あなたが知らないだけで
街は業火に包まれていた。誰も悪いものはいない、わけではない。何かの罰というわけでもない。世界のどこかの惨劇のような、知らない国の戦争のような、熱と破壊が目の前に広がっている。あなたが知らないだけで、それはそこにある。あなたが知らないだけで、人は死に、この√は襲われている。あなたが死ななかったのは運が良かったからに他ならない。あなたが住んでいたのが蹂躙されて灰になった街ではなかっただけだ。ルーレットかサイコロが、あなたを選ばなかっただけか、もしかしたらあなたにそれほどの価値がなかっただけ。ただの売れ残った野菜なのかもしれない。それを運がいいと言うか、運が悪いというかはあなた次第。
街に現れた異形とも呼べる機械は街を破壊し、捕食した。赤子の泣き声が響く中、人も物もそれらの糧となった。街は火の手が上がり、ビルは倒れた。それでもまだ命はそこにあった。その全てを救えるだけの大きな手はないかもしれないが、あなたの手で、救えるものはある。
「√EDENに√ウォーゾーンの戦闘機械群が攻め入っています。みなさんには急いで現場に向かっていただいて侵攻している部隊を倒して欲しいのです。戦闘機械群は空と陸から街に攻め入っています。まずは手近な地上部隊から倒していって下さい。街にはまだ生きている人達が残っています。並行して救助活動をお願いします」
木原元宏(歩みを止めぬ者・h01188)は無念さを隠さずに言った。
「事件はある地方都市で起きています。すでに被害が出てしまっていて、多くの死傷者が出ています。事件の予知が遅れてしまい、申し訳ありません。みなさんには嫌な思いをさせることになってしまうと思います。でもまだ助けられる命があるはずです。どうかお願いします」
元宏は頭を下げてお願いした。
目の前には壊れたビル、潰れた自動車。倒れているのは大事な人。赤い血が流れ、腹に大きな穴が空いている。叫べども声は出ない。自分も同じように胸を穿たれているからだ。意識があるのは体力があったからか、目の前に迫るグロテスクな機械が鋼鉄の口を開いた。そしてその機械は男を飲み込み咀嚼した。
第1章 集団戦 『AL失敗作-『チャイルドグリム』』

血のにおいがする、それにほこりと硝煙。命は無造作に失われる、こと戦場においては。悲鳴は聞こえない、銃撃と破壊の音が聞こえるだけ。生体素材と機械が無節操に組み合わさった戦闘機械群、『AL失敗作-『チャイルドグリム』』がわらわらと街を闊歩していた。目に見える場所に一般人はあまり見えない。建物の中に逃げ込んだか、チャイルドグリムに食べられてしまったかだった。
1体のWZが戦場に降り立った。『W.E.G.Aウェーガ』、機神・鴉鉄(全身義体の独立傭兵ロストレイヴン・h04477)だ。
「これより、戦闘行動を開始する」
短い通信のあとに街の表通りを駆ける。【暗黒の森の番犬】により可能になった高速起動を武器に市街地の制圧を目指す。戦闘、捕食をしているチャイルドグリムの群体に飛び込みパイルバンカーを突き刺していく。
「アア、イタイ、クルシイ」
スピーカーから耳障りな割れた声を出し爆発していくチャイルドグリム達。
「次の区画へ向かう」
継萩・サルトゥーラ(百屍夜行パッチワークパレード・マーチ・h01201)は楽しそうだった。過剰に継ぎ接ぎされた肉体が混沌とした心を生み、その結果生まれたのがサルトゥーラだった。戦うことが好きで好きでたまらないサルトゥーラは酔ったように気分を上げながらガトリングガンを乱れ撃つ。破壊された街も飛び散るチャイルドグリムの血しぶきもうめき声もサルトゥーラには楽しみを深めるためのスパイスだ。
「ママにミルクをねだるくらいしか出来ない出来損ないがいい気になるなよ!」
突っ込んできたチャイルドグリムを蹴り飛ばしながらサルトゥーラは叫ぶ。楽しいのはまだまだこれからだ。
駅近くの広い公園に雨が降る。クラウス・イーザリー(希望を忘れた兵士・h05015)が起動した決戦気象兵器「レイン」から降るレーザーの雨だった。公園に集まっていたチャイルドグリムの一団が苦しげにわななきながら動きを止めていく。
「イヤダヨオ、イ、ヤ、ダ」
「……まだ生きている人はいる。早く助けないと」
