夏の|果《はて》、夏の|果《くだもの》に囲まれて
ダンジョン――元々は『城で最も強固な場所』を指していた言葉である。
だが、√ドラゴンファンタジーの山梨県某所には、青い空が広がり緑の生い茂る樹々が並ぶダンジョンも存在している。
「ここが果樹園のダンジョンかぁ」
「ダンジョンに入るのは初めてですが、不思議な光景です」
夜久・椛と雪代・千景は、ダンジョンらしからぬ万緑な光景を珍しそうに見回していた。
「一番不思議なのは……あれ、ですね」
千景が眩し気に見上げる青い空からは、夏の陽光と変わらない暖かな光が燦々と降り注いでいる。
「……どこから来てるんだろ、あの光?」
『謎だね』
ダンジョンの中に陽光。光源はどうなっていると、椛と尾のオロチも揃って首を傾げる。
「ま、細かい事はいいじゃん」
そんな2人に、サメパーカー姿の皇・蜂華が笑いかける。
「風は涼しいからそこまで暑くないし、謎太陽のおかげで果物盛り沢山って感じなんだろうし。流石フルーツ王国、山梨のダンジョンだな」
確かに蜂華の言う通り、涼風もあってさほど暑くない。
その風に乗って、熟れた果実の甘い香りがそこら中から漂って来る。草いきれも感じない程だ。
「山梨と言えばぶどうも有名ですよねぇ」
『桃とかも美味いよなぁ。楽しみだ』
千景の言葉に、先を行く椛――ではなく、尾のオロチがゆらゆらと揺れながら返す。
「ん、桃もぶどうもあるみたいだし、シャインマスカットとかも有るみたいだよ」
揺れるオロチを抑えながら、椛が返した。
果樹園ダンジョンの噂を聞いて幼馴染達を誘ったのは椛だ。情報収集は怠っていない。
「おお、シャインマスカットも有るんですか」
その情報に、千景の声が弾む。
「後は……ファンタジーな果物も色々有るっぽいよ?」
「へぇ。ファンタジーな果物か。そんなのが有るのも、ダンジョンって感じだな」
椛の情報に、蜂華はクーラーボックスを背負い直した。
「やー、本当に色んなフルーツが実ってますねぇ」
樹から離れて宙に浮いている果実を前に、千景が声を弾ませる。
「赤いのはドラゴンフルーツぽいですね……こっちの黄色いのはもしかして、スターフルーツでしょうか。見たことがないですが」
切ると断面が星型になる、五斂子とも呼ばれる果物だ。
『椛ー。桃、そこの桃を』
「はいはい、分かってるから」
ドラゴンフルーツに手を伸ばす千景の横で、椛はオロチの欲しがる桃を採っている。
「家族のお土産に、持って帰ろうかね」
千景の頭越しに蜂華の手が伸びて、スターフルーツを掴んでクーラーボックスに入れた。
他にもメロンやパイナップル、無花果など、夏の果物を採りながら進む3人の前に――光輝く樹が現れた。
正確に言うなら、光輝く果実の生る樹である。
「あれって……ぶどうかマスカットでしょうか?」
「形はそう……だな?」
「多分? 光ってて良く見えないけど」
淡い緑に光る果実が生る樹の下で、3人が揃って首を傾げる。
光の色と見えるシルエットから、葡萄の類で間違いなさそうだが――光輝く葡萄類なんて、誰も知らない。
だがそんな名前は、少し前に丁度話題に上がっていた。
「ひょっとして『シャイン』マスカットだから、シャインしてる?」
『そんなことあるか?』
椛の閃いた答えに、オロチが思わず首を擡げる。
「……確かにドラゴンやスターとつく果実が、宙に浮いていましたしね。シャインマスカットが光り輝いても、おかしくは……?」
自分に言い聞かせるように呟いた千景だが、その首は傾いでいった。
「こういうのも、ダンジョンの影響なんでしょうか」
「果物が浮いてたり、輝いてたり。いかにもダンジョンって感じだな」
不思議さを払拭できないまま、千景と蜂華はシャインしているマスカットを樹から捥いでいく。一粒採って口に入れてみれば、プチッとした皮の触感のあとに、甘く瑞々しい果汁が口に広がった。マスカットの味だ。
「このまま食べても美味しいですが……折角ですし、かき氷と一緒に食べるのもどうでしょう」
一口食べてみて、千景はそんな提案をした。
「かき氷機は持ってきましたし、氷ならすぐ用意できますよ」
雪女である千景にとって、氷を作るのはお手の物だ。
「じゃあ、ボクも錬金術で果物をシロップに加工するよ」
「果物を使ったシロップなんて、美味そうだな。カットした果物をかき氷に乗せたら、更に豪華に――」
椛の思い付きに笑みを浮かべた蜂華が、言い終わる前に。
「なんか変な気配を感じるな?」
蜂華が告げた、直後。
――ズンッ!
