大食い選手権、テレビ放映の罠。
「怪異が関係している事件の発生が見えました……恐れ入りますが、皆さんの力を貸してください」
容貌は平凡だが、やや病的に白い肌が目立つ十六歳の男子、観王寺・透(人間(√EDEN)の霊能力者・h01836)が、少し口籠りながらではあるが、常になく改まった口調で告げる。
「とあるインターネット掲示板で「◯月◯日、某公園で大食い選手権を開催し、公開収録を行って後日テレビで放映します。大食いに自信のある方は事前にご応募の上、ご参加ください。なお、参加者多数の場合は、この公開収録を予選会として、後日別途決勝大会を行う場合があります」という告知が出ています。既に相当数の応募が集まっているようですが、どうもこれは強大な怪異『ヴィジョン・シャドウ』が立てた企画らしいのです」
そう言うと透はいったん言葉を止め、息を整えてから続ける。
「怪異『ヴィジョン・シャドウ』には奇妙な特性があり、直接人を襲ったり殺したりするよりも、人を惹きつける力のある映像を収録することを至上目的としているようです。今回の大食い選手権も、単に大食いの一般人を集めて悪さをしようというよりは、阻止しに来る√能力者とやり合う映像を撮りたいのではないかと思います。とはいえ、もしも無視すれば集めた一般人を躊躇なく犠牲にして悪趣味な挑発映像を撮るでしょうから、放置しておくわけにもいきません」
罠とわかっていて敢えて乗るわけですから、かなり危険な作戦となります、と、透は難しい表情で唸る。
「最初は、公開収録に応募して大食い選手権に参加、勝ち抜くところから始めることになります。そこですぐに『ヴィジョン・シャドウ』や手先の怪異が仕掛けてくるかどうかはわかりません。もしも仕掛けてくるようなら、何とかその場にいる一般人を巻き込まないようにして戦うことになります。仕掛けてこなければ決勝大会に呼ばれることになるでしょうから、そこで戦うことになると思います。どちらを選ぶかは敵次第ですが、公開収録で怪異らしき者を見かけたらすぐに√能力で攻撃するとかするなら、こちらから早々と戦闘に持ち込めるかもしれません……一般人を巻き込む可能性を考えると僕の方から勧めることはできませんが、後になって敵が準備万端整えた罠へと飛び込むよりはマシ、と判断するならお任せします」
前線に立つのは皆さんです。どうか、最善と思う方法で事件に臨んでください。よろしくお願いします、と、透は深く頭を下げた。
第1章 冒険 『燃えよ、フードファイター』

「皆さん、本日はテレビ放映予定の大食い選手権にご参加いただきましてありがとうございます! 非常に大勢の参加応募者の方にお集まりいただきましたので、事前に申し上げておきました通り本日は予選大会として、上位五名の方に決勝大会へと進んでいただくことになります!」
星詠みが、強大な怪異『ヴィジョン・シャドウ』が立てた企画と詠み取った「大食い選手権大会」当日。某公園に集まった大勢の参加者と、更に大勢の応援団や見物人を前に、何だかどっかで見たような気がするが名前は特定できないタレント、あるいはお笑い芸人然とした司会者が、マイクを握って大声で叫ぶ。ちなみに参加者は、事前審査を通った者100人のうち当日会場に足を運んだ83人。応援団や見物人については公園のスペースに合わせて設けられた席に、参加者に配られたもの(一人三枚の300枚)や並んで得た整理券を持つ合計800人が着いている。
「配られた整理券、誰かに渡しました?」
人間(√ウォーゾーン)のジェネラルレギオン × 暴食怪獣クマルゴン融合体 天城・リタ (レベル22 女)が、何度か依頼を共にして顔見知りになった人間(√EDEN)の妖怪探偵 × フリークスバスター惟吹・悠疾 (レベル20 男)に訊ねる。すると悠疾はわずかに眉を寄せ、やや抑えた声で応じる。
「俺は誰も呼んでない。人間の知り合いを呼んでも不審がられるだけだし、ヘタに√能力者を呼んで不測の事態が起きても困る。こんな状況で戦いになろうもんなら、巻き添えにしないように一般人を逃がすだけで大騒ぎだし、どう転んでも『ヴィジョン・シャドウ』にいい感じの映像ネタを提供するだけだ」
「そうですねー」
異世界から来てるリタより√EDENが地元の悠疾さんの方が状況を深く考えてますね、と、リタは感心した表情になる。
そして悠疾は、自分とリタ以外の81人の参加者を見回して言葉を続ける。
「幸いなのか、あちらさんがメンツを見て予選通過者五人と決めたのか知らんが、参加者としてここに来ている√能力者は四人、それにAnkerが一人だ。その中で、天城と他二人は超食欲の持ち主だから一般人に負けることは絶対にないだろう。俺とAnkerの二人は、食欲や蜀火力は一般人並みだから、勝てる保証はない。一般人の中には、フードファイターとしてそこそこ名が売れているタレントが何人かいるから、何も策を弄さなければ負けるかもしれないな」
「でも、そうすると何も知らない一般人のフードファイターさんが、決勝に進んで怪異の罠にご招待されちゃうわけですよね? それはまずいです!」
思わず声を大にするリタを、悠疾がしっ、と抑える。
「まあ、予選から決勝まで何日あるかは知らないが、その間に入れ替わりとか工作の仕様はあると思うが、この場で勝っておけば面倒がないのも確かだ。そこで、ちょっと策を使う」
そう言って、悠疾はリタに耳打ちする。
「済まんが、自分は新進気鋭で無敵のフードファイター天城リタ、これからは私の時代、私は誰にも負けませんと宣言して、勝つ気満々のタレントフードファイターたちを挑発してくれ。そしていつもの素晴らしい食欲を見せてくれれば、連中は戦意喪失して降りるか、無理に勝負を挑んで自滅するだろう。ちょっと気の毒ではあるが、怪異の罠に踏み込ませないようにするためには仕方ない」
