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「おう、おまえらよく来たな。ちょっくら『クヴァリフの仔』を回収してこい」
 √能力者達が現れたのを青い瞳で捉えると南瓜頭の男―― ジャック・ベアトリクスは椅子に深々と座った状態で指図する。
 そんな指示で分かる訳ないだろ。
 √能力者たちが無言の抗議を行えば、根負けしたジャックはしゃーねーなと立ち上がる。
「√汎神解剖機関に出没する怪異――仔産みの女神『クヴァリフ』って奴がいるんだが、こいつが自分の『仔』を召喚する方法を一般人に広めている」
 ――√汎神解剖機関では怪異というのは敵という側面であると同時に人類を延命する| 新物質《ニューパワー》と呼ばれる物質を生み出したり、超常現象に関する人々の想像力が制限を設けたりと人類の繁栄に与することもある。
 しかし怪異は人畜無害の家畜ではない。彼らは人類をいともたやすく狂わせる力をも有している。
 クヴァリフ、そしてその仔もそういった異形なのである。
「クヴァリフの仔はな親と違ってぶよぶよした触手型の怪物でな、自身の戦闘力は大したことねーが、他の怪異や√能力者すればそいつの戦闘能力を大きく増幅させる。その力に目を付けたのが『|連邦怪異収容局《FBPC》』、アメリカの汎神解剖機関だ。動いたのは大方自国の利益のためだろうが、だからと言ってはいどうぞと渡すわけにもいかねぇ。ってことでお前達は|連邦怪異収容局《アメ公の犬》より先にクヴァリフの仔を回収をしてもらう。繋がったか?」

 本筋は分かった。しかし、そのクヴァリフの仔はどこにいるのか。
 その問いにジャックは『俺様ちゃんもわからん!』と言いきるも、しかし繋がる道は星詠みで見つけたという。
「とある地域で『死期を悟った猫は猫の国へ向かうために姿を消す』っっていう噂が出回ってんだよ。噂っつーか、実際はクヴァリフの仔を召喚しようとしている狂信者どもがその地域の猫型怪異を捕まえまくってるっているのを隠ぺいするために噂を流しているんだがな」
 猫型怪異を捕まえているのは先のクヴァリフの仔召喚のために使うのかそれとも別の理由か。詳しくは分からないが、この噂を聞きこむことで敵の本拠地を割り出す事が可能である。
「堂々と聞きこんでも問題ねーが、人目につかない様に聞き込みしたり別の噂を流して攪乱してやれば敵側の迎撃準備も整わない内に本拠地に潜入できるかもな。まぁ始点と終点は繋がってるんだ、気楽にやれや」

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第1章 冒険 『奇妙な噂を辿れ』


明星・暁子


 カチャカチャ……ッターン!
 部屋の中に乾いたキーボードを叩く音が響いた。
「『死期を悟った猫は猫の国へ向かうために姿を消す』。夢のある噂ではあります」
 画面に向かう少女、|明星。暁子《あけぼし・るしふぇる》(鉄十字怪人・h00367)は先の噂を思い出していた。
「アメリカさんも、そんな手を使うのですね」
 猫。それは古来より多くの人間を魅了し、共に過ごしてきた生き物。そんな猫は国・人種関係無しに間近な存在であるというのを、確認しながらも手は緩めず、電子の集合知に猫の噂を問う。
 ハッキングツールを繋ぎ、√能力『疾風怒濤』――先陣を切る力も駆使して通常の3倍の動きで情報を確認精査していく。
「あら猫ちゃんの写真可愛い……」「こちらでは猫の譲渡会」「猫と和解せよ」
 いろんな猫に癒されながらも有名な電子掲示板、SNS、個人ブログの記事、あるいは有料記事……。
「ふっ、ふふふ……赤い角が生えそう」
 ハッキングツールが頭の横に付けるタイプならワンチャン……?
 さて、それはさておき。1秒間におよそ1tbを超える膨大な情報という魚が暁子の頭の海中を通過していき――ふと、|ある個人ブログの記事《魚》が目についた。
『保護しようとしていた猫がある日でかいバンに乗った変な奴らに連れ去れた。近隣の保健所に連れていかれたと思い確認したけど猫は受け入れていないと言われたました。』
 どうやら猫を保護する団体に所属するブロガーのプロフィール調べればその人はまさに例の噂が広まっている地域に住む人間だと気づけばすぐにアプローチをとった。
『そういえば車の走った方向、保健所なんて無い方向だったんですよね……本当に保健所の人だったんでしょうか……?』
 回答を得ると暁子はすぐに地図を展開する。
(「保健所ではない方向……山地、でしょうか」)
 街の部分にある保健所の反対側は丁度山間部で。ここなら確かに何かをしても気づかれにくそうだ。
『これも情報として後で皆に共有しましょう』
 デバイスに情報をまとめると、暁子は再びキーボードの叩く音を奏で始めたのだった。

五十音・バルト


 噂がたっている地域には稲荷神社が存在する。
 そこは全国的に有名ではないが、地域のコミュニケーションの場所としても利用されており、普通の神社より参拝客は多い場所である。
 そしてその神社では今日たまたま祭事が行われる日であった。
 境内に手を打つ音が響く。
 そこには神社に参拝をする壮齢の男性の姿があった。
「神域を使わせていただくわけだから、私もちゃんとここの神様にあいさつをしておかないとね」
 |五十音・バルト《イソネ・バルト》(NoSong,NoLife・h05401)が艶のある| 低音《バリトンボイス》で言葉を紡ぐと、今回協力してくれる神主に挨拶へと向かう。
「急なお話にも関わらず御快諾いただきありがとうございます。よろしくお願いいたします」
『いえいえ、私たち共もあの噂と事件を払拭できるというのであれば協力を惜しみません』
 神主は今流れている猫の国の噂と猫の誘拐に心を痛めていた。そこに別の噂で噂を変えるというバルトの提案は渡りに船だったのだ。
『あとは先ほどいただいたこれを流せばよろしいのですね』
「ええ、大丈夫です。あと、もう一つお願いが。お面を貸してもらいたいのです」

『はぁ、……できるかなぁ』
 境内の一角で絵馬を握りしめながら少女が不安げに言葉を紡ぐ。
 願い事を書いて実行すれば願いが叶う。だが当たり前だがそれは確実ではない。成就し無かったらどうしようか。
 そう頭の中でぐるぐる悩んでいた少女の頭上のスピーカーより曲が流れる。
 しっとりとしたバラードのメロディーに乗せられるバリトンボイス。そして繰り返される『世界を変える』というフレーズが耳に残った。
『世界なんて変えたくないよ……』
「変えてもいいんじゃないかい?」
 かけられた言葉に少女が弾かれたように頭をあげると、そこには狐狐面を被った男の姿。全身が白に統一されたその姿は神秘的な姿であった。
「世界って言うのはなにもその言葉通りじゃないさ。君が見ている日常、でもあるヨ」
 失礼、と少女が握る絵馬の文字を見ればなるほどと男は呟いた。
「願い事は、告白の成功? いいねえ、きっとうまくいくよ。自分を信じたまえ」
 だって君は君の世界を変えられるただ一人の人間なんだから。
 男は笑みを浮かべると姿を消した。

