おいでませ温泉ダンジョン
●おいでませ温泉ダンジョン
「みんな、温泉に行かない?」
√能力者達に向かって|雨深《あまみ》・|希海《のあ》(星繋ぐ剣・h00017)が突如として告げた。
「降りてきた情報によるとね、√ドラゴンファンタジーに新しいダンジョンが出来るみたいなんだ」
希海が星詠みの力で得た内容を√能力者伝え始める。そしてここからが肝心、と希海は一呼吸おいてから、満を持してといった風に語った。
「そこね……なんと温泉が出るんだよ」
それは、人里から少々離れたところで発生した。入口からはもうもうと白い湯気が立ちのぼり、独特のにおいがふわっと香る。
ひとたびダンジョンをくぐれば、水晶で出来た美しい森が出迎え、少し進んだ岩場のいたるところで、乳白色の温泉がこんこんと湧いている。
効能は打ち身、切り傷、捻挫……つまるところ身体に良いらしく、肌荒れなどにも効果がありそうだ。
温泉が湧いている範囲はかなり広く、男湯、女湯などの大まかな区切りだけではなく、グループやカップルでの利用もできそうだ。
「みんなが一番乗りだよ、自由に使えるね」
さらに希海の語るところによれば、生まれているモンスターもあまり強くはない。
危険度や緊急度も低いことから、今回生まれたダンジョンは、冒険初心者向けのダンジョンと言えるだろう。
つまり、このダンジョンには今後冒険者で賑わうことが予想される。さらにダンジョン冒険のついでに温泉となれば、レジャー感覚で訪れる冒険者達も現れそうだ。
「というわけでね。温泉を楽しんだら、ちょっとやってもらいたいことがあるんだよ」
希海が改まって√能力者達を見返す。やっぱり、ただ遊ぶだけというわけにはいかないようだ。
「これから冒険にやってくる人達が怪我しないように、今回は浅い層の中でも、特に危険なモンスター退治をお願いしようと思うんだ」
希海が地図を広げながら言う。ざっくりと書き記した手書きの地図だ。
そこに大きく丸をつけて、この地域を縄張りにしているボスモンスターの名を告げる。
「『土竜』っていう、竜型のモンスターだよ」
人を狩ることを目的にしている危険なモンスターだ。初心者冒険者にとっては骨の折れる相手だろう。
「他にも雑魚がいるみたいだけど、星詠みでは詳しく見えなかったよ」
雑魚モンスターが出てくるかどうかは状況次第ということだ。とはいえ、温泉の最中にはあまり警戒する必要もないだろう。
「それじゃ、みんな頑張って。これからの冒険者達が安心して探索できるようにしようね」
希海はそう言って頭を下げた。
第1章 日常 『迷宮に湧く温泉』

人里離れた森の中、そのダンジョンは生まれた。
中に入れば水晶で出来た樹々が連なり、美しい光景を冒険者達に見せつける。
太陽の光を受けて七色に輝くそれらが誘うのは、ふわりと香る湯気と、こんこんと湧き出る乳白色の温泉であった。
「マスター、温泉入っていいの!」
第四世代型・ルーシー(独立傭兵・h01868)は、マスターと呼ぶ者からの言葉に心を躍らせていた。
思えば最近は戦い続きだった。それも、色んな√を目まぐるしく動き回っているし、知らず知らずのうちに疲労が溜まっていたのだろう。それをマスターは察し、こんな計らいをしてくれたのだ。
「それじゃ、楽しませてもらおうかな」
ルーシーは期待に胸を膨らませ、温泉へと足を踏み入れた。
温泉の疲労回復効果を期待してダンジョンを訪れたのはルーシーだけではなかった。
「最近、ちょっと疲れ気味だったのよねぇ」
やれやれ、といった具合で呟くのは、ソフィーヤ・スタロドゥプツェフ・ソフィーヤ・スタロドゥプツェフ(調査会社の所長さん・h04623)である。
彼女の立ち上げた調査会社の仕事はおかげさまで大繁盛。最近は休む暇もなく忙殺されている日々であった。
「そんな時にこんな依頼があったらねぇ♪」
ソフィーヤは上機嫌なまま、しゅるりと衣服を脱ぎ棄てる。温泉に入る支度を続けながら、ソフィーヤは改めて周囲を見渡した。
「水晶で出来た美しい森と乳白色の温泉だなんて……もうロマン!」
豊満な肢体をバスタオルでくるんだら準備完了。
つま先をつん、と湯に二、三度浸けて温度を確かめてから、ゆっくりと身体を沈めてゆく。
「はぁああ~~~……」
ルーシーは、温泉に浸かって幸せそうにため息をついた。
記憶を失っていようと、脳がWZに乗るための調整を受けていようと、本能が喜びを全身に伝えてくれる。
「私のいた√ウォーゾーンでは身体を休められる場所は少ないからなぁ」
すくった湯を肌になじませるようにしながら、ルーシーは呟く。
岩を背にして足をぐっと伸ばすと、身体の奥にあった、自分自身でも気付いていなかったような疲れまでもが染み出て、消えてゆくような気がした。
『疲労がたまってるだろうから疲れをとるといい』
そんな言葉を思い出す。マスターはよくよく、ルーシーのことを見てくれているんだと思った。
そのマスターの真意がどんなものであれ、今この時間にルーシーを包みこむ幸せは本物だ。
「あぁ~~……」
「あは~ぁぁ~、いきかえっちゃう~~♪」
ルーシーとソフィーヤの声が重なった。
ソフィーヤもじんわりと暖かな湯の熱が身体を包み込んで、思わず声が出てしまったようだ。
けれど、鼻歌は我慢。ルーシーをはじめとした冒険者も続々来ているみたいだし。
「いつもなら美肌の温泉に行くけど、こっちで正解ね」
ソフィーヤがいくつか湧いている温泉を思い返しながら呟いた。それほどまでに疲れが溜まっていたのだろう。
だが、ここでちょっと首を傾げる。
「……まだ若いはずなのに、なんだか年寄じみとるかしら」
そんな風に独りごちながら、改めて景色を眺める。
「でも、ここは素敵ね……。今度、私の二人のお姉さまも誘おうかしら♪」
そんな風に、次なる計画を立てながら、ソフィーヤはゆっくりと身体を湯に委ねる。
こうして二人は、それぞれ思い思いに温泉を楽しむのであった。
「ダンジョンに温泉ねぇ」
|御剣《みつるぎ》・|刃《じん》(真紅の荒獅子・h00524)は半ば呆れたように呟いた。
「なんでもありだとは思っていたが……」
「不思議な話という訳でもないかもしれないわね」
刃のぼやきに、一緒にやってきた|萩高《はぎだか》・|瑠衣《るい》(なくしたノートが見つからない・h00256)はそう返す。
「ほら、温泉って地熱で湧いてるようなものだし」
そう言いながらも、瑠衣も首を傾げる。
「それでも効能が色々纏まった場所にあるのは珍しいのかな?」
瑠衣の言葉を聞きながら、刃は試しにと乳白色の湯に手を突っ込んでみる。熱すぎずぬるすぎず、いい湯加減だ。
「日本の温泉街からしたら羨ましい話だな」
今回、刃と瑠衣がやってきたダンジョンは、まだ生まれたて。
冒険者達の探索跡もなく、広々とした温泉地帯はほぼ貸し切り状態だ。
「それじゃ」
「ああ」
