激流の果てに
●√EDEN某地方都市、大地に空いた大穴
とある地方都市の住宅街。分譲地となって造成された一角に、突如として大穴が空いた。
すわ地盤沈下かと建築業者は慌てて調査を行なったが、そこは陥没したわけではなく黒々とした岩肌をむき出しにした大洞窟となっていたのである。
洞窟の先が淡く光っている。光苔であろう。そしてザァザァと激しい水音が響いていた。
水道管が破裂した……わけではない。ここにはないはずの地下水脈が生み出した激流であった。
ギャオオオォ……!
耳をすませば、激しい水音に混じってかすかに獣のような雄叫びが聞こえる。
建築業者は肝をつぶし、慌てて地上へと駆け上がった。
●作戦会議室(ブリーフィングルーム)
「√ドラゴンファンタジーのダンジョンが、√EDENに発生してしまったようだ」
綾咲・アンジェリカ(誇り高きWZ搭乗者・h02516)は渋面を作ったまま、
「何者か、天上界の遺産を持ち込んだ不届き者がいるのかもしれん」
と、呟く。
「まぁ、いいだろう。今はその原因を思案している場合ではない。このダンジョンを放置すれば、近隣の住民は次々とモンスター化してしまう。
我が今すぐに行動すべきことは、このダンジョンの攻略だ!」
と、集まった√能力者たちを見渡す。
作戦卓に映し出された地図は、とある地方都市のものである。ダンジョンの入口はまさに、住宅地のど真ん中に口を開いていた。
「下り坂をしばらく進んでいくと、地下水脈にたどり着くだろう。その下流が、さらなる深層に続いている。問題は、その猛烈な水量だな」
光苔に覆われたこの付近の幅は、2~3mほど。学校の校舎や様々な施設の廊下程度だろうか。天井の高さもその程度らしい。深さは1mと少しほどのようだが、その勢いの中に飛び込んで姿勢を維持することは難しい。
「ここまでは、調査した建築業者による情報だ。これから先は私の予知になる。いくぶんあやふやな点があるのは、容赦してもらいたい」
断って、アンジェリカはさらに説明を続けた。
「ときおり大きくカーブしているところがある。壁にぶつからないよう、注意してくれ。
流れは最終的に、大きく左右に分かれる。流れはまだどこかにつながっているが、少し流れが穏やかになるから、そこで水路から離れて進んでくれ。
どうやらどちらにも敵が待ち受けているようだが……どちらの道に進むかは、現地に向かった諸君で決定してくれていい。
そして、建築業者が聞いたという……んッん!」
咳払いしたアンジェリカは、
「『ギャオオオォ……!』」
突如として、雄叫びのような声を張り上げた。眼を丸くする一同をよそに、アンジェリカは先程までと変わらぬ口ぶりで説明を続ける。
「……という声は、最下層にいる『土竜』のものに違いない。これを撃破すれば、ダンジョンは消え失せるだろう」
作戦卓から手を離したアンジェリカは、右手をサッと振る。
「諸君! さぁ、栄光ある戦いを始めようではないか!」
第1章 冒険 『光苔の地下水脈』

「ほほーう! こりゃァ楽しげだァ!」
黒く艶のある岩肌を踏みしめて降りてきた先。光苔の淡い光に照らされた激流を前にしたウィズ・ザー(闇蜥蜴・h01379)は、歓声を上げた。
「ジェットコースターッてところだァな!」
彼にとっては、ザァザァと音を立てる激流もアトラクションとしか思えないのか。あくまで陽気に声を張り上げる。どうやら、自分自身をボートに見立て、滑り落ちていくつもりのようだが。
「お姉さんは、どうするね?」
今にも飛び込みそうであったウィズであるが、その前に傍らを振り返る。
「やめとくかい?」
そこには困った顔の七篠・那々奈(デッドマンの載霊禍祓士さいれいまがばらいし・h05258)が立っている。震えながら細い腕で自身を抱く彼女の姿は……なんというか、破廉恥である。衣服はその双丘を隠せておらず、白い足も露わになっている。
「お気遣い、ありがとうございます……ですが、主の命令である以上、断る権限は私にはございません」
「難儀な主だな。だったら、俺の背に乗りな。これもなにかの縁ってやつだ」
