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魔法のランプがあったなら

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 『三つの願いが叶う』だなんて売り文句を信じたわけではなかった。

 いつものように仕事でへとへとになった帰り道で、女性が道端の露店に目を留めたのは気まぐれからだった。
 売り物の一つにあった、おとぎ話に出てくる魔法のランプのようなキーホルダー。
 女性がそれを買うことにしたのは見た目が気に入ったからで、決して怪しげな露天商の言葉に惹かれたからではない。そんなものを信じるのは子供だけだろう。
 だから彼女は、本当にただ何気なく呟いただけなのだ。信号待ちの交差点で、買ったばかりのキーホルダーを眺めながら、誰もが一度は思うだろうことを口にしただけ。
「あーあ、お金持ちになりたいなぁ」

 空から大量の一万円札が降ってきたことで、その場は混乱に包まれた。
 拾い集めようと我先に群がる人々を見て女性は恐ろしくなる。
 もしかして、このランプは本物なのではないか。自分が願いを叶えたところを、誰かに見られたのではないか。その誰かは今、お金を拾うふりをしてこちらの隙を伺っているのではないか。
 疑心暗鬼に陥った女性は逃げ出した。願ったはずの富には見向きもせずに。

『お金は怖い、愛が欲しい』
『叶えてあげるヨ、僕らなラ』
『ギャハハハハ!』
 人気のない場所を求めて廃工場へと辿り着き、息や乱れた髪を整えて。落ち着いた女性は、ランプの力を確かめてみようと二つ目の願いを口にした。
 けれどその結果現れたのは、気味の悪いテレビの化け物だった。それも沢山。
 テレビにはたしかに美形の男性たちが映っていたが、気が触れてでもいなければ、画面に愛をささやく日々など過ごせない。理想は現実には存在しないということか。
 とっさに物陰に隠れることはできたが、工場の外へは出られそうもない。震える女性は最後の願いを口にする。
「誰か助けて……!」


「うん、分かったよ」
 その光景を見た――|星を詠んだ《・・・・・》高天原・あがりは快活に笑った。
 今日はいい日だ。こうしてまた一人、救うべき人を見つけられたのだから。
「安心して、私がちゃんと|助けて《殺して》あげるからね!」


「……√汎神解剖機関で心霊テロです。ある町の交差点で大量のお金がばらまかれ、混乱が起きています」
 星詠みの少女、神谷・月那(人間(√EDEN)の霊能力者・h01859)は、集まった√能力者たちの前で痛ましげに口を開いた。
「心霊テロと言ったのは、巻き込まれた人々が洗脳されているからです。お金に執着して暴力的になったり、被害妄想を抱いたり……テロリストの典型的な手口ですね」
 √汎神解剖機関の脅威は怪異だけではない。|新物質《ニューパワー》の独占を企む諸外国や、単なる愉快犯など、人の悪意にもまた際限がない。今回もそのような人間による事件のようだ。
「私が見た予兆によると、事件を直接起こしたのは会社員の女性です。ただ、彼女は利用されただけで、直前に露天商から買ったキーホルダーに細工があったようですね」
 √能力の性質は千差万別だ。心霊現象を起こす時限爆弾の形を変え、さらに特別な効果を付与する――そんなことができる者がいても不思議ではない。
「おそらく、その露天商が心霊テロリストだったのでしょう。その捜査は|警視庁異能捜査官《カミガリ》に任せるとして、皆さんには女性の身柄確保をお願いします」
 その露天商は『三つの願いが叶う』と語ったらしい。もしそれが本当なら、あと二つの願いが残っている。放置することはできない。
「女性はすでに現場を離れています。どこへ行ったのかまでは分かりませんでした。なので目撃者を探すためにも、まずは現場の混乱を収めてください」
 そう言ってぺこりと頭を下げ、星詠みは√能力者たちを見送ったのだった。

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第1章 冒険 『心霊テロ事件』


永雲・以早道
エイル・デアルロベル

「それは俺のだ!」
「私が先に取ったのよ!」
「おい、踏むな!」
 √能力者たちが現場の交差点に到着した時には、既に何十もの人々が争っていた。
 手を伸ばした紙幣を先に拾われ、怒りの声をあげる青年。早い者勝ちだと主張する主婦が一歩動けば、今度は別の男性が邪魔だと声を荒げる。そんないさかいがいくつも繰り広げられている。
 幸いにも、進路を塞がれた車がクラクションを鳴らしているようなことはない。通れないのが明らかだからだろうか、大人しくUターンしていっている。

 だから、その爆音は人々の意識を惹きつけるのに最適だった。
 ヴォロロロロ、という聞きなれないエンジン音が大きく響く。それに驚いて顔をあげた人々の前にいたのは、バイクにまたがったエイル・デアルロベル(品籠のノスタルジア・h01406)だ。
「皆さん、そこまでです。いつまでも騒いで……轢かれたいのですか?」
 エイルはあえて怖い顔をして詰めよった。怖気づく人々。
 普通車ならともかく、二輪が無理矢理通ろうとするのはありえる話だ。バイクの巨体も普通よりずっと大きいエンジン音も、迫真の雰囲気を後押ししていた。
 熱狂に冷や水を浴びせらせて、辺りがシンと静まり返る。聞こえるのはバイクの駆動音だけだ。
 ――ところで、エイルのバイクが騒々しいのにはちゃんとした理由がある。
 彼が乗っているのはヴィンテージ物だ。騒音規制が今よりもずっと緩かった頃に作られた代物であり、今でも無対策で車検が通る。法律上は何の問題もないのである。
 もちろんエイルとて普段からこのような真似はしない。趣味とは他人に迷惑をかけずに楽しむもの、公道を走らせるときはきちんと|バッフル《消音器》を付けている。
 けれども、自慢する機会を常々うかがっているのも趣味人というものだ。ありのままの本来の姿が必要ならば、お披露目をためらう理由はどこにもなかった。