「わ、わかりました。やってみます」
うなずくとリタは悠疾に唆された通り、いきなり大声で勝利宣言をぶちかます。
「じ、自分は新進気鋭で無敵無敵のフードファイター天城リタ、これからは私の時代、私は誰にも負けません。なにしろ自分は貪食怪獣クマルゴンの融合体…じゃない、化身と言われた超食欲の持ち主なのです。命が惜しかったら…じゃない、フードファイターとしての名声が惜しかったら最初から勝負しないことをお勧めします!」
「アハハハ、なかなか言うじゃないか」
参加者の大半が呆気にとられる中、ケラケラと笑うのは悠疾が告げた超食欲を持つ√能力者三人の一人、人間災厄「フィボナッチの兎」の|警視庁異能捜査官《カミガリ》 × サイコメトラー山田・ヴァイス・ゴルト・シャネル三世 (レベル20 女)である。
「貪食怪獣融合体か。どっちがよく食うか競ってみたい気もなくもないが、まあ、今回の敵は主催者の怪異だ。上位五人に入って決勝とやらに行けばいいんだから気楽なものさ」
「いささか品がない気もするけど、挑発なんだから仕方ないわね」
軽く肩を竦めたのは、やはり超食欲を持つ√能力者三人の一人、半人半妖の不思議骨董小物屋店主 × 妖怪探偵 玖珠葉・テルヴァハルユ (レベル21 女)だった。
「まあ、大食い勝負とは言え、個人的にガッ付くのは趣味じゃ無いんで…あくまでも挙措は優雅に行きたい所ね。制限時間があるなら、ある程度急いで口にする必要はあるかも知れないけど…極力挙措の優雅さはキープしおきたい所。やっぱ挙措の美しさって重要じゃない?」
「さてな。判定するのはこっちじゃないし、決勝はともかく予選は食べた総量で勝負のようだ」
訊ねる玖珠葉に向かって、いつの間にか横に来ていた悠疾が応じる。
「ちなみに制限時間は一応120分だが、たぶん用意された食べ物が全部なくなって試合終了になる方が先だろう。人数が多いからかなりの量を用意してあるようだが、天城と山田の食いっぷりは常軌を逸しているからな」
それに半妖のあんたもその気になれば負けすに食うだろうしな、と、悠疾は言葉に出さずに告げ、玖珠葉は再び肩を竦める。
「ふーん。でもまあ、あの二人に勝たなくても、普通の人では食べられない量を食べればいいんでしょ? それなら、敢えて挙措を崩さなくても間に合うと思うわ」
「まあ、うまくやってくれ」
告げると、悠疾は赤龍院・嵐土のAnkerのライバル × 用心棒 黒虎・路明 (レベル14 男)の近くへ寄る。
「そういうわけで、今、勝利宣言をした天城と、あっちの二人は超食欲を持つ√能力者で別次元の存在だ。あんたは多分、俺と同様に普通のよく食う人間並みの食欲しかないと思うが、あの三人にペースを乱されずに食えば四位、五位に入れると思う」
「ふん……とりあえずは一般人を巻き込まないよう大人しく普通に食うことにするぜ」
別に怒っているわけではないようだが、愛想のない仏頂面で路明は応じる。
「しかし、大食い大会か。いい趣味とは言えねえな」
「まあな。何しろ怪異が立てた企画だ。もともと普通の大食い大会より更に趣味が悪いと思うが、それを一般人を巻き込む惨事の方向に向けないのがとりあえずの方針だ」
悠疾が応じると、路明は口元を歪めてうなずく。
「なるほど。こいつはもともと、人外の魔が企てた罠だったな。そのつもりで油断せずに応じるとするか」
「ああ、よろしく頼む」
一応は√能力者の俺が言うのも何だが、√能力者には常識とかが通じない者が多いからな、と、悠疾は言葉には出さずに呟く。
そして間もなく大食い選手権が開始され、悠疾の策略は見事に図に当たった。フードファイタータレントたちのみならず、一般参加者も応援団も見物人も、リタ、いや|暴食怪獣《クマルゴン》が披露する人間とは思えない猛烈な食べっぷりに圧倒されて、驚愕か恐怖か戦慄か、とにかく我を忘れてしまう。もちろん人間形態のままの|暴食怪獣《クマルゴン》は十分に手加減をして食べているのだが、それでもやはり怪奇現象としか思えない速度で食べ物が消えていく。
そして、もしもこれが普通の企画なら、主催者側も呆然とするところなのだろうが、おそらく怪異『トクリュウ』から成るスタッフたちは、こういう展開になる可能性があると『ビジョン・シャドウ』から事前に告げられているのだろう。まったく動揺せずに大量の食物を運び、映像をばっちり撮影し、司会は派手に煽りまくる。
「食べる! 食べる! 食べる! まだ食べる! 堂々の勝利宣言をしただけのことはあるエントリーナンバー18天城リタ選手、これは異次元の食欲だ! そして天城選手に負けず劣らず食べまくっているのが、こちらも気鋭の新星エントリーナンバー34山田・ヴァイス・ゴルト・シャネル三世選手! 更に三番手に、まるで貴族か令嬢かという優雅な挙措で食べまくるエントリーナンバー63玖珠葉・テルヴァハルユ選手! 三人とも大量の料理を平らげながら、お腹が膨れた様子もない! いったい、どこに入っているのか!?」
(「……とりあえず、三人が派手派手しく食べてくれるので、こちらが目立たないのは有り難いと言えば有り難いな」)
声には出さず呟きながら、悠疾は路明とともに、目の前の料理を黙々と食べ続ける。ほとんどの参加者は完全に手が止まり、超食欲を見せる三人の女性たちを呆然と見やっているが、中にはぶるぶると震えながら食べるのを止めない……とはいえ、悠疾や路明より明らかにペースが遅く、一種の意地、あるいは驚愕と恐怖と戦慄を紛らわせるために無理やり食物を詰め込んでいる様子だ……者もいるため、なかなか手が抜けない。
そして間もなく、公園外周道路に居並んだ数多くのクッキングカーから次々と赤旗が上がり、食材が尽きたことを知らせてくる。
