Kaleidoscope ――色とりどりの夏
● 全員集合
どこまでも澄んだソーダ色の空。
こみあげる高揚感みたいな綿雲がひとつ、ぽんと添えられている。八月の朝は、これから始まる一日の楽しさを、もう隠しきれていなかった。
海沿いの駅、ロータリーの向こうには、海を背にして立つ建物が朝日を照り返している。今日の目的地――水族館だ。
「みんな、おはよう。うん、ちゃんと全員いるね。しかも、五分前」
時計台の下で、雨深・希海がひとりひとりと目を合わせて人数を数えた。目を細めて微笑む。表情は大きくは動かないけれど、声に嬉しさが沈んでいる。旅団『BeyondRoom』総勢15名、今日は夏休みのお出かけだ。集合時刻より早く全員がそろうというのは、それだけでもう今日がうまくいく予感がした。
「えへへ、今日が楽しみで仕方がありませんでした……♩」
そういった後すぐに小さなあくびをした間宵・理央が、恥ずかしそうに笑う。
「わーい! 水族館だぁ! どんな子達に出会えるかなぁ? 楽しみだね!」
真白・璃亜はさっきから足踏みが止まらない。入口の自動ドアはもう目と鼻の先で、今すぐ駆け出したいのを、つま先だけでどうにか我慢しているのが丸わかりだった。
「皆の者チャオドラ〜★ ドラゴン⭐︎ストリーマーのユナだよ〜★ 今日はユナのお友達と一緒にお出かけにいくよ!」
スマホを掲げたユナ・フォーティアが、集合直後の全員をぐるりと映していく。花江・クロはこっそりと前髪を整える。
「ふえぇぇ……」
ふいに、一同の足元から情けない声が漏れた。
ルナリア・ストームクロウが、走り抜けていく車を見送って固まっている。街というものは、いつまで経っても慣れない。よく分からないモノばかりが、大きな音を立てて動くのだ。
「大丈夫ですよ。ここにいれば、車は来ませんから」
膝を折り、目線をぴたりと合わせたのは愛神・永愛だった。
長身が屈むと、それだけで小さな日陰ができる。ルナリアはこくりと頷いて、それから、すすす、と彼女の背中に避難した。
「今日は一日、たくさん楽しみましょうね」
ゆっくりと立ち上がった永愛が、背中の小さな重みごと、皆へ微笑む。
「はは、もしかして暑いのかな、ルナリアさん」
十束・新貴が笑いかける。スマートフォンで天気を確認する。画面の中の太陽は、朝から夜まで一つも欠けることなく並んでいる。
「今日は一日ずっと晴れマークだね」
夏の日差しは朝からもう遠慮がない。めいめい涼しげな格好で集まっている中、緋雨は細身の体に|瞳《サード・アイ》と同じ色のアウターを羽織っている。全く暑そうに見えないのは、日頃の節制や肉体の機械化の賜物だろう。
「今日ってどんな予定でしたっけ?」
「水族館で遊んで、それから近くの施設でバーベキュー。夜は、花火も見えるって」
希海が指を折って数える。
「最高じゃん!」
緋雨が親指を立てた。最後尾で、詠・ミヤビが頷いた。
「なるほど完璧じゃ」
「充実の一日になりそうだな!」
真白・漆黒の肩に浮かぶレギオン『アラクレ』もどことなく嬉しそうだ。コルネリア・ランメルツが「ふふ、いい予定ですねぇ」とおっとり笑う。
「では、いきましょうか」
ウィンディ・ディス・アストライアがそう言って、白い大きな建物の方へ歩き出す。その後を、御園・藍が小走りでついていった。
自動ドアが開くとエマ・ローレライは顔をなでる冷たい空気に小さく声を漏らした。
それはまるで、自分たちの夏休みを歓迎するかのような風。
● 海の中を歩く
エントランスを抜けた先は、とぷんと深海へ落ちたかのような世界だった。
照明を落とした通路の左右、そして頭上までもが、青く発光する水で満たされている。魚の影が、天井をゆっくりと横切っていった。
「すごいなぁ! 本当に海の中を歩いてるみたいだ!」
声を上げる漆黒の紫の瞳がキラキラと輝く。海洋生物の生態に合わせた大小さまざまな水槽は、ひとつひとつが魅力的だ。
「水族館か、結構久々だな」
新貴が天井を見上げてつぶやいた。小さいころは親に連れてきてもらったけれど、最近はなかなか。戦うためでも、任務のためでもなく、ただ遊びに来る。それがこんなに新鮮なことだとは思わなかった。
「ここが噂に聞いてた水族館かぁ……。まるで水の中に居るみたい」
どの水槽でも魚たちが気持ちよさそうに泳いでいる。あちらの水槽、次はこちらの水槽に。微笑みかけて挨拶するうちにコルネリアは動かなくなった。うっとりと魚を目で追う。
「この子が……ミノカサゴ? それで、この子が……」
フリップと魚を見比べていると、魚たちと仲良くなれる気さえしてくる。竜の尻尾がゆらゆらと揺れているのは、きっと無意識なのだろう。
歩き進めると現れるのは巨大な水槽。大きな海洋生物がゆったりと泳ぐ。小さな魚たちは群れを作って水槽のへりをまわる。この水族館のメインとなる大水槽だ。
詠・ミヤビが、大水槽の前で微動だにしていなかった。目は開いている。開いてはいるが、まったく動かない。
「……寝てるのか?」
漆黒がおそるおそる覗き込むと、ミヤビは瞬きひとつして答えた。
「失礼な。わしは今、海の中にいるのだと想像しておる」
「想像」
「うむ。水底の貝の気持ちを想像したり、あの平べったい魚の一日を想像したり……この、静かでゆったりとした時間が好きなのじゃよ」
「とっても平和ですねぇ」
永愛は柔らかく微笑みながら、他のお客さんの邪魔にならない場所を見つけてガラスに近づく。すると大きなエイがガラスの間近まで寄ってきて、白い腹を見せながら滑っていく。赤い瞳が、子どものように輝いた。
「ふふっ、ご挨拶に来てくれたのでしょうか」
すると子供達が自分の足元に駆け寄って、自分もエイをみるのだとはしゃいでいる。永愛はそっとガラスから離れた。長身の自分がいては子供達は魚を見れなくなってしまうから。
理央が展示の解説プレートに顔を近づけ、それから水槽を見上げ、また解説に戻る。
「へえ……そんなに早く泳げるんですねえ……すごい」
「そしてこの魚はこうやって隠れる……ほ〜……賢い……」
鮫が悠々と横切っていく。強くて、大きくて、堂々としている。大きくなって強くなりたい、という気持ちが無意識にそうさせているのかもしれない。自分の背丈を少しだけ気にしている理央にとって、それは憧れそのものの姿だった。
「わ〜〜〜かっこいい……!」
「面白い構造ですね」
感嘆の輪から少し外れたところで、ウィンディが通路そのものを見上げていた。
「通路の壁面に水槽を配して魚を飼う。あるいは、魚を飼う水槽の中に通路を通す。……発想としては逆転しているだけなのですが、体験がまるで違う。よく出来ています」
「ウィンディ氏、真面目か〜!」
撮影許可を取り終えたユナが後からやってきた。水槽へ向き直って目を輝かせる。
「見てよ皆の者、まさに水槽は魚達のダンスホール……クラゲ達は海に煌めくプラネタリウム……!」
ちょうどそのとき、大水槽の中に人影が下りてきた。ダイバーだ。手にした餌の小魚を、大型魚が寄ってきて食べていく。
ウィンディがフム、と考え込んだ。
「周囲に魚は居ても、それは餌とは別なのですね……あの魚もそれを認識して、周囲の魚を無視しているのでしょうか」
「……おいしそう」
「わかる、美味しそう」
思わず、というふうに漏れた声があった。藍だった。隣にクロがいることに気づいて藍は慌てて口元を押さえる。
「あ、違うんです! 魚屋さんで見かけるようなお魚だと、つい……!」
その横で、ルナリアが水槽をじいっと見上げていた。
「おさかなさんたくさん……ぜんぶたべれるかな……」
「るなっさん、わかるけど、ここはそういう店じゃないんだよ」
