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●まさに腐界
『おい聞いたか……?』

とあるダンジョンの近くの街にある酒場ではこんな噂で埋め尽くされている。
ひとつ、今までにいなかった|腐った人間《・・・・・》が現れるようになった。
ひとつ、嚙まれてしまった冒険者が同じ存在になってしまった。
ひとつ、最奥には元凶が今も腐った人間を生み出している。

今はまだ食い止められているが、直にこの町にも入り込んでくるだろう。
冒険者たちは気が気でならない状態だったのだ。

●装備と準備はしっかりと
「映画さながらですネェ……さながらパンデミックダンジョン」

会議室のホワイトボードに情報を纏めていたシャルル・シュバルツヴァルト(黒き森の血濡れた狩人・h12508)は集った√能力者達に特徴的な字体で書かれたものを披露した。

「幾度か発見されていたゾンビダンジョン、今回は新しいものが発見された為そのダンジョンの調査と悪行の阻止を行って頂きたいデス」

ダンジョンはそれなりに深く、油断ならない環境であると付け足す。
入り口付近には大量のゾンビたちが行く手を阻んでおりまずはそこを突破する必要がある。
一体一体は弱いが噛まれることでゾンビ化する可能性もある為、最低限の対策は必要だと赤いペンで注記した。

「ダンジョン内には他の冒険者もいない様ナノデ、基本的には戦いに集中して頂いて構わないデス。
入口以降の情報ははっきりと分かっておりませんガ、何故か通常いる動物たちが一切存在しない様デス。自然的なものではないようナノデ、中に存在している敵勢の判断にも役立つかもしれまセン」

その場合は多少強い相手かも知れないが、油断しなければ突破できるはずだと皆を鼓舞する。

「最奥にはこのゾンビダンジョンを生み出した主が今まさにゾンビたちを生み出していう状態デショウ。
創造に集中している為、何か工夫することで有利に戦闘を進められる可能性が視られてイマス。その辺りは現場判断、と言う事になりますネ」

そこではどうやら手に入れた冒険者たちの亡骸が集められているらしく、それらを用いて主は戦闘を行うらしい。
真正面から戦う場合は手数が多いため、それらを対処することで十分に戦闘に集中することも出来るかも……と推測を述べる。
性格的にも激高させることで判断を鈍らせることも、視野に入れてもいいだろうと。

「ダンジョン攻略の鍵はしっかりとした準備と柔軟な思考、広く深い視野がものを言いマス。
決して油断セズ、誰一人欠けることなく無事にお帰りくださいマセ」

不確定要素が多い事を謝罪しつつ、シャルルは√能力者達の身を案じ送り出すのだった。

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第1章 集団戦 『狂信者たち』


●ほら見て、ゾンビがこんなにたくさん
「ウオォォォ…………」
「アァァァァ…………」

ダンジョンの入り口に彷徨っているのは全身に刺青を入れられた、頭巾を被った屍人。
元々は何らかの宗教に関わっていたものらしいが、今は見る影もない。

ずちゃり、ずちゃり。
足を引き摺っている様子は機動性の悪さを、一見想定させるものではある。
が、近づいてくる存在を察知したゾンビたちはぎょろりとそちらを向く。

「「ウゴォアァァァァア!!!!」」

最早知性などない。
目の前の|肉《・》にただただ飛び掛かって行くだけなのだ。
エピフィラ・ルニフローラ

●斬り込み御免
「ここが巣窟ですか」

ダンジョンの入り口近く、大きな岩の影から様子を伺っているのは深紺と白、そして月夜に輝く月下美人の意匠を取り入れた従者服に身を包んだエピフィラ・ルニフローラ
(A.N.C.-L-XVI《LUNIFLORA》記憶無き花・h13547)。
入り口には既に数体のゾンビたちが確認できる。それらを視線に収めたエピフィラの顔には焦りひとつすらなかった。

「侵される身ではありませんが、それが備えを行る理由に等なりません。
損傷は無く、優美に、迅速に、参りましょう」

軽く息を吐くと軽やかな身で岩陰から飛び出す。
同時、彼女の手に有った既に着火されていた色煙筒が投擲されていた。
コトン、と音をさせれば遂に入口のゾンビたちがそちらの方を向く。
だが、連中がエピフィラを捉えることは無かった。まるで溶ける様に、彼女は煙幕に消えていったのだから。

『ウゴァァアァ!?』
『グルルルル……!!』

ゾンビたちは二体、頭巾を被っているからか、そもそもなのか、視界を潰され慌てふためく。
無駄に声を上げてみたり、何となくの方へ手に持った棒を振るってみたりと見るに堪えない状態だった。

そんな状況をエピフィラは見逃さない。
|月華演算神経《ルナ・リンク》により高めた感覚と駆動系により最適な行動ルートを計算、それは視覚だけではなくそこに存在しているインビジブルによる煙の乱れも考慮したものだった。
最適解を弾き出したが故の好機。彼女が構えたのは服と同じ衣装を持った大型|回転式拳銃《リボルバー》。
纏めて確実に倒すならばここしかない――構えた銃口からは煌々と魔力が満ちていた。

「フロス、月光を一弾へ。銃技《月華光輪》――咲きなさい」

撃ち放たれたのは暗闇に輝く月光の魔力弾。
その力は着弾時に広域を爆破させるほどの強烈なもの。
その閃光は正面にいたゾンビを撃ち貫き、そこを中心に爆発が巻き起こる。

『『グオアァァァ……!?』』

晴れた煙幕の後には跡形もなく消え去ったゾンビたち。
戦陣を切っての任はこうして難なく遂行された。
とは言え入り口の奥からは未だに連中の気配はしている。
出来ればもう少し巻き込めれば、とやや考え過ぎたことを考えつつもそこは従者。
即座に切り替え、有象無象を見据える。

