狂信者は廃墟に集う
「おい、早く帰ろうぜ」
「何言ってんだよ。まだ何も出てねぇじゃねぇか」
とある廃墟に二人の青年が忍び込んでいた。
片方は未知を発見したくてうずうずじていたが、もう一方は辺りに漂う嫌な気配に無意識のうちに気付いていたのだろう。
普通の心霊スポットとは違う。ここには何かいる。その直感が足を震えさせ。
とその時、
「うわぁ!?」
「なんだよ、ビビりすぎだ……って」
声を上げた連れに呆れて視線を向けるも、そこで見つけたそれに、彼も声を失った。
——。
ぶよぶよとした触手が蠢き、それが青年たちへと伸びてくる。
「「うわぁああああああ!?」」
本当に怪物を見てしまったと、二人は慌ててその場を走り去っていった。
そしてその場にもう一つの足音。
「なんだ、一般人か。無駄打ちをしちまうところだったぜ」
低い声が青年たちを見送る。そして彼は、触手を引き連れて奥へと引き返すのだった。
●
「クヴァリフの仔を、とある狂信者たちが手に入れたようです。彼らは√汎神解剖機関の廃墟にアジトを構えたようで、まずは潜んでいる場所を探してください。もしかしたら敵は狂信者だけではないかもしれませんが、気を付けてくださいね」
星詠みは集まる√能力者たちに語った。
「クヴァリフの仔自体は大した力を持たないのですが、他の怪異や√能力者と融合することで宿主の戦闘能力を大きく増幅します。ええ、本当に厄介です。そうなる前に狂信者たちを懲らしめて欲しいのが今回の依頼です」
ため息をつきながら、今回は今までとは違うと補足する。
「ただ、クヴァリフの仔は人類側にとっても希望となる可能性があります。出来る限り、生きた状態で回収してくださいな。それではよろしくお願いしますね」
そう言って扉を開き、√能力者を送り出した。
第1章 冒険 『廃墟に潜む怪異』

御蘿・伊代は、星詠みの導きによって廃墟に訪れていた。
「こちらに信者の方々が居られるのですね。大きな力を求め、短い生の中で出来る限りにもがく姿は美しくもありますが、そこにわたくしたちのような人外の介入があるとなれば、その輝きも褪せてしまいます。」
穏やかな笑みをたたえたまま、彼女は薄暗い建物の中へと踏み入っていく。
壁は朽ち、埃が積もっていて、人に捨てられてから随分と経つのだろう。気配の見当たらないその中を堂々と歩いていった。
勘の良い者ならすぐに気づく。誰かが歩いたのだろう痕跡が、消しきれずに一つの扉を示していた。
そしてその中に入ると、
「まぁ、可愛らしい触手ですね。」
突然現れた触手に、御蘿・伊代はむしろと微笑んだ。
「ちょうどどなたかおられないか探しておりましたの。ねぇ、他の皆様はどこにいるか。|案内してくださいな《くれないと喰らう》」
彼女の√能力【触手眼光】が発動し、恐怖のままに触手は言う事を聞いた。
「ふふ、素直な子で嬉しいです。」
終始笑みを浮かべ続け、御蘿・伊代は触手の案内のまま奥へと進んでいく。
日南・カナタは目の前の建物に少し悩むような表情を浮かべる。
「地の利はあっちにあるわけだから。下手に動くとこの廃墟の構造とかまだよく分からない俺には不利すぎる」
状況を整理し、自分がとるべき行動を模索した。
「探しに来たのバレちゃって隠し通路なんかで逃げられちゃったらマズいからね…。ここは慎重に探しますよっと」
そうして彼は、出来る限り足音を殺して建物中へと入っていく。
事前に手に入れた間取り図を見比べながら怪しいところが無いかを探す。
「あるとしたらやっぱり隠し部屋とか、地下に続く道とかだよね」
間取り自体には齟齬がないと知ると、√能力【心霊聴取】を行使し、更なる情報を求めた。
「さあ、インビジブル、教えて。ここ3日以内に見たことを、狂信者達をどこで見て、どこに隠れているかを。」
