶が戻ってきたことで、再び弓矢を構え直そうとするアンテロスだったが、エアリィが慌てて落ち着かせたことで、再び席に座らせることに成功する。ひとつふたつ深呼吸を確認したあと、エアリィは自分の意見を伝えることにした。
「つまり、おねえさんは…かっこいいとかきれいとかかわいい人をくっつけたいだけ?それだけなの?」
「え…それ以外に何があるの?くっついたらすぐにビジュのいいもの見れるんだよ?」
「そうなのかな…?ほら、恋とかって、ほわほわしたり、ふわふわしたり、ちょっと泣きそうになったりじゃないの?」
「……確かに。それもある。あれ?貴方はそういうの分かるほうっぽい?」
「い、いや、あたし恋とかはわからないけどね!」
「強調しているのがむしろ怪しいんだよなぁ…ふうん…?」
アンテロスの顔は微笑みからにやけ顔になっていることに気づいて、今度はエアリィのほうが焦りや戸惑いを滲ませた。そのふたつの感情を抱えながらも、頬のあたりから耳元にかけて妙に熱くなってきた気がする。
「強調してないって…でもでも、好きな人ができたらそういう風になっていくのがよくない?こっちが勝手に決めつけてくっつけちゃったら、そういうのも楽しめなくなっちゃうよ?」
「確かにそっか…そっか…んん…うふふふ」
「え、なに…?」
エアリィの、語りながらも顔を赤らめる姿に、アンテロスは思わず声が漏らしてしまう。
アンテロスはずいっと顔を近づける。彼女も彼女でビジュが大変良い。真っ白な肌に、果実を思わせるような潤ったピンクの瞳がグンと近づいてきて、同性のエアリィも思わずドキッとしてしまう。
近づけたまま、自分のビジュの良さを自覚していないアンテロスが囁く。
「――じゃあ、いるんだ。好きな人」
「な…っ!」
ぼんっ!と、真っ赤なエアリィから湯気が噴き出したような。
照れのような、恥ずかしさのような感情が奥底から一気に発露してきて、エアリィは小さな手でアンテロスのことをぽかぽかと叩きながら、こう弁明する。
「な、なんでもないってばー!好きな人、いるけどー!!」
いや、いるんかい!
――というツッコミしたい気持ちを抑えつつ、アンテロスはそんな|微笑ましい《とうとい》姿を見せてくれるエアリィにも悶えながら、その攻撃を甘んじて受けるのだった。
●どくをくらわばさらまで
これまで何人ものEDENからの説得を受け続けていた、魔法少女アンテロス。
彼らの言葉を聞いて、矢を放つことを一旦やめようかなと一瞬考えがよぎった彼女だが、やはりここにやってきた目的をそのまますっぱりと諦められる魔法少女ではない。
「うぅー…!でも、やっぱり、あのふたりがくっつくところはみてみたい…!!」
EDENたちの言葉を振り切り、魔法少女は再び立ち上がる。
自身とおなじピンク色でハートをモチーフにしたその弓矢――撃ち抜かれた者は本人の本心や意思に関係なく、告白や告白以上の行為をさせるというとんでもない能力を持ったそれを構え、ぎちぎちと狙い始める。
「よし、まだあのふたりはいる…!さっさと、くっつけー!!」
このままではアンテロスが矢を放ってしまう。誰もがピンチを迎えたその時、彼は清廉な図書館に姿を現す。
「――バニー仮面、ここに参上です」
ひらりと舞う艶のかかった黒布。頭に刺した大きな耳。
そして、その顔の詳細を知らせぬわけにはいかないと言わんばかりの仮面。
真っ黒な装い以外に分かるのは、名乗りをあげた声がほんの少しだけ低いということだけ。
「ふえっ!?誰ぇっ!?」
真面目な雰囲気が漂う図書館に現れたのは、真っ黒なバニースーツに身を包んだ謎のバニースーツマン。
その正体は戸桜・リデル(人間(√EDEN)のルートブレイカー・h00081)ではあるのだが、今はそれを知られるわけにはいかないようで。
「はじめまして、アンテロス。先ほども名乗りましたが、バニー仮面です」
「いや、見た目そのまんまじゃん!!」
大真面目に名乗り直す姿に、さすがのアンテロスも突っ込まざるを得なかった。それでも、その手は力を抜けることのないまま、しっかりと弓を引いている。
「え、ええと、貴方も邪魔するの?でもこういうのは…やったもん勝ちなんだから!!」
宣言とともに、アンテロスは矢をつがえていた手を放す。抑えを失った矢がそのまま勢いとなって、弓から飛び出し、高校生ふたりの心を撃ち貫こうと真っ先に飛翔していく。
彼女の目的である「ビジュの強いふたりをカップルにして、その様子を見てにやつき続ける」を達成させるために。
だが、そんな俗っぽい目的を達成させるわけにはいかない。
「『アロー』、『弾丸』、『矢』や『弾』と名がつくのなら例外は一切ありません。そう、貴方のハートクエイク|アロー《・・・》も。この場において、その名がつくもの全てが、俺の思うままです」
リゲル、もとい、バニー仮面の言葉は√能力発動の証。
彼がそう宣言した瞬間、アンテロスの放った矢の勢いが突然落ちていく。そして、高校生を狙うはずだったその矢はくるりと向きを変え、アンテロスの胸の中に飛び込むかのように帰ってくるではないか!