「うや……? たべないのー? みるだけ? そーなんだー……」
しゅん、と肩を落としたルナリアの頭を、クロがぽんぽんと撫でる。世話焼きの手つきは優しかった。
「この子って、海の中ではこんな暮らし方をしてるんだねぇ。知らなかったんだよー」
璃亜は水槽の一つひとつに丁寧に足を止めていた。どんどん好奇心が膨らんでいく。
「あっ! あの水槽にいる子! 見にいってみよ!」
「待って待って、璃亜さん速い」
緋雨が笑いながらついていく。手のスマホはユナと一緒に撮影許可をもらっている。
スマホに納めるのは展示物ばかりではなかった。
璃亜の楽しそうにかけていく姿も。
従姉に見せる土産話には、魚の写真もそうだけど、こういう一枚もいい。
一方、新貴は入口でもらったパンフレットを几帳面に開いていた。順路、ショーの時刻、館内図。
「ええと……次のショーまで、一時間ちょっとあるな」
「ほう」
いつのまにか背後にいたミヤビが、パンフレットを覗き込んで目を細めた。
「いるかしょーがあるのか。……水族館でいるかしょーを見ない訳がなかろう」
「わ、さっきまでじっとしていたのに」
「わしはめりはりを大事にしておるのじゃ」
漆黒はというと、館内図を横から食い入るように見つめている。
「ええと、ペンギンにアザラシに……へぇ、イルカショーもあるんだなぁ!」
初めて来た場所だ。だからこそ、覚えておきたかった。次に誰かを連れてきたとき、あそこはこうなっている、と説明できる自分でいたい。友達が「行きたい」と言ったとき、すぐに案内できる自分でいたい。
「……よし、覚えたぞ」
「もう?」
「もうだ」
希海はといえば、その全部を少し後ろから眺めていた。
大きな水槽の前は、いい。誰も急がないし、誰も怒らない。青い光の中を、みんながばらばらの速さで歩いている。
「……こういうの、いいな」
ぽつりと落ちた感想は、たぶん誰にも聞こえなかった。それでよかった。
● 思い思いの自由行動
順路は、案内板のところで四つに枝分かれしていた。
アザラシ、ペンギン、クラゲ、そして深海。
それぞれの矢印の先から、違う色の光がこぼれている。
「じゃあ、好きなところから回ろう。イルカショーの前にここに集合ってことで」
希海が言うと、璃亜がもう半分クラゲの方角へ体を向けていた。
「ぼくはアザラシが見たいんだよね」
希海がそう言って向かった先、厚いガラスの向こうで、灰色の丸い体がぷかぷかと浮いていた。目を閉じている。完全に寝ている。
「もちもちだねえ」
「本当だね。お腹のところ、ふにふにしてそう」
コルネリアが隣に並んで、同じ角度で首を傾げた。
「イルカとかに比べて、ショーの内容もゆるいんだよ。玉に乗ったり、拍手したり」
たまに言うこと聞かなくて、飼育員さんを困らせたり、なんて希海の言葉を想像して、コルネリアはくすっと笑う。
「それは見たいなぁ」
一頭が身をよじり、くるりと反転して水底へ滑っていく。そのまま壁際で丸くなって、また動かなくなった。
「かわいいなぁ」
希海がスマホを構える。撮っているのは、寝ているアザラシだ。何も起きない映像が、静かに伸びていく。
「おっきい……ねこ?」
背中側から覗き込んだルナリアが、真剣な顔で言った。
「ねこじゃないよ。アザラシ」
「あざらし……」
ルナリアはガラスに顔を近づけ、それから自分のほっぺたを両手で挟んだ。もちもちしているものが、ここにも一つある。
ペンギンのエリアは、屋外の岩場を模した造りになっていた。ガラスの向こうで、白と黒の集団がぺたぺたと歩き回っている。
その一角に、灰色の綿毛のかたまりが二つ。
「……っ」
クロが息を呑んだ。
よちよち、と表現するしかない歩き方で、赤ちゃんペンギンが親のあとを追いかけている。転ぶ。ふらふらしながら頑張って起き上がる。凸凹した岩場で小さくて短い足を一生懸命に動かす様子に、思わず手を差し伸べたくなる。
「よちよーち、上手に歩けてまちゅねー、可愛いでちゅよー♪」
たまらない可愛さ。スマホを構えるクロの顔はでれでれにニヤけている。
「クロ氏、クロ氏! こっちの子も見て!」
「ひゃんっ」
跳ね上がった高い声に、ユナが振り返った。クロは咳払いを一つして、低い声を作り直す。
「……何? 別のペンギン?」
「クロ氏、すっごい可愛い顔して見てたね〜?」
「クロさんごめん、オレも写真撮ってたら入っちゃった」
「それユナに共有して〜!」
「消せ」
緋雨はスマホに向かって手を伸ばすクロに、まあまあと笑いながらひらりとかわす。その二人の後ろで、永愛がゆっくりと屈んだ。
「永愛氏! そのまま動かないで! いい絵が撮れる〜☆」
「まあ。この子、こちらを見ていますねぇ」
ガラスのすぐ内側で、一羽のペンギンが首を伸ばして永愛を見上げている。永愛が横に動くと、ペンギンも横に動いた。もう一度動くと、また同じだけついてくる。
「ふふっ」
「とあっさん、めちゃくちゃ懐かれてる……!」
うらやましい、と小さな呟きも聞こえる。
「大きいものが珍しいのかもしれませんね」
永愛は膝を折ったまま、その場でしばらく動かなかった。屈んだ姿勢を保つのは楽ではないはずだが、ペンギンが飽きて離れていくまで、そうしていた。
隣の区画は、氷と岩の景色になっていた。
分厚いガラスの向こうで、白い巨体――シロクマがゆっくりと水に入っていく。前脚をひとかきしただけで、体がまるごと滑っていった。
「……かっけえ」
クロが足を止めた。さっきまでの高い声は、もうどこにもない。
クラゲの部屋は、静かだった。
円筒形の水槽がいくつも並び、その一つひとつが淡い光を抱えている。光の色はゆっくりと移り変わり、白から青へ、青から桃色へ、部屋ごと沈めていく。
神秘的な雰囲気に感嘆の声を上げながら、エマは小走りにエリアへ飛び込んだ。まるでライブ会場を思わせる幻想的な場所だった。
「すごい…!」
両手をひろげてくるりと一周する。どこをみてもクラゲと目が合う気がして、エマの表情は綻ぶ。
「ふふふ! クラゲ、どんな気持ちで泳いでるのかなぁ」
璃亜が水槽に鼻先が触れそうなほど顔を寄せている。
「もしかしたら、意外と哲学的な事とか考えてるのかもしれないねー」
「哲学?」
璃亜の言葉を、エマが小さく繰り返した。
「うん。わたしは何のためにふよふよしているのだろう、とか」
エマはもう一度水槽に目をむける。ガラスに映る自分の輪郭に、ぼんやりと|自分に宿るもの《インビジブル》が重なる。
近づいてきたクラゲを水槽のガラス越しにつん、とつついた。その表情は柔らかく、優しいものだった。
その二人から少し離れた水槽の前に、藍が立っていた。ずいぶん長いこと、同じ場所にいる。
魚が魚の形をしているとどうにも食欲が刺激されてしまう。その点クラゲはよかった。意識があるのかわからないけれど、ふよふよ浮いているその姿。
「藍さん」
何もかも投げ出すように体を休める、というのは、たぶんああいうことなのだろう。
「ちょっぴり、うらやましいかも…」
「藍さん?」
「……」
「藍さん!」
「はい!? びっくりした!」
「三回呼びましたよ」
振り返ると、理央が心配そうにこちらを見上げていた。
「すみません、聞こえてなくて」
「ふっふっふ。わたしも、さっき鮫の前で同じでした」
理央は水槽を見上げて、それから藍を振り返った。
「藍さん、次はどこに行きますか」
「そうですね。……理央さんの行きたいところで」
「では、深海にいきましょう!」
理央が先に立って歩き出す。藍はもう一度だけ水槽を振り返ってから、そのあとを追いかけた。深海…カレイの煮付け?
