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想憶のムーン・ポジー
ゾディアック・ミラー
これは2章構成の期間限定シナリオです。09/23(水)16時頃までに完結したシナリオの結果により、宿敵の運命が変わります。なお、期間中に宿敵主によって倒された場合、通常のルール通り宿敵は絶対死します。
●魔法少女の迷走
冒険王国『カトルヴェア』――現れては消えていく四季の|夢《ダンジョン》を擁する王国の一角にある街『ルナドール』の湖の畔に、ひとつの人影があった。
「……いた……!」
幹の陰から、魔法少女アンテロスがそっと顔を覗かせる。
森の向こうへ沈みゆく夕陽の淡い金いろが、湖の穏やかな水面に溶けていた。岸辺に広がる庭園では、白花の群れが秋の気配を孕み始めた夜風に柔く揺れている。
「やっぱり今日も一緒だ……!」
声を押し殺しながら悶える視線の先には、2羽の鳩。その距離が少し縮まっただけで、アンテロスは胸元でぎゅっと両手を握った。
「もう、これ絶対そうだよ!」
艶やかな純白の子と、首元がすこし濃い凜々しい子。
数日前に見かけてからというもの、そのビジュアルの良さに一目でハートを撃ち抜かれたアンテロスは、毎日欠かさずこの庭園へと足を運んでいる。
「昨日だって、あっちの噴水のところで――」
ちょうどそこへ、よく似た鳩が1羽。
「……あれ?」
その後ろからもう1羽。
「…………えっと…………」
更に1羽、2羽、3羽――。
「…………ま、細かいことはいいよね! ビジュが良ければそれで!」
そう!
あと必要なのは、ほんのすこしの勇気だけ。
まだ自分たちでも気づいていない想いなら、気づかせてあげればいい。
「待っててふたりとも! この日のために密かに編み出した√能力『ハートクエイク・アロー』で、私が想いを叶えてあげる!」
●想いの切欠
「――なんと! このままだと最終的には、庭園にいる鳩さん全員に『ハートクエイク・アロー』が刺さっちゃいます!」
三角関係どころか泥沼の関係ですね! と、先のゾディアック継承戦争で獲得した大鏡『ゾディアック・ミラー』にて得た予知を語りながら、ヴァロ・アアルト(Revontulet・h01627)が眸を燦めかせた。まだまだ人間の世情に疎い霊的存在が故、どうなるのか想像もつかないことに対する純粋な興味のようだ。
ハートクエイク・アロー――ひとたび射られれば、本人の心とは無関係に相手への好意を忽ち増幅させられる√能力だ。そんなものを浴びれば、鳩とはいえ本来ない執着や追尾などを強制されることになる。
「あっ。アンテロスさんが大人しく撤退してくれればそれでOKなので、どう対処するかは皆さんにお任せします」
とはいえ、彼女は簒奪者だ。戦闘になってその場で討たれたとしても、どこかで再び蘇る。そしてそのときは確実に、EDENたちと対立することになる。
一方、会話で平和的に撤退させれば、一歩踏み出せぬカップルだけをアローで支援しつつ、殺戮の生じる事件は防ごうとする――そんな比較的平和な性格へと変わるはずだ。
「そうだ。もし会話で解決できたら、お月見でも愉しんではどうでしょう?」
湖の畔にある大きな球状の温室では、この時期にだけ『|月の花束《ムーン・ポジー》』と呼ばれるジェルキャンドル作りが催されている。
道具や準備は全部整っているから、あとは球体硝子の器に好きな素材を入れるだけ。花や色をただ好みで選んでも、届けたい心や手放したい想いを込めてもいい。
完成したら、持ち帰るもその場で灯すも自由だ。
もし灯すのならば、消えるころにはきっと、あなたの裡に芽生えているだろう。
誰かに届けたいと願ったなら、“届ける勇気”が。
手放したい想いを込めたのなら、“手放す決意”が。
そして、誰かと同じ夜に灯し、同じときに炎が消えれば、その願いは同じ場所へ辿り着く――そんな伝承が残っている。
「どんな想いも、なにかの切欠で生まれたり変わったりするものですよね」
それはアンテロスでさえも、変わらない。
――だから。
「皆さんなら大丈夫って、信じてますっ!」
そう花笑みを向けながら、ヴァロは秋の街へと仲間たちを送り届けるのだった。
これまでのお話
第1章 ボス戦 『魔法少女アンテロス』
●魔法少女の迷走――解決編
「待っててふたりとも! この日のために密かに編み出した√能力『ハートクエイク・アロー』で、私が想いを叶えてあげ――」