クラウスは決意を新たにする。嘆くのは後回しでいい、今はやるべきことをやるしかないから。わざと目立つように攻撃を行ったクラウスを見たチャイルドグリム達は、怯えたように距離を取っていく。本能的に恐怖を感じ取っているのだろう、クラウスは追い立てるようにレーザーを撃ち、安全な場所を増やしていく。隠れていた女性が、クラウスに礼を言うと安全が確保された確保に走って行った。
江田島・大和(探偵という名の何でも屋・h01303)と 護導・桜騎(気ままに生きる者・h00327)は他のメンバーが安全を確保した地点を中心に生存者の救出を行っていた。
「酷い有様でありますね……。とはいえ、1人でも救うのが役目か」
大和は街の様子を見渡して言う。ビルには大きな穴が空き、そこら中にペンキをぶちまけたように血の跡が広がっている。と、動くものがいる、敵ではないようだ。
「生存者かもしれない。確認を」
桜騎は【全て自分ですよ】で作った分身を向かわせる。女の子のようだ、制服を着ているところを見ると通学途中か。震えて反応の薄い彼女を抱えると桜騎の分身は後方の安全な区画に彼女を連れて行く。
「生存者が一人、他には?」
「おもしろくなってきたぜ」
大型のビルに乗り込んだサルトゥーラはチャイルドグリムのコロニーを見つけていた。すでに両手で数えられないくらいの敵を倒している。横から飛び出してきたチャイルドグリムに脇腹を殴られるが体をひねってダメージを散らす。
「生意気だな、やったろうじゃないの!」
奥に多数の生体反応があることを突き止めた鴉鉄がサルトゥーラに言う。
「奥に多数の生存者の可能性、突入する」
WZで壁をぶち抜きながらビルの奥へと侵入する。反応がある上階へブースターを吹かしながら登っていくとチャイルドグリムが密集していた。この奥だろう。
「頼んだ」
「ありの巣みたいだな」
ガトリング砲から放たれた弾丸が弾け、チャイルドグリムの塊を溶かしていく。肉の焼ける嫌なにおいが広がった。それに気づいてチャイルドグリムが集まってくる。
「まぁ焦んなや、楽しいのはこれからだ」
連絡を受けた大和と桜騎は隣のビルの屋上伝いにビルに侵入していた。
「生体反応は6階のホールだ。その上階は未確認だが敵がいると想定したほうがいいだろう」
鴉鉄からの通信だった。
「了解であります。我輩達が生存者の確保に行くいであります」
連絡を受けた大和は桜騎にこう返す。
「しくるなよ、桜騎」
「しくるな?それは私のセリフだな、大和」
針のようなレーザーが窓を撃ち抜いた。子供を食べようとしているチャイルドグリムを見つけたクラウスは精密な射撃でチャイルドグリムだけを撃ち抜くと割れた窓ガラスの間からビルに飛び込む。一気に駆け込んで子供を抱きかかえるとチャイルドグリムの腕が肩口にめり込んだ。そのままナイフを引き抜くとチャイルドグリムの生体部分を突き刺す。悲鳴を上げ動かなくなるチャイルドグリム。
「大丈夫か?」
子供は小さく頷くとクラウスに抱きついた。
「こちら、クラウスだ。生存者を一人確保した。このまま安全地帯を確保しつつコロニーに向かう」
「ワタシが盾になる。その隙に攻撃を」
鴉鉄が正面に展開、その左にサルトゥーラ、右からクラウス。コロニーの敵はだいぶ数を減らしていたが以前健在だった。
「その肩でやれんの?」
サルトゥーラがクラウスに聞く。
「今はそんなことを気にしている場合じゃない」
クラウスは答えた。
「いいね。あの虫どもにぶちかましてやろうぜ。ここは餌場じゃない」
にやりと笑いながらガトリング砲を撃つサルトゥーラ。援護を受けて突撃する鴉鉄。回り込みながらレーザーを照射するクラウス。
「ホールまでたどり着きましたよ。こっちのことは任せてください」
桜騎からの通信が入った。その後でライフルの音が響く。
「なんとか持ちこたえてたようですがそろそろ限界だったみたいであります。間一髪でありますね」
大和が侵入してきたチャイルドグリムを撃った音のようだった。
「挟み撃ちにする」
鴉鉄は宣言した。
「このあたりはだいたいカタがついたでありますね」
「弾丸じゃ無くて殺虫剤を持ってくれば良かったぜ」
生存者を駅前に確保した安全地帯に護送しながら話す大和とサルトゥーラ。鴉鉄は前を、クラウスは後ろを警戒している。全てでは無いが救える命は救えた。それは嘆くことでは無い。戦いはまだ続く。