 この後すぐ、少女は勇気を出して意中の幼馴染に告白すると見事に成功した。
 その噂から「白い狐面を被った美男子と会うと願いが叶う」という噂がまことしやかにささやかれ、猫の国の噂を塗りつぶしたという。
「功徳のある稲荷神社として噂になってもらうつもりだったけど……ワタシの事までついてしまったネ」
 噂は尾ひれ羽ひれつくもので。

十・十
平野・空


 人間の姿に化けた|平野・空《たいらの・そら》(野良ティラノサウルス・h01775)は現地調査のためにとある場所に向かっていた。
「――ここだな」
 スマホを確認しながら目的地へとたどり着いたそこは町の一角に存在する小さな公園だ。
 かなり古くからある公園ゆえか遊具はブランコのみ、周辺には大きく成長していたであろう広葉樹の切り株が乱立しており、どこか物寂しさを感じる。
 だが何も彼は遊びに来たわけではない。
 空が周囲を見渡すと、目的のソレを見つけた。
『可愛いねぇ……』
 視線の先には公園中央のやや離れた所に猫が集まっており、その端っこにはその猫の集団をうっとりと見つめる女性の姿があった。
(あれは……服装からしておそらく近所に住んでいる住人か。話しかけてみるか)
 猫好きと思われるためにペットフードを手に持つと女性の元へ向かう際に、空は小さく言葉を紡いた。
「俺はあの女の人から話を聞く。あなたは猫の方を頼む」

「はいはーい、承りましたでごぜーます」
 バトンタッチするように、何もない場所から突如少年――|十・十《くのつぎ・もげき》(学校の怪談のなりそこない・h03158)が姿を現した。
(「蛇の道は蛇、つまり猫の道は猫に聞くのが一番ごぜーます」)
 直ぐに猫の集団から目星をつけてとある一匹に近づくと、動物会話を駆使して話しかけていく。
「にゃーにゃ(あんたがこの辺りを仕切ってる奴でごぜーますー?)」
『なぁーん?(む、なんだおめー)』
 厳つい猫――このこの地域のボス猫は突如現れた十に警戒心を示した。
 なおこれからの文章は副音声部分のみ表記しますので各自可愛い鳴き声を想像してください。
「この地域の調査でごぜーます……ッ」
 十の表情にわずかに痛みの表情が滲んだ。
 十は幽霊であるため文字が擦り切れた御守りを使って実体化しているのだが、それはかなりのデメリットで。
『おいあんた大丈夫か?』
「なんでもねーでごぜーますよー。んで、大将、最近変わったことがごぜーませんか?」
『あー……最近周りの奴らが居なくなってきたんだよな』
「お仲間減って大変じゃごぜーません?」
『あー仲間、の姿をしてるんだが。何だろうな、俺らと違うんだよ』
「違う?」
『挨拶すればちゃんと返すしコミュニケーションも取れるんだがな、猫集会にも参加しないんだ。普通ならどっかに所属するはずなんだが』
「なるほど。その集団に属さない猫さまが居なくなってるんでごぜーますね」
 どちらへ、と問えば寝転がっていた猫が上半身だけおこし顎で公園の外の道を指し示す。
『人間が連れていったぜ。でけー車に乗せてな。アイツ以外にも何猫か乗っていたようだ』
「ほぅ。ですがそれだと保健所や保護に来たパターンもごぜーますなー」
『俺らの事なんぞ見向きもしなかったんだ。なんかあんだろ』

『少年がねこちゃんと戯れてる……かわいい……』
 十とボス猫がにゃーにゃー言い合う周囲から見れば滅茶苦茶かわいい光景で、公園にいた女性ももれなく魅了されていた。
(彼に任せて正解だったな。後は俺の方も情報を手に入れようか)
 すり寄ってきた猫の頭を撫でながら、空は隣にいる女性に話を切り出した。
「そういえば最近猫に纏わる噂を聞いたんですが」
『ああ、そうそう。猫の国にいくって奴よね? ぱっと聞いた感じだとちょっとロマンチックだけれどやっぱり悲しい話よね』
「その噂ってこの地域を中心に流れてきているんですけど、何か変わったことありますか?」
 そうねぇと空の手の中でごろんごろんしている猫を見ながら女性は思案し。
『そういえば最近猫を捕まえるカゴを持って近所を回る男の人がいるのだけれど、その人がちょっと離れた地域に住む人たちなのよ』
 その人は知り合いというわけではないが、よくスーパーで見かけるため記憶に残っているという
「保護団体の人なのでは?」
『違うと思うわ。本当に最近の話だし、何より行動に愛が無いのよ、愛が!』
「愛」
『そうよ! カゴの中の猫ちゃんが怯えてるのに声もかけないし。それで聞いてみたよ『どこに連れていくんですか』って。そしたら『動物病院に』ってはぐらかされたから……滅茶苦茶あやしいのよ』
 あの時助ければよかった! と怒る女性を嗜めながらその男性の所在を聞くとどうやら山間部の集落に住んでいるらしい。
(「情報は集まった。すぐにみんなと合流……」)
「にゃーでごぜーます」
『にゃ~』
『かわ~』
 猫とじゃれつ十、そして可愛いを連呼する女性。
「もう少し、此処にいようか」
 空は観念して近寄ってきた茶猫の頭を撫でてやるのだった。

フランキスカ・ウィルフレア


「『クヴァリフの仔』、ほうっておくとなんだか厄介なものになりそうだからちょっぴり回収がんばるね!」
 えいえい、おー!と小さな腕を上に上げるのはフランキスカ・ウィルフレア(絵本の妖精・h03147)。きらきらと輝く金色の瞳にはやる気に満ちていた。
 それは先ほどの意気込みも理由の一つである。しかし、それよりも気になる事があったのだ。
「怪異っていってもねこちゃんなの。ねこをいっぱいつかまえるのはちょっと……ううん、だいぶかわいそうなの」
 心優しい少女は怪異であろうとも巻き込まれた命にも慈愛の念を注いでいたのである。