「――ちょっと待った!」
「このタイミングでの割り込み……はっ! これはアレね! 結婚式に割り込んでくる幼馴染み男子!」
「えっ……って、いや、そうじゃなくて!」
止めに入ったものの、間髪入れず返ってきた予想外の反応に、思わず一瞬思考が停止した。それでも、さすが|警視庁異能捜査官《カミガリ》といったところか。賀茂・和奏(火種喰い・h04310)は咄嗟に爆誕しかけた自分の新たな設定を全力で否定した。
「だ、大体、一応俺も人間ですし……鳩相手には……」
「大丈夫。種族を超えた愛も存在するし、私全力で応援しちゃう!」
――どうしよう。ちゃんと会話は成り立っているはずなのに、根本的ななにかが相互理解を阻んでいる。それでも、これしきのことで挫けるわけにはいかない。これ以上に――色々な意味で――酷い現場はごまんとあるのだ。
それに、心を無視した応援からの泥沼なんて見たくはないし、彼女も望んでそうするわけではないだろう。
「並んだ時のビジュが良い、だけでくっつけるなんて……君の推しってそれだけなんです?」
「えっ……!?」
残念だなぁ、と心底残念そうな演技で溜息交じりに零した和奏に、アンテロスは衝撃を受けたように両の|眼《まなこ》を見開いた。ちなみに、和奏も恋愛関係はてんで疎い。それらしく振る舞っているが、台詞は全部受け売りだ。
「だ、だって絵的に綺麗じゃない! 眼福でしょ!?」
「確かに、それも一理あります。ですが――恋って、心や本能でするものでしょう?」
「はっ……! アレね! 普段はクールな子が、好きな子にどうしても触れたくなって襲っ――」
「一応俺も警察官なので、そこはできれば当人同士の合意を取ってほしいですね。……じゃなくて」
こちらの発言がすべて萌えに変換されて返ってくる――そんな疲労感を感じつつある和奏だったが、僅かな手応えも感じていた。この流れを途切れさせはしまいと、一気に畳みかける。
「折角そんな力持ってるのに、『好き合ってる、なのに云い出せない』みたいなときめき空気……指先や、視線、その他諸々……そういうのを観察しないでどうしますか」
「た、確かに――っ! 私とあろう者が、その萌えシチュを忘れてたなんて……!」
顔面で衝撃を表しながら、アンテロスはよろりと一歩、後ずさった。そんな彼女へと寄り添うように、和奏が優しい眼差しを向ける。
「そう……例え鳩さんでも、同じこと。本当に想い合ってる同士を応援できた方が、もっと推す気持ちが増えますよ。ほら、参考にこれどうぞ……ね?」
「もしかしてこれは……あなたの恋愛バイブル……? そうなのね……!?」
そう確信しながら、真剣な眼差しを向けるアンテロス。全くの事実無根ではあるが、ここで否定してはこれまでのすべてが無に帰してしまう。それに、その恋愛漫画が面白かったのは事実だ。そう心中で己に云い聞かせると、和奏もまた、真っ直ぐな視線でただ静かに頷いた。
「どうやら私、恋愛において大切ななにかを忘れてたみたいね……。気づかせてくれてありがとう」
漫画本を胸に抱きしめながら一筋の涙を流すアンテロスに、
「“身近な存在ほど、後からその大切さに気づく”……それと同じですよ」
――これも受け売りだけど――そっと過ったそんな言葉は勿論、裡に秘めて。
ひとりの異能捜査官は、またひとり(と鳩多数)へと救いの道を示したのだった。
「ところで、何故君はここに来ようと思ったの? 野鳥の観察?」
至極もっともな質問を投げかけたノヴァ・フォルモント(月影・h09287)をちらりと見ると、アンテロスはそのどこか淋しげな眸を鳩の群れへと向けた。
「……新しいジャンルの開拓に……」
「新しい、ジャンル……」
そう反芻しながら、ノヴァはとりあえず彼女に倣って庭園を見た。まさか鳩までもターゲットになるとは。ヒトでなくてもいいものなのだろうか――そんな疑問が過るが、さすがのノヴァも口に出したら確実に藪蛇だと察した。
「なるほど絵になるな……って、そうじゃなくて」
夕陽の燦めきを纏いながら群れる白鳩たちは、確かに美しい風景だ。思わず見入りかけた意識を、咄嗟に引き戻す。
「いや、確かにビジュ……美しい毛並みをした子たちのようだけれど、でもほら、他にも仲間は沢山いるようだし。群れで行動しているだけかもしれないよ」
