シナリオ

「クヴァリフの仔」争奪戦ー眼帯男の横槍ー

#√汎神解剖機関 #クヴァリフの仔

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●狂気に陥った研究者
「ハハハハハ!!やった!やったぞ!遂に、遂にママに会えるんだ!」
 暗がりの中で白衣を着た男が1人で叫んでいた。ぼさぼさの髪の痩せこけた頬の男である。彼は若くして汎神解剖機関に所属する研究者であった。
 優秀な男であった。将来を嘱望されていた。希望を持って職に就き、人々を怪異から守るという正義に燃えていた。そうあろうと努力をし続けてきた。
 だが、彼は行き詰ってしまった。怪異とは理不尽なものである。どれほどの知識を積み上げても、どれほどの情熱を傾けても、早々に理解しきれるものではなく、数も多種多様で膨大だ。研究しても研究しても終わりは見えず、怪異に襲われた人や『いなくなってしまった』同僚の話ばかりが耳に入ってくる。
 彼は焦燥感に襲われていた。どうしようもなく焦っていた。追い詰められていた否、自分で自分を追い詰めていた。
 そんな彼の元に蜘蛛糸ならぬ蛸の触手が垂らされた。

『焦燥に身を焦がし苦しむ者よ。母たる妾が汝を救う『仔』を授けよう』
「へ?あ…あ…あqswdefrgtyhujkilo;」
 夢の中に現れた仔産みの女神『クヴァリフ』は青い触手で研究者を絡めとると自身の元に抱き寄せて耳元で囁いた。
 その瞬間に彼の理性は蒸発した。眼は虚ろになり、口からは意味のない言葉と涎が垂れ流しになっている。それでいて表情は、恍惚に満ちたものだった。
『新しい妾の仔よ。妾、【クヴァリフの仔】と共に母を呼んでおくれ』
「分かったよ!ママ!!」
 元気よく返事をする研究員をクヴァリフは|慈愛《嗜虐的な》の笑みを浮かべて抱擁する。彼の精神は幸福感と共に闇に落ち、そのまま現実へと送り返された。

 翌日、目を覚ました研究員の隣には見知らぬ触手がうねうねと蠢いていた。彼はその触手を愛おしそうに撫でると、すぐに行動に移った。
 汎神解剖機関には触手のことを報告せずに無断欠勤。触手を鞄に詰めたまま、ここ数年間、誰も見たこともないようなギラついた笑顔で研究所から走り去っていった。

 そして今、彼は【クヴァリフの仔】と共に|邪神《ママ》を召喚しようとしていた。

●依頼概要紹介
「ト、イウ事デコノママダト、仔産みの女神『クヴァリフ』ガ召喚サレマ…セン!!」
 スノードロップ・シングウジは、胸の前で両腕をクロスして大きな×の字を作る。
 何がという事でだ!とか、召喚されないってどういうことだ!などの有難いツッコミやら抗議の言葉を無視して星詠みは話を続ける。
「理由ヲお話シマス。マ、単純デス。予兆デ偉ソウに講釈垂レテイタ『眼帯男』ガ介入シテ邪魔ヲスルカラデスネ。ダカラ召喚は阻止サレマス。問題はアノ触手デス。アレは『クヴァリフの仔』トイウ文字通りの存在デス。アレが少々厄介デ、アノ触手は怪異と融合して怪異を強化する性質がアルコトが分かってイマス」
 要するに未知なる力を秘めた怪異用強化パーツ兼最高レベルの研究素材という代物。色々な機関が血眼になって追い求めるのも理解できるだろう。
「貴方達ニハ研究者ヲ追ってモライマス。|連邦怪異収容局《FBPC》にアレを渡す訳ニハ行カナイカラネー。ドウセ碌な事二ナラナイヨー。面倒が増えるダケデース」
 そう言うとスノードロップはとある地方都市の地図を画面に映した。
「最近、コノK市に奇妙な噂が流レテイルと言う情報が報告サレテイマス。【クヴァリフの仔】ハ強力な神性を持ッタ怪異ネ。存在スルだけで様々ナ霊障ヲ起コスのデショウ。ソノ影響が出テイルのだと思いマス。ワタシが予知で見たのと同じ景色がK市にはアルノデ恐らくはココに彼が居ルノデショウ」
 要するにK市内にある奇妙な噂の発生場所を追って行けば、そのうち儀式場に辿り着けるという事だ。君たちにはその噂を追っていただきたい。
「後、最後に重要なことを言いマス。【クヴァリフの仔はなるべく生きて持ち帰って】クダサイネ。食べタリ、ペットの餌にシタリシチャ駄目ヨ。約束ネー」
 スノードロップは一応釘差しをすると、両手を振って√能力者たちを√汎神解剖機関へ送り出した。

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第1章 冒険 『奇妙な噂を辿れ』


●困惑のK市
 その日のK市は生憎の曇天だった。冬場は乾燥して無駄に風が強いことで有名なK市は、比較的気候が温暖で滅多に雪が降ることがない土地である。最後に振ったのは、もう10年か20年も前か…その頃は4~5cm積もっただけでも大騒ぎだった。
 そんなK市には今、様々な奇妙な噂が流れている。
 ーー曰く
「知ってる?今日、雪降るんだって?」
「雪?K市で?嘘でしょ!?ってか、今日の天気晴れ・・ってあれ曇った」
「何か色々変だよね」
「そうそう、急に渋滞したり…遅刻する生徒が滅茶苦茶増えたり…」
「急な通行止めだっけ?幽霊が出たんだとか…。嫌な予感がして迂回したとか…」
「やめてよね。幽霊とか、今時。ってか本当に出たらどうすんの?」
「何々?ビビッてんの?マジ受けるんですけど」
「うざっ!?でもさあ…なんか本当に変じゃない?」
「そう言えば、変な恰好をした人をD地区の方で見かけたって話もあるよ?」
「マジかぁ…。怖いなぁ…」
 学生2人組の会話を例に挙げたが、今、K市ではこうした噂が色々な所で流れている。
 君たち√能力者はこうした噂を調査して、狂信者と化した研究者の儀式場を探さなければならない。
水垣・シズク

●水垣シズクK市へ行く
「へー、怪異の強化。せっかくだし自分用の分も確保したいですね、うちの|相棒《イォド》の役に立つかもしれませんし」
 水垣・シズク(機々怪々を解く・h00589)は、今回の依頼の収集対象である【クヴァリフの仔】の概要をまとめた資料を見ながら興味深そうな声を上げた。
 汎神解剖機関からの情報には、【クヴァリフの仔】の形状や権能について公開できる情報が纏められていた。とは言ってもほとんどが『詳細不明』だの『閲覧不可』と言った内容ばかりではあったが、【ぶよぶよとした触手状の怪物で、それ自体はさしたる戦闘力を持たないものの、他の怪異や√能力者と融合することで宿主の戦闘能力を大きく増幅させる】という、怪異を扱うものにとっては非常に悪用しがいがある情報も記されていた。
 自分用の【クヴァリフの仔】の確保については、組織との要相談になるだろう。だが、それもリンドースミスを退けて無事に【クヴァリフの仔】を確保できたらの話だ。
 まずは、件の触手を持ち主である研究者の探索が優先である。
「で、噂の調査でしたっけ?なんか起きている事象に統一感が無くてよくわかんないうですねー。こういう時はとにかくデータ集めです。事象をマッピングして密度を調べれば自然とどこが中心か分かるはずです!」
 調査方針を定めたシズクは、端末を操作すると|汎神解剖機関《ウチ》経由でカミガリに協力依頼を打診した。

●K市駅前
「ここがK市駅前ですか。事前情報よりも人が多いですね」
 K市駅で電車から降りてK市駅前に降り立ったシズクは、想定外の人の多さに驚きの声を上げた。事前情報ではK駅前に飲み屋街しかないので日中は閑散としているという話を聞いていたのだが、今日に限って多くの人が駅前に集まっていた。
 特に多いのがバスロータリーだ。バスを待っていると思われる市民は、スマホを片手に不安そうな顔をしていた。
 何かあったのだろうとシズクは確信するが、まずはドローンの設置が優先だ。彼女は人込みから一旦距離を置くと、『指揮型サイコドローン』を設置して情報収集にあたらせた。
「あとは地道に聞き込みですかね。街頭アンケートでもしますか」
 アンケート調査用のデータを入れた端末と、ちょっとした景品が入った袋を手にしたシズクは、バス待ちの人々の中へと歩を進ませた。

「すみません。アンケート調査用をお願いしたいのですが、よろしいでしょうか?」
 シズクは暇そうにスマートフォンを弄っていた中年くらいの女性に話しかけた。
 女性は最初は嫌そうな顔をしていたが、景品があると言うと快く話に応じてくれた。
 彼女が言うには、バスがひどく遅延しているらしい。理由を聞くと、バスの運転手が何故か定められた経路を外れて変な道を通ってしまったことと、道路の渋滞が重なったのが原因らしい。
「バスが理由なく道を変えたのですか?それはどのあたりでしょうか?」
「ええと…確か。この辺りだって聞いているわ」
 中年女性はスマホの地図アプリを開くと、バスが道を変えた地点を指で指し示す。
 地図にはD地区の中でも北東部にある【H区】の辺りを示していた。
「本来のバスの経路は県道××号を真っすぐに行くの。でも今日に限って右に曲がって県道△●号の方に行っちゃったみたいなの。一緒に遊びに行く友達がバスに乗っているのだけど…曲がってからしばらくするまで誰も疑問に思わなかったんだって」
 中年女性のスマホ画面を確認すると、確かにバスが路線から外れておかしな経路を辿っていることが分かる。理由なく道路が渋滞するということは、バスと同じ現象が他の車でも起こっているのは確かだろう。
(人除けの結界か魔術でしょうかね。何か霊障が起こっているかもしれません)
 サイコドローンに搭載した収音魔術で集めた音声にも同様の情報が集まっていた。複数人から同じ情報が出ているので、D地区の【H区あたりで何かが起こっているのは確定】だと判断しても良いだろう。
「情報とアンケート調査の協力ありがとうございました。粗品ですが、どうぞ」
「ありがとう。友達が来なくて暇だったし、ちょうど良かったわ」
「それは良かったです。では、最後に1つ質問をしてもよろしいでしょうか。H区って何か目立つようなものはありますか?」
「ないわよ。あそこ何もないの。精々、昔の城跡くらい?戦国時代にお城があったらしいけど、今は石垣しか残っていないわ」
「助かりました。それでは失礼します」
 シズクは女性に礼を言って離れると、サイコドローンに指示を飛ばした。

 しばらくするとサイコドローンはH区に到着した。通信を阻害するような魔術か霊障が仕掛けられているのだろう、ドローンから伝わる情報にノイズが走る。
「ドローンの調査を妨害する霊障ですか。確定ですね。では行きましょう」
 霊障の発生点に当たりをつけたシズクは、現地協力者のカミガリに連絡を付け、彼の運転する車でK市D地区H区にある【T城跡】へと乗り込んでいった。

煙谷・セン

●煙谷センK城付近を散策する
「エエーー歌のおねーさんが何か予知したって話で顔出したけどモー、思ったよりきな臭ぇーのネ」
 煙谷・セン (フカシの・h00751)は、どんよりとした分厚い雲に覆われた空を見上げて紫煙を吐き出した。煙と一緒に吐き出した息が白くなっている。とても寒い。
 K市はここ2~30年くらい雪が降っていない温暖な地域であり、日中かつ日が出ていれば、防寒着1枚あれば十分すぎるほどに快適に過ごせる温暖な土地だ。
 しかし、今日のK市は違った。日中でも凍えるほど寒く、肌をぞわぞわと感じさせるような特有の嫌な雰囲気が漂っている。
「古今東西情報は足で稼げって相場は決まってるしナーー、観光がてらあちこち歩きまわってみよっカ」
 センは吹かしていたタバコを喫煙所の灰皿に捨てると、代わりに棒付きキャンディーを咥えた。そして、目の前に見えている戦国時代の天守閣を再現した観光地へと歩いて向かった。
 K市にあるK城は20年前くらいに、城跡のあった石垣の上に再現された木造建築の天守閣だ。それなりに立派な庭園と戦国時代から伝わる歴史的な展示品が売りだ。
 もう1か月もすると、この地域特有の早咲きの桜が咲いたり、6月には河川敷に百合が咲いたりと見どころがあるのだが、残念ながらこの時期のK城は割と地味な場所である。
 それでも物好きな観光客やら、暇を潰しに来た地元民がK城に集まっていた。彼等の話すことに耳を傾けてみると、【バスが遅れている】や【市の南部へ続く道路が混雑】していて大変だという話を聞くことができた。
 センは城の観光(木造建築なので火気厳禁)を早々に切り上げると、今度は城の近くにある土産物店へと足を運んだ。

「ほらおれ動画配信とかやっててネ。最近ちょっとこの辺異常気象だのなんだの色々あるみたいジャン?店員サンそういうの感じたことナイ?この辺は通るの止めとこうかナーとかそういう何となく避けたい気持ちがあったトコ!」
「お客さんは動画配信者なんですね。…そうですねぇ。何か面白いことを教えられるとイイのですけど…。確かに、最近、急に寒くなりましたね。寒波とか来ていないのに、K市だけこれだけ寒いというのはおかしいです。あと…嫌な感じがした場所ですか…」
 センの言葉を聞いて女性店員がうんうんと考え込む。K市は歴史のある町なので、怪談やら都市伝説のようなものが沢山ある。
「そう言えバ、K城で南部で道が渋滞とかバスが遅延しているトカ、聞いたんだケド」
 どこの話をしようかと悩んでいる女性店員に、センはK城で聞いたことを話した。
「南部…。そう言えば昨日、南部でボランティアやっている知り合いから変わった話を聞いたんですけど…あれはなぁ…うーん…」
「折角ダシ、その話をしてヨ。そういうトコに真実って潜んでるモノなんヨーー」
 これを聞いても動画のネタになるのかと悩んでいる店員にセンが話を促すと、あまり面白い話ではないですよと、前置きをしてから話を始めた。

「K市の南部にはK城以外の城が2つあります。その内の1つに【T城跡】があるんです。城跡と言っても石垣しかないような場所なんですけどね。そこで観光者向けに歴史を説明する高齢者の観光ボランティアグループがあるんです。そこに所属しているおじいさんに知り合いが居て、彼は昨日もT城跡に観光ボランティアをしに行こうとしていたんですけど、【何故か行けなかった】みたいなんです」
「行けなかっタって理由トカあるのカイ?」
「分からないんです。【気づかない内に道を曲がっていた】のか。ボケて道を忘れてしまったのか…。いや、まだそういう歳じゃないのですけどね…。本人は、良く分からないけど【行ってはいけないような気がした】とか言っていました。おかしいですよね、そこでボランティアをするのに、行ってはいけないなんて…」
「ソレでドウなったノ?」
「案内する筈だった人達にお詫びの電話を入れたみたいなんですけど、【その方たちもT城跡には、辿り着けなかった】んですって」
「ソレはまた奇妙な話だネー」
「ええ。そのおじいさん。気になって、今日もT城跡に行ってみたらしいんですけど…」
「行けなかッタ…ト」
「はい」
「ナルホド。面白い。ちょっと調べてみようカナ」
「でしたら、場所はここです」
 女性店員はスマホを弄ると地図アプリを開き、該当の場所を指さした。
 地図に示された住所は【K市H区×××-1 T城跡】となっている。
「ありがとう。助かったヨー」
 センは御礼を兼ねて適当に、食べられる土産物を何点か購入すると、情報のあったH区にあるT城跡へと移動を始めた。