「では、お言葉に甘えて……」
実のところ、か弱い素振りも非道な主人も、すべて那々奈の芝居である。すべて、中身はオッサンの彼女自身がやっていることであった。
那々奈はわざとらしく胸を押し付けるようにウィズの背に乗ったが、ウィズの方はお構いなしに激流に身を躍らせた。
「おおおおッ?」
あっという間に速度が上がる。身を捩って右に左にと巧みにカーブしつつ、ウィズは奥へ奥へと滑り落ちていった。
「いやァ、なかなかのスリルだァな♪ 光苔も、綺麗なモンだぜェ!」
あッという間に通り過ぎていく光苔は、ウィズの闇の身体を美しく照らしていた。
「ウィズさん……!」
「任せとけェ!」
ふたりの前に、岩が角のようにせり出していた。『呪符』で自らを強化した那々奈は猛スピードの中それに気づき、声を張り上げつつ身を捩った。ウィズも背中の動きに素早く応じて右に体を捻り、岩の傍らをすり抜けていく。
「やるもんだ!」
「それは、どうも」
そう答えつつ、顔が見えぬのをいいことに那々奈はほくそ笑む。
こうやって自分に好意を抱かせつつ、最後に中身がオッサンだとネタバラシする……悪趣味と言いたければ言え。それが那々奈の趣味であった。
とはいえ……何処かの世界からやってきた蜥蜴が、いくら豊満とはいえ女体に興味を持つのかどうか知らないが。
「……どうだろうな」
つい、オッサンの声が漏れる。
「なにか言ったかァ?」
「いえ!」
「そろそろ目的地だァ! 分かれ道は……右だ!」
勢いとノリで、ウィズは岩壁を蹴って流れから飛び出した。
「さァ、何が待ってンのかねェ? いやァ、楽しみだァな!」
光る鉱石に齧りつきつつ、ウィズは先へと進む。
「こちらの世界にまでダンジョンが発生するとは……」
ルシア・シャヴェット(カルシヴァル・h03601)は黒々とした岩肌を見上げつつ、地下へと潜っていった。
彼女は各国のダンジョンを駆け巡る冒険者である。そしてダンジョン攻略は、冒険者の責務。
「一刻も早く深層へ向かわなくては……」
しかし、眼の前にあるのはその決意を拒む激流である。
さて、どうしたものか。
「すごい水流だな。気をつけても流されそうだ」
そこには永雲・以早道(明日に手を伸ばす・h00788)も居合わせていた。まだ少年ながら道を究めんとする若き剣士だが、このときばかりは水流を照らす光苔の明るさに目を奪われ、
「きれいだな……洞窟が光ってる」
と、呟く。
しかし、いざ流れに足を踏み入れるとなると、弱気の虫ももぞりと身を起こす。
「……どうしよう?」
と、少年はルシアに視線を向けた。
ルシアは、
「宙に浮いていくには、やや高さも幅も心もとない。一歩ずつでも安全な箇所を判別して進むとしましょう」
と、一応は応じつつも、さっさとひとりで進む準備を始めた。
それでも以早道が腹を決める助けにはなったようで、彼は登山用のアイゼンを靴にしっかりと装着した。
「愛し子に祝福を。妖精さん、支援をお願い」
ルシアがオパールの指輪を撫でる。そこに込められた魔法によって招集された12体の『祝福を授ける妖精』たちに囲まれるようにして、ルシアは激流に足を踏み入れた。
さっそく一歩目から流れに掬われそうになるが、ルシアはロングヒールブーツ『シャヴァルセラ』を渾身の力で踏みしめた。竜の鱗や魔法石から作られたブーツである。その踵は岩にさえ食い込み、それを頼りに激流を進む。
以早道も慎重に、あとに続くようにして歩を進めた。
よくよく観察していけば、川底もまったく平らではない。それは流れにいくらかの緩急を生み出していて、その少しでも緩やかなところを選んで進んだ。
以早道が足元ばかりを気にしないようにしていたのが、功を奏したと言うべきである。
上流でなにかあったのか、突如として流れが速さを増した。以早道はとっさに、壁に貼り付き全身に力を込める。ルシアも同じく力を込めたが、わずかに反応が遅れて流れの勢いをまともに受けた。
「つかまれッ!」
以早道が手を伸ばした。ふたりの前には急激なカーブが迫っていたが、
「水はいつも同じ向きに流れるわけじゃないよね。たまには逆向きに流れたりするよね?
