怪異を生みし邪悪なる女神
●蘇る邪悪な女神
暗闇に蝋燭の火が並び、その中央には魔法陣が描かれ祭壇となっていた。それを囲むように顔も身体も、すっぽりと覆い尽くす黒いローブを纏った怪しい人物たちが集い、蝋燭を手に祈りを捧げていた。
「我らが偉大なる母よ、目覚めたまえ!!」
「どうか、我らをその御力で導きたまえ!」
すると祭壇が光を放ち始める。それはどこか禍々しく感じる輝きだった。
「おおっ! 我らが偉大なる母がこの地に蘇る!」
「素晴らしい! なんと清浄なる輝き!!」
狂信者達が祈りを捧げる存在が祭壇に降臨しようとしていた。目を奪わるような美しい女性の肢体と巨大な蛸のような触手。それは見ただけで人を圧倒し、心を狂わせてしまう怪異にして、数多の怪異の母たる『仔産みの女神『クヴァリフ』』の姿。しかし、魔法陣から現れたのは上半身と触手のみ。下半身は現世に現れていなかった。
「妾を呼んだのは汝らか、だがまだ妾が完全に蘇るには供物が足りぬ。妾の『仔』となる人間を用意せよ。さすれば妾はこの地に降臨できよう」
「それならば既に用意できております!」
「こっちに来い!」
「ひぃっ!! やめて、離して!!」
「なんなんだここは! 帰らせてくれ!!」
ロープで拘束された多数の一般人達が部屋の隅に転がされていた。それを引きずって祭壇の前へと運ぶ。
「こちらがご用意しておいた贄にございます」
「ほう、用意がいいな。よいよい、これならば妾の力となろう」
クヴァリフの無数の眼球が開いてギロリと人々を捉える。
「ひっ、ひゃああああああああ!!!」
「化け物!! 助けてくれえええええ!!!!」
それを見た人々が心が壊れたように叫び出す。
「『仔』となるべき汝らに、祝福を与えよう」
そんな人間達を触手が捕らえて取り込んでいく。すると人間だった者たちは、溶け合うように消え怪異へと変貌していく……。
「あ、ああっ! 入ってくる……体に、心に……あ、ああ……腹、腹へった……」
「食いたいッ喰いたいッ! 人間をッ!!!」
無数の目玉と巨大な口の集合体。そんな怪異と化してしまった。
「『仔』が増えれば妾の力も増す。ふふ、この地を支配し、全てを『仔』にしてしまおうか」
ゆっくりとクヴァリフが魔法陣から這い出て、その美しくも恐ろしい全身を露わにして完全復活を遂げた――。
●星詠み
「√汎神解剖機関で危険な怪異が復活するのを予知しました」
星詠みの神谷・月那(人間(√EDEN)の霊能力者・h01859)が、怪異が復活してしまうと√能力者達に伝える。
「どうやら悪しき√能力者の狂信者達が怪異を復活させる儀式を行っているようです。このままでは『仔産みの女神『クヴァリフ』』が復活し、多くの怪異が生み出される事態となってしまいます。皆さんには、早急に現場である東京台東区に向かい、狂信者達を倒して儀式を阻止してもらいたいのです」
狂信者達は雑居ビルを占拠して、その最上階で儀式を行っている。
「狂信者達と同じフロアに、生贄として誘拐された一般人も多数います。狂信者は√能力者が現れたとなれば、早々に一般人を殺して生贄にしようとするので、それを阻止しながら戦うことになります。もし一般人が殺されると、クヴァリフの仔となり怪異へと変貌してしまうようです。そうなった場合、狂信者の後に怪異となってしまった一般人と戦うことになってしまいます」
怪異となった一般人は元には戻らない。そうなっては倒すしかない。そしてクヴァリフも完全に復活してしまう。
「ですが一般人を守り狂信者達を倒しても、自らの命を生贄としてクヴァリフの復活を行うようです。クヴァリフは上半身だけの不完全な状態で復活して一般人を仔として取り込もうとします。一般人はクヴァリフの出現に精神ダメージを受け狂気に蝕まれてしまうので、迫る触手からなんとか守りながら正気に戻しフロアの外へと逃がしてください」
そのまま戦いになれば巻き込みクヴァリフに取り込まれる可能性がある。正気に戻しながら下層へと逃がすのがいいだろう。
「一般人の避難が終れば、クヴァリフを倒すだけです。半身のみの状態ならば、その力も完全には発揮できずに倒すことができるはずです。|新物質《ニューパワー》を獲得するために、その肉体を汎神解剖機関へ持ち帰ってください」
死体は回収し汎神解剖機関へ持ち帰ることになる。
「クヴァリフが完全に復活してしまえば、雑居ビル周辺の人々も怪異へと変えられてしまいます。一般の方々に被害が出る前に、復活を企む狂信者と、クヴァリフを倒して街の平穏を守ってください」
事件の説明を終えた月那は、祈るように現場に向かう√能力者らを見送った。
第1章 集団戦 『狂信者達』

●狂信者の宴
「た、助けてくれ!!」
「私たちどうなってしまうの?」
占拠された雑居ビルの最上階には多くの一般人が拘束されて荷物のように転がされ、その薄暗いフロアの中心には蝋燭が灯り床には魔法陣が描かれ、怪しい儀式が行われようとしていた。
「さあ、我らが偉大なる母を目覚めさせる時だ!」
「生贄も用意した。邪魔が入らぬうちに始めるとしよう」
胡散臭い黒ローブの狂信者集団がぶつぶつと祈りを捧げ始める。それに合わせて魔法陣がぼんやりと光を帯び始めた……。
「戦う力を持たぬ民草が巻き込まれている。其の上、怪異の生贄にされる等――断じて許せぬ」
アダン・ベルゼビュート(魔蠅を統べる覇王・h02258)は|警視庁異能捜査官《カミガリ》として許しては置けないと、怒りを胸に宿してビルを駆け上がり最上階のフロアへと飛び込む。
「一般人は――あそこか」
すぐにフロアの状況を確認すると、足元の影が伸びて一般人に近い狂信者の元に到達し、漆黒の巨大な狼の頭部【狼影】が影から現れて喰らいつく!