逆刃・純素

●|逆刃・純素《古代魚》の文明の利器を使いこなした情報収集
「すぴすぴ。なにかきな臭い感じがしますぴす。へんな事件に発展しないうちに潰しちゃいたいですぴす」
 逆刃・純素 (サカバンバの刀・h00089)はぶるりと体を震わせた。連邦怪異収容局員『リンドー・スミス』の予兆から始まった【クヴァリフの仔】を巡る事件は、より大きな事件や戦いを呼び込むのではないかと、彼女の野生の勘が告げていた。
 より面倒になる前にさっさと危険な芽は潰しておこう。そう判断した彼女は、擬人化装置で人間な姿を取ると、√汎神解剖機関にあるK市のネットカフェへと√移動した。

『A地域のほうでペットが大量行方不明だってね』
 と、純素はK市の学生が良く使うという匿名の掲示板に適当な内容を書き込んだ。
 しばらくすると学生のものらしい書き込みが返ってきた。
『違うよー。A地区じゃなくて【D地区】だよ!』
『行方不明っていうか、【逃げちゃった】みたいだね』
『あれ、A地区も何かあったの?』
(反応を見るにやはりD地区が怪しいみたいですぴす。ならば…)
 純素は端末を操作して書き込みを続ける。
『ごめんごめん。D地区だったね。思い出したよ。確か半透明な魚とかクラゲの幽霊が出るんだっけ?』
 人に化けた古代魚は一般的なインビジブルの姿に当たりをつけて書き込みをする。
『そうそう。【何かふよふよと空を泳いでいるを見た】って子が何人かいるんだ』
『空中を泳ぐ魚とか怖いねー?でも何で魚なんだろ?』
(インビジブルが活性化して一般人にも見えるようになってしまっているみたいですぴす。D地区の何処かで何かやっているのは間違いないですぴす)
 純素は次の書き込みの内容を考えつつ、ネカフェのデスクトップPCでK市の天気図や天気予報などを確認した。
「雨雲レーダーを見るとやはりD地区の【H区辺りの予想降水量が多い】ですぴす。あとK市と隣接している地区だけ気温が異様に低いですぴす」
 不自然な雨雲、不自然な低気温。現象には理由がある。理由については明確だ。狂信者と化した研究員が【クヴァリフ】を召喚しようとしているからだ。詳細は分からないが、何かしらの自然のエネルギーを召喚に使うのだろうということは、彼女の鋭い野生の勘で直感できた。
『ほかにD地区で何か変わったことがあるって聞いたことある人いる?』
『変わったことを言っている子なら知っているよ?』
 純素の書き込みに気になる反応があった。詳しく聞き出す為に彼女は端末を操作して書き込みを続ける。
『へぇ?どんなことを言っていたの?』
『えーっとねぇ。色々と用事があってごたついているから、今日は早く【帰りたいのに帰りたくない】んだってさ。意味わかんなくない?【帰りたいのに帰りたくない】ってどっちやねん!って思わずツッコんじゃったわ、私』
『うけるw何それ』
『でしょー。マジ意味わかんないよね。ただ、変なこと言っているのは、その子だけじゃないんだよねー』
『えっ。何それ、こわっ』
(すぴすぴ。【帰りたいのに帰りたくない】。明らかにおかしいですぴす。間違いなく何らかの精神干渉を受けていますぴす。それも複数人。となると人ではなく、土地に何かされている可能性が高いですぴす)
 純素はPC画面の天気図と端末の画面に表示されている書き込みやネットで拾える噂等を交互に見返しながら、考えを巡らせる。すると唐突に1つの可能性が思いついた。

「人除けの結界が貼られているですぴす…。【D地区のH区】に。術式の中心は雨雲レーダーが一番濃くなる場所で、そこにあるのは【T城跡】という史跡ですぴす」
 狂信者と化した研究員が儀式を執り行う場所を割り出した純素は、今回、拾った情報をK市に向かった√能力者用の掲示板に報告済すると、ネットカフェの会計を済ませた。

「なんか、嫌な予感がするですぴす……」
 そして警鐘を鳴らし続ける野生の勘に従い、足早にD地区H区にあるT城跡に向けて移動を始めた。

コマンダー・オルクス

●秘密結社オリュンポス大幹部の情報収集
「フハハハハ、我が名は世界征服を企む悪の秘密結社オリュンポスが大幹部、コマンダー・オルクスだ!!」
 その日のK駅は珍しく人が多く集まっていて、無駄に格好いいポーズをとりながら名乗りを上げるコマンダー・オルクス(悪の秘密結社オリュンポスの大幹部・h01483)、本名『高天原・建速』(15歳)は、民衆の注目をもの凄く集めていた。
「えっ。どうしたの?あの子。あんな仮面をして」
「凄いポーズね。いや、凄く似合ってはいるんだけど…」
「どうしよう。消した筈の右腕の目(マジックペンで書いた)が疼いてきた…」
 ざわざわと民衆がざわめく。
 しかし、|自分の世界《中二病の妄想》に入っている彼には、周囲の声や生暖かい視線は聞こえていないし、見えてもいなかった。

「何に使うか知らんが、【クヴァリフの仔】と呼ばれる新物質、是非とも我が組織が獲得せねばな! 触手がどうとか言ってたから、やはり、タコ焼きかな?」
 たこ焼きかな?ジャネーヨ!食うなッテ言ったデショーガ!とか、PR会社の業務で怪異を強化する触手が活躍する機会はネーヨ!とか、色々とツッコミを入れたいことではあるが、生憎、彼にツッコミを入れられる存在は、その場にはいなかった。

「どうやら様々な噂話が拡散しているようだが、意図的に流された可能性もある。複数の噂を追及して行けば、自ずとどこから発生したのか分かるだろうが、別の噂でより際立たせるのも手か?」
 腕を組み、顎に手を当ててブツブツと独り言をこぼしながらオルクスは考え込む。
 今回の依頼では、|連邦怪異収容局《FBPC》の介入が星詠みによって明言されている。彼等による情報操作の危険性があるので、今、K市の中で流布されている噂を全部鵜呑みにするのも危険なのは確かだ。
「何はともあれ、情報が必要だ。『オリュンポス戦闘員』よ、人海戦術を以って、情報収集だ!団体行動の大切さを周囲に焼き付かせ、落ちているゴミの一つも見逃すなよ?特に怪しい集団に関する情報は大事だぞ!」
 パチンとオルクスがフィンガースナップを鳴らすと、どこからともなく【白い仮面を着けた黒タイツの戦闘員】が現れた。
 総勢20人の|オリュンポス戦闘員《オリュンポストルーパー》は、ほうきと塵取りやごみ袋を手にK駅前に散ると情報収集を開始した。

 急に現れた白い仮面を着けた黒タイツの軍団にK市の市民はギョッとした。
 しかし、オリュンポス戦闘員がゴミ拾いや枯れ葉の掃除をしながら情報収集をしている様子を見ているうちに、『何だ、特殊な撮影か何かをしているのか』と納得し、次第に不自然さが気にならなくなり、彼等にK市で流れている噂や怪しい集団の情報を落としていくようになった。

「ふむ。それでは戦闘員諸君!情報収集の結果を報告せよ!」
 オルクスは駅前にあった喫茶店の一角で戦闘員からの情報を受け取っていた。
 流石に息が白くなるような2月の寒空の下、1人で結果を待つのは辛かったのである。だって物凄く寒いんだもの。
 勿論、情報報告は1人1人順番に来るように指示をしてある。格好いい悪の秘密結社は、一般人に無駄な迷惑はかけないものだと決まっているからだ。
 それは兎も角、オルクスの下に集まってきたのは以下の情報だった。
 情報① 怪しい蛸のような模様の首飾りをした集団が、昨日K市に沢山入ってきた。
 情報② 駅前のレンタカー店で大量に車を借りられた形跡あり。
 情報③ ペンダントの集団はD地区の方に向かっていったとのこと。
 情報④ D地区にあるH区を通るはずだったバスの経路が不自然なルートを通った。
 情報⑤ バスがルートを変えた時は誰も疑問に感じなかった。  
 情報⑥ H区で半透明な魚の幽霊を目撃した     等々
 戦闘員たちが市民から聞き出せた【怪しい集団についての情報や不可解な現象はK市南部のD地区にあるH区集中】していた。

「やはりH区が怪しいか。首飾りの集団はクヴァリフの狂信者達で、バスの遅延とルート変更は、人除けの結界か何かだろう!半透明な魚は活性化したインビジブルだな!儀式の影響で活発化しているのだろう。成程な!謎は全て解けたぞ!フハハハハハ!!」
 コマンダー・オルクスは、高笑いを上げながら勢いよく立ち上がった。周囲の視線が急に大声を上げて立ち上がった彼に集中する…が、秘密結社オリュンポスの大幹部は全く気に留めない。
「では行くぞ!K市南部H区へ!ついてこい我が精鋭達よ!フハハハハハ!!」
 オルクスはオリュンポス戦闘員を連れて喫茶店を出ると、意気揚々とK市南部H地区へと向かっていった。

空地・海人

●空地海人の情報収集
「【クヴァリフの仔】とそれを狙う連邦怪異収容局か⋯⋯。何か大事になる前にサクッと事件解決したいな」
 空地・海人(フィルム・アクセプター ポライズ・h00953)は、星詠みから提供された【クヴァリフの仔】に関する情報に目を通しながら1人呟いた。
 連邦怪異収容局員『リンドー・スミス』の予兆から始まる【クヴァリフの仔】を巡る事件は、より大きな事件や戦いを呼び込むことを彼に予感させた。より大きな戦いが起これば、多くの力も罪もない一般人が犠牲になり、沢山の悲しい記憶が生まれてしまうだろう。
 大規模事件を防ぐ、或いは防げないとしても有利な状況で開始するには、1つ1つの前兆となるような事件を解決していかなければならない。
 そのためにもまずは|連邦怪異収容局《FBPC》との【クヴァリフの仔争奪戦】に勝つ必要があった。

「とりあえず、ネット上で怪しい噂の情報を収集して、噂に出てくる場所を片っ端から回ってみるか」
 海人は、√汎神解剖機関のK市にあるネットカフェへ移動すると、そこにあるPCを起動してネットへと接続した。
 そこでK市に関する匿名掲示板やSNSなどで『奇妙な噂』に関する情報をざっと集めてみると、以下のような情報が見つかった。
 情報①ここ数日間はD地区にあるH区を直進する筈の●●線のバスの動きがおかしい。
 情報②D地区にあるH区で半透明の魚やクラゲの幽霊を何人も見かけた人がいる。
 情報③D地区でペットの大規模逃走が起こったらしい。
 情報④同じペンダントをした怪しい大荷物の集団を駅前で見かけた。
 情報⑤【帰りたくても帰れない帰宅困難者】の発生…等々。

「なるほど、【おかしな噂はD地区H区を中心に広がっている】な。同じペンダントをした大荷物の集団は、ひょっとしたら【クヴァリフの聖印を首に下げた狂信者の集団】なのかもしれない」
 海人は情報収集の結果をメモに取ると、バスと狂信者を調べることができるK駅前へと移動を開始した。

「ま、ちょっと手間だけど、こういうのは地道にやってみるしかないよな!」
 海人はそういうとK駅の木造の駅舎に触れた。空地海人は、物質の記憶を読み取るサイコメトラーである。√能力【武装化記憶】によるブーストがあれば、駅舎の記憶から過去の記憶を読み取り、フィルムに写し出すことすら可能であった。
 駅舎の記憶が海人の中に流れ込む。そこには昨日の夕方に【クヴァリフの聖印】を首に下げた武器と思われる大きな荷物を持った怪しい集団が駅の西にあるビジネスホテルへと向かっていく様子が写っていた。
 海人が駅舎の記憶を読み取り終えると首から下げた私用のフィルムカメラから、【クヴァリフの狂信者たち】の写真が現像された。
 次に彼が向かったのは、駅から西にあるビジネスホテルだった。
 海人はビジネスホテルの入り口に手を触れ目を閉じると、そこからホテル玄関の記憶を読み取る。
 そこにはレンタカーの店を目指す狂信者たちの姿と、『今からD地区にある史跡に向かう』、『儀式決行は今晩の8時だ』という狂信者の声が記憶されていた。
 海人がビジネスホテル玄関の記憶を読み取り終えると、駅舎と同じ【クヴァリフの狂信者たち】の写真が現像された。
「狂信者たちの昨日からの動きは着実に追えているな!次はレンタカー屋か?」
 ビジネスホテルの調査を終えた海人が、次の目的地であるレンタカー屋へと移動を始めた時だった。
 タイミング良く、D地区を通る●●線のバスが、彼の目の前を通り過ぎ、K駅前のバス停に向けて走り去っていった。
「バスか…。噂にもあったな。折角だから記憶を見てみよう」
 海人は、レンタカー屋への移動を中断しバスを追いかけて走った。そして停車したバスに乗客の乗降の邪魔にならないような位置から、手を伸ばして触れて目を閉じた。
 バスからは、経路を外れて不自然な場所を走るバスと、それに気づかない運転手と乗客の姿と、異常に気付いて、運転手と乗客から困惑の声や怒声が上がる様子等が鮮明に写し出された。
「写真は…バスが不自然な位置で曲がった場所か。この場所は…?」
 海人はフィルムカメラが写し出した写真を携帯端末に取り込むと、その写真を使って画像検索をかける。すると1か所、フィルムカメラで写し出した写真と同じと思われる場所が見つかった。
「K市D地区県道××線。この先にあるのは…【T城跡】か。狂信者たちもD地区にある史跡に向かうと言っていたし、ここは怪しい噂の中心だった。怪しいな」
 そこに何かがある。そう確信した海人はK市D地区にあるT城跡へと急ぎ向かうことにした。

アレクシア・ディマンシュ

●アレクシア・ディマンシュの情報収集
「噂、噂ですか……成程、この√汎神解剖機関においては最強の能力の一つと言えるでしょう。ですので…それを利用させて貰いましょうか」
 アレクシア・ディマンシュ(ウタウタイの令嬢・h01070)は優雅に呟いた。
 K市は今、【仔産みの女神クヴァリフ】の召喚儀式の準備が進んでいる為、インビジブルが活性化していて霊障が発生しやすい非常に不安定な状態であった。
 そのことが意味するのは、噂を流すことで意図的な霊障を発生させやすいということである。
 そこでアレクシアは、美しい歌声にインビジブル制御の力を載せて1つの噂を流すことにした。

『音楽ホールで綺麗な歌を歌うと、その上手さに応じて”悪いもの”が払われて運気が上昇するらしい』

 噂を流した人間災厄は、噂が流れて浸透するまでの間を、K市の市街地を優雅に歩いて回って観光しつつ時間を潰すと、K駅南西にあるBホールという名前の小さな音楽ホールに移動することにした。
 そこでは噂を流した影響か、近くにあるK市東高校の合唱部が練習をしていた。

「わたくしも例の噂を聞いてここに来ましたの。皆様と一緒に歌わせていただいてもよろしいかしら?」
 魅了と催眠術の技能を駆使した人間災厄が、学生たちに気品のある仕草で微笑んだ。
「ええ、大丈夫ですけど…。見た感じ海外の方ですけど…日本の歌を歌えますか?」
「問題ありませんわ。少し歌ってみせましょうか」
 アレクシアが日本で定番の合唱曲の一節を口ずさむと、その見事な歌声に学生たちの目が丸くなった。
「うわぁ…すごく綺麗な歌…。是非とも一緒に歌わせて下さい!あと、どうやったら、そんなに綺麗に歌えるのか教えて欲しいです!!」
「もちろんですわ。さあ、一緒に歌いましょう」
 そして、人間災厄『ウタウタイ』とK市東高校の合唱練習が始まった。