「そう……最初はただすれ違うだけの存在だったのよ。まさしく、学校に通うただの生徒同士のようにね。でも、あのときも、このときも……! そう! 繰り返し出逢ううちに、お互いを意識し合うようになるの! 気づけば眼で追っちゃうのよ!」
おかしい。現実に気づかせようとしたのに、何故か新たなシチュエーションに気づかせてしまった。このまま妄想を続けさせてはいけない――咄嗟にそう悟ったノヴァは、この現状に特大の楔を打ち込む。
「――本当にそうかな?」
「えっ……!?」
「応援する気持ちは素敵だと思う。――でも、まずは本人たちの意思を確認しないといけないんじゃない?」
「はっ……!」
「そもそも、君は彼らの言葉がわかるのかな。俺は生憎とわからないのだが……ノクスは?」
いつものようにちょこんと肩に乗っていた仔竜へと視線を向けると、きょとんとした愛らしい眼差しが返る。「……ダメそうか」とちいさく苦笑を漏らした途端、突然隣のアンテロスが崩れ落ちた。
「だ、大丈夫……!?」
「私が愚かだったわ……」
「え?」
「そうよ……私は彼らの言葉なんて分からない……。それを妄想で勝手に決めつけるなんて……! やってることは原作で描写されてる公式設定を無視して勝手に自分の好きなようにカプを組ませる行為そのものじゃない!」
ノンブレスで一気にそう吐き出すと、アンテロスは地についた両手を握りしめ、わなわなと震わせた。ノヴァにはよく分からないが、どうやらアンテロス自身にとっても許し難いことらしい。
「私だって、そこまで落ちぶれちゃいないわ……原作を尊重してこその二次創作でしょ!」
二次創作とはなんだろう。それ以前に、この説得方法は果たして合っていたんだろうか――そんな疑問は過るも、暫くの間自己嫌悪に陥るアンテロスに、ノヴァは静かに寄り添っていた。
「そう……あまり嘆くことはありません」
未だ膝をついたまま項垂れるアンテロスのその肩へ、そっと香柄・鳰(玉緒御前・h00313)が手を添えた。薄らと頬に涙の跡を残した娘が、力なく鳰を見上げる。
「分かりますよ……真白の鳩さんの眩い美しさも、その灰色に光沢が乗る胸元がセクシーな鳩さんも、大変皆さん魅力的です!」
「そう……そうなの……!! だからつい、妄想がはかどっちゃって……」
まるで同志に縋るようなその眼差しを確りと受け止めると、鳰もまた、真摯な眼差しでその双眸を覗き込んだ。
「ですが! だからこそ! 皆さんには思うままパートナーを探して頂きたい――私はそう思うのです……!」
熱の入った、けれどどこか諭すようなその声音に、アンテロスは食い入るように鳰を見つめた。
「思う……まま……?」
「ええ。ほら、例えば――あの子とこの子の見分けがつきませんか?」
「そ、それは……」
図星を突かれ、漏れた声もばつが悪そうに尻窄みになる。
「ふふ。確かに似ていますが、声が違いますね。この鳩さんの方が、半音の半音ほど声が低いです!」
「はっ、半音の半音――!? そこまで聞き分けられるなんて……ううん。それ以前に、私はビジュしか見てなかった……ボイスだって大事な萌え要素なのに! イメージ通りの声も、ギャップありの声も……昔の私ならどっちも美味しくいただけてた……!」
その白い羽毛を茜に染めて穏やかに群れる鳩たちを眩そうに見つめながら、アンテロスはそう云って唇を噛んだ。その心に寄り添うかのようにふわり眦を緩めると、鳰は彼女の手をそっと取り、ゆっくりと誘うように立ち上がらせる。
「大丈夫。鳩さんの魅力に気づいた貴女なら、慣れればきっと聞き分けられるようになります!」
「っ……! 師匠と呼ばせてください!!!!」
いきなりの師弟爆誕にも動じず、くつくつと喉を鳴らす鳰。
「ほら、見てください。その子が躰を膨らませるのは、右の茶色の子にのみですね。真白さん狙いではなさそう。しかも……あら、お互いを気にしています。もしや両片想い……?」
「じゃあ、私の出番で――」
「矢はまだです! あの時間が大切なの……!」
貴女なら分かるでしょう? ――そう云いたげな視線を投げかける鳰に、アンテロスもなにかに気づいたように眼を瞠り、こくりと頷く。
「じれてじれてじれまくった後こその両思いが美味しいってもの……! そんな王道シチュを忘れてたなんて……」
「……ね? 恋模様の応援もいいけれど、まずは慎重に関係性を見守ってからでないと」
「はい! 師匠!!」
じっくり学ばせてもらいます!
