翻訳タケノコを採取せよ!
●ブリーフィングルーム
「皆さま、外国語対策はお済みでしょうかぁ?」
と、あなた方を前にして、田抜・くのえ(狸ではない洗い屋・h00255)は微笑みを浮かべた。
異端の存在たる√能力者も、言語能力という点に限っていえば一般人と大差はない。知らない言語を用いたコミュニケーションをするのであれば、何らかの補助が必要となるのだ。
「√ドラゴンファンタジーでは、とある竹を用いて、翻訳機械の材料や通訳魔法の触媒としているそうですよぉ」
――|ゲンヨウチク《言葉竹》。
特定のダンジョンでしか採ることのできない特殊な竹であり、しかも若いタケノコでないと使えないとかで、なかなかに希少な素材として知られているのだという。
「暖かな季節が近づいてきましてぇ、そろそろタケノコが生えてくるんじゃないかということで、皆さまに採取の依頼を出させてもらった次第なんですぅ」
そう言ってくのえが提示した金額は、単なるアイテム採取としてはなかなかの値段だった。
手に入れたゲンヨウチクは、一部を持ち返って自身の装備品として加工しても構わないというから、実入りの大きな仕事と言える。
「ちなみにぃ、ゾディアックサインによるとボス級のモンスターが出現するみたいなので、ついでに倒してきてくださいねぇ」
最後に資料を渡す間際になって、くのえはシレッと大事なことを言った。
●静寂の竹林
指定されたダンジョンの階層に到着したあなた方の前には、青々とした竹が生い茂っていた。
太くて背の低い容姿は、ゲンヨウチクの特徴である。
この竹林から、素材となる『若いタケノコ』を探し出すわけだが……あなた方は事前に聞かされた注意事項を思い出すことだろう。
タケノコを発見するまで、なるべく音を立てないように。
なんでも、ゲンヨウチクというのは『音』に敏感な性質らしく、静かな環境でないと上手く採取できないのだろうだ。
声を出さず、物音を立てず、ソロリソロリとあなた方は歩き出すことになる。
第1章 冒険 『サイレント・ダンジョン』
●
「ひええ、外国語対策全然だめー!」
雪月・らぴか(えええっ!私が√能力者!?・h00312)は悲鳴を上げた。
語学力なんてちょっとの英単語がせいぜいで、今となっては大学入試のレベルを維持できているかも怪しいところだ。他の言葉に至っては皆目見当もつかない。
全部日本語ならいいのにね!
と、世界言語統一に想いを馳せたって意味はなし。一般に入手できるような翻訳アプリは少しばかり面倒くさい。そんな悩みを解決してくれる素材アイテムが手に入るならば、こりゃあもう採りに行かない手はなかった。
●
「ってなわけでダンジョンにやってきたわけだけど……ひええ、私に静かにしろっていうのは拷問みたいなもんだよぅ」
雪月らぴかはおののいた。
しゃべるな、物音を立てるな、だなんてゴリラに向かって胸を叩くなと言うようなものである。
禁じられたら余計に手足がムズムズ舌がソワソワしてくるが、しかし彼女だって無策で来たわけではない。
「桃炎燭台ピンクブレイズ……点灯!」
らぴかの掲げたキャンドルに、桃色の火が生じた。
揺らめく炎は『1/fゆらぎ』という波長を紡ぎ、リラックス効果を与えてくれるのだ。
焦燥感をほぐされて肩の力が抜けたら、ゆっくりと歩き出す。
(なるべく、火を揺らさないように。竹に燃え移らないように……)
緩んだ意識はほどよい緊張を保ち、蝋燭の火に集中していた。一つの支柱を作ったことで精神はこの上なく安定しており、ごく自然に音を立てない動きができている。
蝋燭の芯がジジと焦げる音が聞こえてくるような静寂の中、らぴかは歩を進めていった。
●
「言語のサポートをしてくれるタケノコか、凄い植物だね」
と、ルーネシア・ルナトゥス・ルター(銀狼獣人の職業暗殺者・h04931)が興味深そうに呟けば、
「確かに、有用な素材でござる」
と、夜雨・蜃(月時雨・h05909)も同意する。
「拙者も偶に『何を言ってるの?』という反応をされることがあるので、そういった翻訳機械にお世話になることもあろう」
「うんうん」
蜃の言っているのは翻訳でどうこうできるたぐいなのか疑問符がつくが、世間知らずなところのあるルーネシアは、わかっているのか定かでない表情で頷いている。
「そういえば聞いた話では、とある地方だと翻訳といえばコンニャクらしいよ」
「ほほう。本当の事なら世界は広いで御座るな」
などと閑話に興じているうちに、二人はダンジョンの指定階層まで到着した。
ここから先は音を立てず、ということなので、蜃は持参したペンとスケッチブックをルーネシアに渡す。
