チョコがほしいか!!ならばくれてやる!!
ーーセント・バレンタインデー。
それは、想いを寄せるあのひとに。
いつもお世話になっているあのひとに。
チョコレートを贈り、或いは贈り合い。
想いをチョコレートに乗せて伝え合う、素晴らしい一日だ。
その風習は、人間の文化をとことんまで愛する、√百鬼夜行でも当然大人気である。
ーーそう、|勝ち組《リア充》たちの間では。
さて、ここに一人の少年がいる。
歳の頃は、12か、そこら。人間の子供だ。
足取りは重く、時折、何処か思い詰めたような表情で天を見上げたり、ため息を吐いたり。
橋の上から夕陽を見つめ、ポエムを呟いてみたり。
人によっては、少し早めの|重篤な症状《ちゅうにびょう》を疑うかもしれない。
彼はその気の重さに耐え切れず、遂には膝から崩れ落ち。
真っ赤に沈む夕日に向かって、声を振り絞って叫ぶ。
「俺はモテない……ッ!!
チョコが……ッ!!要るよ……ッ!!」
果たして、その慟哭が届いたのか。
少年の頭に響く声がある。
ーーチョコが欲しいか!!
ーーならば、儂の封印を解け。
ーー儂には、それだけの力がある。
「ほ、本当か!?なら、封印だってなんだって解いてやる!
だから、いろんな人から、俺にチョコを…。
たくさんの、チョコを……分けてくれ!!」
ーーチョコが欲しいか!!
ーー欲しいのなら……!
ーーくれてやる!!
年老いてなお力強い声とともに、少年の手に現れるチョコ。
なんともお安い、硬貨型のチョコだ。
ーーまずは、儂からだ。受け取れ、孺子。
「いや、安くね?しかも、儂って。そういうことじゃないんですけど?
やっぱり、異性からもらいたいものじゃん?」
ーー契約は契約だ。これから、沢山のチョコがお前の元に届くだろう。
ーーHappy Valentine。
何とも渋く流暢な声と共に、声は途絶えた。
「違う、違うそうじゃなぁーいッ!!!?」
少年の絶叫が、夕焼け空に木霊したーー。
●
「ポエム作って、夕日に向かって叫ぶ勇気があるならにゃ?
なんでその勇気をほかの人に向けられないにゃ?」
ふわふわと宙に浮かんだ箒に座った星詠みの少女、瀬堀・秋沙は、|至極当然の《言ってはならない》一言を放った。
さて、何とも空虚な笑みを浮かべる秋沙が語る、事件の概要は、こうだ。
・チョコレート欲しさに、少年が古妖の封印を解いた。
・古妖に唆された妖怪たちが、チョコレート強奪事件を起こしているようだ。
以上!
「本当にそれだけのことで街が吹っ飛ぶにゃ!勘弁してほしいにゃ!」
さて、こちらが取る作戦としては、以下の通りだ。
第一に、√能力者たちでチョコを作る。
少年が住む街の中の、料理スタジオを借りてある。
そこで皆にはチョコを作って欲しい。
友チョコでも、義理チョコでも、本命チョコでも、自分へのご褒美でも、哀れな少年に与える用でも、何でも良い。
そうすることで、黒幕に唆された、チョコを強奪している妖怪たちが現れるそうだ。
第二に、運命の分かれ道だ。
友チョコや義理チョコ、自分用チョコを作った者が多かった場合、悪い百鬼夜行が現れる。
コイツらを遠慮なく叩きのめし、倒してほしい。
そして、もう一方。
本命チョコを選んだ者が多い場合、どこからともなく褌姿の益荒雄どもが現れるようだ。
余程ラヴの気配が許せないのだろう、その雰囲気をぶち壊す事に全てをかけている。
一応は…普段は善良な妖怪たちなので、叩きのめすに留めて、くれぐれも倒さないでほしい。
第三に、この事件の、妙に狡い黒幕が現れる。
姑息でケチだが、実力は本物。油断せずに倒して欲しい。
「みんなはバレンタインのチョコや、心の準備は出来てるかにゃ!
想いは言葉にしなきゃ、伝わらないからにゃ!」
ーーそれでは、いってらっしゃいにゃ!
ぺっかり。灯台のような笑顔が、チョコを作りに行く√能力者たちの背中を押した。
第1章 冒険 『1番の愛を、あなたに』

街中には、√EDENでは既に懐メロとなったバレンタインソングで溢れ、店店にはバレンタイン商材が所狭しと並べられている。
年頃の妖怪や人間の少女たちは、きゃいきゃいとかしましく。
あーでもない、こーでもないと、黄色い歓声を上げながら商品を物色し。
妖怪や人間の少年たちは、その様を気にしていないように通り過ぎたり、余裕の表情で強がって見せたり、はたまた絶望の表情を浮かべていたり…
そんな街中の、料理スタジオ。
此処に訪れた√能力者たちは、どのようなチョコを作り、どの様な想いを籠めるのだろうかーー
「普段からお世話になっているお友達に、チョコを作りましょう。」
黒いドレスに、金の縁取り、金の三日月。
ふわりと裾を揺らして会場に現れた、|月ヶ瀬・アメリ《つきがせ・あめり》(月の鏡・h01430)。
彼女は月光の様な銀髪を真っ白なバンダナで纏め。
同じ様に真っ白なエプロンを着けて、むん、と袖捲り。
セレスティアルらしい、真っ白な翼を背負う15歳の彼女も。
蒼い瞳を閉じて思いを巡らせてみても、ともだち以上に気になる異性・同性は浮かばない。
まだまだ恋は、わからないようだ。
それよりも、たくさんのともだちたちや、お世話になった人たちの顔が浮かんでくる。
だから、友達にあげるチョコと。ついでに。
「少年もチョコが欲しいみたいなので、お裾分けです。ふふ。」
たくさん作るなら、一つや二つ、増えたところで些細な違い。
それならば、一人でも喜んでくれる人が増えるなら、もっと嬉しい。
これには少年もきっと、舞い上がり、躍り上がって喜ぶことだろう。
あどけなく、あまり表情筋の動かない顔に、やる気が満ちる。
ーーさて。
アメリが用意したのは、料理本と温度計。
溶かして固めればOK!という人もいる中にあっては、かなり几帳面と言えるだろう。
形のイメージだって、出来上がっている。
まず、セレスティアルらしい、羽根の形と。
「私の好きな、お月様の形にしてみましょう。」
こくりと頷きながら、型の準備もバッチリだ。
ブラックチョコとホワイトチョコを丁寧に刻み、温度を見、管理しながらしっかり湯煎。
「シンプルに固める分、しっかりとテンパリングをしないといけませんね…」
やはり、作って、誰かに渡すのならば、味や食感にだってこだわりたい。
ヘラでもってテンパリングをしてやれば、ボウルの中で、黒と白が、それぞれ踊る。
「水気が入ると、固まらなくなることもあるのですね。」
ーー気を付けなければ。
本を覗きながら、そう呟くアメリの顔は真剣そのものだ。
「無事に固まっているでしょうか。」
型に収めて、冷蔵庫で冷やし始めてから、およそ30分。
無表情の中に、少し緊張の色を浮かべたアメリが、冷蔵庫から型を取り出す。
シリコンの型から、お皿へぷちり、ぷちりと落としてみれば。どれも無事に固まってくれたようだ。
「溶かして、型に入れただけですが。できましたね。」
お皿の上には、月の満ち欠けによって翼の色が変わるという、彼女らしい黒と白の羽根。
それに真っ白な満月と、真っ黒な新月が広がって。
そして、黒白2色を用いて、ちょっと冒険してみた三日月も。
「ちゃんと美味しいです。…安心しました。」
三日月になり切れなかったマーブル模様のチョコは、味見のため、アメリの小さな口の中に納まった。
彼女は溶かして固めただけと言うが。
来年も、その向こうも。いつか気になるひとが現れた時も。
今日この日の経験は、きっと糧になる事だろう。
「皆さん、喜んでくれるでしょうか。」
これから渡すひとたちの笑顔を思い浮かべながら、ラッピングに勤しむアメリの横顔には。
月の様な、柔らかな微笑が浮かんでいたーー
ーー|巧克力、酒合《チョコレートはお酒に合う》!|美味出来、期待《おいしく作れますように》!