「未来の主を脅かす病巣は、入口で切除いたします」

凛とした表情を突きつけ、再び得物を構えるのだった。

和田・辰巳

●後詰めはしっかりと
「おー、やってますねぇ」

先鋒の様子の一部始終を見ていたのは続いてやってきた和田・辰巳 (ただの人間・h02649)。
狩衣に身を包んだ彼は、切り開いてくれたこの状況をよく観察していた。
確実に数は減っている。だがもう少し対策は必要だろうと。

「ダンジョンだから脇道とかもあるだろうし……
こういう時は、これで!」

印を切り呼び出したのは二体の蛇の式神。素人目で見れば本物と遜色ないほどの蛇である。
ダンジョンに入り込む辰巳は式神を先行させながら注意深く進む。
そして間もなく――奥の方からは蠢く亡者の声が響き渡るのだった。

『グォォォォォォォ……』
『アァァァァ……』

流石に奥に進めば進むほど数は増えてくる。目の前には五体のゾンビがその行く手を阻んでいた。
この狭さでこの数は……そう思われた時、一体のゾンビの頭が爆音と共に弾け飛んだのだ。

「甘い甘い。蛇の索敵を甘く見ましたね?」

蛇とは視覚よりも嗅覚に、そして微弱な振動、更には熱感知による索敵を可能とした生物。
唸り声をあげたゾンビであれば、発見するのは容易と言える。故の火雷による奇襲は功を奏したのだ。
とは言えまだ数は残っている。時間を掛ければ面倒な事にも繋がる。
そこからの辰巳の行動は非常に早かった。

「この狭さだから出来る事もあるんですよ!」

それは芸術的な合わせ技。
サモンカードにより自販機を呼び出すとすかさず此方彼方でにより、深海への門を開く。
空間に現れた門からは深海の凝縮された海水が暴力的に射出され、その勢いを利用した――差し詰め自販機砲弾は眼前の三体のゾンビたちを蹴散らしていく。

残る一体のゾンビは奇跡的に躱したのだろう。
最後の特効と言わんばかりに周辺のインビジブルに自身を喰わせようと喚き散らすが時既に遅し。
砲撃の最中、避けた一体のゾンビの足元には既に此方彼方による黄泉への虚空が形成されていた。
つまり、同時に複数の工程を行っていたのだ。そんな事を知る由もないゾンビ。
その体は決死の特効虚しく、綺麗に穴の方へと堕ちていったのだった。

「死人に黄泉は、少し違う気もしますがね……まぁいいでしょう」

余裕を持って障害を蹴散らした辰巳。
蛇の式神に周辺を詳しく調査させ、生存している存在がいないことを確認すると、余計な脇道をしっかりと塞いで、更に奥へ進んでいくのだった。

リーリエ・エーデルシュタイン

●麗しの薔薇、踊る
「腐った人間……妙な言い方だけれど、それは後。
兎にも角にもまずはゾンビをどうにかしないといけませんわね」

薄暗いダンジョンとは正反対の黒のドレスで現れたのはリーリエ・エーデルシュタイン
(アンダー・ザ・ローズ・h05074)。
シャドウペルソナ、即ち別人格である彼女は主人格様には出来ないもの……【悪】を以て制すると言う精神性の持ち主である。
果たして生み出されたゾンビたちが悪なのかはさて置いて、今日も令嬢は麗しの悪を掲げて進んでいく。

「さて、迂闊には近づけませんから、ここからは慎重に参りましょう」

指をパチンと鳴らし、優しく息を吹きかけながら掌を開けば美しき蝶が現れる。
ふわりと優雅に飛び回るそれらに指示を出すリーリエ。
五体を周辺の索敵に回し、残りは戦闘用に侍らせることにした。

そして数分、黒い鱗粉を辿っていたリーリエは暗闇の向こうで蠢く存在を確認した。
数は四体、周辺を飛んでいる蝶など気にする様子もなく、ただ歩いている。
それはリーリエにとっては好都合。各個撃破となれば気が付かれにくい方がいいのだから。

「さぁ……始めましょうか。
貴方達はしっかりと抑えてくださいね?」

そう指示された蝶たちは一斉にゾンビたちへと飛んでいく。
僅かなら無視したゾンビたちも、50近い蝶は流石に気が付く。
鬱陶しい様に、振り払ったり叩き潰そうと試みてはいるがまるで数が重なった羽ばたきは確実に連中を足止めに至っていたのだ。

だがその中で一体、妙に感がいい個体が後ろの陰で何かが動くのを感じ取った。
咄嗟に振り返ったゾンビは傍に落ちていた折れた剣を拾い上げると影の方へ振り下ろすが……

「ごめんあそばせ?」

『グゥオアァアァァ!!!』

ジャキンと伸ばした警棒をゾンビの体に突き付けると同時、強烈な高圧電流が襲う。
ゾンビは絶命の声を上げると焼けた匂いを立ち昇らせながら崩れ落ちていった。
その状況に残りのゾンビたちは気が付くのだが、如何せん影の蝶たちが邪魔をしていたお陰で碌に視認も出来なければ動けないでいたのだ。

さぁ、ここからは独壇場。
麗しの令嬢は踊るように駆けまわる。
瞬時に死角に入れば再びスタンビュートによる高圧電流、何とか蝶を振り切ったゾンビが大きな石を投げ飛ばすも、それは織り込み済みと得物を鞭に入れ替え素早く砕き払い、その勢いで首を刎ね飛ばす。
そして最後のゾンビには固めに固めた己の最も信じた――鉄拳を以てその命を終わらせたのだった。

「アナタ程度じゃあ、私を楽しませられないわ」

薔薇の悪役令嬢はそれでもは、拳で語り続ける。

エアリィ・ウィンディア

●制圧してしまえばいい
「ゾンビ化してしまった人たちかぁ……
助けることは出来ないから……ごめんね、討たせてもらうよ」

いよいよ中層に辿り着こうとしている最中に現れたのは、青い冒険服に身を包んだエルフの少女であるエアリィ・ウィンディア(精霊の娘・h00277)だ。
既に助からない状態の彼らを憐れむ優しさを持ちながらもダンジョンの攻略の意味がしっかりと見えているのはダンジョン攻略巧者の彼女ならではである。