「え、えええええっ!?」
驚きの声をあげている間にも、矢はあっという間にアンテロスの胸に突き刺さる。
字面だけみればなんとも痛々しい描写ではあるが、実際のところ、不思議な音とともに吸い込まれていく矢は溶けあうように彼女の身体と同期していく。
ピンク色の瞳の奥から、ゆっくりとハートマークがじんわりとうかびあがる。
「え…あれ…あれれ…?」
アンテロスの言動がふらつき始める。くらくらと、酔いに近い感覚がまわる。
そして、胸の奥から湧き上がるこの気持ち…え、なにこれ?
「どうして、どうして…?あんなに変な格好してるのに…ドキドキしてる…!!」
――リゲルの心に、グサッと刺さる言葉がきたのはさておき。
絶対的で厄介な能力がまさか自分のもとに|跳ね返され《カウンター》され、それによって苦しめられるなんて、アンテロスも予想していなかったのだろう。
バクバクと脈打つ勢いの心臓をぐっとおさえながらも、アンテロスの瞳はバニー仮面の姿から離せずにはいられなかった。
彼女は完全に魅了されてしまったのだ。不思議な格好をした男に。
「貴方が目的のために奔走していることは知っています。それは尊いことであることも。ですが、このあと来る人たちの話も一緒に聞いてみませんか?」
仮面の奥でリゲルがにこりと笑う。それを見て、アンテロスの胸はさらに高鳴る。
「は、はいい…」
蕩けるような表情を浮かべるアンテロス。これで彼女は落ち着くことだろう。
――といったところで、リゲルの肩に誰かの手が置かれる。
そこにいたのは…仁王を後ろに控えた図書館スタッフ。
やっぱり、眼鏡の奥の瞳は笑っていない。
「あ、えっ…と…」
「すみません、ほかのお客様から不審な格好をした人がいると報告を受けまして。……他のお客様のご迷惑になりますので、お着換えか…ご退出を。お着換え場所にお困りでしたらご案内いたしますね」
「……はい」
公共施設にいる以上、EDENでもバニー仮面でも、施設に務める者からの指示(そして警告)は絶対である。
バニー仮面は、仁王のスタッフの指示に従って、図書館から一旦退出することになる。大丈夫、ほかにもEDENはいるし、着替えさえ終わればまたここに戻ってくることは可能なのだから。
彼女の魅了効果が切れたのは、バニー仮面の姿が見えなくなってしばらくしてからのことだった。
●まるで、ページを捲るように
「わぁ…豊橋に綺麗な図書館があるなんて…」
「ええ、ここまで開放的な図書館を見るのは私も初めてです」
シンシア・ウォーカー(放浪淑女・h01919)が銀色の瞳をキラキラ輝かせるのを、|神隠祇・境華《かみおぎ・きょうか》(金瞳の御伽守・h10121)を微笑ましく眺めていた。
豊橋駅から歩いて5分。東口から出てすぐ右側の通路へ曲がり、左側に向かって降りたらあとはまっすぐ進むだけ。大きな建物を数件見送った先に、真っ白なビルがみえることだろう。
エスカレーターを上った先の自動ドアが開けば、そこはもう「まちなか図書館」のなか。これまでの図書館のイメージを払拭する、吹き抜けの空間と開放的な書庫がふたりを迎えてくれる。
「ねぇ、境華さん。あそこはどうやら個室のブースがあるみたいです!」
「ワークショップのスペースもありますね。あ…これば、イベントカレンダーでしょうか。いろんなワークショップやイベントが書かれていますね」
楽しそうな会話をするふたりの鼻孔にいい香りが漂ってくる。香りの方向をたどれば、カフェスペースを見つけることもできる。淹れたてのコーヒーや軽食を片手に、おしゃべりをしながら本を楽しむことができるようだ。
図書館の中央には大きな階段もある。聞けばなんと、通路としてだけではなく、座席として座りこむことができ、目の前で巨大スクリーンを降ろして映画鑑賞することもできるというのだ。
「本当にすごい…図書館なのに、図書館じゃないみたい…」
図書館といえば、静かに厳かに過ごす場所だという認識でいた境華にとってはちょっと衝撃だったようで、あたりをきょろきょろと見まわしてしまう。
(境華さん…本が大好きものね。とっても楽しそう)
普段は年齢以上に落ち着きを感じさせる境華が、興味津々に図書館を見て回る境華が年相応の少女であることを再認識すると同時に微笑ましい気持ちで満たされていく。
けれども、ふたりの目的は図書館を楽しむことではない。こんなに素敵な図書館の魅力はこの後も少しでも多く見つけ出したいところだが。
「境華さん。色々と終わったら、あとで一緒に見て回りましょう?」
「そ、そうですね。さっそくいきましょう…!」
本来の目的をようやく思い出した境華は少し顔を赤らめながら、シンシアについていく。
その姿もまたかわいらしいなとくすりと微笑むシンシアである。
魅了の状態を解かれたアンテロスは再び立ち上がる。
「う、うう…まだちょっと痺れてる感じは残ってるけど……これ以上、邪魔をされるわけにはいかないんもん……って、あれ…!?」
弓矢を構えなおしたとき、アンテロスの表情が凍り付く。
あれほど狙いを向けていたはずの高校生たちがいない。どうやらこれまでの、EDENたちと押し問答をしているうちにいつの間にか図書館から出ていってしまったようだ。
「そ、そんなぁ……」
その場で座り込んでしまうアンテロス。
絶望のあまり勢いのまま座り込んだせいで、それまでギリギリを保っていたバランスを崩した本の塔がぐらぐらと揺れ、やがてばさばさばさと落ちていく。崩落の瞬間を迎えてしまった。
「うええええん……カップル誕生できてたはずなのにいい…!」
ピンク色の瞳から、ぽろぽろぽろぽろと大粒の涙があふれこぼれ落ちていく。…本当に簒奪者なのかと疑ってしまうほどの弱々しさ。彼女にとって撃ち抜くカップル(ではないのだけど)を逃してしまったショックは大きかったようだ。
「――アンテロス、大丈夫ですか…?」
優しいシンシアの声が聞こえてきて、アンテロスは顔をあげる。
彼女の目の前には、金髪銀眼の美女と黒髪金眼の美少女が立っている。あまりの美しさに、アンテロスの顔はすっかり呆けてしまった。
(なんて…なんて、ビジュのいい…!!)