青い羽織に黒のライダースーツ。
銀の髪は、海月のようにふわふわ。
|産土・雷羅《うぶすな・らいら》(天然謎口調銀髪お姉さん・h05849)の目的は。
『チョコはお酒に合うから、自分のためにたくさん、美味しく作る!』
というものである。
この怪しい言語で喋る『外星体ウェーブクァーレ』の依代である彼女。
見た目こそ成人女性であるし、外星体自身も、経た年月でいえば相当なものだ。
ただし、残金が怪しくてもお酒に手が出てしまう程度には欲望に忠実という、内面が幼女なアンバランスさを持っている。
「|三角巾及围裙、装着完了。望開始料理!《バンダナとエプロンも着けました。料理を始めたいです!》」
さて、外星体である彼女は、地球における料理経験はない。
もちろん、外星体という特性上、『料理』という行動の意義や存在すら知らなかった可能性も大いにある。
それが地球に来てから『食事』を知り、『料理』をやってみたいと考え、行動に至ったのであれば。
それは地球の民として、喜ぶべき、歓迎すべき変化だろう。
「大匙、大匙?ライラちゃん、|具体的望知。大匙、何克?《具体的に、大匙って何gですか》」
さて、『酒に合うから』という理由で始めた雷羅だが。
教えられる側としては、かなり真面目な優等生の部類に数えて良いだろう。
地球の常識の中に、まだまだ知らない部分があるために、混乱することはあれど。
脱線や奇異なアレンジに目覚めず、教本通りにこなしていく。
『自分のため』もまた、料理、チョコ作りには大切な理由なのだ。
「|味見、了《味見も、よし》。完成!ライラちゃん、大満足出来!美味、美味!」
こうして、雷羅自身も太鼓判を押す出来に仕上がったのが、オレンジピールチョコである。
そもそも、チョコを湯煎して固め直す、という工程に関して言えば、彼女は然程苦戦はしなかった。
オレンジの皮を煮詰める際に苦戦した『大匙』という言葉も、『そういう器具で計るもの』と納得し、理解すれば、後は早い。
「|是、酒合事、疑無。然、今食過、後残無《これはお酒に合うはずです。だけど、今食べ過ぎたら残りませんね》。ライラちゃん、我慢!」
こうして、己の欲望もしっかり我慢して。
異星人の『はじめての料理』は、大成功に終わったのだった。
これを機に、彼女の『お酒に合う料理』のレパートリーが増える事になるのかは、また別のお話ーー
ーー普段は食べる専門なんだけど……
「可哀想な子少年のために、久々に作るかぁー。」
そう言いながら、気怠げに白衣を揺らし。
その様子とは裏腹に、調理器具をてきぱきと準備していくのは、|黄菅・晃《きすげ・あきら》(汎神解剖機関のカウンセラー・医師兼怪異解剖士・h05203)だ。
常に無気力だが、仕事はきちんとこなすタイプという彼女は、人間災厄などのカウンセリングを務めている。
只人に厄災のカウンセリングが務まるのか、と思われるかもしれないが。彼女もまた|取り替え子《チェンジリング》、超常の者である。
そんな彼女による災厄達のカウンセリングは、割と真面目に話を聞いてくれることで定評があるとか、ないとか。
今回の一件も、彼女なりに少年の話を聞いてやる事で、今後の事件の予防に繋がると判断したのだろう。
「さて、小学校高学年から、中学生くらいかー。どんなのが丁度いいかな?」
さて、晃は外見年齢こそ26歳であるが、ヒトならぬ生も永い。
そんな生の賜物か、記憶の引き出しには多くのチョコが眠っている。
「ま、軽い気持ちで受け取れるくらいがいいか。
手が込み過ぎると、少年の舌が肥えて、また面倒なことになりそうだし。」
そんな細やかな事にも気を配りながら、藍の髪に白い三角巾を巻いた。
ーーさて、暫しの時間が経ち。
「ヤバ、作りすぎた。少し自分用に取っとくかぁー。」
晃が作ったのは、サイコロのような立方体の、生チョコレート。
久しぶりのチョコ作りに、少し量の加減が狂ったか。
それとも、口ではぶっきらぼうだが、案外お節介な部分もある彼女のことだ。
初めから担当している人間災厄にも配るつもりであったのかは、本人のみぞ知る。
味見をしてみては、しっかりと舌の上でとろけ。
味も確かなクオリティに仕上がっているのは、昔取った杵柄と、肥えた舌のお陰だろうか。
そんな完成品を自分用と、今回の仕事用に、別々にパッケージして。
「さて、それじゃ行きますかー。」
白衣を揺らし、ひと足先にスタジオを出るのだった。
さて。晃が向かったのは、事件の発端となった少年のもと。
最近、色々な意味で様子のおかしい少年がいないかと、方々のインビジブルに尋ねて歩き、彼の居場所を突き止めたのだ。
なお、少年以外にも該当しかける者が何人かいたようだが、それは季節病のようなものだろう。
「僕、何か悩み事ー?」
少年は、思わせぶりかつアンニュイな雰囲気を漂わせて土手に腰を下ろし、川を眺めていた。
「別に……」
晃の問いに、視線を逸らしながら答える少年。
しかし、その場を動こうとはしない。
「そっかー、私の勘違いだったかなー?」
そんな少年の隣に腰を下ろし、同じように川を眺める。
そんな時間が、暫し続いて。その背後で、姦しくバレンタインの話をしながら通り抜けていった少女たちがいる。
「チョコ、か。…ふっ」
晃はその、自嘲を込めて鼻で笑う声を聞き逃さなかった。
「そうだねー、バレンタインといったらチョコが定番だからね。」
「俺は、どうせもらえないし……。貰えないから、こんな事になってるし……。」
やがて、少年はぽつぽつと、自身もチョコが欲しかったこと。
チョコ欲しさに古妖の封印を解いてしまって以来、学校のロッカーなどに大量のチョコが押し込まれるようになったことを語った。
「へぇー、そう。話してくれてありがとー。」
おそらく、学校のロッカーに押し込まれたチョコは、妖怪たちが奪って来たものだろうと察しが付く。
「じゃあ、私からあげよっか。本命じゃないし、バレンタインにもまだ早いけど。話してくれたお礼ねー。」
「えっ、あっ、ええ!?ええぇぇぇええ!?」
元々オーバーリアクションなのだろうか。
ラッピングされた小箱を渡す前から、少年は土手から転がり落ちんばかりに驚いた。
義理だろうが、なんだろうが。チョコはもらえれば嬉しいものである。
「あ、ああああり、ありあり、ありがとう!?」
「そうやって素直になりなー?本音抑えて要らないことするもんじゃないわよ?」
箱を受け取るも混乱と興奮のあまり、言葉すら怪しくなった少年の側から立ち上がり。
ひらりと手を振って颯爽と立ち去る白衣の背中に。
「いい……。」
少年はひとり、宝物のように小箱を抱えながら、呟くのだった。
|白蹄寺・漣《はくていじ・れん》(ドライバーホワイト・h05748)は、学園の王子様だ。
夜空に浮かぶ月の様な銀髪に、色白の肌。
所作の一つ一つに型が決まり、血筋の良さを窺わせる。
一目、女子に視線を向ければ、黄色い歓声が上がる事は疑いない。
「自慢じゃないけど、ボクもチョコは割ともらう方だし。
お返しチョコっていうのもあるみたいだから、そういうの色々と作ってみようかなって。」
そう、紛れもない事実を気障に言い放ちながら、器材を準備し、エプロンに三角巾を巻き、作業に向かう彼女。
そう、彼女、である。漣も、花も恥じらう14歳の乙女。
財を成した家であるが故に、料理なども習っているのだろう。
無駄の無い所作で道具を選び、チョコを溶かし。
最善の状態となるよう、しっかりとテンパリング。
溶けたチョコは、ビスケットの器に流し入れ。
色のアクセントとして、ハートのように乗せるのは、真っ赤なドライフルーツのラズベリー。
出来上がったのは、いわゆるチョコタルト、だ。
ここまでなら、普通の友チョコ作成の範疇だろう。
とはいえ、憧れの王子様からチョコをもらったお姫様たちがどうなるか、それはご想像にお任せしたい。が。
おそらく、只では済まないだろうことは予想できる。もらった方が。
ーーしかし、彼女はそこで終わらなかった。
やけにあっさりと終わらせたチョコタルト、その一方で。
やたらと力を入れて作っているものがある。
「あ、これはさ、簡単なの作っていてもスキルは上がらないし、色々挑戦してみようかと。
で、色々お世話になっている人とかに、ついでにあげようかなって……」
漣は、そう口早に語るが、タルトに比べて、かける手間も造形レベルも、あまりに跳ね上がり過ぎていた。
そのチョコは、ヒーローが持つような、大斧の形。
チョコタルトもソツのない出来だが、それとは一足と言わず、二足三足跳びの出来に仕上がりそうに見える。
そう、彼女のアニキ、黒虎・路明の為に作っているようなのだ。
ーーそう。これはアニキにお世話になっているから渡すのであって、特に恋愛感情とか浮ついた気持ちで渡すわけでは…
などと心の中でも言い訳しつつ、路明の得物である【タイガーバスター】を模ったチョコが、豪華なバラのチョコで埋め尽くされていく。
ーーアニキはぶっきらぼうでアウトローに見えるけれど。
本当は面倒見が良くて、細やかな配慮もできる人で。
何よりボクを助けてくれた、命の恩人だ。
アニキのことだし、チョコも養っている兄弟に分けてあげるだろうから…
そのために、バラのチョコは、たくさん入れておこう!
白蹄寺・漣、若年ながら細やかな配慮も行き届いた、出来る王子様である。
コレを渡すのか本命でなくて、一体何だというのか。
あからさまにラヴのにおいが溢れる逸品だ。
直接的なプレートこそ、我慢したものの。
「アニキ、喜んでくれるかな…」
丁寧にパッケージングした箱は、白黒2色のリボンで結び。
自身の槍と、蹄の形をイメージしたホワイトチョコもこっそり足してみた、恋する王子様なのであったーー
ーーさぁ、ラブを込めて張り切って作るわよ。
サニィ・ノート(ひだまりの魔女ママ・h02926)
は、薬指の銀の指輪を光らせながら、気合いを込めて力こぶを作って見せた。
そう。既にチョコのように甘い雰囲気を漂わせ、若々しくある彼女だが、既婚者である。
そして作るのは勿論、|愛する夫《ライト》に渡す本命チョコ!