とはいえ、同じ温泉に入るわけにもいかない。刃と瑠衣はいくつも湧いている温泉の中から浸かる温泉を選ぶと、互いに背を向けた。
「おっと、そうだ。これ」
刃が瑠衣を呼び止めて、小さな小包を渡す。
「何これ?」
「温泉に入っている時にでも開けてくれ」
刃の言葉に『ふぅん』と小さく頷いて受け取ると、改めて二人は別々の物陰に分かれてゆく。
「はぁー……」
瑠衣は温泉に浸かると、気持ちよさそうにため息をついた。
他の人のことも考えて、湯浴み着姿になった彼女だが、今はまだ周りに誰もいない。広い温泉に一人だけというのはなかなかの解放感だ。
選んだのは疲労回復の湯。これからモンスターとの戦いがあることを踏まえて、身体のケアを兼ねようという刃からの提案に乗った形だ。
瑠衣も日頃の戦いの中でついた傷や疲れが溜まっている。それが温泉に浸かることで癒せるのならば良いことだろう。
それに、単純に心地が良い。僅かにぬめり気のある泉質が、冬の冷えた身体をぽかぽかと暖めてくれて、こわばった神経がほぐれてゆくのが感じられる気がした。
「ここを攻略できても、温泉が残ればいいのだけど」
瑠衣はそう言って、んーっと身体を伸ばした。
一方、刃もまたトランクスタイプの水着に着替えて、一人深く湯に浸かっていた。
「今の時期なら雪見酒も風流だけど、ここじゃ無理か」
見上げれば、水晶で出来た樹々の向こうは快晴のようだ。生い茂る枝と葉の間から落ちる木漏れ日が、複雑なプリズムとなって乳白色の湯を照らす。
それはそれで、幻想的な光景だ。惜しさもあったが、悪くはない。
手にしたお猪口に落ちた七色の輝きと一緒に燗をした酒をあおれば、身体の内と外から熱が広がってゆく。
「やっぱ温泉といったらこれだよな」
はぁっ、と息を吐いて刃がしみじみ呟く。もう一献と湯舟に浮かんだ盆と徳利に目をやれば、ふと瑠衣の顔が浮かんだ。
「そういえば、瑠衣はあれ、気に入ってもらえたかね?」
そんな風に刃が考えている時、丁度瑠衣は|それ《・・》を眺めていた。
「それにしても……」
入っていたのはノンアルコールのシャンパン。お洒落なシャンパングラス付きだ。
「この意味……まさか、ね」
訝しむ瑠衣ではあったが、折角貰ったものなのだ。この後には戦いも待っているのだし、ここはありがたく頂くことにして、ポンと栓を抜く。
金色のシャンパンを注いだグラスを覗いてみれば、キラキラと落ちる水晶の光が乱反射して、まるで万華鏡のようだった。
「あとで一言、お礼を言っておかないと」
瑠衣はグラスを空へ掲げる。
刃もまたお猪口になみなみ注いだお酒を掲げ。
「乾杯」
「乾杯」
互いに声も届かず気配も感じられない。それでも同じ場にいることをどこかで感じながら、二人は手にしたもの傾けるのであった。
√ドラゴンファンタジーも季節は冬。人里離れたダンジョンともなれば、冷気もなかなか堪えるものだ。
「だが、こんな季節にこの景色とくれば、格別だな」
|白《つくも》・|琥珀《こはく》(一に焦がれ一を求めず・h00174)は、眼前に広がる景色を眺めながらそう呟いた。
√ドラゴンファンタジーに発生した新たなダンジョン。水晶の森という美しい景観の中で湧く温泉があるというこを聞きつけた琥珀は、早速ダンジョンへと訪れた。
「さぞかし心身共に癒されることだろうよ」
この温泉地に至るまでに感じられた景色、白く煙る湯気、独特な温泉の香り。これらが琥珀の期待を否が応でも膨らませてくれる。
まだ人の手が入っていない野趣溢れる空気感も悪くない。とはいえ、それはつまり男女の隔てなどの対応が出来ていないということでもあるので、琥珀は用意してきた湯浴み着に着替える。さらに、長く白い髪を纒めて留めて、準備は整った。
「では早速」
ちゃぷ……とつま先を湯に浸けると、冷えた身体に突き刺すような熱が走る。琥珀はそのまま全身を湯に浸けて、肩まで沈み込む。
「あああ~~~……効くな……」
思わず、少女のような外見からは考えられないようなジジ臭い声が漏れ出た。座り込んで岩場にもたれかかれば、早速額から玉のような汗が零れ始める。
「これはいい……」
身体の芯までぽかぽかと暖めてくれるようで、天にも昇るような心地よさだ。さらに水晶の森の木々が晴天の空から零れる光を反射して、幻想的な輝きを見せつけてくれる。
思った通り。これは心身ともに癒される――。
そう思いながら全身をリラックスさせてゆく琥珀であったが、ある程度身体が暖まったところで、おもむろに立ち上がった。
「この後モンスター退治をしなきゃならんなら……」
このダンジョンの地形を把握しておくのも必要な筈だ、と理由をつけて、ざぶざぶと湯の中を進んでゆく。
「泉質は変わりないっぽいが、場所によって雰囲気も変わるだろう……おぉ」
水晶の樹々の自然な輝きは唯一無二。湯に浸かる場所が変わるだけで、印象も大きく変わる。それに、泉質自体は変わりなくとも、場所によって濃度や温度の違いがあるのだろう。ややとろみの感じられるところや、長く浸かるには丁度良い、ぬるめの湯も点在していた。
「それに、地形を利用してうまく立ち回ることも出来るかもしれないな」
温泉自体は岩場から湧き出ているほか、水晶の樹々が温泉の脇に生えていたりする場所もあるので、身を隠せるようなポイントはそれなりに存在しているようだった。
「ん?」
そんな時に見つけたのが、蹄のような足跡だった。モンスターのもののようだ。
今はまだ生き物の気配は無いが、温泉付近にまで近付いてくることもあるようだ。
琥珀にとっては探検の理由付け程度だったのかもしれないが、結果として、ある程度の情報を得ることができた。
それに、まだまだ温泉を楽しむ時間が残されていそうだということも直感で分かる。
「ふふ、それならもう少しゆっくりさせてもらおう」
探検を終え、琥珀は再び湯に沈み込んでゆくのであった。
√ドラゴンファンタジー。失楽園戦争によって天界の遺産が落下したことから生まれた『ダンジョン』は、通常では考えられない異世界を地上に作り上げた。
今回√能力者達が訪れているダンジョンもそのうちの一つ。遺産の影響を受けた地域に足を踏み入れれば、その瞬間からガラリと景色が変わってしまう。
「それにしても、温泉が出るなんてダンジョンは不思議ですごい」
ガザミ・ロクモン(葬河の渡し・h02950)は物珍し気に周囲を見渡しながら感心したように呟いた。
「だが温泉が楽しめるなら良いことだ」
ガザミの隣に立つ|神楽《しがらき》・|更紗《さらさ》(深淵の獄・h04673)が返す。
今日は二人で、ダンジョンに訪れていた。もちろん、気心の知れた友人同士でゆっくりと温泉を楽しむためである。
だから既に二人は水着姿。黒のビキニを見につけた更紗は、ふぅむと周囲を見渡して、小さな温泉を指さした。
「うむ、あそこにしよう」
「良いですね、あそこなら周囲を気にしなくていいです」