「ぐげぁあああああ!!!!」
牙を突き立てられ肉を千切られた狂信者が悲鳴を上げて倒れる。その間にアダンは足を止めずに一般人を背に守るように割り込んだ。
「ひっ!!」
「血がっ!!!」
その惨状を目の当たりにした一般人が悲鳴を上げた。
「安心するといい、救出に来た」
そんな人々にアダンは警察手帳を見せて安心させる。
「け、警察?」
「助けて! 突然誘拐されたの!!」
拘束されている一般人が助けがきたと気を緩ませて声を上げる。
「√能力者! |警視庁異能捜査官《カミガリ》か!!」
「もう嗅ぎ付けてくるとは! 飼い慣らされた狗どもめ!!!」
狂信者達が祈りを止めて闖入者であるアダンへと殺気の籠った鋭い視線を向けた。
「生贄を殺せ!! その血で我らが母を蘇らせるのだ!!」
狂信者は血肉を以て女神を蘇らせようと、狂信の斧槍を手にすると跳躍して一般人を狙う!
「此の覇王が在る限り、貴様達の思い通りにはさせぬ!」
その前に立ち塞がるアダンが狼影で攻撃を防ぐ。だが次々と狂信者が攻撃を仕掛け、影を引き裂き斧槍が迫る。
「お前も生贄にしてやろう!!」
「侮るな異端者ども!」
一喝したアダンは黒き炎【魔焔】を纏った腕で凶刃を受け止めた。
「手強い……」
「ならば不意打ちで殺してやろう……」
狂信者達が魔力を纏い透明となって身を隠そうとする。
「俺様の威光の前に隠れられるなどと思わぬことだ!」
敵が見えなくなる前にアダンが√能力『|覇王の喝采《ベルゼビュート》』を発動し、足元の影から伸びる鎖が狂信者達を捕らえた。
「しまった!!」
「鎖を叩き切れ!!」
「……無論、其れだけで済むと思うな。さあ、我が黒炎にて焼き尽くしてくれる!」
斧槍を振り下ろして影の鎖を断つ前に、狂信者達は昏い黒炎の波に覆い尽くされる!
「ぎゃああああああ!!!!」
「熱いっ!! ああっ、身体が焼けて……!!!」
悲鳴を上げて燃え上がる狂信者達がのたうち回り焼け死んでいった……。
「生贄を奪われるな!!」
「偉大なる母をこの地に降臨するための血肉を捧げよ!!」
ぞろぞろと暗闇から姿を現した狂信者達が狂ったように叫び、斧槍を持って襲い掛かる!
「何時の、何処の世界であれ――……悪しき誘惑に屈する者は存在するものでしょうか」
その前に立ち塞がった|宵伽《よとぎ》・ディー・キルシュブリューテ(宵星の伽・h00211)は邪悪な√能力者達を厳しい表情で見た。
「ヒトたる彼ら自身は数百年と在れないとは言え、あまりに幼気で……未熟。これは故の愚かさが招いた事ではあります」
未熟な愚かさが世界を蝕む邪神を蘇らせようとしている。
「……しかし縋る邪悪が破滅を齎す存在だと理解して尚、望むのであれば仕方ありません。騎士として、善良へ仇為す未熟を処断致します」
人類に仇なす者を騎士として許してはおけないと、インビジブルたる小さな竜の霊達を【竜歌砲】に纏わせる。すると竜の霊達はまるで遊ぶように楽しむように、歌う――。
「竜の力の一端にて、哀れな邪悪を浄化致しましょう」
√能力『|竜歌《バベルカノン》』を|合唱《choir》する――竜歌砲より竜の莫大なエネルギーが放たれ、狂信者達を爆発的に広がる閃光に呑み込んだ!
「ぐぁあああああああああああああっ!!!」
「俺の腕がぁあああああ!!」
直撃を受けた狂信者達は跡形もなく消し飛び、浄化の光が掠めた者は部位を失っていた。
「おのれ! 正義にかぶれた愚か者め!!」
「この破滅に向かう世界を救済するには母なる御方の力が必要だと何故わからん!!」
血を垂らしながらも、狂信者達は斧槍を手によろよろと接近してくる。
「……さらなる生贄を望みますか。ですがそれは許されぬ事。邪悪なる存在による救済など、今この世界に生きる人々にとっては悪夢でしかありません」
宵伽は【罰剣『フェガロフォト』】で振り下ろされる斧槍を受け止める。無垢故に遊ぶ竜霊がその身に力を与え、如何なる邪悪からも護るべく一閃した!
「ぎゃぁあああああっ!!!!」
「故に私は阻みましょう。ヒトを護るが騎士たる者ですから、ね」
まとめて胴を上下に両断された狂信者達が崩れ落ち、血が床に広がっていった……。
「まさか√能力者達がこうも早く嗅ぎ付けて来るとは……」
「こうなったら我らが血肉を捧げて偉大なる母を蘇らせれば……」
「我らだけでは足りぬ。どうしてもあの生贄どもの血肉が必要だ」
大量の血肉を捧げなくては|邪神《母》の完全復活はできないと、狂信者達は一般人を狙う。
「自らの命を生贄として復活を……ってことは、狂信者達を殺しちゃいけないってこと~? めんどくさいなあ」
ルメル・グリザイユ(半人半妖の|古代語魔術師《ブラックウィザード》・h01485)は面倒そうに溜息を吐く。
「そうなると、儀式ができないように気絶させるか……ご退場……願うしかないよねえ」
フロアに入ったルメル・グリザイユ(半人半妖の古代語魔術師ブラックウィザード・h01485)は見つからないように物陰に潜む。
(一般人は他の仲間が護ってるようだし、僕は潜んで不意打ちさせてもらおうかなあ)
敵の注意は一般人とそれを守る仲間に向けられている。
(幸い僕は全身真っ黒だし。ま~なんとかなるでしょ)
その間に闇に紛れるようにルメルは背後から接近していった……。
「√能力者の足止めをしろ! その間に回り込む!!」
「大いなる母よ! どうか我らに力を与え給え!!」
狂信者が一般人を狙い、側面から手に宿した信仰の炎を放とうとしていた――。
「そうはさせないよ」
敵を射程に収めたルメルが√能力『|Void Walker《ヴォイド・ウォーカー》』を発動し、空間魔術で|虚空《ブラックホール》を生み出し、その中に狂信者達を炎ごと呑み込んだ!