そう意気込むアンテロスに、それから結構な時間付き合った鳰は、相当に人がいいと云って良いだろう。
気づけば、湖を染める茜に紫紺が混ざり始めていた。
木陰で密かにこの庭園の混沌とした未来を――ひいては世界平和を護るべく奮闘しているEDENたちを余所に、鳩の群れは思い思いに過ごしている。
「ところでさぁ。鳥といえば、“オシドリ夫婦”って言葉あるじゃない?」
頃合いを見計らい庭園散歩を切り上げると、緇・カナト(hellhound・h02325)は鳩たちを大人しく見守るアンテロスの隣へとしゃがみこみ、そう穏やかな声音で切り出した。
推し鳩のカップルが居るのかぁ……――なんて一瞬受け入れそうになったが、どうにも『推しハト??』という疑問が拭えずにいる。
けれど、同時に青年は悟ってもいた。
――これは深く考えてはいけないパターンだと。
生憎、鳥の恋愛事情なぞさっぱり分からない。が、どんな相手であれ無理強いはよろしくないのは確かだろう。
「オシドリ……あの超絶ビジュ良しの仲良しカップルね!?」
「そう。けど、実際のところ野生のオシドリって、毎年同じ相手と過ごすとは限らないんだって」
「え――――――――――っっっっっ!?」
「静かに静かにっ……! 鳩が驚いて逃げちゃうよ……!?」
カナトの言葉に、アンテロスも咄嗟に自分の手で口を塞いだ。それでも視線は、信じられないと云った様子で動揺を滲ませている。
「そんな……推し変ってそんな簡単なことじゃないでしょ!? もっとこう……それまでの思考や感情を塗り替えるような何かがあってのことじゃない!?」
「うんうん。そうだね~」
食い気味のアンテロスに気圧されることなく、カナトは笑みを湛えながら頷きを返す。推し活へのその熱量は持ち合わせてはいないが、彼女が云うならきっとそうなのだろう。
「逆に云うと、猛禽類フクロウのつがいは、どちらかが亡くなるまで一緒に過ごすらしくって〜」
「ええっ!? あの強面、だけど円らな瞳が愛らしい鳥さんが……!? なにそれギャップ萌えじゃない! よーし、今からフクロウ探しに――」
「まぁまぁ。まだ彼らの活動時間にはちょっと早いんじゃないかな」
衝動で動く存在――それがオタクの特性なんだろうかと考えが過るも、カナトは「でね」と話を進める。ここで本題まで持って行かねば、夜まで推し活に付き合わされかねない。
「何が言いたいかと言うと……推しドリの気持ちなんてオレ達にはわからない……だったら!」
「だったら……!?」
「毎年、様々な見目麗しい鳥カップルを鑑賞できる方がお得なんじゃないかなぁ」
「はっ……! つまりそれって、私が何もしなくても、世界の方が勝手にいろんな関係を供給してくれる……!?」
「そうそう。――ほら」
云って、カナトは視線を湖の畔へ向ける。そこでは一羽の鳩が胸許を膨らませ、別の鳩を追いかけていた。倣って見遣ったアンテロスも、途端に桃色の眸を燦めかせる。
「やだ……! まさにプロポーズ中じゃない! …………撃たない方がいい?」
「そうだねぇ。今凄く頑張ってるみたいだしねー」
「うぐぐ……焦れったいなぁ……!」
そう悶えながらも律儀に我慢するアンテロス。
確実に変わり始めている意識に、カナトもちいさな笑みを浮かべるのだった。
――はと。ハト。鳩。
「えっ、鳩??」
思わずちいさく漏れた声からも、御埜森・華夜(雲海を歩む影・h02371)の動揺がうかがい知れる。ついつい「え、いや、マジで? へー?」なんてどうしても呟いてしまったが、大丈夫。皆も概ね同じ気持ちだ。
恐らく幼馴染みの白露であればすぐに解決へ至るまでの最適解を出すのだろうが、華夜のなかではまだ道筋がぼんやりとしていた。それでも、鳩の三角関係に縺れ込む前になんとかせねば――。
(鳩の三角関係ってどんななの……?)
あちこちで雄が胸を膨らませて首を上下させながら雌鳩を追いかけまくるの?