ガザミも頷いて、二人は温泉へと向かうのであった。
ぷか、ぷか、と黄色いアヒルが気持ちよさそうに浮かんでいる。
更紗は湯をわざと波立たせて、アヒルがぽちゃぽちゃと泳ぐのを眺めながら、肩まで温泉に身体を沈めてゆく。
「あー……いい湯だ」
しみじみと漏らす更紗の隣で、同じく温泉に浸かったガザミは、湯に浸かりながらぐぅっと身体を伸ばす。
「風景を眺めながらゆっくり入るというのは、気持ち良いものですね」
さらに、身体にも良いというのだからありがたい、とガザミは思いつつ、ふわっと手足から力を抜いた。
「本当にいいお湯。痛みも疲れも溶けていきますぅ~」
全身から力を抜いたガザミの身体が、ぷかぁと温泉に浮かぶ。それをぼぅっと眺めながら、更紗はぽつりと呟いた。
「これで酒を貰えたなら申し分ないのだが」
しかし、そんなものは……と更紗が考えたのもつかの間。
「はい、こちらをどうぞ」
「なにっ」
更紗が驚き交じりで笑う。ガザミがすかさず梅シロップの炭酸割を出してきたのだから。
「まさか用意されているとはな……。ありがとう、早速頂こう」
軽く礼を伝えて、更紗がグラスを傾ける。甘酸っぱい梅の味わいにしゅわっと弾ける炭酸が爽快だ。暖かな温泉に浸かっていれば、身体の中をキンと冷えた酒が流れ込むたびにより一層清々しさを感じさせてくれる。
しかし、やっぱり用意が良すぎる気がする。なんたってガザミは未成年。まだお酒が飲める年齢ではないのだから。
「まだ早いですが、雰囲気だけでも味わおうかと」
そんな風にほわっと笑うガザミに、更紗は考える。
(「もしかして、妾の友人は優秀すぎやしないだろうか……」)
とはいえ、有難いことに変わりはない。グラスを傾けながら、さっきまでのガザミの姿を思い出す。
「それにしても……プカプカと浮いて、気持ちよさそうだったな」
「更紗さんも浮いてみます?」
ガザミが少し離れて、スペースを開ける。更紗はこくりと頷いて手足に力を抜き始めた。
すると、ぷか……と徐々に身体が浮き上がり、更紗の身体が波に乗る。
「ふむ、これは気持ち良いな……」
それはまるで湯で出来た布団のようで。
「心も身体も……温まって……」
「気持ちいいですよね~」
更紗の言葉に自然と返したガザミだったが、ふと違和感を覚え、視線を更紗に向ける。
――すやぁ。
「ひぇっ!?」
いつの間にか更紗が気持ちよさそうに寝入っていたではないか。
この気持ち良さの中、リラックスしきってしまった更紗に襲ってきた眠気に、抗うことができなかったようである。
ガザミは慌てて更紗を揺する。
「起きてください! 溺れますからー!!」
「むにゃ……もう一杯……」
ばしゃばしゃと大騒ぎする二人を尻目に、おもちゃのアヒルはプカプカと楽しそうに湯を泳ぐのであった。
√ドラゴンファンタジーに発生した今回のダンジョンは、かなりの広大さを誇っていた。
水晶の森の中に広がる温泉地は見晴らしが良いのにも関わらず、次の階層への道が見つからないほどである。
そんなダンジョンを訪れたサティー・リドナー(人間(√EDEN)の|錬金騎士《アルケミストフェンサー》・h05056)は、まずは荷物を降ろして物陰に隠れる。
「普通に堪能するのもありだけど、せっかくだし……」
用意したのは黄色のワンピース水着。続けて水の中でも取り回しやすい武具を選んで、準備を整える。
「次の階層を探しましょう」
これから現れるモンスターも、温泉地より深い層から現れるのかもしれない。探しておくのも良いだろう。
モンスターの気配ないが、対策しておくことに越したことはない。『サンダーストーン』を唱える準備をしておきつつ、温泉へと沈み込む。
「おぉ……」
入ってしまえばサティーの強張った神経が解きほぐされて、心地良い熱が全身を癒してゆく。
「あぁ、これは英気を養えそうです」
熱すぎるお湯や電気風呂などは苦手だが、こういうお湯なら大歓迎。平泳ぎで湯の中を泳いでゆけば、高い岩場から温泉が滝のように落ちる天然の打たせ湯を発見する。
「これは、使わなければ……!」
サティーが打たせ湯に腰掛けると、背に勢いのついたお湯がじゃばばと落ちてゆく。
お湯の勢いは丁度良く身体を刺激して、まるでマッサージをされているかのような心持ちになる。
「あぁ……もし今後も災いに結びつかないのなら、このまま常連客にもなりたいとも思えます」
サティーは目を細めて、そんな風に呟いた。
しっかり温泉を堪能したサティーだが、まだまだ探索は終わっていない。
サティーは再び温泉に浸かると、ゆっくりと泳ぎ始める。これなら足がつかない場所でも問題ない。
広大なダンジョンを、サティーは楽しみながら進んでゆくのであった。
「わぁ……!」
ベル・スローネ(虹の彼方へ・h06236)はダンジョン内の温泉地を見て歓声を上げた。
新しいダンジョンに一番乗りだなんて、まさしく冒険者の誉れ。
そんな冒険者だからこそ拝むことのできた水晶の森と温泉が織りなす絶景を見て、しみじみ思う。駆け出し冒険者だからって気後れしないで足を運んで正解だった、と。
「よし、まずは英気を養おうために……」
ベルはにぃっと笑って、温泉を見やる。装備を降ろし、服を脱ぎ、岩場をだっと駆ける。
「温泉を楽しんじゃおう!」
そう言ってベルは温泉へと飛び込んだ。
「うわぁーっ、気持ちいい!」
じゃばじゃばと水しぶきをあげながら、ベルが温泉の温かさに喜びの声を上げた。
それからしばらく静かに浸かって、いい感じに暖まってきたところで、ベルは身体を揉み解し始める。
「ふぅ、流石にちょっと凝っちゃってるな」
ベルはまだあどけなさの残る小柄な少年だが、その外見からは似つかないほどの怪力を秘めている。とはいえ、やはり重い装備は身体には負荷がかかるものだ。
これからモンスターとの戦いが待っているのだから、マッサージは入念に。
「けど……」
ふっとベルが目線を上げる。
降り注ぐ木漏れ日が水晶の枝葉に乱反射して、湯気の中で幻想的に輝いていた。
「ふふ、これだけでもちょっとした冒険気分だよね」
ベルは目を細めて、そんな光景をしばし眺める。周囲にはまだモンスターの気配すらない。湧き上がる温泉が流れる水音だけが響いて、ここがダンジョンだと忘れてしまいそうになる。
「でもでも!」
ベルはパンっと頬を叩く。
「これから戦いに行くんだから、気を緩めっぱなしは厳禁!」
本当の冒険はここからだ。これから待ち受ける戦いに向け、ベルは気合を入れなおすのだった。
第2章 集団戦 『あばれうしぶたどり』

「ぶー、もー!」
「ぶぶーもー!」
「ぶこっけー!」
突如、温泉地の奥から獣の鳴き声が轟き始めた。
現れたのは『あばれうしぶたどり』。可愛い見た目に反して結構獰猛だ。
きっと冒険者達を迎え撃とうと、ボスモンスターが差し向けたのだろう。
このモンスターたちを倒せば、きっとボスも現れるはず!