「わ、わぁ。すごい。短時間でここまで変わるなんて」
「うん。自分でもびっくり。私たちってこんなに綺麗に歌えるんだね!」
「ふふふ。皆様が真剣に合唱に取り組んだからですわよ」
 練習を始めてすぐに、合唱部員たちの歌声は綺麗になった。卓越した歌唱技能と美声を持つアレクシアに引っ張られる形で、彼らの歌が上達したというのは、確かに大きな理由の1つだろう。
 だが、それだけでは、この異常な成長速度の説明はできない。彼らが急激に上達したのは、まさにアレクシアの√能力によるものだ。
 彼女の√能力【聖歌絶唱・天賦の演奏は不死に等しきと共に】は半径19m以内の音楽を奏でる才能・素質・適正・機能・影響を増幅させて、あらゆる傷や状態異常を治す効果を持つ。
 アレクシアと一緒に歌い、彼女の√能力の強く影響を受けたことで彼らの合唱は、短期間で劇的に上達したのである。

「これだけ上手く歌えるなら、運気が上がるかな」
「そうですね。なんだか変に重かった肩が軽くなって、嫌な気分がなくなってすっきりした気がします」
「ええ、綺麗な合唱でしたわね」
 アレクシアの能力でブーストされた高校生の合唱は、噂の条件を満たすものだった。
 合唱部員を取り巻く悪いインビジブルは姿を消して、良い影響を与えるインビジブルが彼らの周りを泳ぎ出し始めている。
 特に、肩が軽くなったという女の子の変化が顕著だった。
「そう言えば貴女、かなり顔色が良くなりましたわね」
「そうですね。確かにここ数日間で一番体調がいいかもしれません」
「あの噂は本当だったのかなぁ。良かった。本当にここ数日のOちゃんおかしかったんだからね。あたしは、Oちゃんの頭がどうにかなっちゃったかと思ったんだから」
「そんなに変だった?私?」
「詳しく聞かせていただけますか?」
 アレクシアが部員たちに話を促すと、次のような話が聞けた。
 Oちゃんという生徒は【K市D地区のH区出身】の女の子で、普段は礼儀正しくしっかりとした子だったのだが、ここ数日は特に顔色が悪く、【家に半透明な魚やクラゲが泳いでいた】とか、【家の中で凍えそうになった】等の不可思議な言動を繰り返していたという。
 K市東高校には、Oちゃんの他にもD地区出身の子はいたが、彼女ほど様子がおかしい子はいなかったとのことだ。
「今日だって、早く家に【帰らないといけないのに帰りたくない】とか意味不明なこと言うし」
「あっ!?そう言えば…。今日は用事があったから早く帰らないといけなかったんです!部活なんてやっている場合じゃなかったのに!」
「部活なんてとは何だー!Oちゃんが滅茶苦茶変だったから、先生に無理言ってBホールを借りてもらったのに!」
 ギャーギャーとじゃれ合う学生たち。そんな彼らの様子を横目で見つつ、アレクシアは今回の事件についての考察を進める。
(クヴァリフ召喚の儀式会場はD地区H区で確定ですわね。一般人のOさんに暗示がかけられていたのは…召喚者は狂ってはしまいましたが、彼も汎神解剖機関だったということでしょうね)
 H区に住む一般人を逃がすための人除けの暗示。それは無為な一般人を被害から救うという正義に燃えていた頃の研究者の残滓だったのかもしれない。
「Oさん。予定は明日以降にして、今日は残って部活をやっていくべきですわ。あと、今晩は家に帰らずにお友達の家に泊めてもらうとよいでしょう」
「えっ…はい。分かりました。そう…します」
 アレクシアの魅了と催眠術の技能を駆使して掛けられた言葉にOはこくりと頷く。
 彼女の家があるD地区H区は今晩戦場になるのだ。余計な被害を避けるためにも彼女にはこのままK市北部に居てもらった方が、都合が良い。
「そろそろ時間ですわね。皆様、お世話になりました。ごきげんよう」
 アレクシアはフランス貴族のような流麗な所作でカーテシーをすると、ひらりと灰色の髪を翻して合唱部員の前から姿を消した。
 後に残されたのはまるで不可思議な夢でもみたかのようにぽかんとしている合唱部員たちだけだった。

▼アレクシアは噂バフ「運気上昇(大)」を獲得した。
※一度だけ幸運を使う判定が大成功になります

ヘリヤ・ブラックダイヤ

●ヘリヤブラックダイヤの情報収集 謎の飴老婆編
「現れんのか」
 星詠みのふざけた態度に肩透かしを食らったヘリヤ・ブラックダイヤ(元・壊滅の黒竜・h02493)は、少し残念そうな声を上げた。
 仔産みの女神クヴァリフの召喚は、連邦怪異収容局員『リンドー・スミス』という眼帯をしたいけ好かないオッサンの介入によって失敗すると星詠みが予知をしていた。
「私たちにとっては両方敵対する相手だが、クヴァリフとあの偉そうな男も仲間というわけではないということだな。【クヴァリフの仔】なるものが何に使えるかは知らんが、使えんものであれば破壊すればいいだろう。ひとまずばら撒かれ、他に回収されるのは阻止するとしようか」
 ヘリヤの言う通り、今回は邪神陣営と連邦怪異収容局そして√能力者の3つ巴だ。連邦怪異収容局と√能力者は、邪神召喚を止めるという点では同じ目的だが、【クヴァリフの仔】を奪い合う関係となっている。
 まあ、両方倒せば終わりだろうと、生来の強者特有の割り切りをしたヘリヤは、厚手のコートで黒竜の尻尾と翼を隠して情報収集を始めた。

「では、『成功し、幸せになれる飴を配る老婆』の噂を追うとしようか」
 ヘリヤが追うことにした噂は、K市に流れている数ある噂の中でもトップクラスに胡散臭いものだった。
 なんでも【デフォルメされた蛸のようなもの】がプリントされた青い包みの飴を配る謎の老婆がK駅南部に現れたらしい。
「しかし…、『成功し、幸せになれる飴を配る老婆』か。それは……不審者だな?そんなものを舐める者がいるとは思わんが、現状を打破したいがする力も気力もない者は惑わされるのかもしれんな」
 ヘリヤは、訳知り顔でうんうんと頷きながら、例の飴老婆が見つかったというK駅南部へと向かっていった。

 K駅の南部は、K駅南口が新幹線用の駅であることもあり、観光用のホテルやらビジネスホテルが立ち並ぶホテル街と言った様相だった。
 そんなホテル街の中にも昔からの住宅がいくつか残っていて、そこそこ大きな公園もある。件の飴老婆が現れたのは、その中でもM公園と呼ばれる場所だった。
 M公園はいくつかの遊具とグラウンドゴルフ場がある簡単な公園だ。普段は親子連れもぼちぼちいるのだが、件の飴老婆の噂の所為で寂れていた。公園内では数人の高齢者が井戸端会議をしているだけだった。
「ここに『成功し、幸せになれる飴を配る老婆』が現れたと聞いたのだが」
 ヘリヤは同じ高齢者だから何か知っているだろうと考え、声を掛けた。
「えっ…ええ。まあ、来ましたね。昨日」
「現れたのか」
 どうやら仔産みの女神は現れないが、変な老婆は現れるらしい。
「まあ、その正体は知り合いのおばあさん何だけど…様子がおかしくてね。注意するようにみんなに伝えたら、おかしな噂みたいに伝わっちゃってね…」
「そうか。知り合いだったのか。因みに飴は持っているのか?」
「ええ、これなんだけど…」
 ヘリヤの質問に答えて公園に居た高齢者がポケットから飴を取り出す。
 それは【デフォルメされたクヴァリフのイラスト】が描かれている青い包みの飴だった。飴の周囲には【黒い嫌な雰囲気を感じさせるインビジブル】が渦巻いている。
「その飴は絶対に食べるな。例え毒はなくても、身体には確実に良くない」
「ええ、そうよね。怖いから捨てようかなと思っていたの」
「Yさん。変な宗教にでも入っちまったのかのう。もうすぐ【母】が来るって。この飴を舐めれば母の仔になれるんじゃと。そうすれば母の加護が得られて【成功し、幸せになれる】なんて言っていたがのう」
「Yさんのお母様は随分前に亡くなっているし…。あの年齢で母が来るって…あの世へのお迎えのことかしら…」
 このYさんという老婆の言う母とは【仔産みの女神クヴァリフ】のことだ。飴を舐めて仔になれるという事は、【眷属あるいは狂信者にされる】という事だろう。
「そのYさんとやらは、霊障の影響を受けた可能性が高いか…。すまないが、そのYさんとやらがどこにいるのか知らないか?」
「Yさんの御家はたしか…K市南部の【D地区にあるH区】よね」
「ああ。そうじゃ。たしか…【T城跡】の近くじゃな」
「ふむ。じゃあ、そこを目指してみるとしよう」
 ヘリヤは高齢者たちにK市D地区H区のT城跡のざっくりとした位置を教えてもらうと、公園を後にして儀式が行われていると思われるH区へと移動を始めた。

第2章 集団戦 『狂信者達』


●夕刻のK市南部D地区H区
 K市南部D地区の北東部にH区がある。そこは標高の低い山に囲まれた平地といった場所であり、平地部分に集落と水田が広がる長閑な場所である。
 これといって見るところもないし、買い物に行けるような場所もない。観光地と言えば、噂調査の時に度々名前が挙がっていた戦国時代の山城の跡地である【T城跡】くらいである。
 田舎ではあるが人の営みがあり、それなりに暖かくて住みよい場所であった。
 しかし、今はかなり様子が変わってしまっていた。
 1つ目の変化は暗いことだ。元々、街灯が少ない地域ではあるのだが、それに加えてひと除けの結界の所為で人が居なくなってしまった為、人家の明かりが消えてしまった。
 今のH区は、現代とは思えないほどに暗い。空を分厚い雲が覆い隠し、星や月を多い隠してしまっているので余計に暗い。【暗さへの対策は必要になるかも】しれない。
 2つ目の変化はインビジブルの活性化である。召喚儀式の影響を受け、空中を魚やクラゲのような形をしたインビジブルが沢山泳いでいる。
 3つ目は、気温と天候についてだ。現在のH区の気温は自然のエネルギーを利用する召喚儀式の影響で氷点下を割っている。分厚い雲からは、何十年振りかの雪が降りそうになっている。
 寒さ対策をしておくと、辛い思いをしなくても良いかもしれない。
 4つ目の変化は人だ。これが一番大きい。H区では、人除けの結界の影響で元の住民がほとんどいない。区の中を歩きまわっているのは、依頼に参加している√能力者を除けば【クヴァリフの狂信者】と研究者のみである。狂信者たちは【懐中電灯】と【トランシーバー】を手に、【3~4人くらいのグループ】で侵入者の撃退を行っている。
 クヴァリフの狂信者は、クヴァリフの召喚が行われる【T城跡】を守るように展開している。方向感覚に自信がなく、迷いそうな人は、懐中電灯の灯りを目指してボコして回るのも良いかもしれない。また、灯りがない人は彼等からドロップを狙うと良い。
 因みに彼らは√能力者なので、いくら殺した所でまた後日に復活します。
 【狂信者たちは結界を超えて侵入してきたものを殺して排除しようとする】ので、まずは【彼等を撃退してから、T城跡を目指して】ください。

●??????
『やあ!ナンシー。|子守りの様子はどうだい?《潜入ご苦労。研究者は何している?》』
『はあい!トム。そうね。順調よ。|今晩ママが帰ってくる《今晩に邪神を召喚する》って喜んでいるわ』
『それは良かった。何時だって子どもにとってママに会えるのは嬉しいからね』
『|20時に帰ってくるんですって《召喚儀式本番は20時から》。今日は早く帰れそうだわ』
『それは良かった』
『ねえ、トム。今日はとてもいい天気よ。星でも見ながら迎えに来て頂戴』
『それは素敵だ』
『待っているわ。ああ、そうだ。1つ気になることがあったのよ』
『何だい?』
『大きな鳥を見たのよ。屋敷の庭で。何処かから迷い込んできたのかしら』
『それは物騒だね。分かった。ちゃんと【気を付けて】迎えに行くよ』
 英語での通話を追えて黒ずくめの女が電話を切った。彼女は携帯電話を黒いローブのポケットにしまうと、他の狂信者の集団と合流する。

「どうした?」
「彼氏からの電話ですよ。普段連絡よこさない癖に、よりにもよって今日に限って。本当に間が悪いです」
「緊張感が無さすぎじゃないか。今から始まるんだぞ」
「ちゃんと分かってますー。はぁ~。本当に間が悪い…。なんか凄い萎えた。もう別れようかしら…」
「そういう話は後にしろ!今は|クヴァリフ様《ママ》のことが最優先だ!」
「はーい。分かってまーす。ちゃんと邪魔しに来る奴がいたらママの為にぶち殺しますから、安心してくださーい」
「まじめにやれ!」
 他の狂信者とは少し変わった形のランタンを持った|女狂信者《スパイ》は陽気に答えた。
 相方の男は神経質そうに嘆息をすると、彼女を叱責しながらT城跡の警戒任務を続けるのであった。
アレクシア・ディマンシュ