「なんだ……もう終わりか」
「まあ、十分にいただいたわね」
「うまく行ったのならよかったです」
女性三人が口々に言い、悠疾と路明はふーっと吐息をつく。
そして司会者が大声で叫ぶ。
「試合終了! 予選突破者は、以下の五人だ! エントリーナンバー18天城リタ選手! エントリーナンバー34山田・ヴァイス・ゴルト・シャネル三世選手! エントリーナンバー63玖珠葉・テルヴァハルユ選手! ええと、それから……エントリーナンバー11惟吹・悠疾選手とエントリーナンバー70黒虎・路明選手! 皆さん、予選突破者に盛大な拍手を!」
しかし、度肝を抜かれきった観客たちの中で、実際に拍手をする者はほとんどなく、録音された拍手の音がやけに大きく再生される。
そして数日後、√能力者たちと路明が応募の際に記載した連絡先に決勝大会の通知が届いた。場所は東京湾岸にあるテレビ局の前だが、集合時間が深夜2時になっていた。
第2章 集団戦 『トクリュウ』

「電車も動いていない深夜2時とは、最初から分かりやすい罠なのです」
東京湾岸にあるテレビ局の前に深夜2時に集合という「大食い選手権決勝大会」の通知を見て、人間(√ウォーゾーン)のジェネラルレギオン × 暴食怪獣クマルゴン融合体 天城・リタ (レベル23 女)が唸る。それに対して、半人半妖の不思議骨董小物屋店主 × 妖怪探偵 玖珠葉・テルヴァハルユ (レベル21 女)が小さく苦笑して応じる。
「そうよね。昼間なら兎も角、夜中に東京湾岸まで出向くのは若干一苦労よね」
「まったく、電車も走らねえ時間に一般人呼び出すたあ、いい度胸としか言いようがねぇ……まあ、怪異のすることだから気にもしてねぇのかもしれねぇが」
赤龍院・嵐土のAnkerのライバル × 用心棒 黒虎・路明 (レベル15 男)が忌々しげに唸ると、人間(√EDEN)の妖怪探偵 × フリークスバスター惟吹・悠疾 (レベル20 男)が苦笑交じりに告げる。
「別に、深夜二時集合と言っても、その時間まで集合場所に近寄っちゃいけないわけでもあるまい。電車なり何なりが動いてるうちに近くまで行って、適当に深夜まで時間を潰せばいい……って、そういう問題じゃないか」
「まあ、時間柄、場所柄一般人の被害を考えずに済むのはありがたい。うっかり巻き込んで報告書が始末書になっては困るからな」
比較的気楽な調子で人間災厄「フィボナッチの兎」の|警視庁異能捜査官《カミガリ 》× サイコメトラー 山田・ヴァイス・ゴルト・シャネル三世 (レベル20 女)が言い放つと、悠疾が苦笑を消して真顔で応じる。
「いや、それはどうかな……けっこう昔からテレビ局は不夜城だと聞いたことがあるし、今は深夜まで放送もある。まあ、業界人じゃない外部の者を招いての撮影を深夜にするとは考え難いけど、予選会の騒ぎや手際からすると、本当に収録スタジオで戦う羽目になる可能性も否定しきれない」
「つまり、テレビ局の人間やらタレントやらが、そこらにいるかもしれないということか?」
路明が問い返すと、悠疾は真顔でうなずく。
「異空間とかが用意されてなければ、確実に誰かはいるだろう。何より、警備員がいるに決まってる。まあ、わざわざ一般人を巻き込もうと狙うなら予選会場で戦闘を始めるだろうから『ビジョン・シャドウ』が事態をどっちへ転ばそうとしているのか、今ひとつ見えてこないんだが……」
「それでちょっと聞きたかったんですけど、今回の敵の『トクリュウ』さんというのは、怪異ですけど人型ですよね? リタが|貪食怪獣《クマルゴン 》形態になって、ぱくぱく食べて始末するところを画像に撮られたら、情報戦的にまずいでしょうか?」
人食い怪獣現るとか宣伝されたら悪役にされちゃいますよね、と、 懸念顔で訊ねるリタに、悠疾は思案顔のまま応じる。
「確かに危険性としてはあり得るが、こっちを悪役にするつもりなら、既にそういう画像は『ビジョン・シャドウ』の手元にあるはずなんだよな。まあ、猫の事件で逃げられた『ビジョン・シャドウ』と今度の相手が同じとは限らないけど、そこまで明確な利用意図があって画像を撮っているのかどうか……怪異の意図を詠み取るなんてのは星詠みでも無理かもしれないが、『ビジョン・シャドウ』には画像を宣伝に使って|敵対する√能力者貪食怪獣《こちとら 》を窮地に追い込もうという意図はそれほどないと俺は思う。いつどこで気が変わるかわからんから、油断は禁物だけどな」
「まあ、心配しても始まるまい」
小さく|欠伸《あくび 》をしながら、ヴァイス・ゴルト・シャネル三世が無雑作に言い放つ。
「実際に犠牲を出して|警視庁異能捜査官《カミガリ 》の上司に咎められるのでさえなければ、誰にどう宣伝されてどう思われようと、私は何も気にしない。人食い兎で大いに結構だ」
「なるほど……そのくらい気を強く持つことが必要なのですね」
リタが感心した声を出し、いや、外聞を気にしすぎるのもよくないかもしれないが、全然気にしないのも問題だと思うぞ、と、悠疾は言葉には出さずに唸る。
(「……いや、それでも山田は|警視庁異能捜査官《カミガリ 》の上司や始末書を気にするだけ、人間災厄としては至極マトモというか社会適応している方だよな」)
内心で続け、この件についてはこれ以上言うまい、突っ込むまい、と心に決めた悠疾は、路明に向かって告げる。
「ところで……|黒虎《あんた 》にとっては不本意かもしれないが、俺は戦闘になったら|一般人《あんた 》を優先して守り、傷ついたら死なないように回復する。能力的にどうこうという話じゃなしに|√能力者《おれ 》や|怪異《あちら 》は肉体が機能停止しても完全消失してもそのうち蘇るが、|黒虎《あんた 》はそうじゃないからだ」