流石にここが最後の砦の様で、数も一番多くなっている。
真面目に各個撃破をしていればどれだけ強くとも時間が掛かってしまうのは間違えないだろう。
だがそれすらもエアリィにとっては分かり切ったこと。だからこそ、彼女がここに来たと言ってもいいのだ。

「これだけの数なら……初っ端から一気に、出し惜しみ無くいくよっ!」

彼女が唱えるのは六精霊の魔術。本来ならば詠唱にも時間が掛かるのだろうが、それは高速詠唱によって補われている。
極彩色の魔力が彼女の構えた精霊銃『エレメンタル・シューター』の銃口に収束していく。

「世界を司る六界の精霊達よ、銃口に集いてすべてを撃ち抜く力となれっ!!」

精霊たちの導きによって放たれた|六芒星精霊速射砲《ヘキサドライブ・ソニック・ブラスト》は敵陣ど真ん中へと着弾。
直撃したゾンビは言うまでもなく蒸発、更に着弾点からは魔力弾が周辺のゾンビたちを襲う。
これにより大半のゾンビたちは消滅ないし瀕死へと追い込まれているのだった。

「さぁ、続いて行っちゃうよっ!」

その隙を見逃すエアリィではなく、右手には精霊剣『エレメンティア・ブレイド』、左手には先ほどの精霊銃を構え乱舞。
先ほどの能力によって付与された光属性はゾンビたちにも有効で瞬く間に消滅していく。
時折ある反撃はオーラ防御と光の魔力防御の二重防壁によってかすり傷すら許さない。

『グ、グォアアァァアァア!!!』

だが、最後に立ち塞がったゾンビは崩れかかった体を無視して手に持った棒で襲い掛かる。
防御の隙を狙った、起死回生の一撃が今まさに繰り出されようとしている――

「ごめんね、言い忘れていたけど……足癖が悪いかも?」

しかしそんな現実は訪れなかった。
エアリィが着用しているブーツの足先から刃が飛び出ると銀閃――
蹴り上げた刃によってゾンビの体は真っ二つに切り裂かれたのだった。

「っと……これで終わりかな?
……うん、もうゾンビはいないみたいだねっ!」

かくしてダンジョン入り口に蔓延るゾンビたちは掃討された。
だがこれはまだ序章。事件を引き起こした黒幕は、まだ更に奥にていまだ健在なのだ。

第2章 ボス戦 『災厄精霊『ニル・クラディス』』


●食えども、喰らえども
このダンジョンは本来ここに住む動物や幻想生物もそれなりに存在していたはず。
しかしここまで辿り着いた√能力者達はその形跡一つすら見かけることは無かったのだ。
有象無象を蹴散らして辿り着いた貴方達、開けた空間の中心に視線をやると一つの影がそこにはあった。

「足りない……あぁ、全く足りない……この程度では満足には程遠い!!」

異形の左腕を持つそれは、ここに生息していたであろう|最後《・・》の生物を喰らっても尚、不服そうに声を荒げていた。
周りには食い散らかされた残骸と腐臭。量から察するに事実上ダンジョンの生物を絶滅させているのではないかと思えるほど、散らばり、積み重なっていたのだ。

「もっと……もっと……竜漿で満たさなければ……」

まるで飢餓の眼をした存在である『災厄精霊『ニル・クラディス』』は次の獲物を求めてぐるりと視線を回す。
居た。ちょうど求めていた、それも極上の|得物《・・》が彼女の目に写っていたのだ。

「素敵じゃない……貴方達を平らげたら、これ以上ないほどの竜漿で満たされるはずよ。
丁重に御もてなしするわ。わざわざ私に食べられに来たのだからねぇ!!!」

赤い眼を妖しく輝かせた獣は臨戦態勢に入ったEDEN達へその左腕を大きく振りかぶるのだった。
エアリィ・ウィンディア

●鮮やかなる幻影
「さーて、ゾンビさん達の後は……うぁ、いっぱい食べてるぅーっ!?」

真っ先に接敵を果たしていたのは最後のゾンビ軍団を撃破したエアリィ・ウィンディア
(精霊の娘・h00277)。
食い散らかされた惨状、そしてぎょろりと向けられた視線は飢餓の獣そのもの。
しかしその程度で怖気付く彼女ではない。寧ろ軽口を叩くかのように、でも確かに食べられたくはないその気持ちも載せ――

「えっと、あの、その……
あたし、食べても全然おいしくないからーっ!ほんとにっ!」

『それを決めるのは私!!
さぁ、黙って食べられなさいな!!』

そう声を荒げると同時、『災厄精霊『ニル・クラディス』』は異形化した左腕を振り翳しながら飛び掛かってくる。
狙いなんて一つ、目の前にある生きの良い|極上の餌《エアリィ》だけだ。

「なーんてねっ!そう簡単に食べさせてあげないよっ!」

その言葉と同時に愛用の精霊銃『エレメンタル・シューター』を構えると大きく飛びのきながら乱れ打ち。
明らかに近接攻撃を得意としている相手には近づかせない。王道ながらも確実な立ち回りと言える。
徹底的に距離を保つ。『ニル・クラディス』はこの時点で相手は銃を巧みに扱う冒険者なのだろう……そう考え始めていた。

――それこそがエアリィの作戦そのもの。
本来の彼女は精霊術士。つまりこの乱射は前準備にしかなっていなかったのだ。
動きながら、躱しながら、軽口を叩きながら同時に唱えられていたのは高速詠唱によって発動される、新たな力――!