『何か見つけたら、カンペで伝えるで御座る』
『OK』
意思疎通に問題がないことを確認したら、さっそく行動を開始する……が、歩き始めればすぐに二人は実感するだろう。
((……本職。だけど、同業じゃない))
足音を立てない歩き方。視線の配り方。心拍を安定させる深く静かな呼吸。それらは訓練だけで身につくものではない。数々の『実戦』をくぐり抜けてきた練度を互いに感じ合うことができた。
ともに隠密を生業とする者。ただし、似て非なる者であることもまた明白だ。
ルーネシアの動きは呪わしい昏さを帯びた血の匂いが濃いのに対して、蜃の気配はもっと希薄な夜霧のごとし。
職業暗殺者と戦線工兵、どこまで近くとも交わることはない一線を隔てながら、二人は肩を並べて進んでいく。
そうして、しばらく。
先に気づいたのは蜃であった。
(やや……あれが、目的のもので御座る?)
彼のオッドアイが捉えたのは、土の中から顔を出している三角の頭。その特徴的な形状は、タケノコのそれだ。
静かに、しかしすばやく駆け寄って周りの土をのけると、ルーネシアが幅広のマチェットナイフを一閃して根元から切断する。手応えは柔らかく、刈り落とした首級のように持ち上げた収穫物を、ルーネシアはまじまじと眺めた。
(うーん、これが魔法や魔道具の材料になるなんて不思議なものだ。君は偉大なタケノコなんだねぇ)
などと感心する彼女の横で、蜃は首をひねっていた。
(一見すると普通のタケノコ。音に敏感というのは、どういうことで御座る? 外敵と思われ、タケノコが走って逃げ出す訳でもあるまいに……いや、ことダンジョンの中に限ってはあり得ぬ話でも……い、いやいや)
うっかりすると現実になりかねない、と蜃は慌てて妙な想像を打ち消した。
多分、何らかの関係で効力を失ってしまうとか、その程度のことに決まっている。まさかまさか、滅多なことは起こらないはずだ。
●
「タケノコの採集、か」
櫃石・湖武丸(蒼羅刹・h00229)は呟いた。
春の訪れを感じさせるイベントだ。もっとも、外界ならいざ知らずダンジョンの内部においては四季も何もあったものではないかもしれないが。
ともあれ、仕事と関係のないことに気を取られてばかりもいられないので、目の前のことに集中するとしよう。
湖武丸は採集用の籠を背負いなおし、音を立てないよう慎重にダンジョンへと踏み入る。
その隣では、アダムス・オールナイター(愛の薬・h06030)がそろりそろりと歩を進めていた。
来る途中に寄った道具屋でタケノコ掘り専用として売られていた鍬を肩に担ぎ、ハンドサインやジェスチャーで湖武丸とコミュニケーションを取りながら、周囲の竹を観察する。
(……生えているのは、同じ種類の竹ばかりみたいだな)
(すべてゲンヨウチクでしょうか。探すまでもない、と言えば結構ですが……さて、どこに目星をつけたものやら)
予想していたよりも広大な竹林に戸惑う二人だが、幸いにしてさほど彷徨うことはなかった。湖武丸が、土の中から先端を覗かせているのを発見したのだ。
クイクイと手招き。
アダムスを伴い、土を掘り返して根元から刈り取る。細心の注意を払い、専門の道具を用意してきたおかげもあって、作業はすこぶる順調だった。
背負い籠に収まった重みを感じつつ、改めて辺りを見渡せば、同様にいくつものタケノコが顔を出しているのに気づくことができる。
(なんとなく、見つけ方がわかってきたな)
コツを掴んだ湖武丸とアダムスは次々とタケノコを発見し、ふたりがかりで籠を満たしていく。
勢いに乗っている感覚に胸を躍らせながら、この時の二人は奇しくも似たようなことを考えていた。
(食べてみたいものだが……高く売れるのか。換金して、いいモノを食べにいくか、悩ましいな)
(これだけ採れたのだから、後で余ったぶんを料理して頂きましょうか。いい酒のつまみになりそうですし、特殊な素材というなら何らかの食事効果だって期待できるかもしれません)
食欲に思いを馳せる彼らが|それ《・・》を見逃してしまったのは、果たして単なる偶然や不注意だったのだろうか。
ギラギラッ
と、ダンジョンの奥にたたずむ一本の竹が、なぜか誰にも気取られることなく、妖しげな煌めきを発している。
第2章 冒険 『タケノコニョッキッキ』
●
あなた方は「音を立てない」という制限を守りながらダンジョンを探索している。
目当てのタケノコを発見し、つつがなく収穫を進めて、さて一段落といったその時であった。
『ジャーッジャラジャラジャラ!!』
どこからともなく物の音とも獣の鳴き声ともつかない怪音が、静かな竹林に響き渡ったかと思うと、次の瞬間には地面にヒビが入り……
ニョキ!