高校生は見逃してしまったけど、このふたりをくっつけてしまっても美味しいかも…!
あまりにも|邪《よこしま》な感情が、アンテロスの手がハートクエイクアローに伸びそうになるけれど、それは境華が優しく手を重ねて阻止してみせる。
「魔法少女アンテロス、ですね。まずは私たちの話を聞いてくれませんか?撃つか撃たないかはそのあとでも構わないでしょう?」
「……は、はい…」
ぱさりと落ちる前髪。その前髪の間から見える金色の瞳はなんと美しいことか。
もしかしたら、先ほどの魅了効果はまだ解けていないのかもしれない。境華の優雅な手つきと上品な語り口は、魔法少女の涙を止め、そのまま椅子に座らせる。
(……綺麗な女の子に諭されちゃった…)
ちょっと蕩けそうな瞳をしたアンテロスの隣に、境華もシンシアも椅子を持ってきて座っていく。…な、なんだかいい香りがしてきたような気がする。
「アンテロス。確かに、この図書館はとても素敵です。こうした場所で素敵な物語が始まることもあるのでしょう。けれど、それは…外から誰かが与えるものではないと思います」
机の上では崩れてしまった塔の一部が散らばっていた。それを丁寧に拾い、傷や折れがないか確認しながら少しずつ綺麗に整えていく。
境華は一冊の本を手元に寄せた。その本の題目には『舞姫』と書かれている。高校生の教科書にも掲載されるほどの名作のひとつだ。
舞姫のページをゆっくりとめくりながら、|雅文体《がぶんたい》で書かれた近代ロマンの文章を目でなぞりながら、境華はゆっくりと言葉を紡ぐ。
「人の想いは、本の|頁《ページ》を捲るように…少しずつ知って、重ねて、育んでいくものではないでしょうか」
この物語と、おなじように。
ぺらりぺらりという滑らせる音もまた、恋の中身を知るのと同じなのだと。
「そうですよ、アンテロス」
境華に続いて、シンシアが語り掛ける。ずいっと近づいてくる美人顔に、アンテロスの心臓がまた跳ね上がってしまうが、シンシアがそれに気づくことはない。
「境華さんの言う通りです。恋愛とはこう……シチュエーションはもちろんですが、そこに至るまでの過程というのも大切なのです!そこを他者が歪めてよい道理はないのです」
「は、はい…!?そ、そうかもしれないけど、でもぉ……」
綺麗な顔立ちにドキドキしながらも、アンテロスは境華の手を退けようとするが、意外と彼女のほうが力が強くてなかなか弓矢を掴みなおすことができない。
(あ、どうしよう…このままじゃ……ビジュの強さで押し切られてしまう…!)
魔法少女は、|危機《ピンチ》をひしひしと感じていた。けれど、弓矢を握りなおせない以上、彼女にできることは…ふたりの話を聞くことのみ。
「アンテロス。貴方が恋愛の物語がそこまでお好きでしたら、私たちからもお聞かせします。ですから…今は、その矢を放つのを止めて頂けませんか?」
ちらりとこちらに向かって上目遣いする黒髪美少女。(※アンテロスにはそう見えたのです)
「えっ、境華さんから恋愛の物語について聞けるのですか?とても気になります。聞きたいです。私情だろうと言われようが特等席で聞きたいものは聞きたいものです。
というわけでアンテロス、ここはひとつ…その弓を下していただいて……休戦しませんか!」
黒髪美少女の話に食い入るように説得に入るシンシアにある種のギャップ萌えを感じた(※アンテロスが勝手にそう思っているだけです)アンテロスの頭からボン!!と火山のような噴煙が噴き出した。
「……ひゃ、ひゃい……やめます…やめますからああ…」
アンテロスは、敗北してしまったのだ。
ふたりのビジュの強さと、あまりにも仲の良い尊いやり取りに。
そして、そんなふたりにはさまれるというなんともうらやましいシチュエーションに耐えきれなかったアンテロスは、煙をぷすぷすとあげながら、椅子の背もたれごと後ろに転がっていったのだった。
第2章 日常 『物語を語ろう』
●
「す、すみませんでしたぁ!!」
EDENたちを前に、魔法少女アンテロスは最敬礼の角度で謝罪の言葉を口にした。ちらちらと周囲を確認しながら、再び顔をあげる。…まだ後頭部は痛いけど。
「そ、その…どうしても見たかったの。ビジュのいいふたりがくっついて、尊い|場面《シーン》をみてみたくて…あのふたりがどうしてもね、私の|癖《へき》に合ってて…あぁ、でも…こっちが決めつけたり、無理やりくっつけるのは本当によくなかったです…ほんとうにごめんなさい…」
弓矢の目標として向けてしまった高校生にも謝罪したいところだが、彼らはすでに図書館を後にしている。どのくらいの時間が経ってしまったかはわからないが、彼らの追跡は難しいだろう。もう会うことの叶わないであろうふたりに謝罪の気持ちを向けたあと、魔法少女は改めてEDENに向かう。
「ええと、それでですね……すっごく迷惑をかけちゃったのはわかってるんだけど…わかって、いるんだけどね…」
迷いがちに小指同士をつんつんと突き合いながら、アンテロスはこんなお願いをしてくる。
「私ね、恋愛もののお話が大好きなんだけど…最近これ!っていうものがなかなかみつからなくて……もし、みなさんのお気に入りやおすすめのお話があったら教えて欲しいの。あ、ええと…あんまりドロドロしているものは得意じゃないんですけど…それ以外でそういうのがあったら教えて欲しいな…?だめ…?」
迷いがちに潤ませるピンク色の瞳。
どうやらアンテロスは恋愛物語をまだまだ求めている様子。
貴方たちがよければ、彼女にさまざまな物語を教えてやってほしい。
●さあ、どんな物語をきかせよう?