街に入ったヴェーロ・ポータル(紫炎・h02959)は一人呟く。
「地獄のような光景だ…記憶の奥底にある似た景色を思い出す。また見たくはなかった、しかしこれが現実。今は今できることをせねば…今度こそ私が救わなければ」
悲しみは存在しない、そこにあるのは無造作な死。これがスポーツなら、戦いも美しいかもしれない。ただ、戦場ではそうはいかない。あるのは虚無。
「『兎は眠りて夢を見る。起きては全てを殺すだけ。』 地下秘密部隊「夢兎眠」、冥土長、血祭・沙汰子、参ります。全ての勝利を我が主の為に。オールハイル、ナナリン。」
血祭・沙汰子(夢兎眠の冥土長・h01212)は冥土長だ。全ては仕えるべき主のため。もう一つの別の顔もあるのだが。街に入った沙汰子は物陰に潜みつつ機を窺っていた。
カレン・イチノセ(承継者・h05077)がショットガンを撃つと、彼女に群がってきていたチャイルドグリム達がはじけ飛んだ。
「ヤダヨオ、ヤダヨオ」
ノイズ混じりの悲鳴が木霊する。カレンは思う。
「きっと彼女なら、皮肉を言いながらも人を助ける最短ルートを通るはずだもの。あの人の影を追ってとにかく走るわ」
憧れは今もカレンの胸にある。今できることを! 確かに多くの命が失われた。街も破壊された。事件が終わればこのことは忘れられて災害として扱われるかもしれない。カレンのしたことも忘れられるだろう。それでもカレンは戦う。
「これは…ひどいっすね。うん、ちょっとワクワクしてる場合じゃないな~」
普段はリスクを楽しんでいるヨシマサ・リヴィングストン(戦場を散歩する戦線工兵・h01057)だが、今回はそうではないようだった。状況が酷いこともあるのだが、それだけではない。距離を詰めるのは得策では無い、そう判断したヨシマサは展開したレギオンから遠距離砲撃を試みる。うめき声を上げるチャイルドグリムだが、ヨシマサは耳を貸さない。できるだけ淡々と敵を追い詰める。
「ボクが隙を作りますから、みなさんはその間に攻撃してくださいっす」
その声が聞こえたのか、チャイルドグリム達がカレンとヨシマサに気を取られているのに気づいたのか沙汰子が暗闇から躍り出る。無表情のままよそ見をしているチャイルドグリムをハチェットで寸断しては影に潜る。後から聞こえる悲鳴にも眉をひそめることは無い。ハチェットはチャイルドグリムの体液と血に染まっていく。背後から沙汰子に迫るチャイルドグリムもハチェットを投げて撃退すると新しいハチェットを引き抜く。一連の無駄の無い動きだった。
空から見ていたヴェーロが生存者に気づいたのは、何体ものチャイルドグリムを炎で血祭りに上げた後だった。
「ナンデ、タスケテ」
眼下にいたチャイルドグリムはそう懇願したが、ヴェーロは無慈悲だった。助けるものは別にいるのだから。上空から、野球場に人々が避難しているのが見えた。スタジアムの外壁を登ってこようとするチャイルドグリムをなんとか撃退しつつ持ちこたえているようだった。ヴェーロは周囲に群がるチャイルドグリムを紫焔の刃で牽制すると仲間に連絡してスタジアムに降り立った。
「了解っす。すぐに向かいます」
ヨシマサがスタジアムにたどり着くと外壁に血の後があった。そして地面に不自然な穴。
「チャイルドグリムがスタジアムの基礎を食べながら中に向かっているようです。ボクだと火力が足りないので、後を追ってくれる人はいないっすか?」
「私が行くわ」
カレンが言った。良い状況じゃない。このまま放置しておくと中から攻められ犠牲者が増える可能性がある。
「みんなを助けられないとしても、一人でも多くの人を助けたい。それがせめてもの、いまの私にできる生き方だから!」
「頼みましたっす。…"こいつら"作ったの、ボクの叔父さんなんですよ。気づいたらこ~んなに増えて、こんなところまで来ちゃってたんですね~。……ボクは、これから"何"をしたらいいんでしょうね~」
少し悩みながらヨシマサが口にする。
「私は、傷の痛みよりも、正しいと思うことができなかった痛みの方がずっと苦しい、そう思ってる。あなたはあなたの想いに従えばいいと思う」
余計なことを言ってたらごめんね、とカレン。ヨシマサは頭をかいた。そしてスタジアムの中に入ると、レギオンを展開して周囲からの敵を牽制する。