さぁ、温泉を楽しむのは一旦中断し、こいつらをやっつけよう!
「ぶもけっこー!」
「こけぶっひー!」
ダンジョン内に現れたモンスター『あばれうしぶたどり』が、まるで『ここは俺たちの縄張りだ!』とばかりに叫び、暴れ回っている。
美しく穏やかだった温泉地も騒々しく、静かに湧く温泉もゆらゆらと波紋が広がってゆく。
波紋が縁の大岩にぱしゃりと跳ねて水しぶきを上げると、岩がぐらりと揺れた。
――否、それは岩ではない。
「来たな、うしぶたどり」
大岩――かに思われたもの。それは巨大な水大蜥蜴であった。
鼻先だけを縁に乗せ、その身体の大半を湯に沈めている。実に悠々とした態度であった。
その大蜥蜴、名をウィズ・ザー(闇蜥蜴・h01379)。彼もまた√能力者であり、これまでゆっくりと温泉を堪能していた一人であった。
ウィズは身体を湯に浸けリラックスさせながら、眼孔の無い顔をあばれうしぶたどりへ向けることなく、ニィ、と口端だけを上げる。
その気配に気付いたか、あばれうしぶたどり達の鳴き声が変わる。敵を排除せよとでも言うような、より攻撃的な鳴き声を響かせると、その身体が変質してゆく。
たくましい牛の前脚と後ろ脚が、まるっこい身体から何足も伸び出したのだ。
そうやって生やした脚を力強く蹴って、あばれうしぶたどり達がウィズめがけて一気に突っ込んだ。
そんな様子に、ウィズは慌てることもなく告げる。
「さァ、泡沫の刻だぜ」
波打つ温泉に落ちた影からざわざわといくつもの闇顎が這い出、ウィズの言葉とともに飛び出した。
「ぶもぉぉーっ!?」
闇顎はまるで容赦などなく、一息に、まるまるした身体ごとがぶりと喰らい付く。
あまりの補色風景に、一部は戦意を喪失し、逃げ出そうとする始末である。が。
「逃がさねェ」
「ぶこけーっ!」
それをウィズは許さない。刻爪刃が逃げ出したものを切り裂いて足止め、そこに闇顎が追いすがって、鋭い牙が肉をえぐる。
ウィズはゆったりと温泉に浸かりながら、あばれうしぶたどりの悲鳴とともに、食事が腹に溜まってゆく満足感を得ていた。
美しい水晶の森、暖かな温泉、そしてうまい飯。
「あァ……最高のシチュぢゃね? ここ」
愚かにもウィズの方へと逃げてきた奴を尻尾でしばいて闇顎に放り込めば、闇顎は一口にそいつを飲み込んで『げふぅ』と息を吐く。
「何頭喰えるかな?」
ウィズはニヤリと笑みを浮かべながら、温泉を堪能し続けるのであった。
「さっそく出てきやがったな……」
琥珀はそう言いつつも、目を丸くした。
「何か、思ってたんと違ったというか……あれどういう生き物なんだ?」
あばれうしぶたどり。その名前の通り性格は暴れん坊。だが問題なのはその容姿だ。
丸い。そして牛なのか、豚なのか、はたまた鶏なのか……いろんなものが混ざり合った不思議な見た目をしていた。
まぁ、確かに蹄はあるので、先程見つけたモンスターの痕跡の主とみて間違いないだろう。しかしそれよりも気になるのは……。
「見れば見るほど……うまそう」
だって、牛だし豚だし鶏なのだ。お肉の美味しいところをいいとこどりしてそうな印象なのだ。丸っこいのもなかなか食欲をそそる、気がする。
「料理のしがいがありそうだ」
自身の本体である勾玉を手にすると、その形が鞭へと変わってゆく。
「それっ」
ひゅんと風を切って、鞭がしなる。狙いはその脚、何かしら行動を起こされる前に、一気に機動力を削ぐ。
「こけっぶひーっ!!」
「ぶっ、ひこけーっ!?」
脚を打ちつけられたあばれうしぶたどり達がコロンコロンと転がってゆく。傷はあまりついていないが、鞭と転倒の衝撃で気を失ってしまったようだ。
「よし、これならいいだろう」
琥珀は狙い通りという様子で頷き、次の標的を見る。
「次だ!」
再び狙う部位もまた脚。脚の自由を奪われたあばれうしぶたどりはまたコロリンと倒れこむ。
琥珀が主に脚を狙うのには理由があった。
だって、どう見たって美味しそうだ。
「食えるかどうかはわからないけど、でもどう見たってあれはおいしい食肉になりそうだから」
ということで、可食部になりそうな身体はなるべく傷つけないようにしていたのだ。
実際、このあばれうしぶたどり、巷では結構美味しい食材として知られているらしい。
深層に住み着いているものほど美味しいらしいから、浅い層に住むこいつらは中くらいの味だろうか。
今の琥珀にそれを知る由は無いが、それでもやっぱりこう思う。
「ただ退治するより、後の楽しみがある方がいいかなって」
こいつらを退治すれば、大ボスとの戦いだ。その後、ゆっくり調理してやろう。
琥珀は料理の品目を考えながら、あばれうしぶたどり達をとっちめてゆくのであった。
「現れたね、モンスターたち!」
あばれうしぶたどり達の出現に合わせて温泉から上がったベルは、手早く装備を整えてモンスターたちに立ち向かう。
そんなベルの姿を認めたモンスターたちもまた立ち止まり、威嚇するように騒ぎ立てた。
「ぼふけっこー!」
「ぶひもー!」
牛のようでも豚のようでも鶏のようでもありながら、そのどれとも似つかないコロコロした身体をぷるぷる揺らしている。
「見た目はなんだか可愛らしいけれど……騙されないからね!」
ベルはバスターランスを構えて、気合を入れる。
「さぁ、かかってこい!」
ベルは盾を構え、モンスターたちの出方を伺う。この後にはボスモンスターが待ち構えているのだ、こんな場所で余計な傷を負うわけにはいかない。
それに、折角温泉で十分に身体を休められたのだ、その回復分をここで消耗してしまうなんて勿体ない。
「こけぶっひー!!」
身構えたベルに、あばれうしぶたどりが鶏の脚を生やして飛びかかかってくる!
「ここは、速攻を仕掛けよう!」
ベルが大地を蹴った。風の加護を受けたベルの足取りは、重装備ながらも非常に軽快だ。構えた盾で突っ込んできたモンスターを受け止めたら、そのまま力任せに押し付けて、逆に吹き飛ばしてしまう。
さらにその力のままに盾を振り回して周囲の敵を薙ぎ払うと、仕組まれたフラッシュライトで周囲を眩しく照らす。
「ぶもっ!」
「こけぇー!」
モンスターたちが悲鳴を上げ、ごろんごろんと転がり回る。
「今だ!」
手にしたバスターランスをベルが掲げる。すると、バスターランスは精霊たちの加護を受け、その穂先を激しく振動させた。これぞバスターランス・超振動モード。
「どんな障害だろうと……」
ベルがモンスターたちに向かってランスを向けて駆け出す。
「貫き通る!!」
バスターランスの一撃が、モンスターたちに叩き込まれた!