√EDEN。日本は愛知県の東側にある豊橋市。
JR豊橋駅から歩いて5分にある複合施設|emCAMPUS《エムキャンパス》のメイン施設のひとつ「まちなか図書館」の中のカフェスペースに、魔法少女アンテロスとEDENたちはいた。
ふわりと香ってくるコーヒーを片手に、彼ら彼女は語らいの準備をしていた。豊橋市民たちは普段着とはかけ離れた装いの集団に思わず視線を送るが、実は豊橋という場所は、最近では数々の撮影場所やアニメ作品の舞台、そして数々のエンターテイメント作品とのコラボレーション企画が多くされている。
それもあってか、豊橋市民たちはいわゆるサブカルチャー文化への理解が比較的深いほうなようで、「あれも…どこかの作品に出てくる衣装なのかな」という認識が先行し、自然と貴方たちのことを見逃してくれることだろう。
「…さて!」
コーヒーを片手に、アンテロスの表情は期待に満ちていて、ピンクの瞳はキラキラと輝いている。無理もない。だって、今から彼女が愛してやまない、そしてまだ見聞きしたことがない「|恋愛物語《てぇてぇはなし》」を知ることができるかもしれないのだ。
「みなさんからの話を聞く覚悟はできたよ!さあ!どうぞ!!みなさんの知っている素敵な|物語《おはなし》を教えてください!!」
まるでこれから戦地にでもいくのかというほどの面持ちのアンテロス。
そんなアンテロスのことを、EDENたちはかわいいと思うかもしれないし、ちょっと心配になるかもしれない。そんなアンテロスのためにも、貴方たちは思い思いのおすすめの恋愛物語を聞かせることになった。
●『おたがい』を知っていく物語
「おすすめの物語…なるほど、ここはわれらが境華さんの出番ですね!ねっ、境華さん」
「わ、私ですかっ?」
アンテロスからのお願いを聞いたシンシア・ウォーカー(放浪淑女・h01919)はすぐに、隣にいた|神隠祇・境華《かみおぎ・きょうか》(金瞳の御伽守・h10121)のことを勧める。物語といえば、御伽守という称号を得た彼女がまさに適任――シンシアはそう考えたのだ。長い日々を一緒に過ごしているからこそ、彼女の良さも強みもわかるというもの。
「ええと、黒髪のお姉さ…境華、さん?がいっぱい知ってるの?」
「ええ、そうなんです!境華さんはいろんな|物語《おはなし》をたくさん知っているのです。境華さんならきっと、貴方の気に入る物語を教えてくれるはずです。さあ、一緒に境華さんのお話を聞きましょう、アンテロス」
さあさあと、シンシアはアンテロスを引き連れて席に座る。語り手の境華の隣にシンシアとアンテロスが座って、ふたりはわくわくドキドキといった面持ちでじーっと境華を見つめている。
アンテロスだけではなく、いつもは年上の頼れるお姉さんといった印象のシンシアも期待に満ちたまなざしを向けてきて、境華は思わず照れてしまいそう。
けれど、そこまで期待を寄せてくれるのならば、語り手のひとりとしてアンテロスに素敵な物語を教えてあげなければ。
すぅ、と。一呼吸を置いてから、境華はゆっくりと瞳を開く。
優しい金色の瞳がふたりの姿を映して、にこりと微笑む。もうそれだけで、アンテロスの胸が高鳴ってしまったのは言わずもがな。
「――では、ひとつ。とても有名な物語ですが、『美女と野獣』はいかがでしょう?」
アンテロスはちょっとだけ首を傾げてから、うーんうーんと考えこみ、ふたりに向かってううんと首を横に振ってしまう。
「美女と野獣……ってすごくストレートなタイトルだけど…どんなお話?」
「あら意外…アニメ映画で何度も見たものですが…アンテロスは知らないのです?」
「うーん…実はあんまり…有名な作品っていうのはなんとなく知ってるんだけど…」
アンテロスが唸ってしまうのは仕方がない。なにせ、『美女と野獣』が発表されたのは今からなんと270年前の1756年。それも、フランス人作家のヴィルヌーヴ夫人が発表した同題のものを、ボーモン夫人という女性が子どもたちが読みやすいようにと短く書き直したものである。
今では有名なあのアニメーション長編映画はボーモン夫人のものを参考したという噂はあるものの、それが公開されたのも1991年のこと。その後の実写キャストによる映画は2017年に公開されたとのことなので、10年も前の出来事である。アンテロスも見た目は10代のように見えるが、きっかけがなければなかなかこの作品に触れることがなかったのかもしれない。