「外の個体を殲滅します」
そう言うと沙汰子はスタジアム外壁周辺のチャイルドグリムをなで切りにしていく。パーツの境目にハチェットをめり込ませる。木の陰からハチェットを投げ保護容器を破壊する。壊れた構造物に身を隠しながら縦横無尽に駆け回る沙汰子。スタジアムにチャイルドグリムの金切り声が響いた。
「できるだけ、中央に集まってください。そして私の後ろにいてください。反対側はヨシマサさん、お願いします」
ヴェーロが生存者をスタジアム中央に集めた。ヨシマサからの連絡を受けて下からの攻撃を警戒するためだった。生存者達の心配げな声が聞こえる。
「私が、あなたたちを守ります」
ヴェーロは静かに言った。
チャイルドグリムが作った道をカレンは進んでいた。敵の数は多かった。無理して倒しにいった分、カレンも傷ついていた。頬に、左腕に、右脚にいくつもの傷が出来血が流れていた。道は上に向かって進んでいる。急がなければ。カレンは走った。そして小さな光を目にする。最後に残ったチャイルドグリムが地上へと出ようとしていた。カレンは残る力を振り絞ると右の拳を叩きつける。浸透した打撃がチャイルドグリムの生体部分を破壊した。
「イキ、タイ、ヨオ」
それきりチャイルドグリムは動かなくなった。そのまま地上に出ると、不安そうな人達の顔が並んでいる。助けられる命はここにある。自分の手の平から、こぼれることが無い命は確かにある。そう思えた。
第2章 集団戦 『ナイチンゲール』

地上での戦いにけりがついた。残るは上空を漂う偵察部隊だけだ。地上戦に与せず様子を見ているだけだった彼女らは観察と言う任務をこなしていたようだった。それもこの時間で終わり、そう告げるように彼女たちは襲いかかってきた。残る敵、『ナイチンゲール』達を退ければ戦闘機械群はこの街からいなくなることだろう。
上空を飛んでいたナイチンゲール達が高度を下げる。数隊に別れた彼女たちは街に残る√能力者達に狙いをつけた。旋回しながら「敵」の分析をはじめるナイチンゲール達。ふと、女性と目が合う。
「続けて上空より飛来するモノ、あり。ナイチンゲールの集団を確認。引き続き、殲滅します」
血祭・沙汰子(夢兎眠の冥土長・h01212)は通信を入れる。その後ろに控えていた葵・総(青き蒼き星よ・h01350)が【マルチ・サイバー・リンケージ・システム】を発動し、【仮称サイバー・リンケージ・ワイヤー】を支援対象に接続する。
「む。それでは……蒼き楽園に至る為の戦いを始めましょうか。連結現象、証明確認。これより、サポートを開始します。皆様には、蒼き楽園の、加護がございますから」
「ありがたい」
沙汰子と一緒に支援を受けた戌神・光次(自由人・h00190)が総に言う。
「『兎は眠りて夢を見る。起きては全てを殺すだけ。』 地下秘密部隊「夢兎眠」、冥土長、血祭・沙汰子、続けて参ります。全ての勝利を我が主の為に。オールハイル、ナナリン」
沙汰子がそう宣言するとそれを聞きつけたナイチンゲールの1隊が3人に迫る。都合がいい、そう考えると沙汰子は行動を開始する。
「援護を」
そう言うとハチェットを投げなどガラスを割ると物陰に潜む沙汰子。敵影は砕けたガラスにはっきりと映っている。
「標的を見失った。次なる標的に攻撃目標を変更する」
ナイチンゲール達はサッカーボールを操る光次に狙いを定める。空中をホバリングして鳥型ロボットを作り出すと鳥形ロボットは光次に向けて嘴を伸ばす。その瞬間、光次が右脚を振り抜くとボールが鳥形ロボットをなぎ払いつつナイチンゲールの1体に当たる。爆発音とともにはじけ飛ぶナイチンゲール。光次は涼しい顔でボールをトラップする。
「危険と判断、優先的に排除する」
ナイチンゲール達が光次へと殺到するがそれを見越していた沙汰子がハチェットを投げつけナイチンゲールの翼を折ると一気に飛び上がって別のナイチンゲールの胴をたたき割る。
「メインターゲット発見、破壊せよ」
ナイチンゲールは沙汰子を追うがすでに沙汰子はひっくり返った車の影に隠れている。沙汰子に迫っていたナイチンゲール達はそのまま高度を下げ今度は総を狙う。きりもみしながら迫り来るナイチンゲール。
「む。敵を引き付けます」