「は……? 何が起きた!!」
「√能力か!!!」
背後のルメルに気付いた狂信者達が振り返る。
「√能力者を燃やしてしまえ!!」
「世界を浄化する力を与え給え!!」
「その炎、直線上でしか放出できないんだあ~? ふふっ、実に都合が良いねえ」
狂信者達が一斉に邪悪な炎を放つ! 対してルメルは逃げも隠れもせずに堂々とその身を晒した。
「キミも、その炎も、全部まとめて抱いてあげるよ。おいで、僕の中へ」
ルメルは再び|虚空《ブラックホール》を生み出し、飛んで来た炎を吸い込み、さらには狂信者達も引き摺り込んでいく。
「引っ張られる!?」
「やめろぉおおおおっ!!!」
狂信者達は抗い炎を放つが、虚空へと呑まれて消滅してしまう。
「消えてしまう!! これではこの命を偉大なる母に捧げられん!!! うぁあああああああああ!!」
そしてその全身も吸い込まれて消滅してしまった。
「これで自分の命を生贄にすることもできないよねえ」
してやったりとルメルは笑みを浮かべた。
「おのれぇえええ!! 邪魔をするな!!!」
「贄だ!! 偉大なる母を目覚めさせるには贄がもっと必要だ!!」
狂信者達が√能力者へ怒鳴り、斧槍を構えてじりじりと一般人を襲おうと前進する。
「お前達の狂信に、無関係な人達を巻き込むな」
フロアに飛び込んだクラウス・イーザリー(希望を忘れた兵士・h05015)が冷たく言い放つ。
「信仰は個人の自由だけど、他人を傷付けるのなら、それはただの狂信だ」
「黙れ! お前たちも供物としてそこの人間たちと一緒に殺してやる!!」
「きゃああああああ!!!」
「ひぃぁああっ!!!」
悲鳴を上げる一般人を守ろうと駆け出して割り込み、振り下ろされる斧槍を【特殊警棒】で受け止めた。
「そんな身勝手な狂信で、人を傷つけさせはしない」
斧槍を防ぎながら反対の手で【小型拳銃】を素早く抜いて、√能力『紫電の弾丸』を発動し雷を帯びた弾丸を放つ!
「ぐげやあああああっ!?」
「ぎっ痺れて……がっ!!」
直撃した狂信者を中心に電撃が迸り、感電して身体を痺れさせて狂信者達が崩れ落ちる。
「命を惜しむな!! 我らが命など捨ててしまえ!!!」
「そうだ!! この命もまた供物となって母の元に届く!!」
それでも狂信する信者達は死を恐れずにゾンビのように突進してくる。
「信じる力は強いものだけど、その方向性を間違うと怖ろしい死兵を生み出してしまう」
それでも背に守るべき人々が居る限り退く訳にはいかないと、一歩も引かずに先ほどの雷で帯電したクラウスは強化された肉体で【電撃鞭】を振るって狂信者達を薙ぎ払い、体勢を崩したところへ警棒で殴りつける荒々しい喧嘩殺法で無力化していく。
「ぐがぁっ!!!」
「身体が言う事を聞かん……」
電撃に痺れた狂信者達が耐え切れずに倒れ伏す。
「ならば、この命を捧げん………!」
「偉大なる母よ、どうかお受け取り下さい!!」
狂信者達の身体が燃え上がり、自らを贄として邪神に捧げた。
「も、燃えてるっ!!」
「人が焼け死んでるぞ!!」
縛られている一般人が突然の炎に怯え這うように離れる。
「自死するなんて……自分の命を軽く扱い過ぎだ」
√能力者が完全に死ぬ事はない。だがそれでも命を自ら断つなどあっていいことではないと、クラウスは苦々しい気持ちで殉死した狂信者達を見下ろした……。
「足りぬ! 儀式の供物が足りていない!! なんとしても人間を殺せ!!」
「偉大なる母に生贄を捧げるのだ!!!」
「ひぃいいいい!!!」
「た、助けて!!」
残り少なくなった狂信者達がその手に炎を宿し、目を血走らせて怯える一般人を狙う。
「なんともまあトンでも思考の輩がいるようだ……」
タイム・アルクトゥス(|気高き氷花《ノブレス・オブリージュ》・h05650)狂った信者達に呆れた目を向ける。
「罪なき者が犠牲になると言うのは、何とも気分が悪い。手の届く範囲にはなってしまうが、出来得る限り救いたいものだな……」
人々を救おうと霊的防護を掛けながら敵と味方の攻防を注視し、敵が直線に炎を放つのを目にした。
「これは、なるべく狂信者の前に立たぬ方が良いのだろうか……」
背に守って自分が狙われれば背後の一般人も危険になると、直接的な守りは味方に任せて側面に回り込む――。
「熱いッこの炎、本物だ!!!」
「もう嫌だ! 帰りたい!!」
「安心するが良い! 貴殿たちが無事に帰れるよう、精一杯努めようではないか!」
仲間が炎を防いでも、その熱気は一般人にも伝わる。死ぬかもしれない恐怖に襲われる人々に向けて声をかけると同時に、タイムは√能力『九尾妖力術』を発動してふあふあの猫の尻尾が伸ばして狂信者達を薙ぎ払う!
「ぐぇえあああああああっ!!!!」
「こんな尻尾燃やして――げぇえええっ!!!!」
尻尾が往復するようにもう一度薙ぎ払われ、一度目は耐えた狂信者もぶっ飛ばされて壁に叩きつけられた。
「怯むな! 死など恐れることはない!」
「そうだ!! この血肉さえも大いなる母への捧げものとなる!!! 我らもろとも人間を殺して贄とするのだ!!」
√能力者である狂信者達は死を恐れず、骨が折れようとも、内臓が潰れ血を吐こうとも、人間を殺そうと這っていく。そこへタイムは魔法で氷の刃を放ち、容赦なく身体を斬り飛ばした。
「それにしても。こやつらは怪異を呼び出して何がしたいんだろうか……」
魔法で執念深く人間を狙う狂信者どもを迎撃しながら首を傾げる。
「贄を差し出し、相手が満足したからといって、従わせる事に繋がるとは思わないのだが。まあ、考えても埒が明かないな!」
狂った者の考えなどわかるはずもないと、すぱっと思考を切り替える。
「きっと、私には理解出来ない世界であろ」
理解したいとも思わず、タイムは次々と狂信者を倒していった。
「ぐぅっがはっ!!」
血を吐き出し狂信者が倒れる。そんな仲間に一瞥もくれず残りの狂信者は叫んだ。
「命を燃やせ、全てを捧げて人間を供物とする!!」
「ぉおおおおおおおおお!!! 偉大なる母よ! 我らが命を受け取り給え!!」
狂信者達が全身を燃え上がらせ、その炎で一般人を狙う!