流れに任せれば、流れはわかってくれるよ」
嘘も信じれば本当になる。どっちが嘘かなんて、誰に分かるだろうか?
以早道はそんな『天邪鬼の嘘』で水流を反射して猛進し、ルシアの手を取った。
すぐにルシアも足を踏みしめ、壁にもたれかかって流れに耐える。
「私はひとりで大丈夫」
ルシアはゆっくりと、握られた手を払う。
「まぁ、そこはせっかくの縁ってことだね」
「借りを作るわけにはいきません。たとえパーティであっても」
あいにく、書面を交わしている暇はない。その代わりといってはなんだが、
「こういうときの選択は、冒険者によるね。私の場合は……勘」
そう言ったリシアの耳が、ぴくぴくと動く。
「……右」
ふたりは右に道を定め、激流から飛び出した。
第2章 集団戦 『エンジェル・フラットワーム』

「洞窟って、先が見えないから怖いよね」
永雲・以早道(明日に手を伸ばす・h00788)は防水になっていたランタンを取り出し、明かりをつけた。ここから先は光苔も群生しておらず、暗い。それが、LEDの光に照らされて浮かび上がる。
「わからないと怖いらしいから。なにか悪いことが起きるかもしれないから、だろうね」
「そうかもしれないね」
柳生・友好(悠遊・h00718)はいつでも抜けるように刀に手をかけたまま、辺りの様子を窺っている。黒々とした岩肌の洞窟は、さらに奥へと続いている。進むうちに水の音も段々と遠くなってきた。
先を行く以早道は深呼吸をして心を落ち着けながら、足元にも気をつけて慎重に進む。
「ッ!」
闇の向こうに見えた「なにか」に気づいた以早道は、すぐに岩陰に身を潜めた。
が、漏れ出る光は隠しようもない。
「もともと、避けては通れない敵だ。仕方がない」
敵を認めた友好の物腰も口ぶりも、途端に精悍なものに変わる。友好は愛用の心剣『水月』を抜き、敵前に身を躍らせた。
「敵を避けてボスのところまで行けたら理想だけど……そうも言ってられないよね」
ランタンを地面においた以早道もまた、太刀を抜いて敵へと挑みかかる。
奇妙な敵である。
その姿は半透明で、しかも厚みがない。ふわふわと宙に浮いているかのような姿には羽や3対の腕があり、また穏やかな微笑みの表情にも見える部分まであった。
しかしながら、フラットワームは恐るべき怪物である。体の中心がガバっと開いたところを見ると、そこが口なのだろう。そこから無数の触手が湧いて出て、友好へと襲いかかった。
「く……!」
友好は襲い来る触手を、右に左にと刀を振るって斬り落としていく。
敵の猛攻が一息ついたと見た友好は、大きく息を吐いて刀を構え直す。
「初めて見たけど……けっこう不思議な敵だね。姿は変だし、身体もなんかうにょうにょしている。
普通の刃が、通用するかな……?」
ワームどもはふたりを囲むようにして襲い来て、ふたたび「口」を開いて触手を伸ばしてきた。左右に跳んで、それを避けるふたり。
「……いや、だからこそ斬る価値がある」
どこか愉しげに、友好は頬に散った粘液を拭った。
「だよね。足止めするから、攻撃はよろしく!」
以早道が敵中へと飛び込んでいく。敵は薄っぺらい身体を利用し、その姿を隠すようにして這い寄った。伸ばされる触手を避けつつ、以早道は声を張り上げながら右に右にと回り込む。