「ステラちゃんもお手伝いしてね?」
太陽な笑みを向けられたそこには、香染のような髪色の少女。
「うん…!パパに喜んでもらいたいな。…びっくりするかな?」
サニィの愛娘であり、彼女の付き添いでやってきたステラ・ノート(星の音の魔法使い・h02321)だ。
もちろん、愛する両親のために、彼女も力を尽くすつもりだが。
|ママ《サニィ》が言うには、今回は|パパ《ライト》には内緒とのこと。
「ふふ。私とママの間の秘密…また増えちゃった。」
「期間限定だけど、ね?」
2人の魔女が、悪戯を思い付いた子どものように微笑みあった。
「ふふ、じゃーん!ちゃんとステラちゃんの分のエプロンも持ってきましたー!」
そう言って娘に見せるのは、ふわふわフリフリの、お揃いのエプロン。
エプロンを借りる者たちが多い中、流石は妻であり、母。準備に抜かりはない。
サニィとステラ、母娘お揃いの可愛らしい姿で、準備は完璧に完了したのだった。
さて。|夫《ライト》の好みは、サニィの手の中に握られている。
そう、長年連れ添ってきた彼は、甘いものが好きなのだ。
ーーチョコトリュフを作る。
この意図は、前もって娘にも伝えていたけれど。
「…でも、お酒で酔うとふにゃふにゃになって可愛いのよね。洋酒、混ぜておこうかしら。」
「え…っ、それはちょっと、わかるけど…。大丈夫かな?」
まぁるい、まぁるい、口の中でとろける、月のようなチョコレートたちに。
愛してやまない最も身近な月も、へにゃへにゃととろける。
そんな、ちょっとした悪戯が仕込まれようとしていた。
さて、一方のステラである。
「ステラちゃんは、お友達へのチョコを作るの?」
「うん。折角だし、わたしもお世話になっているみんなにあげたいな、って。」
サニィの手伝いを進めながら、彼女も着々とチョコ作りを進めていた。
普段から母の手伝いをしているのだろうか、母娘の作業の連携には目を見張るものがある。
いざチョコを渡そうと考えて、彼女の頭に浮かぶのは。
両親と、そして数多くの友だちたちの顔。
彼ら彼女ら全てに届けるとなると、中々大変ではあるけれど。
みんなに日頃の感謝を伝えられるなら、やり甲斐も感じられる、というものだ。
そんな娘に、優しい笑顔を向ける母の隣で。
ミルクチョコ、ホワイトチョコ、抹茶に苺。
色とりどりのチョコを用いて生み出される、カラフルな星型のチョコたち。
「甘い星が、皆に笑顔を届けてくれたら嬉しいな。」
そんな星の呟きを聞き逃さないのが太陽である。
「なら、ラブね!ラブを込めましょう!」
「…え?ラブを、込める??」
困惑顔…いや、母の言わんとする事、やらんとする事の予想がついたステラは、はにかんだ。
「そ、それはちょっと恥ずかしいのだけれど。」
頬を染めながら、一歩、引いて。
しかし、尚も強く輝くのが太陽である。
星が一歩引いた分、ずずい、と力強く踏み込んで。
「大切なお友達への贈り物だもの。やっぱり、ラブを込めるのは大事よ!
私はこれから、ライトにあげるチョコに込めるつもりだったの!」
星星のチョコたちの隣に、月のようなトリュフチョコが並べられ。
銀の指輪が輝く両手で、しっかとハートを形作られてしまえば、最早恥ずかしさを理由に逃げ出せる道はない。
「ママはやると言ったら絶対やる人だからなぁ…」
物心ついてから、十余年。
育ててきてくれた母の性格は、父に勝るとも劣らないレベルで把握している部分もあるのだ。
「はい、ステラちゃんもやって!」
母に力強く促され、ステラも両手でハートを作り。
照れ隠しに『……コホン。』と、咳払いを一つ。
「両手でハートを作って……美味しくなぁれ♡ラブ♡ずっきゅーん♡」
「ぉ、美味しくなぁれ♡ラブ♡ずっきゅーん♡」
魔女2人分の強力なラブが、チョコたちに降り注いだ。
チョコも無事に2人のラブが込められて完成し。
エプロンを畳んで、ひと段落ついた頃。
「ねえ、ママ。みんなに食べてもらう前に、味見…してくれないかな…?」
テーブルを挟んで、2人向かい合う様に腰を下ろしていたステラが、おずおずと口を開いた。
「大好きなママに、一番に食べてもらいたいな。」
星の瞬く様な笑顔に、サニィもまた笑みを浮かべ。
「ええ、勿論よ!ふふ、私からも、ステラちゃんに。
ライトにあげるのとは違って、ちゃぁんと、お酒は入っていないから!」
ーーはい、どうぞ?
2人の声が重なって。太陽を模ったチョコと、月のように丸いチョコが、それぞれの口に収まった。
母と娘の花咲く様な笑顔を見れば。
その出来具合は、言わずとも知れるだろう。
そんな魔女たちの、秘密のチョコ作り。
ステラの作った星々が、友人たちの間に笑顔を生むであろうことは、疑いないが。
星と太陽の愛情と悪戯心が、果たして月にどのような結果を齎すのか。
それを知るのは、父であり夫である、来たるバレンタインデーの日の、ライトのみである。
「確かにポエムを詠って夕日へ叫ぶって、常人には出来ません。」
|箒星・仄々《ほうきぼし・ほのぼの》(アコーディオン弾きの|黒猫《ケットシー》・h02251)は、穏やかで、心優しいケットシーである。
いざ戦いとなれば|帽子《シャコー》の羽根を揺らし。
愛用の手風琴【アコルディオン・シャトン】を胸に、最前線で音楽を奏でる、戦う音楽家だ。
その彼をして。件の少年は、こう言わしめた。
「ーー少年さんは、勇者だと思いました。」
さて、そんな仄々から常人の扱いを剥奪されかけている少年であるが、歳の頃は仄々とほぼ同じ。
何故こうも落ち着きというものが違うのか。
少年の両親も頭を悩ませ或いは抱え、尋ねてくるかもしれないが。それはさておく。
やはり、騙す奴が絶対に悪いのである。
「そんな純真な?…煩悩で一杯の?
お心に付け入って弄ぶ古妖さんの何と悪辣なことか。
絶対に倒しましょう。」
肉球を握り締め、打倒古妖の決意を固める一方で。
少年に対して、若干の辛辣の色を感じるのは、気のせいだろうか。
「友チョコもいいものですよ♪」
気を取り直して。仄々は少年に、友チョコの素晴らしさを伝えようと考えていた。
煩悩でいっぱいの少年が、同性で同じ年頃の仄々にチョコを貰ったら、どうなるか。
案外、年頃の少年らしいバレンタイントークが繰り広げられるのかもしれない。
桜色の肉球で白いエプロンを付け、頭に三角巾を巻いて、準備完了!
早速、一欠片のチョコの味見をする仄々だが。
猫にとって、カカオの成分は毒ではないか、と心配する諸兄もいるだろう。
しかし、彼は獣人。ヒトに近しい存在である。
「私は獣人なので無問題です。チョコは大好きです♪」
何より彼がそう言うのだから、本当に問題はないのだろう。
さて、彼が持ち出してきたのは。
意外や意外。なんと、ホームベーカリー。
お腹に溜まるものとして、美味しいチョコパンを作ろうというのだ。
「彼も育ち盛りですから。」
これは歳の近い同性だからこそ、空腹感が理解出来るからこその配慮だろう。
それにしても、この気の周り具合。
やはり、少年の両親は、仄々の爪の垢を煎じて飲むように言うのでは無かろうか。
ココア、卵、砂糖、バター、イースト。
桜色の肉球で、踏み踏み、混ぜ混ぜ、捏ね捏ねて。
生地は食べやすい大きさにして、幾つか作り。
更にチョコチップを加えて発酵!
その間に砕いたチョコを丁寧に湯煎して。
パンが焼き上がったなら、しっかりテンパリングしたチョコを塗って、乾かして、出来上がり!
「我ながら中々良い出来です。」
もちろん、出来上がったからとて、油断する仄々ではない。
人に渡すものなのだ。味見も決して忘れない。
この周到さに、少年の両親は泣いて友達になってくれないかと頼むかもしれないが、それもさておき。
「少年さんの人生は、まだまだこれから。
そのリビドーで素敵な未来へ進んでいけますよ。」
黒猫はエメラルドの瞳を細め。
チョコパンをバスケットに詰めて、てん、と蓋を閉じて。
「…多分。」
付け加えた一言に、若干の不安の色が見えるのは、気のせいではないだろう。
第2章 集団戦 『悪い百鬼夜行』

――さて。一部から強烈なラヴの波動を感じたが。
全体的に見れば、チョコに類するものが多く作られた。
そして、そんな大量の手作りチョコの気配を嗅ぎつけて、このスタジオに押し寄せる者たちがいた。
そう、黒幕に唆され、作られたチョコレートを強奪せんという、悪い百鬼夜行である!
せっかく作ったチョコを奪われてしまってはたまらない。
ここで返り討ちにしてやろう!
――Give me chocolate!!Give me chocolate!!
少年と同類な気配がするのは、きっと気のせいだ!
――Give me chocolate!!Give me chocolate!!
チョコレートを奪わんとする魑魅魍魎の群れ、『悪い百鬼夜行の群れ』。
彼らは大量のチョコレートの気配を察して、街中の料理スタジオに迫っていた。
「頃合いを見て、離れといてよかったなー。」
そしてその魔手は、一足先にスタジオを離れ、事件の発端となった少年に接触していた、|黄菅・晃《きすげ・あきら》(汎神解剖機関のカウンセラー・医師兼怪異解剖士・h05203)にも迫っていたのである。
彼女は古妖たちの気配を感じ、仲間たちと合流を図っていたのだが。
――Give me chocolate!!Give me chocolate!!