「ふん……勝手にしろ」
付き合いのある√能力者から何か言われているのかいなのか。路明は不機嫌そうに鼻を鳴らして応じる。それに対して悠疾はうなずき返す。
「ああ、まったく俺の勝手というかこだわりというか我儘だ。皆は真似する必要ないぞ」
「言われなくても真似しないわよ。ねえ?」
冗談めかして玖珠葉が告げ、ヴァイス・ゴルト・シャネル三世は無言で肩を竦める。しかしリタは、目をきらきら輝かせて告げる。
「リタは真似します! 感動しました! 非武装の一般人を守るのが兵士の義務なのと同じく、かけがえのない一般人の生命を守るのは死なない√能力者の責務ですよね! 肝に銘じます!」
「ああ……」
しまった、想定以上に純情なのが一人いたのを忘れてた、と悠疾は内心で唸り、路明も何とも言えない表情になる。
それから一同は成り行きでまとまって東京湾岸に移動し、比較的普通に時間を潰す。
そして、深夜二時。悠疾が懸念した通り、けっこうな数の人が往来している特徴あるテレビ局の建物の前へと進んでいった一同の目の前で、いきなりテレビ局の建物も周囲の人達も消える。
「えっ!? 消された!?」
「いや、俺達の方が異空間に運ばれたんだ」
リタが目を剥くが、悠疾がすぐさま落ち着かせるように告げる。 「とりあえず、こちらの願ったりにはなったようだな」
「ああ、巻き添えを出さずに済むのは本当に有り難い。取り敢えず、始末書だけはまぬがれた」
先刻は冗談めかしていたが、どうやら始末書絡みでよほど酷い目に遭った経験があるらしく、ヴァイス・ゴルト・シャネル三世が真顔で呟く。人間災厄を懲りさせる|警視庁異能捜査官《カミガリ 》の始末書っていったい何なんだよ、と、路明が憮然とした表情になる。
一方、消えたテレビ局や人々と入れ替わるような感じで、相当に多人数の怪異『トクリュウ』と、何台かのテレビカメラっぽい機械が周囲に現れる。
「ようこそ、予選を突破したツワモノの皆さん! これより決勝大会を開催いたします!」
予選の時と同じ……少なくとも同じ人物のように見える司会者が叫び、大勢の『トクリュウ』が、ナイフや斧やハンマー、バールのようなものを振りかざして雄叫びをあげる。
「決勝の大食いの食材は、無法の殺人バイト軍団! まさに食うか食われるかの戦いだ!」
「なんだよ、それ。全然大食い選手権じゃねーじゃねーか」
路明がツッコミを入れ、リタが目を輝かせる。
「食うか食われるかなら任せてください! 存分にやっちゃいます!」
「いや待て、相手の思惑にマトモに乗るのはさすがにまずい」
悠疾が制止し、またも策を弄する。
「天城は、まず、あのテレビカメラを狙え。壊すでも食うでも構わん。それを全部潰し終わってから『トクリュウ』どもを存分に食っちまえ。他は時間稼ぎだ。山田は好きなように食っていいが、後は前に出ないで防戦中心で行こう」
「……なんか、地味な戦いになりそうね」
ぼやきながら玖珠葉が身構え、路明はギターケースから大斧を取り出す。悠疾自身も「殴り棺桶「デス・ホーラー」を構え、リタとヴァイス・ゴルト・シャネル三世が飛び出そうとした、その時。
「なんか、騒々しいから、来た」
ほわんとした口調で告げながら、人間災厄「少女の偶像」のゴーストトーカー × 御伽使いイリス・フラックス (レベル20 女)が、ごく無雑作に異空間に踏み込んでくる。
その姿を見て、リタと悠疾が顔色を変え、ヴァイス・ゴルト・シャネル三世が頭を抱える。
「あ、あれは、温泉郷の戦いで、危険極まるメイド型宇宙駆逐艦を不思議な技で一瞬で無力化した人間災厄の人!」
「……よりにもよって、ここでアレかよ……誰だ、パルプンテ唱えた奴は……」
「人間災厄だと? するとあんたの同類か?」
路明に訊ねられ、ヴァイス・ゴルト・シャネル三世は頭を抱えたまま呻く。
「さすがの私……いや、|私《わたしたち 》も、アレと一緒にはされたくないな。非常識さの度合いが違う」
「そ、そうなのか?」
そんなバケモノには見えないが、と、路明はイリスを見やる。するとイリスは、ごく無雑作に√能力「ラトウィッジの魔」を発動。『トクリュウ』の大群を指さしてぼそぼそと告げる。
「この『お部屋』では、わたしが主役なのよ。わたしはアリス、あなたがたはトランプの兵隊。武器を振りかざして虚勢を張るけど、正体はただのトランプの札。誰を殺すことも傷つけることもできない」
「な、な、な……?!?!」
その瞬間『トクリュウ』全員の身体が紙っぺらのように厚みを失い、手にした武器がトランプのスート(スペード、ハート、クラブ、ダイヤ)に変わる。
「今だ!」
おそらくイリスの能力の余波で「マッドハッター」の姿になった悠疾が叫び「ジャバーウォック」に変じたリタが、それだけが元のまま残っているテレビカメラに襲いかかって破壊する。ヴァイス・ゴルト・シャネル三世は「三月ウサギ」の大集団に変じてトランプの兵隊と化した『トクリュウ』を無茶苦茶に蹴散らす。
「なんで私が「眠りネズミ」なのよ! もうちょっと戦闘力のあるものにしてよ……ZZZZZZ」
「俺は……チェシャ猫か? チェシャ虎?」
なるほど、確かにこれは非常識の極みだ、と、猫のきぐるみを着せられた路明は溜息混じりに頭を左右に振る。
そして「ジャバーウォック」ことリタと「三月ウサギ」ヴァイス・ゴルト・シャネル三世がトランプの兵隊こと『トクリュウ』をすべて胃の腑に収めた時。
「いったい、何なんだよ、これは!? こんな映像、誰も事実だなんて認めやしない! 生暖かい目で、よくできたCGですね、ぐらいに言われるのが関の山だ!」
傲岸で苛立たしげな声とともに、全身モザイクの男(?)が姿を現す。