「死ぬのは勝手だが、他の者を巻き込むな。迷惑だ」
タイムが最後の灯火を消すように、猫の尻尾を再び叩きつけ、炎を掻き消し狂信者達の心と身体をへし折って吹き飛ばした!
「がふっ……もう少しで母なる御方の復活をこの目で見れたのに……」
「不完全でも……我らが命を使ってこの世に降臨していただくのだ……」
狂信者達の命を贄として、流れ出る血が生き物のように魔法陣に集まり、禍々しく輝き出す――。
「おお、どうか、この世界を救いたまえ……」」
最期に呪いのような言葉を残し、全ての狂信者達が息絶えた……。それによって最上階に張られていた結界も解ける。
「このような邪悪な気配を持つ怪異が世界を救うなど、世迷言も程々にしておくがいい」
タイムは魔法陣から溢れ出す邪悪な力に警戒し、現れる怪異を油断なく待ち構えた。
第2章 冒険 『一時的狂気に苛まれる民間人』

●不完全な女神
不気味に輝く魔法陣から彫像のような美しい女性の顔が、そして上半身が現れる。
しかしそこで召喚が止まってしまう。それは予知した姿よりも出現している部分が少なかった。狂信者の一部を贄とさせなかったので、さらに儀式が不完全となっていた。
「ふん?」
『仔産みの女神『クヴァリフ』』が訝し気に周囲を見渡した。
「妾を呼んだ者は死んでおるのか。これでは蘇るには供物が足りぬ」
そしてその視界が拘束されている一般人へと向けられた。
「ほう、しっかりと用意されておるではないか。これならば完全復活に足りよう」
クヴァリフの元から蛸のような巨大触手が蠢く。
「ひっひぃいいいいいいいいあああああああああああああああ!!!!」
「化け物だぁああああああ!! 化け物化け物化け物ぉおおおおおお!!!」
「助けてぇええええええあっあああっああああああ!!」
その圧倒的な怪異の存在を目の当たりにして、人々の精神が狂気に侵食されて絶叫し、拘束されている身体が暴れて拘束具が食い込み身体も傷ついてしまう。
そこへ供物を喰らおうと触手が近づくが、その前に√能力者達が割り込む。
そして人々を正気に戻して、狂信者の死と共に結界が解けたこのフロアから逃がそうと動き出す――。
「あ、あああああっ!! 来るな来るなぁあああ!!」
「化け物がっ!! こんなの嘘だ!! 夢なんだっ!!!! 夢ユメゆめ……ひひひひっ!!!」
強力な怪異との遭遇で精神に傷を負った人々が狂気に蝕まれる。そこへクヴァリフの触手が迫ろうとしていた。
「精神干渉は、やはり厄介だな」
心に傷を負い狂ったように泣き叫ぶ人々を見て、アダン・ベルゼビュート(魔蠅を統べる覇王・h02258)は怪異の厄介さに顔をしかめる。
「物理的手段であれば庇う事も出来たであろうが……多少強引にはなるが、やむを得まい」
このままにしておくと精神に深い傷を残してしまうと、まずは√能力『|魔焔の雨《ファンタスク》』を発動し、魔焔を天井に広げる。それは敵を屠る為では無く、人々を喰らわんとする触手に黒き炎槍を降らせて接近を阻止し、クヴァリフの視界を遮る。
「これで少しは時間を稼げるはずだ」
その間にアダンは人々に向けて声をかけた。
「──鎮まれッ!!!」
覇王の威厳を以て民草を強引に落ち着かせようと試みる。
「ひぁっ!!」
「な、なんだっ!?」
ビリビリと身体の芯が震えるような力強い声に喝を入れられ、一部の人々が正気に戻った。
「先に伝えた筈だ。俺様は、お前達の救出の為に来たと」
アダンはフロアの出口を指し示してさらに声を張る。
「足に拘束具がある者は俺様が順に破壊する! 立てる者は今直ぐ、其処の出口より脱出せよ!」
「本当に助けてくれるのか!!」
「に、逃げよう!」
「ああ、急いでここから出よう!!」
拘束が外されると、正気に戻った人々が慌てて上手く走れず転びながらもフロアから脱出しようと進む。
「慌てなくてもいい、俺様が居る限りお前達は安全だ」
安心させるようにアダンが声をかけながら拘束を解いて避難させる。その自信溢れる態度は人々に安心感を与えた。
「ん? 供物が逃げるではないか、早う喰らうてしまえ」
クヴァリフが触手を焔に焼かれながらも逃げる人に向けて伸ばすが、アダンの足元から伸びる【狼影】が喰い千切った!