『……』
宙に現れたかつての家主は、無言のままとある部屋を差した。それは一見、普通の部屋だったが、足元をよく見れば、床板が外れそうなのが分かる。
「やっぱり地下だ」
出迎えたのは、暗闇にひたすら伸びるはしご。明らかに不気味な気配が奥から漂っていた。
「それにしてもクヴァリフの仔かぁ…、なんかヤな感じするんだよなぁ…」
日南・カナタは警戒を怠らないまま、先へと進んでいく。
十六夜・宵は星詠みの言葉を聞いて気合を入れた。
「希望にもなるものなら是非とも回収したいね。これが役に立つなら世のため人の為えっちらほっちらだよ。」
そうして早速、送り出されるがままに件の廃墟までやってくる。
「さてと……どうしようかなこれ。……蹴破るか。すいませんけどそれが手っ取り早いや。という事で<怪力>な僕なので、怪しそうな扉はどんどん蹴り破ろう。」
廃墟はかなり入り組んでいて、電気も通っていないために探索は困難だ。しかし十六夜・宵は暗視なら得意だとずんずんと奥に進んでいった。
そして、鍵がかかっていても問題はないと扉を蹴破る。
「すいませんけどもお邪魔しまーす!」
辺りの雰囲気をも気にせず、元気はつらつな声で探索を行っていく。
「あれ?」
ふと、既に開け放たれている扉を見つけた。歩み寄って中を覗くと、そこの床板が誰かによって外されていた。
「もしかし、て他の√能力者がもう来てるのかな? それなら頼もしいねっ」
床板の下には、底の見えない暗闇に梯子が下りている。明らかにその奥に何かが待っているのは間違いない。
しかし十六夜・宵は躊躇う事なく飛び降りた。
第2章 集団戦 『狂信者達』

廃墟から梯子を下りると、更に入り組んだ地下通路に着いた。
そこは真っ暗闇で何も見えなかったが、少し進んでいると徐々に明かりが現れる。
ほの明るい火が、点々と壁に飾られていて。
さらに進んでいくと、不気味な声が聞こえた。
『———』
複数が重なり、何か呪文を唱えているような。
それに気を取られていると。
「……」
背後に、武器を構えた狂信者たちが立っていた。
「ビンゴか……」
地下通路に降りた日南・カナタは辺りを見渡しながら零す。
光の灯らない暗闇の中でも、目は徐々に慣れる。壁伝いに先へと進んでいくと、少しずつ明かりが灯り始めていた。
壁に点々と飾られている火。横を通ればそれは揺れて。
とその時、鼓膜が何かを感じ取った。
「……? 変な呪文が聞こえてくる……狂信者か?」
明かりは進んでいくほどに増えていって、さらに奥からは重なる声が聞こえてくる。
しかしその通路は果てしなく入り組んでいた。
「う~ん……見当たらないなぁ」
標的をキョロキョロと探していると、背後に影が寄り添う。
顔を隠した黒装束たちは、音も立てず武器を構えていて。
それに日南・カナタは気付かない。
十六夜・宵は、廃墟のとある一室で見つけた穴の中に躊躇う事なく飛び降りた。
背中に装着する空中移動用魔力ブースターが起動し、加速して底へと降り立つ。
「さーて、この中に悪い事してる人たちがいるのかな?」
真っ暗な地下通路であっても、暗視を得意とする彼には問題ない。脳波で操作する投擲剣——飛翔剣を周囲に展開させて警戒しつつ、進んでいく。
すると、視線の先に武器を構える集団を見つけた。
「あ、襲われそう……っ」
黒ずくめの集団が何者かに不意打ちを仕掛けようとしている。その様子を見てすぐさま、空中を蹴って急接近し、√能力【憑神九魂儀】で敵を引き寄せた。
「「「!?」」」
地面をすべるように移動した狂信者たちは、必中のはずだった攻撃を外して困惑する。その隙をついて、十六夜・宵は渾身の怪力を叩きこんだ。
———!!!