『はぁ、猫ちゃん可愛い……可愛いけど猫ちゃんが猫の国に行ってほしくないなぁ』
『なぁ~ん?』
 フランキスカは公園で地域猫を愛でる女性を見つけると、こんにちはと挨拶をしながら近づいて行く。
 女性をちらと見ると猫を撫でる手がとてもやさしい事から長年猫に愛を持って接しているんだなと察せられた。
「猫ちゃんかわいいですね」
『でしょう!? 特にこの子は人懐っこくてこうやって撫でさせてくれるのよ』
 そう言いながら猫を撫でる彼女の手は優しいものの、表情はどこか寂しそうで。
『この子はもう年だから……ね』
「猫の国に行っちゃうのを心配してる、の?」
 猫の未来を憂う女性にフランキスカは知ってる?と言葉を紡ぐ。
「……あのね、噂の続きを聞いたの。猫の国に行っちゃった猫ちゃんは、時々この世界に帰ってくる、って」
 猫の国は猫の楽園。大好きなご飯も寝心地抜群な寝床もあるし、どこで爪とぎしても怒られない。だけれど楽園には大好きな人間がいない。
 だから猫は時々大好きな人に会いに来るためにこっそり帰ってくるのだ。
「直接は会えないけれど後ろから鳴いてみたり、物を倒してみたり、アスファルトに足跡を付けたり……人間さんに僕はここにいるよって教えてくれるの。だから猫ちゃんと会えないのは寂しいけれどずっと離れ離れになるってわけじゃない、んだって」
 紡がれるは御伽使いの御伽噺。誰もが知る心を揺さぶる傑作でもないけれど、誰しもの小さく心に残る物語。
 その話を聞くと女性は猫とフランキスカを交互にみやり――猫を撫でる手とは別の手でフランキスカの頭を撫でる。
『あなたはとてもやさしいのね』
 女性とて本気でどちらの噂を信じているわけではない。
 だが、誰かの――本当はフランキスカの――『あったらうれしい』の思いが籠った噂の方が幸せになれると思った彼女はフランキスカの噂を信じることにした。

 ――猫の国に行った猫たちは時々大事な人に会いに来る。
 そんな噂は以前の噂を優しく塗り替えていったのである。

玉梓・言葉


 噂がたつ地域の中心街にある小さな古い居酒屋。染み付いた古くさい油の臭い厚みのあるテレビ、赤い机、ポスター、あらゆるものが昭和を感じさせるこじんまりとしている店であるが、煙草はOK、昼の時間帯であっても酒を提供してくれる場所である。
『はい、日本酒とイカの塩辛ー』
 年配の女性が何回目かの注文の品を並べ去っていくのを見届けると、|玉梓・言葉《たまずさ・ことば》(|(紙上の観測者《だいさんしゃ》・h03308)はゆるぅりと煙管の煙を燻らせる。
「くばりふ……は、よう分からんが猫は見たいのう」
 青年の見た目に合わない年季を感じさせる言葉を紡ぎながら、この地域の噂に想い馳せる。
 猫を、正確には猫型怪異を連れ去る事実を隠蔽する噂。猫が好きな身としては事件に巻き込まれるのは本意ではない。
(「そしてこの噂の中には何が潜んでいるのか――」)

「……さて、そろそろくるかのぉ」
 酒を徳利に手を付けようとした瞬間、小さなちいさな形代が徳利の上にちょこんと降り立った。
「おお、帰って来たか。どれ、お主の目で見たものを聞かせておくれ」
 ちょんと触ってやれば言葉の脳内に形代が見た光景が展開される。
 鬱蒼とした危機が覆い茂り路が悪い中走る大型のバン、怪しげなお札が貼られた車内に積まれる猫のケージと怯えた様に納まる猫、運転手を務める男性の姿。
「どう見ても行き場所は保護センターや保健所ではなさそうよな……」
 ふと形代の異変が目に入った。
「む、おぬし。何やら汚れ……泥がついておるの」
 まだ乾ききっていない事からそこまで遠くは無い、おそらく20~30分ほど離れた山の中。
「ふむ、ここから近い山といったら数も限られようて。どれそろそろ……」
『揚げ出し豆腐』
「……まずはこれを食べてからにしようかの」
 ここの揚げ出し豆腐は絶品だと住民から聞いたのだ。一人で行くにもまずは情報共有も必要だしまだ時間はある。
 そう言い聞かせながら大豆の甘みを感じる豆腐を堪能すると、言葉は店を出るのであった。

不動・影丸


 昼間は誰も寄り付かないような薄暗い路地裏に影が立っている。
 影は子供、少年と言って差し支えない年頃の男の形を取っているが黙して動かず、注視しなければいることすら分からない程に空気に溶け込んでいた。
 ふと、少年――不動・影丸(蒼黒の忍び・h02528)が灰色の双眸を開く。
「――そろそろか」
 『彼らに』情報収集を頼んでから数刻が経った頃。
 影丸は懐から忍笛を取り出し、息を吹き込む。
 人間には聞こえない音が響き渡り、十秒。犬の鳴き声を皮切りにスズメ、野良猫が姿を現した。
「来たな、報告を頼めるか?」
 ならば私が、と首輪がついた凛々しいながらも愛らしさを出す柴犬が影丸の前にすっと出た。
『わふっ!(この辺りで飼われている同胞たちに聞いたところによると、縄張りに侵入していた猫が不自然に減っていることから噂は本当の様です。今日は証猫としてこの猫をつれてきました)』
『なぁ~ん(猫代表よ。至る所に罠を仕掛ける変な人間がいっぱいいたの。今までもいたけど罠にかかってる餌が普通じゃなかったわ)』
「普通じゃないって?」
 動物会話で話が通じる影丸が問えば猫は再び低い声で鳴く。
『ぐぬぁ~(私たちを捕まえようとする人間が仕掛ける餌って美味しすぎるのよね。でもその罠に入っていたのはぶよぶよしてて……腐っているのかしら、変な匂いがする餌で私は到底食べたくない無かったわ。でもほいほい食いついていった子もいたわ)』
「(ぶよぶよしてる……まさかクヴァリフの仔を餌に……?)」
 いやしかし。取り込めばパワーアップするというクヴァリフの仔を流石に餌にはしないかと考えを改めると影丸は最後の証鳥であるスズメの報告を受ける。
『チュン!(頑張って聞いてきました! 猫たちを捕まえた『紫色』の大きな車はこの街の外へ行ったようです!)』
「紫? 珍しいな」
『ばうっ!(主、鳥の目から見た色なので実際は違うかと)』
『ちゅ(はっ……えーと、『雌のカラス色』と言えばよろしいでしょうか!)』
「なるほど……」
 これから向かう拠点に鳥から見た『雌カラス色』の車があれば、儀式に関与する人間が近くにいるかもしれない。
「ちなみにその車がどこに行ったかは分かる者はいるか?」
『にゃーん(保健所とは別の方向までしか分からないわ)』
『わふっ(そいつらはぐるぐる回っていたせいか詳しい経路は分かりませんが、匂いは山道の道へ続く道が薄かったです)』
『ちゅっ(頑張ってカラスに聞いたら集落が一つだけある山があるんですって)』
「なるほど、保健所は街の方だからその周囲の――山の集落だな。そこに雌のカラス色の車があれば確実か。貴重な情報提供、感謝する」