何羽――何十羽もの鳩があの動きで、この辺をぐるぐると……??
(やばいな……見たいとか云ったら、白ちゃんに怒られそう……)
緩みそうになる口許を掌で隠しながらどうにか笑いを堪えると、華夜はまさに今、その求愛行動をしているペア鳩を見守るアンテロスへと声をかける。
「ねねねアンテロス、ちょっと耳貸して」
「何? 恋バナ!?」
脊髄反射か――。異様に高い瞬発力で振り向いた魔法少女に、華夜も思わず苦笑した。こういう、いつも元気なところは偉いと思えるし、そのすこし斜め上の方向へ一生懸命な姿はお茶目で可愛いとさえ思う。
だからこそ、闘いたくはない。
言葉で分かり合えるのなら、まずは試したい。
「あのさ? あのさ?」
「うん」
「俺さ、ずーっと本しか好きじゃないって思ってたんだけどね? ……今、すきなひとがいるの」
「――え゛っ!?!?!?!?」
今日イチの、超特大のリアクションで驚きを表すと、アンテロスは勢い良く華夜へと振り返った。食い入るようにその顔面を隅々まで観察すると、ほう、と恍惚とした吐息を漏らす。
「……ビジュは完璧……あとはお相手ね! どんな人!? 出逢いは!? 貌は良いの!? 深窓の令嬢みたいにあまり外に出ることのなかったあなたに広い世界を教えてくれたりしたのね互いに惹かれ合ってるのに本心を口に出せなくて出したらこの関係が壊れてしまいそうだったりあまりにも近くに居すぎて自分の恋心に気づけなかったりとかそういう展開!?」
“お茶目で可愛い”の域を些か――いや盛大に突き抜けているような気もするが、華夜はどうにかその勢いを受け止めた。好きな本について語るときは自分も気をつけよう、と心のなかで反面教師にする。
「へへ、まぁそのあたりは追々、ね。――けどね、こういう俺の積み重ねてきた“すき”をさ、勝手に触られるのは嫌」
声音とともに、その真っ直ぐな視線がアンテロスを捉えた。先ほどまで纏っていた緩やかな雰囲気が、仄かに硬質なものへと変わる。
「え……でも、あとは私が仕上げにちょっとアロー撃てば……」
「んー……上手く云えないけど……けど、もどかしい気持ちを聞いて欲しいとは、思う。かも」
「聞く……?」
「うん。どんな風に、どんなところが好きなのか……とか」
溢れそうな想い。
抱えきれない悩み。
そうした行き場のないものすべてを、言葉にできたら。
「ねぇアンテロス。見て決めて、勝手に自分が編纂しちゃうんじゃなくてさ。ただ|聞いてあげる《読んであげる》……ってのは、だめ?」
「|聞いてあげる《読んであげる》……?」
「そ。それだけで気持ちが楽になったり……気づけることもあるだろうし」
「そっか……私、自分であの子たちの続きを書こうとしてたんだ……。でも、そのひとの物語なら、そのひとが書かなきゃダメなんだね」
アンテロスの真剣な双眸に、鳩たちの姿が映る。怒濤の勢いで雌鳥を追いかけ回していた1羽が、そのまま別の群れに突っ込んでいった。瞬間、数十羽の鳩が一斉に四散する。
「うん。あの鳩たちだって、1羽1羽が色んな気持ちを抱いてる」
――はずだ。多分。
「へへ、俺が俺のを読み聞かせてあげよっか? どーお?」
「!!!!!! 聞かせて!!!!!! まずはお相手のビジュから!!!!」
「そこはやっぱり外見からなんだ」
変わりつつあってもブレない彼女の好みに、華夜もまた、苦笑交じりにゆっくりと自分の想いを語り始めていった。
「はと……鳩」
「――鳩?」
ここにもまた、正常な反応を返す男たちがいた。
「うん、鳥だよ主」
「鳩の求愛と恋模様になぜ、私が関与せねばならない?」
こくりと頷く白櫻・御影(雪皓の櫻刃・h13676)へとアドニス・ガルダ・インファリリ(プシュケの花檻・h12904)が怪訝そうに紫宝珠の宝石眼を向けた。ごもっともすぎてぐうの音も出ない。元を正せば、すべては魔法少女アンテロスのせいなのは確かだ。
「おれもよく分からないけど……人も鳥もみんな違うんだから、むりやり、よくない」
「ならば、御影。君がなんとかしなさい」
間髪入れず振ってきた特大の無茶振りに、御影がこてりと小首を傾げる。
「……おれ?」