深海エリアは、四つの中でいちばん暗かった。
「見ろ。あの隅にいるやつ」
漆黒が指したのは、岩の陰でじっとしている平たい魚だった。派手な色も、大きな牙もない。ただ、そこにいる。
「動きませんね」
「動かないんだ。ずっとこうしているらしい」
ウィンディが解説プレートに目を通し、それから水槽に視線を戻した。
「待ち伏せ型の狩りをするようです。……なるほど、動かないことがそのまま戦術になっている」
「かっこいいだろう」
「ええ。合理的です」
その隣で、理央が別の水槽を見上げていた。大きな深海魚が、悠々と旋回している。
「おっきいなぁ……!」
「理央さんは、大きいのが好きなんだな」
新貴が横に並ぶと、理央は少し照れたように頷いた。その様子を微笑ましく思いながら、新貴は深海魚が一周して戻ってくるまで、同じ場所で一緒に見上げていた。
「……いいものだな、こういうのも」
館内アナウンスが流れ始めた。次のイルカショーが、まもなく始まるという案内だった。
「おっ、始まるぞ。皆の者、行くのじゃ」
ミヤビが誰よりも先に歩き出す。
「さっきまで置物みたいだったのに、めっちゃ速いね」
クロの呟きは、集まってきた十五人ぶんの足音にまぎれて消えた。
● しぶきの向こう
屋外のスタジアムは、すり鉢の底に青いプールを沈めたような造りだった。座席が扇形に積み上がっていて、下から数えて三列だけが色を変えている。
「『この区画は水がかかります』……って書いてあるね」
コルネリアが手すりのプレートを読み上げた。
「じゃあそこにしよ!せっかくのショーなんだから近くで見なきゃ!」
「本当に濡れちゃうと思いますよ?」
藍が言い終わる前に、理央がその後を追って駆け下りていく。
「わたしも、あそこがいいです!」
「じゃあ私も!」
コルネリアが小走りに、理央の隣へ並んだ。
「わしは遠くでみていようかのう」
「近くで見なくていいのか?」
「すまほが壊れるからのう」
「そっちか」
新貴はそれ以上言わずに、理央の隣に腰を下ろした。
クロは階段の途中で立ち止まっていた。上を見て、下を見て、それからゆっくりと下りていく。
「……別に、近くで見たいわけじゃないけど。まあ、空いてるし」
「クロ氏、素直になりなよ〜」
ユナが隣に座って、スマホを固定用のスタンドに立てた。
永愛は一番上の列に着いた。座っても、周囲の頭より肩の位置が高い。
「希海ちゃんは、どこで見られますか?」
「ぼくは下で見てみたいなぁ」
希海はルナリアとゆっくり階段を下りて、璃亜の隣に腰を下ろした。漆黒とウィンディは中段、緋雨は通路寄りの、どこにでも動ける席を選ぶ。
ブザーが鳴って、ざわめきが引いた。
軽快な音楽とともに飼育員が現れ、プールの縁で手を大きく振る。次の瞬間、青の下から影が二つ、まっすぐに立ち上がった。
大きく跳ね上がる。
二頭のイルカが同時に宙で身をひねり、輪をくぐって落ちてくる。巨体の重さを感じさせない、見事な芸だ。
「わあ…!」
最前列で理央が立ち上がりかけて、慌てて座り直した。
「きゃー!皆の者は本当にキュートですなぁ〜♡」
ユナの興奮する声が響く。
「ふやぁ…おっきなおさかなさん、ことばわかるんだ~すごーい!」
「わぁぁ~、すごいすごい」
その隣で、希海も両手でスマホを掲げていた。画面の中で、二頭が同時に浮き上がっている。
「サーカスのイルカ版、といった風ですね…これもまた『人と動物の共生』の一形態でしょうか」
中段でウィンディが呟き、その隣で漆黒が身を乗り出す。
「連携もすごいぞ!二頭が同じ拍で跳んでいる!」
漆黒の頭の中では、黒い球体がいくつも並んで浮かんでいた。黒ペンキで塗り直したばかりのレギオンたちに、あの拍が刻めるだろうか。
考えているうちに、足が階段を下りていた。ウィンディも静かにその後を追う。
「合図は笛でしょうか。手の動きも使っているようですが」
「そうだなぁ。飼育員さんとしっかりと気持ちが通じ合ってるのかもしれないな!」
「指導と研鑽の賜物……それはそれで好きじゃよ」
飼育員が観客に手拍子を求める。ミヤビももちろん手を叩く。
二頭が水中に消え、また浮かび上がった。今度は水面を横向きに滑り、尾で水を叩く。
水槽の水が大きく揺らぎ、逃げる余裕もなく最前列の三列に、真上から落ちてきたような量の水がかかった。
「ふあっ!?」
「ひゃっ、水が……っ」
希海たちの驚いた声にイルカは喜ぶように再び尾を叩いた。
「えへへ…夢中になってたら、びしょびしょになっちゃったね〜」
ユナが楽しそうにみんなに笑いかけた。
手すりの前では、漆黒が真正面から水を浴びていた。前髪も、腕も、組んだままの指先も滴っている。
「ふはっ。……いいな、これは」
その半歩後ろだけが乾いていた。落ちてきた水はウィンディを包む|龍氣圏《りゅうきけん》の表面を滑り、両脇へ流れて足元に落ちている。
「すみません、ボクの分まで浴びてしまいましたか?」
「気にするな。こっちのほうが面白い」
漆黒は濡れた手で、また拍手を始めた。
ちなみに同じ列の端では、コルネリアが避けそこねていた。まばたきも忘れて正面から浴びている。
「……ひゃあ」
前髪の先から雫が落ちた。顔を上げると、隣で同じようにずぶ濡れになった理央と目が合う。二人はしばらく黙って見つめ合い、どちらからともなく吹き出した。
「理央さん、びっしょびしょです!」
「コルネリアさんもです!」
濡れた袖をきゅっと絞りながら、二人はまだ笑っていた。
璃亜の声が響く。
「ねぇ皆!もう一回来るよ!」
やがてショーが終わり、拍手が引いていく。
最前列の一帯は、全員が同じように水を滴らせていた。
「ふぅ…っ、結構濡れちゃった」
エマもまたイルカの尾ひれの餌食にあったわけだが、その表情は至極楽しそうである。
「エマさん、よかったらどうぞ」
いつのまにか戻ってきていた藍の手には大量のタオル。びしょ濡れになった仲間に手渡していく。
「ありがとう。よくタオル持っていたね」
「スタッフさんに貸してもらいました」
「配るの手伝うよ」
新貴が横から数枚を受け取って、まだ手の空いていない面々へ回していく。自分の髪から水が垂れているのは、後回しだった。
配られたタオルを、璃亜が頭からかぶって喜んでいる。
「藍ちゃんありがとう! あったかい!」
「ちゃんと拭いてくださいね。風邪をひきますよ」