残念ながら、それは果たせなさそうだ。
「少し、面倒な仕事になりそうだけど。
ここなら、あの子を巻き込まずに済むでしょ。」
気だるげに呟きながら、掌を足元に翳せば。
その陰からずるりと現れる、ショットガン型のシリンジシューター。
撃ち出すシェルは、霊薬・毒薬・怪異の肉片を詰めた注射器。
一発で高威力を発揮する、特別性だ。
「悪いけど、アンタ達にあげるチョコレートは無いの。」
敵の群れに、どこまで対処できるか。
青い瞳で敵を見据え、油断なく銃を構えた、晃の足元で。
――銀の耳が、ひょこり、生えた。
それは、きっちり3秒ごとに、ひょこり、ひょこり、ひょこり。
現れたのは、月を思わせる、銀毛のウサギたち。
らしくもなく、きょとんとする晃の前に、次々と臼を積んでいく。
「これは、バリケード。…ってことかな?」
意図を察した彼女が臼の壁を盾に、一発ショットガンを放てば。
そのあまりの威力に、先陣を切った狸が茶釜ごと弾け飛んだ。
「良かった、間に合ったようですね。」
届いた声にカウンセラーが振り返れば、ウサギたちと同じ銀月の髪。
|月ヶ瀬《つきがせ》・アメリ(月の鏡・h01430)が微笑んでいた。
礼を言う晃に、銀の翼の少女は『気にしないで』とでも言うようにひらりと手を振る。
「私はここから支援します。動けませんので。」
そう。突然現れ、臼を積み上げ始めたウサギたち。
それは彼女、アメリの√能力によるものである。
――【|月兎の戯れ《ラパン・リュネール》】
彼女が3秒詠唱する毎に、杵や臼、餅を持ったウサギが召喚されるというものだ。
動いてしまうと、今まで築き上げたものは全て消えてしまうという制約もあるが。
動きさえしなければ3秒ごとに増援が現れるという、敵にとっては厄介な能力だ。
そして、その臼製のバリケードの前に、蒼い羽織をふわりと浮かせ。ひらりと躍り出た影がある。
「|暗黒微笑《ふっふっふ》!対|巧克力《チョコレート》強奪犯、秘策有!」
|産土・雷羅《うぶすな・らいら》(天然謎口調銀髪お姉さん・h05849)の青いフレームの眼鏡の下、海のような蒼い瞳は。
早く悪戯をしたくてたまらないとばかりに、童女のように細められている。
「|望巧克力?《チョコレートが欲しいのですか》」
――Give me chocolate!!
迫りくる木っ端妖怪たちの群れに、問う雷羅。
無論、答えなど聞くまでもないが、大いに、湧きに湧く妖怪たち。
その熱気を前に腕組みし、目を閉じながら。彼女は大げさなまでに、うんうんと頷いて。
「|給你礼物《ならあげましょう》。
――真体顕現、現実改変。祈願:関係各位、相互幸福。」
大仰に両手を広げると、不可思議な文字列が輝くクラゲがぽっかり現れて。
揺らめきながら、何かの山を築いて去っていく。
そこに現れていたのは、何とも美味しそうな、美味しそうな、チョコレート。
思いもよらぬ言葉。それを真実と飲み込むための、一瞬の沈黙。そして。
――Whoooooooooooooo!!Yeahhhhhhhhhhhhh!!!!
妖怪たちが湧いた。それはもう、湧いた。中には感涙に咽ぶものまでいる。
やはり、少年と同類な者も中にはいたようだ。
我先にとチョコに殺到し、持ち帰るという使命を忘れて貪り食う妖怪たちの傍らで。
雷羅のレンズが、妖しく輝いた。
「――|但、偽物《ただし偽物を》。」
その声が聞こえた者は、どれだけいただろう。
「うーわ。戦いの最中なのに、がっつくねー。」
戦いを忘れ、チョコに没頭する妖怪たちのあまりの様に、呆れた声が漏れる晃だが。
もちろん、このあまりにも大きな隙を逃す彼女ではない。
がしょり、注射器を再装填しながら呼び掛けるのは、己の影。
「好きなだけ壊してどーぞ。」
彼女の影が、独りでに動く。それは主から分かたれた、好奇心旺盛で、気分屋な影。
――【|狂喜乱舞の影《シャドウオブヒドニズム》】。
蛇のようなカタチを取り、枝分かれしたソレは鎌首を擡げ。
雷羅のチョコを貪る妖怪たちを興味深げに眺めた後、じゃれかかった。
無論、じゃれかかる、というにはあまりの破壊力。
妖怪たちが影に薙ぎ払われては、宙に投げ出され。チョコを食べながら影に呑まれる者まで出る始末。
喜びの影による高命中率の近接攻撃を行うのがこの√能力だが、もう一つの能力として主の身体の一部を破壊すれば、即座に再行動できるというものを持つ。
しかし、その様な必要は一切感じられないほどに、未だ隙だらけ。
「まるで七面鳥撃ちだね、これ。」
またショットガンが一匹の妖怪を撃ち滅ぼす。
「まさかこんなにチョコを求める人がいるなんて…
もっと多めに作ればよかったですね。」
そうは思いませんか?と、隣の影に穏やかに話しかけるアメリ。
√能力の効果で動けない彼女のために、晃が直掩に回したのだ。
「でも奪うのはいけませんよ?望月の兎。ついて、捏ねて、跳ね回れ。」
前線では、3秒ごとに増える銀ウサギたちが、ぽっこんぽっこん。
いい音を響かせながら、妖怪たちを杵でついている。
「普通の妖怪さんたちなら、余ったチョコを差し上げたいところですが。」
残念ながら、相手は古妖に唆された、悪しき妖怪たち。ここで全滅させねばならない。
「ほかの人に迷惑をかけるような人たちには、おしおきです。」
ね、と。まだまだ増えるウサギたちに囲まれながら、周りのウサギと影に微笑むのであった。
さて、ここで一部の妖怪たちに変化があった。
いくら食べても、満腹感がない。幸福感はあるのだが、その後の満腹感がない。
そう気付いたときには、ハチェットがきらりと閃いて。考える力を永遠に奪われる。
種明かしをしよう。雷羅が使用した√能力は【|真体:Wave Qualle《サモン・舞セルフ》】。
現実改変を行い、「誰も傷つける事のない願い」をひとつ叶えるというもの。
もちろん、チョコレートを食べてもらうという願いは誰をも傷つけることのない願い。
しかし、彼女が垂れ流す様に大量生産したチョコは現のモノではなく、やがて消えてしまうもの。
そのカラクリに気付かなければ放置して味方に任せ、気付いたモノから始末して回る。
それが、暗殺者のご遺体と誤って融合しちゃった宇宙人である彼女の作戦。
「|真剣勝負|一回思案《もちょっと考えました》。|然《でも》、|巧克力《チョコレート》略奪可能性、許容不能……!」
|戦い《花》より|チョコレート《団子》。幼女のように朗らかで、温和な彼女だが。
その身に宿る記憶から、手練手管には詳しいのだ。
はて、随分と大勢でチョコを食べていた気がするが。
一匹の小鬼がふと、静かになった辺りを見回す。
何故、周りにはこんなにも仲間たちの骸たちが転がっているのだろうか。
「随分と夢中だったからねー。ちなみに、アンタが最後の|一匹《ひとり》。」
その白衣の女の声に、咄嗟に身を翻して逃げようとするが。
万が一を想定した麻痺弾が、その逃げ足を封じるために小鬼を撃ち抜く。
「ちょっと、勝手に動かないでくれない?私の銃の弾が無駄になるでしょー?」
――ショットガンから放たれた|注射器《シェル》が、逃げ損ないの頭を砕いた。
一部の√能力者たちがいち早く料理スタジオを発つ事が出来たのは、ここを引き受けた者たちがいたからに他ならない。
「心を込めて作り上げたチョコは大切だけれども、ボクにはみんなの命の方が大切だ。
みんな、チョコは一度置いて、こちらについておいで。こちらの安全は確保しているよ。」
|白蹄寺・漣《はくていじ・れん》(ドライバーホワイト・h05748)も、料理スタジオの避難誘導や安全確保に尽力している一人だ。
『闘志戦隊ファンダーズ』の一員である彼女は、ヒーローとしての一般人の安全確保に長けている。
敵の目的が皆が作ったチョコの強奪にあると察し、チョコを持っていなければある程度の安全は確保できると迅速な判断をした。
そうとなれば、後は行動に移すのみだ。
「王子s…あなたは、あなたも私たちと一緒に、ここで隠れていましょう!」
「ふふ、心配ありがとう。でも大丈夫、悪い奴らからはボク達が守ってあげるからさ。」
自分たちを自分たちを自分たちを安全な場所まで無事に送り届けてくれた漣の身を案じ、心配の声をかけた女性に。
お礼として星が飛ぶような王子様スマイルを贈り返したところ、何人かノックアウトしかけたが。
そして、続けざまに、居合わせた男子達に号令をかける。
「姫たちを守れるのは、君たちだけだ。…やれるね?」
勿論、王子さまは女子だけのものではない。
その抜群の|王子様力《カリスマ》に従わぬ男子たちもいないのだ。
さて。避難についての指示がひと段落ついたならば、現場に戻り、危険の元を断たねばならない。
ちゃっかり持ち出していたチョコタルトは、妖怪たちとの戦いには邪魔になるだろう。
手近にいた女性に預けるため、声をかけて、ウィンクひとつ。
「これ、持っててくれないかな?結構頑張って作ったから、あいつらに奪われるわけにはいかないからね。」
――トゥンク……
心がときめく音が、無数に鳴った。この自然に出たウィンクが、漣の誤算だった。
「あいつらに奪われるわけにはいかない……まさか、私たちのために…?」
「まさか、不安になっている私たちが落ち着けるように、チョコタルトを持ってきてくれた…ってコト…!?」
何故だろうか。『持っててくれないか』と、漣はちゃんと言ったのに。
相手は何故か、預けたチョコを『自分たちにくれた』と勘違い。
『え。ま、ちが…』と口に出そうにも、もう遅い。
すっかり黄色い声に包まれて、喜ぶ様を見せられて。
流石の彼女のカリスマを以てしても、チョコは回収不能と悟らざるを得なかった。
「仲良く分けてね。いい子たちで待っているんだよ。」
そう、女性たちに言い置いて。妖怪たちがチョコを漁る現場に、漣は舞い戻った。
――Give me chocolate!!Give me chocolate…?