「これが本物のお札だと思うの? 子供銀行って書いてあるよ?」
 静まり返った場で声をあげたのは、刀を背負った若き少年、永雲・以早道(明日に手を伸ばす・h00788)だった。以早道は拾い上げた紙幣をひらひらと振り、大人たちの狂騒をくだらないと断じる。
 「そんなばかな」と集めたお金を確認する大人たち。するとどうだろう、手の中の紙幣は本当に玩具ではないか。先ほどまでは確かに本物に見えていたのだが。
 混乱する大人たちへ少年は言葉をたたみかける。
「そもそもお金って信用できるの? 何が買えるの? 買えるものなんかよりも、もっと価値のあるものがあるよね?」
 それは天邪鬼の嘘、あるいは嘘から出た真。聞く者を惑わせる悪鬼の言葉は、今この時だけは、迷いを振り払う真言となる。
 昔に比べて時代はずいぶんと変わった。今はもう、ロボット掃除機が開発されたり貧乏太りが周知されたりと、時間も健康もやり方次第で買える時代だ。
 しかし、それでも買えないものは依然としてある。何より、一度売り払った尊厳は買い戻せない。
 魂を曇らせてはならないと以早道は知っている。そんな有り様では、夢へと向かう剣の道を進むことなど到底できないのだから。
 まだまだ至らないと自負している以早道だが、本当に大事な芯はすでにしっかりとその身に宿しているのだった。

 玩具だろうと、勝手に持ち帰れば拾得物横領の罪に問われる。そんなエイルの念押しもあり、人々は拾ったお札を一か所に集められていった。
「まあ、実際は本物かもしれないのですけどね」
 彼らに聞こえないよう呟くエイル。玩具に見せているのは以早道の√能力だ、これらの紙幣が偽札かどうかは後で警察が調べるだろう。
「本物でも、自分で手に入れたものじゃないとダメだよ。お金は信用なんだ、嘘の信用は良くない」
 真には真が、嘘には嘘が返ってくると以早道は答えた。
 以早道の√能力はまだ発動中だ。だが、何も嘘しか話せないわけではない。制約で動けない中、話し相手がいるというのはありがたかった。
 少年の刀に興味を引かれつつ、やることは残っているとエイルも気を引き締める。
「全くです。さて、この後は聞き込みですね。女性の行き先が分かるといいのですが」

ケヴィン・ランツ・アブレイズ
雨神・死々美

 少し離れた場所にて。
「うひひ、こんだけありゃあのシリーズもこのシリーズも……!」
 周囲で騒ぐ一般人と同じように、雨神・死々美(|一滴足らず《ハーフドロップ》・h05391)は道路にしゃがみ込んで紙幣をかき集めていた。
 最近完結したあの漫画を、全巻丸ごと大人買い――そう呟く死々美は完全に当初の目的を忘れてしまっている。
 そんな煩悩まみれな仲間を、ケヴィン・ランツ・アブレイズ(|“総て碧”の《アルグレーン》・h00283)は冷ややかな目で見つめた。
「……まあ、願望や欲望ってのはニンゲンが生きていくには欠かせねェモンだが」
 ささやかなものから大それたものまで、人の欲は千差万別だ。それらと正しく向き合えば人生がより豊かになるのは間違いない。
 しかし一歩誤れば、些末な欲に振り回されて人生を棒に振りかねない。己にとって何が一番大切かを見極めることが重要だ。
「だからこそ、際限の無い欲望ってのには呑まれちゃいけねェ。おい、いい加減正気に戻りな」
「……はっ!? いけねいけねっ!」
 軽く小突かれ、死々美は我に返る。慌てて手放した紙幣がバラバラとアスファルトに広がった。
「ふう……こんな誘惑に負ける死々美チャンではねえんすなあ」
「突っ込まねェぞ。とにかく、この場の混乱を止めねェと」
 既に一部は他の仲間たちが対応済みだ。残りも片付けるべく、二人はそれぞれ行動を開始したのだった。

「コイツは呪いの紙幣だぜ。関わるとロクなことにならねェぞ」
「な、何だよ……」
 自分よりもはるかに体格の良いケヴィンに迫られ、ふくよかな中年男が後ずさる。だがその顔には露骨な不満が浮かんでいた。
 まだ脅し足りないか。そう判断したケヴィンは一枚の紙幣を拾い上げ、良く見えるように掲げる。すると次の瞬間、紙幣がひとりでに燃え上がったではないか。
 明らかな異常現象にショックを受ける男性。ケヴィンはすかさずそこに畳みかける。
「悪銭身につかず、だ。コイツを何に使うかは知らねェが、拾った金で買ったって事実は消えねェぞ。この先ずっとな。そんなモン大事にできるか?」
 価格と価値はイコールではない。しかし、安い物を価値が低いと考えるのもまた人の心だ。雑に手に入ってしまった物は、扱いも雑になるだろう。
 少なくともケヴィンは、なんの試練もなく騎士に任命されても全く嬉しくない。騎士の名誉は、相応しい力と意思を示してこそだ。
「アンタらの欲しいモンってのは、ポンッと投げ渡されて喜べるような、そんな安っぽいモンなのかよ?」
 本当の願いを思い出せ――そう告げるケヴィンの姿には、王者の風格が漂っていた。