ニョキ!!
ニョキィィィィィ!!!
ものすごい勢いで地中からタケノコが突き出してきたではないか。タケノコは次々と伸び上がってきては、あっという間に緑色の竹へと変化してしまった。
怪音の正体が気になるものの、それは後回しだ。
急成長するタケノコ群は、さながら串刺しトラップのごとし。
迎え撃つか、回避するか、それとも竹になってしまう前に収穫するか。あなた方は何らかの対応をしなければならない。
●
中々集まったことだし、収穫物を置きに一旦入り口まで戻ろうか……。
などと、夜雨・蜃(月時雨・h05909)が考えていた矢先。
『ジャーッジャラジャラジャラ!!』
突如として面妖な音が響き渡ったかと思うと、轟音とともに地面を突き破ってタケノコが次々と伸び上がってきた。
「成る程、こういうことでござったか……このままでは皆、磔の刑になってしまうのでは?」
背中を冷たい汗が伝うのを覚えながら、蜃は素早く思考を巡らせた。
悠長に構えている暇はない。限りなく限られた時間の中で、彼が弾き出した答えとは……。
「撤退! 一度撤退で御座る!」
もともと引き返そうとしていた勢いそのままに、脱兎のごとく逃げ出した。
「……収穫したタケノコを無駄にはできぬ。必ず生還することこそ、本任務の本懐で御座る」
臆病風に吹かれたのではなく、きわめて冷静かつ大局的な視点から即断した蜃の逃げ足には、迷いも引け目も皆無だ。
来た道、というのは「すでに探索を終えた場所」という意味も込められており、飛び出してくるタケノコの数が他より少ない。完全に地中に隠れていたなどして見逃したタケノコが出現することはあるものの、蜃を止めるにはあまりにも不足が過ぎた。
障害物競走のハードルほども手を焼くことなく、軽快に竹林を駆け抜けた蜃は、無事にタケノコを安全地帯まで運び出すことに成功したのだった。
「ふう。ここに置いておけば、今後の戦闘に巻き込まれることもなかろう。……しかしあの声の主は一体何者なのか。突き止める必要があるようで御座るな」
額を拭うのもそこそこに、蜃は次なく目標を設定して動き出す。
●
「うん? ……おぉっと!」
突如としてニョッキニョッキと飛び出してきたタケノコたちに、ルーネシア・ルナトゥス・ルター(銀狼獣人の職業暗殺者・h04931)はとっさに身を翻した。
自慢の尻尾を掠めた気がしたので慌てて振り返り、禿げ上がっている部分がないか確認して、無事なようだと胸を撫で下ろす。
「ひええ! 静かにしないといけないってこういうことだったんだね!」
雪月・らぴか(えええっ!私が√能力者!?・h00312)が戦慄しているのを横目に、ルーネシアは「大自然の勢いって凄いね」とどこかズレた感想を抱きながら周囲を見渡した。
「まったく、急にやる気なんか出して……まるで辺り一面が地雷原だ」
独り言ちながら、銀狼の尻尾をフルと揺らして、白銀に輝く愛銃を抜く。弾倉に込められているのは、精霊に祝福された銀の魔弾。人狼殺しの銃器型兵器である。
精霊銃を構え、撃鉄を起こす。
「残念ながら串刺しにされる趣味はないよ。というかタケノコに殺されたとあっては風評がね……」
引き金に指をかけ、標的に照準。
「……仮にも私は暗殺者、殺す側だから」
――√能力【エレメンタルバレット『雷霆万鈞』】!