○地上の星はもう見えない~アレクシア・ディマンシュの交渉~
 真冬特有の短い夕暮れが終わり、H区は夜の闇に包まれる。|空風《からかぜ》と呼ばれる地域強い北風が吹いて凍えるような寒さの中、狂信者たちが持つ懐中電灯やランタンの灯りが、侵入者を探して煌々と夜闇を照らしていた。
 そんなH区に、灰色の髪を靡かせてアレクシア・ディマンシュ(ウタウタイの令嬢・h01070)が優雅な足取りで現れた。
「la―――♬」
 と、人間災厄『ウタウタイ』の令嬢が適当な旋律を口ずさむ。ただそれだけで、世界は歪み、彼女を取り巻く|環境《世界》が変質し、彼女の周囲は暗くても明るくても同じくらいの明るさで見える世界となった。
「あら、早速、わたくしの歌を聞きにきて下さったのね」
 暗視能力を得たアレクシアの青い瞳に、武器を携えて迫るクヴァリフの狂信者たちの姿が映る。
「見つけたぞ!侵入者だ!」
「くそっ。汎神解剖機関の√能力者めやっぱり来やがったか!」
「一人か。囲んで始末するぞ!」
「教主に【狂信の炎】の使用申請を急げ!」
 手持ちのライトやランタンで周囲を照らすことで、アレクシアを漸く見つけた狂信者たちは、手持ちの武器と√能力によって輸送される魔力砲の超火力を以て人間災厄『ウタウタイ』の令嬢の撃滅を狙う。
 しかし、それらの行動は暗視によって全て見えているアレクシアにとっては、致命的に遅いと言わざるを得なかった。
「世界を変えなさい、我が歌よ。我が歌声は人々を震わせ、精神を震わせ、世界を震わせ、現実を震わせる」
 アレクシアは、歌うように√能力【聖歌絶唱・万象を変転させ給え我が歌よ】の詠唱台詞を口ずさむ。即座に狂信者たちを中心とした半径19mに、現実を改変する人間災厄『ウタウタイ』の歌声が響き渡った。
「な、なんだこの歌は…」
「うぎゃあああああ!お、俺の体がああああ!!」
「|No way!No!No!Oh my God《嘘だろ、おい》 |What happened?《何が起きたんだ?》」
 総勢300回に及ぶ現実改変が狂信者たちに襲い掛かった。あるものは陸で溺れたようにもがき苦しんで窒息死し、またある者は自ら地面に頭を打ち付けて自死した。体があり得ない方向にねじ曲がって死んだ者もいる。
「ど、どうして俺だけ助かったんだ…」
 仲間たちが不可解な死を遂げる中、1人だけ助かった狂信者の男が怯えた声で呟いた。
「1グループ目から当たりを引くとは随分とわたくし、運が良いですわね。貴方はボブ?それともジョンかジャックかしら?」
 怯える男のもとにアレクシアは優雅な足取りで近づいて微笑みかける。魅惑的な声と嗅いだことのない独特で魅力的な香りが、彼の聴覚と嗅覚を刺激する。
「連邦のスパイも一人だけでは無いでしょう?さて、”交渉”をしましょうか」
 彼女の声を聞いた狂信者…もとい|連邦怪異収容局《FBPC》のスパイの顔色が驚愕の色に染まった。
「なっ…!?どうしてそれを…。馬鹿な…我々の潜入は完璧なはず…」
「さあ?何故でしょう?不思議ですわね」
 人間災厄が小首を傾げながら答える。クラクラとさせる香りが強くなり、男の脳をより強く揺らし意識を朦朧とさせた。
「はあ…はあ…。答えるつもりはないと…。いいだろう。それで交渉とは何だ?」
「貴方はリンドー・スミスに【"ミーム汚染を感染させない”為に一切連絡しない】。わたくしに対しては【”上手く使い潰す”為に連邦の作戦の段取りを教える】というのはどうでしょうか?」
「はあ…はあ…くっ。ああ、確かにそうかもな…。お前の力は…危険…だ。上手くぶつければ…馬鹿どもを効率的に…間引けるし…万が一にも…彼と接触しては…困る」
 脂汗をダラダラと垂れ流して血走った目をした男は、カラカラの喉から絞り出すようにして声を出した。
「ええ、間違いなく”最適解”で”最善手”ですわね?」
 人間災厄が微笑んだ。
「あ…ああ。そうだな。そうに違いない…。リンドー・スミスは【地上の星】を辿ってT城跡へと向かい例の物を回収する。ほら、このランタンだ。これこそが仲間の証だ…」
 連邦怪異収容局のスパイは、星型の光を放つようにに改造された白い光源のランタンを掲げながら言った。
「『|今日はいい天気よ《真っ暗で灯りがなくてよく見えるから》、(地上の)星を見ながら迎えに来てね』…とはそういう事でしたのね。星のシンボルとは何とも連邦らしい」
アレクシアはT城跡があるという山の方へと視線を向ける。そこには〇や△の形をした光に混ざって白い星型の様な光を放っている場所が確かにあった。
「どこでその暗号を…どこまで知っているんだ…貴様らは。まあいい。貴様には…」
「星のランタンを持っていないクヴァリフの狂信者たちを片付けてもらう…ですわね。いいでしょう。交渉成立ですわ」
 アレクシアは、微笑みながら交渉の終了を告げると、フランスの貴族令嬢のように優雅に一礼して、その姿をH区の闇へと溶けこませた。
「ははは…。居なくなったのか。やったぞ。俺はあのバケモノ相手に交渉を成し遂げた。上手くやったんだ…」
 極限の恐怖と緊張そして香と催眠による思考誘導。あらゆる干渉から解放された男は安堵し、全身から力が抜けて倒れ込んだ。
 連邦怪異収容局の男の交渉は失敗した。彼が人間災厄とした話合いは交渉などではなく、一方的な自白に過ぎなかった。
「さあ、地上の星を狩りましょうか。星条旗のように50はあるのかしら?」
 その後、星のランタンを持った狂信者の軍団が人間災厄『ウタウタイ』の令嬢によって次々と姿を消していったのは、言うまでもない事だろう。

逆刃・純素

○メサカバギアなんちゃら~サカバ■■スビス隠密する~
 真冬特有の短い夕暮れが終わり、H区は夜の闇に包まれた。|空風《からかぜ》と呼ばれる地域特有の強い北風が吹いて凍えるような寒さの中、クヴァリフの狂信者たちが持つ懐中電灯やランタンの灯りが、煌々と夜闇を照らしている。
 インビジブルたちはふよふよと空中をわが物顔で気持ちよさそうに泳いでいて、まるでH区だけ異世界にでも迷い込んだかのような有様だった。
 そんなH区の中を四角い箱のような謎の物体がコッソリと移動していた。

「目的地はわかったけどなかなか条件が難しいですぴす……。でもやれるだけやるしかないですぴす!」
 万能アイテムである段ボールを頭から被った逆刃・純素 (サカバンバの刀・h00089)は、気合を入れてスニークミッションに取り組んでいた。
 目的地は、敵の本拠地である【T城跡】。ミッション内容は【クヴァリフの仔】の奪取。彼女を行く手を阻むのは、懐中電灯やランプを持ったクヴァリフの狂信者たち。
 今の、純素の体は蛍光色に輝いている。エネルギーバリアの技能で生成されたバリアとオーラ防御技能で生成したオーラを、気合で良い感じに光らせているのだ。
 勿論、その光は最低限の範囲を照らすように段ボールで遮光されている。ビカビカに光って目立ちまくれば、スニークミッションもへったくれもないだろう。
 防寒、隠密、遮光。たった1つで何でもできる段ボールの万能性に、純素の心は感激し、うち震えた。
「すぴすぴ」
 某蛇やらヘルメットを被った猿が、段ボール1つでスニークミッションを完遂させたのだったら、サカバ■■スピスが出来ない筈がない的なニュアンスの言葉を、超圧縮言語で呟いた純素は、音を立てないように空中浮遊をしながら移動を開始した。

「ぴすぴす」
 と、呟きながら、純素はH区の奥へ誰にも見つからないように進んでいった。
 狂信者たちの動きを見切り、時には彼らの持つ懐中電灯やランタンの明かりを躱しながら、T城跡への距離を着実に縮めていく。
 だが、どうしても狂信者たちを躱しきれない場面に出くわしてしまった。

「おい、聞いたか。侵入者だってよ。昼間見かけたドローンの持ち主が来たんだと」
「チッ。あとちょっとだと言うのに汎神神解剖機関の√能力者の奴らめ」
「|クヴァリフ様《ママ》の降臨の邪魔はさせない。絶対にだ」
 彼女の行く手を塞ぐように狂信者たちが道を塞いでいた。そこは用水路に挟まれた狭い農道で、下手に移動すると足元を照らしている光が、用水路の水に乱反射して居場所をバラしかねない危険なシチュエーションだった。
「すぴすぴ」
 邪魔な敵は通報される前に始末すれば実質ステルス。そんな言葉が頭に浮かんだ純素は、バレる前に速攻で始末することにした。

「時の狭間に消えた幾億の涙のきらめきよ!」
 段ボールに隠れた古代魚は、誰にも聞かれないように小声で詠唱台詞を唱えた。
 すると、道を塞いでいた狂信者たちを中心とした半径20mにサカバンミサイルが次々降り注いでいった。
「ぎゃー!何だこれ!空から魚が…魚かコレ!?」
「ぎゃあああ!何か爆発したああああ!!」
「数が…数がエグイ!何発飛んでくるのよオオオ!!」
 何発というか300回当たるまでサカバンミサイルは降ってきます。ミサイルなので当然爆発もします。ただし、魚かどうかは不明です。だってサカバンミサイルとしか書いてないんだものこの√能力。
 召喚儀式の影響で大量発生中のインビジブルたちを、インビジブル融合の技能で取り込み威力の増強を図っても、ミサイル1発あたりの火力はそこまで高くはない。だが、その数が異常だった。1発1発は軽くても塵も積れば致命傷となる。
「「「ぐわあああああ!!|クヴァリフ様―《ママ―!!》」
 狂信者たちは数の暴力に屈し、【狂信の炎】を出す前に消滅した。

「な、何だアレは…」
 サカバンミサイルによる爆殺現場を目撃してしまったランタンとトランシーバー持ちの狂信者が、慌ててその場から走り去ろうとする。
 いけない!これではステルス達成ができないわ!
「|不殺《チェスト》!」
 段ボールから蛍光色に輝く純素が飛び出し、居合抜きで狂信者のトランシーバーを持つ腕を、肘の辺りからざっくりと斬り飛ばす。
「ぐわああああ!!!」
 腕を斬り飛ばされた狂信者が斬り飛ばされた方の腕を抑えて蹲る。斬り飛ばされた腕とトランシーバーが地面に転がった。
 純素はトランシーバーを拾うと蹲る狂信者に刀の切っ先を突き付けながら告げる。
「展開している部隊について有用な情報を話すぴす」
「…情報を話せば助けてくれるのか?」
「……」
 純素は笑顔のような無表情で敵を見つめる。
「オレのようにランタンを持っている奴は連絡役だ。どうだ?有効な情報だろ?」
「|不殺《チェスト》!」
「うぎゃああああ!!」
 情報を話せば助けるなんてことは、一言も言わなかった純素は当たり前のように狂信者を斬り捨てた。まあ、助けるとか言っても、どの道斬り捨てたとは思うのだが。不殺とか言いながら、相手を斬り捨てる魚類よ?この古代魚。
 それは兎も角、敵の位置を探るのに非常に便利なトランシーバーを手に入れた純素は、再び段ボールを被り、T城跡を目指してスニークミッションを再開したのだった。

水垣・シズク

○空中からの先制攻撃~水垣シズクの【狂信の炎】対策~
「まがりなりにも|Cu-Uchil《みつめるもの》なんて見る専の邪神を扱う身ですから暗いのはまぁ何とでもなるんですが。寒いのはあんまりよろしくないですね。うちの子達、寒冷地での長期運用を想定してないので」
 サイコドローンの航空母艦である『カーゴドローン:神輿』の運転席で備え付けの計器が示すデータと携帯端末の天気予報画面を交互に見ながら、水垣シズクは考え込む。
 真冬特有の短い夕暮れが終わり、太陽はとっくに姿を隠している。今のK市でさえかなり寒いのだが、H区は自然エネルギーを使う召喚術式の影響でさらに寒くなると、K市に向かった√能力者たち専用の情報共有用の掲示板に書かれていた。
「宙が晴れてたらもうちょっと手もあったんですけど……」
 窓から見える雲は分厚くて黒い。今にも雪が降りそうだ。
「うーん……いっそカーゴごと乗り込みますか、これだけ暗ければ認識阻害バリアの【迷彩】である程度隠れられるでしょうし」
 そう結論づけたシズクは右目の『Cu-Uchilの瞳』から『カーゴドローン:神輿』に指示を出すと狂信者の巣窟と化したH区へと向かっていった。

 H区の地上では大量のインビジブルが空中を泳ぎ、狂信者達と思われる懐中電灯やランプの明かりが、儀式を阻む侵入者を探して忙しなく動き回っていた。
「おい。今の反応…!」
「結界を何かデカいものが通り抜けたぞ」
「昼に見たドローンか?いや、それにしてはデカすぎないか?」
「探せ、空を探せ!」
 地上に向けられていたライトが一斉に空へと向かう。彼らの張った結界は通り抜けたことは感知できるが、通り抜けたものを追跡出来るほど精度の高いものではなかった。
「おい、【狂信の炎】を|教主様《ママ》に申請するべきじゃないか?」
「あ、ああ。そうだな。誰か|クヴァリフ《教主》様と交神しろ!」
 まだ侵入者は見つからないが、何か大きい物が通り過ぎたのは確かだ。倒すためには彼らの出せる中でも最高の火力が必要だ。最大火力18倍の魔力砲『信仰の炎』ならば、どんなデカブツだろうと一撃で倒せるだろうと、彼らは期待していた。
 しかし、それは甘い想定と言わざるを得なかった。
「通達、次の指示を最高優先度で実行せよ。魔力砲の発射を阻止せよ。サイコドローン各機、呪詛ミサイル発射」
 シズクの右目からサイコドローンに搭載された怪異に指示が飛び、狂信者の炎を発動させようとしていた狂信者たちに呪詛を込めた小型ミサイルの雨を降らせた。
 籠められた呪詛は『阻害』。齎される効果は、【シズクの操る大小関わらず全てのドローンへの認識阻害】と【教主と信者との交神阻害】だ。
「な…何だ。どこから攻撃されている!?」
「教主様との交神が途絶えた…だと。これでは信仰の炎が来ないぞ…!?」
 小型ミサイルに籠められた呪詛により、教主との交神が不可能になり√能力が機能不全ったのに加え、認識阻害の呪いの影響で攻撃をしてきたドローンを視認できない狂信者たちが慌てふためく。
 √能力【狂神の炎】は強力だが非常に弱点が多い能力だ。威力は絶大であるのだが、①申請②承認③輸送④充填⑤照準⑥発射と、発動までのプロセスが非常に多く、1つでも狂えば機能不全となる繊細さも持っていた。
 強力な前衛による確実な時間稼ぎが期待できるor不意打ちかつ先制攻撃を決められるシチュエーションが整っている等の適切な状況が揃わなければ、まともに運用などさせてはもらえない。
「さあ、どんどん数を減らしていきましょう。兎に角、先制攻撃を徹底します」
 シズクは『Cu-Uchilの瞳』からサイコドローンに指示を出し、教主への交神儀式をしようとしている狂信者達に先制爆撃を仕掛けていく。
 空中から|Cu-Uchil《みつめるもの》の権能で地上を見下ろすことで、戦場を把握して航空戦力で的確かつ一方的に教主と交神しようとする者を攻撃する。
 狂信者達とシズクとの√能力の相性差は明確だった。狂信者達は成すすべもないまま空中からの爆撃と銃撃によって次々と数を減らしていった。
「よし、殲滅完了ですね。引き続き、行ける所までカーゴで進んでいきましょう」
 シズクの乗る、ドローンの航空母艦である『カーゴドローン:神輿』は、出撃していた艦載機を収納すると、召喚儀式会場であるT城跡に向けてH区の空を進んで行った。

空地・海人

●強行突破~フィルムアクセプター・ポライズ 無双する~
「平時は穏やかな田舎町なんだろうな……でも今は儀式の所為かとにかく寒いし暗い!」
 噂を辿りH区へとやって来た空地・海人 (フィルム・アクセプター ポライズ・h00953)は、田舎特有の街灯の少なさと地域特有の|空風《からっかぜ》の洗礼を受けていた。
 K市の冬は気温が高くて温暖だが、空風というビュービュー吹きすさぶ強烈な北風が、吹く所為で体感温度が低いタイプの冬だ。
 しかも、儀式の所為で温暖さが消えてしまっている。温暖さが消えてしまったH区の冬は、もはや極寒の北国の冬と遜色ないレベルの寒さだった。
 また、家の灯りが消えてしまったH区は、本当に真っ暗だ。本来は、暖かい家族の団欒の場となる筈の家は、人除けの結界の影響でもぬけの殻となっていて、大量発生しているインビジブルと合わさると、ここだけクヴァリフという邪神が支配する異世界になってしまったのではないかという錯覚に陥ってしまう。
「【クヴァリフの仔】の奪取だけでなく、元の暖かな町に戻すことも忘れちゃいけないな……」
 帰ってくるべき人々を待ち続け、暗闇の中に寂しく佇む灯りの消えた家々を、目と記憶に焼き付けた海人は、この悲しい景色を作り出した元凶を撃つべく『フィルム・アクセプター』を手に取り、腰に巻き付けた。
 そして手にした√マスクド・ヒーローの力を宿した『ルートフィルム』を変身ベルトにセットすると、変身の掛け声を叫ぶ。
「現像!」
 海人の掛け声に『フォトシューティングバックル』が反応し、カメラのフラッシュに似た閃光が変身ベルトのカメラ部分から放たれる。
 光が消えるとそこには、赤い装甲を身に纏った変身ヒーロー『フィルムアクセプター・ポライズ√マスクド・ヒーローフォーム』の姿があった。
「防寒対策ヨシ!」
 強力な赤い装甲によって痛いくらいの寒さから解放されたフィルムアクセプター・ポライズは、次に暗さ対策をする。
「閃光剣・ストロボフラッシャー!最大解放!」
 彼は、√マスクド・ヒーローフォーム特有装備である閃光剣の出力を最大化させると、その強力な光を以て即席の光源とすることにした。
 本来ならばこのレベルで閃光剣を解放し続けると、エネルギー不足に陥ってしまう。しかし、今のH区には燃料となるインビジブルが大量にいる。それらを吸収し続ければ、最大出力をキープし続けても戦闘に支障はないだろう。
「暗さ対策もヨシ!」
 寒さと暗さという海人を苛んでいた2つの要素は無事解決した。後はH区に蔓延るクヴァリフの狂信者たちを退治しつつ、邪神召喚の儀式会場であるT城跡を目指すだけだ。