 死々美の趣味は漫画を読むことである。彼女の自室は買いあさった雑誌や単行本に占領されており、そろそろ足の踏み場も怪しい。
 引っ越す予定は今のところない。そんな金があれば新刊に突っ込むのが趣味人であるからして。
 そんな死々美は群衆の間をすり抜けながらペットボトルを設置していった。やがてそれらから勢いよく煙が噴き出し、辺りを包みこむ。
 淡い水色をしたこの煙には、幻覚作用のある毒が含まれている。微弱なものとはいえ、吸い込んだ人々の思考を鈍らせるには十分。
 頃合いを見計らい、死々美は声を張り上げた。
「皆サンお掃除ご苦労サンっす! 集めた『落ち葉』はこの袋に放り込んでって下さいっす!」
 人々はその声を疑問に思えない。素直に従い、差し出されたゴミ袋に金を捨てていく。どんどん溜まっていく紙幣を見た死々美は思わず喉を鳴らした。
 こんなに大声を出したのは久しぶりだ。そのせいで喉が痛い。少しくらいご褒美があってもいいのではないか。
「……って、いけねいけねっ!」
 そこまで考えてハッと我に返る。
 まあ、人間などそんなものだ。やろうと思ってすぐに出来たら天才だ。ほとんどの者は少しずつ、己を律していくしかないのである――。

広瀬・御影
無害・チャン
冬島・公彦

 刑事ドラマでは、刑事はパトカーに乗ってサイレンを鳴らしながら現れるのだと相場が決まっている。だが現実では、特に刑事が√能力者の場合、徒歩でやってくることもあるようだ。
「15時43分、現着……っと。いやー、次の事件に直行とかボスは人使い荒いニャン」
「まあまあ……現場は他の方が抑えてくれたようですね。我々は女性を追いましょう」
 そんな会話をしながら、√の境界を超えて現れた一組の男女。女性の方は警察官の制服に身を包んでおり、男性の方も隙のないスーツ姿が相応の立場を予感させる。
 彼らこそは八曲署の捜査三課が一員、 広瀬・御影(半人半妖の狐耳少女不良警官・h00999)と冬島・公彦(改造人間のサイコメトラー・h02490)である。
「じゃあ早速聞き込みするワン! その間、きみひこ君はー」
「ええ、問題の紙幣でサイコメトリーをしておきます」
 そうしてこの事件現場で、本職による捜査が始まるのだった。

「この辺で露天商を見たことがありますか?」
『北で見たよ』『あれ、いたっけ?』『東にいました』『西にも』
「……んん? えっと、では、お金から逃げていく女性を見ましたか?」
『南へ行ったね』『西にいったかも』『分かりません』『東です』
「んんー? ご協力ありがとうございます……」
 何度目かの聞き込みを終えた後、御影は首をひねった。あまりにも情報が錯綜しているからだ。
 記憶違いや人違いなど、人間の記憶はわりと適当だ。それを知っているから警察官は聞き込みを繰り返すのだし、御影も当然そうしたが、今回のそれは度を超えていた。
 むんむんと唸る彼女には先ほどまでのお堅さは見られない。あれは公僕らしさを意識した演技であり、こちらの方が彼女の平常運転である。
 すっかりと気を緩めた御影は相方へと問いかける。
「何か変ニャ。きみひこ君、そっちはどうワン?」

「芳しくありませんね。また外れです」
 手に持っていた紙幣を『実施済み』と書かれたゴミ袋に入れて、公彦は答えた。袋の中にはすでに何枚ものお札が溜まっている。
 己の超能力で、紙幣からの視界自体は見えた。しかしその視界のほとんどは群がる人々の姿で埋め尽くされており、問題の女性らしき者は見えなかったのだ。
「当たりもどこかにはあるでしょう。しかしこの調子では日が暮れてしまいます。全く、防犯カメラさえあれば……」
 信号機を見上げる公彦。年々配備が進む監視カメラだが、自治体の財政状況によってその進捗はまちまち。不幸にも、この交差点にはまだ設置されていなかった。
「事件の予防にも効果的だというのに。署に戻ったら報告しておきましょう」
 カメラさえあれば、舞い落ちる紙幣の視界を見ようとして目を回すこともなかった。そう思う公彦なのだった。

「ねぇねぇ、ちょっといい? この人たちって虚言癖にかかってるんじゃない?」
 聞き込みの謎を解いたのは無害・チャン(人間災厄「ハッピー・ラッキー・ルーレット」の|警視庁異能捜査官《カミガリ》・h05396)だった。「無害ちゃんって呼んでね」とウインクする彼女に、三課の二人はハッとする。
 心霊テロが人々に与える悪影響は様々だ。怒声をあげていた人々のように狂暴化するだけでなく、意味もなく嘘をつくという事例も過去に確認されている。あるいは件の女性が逃げ出したのも、そうした悪影響の一つだったのかもしれない。
「無害ちゃんにまかせて。みんなが素直になれる、素敵なショーを見せてあげる」

「はぁい、はぁい、みんな注目ー」
 集められた証言者たちの前で、無害ちゃんはふわりと笑いながら懐に手を入れた。
 取り出したのは一枚のコインだ。アンティークコインだろうか、見慣れない刻印のそれはどうしようもなく錆びてしまっている。
 そんなコインをくるくると、片手で弄ぶ無害ちゃん。マジシャンのような指さばきに注目が集まったところで、囁くように告げる。
「一か八かのエクスタシィ……一緒に楽しみましょ?」
 ピィンと親指で弾かれたコインが高く舞う。錆びているはずの金属が、日に照らされてキラリと光る。次の瞬間、空全体が無数に煌めいて――。
「ジャックポットよぉ!」
 なんと、大量のコインが雨のように降り注いだではないか。それも全く錆びていない、ピカピカの黄金コインだ。無害ちゃんの幻覚ショー、豪華で豪快な黄金のシャワーが観客の脳を強く揺さぶる。
 やがて彼らが我に返ると、大きな拍手が起こったのだった。

 証言者たちが正気に戻ったことで、女性が向かった方角は判明した。
 残念ながら露天商の足取りは途絶えていたが、「今回のツケはそのうち絶対払ってもらおうねぇ」と無害ちゃんが言っていたように、いずれは尻尾を掴めるだろう。