破裂音とともに銃口から飛び出した魔弾は、パリと雷電をまとって風を貫き、着弾し――爆!! 爆風の半径は22メートル。ちょっとしたスーパーマーケットくらい収まってしまいそうな広範囲を蹂躙し、竹もタケノコもまとめて粉々に粉砕せしめた。
立ち上る黒煙が視界を塞ぎ、一瞬の後。
「ひええ、ビックリしたぁ!」
煙の中から、らぴかが飛び出してきた。
爆発に巻き込まれたらぴかだったが、ダメージは受けていない。代わりに精霊の祝福を与えられた魔力をパリと帯電し、風を切って走り出す。
――発動、【両鎌氷刃ブリザードスラッシャー】!
らぴかの持つ魔杖の両端から氷の鎌刃が生えてきて、ピンク色に輝きを放つと、帯電によって強化された戦闘能力がさらに向上した。
4倍となった移動力は目にも留まらず、ジグザグと残った電光だけが彼女の走った痕跡を示している。そして直後、らぴかが見切って回避したポイントからタケノコが出現し、足跡を避けるようにして生え並んでは青竹へと変化していった。
「静かならタケノコ、音出せば竹が取れてお得! ……ってそれどころじゃないよね!」
氷の両鎌を高速回転させ、行く手の竹を斬り払いながら前進する。
内側に刃の付いた三日月は「草刈り」という本来の役割を十全にまっとうして、太く硬そうな竹をいともたやすく切断。さらに暴風雪のごとき斬圧が何もかもを吹き飛ばし、らぴかは破片の一つすらない真っ平らな道を突き進むことができた。
目指すのは、『ジャラジャラ』と聞こえてきた音の発生源。らぴかの予想が正しければ、タケノコを暴走させている元凶であり、星詠みが予知したボス級モンスターだと思われた。
「ひええ、頑張らないとね!」
悲鳴を漏らしながらも奮い立つらぴかの後ろから、ルーネシアも【エレメンタルバレット『雷霆万鈞』】で進路確保と味方の援護をしつつ進んでいく。
「戯れならともかく、本気を出せばこのくらいね」
殺人トラップよろしく襲いくるタケノコ群も、大した脅威にはなりえない。
最初の不意打ちさえ躱してしまえば、あとは毛の一房すらも触れることは不可能なのだ。
●
「……困ったな」
櫃石・湖武丸(蒼羅刹・h00229)は眉をひそめた。
竹になってしまっては硬くて食べられないではないか、と。
「いや。若竹くらいまで育ってしまってもメンマにできるというし、まだ可能性はあるか……。なんだ、伸びても食べられそうな気がしてきたぞ。これが伸び代というものか!」
ははは、と高笑い。
無事に自己完結できたところで……さて、やるか。
脳裏に浮かぶのは、修行の一場面。床から竹槍が生えてくる、なんて仕掛けがまさかこんな所で活かされることになるとは、と感慨深いものを覚えつつ。
スゥ――
と、精神統一。
闇雲に動いてはむしろ危険と、腰の刀に手をだけかけて居合の構え。
半眼になった瞳は焦点を結ばず、ゆえに視野の全体へと意識を散開させる。
研ぎ澄ませた耳が大地の軋みを探り、土の中で急速に膨れ上がる気配を捉える。
位置は掴んだ。
あとはタイミング……3、2、1。
チャキ、と親指が鯉口を切るのと同時、地面にヒビが入った。
「風の如く。――【風斬】!」
鞘から滑り出た刀身が、旋風を生む。
閃く斬撃軌道は湖武丸を狙ったタケノコとピッタリ重なり、直撃する角度にあった3本をあやまつことなく斬り飛ばした。
ボトッ、ボトッ、ボトッ