「リテイクだ! 取り直しだ! こうなったら、バイトなんぞに頼ってられるか! 不本意だけど、自力でやるしかない! ……ところで、あの突拍子もないストーリーブレーカーのオトギメーカーは、もういない、よね?」
「そんなもん、こっちに訊ねるなよ」
どうせ|極めつけの人間災厄《イリス 》が去ったのを確かめたからでてきたんだろ、と、内心唸りながら、悠疾は「マッドハッター」の装束をかなぐり捨て、改めて「デス・ホーラー」を構えた。
第3章 ボス戦 『ヴィジョン・シャドウ』

「リテイクだ! 撮り直しだ!」
喚きながら(かつ、ちゃっかり言い間違いを訂正しながら)√能力者たちの前に、全身モザイクだらけの怪異『ヴィジョン・シャドウ』が躍り出る。
すると、ほぼ同時に、何者かが異空間に踏み込んでくる。
「げっ!?」
まさか、あの突拍子もないストーリーブレーカーのオトギメーカー、人間災厄「少女の偶像」のゴーストトーカー × 御伽使いイリス・フラックス (レベル20 女)が戻ってきたのか、と『ヴィジョン・シャドウ』は一瞬身を震わせる。しかし(今はまだ)そうではなく、異空間から踏み込んできたのはドラゴンプロトコルの戦隊ヒーロー × 不思議おたすけ屋店主 赤龍院・嵐土 (レベル19 男)だった。
「はっはっは! 愉快なことになっているな。路明はチェシャ猫か!なかなか似合ってるな! 俺の衣装はあるか?」
豪快に笑いながら嵐土が訊ねると、彼についてきた黄色い衣装のメイドさん(実はAnker)が笑いながら応じる。
「総帥なら結構『ハートの女王』…じゃない、えーと、そう! 『チェスの赤の女王』がいけるんじゃね?」
「貴様、総帥がそんな格好するわけなかろう!」
濃紺のスーツ姿の執事さん(こちらもAnker)がメイドさんを叱責するが、嵐土は愉快そうに笑って告げる。
「『赤の女王』か! 『ハートの女王』と混同されがちだが本来は別人だな! うむ、インパクトは十分だろうな。面白いぞ!」
「そうですね、総帥ならなんでもお似合いになるでしょう」
ころっと掌を返して執事さんが如才なく応じる。そして嵐土は、ちょっと憮然としている(たぶん、こんなことならとっとと着ぐるみ脱いどきゃよかったと後悔している)チェシャ猫姿の路明に告げる。
「ここまでご苦労だった、路明。俺だと色々賑やかになりすぎるから、潜入をお前に任せて良かった」
そして路明が、言い返そうか、先に着ぐるみを脱ごうか、一瞬迷った隙(?)に、嵐土は√能力「|戦隊招集《ファンダーコール》」を発動する。
「みんな、招集だ! 闘志戦隊ファンダーズ!!」
「おーっ!」
内心思うところはいろいろあるのかもしれない(ないのかもしれない)が、戦隊ヒーローに変身すれば、それはもうリーダーとともに一致団結して悪に立ち向かうしかない。赤、黒、青、黃、白の五人戦隊で『ヴィジョン・シャドウ』へと吶喊する。
「さあ、ヒーローショーの開演だ!」
「ちょっと待て! そんな画像なら日曜ごとに放映してるじゃないか! 陳腐だ! マンネリだ! ワンパターンだ!」
今更私が撮って何の意味がある、とあくまで自儘に喚きながら『ヴィジョン・シャドウ』は√能力「放送禁止」を発動。影の波動を放つブラウン管型旧式テレビを多数召喚して反撃する。
そこへ半人半妖の不思議骨董小物屋店主 × 妖怪探偵 玖珠葉・テルヴァハルユ (レベル21 女)が√能力「お供コンビネーション」を発動。お供妖怪『クロ』『モル』『爺』を引き連れて突入する。
「さっきは、何かやったんだかやってないんだか分かんない間に終わっちゃったから。今回は頑張って仕事したい所ね。行くわよ、皆!」
「ぬわっ! だから、日曜の朝に毎週放映してるような陳腐な画像は要らんっつーとるだろーに!」
目一杯苛立った声で叫んだ『ヴィジョン・シャドウ』が√能力「放送休止」を発動。大型の液晶テレビを召喚し、猛烈な震動を放って攻撃する。しかし玖珠葉は√能力「ルートブレーカー」で液晶テレビに触れて震動を止める。
「何を勘違いしてるのか知らないけど、日曜の朝にお供妖怪を引き連れた半妖少女が活躍する番組なんかやってないわよ……もしかして、プリ◯ュアと混同してるの?」
まあ、あの番組もかなりぶっ飛んでるから、そのうち半妖プリ◯ュアのキュアドラゴンとかキュアゴーストとか出ないとも限らないけど、と、玖珠葉は内心呟く。
「いやはや、何だか乱戦になってるね」
かたやヒーロー戦隊、かたやお供妖怪チームに激しく攻め立てられる『ヴィジョン・シャドウ』を見やって、人間災厄「フィボナッチの兎」の|警視庁異能捜査官《カミガリ》 × サイコメトラー山田・ヴァイス・ゴルト・シャネル三世 (レベル21 女)が、いささか他人事っぽい口調で呟く。
「もはや大食い選手権の何のって話はとっくの昔に消え失せてるけど、味方の数が多い状況ってのは、片っ端から食べて始末するという手は使いにくいね。間違って味方を食べてしまったら、いろいろと厄介すぎる」
「そうですね……黒幕『ヴィジョン・シャドウ』さんには、以前に一回食べ損なって逃げられているので、何とかして今回はいただきたいんですけど」
あれは、大好きだから最後に食べようと残しておいたエビフライが逃げてしまったのと同じ辛さでした……! と人間(√ウォーゾーン)のジェネラルレギオン × 暴食怪獣クマルゴン融合体 天城・リタ (レベル23 女)が切なげな声を出す。その傍らで人間(√EDEN)の妖怪探偵 × フリークスバスター惟吹・悠疾 (レベル20 男)が、声には出さずに内心でツッコミを入れる。
(「……エビフライが逃げる? √ウォーゾーンでは、そういう|異常事態《へんなこと》も普通に起こるのか? 他の奴に横取りされたとかいう話ならわからなくもないが|暴食怪獣《クマルゴン》相手にそんな無謀なことをする奴がいるのか?」)