「ああ、その人なら向こうに走ってったね」
「ご協力感謝です! ……どうニャ、きみひこ君。これがみーくんの真の力だワン」
 交差点を離れて、捜査三課は女性の足取りを追う。名誉挽回とばかりに張り切って聞き込む御影に、苦笑する公彦。
「道路を走る大人は目立ちますからね。ですが、ここからが正念場ですよ」
 どうやら女性は人通りの少ない方へと向かっているようだ。次第に目撃者も見つからなくなり、追跡の難易度が上がってきた。
「すみませんが捜査にご協力ください。お時間はとらせませんので」
 そんな時には公彦の出番だ。一部の一般家庭、あるいは企業などは、門の前をカメラで監視している。警察手帳を出せば、それらへサイコメトリーを行うに何の支障もない。
 そうしてとうとう二人は寂れた工場地帯にまで踏み込み、しばらくして。
「ん……あっちから何か聞こえたワン」
 御影の狐耳がピクリと動き、不穏な気配を捉えたのだった。

第2章 集団戦 『ヴィジョン・ストーカー』


 その廃工場に√能力者たちが辿り着いたのは、そろそろ日も沈もうかという頃合いだった。慎重に足を進める√能力者たちを、無人の廃墟が出迎える。
 中に入ってまず目につくのは、奥行きのある壁と高い屋根に囲まれた大空間だ。規則正しく並ぶ柱が不気味な空虚さを際立たせており、明かり取りの窓こそあるが、それでも薄暗い。
 廃工場とはいえ、がらんどうではないらしい。元の持ち主には不要だったのか、ドラム缶やプラスチックのかご、台車や梯子などがあちこちに放置されたままとなっている。
 中でも目立つのは大量のテレビだ。時代遅れのブラウン管型テレビが何台も、不必要なほど大量に散乱している。
 そして――それらの画面が一斉に点いた。

『ずっと前から好きでした』
『君を一生大事にするよ』
『さア、一つになろウ』

 そこに映ったのは見知らぬ誰かだ。老若男女、美醜問わず、様々な人物がこちらに愛をささやいてくる。
 告白の返事を待つ気はないようだ。彼らが伸ばした手が、画面を越えてこちらへと伸びてくる――。
永雲・以早道
ケヴィン・ランツ・アブレイズ
無害・チャン
雨神・死々美
冬島・公彦
広瀬・御影
エイル・デアルロベル

●返事はノー
「誰かに好意を向けられるのは良いことだと思う。……でもね」
 永雲・以早道(明日に手を伸ばす・h00788)は相手の言葉に理解を示しつつも、緩やかに首を振った。
「相手を大事にしたい、幸せを与えたいって気持ちが大切なんだ。だから、あんたたちの手は取れないよ」
 愛とは、求めることではなく与えることである。それは例えば、家族や恋人同士が毎年チョコレートを贈りあうようにだ。
 求めるだけの欲しがり屋には応えられない。きっぱりと断った以早道は、けれど同時に迷うように目を伏せる。
 ここは怖い場所だ。うち捨てられた物たちの声なき悲鳴が聞こえてくるかのようだ。
 捨てられたのだと、拾われなかったのだと、廃棄物たちが訴えてくる。レトロ好きに拾われず、資源としてさえ活用されず、まだ朽ちていないだけの無価値がそこにいる。目の前の怪異が生まれたのも、彼らが満たされなかったからだろうか。
「ごめん、俺にはあんたたちを救えない。それでも……守りたいものがあるんだ。だから戦うよ」
 己が剣を振るうのは、人々に勇気を与えるために。それで誰かの笑顔を守れたのなら、それが一番の報酬だ。
「なりたいものに、俺はなるんだ」
 再び開いた瞳の中には、もう迷いはない。

「ふうん、老若男女がよりどりみどり……」
 接触防止用のガウンコートを脱いで、 雨神・死々美(|一滴足らず《ハーフドロップ》・h05391)は包帯まみれの肌を晒す。体内から毒粘液がにじみ出て、ただでさえ不健康な肌色を紫に染め上げていく。
 そこに向けられる無数の視線の種類も客層も、死々美が普段戦っている地下闘技場とはまるで違う。まあ、いっそ無機質なこの怪異どもと比べれば、あちらの方が幾分かましかもしれないが。
「んでも一緒にゃなれねえな、最近いいやつ買ったばっかだし」
 より取り見取りという表現は正しい。沢山のテレビは、よく見ればそれぞれ型が微妙に異なっている。レトロ好きなら、中には心惹かれる物があるのかもしれない。
 しかし死々美は、画質よし、機能よしの|美男子《テレビ》と一緒に住み始めたばかりである。|別れる《変える》予定は当分ない。
「遊ぶだけなら付き合ったるっすよ~」
 愛の代わりに猛毒で良ければ与えてやろう。そんな意図を込めて、死々美は粘液まみれの手をヒラヒラと振った。

 遊びと言えば。
「いやぁ、無害ちゃんモテモテすぎ?」
 無害・チャン(人間災厄「ハッピー・ラッキー・ルーレット」の|警視庁異能捜査官《カミガリ》・h05396)には夢がある。その夢とは、いつか高級カジノで上客として大いにもてなされることだ。
 日本円にして一億円以上をたった一晩のゲームで動かす、いわゆるハイ・ローラーは、カジノの主役といっても過言ではない。
 VIP専用テーブルへと招待される自分。あの美女は一体何者だと、周囲から向けられる好奇の視線。お近づきになりたいと群がる男たち。
 思い浮かべた理想に口角を上げた無害ちゃんだったが、ふと目を細め、鋭い視線で敵を射貫いた。
「でもね、そーゆーのはお金持ってる人限定なんだよ!」
 求められたいと思うのは、金銭にしろ経験にしろ、何かを貰えると期待できるからだ。たかるだけの相手はお呼びではない。
「まぁ、遊んであげるけど……途中退席はなしだよ。最後まで付き合ってよね!」