 柴犬以外に別れを告げた影丸は一度他の√能力者と合流しようと振り返れば、路地裏の住宅の隙間遥か遠く、青い輪郭を描く山脈が見えた。
「――怪異が敵であり資源でもあるとは難儀な√だ」
 国の機関が自国の利益のために活動するのは当たり前の話であり、そこに彼異論を挟むつもりはない。
 だがしかし、その為に別国の人々を加害する事を厭わない『簒奪者』、簒奪者がいる可能性があるなら話は別。
「怪異を倒し仔を回収する。
 この忍務、必ず成し遂げる」
 彼が歩みを進めて数歩。電柱を後ろを通り過ぎた時には彼と付き従う柴犬の姿は無くなっていた。

第2章 冒険 『奇怪な因習を探れ!』



 『車は山間部に向かっていた』『山間部の集落の住人が猫を集めている』『拠点に行く途中に追跡者に土がつくような舗装されていない道路がある』『鳥から見て紫色の車』の情報を元に、√能力者は先ほどの地域からさらに山に入った集落へと足を踏み入れた。
 ぐるりと辺りを見渡せば住宅の数は20軒あるかどうかか。
 ここの住人全員が猫誘拐の関係者の可能性もある。見つからない様に、慎重に――
『おや、観光の方かい?』
 と思っていたら早速住民に見つかったが儀式に関係がいないからか、それとも先ほど√能力者が流した噂のせいか、彼から警戒の色は見えない。
 聞くと今日は猫をまつる神社の例大祭らしく、その噂を聞きつけた観光客も時々であるが訪れるのだという。これを利用すれば住民に警戒されず移動できる範囲は広そうだ。
 しかし、恐喝したり不用意に住宅に侵入し住民に見つかるなど住民に警戒されるような行動を多々取れば集落に潜む事件の関係者が異常を察知し行動を早める可能性もある。

 あなた達はこのまま観光客を装い例大祭に行ってバンとそれとなく召喚の儀式について情報を集めるのも良し、住民の目を盗んでバンと所有者を見つけだして儀式の場を割り出しても良い。または別の方法で情報収集をするのもよいだろう。
 

●マスターより
 ・村への聞き込みパートになります。噂の流布と直接の調査が少なかった影響で村には大きな異変がありません。ここで得た情報次第と行動で3章がボス戦になるか集団戦になるかが変化します
 ・住民全員が事件の関係者なのか、一部だけなのかはまだ分かりません。なお、皆さんに対する警戒心は今のところありません
 ・住民が警戒するのは行動だけであり、見た目は判定に入りません(リプレイ内ではフレーバーとして驚かせはします)
玉梓・言葉


 猫を祭る神社のお祭りは華やかな物だ。
 神社内にはまたたびが植えられ、飾りに猫が喜びそうな猫じゃらしを模した飾りがたくさん。
 さらには猫の絵が刺繍されたお守りや猫鈴、ありがたい祈りがこめられているという猫ちぐらなど商売の方も逞しい。
 出店もこれまた猫型クッキーが表面に張り付けられたチョコバナナ、猫型容器に入った飲み物、フライドポテトなどこれでもかという位に猫に溢れていた。
「猫をまつる祭りとは愛い事間違いなしじゃ」
 すれ違う人々の腕の中で、もしくはリードの先で猫がつかの間の外の自由を謳歌している事から猫好きが集まっているのも確かなようだ。
 かくいう玉梓・言葉 も頭に猫のお面や猫じゃらしを模したチェロスをまったりと祭りを謳歌。うっきうきである。
 しかし調査の事も忘れてはいない。ちょうどよく境内で休憩している巫女さんに声をかけると彼女は快く質問に応じてくれた。
「折角の祭りじゃから堪能したい。今日一番の見所は何じゃろうか?」
『そうですね。やはり猫くぐりが一番かわいいですよ!』
「ねこくぐり?」
『飼い猫さんが茅の輪を潜って――と、今始まるようです!』
 彼女に促さられるまま茅の輪の方を見ると猫とその家族たちの姿があった。
 茅の輪を挟んで飼い猫(リードも付けている)と一緒男性がに、茅の輪の反対側にいる女性は箱状の物を構えている。
『ちこ~!』と反対側の女性が愛猫の名を呼べば茅の輪を潜り、そのまま女性が横に抱えている箱の中にずさー!と納まっていった。
「なるほど、あれが猫くぐりか」
『ね、かわいいでしょ?! しかもあそこをくぐりぬけると一年無病息災、元気でいられるって謂れがあるんです』
 興奮冷めやらぬ女性の横で言葉はある違和感を覚えていた。
「ここの猫は全員外部から来た飼い猫なのじゃな。神社に住みついている猫はおらんのか?」
 言葉が周りを見れば猫が見える、しかし、全ての猫がリードを付けて飼い主の腕の中に納まっているのだ。
 もちろん散歩させるならばこれが正しいのであるが、それでも猫を祭っている神社となれば放し飼いにしていたり、半野良が我が物顔で歩いていてもおかしくないはずだ。
 女性は一瞬言葉に詰まると――言葉にだけ聞こえるような小声で答えを語る。
『この神社は猫を祭るし猫をつれてくると彼らも元気になるんですが……一方で猫が一匹だけで近づくと消えてしまうという言い伝えもあるんです』
「それは一体……」
『詳しい事は分かりませんが、神社に向かった老いた猫はそれきり姿を見せなくなる話もあるんです。
 普段ここには猫はいませんしね』
 神様の元へ行ってるのかもしれませんね、最後女性は冗談めかして笑っていたが、どこか悲し気な物だった。

「――ふむ、ではバンはこちらから北の方に、じゃな」
 形代に姿を変えたインビジブルからの情報を共有しながら、言葉は先の話を思い出す。
「猫を祭るのに普段は猫がいない。いなくなる猫……」
 違和感を感じながらも言葉は猫焼き(猫の形をしたたい焼き)片手に再び神社の調査を続けるのであった。