「音が聞こえなくても姿が見えづらくても、円を描くように立ち回れば!」
その隙に友好が、大きく踏み込んだ。
「確かに、こうだよね……」
夢の中で授けられた、「大天狗の秘伝」。その動きを、友好は寸分違わず再現することができた。突き出された触手を紙一重で避け、その根本を切り落とす。敵がのけぞったところにさらに踏み込んで、大上段から刀を振り下ろした。
そして以早道の振り下ろした刃も、ワームの「微笑み」を斬り裂いた。しょせんそれも顔に見えるだけなのだろう、敵はのたうちつつも「腕」を伸ばして襲いかかってくる。だが、以早道は振り下ろした刃をすぐさま横薙ぎにして、その胴を両断した。
「一斬りで半分でも、二回斬れば満月だ!」
どこが急所かもわからない敵だが、さすがに唐竹割りにされたり胴を両断されたりして生きていられるほどではないらしい。薄ッぺらい身体がベシャリと崩れ落ちた。
「さぁ、次だ」
友好は以早道と背中合わせになりつつ、次の敵を窺う。
エンジェル・フラットワームはが「両手」を広げ、辺り一面に有毒の粘液を撒き散らした。
その飛沫がわずかに飛び散り、ウィズ・ザー(闇蜥蜴・h01379)の肌を焼く。
「……毒か。こりゃァいいや。もっと浴びせてくれよ」
身を起こしたその姿は、大理石のように白い肌と白い髪を持つ青年であった。その両腕は黒い霧に似た「何か」に包まれていた。『刻爪刃』である。
「これは……天使、でよいのでしょうか」
ルシア・シャヴェット(カルシヴァル・h03601)が戸惑ったように声を漏らす。
翼のような意匠、ハートを思わせる頭部、穏やかに「微笑んでいるように見える」頭部……ではあるが。
「ワームだろ。このナリでってのが、また不思議だがなァ」
「ワーム……およそ生物とは思えない構造をしていますが……ダンジョンとはそういうものですね」
嘆息したルシアが、そっと細い指にはめられた指輪を撫でた。魔術の媒体となる9つの指輪。そのひとつ、ルビーが嵌められたそれである。
「とにもかくにも、あれを倒さなければ先に進めないのですね」
「そういうことだ。毒を喰らわば皿まで、たァよく言ったものだな!」
両手の黒い霧を振り上げつつ、ウィズは敵群に躍りかかった。
彼が間合いを詰める間に、すでにルシアは短い詠唱を終えていた。
「勝手に始めさせてもらいます」
小さな炎が尾を引きながら敵へと飛ぶ。炎はその体表でパッと弾け、辺りが光に包まれた。敵が天使ではない証に、肉と粘液が焦げる嫌な臭いが洞窟内に立ち込める。
「いいぜェ。俺も好き勝手に喰らいつくだけだ。あァ、旨そうな臭いだぜェ!」
黒い霧は不可視の刃である。それはワームの焼け爛れた肉を易々と斬り裂く。
それだけでは終わらない。闇蜥蜴の身体の一部は『黒縄』となって敵を絡め取り、縛り上げた。斬り裂かれたところから毒の粘液がボトボトとこぼれ落ちる。
敵群は薄ッぺらい身体をくねらせて這い寄ってきたが、
「愛し子に祝福を……よく視えますよ、天使さん」
12体の『祝福を授ける妖精』が、彼女を護っている。目を凝らして敵の姿を捉えたルシアは、敵に悟られぬように深呼吸をすると、溜めに溜めた魔力を込めた魔法を、全力で放った。
先程にもまさる炎が、這い寄ってきた敵群を焼き払っていく。