「ぶもけっこーっ!!」
その一撃で、ベルはモンスターたちを盛大に蹴散らすのであった。
下の層から現れた大量のモンスター達。
温泉に浸かりながら探索をしていたサティーは、その姿のままで群れと鉢合わせしてしまっていた。
「仕方ないですね。このまま迎え撃ちです」
黄色のワンピース水着を着たままで、サティーは周囲を見渡す。
湯気の向こうに気配を感じると、丁度その湯気の奥の影が立ち上がった。
「敵が出てきたよ、マスター」
ゆっくりとくつろいでいたルーシーである。
「さーて、温泉で疲労をいやしたぶん全力で働こうかな」
ルーシーはあばれうしぶたどり達を見ると、ぽつっと呟くように言った。
「可愛いね。でも、あれってなんて呼んだらいいんだろう?」
ルーシーが首を傾げる。牛と豚と鶏の混ざったような特徴を備えた、まるっこくてころころしたモンスターである。名前も一応付けられていて『あばれうしぶたどり』である。結構そのまんまだ。
こいつらを倒さなければ、ダンジョンのボスは現れない。
「なら、全力で相手をさせてもらうね!」
ルーシーがおもむろにスマホを取り出すと、何やら操作を始める。
すると、岩場に待機させていた量産型ウォーゾーンの『WZブッダ』に装備されている装備に光が灯る。
その装備、レーザードローンはふわりと宙に浮きあがると、ルーシーたちのもとへと飛んで行く。
「協力して倒しましょう!」
サティーも続いて、既に用意していたサンダーストーンの詠唱を開始した。
「いけ! レザドロ!」
詠唱を続けるサティーを守るように、ルーシーの飛ばしたレーザードローンが空を舞う。
ドローンから撃たれたレーザーはモンスターたちを牽制し、肉を焦がしてゆく。
「ぶもけっこー!」
その攻撃に慌てて右往左往するモンスターたち。そこに、サティーの詠唱で膨れ上がった魔力が爆発する。
「穿て、天雷の爆石、敵を砕け」
雷の石がサティー手から放たれ、モンスターたちの中心に落ちた。
「一気に仕留めます!」
どぅっ、と巨大な爆発が巻き起こる。爆炎は数多くのモンスターを巻き込んで、炎の中からバチバチとした雷が空気中に迸った。
「お、パワーアップしたね」
スマホでレーザードローンを操るルーシーが反応する。
爆発とともに迸った雷は、周囲の見方の戦闘力を強化する作用があったのだ。
「よし、いくよ! 残りを片付けちゃおう!」
ルーシーがレーザードローンに攻撃を命じる。雷の力を受けたレーザードローンはその機動力を上げ、レーザーの威力も大きく上がっていた。
「こ、こけぇーっ」
爆発から逃れたモンスターたちが次々と倒されてゆく。
大量にいたモンスターたちはあっという間に蹴散らされてしまうのであった。
(「さすがに水着で骨抜きに、というわけにはいきませんでしたね」)
ワンピース水着姿のサティーはちょっと残念そうな顔をする。
とはいえこれでまたしばらく余裕が出来た。サティーはボスが現れるまでの間、またしばらく温泉を堪能することにしたのであった。
あばれうしぶたどりの出現にあわせ、刃と瑠衣は温泉から出て、準備を整える。
二人は間もなく合流し、忙しなく暴れ回るモンスター達に向き直った。
「それにしても不思議な見た目の動物?……でいいのよね? これもダンジョンのせいなのかしら?」
モンスターの姿を見て、瑠衣が首を傾げる。コロコロっとした可愛い見た目とは裏腹に、こいつらは結構獰猛だ。その証拠に、モンスターたちは二人の姿を認めると、一斉に襲い掛かってきた。
「俺が前に出る」
刃が先んじで一歩前に出た。その背を見つめて瑠衣は頷くと、篠笛に口をつける。
接近戦を主体とした刃が前に出るならば、瑠依は演奏に集中できる。背後にだけは気を付けて、奏でられた【偽伝・鼓囃子】が戦闘の合図となった。
「ぶも……っ、けっこー!!」
「ぶひっ、もぉぉっ……!」
篠笛が響かせる独特な音が周囲に広がってゆく。その音はモンスター達を激しく揺さぶり、動きを止めてゆく。
(「どんなにグロく部位が増えても、揺さぶられて戦うどころじゃなくなるでしょう?」)
そう思いつつ篠笛を奏で続ける瑠衣であったが、それでもガッツのあるモンスターは自身の身体から牛の頭や脚を生やしてその震動に耐え、向かって来ようとする。
「通さねぇ!」
それを刃が殴り飛ばして、接近を防いでゆく。
大多数のモンスターに対してたった二人で立ち向かっているにも関わらず、状況は圧倒的であった。それは二人の長所が嚙み合った、見事な連携の成果であった。
(「連携……ねぇ」)
刃が拳を突き出しながら考える。
(「考えたこともなかったわ。誰かと協力するなんて」)
刃が拳を突き出しながら考える。これまで刃が一人で戦ってきたのは、自らの武に自信があったからなのかもしれない。
それが今回どういう風の吹き回しか、こうして瑠衣に背中を預けている。最初はこの連携がどういう結果をもたらすのか刃自身わかっていなかった。
とりあえずやってみてから考える、で動いたが、結果としてモンスターたちを圧倒している。
それは刃に『悪くない』という感情を与えたかもしれない。
(「連携、か」)
瑠衣もまた演奏をしながら、刃の背中を見て思うところがあるようだ。
(「思えば今まではそこに居合わせた人との即興だったっけ」)
だが今回は違う。事前に打ち合わせををして、互いに信頼する仲間同士で戦っている。
(「こういうのも、良いのかも」)
奏でる篠笛のメロディもどこか軽やかになっている気がする。……だが。
「……!!」
モンスターのうち一匹が飛び出してきた。前で戦う刃を無視して、瑠衣を狙おうとしたのだ。
「俺を……無視すんな!」
すかさず、刃が殺気を浴びせた。その殺気にモンスターの身体がびくりと一瞬強張ると、刃はその瞬間を見逃さない。
「行きたければ俺を越えて行け!」
残像を残すほどの速さでモンスターのもとへ一気に踏み込むと、その勢いのまま、強烈な拳を見舞って吹き飛ばすのであった。
「あ、ありがとう」
瑠衣が少し申し訳なさそうに礼を言う。それを刃は首を振る。
「別に気にすんな。俺が好きでしてることだ」
再びモンスターのもとへと振り返り、背中を向けたまま続けた。
「誰にでもするわけじゃないが」
その言葉の意味は……それを咀嚼する前に、音が途切れた隙を突いてモンスター達が起き上がってきたのを見て、瑠衣は大きく息を吸う。
「御剣さん、今の私ができる援護はこんなところ……思い切り戦ってくださいな!」
力強い篠笛の音色が、再び戦場に響き渡った。それは刃への応援歌のようでもあり、それに応えるかのように、刃の拳が力強く振り抜かれた。
どどどどど、と地響きがする。
「ぶもひー!」
「こけもっもー!!」
騒々しい鳴き声が響き渡る。
現れたのはモンスター『あばれうしぶたどり』。まるくてコロコロして可愛いモンスターだが、それでいて結構獰猛だ。
「ご飯が向こうからやってきました!」
そいつらの姿を見てガザミは喜ぶ。しかし。
その隣でゆらゆらと温泉で眠っていた更紗は、ゆっくりと目を覚ますと、ゆらぁりと立ち上がった。
「……ええい、騒がしいっ!」
更紗が叫んだ。癒しの時間を邪魔された更紗は、その怨念のオーラを背負いながら、恨みの籠る瞳でモンスター達を睨みつる。
そして桜狩をパッと広げて、それを巨大化させてから宣言する。
「一頭残らずガザミの腹に納めてやるから、覚悟しろ」
「え。全部、僕が食べるんですか!?」
驚くガザミ。だがまぁ、悪い気はしていないのか、ガザミは苦笑しながらも頷いた。
「更紗さんといると、僕、太りそうです」
そう言いつつ、ガザミはその姿を変えてゆく。
本来の姿『オオカニボウズ』。青々とした甲羅に覆われた巨大な蟹となったガザミは、そこからさらに姿を変えてゆく。
ぼこ、ぼこと増えてゆく蟹爪が5つ、蟹足が2つ。そして極めつけは15も増えた頭部であろう。
その姿はまさしく異形。たくさんに増えた顔で元気に告げる。
「さぁ、大食いチャレンジです!」
更紗は対照的に、桜狩を仰いで空中へと跳躍する。それはまさに舞いのようで、モンスターへと一気に接近すると、パチンと桜狩を畳み、ぶん回す!