「この物語を知らないなんてもったいないですよ、アンテロス!」
「えっ、そうなの!?」
「ええ、ええ!とても感動する物語ですから、ぜひとも境華さんのお話を聞いてみましょう!何度も見ましたからストーリーにも馴染みはありますが、境華さんから語りとして聴くのはなんだか違った風情がありそうですよ!ですよね、境華さん!」
まだひと語りもしていないのに、シンシアのテンションはすでに高まっていて、それにつられてアンテロスも境華に向ける瞳をさらにキラキラと輝かせる。
更にハードルがあがってしまった境華だが、むしろ語り手としての実力が試されるとき。俄然、境華のやる気が上がってくる。
「なら、アンテロスが自分から進んで手に取って読んでくれるように、今日は私なりにお聞かせしますね。まず、この『美女と野獣』というものですが……」
そうして境華は、ゆっくりと本の|頁《ページ》をめくりながら、物語のあらすじや物語の名場面を次々と語っていく。
「主人公である末娘と野獣は最初から恋をしていたわけではないのです。とある出来事をきっかけに末娘が野獣の住む城を訪れたことがはじまりなのです。ふたりは同じ場所で過ごし、言葉を交わし、紆余曲折ありながらも互いを知っていくうちに、少しずつ…少しずつ、互いの相手を見る目が変わっていくのです…」
場面ごとの景色や登場人物の言葉や感情が伝わるように、境華は声色や語気を変えながら語り掛けていく。ふたりも、周りのEDENも、さらにはたまたま通りかかった市民たちが足を止めて境華の魅力的な語りに聞き入ることだろう。
彼女が言葉を紡ぐたびに聞き手側の頭の中に、様々な情景が浮かんでくる。
序盤の美しきパリの風景、つめたい雪に閉ざされた古城、野獣たちと同じように呪いを受けた者たちが娘を励ます晩餐会、真っ白な庭園での急接近、広大なボールルームでのダンスシーン…そして、末娘が涙を交えながら愛を告白し、野獣の呪いが解かれていくラストシーン。
彼女が語るたびに、爽やかなプロローグも、ちょっと怖い出会いのシーンも、絢爛豪華な雰囲気や甘いやり取りも、緊迫とした戦いも、聞き入る者すべての頭の中に次々と流れていく。
シンシアがにこにこと境華の語りを聞きながら、隣に座るアンテロスの表情をちらりと見る。
アンテロスは……頬を赤くしながら、境華の語りに聞き入っている。
まるで、彼女の語りに恋心のような感情の高鳴りを感じるような、そんな。
「こうして、愛を告げた娘と野獣の呪いが解けた青年のふたりは結ばれ、いつまでも仲良く幸せに暮らしたのでした。……というのが『美女と野獣』の物語です。いかがでしたか…?」
本を静かに閉じながら物語を語り終えた境華がふたりに視線を向けた瞬間、ふたりだけではなく足を止めた市民たちからあたたかな拍手が送られる。
「すごかったです、境華さん…!語り部としての境華さんの読み方や語り方がまたこの物語の魅力を引き出していて…!どんどん引き込まれていきました…!!」
アンテロスはどうでしたか!?と聞こうとして隣を見てみれば、アンテロスのピンク色の瞳からぽろぽろと涙がこぼしていた。
「え…ええええ、すごくいいお話を聞いちゃった……!美人な女の子と野獣の呪いにかかった男の子が衝突を繰り返しながら少しずつお互いのことを知っていって…そして想い合うようになってからの、最後…最後の場面…ふたりが結ばれることが呪いが解かれてハッピーエンドだなんて……|尊い《てぇてぇ》を通り越して、もはやこれは壮大な愛の物語だよお…!境華さんの語りだけでこうなるなら、映画をみたらどうなっちゃうの…尊すぎて、蒸発しちゃいそうだよおお……!!」
ああああ…っと悶えながらも嬉しそうなアンテロス。感極まりすぎて握りしめた手が真っ赤になっていた。そのくらい境華の語りに夢中になっていた、ということだ。
ふたりの反応、そして周りからのあたたかな拍手に、境華は思わず照れてしまう。
「そ、そこまで褒められるとは思いませんでした……あ、ありがとうございます。こうして語り部として物語を聞かせたのは初めてだったので…あなたが気に入ってくれたのならよかったです」
ちょっとだけ気恥ずかしそうにはにかむ境華。
そんな境華の表情を見たアンテロスが「あーもう、はにかみ笑顔がかわいすぎる!|尊い《てぇてぇ》すぎる!!」と悶えたのは、言わずもがな、である。
●かたりかたらうえくせとら!