「そうだ。私の刀だというならできるだろう? 私はね、ただの|忠誠心《・・・》に興味はない」
「おれ、調和できるの|主の力《クリフォト》だけなのに……」
とはいえ、忠誠心というワードを持ち出されては引くに引けない。主への想いがあれば鳩の恋愛だろうとオタク魔法少女だろうと乗り越えてみせる――そんな気概が生まれたかどうかは定かではないが、ひとまず御影は腹を括った。主の命であれば、会話は苦手なぞ云ってられまい。
(それに、やってみないとわかんないか……れっつ、ちゃれんじ)
覚えたての言葉を交えつつ、つ、とアンテロスの前へと姿を現す。
「あの――」
「イケメンキタ――――――――!!!!!!!」
「わっ」
「良いわ……ビジュ最高……!!! はっ、その後ろの人も超絶美形!!! 今日は眼福すぎる~~~~~~!!!!!」
「…………早くどうにかしなさい、御影」
ちらりと振り向けば、アドニスが柳眉に皺を寄せていた。御影もまた困り顔のまま、再びアンテロスを見遣る。
「あのね、番とか相手って自分でえらぶからよいことだって、おれは思うんだ」
「番!!!! はぁ……その表現そそるわぁ……!!! ……って、折角話してくれてるんだからちゃんと聞かなきゃね」
ここまで散々萌え散らかしてきたのが嘘のように、アンテロスはすとんと腰を下ろすと真面目に対座した。EDENたちの|言葉の積み重ね《数々の苦労》が彼女を変えたのだと、御影もふんわり察する。
「人も鳥も……刀も、えっと……あと君、その一歩を見守るの、割とたのしそうにみえ――」
「……しかし、よく見ればここの鳩は麗しいじゃないか」
ずっと噤まれていたアドニスの唇が、ここに来て言葉を紡ぎ始めた。
(あ、主の助け舟……?)
知らぬ間に斜め前へと出ていたアドニスの背を、思わず見つめる。
「そうでしょ!? あのふわふわの羽毛、真っ白艶やかで羽なんて舞ったりしたらそれこそふたりを祝福するエフェクトみた――」
「私はよく結婚式の聖句を読めと駆り出されることがあるんだが……そのときもこのような麗しい鳩の世話になっている」
強い。アンテロスの萌え語りにまったく動じる様子がない。さすが主、と御影からの尊敬の眼差しも一層増していくが、果たしてこれで尊敬されて喜ばしいかはまた別の話だ。
「結婚式の聖句……! 素敵……永遠両片思い派もいるけど、私は断然・相思相愛ゴール派!」
(りょうかたおもい……?)
新たなワードに置いていかれそうになる御影。一切の疑問を抱いていない様子のアドニスを再び心のなかで敬うが、多分きっと彼は深く考えることを止めている。
アドニスにとって、伝えるべきことは明確だ。続けて一気に畳みかける。
「新たな門出の祝いに鳩を飛ばす……鳩は平和、愛や美の象徴だ。そんな鳩が、本鳥たちの意思に関係なく無理やり番にさせられていたなんて……」
(“ほんとりたち”……主、すごい。ちゃんとしてる……)
なるほど、と深く得心しながら話に聞き入る御影の隣で、アドニスは静かながら力を孕んだ語気で云いきった。
「――これ以上の不祥事はない。愛の説得力がなくなる」
「あ、愛の……説得力……――!!!!!!!!」
「そうだ。もう、鳩の恋路は鳩に任せなさい。もだもだしてもいいじゃないか。平和的に自発的に育まれた愛こそ、至高なものだよ」
「……なんてこと……見た目だけ“愛らしいカップル”になっても、それは紛い物……そうよ……私が本当に“尊い”って感じるのは、そんな関係じゃなかったはず……!!!」
わなわなと躰を震わせながら、アンテロスはやおら立ち上がった。曇りが晴れたような、どこか清々しい眼差しでふたりを見つめる。
「ありがとう……私にとっての本当の“萌え”がなんなのか……漸く思い出せた」
「なら、よかった。おれも、主が選んでくれて主の刀になった」
「……選ばれた、ってことが嬉しいのね……?」
「うん。だから、選ぶってだいじだとおもうと……おれの言葉も、もういっかい伝えたい」
「……私は君の主ではないが」
ついアドニスが挟んだ言葉に、魔法少女が思わず身を乗り出した。
「――そこ、もっと詳しく聞かせて!」
「……そっか……恋愛絡みだけがカプじゃないもんね……今の時代多様性だし……」