「怪異如きに、手を出させるものか」
アダンは人々を守るように立ち塞がり、指一本触らせはしないとクヴァリフの魔の手を阻止した。
「あはははははっ!!! おっきなタコだよぉ!!!」
「たこ焼きだ! たこ焼きにしてやるぞぉおおおお!!!!」
現実逃避したように精神ダメージを負った人々は、喰らおうと迫る触手を前に笑い声をあげた。
「う~~~ん、発狂しちゃったかあ……」
そんな様子を見てルメル・グリザイユ(半人半妖の|古代語魔術師《ブラックウィザード》・h01485)はどうしようかと思案する……。
「……。……。大丈夫、大体のことは物理で解決できるよお」
あれこれ考えた結果、一周回って一番シンプルで物理的な手法を用いることにした。
「さてそれじゃあ僕は……そこの頑丈そうな人を担当しようかな~。」
男性で体つきもしっかりした人を選び、ルメルは目の前に立った。
「掌をグー……じゃなくてパーにしてえ。そうっと優しく、力加減を……――――やっべミスった」
「ぷぎゃっ!!!?」
そしてパーで顔を優しく叩くつもりが、うっかり力加減を間違えて鼻血が出る勢いでぶっ叩いてしまった。
「い、痛い……まるで誰かに引っ叩かれたみたいだ……?」
「…………あはっ。気の所為だよお」
痛みで正気に戻った男性にルメルは笑って誤魔化し、縛り上げられている拘束を解いた。
「やあやあおはよう囚われの君、顔が痛むのかい? それは可哀想に、きっと狂信者達に酷い目に遭わされたんだねえ」
「そ、そうなのか? そう言われるとそうだった気がする。ああ、ありがとう。あなたが助けてくれたんだな」
最初は首を傾げていながらも、男性は助けてくれたルメルの言う事をすっかりと信じて感謝する。
「ほぉら|痛み止め《レーテの霊薬》だ。これを飲めば元気いっぱい、ビルの1階まで階段で全力疾走だって出来ちゃう」
「これは薬か? ……ゴクゴク。なんだ、痛みが消えてくような……痛み止めが入ってるのか?」
不思議そうな顔で痛みが消えて頬を触り、その即効性のある錬金薬の効果に驚いていた。
「さ~君はもう自由の身だ、安全な日常へおかえり」
「あ、ああっ! そうだ! 逃げないと!!」
化け物の存在を思い出した男性は動けるようになると、慌ててフロアから逃げ出していく。
「ちょっと失敗したかと思ったけど、上手くいったねえ。この調子で優しく起こしていくよお」
力加減はわかったと、ルメルは丈夫そうな男性をぶっ叩いて刺激的なモーニングコールで正気に目覚めさせていった……。
「ひっひぅっ……クルシイ……アア、ココは何処………」
「動けないよ!! どうしてどうしてどうしてぇえええ!!!」
錯乱した一般人達は拘束されたままもがき、腕の皮が擦れて血を滲ませていた。
「頼む、しっかりしてくれ」
クラウス・イーザリー(希望を忘れた兵士・h05015)が自傷を止めるべく呼びかける。
「早く逃げないといけないけど、自発的に動いてくれないと難しい。どうにか正気に戻さないと……」
呼びかけながらも敵への注意は逸らさず、銃を構えて発砲し触手を牽制して接近を阻む。
「ひぃーーーっ!! 助けてくれぇええ!!!!!」
「いやぁああああああ!!!!!」
銃声に怯えた一般人の青年と少女はさらに暴れて拘束が強く食い込む。
「大丈夫だ、すぐに助ける」
【光刃剣】で拘束を斬り、クラウスは正気に戻そうと強く声をかける。
「早く逃げないと食べられてしまう。絶対に守るから、一緒に逃げよう」
「体がっ! ……タコが襲ってくる!!!」
拘束が解かれて周囲を見る余裕が出来た青年は、触手がうねうねと迫るのを見て叫ぶ。
「落ち着いて」
「あうっ!!」
クラウスはこっちを見ろと手加減をして青年をビンタする。
(手段を選んでる暇は無いんだ、許してくれ)
強引に触手から視線を切らせ、クラウスは自分と視線を合わさせる。
「俺の傍にいれば大丈夫。だから落ち着いて、出口に向かうんだ」
「あ、ああ……落ち着いた……落ち着いた……出口、そうだ、出口に逃げよう!」
「しょ、触手がああ!!!!」
少女が悲鳴を上げると、クラウスは横一閃に光刃剣を振るって斬り飛ばした!
「安心して出口に向かうんだ」
「……大丈夫なの? 本当に逃げられるの?」
その斬撃を見て少女も正気を取り戻して尋ねると、クラウスは自信を持って頷いた。
二人を連れてクラウスはフロアの出入り口に向かうが、その周囲に触手が集まってくる。
「タコが!!」
「囲まれるわ!!」
「任せてくれ、一掃する間に逃げるんだ」
怯える二人の前に出たクラウスが√能力『決戦気象兵器「レイン」』を発動し、無数のレーザー光線を雨のように降らせて触手を薙ぎ払った!
「今だ」
クラウスが道を切り開き、その間に二人はフロアから飛び出すように脱出した。
「ううぅうううああああアアアア!!!!」
「化け物だ!! 化け物が来る来るクルクルクル!!!」
人々が狂ったように叫び、触手だけでなく幻にも怯えているようにのたうち回る。
「悍ましい姿です。無辜の民が感じるには、あまりにも」
|宵伽《よとぎ》・ディー・キルシュブリューテ(宵星の伽・h00211)は人々が精神にダメージを負って苦しむ姿に、自らも苦しい気持ちが伝わって心が重くなる。
「全てを護りきれなかったか――それが叶うには、我が身の不徳の致す所。故、これ以上はさせは致しません。命も、心とて」
騎士としてこれ以上の狼藉から護らねばならないと、√能力『|竜律《ドラゴン・ネイチャー》』を発動する。
「竜眼。虚妄を払うという方則を与える――即ち【竜律】」
伏せた目蓋を開くと蒼い竜眼が露わとなり、人々の心を犯す狂気を焼き払う!
「あっああ……な、なに、が………」
「化け物……が? あ、あれ……?」
恐怖に見えない化け物に怯えていた人も正気に戻っていく。
「……狂気に呑まれてはなりません。其れとは、我々が向き合います。故に……」
そして再び怪異の影響を受けないように宵伽が声を掛け、その心を正気の保つように手を差し伸べ拘束を解く。
「あ、危なっ――」
拘束を解かれた者が触手が迫るのを視界に入れる。だがそれが襲い来る前に、宵伽が振り返りながら【罰剣『フェガロフォト』】を一閃して斬り払った!