十・十


「にゃーん、でごぜーますなー」
 祭囃子が遠くから聞こえる森の中に十・十は誰に聞かせるまでもなく挨拶一つ零す。
 最初はお祭りに参加する事も考えたが、如何せん自分は小さな姿。迷子と間違われて住民に余計な気遣いをさせたり、記憶に残られるのも問題である。
 そのため十は情報収集するのに別の手段を取ることにした。
「おっ、いたでごぜーますな」
 ふよふよと辺りを周回する、メダカのようなインビシブルに目を付けると十はちょんと指先で触れると、インビジブルはポンと軽い音と共にスズメへと姿を変えた。
「こんにちはーでごぜーます。最近変わったことはごぜーませんか?」
『やぁやぁこんにちは。最近かー。猫が増えて困るんだよねー身の危険が増えた』
「インビジブルも猫に襲られるんっすねー」
『いやー怖いよー特に猫型の怪異? って奴もめっちゃ増えたもん』
(「猫型の怪異。この辺りに集められているのは確かっぽいでごぜーますな」)
 身振り手振り(?)でその時の恐怖を表現するインビジブルをいたわりながら十は質問を重ねていく。
「どこで襲われたんです? やっぱりこのあたりでごぜーます?」
『えーとね、猫神社の裏とね、この集落の端っこ。 特に神社の裏の奴は狂暴で、はじっこ側は数が多いよ』
「端っこには何があるでごぜーます?」
『うーんなんだろ。家数軒といっぱいの車と森しかないよ』
 インビジブル曰く、集落の真ん中に神社があり、インビジブルがいう端っこは北側の方だという。
(「車が複数、周囲は森……なにかするにはちょーどいいでごぜーますな」)
「なるほど。ありがとうごぜーます。それじゃあ元の姿に……」
『いやいや、暫く自由な鳥の姿を楽しませてもらうよ。うおーアイキャンフライ!』
 十が何か言う前に鳥の姿になったインビジブルはどこかに飛び立っていった。
「いや、どっちの姿でも飛べるじゃねーですか……って言うが早いかでごぜーますな。しかし北側でごぜーますか」
 さて、と先ほどの情報を整理すると異変は二か所。
 ひとつは狂暴な猫が増えたという神社のある場所。もう一つは猫の数が増えた集落北部。
 神社は分からないが、北側には目的のバンとおそらくこの事件の首謀者である狂信者が潜んでいることだろう。
「ひとまず気になる方へいってみるでごぜーますか」
 ふいに森の中に風が吹き、枯葉が舞い踊る。
 風が止んだ時、誰かがいたその場所には、誰もいなかった。

平野・空


 祭囃子が聞こえる。猫の鳴く声が聞こえる。人が行き交い笑う声が聞こえる。
「んー、猫型怪異に限定してわざわざ集めてて、集めた先の集落には猫をまつる神社がある、か」
 平野・空はその喧噪の前にいた。
 バンを見つけなければとは思っていたが、猫に纏わる神社というのならもしかしたら新情報があるのかもしれない、と思ったのだ。
「無関係の可能性も0じゃねーが、まずは調べてみるか」
 神社に入る前に足を踏み入れたのは神社の駐車場と臨時駐車スペース。
 バンは何台かあったがどれも業者向けの様の様で中には調理器具や屋台を組むのに必要な機材が残っていた。
「ここには無いみたいだな……」
 ならばと次に向かった先は神社の境内。参道の周囲には縁日ならではの出店や、猫を模したクッキー、猫じゃらし型のチェロス等やはり猫に肖った食べ物が多い。
 猫潜りなるイベントを横目で見ながら、狛犬ならぬ一対の狛猫の横を通り過ぎ神殿にてお参り後。さて、どこを調査しようかと空が思案しているとふと、視界の横に黄色い紐が目に入った。
 近寄ってみると神殿の裏には周れない様になっていた。
『ああ、そこは祭事中だから進入禁止なんだ。悪いね』
 近くの警備員に尋ねればお祭り中だから一般人が入れないように規制しているとの事。
「こういう時はそういうもんかな……」
 人の目が届かない所で事故があれば色々と大変なのだろう。そう納得して去ろうとしたとき、アレが目に入る。
 隠れるようにして停車しているが、大きな黒いバンだ。
「……調べてみるか」
 警備員の目を盗み規制線の向こう側へ潜入し、周囲に誰もいない事を確認してから車に近づいた。
 車の中には何もなかったが、そこにはお札が貼られているのが見える。
「これ、どこかにつながっている」
 また、車のタイヤ跡が本殿の裏側に獣道の様に隠された場所に続いているようだ。もしかしたらこの先に狂信者たちの拠点があるのかもしれない。
 一先ず戻ろうかと空が立ち上がったその時。

 ――にゃぁおーん

 小さく、本殿から少し離れた建物から猫の鳴き声が響き渡った。

不動・影丸


 不動・影丸が神社の中で聞き込みを行うと、現在この神社の本殿裏が立ち入り禁止区域になっている事が分かった。
 立ち入り禁止区域――こちらは忍犬と忍猫に頼む事にし、自身は情報を整理しながら茶屋でわらび餅を頬張っていた。
 ーー決して自分だけ休憩していたわけではない。これも重要な情報収集なのだ、そう言い聞かせ一口パクリ。
「これはうまいな。餅も猫の形をしていて土地柄を見出だせてる」
『ありがとうございます』
 この集落で長い事甘味屋を営んでいるという店主に声をかけると、彼は人の良い笑顔で礼を返した。
「ところで店主、聞きたい事があるのだが……この神社は何なのだ?」
 店主にこの神社について声をかければ彼は快くこの神社について語ってくれた。
『詳しい事は境内にも書いてはいますが……そうですね、私は祖父からこう聞いております』

 ――今からおよそ800年ほど前、この辺りは山で勾配が激しい場所であった。
 そんなある日村に住んでいた心優しき少女が可愛がっていた猫を探している間に足を滑らせて死んでしまったのだ。
 その霊を慰めるために人は祠を建てた次の日から年老いた地域の猫が姿を消した。このことから先に死んでしまった少女が老いた猫を迎え入れ、天国で可愛がっている――。

 要約するとそんな話だった。
「祭られているのはかなり身近な存在なのだな」
『ええ、箔をつけるため今では猫菩薩などと言われていますが……正体は普通の少女でしょうね』
 だが神話や伝承というのはそんな物でしょう、と店主は笑った。
「……」
(「先ほどの猫の国の噂に似ている部分もあるか……?」)
 もしかしたら狂信者たちはこの話を噂に改変して猫型怪異を集めていたのか……。
 思案に暮れていると近くの木より烏が影丸を呼び止める声が聞こえる。
『かー……見つけましたよーカラスの色のバン……』
 震え声なのは近くを猫がいるからか。
 ――実は忍獣の中には鼠もいるが、猫が多いから調査に出すのは流石に諦めた。今は影丸の懐で丸くなっている。--
『雌カラス色のバン、ちょーど本殿の裏にありましたー!もうなんかあやしっすよ!』
『――本殿の裏からは猫らしき匂いもしました!』
『同胞?とあと人の声も聞こえたしあそこで何かしてそうよ』
 カラスに続いて忍犬と忍猫も姿を現し、本殿の裏が怪しい事を教えてくれる。
「確実に仔に近づいているようだ。頼もしい相棒達に感謝だ。すぐに向かうぞ」
『『『りょうかいー!』』』
 散開する忍獣たちの後を追うべく立ち上がり――影丸はわらび餅をふりかえる。
(「後で皆の分も用意してあげよう」)
 動物を祭っている事もあり動物用もあるというという。
 事件が終わったら買ってやろうと小さな決心を胸に秘め、影丸は本殿の裏へと向かったのだった。