すんでのところまでナイチンゲールを引き付け、転がりながら回避する総。かすり傷を負ったものの大きな怪我はないようだ。またも飛び出した沙汰子が両手のハチェットを振ると次々にナイチンゲールが引き裂かれ、爆発していく。表情一つ変えないまま重たい斬撃を見まい続ける沙汰子。
「好機到来、背面を奇襲する」
まだ上空にいた残りのナイチンゲールが号令を出し、残ったナイチンゲール達が沙汰子の背後を狙う。
「やらせない。守るのは俺の仕事だ」
浮かせたサッカーボールをボレーキックで叩き込み、ナイチンゲールに命中させる。命中したボールはなおも加速して沙汰子を襲うナイチンゲールの一団に乱反射すると光次の元に戻った。
「感謝します」
光次に礼を述べる沙汰子。立ち上がり再び【マルチ・サイバー・リンケージ・システム】を発動する総。
「む。サポートを再開します」
「戦術の要と分析しました。優先的に排除します」
ナイチンゲールは戦力の底上げを図っている総に狙いをつける。戦況が傾いてきた今、逆転を狙うための手だった。無数の鳥形ロボットが総を襲う。
「む。全ては蒼になります」
空間を歪ませて鳥形ロボットはあらぬ方向に飛び、パタリと墜ちていった。それが最大の隙になった。ナイチンゲール達は鳥形ロボットを展開している時は動くことが出来ない。光次のサッカーボールと沙汰子のハチェットがナイチンゲールを鉄屑にしていく。ボールに打たれ、エンジンが止まって落ちていくナイチンゲール。ハチェットに貫かれ、真っ二つになって地面にぶつかるナイチンゲール。気がつけば部隊の大半は地面に転がる残骸と化していた。
「損害は大きいですが、問題はありません。私達は情報を得るための端末。このまま『敵』の強さを計る活動を続けます」
ナイチンゲールはそう言うと編隊を組んで光次と総に突っ込んでいく。それが隠れている沙汰子の格好の的だと知っていても。
「俺たちで敵を誘導する。とどめは任せたぞ」
光次がそう告げると総とともに左右に展開する。一瞬迷いが出るナイチンゲール達。沙汰子は暗がりから一気に飛び出し、無造作にハチェットを振り抜く。胴を叩き抜かれ、首を刈られるナイチンゲール達。最後に残った1体が沙汰子へと決死の突撃を見せる。それを見ると、沙汰子は無表情のままハチェットを一閃した。カランと音がして静まりかえる街。
「む。嘆く事は、ありませんよ。私達は皆。いつか蒼き星に、再会するのですから」
微笑む総。沙汰子は通信回線を開く。
「付近の敵を殲滅しました。これより帰投します」
ナイチンゲールの部隊が街を爆撃する。ビルは倒れて炎が上がる。あっという間に熱と埃が舞い起こる。護導・桜騎(気ままに生きる者・h00327)は面倒そうな顔をする。
「空を飛んでるヤツらが相手か……、面倒ですね」
「空を飛ぶならこっちも空中戦で対応しようか」
ドローンをナイチンゲール部隊の対面に展開しながら江田島・大和(探偵という名の何でも屋・h01303)が空を見上げていた。時間がたつほどにナイチンゲールの数は増えていく。やってられないという調子で桜騎が煙草を吹かした。
「大和、あれ一気に落とせないのか、めんどくさい」
「無茶言うな、桜騎。対空ミサイル持ってる訳じゃないんだぞ、こっちは」
大和は軽口を叩きながらも展開した空雨に攻撃重視のフォーメーションを組ませてナイチンゲール部隊を攻める。撃ち合うとバラバラと両軍に被害が出た。地面に落下した物がけたたましい音を立てる。煙と火薬の臭いが立ちこめるなか撃ち合いは続く。数に勝るナイチンゲール部隊が2人の近くまで来るが桜騎の鋼糸がきらめくとナイチンゲールがバラバラに斬り裂かれる。桜騎は煙草をもみ消すとスッと闇に消える。
「後は任せたよ」
「ああ」
大和はライフルを構えてナイチンゲール部隊の気を引く。
「地上からだってライフルなら撃ち抜けるであります」
「四方から突撃せよ」
指揮役のナイチンゲールが命令を下す。大和が正面から迫ってきた1体をライフルのレーザーで撃ち抜くと派手に火を上げて墜落した。右から来た個体を急行した空雨が撃ち落とす。統率はともかく、不足の事態に弱いようだった。姿を現した桜騎が残りのナイチンゲールを切り刻む。
「私に感謝してほしいね」
「してるよ。それなら囮になってる俺にもな」