チョコ寄越せ、の合唱で迎える妖怪たちを。彼女は無言で。据わった目で睨みつけた。
ただ、ただ、無言。そして、王子様にあるまじき、鬼気。
その気迫に、興奮していた妖怪たちが、じり…と、後退るほど。
それを追うように、一歩、ずん、と踏み出して。
ジェットランス【ホーンストライカー】を構えて、空中を奔りながら敵の群れに突進した。
「お・ま・え・た・ち・の、せいでええええ!!」
敵が来なければ、そもそも依頼に来てないのだから、理不尽と言えば理不尽なのだけれども。
不幸にも暴れ鹿の前に出たがために、次々と撥ね飛ばされていく妖怪たち。
――幸い、この暴れん坊王子様を目にして、生還した妖怪はおらず。
避難をしていた皆の耳にも、その怒号が届くことはなかったという。
――勿論、料理スタジオで暴れている少女一人で、避難と悪い百鬼夜行の相手、そして排除。
これを全てを行う事が出来たわけではない。
援軍として現れた、協力者あってこそ、でもある。
「あの大暴れしているのは、あなたの知り合いですか?」
「誠に遺憾ながら。|私の知り合いにございますね。」
スタジオから聞こえてくる、少女の怒号と妖怪の悲鳴を背景に。
ほんわかした声と、少し頭の痛そうな声が交わされる。
|青木・緋翠《あおき・ひすい》(ほんわかパソコン・h00827)と、|青亀・良助《あおき・りょうすけ》(バトラーブルー・h05282)、この偶然居合わせた『あおき』コンビもそうであるし。
「獅子奮迅とはこのことですね!あ、また吹っ飛んだ。
すごいですね、怒りのままに、という感じです…!」
「その動画、後で私にくれないかしら?何かの取材のタネになりそう。」
レギオンを通してその戦闘を観察しているレナ・マイヤー(設計された子供・h00030)と。
銀の髪をバブーシュカに包んだ灯理・ナンシィ(バブーシュカレディ・h01791)も、増援としてこの現場に現れた√能力者である。
特に良助にとっては、更に重なった偶然であるが。
大暴れしている少女は、彼が時々手伝う戦隊『闘志戦隊ファンダーズ』の同僚であり。
この記憶をどうするべきか。
バレンタインというイベントを邪魔された正当な怒りであるし、乙女の秘密として見なかったことにしてやるべきか。
「白蹄寺様…」
完璧な執事にとって、中々に悩ましい問題であった。
――Give me chocolate!!Give me chocolate!!
「とはいえ彼らも、あまり悩んでいる時間をくれなさそうです。」
モニターライト型トンファーガンを構え、前衛に立つ翡翠。
「バレンタインデーにチョコレートを奪うとか、ありえませんね!」
「そうです、そうです!女の子の敵ですよ!強奪事件の現場の写真も撮っておきましょう。」
その非道に怒りを見せる女性陣も、また。
レナはコバルトブルーの髪を揺らし、己のAnkerであるレギオン・リーダーとともに、攻め寄せる『悪い百鬼夜行』を見据え。
ナンシィも【魔眼カメラ】の写真をぱしゃり、ぱしゃりと切っている。
悩んでいた良助も、身内の事はさておいて。
主人の名を汚さぬよう、完璧にこなさねばなるまいと【シールドガントレット『トータスガーダー』】を構え、翡翠の隣に並び立つ。
「それでは皆様。努々、油断なさりませんよう。」
「さて、やっちゃいますかー」
先陣を切ったのは、レナ。…の操る、銀のレギオンたち。
チョコを求めて先陣切った敵集団たちを、ふわふわと浮かぶそのカメラアイが観察し。
「今です、一斉に撃っちゃってください!」
その号令とともに、機関銃、爆弾、レーザー…あらゆる火器を備えた浮遊機械たちが。
彼らが目標地点に立ち入った妖怪たちに殺到し、数で押し、袋叩きにする。
【レギオンジェノサイド】とレナが呼ぶ、彼女の√能力だ。
降り注ぐ火器や光線の様は、まさに硝煙弾雨。妖怪たちが悲鳴を上げながら次々と斃れていく。
「これを人に向けてやるのが、本来の用途なんでしょうね。物騒な話ですよねー。」
彼女の故郷は√ウォーゾーン。彼らが本来齎すであろう、その戦火や脅威を思い浮かべ、苦笑した。
「おお、数は力だね。それじゃあ、私も。おいで、みんな~!」
半人半妖であるナンシィが呼び出すのは、彼女の【百鬼夜行】。
作戦の進捗により呼び出せる配下の数が変わる√能力であるが、前のチョコレート作りの雰囲気に誘われたのか、30体を越える妖怪たちが集まった。
「これぞまさに妖怪大戦争?いいね、シャッターチャンスがたくさん!
チョコレート強奪事件と、それを阻止せんとする本誌記者の配下妖怪たち!」
こんな臨場感あふれる写真なら、次の記事は甥、姪も悦んでくれるだろうか。
配下たちを戦わせる傍ら、ナンシィは次々とシャッターのボタンを押していく。
「この程度の敵であれば、総帥の手を煩わせる程ではございませんね。」
小鬼の棍棒を、鉄壁たるガントレットで受け流しながら、カウンターの拳を叩き込む執事。
「それに、この援護射撃と増援は、心強いものです。」
後衛のレナの援護射撃とナンシィが呼び出した配下妖怪の増援により、前衛の『あおき』二人組が大変に戦いやすくなっている事実がある。
ここに現れた群れの首魁と思われる化け狸。これが振り回した木槌を両腕のガントレットを合体させた大盾で受け止め、シールドバッシュでその体勢を崩し。
「翡翠君!」
「まかせてください。――【>起動start "トンファーガン三連撃"】」
トンファーガンから放たれた銃撃が、シールドバッシュで弾かれ、がら空きになった化け狸の腹を捉え。
縮地の如く懐に踏み込んで、至近で放電することで、狸を焦がし、痺れさせ。
「これで――おしまい、です。」
トンファーの突きが、化け狸の腹に吸い込まれた。
「チョコレートが欲しいなら、おっと穏当な手段もあったでしょうに。」
呆れたように呟いた声に。崩れ落ちた化け狸が起き上がってくることは、なかった。
「ふう、これで私たちに出来る仕事はこれで終了、でしょうか?」
レナが辺りを見回せば、敵の姿は最早見えず。
「…帰りに、私もチョコを買っていこうかな。
でも、レギオンのみんなはチョコを食べられないだろうし、うーん…」
その肩に乗せたレギオンリーダーを労わる様に撫で、平和な悩みを口にしながら。
ふぅ、安心したように一息吐くのであった。
――Give me chocolate!!