「精霊達よ、我が身に宿りて力となれ。精霊達の力を宿した幻影の連撃、受けてみてっ!」

|幻影魔力撃《ミラージュ・ファントム・ストライク》。
エアリィが契約している六精霊たちの力を授かることで得る身体強化の魔術。
その姿は最早捉えられるようなものではなく――

『この気配……精霊の力だとっ!?
お前、それが本命なのね!?』

余りに素早く、鈍重な左腕は残像を持った高速移動を捉えられない。
エアリィはその速度で攪乱、彼女から放たれる破滅の竜眼は視界に捉えた箇所を切断ないし使用不可に追い込むが精々薄皮を削る程度。
その間にも尋常ならざる速度を以てエアリィは精霊剣で深々と切り裂いていく。

「どうしたの?まだまだ止まらないよっ!!

残像、精霊の力を纏った剣に脚撃。
そのどれもが『ニル・クラディス』を削っていく。それでも彼女は止まらず、異形の左腕を振り回し、エアリィを掠めては痛手を負う。
苛立ちを隠せず、攻撃が大振りになったその瞬間――エアリィは溜めに溜めた脚で一気に地面を蹴った!

「これは相当痛いよーっ!!!」

まるで無数とも思える残像が収束するように放ったのは六精霊の力を纏った斬撃。
瞬時に左腕で防御に回った『ニル・クラディス』――
だがその腕には深々と重い一撃の後が刻まれていたのだった。

『貴様……自慢の腕に……よくもよくもよくもォッ!!!!』

苦渋の表情を浮かべながら、それでもと一瞬だけ止まったエアリィに対して裏拳を飛ばすも、二重の防御によって対策を講じていた彼女は結局ほぼ無傷で優位に立っていたのだ。

「ふふんっ!あたしを甘く見るからだよっ!」

精霊を愛し友とするエアリィにとって、この結果は当然と言える。
そんな余裕な表情に対して、苦虫を潰したような視線を『ニル・クラディス』は向けていたのだった。

和田・辰巳
リーリエ・エーデルシュタイン

●水面鏡の拳舞踏
「先陣は切られているようですね」

続いてやってきたのは比較的余裕を持ってここまでやってきた和田・辰巳 (ただの人間・h02649)。
無論、適当だったり手を抜いている訳ではなく最善策を常に選択し適切に道を選んできたが故の余裕と言える。
雰囲気とは裏腹に、改めて気を引き締め眼前の異形を見据える。

「どうやらこの辺りの異変の原因はアレのようですね。
動物たちを抜こそぎとは……暴食が大罪だとは知らないのかしら?」

人ならば……
そう呟く リーリエ・エーデルシュタイン(アンダー・ザ・ローズ・h05074)はこの言葉も大して意味がないだろうと興味なさげだった。
興味があるのは拳が交えられるかどうか、そしてこの拳に耐えられるかだけだろう。

『EDEN……と次から次へと……
お前たちも私の餌になりに来たの?だったら……
面倒だから黙って食われなさいなッ!!』

「良かったらこのまま通してもらいたかったんだけどなぁー
まぁ、ちゃっちゃとやっちゃいますか!」

二人は勢いよく振りかぶられた異形の左腕を散開して回避するとまるで示し合わせたかのようにそれぞれが動き始める。
リーリエが正面、辰巳が背面、挟み合う形での位置関係は例え簒奪者であろうとも脅威である。
そしてそれは√能力者も同義。味方が先に傷つけていたとしても相手は強敵。
決して油断ならない相手である為、こうして即興で連携を組むことで勝機が転がり込む可能性を少しでも上げていくのだ。

「悪いね。御もてなしは嬉しいけれど、僕には既に心に決めた人がいるんだ。
……そもそもこんなところで足止めを食らっている暇もなくってね。
だから一気に押し切らせてもらうよ!」

そう言って辰巳は祈りを捧げる。あまりに無防備に見えるが……『ニル・クラディス』は突如感じた異様な霊力に即座に脚を止めた。
それは人が持つにはあまりに強大な力――即ち神の力だった。

「綿津見神に請い願う」

その言葉と共に纏うは生命の源、海の神である綿津見神の威光。
彼を中心に大量の水が地面を覆うと、それはまるで水鏡の様に美しく……そして恐ろしいものだった。
その感情は『ニル・クラディス』も同様で、その脅威を今すぐにでも取り払わねばと。
赤く妖しく輝く竜眼を向ける相手は当然辰巳。そのそっ首を刎ね飛ばさんと視線で狙うが――

「残念でした。対策位していますよ!」

その破滅の竜眼は確かに届いた。しかしそれは辰巳が用意していた式神――盾虫だった。
それそのものは20cmと小さく、普通ならば防げるものではない。
それを可能としたのは先ほど辰巳が卸した綿津見神によるもの。
簡単に言えば力を己の解釈で用い、あらゆる当たり判定を自由に操作できるというものである。
それ故、視線と言う攻撃を判定を広げると言う力業で見事対策して見せたのだ。
それが彼が使用した能力、|編纂招来:綿津見神《オーバーライドウィズ・ワダツミノカミ》である。

『小癪な……だったら近づけば……!』

「あら、私を忘れてはいませんか?」

そう、これは挟撃。片方に集中していればもう片方からの一撃が飛んでくる。
リーリエはその僅かな隙……ケモノないし精霊が晒す本能に付け入る隙間を的確に狙っていたのだ。
既にリーリエには|百合の花の在り方《ディザスター》により妖しくも美しい闘気が纏われている。それすらも気が付けていなかったのだ。

「薔薇の香りがアナタを仕留める……逃れられると思っているの?」

その言葉が発せられると同時、身に纏った闘気と一緒に色鮮やかな薔薇の花弁が散る。
それが彼女にとっての拳闘の合図。美しき悪の令嬢は着飾って初めて成立するのだ。

大振り、しかし確かに練られた拳は空を叩く。空気の壁を叩いた拳は空気砲となって衝撃を伝え、『ニル・クラディス』を激しく仰け反らせる。
腹を打ち据えられた体は自然と折りたたまれ、口端からは流血が滴っていた。
それでも簒奪者は止まらず、異形化した左腕に力を籠めると竜炎を纏った焼却の魔爪へと形を変えると燃え盛る爪をリーリエに向けて突き出す。