「愛の囁き、か」
 そのような文化が人間にあることは、かつて真竜だったケヴィン・ランツ・アブレイズ(|“総て碧”の《アルグレーン》・h00283)も知っている。それが人類繁栄の礎の一つであり、基本的に喜ばしいものであることも。
「相手と場合次第なら、この上無ェ救いになるんだろうが……」
 ただ、初対面の相手からいきなり告げられては喜びもなにもあるまい。種族の違いどうこう以前に、無から愛が湧いてくるはずもなし。
「生憎ここには、偽りの愛の言葉に揺れる奴は誰一人居ねェんでな」
 必然的に、その言葉は嘘だと断じざるを得ない。仮に一方的に知っていたとして、このような告白ではどちらにせよ零点なのだが。
「さあ、かかってきやがれ。死にたくなければ、大人しくしてな……ッ!」
 動きやすさ重視だったジーンズ姿から一瞬で鎧姿へと変わり、同時に啖呵を切るケヴィン。隠れているだろう女性に向けて忠告しつつ、騎士は愛馬に跨った。

「交差点の時も思いましたが……何といいますか、願いの叶え方が雑ですね」
 願いを叶えるという触れ込みの品は、真贋合わせると珍しくはない。しかし偽物はもちろん本物も、エイル・デアルロベル(品籠のノスタルジア・h01406)が指摘したように、持ち主の意図に沿って動く物はほとんどないのが実情である。
「まあ、怪異であれ人であれ、誰かに危害を加えようとする者の思考なんてそんなものでしょう」
 だからこそ、こうして事件に対処する√能力者が必要とされるのだ。

 怪異に惑わされないのは|警視庁異能捜査官《カミガリ》として必須の技能だ。冬島・公彦(改造人間のサイコメトラー・h02490)は工場内の光景を冷静に観察する。
「テレビから影、ですか。ならばテレビが本体の可能性がありますね」
 怪異の能力や正体は様々だ。人間体が本体かと思いきや、宙に浮かぶ謎の手の方だった――そんなことも普通に起こり得る。
 だからこそ、過去の事例と照らし合わせるための記憶力と、それに囚われない発想力の両方を兼ね備えた公彦の頭脳は優秀なのだ。
「まずはテレビの破壊に専念しましょう。駄目だった時は、影の方を討つだけです」
 右手で拳銃を、左手で警棒を握りながら、捜査三課は制圧を開始する。

 ところでもう一人の捜査三課、広瀬・御影(半人半妖の狐耳少女不良警官・h00999)についてだが。
「このテレビなら砂嵐映るのかな。なんか気になるワン」
 彼女は目と鼻の先にあるテレビ画面を見つめていた。LED式が普及するにつれてすっかり過去の物となった砂嵐。それについてのんびり語る御影に、しかし怪異が襲いかかることはない。
 なぜならば御影は今、別の√から現場の廃工場を観察しているからだ。移動中に見つけた境界に飛び込んだのである。
「まぁそれは置いといて。この距離なら安全そうニャね、良かったワン」
 その理由は、工場内を安全に探索するため。ひいては、周囲に隠れていると思しき女性を先んじて発見するためである。
 はたして女性は見つかった。位置的に戦闘には巻き込まれないと確信できたので、御影はこうして座標だけ現場に戻って来た次第だ。
「さて、悪い子たちにはおしおきだワン」
 相方と同じく拳銃を握り、不可視の警官は援護に回る。

●嘆きの雨
『しくしく、しくしく』
『シクシク、シクシク』
 屋内であるにも関わらず大雨が降っている。影のごとく黒いそれは、振られた悲しみを表現しているとでもいうのだろうか。
 だが、そうだとすれば怪異の反応はあまりにも薄っぺらだった。
「口で泣き真似とか適当すぎ! そんなんじゃブラフにもならないよ」
「他の事件でもこれくらい分かりやすいと助かるんですがね」
 無害ちゃんはギャンブラーとして、公彦は捜査官として、怪異の大根役者ぶりを酷評する。先ほどの告白もどきといい、怪異は演技が苦手なのだろうか。
 ただ、それはそれとして脅威であるのも事実。雨を降らせる能力が多重に発動していることで、効果範囲内は土砂降りだ。これではろくに近づけない。
「ちっ、さすがにこれの突破は無理か」
 ケヴィンの燃え上がった右目、隙を見抜くはずの魔眼でもまだ何も見えなかった。

「まぁ、どうとでもなるけど。……運が良ければね」
 そう言って無害ちゃんが取り出したのは何の変哲もないサイコロだ。交差点の時と同じく親指で弾く。
 高く打ち上げられた正六面体が、やがて重力に引かれて落ちてくる。
「|大・博・打《ギャンブル・ボム》! さぁ、出目はどうかな?」
 それは彼女の√能力。出た目に合わせて威力が変わる、霊能振動波。下は震度1から上は震度6まで、今回の出目はいかほどか。
「……5! なかなかいいんじゃない?」
 にたりと笑う無害ちゃん。震度5といえば家具が移動したり倒れたりし始める頃だ。
「加勢しますよ。――動けっ!」
 そこに公彦のサイコキネシスが加われば、さらに万全だ。棚の上のテレビは落下して壊れ、そうでない物も倒れて画面が下を向く。
 何体かの怪異は影の手で辺りにしがみついて難を逃れているが、これだけ被害を出せれば十分だ。
「見えたっ! そこだァッ!」
 ケヴィンの叫びと共に、彼の愛馬が雨の中へと飛び込んだ。影の雨は勢いこそ弱まったが、込められた怪異の力は健在なはず。しかし騎士と騎馬は何事もなく敵へと迫っていくではないか。
 彼らが雨の一滴さえも完全に避けていると、理解できた者はいただろうか。ケヴィンが魔眼で見出したか細い道を、かの名馬は正確に辿ったのだ。
「俺とこいつとの絆に、お前らが入り込む隙はねェよ」
 そうして馬上から振るわれた黒鉄斧は、不埒な怪異どもを薙ぎ払ったのである。