藍は理央の髪を後ろから拭き、コルネリアの肩に一枚かけ、それからクロにも手渡す。水に濡れなかったミヤビ、ウィンディ、永愛、緋雨たちはそばにいた仲間にタオルをかけていく。
「はいみんな、こっち向いて〜」
緋雨がカメラを構えていた。
濡れた髪、濡れた服、貼りついた前髪。各々が藍の渡してくれたタオルで軽く乾かしてから、レンズのほうを向く。
ミヤビの隣に新貴が引っ張り込まれ、その後ろに永愛が屈み、ルナリアが希海の腕にぶら下がり、漆黒が腕を組んで真ん中に立った。コルネリアが両手で小さくピースをつくっている。ユナが掲げたスマホの画面には、いつのまにか「びしょ濡れ記念」と大きく打ち込まれていた。
璃亜が最前で両手を上げ、その隣で理央がめいっぱい背伸びをする。クロは端に立ったまま、タオルで顔の下半分を隠して動かない。藍が全員の頭の高さを見比べて、後ろの列へ一歩下がった。その隣でウィンディが、髪の先まで乾いたまま姿勢を正している。エマは、藍に手を引かれて列の真ん中に収まった。
「緋雨さんも入ってください」
「え、いいの?……じゃあ、タイマーにするね」
緋雨がカメラを手すりに据えて、ボタンを押してから駆け足で戻ってくる。空いていた端に、ミヤビが袖を引いて場所を空けた。
「3、2……1……!」
シャッターが下りた。
● 相手を思う気持ちは…
ショーを見終えた帰り、出口の手前に土産物の売り場があった。
冷房が効いていて、濡れた服の背中がひやりとする。棚にはイルカ、アザラシ、クラゲなどあらゆる海洋生物のぬいぐるみとキーホルダーが並んでいた。
新貴は、とある一角から動かない。
手の中には、青いイルカのキーホルダーがある。いや、と小さく呟いて棚に戻して、隣の白いアザラシを取る。しばらく見て、やっぱり、とまた戻した。
「新貴さん、それ五周目だよ」
「……数えないでくれ」
緋雨がひょっこり顔をだす。
「誰かへのお土産?」
「まあ……まあ、その」
いつになく歯切れの悪い新貴の様子に、何かを察した緋雨がにっこり笑いかける。
「かわいいの選びたいんだ」
「そうじゃない。いや、そうなんだが」
新貴は青いイルカをもう一度手に取った。
「重すぎるのも、良くないと思ってな」
「ふーん?」
緋雨は、それ以上聞かなかった。棚の端から一つ取って、新貴の手の隣に並べる。アザラシのシルエットをしたキーホルダーだった。
実はイルカショーの後にはアザラシのショーも開催されていた。希海がキラキラした瞳で、最前列から食い入るように見ていた様子が記憶に新しい。
「これなら荷物にならないんじゃない? ポケットにも入るし」
まあ、最後に決めるのは新貴さんだけど、と続けてから
「悩んだものってさ、相手に伝わるものだよ?」
「大丈夫。喜んでくれるよ」
「そうか……」
それからしばらく新貴は棚の前で迷っていたが、やがてレジのほうへ歩き出した。
希海は店内を一周していた。腕の中にはアザラシのぬいぐるみ。ショーをみて連れて帰りたくなってしまったのだ。
ふと見れば、誰かがゆっくりとぬいぐるみの棚に手を伸ばしていた。
クラゲだった。半透明のビニールの中に、小さな傘が浮いている。
「エマさん、それにするんだ」
「……見てた?」
「うん、ばっちり」
エマはクラゲを胸に抱えて、少しだけ笑った。
「浮かんでいる姿をみたら、なんだかかわいくなっちゃって」
「いいね。ぼくも一緒だよ」
ほら、と腕に収まるアザラシを見せる。つぶらな瞳に見つめられて、エマは思わず微笑んだ。
● ワクワクの火をおこして
一行がやってきたBBQ場は、海を見下ろす芝生の高台にあった。
屋根つきの区画がいくつも並んでいて、そのひとつに大きなテーブルと、まだ冷たいコンロが据えられている。係の人がにこやかに食材の入ったトレーを運んできた。
「なるほど、ここから色々工夫とかして好きに楽しんでって事だね」
漆黒がトレーの上を覗き込んだ。牛、豚、鶏。ソーセージ。カットされた玉ねぎとピーマンとかぼちゃ。
「お肉がたくさんです」
コルネリアがその隣で、両手を胸の前で合わせた。
「多いな。……全部焼くのか」
「全部食べるんだよ、クロ氏。今日はそういう日〜☆」
ユナが自分の鞄から四角い機械を取り出して、テーブルの端に置いた。続いて保存容器がいくつも並ぶ。
「これは?」
「ラタトゥイユ!あとホットサンドメーカー。具は三種類あるからね」
「持ってきたのか、それを」
「ユナは準備がいい女なので★」
さて、とクロはトレーを引き寄せると、袖をまくった。
「じゃあウチ、切るわ」
クロは慣れた手つきで調理に取り掛かる。自炊するほど料理はできるのだ、このくらいはなんてことない。
塊の肉を一口大に落として、大きさを揃えて並べていく。串を取って、肉と野菜を交互に刺す。同じ形のものが、トレーの上に整然と増えていった。
「クロさん、それ、お店の並べ方です」
「そう? ……昔、家でよくやってたから」
「あ、鶏肉にバーベキューソースを塗って、パンに載せて焼くと、ピザみたいになるかも」
「へえ、いいじゃん。そのへんは任せてもいい?」
こういうのは任せて!とコルネリアは嬉しそうに首肯した。いそいそと準備を始める。
そんなクロの手元を、ルナリアがじっと見ている。トレーの、まだ赤い肉のほうを。
「るなっさん」
「おにくおにくぅ~♪」
「それ、まだだから」
伸びかけた手が止まった。ルナリアは肉と、クロの顔とを見比べて、それから少しだけ口を尖らせる。
「うゆ? やくとまっくろになっちゃうよ……?」
ルナリアにとって、おにくとは新鮮な生肉だ。だって自分で焼くと黒くなって、おいしくなくなる。
「ウチが焼くから。黒くしない」
コンロのほうでは、ウィンディが炭の袋を開けていた。チャコールスターターに炭を詰め、下に着火剤を置いて火をつける。
バーナーを使う場合もあるが、爆ぜた火の粉が目に入ったりすると危ない。
藍が、日除けの帽子を被りながら隣にしゃがみ込んだ。
「御園さんは、火をおこしたことが?」
「はい。実は秋に鍋遠足がある地域の出身なので」
道具が揃っていれば火を起こすのは得意だった。小柄で柔らかな雰囲気の彼女が火起こしが得意というのは意外だ。
「ウィンディさんこそ詳しいですね」
「まあ……こういう料理は良くやりますから」
筒の中で炭が赤くなり始めるまで、慣れた二人は阿吽の呼吸で作業する。藍が炭の向きを変え、ウィンディが風を送る。それだけで手順が進んでいく。