「ヒトを護るが騎士。……今は、それを信じて欲しい、です」
その揺るぎない信念を持つ背中は、実際より大きく鉄壁の盾のように人々には見えた。
「すごい……化け物を斬っちまった……」
「私たち、助かるかも……」
頼りになる騎士に護られる人々は、安心感を覚えて狂気から救われる。
「それでは、他の方々と同じように、あちらの出口から逃げてください。振り向かず前だけを向いて、背中は私が護ります」
宵伽は仲間が逃がしている人々が向かう先を示し、その背中は絶対に護ると送り出す。
「あ、ありがとうございます!」
「逃げよう!!」
宵伽に護られる人々は大丈夫だと信じて、真っ直ぐ出口に向かって走っていった。
「ああああっなんなんだ!!! これは現実じゃない!!! そうだ! これは現実じゃないんだ!!!」
「タコが襲ってくるっ! 嫌だもう帰るぅううう!!! お家に帰らせてえええええええ!!」
強烈な怪異の威圧に頭がおかしくなったように、拘束された人々は現実逃避して狂気に逃げ込んでいた。
「まあ、世の中信じられぬものが目の前に顕現すれば、誰だって狂気に堕ちるよな……」
タイム・アルクトゥス(|気高き氷花《ノブレス・オブリージュ》・h05650)はそんな人々の気持ちに共感する。
「うむ、此れは仕方なき事であるが、蛸に喰われる最後は私も流石に嫌だな……何としても無事に皆を帰さねばなるまいな!」
触手に喰われる前に助けようと、叫びもがく人々の元に近づく。
「一発殴って正気に戻すのもアリか、とも思ったが。何かこう、其れは此の者たちにとって酷であろうな……なるだけ痛みを伴わぬ方法で助けたい」
これ以上痛めつけて苦しい思いをさせるのは心苦しいと、タイムは他の方法を考える……。
「恐怖で相手を制するのは我が家の家訓に反するでな。うーむ……、家族から顔|だけ《・・》は良いと言われているからな。上手く活用するしよう」
人々を助ける為なら利用できるものは何でも使おうと、一般人の正面に立ってニコっと微笑んで声を掛ける。
「皆さん、落ち着いてください。大丈夫。私が皆さんを絶対にお救いします」
安心させるように穏やかな口調で笑顔を崩さず、自信に溢れて見えるように堂々と宣言する。
「助けて……くれる……」
「帰れるのか……家に?」
「本当………?」
人々の視線がタイムに集まる。半信半疑――だが信じたいと藁にも縋る思いで尋ねる。
「はい、必ず家に帰してみせます。ですから生きる為に、私の言う事を信じて欲しいのです。あの触手は私が何とかします」
そう言って、迫ってくる触手に向かってタイムは魔法を放ち、氷柱が突き刺さって傷口から冷気が広がり凍り付かせた。
「タコの化け物が凍った……!?」
「まるで魔法みたい……!」
その光景をあんぐりと口を開けて呆けたよう人々が見つめた。ショックにはショックを。その現実離れした様子は人々の心を正気へと引き戻す。
「これで分かったでしょう。私なら皆さんを守れます。だから、入り口まで一目散に走って欲しいのです」
絶望に虚ろだった人々の目に光が戻り、しっかりとタイムの姿を捉えて指差す出口に視線を向けた。その間にタイムは拘束を解いていく。
「これなら逃げられるかもしれないわ!」
「行こう! この地獄から出るんだ!!」
「助けてくれてありがとう! あんたも無事に逃げてくれよ!」
人々は感謝しながら出口へと逃げていった……。
「どうやら、全員逃げられたようだな」
追いかけようとする触手にさらに魔法を叩き込んで凍らせ、動きを止めたタイムは周囲を見渡し、もう残っている一般人が居ない事を確認した。
「我々は逃げる訳にはいかん。怪異を倒してこれ以上の被害が広がるのを阻止しなくてはならんからな」
このままクヴァリフを放置すれば、影響は周囲に広がっていく。そうなればやがて多くの贄を手に入れ完全復活してしまうだろう。
「完全復活はさせん。ここで不完全なまま再び滅びるがいい」
それを阻止するべく、タイムは仲間と共に上半身だけのクヴァリフとの戦いに望む――。
第3章 ボス戦 『仔産みの女神『クヴァリフ』』

●嗤う女神
「√能力者ども、妾の邪魔をするか」
魔法陣から腰から上、上半身だけを生やした『仔産みの女神『クヴァリフ』』が苛立たしげに√能力者達を睨む。
「だが不完全ではあるが、汝らを滅ぼす程度の力はある。汝らを供物にして、完全復活を果たしてみせようぞ」
まだ完全復活を諦めず、√能力者を殺して力を得ようと口の端をつり上げた。
「汝らの強き力を得て仔を生めば妾の力は増そう。そうなればこの地を中心に妾の支配域を作り出せる。その後は仔を生み続けて世界を支配できよう」
くつくつと邪悪な未来を夢見て邪悪な女神クヴァリフは愉しそうに嗤った。
「妾の贄となることを光栄に思い、その血肉を捧げるがよい」
クヴァリフの元から触手が蠢き、身体から生える無数の目が√能力者達を捉えた。
「貴様に捧げるものは無く。貴様の思い通りにさせる訳も無い」
アダン・ベルゼビュート(魔蠅を統べる覇王・h02258)は傲慢にして邪悪な女神に言い放つ。
「醜悪なる目論見は今、此の場で潰えるべきだ」
そして堂々とクヴァリフの前に立ち塞がった。
「まずは汝が贄となるか? その力を糧によき仔を孕んでやろう」
クヴァリフの身体から生える無数の眼球がアダンを捉えた。
「此の覇王たる俺様の前で、無辜の民を供物にせんとした事、後悔するが良い!」
それに怯むどころか強い意志で睨み返し、√能力『|魔蠅の詛呪《グロテスク》』を発動して己の影より、悍ましい魔蠅の群れを放つ!
「我が眷属達よ。女神を名乗る唾棄すべき怪異を呪え」
魔蠅の群れがクヴァリフを取り囲み、張り付いてその身に呪詛を侵食させていく――。
「虫けらめ、妾を呪おうというのか? 小賢しいことよ」
クヴァリフは魔蠅を操るアダンに視線を向け両手を広げる。その手が届くことはないが、まるで包み込まれたようにアダンの精神を圧迫して金縛りに掛ける。そこへ蛸の如き触手が蠢き叩きつける!
「醜悪な女神の抱擁は遠慮願おう」
皮肉った物言いで精神的呪縛から逃れたアダンは後方に跳びながら両腕をクロスした。そこへ触手が叩きつけられて床を転がる。無痛覚の身はそのダメージを涼しい顔でやり過ごし、跳ね起きると魔蠅による攻撃を維持する。
「ふん、我慢したところで喰らってしまえばいいだけのことよ」
クヴァリフは魔蠅を触手で払い除けながら、さらなる攻撃を加えようとアダンに触手を伸ばす。
「……其れが例え己が焔に焼かれようとも、今回ばかりは構わぬ」
口の端から流れる血に気付いて拭うアダンは、どれだけの痛手を負っても攻撃は止めないと決めていた。
「先程の狂信者共のみならず。貴様を含めて、戦う力を持たぬ民草を巻き込んだ者達を俺様は決して赦せぬ。劣悪なる未来を現実にはさせぬ」
その内から燃え上がる怒りに呼応するように、炎が生み出される――。
「さあ……覇王の憤怒、其の身で味わうが良い!」
黒き炎【魔焔】の業火がアダン自身をも巻き込むように放たれ、触手を含めてクヴァリフの全身を呑み込んだ!
