渚のゲーミング
『ゲーミング海パン……それはそれで似合いそう……!』
これは、その一言から始まった。
何を言っているのかわからないかもしれないが、言われたこの男――椎宮・紫水も意味が分からなかったに違いない。
自身がよく顔を出す館で、水着の話をしていた時のことだった。
なぜか、本当になぜか、そんな流れになったのだ。
どうしてこうなった。
『ゲーミング水着は話題なだけで着ないから!!』
そう強く否定した。はずだった。
けれど、何度否定しても紫水がゲーミング水着を着ることに話が収束してしまう。
その時はどうにかこうにか逃げ切ったのだけど。
「水着を選びに来たのに、どうしてアレを思い出したんだろう」
脳裏に浮かんだのは、約1680万色の輝き。
直近だと大根だったな、なんて思い出しながら、どうにも館での会話が頭から離れなかった。
「……一回着てみるか? 食わず嫌いって駄目だよな?」
え、本当に着るつもりなのこのイケメン。
人としての失っちゃいけない何かが失われたりしないだろうかと心配になる。
「まぁ、試してみて駄目ならまた別のを考えよう」
ほ、本当に着るつもりだー!!?
そして紫水は、若さゆえの好奇心とでもいうのか。
ゲーミング発光水着を入手してきたのだ……!!
普通には売っていないので、ちょっとした伝手を辿ってどうにか入手することに成功した。
ゲーミング発光水着が欲しいといった時の相手の顔は、「正気かこの人」と言わんばかりだったことをここに記す。
兎にも角にも、紫水はこの光り輝く水着を着て一度海水浴場へ繰り出すことにした。
なにも着たからって必ずしも海に行かなきゃいけないわけじゃないんだよ?
もしかしたらこの時の紫水は疲れていたのかもしれない。
閑話休題。
紫水はゲーミング発光水着に合わせて色々なアイテムを装着して砂浜に立っていた。
約1680万色に輝くサーフパンツ。
背中の半分ほどしかない丈の半袖ラッシュガード。その背には『愛』と書かれ、惜しげもなく晒された腹筋との対比が非常に残念だった。
頭には普通の麦わら帽子を被り、太陽の光が眩しいからと黒いサングラスを掛けている。
腕にはゲーミング発光水着に合わせ、7色のグラデーションビーズが連なったブレスレット。
小脇にはクーラーボックスとパラソルを抱え、反対の手にはカラフルなサーフボード。
とっても、海を満喫するスタイルだった。
ちょっとやけくそになってない? 本当に大丈夫?
紫水が海水浴場に現れた瞬間、彼の周囲はモーゼの十戒よろしく人が割れた。
サササッとそれはもう見事に、波が引くかのように周囲から人が引いていく。
なんなら、紫水が周囲を見渡すのに合わせて、さっと視線が逸らされる。
ちょっと遠くから「おかーさん、あれなにー?」「しっ! 見ちゃいけません!」なんてお約束のやり取りが聞こえてきた気がしなくもない。
しかし、当の本人は周囲の反応など気にも留めていなかった。
「よし。場所も取れたし、準備しようか」
なんとも爽やかな笑顔でパラソルを立て、クーラーボックスを開く。
中には冷えた飲み物と軽食。サーフボードも砂浜へ置けば、準備は万端だ。
そして紫水は、海を眺めながら満足げに頷いた。
「……うん。こうして見ると、普通だな」
どこが? 全く普通じゃないのですが?
サーフパンツを筆頭に、何から何まで酷い組み合わせですが!?
それでも、本人が満足しているのなら、それでいいのかもしれない。
「せっかくだし、泳ぐか」
そう言って、紫水は海へ向かう。
その背中では、ゲーミング発光水着の光で『愛』の文字眩しく反射する。
今日も海は、平和だった。多分。