まあ、天城が|暴食怪獣《クマルゴン》と融合する前の|経験《はなし》かもしれないが、などと悠疾が考えを巡らせている時。
「わたしのこと、よんだ?」
「うわぁ! 出たぁ!」
何の前兆もなくひょっこりと戻ってきた|極めつけの人間災厄《イリス》に気づき『ヴィジョン・シャドウ』が絶叫する。もしかすると誰か、思わず声を合わせた者がいたかもしれないが、そこは定かではない。
そして『ヴィジョン・シャドウ』はいささか震える声で口早に告げる。
「さ、さっきは不意を突かれてほしいままにさせてしまったが、今度はそうはいかん。この空間を支配して思いのままにする力、私が先に使わせてもらうぞ。√能力「放送」発動だぁ!」
「?」
|人間災厄《イリス》の√能力ほど突拍子もないものではないが、それでも「テレビドラマの内容を語って周囲を撮影スタジオに変え、自身が物語の主人公となり攻撃は射程が届く限り全て必中となる」という相当にヤバい√能力を発動させた『ヴィジョン・シャドウ』だが、その意に反して周囲には何の変化も起きない。
「こ、これは、どういうことだ!?」
狼狽して唸る『ヴィジョン・シャドウ』を見やって悠疾が声には出さずに呟く。
(「何人もマジカルからは逃れられないのさ…なんてな」)
こんなこともあろうかと、電車の遅延と引き換えに敵の行為を失敗させる(何を言っているのかよくわからないと思うが、これには関係者だけが知る長く深くどうでもいい因縁があるのである)√能力「|電車遅延《マジカル》」を発動させて悠疾は『ヴィジョン・シャドウ』の「放送」発動を失敗させた。「放送」で|人間災厄《イリス》の能力を封じられるのかどうかはわからないが、因果を易易と歪めるような強力な√能力がぶつかり合うような事態は、どんなトンデモナイ余波が生じるかわからないので、できれば避けたい。
そして、呆然とする『ヴィジョン・シャドウ』に向かって|人間災厄《イリス》は熱の薄い口調で、しかし彼女なりの興味と意志を籠めて告げる。
「あっ。わかった……出演依頼ね? じゃあ、わたしも『ご招待』したいひとがいるの! ようこそエルちゃん! おてて貸して! いらっしゃいませ、『お母さま』!」
「……ひっ!」
強大な怪異のはずの『ヴィジョン・シャドウ』が思わず恐怖の呻きを漏らす。イリスは√能力「|『ご招待』《ヨウコソ・オカアサマ》」を発動。自身のAnkerを召喚し握手する事で「護霊「母の偶像」……戦場を包むかのような巨大な手に変身させる。その手の威圧感というか圧倒感は「西遊記」で斉天大聖孫悟空を惑わして掌から出さないままあっさり山の下に封じ込めた「釈迦の手」を連想させる。
そしてイリスは歌うような口調になって続ける。
「わるいことをしたヒトとか、ものとかには「こうする」って。わたし、しってる。教えてもらったの!――平手打ちよ!」
「ま、待て! 私はわるいことなどしておらん! 私は人を楽しませようとしているだけだ! それを邪魔するオマエがわるい!」
この期に及んで往生際が悪いというか、あの巨大な手で平手打ちされるのを免れるためなら誰だって何だって言うに決まってると言うか『ヴィジョン・シャドウ』は必死の口調で言い募る。
するとイリスは、意外なほど素直に動揺する。
「……えっ? わたしがわるい……? わたし、わるいことしてない。みんな、たのしかったでしょ? ねっ?」
問いかけるイリスに、リタが即座に大声で呼応する。
「楽しかったです! 嬉しかったです! イリスさんが来てくれて、いつもホントに助かってます! ありがとうです! 大感謝です! イリスさんが悪いことなんて、全然まったくありません!」
(「そこまで言うか、極めつけの人間災厄相手に……」)
まあ、天城は本気の本気なんだろうけど、と、悠疾は無言で小さく肩をすくめる。そしてイリスは、とても少女らしい表情で嬉しげににっこりと笑う。
「クマさんがよろこんでくれてる。わたしもうれしい。それじゃ、このワルイひと、どうしようか?」
「よろしかったら、リタにください! おいしく食べちゃいますから!」
人間災厄と貪食怪獣の心温まる……立場を変えれて見れば凄まじくホラーなやり取りに応じ、巨大な手が『ヴィジョン・シャドウ』を指先でひょいと摘む。
「やめろー! やめろやめろー! 私はおいしくなんかないぞー!」
「おいしいかおいしくないかは、食べてみないとわからないのです。でも、とてもおいしそうな匂いがするのです」
喚く『ヴィジョン・シャドウ』にリタが真顔で告げ、イリスが笑顔でうなずく。
「それでは、どーぞ、めしあがれ」
「いただきまーす!」
「やーめーれー! やめやめやめ……グアッ!」
最後までジタバタと暴れていた『ヴィジョン・シャドウ』を巨大化したリタがぱくんと一口で呑み込む。
「む……これは美味! 珍味です! ごちそうさまでした!」
「それはよかったの!」
イリスが無邪気にころころと笑った時。
不意に、おそらく『ヴィジョン・シャドウ』の力で維持されていた異空間が消え、周囲がテレビ局前の広場に戻る。もはや明け方近い時刻のようだが、テレビ局の建物の各所から明かりが漏れ、人通りもそれなり程度にはある。
「きゃ!」
この状況で巨大化はさすがにまずいです、と、リタは慌てて人間態に戻る。しかし行き交う人々は意外なほど驚きもせず、それどころかスマホに見入って気づかない者が大半だった。
そして嵐土が豪快な笑い声をあげて告げる。
「ハッハッハ! これにて一件落着だな! では、どこぞで朝餉としようか! おごるぞ!」
「ん、じゃ、遠慮なくおごられるぞ」
ヴァイス・ゴルト・シャネル三世 が即座に応じ、嵐土は鷹揚な表情でうなずいたが、彼女の……そして他の連中の食いっぷりを知っている路明は声には出さずに呟く。