五十音・バルト


「ネコの怪異を利用した儀式を、ネコを祭った神社のお膝元でやるとはね」
 罰当たりなことダ、五十音・バルトが紡いだ言葉は閑静な集落の空気に消えた。
『あれ、お祭りの会場はこっちじゃないわよ?』
 バルトが集落の中にある神社から少し離れた集落の中を歩くと住民が声をかけてきた。
先の話にもあった様に観光客も多いようで、彼女の話しぶりから察するにバルトがいても大きな警戒心は抱いていないようだ。
「いやいやすみません。神社についてちょっと聞きたい事がありまして」
 神主さんは忙しそうですし、聞くなら現地の人のほうが詳しいでしょうと添えれば、分かる範囲ならと彼女は了承する。
「あの神社ってとても猫が多いですよね。昔からですか?」
『いいえ? 猫を祭ってるけど猫が多かったわけじゃないらしいわよ。昔ネズミ捕りをして人との生活に馴染んでいた猫のうち、その死期を悟った子が自然と集まったのがあそこらしいわ』
「つまり猫供養の場所、なのですかね?」
『ということになるのかしら。供養とは関係ないけれど昔話に猫探したらあの場所で死んでいて、悲しんでいる間に姿を消したなんて伝説があるわね』
「猫と死に関係する神社というのも珍しいですね。やはり入ってはいけない場所もあるのでしょうか。禁足地とか」
 無いわね、と言いきる前に、そういえばと女は思い出したかのように言葉を繋ぐ。
『禁足地……という訳ではないけれど、本殿の裏側には近づかない方がいいわ。最近、変な猫と会う事が多かったり、どこから鳴き声がするのよ』
 どうやら狂暴な猫が出るというのも最近の話の様で住民もあまり近づかなくなっており、今回の例大祭でも危ないからと立ち入り禁止になっているようだ。
「なるほど……ありがとうございます」
 あとで行ってみようと警告を無視しながら脳内で計画を建てながらバルトはもう一つ聞きたい事があるのです、と言葉をつづけた。
「お伺いしたいのですが――」

「『ねうねういたれやおいたねこ
 ここはおまえのいたるとこ
 猫菩薩のお膝元
 そこがおまえの終の家』……」

 
 猫神社の本殿の裏、規制線の前でバルトは優し気な低音で先ほど教えてもらった童謡を口ずさむ。
 瞼の裏に映るのは視界内にいる――規制線の向こう側を漂うインビジブルが見る世界。
 視線の先、そこには空のケースが積まれた黒いバンがあった。
 きっと本殿の裏、この木の扉の向こう側に狂信者が、そしてクヴァリフの仔がいるのだろう。

 猫神社、猫菩薩、猫の国、本殿の裏、消える猫――

「さて、彼らは全て実在してるのだろうか?」
 夕暮れの中、バルトは微笑みを崩さぬまま非日常--規制線の向こう側へと足を踏み入れた。

第3章 ボス戦 『神隠し』



 猫祭る神社、その神殿の裏口はそこ見えぬ地下に伸びていた。
 昏い階段を降り切った先に広がる大広間の床に大量の蝋燭の光が細長い人とそして猫たちの影を映し出す。
「なんだお前達!」
――にゃーにゃー
「さては汎神解剖機関の奴らか。邪魔はさせない」
――なぁおおーん
「『猫菩薩』様にこいつらの力を捧げれば、菩薩さまはもっと我々を、猫様を救済へと導かれるはずなんだ、邪魔はさせない!」
 姿虚ろう猫の悲し気な鳴き声響く空間で能力者達の姿を認めた人間たちが排除を試みようと武器を構えると同時に、蝋燭の火が、揺らめく。


 ――いない。
 それは瞬きの間に、脳が像を結び直すよりも早く。
 そこいたはずの信者が、猫の姿をした怪異が、姿を消した。
 蝋燭の灯りが映し出すのは不定なる存在と、背後に大小さまざまな『手』を背負う一人の少女。
「――ねこ」
 周りに落ちる不定を撫でながら少女は歌を紡ぐ。
「――ねこ、ねこ、いま、いずこ」
 声に反応するように集まった不定が彼女の――背後にある手に撫でつけられれば一体、また一体と姿を消していく。
 最後の一体が居なくなった時、彼女の目が能力者達の方へと向けられる。
 その目は目の前の能力者達を写しているようでいて、どこかにいる遠くの何かをずぅっと見つめていた。
「ねこ、ねこ、いまいずこ
 わたしはここにいる
 いま、いずこ
 ――わたしの、|ねこ《愛し仔》」
 貼り付いた薄笑みを湛えた泣き顔を変えずに少女は両手を広げた。
 今や会えない|ねこ《愛》を求めて。
十・十


「君の爪は僕の爪、君の牙は僕の牙、君の恨みは僕の恨み」
 どうして。
 いやだよ。
 たすけて。

 猫の嘆きと恨み声が聞こえる。
「力を貸して、一緒に戦おう」
 声に応える様に、見えない力が十に合わさる。そして十の姿が変わる。
 ふわふわした毛に覆われる紫がかった耳、そしてくにゃりと曲がる――
『ねこ、ねこ……?』
「おっ、反応するんでごぜーますな?」
 ちりん。首輪についた鈴が鳴る。首輪の主である猫の姿になった十・十に首を傾げつつも、少女の意志に呼応するように彼女の背後にいた手が十へと向けられる。
 |腕《かいな》が伸び、腕が又割き、手が枝葉の様に伸びていく。まるで木の様に広がることで相手を逃がさないという様に。
 腕が増えていく毎に一面の蝋燭を、地面を、空間を抉っていく。
 襲い掛かる手腕を前に十は恐れることなく、一本の腕にひらりと乗り移ると音もなく彼女の元へ走っていく。
「でも、変わりを別猫に求めるのは駄目でごぜーますよ? 猫にも、他の猫にもしつれーでごぜーます」
『違う』
 ふつり言葉をつぶやくと同時に腕の動きがのびやかな物から乱暴な動きの物へと変化する。
『あの子はそこにいる。ここにいる……!』
 十の言葉から目を背けるような独り言をつぶやく間にも十を、能力者を蹂躙すべく腕は動いていく。
『ねこ、ねこ、ねこ……わたしの、愛し仔!』
「――ぐっ!!」
 彼女の感情が遂に十を捉え、嵐のような怒りに滲む腕が十の体を床に叩きつけた!
 叩きつけられた十は地面を何回か転がり――そのまま動かなくなる。
『……あっ』
 後悔と絶望を混ぜ合わせた表情を浮かべながら少女はあわてて十の元へと駆け付けようとしたその時。
 猫の--十の顔が少女の目の前にあった。
「知ってごぜーます? 猫には9つの魂が備わっているとか」
 猫の目を細めると少女の目を真っ直ぐ見つめ、
 渾身の猫パンチが、少女の頬をうつ!
「にゃにゃにゃにゃ!!」
 十の攻撃は止まらない!
 猫パンチから続く往復ビンタ、ビンタ、ビンタ!
 ビンタを喰らい、なぜかちょっと幸せそうな少女がよろめきながら、距離を取ろうとするも――これも十の√能力によって引き寄せられることで無意味な行動となる。
 そして十は彼女の懐に潜り込むと、体を回転させながら、しゅたーん!飛び上がった!
「これが犠牲になった猫のちからでごぜーます! 昇猫拳!!」
 猫の恨みがたしかに彼女の胸を抉ったのだった。