三人いた黒ずくめをまとめて吹き飛ばし、そして襲われようとしていた人物の顔を見て、その瞳には驚きと喜びが生まれた。
「カナタン!」
「よ、宵ちゃん!?」
日南・カナタは突然の声に驚いて振り向き、そして今自分が不意打ちをされそうになっていた事を知る。
「俺としたことが背後を取られていたなんて……。あ、ありがとう宵ちゃん、助かった!」
「ううん、カナタンを守れてよかったよ」
「にしても宵ちゃんもここに調査に来てたんだね!」
「偶然だったね。……と、まだのんびり話す暇はないみたい」
宵が言うと、カナタも視線を動かす。吹き飛ばした狂信者たちが体を起こし、更には別の通路から新たな足音がやってきていた。
「背中は任せたよ!」
「任せて! 一緒にやっつけよう!」
二人は背中合わせになると、それぞれに戦闘態勢をとった。
まずはと宵の√能力【マルチ・サイバー・リンケージ・システム】により、カナタへとワイヤーが繋がれた。それが接続されてる限りは恩恵を得られる。
そうして力を得たカナタは迫りくる敵に向けて霊能震動波を放った。
「まずはこいつを食らえ……!」
√能力【霊震】によって震度7相当の震動を襲撃者に送り付ける。するとたちまち狂信者たちはその場に転倒した。
「さすがはカナタン! ボクも負けてられないねっ」
幼馴染の戦いぶりを称賛し、宵も自身の武器を振るう。
月霊刃銃——巨大なガンブレードを用いて正面の敵を薙ぎ払い、更には、カナタが相対する敵にも弾丸を放つ。
どれだけ新手が来ようとも、立ち位置を入れ替え絶え間ない攻撃を繰り出して、敵に付け入る隙も与えなかった。
幼馴染だからこそできる連携は、あっという間に地下通路を攻略していく。
モコ・ブラウンは辺りの雰囲気に少し心が安らいでいた。
「はぁー、実家みたいな安心感モグー」
元々は野良モグラだった彼女には、その地下通路はよほど居心地がいいらしい。どれだけ明かりが足りていなくとも生来の感覚でずんずんと進んでいく。
「モグ?」
とその時、戦いの音が聞こえた。視線の先では√能力者たちと狂信者たちが戦っている様子で。
「戦いは奴らに任せるモグ」
面倒ごとは避けようと√能力【ハンティングチェイス】を発動し、コソコソとその戦場をやり過ごした。
そうして一足先に奥へと進んでいく。
明かりが徐々に増えていき、空間自体も広くなっていく。そうしてついに辿り着いたそこには、異様な光景が広がっていた。
「こ、これがクヴァリフの仔モグね……」
そこには、大量の触手状の生物が蠢いている。秩序もなく部屋に詰められていて、互いがねじれる音がぐちゅぐちゅと不快な音を立てていた。
「確か、こいつらいろんなことに使えそうだから生きて持って帰るんだったモグよね……高く売れそうモグ……」
任務の概要を思い出す過程で、汚職警官らしい思考がよぎる。それにこれだけいるのだから一匹ぐらい抜けててもバレはしないだろう。
と、モコ・ブラウンが任務の片手間に懐をうるおそうとした時、
——!
銃声が鳴った。
第3章 ボス戦 『ベンジャミン・バーニングバード』

「おっと、手を出してもらっちゃ困るぜ」
一発の銃声の後、低い声が響いてくる。
クヴァリフの仔が集められた部屋にて、それは立ちはだかるように現れた。
ひよこの着ぐるみ。
しかしそれは銃を構えていて。
「こいつらを誰にも渡すなって、言われてるんでね」
歴戦の目をしていた。
「ボクは別にこいつらで何をしようかなんてさっぱり知らないけどさ。傭兵なもんで、金を出されれば、言われるがままってわけよ」
ベンジャミン・バーニングバード。
狂信者たちの雇った護衛が、√能力者を迎え撃る。
「にしても、そっちは数も多いみたいだし、負けるわけにはいかないからね。一匹だけ借りてくぜ」
そして彼は、手近なクヴァリフの仔をひっつかむとその身と融合を始める。たちまちそれは強大な力を得て、再び引き金を引いた。
クヴァリフの仔に手を伸ばしていたモコ・ブラウンは、銃声の音に振り向く。そして現れたひよこの着ぐるみを見て目を見開いていた。
「実家みたいに落ち着くと思ったらマスコット。ここは遊園地モグか? モグラはうるさいのが嫌いなんモグ」
軽口をたたきながらも敵意に警戒していると、不意に後ろから足音が聞こえてくる。
二人分。
それは偶然にもモコの知り合いだった。