●お見合い作戦
 影の雨を√能力者たちが突破したことで、戦闘は各個撃破の様相を呈する。そんな中、死々美は2体の怪異に襲われていた。
「おお……死々美ちゃんモテモテっす。どーせならヒトにモテてえな」
 敵は中々の連携だ。反撃の鎌を打ち払われたと思えば、即座にもう片方が攻めてくる。まとった粘液でぬるりとかわしながら、思わずぼやく死々美。

「ね、狙いづらいニャ……! あっ、また動いたワン!?」
 別√から戦場を観察する都合上、御影の視界は普通に戦うよりも制限されている。特に問題なのは光源だ。こちら側からスマホなどで照らしても、向こうに光は届かない。
 敵は薄闇に紛れる影の手を持ち、それを利用した本体移動を行う。相性は悪かった。
「……落ち着くニャ、みーくん。出来ないで済ませたらおまわり失格ワン」
 うんうんと悩む間にも向こう側での戦闘は続く。戦闘音に耳をひくつかせていた御影はやがて大きく頷いた。
 √越しに拳銃を撃つ。狙いは工場に放置されていたドラム缶だ。ガアンと大きな音が立ち――御影はすかさず視界を動かした。
「その辺! ……見つけたワン!」
 音の反響で位置を特定する。そんな机上の空論を実現できたのは、彼女が人ならざる者ゆえか。
 二発目の銃弾が、細い影の接続を断つ。

 急に崩れた敵の連携。その隙を逃さず、死々美は両方の敵の腕を包帯で絡めとり、縛り上げた。リボン結びなのがポイントだ。
「うんうん……お似合いカップル成立っす。最後は誓いのキスでシメましょか」
 片方のテレビを持ち上げて、もう片方と向き合わせる。一瞬の静寂。そのまま勢いよく叩きつけ、二つの画面を粉々に割ったのだった。
「お幸せに~」

●想いを積み重ねて
 それぞれが戦う中で、特に敵を撃破していったのがエイルだ。
「この武器の真の力、お見せしましょう。日本では冥途の土産と言うそうですね」
 彼が両手に握るのは二振りの刀。銘を『現』と『夢』という。科学的なものと非科学的なもの、それぞれに対して威力を増す宝刀だ。
 今やその力はエイルによって完全に解放された。ひとたび刀身が振るわれると、離れた場所の怪異が真っ二つにされていくではないか。『夢』が影を断ち、『現』がテレビを両断する。完璧だ。
「すごい武器だね。俺もいつかそんな刀を振れるかな」
「おっと、それは違いますよ」
 感心していた以早道の言葉をエイルは訂正する。
「何物も、初めから最高の力を持っているわけではありません。長い年月の中で人に使われながら、人の想いに磨かれていった……それこそがアンティークなのです」
 年月を経ても価値を保ち続けるのではなく、年月を経たことでさらに価値を高める。そうして後世にまで伝わる宝は生まれるのだ。
「見れば分かります、その太刀は大切な物でしょう。あなたと共にあることで、より素晴らしくなれるはずです」
 アンティークショップの店主として、エイルはそれを歓迎する。
「そうしていつか、最新のアンティークを見せてください。お待ちしていますよ」

 以早道は太刀を――黒鉄丸を構え、思う。
 自分はまだまだ至らない。力も技も足りていない。倒せる敵もせいぜい一体だけだ。
 それでも、この一刀に乗せた想いの分だけは、確かに高みに近付くのだろう。
 暗がりへと足を進める――恐怖に立ち向かう勇気。
 影の手が体を打ち据える――痛みを受け入れる覚悟。
 怪異に堕ちた器物を憐れむ――誰かを救おうとする優しさ。
 気付けば相手は眼前に。画面の中の顔から目を逸らさず、腕に力を込める。
 勇気と覚悟と優しさで、斬る。

●未練を断つ
 戦闘が一段落した後。
「やはり何の感情も検知できませんね。あれは何かの物真似でしょうか……っと」
 怪異の残骸に読心術を試みていた公彦は、突然拳銃を撃った。放たれた弾丸は何度も跳弾し、彼の背後にあった残骸の一つを撃ち抜く。
『ギャアッ!?』
「サイコメトラーの第六感、見くびってもらっては困ります。……今度こそ大丈夫そうですね」
 こうして廃工場の脅威は去った。隠れていた女性が姿を現したのは、この直後のことである。

第3章 ボス戦 『人間災厄『善意の死滅天使』高天原・あがり』


 今しがたの戦闘の音でこちらの存在を察知したのか。恐る恐るといった様子で顔を出した女性は、√能力者たちを見てその場にへたり込んだ。どうやら安堵のあまり腰が抜けたらしい。
 心霊テロの影響は既に脱しているようだ。本職の警察官がいることもあり、女性は√能力者たちの言葉に素直に頷いた。
 やがて女性が立てるようになると、まずは場所を移そうという話になる。
 そうして全員で廃工場を出ようとした――その時。