地面が揺れた。
「……急にモンスターが湧いたみたい?」
首を傾げた椛の視線の先には、2mを越える大きな影が3人の方にゆっくりと近づいてきていた。
本体は緑と黒の縦縞の巨大な球体。ハロウィンの南瓜の様な目と口がある球体の4ヶ所から数個ずつ、同じ色柄の球体が連なって申し訳程度に手足を成している。
「スイカのモンスター……ですか。凄く、夏っぽいですねぇ」
『確かに夏と言えば、スイカのイメージだな……あれはスイカのゴーレムって見た目だけど』
千景の言葉にオロチが揺れる。
「やっぱスイカだよな……ってことは、アレも食べれるんじゃないか?」
スイカゴーレムをまじまじと見ていた蜂華が、クーラーボックスを降ろしながらそんな事を言い出した。
「……って、蜂華、もしかして食べる気満々ですか?」
「食べてみたら意外と美味いかもしれないじゃないか」
あれを?食べるんですか?と訝しむ千景に、蜂華は気を溜める呼吸に変えながら返す。
「まあほぼスイカがそのままモンスター化した感じだし、中身もスイカかもしれないよ? ボクもちょっと食べてみたい」
椛も蜂華側だった。
「椛まで……仕方ないですねぇ。私も手伝いましょう」
幼馴染2人が食べる気なのを見て、千景もため息交じりにクーラーボックスを降ろしてスイカゴーレムに向き直る。
「さあて、スイカ割りと行こうかね――渦巻け、風よ!」
風を纏った足で地を蹴って、蜂華が飛び出した。
『……!』
動きは鈍重なスイカゴーレムだが、反応までは鈍くない。パーカーのサメの尾をなびかせて迫る蜂華に向けて、大きな口から黒い物を立て続けに撃ち出してきた。
「種かっ!」
蜂華は足を止め、風を纏った両手で次々と迫るスイカの種を捌いて受け流していく。
だが、種の射撃は中々止まらなかった。
普通の大玉スイカで、種の数は400から600個ほどあると言う。このサイズなら、数千個になるか。
「前に出過ぎですよ、蜂華」
そこに吹く、冷たい風。
――氷雪忍法・雪崩舞。
千景が振るう六花扇から放たれた冷気が、スイカゴーレムを手足から徐々に凍らせていく。
本体の巨大スイカまで霜に覆われ、流石に種の攻撃が止んだ。
「千景、ナイスっ!」
その機を逃さず、蜂華が気功を込めた拳をスイカボディに叩き込む。
ゴインッと、硬そうな鈍い音が響いて、スイカゴーレムの体勢が大きく崩れて後ろに倒れた。
「見た目スイカだけに、結構硬いなこいつ」
土の上でじたばたともがくスイカゴーレムを見上げ、蜂華は殴った手を振りながら告げる。
「殴り続けてカチ割れないこともないと思うが、トドメは任せるぞ――椛」
「ん。任された」
蜂華の声に応える椛の声は、スイカゴーレムの向こうから聞こえた。
蜂華と千景が足止めしている間に、椛はカゲロウの幻影を纏ってスイカゴーレムの背後に回り込んでいたのだ。
錬成妖刀『朧』が鞘走る。
御伽術式――雪姫見参。
氷華一閃。
雪女の剣豪の御伽を纏って放つ冷気を纏った居合が、スイカゴーレムの本体を真っ二つにした。
「おお、見事に真っ二つですねぇ……」
両断されたスイカを見上げて、千景が感心する。
「中々美味しそうな色合いだな」
凍った切断面の鮮やかな赤色を見て、蜂華は予想通りに美味しそうだと得意げだ。
「そうですね。中身もちゃんとスイカでしたね」
「ん、ちゃんとスイカだったね……こんなに大きなスイカ、初めて見るけど」
「モンスターって不思議ですねぇ」
皮にあった目と口も消えて、ただの巨大なスイカになったスイカゴーレムに、椛と千景が顔を見合わせる。
「コレならそのまま食べてもうまそうだ」
「そうですね……このサイズのスイカを運ぶのは大変そうですし、もうここでスイカとかき氷、食べましょうか」
蜂華の言葉に頷いて、千景は掌の上に一瞬で氷を生み出した。
酸素を含んでいない透明な氷が、シャリシャリと削られてかき氷へと変わっていく。
「千景。これを凍らせられるか?」
それを見ていた蜂華は、巨大スイカの実を大きくくり抜いたものを差し出した。
「既に半ば凍ってますけど……ああ」
蜂華のやりたい事を察して、千景はシャーベット状のスイカを完全に凍らせる。
「サンキュ。で、これをこうして……」
蜂華は完全に凍ったスイカを、かき氷機にセットした。
ジャリジャリと削れば、スイカ色のかき氷が器に山盛りに生っていく。
「シロップも、そろそろ出来るよ」
その間に、椛は錬金術を応用して、果実を元にしたシロップを作り上げていた。
赤いのは巨大スイカ。山吹色は黄桃。そして一際目立つ、仄かに輝く淡い緑のシロップ。シャインしてるマスカットはシロップになってもシャインしていた。
「桃にマスカット、スイカとトッピングも沢山あって豪華ですねぇ」
シャインしているマスカットのシロップをかけたかき氷に、シャインしているマスカットをトッピングする千景。
「ボクは桃をトッピングしようかな。オロチの分もあるからね」
『うむ、いただくぞ』
椛は2つの器に黄桃のシロップをかけ、切り分けた白桃を載せていく。
「丸くくり抜いたスイカもトッピングして――こっちも完成だ」
蜂華は仄かに赤いかき氷にスイカのシロップをかけ、丸くくり抜いたスイカも載せていく。
三者三様の、フルーツ三昧なカキ氷。
果樹園ダンジョンだからこそ出来る、夏のひと時であった。