「ぶもーっ!!」
パコーンと乾いた音とともに、モンスター達が飛んで行く。その先にいるのは、巨大なガザミ!
ガザミは飛んできたモンスター達を鋏でキャッチすると、ぽいぽいと口の中に放り込んでゆく。
「うまっ! 高級な牛肉の味がします!」
さらに、遊撃につけていた牛鬼達も転がったモンスターを捕獲すると、ばくばく喰らってゆく。
「お腹一杯食べられて幸せそうです」
そんな風景に更紗もホッコリ。空中で浮かびあがりながら、ガザミの様子に目を細めていた。
「うむ、ガザミに食いっぷりには惚れ惚れするな」
近頃更紗は、そんなガザミの姿を見るのがひそかな楽しみになっているらしい。
しかし、ずっと見ているばかりでもいられない。まだまだモンスターは残っているし、まだまだガザミには食べてもらわなきゃならない。
更紗はふわりと鈴蘭の香りを風に乗せ、モンスター達のもとへと再び降り立つ。すると、更紗に対して刺すような視線が一気に集中した。
「ふむ」
モンスター達が皆、一斉に更紗へと向かってゆく。
「妾に夢中か。愛い奴らめ」
更紗は突撃するモンスター達を広げた桜狩で受け流すと、一気に薙ぎ払う。桜狩の先端を当ててやれば、それは鋭い刃と化す。モンスター達はなすすべもなく、すぱぱぱっと切り刻まれてしまった。
「ほっ」
空中で舞ういくつもの肉片に、伸ばした春宵を素早く突く。すると、見事に春宵にいくつもの肉が突き刺さった。
「これを香ばしく焼いてみようか」
そう言う更紗に、ガザミはあぁ、と頷いた。
「生肉では、更紗さんは食べられませんよね」
というわけで、ガザミが更紗の串に炎を送る。炎を加減してじっくり焼けば、じゅわっと脂のとろけた串焼きの出来上がり。
「ほれ、ガザミよ」
更紗がその串焼きをガザミに差し出した。
「あれ、更紗さんが食べるんじゃないんですか」
首を傾げたガザミだが、更紗を見ると、妙に目がキラキラしている。
まるで餌付けをしているような……そんな表情だ。そうなれば、ガザミとしては断り辛い。
「わかりました、ではいただきます」
串を受け取って、ぱくり。
「……!!」
ガザミが言葉を失う。僅かな沈黙の後。
「脂が甘くてうまっ!」
歓喜の声を上げた。
「そうかそうか、ならもっと作ってやろう」
更紗は得意げな表情で、残るモンスター達に向き直った。
残るモンスター達が全てガザミの胃に納まってしまうのも、時間の問題だろう。
第3章 ボス戦 『土竜』

あばれうしぶたどり達が蹴散らされ、温泉地はやっと静かになった……かに思われた。
ずしん、ずしん。ダンジョンの奥から何か巨大な生物の足音が響く。
「ぐららぁぁぁあっ!!」
√能力者達へと咆哮を上げる、その足音の主は、この階層のボスモンスター『土竜』であった。
人語を介する個体もいるようだが、ここの土竜はどうやら言葉を持たない、まさしくモンスターであった。
ならば遠慮なく撃退しよう。この温泉を冒険者達の楽園にするために。そして、初心者冒険者達向けのお手軽ダンジョンとするために!!
ボスモンスター『土竜』。
「モグラじゃないんだ」
琥珀はぽつりと呟いた。土竜という字はモグラとも読む。だが目の前のモンスターは鋭い爪こそ持っているものの、モグラというには鱗が多い。
「そのまんま土の竜なのか」
「ぐるるるる……!」
配下のモンスター達をやられたためか、土竜はいかにも気が立っていた。威嚇しながら間合いを詰める土竜の姿に、琥珀はふと考えた。
「……これはうまいのかな?」
ボスモンスターを前にして、琥珀はそんなことをつらつら考える。
曰く、ワニ肉は鶏肉に似た感じだという。しかし目の前のモンスターはワニというよりはドラゴンだ。
「うーん、ドラゴン、恐竜系はどうなんだろ?」
そこまで考えて、琥珀はハッと顔を上げる。
「いやまて……鳥類は恐竜の直系の子孫と聞く。つまりあれも鶏肉に似た味の可能性が!?」
とすれば目の前のこいつの味も期待が持てるのでは? と瞳を輝かせた直後、ふっと輝きが消えた。
「……でも捌くのめんどくさそうだなぁ」
それに鱗の処理も面倒そうだ。大きさも大きさだし、魚の処理とは訳が違うだろう。
そうして結局琥珀が出した結論は。
「うん、普通に倒そう」
そう考えればあとは早い。琥珀は再び本体の勾玉を鞭に変化させると、それで空を切った。
対して土竜も大きく口を開く。
「ぐらぁぁああっ!!」
その咆哮とともに、土竜の姿が神々しくも禍々しい姿に変化してゆく。それは無敵の神なる土竜。全ての干渉を無効化する形態であった。
「でも、弱点はある」
琥珀は鞭をしならせ、土竜の鱗に打ちつける。乾いた音を響かせると、琥珀は即座に鞭をさばいてもう一度、広い範囲を打ち据えた。
だが、土竜の身体には傷ひとつ生まれていない。それにまるで怯んだ様子を見せない姿は、まさしく無敵であった。
「ぐろぉぉぉっ!!」
土竜が土埃のブレスを吐く。
「うわっ……と」
琥珀が顔を覆いながら鞭でブレスを切り裂く。その勢いのまま、再び鞭を何度も何度も叩きつける。
「折角温泉に入ってたっていうのに……」
ぱん、ぱんと土埃を払いながら琥珀がぼやく。その憂さを晴らすかのように、琥珀は休まず鞭を振るい続けている。依然として土竜には傷ひとつついていない。だが、徐々にその様子に変化が現れる。
「ぐぉ……うっ……」
土竜の動きが鈍ったのだ。
「よし、効いてきたな」
琥珀がもう一度、鞭を振るいあげる。
神なる土竜の姿は確かに無敵。だが、その無敵の耐久性は体内の生命エネルギーを代償としているのだ。
「致命傷にならんのならその体内エネルギーを消耗させればいい」
だからこそ琥珀は、素早く何度も鞭を振るい続けたのだ。
「ぐぁ……っ」
ずず、ん、と土竜が倒れこんだ。無敵の力を失い、気絶してしまったのだ。
こうなれば、あとは簡単だ。煮るなり焼くなり好きにできる。
「俺はお前をとっとと倒して、また温泉も楽しみたいし、食事も楽しみたいんだよ」
倒れこんだ土竜に、琥珀はそう言って勝ち誇るのであった。
土竜の姿を眺め、ウィズは呟いた。