「うん?何だアレ。ビカビカに光った棒?を持った奴がこっちに?」
「えっ…あっ。本当だ。ヒーロー?特撮ヒーローみたいな奴がかちこんで来たぞ!」
「狼狽えるな!相手は1人だ!数だ、数で押せ!数で囲んで棒で叩けば勝てるんだ!」
「うおおおおお!!集え我らが同胞!!|クヴァリフ様《ママ》の御旗の元に!!」
 光の剣を携えて単騎で迫る赤い装甲のヒーローに対して、狂信者たちは【狂信の旗印】という軍勢召喚型の√能力で対応する。
 狂信者たちは4人1組で行動していた。彼らがそれぞれ√能力を発動することで、たった4人が48人の軍勢へと瞬時に変わる。
「うおおお!!戦いは数なんだぜ!行くぜお前ら!」
「「「|クヴァリフ様《ママ》のご降臨は邪魔させねえぞヒーロー!!」」」
 武装した狂信者達が雄たけびを上げて海人の元へと襲い掛かった。

「まとめてなぎ払ってやる!」
 雄たけびを上げて迫る狂信者達の先頭集団に接敵した海人は、最大解放した『閃光剣・ストロボフラッシャー』を走りざまに横薙ぎに振るった。
「「「ぎゃあああああ!!!」」」
 鎧袖一触!極大の光の刃に切り裂かれた狂信者の軍団は、成す術もなく体をインビジブルに変えて霧散していった。
「まだまだ行くぜ!」
「くそおお!!同志の敵討ちだああ!!」
 次のグループがフィルムアクセプター・ポライズに挑むもまたも一撃で倒される。さながら無双ゲームか、ヒーローものに良く出てくる数だけは無駄に多い|雑魚敵《モブ》のように。
「ば、馬鹿なあああ!何故だ!戦いは数ではなかったのか…!?」
 狂信者たちのリーダー格の男が慄いた。確かに彼のいう事は正しい。だがそれは、駒同士の戦力が拮抗しているという前提があるのならばの話だ。戦力が劣る側が弱体化して数を増やしても、それは只の雑魚の寄せ集めに過ぎない。
 そして、雑魚の寄せ集めでは|特記戦力《ヒーロー》には勝ちようがない。

「よし、これである程度は片付いたか」
 √能力で召喚された狂信者と元々いた狂信者、そして戦闘に気づいて集まって来た連中を軒並み退けたフィルムアクセプター・ポライズは、周囲を見渡しながら言った。
 侵入者を探すべくうろうろと忙しなく動き回る懐中電灯やランプの灯りが減り、周囲は暗闇と静けさを取り戻していた。
「それじゃあ向かおうか。T城跡へ。【クヴァリフの仔】を確保して、戦いを終わらせて、この田舎町に元々あったような暖かさを取り戻すために」
 赤い装甲を身に纏ったヒーローは、煌々と輝く閃光剣を携えて、儀式の中心であるT城跡へと向かっていった。

ヘリヤ・ブラックダイヤ

●隠密する黒竜
「田舎とはいえ、とても町中とは思えんな」
 ヘリヤ・ブラックダイヤ(元・壊滅の黒竜・h02493)は暗闇に閉ざされたH区の田園風景を見渡しながら呟いた。
 クヴァリフの狂信者たちが貼った人除けの結界の影響で、|人気《ひとけ》がなくなったH区の町は、魚やクラゲのような姿をしたインビジブルの群れが自由自在に泳ぎ回っていることもあり、異界かダンジョン内部のような雰囲気が醸し出されている。
「田に落ち、城に乗り込むときに泥だらけでは格好がつかんからな……気を付けていこう」
 今は真冬なので田んぼに水は貼っていないが、道路と田んぼの間には大きな段差がある。√能力者の身体能力ならば落ちて怪我をすることはないが、気を取られるし、泥に汚れるのは確かだ。落ちないように気を付けるのに越したことはない。
「幸い、明かりを持ってきてくれる者たちがいるようだ。明かりはそいつらから|調達すれば《奪い取れば》いいだろう」
 暗闇の中で忙しなく動く光の軌跡を茶色の瞳に映した黒竜は、早速、光源調達に行くことにした。

「おい、B地点の奴らに連絡はついたのかよ?」
「ダメだ。全然つかない。あいつらはもう突破されたのかもしれん」
「不味いな、大分突破されている。もう半分以上のグループが侵入者に潰されたぞ…」
 黒いローブを纏った狂信者達が、身を寄せ合って相談をしていた。彼等は、結界内でも100%稼働する改造トランシーバーを使って連絡を取り合っていたのだが、半数以上が音信不通となってしまっている。
「通信を繋いでも何か『すぴすぴ』しか言わねえやつもあるし…かなりヤバいぞ」
「どうするT城跡へと戻って防御を固めるか…?」
「ああ、そうす…ぐああああ!!」
 狂信者達がT城跡へと帰ろうと踵を返した時だった。暗闇の中に白刃が煌めき、連絡役と思われるランタン型のライトとトランシーバーを持っていた狂信者が、背後から袈裟切りにされ、鮮血を散らしながら倒れ込んで死んだ。
 ランタン型のライトが地面に落ちたショックで使用不可能になり、辺り一面がが暗闇に包まれた。
「敵襲だ!糞が!連絡役が潰された!」
「クソ、何処だ!何処にいる!」
 狂信者たちは襲撃者の姿を何とか視認しようと、必死に懐中電灯を振り回して周囲を照らした。
 その灯りを目印にして、襲撃者は再度攻撃を仕掛けていく。
「ダメだ!見つからな…」
 刀を装備していた狂信者の顔面に戦斧が叩き込まれる。顔面を斧で潰された狂信者は、膝から崩れ落ちると、武器と懐中電灯を取り落として絶命した。
「く…クソが…。こ…こうなったら」
 斧槍を手にした狂信者は、√能力をアクティブにする。
 √能力【狂信の斧槍】。その能力は自分を攻撃しようとした相手への自動カウンター且つ先制攻撃を仕掛け、怪異由来の魔力を纏って隠密ができる強力なものだ。
「…っ!?来たぞ!」
 √能力が攻撃を自動検知して斧槍の狂信者を跳躍させる。跳躍した場所は斧槍の射程範囲内の筈だ。彼は左手の懐中電灯で目の前を照らしつつ、何とか見つけた視認し辛い人影を目掛けて、右手で斧槍を前に突き出した。
「ど…どうだ…あ?」
 突き出した斧槍は、翼と尻尾がある襲撃者らしき女の複雑な機構を備えた戦斧によって、簡単に受け止められた。
「な…何で?」
「|剣《『竜翼』》に反射した光でお前の位置を割り出して、攻撃が来るだろう位置に『竜吼』を置いて置いただけだ」
 |襲撃者《ヘリヤ》は何でもないように言うと、即座に反転。『竜吼』と斧槍を鍔迫り合い状態に持っていくと、懐中電灯を捨てて両手持ちになった斧槍を|竜の怪力《片腕》で押し返し、体勢を崩させた所を、素早く『竜翼』で貫いた。隠密を許さない速攻で竜は獲物を仕留める。
「が…がはっ…」
 心臓を貫かれた狂信者の男は、背中から血の花を咲かせると、斧槍を取り落として倒れ込み絶命した。
「偶にはこういう隠密作戦もいいだろう。以前には遠く及ばないが……。」
 √能力【竜の記憶】で強化した隠密能力で敵グループに奇襲を仕掛け、全滅させたヘリヤは、懐中電灯を拾い上げながら呟いた。
 これで足元を照らせば、田んぼや側溝や用水路に転がり落ちることはないだろう。

「さて……このインビジブルどもは召喚儀式の影響を受けて増えているという話だったな。ならば、魚どもが多く泳いでいるところが儀式の中心か」
 ヘリヤは懐中電灯で周囲を照らしてインビジブル達の姿を確認する。すると先ほど狂信者たちが向かおうとしていた山の方がインビジブル達の姿が多いことが分かった。
「では向かうとするか。例の城とやらに」
 黒竜は懐中電灯でインビジブルと足元を照らしながら進む。道中で遭遇した狂信者については、隠密で仕留めつつ、山の上にあるT城へと歩を進めていくのであった。

コマンダー・オルクス

●コマンダー・オルクスはタコ焼きパーティーに行きたい!
「フハハハハハ!!ここが例の会場か!!」
 暗闇と静寂に包まれたH区に悪の秘密結社オリュンポスが大幹部、コマンダー・オルクス(悪の秘密結社オリュンポスの大幹部・h01483)の高笑いが響き渡った。
「な…なんだ。高笑いは!」
「こっちだ!こっちから聞こえたぞ!
「急げ!!侵入者だ!」
 バタバタバタと足音を立てて、5人組の狂信者達は声のした方へと懐中電灯やランプを手に走った。そして見つけた人影に光を当てた。
「「「「「な…何か。仮面を着けた怪しい奴がいるっ…!?」」」」」
 全身黒ずくめの不審者である自分達の恰好を全力で棚上げした狂信者の皆さんが、手動のスポットライトに照らされた白い仮面の大幹部に対してツッコミを入れる。
「いや、そうじゃない。何者だ。貴様!!」
「フハハハ、我が名は世界征服を企む悪の秘密結社オリュンポスが大幹部、コマンダー・オルクス!」
 何者かと敵に問われたオルクスは、|高笑いと共にポーズをとって名乗りを上げた。《大事ないつもの御約束》
 これには狂信者の皆さんも困惑を隠せない様子。
「そ、そうか。悪の大幹部か。で、悪の大幹部様が何しにこんな所に来たんだ」
「今宵のタコ焼きパーティーに、主賓である私を呼ばないとは、度し難い!」
「タコ焼きパーティーって何だよ!?」
「というか、勝手に来ておいて主賓は図々しいだろ!」
 オルクスのタコ焼きパーティー発言に対して頭の上に疑問符を3つくらい浮かべた狂信者たちがそれぞれツッコミを入れる。まあ、普通は考えないからな、邪神の仔をタコ焼きにして食べようなんていうとち狂った発想は。
「しかし、【クヴァリフの仔】は、我が悪の組織が大事に貰い受けよう…ナマモノは鮮度が命だからな!」
「待って!!お前食うつもりか、クヴァリフ様の仔を!!」
「タコ焼きパーティーってそう言うことぉ!?」
「何て不敬な!ついに狂ったか!汎神解剖機関!!」
 オルクスの言っていたことの意味が分かった狂信者たちは激昂した。全く以て当然のことだった。目の前の白仮面男は、敬愛する神の仔を完全に生鮮食品扱いしているのだから。というかもっと怒られろ。あの触手は食うなって言っているデショーガ!!
「汎神解剖機関?誰のことを言っている?」
「お前以外にいるかよ!!」
「我が組織は悪の秘密結社オリュンポス!!汎神解剖機関とは無関係だ!」
「だ…第三勢力…だと?一体、どこの何の組織なんだ…オリュンポスは…」
 オリュンポスとは√エデンにあるエンターテインメント系のPR会社である。√汎神解剖機関在住のクヴァリフ狂信者である彼等には、知る術もないが。

「くっ。これ以上話していても埒が明かない」
「どの道、侵入者は殺すしかねえんだ。やっちまおうぜ」
「ああ、魔力砲で不敬な輩を消し飛ばしてやる!」
 これ以上対話をしても何も有効な情報は手に入らない。そう判断した狂信者たちは、武器を構えて臨戦態勢に入る。
「『オリュンポス戦闘員』よ、協力して、狂信者どもを制圧するのだ。こっちは、通常の3倍以上だ、敵同士が連携出来ない様に数の利を生かし、|指揮官《コマンダー》である私に、率いられた集団が何たるかを結果を以って、示せ!」
 対するオルクスも√能力【オリュンポス戦闘員】を発動し、総勢20人の白い仮面をつけて黒タイツのオリュンポス戦闘員を召喚。彼等に指揮官として指令を下す。
「我らが偉大なる|クヴァリフ様《教主》よ。貴女の仔を狙う不敬な輩を倒すために『信仰の炎』を授け給え」
 狂信者たちの内の1人が教主に魔力砲の輸送を申請し、残りの4人が彼を守るように武器を取って陣形を組んだ。
 一方のオリュンポス戦闘員は5人1組でチームを組んで狂信者1人に対応する。√能力【信仰の炎】は非常に強力な火力を誇るが、【味方同士の連携が必須】な能力である。
「その信仰の炎とやらは、複数の狂信者がいなければ撃てないのだろう。ならば、信仰の炎とやらが輸送される前に、協力する仲間を全て片付ければよいだけだ」
 白い仮面に覆われたオルクスの瞳が、5人組の戦闘員に追い詰められる狂信者の姿を映し出した。彼は4人の戦闘員の銃撃によって物陰に追い詰められている。そこにククリナイフを持った戦闘員が飛び込んだ。魔力砲召喚者を守る狂信者は1人減って残り3人。
「狂信者を倒した部隊は別の部隊に合流し、挟撃せよ」
 1人目の狂信者を倒した部隊が、他の部隊へと合流する。挟み撃ちで即座に撃破。
「残りの2人も同様に始末をするのだ」
 挟撃で敵を撃破した部隊が再び5人組に分かれ、残りの2人を相手している部隊にそれぞれ合流する。2か所で挟撃が成立し、問題なく撃破する。
「後に残るのは魔力を使い尽した1人と1人では発動できない木偶の棒だけだ。つまりは、|我が組織《オリュンポス》の勝利という訳だ」
 最後に生き残った狂信者に銃撃の嵐が降り注いだ。全身を穴だらけにされた狂信者は、断末魔の悲鳴すら上げられずに絶命する。
「フハハハハハ!よくやったぞ!戦闘員の諸君!それではタコ焼きパーティー会場へ向かうぞ!今日は寒いから熱々のタコ焼きが美味い筈だ!」
 頭の中がソースと青のりで一杯になったオルクスは高笑いを上げながら、タコ焼きパーティー会場ことT城跡へ戦闘員たちを引き連れて歩いて行った。

第3章 ボス戦 『連邦怪異収容局員『リンドー・スミス』』


〇T城跡
 T城跡はK市にある戦国時代にあった山城の跡地で、K市一帯の要衝と呼ばれていた軍事拠点の1つだった。戦国時代にはT城を巡る大きな戦いが、虎と狸の間で何度かあったが、いずれの戦いも堅城として活躍。最終的にはぶち切れた狸によって、兵糧攻めを食らった後、念入りに焼き討ちを食らって歴史から姿を消したとされている。
 今残っているのはかつての山門やら石垣くらいで建物は残っていない。ちょっとしたハイキングコースとなっていて、ハイキングに来る地元民やら観光客が週末に少し来るような場所だ。
 魔術的な面で言えば、T城跡は霊地である。戦国時代の山城は、戦に勝つためにあらゆることを考慮して場所が選ばれている。その中には卜占や風水なども当然含まれている。霊脈や気脈と呼ばれるエネルギーが、T城近く深くに流れていた。
 研究者は、その霊脈、気脈の力を借りて、絶対的に足りない魔力を補い、仔産みの女神クヴァリフを召喚しようとしていたのだった。