「困るな、お兄さんたち。そのお姉さんは私を呼んだんだからね」

 一人の少女が廃工場の入り口に立っていた。
 すっかり暗くなった外で、ぼうと光る輪のようなものを彼女は背負っている。まるで神や仏の後光のようだが、光の正体は怪異だと、目ざとい者なら気付くだろう。
 長い赤毛をなびかせて、背後に光輪状の怪異を漂わせる少女。以前より度々活動が確認されており、その情報は注意と共に周知されている。
 彼女の名は高天原・あがり。狂った末に死を振りまく災厄と化した√能力者だ。
 何が嬉しいのか、あがりは微笑みながら廃工場へ足を踏み入れた。
「間に合ってよかったよ。願いを叶えたのに幸せになれないなんて、そんな世界は間違ってるよね」
 その笑みは穏やかで、とても親しげだ。だが、女性に近付こうとするあがりをこの場の√能力者たちは遮った。彼女の善意が、普通の人間には害にしかならないと知っているからだ。
 あがりは女性を殺す気だ。
「大丈夫。私が最高の|あがり《・・・》を迎えさせてあげる!」
永雲・以早道

 廃工場に血しぶきが飛ぶ。
 永雲・以早道(明日に手を伸ばす・h00788)は身を挺して女性を光輪から守ったが、代償に肩口を大きく切り裂かれることとなった。焼けつくような痛みに脂汗が浮かび、思わず太刀を取り落としそうになるが、ぐっとこらえる。
 対してあがりは、以早道の行動に驚くこともなく、つまらなさそうに首を傾げた。
「どうしていつも邪魔するの? こんな世界、生きてたって苦しいだけなのに」

 大量の血を滴らせながら、ふらつく足で以早道は一歩前に出る。
「確かに、苦しいさ」
 人生は苦難に満ちている。一つの苦境を乗り越えれば次の苦境がやってくる。それらとどう向き合うべきかなど、万人が納得する答えは存在しないだろう。
「けど、俺は知ってる」
 けれど以早道は知っている。体を動かすことがどれほどの意味を持つのかを。考えながらも立ち止まらないことが、いずれ己をどこかへと導くことを。
「のたうち回っても、もがいても、行動すれば世界の見え方だって変わるんだ」
 泥臭くとも、遠回りでも、一歩ずつ前へと進む。その先にきっと幸福はある。
「だから、まだ終われない。終わらせない――!」
 なけなしの勇気をふり絞り、もう一歩進む。今度は、ふらつかない。
 いつの間にか出血は止まっていた。

「幸せになる道は一つじゃない。俺は俺の幸せを信じる!」
 以早道はあがりの幸福論を否定しない。だが、凶行を見過ごしもしない。全力の一太刀を振るうべく、決意を込めて黒鉄丸を上段に構えた。
「……へぇ。じゃあ、やってみせてよ!」
 再び、殺意の光輪が放たれる。つい先ほど切れ味の鋭さを証明したそれは、今度は女性ではなく以早道へと真っ直ぐに飛んでいく。
 以早道は真正面からそれを見据え、迷いなき瞳と共に全力の一撃を放つ。
 廃工場に甲高い音が響き、暗闇に火花が散った。

広瀬・御影
冬島・公彦

 人は幸せに死ぬべき。それが『善意の死滅天使』の主張だ。
「幸せな最期、ねぇ……。何言ってるか全然分かんニャイけど……」
 広瀬・御影(半人半妖の狐耳少女不良警官・h00999)はそう零した。
 相手の主張はおおよその人間には理解不能である。幸せとは、人生で歩んできた道のりの中に見出すもの。一足飛びに得られるものではなく、ましてや、こんな場所で他者から与えられるものでもない。
 だが、それを指摘しても意味はないだろう。この後に待つのは、御影たち警察官が飽きるほど見てきた展開なのだから。
「まぁ『善意』だろうし止まる訳ないよね。だから僕らが力尽くでやめさせるニャン」
 すなわち、犯人の制圧である。

 回る光輪が音もなく女性に迫る。だがそこに、どこからともなく飛んできた梯子が割り込んだ。光輪は梯子を両断したが、そこで止まって主の元へと戻る。
 梯子を飛ばしたのは、冬島・公彦(改造人間のサイコメトラー・h02490)による|観念動力《サイコキネシス》だ。
「裏表のない、言動一致の性格ですね。分かりやすいのは好ましいですよ、手玉に取りやすいという意味で」
 あがりの操る光輪は、軌道がとても単純だ。フェイントを織り交ぜることもなく、その時その時で狙っている相手に真っ直ぐ飛んでいく。|読心術《マインドリーディング》で狙いを読める公彦にとって、それを防ぐのは容易い。
「ここは危険です、もっと離れてください。物陰に隠れて」
 警官の誘導に従って背を向ける女性。当然、あがりはそれを咎める。
「お姉さんてば、どこ行くの――っ!?」
 しかし彼女は、具体的な行動に移せなかった。それよりも先に、機先を制して攻撃してきた相手がいたからだ。
「――――」
 御影である。感情が抜け落ちたかのような表情でハチェットを振るう彼女は、攻撃が外れたと見るや、闇に姿を溶け込ませた。その動きはまるで暗殺者のようだ。
 その身にまとうのは紅混じりの暗闇。その色は闇夜において、純粋な黒よりも暗い。
 当然、身体能力自体は普通であるあがりに見つけられるものではない。でたらめに光輪を振り回すも手ごたえはなく、気付かない内に体を切りつけられていく。