「何度見ても良い造形だな」
そう評してから、口元に笑みを浮かべた。
「ぐぉう……!!」
その気配に、土竜が警戒をして唸ると、即座に自身の爪を黄金に輝かせ始めた。
「ぐらぁぁああっ!!」
輝く爪は狩りの刃。自身の動きと攻撃回数を爆発的に上昇させる形態だ。
「クカカ……さて此方も動くか」
ウィズの巨体がのそりと動く。
ずる、と温泉から這い出ると、ウィズは黒霧を纏う。
ぞわぞわ、とウィズの影の中から無数の刻爪刃が生まれ、闇顎がせり出した。融牙舌の焔はより闇を深くする。
「デザートだ……泡沫の刻だぜ」
黄金の輝きを覆うように、闇が蠢く。蜥蜴と竜の一騎打ちが始まった。
「ぐぁおおおおっ!!」
四倍にも膨れ上った土竜による爪の連撃がウィズを襲う。だが、ウィズも120にまで増加した闇顎でそれを迎え撃つと、手数でそれを圧倒する。
黄金の爪の連撃を払いのけた隙をついてウィズが一気に突っ込むが、土竜もまたステップを踏んで間合いを取る。
「クハハ」
ウィズが笑った。
戦いを楽しんでいるのだ。
尻尾を鞭のように振って土竜を吹き飛ばすと、防御力の落ちた土竜が血を吐いた。その姿を見て、ふとウィズは周囲を伺う。
「ダンジョンボス倒したら消えちまうンだよな?」
ウィズはそう推察する。だがどうやらこの土竜はダンジョン発生原因である『遺産』を持ってはいなさそうで、倒してもこのダンジョンが消えることは無いだろう。
「なら………今はこンだけだ」
闇が広がってゆく。その闇は水晶の森の一部を覆って、飲み込んだ。
「いやー、良い味だ……」
べろりと舌を舐めて、再びウィズは土竜へと向く。
土竜は立ち上がっていて、ウィズに向けて強い殺意を向けている。その様子に、ウィズは再び笑ってみせた。
「さて、気分良く……戦わせて貰うぜェ」
どむ、と巨体を突っ込ませてウィズが土竜の懐へ入り込むと、その勢いのまま土竜の喉笛へと喰らい付くのであった。
ボスモンスター『土竜』を前に、刃が実に残念そうにぼやいた。
「竜と聞いたからどんなものかと楽しみに来てみれば、拍子抜けだ」
目の前のモンスターは人語も介さない。どちらかといえば獣という印象が強い存在だ。
「喋らないのなら竜といってもドラゴンより、恐竜かしら? ほら、翼もないし」
瑠衣もそう返す。確かに、見れば見るほどいわゆる想像上のドラゴンとはかけ離れているようにも思える。そう考えていると、瑠衣はふと気付く。
「でも土に竜と書く名前って確か……」
瑠衣が掌に指で文字を書いてみる。
「……モグラ?」
首を傾げる瑠衣。モグラにしてはちょっとばかし角が邪魔そうだが。
「まさかとは思うけれど、この竜が堀った穴を伝って温泉が湧いてるわけじゃ……ないよね?」
流石にこれだけ広大な温泉地を作り出したとは考え辛い。が、思い浮かんでしまった想像を振り払うように瑠衣は首を振った。
「理性を失っているなら結構。何も語る気はない」
刃が瑠衣の前に出る。瑠衣を土竜から隠すように、間に入って堂々と立つ。
その背に守られながら、瑠衣は篠笛を手にとって告げた。
「頼りにさせてもらうわ、御剣さん」
そして、すぅ、と息を吸い、篠笛へと口をつける。
――ピンと張りつめたような甲高い旋律が響き渡った。
演ずるは瑠衣の新曲、|戦囃子《イクサバヤシ》。甲高い音色は土竜の耳に突き刺さり、その瞳を瑠衣へと向けた。
「うぐぉおおおおっ!!!」
「……っ!」
自身を狙う強い殺気と咆哮。そして黄金に輝き始めた牙と両の爪に、瑠衣は一瞬気圧されそうになった。だが、その演奏は止まらない。
(「今はただ、無心で奏でる……!」)
勿論それは演奏と、それによって生まれる力への自信。だが今はそれに加えて――。
「瑠衣に手を出したいなら俺を超えて行け。まず無理だがな」
――前に立つ刃がいてくれる。
「があああっ!!」
「ふん」
瑠衣へ襲い掛かろうとする土竜を、刃が力任せに掴んで押しとどめた。限界を超えた刃の肉体は土竜の力をも受け止め、いなし、払いのける。
黄金の爪が刃を引き裂こうと振り上げられた。だが、想像以上に遅い。刃は爪の一閃を難なく躱して、逆に爪を掴んで抑え込む。
「これは……」
刃がふと感じたもの。これは、瑠衣の旋律だ。
瑠衣の戦囃子の、霊力の籠った旋律が土竜の動きを鈍らせていたのだ。
これならば、どれほどに爪や牙が強化されようと、素早い動きは出来なくなる。だからこそ、刃は土竜の攻撃をごく僅かな読みだけで避けることが出来たのだ。
(「あとは御剣さん、お願い!」)
「おぉっ!」
その思いを受けて、刃が奮い立つ。抑え込んだ爪をみるみる押し返し、土竜を圧倒してゆく。
「ぎぎっ……がぁ!!」
窮地に立った土竜は刃に頭から噛みつこうとする。だが。
「だぁっ!!」
「ぎゃっ!!」
それに頭突きのカウンターを見舞ってやれば、自慢の牙は土竜自身の肉を裂く。
力が抜けた。その瞬間を刃は見逃さない。全力で力を込めた掌の圧力が、爪ごと土竜の腕を砕く。そしてそのまま、刃は土竜を投げ飛ばし地面に叩きつけたのであった。
「格が違うんだよ。似非竜。お前じゃ俺を満足させる事はねぇ。つまらねぇ勝負だ」
のびる土竜に、刃はそう言い捨てた。
(「あ、そうだ」)
ふと、瑠衣は土竜を見ながら温泉のことを思い出した。
(「終わったらもう一度温泉に入るのもいいかも……?」)
思えば二人ともだいぶ汗をかいてしまった。脅威がなくなるのなら、再び温泉を楽しむことだって問題ないだろう。
そんな楽しみを思い描きながら、二人は終始土竜を圧倒し続けるのであった。
とうとう現れたボスモンスター『土竜』。こいつさえ倒せば、浅い層の冒険は格段に安全になるだろう。
だから、サティーは意気揚々と宣言する。
「温泉ダンジョン一度はおいで、の楽園にしてみせます!」
というわけで、流石にワンピース水着では心もとない。ササっと手早く、いつもの服装に着替えたら、サティーは岩陰に身を潜めた。
静かに、息を殺して、岩陰から敵を覗く。土竜は√能力者達との何度かの交戦を経て、かなりダメージを受けているようだ。サティーのことには気付かず、周囲を伺っている。