「あの〜、わたしにも何かできますか」
理央が後ろから覗き込んでいた。
「ありがとうございます。……では、こちらの端を少しだけ、勢いを足していただけますか」
「あっ、火ですね。お手伝いのチャンス! えい!」
理央が片手を炭の上にかざす。手のひらでは勢いのあった焔だったが、巧みな調整によって火加減はちょうど良いものとなる。
「わ」
藍が胸の前で手を合わせて感嘆の声をあげた。
炭が組み上がると、コンロの上に熱の地図ができる。
「右側が強火、真ん中が中火、左の端はほとんど余熱です。焦がしたくないものは左へ」
ウィンディが網の上を指で区切っていく。
「あと、こちらの隙間は塞がないでください。ここから空気が入りますので」
「はーい」
「ユナさん、もう焦げてる」
「えっ!?」
網が温まり始めると、匂いが先に立った。
藍は、膝に手を置いたまま炭を見ている。
赤くなったり、灰をかぶって黒くなったり、時々ぱちりと鳴ったりする。見ているだけで時間が過ぎる。
「御園さん」
「はい」
「よろしければ、こちらの炭に風をお願いできますか」
ウィンディの手元には紙皿ではなくトレーがあった。一番初めにスタッフが山盛りの食材を持ってきたものだ。そして、さっきまで空だったはずのトレーには、いつのまにか二十本を超える串が出来上がっている。
「……いつの間に」
「藍さんのおかげで手が空いたので、あらかじめ作っています」
「多くないですか」
「そうですか?足りないよりはいいかなと」
ウィンディはそう言って、また新しい串を手に取った。肉、玉ねぎ、肉、ピーマン。同じ順番で、同じ間隔で。そして後にこの串はすべてウィンディの胃に収まるのだった。
「はい、注目〜!」
オープニングソングが聞こえてきそうな、明るい声でユナがホットサンドメーカーを掲げた。なんだなんだとみんなが集まれば、温めたホットサンドメーカーにパンを二枚敷いて、具を挟んでいく。
「今日の三種類はこちら! ツナマヨ、ラタトゥイユ、そして――」
「そして?」
「SNSでバズったブラックサンダー&クリームチーズサンドを作っちゃうぜ☆」
「ユナさん、それは、その」
「コルネリア氏、まあまあ。焼いてから言って」
炭の端に置かれた四角い機械から、じきに甘い匂いが上がり始めた。コルネリアが鼻を動かして、それから小さな声で言った。
「……おいしそう!」
「SNSでバズったやつにハズレはないのだ☆さ、かんぱーい!」
ミヤビは、少し離れたベンチにいた。
「電波が届かぬ」
スマートフォンを高く掲げ、角度を変え、立ち上がってもう一度掲げる。何度か繰り返すも結果は変わらなかった。やがてゆっくり座り直す。
「げーむの続きができぬではないか」
ちょっぴり不貞腐れながら賑やかな声に顔を上げた。ふわふわと、キラキラと。波の煌めきのような。楽しげな声に自然と頬が緩む。
「ミヤビさーん!乾杯しましょー!」
誰かが自分を呼ぶ。スマートフォンから流れるポップな曲。聴き慣れているはずなのに、今日はどこか遠く聞こえた。しずかに画面を落とす。
「仕方ない、らんきんぐは諦めるとするかのう」
永愛が、テーブルの上のトングを一組手に取った。長い腕がコンロの上を軽く越える。
とは言っても、自分の分を焼くわけではなかった。きちんと火の通った肉や、油がまわってつやつやと輝く野菜たちを、周りの皿に載せていく。それもある程度すませると、トングを置いた。
「皆さんで一緒に作りましょう。そのほうが、おいしくなりますから」
「じゃあ俺、こっちを焼くな」
新貴がトングをとり、璃亜は大きな肉を切り分けていく。
「璃亜、上手だね」
剣を扱う希海から見ても、無駄のない動きだった。去年より上達はしただろうけど、また蛇腹になるかもしれない。会話を聞いた緋雨は苦笑いする。
「そうかな? なんかこうかな? と思って切ってるだけだよー!」
「あー、トングもう一本ないかな」
「あ、これ?」
璃亜がひょいと差し出した手には、|幸運にも《・・・・》なぜか三本まとめて握られていた。誰も頼んでいないし、本人も理由を説明できない。だいたい、いつもこうなのだ。
漆黒は誰にも頼まれないうちに、テーブルの脚のがたつきを直し、それから空いた皿を重ねに行った。手が足りていない場所だけを、順番に埋めていく。
ーー何をやっても「それなり」な感じで可もなく不可もなく、というのが自己評価であるが、一つ一つの作業がとても丁寧な事には気づいていない。
あちらこちらのテーブルの間を移動していると、仲間が各々楽しんでいるのがわかる。
夏の風が漆黒の頬を撫でた。
「良かった。みんなが楽しそうで!」
|漆黒の支配者《ダーク・ルーラー》に憧れる青年は、友達が喜んでくれている事が何よりも嬉しいのだ。
ふいに、レギオンが漆黒の肩を叩くように体を寄せてくる。
「……ん?焼いてる所が見たいのか?」
頷くようなモーション。それなら、と漆黒は皆の元に歩き始めた。
「近づきすぎるなよ?」
「そこ、煙の通り道! 髪の毛燻されるよー」
緋雨がテーブルの間を回って、荷物の位置を直し、空いた袋をまとめ、コンロの風下に立っていた面々を追い払っていく。
「緋雨さんは、焼かないんですか」
「焼くのが上手い人がいるのに、オレが焼く理由はないよ」
爽やかな笑みを浮かべる緋雨は理央の手からトングを受け取ると、焦げかけていた玉ねぎを左の端へ移した。自分はこういう役割ができればいい。
やがて、各々に紙コップが配られる。
コーラ、ウーロン茶、ラムネ。それぞれが好きな飲み物を選んだ。希海とユナの手にはコーラ、コルネリアはラムネを選んで、永愛の手元にだけ、様々な味わいの缶ビールが置いてある。
「音頭は、雨深殿かの?」
「え、じゃあ…。」
希海が紙コップを持って、テーブルの真ん中に立った。こほん、と小さく咳をしたあと、仲間を見回す。
「えっと。……今日は来てくれてありがとう。水族館、すごく楽しかったね」
「うんうん」
「イルカのショー、まだちょっと乾いてない人は風邪ひかないようにしようね」
クロが目を逸らした。
「お肉も野菜もたくさんあるし、みんなでいっぱい食べよう」
希海が紙コップを高く上げた。
「「「「「「かんぱーい!!」」」」」」
十五人ぶんの声が重なって、コップがぶつかる音が、海のほうへ流れていった。
● 食欲旺盛!