〇眼帯男の横槍
「ハハハハハ!!やった!やったぞ!遂に、遂にママに会えるんだ!」
 暗がりの中で白衣を着た男が1人で叫んでいた。ぼさぼさの髪の痩せこけた頬の男である。彼は若くして汎神解剖機関に所属する研究者であった。
 彼の目の前には、複雑な幾何学模様で構成された魔法陣が青く輝いていて、その中心に青色でもぞもぞと蠢く蛸の触手のような【クヴァリフの仔】が鎮座している。
「さあ、一緒に|クヴァリフ様《ママ》を呼ぼう。兄弟!僕は…僕は、ママの力を借りて、この怪異だらけの世界を救うんだ!」
 そう叫んだ研究員は、術式を操作し気脈、霊脈から吸い上げる力を上げた。幾何学模様がさらに青く輝いた。それは召喚陣の魔力チャージが終了した証だ。
「頭上に渦巻く雲を肉体にして顕現せよ!我らが慈母よ。イア!イア!クヴァリ…」
 研究員の召喚呪文が、喉元からせり上がる血によって中断される。彼は視線を自分の胴体に下ろすと、そこからは触手が飛び出していた。
「えっ…。なっ…ごほっ」
「駄目じゃないか。いい歳をした男が、いつまでもママに甘えていては」
 驚愕に目を見開き、口から血の塊を吐き出した男の耳元に、渋い男の声が囁かれた。
「連邦…怪異…収容…局。どうして…ここが…」
「何、友達は多いものでね。情報なんてものは幾らでも入ってくるのさ」
 連邦怪異収容局局員『リンド―・スミス』は、突き刺していた触手を無造作に引き抜くと、穴の開いた背中を無慈悲に蹴とばした。
 召喚者だった男は魔法陣の上に倒れた。赤黒く鉄臭い染みが、青く輝く召喚魔法陣を真っ赤に染め上げた。
「まあ、随分とギリギリになってしまったがね…。まったく、何とか間に合ったから良かったものの…。世界を滅ぼすつもりなのか?汎神解剖機関は…」
 リンドー・スミスはボヤキながら蠢く触手に近づくと、右手で【クヴァリフの仔】を拾い上げた。
「これで収容完了と行きたかった所なのだがね…」
 眼帯男が振り返りながら言った。
「残念ながらそうはいかないらしい。全く以て度し難いな。そこで地面にキスしている男は、|汎神解剖機関《君たち》所属の研究者だった男なんだろう?持て余しているじゃないか。君たちでは、適切に【クヴァリフの仔】を収容できない。…言っても伝わらないか。仕方がない」
 リンドー・スミスは大きくため息を吐くと、手にしていた触手を自身の背後で蠢く触手の塊に押し付けた。
「怪異や√能力者と融合し、その力を高める【クヴァリフの仔】の力をその身に味わうといい。何、散々可愛がってくれた『星』たちのお礼だよ」
 √能力者たちによって始末された|クヴァリフの狂信者に紛れたFBPCのスパイ《星型に光るランタン持ち》の仇を撃つべく、眼帯男が攻撃を仕掛けてきた。
アレクシア・ディマンシュ

●世界を書き換える悍ましくも美しい歌声
 かつて城郭があった場所に特設の召喚儀式会場が作られていた。地面には召喚魔法陣らしき幾何学模様が刻まれ、その上に召喚者らしき白衣の男の死体が倒れている。
 召喚儀式の会場は、クヴァリフ狂信者たちが持ち込んできた発電機に繋がれた投光器によって照らされている。
 その薄明りの中に1人。無数の怪異と連邦の期待を背中に背負う眼帯の男が、恐ろしいオーラを纏って立っていた。
「怪異や√能力者と融合し、その力を高める【クヴァリフの仔】の力をその身に味わうといい。何、散々可愛がってくれた『星』たちのお礼だよ」
 青色のもぞもぞと蠢く触手【クヴァリフの仔】を背後の怪異に取り込ませて、自己強化を行った連邦怪異収容局員『リンドー・スミス』は、いつの間にか自分の背後に現れたフランス貴族風の令嬢に氷のような殺意を込めて宣戦布告を告げた。

「そちらも、曲がりなりにも|√汎神解剖機関《この世界》を守る√能力者、というのは理解できますわね。ですが、こちらにも事情というものがあります√汎神解剖機関……√EDENとも条約機構染みた物を結ぶためにも、ね?」
 散々|星《スパイ》を可愛がった√能力者の1人…というか主犯と言っても過言ではない存在であるアレクシア・ディマンシュ(ウタウタイの令嬢・h01070)は、眼帯男から放たれる強烈な殺意を瀟洒に受け流すと、『ザ・マイク』と言う名のスタンドマイクを取り出して臨戦態勢に移った。

「世界を変えなさい、我が歌よ。並列する総ての世界には我が声が響き渡る。それは人間。それは災厄。世界を書き換える歌声である」
 人間災厄レベルの対並行世界決戦歌唱能力によって放たれたアレクシアの歌声が、ザ・マイクを通してT城跡に響き渡った。
 その歌声は【リンドー・スミスと彼が背負う全ての怪異】に対して2回攻撃となって襲い掛かる。
『gyaaaaaa!!!qasdfghjkl;:』
「ぐっ…。貴様、その美しくも悍ましい歌声は災厄の類だな」
 世界を書き換えるほどの力が込められた|力《歌》が、スミスと怪異の体内に炸裂し、肉体へのダメージという形で現実に反映された。
「こんなものをきちんと収容せずに解き放っておくなど、私には理解しがたい!貴様は【クヴァリフの仔】によって強化された私の力で撃滅して、収容してみせよう。【怪異制御術式解放!!】」
 男は、クヴァリフの仔を触媒にして周囲のインビジブルを吸収すると、その力を燃料にして√能力を発動させた。
 √能力【怪異制御術式解放】は、予め設定しておいた肉体の部位を増加させることで、戦闘力増強を図る強力な√能力だ。
 彼はその能力を使って【蟲翅】、【刃腕】、【液状変異脚】を増やすことで文字通りの手数を増やした連続攻撃でアレクシアを倒そうとしていたのだが…。
「な…何だこれは…。クヴァリフの仔の力はここまで…なのか!?」
 スミスは、想定以上に強化された能力を制御できずにいた。必要以上に生えてしまった翅や腕によって体のバランスが上手く取れず、身動きが取れない。
 【不運】なことに、彼が√能力を発動した瞬間に、新たなインビジブルが彼の周囲で発生したことで、必要以上にインビジブルを吸収してしまったようだ。
 それに【クヴァリフの仔】による√能力の強化が重なった。結果として、過剰に増え過ぎた部位の所為で行動不能となってしまったのだ。
「何と【幸運】なのでしょう!この土壇場においてスミスと怪異の過剰適合で逆に制御不能になるなんて。隙だらけ、ですわ!」
 リンドー・スミスにとっての【不運】は、アレクシアにとっては【幸運】だった。

『音楽ホールで綺麗な歌を歌うと、その上手さに応じて”悪いもの”が払われて運気が上昇するらしい』

 アレクシアが事前に流しておいた【噂】が大地から湧き出たインビジブルとして、今、彼女の行動を助けて、眼帯男の行動を失敗させた。
「laaa~♬」
「くっ…がはっ!ゲホッ!ゴホッ!」
『gyaaaaaa!!!qasdfghjkl;:』
 人間災厄ウタウタイの令嬢の歌声が戦場に響き渡り、2回攻撃と言う形でリンドー・スミスと彼の背負う怪異たちを攻撃する。
 眼帯男の口と耳からどす黒い血が流れ、怪異たちは悶え苦しみ、声にならない悲鳴を上げて身を捩った。
「おのれ、悍ましい人間災厄め!貴様を殲滅して収容することで、『星』達の仇を討とうとしていたが…最早これまでか…。撤退する!」
 リンドー・スミスは不利を悟ると、異常なほどに増えてしまった液状変異脚を使って力任せに地面を蹴って跳躍して戦闘から離脱した。
 彼の任務は、【クヴァリフの仔の回収】である。星たちの仇討ちでも、人間災厄ウタウタイの令嬢の収容でもない。
「不利を悟るとすぐに撤退。優秀ですわね。1回失敗したのなら、もうクヴァリフの仔の制御も失敗はしないでしょう。ですが、逃げた方向がよろしくありませんわね」
 アレクシアは、連邦怪異収容局員『リンドー・スミス』の逃げた先を見て微笑む。そこには、大型のドローンの母艦が迫ってきていた。

水垣・シズク

●意識外の一撃!
 H区の空を、水垣・シズク(機々怪々を解く・h00589)が搭乗した『カーゴドローン:神輿』が、認知阻害結界を纏って進んでいる。目的地であるT城跡はもう目の前だ。
 地上では1人目の√能力者とリンドー・スミスが既に戦闘を始めているようだった。T城跡のかつて城郭のあった場所から、この世の者とは思えないような、美しくも悍ましさを感じさせるような歌が響いていた。
「おや、どうやらリンドー・スミスさんが引くようですね」
 シズクの右目である|Cu-Uchil《見通す者》の瞳が、暗闇を見通し、異形化して背後に大きく跳躍する連邦怪異収容局員の姿を映し出した。上から見えた範囲では、人間災厄と思われる√能力者の優位で戦闘は進んでいた。ならば彼は敗走したのだろうとシズクは考察した。
「彼の着地点は…駐車場ですか。では、久しぶりに顔を見に行きましょう」
 シズクはカーゴドローンからリンドー・スミスのいる場所に向けて降下を開始した。

「えーっと、ああ。居ました。一服中ですか。冷静ですね。うーん。手強い」
 シズクがT城跡にある駐車場に辿り着くと、リンドー・スミスはタバコを咥えて一服をしていた。先ほどは手痛い敗北をしたように見えたが、歴戦の収容局員なだけあって、自分の心を落ち着かせる術を、彼は持っている。
「あ、お久しぶりです」
 昔からの顔馴染みに話しかけるようなノリでシズクは、収容局員に話しかけた。
「何だ、君か。確か年末に漁村で会った汎神解剖機関の√能力者だったな」
 リンドー・スミスは、声のした方へと顔を向けると、過去の記憶からシズクの顔を引っ張り出して答えた。
 収容局員たるもの、過去に遭遇した厄介な戦力の顔と名前は一致させるようにするべきだというのが、彼の考えの1つだ。
「えーっと、その節はどうもです。今回の件に関しては止めてくれてありがとうございますの気持ちも無いわけでは無いというか。正味…持て余してるのは事実ではあるんですが……一国家に力が集中するのは、汎神解剖機関の方針的に許容できないと言いますか……」
(イォド、照準はどうです?)
(もう少し待て。神輿の角度が悪い。あと数十秒稼げ)
 シズクはしどろもどろの応答をしながら、右目の『Cu-Uchilの瞳』でAnkerかつ契約悪魔であるイォド・アムノクァと通信してやり取りを行う。
「|連邦怪異収容局《FBPC》としては、これは本邦が収容するべき案件だと考えている。汎神解剖機関の方が引くべきだ」
「リンド―さんの言っていることは分かるのですが…こちらも一介の職員でして…。決定権がないといいますか…」
(シズク、照準は合わせた。何時でも撃てる)
(了解です。では合図があるまで待機でお願いします)
 シズクは右目でAnkerと通信しながら相手の顔色を伺う。敵の顔からは話し合いに応じるような気配は既にない。
「………」
 男は咥えていたタバコを携帯灰皿に捨てた。休憩は終わりと言うことだろう。既に臨戦態勢に入っているのが見て取れた。
「話にならんな。楽しいお喋りは、これで御仕舞だ」
「あー…やっぱり駄目ですよねー」
 シズクは降参の意思を表すように両腕を上げて、大きく後退りをした。
 次の瞬間、連邦怪異収容局員『リンドー・スミス』のいた場所が爆ぜた。

 H区の空に閃光が迸り、秒速2千mの速度で弾丸が発射される。少し遅れて発砲音が響いた。音速の5倍の速度で飛来した弾丸が、リンドー・スミスのいた場所に直撃する。
「ガ…ガハッ!?ハーッ!?ハーッ。ゲホッ。ゴホッ」
 土煙の中からリンドー・スミスが、咳き込みながら現れた。レールガンの着弾の余波と飛び散った瓦礫などで、彼のコートや肉体は、ボロボロになってしまった。
「まさか、【クヴァリフの仔】ごと私を始末しようとしていたのか…」
「それこそまさかですよ。リンドーさんなら【クヴァリフの仔】に致命的な損傷が行くような回避の仕方はしないと信じていましたから」
 シズクの出した両手を上げるという合図を見て、イォドが放った『航空母艦用レールガン:天叢雲』の弾丸は、リンドー・スミスが何も対応しなければ、【クヴァリフの仔】ごと彼を粉砕する威力を誇っていた。
 彼と【クヴァリフの仔】が生き残っているのは偏に、彼が適切な対応をしたからに過ぎない。クヴァリフの仔の力で√能力を強化し、大量に増殖させた刃腕や翅や液状変異脚を肉壁としつつ、破片や衝撃の直撃を回避することで、どうにか致命傷だけは避けることができたという具合だ。
「敵としては信用してるんですよ、かなり本気で」
「それは光栄だな…。信用してくれたお礼に一発ぶん殴りたいところだが…」
「やめておいた方がいいでしょうね。そんな時間ないでしょう。お互いに」
 シズクとリンドー・スミスの間を隔てるように、イォドが駆る決戦型WZ『タケミカヅチ』が降り立った。
「はあ…。撤退する」
 リンドー・スミスは大きなため息を吐くと、再度√能力を発動させて翅と脚を強化すると、大きく後ろに飛び退いて撤退した。
「シズク、追わなくていいのか」
「必要ないでしょう。あの角度ならば、別の√能力者がすぐ傍にいる筈ですから。それに、私たちにはやることがあります」
「ほう?」
「あの手の諜報員は十重二十重に逃走経路を用意します。近くにステルスヘリか何かを仕込んでいる筈です。探しますよ。イォド」
 シズクはそう言うと、タケミカヅチと一緒に神輿へと帰還した。

逆刃・純素

●古代魚流剣術
 H区の暗い夜空をまるで爆撃でも食らったようなボロボロの黒コートの男が跳躍していた。その男は片目を覆い隠す眼帯と、背後に背負った無数の怪異が特徴的な男で、連邦怪異収容局に所属しているエージェントであった。
「全く…とんでもないな。人間災厄に街中でレールガン。本当に汎神解剖機関は、世界を滅ぼす気じゃないかね」
 リンドー・スミスは、ボロボロになった黒いコートに付着した土煙や汚れを叩き落としながらぼやいた。敵対する側が言うことではないが、投入する戦力に容赦が無さすぎるのではないかと、大きなため息を吐いた。
「世界を滅ぼす気かと言われても、世界を救うつもりもないやつと遊ぶ暇はないですぴす。そのハゲタカのクチバシ、切り落とされるまえに引っ込めろぴす」
 ため息を吐いたエージェントの男にどこからか声がかかった。周囲を見ても人影はない。よくよく注意をして辺りを観察すると、知らないうちに1つの箱が現れていた。
「な‥何だね。これは?段ボールか…?いつの間に」
「すぴすぴ」
 リンドー・スミスが不審な段ボールを警戒して距離をとると、段ボールがガバッと取り払われて、そこから狂信者達が連絡に使用していたトランシーバーを手にした、蛍光色に輝く逆刃・純素(サカバンバの刀・h00089)が現れた。
「段ボールに隠れるとは随分と珍妙な刺客だな」
「万能アイテムである段ボールの良さが分からんとは、人生を損しているですぴす」
 純素は不要になったトランシーバーを投げ捨てながら答えた。カラカラとトランシーバーが地面を転がり、裏面の|☆のマーク《FBPCスパイの証》が露わになる。
「成程、君もまた我らが同胞の仇という訳か」
 トランシーバーに刻まれた同胞の印を見た男は氷のような口調で言った。
「スパイを使ったのは明らかに|失敗《すっぱい》でしたね、ぴす」
 男の反応から自分が|始末《チェスト》した狂信者がスパイだったことに気づいた古代魚は、渾身のギャグで返した。
「………」
「………」
 ビュオオオオ!!と、地域特有の極寒の北風である空風が両者の間を吹きすさんだ。
「……。よし、殺すか」
「あのギャグを理解できないとは、やはり|不殺《チェスト》するしかないですぴす!」
 そうして眼帯男と古代魚の殺し合いが始まった。