「おっと、こちらも忘れてはいませんか?」

――ズシャリ。
その巨腕がリーリエを傷つける寸前にそれは|落ちた《・・・》。
誰が、リーリエは斬撃の力は使っていない。ならば……
そう、これこそが辰巳が卸していた綿津見神のもう一つの力。
広がっていた水面はただの水ではない。件の当たり判定もだが、これがまるで写し鏡となってそこで使われている力を己のものの様に使用出来るのだ。

『貴、様ァァァァッ!!
私の、この私の腕を、オォォォォオオオアア!!』

「だからこちらを忘れては駄目よ」

強烈な叫びをまるでバックコーラスかの様に優雅に、リーリエは彼女の残った右腕を取ると|掴み《グラップル》で崩し地へと叩きつける。
忘れてはいけない、リーリエも同様に攻撃はまだ|終わってはいない《・・・・・・・・》のだから。

にやりと吊り上がる口角。マウントからの鉄拳の嵐は最早ただの暴力。
屈強な『ニル・クラディス』と言えど簡単には抜け出せない。
ひたすらに打ち据えられる体、それを見下している表情はまるで悪役令嬢そのものだ。

『な、嘗めるなよ餌如きがぁッ!!!』

無理矢理リーリエを引き剥がすと意趣返しと言わんばかりに拳で襲い掛かろうとする。
だがその姿を彼女はただただ、残念なものを見る哀れみの表情を浮かべていたのだ。

「もはや獣ですね」

瞬時に移動していた辰巳は手にしていた霊剣を袈裟に叩き込む。
それは最早ただの剣に有らず、神の御業そのものである。
駄目押しで斬り込んだ刃に霊力を更に流し込むことで、それを弾丸の様に撃ち放った。
内側から爆発することで多大なダメージを与える、その衝撃は体をぐらりと崩す事に――

「まだ寝るには早いわ」

ならなかった。鉄拳は収まることを知らず。
崩れ落ち、こちらへ倒れ込んでくると言う絶好のタイミングを逃すのは最早最大の恥。
拳は既に下から突き上げられ、その顎を頭上高くへと打ち上げたのだった。
今日一番の直撃。リーリエはここ一番の笑みを浮かべていた。

「この間合いからは逃げられないわ。
さぁ、覚悟はできていて?」

最高の舞台を整え、またもや最大の戦果を得た辰巳。
華麗に踊り戦うリーリエを横目に、満足そうに崩れ落ちた狂暴な簒奪者を見下ろしていた。

エピフィラ・ルニフローラ

●月光、刃となりて
「もう一押し、というところでしょう」

圧され、自慢の左腕すら斬り飛ばされた簒奪者を見て、エピフィラ・ルニフローラ
(A.N.C.-L-XVI《LUNIFLORA》記憶無き花・h13547)は状況を冷静に見る。
脅威となる異形の左腕は肩から先が無く、大幅に弱体している。
とは言え簒奪者、その力はだけは決して油断ならぬ相手であることは考えるまでもなかった。

『まぁ……いいわ。お前を喰らってまた、更に素敵な腕を用意したらいいだけ。
丁度足りなくなっていたのよ。さぁ……お前、私の血肉になりなさい!!』

「ご生憎です、わたくしが貴女の口に合うとはおもえません」

軽口を返しながら腰に携えた大太刀の柄に指を添える。
腰は自然に少しだけ屈め、限りない脱力で今まさに襲い掛かってくる猛攻を見定めようとしている。
後がない『ニル・クラディス』はそんな様子とは裏腹に冷静にものを見ていた。

『甘いわ……腕が無くとも、私は上位の精霊……この程度で抑えられるとは思わないことねッ!!』

内に蓄えた――皆が来るまでに喰らいつくした竜漿を自身を中心とした戦場へと広げることで竜炎が辺りを埋め尽くす。
一瞬で焦土と化したこの場、『ニル・クラディス』にとっては己の最高の環境に塗り替える能力である。
勿論それだけではない。これは自身の反応を上げることにより相手の行動の"隙"が手に取るように分かるようになるのだ。

『(全く、甘い小娘だこと……護っている箇所が分かりやすい。
ほぉら……そこ、柔らかくて美味しそうな場所が……!)』

更に竜漿を右腕に纏わせることで鋭さを増した爪がエピフィラの脇腹へと突き立てられる。
そこは当初から狙われていた、唯一防御の甘い場所であり、辛うじて浅く留めるも確かに竜爪は体を切り裂いていた。

『愚かな小娘……何もかも、読みが甘いったら……』

「えぇ、その通り。読みが甘い。誘われているとも知らずに」

その言葉を裏付ける様に、エピフィラの表情は変わらない。
傷を負って、一瞬見せたも怯んだ状態なのにも拘らず。では何故か。
そう、最初から目論見通りだったのだ。

半歩。彼女は突き出された右腕の死角へと潜り込む。
それに気が付いた『ニル・クラディス』が迎撃に出ようとするもそれは最早意味もなさなかった。

――|月華影心流・月影《ゲッカエイシンリュウ・ツキカゲ》
過去の記憶を持たない彼女が最初から持っていた居合技術。
この剣技の神髄は極限の引き付けによる、圧倒的な間合いの侵略と神速の一刀を同時に行う、まさに居合の究極系とも言えるものだった。

切り抜いたエピフィラを視線で覆う簒奪者、何が起きたのか分からない様子だった。
だが己の意識を無視してズルリとずれていく体を理解してしまえば、それが何を意味するのかが分かってしまう。