夕陽(と鳩の群れ)を背に真剣な面持ちでなにかを呟いているアンテロス。
EDENたちが訪れてからの彼女の変化を木陰から見届けていた久遠・常花
(|その花に春は遠く《No Signal, Still Blooming.》・h12353)は、緩い足取りで、けれど積層都市の忍者らしく、音もなく彼女の前へと躍り出る。
「――で? キミはどうするの? それでもまだ『ハートクエイク・アロー』、撃つ?」
「私、は……。……どう思う? 間違ってたのかな……」
「そりゃ恋バナとかウチも好きだし? 好きピのいる誰かの背中を押したいって考えを否定するつもりはないけどさー」
「え……? そ、そうなの……?」
「それって、応援したいってことじゃん? でも、流石に今回の対象は多すぎじゃない? 最初ふたりだったよね、なんで増えてんの?」
「だって……ビジュが良いから、つい……」
「片思いかすら分からないのにビジュがいいからカップルって、キミの判定基準広すぎっしょー。もうカップルとかそういうのじゃなくて、繁殖させようとしてるじゃん」
「は、繁殖じゃないもん……!!」
咄嗟にそう云ったものの、アンテロスの語気は弱い。軽い口調ながら、常花の指摘ももっともだった。肩を落とし、見るからに気落ちしている魔法少女へと、けれど常花は努めて明るい声音で続ける。
「白くてイケてる、凜々しくてイケてる、そんなノリで人の人生……いや鳩だから鳩生? 決めちゃダメじゃんね。――ってのは、もう分かってるよね?」
「うん……」
「ウチはさ、好きになるかどうかまで勝手に決めるよりは、告白したいのに勇気が出ない子の背中を押す方がめっちゃステキだと思うなー」
「……っ!」
ばっと顔を上げたアンテロスの眸が、涙で潤む。
それまで力なく手にしていた弓を、ぎゅっと強く握りしめた。
「で、でもどんなタイミングが良いのかな……? 私、折角のカプを壊したくないよ……」
「そうだなー。『自分から一歩踏み出したい!』って思ってる人にしとけばいいんじゃん? それなら、本人にちゃんと意志があるわけだしさ」
だから今日はここまでにして、いったん帰ろ?
そう微睡むような淡い笑みを向けると、魔法少女も静かにこくりと頷いた。
「次に誰かの恋を応援するなら、ちゃんとその子が望んでる時にしなよ?」
「……うん。好きな人がいて、自分で進みたいって思ってて……でも、どうしてもあと一歩だけ踏み出せない――そういう二人に、本当に必要な時だけ……ちょっとだけ勇気を足してあげればいいんだね」
「そそ。そっちのほうが、キミのやりたいことにも合ってるでしょ」
「――うんっ!」
零れそうな涙を振り払うように、そう云って晴れ晴れとした満面の笑みで頷くアンテロス。それにつられて、常花もふわりとひとつ笑みを深めれば、
「よーし! 明日からは恋に悩める片思いさんの相談、どんどん受け付けちゃうぞ――っ!!」
高らかに宣しながら、「またね☆」とウィンクをEDENたちへと投げつけて。
魔法少女アンテロスは、茜色の景色へと溶けるように駆け出していった。
第2章 日常 『夜空の下で』
この街で神聖視されている月は、古くから不思議な魔力を持つと信じられてきた。
故に人々は、1年で最も大きく美しく耀くこの季節の月へと託すのだ。
届けたい心を――手放したい想いを。
そうして夜の帳が降り始めたら、庭園の傍らにある球体の温室にも柔らかなひかりが灯り始める。
花々の傍らやテーブルの上で揺れるのは、手のひらほどの大きさのジェルキャンドル――『|月の花束《ムーン・ポジー》』たちだ。
温室内でのんびりと作れるというジェルキャンドルは、一通りの材料が揃っている。
ジェルキャンドルそのものは、基本は透明ながら、自然から抽出した着色料で好きな色に染めることもできる。種類も豊富だから、きっと目当ての色が見つかるだろう。何色かをあわせて層を作ったりグラデーションにするのも面白そうだ。
それと、花。
腐らず崩れぬよう魔法の掛けられた花々も、季節問わず様々なものが揃っている。花を好むと謂われる月へと届けるものだから、と入れる人も多いらしい。