 月も星もない暗い空の下で怪異に騎乗した調査局員と、半身の構えを取り、鯉口を切った鍔に左手の親指をあてて、右手で『近代日本刀』の柄を掴む立ち居合スタイルの剣士が対峙している。
 先手を取ったのはリンドー・スミスだった。ゴムボールのように伸縮して跳躍した怪異から、空高く跳躍すると、空中で回転しながら怪異を開放する。『ギチギチ』『キィキィ』『クァアア!』などの名状しがたい鳴き声を上げながら、純素を中心とした広範囲に怪異が降り注ぐ。
「すぴすぴ」
 後の先を狙っていた剣士は立ち居合の構えを取ったまま、トン、トン、トンとリズム良くステップ移動をすることで降り注ぐ怪異を躱していく。
「荒れ狂え、怪異ども」
 純素がステップ回避するだろうと予想した場所目掛けて、リンドー・スミスが着地した。着地した彼を中心として足元から怪異から発生し、剣士の足元から食らい殺そうとするのだが…。
「な…怪異を足場にだと…正気か、貴様」
 着地したリンドー・スミスの目の前に剣士が迫っていた。リンドー・スミスの怪異攻撃に対して、後の先を狙う純素がとったのは、間合いとリズムの操作だった。
 時間稼ぎ兼回避行動のステップ移動を一定リズムで行うことで、敵に純素の回避場所の予測をさせた。
 その上で最大の攻撃タイミングを見切って態と違うリズムで大きく跳躍することで間合いを見誤らせた。
 あとは、覚悟を決めて飛び込むのみ。純素は、空から降り注ぐ怪異の間を掻い潜り、地面から湧き上が始めた怪異の頭を踏みつけて跳躍すると、驚愕で片目を大きく見開いた眼帯男との距離を一気に詰めたのだ。
「神速の剣閃を見るですぴす!」
 √能力【古代海底抜刀術】発動!目にもとまらぬ速度で抜き放たれた刃が、霊力を纏ってきらりと輝き、夜の闇に白く美しい軌跡を描いた。
 鞘に刀が収まる金属音が静かに響き、少し遅れて血が吹き上がる音が響いた。リンドー・スミスの触手が数本か斬り飛ばされて何本か地面に落ちた。
『ピギャアアア!!』
「なっ…【クヴァリフの仔】が…」
「とっさに庇われたからちょっと斬りこみが甘かったぴす」
 リンドー・スミスと青い触手との接続面に大きな切れ込みが入り、【クヴァリフの仔】が悲鳴を上げた。切断こそは叶わなかったが、√能力の影響で20分間、【クヴァリフの仔】は使用不可能になる。
 それにより、【クヴァリフの仔によるバフが、次の戦闘中は使用不可能】になった。
「しまった…。怪異の制御が…」
 クヴァリフの仔のバフが消失したことで、本来の力以上に開放してしまった怪異たちが制御不能に陥った。リンドー・スミスに動揺が走る。
 そこにすかさず再度立ち居合の構えを取った純素が迫った。
「|不殺《チェスト》!カンブリア紀からやり直すピス!」
「があああああ!!」
 目にもとまらぬ速度で再度、霊力を込められた刀が鞘から抜き放たれ、眼帯男の胴体を逆袈裟に切り上げた。
「ぐあああああああ!!」
 男の胴体から真っ赤な血が咲き、地面から湧き出た怪異の群れの中に背中から倒れ込んだ。怪異たちは、慌てて男の姿を覆い隠すと、そのままT城跡の別の場所へと倒れた男を移送した。
「…逃げられたぴす。しかもゴミ掃除のおまけつきとは最悪ですぴす」
 純素はため息を吐くと、近代日本刀を構えた。どうやらスニークミッションから無双系へジャンルが変わったらしい。
 古代魚は、白刃を手に怪異の群れに身を躍らせるのだった。

煙谷・セン

●(物理的に)禁煙男vs愛煙家天使
「はあ…はあ…。くっ…。想定外の傷を負ってしまったか」
 全身ボロボロの男が、夜の闇の中を息を切らして走っていた。仕立ての良い黒いコートはボロボロ。白かったシャツは、自身の血で真っ赤に染まり、争奪戦の対象である青い触手はぐったりとしている。
「今回は想定外ばかりだ。本来ならば同胞の力を借りて脱出している頃なのだが…」
 その仲間たちはとある人間災厄を中心とした√能力者たちによって討伐されていた。仇と性能調査を兼ねて戦闘をしてみた所、酷い手傷を負わされた。
「…愚痴っても仕方ないか…。今の私は、少々冷静さを欠いている。落ち着かねば」
 眼帯男はそう言うと、黒いコートのポケットを漁ってタバコの箱とライターを取り出した。とりあえず一服して精神を落ちつけようと思ったのだが…。
「チッ」
 取り出したタバコの箱は彼の血で下半分がぐしゃぐしゃになっていた。とてもじゃないが吸えたものではない。リンドー・スミスは、苛立たし気にタバコの箱を握りつぶすと、イライラしたまま歩を進める羽目になってしまった。

「一応聞いときたいんだけどサ。今からでも穏便にその変なの譲って貰えナイ?」
 ボロッボロになっている連邦怪異収容局員『リンドー・スミス』の姿を見かけた煙谷・セン(フカシの・h00751)は、足早に眼帯男に近づくと、煙草を美味しそうに吹かしながら話しかけた。
「ほらこれ使うと人の延命出来るカモって話でサ。皆で仲良くハッピーな可能性信じてみたくない?そうでもない?」
「クヴァリフの仔は|連邦怪異収容局《FBPC》が適切に収容する。それこそが人類延命の道だと決まっている」
 センの提案をリンドー・スミスはお決まりの台詞で却下する。
「同ジ愛煙家の好で…サ。ダメカイ?」
「駄目だ。今の私は物理的に禁煙中の身だしな」
「物理的?…アッ」
 銀髪のセレスティアルの眼にリンドー・スミスの右手が映る。そこにはグシャっと潰された下半分が真っ赤に染まったタバコの箱があった。
「ソレは…ご愁傷サマだネ」
 愛煙家のセレスティアルは、心底同情しながら言った。
 それはそれとして、1本吸い終わったので携帯灰皿に捨てた。
「フン。まあ、そういう訳だ。私の邪魔をするならば物理的に排除する他ないな」
「ザンネン。遠い未来、いつか君らとおれらとで仲良しこよしが出来ると信じて今は拳で語り合うしかナイなー」
 センはそう言うと煙草に火を点けて咥えた後に拳を構えた。
「怪異武装化術式展開」
 リンドー・スミスは√能力【武装化攻性怪異】を発動。今から触手や刃腕を使った全ての攻撃が2回攻撃且つ全体攻撃へと変化する。
「ソレじゃあ行きマスかネ」
 対するセンは徒手空拳だ。トントントンと全身を弛緩させるために軽いジャンプを2~3回すると、軽く拳を握って大地を蹴った。
「格闘家か。接近戦に応じてやる必要性は感じないな」
 眼帯をしたエージェントは、背後に背負った怪異から触手を何本か伸ばすと、鞭のように振るった。赤い触手が音の速度を超えてセレスティアルに襲い掛かる。
「ゲェー向こうのが手数多いしリーチ長ぇんですケドーー!!?」
 センは不穏なオーラを纏って迫る触手を、文句を言いながら横に跳んで回避する。彼がさっきまでいた場所に着弾した触手は、1回の接触しただけなのに、何故か2回ぶつかった音がした。
 どうやらリーチだけではなく威力も高いようだ。
「良く躱すね。だが、それがいつまで保つのかな」
 リンドー・スミスは触手を束ねると真横に薙ぎ払う。
「ソレを待ってタ!」
 センは真横に振るわれた触手をボクシングのダッキングの要領で膝を曲げと体を屈めて回避すると、触手が戻る前に低い体勢のまま地面を蹴って一気に接近する。
「距離さえ詰めレバ、コッチのモンヨ!」
「しまった!?」
 まずは一発、「神速の左」がリンドー・スミスに直撃し、|√能力《コンボ》が始動する。流れるような動きで『グラップル』技能が発動。センは眼帯男の胸倉を掴むと振り回しながら横幅に狭い所へと誘導し、「破壊の右」をお見舞いして押し込んで行動制限をかける。
「副流煙をプレゼントー!」
「ぐっ」
 セレスティアルは、肺に溜まった煙を吹きかけて視界を奪う。
「かーらーノー!アッパーカット!!」
 フィニッシュブローである不意打ちのアッパーカットが、連邦怪異収容局員『リンドー・スミス』の顎に決まった。
「ぐあっ!!」
 アッパーカットを食らった眼帯男は大きく後ろに吹き飛んだ。ずさーっという音を立てて背中から地面にぶつかった。
「くっ…。なかなかやるな。だが、こちらの目的は、【クヴァリフの仔】の回収だ。ここは退かせてもらおう」
 よろよろと立ち上がったリンドー・スミスは、怪異に騎乗するとH区のどこかへと跳躍して移動した。
「逃げられたか。ヤ、でもこれ、回収した後実際どーすんダッケ?」
 吸い終わった煙草を携帯灰皿に捨てて、また新しい煙草を取り出したセンは、遠ざかる眼帯男を見上げながら、滅茶苦茶今更な発言をした。

コマンダー・オルクス

●やっぱりタコ焼きが食べたい大幹部
 コマンダー・オルクス(悪の秘密結社オリュンポスの大幹部・h01483)は、真っ暗なH区をその辺に落ちていた星型の光を放つランタンを頼りに進んでいた。
 独自の調査によると、この辺にT城跡と言うものがあり、そこでタコ焼きパーティーをやっているそうだ。これだけ寒い中ならば、さぞ熱々のタコ焼きは美味しいだろうと、進んで行くと何やら焼けた蛸っぽい香りがするではないか。
 そこがタコ焼きパーティーの会場か!(違います!)と理解したオルクスは、さっそくその匂いがする方へと向かっていった。

「ほう、ここがタコ焼きパーティーの会場かね?」
 オルクスが辿り着いた先には特に何もなかった。居るのは全身ボロボロで背中にうにょうにょやらグニャグニャを背負うという変な恰好をした眼帯男だけだった。
「違う。断じてそんなものはやっていない。君は我々の仲間が使う道具を持っているようだが、一体何者だ?」
「フハハハ!我が名は秘密結社オリュンポスが大幹部!!コマンダー・オルクスである!そしてこのランタンはその辺で拾った!今はソースと青のりとかつお節がかかった熱々のタコ焼きを求める者である!」
 連邦怪異収容局員『リンドー・スミス』の問いに、コマンダー・オルクスは、何時もの御約束で返した。高笑いと格好いいポーズは悪の組織の大幹部の嗜みだ。
「秘密結社オリュンポスだと…?まさか|我々《FBPC》が把握していない組織があるとは」
「フハハハ!我らが組織『悪の秘密結社オリュンポス』を知らぬとは、モグリだな貴様!…というか誰だ?」
「連邦怪異収容局。通称FBPCだ。人類の為に怪異を収容する地下組織だ」
「FBPC? あー、確か人類の為とか嘯く合衆国の悪の組織だったか?ふむ、確かにそちらの言い分を聞く限り、まさに悪の鑑が言いそうな台詞だな。実にグッドだ!」
 エージェントの言葉を聞いて一方的に納得する悪の大幹部。そのマイペースさから、冷静な筈のエージェントの額に青筋が走り始める。
「というか、何だその触手は…。いや、まさか「私を食べて」などと言う…え、そういうことなのか!?」
 今度はエージェントの背中で蠢く|青い触手《クヴァリフの仔》を目ざとく見つけたオルクスは、適当なことを言ってドン引きするような態度を見せた。何というか、本当にやりたい放題である。普通に悪の大幹部っぽいぞ!大幹部!
「今宵の私は、中々に運に見放されていてね。少々気が短いんだ。普段ならば子どもの戯言として無視して行くのだが…。特別に相手をしてやろう」
「そうか。私はプレーンなタコ焼きが食べたいぞ」
「いい加減にタコ焼きから離れろ!」
 リンドー・スミスは√能力【武装化攻性怪異】でクヴァリフの仔や触手型の怪異と肉体融合を果たすと、それらを鞭のように振り回そうとした…のだが。
「チッ。これは…糸か?」
「フハハハ、私が今の今まで、無駄に話をしていただけかと思ったかね?既に罠は張り巡らさせて貰ったぞ!フハハハ、これがお前の監獄だ!!」
 『刃鋼糸』という名の鋼鉄製のあやとり紐が何時の間にか戦場に張り巡らされていた。コマンダー・オルクスは、あやとりの達人である。彼ほどの実力があれば、周囲にある木々や岩などに糸を噛ませて即席のトラップを張ることなど造作もないことだ。
「クヴァリフの仔は、我が組織が貰い受ける!」
「させるか!」
 リンドー・スミスは【クヴァリフの仔】を覆い隠すように自身の背後にいる怪異が持つ触手を束ねると、罠ごとまとめてオルクスを攻撃しようとする。
「なるほど、その強化された触手で罠ごとまとめて攻撃するか。しかし、こちらも攻撃する程、絡まる様にしておいたのだよ」
「何だと…!?」
 力業で引っこ抜かれた糸の罠が、噛ませていた木々や岩などを巻き込みながら、束ねられた触手に絡みつく。コマンダー・オルクスの√能力【監獄の綾取】は3つのプロセスで発動する能力だ。ワイヤートラップによる牽制。刃鋼糸による捕縛。そして…。
「やはり、タコはブツ切りに限るな!」
「ぐう…おのれ!!」
 最後は、網目状の包囲ワイヤーによる強撃だ。【クヴァリフの仔】に巻き付けていたリンドー・スミスの怪異が持つ赤い触手が、次々と網目状に斬り取られ、ボトリ、ボトリと地面に落ちていく。
 リンドー・スミスは、【クヴァリフの仔】をサイコロカットされないように慎重に触手を動かしながら、刃腕を器用に操り糸や重しになる岩や木々を切断していった。
「クヴァリフの仔にダメージが…ぐうう。ダメージの補填を私の肉体から吸い上げるか。ええい。撤退する」
 リンドー・スミスは苦し気にうめき声を上げると、鋼糸が巻き付いたままの触手を慎重に運びながら撤退した。
「逃げたか…。ん?これは…」
 連邦怪異収容局員が逃げた先を見つめていたオルクスの眼に、うぞうぞと蠢くものが見つかった。それは【クヴァリフの仔】と呼ばれた触手の先端部分だった。
「フハハハ!生鮮食品ゲットだ」
 オルクスは、どこからかタッパーを取り出すと触手の先端をタッパーに詰めた。だから食べ物じゃないんですけど、これ。
「それはそれとして…だ。タコ焼きを食べ損ねた。駅前にチェーン店があったから、そこでタコ焼きを食べるとするか!」
 最後の最後まで頭の中をタコ焼きが占めていた大幹部は、遅くなった夕食を食べるために駅前にあるタコ焼きチェーン店へと向かっていった。