と、続けて落下したタケノコを、湖武丸は無造作に拾い上げると、少し考えてから背負い籠に放り込んだ。
「もう緑色で硬くなっているが、まだ食べられるかもしれないからな」
第3章 ボス戦 『呪われしバイティア』
●
タケノコの強襲を乗り越えたあなた方は、ふと気づくかもしれない。
何故に今まで見逃していたのか。ゲンヨウチクの竹林の奥に一本だけ、妖しげな光を発する竹があることに。
中に入っていたのは、玉のようなかぐや姫……ではなく、魔力を帯びた宝玉だ。
竹の中に隠れていた宝玉は、ひとりでに隠密状態を解除して飛び出すと、√能力によって金銀財宝を生み出して、瞬く間に組み合わせていく。
構築されたのは、美しい女性の姿。
宝玉をコアに、財宝をパーツとした肉体の持ち主は、『呪われしバイティア』と呼称される|ミミック《宝箱型モンスター》の一種である。
『ジャラジャラジャラ!!』
呪われしバイティアは、コインの詰まった袋を振り乱すような騒がしい声で喚きながら、あなた方へと襲いかかった。
●
「おおお、竹から出てきて女の子になるって、かぐや姫のつもりなのかなー?」
ダンジョンのモンスターもご存知とは、さすがの知名度である。
だがしかし、もしも意識しているのであれば、『ジャラジャラ』という鳴き声も何とかしてほしかったところだ。
「言っても通じないかもだけど。……とにかく! こいつがボスっぽいし、ササッと倒しちゃおう!」
雪月・らぴか(えええっ!私が√能力者!?・h00312)は魔杖を握り直して、牙を剥き出し襲ってくるモンスターを迎え撃った。
力いっぱいフルスイング。『呪われしバイティア』が財宝を合体させた腕を広げて抱きつきに来るのを、「場外まで吹っ飛べ」とばかりにぶん殴る……が。
「おっ?」
思いのほか軽い手応えを残して、バイティアはいとも簡単に砕け散ってしまった。
バラバラに散らばったきり動くことのない金銀財宝に、しかしらぴかは油断しない。
「どうせ√能力で作った複製だもんね。本体は……そこだ!」
『ジャラ!?』
魔杖を突きつけてやれば、ギクッと。竹林の陰に身を潜めようとしていたバイティア本体が硬直した。
「何故わかった?」とでも言いたげな表情は、どうやら気づいていないらしい。その背後に、らぴかの従順なる[彷徨雪霊ちーく]が憑いて位置情報を伝えていたことに。
そして、気づく前にチェックメイトだ。
――√能力【変形惨撃トライトランス】!!
らぴかは放たれた砲弾みたいな猛烈ダッシュでバイティア本体に肉薄すると、魔杖を思いっきり振り回した。
杖先端に付いた満月のような球体がモンスターの横面を張り倒し、よろけたところを氷の鎖で捕縛。傍の竹もろとも氷漬けにしてやる。
「口座じゃなくて現金凍結って感じだね!」
ニカッと笑い、斧形態へと変形させた魔杖を振り下ろすと、ピンクに輝く斧刃はモンスターの脳天をかち割ってコアにヒビを入れた。
●
「随分高そうな物を持っている……というより、存在自体が金目の物だな」
だからといって物取りをするつもりはないが……と、櫃石・湖武丸(蒼羅刹・h00229)は『呪われしバイティア』を眺めて小さく息を吐いた。
見たところ、相手は問答無用で戦る気まんまんだ。こちらの意図が何であれ、選択肢は一つしかないらしい。
「いいだろう。そのジャラジャラ、俺と勝負しよう」
湖武丸は言い放つと、刀を鞘に収めなおして居合構えを取った。
迅い!