「ギャアアアアアアアアア!!!!」
悲鳴を上げてクヴァリフがのたうつ。その姿は先ほど苦しんでいた人々のようだった。
「少しは自分が苦しめた人間の気持ちが理解できたか?」
「おのれっ!!! 多くの仔を孕まねばならぬ妾の大事な体を焼くなど赦せぬ!!」
怒ったクヴァリフが触手でアダンを薙ぎ払い、業火と共に吹き飛ばした。しかしその身体は焼け焦げていた。
「妾の邪魔をするな。我が仔で世界を満たし、滅びる世界を救おうというのだ。喜ぶべきでろう?」
焼かれたクヴァリフが痛みに顔を歪めながら、この世界を怪異の世界にして救おうと宣う。
「クヴァリフ。女神を冠する邪悪。半身のみとはいえ力ある神の一柱……その力にはそのままであっても人界には余り有るものでしょう。その邪魔をするか。と――」
|宵伽《よとぎ》・ディー・キルシュブリューテ(宵星の伽・h00211)はその邪悪な存在を前にしても怯まずに立ち塞がる。
「ええ、するでしょうね。諸悪邪念を滅すが我が剣。故に」
そして【罰剣『フェガロフォト』】の切っ先を邪神に向けた。
「略奪者。浅ましき神の欲の矛先はこちらに向きましたか。語る言葉は悍ましく恐怖を煽るよう。しかし」
「妄念、断つべし――」
「それに、心を揺らされる程に若くはありません」
宣言と共に外装と障壁をパージし、罰剣を構えるは√能力『|断罪《プルガトリオ》』の儀礼。
「抗うというなら抗ってみるがいい。絶望を与えその血肉に甘美な彩を添えるだけのこと」
クヴァリフの無数の眼球が四方八方に動いて宵伽の意識を惑わせ、抱擁するように両腕を広げると精神が抱きしめられたように動きが封じられる。そこへ太い触手が鞭のように叩きつけられた!
「捧げられる贄など血の一滴すらありません。邪なる女神よ」
宵伽は強い意志の力で何とか身体を動かし触手を罰剣で受け止め、吹き飛ばされそうになるのを堪えて弾き飛ばし、一気に踏み込んだ。
「止めなさい!」
危険を感じたクヴァリフが触手を割り込ませて盾とする。
「止められるものなら、止めてみるといいでしょう」
宵伽の祈るように掲げた罰剣の刀身が蒼い流体により形作られ、仄かに燐光放つそれは月の光そのもの。その輝きが一閃して触手を両断し、身を捻ったクヴァリフの左肩から腕を切断した!
「ィギャアアアアアアアアアアアアア!!!!」
「それこそが、騎士として邪なる女神に捧ぐ唯一の物です」
悲鳴を上げるクヴァリフの左腕が落下し、血が噴き出して辺りを赤く染める。
「この傷、この痛み……汝の悲鳴と血肉で抗え!!」
クヴァリフの無数の眼球が宵伽を睨み、触手を暴れ回らせ宵伽を強引に後退させて引き離した。
「妾の腕を落とすとは、その身を喰らい傷を癒そうぞ」
クヴァリフは肩から切り落とされた左腕の血を止め、代わりに触手を生やした。
「往生際が悪いな」
クラウス・イーザリー(希望を忘れた兵士・h05015)が無様な上半身だけの姿で、傷を負っても偉そうにしているクヴァリフに呆れる。
「不完全な状態でも諦めはしないみたいだね。俺達が引導を渡してやろう」
それならば自らの手で諦めさせてやろうと、√能力『フレイムガンナー』を起動しながら敵と離れる方へと駆け出し、フロアの端まで移動すると火炎弾発射形態となった銃を右手で構えてすぐさま弾道計算して発砲する。
放たれた炎纏う弾丸はクヴァリフの身体に生える眼球を穿ち、燃え上がって周囲の眼球も燃やした!
「ッアアアアアアア!! 妾の目を!! その血肉でこの傷を塞いでくれよう!」
ギロリと身体から生える眼球がクラウスを捉え、捕えようとクヴァリフの元から触手が伸びる。
「塞ぐ必要はない。どうせこの場で滅びるのだから」
クラウスは撃ってすぐに移動し、位置を変えて今度は触手を撃ち抜いて燃やした。
「鼠のように動き回るか。ならばこちらに呼び寄せようぞ。さあ、我が仔よ。妾の力となれ――」
クヴァリフの肚が裂けて禍々しい蛸のような怪異である『仔』が生み出され、融合して蛸人間のように異形化し触手を鞭のように振るうと、空間ごとクラウスを引き寄せ触手で掴み掛かる!
「化け物らしい姿になったね。女神の姿よりそっちの方がお似合いだよ」
クラウスは左手に持った【光刃剣】の刃を発生させて一閃し、触手を斬り飛ばした!
「この世界は怪異に満たされる。全ての人間を我が仔にしてやろうぞ」
クヴァリフが次々と触手を襲い掛からせる。それをクラウスは光刃を振るって切り裂く。
「させるものか、この|√《世界》を守ってみせる」
そして触手の隙間を縫って炎の弾丸を人型の蛸のような異形に撃ち込む!
「ゥガァアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
全身が燃え上がり、脱皮するようにクヴァリフの姿が元に戻った。
「我が仔の力を破るか。だが妾がおれば仔は何度でも生まれる……恐怖するがよい」
「復活するなら、復活した側からまた殺すまでだ」
表情を変えずにクラウスは銃撃を続け、本体を守ろうとする触手を燃やしていった。
「お目にかかれて光栄だよ、美しい人。さあて、それじゃあ始めようか~……今から|僕は《・・》、正面からキミを貫くよ」
ルメル・グリザイユ(半人半妖の|古代語魔術師《ブラックウィザード》・h01485)は√能力『|Vigilante Persecutor《ヴィジランテ・パーセキューター》』を発動し、堂々と攻撃を宣言するとすぐに駆け出して接近する。そしてギロリと見つめる身体に生える眼球に向けてナイフ【レクイエム・ファング】を突き刺した!