網の上から、最初の一皿がおろされた。
「るなっさん、ほら」
クロが差し出した紙皿には、焼き上げたばかりの肉がのっている。網目模様の焦げ目がついており、肉の脂でつやつやと濡れていた。
ルナリアは皿を受け取ると、しばらくじっと見つめた。黒くはないが焼いた肉だ。きっとあまり美味しくない、でも友達が差し出してくれたのだ…そんな表情の変化を見せた後、手渡されたフォークで差し、口に入れた。
「……!」
みるみるうちに大きな瞳が輝く。口にあったのは一目瞭然だった。
「くろくないおにく、とってもおいしー♪」
「だろ」
「すごい〜! もっとたべるー!」
「わかったから、そんな跳ねるな」
ルナリアは満面の笑みで皿を抱えて、その場で跳ねている。
「はい、ルナリアさん。あと、袖もまくりましょうね。タレがついちゃう」
藍が紙ナプキンを持って、当たり前のように口元を拭いた。弟にするのと、まったく同じ手つきだった。
ルナリアは気にする様子もなく、もう次の肉をフォークで追いかけている。
「わー!この串焼き、最高に美味しいねぇ……!今度作ってみようかなぁ?」
焼きたての串焼きに舌鼓を打っていた璃亜の視界の端に、串に刺さった海老三尾が飛び込む。
「あ、海老! イカもあるー!」
璃亜は殻を器用に外して、あっという間に一尾食べ終えた。それから二尾目に手を伸ばす。エマがぱちくりと目を瞬かせた。
「璃亜さん、それ全部?」
「うん。あ、いる?」
「ううん、どうぞ」
三尾目まで消えたあと、璃亜は皿に肉を積み始めた。焼きおにぎりも一つ載せる。ホットサンドも半分もらう。
「よく入るなぁ」
「今日はいっぱい動いたからねー」
漆黒の言葉に返す璃亜の皿は、載せたそばから空になっていく。三周目に入ったあたりで、藍が新しいタレの容器を横に置いた。
「璃亜さん、タレ足りてますか」
「あ、ちょうど切れてた!」
「よかった」
藍は続けて、紙皿を二枚重ねて渡した。汁が垂れ始めていたからだった。
ミヤビは、網の左端で串を一本焼いていた。焼いていると言うより、食材が焼けていく過程を観察していると言った方が正しいかもしれない。
火や炭の様子も含めて、ずいぶん長いこと眺めていたから、当然食材は焦げている。
「いかん、ついうっかりしてしまった」
「ミヤビ氏、お肉食べないの?ユナが食べちゃうよ?」
「食べるのじゃ。……いただきます」
両手を合わせてから、ゆっくりと一口。
この肉も、もとは生きていたものである。粗末にするわけにはいかぬ。そう思って口に運ぶと、いつもより味がよく分かるような気がした。焦げの味が。
「ふむ。…これからは焼くのは他の人に任せるかのう」
漆黒が苦笑する。
「その方がいい気がするな」
新貴は、皿を持ったまま立っていた。
肉はすでにもらっている。野菜も食べようかと思ったのだが網の前は混んでいるし、みんな楽しそうに焼いているし、割り込むのも悪い気がする。
「新貴さん」
振り返ると、理央が両手で皿を差し出していた。山盛りだった。
「これ、どうぞ」
「いや、そんなに」
「あんまり食べておられないように見えたので…よかったらどうぞ〜♩」
「……そうか?」
「はい。たくさん食べましょうね!」
理央はそのまま皿を押しつけて、また別の方角へ歩いていった。誰かの手元を確認しては、足りていない人のところへ運んでいく。
ん〜、おいしいね、と微笑んでいる希海へ話しかける。
「あの子、さっきからずっとあれだけど食べてるのかな」
「大丈夫だよ。ほら、みて」
彼女が指さす先をみれば、お肉を配り終わった理央が自分の皿に手を伸ばしている。
「ん〜、おいしい〜♩皆さんと一緒だから尚のこと美味しいです…♩」
その表情は至福そのもの。みているこちらまで幸せになりそうだ。
「はい、これ。食べて食べて」
希海は横から、焼けたばかりの肉を新貴の皿へ追加した。
「希海さんは食べないのか」
「ぼくはもうお腹いっぱい」
「ほとんど食べてないじゃないか」
「みんなの食べてる姿をみたら、おなかいっぱいになってきて」
もう一度二人で仲間を見やる。楽しそうに食材を焼いて、口に入れれば至福の顔を浮かべる。
うん、|まったくその通りだ《おなかいっぱい》。
エマは、網の中央を守っていた。
鼻歌を歌いながら、焼き加減を見て、返して、また見る。並べた肉が次々に色を変え、食欲をそそる香りが立ちこめる。
誰かと一緒に食事や料理をすることに慣れないエマとしては、落ち着いたそぶりに見えておどおどしていた。炭の上で踊る火の揺らめきに視線が吸い込まれる。時折、肉汁で炭がはぜるのも、火がはしゃいでいるようで可愛い。
「エマっさん。ボーッとしすぎ」
伸ばした手の先で、皿が持ち去られた。
「そんなに焼かなくても、余熱で火が通るから大丈夫」
「そうなの?」
「うん。それより早く焼かないと、大食い共に追いつかないんだ」
次の一枚も、その次も、焼けた端から誰かの皿に移っていった。
「エマさん、ちゃんと食べてますか?」
「……あ、忘れてた」
「あらあら」
永愛は優しく微笑むと、自分用に焼いていた食材をエマの皿に載せていく。お肉だけじゃなくて、お野菜も、と言い添えた。
エマは小さくお礼をいうと、そのまま肉を口に入れる。じゅわりと広がる肉汁に、炭の香ばしい香りが鼻に抜けた。なんだろう。すごく美味しく感じる。気がつけばもう一枚、と箸が伸びる。
その様子に、永愛はおだやかに笑みを浮かべた。
そんな永愛の足元には、空になった缶――黒、白、青……様々な種類のビールが並び始めていた。丁寧にプラカップに注ぎ、色や香りを楽しみながらゆっくりと傾けているのだが、その静かな酒宴が止まる様子はない。
「永愛さん、いつの間にそんなに飲んでたんですか」
側を通ったコルネリアが驚きの声を上げる。永愛は振り返った。
「ふふ、この空気がとても楽しくって」
「でも、誰かにお酒を勧めたりしないんですね」
「無理に付き合っていただくのは……あ、コルネリアちゃんが大人になったら」
永愛が言い切る前に、コルネリアは満面の笑みを浮かべた。
「勿論!」
「クロさん、口が空いていますよ」
「……ん」
緋雨が串の端を運んだ。クロは素直にかじりつく。
「うまい」
「よかった。焼いている人もしっかり食べないとですからね」