「初級とはいえ、魔力を増やせば威力も上がるんです」
ワームどもは悲鳴はあげない。が、受けた傷の痛みに絶叫するかのように身を震わせながら、大きくその身を膨らませた。毒液を吐く挙動である。
「こぼすたァ、もったいない!」
敵の懐まで一気に跳躍したウィズが、飛び散る毒を浴びることも厭わず、まるで引き裂くように斬り裂いた。
その骸に、影は伸びる。
「喰いでがあっていいな……いただきます♪」
第3章 ボス戦 『土竜』

「ここが、一番奥か」
太刀『黒鉄丸』を構えたまま坂道を下ってきた永雲・以早道(明日に手を伸ばす・h00788)。踏みしめた感触の違いに思わず下を見ると、岩壁のあちこちが崩れ磨り潰されて出来たとおぼしき砂地であった。
つまり、ここに土竜がいる。
こちらの姿を認めた土竜は、
「ギャオオオォ……!」
と、声を張り上げ威嚇した。
強そうな竜だ。しかし、倒さなければならないのが、こいつだ。
以早道は唇を舐め、ゆっくりと間合いを詰める。覚悟を持って。負けないこと、人を救うこと。
「それが、俺の剣の道だから……ッ!」
気力を漲らせ、以早道は上段から太刀を振り下ろした。それは土竜の硬い鱗に阻まれ、通らない。
敵は怒りを露わに頭を振り、角を閃かせながら突進してくる。すんでのところでそれを避けた以早道であったが、柔らかい砂地に足を取られてよろめいた。
またしても雄叫びを上げた土竜の爪が、黄金に輝く。敵は柔らかな足元をものともしない速さで突進してきて、爪を振り下ろした。
「くッ……!」
太刀で防ぎつつ、咄嗟に跳び下がる以早道。いくぶん勢いは殺せたが、黄金の爪が肩を裂いた。
しかし。
「聞こえるかな? 山彦の声が!」
その声は、以早道の受けた黄金の爪を複製し、創り出す。
もう一度、渾身の力で振り下ろした太刀が土竜をよろめかせた。返す刀で、今度は下段から刃を振り上げる。
「これが、本命だ!」
太刀と山彦の創り出した黄金の爪、それが土竜の首を挟み込むように斬り裂いた。
「ギャオオオォ……!」
斬り裂かれた首から赤黒い血を流し、土竜は悶絶する。
「……アンジェリカさんの声真似、よく似ていたんですね」
ルシア・シャヴェット(カルシヴァル・h03601)が場違いな感想を漏らした。
「確かになァ。よく似てやがる」
ウィズ・ザー(闇蜥蜴・h01379)は「肩を揺らしながら」クックッと笑った。人の姿を取っているのだ。
「それにしても……見れば見るほどいい造形してるよなァ。親近感覚えるぜェ」
「そうなのですか?」
ルシアは怪訝そうにウィズを振り返る。「土竜」の名を持つこの怪物は「モグラ」とは似ても似つかない、まさしく土の竜といった姿だが……。
「まァ、いまの姿じゃァ似ても似つかねェけどな?」
細かなことを聞いている暇はない。土竜は尾をしならせ、叩きつけてきた。ふたりは左右に跳んでそれを避ける。土竜によって削りに削られた、洞窟の岩肌。すり潰されて細かな砂と成り果てたそれが、尾の叩きつけられた衝撃で舞い飛ぶ。
土竜は砂埃を突っ切ってさらに飛びかかり、爪を叩きつけてくる。ウィズは黒い霧を発しつつ後ろに跳ぶ。
いや。霧と見えたのは虚無の精霊が生み出した刃である。おびただしい数の刃が空中に生じ、牙とぶつかって火花を散らした。