空地・海人

●クヴァリフの仔と連邦怪異収容局員の関係性について
 T城跡の一角でボロッボロの黒衣を纏った男が呻いていた。一目見て高級品だと分かるコートは爆撃でも喰らったかのようにくたびれていて、白いシャツは真っ赤にそまり、顔色は酷く、青ざめていた。
「はあ…はあ…。おのれ。ぐっ…。貴様、容赦なく吸収し過ぎだぞ」
 連邦怪異収容局員『リンドー・スミス』は、眼帯をしていない方の眼で青く蠢く触手を睨みつけながら言った。
 青く蠢く触手【クヴァリフの仔】は、先ほどの戦闘で受けた傷を、彼からリソースを奪うことで回復しようとしていた。
 今はリンドー・スミスと融合しているが…元々クヴァリフの仔と連邦怪異収容局は別の陣営だ。互いに敵と言っても過言ではない関係である。何故ならば、リンドー・スミスは|邪神《ママ》の降臨を邪魔して|同朋《研究者》を殺した仇である。ならば彼からリソースを奪うことについて、クヴァリフの仔が容赦をする理由が存在しない。
「はあ…はあ…ぐっ。迎えは…まだか」
 分厚い雲に覆われた空を見上げながら、連邦怪異収容局は、夜の闇に白い息を吐き出しながら呟いた。

●フィルム・アクセプター ポライズvs連邦怪異収容局員
「味方は一向に来やしないのに、敵はうんざりするほどよく来るな」
 連邦怪異収容局員『リンドー・スミス』は、光の剣を携えてやってきた赤い装甲を纏ったヒーローらしき人影を、眼帯をしていない方の眼で睨みつけながら、大きなため息を吐いた。最初の人間災厄から数えて6戦目。そろそろ体力の限界が近い。
「怪異には怪異をぶつけさせてもらうぜ」
 赤い装甲を纏ったヒーロー『フィルム・アクセプター ポライズ √マスクド・ヒーローフォーム』こと、空地・海人(フィルム・アクセプター ポライズ・h00953)は、深緑のラベルが貼られた√フィルムを手にすると、『フォトシューティングバックル』を前に倒して√フィルムを入れ替える。
 そしてベルトを元に戻しながらポーズをとって、『フォトシューティングバックル』のシャッターを押して叫ぶ。
『現像!』
 ベルトからフラッシュを思わせるような閃光が走り、装甲の色が赤から深緑に切り替わる。『フィルム・アクセプター ポライズ √汎神解剖機関フォーム』は、怪異の力を使って戦う戦士だ。
「空撮爆弾・ハイアングルボマー!」
 ポライズは、「閃光剣」の代わりの武器として現れた怪異搭載ドローン『ハイアングルボマーに騎乗すると空中からリンドー・スミスに迫る。
「成程。そういうタイプのヒーローか、貴様は。ならば…本職の力を見せてやろう」
 対する連邦怪異収容局員も怪異に騎乗する。今、彼が騎乗している怪異の群れは、クヴァリフの仔による強化を受けている。故に通常よりも高く跳躍することが可能だ。
「降り注げ!トランパー・オブ・モンスターズ」
 ゴムボールのように伸縮した後に跳躍した怪異の背中から、スミスが跳躍する。空高く舞い上がった彼は、全身から怪異を解放して強烈な範囲攻撃を仕掛けた。
『ギィギィ!』
『ギチギチギチ!』
『くぁsdfghjkl』
 表現しがたい冒涜的な鳴き声を上げながら、大小様々な形状の怪異が雨のように、ドローンに騎乗したヒーロー目掛けて降り注いだ。
「行くぞ!怪異の群れを掻い潜って、クヴァリフの仔が融合した怪異へ追突だ!」
 ポライズを載せた空撮爆弾は、降り注ぐ怪異の間を縫うように進む。空中からの解放は、範囲は広いが命中精度が甘い。だが本番はこれからだ。
「捕らえよ!怪異ども」
 空中で怪異を解放したリンドー・スミスが着地した。その瞬間に彼の周囲の地面から怪異が湧いてドローンに乗ったヒーローを捉えようと触手を伸ばす。
「うおおおお!!」
 |空《上》と地面《下》の両方からの攻撃を掻い潜りながら、空撮爆弾はリンドー・スミスとの距離を詰め、体当たりに成功する。文字通り、怪異に怪異をぶつけたことになる。
「ぐっ…。ぬうう…」
 騎乗していた怪異にドローンによる体当たりを食らった調査員は衝撃に呻いた。
「なっ…クヴァリフの仔よ、貴様乗り換えるつもり…いや、そのドローンに取り憑いた怪異を食らうつもりか。どれだけ食欲旺盛なのだ、貴様は」
 スミスが騎乗している怪異から、彼の意思を無視して青い触手が深緑の装甲のドローンに迫り、巻き付いた。
「不味い、これでは動けん。主導権を奪い取らねば…」
 リンドー・スミスの意識がクヴァリフの仔との主導権の奪い合いに持っていかれた。 
 目論見通りのドローンとクヴァリフの仔との融合とはいかなかったが、リンドー・スミスの大きな隙を引き出すことには成功した。
「隙だらけだぜ。連邦怪異収容局員さん」
 海人は空撮爆弾・ハイアングルボマーの上から『イチGUN』を構えて、リンドー・スミスに向けて発砲する。
「ぐあああああああ!!」
 深緑のドローンを覆っていた青い触手がずるりと外れた。胸を撃たれたリンドー・スミスは悲鳴を上げながら、クヴァリフの仔と共々怪異の群れの中へと落ちていった。
 怪異の群れは傷だらけの男を収容すると、うぞうぞと蠢きながらリレーをして、スミスを戦場の外へと移送する。
「逃げたのか?あの傷で…。追いかけたいところだけど、まずは後始末…だな」
 フィルム・アクセプター ポライズは、空撮爆弾・ハイアングルボマーを空高く飛翔させると、怪異弾と『イチGUN』による射撃で、連邦怪異収容局員が残していった怪異を片付けていくのであった。

ヘリヤ・ブラックダイヤ

●満身創痍のリンドー・スミス
 その男は満身創痍だった。肉体は銃創と斬撃痕が刻まれた所為で出血が絶えず、背負った怪異もかなり数を減らしていた。
 融合している【クヴァリフの仔】だけは、まだ元気ではあるが、アレも完全に味方とは言えない。現に今もリンドー・スミスのリソースを奪い去っていっている。
 傍から見れば完全に詰んでいる状況だ。それでもまだ彼が諦めずに逃走を図っているのは、逃げる手段が【まだあったから】だ。
 しかし、それも潰えてしまった。
 H区の真っ暗な空に閃光が瞬いた。雷ではない。あれは上空を警戒していた汎解剖機関の√能力者のドローンによってFBPCのステルスヘリが撃墜されたことによる光だ。
 潜入したスパイによる脱出経路の確保、スミス氏による強行突破からの√移動、ステルスヘリによる上空からの脱出、全ての脱出経路が塞がれた。
「この肉体は既に限界。怪異たちも何度かの全力解放で底が見え、最終手段も見破られて破壊された…か。詰んだな。このミッションは失敗だ。ああ、せめてタバコでも残っていれば気もまぎれたんだが…」
 そのタバコは自身の血で半分が赤くなってしまい、とてもじゃないが吸えたものではなかった。
「まあ、安い命になった身だ。最期まで使い切らせてもらうとしようか」
 リンドー・スミスは皮肉気に呟くと眼帯を、していない方の眼で黒い竜翼と竜尾を持ったドラゴンプロトコルが向かってくるのを見つめた。

●壊滅の黒竜vs連邦怪異収容局局員&邪神の仔タッグ
「今回の事件を引き起こしたのは、邪神に唆された汎神解剖機関の元職員だ。分かるだろう?あの機関では、【クヴァリフの仔】を御しきれないと。クヴァリフの仔を完璧に収容できるのは、世界の盟主たる我らが連邦、|連邦怪異収容局《FBPC》だけあると」
 連邦怪異収容局局員『リンドー・スミス』は、目の前に現れた異世界の竜と思われる存在に、連邦の優位性、FBPCの優秀性を語り掛けた。
「汎神解剖機関が信頼できるかと問われれば否だが、お前の言葉が信頼に値するかと言われればそれも否だ。自分たちが一番優秀で一番強い、よって自分たちより適切に管理できる存在はない。そういう思想に根差した言葉だ。強い者が支配するのは摂理だろうが、自分たちがその強い者だというならば、私を退けてみせろ!」
 ヘリヤ・ブラックダイヤ(元・壊滅の黒竜・h02493)は、リンドー・スミスの言葉をバッサリと斬って捨てた。強者の理屈を語るならば、その強さを竜に証明せよ。そう強い言葉で言うと、魔導機巧剣『竜翼』と魔導機巧斧『竜吼』を構えた。

「成程、それは道理だな。それではこちらも全力でやるとしよう。もはや余力を残す必要はないからな。【クヴァリフの仔】よ。好きにしろ。もはや私は助からん。あれは別√の|最強生物《ドラゴン》だ。本気で挑まねば、貴様ごと私が死ぬぞ」
『キィイイ!!!』
 クヴァリフの仔が絶叫を上げ、リンドー・スミスの√能力を強化する。今のリンドー・スミスは、普段よりもより多くの怪異を融合武器として取り込むことに成功した。
 鞭のようにしなり切り裂く触手、刃のような腕、毒針付きの触手、胴体や背中にも生えた金色の瞳。それら全ての怪異由来の融合武器による攻撃が【2回攻撃かつ全体攻撃】へと強化された。

『さア、行くゾ、異世界の竜ヨ!』
 怪異と融合し異形化したスミス氏が肉体融合武装と化した怪異を振るう。赤い触手を鞭のようにしならせて叩きつけ、刃のような腕で斬撃を繰り出し、毒液注入機構を備えた触手の毒針を矢のように飛ばしてくる。
「人の体の戦闘技巧、試してみるとしよう……!」
 文字通り無数の手数を武器に猛攻を仕掛ける怪異に対して、黒竜は人の体由来の戦闘技巧を以て迎撃をする。
 まずは振り下ろされた触手を『竜翼』で迎撃して切り払う。迎撃攻撃が成功したことでスムーズに斧での怪力攻撃に繋がった。束ねられた触手による力任せの一撃が、竜の怪力によって振るわれた斧の一撃に弾き飛ばされる。
『マだまダぁ!』
 次に彼が放つのは、先端が毒針になった触手。矢のような速度で竜に迫る。
「無駄だ」
 ヘリヤは竜翼を軽く振るい、迫りくる触手の先端を叩き落しつつ、地面を蹴って距離を詰めに行った。
 スミスは近づけさせないように左右同時の触手攻撃を放つ…が、それは竜の機構剣による2回攻撃で切り払われる。
「このままでは埒が明かないか」
 迫る触手を斧で切り飛ばし、接近を拒絶するように繰り出された赤い触手の壁を「切断」技能を使った剣の一撃で切り飛ばした竜がため息を吐いた。
 √能力【竜爪刃】は、武具と技能を組み合わせた|連続攻撃《コンボ》を繰り出すことができる強力な能力ではあるのだが、弱点も存在する。それは一度でも攻撃を外せば止まってしまう事と、【組み合わせられる技能がなくなると強制終了】してしまう点だ。
 そのため、今のリンドー・スミスのように、際限なく放てる触手を放ちながら、後ろ、後ろに撤退するという引き撃ちのような行動をとられ続けると、使える技能がなくなって強制終了をしてしまうこともあり得る。
「やれやれ、化け物が相手だと手の数が足りんな。人の体というのはままならんものだ。お前が人よりも強いことは認めよう。だが、強者であろうとするならば、私たちドラゴンをも越えてみせろ」
 毒針触手を剣で弾き、束ねられた触手を『重量攻撃』技能を組み合わせた斧の一撃で切り払いながら、竜は真の力を解放する。

「コレ…が異世界の竜カ。どうしタ、このままデハ、|クヴァリフ《ママ》に会えナイママ、死んでシマウゾ、クヴァリフの仔ヨ!ハハハ!!」
 目の前に現れた黒金剛石の鱗を持つ竜を見上げながら、連邦怪異収容局員は、収容対象である邪神の仔を煽った。
(そうだ。これでいい!この状況にさえしてしまえばこちらのモノだ。後は精々観測させてもらおう、異世界の竜と邪神の仔の力を)
『キィイイイイ!!』
 邪神の仔は、宿主の力を強引に引き出すと、その力を以て脅威の排除にかかった、より太い触手を、より強力な毒液を、より鋭い刃腕を、リンドー・スミスの武器として融合させて壊滅の黒竜に攻撃を仕掛ける。
「無駄だ」
 √能力【黒竜覚醒】によって元の姿に戻ったヘリヤの黒金剛石の鱗には、あらゆる干渉を無効化する権能が備わっていた。どれだけ物理的に肉体を強化しようとも、それは黒竜にとっては何の脅威でもなかった。
「ひれ伏せ」
 そう告げた黒竜の口からありとあらゆるものを、黒い結晶に変えて砕く漆黒のブレスが放たれた。
『キィイイイイ!!!』
「ハハハハハ!いいぞ、そのまま【クヴァリフの仔】ごと私を殺せええ!!」
 壊れたような笑い声を上げた連邦怪異収容局員『リンドー・スミス』は、狂気的な笑顔のままブレスに呑まれ、体を黒い結晶に変えて消滅した。

「……しまったな。クヴァリフの仔を傷つけぬように人の体で戦うつもりがつい。無事だといいが……」
 なんて事を言いながら、ヘリヤは黒い結晶の中を歩いていた。気分が乗ってブレスを撃ったのは良いが、肝心の回収対象である【クヴァリフの仔】のことはすっかりと抜け落ちていた様子。
「一応、直撃は避けた筈なんだがな」
 そう言いながら、結晶をガサゴソとやっていると、ゴトリと結晶の一部が動いた。
 ヘリヤは音がした方に近づくと、砕けた黒い結晶を掘り起こしていく。すると、結晶の奥に探していた【クヴァリフの仔】が弱弱しくうねっていた。
「ふう。何とか回収できたか。…かなり弱ってはいるが」
 手の中でかなりぐったりしている青い触手を見ながら黒竜が呟いた。まあ、汎神解剖機関の職員の手に渡るまで生きていれば、依頼達成だろうと割り切る。
 ヘリヤが空を見上げると大きなカーゴドローンが近づいてきていた。あれは確か、同じ依頼を受けた√能力者のものだ。
「取り敢えず、さっさと迎えに来てもらいたいものだ。コレが生きているうちに」
 黒竜は、近づいていて来るドローンに手を振りながら、縁起でもないことを呟いた。

●クヴァリフの仔回収成功
 √能力者たちの頑張りによって無事?に【クヴァリフの仔】の回収は成功した。
 リンドー・スミスがばら撒いた怪異も全て討伐済み。地上にレールガンを撃ち込んだ後だったり、叩き落した武装ヘリだったり、城跡の一部が黒い結晶化したりと、色々と事後工作が必要な部分は多いかもしれないが、邪神に狂わされた研究員以外の死者もなく、割と平和に終わることができたと言っても良いだろう。
 回収された【クヴァリフの仔】は、治療の後、研究に回されることになった。この研究がどう我々に役立つか、それは未来の楽しみにとっておくこととしよう。
 ともあれ、邪神の召喚も、眼帯男による横槍は失敗した。√能力者たちは課せられていたミッションを全て果たしたのだ。ひとまずはハッピーエンドで良いでしょう。

 ソレデハ皆様、今回モお疲れ様デシタ。

挿絵申請あり!

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