切っ先が鞘口へと吸い込まれるような素早い納刀には一切の隙がなく、敵にわずかな猶予も与えない。瞬速で万全の態勢へと移った湖武丸に、バイティアは忌々しげに唸りながらジリジリと距離を詰めていく。
「……」
『……』
「…………」
『………………ジャラッ!!』
無言の睨み合いに耐えられなかったか、先に仕掛けたのはバイティアの方からだった。
√能力【フェイクミミック】を発動。
湖武丸の背後にたゆたうインビジブルを凝視すると、一瞬で位置を入れ替えて死角からの強襲を……――――斬
『ジャラ……ッ!?』
「――見えれば、届く」
入れ替わりが起こるのと、まったく同時。抜き打ちの一刀が、バイティアの胴体を両断していた。
√能力【居合術「色即是空」】。
空間を超えた平行世界まで届く居合斬りである。
最初から入れ替わり一本にヤマを張り、周囲のインビジブルを注視していれば、発動に合わせて“後の先”を取るくらいわけのないことだった。
「だが、今の手応え……急所を外したな。賽ノ目が1だけ足りなかったか」
『ジャラジャラ!』
どこか悔しそうに湖武丸が倒れたモンスターを見下ろしていると、別のバイティアが飛びかかってきた。
【フェイクミミック】で入れ替わったインビジブルは偽物へと強制変身させられて融合攻撃を行うのだが、湖武丸は動じるでもなく「おっと」と軽やかに受け止める。
「変わり身の術もなかなか良いな」
そう言って返したカウンターは今度こそ会心。一撃で粉砕し、偽物をもとのインビジブルへと還したのだった。
●
彼の接近に気づいた者は、果たしてどれ程いただろうか。
海を泳ぐかのように空中を浮遊し、闇から闇へ。ついでに素材採取もしながらやってきた、眼孔を持たぬ闇の蜥蜴。
その名を、 ウィズ・ザー(闇蜥蜴・h01379)と云う。
「――ニィ」
と、素早く駆け付けたウィズは口角を吊り上げて、『呪われしバイティア』と相対していた。
『ジャラ……』
D.E.P.A.S.とダンジョンモンスターは睨み合い、同時に跳躍した。
それぞれ使用する√能力はベースが同じで、相性は完全に五分五分。ゆえに素のステータス差がもろに出る。
つまりどういう事かというと、イニシアチブを取るのは確実にバイティアの方だという事だ。
先んじて有利な間合いに持ち込んだミミックは、【サプライズミミック】の攻撃を仕掛ける。操られた財宝群が、跳躍から態勢を整えきれていないウィズへと襲いかかって――ガギン!?
その体躯へ届く寸前で、黒い霧のようなものに弾き返された。
虚無の精霊が産み出す不可視の刃、『刻爪刃』。相手が格上なことくらい百も承知である。先を取られるのがわかっているなら、想定して備えておけばいいだけの話だ。
そして、先制攻撃さえ凌げれば、どれほどの格上であったとしても付け入る隙はある。
――√能力【星脈精霊術【梟刃】】!
影業『闇顎』がバイティアに喰らいつき、直後に両者は隠密状態となった。
ウィズは自身を不可視に変える風をまとって周囲に溶け込み、バイティアは財宝の嵐を巻き起こしてその内側に身を隠す。
お互いに相手の姿は確認できない。しかしウィズは、初手を制したという確信があった。その証拠に己は傷を負っておらず、地面にはモンスターの肉体を構築していた財宝の破片が散らばっていたのだ。
●
「おっと……何かと思えば金銀財宝で形作ったミミック……かな」
ルーネシア・ルナトゥス・ルター(銀狼獣人の職業暗殺者・h04931)はパチパチと瞬きをした。
「竹取といえばやっぱりかぐや姫だけど……それにしては少々品がないかな」
『ジャラジャラ!』
言葉の意味が通じたか、単にこれまでの戦闘が負けっぱなしで苛立っているだけか、『呪われしバイティア』は憤った様子で襲いかかってきた。
√能力【フェイクミミック】によって偽物を生み出し、けしかける。インビジブルを変異させた偽物の、対象との融合を強いる抱きつき攻撃を、ルーネシアは大きく跳躍して躱した。
「ふふふ。タケノコニードルを避けるくらいには、スピードに自信があるんだ」