『噓でしょう……!?こんな、こんな……!!』

崩れ消える『災厄精霊『ニル・クラディス』』を背に、白刃についた雫を払い納刀。
エピフィラは一切の追撃がない事を確認してその場を後にする。

「お食事は、此処まででございます。
ご満足いただけましたでしょうか?」

ふわりと散り舞う月下美人の花弁。
瀟洒な侍女は上品な振る舞いと共に華やかな香りを携えて、更に奥へと向かっていった。

第3章 ボス戦 『屍王『ラフェンドラ・オピオイド』』


●孤独な王
このダンジョンの元凶でもあり、あらゆる昨今のゾンビ化現象の首謀者とも言える存在は最奥の部屋で鎮座していた。

「信仰に狂ったもののゾンビ化、道中では元からいた精霊を利用したけれど……
やはり質が悪いと、この程度かしら……」

そう呟く彼女は手に抱く頭蓋骨をひとしお大事そうに撫でながら、まるで囁くように声を掛ける。

「でも問題はないわ、そうよね『おねえさま』?
だってそれらが餌となって、大事な献体をわざわざ持ってきてくれたのですから」

そう言って穏やかな笑みを浮かべるのは屍王『ラフェンドラ・オピオイド』。
これからやって来るであろう|EDEN《献体》に思いを馳せながら、周りにある屍たちを眺める。

彼女が求めるのは『おねえさま』。そしてそれを超える為の『絶対死の超越』、ただそれだけ。
その意思だけは、彼女が放つ混沌とした瘴気とは裏腹に綺麗で真っ直ぐなものに見えた――
和田・辰巳

●狂愛を抱きながら
「やっと来たわ……見て『おねえさま』?
若くて肉体も素晴らしい献体がやって来てくれたわ」

感情の起伏は薄いものの、『おねえさま』と呼ぶ頭蓋骨を大事そうに抱えながらやってくるEDEN達を眺めているのはゾンビ化ダンジョンの首謀者である屍王『ラフェンドラ・オピオイド』。
その眼前の先にはこのダンジョンの苦難を乗り越えてやってきた、狩衣の青年が立っていた。

「これはまた……哀しいな。もう分からなくなっているんだな」

和田・辰巳(ただの人間・h02649)は敵対に心を燃やす訳でも無く、静かに淡々とラフェンドラへと言葉を向ける。
それに対して彼女は全く理解できないと言う様に首を傾げていた。

「何を言っているの?私の目的はただ一つ。
全ては『おねえさま』ただ一つ。家族や愛する者の為ならば……もしも死者を蘇らせることが出来ると知れば、誰もが手を伸ばすでしょう?」

その言葉はあまりにも純粋で、とても綺麗な愛の形と言えよう。
ただ、それを辰巳は真っ向から受け入れ――そして否定する。

「会えない人ともう一度会いたい、再び話したいって気持ちは痛いほど分かるぜ。
死者蘇生……俺は笑わないよ。それほど強い想いだってこともな。
だがな……」

そう言って腰に提げた霊剣を抜き放つ。
向けるのは託された想い、そしてEDENとしての使命。

「お前は己が願いの為に多くの命を葬った。その人たちにも、お前同様に大切な家族が居たんだ。
お前は踏み躙ったんだよ。同じ悲しみを知るお前が……一番やってはいけない事を。
だからこそ……報いを受けてもらう。託された想いの為にも」

「そうね……でも私の『おねえさま』に対する想いの方が強いのよ。
だから仕方ないの。理解してくれとは言わないわ。貴方の体だけ置いていってくれたらいいの」

それに対する辰巳の返事はない。ただ静かに、敵意を向ける。
深く、深く……足に力を溜め。
そして、地を勢い良く蹴るその音が、開戦の狼煙となった。

「言葉は一人前……けれどそんな直線的。
届くと思っているの?」

屍王の肩書があるラフェンドラは死者を手繰る術士。そしてこの空間には彼女の傀儡となる死体の在庫が大量にある。
その内の一体、屈強な個体が怒号を上げて起き上がると辰巳の来るであろう場所に割って入り込んできたのだ。
生前は剣士だったのか、手に持った大剣を辰巳に向けて振り翳す。タイミングは完璧、確実に被弾する――

「希望の星に背かぬ様に……ここからは一方的だぜ」

そう思われていた。実際大剣は辰巳に触れている――それはラフェンドラにもしっかりと見えていた。しかし実際は|すり抜け《・・・・》ている。
存在はある、だが捉えられていない。
それこそが彼の一つ目の能力である|深海から天を見上げて《オーバーライドウィズ・クシャナーストラ》であった。
相手からの自信に対する観測をズレさせ、それが故に攻撃や干渉そのものを無力化してしまうまさに神の御業。

「随分と強大な力ね……けれど私に触れる瞬間だけは貴方も干渉しなきゃならないでしょう?
完璧なんてものは、この世に無いのよ」

実際に、ラフェンドラが放っているゾンビの肉壁はすり抜けられている為意味を為していない。
偶然触れられる様な状況であっても|タキオン化《超光速粒子》によって捉えられない。
確かに面倒ではあるが……とラフェンドラは考える。最も早いだけで決め手には欠けている。そう言った認識だった。

「本質をしっかりと捉えないと駄目だぜ。
折角なら聞かせてやろうか?『おねえさま』の声ってやつを!」

その瞬間、辰巳はラフェンドラの懐――彼女が手に持っている頭蓋骨に手を伸ばし、触れた。
何が起きているのかが分からないラフェンドラを他所に、辰巳はここでもう一つの力を発動させる。
それは彼女が最も|聞きたい言葉《聞きたくない言葉》を呼び寄せるものであった。

「なにを……『おねえさま』に何をしたの!?」

「代弁してやろうと思ってな。『おねえさま』に聞いてみたんだ。
快く教えてくれたよ。だから教えてやる。
『―――――――――――』、だとよ」

それがいったい何の言葉だったのか、それは二人だけにしかわからない。
ただ……それはあまりにも甘美で、あまりにも残酷なもので。
それを聞いたラフェンドラはひどく狼狽え始めた。

「嘘……嘘よ……そんな事無い……だって……それじゃあおかしいもの……!!
そうよ……全部嘘……貴方が作った、全部嘘!!
絶対に嘘!!あり得てはいけない……!!」

「あぁ、本当に……無念だろうよ。こんな姿、見せたくはなかったよ。
でもこれが事実だ。そしてこれが――」

頭蓋骨に触れた辰巳の手元が輝く。それは記憶を引き出したことによる恩恵。
いわば記憶の主からの助力。失われた想いは形となって……そして因縁を断つ刃を成す。

「完成せよ──天之瓊矛」

|限定顕現:天之瓊矛《アメノヌボコ》。創世の矛。
一時の僅かな時間ではあるが、この矛に宿った神威だけは本物。
その刃に乗せるのは記憶の主の想い。ラフェンドラが抱える想いでそのものが枷であるのならば、その思い出を以て救いとしたって良い。
辰巳が向けるのは今までと、今背負った亡き者たちの想いそのもの――!