ずぴぴと鼻を鳴らしたあと、目を真っ赤なままのアンテロスは、今度は|架間・透空《かざま・とあ》(|天駆翔姫《ハイぺリヨン》・h07138)に視線を向ける。
「ねえ、透空ちゃん!君のおすすめの恋愛ものを教えてほしいんだけど何かあるっ?」
「れ、れれれ恋愛ものの話ですか!?」
「うん!だって、さっきあんなにも熱弁してくれたじゃない!君をそう語らせてしまうほどの物語があるってことでしょう?それを!ぜひ!!教えて欲しいの!……あっ、内緒にしたいものなら全然無理に教えなくても大丈夫なんだけどっ。やっぱりー…ちょっと…知りたいなぁー…ってぇー…」
人差し指同士をつんつんとしながら、あざとめの表情で懇願するアンテロス。彼女もまた|顔面《ビジュ》がいいものだから、透空はちょっとドキドキしてしまう。
でもEDENとして、そして自分と年代が近いであろう彼女からのお願いならば叶えてあげたい気持ちもある。
「わ、分かりました!私も、恋愛小説はあんまり詳しくはないんですけど、是非是非語り合いましょう!」
「えっ、うそ、あたしも語っていいの!?結構オタクな感じになっちゃうけど大丈夫?」
「もちろんです!それに、私、アンテロスさんが推してる恋愛ものの話、聞いてみたいです!!」
純粋でまっすぐ、下心なんて全く感じさせない透空の力強い言葉にアンテロスの表情がまるで夜明けの太陽のようにぱああっと輝きだす。先ほどまでのぺしょぺしょのアンテロスは、もうどこにもいない。
嬉しくなってしまって、アンテロスは透空の手を引いてさっそく隣同士で座り合うことにする。珈琲のおかわりをもらいつつ、アンテロスの…ドロップシールでデコレーションされたカバーのついたスマートフォンを取り出して、ものすごいスピードでなにかを打ち込んだあと、「あたしのおすすめはこれ!」と差し出す。
アンテロスのスマートフォンの画面に映されていたのは、とある小説投稿型ウェブサイト。最近よくある、現代地球で死んでしまった女性が乙女ゲームの悪役令嬢に転生してしまうことから始まるラブコメディ作品だ。
「最近ね、この連載ばっかり読んでるの!主人公はもともと良い人すぎて死んじゃった子だから、悪役になっても根が良い子すぎて攻略キャラクターが戸惑っちゃうところがすごくよくて…!特に途中から登場するふたつ隣の国の王子さまがね、あたしの好みなの…!コミカライズされたときのビジュがほんとうに優勝で…!!それで…!!」
キラキラな笑顔で語るアンテロスは、テレビアニメの魔法少女そのものではあるが、楽しそうな表情は自分と何ら変わらない。『魔法少女』であることを除けば、彼女もまた恋という不確定な事象に恋する普通の女の子なのだ。
「アンテロスさんのおすすめの恋愛もの、とっても面白そう!今度読んでみますね!」
「うん、絶対読んで!損はさせないからっ!それでそれで、きみのおすすめの物語もそろそろ教えてほしいな!」
「はっ、そうでした!それなら…」
おすすめを教えたことで大満足したアンテロスが迫ってきて、透空も慌ててスマートフォンを取り出す。スマホリングのついたオレンジ色のスマートフォンを一生懸命を操作して、最近読んでいてそれでいて彼女の気に入りそうな恋愛もののケータイ小説を数編見繕ってみる。
「アンテロスさんアンテロスさん!これなんかどうですか!」
「えー、なになに…?」
見せられた画面をアンテロスが食い入るように覗き込んでみる。
透空がおすすめしてくれたのは、幼い頃に見たアイドルに憧れて、アイドルになる夢を追いかける女の子と、そんな彼女の夢を陰ながら応援する幼馴染の男の子との恋愛物語。
「私もすっごく共感できる部分がいっぱいあって……何度も何度も読み返しちゃうくらい好きな小説なんです!アンテロスさんが良ければ是非っ!」
「えっ、アイドルもので幼馴染との恋愛って王道そのものじゃんっ!最初のあたりを読んでみてもいい?」
「もちろんですよ!よかったら、作品のアドレス教えますね!」
――数分後。
にこにこと笑顔を浮かべる透空の隣で、アンテロスはスマートフォンを片手に机につっぷしていた。
「ええええええ…まって、第1章ここで終わるの!?この後の展開が気になりすぎるんだけどおおお…!!ていうか、ここで伝えられないのがもどかしいすぎるぅ!!」
教えてもらった物語の、アイドルを目指す!と決意した女の子が一歩踏み出す中、幼馴染の男の子がそんな彼女の眩しさを感じながら密かな想いを人知れず吐露するシーンでアンテロスのオタク心と乙女心にクリーンヒットしたようだ。
「と、透空ちゃん……これ、続きは……」
「ふふ、今公開しているものは全部無料公開されていますから、ゆっくり読んでみてくださいね!」
「助かるぅうううう…!!教えてくれてありがとう、透空ちゃん…!!」
持っていたスマートフォンを机に置いて、アンテロスは感謝の意味を込めて透空の手を両手で握りしめる。あたたかな手の感触に、透空もまた嬉しそうに笑った。
●前世からとかギャップとかそういうの!