同行者は歴戦の強者のようだ。ルシアは口の端を持ち上げ、ブーツを半ば砂の中に埋めながら間合いを詰めた。
「ほゥ……?」
ウィズが眉を寄せる。ルシアは古代語魔術師という話であったが……。
「私の手札は、魔法だけではありません」
こう見えて、存外に負けず嫌いである。同行者が強者ならば、自分とて相応の功績を挙げねばなるまい。
「暗い洞窟で星めぐりと参りましょう!」
砂に足を取られつつも、ルシアが跳ぶ。さらに黒い岩壁を蹴って方向を変え、敵がこちらを見上げるよりも速く、『シャヴァルセラ』の踵を敵の脳天に叩きつけた。
「ギャ、オオ、オッ!」
竜の鱗で作られ、魔法石で強化したブーツである。その踵は土竜の鱗さえ砕きながら、肉にまで食い込んだ。
土竜は暴れてルシアを振り落とし、自らの牙と爪を黄金に輝く刃へと変形させながら襲いかかってくる。
しかしルシアは【空中ダッシュ】して鋭い爪の狙いを狂わせ、魔法で生み出した水流を放って敵の出足を止めた。
「やるもんだ」
ウィズは感心しつつ、『刻爪刃』を操って敵の牙を弾く。土竜はその猛反撃に怯んだように、身体を丸くして後じさりした。
いや、それもこのあとの猛攻のためであるが。
「まったく、可愛いヤツだぜ」
それを承知の上で、ウィズは笑う。
「それには少し、同意しかねますけど」
ルシアが再び空中を蹴る。上からはルシアが、下からはウィズが、同時に土竜へと躍りかかる。
『シャヴァルセラ』の踵が土竜の片目に食い込み、ぶちゅりという鈍い感触とともに眼球を潰す。
たまらず天井を仰いで悲鳴を上げた土竜の喉に、ウィズの刃が食い込んだ。
「ギャオオオォ……!」
溜まった砂が血で濡れ固まっていくほどに、土竜はおびただしい血を流しながらのたうち回る。
「まだ、浅かったか? ……あの喉、硬めだな?」
「さぁ土竜よ、最後まで踊り明かそうか!」
手元を見るウィズをよそに、ルシアはさらに攻撃を仕掛ける。ウィズも、すぐに続いた。
「最後は丸呑みにしてやるよ!」
片目を潰され喉を斬り裂かれた土竜は、足元の砂地が泥濘んでしまうほどにおびただしい血を流し、のたうち回った。
しかしまだ強靱な肉体は活動を止めず、自らをこのような苦しみに追いやった√能力者を残った片目で睨みつける。
「しぶとい奴だ。あとは私に任せろ」
駆けつけた明星・暁子(鉄十字怪人・h00367)は重甲に身を包み、兜の奥から光る目で土竜を睨みつけた。
「ギャオオオォ……!」
新たな敵を見つけた土竜は爪を黄金に輝かせ、襲いかかってくる。
しかし暁子は動ぜず、
「ポチッとな」
いつの間にか手中に握っていたスイッチを押す。すると、ゴゴゴ……激しい水音が響いてきた。あらかじめ、地下の水流を堰き止めていたのである。その堰が爆破され、激流は土竜を飲み込んで壁に叩きつけた。
「『半自律浮遊砲台ゴルディオン』、攻撃開始!」
暁子が思念を送ると、随伴する砲台が火を噴いた。砲弾は土竜の鱗をえぐり、肉を削っていく。
「ギャオオオォ……!」
それでも土竜は暁子に立ち向かってこようとしたが、
「いつまでも付き合ってはいられない。夜は長いし、人生は短いんだ」
超重量の『ブローバック・ブラスター・ライフル』を軽々と構えた暁子は、土竜の眉間に狙いをつける。弾丸はその眉間を貫き、頭部を吹き飛ばした。