にっと笑顔を見せて姿を消す桜騎。肩をすくめてナイチンゲールに向き直る大和。再び突撃の号令が下される、ただし今回は全軍正面から来る。数で押すつもりだろう。空雨を槍のように密集させて迎え撃つ大和。先頭を切るナイチンゲールが空雨のレーザーに撃たれて火を噴く。
「行け!」
「ええ」
飛び出した桜騎が舞うように腕を振ると一振りごとにナイチンゲールが真っ二つになった。瞬く間に数を減らすナイチンゲール部隊。それでも最後の数体が意地で大和の眼前に迫る。至近距離からライフルの引き金を引くとナイチンゲールの1体が爆発、周囲を巻き込んでいった。
「死んだわけじゃないですよね」
「当たり前だ」
爆煙の中から何食わぬ顔で大和が姿を現した。
「…ふふ〜、元凶の身内にかけるにはあまりに甘い…ううん、優しい言葉ですね。それなら、ここに来てよかった。じゃあ今まで通り、ボクは正しいと思ってる、ボクの好きなことをしますね」
安堵と嬉しさをにじませてヨシマサ・リヴィングストン(朝焼けと珈琲と、修理工・h01057)は笑った。その顔にはいつものノリの良さが戻っていた。楽しげに武器をチューニングする姿がそれを物語っている。
「それじゃ、行きまっすか」
上空を飛ぶナイチンゲールをチラリとみた後、戦場へと向かう。
「レイン」の射撃音が響く。的確に計算された弾道で同じ箇所を射抜かれ続けたナイチンゲールが、コントロールを失って地上に落ちていった。クラウス・イーザリー(希望を忘れた兵士・h05015)は残るナイチンゲール達を見ながら呟く。
「次はお前達の番だよ」
ナイチンゲール達が クラウスに気を取られている間に機神・鴉鉄(全身義体の独立傭兵ロストレイヴン・h04477)は高所の確保に成功していた。ビルの屋上に陣取った鴉鉄のWZがアサルトライフルを撃つ。胸を撃ち抜かれた1体が落下、空中で爆散する。大げさな動きで狙いをつけると、危険と感じたナイチンゲール達が集まってきた。
「屋上のWZを優先的に狙え」
指揮している個体が指令を出す。ゆっくりと包囲をはじめるナイチンゲール達、静かに時を待つ鴉鉄。ナイチンゲール達が一斉攻撃に移るその寸前、狙い澄ましたように鴉鉄が【鋼鉄の暴風】を発動する。ライフルの銃弾がナイチンゲールを射抜き、榴弾が数体を巻き込んで爆発する。側方と後方にはミサイルが舞い飛び、近づくナイチンゲールを撃ち落としていった。第2波を待つ鴉鉄だがナイチンゲール達の動きがおかしい、どこかへ向かっている。座標を確認する鴉鉄はナイチンゲール達が生存者の避難所に向かっていることに気づいた。すかさず地上に展開するクラウスとヨシマサに通信する。
「敵は避難所に向かっている。ワタシは空から先回りをする。援護を頼む」
比較的避難所付近にいたヨシマサにもナイチンゲール達の狙いがわかった。ヨシマサは思う。
「…ボクは戦場の空気が好きで、ヒヤヒヤする状況が好き、危ない橋を渡るのも好きだし、生きたいと思う人の手助けをするのも、同じくらい好き。あと、みんなで勝って、生きて帰るのも好きです。勝ちましょう。…生きましょう。これからも」
仲間が来るまでここで迎え撃つ。なかなか楽しそうじゃないっすかと笑う自分も、みんなで勝利を分かち合う自分も好きだ。それを感じられるのも生きているから。難しい状況ほど楽しいのもその後の喜びのためかもしれない。もちろん、ヒリヒリする感覚も。狙いをつけて【拡爆形態】でナイチンゲールを狙撃するとナイチンゲールの翼が吹き飛ぶ、コントロールを失った個体は蛇行しながら周囲の個体を巻き込みつつ爆発した。細かい破片が雨のように降る。それもヨシマサのレギオンが丁寧に消していく。先頭の数機が撃ち落とされたことにより、ナイチンゲール達の足が止まる。ブースターを全開にしたWZが一気に飛んできたのはその時だった。
「頼むっすよ」
「了解」
鴉鉄はヨシマサが空けた敵編隊の穴に飛び込むとライフルとミサイルでナイチンゲール達を混乱に導いていく。生存者は守られたかに見えたその時、潜んでいた別働隊が低空から避難所を襲う。銃撃音が響く寸前、急に挙動がおかしくなったナイチンゲールが旋回をはじめ太陽に向かって飛ぶと突然落下した。気づいたクラウスがナイチンゲールの制御系をハッキングしたからだった。
「ここはお前達が好き勝手していい場所じゃない、早く消えて貰おう」