「自ら進んで贄になりにくるとは殊勝な心掛けではないか。その血肉も魂も、妾のモノとしてくれよう」
深手を負いながらも、すぐに回復すればいいと微笑むクヴァリフは両手を広げて抱擁しルメルを捕まえる。そして全身を喰らうべく触手を頭上へと近づけた。
「こんな美人さんに抱いてもらえるなんて嬉しいなあ~」
ルメルはわざと抱擁を受け入れ、余裕のある笑みを返しながら、予め「自身の体躯より大きい形状」で固定しておいた防具【ネクター・ヴェイル】を解除した。
「なに?」
僅かな隙間ができて腕の拘束が緩む。身体が自由を取り戻したところで屈んで抱擁から逃れ、頭から丸かじりしようと襲い来る触手をナイフで受け流し弾いた。
「けれどごめんね……今はキミよりも、仕事のほうが大事なんだ」
先の宣言通り、ルメルは真っ直ぐ正面からクヴァリフを見据え、密かに「手首から先」を相手の背後に転移させ、ナイフで背中を貫きながら甘く囁いた。
「ガハッ!? 妾の抱擁を拒むというのか……」
背中から胸を貫かれたクヴァリフが大量の血を吐き出し、ギロリと無数の目でルメルを捉える。
「……仕事などする必要はない。妾の血肉となればあらゆる労苦から解放されるのだから……さあ、この胸の傷も汝の命で塞ごう。妾と一つとなるのだ」
優しく語るクヴァリフは両手を広げ、迎え入れるように触手を伸ばす。
「熱烈な求愛は嬉しく思うけど、この仕事は気に入ってるんでね」
ルメルはナイフを振るってその触手を切り落としていく。
「お断りさせてもらうよ」
そしてナイフをクヴァリフの胸に突き立て、背中からの傷口と繋げ穴を穿った。
「グファッ!! 妾の一部となれば永遠の安息を得られるというものを……ならばただ滅ぼすのみ!」
噴き出す自らの血に染まったクヴァリフは触手を薙ぎ払う。それをルメルはナイフで切り裂き後退しながら攻撃を凌いだ。
「妾の一部となることを拒絶するとは……汝らの力を差し出さぬなら、奪い取るだけのこと……」
焼け焦げ血を流し瀕死のクヴァリフは、損傷した肉体を修復しようと身体から無数の眼球を生やして獲物を狙う。
「どんなゲテモノが飛び出してくるのかと思いきや、意外と普通ではないか」
タイム・アルクトゥス(|気高き氷花《ノブレス・オブリージュ》・h05650)は眼球が不気味ではあるが、女性のような姿をした怪異に拍子抜けする。
「必要以上に身構えてしまったが、まぁよい。此方とて、簡単に贄など為らぬし、肉塊になるのは貴様だ!」
霊的防護を張って攻撃に備え、相手の様子を見るように魔法で氷の矢を放つ。それを生える触手が受け止めた。
「汝から妖の匂いがするな。その血肉は良き滋養となるであろう」
クヴァリフの無数の目がぎょろりとタイムを捉え、本体の目蓋が閉ざされ裂かれた肚から無数の目と口を持った大型の獣のような怪異が姿を現した。
「「「グガアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!」」」
涎を垂らす飢えた口が一斉に咆哮を上げ、タイムに向かって駆け出す。その無数の牙を突き立てんと口が開かれた!
「喰らうことしか考えていないような醜悪な姿であるな。この世にあってよい存在ではなさそうだ」
その不気味な姿の顔をしかめながらも、タイムは√能力『九尾妖力術』を発動しふあふあな猫の尻尾を巨大化させて薙ぎ払う!
「「「ギャゥウウアアアアア!!!!」」」
獣が悲鳴を上げてぶっ飛び壁に叩きつけられた!
「我が最強の仔を侮るな……」
「侮っているのはそちらの方だろう」
クヴァリフが手を叩くと、獣が跳ね起きて再び襲い掛かる。しかしタイムの猫の尻尾はもう一度横に振るわれ、獣を叩き伏せた!
「くっ、完全復活できておればこのような無様を晒さぬものを!」
苛立たしげにクヴァリフが蛸の如き触手を幾つも伸ばして捕まえようとする。
「実際はどうかは知らんが、見た目は蛸と同義。ならば、炙ったら蛸焼きとやらになるのではないか? なんて戯れが過ぎるだろうか」
そんな軽口を叩きながら、タイムは魔法によって炎を生み出し触手を焼く。なんだかいい匂いをさせながらも焦げた触手が動きを鈍らせながら迫る。だがその間にタイムは魔力を高め攻撃の準備を整えていた。
「試してみるとしよう」
タイムの猫の尻尾が炎を纏い、横に一閃すると触手の群れが燃え上がって黒焦げになり萎れて倒れた。
「少し焼き過ぎたか、これでは蛸炭になってしまったな」
いい匂いを通り過ぎ、焦げた苦い臭いがフロアに充満していた。
「妾の手を撥ね退けて、この衰退する世界で諦めて死にゆくというのか? この手を取るといい、そうすれば世界に救いをもたらすことができるのだぞ?」
クヴァリフが毒のような甘言で精神に侵食し惑わそうとする。
「他を犠牲にし続けなければならぬ世界などあってはならぬ。そんなものは地獄と同じ」
毅然とタイムは相手の言葉を論外だと断ち切り、逆に相手に誇りを持って言ってやる。
「そもそも、貴様には世界の支配者など向いてはおらぬよ。ノブリス・オブリージュたれ、だ!!」
拒絶され諭すような言葉にクヴァリフの顔が怒りに歪む。
「ならば滅んだ後に後悔するがよい。否――今ここで滅ぼしてやろうぞ!」
クヴァリフが新たなる触手を生やす。しかしそこへタイムが炎の尻尾を振り下ろし、触手ごとクヴァリフを叩き潰した!
「ギャアアアアアアアアアッッッ!! 妾の身体が燃えるっ! 燃えてしまう!!!」
絶叫したクヴァリフの全身が燃え上がり、とうとう耐えきれずに身体が崩壊していく。
「この|√《世界》は滅びはせぬよ。我ら√能力者が守るのだからな」
タイムは守ってみせると、崩れ落ちる怪異に宣言した。
「できるものなら……やってみるがいい………妾も、他の怪異も……何度でも蘇り、世界を狙うだろう………」
クヴァリフが捨て台詞を吐くと完全に崩れて滅びた……。
クヴァリフが倒れると魔法陣は輝きを失い、怪異の復活は完全に阻止された。
怪異の死体は『汎神解剖機関』が回収に来る。後は任せればいいと雑居ビルから出る。
√能力者達は無事に事件を解決し、多くの人々を救うことが出来たと笑顔で別れ、それぞれの√へ帰還していった。