「おすすめの恋愛もの?ふふふ…こんなこともあろうかと…!」
|黄・夜巡《こう・よじゅん》(夕立巡り・h13090)が懐から取り出したのはとある漫画数冊。すべて、同じ題目である。少女漫画だというこの漫画のタイトルは『それともネズミくん!?』という。
「『それともネズミくん!?』って…少女漫画にはなかなかないインパクトのあるタイトルね…!どんなおはなしなの?」
「まぁまぁ急かすなよ、アンテロス!今からたっくさん説明してやるから!」
目の前に差し出された、インパクトのあるタイトルに惹かれたアンテロスは、どんな物語なのか早く聞きたいようで、ピンクの瞳をキラキラと輝かせ、ツインテールがぴょこぴょこと跳ねさせる。
それを見て夜巡はにかっと笑って、それからこの物語について説明をはじめた。
「『それともネズミくん!?』はな、霊感少女と転校生のチビの少年の物語で、最初はコメディ風に始まるんだが、これがまた壮大な話で泣けるんだぁ…。特に、ここ!この6巻のな、傷つき倒れた主人公を起こそうするネズミくんのシーンが…ほら、ここなんだけど…!」
数冊の中からピックアップした表紙には、第1巻のコミカルで楽し気な雰囲気だったのが一転、真剣な眼差しでこちら側に向けるネズミの少年の姿。
そして夜巡が特に注目してほしいというシーンの描かれたページを開いて見せた瞬間、アンテロスから、かわいらしい姿からは想像できない声が漏れ出す。
「わ…わぁ…!待って、まって…!!ネズミくんってこんな表情もできるの!?」
「そうなんだよ!実はこのネズミくんがさ、前世の記憶を持ってて、1000年もの間、女の子のことを前世からずっと大切に……そう、たった一人の少女のことだけを想い続けてるんだよ、このネズミくん…!!」
「うわ……わ…まじ…まじかぁ…!!」
衝撃的な真実に、思わず顔を覆いながら天を仰ぐアンテロス。魔法少女らしいきらびやかな雰囲気はなく、好きなことを好きと言い続けるオタクの姿がそこにあった。
図書館の中で、悶絶の声が響き渡る中、夜巡はにやっと笑いながら尋ねる。
「オレ、このネズミくんの一途な感情に弱いんだけど、あんたはどう?」
「すごく…好き……大好きだよぉ…こんなん、好きにならないほうがおかしいってぇ…!!」
周囲が驚かない程度に、感情を発露させるかのように机をたたくアンテロス。どうやら、夜巡おすすめの作品はアンテロスの|癖《へき》のひとつに見事刺さったようだ。
ぷるぷると身体を震わせながらも、アンテロスはなんとか会話を続けようとする。
「あの…あとで買うから、漫画の写真を撮ってもいいですか…?」
「あ、いいよ!よかったらこのままあげるよ、全巻あるし!」
「え…!?そ、それはさすがに悪いからお金…!!」
「いいっていいって!まだ、読む用と保存用と飾る用と…あと布教用2組分あるし!!」
「いや、どんだけ持ってるの!?」
思わずツッコミを入れてしまうアンテロスだが、夜巡がにっこりと笑顔を浮かべながら『それともネズミくん!?』全巻セットを託そうとしてくる。アンテロスは何度も何度も断りをいれてみるものの、夜巡はそれを上回るほどの布教活動を重ねていく。
何度かのやり取りのあと、結局、アンテロスは全巻セットを受け取ることになる。しっかり受け取ったことを確認した夜巡は実に満足そうだ。
「ああ、そうだアンテロス。実は、豊橋市にも、良縁成就や縁結びにご利益のある神社があってさ」
「そ、そうなんだ?…はっ、まさか…?」
「そのまさか、だ。その神社、実は『ネズミくん』の作中にも登場するんだ!せっかく豊橋に来たんだ。『ネズミくん』をしっかり楽しんだら、聖地巡礼して、思いを馳せてみるのもいいんじゃないか?」
「はああああ…なるほどぉ……なら、はやく読まないと…!」
「ははは、急がなくてもいいって。聖地は逃げないし…まずはしっかりと『ネズミくん』の世界や物語を楽しんでくれよ」
「そうだね。せっかく素敵な物語を譲ってもらったし、しっかり楽しむよ…!」
そう言って、アンテロスは受け取ったばかりの『それともネズミくん!?』第1巻のページを捲り始める。夜巡がおすすめしてくれた第6巻のあのシーンが、一体どのような経緯を経て構成されていくのか。それを知るためにも、アンテロスははやる気持ちを抑えながら読み進めていく。
その様子を、布教した夜巡は誇らしげに、そして、嬉しそうに見守っていた。
●|きみ《・・》だけの|物語《しんじつ》を。
「それでっ!エアリィちゃんはどんな物語を教えてくれるの?」
これまでたくさんのEDENから恋にまつわる様々な物語を教えてもらったアンテロス。様々な物語を知ったおかげからなのか、アンテロスの肌艶はずいぶん良いように見えた。
そんなアンテロスが最後に尋ねたEDENが、エアリィ・ウィンディア(精霊の娘・h00277)である。
「えぇ、恋愛ものの…お話……だよね…?」
エアリィは柄になく戸惑っていた。だって恋とかそういうものには自分にはまだ縁のないものだと、心のどこかで思っていたのだ。