地を這うように向かってくるナイチンゲール達にスタンロッドをお見舞いするクラウス。殴られたナイチンゲールは電撃で制御を失って地面に叩きつけられるとバラバラに弾け飛んだ。鴉鉄の手によって最後に残ったナイチンゲールが撃ち抜かれたのはちょうどその頃だった。
その後避難所に戻ると、3人は生き残った人々から熱烈に感謝されたのだった。
第3章 日常 『この世界の優しい忘却』

戦闘機械群の脅威は去った街にはつかの間の平和が訪れていた。しかし、それは大きな爪痕を隠しているのだった。√能力者でなければこの惨劇のことは忘れてしまう。街が壊され、人が死んでいったことも、そのうち忘れられてしまう。まずは原因不明の災害として、そのうち何もなかったことになっていく。助けてくれたもの達のことも、いつの間にか忘れ去られるだろう。 それでいいのだと思う。そうでなければこの世界は辛すぎるから。守った街を回りながら、√能力者達は思うのだった。
平和が訪れた街を散策することが出来ます。街には戦いの爪痕が色濃く残っていますが、街の人はそれに気づきません。復興に手を貸しても、忘れていくことを後押ししても、感慨に浸っても大丈夫です。自由に行動してもらえたら嬉しいです。
「まぁ、被害はまだマシでありますかね。自然災害で片付けられるにしろ、生存者が居ない訳でもない」
江田島・大和(探偵という名の何でも屋・h01303)はそう言うと手近な街の住人に声をかけた。
「手伝うでありますよ。我輩、これでも力仕事は得意でありますからね」
街の住人は途方に暮れていたようだったが大和の声に気づくと明るく答えた。
「それは助かる。道を通れるようにしないとがれきの撤去も出来ないし助けも呼べないから。はあ、どうしてこんなことになったんだろうな。地震の情報なんてなかったのに、俺もよく生きてられたよな。こんなにビルが倒れてるんだもの、揺れてる時は気づいてなかったんだけどさ」
どうやら記憶の改変が始まってきているようだった。彼の脳裏には先ほどまでの戦闘機械群による襲撃はかけらも残っていないようだった。その様子をのんびり見やりながら、護導・桜騎(気ままに生きる者・h00327)は呟く。
「ま、生存者ゼロでないだけマシでしょうよ。たとえ忘れられるにしろ、生きてる人間がいる、それだけで希望は繋がる」
街の状況は酷いものだった。大地震の後と言って差し障りがないくらい。ただ、その戦闘の跡や銃弾の痕は徐々に消え去って行っていた。√EDENすらも、忘れることが出来るようだ。桜騎に気づいた街の住人が言う。
「そう言えば、あんた方はこの街の人間じゃ無さそうだけど、大変だったね。こんな時にやって来てさ、普段だったら何かうまいものを教えてあげるんだけどね」
「お構いなくでやす。大変そうでやすからね。仕方ない、桜騎も手伝いやすかねぇ」
ゆっくりとがれきの近くに歩いていく桜騎。様子を見ながら大和にあれこれ指示を出すと大和が不満を漏らす。
「桜騎、お前も働け」
「働いてる。というか、力仕事はお前の仕事だろう」
知ることも仕事のうち、桜騎の顔はそう言っていた。大和の奮闘のおかげもあり、道路沿いのがれきはずいぶんと減っていた。これなら車の通行も可能だろう。街の住人は嬉しそうに言う。
「あんた、すごいね。普通の人間にはもてないようながれきもポンポン運んでさ。今度この辺が片付いたら奢らせてくれよ
「いいってことでありますよ」
街の傷跡は見えなくなってきていた。それでもたくさんの命が失われたことに変わりはない。大和はゆっくりと周りを見渡してこぼした。
「まぁ、この風景は、昔を思い出すでありますがね」
風が吹いている。埃はもう無く、血の臭いすら過去のものになっていた。こうして全ては忘れられていく。彼や彼女らが必死に守ったことをこの√の人々は憶えていられない。先ほどまであった感謝の言葉も、徐々に少なくなってきていた。街の大通りからがれきは無くなり、人通りも戻って来ている。人々は殺気はすごい地震だったな、みんな大丈夫かと声を掛け合っていた。もちろん、戦闘機械群の残骸など残っているはずもない、数億年昔の生き物のように風化して消えていっていた。WZを降りた機神・鴉鉄(全身義体の独立傭兵ロストレイヴン・h04477)はそんな街を遠目に眺めていた。突入タイミングからの被害の見積もりと、押さえられた被害、助けられた命を数えながら街を歩いていると、見知った顔に出会った。