「やり方を考えろ!お前が愛した姉ちゃんの言葉をその体にしっかりと刻んで、もう一度考えてみろ!!」

狂気の飲まれているラフェンドラを守ろうと、先ほど呼び出したゾンビよりもさらに屈強な個体が辰巳を制しようと立ち塞がる。
だが、辰巳は意に介さず天之瓊矛を全力で振り下ろす。
それはラフェンドラは愚か立ち塞がったゾンビ、そして彼女がまき散らすゾンビ化ウイルスも含めて|インビジブル《起源》へと帰すもの。

「いやぁぁぁぁぁあ!!!」

深手を負ったラフェンドラは絶叫を上げながらドレスを赤く染める。
その様子は悲劇に飲まれた愚かな様であり、悲壮感に溢れるものでもあり。
よろめく体で倒れそうになるが、それでも『おねえさま』だけは大事に抱えたまま。
ラフェンドラは乱れた髪を振り乱しながら辰巳を鋭く睨む。それでも辰巳は真っすぐと――

「お前の感じている繋がりに纏わりつく暗闇……少しは晴れたか?」

エアリィ・ウィンディア

●最早何も見えていない
「許さない……私の想いを、邪魔するなんて……!」

血に濡れ、それでも意思を曲げない屍王『ラフェンドラ・オピオイド』は新たにやってきたEDENへ鋭くも妬ましい視線を向けていた。
痛みなんて関係ない、既にラフェンドラの意思は『おねえさま』の復活と目の前の"献体"だけに向けられていた。

「ゾンビが沢山だから、もしかしてって思ったけれど……
お姉さん。まだあきらめてなかったんだ」

エアリィ・ウィンディア(精霊の娘・h00277)は告げる。
その言葉へラフェンドラは理解出来ていない様だったが、他の場所で何度もラフェンドラと戦っていたエアリィだからこその言葉だった。
亡き人を思う気持ちは分かるし、それに対する研究もそうで。でも……

「それでも……だから他の人に迷惑をかけるのだけはダメだと思うの!
だから……あたしが止めてあげるっ!」

そう言ってエアリィは精霊銃を左手、精霊剣を右手に構える。
ラフェンドラは最早EDENとの問答は無意味だろうと周辺の屍たちを自らに寄せつつ、歴戦の騎士の姿をしたゾンビを地面から呼び出す。

「元気そうな体ね。口煩いのは……死んでしまえば関係ないわ」

ゾンビ達が波状となって襲い掛かっていく。壁となって迫り、飛び上がって上部すらも埋める。
隙の無い陣形、一見すると突破は困難――だが。

「悪いけど、この位で止められると思わないでねっ!」

数に対しては数、己の光属性を高めた力を乗せてゾンビ達へと乱射。
面への制圧もだが、光属性による特攻で見る見るうちに数を減らしていく。
飛び回り、空中行動を駆使しながらゾンビの群れを一掃。その様はまるで一筋の流星の様だった。

幸いにもゾンビたちは思考力が欠如しており、隊列などは考えられない。
エアリィはしっかりと、空いた"穴"を見つけていた。

「道が開いたね……そこっ!!」

宙を蹴り、一気にゾンビたちの群れを潜り抜けていく。
立ち塞がろうとした存在は光の剣と化した刃で切り払っていく。
あと一歩……そんなエアリィの突撃を遮ったのは際立って強力なゾンビ騎士。

『ウゴアァァアァァアアッ!!!』

強烈な斬撃が振り下ろされる。それをエアリィは精霊剣で受け止める。
彼女の膂力、オーラとエネルギーバリアの重ね掛けによりそれは完全な防御となる。
止まる攻防、その隙を見逃すエアリィなどではない。
一度引くと言うフェイントを加えることで押し込ませ、その隙に真下から一気に切り上げたのだ。

「通り抜け……壁は……っ?!」

明らかに狼狽えるラフェンドラに対し、エアリィは既に高く飛び上がっていた。
この空間の最上、天井に着く程に。
同時にエアリィの下に光の精霊を中心とした六属性の精霊たちが集結していた。

「これは痛い、いいや痛いどころじゃ済まないよ!!
六界の精霊達の力で、ふっ飛べーーっ!!」

くるりと回転し、天井を地面とし一気に蹴る。
六属性の力を纏った煌々とした脚撃。それは尾を引く流星の如き一撃。
更に風の力を以て最大限に加速したその一撃はラフェンドラの体を大きく穿った。

着地した後も攻撃は続く。
まるで爆発でも巻き起こったかのような暴風はラフェンドラへ更に追い打ちを掛け、彼女が用意していた屍たちの大半も消し去ってしまった。

手駒も大きく数を損ない、膝をつくラフェンドラ。
それに対してエアリィは真っすぐと告げる。

「お姉さんが悪いことをする限り、あたしは何度でも来るからねっ!」

エピフィラ・ルニフローラ

●月下葬送
「どうしても……邪魔をすると言うの……EDEN……!」

深い切創に爆ぜた体、更には『おねえさま』の言葉による精神的な揺さぶり。
屍王『ラフェンドラ・オピオイド』は錯乱していると言ってもいい状態で、それでも狂気的に願い続ける想いを抱き、生気の無い眼光で睨み付けるのは白花の従者。