(「太っ腹なふりしやがって、後悔しても知らねぇぞ、赤龍院」)
《何か不都合があったようなので再掲。一部書き足しあり。ルビがきちんと振れていません》
「リテイクだ! 撮り直しだ!」
喚きながら(かつ、ちゃっかり言い間違いを訂正しながら)√能力者たちの前に、全身モザイクだらけの怪異『ヴィジョン・シャドウ』が躍り出る。
すると、ほぼ同時に、何者かが異空間に踏み込んでくる。
「げっ!?」
まさか、あの突拍子もないストーリーブレーカーのオトギメーカー、人間災厄「少女の偶像」のゴーストトーカー × 御伽使いイリス・フラックス (レベル20 女)が戻ってきたのか、と『ヴィジョン・シャドウ』は一瞬身を震わせる。しかし(今はまだ)そうではなく、異空間から踏み込んできたのはドラゴンプロトコルの戦隊ヒーロー × 不思議おたすけ屋店主 赤龍院・嵐土 (レベル19 男)だった。
「はっはっは! 愉快なことになっているな。路明はチェシャ猫か!なかなか似合ってるな! 俺の衣装はあるか?」
豪快に笑いながら嵐土が訊ねると、彼についてきた黄色い衣装のメイドさん(実はAnker)が笑いながら応じる。
「総帥なら結構『ハートの女王』…じゃない、えーと、そう! 『チェスの赤の女王』がいけるんじゃね?」
「貴様、総帥がそんな格好するわけなかろう!」
濃紺のスーツ姿の執事さん(こちらもAnker)がメイドさんを叱責するが、嵐土は愉快そうに笑って告げる。
「『赤の女王』か! 『ハートの女王』と混同されがちだが本来は別人だな! うむ、インパクトは十分だろうな。面白いぞ!」
「そうですね、総帥ならなんでもお似合いになるでしょう」
ころっと掌を返して執事さんが如才なく応じる。そして嵐土は、ちょっと憮然としている(たぶん、こんなことならとっとと着ぐるみ脱いどきゃよかったと後悔している)チェシャ猫姿の赤龍院・嵐土のAnkerのライバル × 用心棒 黒虎・路明 (レベル16 男)に告げる。
「ここまでご苦労だった、路明。俺だと色々賑やかになりすぎるから、潜入をお前に任せて良かった」
(「ちっ……相変わらず全部分かっているような顔してて気に入らねえな」)
そして路明が、言い返そうか、先に着ぐるみを脱ごうか、一瞬迷った隙(?)に、嵐土は√能力「戦隊招集ファンダーコール」を発動する。
「みんな、招集だ! 闘志戦隊ファンダーズ!!」
「おーっ!」
内心思うところはいろいろあるのかもしれない(ないのかもしれない)が、戦隊ヒーローに変身すれば、それはもうリーダーとともに一致団結して悪に立ち向かうしかない。赤、黒、青、黃、白の五人戦隊で『ヴィジョン・シャドウ』へと吶喊する。
「さあ、ヒーローショーの開演だ!」
「ちょっと待て! そんな画像なら日曜ごとに放映してるじゃないか! 陳腐だ! マンネリだ! ワンパターンだ!」
今更私が撮って何の意味がある、とあくまで自儘に喚きながら『ヴィジョン・シャドウ』は√能力「放送禁止」を発動。影の波動を放つブラウン管型旧式テレビを多数召喚して反撃する。
そこへ半人半妖の不思議骨董小物屋店主 × 妖怪探偵 玖珠葉・テルヴァハルユ (レベル21 女)が√能力「お供コンビネーション」を発動。お供妖怪『クロ』『モル』『爺』を引き連れて突入する。
「さっきは、何かやったんだかやってないんだか分かんない間に終わっちゃったから。今回は頑張って仕事したい所ね。行くわよ、皆!」
「ぬわっ! だから、日曜の朝に毎週放映してるような陳腐な画像は要らんっつーとるだろーに!」
目一杯苛立った声で叫んだ『ヴィジョン・シャドウ』が√能力「放送休止」を発動。大型の液晶テレビを召喚し、猛烈な震動を放って攻撃する。しかし玖珠葉は√能力「ルートブレーカー」で液晶テレビに触れて震動を止める。
「何を勘違いしてるのか知らないけど、日曜の朝にお供妖怪を引き連れた半妖少女が活躍する番組なんかやってないわよ……もしかして、プリ◯ュアと混同してるの?」
まあ、あの番組もかなりぶっ飛んでるから、そのうち半妖プリ◯ュアのキュアドラゴンとかキュアゴーストとか出ないとも限らないけど、と、玖珠葉は内心呟く。
「いやはや、何だか乱戦になってるね」
かたやヒーロー戦隊、かたやお供妖怪チームに激しく攻め立てられる『ヴィジョン・シャドウ』を見やって、人間災厄「フィボナッチの兎」の警視庁異能捜査官カミガリ × サイコメトラー山田・ヴァイス・ゴルト・シャネル三世 (レベル21 女)が、いささか他人事っぽい口調で呟く。
「もはや大食い選手権の何のって話はとっくの昔に消え失せてるけど、味方の数が多い状況ってのは、片っ端から食べて始末するという手は使いにくいね。間違って味方を食べてしまったら、いろいろと厄介すぎる」
「そうですね……黒幕『ヴィジョン・シャドウ』さんには、以前に一回食べ損なって逃げられているので、何とかして今回はいただきたいんですけど」
あれは、大好きだから最後に食べようと残しておいたエビフライが逃げてしまったのと同じ辛さでした……! と人間(√ウォーゾーン)のジェネラルレギオン × 暴食怪獣クマルゴン融合体 天城・リタ (レベル23 女)が切なげな声を出す。その傍らで人間(√EDEN)の妖怪探偵 × フリークスバスター惟吹・悠疾 (レベル20 男)が、声には出さずに内心でツッコミを入れる。
(「……エビフライが逃げる? √ウォーゾーンでは、そういう異常事態へんなことも普通に起こるのか? 他の奴に横取りされたとかいう話ならわからなくもないが暴食怪獣クマルゴン相手にそんな無謀なことをする奴がいるのか?」)
まあ、天城が暴食怪獣クマルゴンと融合する前の経験はなしかもしれないが、などと悠疾が考えを巡らせている時。