√能力者たちの活躍により、『悪い百鬼夜行の群れ』は、ほぼほぼ壊滅状態にあると言ってもよい。
それでもなお士気が落ちぬ妖怪たちを前に、手風琴を奏でながら、憐みの目を向けて相対していた黒猫がいた。
「少年さんと同様、古妖さんに心の闇を煽られたのですね。」
――可哀想に。
|箒星・仄々《ほうきぼし・ほのぼの》(アコーディオン弾きの黒猫ケットシー・h02251)は、付け加える様に小さく呟いた。
古妖にどのように唆されたかはわからぬが。
仲間が倒れることも厭わず、チョコを求めて狂乱する様は、少年をはるかに超える必死さを感じさせる。
チョコを己のために奪いたい者もいれば、奪ってでも手に入れなければならぬ、と唆された者も、中にはいるのかもしれない。
「けれど。いくら欲しくても、他の人のものを奪うのは犯罪ですよ。」
そんな相手たちを諭すように、当然の理を説くが。
それで止まるような妖怪たちではない。
仄々自身もそのことを理解しているものだから、彼にも倒す準備は出来ている。
頑張って作ったチョコを奪われたくはないし、戦闘に巻き込まれて駄目にしては食べ物に失礼だ。
彼は万が一を考えて、既にチョコパンの入ったバスケットを肩にかけ、愛用の手風琴【アコルディオン・シャトン】の蛇腹を開き、大きく呼吸させている。
「愛の形や対象はそれぞれですが、どれも想いが一杯の手作りチョコです。
なので、尚更|×《ばってん》です。お仕置きですよ〜。」
話の分からぬ手合いのために、ここから奏でるのは。戦うための楽曲だ。
そもそもがキッチンとしての設備が多く、狭いスタジオ内。
そして仄々の仲間に吹き飛ばされ、百鬼夜行を再編成した妖怪たちと雖も、大行進はままならない。
「ここはワーグナーで行きましょう。」
彼が選んだのは、そう。|行進曲《マーチ》の大家、ワーグナーの楽曲である。
手風琴が、勇壮、それでいて明るく軽やかな行進曲を元気に奏で始めれば。
突如、先頭を進んでいた一匹の化け狸が、よろめき。前のめりに倒れて。
それに躓くように、将棋倒しのように妖怪たちが倒れていく。
それならば、下敷きになった者たちはまだしも。後ろの妖怪たちは、立ち上がることも出来ようが。
しかし、それすらもままならない。
立ち上がるだけ、それだけの事が何故か困難極まるといった様子に見える。
その様子を眺めながら、黒猫はエメラルドの目を細め、得意げに笑った。
「魂だけでなく、足元まで揺れてしまったでしょうか。
なんと言っても、ワーグナーですからね♪」
そう、仄々の√能力、【|たった1人のオーケストラ《オルケストル・ボッチ》】により。
手風琴の旋律に晒された百鬼夜行の足元が、その身が、震度7相当で揺れているのだ。
先頭で潰されている狸が必死に『突撃せよ』、と言わんばかりに腕を振っているが。
なるほど、これでは突撃は難しいし、個々人の技能に頼った攻撃も、よろめきキッチンにぶつかりながらという様では、小さな仄々という的を捉えるには至らない。
そして、敵の群れの足が止まったなら。
最早、【アコルディオン・シャトン】の音色の独壇場だ。
ぱちり、ぱちりとボタンを叩く度に、浮かび上がる光の音符。
メロディと共に実体化して流れ出る、光の五線譜が敵の群れを包み込み。
「古妖さんのおかげで大変な目にあいましたね。
目が覚めたら、改心していますように。」
相手を慮る、優しい願いの言葉と共に。
音符たちと光の五線譜が。敵と共に弾けて消えた。
さて。戦闘が終わっても、仄々は演奏を続けていた。
屋内の戦闘を終えてみれば、幾ら仄々が気を使って戦っていたとはいえ、施設内部は損傷が目立つ。
中には避難する際か、それとも先頭の最中にだろうか。
運悪くテーブルから落ちてしまったらしい、残骸と化した、可愛らしくラッピングされたチョコがいくつも見受けられる。
命は助かったとはいえ、戻った時にその無残な姿を見た作り主の悲しみは如何ばかりか。
――…が。なんと。
そのチョコの残骸が、少しずつ、再生していくではないか。
「折角作ったチョコが駄目になってしまったら、悲しいですもんね。」
そう、この戦闘が始まる前から、仄々は演奏を始めていた。
勿論、それは√能力としての効力を持っていたのだ。
――【|皆でお家に戻ろうのお歌《リカバリーカバーソング》】
これは、仄々の音色の元にあった、無機物含めた存在の外部から受けたあらゆる負傷・破壊・状態異常が、10分以内に全快するというもの。
その√能力の名の通り、この場にあったチョコたちはあるべき姿となって、無事に持ち主の手元に戻り。
来る日には、渡されるべき相手の元に届くことだろう。
「ふう、これで皆さんのチョコも元通り。僕も、皆さんも、無事にチョコを渡せます。」
ひと仕事終えた仄々は、桜色の肉球を見せながら、その小さな前足で額をぬぐう様な仕草を見せ。
事の発端となった少年にチョコパンを渡すため、スタジオを後にし…ようとして。
少し頭から離れかけていた、倒すべき|本命《こよう》を思い出し。
「でもその前に古妖さん、ですね。」
黒猫はきりり、と気を引き締め、決戦への決意を新たにした。
第3章 ボス戦 『隠神刑部』

予知で少年が叫んでいた橋のたもと。河原にその祠はあった。
「想いを伝えて欲しい、想い人からチョコが欲しい。
欲しい、欲しい、欲しい。欲しいばかりで、何ら行動を起こさぬ者の、なんと多い事か。」
――故に、此度は楽に復活が出来ると思ったのであるが。
その祠の前で、少年を唆し、妖怪たちを嗾けた張本人の古妖が肩を竦めていた。
「努力無くして成果は得られぬとは思わぬか、んん?」
その様に理を説くのは、一匹の古大狸。
久万山より松山城を守護し、城主より刑部の称号を与えられたという古狸。
――古妖『隠神刑部』、だ。
「まあ、よい。貴様らを退ければ、儂の復活も成ろうよ。
貴様らに呉れてやるチョコはない。が、代わりに敗北を呉れてやろうぞ。」
――Happy Valentine。
妙に流暢な発音ではあるが。
敗北というプレゼントを寄越すというのなら、熨斗をつけて送り返してやらねばなるまい!
「たしかに行動を起こさなければ、手に入れられないこともあるでしょう。」
そう口にして、隠神刑部の前に一歩歩み出たのは、銀月の髪と翼。
セレスティアルの|月ヶ瀬・アメリ《つきがせ・あめり》(月の鏡・h01430)だ。
「然り。望んだなら、動かねばならぬ。
謀も巡らせず、何ら準備もせずに、何者かが都合良く動いて呉れるなど、そうありはせんよ。」
それは、城将としてか、陰謀を巡らせる事を好む、古妖としてだろうか。
アメリの口にした言の葉に、深く頷いて。
しかし、と。アメリはそんな狸の様子を空色の瞳で見つめ、続く言葉を口にする。
「狸さんも。誰かが封印を解くことを待っていたんですよね?」
ーー狸の目の色が、変わった。
確かに、謀を巡らせるしか出来なかった期間があった。
祠が年月と共に傷み、封印が緩むまで何も出来ない、永い永い時があった。
それは彼にとって口惜しくてたまらない、屈辱の記憶。
「…それもまた、然り。言ってくれるではないか、小娘。」
口の端を吊り上げた古妖が、その右腕を掲げる。
すると、河原の石たちがふわりと浮いた。ーー隠神刑部が得意とする、神通力によるものだ。
「謀で終わらなんだなら、戦で決めねばならぬ。
河原故に、石合戦の石には事欠かぬ。…始めようぞ、小娘。」
古狸の腕が振り下ろされるとともに、礫の雨がアメリを襲う。
翼をはためかせ、ふわりふわりと石の雨を避け、時に掠めながら。
【忌まわしき神通力】の効果の発動条件である、【最も殺傷力の高い物体】…岩や流木はきっちり避けるセレスティアル。
「欲しいと言葉にできただけでも、まずは良しとしませんか?
その行動に応えて、チョコを渡したのは。
ーー他でもないあなたですよ、狸さん。」
表情に乏しい顔のまま、古狸の思い違いをはっきりと指摘する。
奇矯に見えても、少年の行動は無意味ではなかったではないか、と。
糺す言葉に、顔を顰め。動揺しただろう狸の神通力に、綻びが見えた。
「狸さん。狸さんは…丈夫な傘はお持ちですか?」
もちろん、その機を逃すアメリではない。
祈るように天を仰ぎながら、狸に不可解な問いを投げかける。
『何を』。狸がそう問うよりも早く。
さぁ、と。彼女の祈りが届いたのだろうか。天から『雨』が降り注いだ。
ーー【|晴雨を告げる月の暈《ファクス・カエレスティス》】
雨は雨でも、それはアメリの敵を穿つ光の雨。
さらに、彼女の√能力によって降り注ぐのは。
地球という惑星の盾となってきた衛星…月という星が記憶する、隕石の熱と衝突のエネルギー。
それを遥かに絞ったものとはいえ、その威力は計り知れないものがある。
「欲しくても。待つことしかできない時も、あるんじゃないでしょうか。」
ーー傘を持たない、今のあなたのように。
降り止まぬ光の雨音に、アメリは小さな呟きは掻き消された。
「努力は必ず報われるとは限らないの。その成果すら得られないときもあるわよ?人間ならとくにねー。」
「努力なくして成果なく。努力したとて、実るとは限らない。現実は無情ですねー。」
古妖『隠神刑部』の『行動せねば何も変わるまい』という旨の言葉に、藍の髪の女性2人の声が重なる。
白衣を身に纏い、気だるげな表情を浮かべているほうが|黄菅・晃《きすげ・あきら》(汎神解剖機関のカウンセラー・医師兼怪異解剖士・h05203)。
――…言ってて悲しくなってきました。
物陰に身を潜めながら、そう言って苦笑を浮かべ。
学生服に身を包み、|白いレギオン《Anker》を肩に乗せているほうが、レナ・マイヤー(設計された子供・h00030)だ。
カウンセラーである晃は、努力が実らずに折れてきた人間を幾度も見、そして診てきたことであろうし。
レナは人類の反攻という努力が実らずに、機械によって世界がほぼほぼされた√ウォーゾーンの学徒動員兵だ。
努力したとて報われないこともあることを、各々の形、各々の人生でよく知っている。
「|偶然運命変転《偶然で運命が変わるのも》、|人類愉快特徴《人間さんの面白さなのになぁ》。」
そして、努力必須論では世界がつまらないだろう、と眼鏡の下の蒼い瞳を向け。
ぼそっと反論したのが、|産土・雷羅《うぶすな・らいら》(天然謎口調銀髪お姉さん・h05849)。
誤融合というやらかしではあったが、元となった女性の肉体を復活させてしまった彼女は、偶然が生み出す事象にも価値を見出しているのだろう。
「まぁ、実ろうが実るまいが、私達は生き抜くために戦うしかないのですけども。
そんなわけで!そんな現実を吹っ飛ばすべく!【レギオンパレード】開幕です!」
「欲しいばっかりが人間。別に今に始まったことじゃないでしょー?