宝物と抱擁を交わす趣味があるならまだしも、相手の得意な領域に付き合う義理はない。跳び退いたルーネシアは片手を伸ばし、竹を掴んで空中に留まると、もう片方の手で精霊銃の引き金を弾いた。
頭上からの銃撃。人狼殺しの弾丸はバイティア本体のど真ん中をあやまつことなく捉える。
『ジャアアアアアッ!?』
|大当たり《ブルズアイ》。
これも精霊の祝福か、賽の女神の気まぐれか。最初の一発が最高の威力を叩き出し、急所を撃たれたモンスターは痛みに悶えて泣き喚いた。
七転八倒しながら【サプライズミミック】を発動。ろくに狙いもつけず財宝の嵐で周辺を薙ぎ払う。
『ジャア!? ジャラララララ!』
「うるさいね。ここでは静寂にしないといけないと教わらなかったのかな?」
あまりの騒々しさに、銀狼の暗殺者は顔をしかめた。
「私の自慢の耳がこれ以上悲鳴を上げる前に、騒がしい方にはご退場願おうか」
と、【ダスクパペット】の効果で隠密の闇をまといつつ、弾を再装填するルーネシア。
そこから少し離れた位置に、もう一人。夜雨・蜃(月時雨・h05909)も弾丸を構えていた。
「雉も鳴かずば撃たれまい……拙者達に襲いかかったのが運の尽きで御座る」
冷徹なまなざしで、蜃は属性を帯びた苦無を投擲する。それが奇しくも、ルーネシアの連撃と重なった。
「疾れ轟音。【飛苦無「雷獣」】!」
「……【エレメンタルバレット『雷霆万鈞』】」
放たれた苦無と銃弾はそれぞれ一直線に飛翔し、財宝の嵐をすり抜けて、延長線上で交差する。
切っ先と弾頭が接触。
パチッ、と電気が弾けて――――
|爆《爆》!!!
二重の大爆発が起こった。
ルーツの異なる雷は混じり合い、相乗効果によって単独を遥かに超える範囲と破壊力を得る。
財宝群はまとめて吹っ飛ばされて、内部にいたモンスターは隠密状態も何もあったものではなく、電撃と爆撃でボロボロになった姿をあらわに立ち尽くすのみだ。
「隠密が解かれた。好機で御座る」
今こそ攻める時、と蜃は勇んで踊り出た。
爆発でもって根こそぎ消し飛んだ後の焼け野原を駆けながら、連撃で√能力を発動する。
「忍法氷龍纏い――覚悟!」
一気に速度が増した。
粉雪にも似た残滓だけを置いて少年の姿がかき消えて、次の瞬間には敵に肉薄している。
いつの間に抜刀したのか、手には抜き身の日本刀。
鏡のごとく研ぎ澄まされた刃金の奥で、氷龍が咆哮するのを幻視する。
「【霞千靭奔り】!!」
必殺の刃は敵の装甲を貫いて、胸から背中まで突き抜けた。
衝撃で氷片が散る。
バイティアは激しく痙攣し、天を仰いだ姿勢で硬直。時間が止まったかのような静寂があって……唐突に魔力が消失した。美女の形に組み合わさっていた財宝がバラバラに崩れ落ち、最後に刀が貫いていたコアの宝玉が澄んだ音を立てて真っ二つに割れた。
「倒した……で御座るか」
蜃は残心を解いて刀を収めると、足元に散らばるバイティアの残骸を見下ろした。
こういった金銀財宝に目が眩んだ人間を捕食したりしていたのだろう。それに、先刻のタケノコ急成長を利用して獲物を捕らえることだってあったかもしれない。とても野放しにはしておけない、危険なモンスターであった。
「犠牲者が増える前に仕留めることができて何よりでござった」
「モンスターも√能力者だから、そのうち復活するんだろうけど……少なくともこのエリアはしばらく安全だろう。タケノコ狩りもずっと気楽になるんじゃないかな」
勝利を噛みしめる蜃に、ルーネシアも軽く肩を竦めて、ざっと周囲に目を配ってから踵を返す。
「騒音も去ったことだし、さっさと今あるゲンチクヨウを持って帰ろうか。周囲もすっかり竹林になってしまったよ」
「で、御座るな。採取したゲンヨウチクは安全な場所に置いてあるから心配はなかろう。後は無用に竹を刺激せぬよう、静かに退場で御座る」
戦利品の重さを感じながら、二人はダンジョンを後にする。
報酬を受け取ったら何に使うか。手に入れたゲンヨウチクはどう活用するか。帰ってからのお楽しみは盛りだくさんだ。