「まあね。緋雨さんもよく食べてるし」
「普段は一応節制してるけどね。こういう時はチートデイ」
微笑みながら次に差し出したのは、肉の串焼き。こちらもクロは素直にかじる。その様子を見たウィンディがひょっこり顔をだす。
「後で胃もたれして動けなくなりますよ。バランス良く召し上がって下さい」
穏やかな笑顔のまま、野菜の刺さった串を差し出してきた。
「う、うん…」
妙な永久機関が完成している気がする……と串を打ちながら呟くクロの言葉は、炭の爆ぜる音に溶かされていった。
「みなさん、焼けました!」
コルネリアがトレーを掲げた。切ったパンの上に鶏肉とタレ、そこに野菜が散らしてある。端のほうが香ばしく焦げていた。
「うわ〜ピザだよこれ〜! コルネリア氏、天才?」
「ありがとう。それからこんなものも作ってみたよ」
トングでつかんだアルミトレーにはいい香りのする焼き飯が出来上がっていた。
璃亜が飛び跳ねる勢いで近づいていく。
「わあ! みんなお料理が上手だねぇ。うーん? みんなのをお手本にさせて貰いながらやってみるのもアリかもしれないんだよ!」
「焼き飯です。アヒージョのソースを拝借して、お肉やお野菜と焼いてみました」
「いいにおい〜食べていいの?」
ルナリアがすんすんと鼻を動かしてうっとりした表情になる。
「もちろんです。どうぞ。一通り食べ終わったら、スモアもやってみようね」
コルネリアの許可が降りれば、わっという歓声とともにピザにも焼き飯にも皆の手が伸びた。
日が傾き始めていた。
海の上の空が、白からゆっくりと橙に変わっていく。網の上の音はまだ続いていて、煙は相変わらずまっすぐに立っている。
● 大輪の花々たち
網の火が落ち着いてきたころ、希海が袋を提げて戻ってきた。
「やろう、マシュマロ」
テーブルに置かれたのは、板チョコと、四角いクラッカーと、袋いっぱいのマシュマロだった。
「えっ!? マシュマロ焼くの!? どんな風になるんだろ? 見ててもいーい?」
璃亜が立ち上がるのを見て、希海はもちろん、と頷く。
「マシュマロを焼いて、チョコと一緒に挟むの。おいしいよ」
「マシュマロを焼く……ほわ、ほわあ……絶対に美味しい……!」
理央も目を輝かせて駆け寄ってきた。
「串に差した焼きましゅまろ、海外作品ではよく出てくるが、一度食べて見たかったのじゃよ」
「ミヤビさんもやりたかった? みんなで一緒にやろう」
これはみんな食べるな、と察したコルネリアが、新しい紙皿にクラッカーを並べ始めた。板チョコを割る様子を見て、漆黒も手伝い始める。
気がつけば、BBQはデザートの流れだ。
「マシュマロはすぐ溶けるから、焼きすぎないようにこう……」
クロが実演してみせた。炭の赤い部分から少し離したところで、マシュマロがじわじわと膨らんでいく。
「熱〜い! けど美味しい〜♩」
「焼きマシュマロももっちりとろとろ……♡」
璃亜とユナは実演と一緒にマシュマロを炙る。焼いた箇所はかりっとした歯触り、その後につづくのはとろりと広がる甘さ。二人は揃って頬に手を添え、うっとりしている。
「近づけると燃えるから。焦らないこと」
「ふむ。焦らぬ」
三秒後、確かに焦らなかったミヤビのマシュマロの表面が黒い炎を上げた。
「あー、燃えてる燃えてる」
「わしのましゅまろが」
「息、吹きかけて。そう」
緋雨とクロに言われるまま、ミヤビが息を吹く。火は消えたが、表面は真っ黒に縮んでいた。
「わしはまた黒こげを食べるのか」
「いや、クラッカーとチョコに挟めば案外いけるんじゃん?」
「そうだね。希海ちゃんがスモアの材料を持ってきてくれてよかった。絶対美味しいよ!」
緋雨のにかっとした笑顔、コルネリアの優しい微笑みを見て、ミヤビは言われるままに恐る恐る口に入れた。噛んだ拍子に、溶けたマシュマロが指のあいだにはみ出す。
「あ、ミヤビさん美味しそうな顔してる」
近くで見ていたエマが、くすりと笑んだ。
「うまいだろ」
「ふむ……熱いうえに食べるのが難しい、なんと面妖な。だが美味じゃ」
スモアを食べているミヤビをユナが覗き込む。
「これがスモア!? 味見していいかな?」
「わー、伸びる伸びる。見て、こんなに伸びるよー」
クラッカーで挟んで引き離すと、白い糸が長く垂れ下がった。璃亜はそれを最後まで引っ張ってから、ぱくりといく。
「むむっ!? これは……マシュマロとチョコの柔らかくもっちり食感に、クラッカーのサクッと食感がベストマッチ……これはDelicious……♡」
さすがコルネリア氏、と呟きながら、ユナはもう三つ目に取りかかっている。
「これヤバい。無限に食べられるやつじゃん」
「あれだけ肉を食べていたのに……みんなよく食べるね」
みるみる袋からマシュマロが無くなる様子に、新貴は苦笑する。
「デザートは別腹、ってやつだな!」
そういう漆黒の口の端には、マシュマロの白とチョコレートの黒がついていて、隣で永愛がくすりと笑っていた。どこまでも甘いマシュマロを、黒ビールの苦味がさっぱりと洗い流してくれる。
コンロの火は、ほとんど落ちていた。
ウィンディが灰をならし、残った炭を金属のバケツに移していく。水をかけると、白い煙が短く上がって消えた。
「お片付け、手伝います」
駆け寄ってきたのは藍だった。まだ一行はマシュマロで盛り上がっているのに。
「花火が始まりますので。火の始末は、明るいうちに済ませておくのが安全です」
そう言うも、ウィンディはふと手を止める。そしてまだ火の色の強い炭をひょいひょいと集め、新しい網をのせた。
「あれ、こちらは片付けなくていいんですか?」
不思議そうに首を傾げる藍に、ウィンディは笑った。
「はい。すぐに片付けるのも味気ない気がしまして」
網の位置を直しているその横顔を、藍は見た。
さっきと違う発言に首を傾げる。折り目正しい彼にしては珍しい。でも、ありがたかった。
紙皿にまだ手をつけていない肉が二切れ、焼きおにぎりが一つ。今日はじめて、自分のために取り分けたものだった。
「私もちょっと食べよう。いただきます!」
ウィンディが残してくれた網で温めて、そっと口に運ぶ。ううん、美味しい!
もう一切れ…と手を伸ばした時。ふいに周囲が暗くなったと思いきや。
ーーー どんっ!!