 敵が相方に気を取られている隙に、公彦は戦場を回り込み、相手の背後を取った。相手の後頭部に銃口を突きつけ、気付かれる前に引き金を引く。
「死が救いだというなら、私があなたの救いになりましょう」
 拳銃の発砲音と重なったその言葉は、普通なら聞こえなかったはず。そもそも、頭部を撃ち抜かれれば即死のはずだ。だが、あがりはぐるりとこちらを向いた。
「無理だよ、知ってるよね? 私たちは死んでも死ねない、おかしな生き物だって!」
 放たれようとする光輪。公彦はとっさに、その回転速度が上がりきる前に掴んで止めようとした――だが。
「こ、れ、は……!」
 掴んだ瞬間、手を通じて膨大な感情が流れ込んできた。今まで行ってきたどんなサイコメトリーよりも強烈な感情。それが多幸感だと彼の頭脳は弾き出したが、そこまでで精一杯。手を離すことが出来ない。
 このままでは致命的なことになると思われたが、その時、一振りのハチェットが公彦の手から光輪を弾き飛ばした。
 公彦の視界に、覗き込む御影の顔が映る。そこには仲間の危機を憂う表情があった。
「敵の武器に触るなんて迂闊ニャよ。今みたいに何があるか分かんないワン」
「……すみません、助かりました。あれが、人間災厄が災厄たる所以ですか」
 そうして捜査三課の二人は横に並ぶ。ハチェットで前衛をこなす御影と、拳銃で後衛をこなす公彦。役割こそ違えど共に戦う仲間だと、その立ち姿で示すように。
 さあ、しきり直しだ。警察官が二人一組である理由を、今度こそ見せてやろう――。

エイル・デアルロベル
ケヴィン・ランツ・アブレイズ

 光輪の輝きが脈動すると共に、あがりの傷が塞がっていく。その様子を観察したケヴィン・ランツ・アブレイズ(|“総て碧”の《アルグレーン》・h00283)は、相手の不死のカラクリに見当をつけた。
「はん、なるほど。お前、怪異と同化してやがるな?」
 本人と怪異の間での、生命力の共有。その指摘を聞いたエイル・デアルロベル(品籠のノスタルジア・h01406)も、光輪が一回り縮小していることに気付く。
「ふむ、このまま押し切ればよさそうですね」
 徹底抗戦の構えを見せる√能力者たち。対して、あがりは口を尖らせる。
「いい加減どいてよ。呼ばれたんだ、|助けて《殺して》って」
「勘違いをしているようですが、あの女性が助けを求めたのは私たちにです。貴女にではありません」
 にべもなく言い放つエイル。
 このような事態になったのは全て、例のキーホルダーが願いを捻じ曲げた結果だ。エイルが内心危惧しているように、あの危険物は適切に処分する必要がありそうだ。
「……だからって、困ってる人を見捨てられないよ」
 なおも食い下がるあがりを見て、ケヴィンは黒鉄斧の石突を床に打ちつけた。廃工場に響くその音は、敵への最後通牒である。
「大人しく引き下がらねェってんなら、ブッ飛ばすまでだ。覚悟しやがれ!」

 光輪が縦横無尽に飛び回る。ドラム缶を、カゴを、棚を、人が隠れられそうな場所を片端から切り裂いていく。
 自分達がほとんど無視されているのを見て、エイルは確信を深めた。
「(やはり、私たちとの戦い自体に興味がある訳ではなさそうです)」
 Ankerを持つ√能力者は死んでも蘇生できる。死という救いを与えたい彼女にとって、√能力者同士の戦いは時間の無駄なのだ。
 ならば、その隙を遠慮なく突くとしよう。隠れた女性が見つかる前に決着をつけよう。エイルはそう決意し、宝刀の封印を解いた。封じられていた記憶と力が流れ込んでくる。夢と現が入り混じり、一つに溶け合っていく。
「この戦いによる新たな記憶を武器に……そして貴女に刻んであげましょう」

 物だらけの廃工場を機敏に走り抜けるエイルと、そこに愛馬で並走するケヴィン。幾度も繰り出される三つの刃にあがりは斬り刻まれていった。
「……ふう。先に、お兄さんたちを切った方がよさそうだね?」
 ゆえに、敵がしびれを切らしたのも必然だった。軌道を突然変えた光輪がエイルへと迫り――割り込んだ騎士の右手が掴み取る。
 それは先ほどの戦いの再現だった。通常ならば、怪異の幸福洗脳には抗えない。
 だが、しかし。ここにいるのはかつての真竜、|“総て碧”の《アルグレーン》ケヴィン。その身に宿りし力は炎のごとく、触れた物を焼き尽くす。
「……ニンゲン誰しもささやかな願いはある。ささやかで切実、だけど叶うことは多くはねェ」
 静かに語るその姿に怪異の影響は見られない。ケヴィンは光輪を掴んだままの手を、さらに力強く握りしめていく。最強の√能力、ルートブレイカーを宿した手を。
「世の中ってのはそういうモンだ。だが、だからこそ、そいつをダシにして他人を害するってのは捨て置けねェなァ!」
 そうしてついには光輪を握り潰したではないか。光輪は耳障りな音を立てて砕け、地に落ちた――そこへ追撃の黒鉄斧が振り下ろされ、完全に粉々となる。

「あ――あああっ!? 私の光がっ!?」
 今までの余裕が消え失せ、取り乱すあがり。あるいは、本人こそが怪異の影響を一番に受けていたのか。
 彼女が気付いた時には、エイルは既に懐まで迫っていた。
「私はみんなを、お姉ちゃんを――」
「貴女の願いは叶いません。私たちが叶えさせません」
 そうして閃いた二つの刀。それらは夢だったかのように相手の肉体を素通りし――敵が崩れ落ちたという現実を作り出したのだった。

●願いを叶えるのは
 戦いを終えた√能力者たちは、女性を警察署へと送り届けた。女性は取り調べを受けるだろうが、彼女はただの被害者であり、すぐに解放されるだろう。そうして、一連の事件はひとまずの収束を見せた。
 だが、これは√汎神解剖機関で起きる超常的な事件の、ほんの一部にすぎない。世界の平和を保つには、これからも√能力者たちの活躍が必要だ。
 例え魔法のランプがあろうと、その願いは大きすぎるのだから――。

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