「わたしのこと、よんだ?」
「うわぁ! 出たぁ!」
何の前兆もなくひょっこりと戻ってきた極めつけの人間災厄イリスに気づき『ヴィジョン・シャドウ』が絶叫する。もしかすると誰か、思わず声を合わせた者がいたかもしれないが、そこは定かではない。
そして『ヴィジョン・シャドウ』はいささか震える声で口早に告げる。
「さ、さっきは不意を突かれてほしいままにさせてしまったが、今度はそうはいかん。この空間を支配して思いのままにする力、私が先に使わせてもらうぞ。√能力「放送」発動だぁ!」
「?」
人間災厄イリスの√能力ほど突拍子もないものではないが、それでも「テレビドラマの内容を語って周囲を撮影スタジオに変え、自身が物語の主人公となり攻撃は射程が届く限り全て必中となる」という相当にヤバい√能力を発動させた『ヴィジョン・シャドウ』だが、その意に反して周囲には何の変化も起きない。
「こ、これは、どういうことだ!?」
狼狽して唸る『ヴィジョン・シャドウ』を見やって悠疾が声には出さずに呟く。
(「何人もマジカルからは逃れられないのさ…なんてな」)
こんなこともあろうかと、電車の遅延と引き換えに敵の行為を失敗させる(何を言っているのかよくわからないと思うが、これには関係者だけが知る長く深くどうでもいい因縁があるのである)√能力「電車遅延マジカル」を発動させて悠疾は『ヴィジョン・シャドウ』の「放送」発動を失敗させた。「放送」で人間災厄イリスの能力を封じられるのかどうかはわからないが、因果を易易と歪めるような強力な√能力がぶつかり合うような事態は、どんなトンデモナイ余波が生じるかわからないので、できれば避けたい。
そして、呆然とする『ヴィジョン・シャドウ』に向かって人間災厄イリスは熱の薄い口調で、しかし彼女なりの興味と意志を籠めて告げる。
「あっ。わかった……出演依頼ね? じゃあ、わたしも『ご招待』したいひとがいるの! ようこそエルちゃん! おてて貸して! いらっしゃいませ、『お母さま』!」
「……ひっ!」
強大な怪異のはずの『ヴィジョン・シャドウ』が思わず恐怖の呻きを漏らす。イリスは√能力「『ご招待』ヨウコソ・オカアサマ」を発動。自身のAnkerを召喚し握手する事で「護霊「母の偶像」……戦場を包むかのような巨大な手に変身させる。その手の威圧感というか圧倒感は「西遊記」で斉天大聖孫悟空を惑わして掌から出さないままあっさり山の下に封じ込めた「釈迦の手」を連想させる。
そしてイリスは歌うような口調になって続ける。
「わるいことをしたヒトとか、ものとかには「こうする」って。わたし、しってる。教えてもらったの!――平手打ちよ!」
「ま、待て! 私はわるいことなどしておらん! 私は人を楽しませようとしているだけだ! それを邪魔するオマエがわるい!」
この期に及んで往生際が悪いというか、あの巨大な手で平手打ちされるのを免れるためなら誰だって何だって言うに決まってると言うか『ヴィジョン・シャドウ』は必死の口調で言い募る。
するとイリスは、意外なほど素直に動揺する。
「……えっ? わたしがわるい……? わたし、わるいことしてない。みんな、たのしかったでしょ? ねっ?」
問いかけるイリスに、リタが即座に大声で呼応する。
「楽しかったです! 嬉しかったです! イリスさんが来てくれて、いつもホントに助かってます! ありがとうです! 大感謝です! イリスさんが悪いことなんて、全然まったくありません!」
(「そこまで言うか、極めつけの人間災厄相手に……」)
まあ、天城は本気の本気なんだろうけど、と、悠疾は無言で小さく肩をすくめる。そしてイリスは、とても少女らしい表情で嬉しげににっこりと笑う。
「クマさんがよろこんでくれてる。わたしもうれしい。それじゃ、このワルイひと、どうしようか?」
「よろしかったら、リタにください! おいしく食べちゃいますから!」
人間災厄と貪食怪獣の心温まる……立場を変えれて見れば凄まじくホラーなやり取りに応じ、巨大な手が『ヴィジョン・シャドウ』を指先でひょいと摘む。
「やめろー! やめろやめろー! 私はおいしくなんかないぞー!」
「おいしいかおいしくないかは、食べてみないとわからないのです。でも、とてもおいしそうな匂いがするのです」
喚く『ヴィジョン・シャドウ』にリタが真顔で告げ、イリスが笑顔でうなずく。
「それでは、どーぞ、めしあがれ」
「いただきまーす!」
「やーめーれー! やめやめやめ……グアッ!」
最後までジタバタと暴れていた『ヴィジョン・シャドウ』を巨大化したリタがぱくんと一口で呑み込む。
「む……これは美味! 珍味です! ごちそうさまでした!」
「それはよかったの!」
イリスが無邪気にころころと笑った時。
不意に、おそらく『ヴィジョン・シャドウ』の力で維持されていた異空間が消え、周囲がテレビ局前の広場に戻る。もはや明け方近い時刻のようだが、テレビ局の建物の各所から明かりが漏れ、人通りもそれなり程度にはある。
「きゃ!」
この状況で巨大化はさすがにまずいです、と、リタは慌てて人間態に戻る。しかし行き交う人々は意外なほど驚きもせず、それどころかスマホに見入って気づかない者が大半だった。
そして嵐土が豪快な笑い声をあげて告げる。
「ハッハッハ! これにて一件落着だな! では、どこぞで朝餉としようか! おごるぞ!」
「ん、じゃ、遠慮なくおごられるぞ」
ヴァイス・ゴルト・シャネル三世 が即座に応じ、嵐土は鷹揚な表情でうなずいたが、彼女の……そして他の連中の食いっぷりを知っている路明は、チェシャ猫の着ぐるみを(やっと)脱ぎながら声には出さずに呟く。
(「太っ腹なふりしやがって、後悔しても知らねぇぞ、赤龍院」)