「あ、モコ先輩!」
「あ、モコさんだ」
日南・カナタと十六夜・宵。同じく捜査三課に所属する後輩たちだった。
二人は先輩の隣に並び、目の前の光景よりも合流を喜んでいる。
「モコさんがいるならものすごく頼もしいですっ」
「モグラも面倒をお裾分け出来そうで気が楽モグよ」
「ところでここは先輩の実家だったんですか!?」
「カナタくん?」
「ではないですよね! はいわかってますごめんなさい! さぁ一緒にクヴァリフの仔を奪還しましょう!」
ジト目での突っ込みに、誤魔化すようにしてカナタが前方に意識を向けた。その隣で宵も「よーし頑張るぞー」と気合いを入れている。
「何もわかってない雇われヒヨコちゃんは大人しく巣に帰るといいよ!」
カナタが敵に対して見栄を張ってそう言うが、それを聞くわけもなくヒヨコの傭兵は無勢と判断してクヴァリフの仔に手を伸ばしていた。
触手と融合する着ぐるみ。それはどんどんといびつな形になっていて。
「き、キモ!? こわっ! ……こうなっちゃうわけー!?」
カナタが顔を引きつらせている傍で、モコは既に地面を蹴っていた。
「パワーアップするのをぼーっと見てるわけないモグよなぁ?」
「援護します!」
戦闘が始まるのを察知し、宵がとっさに√能力【マルチ・サイバー・リンケージ・システム】で二人を支援する。
先陣を切ったモコは√能力【モグラ先制射撃】による拳銃での攻撃をお見舞いした。
——!!
融合しかかっていた触手がブツリと千切れ、それは中途半端に終わる。
「くっ、だらだら喋ってるんじゃなかった!」
ヒヨコは自身の行動を後悔しつつ、とにかく攻撃を避けようと後ずさる。直後、彼が立っていた場所には、宵の月霊刃銃による銃撃が繰り出されていた。
始まる銃撃戦に、動きを止めていたカナタはハッとする。
「お、俺も!」
少し遅れて行動を始め、彼もハンマーを握った。√能力【全力振り】による一撃がヒヨコの体を容赦なく叩きつける。
「クヴァリフの仔は絶対に渡すわけにはいかない!」
「くっ——!?」
ヒヨコは咄嗟に半端ながらも融合した部分で防御を取り、どうにか持ちこたえたが、足を止めている暇はない。
「くそっ、一人どこ行った!?」
「ここモグよ」
いつの間にか土中に潜っていたモコが、死角から射撃を放つ。それに反撃しようとすれば宵による遠距離射撃に気を取られ、そしてカナタに近接戦を挑まれる。
互いを理解しあった連携は、敵に思考の余地すら与えなかった。
「くっ、もう一度融合をっ」
ヒヨコが伸ばした手を、宵の射撃が打ち抜く。
「それは変なことに使わせない。人のためにもなるって言うんだし、それ以外に使うなら不遜って奴だよ」
「そうモグねー。この子たちにはモグラのギャンブルの糧になってもらわないといけないモグよ」
「そうですよね。俺たちだって仕事なんだ! 回収しないと減給だってあり得ますもんね!?」
「……真面目なカナタくんにはくすねるという発想はないみたいモグねぇ」
溌溂としたカナタとのすれ違いに自分だけ良い思いをするのは難しいかなとモコは思い改める。戦場でありながらもその和気藹々とした雰囲気は保たれたまま。
そうして、三人の連携は最後まで崩れる事なく傭兵を追い詰めた。
場違いなメイドがその場に訪れていた。
「えーと、なにやらどんな人でもたちまちたくましくなってしまう幻の食材があると聞いたのですが……」
廃墟の地下に広がっていた通路の先。
先刻、狂信者たちとそれが雇った傭兵を片付け、そこに保管されていた事件を起こす容易となったクヴァリフの仔が回収された後のこと。
サボテンメイドの石神・鸞は、営む温泉宿の客から聞いた情報をもとにその現場に足を踏み入れていたのだが、どうにもなにも見当たらない。
というかこんな場所に食材があるとは思えなかった。
薄暗いしじめじめしていて、立っているだけで不健康になってしまいそう。分かりにくい表情を歪めながら歩いていると、地下通路最奥に辿りつく。
「おや……?」
戦闘の名残が残るその空間に、何やら蠢くもの。手のひらサイズほどのぶよぶよとした触手だ。
「これが……? いやでもなんだか気味が悪いですね。詳しい人に聞いてみましょう」
そうして取りこぼされていた一匹も、通りすがりのメイドによって回収され、事件は無事解決するのだった。