玉梓・言葉


『ねこ、ねこ……私の愛しい仔……!』
 少女が猫を求める愛が零れるたびに彼女の背後から手が現れ手当たり次第の物を掴み、背後へと引き込んでいくのを翁――玉梓・言葉はそれらの伸びてくる手を案外丈夫な番傘でいなす。
「猫を探しておるのか」
 少女が猫を求め周囲に当たる様はまるで幼子の駄々のよう。
 歴代の持ち主の一生を間近で見てきたからであろうか、言葉は幼子が泣けばどうにも甘い。目の前で幼子泣けば手を取って涙を乾かしてやりたいし、幼子の目の前の願いを叶えてやりたいと思う願いも生まれよう。
 しかし、その行動が彼らにとって必ず薬になると限らない事も、言葉は知っている。
「ここにはお主の猫はおらんよ」
『どうして、ここにねこは、いるの……いるのよ!』
「お主の周囲の『それ』が求めていた物とは違うじゃろ?」
 時には彼の行動を諫める事も幼子がこれから生きていく事にも必要な事である。
「どうか、猫たちを静かに眠らせてはくれまいか」
『ねこ、ねこ……!』
 ぼたりぼたりと黒い粘性の物を生み落とすさまは涙を流すよう。
 彼女はそのまま感情の次第に再び手を辺りに展開していく。
「--そうか、ならお主もせめて猫の元に行けるよう、儂の猫で葬ってやろう」
 声に応え、彼の背後の闇から黒い猫が音もなく姿を現す。
 この空間を形成する闇が猫の形を取っていると言えばいいのだろうか。少なくとも、姿かたち、大きさも猫のように不定であることは確かである。
 闇から覗く目が|少女《獲物》を捉え、闇から伸びた尻尾が器用に少女から伸びる手毎捕まえる。
 そして、地を這うように低い位置からの|強靭な腕からの一撃《猫パンチ》が少女を捉えるのだった。

『|ねこ《あのこ》、ねこはどこ……!』
 少女が暴れて拘束を解くと言葉と|黒猫《ミケ》から距離を取った。
『ねこ、ねこ、ねこ……!』
 怪異となってもなお、猫を探す少女の姿を見て、言葉は背後にいる黒猫にだけ聞こえる声で囁く。
「……ミケや、お主も心残りがなくなればいつでも儂の手を離れても――」
 たし。
 最後の言葉は背後から伸びる手に止められて叶わなかった。

平野・空


「げ、猫が連れていかれちまったか」
 突如消えた人と猫、突然現れた少女に対し平野・空は驚きを隠さない。
「取り戻せるのかなこれ?」
 彼女を倒すか、もしくは説得すればもしかしたら……と猫が戻ってくる可能性を考えるも、空にとって頭脳を使って交渉するというのは難しいものという認識だ。
――で、あるならばやる事はただ一つである。
 大きく息を吸い込み、気合を入れた。
 大きな音と煙と共に現れたのは――超巨大なティラノサウルス!
 これが、これこそが空の真の姿。氷河の時代より生きてきた大古の生物が空の真の姿なのである。
「俺は難しい事は得意ではないが……やれるだけ、やってみるかね!」
 できることがあるならやる事は一つ! | 全力全開《すごくがんばる》!それひとつ!
 空は意を決するように咆哮を上げると少女へと駆けていく。
 その間にも虚空より生まれ出た無数の『かみのて』が捕えようと蠢くが、それらの動きを空の巨躯を活かした暴力と蹂躙力でねじ伏せていく!
『こないで……!』
 巨体が襲いに来ることに恐怖を覚えてつつも少女は『かみのて』を増やしていく。しかし、太古の生物のシンプルな戦い方に勝てる程力を彼女は有していなかった。
 そしついに、彼女の目と鼻の先に恐竜が立つ。
『あっ……』
 食べられる。本能的に理解してしまった少女が体を竦めたのを見て空は――
「なあ、君が今連れて行った|子《猫》たちにもさ、大事にしてくれる人が、可愛がってくれる人が居たんだよ」
『えっ……』
 上空から降って来たのは咆哮でも怒声でもなく、優しい言葉だった。
(交渉は苦手だ。けど、自分の思いを言葉にして語り掛ける事は、できる……!)
「君が、昔そうしていた様に」
『ねこ……』
 言葉を聞いた少女が膝の上の虚空を撫でた。
 まるでそこに納まる、生き物がいるかのように。
「……大事だったのかい」
『ねこ……私の愛おしい仔……』
 そのまま虚空を撫でる少女。何もいない、何も見えないのに彼女の目には確かに何かがいるようで。
 彼女も猫を大事にする心を持つのなら、わかってくれるだろう。
「……だから、帰してやってくれないか。猫ってのはさ、帰る場所は自分で選べるものなんだ」
 君も、猫がそういう生き物だって知っているだろう?
『ねこ……』
 少女の腕の動きが止まった――次の瞬間、腕の数が増えていく。
『ねこ、ねこ……私の猫……!』
 べとり。腕から、手先から零れ落ちるのは粘性のある液体――クヴァリフの仔。
『ねこ、愛しい仔、いなければ……生み出せばいい!』
 べとりべとりと地面にクヴァリフの仔が落ちる毎に、少女の言動は狂気に塗りつぶされていく。
「交渉は一回切り離してからか……!」
 空は意を決し、巨体に力を籠めて彼女に体側面をぶつける!
「すまない!」
『きゃあっ!』
 巨躯を活かした体当たりで少女と腕を跳ね飛ばし、クヴァリフの仔から切り離した!