器の縁に掛けるためのフックのついた、金や銀の月相チャームもある。半月や三日月、満月などの形によって次のような意味はあるが、ただ好きな形を選んでも良いだろう。
𝐍𝐞𝐰 𝐌𝐨𝐨𝐧...............始まり/秘密/まだ見えないもの
𝐂𝐫𝐞𝐬𝐜𝐞𝐧𝐭 𝐌𝐨𝐨𝐧.....願い/成長途中/これから
𝐇𝐚𝐥𝐟 𝐌𝐨𝐨𝐧...............選択/境目/迷い
𝐅𝐮𝐥𝐥 𝐌𝐨𝐨𝐧................成就/満ちたもの/今ここにあるもの
𝐖𝐚𝐧𝐢𝐧𝐠 𝐌𝐨𝐨𝐧……手放すこと/別れ/記憶
ほかにも、貝殻や柔らかで目の細かい砂など、火に弱くなければ好きなものを入れて構わない。勿論、素材の持ち込みも差し支えない。
砂や不透明なジェルで底を覆い、中になにかを隠す者もいる。それを見たければ、キャンドルを最後まで使い切れば良い。なにを隠すのか、それをいつ再び目にするのかも人それぞれだ。
完成したキャンドルは、その場で灯しても持ち帰っても構わない。今夜でも、いつか訪れる特別な日でも――あるいは、ずっと灯さぬままでも。
灯せば柔らかな金色のひかりが硝子の内側に溢れ、ちいさな月のようにも見えるという。
穏やかに揺れる灯が消えるころにはきっと、あなたの裡に芽生えているだろう。
誰かに届けたいと願ったなら、“届ける勇気”が。
手放したい想いを込めたのなら、“手放す決意”が。
そして、誰かと同じ夜に灯し、同じときに炎が消えれば、その願いは同じ場所へ辿り着く――そんな伝承が残っている。
温室の大きな硝子越しに。
はたまた、外へと出て星々の天蓋の下で。
清かなる月とともに、涼秋の夜はふけてゆく。
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【マスターより】
・9/23(水)16時頃までに完結できる範囲での採用となります。
※後日、本章と同じシチュエーションを『秋祭りノベル』企画として受付予定です。
・あわせてマスターコメントもご参照のうえ、ご参加いただければ幸いです。
●月へ灯す想憶
桃色のツインテールを軽やかに揺らして去ってゆくその背を見届けながら、賀茂・和奏(火種喰い・h04310)は硝子越しの眦をふと緩めた。
どこか憎めないひとりの魔法少女。
平和的に解決できたことへの安堵に、次にまた逢うときへの希望も密かに混じる。どうなるかは分からない。異能捜査官として、未来に期待しすぎぬ理性も持ち合わせている。――それでも。
そこで思考を止めると、ちいさな笑みを零して和奏は踵を返した。ゆっくりと紫紺を帯び始めた空の下、ひとつ、またひとつと内から灯り始めた球体温室へと足を向ける。
硝子の扉に軽く手を掛け中へと入れば、夜気よりもほんのり暖かい空気が躰を包む。月を愛し、月へと祈る街の人々の想いを映すかのように優しく揺れるキャンドルの灯を眺めながら奥へと進み、手近なガーデンチェアへと腰を下ろす。
「……ふむ、俺もひとつ作って行こう」
誰ともなく独りごちた声が、ぬくもりに溶ける。一度席を外し、ジェルキャンドルの素材一式を手に戻ってくると、早速テーブルに広げてみた。
こういった類いにおいて、自分好みのものを選ぶのは得意ではない。だからこそ、贈り物にすると決めていた。その姿を想い描きながら、交わした言葉と心を振り返りながら選んだ特別なものたちが、柔らかな木目のテーブルの上に静かに佇む。
「さて……まずはジェルキャンドルの色かな。……うん、青の濃淡グラデにしてみよう」
花好きの月ならば、夜空めく彩を。月相チャームを添えたら一層綺麗だろう。
まあるい硝子のなかにそうっと入れるのは、銀木犀とカランコエ。秋に景色を彩る、愛らしい白の花たち。そこへ、|天色《あまいろ》、紺碧、そして瑠璃紺――ちいさな香水瓶のようなボトルに入った染色剤を混ぜたジェルワックスを重ねて注ぎ、好きな三日月のチャームを飾る。
「あとは固まるのを待つだけだね」
口許を自然と綻ばせながら、和奏はゆるりと硝子越しに夜空を仰ぐ。
いまこの温室を包むひかりたちに、自分も安らぎを覚えているように。
このキャンドルの灯を眺めて、心|解《ほど》け――そうして日々の穏やかなひとときの供となって、あの子の夜を守れますように。