アンタはよく知ってる筈じゃない。奥平久兵衛にいいように利用されて封印された、アンタなら。」
レナの呼びかけに応える様に。戦場に、機関銃や爆弾など、様々な武装を抱えた銀のレギオンたちが集結し。
白衣のカウンセラーは、取り巻くように四つの影が沸き上がり。そして自身の足元の影からからずるり、と。ショットガン型シリンジシューターを取り出す。
そして、海月のような銀髪の暗殺者は、ハチェットをその手にしっかと握り込んで。
ゲームの始まりに、童女のように目を輝かせる。
「|万事全力投球《何事も前向きに》!|即時打倒、愉巧克力《さっさと倒して、チョコレートを楽しみましょう》!」
「ふん。久兵衛めの名を出すとは。…奴輩めらが、下手に権力に欲を見せたが故に。
儂らも随分な目に遭ぉたわい。のう、八百八狸らよ。先ず、あの銀の娘を儂に近付けるな。」
――へい、親分!
狸が忌々し気に呟けば。わらわらと集まってくる、彼の配下の化け狸たち。
それは実力者である古狸の、その半分ほどの力量を持つという精兵である。
その狸らが、地を滑る様に河原を舞う雷羅の行く手を阻まんと、我先にと飛び掛かっていく。
――が、その身を確かに捕えようかと思えども。その身をしたたかに殴りつけてやらんと拳を振るえども。その視界を幾ら塞がんとしても。
間一髪、いや、達人的なタイミングで雷羅に躱されてしまう。
それどころか、カウンターの様に振るわれたハチェットが。空間ごと引き寄せられて、やはりそのハチェットで。
楽しそうに舞う雷羅の手で、次々と狸たちの身が刻まれ、削られていく。
「畜生、この|女《アマ》!ふわふわして捉え処がねぇ!……ぎゃっ!?」
――【|人生観が享楽的なのは、実際ゲームに視えているから《メタ・パースペクティブ・ゲームシステム》】。
意識だけを自分から離れた|謎《メタ》視点と融合させ、|現実改変《チート》を用いた時空間操作能力を得る。
ゲームの如き3人称視点で世界を捉えるという、雷羅の√能力の前では。
余程の死にゲーでもない限り、彼女の身を捉えるのは難しいだろう。
「糞、大将に、彼奴を止めろって言われてんのに……ん、なんだ?」
雷羅に翻弄された古妖配下の化け狸が、気配を感じて顔を見上げれば。空色の瞳と目が合った。
それは、銀の球体で…自身に、しっかと機関銃の照準を合わせているではないか。
悲鳴を上げる前に、狸はハチの巣となり。始まったのは、√ウォーゾーンも斯くやという、硝煙弾雨の地獄絵図。
「落ち着け、手前ぇら!所詮は絡繰り、あの小僧の姿なら撃てねぇだろうよ!」
もし、化け狸たちがレナの姿を知っていたならば、その姿に変じていただろうが。
次々と『守るべき対象』である少年の姿に変じる、が。
「化術だとか幻術だとか現実だとか知ったこっちゃありません!
レギオンをただの雑魚と侮る、それ即ち死です!」
如何なる姿に変わっていようが。狸たちへのロックは、幾十ものレギオンたちのセンサーにより、機械的に捕捉されたもの。そう易々と外れる事はない。
レナの『目』となる者たちが、狸と本当の『守るべき対象』を見間違えることはない。
「今日は大盤振る舞いですよ?バレンタインデーですからね!」
スピーカーの向こうの声が微笑むと同時に。大量のミサイルが、嵐の様に狸たちに降り注いだ。
「我が手勢が良い様にあしらわれておる、か。足止めにもならなさそうだのう。…む。」
怪訝の色を浮かべて、配下の戦いぶりを督戦していた狸に、ばすり、と|注射器《シェル》が撃ち込まれる。
それを酒瓶を振るって弾き、防ぐ刑部の背後。ゆらりと、【獰猛な影】が揺らめき、形を成し。
空気ごと裂くように、その手に持った岩で狸の頭蓋を叩き割らんと、凶器を振るう。
「此奴、どこから……!」
――脚が、重い…!
その身を翻し、その岩の初撃を腕で防いだ古狸であるが。
そこで、異変に気が付く。目の前の影の岩を防ごうにも、身体が思うように動かない。
「あーあー、今日も最高に荒れてるわねー。」
殴られるがままとなった古妖を眺め、晃がにやり、と口元を歪めた。
――√能力としての【|獰猛な影《シャドウオブアンガー》】は、殴りつけた相手を【影縫い】と呼ばれる、回避率低下の状態異常を与える。
つまり、荒れ狂い、岩を振るわれる度に狸は身動きが取れなくなっていくのである。
初撃を躱さず、受けてしまったのが狸の失策であった。
しかし、狸もやられるばかりではない。
強力な神通力を以て影を強引に引き剥がし、更に周囲の川原石を弾丸として応射する。
晃の|注射器《シェル》がスラッグなら、狸の|飛礫《シェル》はバックショット。
レナのレギオンの群れも纏めて撃ち落さんという心算、だが。
「痴れ者めが!何故、火事場に首を突っ込むか!」
この戦場の誰にとっても、吠える狸にとっても計算外の事態が発生する。
散弾の範囲で。『本物』の少年が、この戦いの様子を見ていた。
「なんであの子が戦場に紛れ込んでるのよ!」
「レギオンは…攻撃に回していて、戻せません!」
子どもながらに、事件の発端となった責任を感じて様子を見に来てしまったのだろうか。
しかし、隠神刑部の√能力に対応できるような反応速度を、一般人の子どもが持っている筈もなく。
楽観の影たちとともに、飛礫の直撃を弾くのに手いっぱいの晃、物陰に潜んでいるレナでは対応も難しく。
少年の頭と同じくらいか、それ以上はあろうかという岩が、少年の頭を直撃した。
「大丈夫。|我、此在《私がいますよ》。」
――いや、そうはならなかった。
尻もちをついた少年の前で、光が四方に弾け飛び。
渦を巻くように集まって、銀髪の職業暗殺者が再実体化する。
「|少年、無事《きみ、無事ですか》?|此処危険《ここは危険です》。|能立歩《立って、歩くことは出来ますか》?」
雷羅が、明るい微笑を浮かべ、少年に手を差し伸べる。
彼女の√能力は3人称視点で空間を捉える事ができ、それが少年の姿を察知するに一役買ったのであるが、もう一つの特殊能力を持つ。
死亡時に発動する、即時蘇生効果だ。それが、彼女の捨て身の救助活動を可能にした。
突如目の前で起きた事柄の数々に、少年も理解が追い付いていないようではあるが。
笑顔の雷羅の言葉にしっかりと頷き、その手を取って立ち上がった。
怪我もなさそうな少年の姿に、雷羅も満足げに頷き。『そうだ』とでも言うように、何かを思い付いたようで。
黒いライダースーツの下の、自身の白い胸元をまさぐった。
何事かと、更に混乱の度合いを深める少年に手渡されるのは、可愛らしくラッピングされた小さな箱。
「|君此贈巧克力《そんな君には、このチョコレートを上げましょう。》。|情人节《バレンタインデーですからね》!」
――あ、ありがとう。
少年は耳元まで赤く染まりながら、なんとか礼を口にし。
戦場を走り去っていったのだった。
「ふん、あの小僧めが死んでおれば、儂の契約不履行となっておったろうに。
命拾いしたわい。――しかし、美事であった。」
その様子を見守り、賞賛の言葉を述べる古狸の意外な義理堅さに。
晃は安心半分、驚き半分の表情を浮かべるも。だからといってやるべき仕事は変わらない。
獰猛な影の猛攻により動きが鈍った狸に、次弾の装填を終えた散弾銃の銃口を向ける。
そして、その動きに呼応するように、銀のレギオンたちがミサイルを抱えて隠神刑部を四方八方からの包囲を完成させた。
「私もアンタにあげるチョコレートは無いわ。
代わりのプレゼント(銃弾)あげる。喜びなー?」
「これが私のバレンタインプレゼントです!