「わたくしには貴女様の行動原理は理解できません。
……ですが、亡くなった者たちを呼び起こすのは良くはない。それだけは分かります」

瀟洒を言葉に纏う様な立ち振る舞いをしたエピフィラ・ルニフローラ(A.N.C.-L-XVI《LUNIFLORA》記憶無き花・h13547)は静かに、そしてはっきりと伝える。
完全機械人であるエピフィラは過去の記憶を持たない、だが死者を己が願いだけで蘇生させるのは最早冒涜ではないか。
そう思わざるを得なかったのだ。

「そ、う……けれど私は願うわ。それこそが『おねえさま』との約束なの。
私を否定するなんて……そんな事無いわ。必ず、私が……あの笑顔を見るの……!」

そう言い放つラフェンドラは残り少ない屍たちを自らを守るように配置、同時にこの地に埋葬されていた双剣騎士のゾンビを地中から呼び起こした。
この陣形から察するに後はない……そんな焦りが見えていた。

――だが、ラフェンドラの視線の先にはエピフィラはいない。
消えた?否、そう考える事すら烏滸がましいほどに……行動を待ってくれるほどエピフィラは甘くはなかった。
その動きは軽やかで美しく……彼女が胸に抱く従者としての心得が見られるほどだった。

「亡き方々には、静かにお休みいただきましょう」

エピフィラは既に|月華演算神経《ルナ・リンク》により屍達の出現場所と行動予測を弾き出しており、その間を縫うように低く動いていた。
最低限の動きで長刀「月下美人」を抜くと経路を封じる屍達を一閃。同時に散り舞う月光を纏いし花弁が周辺のゾンビへ纏わりついていく。
それらは回復こそしてしまうが、動きを止める。浸食していくように広がっていき、エピフィラを止められるものは殆どいなくなる程だ。

「この花……私達を祝福してくれるのかしら……?
あぁ……とっても素敵ね」

ラフェンドラには決して届かない花弁を見ながら見当外れの事を呟く。
劣勢にも拘らず状況が見えていないのは既に真面な思考が出来なくなっているのだろうか。
双剣の騎士ゾンビがエピフィラへとその双刃を叩き落とし切り伏せようとするも、|月花可変装甲《ノクティス・フレーム》によって防がれ、遅れて届いてきた花弁により行動不能に陥らされる。

「貴女様には聞こえていないのですか?
お姉様は、貴女様がこれまでに起こした有様を……お喜びになられるのでしょうか?」

ラフェンドラに聞こえているのは『おねえさま』の事だけ。
ましてやそれに向ける想いを踏み躙られたと思えば怒りを募らせるのは当然。
周りなどはどうでもよい、大事なのは『おねえさま』の復活とその寵愛を受ける事だけなのだから。

「聞こえているわ……『おねえさま』の優しい声が!
きっと褒めてくださるわ!よくやったと!穏やかに私に声を掛けてくれるわ!
だから邪魔をしないで!!私達姉妹の……悲願成就を!!」

ラフェンドラは激高、まだ動ける屍へ更なるゾンビ化を施すことで"雑音"を放つエピフィラへと攻撃をけしかける。
既に動けない双剣ゾンビのその剣を掴むと、飛び上がるように距離を詰め肉薄。
剣戟と、這いずっている個体からの噛み付きを身に纏う装甲で受け止めることで被弾とゾンビ化ウイルスの浸食を食い止める。

「やはり……貴女様も人の子なのですね」

月下美人で纏わりつくゾンビたちを切り払う、同時ゾンビ化の攻撃を受けた装甲を一部排除し動けなくなったゾンビたちの影へと回り込んで入り込む。
冷静さを欠いたラフェンドラはどこだどこだとエピフィラを探す。しかしそのどれもが検討違い。
狼狽え、それでも動かせないゾンビ達を動かそうと必死で……そしてそんな隙を見逃されるわけもなく。

「貴女様が最後に見るのは……白花でございます」

一足でラフェンドラとの間合いを詰める。その様は神速の域。
彼女が記憶を失っても尚覚えているのは居合抜刀術《月華影心流》。その一刀で主人をあだ名す必殺の剣技
その気迫と殺気を感じ取り、咄嗟に下がろうとするもそれすらもエピフィラの思惑通り。
視線は彼女の持つ頭蓋骨、だがそれは揺さぶり。ただの騙し。強敵相手ならば通じないだろうが、精細さを欠いた簒奪者にならば通じる。
黒銀の刀身はラフェンドラの顔――その双眸を深く切り裂いた。

「――ッ、アァアアァアァアアア!?」

赤い筋を顔に走らせるラフェンドラは片手でその双眸を覆う。
その様子は、痛みによるものではなく感情的な痛打。
感じられていた姉への想いは否定され、身を刻まれ、そして姉を見るその目すらも奪われているのだから。
狂乱、錯乱。その様は人によっては憐れみすら抱いてしまう程だった。

「もうよいでしょう。これで……終わりましょう」

既に身を翻していたエピフィラは死角、その背面へと踏み直して。
流れるような刃はラフェンドラへの頸に、その黒銀の一閃は――夜に浮かぶ三日月が如く流麗さで通り抜けていった。

「嘘……どこ……『おねえさま』……ねぇ、どこ……私を……置いてかない……で……」

屍王『ラフェンドラ・オピオイド』はその身を崩しながら、手に持っていた筈の頭蓋骨を求める。
だがそれは決して叶う事は無く、最後まで姉を求めて声を上げながら、消滅していった。

「どうか、皆様。安らかな夜を」

依然として舞う白花はまるで死者たちへの葬送の手向けなのだろう。
優雅に漂い、静寂が訪れたこの空間。
鮮やかに長刀を鞘に納めながら、エピフィラは深く一礼と共に言葉を贈ったのだ。

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