「う、うぅん…王道のお姫様と騎士様のお話とか、そういうのじゃ…ないんだよね…?」
「うん!もちろん、そういう王道のお話も好きなんだけどー!…それよりもー!」
再び、アンテロスの顔がエアリィに近づく。戸惑いから赤らめるエアリィを見て、アンテロスはにやぁっと笑みを浮かべる。
「物語をあまり知らないんなら…あたし、さっきの話の続きを聞きたいな!」
「……へ?さっきの話?え?えっ?なんの、こ…と…?」
「またまたぁ、はぐらかすちゃうなんてえ!さっきの話だよ?自分から言ってたじゃない。『好きな人、いるけどー!』って」
沈黙が数秒走ったあと、エアリィの顔から再び湯気が噴き出す。
普段の戦闘や生活ではありえないほどの突沸した熱が身体中を駆け回って、エアリィの顔や身体をあっという間に真っ赤にしていく。
「え、ええと!?あ、あたしの話!?」
「うん!エアリィちゃんは今、まさしく物語のような恋をしてるんだよね!?あたし、むしろそっちのほうが興味があるの!」
「え、えええええ!?いや、そんな、あたしのは、物語とかそういうのにはならないというか、たたた確かに好きな人はいるけど、恋とかそういうのじゃないというか…!!」
先ほど思わず口にした話題を突き付けられるなんて思わず、アンテロスがずいずいと詰め入っていく。戸惑いと焦りからなのか、いつもよりも早口になってしまうのは気のせい。そう気のせい。気のせいに決まってる。
「ねえ、エアリィちゃん。さっきの…エアリィちゃんが好きな人のこと、教えて欲しいな?どういう人?エアリィちゃんの好きな人って」
「ど、どういう人…って…?」
「なんでもいいんだよ?どんな姿でどんな性格で…どういうところが好きなのか!」
「え、ええ…と…?」
どうしてだろう。さっきから顔が熱い。手も、身体も。
いつものあたしらしくない――。
戸惑いながらも、それでもアンテロスの問いかけに対してはしっかり答えようとするのは、彼女が純粋で素直であるなによりの証明。
「…その人は。ほんわかしてー、お茶目なお兄さんって感じでー…。でも、しっかり決めるところは決めてくれて……なにより…すっごく、見てくれるのが…うれ、しく…て…」
思い浮かぶのは、何度も何度も自分の名前を呼んでくれる、茶色い髪に紫色の瞳がよく似合う、心優しい彼の姿。
彼のことを言葉にする度に、エアリィの心臓の音がやけに大きく聞こえてくる。
(あれ…?な、なんで、あたし…こういうお話、しているんだろ…?)
アンテロスに、恋愛ごとに絡めたおすすめの物語を教えるはずなのに。今自分がしていることは全く逆のことで。全然違うことをしているのに。
図書館の空調はちゃんと効いているはずなのに、なぜかエアリィの身体の熱は引かないどころかむしろもっと熱くなるような…
(わぁ…)
エアリィのそんな様子を見たアンテロスは実に嬉しそう。
(リアルタイムでこんなに|尊い《てぇてぇ》ものを見れるなんて…!ありがたき幸せってやつだよね!それにしても、エアリィちゃんをこんなにかわいく照れさせる人っていったいどんな人なんだろう…?これこそ、あたしの弓矢で撃ち抜きたいところ!なんだけどぉ…みんなのいう通り、過程をしっかり楽しんでからくっつく様子をじっくりと楽しんだほうがきっといいよね…!)
EDENからの説得の甲斐もあって、アンテロスはこれ以上弓矢を多用することはやめ、そっと懐にしまい込む。
そのあとは、悶え、照れ、そして戸惑い続ける可愛らしいエアリィの様子を心行くまでに堪能するアンテロスであった。
●終章:堪能したらあとは帰るだけ!
「はー…っ!!みんな、素敵な物語を教えてくれてありがとう!」
まちなか図書館を出たあと、アンテロスの表情は晴れやかだった。まるで空気の澄んだ青空のよう。心を操ろうとする弓矢はそっとしまって、ピンク色の髪と衣装を秋風にのせながらくるりとこちらに振り返る。
「さっきも言ったけど改めて。今回はあたしの暴走で迷惑かけちゃて本当にごめんね。これからは早くくっつけたいよくぼ……き、気持ちはがんばって抑えて、恋とかつながりの過程をしっかりと見守っていくことにするね」
別れる直前、彼女が浮かべるのは、魔法少女らしい明るくて素敵な笑顔。
「それじゃあ、あたしは帰ります!みんな、ありがとう。またどこかで会えたらよろしくね!あ、そうだ、教えてもらった物語はしーっかりと読ませてもらうから!つぎにあったときはあたしなりの濃厚な感想を渡すからね絶対!それじゃあね!」
矢継ぎ早に言葉を紡いだあと、アンテロスは助走もなしに空を飛び、彼方の先へと飛んでいく。夕暮れの光が眩しくてちょっとだけ目をつぶったその一瞬の間に、アンテロスはあっという間に空の彼方へと消えていく。
かくして、魔法少女のとんでも事件を未然に防ぐことができたEDENたち。
帰りの時間までまだ時間がある。あまあまの物語を教えた彼らが求めるものはきっとこの豊橋にはまだまだある。
豊橋ならではのグルメやドリンクを見つけようと、EDENたちはまちなか図書館をあとにするのだった。