受け取ってください狸さん!敗北なんて3倍返しです!」
「「Happy Valentine!」」
バレンタインの日を寿ぐ、晃とレナ、2人の声が重なる。
そして、散弾銃の発砲音を合図に、隠神刑部の身をミサイルが猛爆し。
一呼吸の後に、閃光と爆風が河原を駆け抜けた。
――王子はやさぐれていた。
「お前達にチョコを渡すもんか。いや、もうないんだけどね。」
|白蹄寺・漣《はくていじ・れん》(ドライバーホワイト・h05748)、彼女が渡そうとしていたチョコタルトや…気合を入れて作ったチョコは、全て避難していた人たちの手元に渡ってしまった。
「ふふふ、ははは。どうした小娘。HappyなValentineではなかったかのう?」
漣の様子がおかしい事に気付いているのだろう。
ところどころ体毛が焦げた隠神刑部が、無駄に流暢な発音で煽ってくる。
――そう、言い方が悪かったとか多少落ち度はあるかもしれない。
避難していたみんなが、あのチョコタルトのお陰で少し和んだのであれば、それは戦隊の一員として喜ばしい事なのかもしれないが。
一人の乙女としては、やり場のない怒りがこみあげてしまうのである。
【ジェットランス『ホーンストライカー』】を握る手にも、怒りに由来する不必要な力が籠る。
その怒り様を眺めている、ひとつの影があった。
「青亀の奴、漣のところに向かって欲しいとか言いやがって……あー、よく分からんがすげー怒ってるな。」
青年は、漣が作っていたチョコにどこか似ている戦斧を担ぐと、そのまま戦場へ駆け出していく。
「ふふふははは、どうしたどうした。そのようなザマでは、儂を捉えることなどできまい!」
「う…る…さぁぁぁぁい!!」
古狸の煽りが、いちいち漣の癇に障る。空中を駆け、怒りをこのまま敵にぶつけ続ける。
――が、当たらない。
敵は√能力者でも対応に苦慮する古妖だ。
√能力を持たぬ漣が、まして怒りに囚われた心では、その攻撃が当たらぬのも当然の事と言えよう。
『ちゃんとした√能力者である総帥レッドを呼ぶべきだったかな。』
彼女の中の冷静な部分が、そう呟いた時にはもう遅い。
狸の拳が、漣を目掛けて振り下ろされた。
漣が、次に来るであろう衝撃に備えて目を閉じた、その時。
「悪いな。俺の弟分をあんまりいじめないでやってもらえるか。」
拳の代わりに、聞き覚えのある声。
戦いや怒りとは異なる、胸の高鳴りを感じる、あの声。
まさかと思って目を開けてみれば。そこには。
狸の拳を【巨大斧『タイガーバスター』】で受け止める、|黒虎・路明《くろこ・ろあ》(バウンサーブラック・h05749)、漣のアニキ…思い人の姿があった。
「あ、アニキ……?なんで……?」
「詳しい話は後だ。少しは頭、冷えたか?」
そう問われれば、勢いのままランスを振るう、怒りの一部始終を見られていたことを察して。
王子さまはその頬を林檎の様に真っ赤に染めた。
一方。なんのこっちゃ、といった様子でそのやり取りを眺めていた隠神刑部だが。
こちらはこちらで戦況が変わったことに対し、早々に手を打たねばならないという事態に陥った。
「ふん、√能力者でない孺子が1人増えたところで何になるというのだ。
2人まとめて、叩き潰してくれようぞ。」
その言葉とともに、刑部は己の√能力を以て、巨大な付喪神にその身を変じる。
(せっかくアニキが来てくれたのに…渡すべきチョコがないんだもんなぁ。)
敵が巨大化しても。やはり、どこか心ここにあらずで、しょんぼりしている漣に。
「飯でも食べに行くか? 俺の行きつけの中華屋で悪いんだけどよ。」
路明の、その言葉に。ぱぁぁぁっ!っと、花が咲くように漣の笑顔が花開いた。
(腹が減ってたわけでもなさそうだが……
急に元気になりやがった。よく分からねえな。)
そんな感じで、彼に乙女心はまるでわからないのだが。気を回す事ならできる。
「まあ、今は元気になってくれるなら、それでいいか。」
闘志漲る弟分の姿に、路明は笑って見せて。
「相手が巨大化したなら…漣!お前も見せてやれ!」
「うん、アニキ!大型の相手に使うなら、遠慮はいらないね。
……来い、ファンダーユニコーン!」
漣の力強い叫びに呼応するように、その身を現したのは。白い一角獣型ヴィークル。
『闘志戦隊ファンダーズ』の中核を成す、合体ロボの右足となる一体だ。
その角で刑部を貫かんとするが、刑部はそれを躱して取っ組み合う!
しかし、このサイズなら……巨大化した刑部にも押し負けない!
「ぬぅ、図体ばかりではないという事か…!」
「おっと、俺を忘れてもらっちゃ困るな!」
路明が気合と共に『タイガーバスター』を振り回せば、それと共に放たれる斬撃波。
巨大化した相手であれば、当然的も大きくなる。大雑把に放っても命中する、という寸法だ。
――ぐぅっ!?
よろめき、取っ組み合う力が緩んだ刑部に、ユニコーンが前脚で蹴りを食らわせて。
「こ・れ・で……どうだぁぁぁぁぁああああああ!!!!」
乙女の思いを乗せた一角獣の角…パイルバンカーが。
古妖の身を貫き。その内側で炸裂音を轟かせた。
「そんな言葉で私たちを誑かそうとしても無駄ですよ。」
――努力と行動無くして、成果は得られぬ。
それは一つの真実ではあろう。しかし、それを口にする者もまた、重要だ。
如何な真実であろうと、人を唆し操る者が言えば、途端に陰りが差す。
「何かを願うこと、祈ること。それはヒトとして自然なお気持ちです。」
例えば試験の合格や家族の健康を願うこと。
そのために神社や教会や寺…様々な祈りの施設がある。
そしてバレンタインのチョコを願うことも。
今回こそ、狸の思惑により『他人に迷惑を掛ける』願いとなってしまったが。
本来は他愛のない、罪なき祈りである。
「責任は想いに付け込んで誑かした貴方に全てあります。」
黒猫はエメラルドの瞳で古妖を見据え、しっかと狸の罪を断じた。
「ふん、賢しい孺子めが。よかろう。
貴様は疾う片付けて、復活に一縷の望みをつなぐとしようぞ。」
――来い、八百八狸の同胞よ。
刑部の号令に応える様に、わらわらと集まってくる狸たち。
先の√能力者たちとの戦いにより、かなりの損耗はあるが。それでもなお健在だ。
「へい、親分!最後まで御供いたしやす!」
――狸さんが沢山!
その可愛らしさに、仄々は少し、ときめきかけるが。
此処まで来て、油断で全てを台無しにするわけにはいかない。
きりりと黒猫は表情を引き締めた。
「では、元気よくいきますよ~!」
『アコルディオン・シャトン』が本日最後の一幕のために、蛇腹を開いて大きく息を吸う。
狸たちは各々魑魅魍魎に変化し、仄々に迫る。が。
翡翠色の手風琴を抱え、演奏しながら戦う黒猫の身を捉える事が出来ない。
大きい姿であろうと、小さな姿であろうと。
幻術で距離を化かしても、実体の大きさを化かしても、何故か攻撃が当たらない。
身軽に朗らかに、ぴょいっと跳んで回る仄々の姿と相まって、これほど気味の悪い事はないだろう。
心に疑問符が湧く暇に、狸たちは次々と手風琴から放たれた音色と、共に降り注ぐ光の音符の爆発に巻き込まれ、斃れていく。
「斯様に重たい荷物を抱えているのに、何故だ。狸たちとて、儂とともに松山を戦い抜いた精兵ぞ、何故当たらぬ…!」
化かす筈の精兵たちが翻弄され、為す術がないという事態に、らしくもなく焦る刑部だが。
狸たちの攻撃が当たらない秘密は、その音色にこそあった。
所謂、|反響定位《エコロケーション》を応用し、音色の響きや反射から真実や実体を見抜き、化術や幻覚を受けようとも音を頼りに戦っているのである。
その上、狸たちが士気を高揚させようと腹鼓を打てども打てども、音が響かぬ。
そう。音の波というものは、180度反対の波形を重ねると、波が消えるという性質がある。
さしもの刑部たちも、腹鼓や腹太鼓を打つなら一日の長はあるが。
音の専門家である仄々にはさすがに敵わぬし、レゾナンスディーヴァとしての力量があるからこそ。
逆位相の音の波を利用した音撃で完全に打ち消すという、神業の重ねがけが可能となる。
「そうか、貴様の音か。我らの音が搔き消されている、とは…!」
「気付いても、もう遅いですよ。さあ、クライマックスです!」
仄々が奏でてきた√能力、【愉快なカーニバル】のテンポが上がる。
少年をはじめとした、ヒトの心や未来を信じ。
希望一杯の情感込めたメロディに乗せて、音と音符が化け狸の群れに降り注ぐ。
「斯様な、拳も交わさず、斯様な手段で我らが敗れるなど……!」
バレンタインデーを己の復活のために利用せんと暗躍した、古妖・隠神刑部の姿は。
フィナーレと共に爆ぜた、音響の海の中に消えていった。
「これで今度こそ、Happy Valentine、ですね♪」
●エピローグ
「ホワイトデーには、好きな方へお気持ちをお伝えしてはどうですか。」
「好きなかた、かぁ。お、このチョコパンめちゃくちゃ美味いな。やるじゃん、猫さん。」
戦いのあった河原で、黒猫と少年が並んでチョコパンを食べる。
仄々自身が太鼓判を押しただけあり、少年の反応も上々の出来だ。
「一歩を踏み出せばきっと世界が変わりますよ♪」
「一歩踏み出せば……変わるかぁ、そっかぁ……」
対する少年は。急に、表情がふやけた。
「あの白衣のお姉さん、素敵だったなぁ……。
……俺を守ってくれた、あの羽織のお姉さんも格好良かったなぁ……。また会えるかなぁ……。
猫さんはどう思う……?」
どう思うといわれましても、と仄々は肩を竦めた。
これはどうも、病は病でも、異なる重篤な病に罹ってしまったようである。
下手をすると、合併症もあり得るのかもしれないが、その辺りの症例は仄々も詳しくはない。
時間が解決するかもしれないし、そうはならないかもしれない。
「チョコを貰えない、という悩みは解決したようですが。
これは……もっと厄介なものに囚われてしまったのかもしれませんね。」
苦笑を浮かべる仄々の視線の先で、バレンタインデーの真っ赤な夕陽が沈んでいった。