「おや、散歩っすか?」
ヨシマサ・リヴィングストン(朝焼けと珈琲と、修理工・h01057)がふわっとした感じで声をかけた。手には花束を持っている。
「献花っすよ。これでも少し思うところがありましてね」
しばらく歩くと献花台が見えてきた。ポツポツと花を供える人の姿がある。ヨシマサは献花台に花を供えると、手近にいる女性に声をかけた。
「悲しい出来事でしたね。良かったら聞かせて頂きたいです。それがたとえどんな気持ちでも、全部、全部」
少しばかり真剣な面持ちだった。聞かれた女性もヨシマサの思いを感じたのか言葉に詰まりながら訥々と話し始める。
「息子が、がれきに潰されて、死にました。どんな風に育つのか、それを楽しみにしていたんです。でも、それよりも辛いのは、元気な子供を見かけると、どうしてこの子が助かったのだろうと思ってしまうことです。その子には何の罪もないのに。……恨んでるのか、悲しいのか、よくわからないんです。なにか、とても、苦しい。それで、気持ちが沈んで……。すみません」
ヨシマサは女性の言葉を真っ直ぐに受け止めていたようだ。運と確率の問題だというのは簡単だ。人工の数パーセントだとしても千を超える人間が死んだことになるだろう。それでも、死んだ人間は一人で存在していたわけではない。家族もいれば、友達や仲間がいたことだろう。鴉鉄にとっては難しい感覚だった。全身を義体に換装しているからと言って、心がなくなるわけではない。ただ、今の彼女の生き方にはない在り方だった。
「√能力に覚醒したとき、ボクが初めて見たのが√EDENの空でした。空には透明の魚がいっぱい泳いでて、雲から差し込む光が、水面越しに見る太陽のようで。そして同時に思い出したんです。あの日、父が叔父の凶行を止めようとして、殺されてしまったこと。『俺がお前を止めなきゃいけない』って叫んでたこと。今度こそ、忘れません。生きて、生き続けて、全部、全部」
ヨシマサはそう呟くと鴉鉄にこう言った。
「だから、手伝ってくれてありがとうっす」
ふわっとした感じの笑顔だった。言葉の重みと不思議なコントラストがあった。
「そんなことはない。任務を果たしたまで」
鴉鉄は静かな口調で言った。これは自分の仕事なのだ、強い責任感を漂わせていたが、それだけでもないようだった。まだ献花台で話を聞くと言っていたヨシマサと別れた鴉鉄の前に避難所として使っていた学校の体育館が見えていた。またしても、見知った顔に出会う。クラウス・イーザリー(希望を忘れた兵士・h05015)だった。避難所に居た人達を日常に帰す手伝いをしようと思い被害者のケアをしていたようだった。怖くて動けない子供や老人に丁寧に声をかけ、もう危機は去ったことを伝えていた。怖くて帰れないと言う人は人通りの多い場所まで送っていく、献身的に働いているようだった。
「こんなことは、忘れてしまった方がいい。前に進むためには忘れた方がいいこともある。この楽園は、そんな忘却の上に成り立っている」
クラウスは鴉鉄にそう言った。
「それもアナタの仕事のうち?」
そうかもしれないとクラウスは返す。
「俺にとっては 誰かを救うために戦うのは当たり前のこと。これもそうと言えないわけじゃない」
そう言って次の生存者に向き合う。何があったのとしきりに聞く子供にクラウスはゆっくりと伝える。
「ただ悪い夢を見ただけだ。きっとすぐに思い出せなくなる筈だから」
そう言われると、困ったように顔を顰める子供にクラウスは続ける。
「君にはその力がある。だから、今日のことは悪い夢だと思って忘れるといい」
うん、と言って手を握りしめる子供。わからないことが、少しずつ忘れたことになってきているようだった。また元気に外を走り回る日が来ることは容易に想像された。
「きっと俺のことだってすぐに忘れるだろう。それでいいんだ。守れたこと、俺がちゃんと覚えているから」
クラウスは鴉鉄にそう言い残すと避難所の中に戻っていった。太陽は西の空に沈もうとしている。空はあかね色に染まろうとしていた。わかっていることが一つあった。鴉鉄は仕事を一つこなしたということだった。それで救えた命があるということだった。この街に住む、あなたが知らないだけで。