五十音・バルト
不動・影丸


「……救えなかったか。無念だ」
 不動・影丸は目の前に現れた少女を前に心中で肩を落とした。
 犠牲になった猫型怪異も、できることならばクヴァリフに手駒とされた狂信者たちも救いたかったが、彼らは影丸の前で姿を消してしまったのだ。
『ねこ、ねこ……愛しい仔……!』
 彼らを犠牲に現れた少女も先の√能力者との戦闘の中、クヴァリフの仔の影響が大きく出てきてしまい、今や半狂乱の状況に陥っている。このままではこの場にいる彼らはもちろん、地上のお祭りの参加者も巻き込まれる可能性がある。
「とはいえまだやれることは残っているよ。消えた彼らが帰ってくる可能性はあるかもしれなイ」
 影丸の横からひょっこり顔を出した五十音・バルトが冷静に分析する。
 確かに怪異たちは姿を消した。
 それは彼女の力によって存在が消されたのかもしれないが、彼女は消すことはできず、この世と隔離された場所に幽閉する力を持っており、彼女を倒せれば姿を現す……のかもしれない。
 いずれにしても彼女を対処しなければどうにもならない話である。
「……できるのか?」
「戻ってこない可能性が高いだろうが……まずはこの状況の打開が先決だネ。頼めるかイ?」
 老紳士が依頼をすれば、敏腕の忍者は臆する事もなく頷いた。
「――承った。この忍務、必ず成し遂げる」
 禍々しい空気を纏う少女を前にして影丸は構える。
 瞬間、どんっ。瞬間的に膨れ上がっていく腕、腕、腕が影丸に迫りくる。
「――ジ! クガ! イフリズ! 出よ、倶利伽羅龍王剣!」
 声に応えるように影丸の足元からせり上がるは一本の剣。
 逆手に掴み、倶利伽羅竜を模した炎が巻き付くよりも先に影は動いた。そして、
「行くぞ、お前達!」
『『『あいあいさー!』』』
 呼びかけに応じ忍獣が姿を現し加勢する。
『ねこ、ねこ、ねこぉ……!』
 鳴き声のような叫び声と共に暴風の様な腕が襲い掛かった。
 第一波。まずは袖から放った糸を部屋中に展開し攻撃を止める。
 無論、これで止まる訳もなく、糸の間から腕が触手めいて細く伸び、影丸たちを捉えんと猛然と蠢く!
「ゲコ丸」
『合点承知』
 げこっと鳴き声を上げた大きなガマガエルが舌を使い細い腕をまとめ上げ、そのまま地面に叩きつける。
 ぶちっと嫌な音が響き中、影丸が少女へと近づいて行けば第二波が襲いかかる。先ほどと動きが違う腕たちは影丸を掴んで捕まえるのではなく、複数の手で挟み込む形で捕まえようとする。
 挟みこまれる――次の瞬間、
「倶利伽羅剣よ、力を」
 影丸は剣に宿る空間を引き寄せる力を自身に使って別の地位へ瞬間移動。
 背中でびたん!とぶつかり合う音を確認しながら影丸はちらと辺りを見渡した。
『お前達捕まるんじゃないぞ!』『当たり前よ、掴まって消えたくないもの』『問題ないです、飛べる私が一番しごでき故!』『猫がいないならこっちのもんでちゅー!』
 ――見渡すまでもなく犬、猫、烏、そして鼠が賑やかな声をあげながら部屋の至る所を駆け回り、腕による攻撃を分散していた。
(頼もしい相棒たちだ)
 彼らの尽力に応えるべく影丸は少女の元へ一目散にかけていく。
 そして来る第三波は周囲にあった瓦礫、そして火のついた蝋燭の雨。無限に増えた手々があたりにある物を手当たり次第にぶつけてきた。
 距離としてもこれが最後の攻撃になるだろう。
「それは私が引き受けようか」
 どう対処しようか考えあぐねてると影丸にバルトの声が届く。
 バルトと影丸の距離は遠い。戦闘音が騒がしい空間なら尚更だが、不思議とバルドの声は影丸にしっかり届いた。
「任せる」
「おまかせヲ――♪ネコはいます あの虹の橋の向こうで、今もあなたを見守っています」
 しっとりとしたバリトンの歌が響く。
「♪ネコはいます もしもあなたが泣く時は、その魂はきっとそばに」
 地面に吸い込まれるような心地よい声に誘われるように姿を荒らしたのは――布を被った騒がしいお化け、ポルターガイストたちだ!
「♪さあ歌い騒げゴーストたちよ、世界を変えるぞ好き勝手」
『♪死んだ相手にはもう会えない?』 
「『♪そんな道理は蹴っ飛ばせ!』」
 ポルターガイストはバルトの歌に勝手にハーモニーを奏でると縦横無尽に駆ける。
 彼らは放り投げられた瓦礫や蝋燭を空中でキャッチすると、これは自分たちの本分だと言わんばかりに腕たちに投げ返していく。
 例を見せるように少女に布をかけて視界を塞げば攻撃の嵐はいくらか止めば、忍者にはどう進めばいいか道が見える。
 そして腕の攻撃を掻い潜り、遂に少女の元へ辿り着くと影丸は炎纏う剣を振りかぶった――
 瞬間。
『ねこ、ねこぉ……! いっしょに、いっしょにいましょう!!』
 慟哭の叫び。
 目の前に腕の奔流が現れる。
「……っ!」
(退いても避けられない、ならば……!)
 腕の倶利伽羅を赤く輝かせそのまま一撃を振り切った!
「燃え盛れ、三不善根破る智彗の炎よ!」
『あああああああああああああ!!!!』
 倶利伽羅竜の加護を受けた炎は部屋中に無秩序に伸びていた腕を一つ残らず焼き切った。
 焦げた臭い、消し炭の先の中心にいたのは焦げ付きながらも上半身を何とか起き上がらせる少女の姿。
『ねこ、ねこ……ねこ……もういや……いやなの……!』
 クヴァリフの仔の暴走は止まらない。ぶよぶよとした粘性で周囲を怪我しながら彼女の体を無遠慮に操るとの背後の空間が歪み、新たな腕が生み出さしていく。
「どこまで貶めれば気が済むんだお前らは……」
 再び剣を構えた、瞬間。
 ――さあ、ねうねういたれやおいたねこ、ここはおまえのいたるとこ、猫菩薩のお膝元――
『ねこ……?』
 戦場に響いたバルトの歌声にぴたり、少女が動きを止めた。
 反応したのは昔から地元で語り継がれてきた――少女がどこかで童歌と似ていたからか。
 ――猫菩薩のごぜんにおわすのは、くらくともにしたいとしきねこ――
『あっ、ああっ……』
 何も無い空間に向かい少女は嗚咽づき、崩れ落ちる。
 そして虚空を自身の腕で抱きかかえ滂沱の涙をこぼす。
 しばらく泣いていた少女は顔を上げた。
 泣き腫らした顔が残っている。だが、今までの中で一番生気の感じる笑顔をしていた。 
『――ありがとう』
 その声と共に彼女は姿を消した。まるで、最初からいなかったかのように。
「……逝ったかな」
「……安らかに」
 誰かの息遣いが聞こえるだけになったの空間で、バルドと影丸は犠牲者と犠牲猫、怪異らの冥福を祈るのだった。


 彼女が姿を消したと同時に、先ほどいなくなった怪異型猫と狂信者たちは気を失ったまま姿を現した。消えてから直ぐだったから無事に戻ってこれたのか、それとも彼女が最期の礼として返したのか、それは分からない。
 汎神解剖機関と連絡を取った結果、気を失っている彼らはすぐに来るに機関の職員に任せ、√能力者たちはクヴァリフの仔の回収を行う。
 そして部屋を出ようとした時。
 ちりん、と鈴の鳴る音がした。
「――」
 能力者が音のした方を振り向いたがそこには何もない。
 でも確かにそこに『何か』がいる。
 『それ』は√能力者達の横を通り過ぎ、階段を上り出口へと向かい――そして振り向いたように感じた。
 そして『それ』は確かにこういった。

 ――にゃーん

 それを最後に『それ』の気配は消えたのだった。

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