舌鼓を打つ藍の背中に、大輪の花が咲いた。
「わ、わ、花火だ…!」
片付けをすませたウィンディが近づいてくる。花火に動じることなく見上げ、首をかしげた。
「あの花火…は、インビジブルでは無いのでしょうか?」
ウィンディが空の端を指した。少し遅れて上がった一発が、本隊から離れたところで開いている。
「え?あ…」
もしかして『はぐれ花火』と勘違いしてるのかもしれない。藍は思わず小さく笑った。
どん、と腹に響く音がして、海の上に赤い光が開く。数秒遅れて、破裂音がもう一度届く。
「あ、花火が上がったよ!」
「あ、打ち上げ花火だ〜!!」
コルネリアとユナの声が、続けて響いた。
少し離れていても、体の底に響くような振動や光は圧巻だ。一同の視線は、おのずと花火のほうへ向けられる。
「わ、花火だ。近くで花火大会、やってるんだね」
「これが、花火なのか……」
漆黒が呟く。隣に浮かぶレギオンが、嬉しそうに明滅した。
「BBQの締めくくりに打ち上げ花火なんて、テンション上がっちゃうよ!」
ユナの真紅色のツノが揺れる。わ、わ、と歓声を上げているうち――。
「うわっ、出てる! 出てる!」
璃亜が慌てだす。
「……また興奮のあまりブレス吹いちゃった! てへぺろ☆」
拳で額を軽く小突いてウインクするユナ。まあ、ちょっと出ただけならまだいいかもしれない。神殿を燃やしたわけでもあるまいし。
テーブルのあちこちから声が上がる。そのなかで、ひとつだけ別の動きがあった。
「ふえぇぇ……アレなぁに〜……?」
「ひゃっ!」
ルナリアが潜り込んだテーブルには、ちょうど藍がすわっていた。脚に触れる柔らかな髪の感触に、思わず声が上がる。
藍は紙皿を置いて、テーブルの下を覗き込んだ。
「あれ、ルナリアさん驚いちゃったかな」
声に気づいた新貴が、テーブルクロスをめくる。
「ルナリアさん」
テーブルの脚のあいだで、小さな体が丸まっている。両手で耳を押さえて、目をぎゅっとつぶっていた。
藍がしゃがもうとしたところで、隣に影が落ちた。
緋雨が、膝をついていた。テーブルの下に頭から入り込むようにして、ルナリアと同じ目の高さになる。
「あれ、花火っていうんだ。すごく綺麗だよ」
「はなび……? おっきなおとしてるけど、みんなこわくないのー?」
「怖くないよ。ほら」
また一発上がった。ルナリアの肩がびくりと跳ねる。緋雨は動かず、そのまま同じ姿勢でいた。
「見てください。夜空にいろんな色の花が咲くんです」
藍が笑いかける。
ルナリアが、少しだけ顔を上げた。
テーブルの向こうで、みんなが空を見上げている。永愛は後ろの人の視界を塞がないよう、芝生に膝をついていた。誰も伏せていない。誰も走ってない。璃亜は口を開けたままだし、理央は両手を胸の前で握っている。
三発目。
白い光が大きく開いて、地面まで届いた。テーブルの下まで明るくなる。
「……うやぁ」
ルナリアの手が、耳から離れた。
「おそらが、あかるい〜」
そこからは早かった。
ルナリアはテーブルの下から這い出し、立ち上がり、二秒ほど空を見つめ、それから助走をつけた。
「まって」
「あっ」
「ルナリアさん!?」
花火への警戒が解けたルナリアの瞳は、きらきらと輝く。あぶなくないと分かれば、目の前に広がるのは、ダンジョンで見つける石たちのような、美しいものだ。
「とりにいく〜!」
気がつけば、角と翼が現れる。
「あ、ダメだよルナリアさん!」
制止する藍の声は、全く耳に入っていない様子だ。角をふるりとふるわせ、何度か羽ばたくような動きを見せた。
「わわ、危ないよ!?」
彼女の服の端をつかんだのは理央だった。それでも、煌めく花火を求めるルナリアの力は強い。理央の足が地面から浮き上がる。
「ルナリアさん、だめだって……!」
ふいに、永愛が長い腕を伸ばして、ルナリアの胴をまるごと抱え込んだ。理央がぶら下がったまま、ゆっくりと地面に戻される。
「はい、おしまいです。あれは遠くにあるものなんです」
「とれない?」
「とれません」
それに、と永愛は続ける。
「今日のお洋服は、大切なお友達に選んでもらったのでしょう? 花火に近づいたら、焦げてしまうかもしれませんよ」
「うー……」
ルナリアは名残惜しそうに空を見上げ、それからはみんなの輪の中でおとなしくなった。
「理央ちゃん、ありがとう」
「いえいえ!ルナリアさんも藍さんも無事でよかったです!」
「はい皆、こっち向いて、撮るよ」
花火を横目に見つつ、思い思いに花火鑑賞を楽しむみんなの姿をクロはスマホにおさめていった。ひとしきり撮り終わると、おもむろにカメラを自分に向ける。
「……」
「クロさん、自撮りするなら俺が撮ろうか?」
「あっ! 新貴さん!? いや、その、大丈夫!」
「そうか? それにしても……たまにはこういうのも悪くないよな」
「まあね。とっても綺麗だ」
エマは、少し後ろで座っていた。
空が光るたび、膝の上のクラゲのぬいぐるみが白くなったり青くなったりする。
本当なら、去年のうちに終わっているはずの体だった。それが今、芝生の上に座って、みんなと同じ空気を吸っている。みんなで水族館にいって、ご飯を食べて、花火を見上げている。
こんなことになるとは、思っていなかった。
「エマさん、こっち空いてるよー」
璃亜が手を振っていた。エマは手をあげてそれに返し、立ち上がった。
あぁ、「こんなこと」は続くのだ。これからも。
「うん、今行く」
花火の強い光をあびた彼女の背中に、ふわりとインビジブルが揺蕩うのだった。
「……綺麗。いろんな色が入ってて鮮やかで、今日の思い出みたいだねぇ」
璃亜が空を見上げて言った。
漆黒は答えなかった。ずっと上を向いたまま、瞬きもせずにいる。次の一発が開いたとき、その口が小さく「おお」と動いた。
目の前に広がる圧倒的な光量に唖然としていた理央だったが、すぐにきらきらした笑顔になる。花火をきちんと見るのは初めてだ。
――もしかしたら、かつてはあったのかもしれないけれど。でも。
「この思い出、きっとずっと忘れません」
みんなが芝生に座り込んだまま笑っている横で、ミヤビは少し離れた場所に立っていた。花火を見ているのではない。花火を見ている仲間のほうを見ている。
赤い光が上がると、みんなの顔が赤くなる。青が上がると、青くなる。誰の顔も、いま上がっている色をそのまま返していた。
「……色とりどりで、わしらも花火に負けておらんよ」
誰にともなく呟いた言葉は、次の破裂音にかき消された。
最後の連発が始まる。
空が途切れなく明るくなって、音が重なって、海面まで光っている。
「皆の者、集まって集まって!」
ユナの声が、打ち上がる花火の音と共に響く。
強烈な光の祭典は、そろそろおしまい。楽しかった一日がおわる。
スマホの前に集まりながら、永愛は「また皆さんで来ましょう」と微笑みかけた。
皆がめいめいに頷きながら寄り集まって、レンズのほうを向く。
でも、みんなとの夏休みの思い出はまだまだ作れる。
「今年も最高のさまーらいふになりますように! そしてー!」
そして。楽しい記憶は、今年だけじゃなくて。
「来年もまた皆の者と最高の夏をすごせますよーに!」
皆の最高の笑顔と花火が、写真に収められた。