「…………」
手にした詠唱錬成剣の柄を構え、機を伺う。どすん、どすんという足音、ぐるるという唸り声が近付いてくる。あと一歩、もう一歩……。
「今!」
一気にサティーが岩陰から飛び出した。柄だけの詠唱錬成剣から大きな刃を作り上げる。
「ぐぁおおおおっ!!」
突き出された大剣の刃が土竜に突き刺さった。
「ぐぁうっ!」
土竜が咄嗟に爪を振るってサティーを引き離す。だが直後によろりと一瞬崩れた様子を見せ、確かにサティーの奇襲には大きな効果があったことを伺わせた。
「ぐるるるる……!!」
「さて、ここからどう出てきます?」
サティーがじっと土竜の様子を伺う。どのような攻撃が来ようとも、対処できるだけの自信も持ち合わせている。
――それに。
「ぐぁぁうっ!!」
土竜が爪と牙を黄金色に輝かせ始めた。移動力と攻撃力を高める『狩りの刃』を発動させたのだ。
「なら!」
詠唱錬成剣を大剣形態にしたまま、サティーは剣を振るって、爪の攻撃を受け流す。積極的な攻撃はしない。何故なら――。
「ぐぅうっ!?」
土竜がよろけた。口からごぶ、と血を吐いている。
「毒が効いてきたみたいですね」
サティーが勝ち誇ったように言った。
そう、奇襲の一撃でサティーは土竜の体内に毒を流し込んでいたのだ。
その毒はじわじわと全身に広がり、今や土竜の動きを鈍らせるまでに蝕んでいる。こうなれば、折角増大した爪と牙の攻撃速度も落ちてしまうというもの。これで土竜の攻略はより容易になるだろう。
「ぐぅぅぅっ!!」
だが、土竜も流石ボスモンスターと呼ばれるだけはある。まだまだしぶとく、サティーを睨みつける。
「ぐらぁぁぁあっ!!」
突如、土竜がぶぅんと尻尾を振り回した。ここでサティーを牽制し、一気に捕まえようという魂胆なのだ。
「それも、想定しています!」
尻尾に対し、サティーが右手を突き出した。
「かの者の加護を、打ち消せ、光の拳」
サティーの掌から光が溢れる。その掌で尻尾に触れれば、突如尻尾の勢いが弱まってゆく。
サティーの√能力『|能力取消光拳《ルートキャンセラー》』が、尻尾から連なる連撃自体を無効化してしまったのだ。
これで、爪の攻撃も、尻尾からの連撃も封じられてしまった土竜。そうなれば残すは……。
「さらに変身が来ますか?」
魔力探知を行って、サティーが身構える。だが、その予兆は見えない。
そればかりか、回った毒と傷によって、今こそ最大の攻撃を与えるチャンスであった。
変身、ブレス。どちらも対処法は想定していた。周辺の地形も頭に入れた。使う機会がなかったとしても、それは確かにサティーの余裕を生むことになった。
「さぁ、無事討伐したらもうひと風呂といきましょうか」
大剣を振りかぶり、一気に振り下ろす。
その一撃は、土竜に致命的なダメージを与えたのであった。
現れたボスモンスター『土竜』。先程まで戦っていた雑魚モンスターとは違って、どっしりとした体型と態度がいかにもボスという風格をしていた。
「ここからが本番か。……ほう、なかなか手強そうなドラゴンのようだ」
土竜の姿を見て、更紗はそう評する。
「はじめて見るタイプのドラゴンです。格好いいですね!」
対してガザミはやや呑気な反応だ。だが、その内に秘めた闘争心は間違いなく本物で。
「腕試しの相手として申し分ないです!」
と、爽やかに告げる。
そんなガザミの様子を見ながら更紗はニヤリと笑った。
「竜殺しを名乗るのも、悪くないか」
「ぐらぁぁああっ!!」
二人を威嚇するように土竜が咆哮を上げた。それに呼応するように、二人が同時に動き出す。
「更紗さんは後ろに!」
ガザミがそう言い、龍王之護を身に纏いながら前に出る。更紗はそれに応じ、土竜から距離を取った。
「妾は一撃でもくらえば人生が終わりかねないからな」
そう嘯きながら、春宵と桜狩りを巨大化させて浮かび上がらせると、ガザミの周辺に飛ばす。
直後、激しく金属のぶつかり合うような音が響いた。土竜がその爪と牙を黄金に輝かせてはなった連撃を、更紗の武器たちが防いだのだ。
「ありがとうございます!」
ガザミが礼を言いながら土竜へと向かってゆく。だが土竜も攻撃の手は緩めない。更紗の武器たちだけでは防ぎきることが出来ないほどの猛攻がガザミに襲い掛かる。
「くぅっ……!」
ガザミがそれをギリギリで回避する。敵の瞳の動きから攻撃を予測したことが奏功した。それでもまだまだ、爪と牙の連撃は容赦なくガザミに襲い掛かる。その時だった。
「死霊たち、行け。代償は、妾の両目。支払いは、ガザミと別れた後だ」
後方から、そんな声が聞こえた。
直後、現れた大量の死霊たちが、土竜の頭にまとわりつきはじめる。
「ぐあぁうっ!?」
突如視界を奪われ、攻撃の狙いを大きく外す土竜。そんな姿に、声の主、更紗はくつくつと笑った。
「うむ、今日の死霊ガチャは悪くない」
それは邪悪で強力な証。代償を求めてくるほどのレアが引けた、ということだ。
さぁ、今なら土竜の懐はがら空き。そこにガザミがとうとう入り込む。すると。
「ぐぁうっ!?」
突如として土竜の鱗が灼けた。√能力者にしか視認できない、ガザミの破壊の炎『カムロ』が土竜の表皮を焼いたのだ。そしてガザミはすかさず縛霊手を振り上げる。
その掌から大量の水が生まれ、その重みがまるで槌のような破壊力を与える。
「たぁっ!!」
灼けた鱗に、重い一撃が放たれた。
「ぎゃあああああっ!!」
土竜が叫ぶ。だがガザミは攻撃の手を緩めない。
「牛鬼たち!」
呼び出した牛鬼達に、追撃を命する。広げた傷口をさらに抉らせようというのだ、が。
「ガザミ!!!」
更紗の叫び声が届いた。土竜の様子が変わったのだ。
「来たぞ!!」
更紗が続けて叫ぶ。土竜が神なる存在に変化させ、無敵の力を得ようとしているのだ、と。
「変化はさせません!!」
すかさずガザミが叫び、両腕を広げる。
「僕の蟹爪が火を吹くぜ!!」
両腕の縛霊手が黒く、そして雷を纏った。その姿はまるで黒龍の顎のよう。ガザミが両腕を閉じれば、黒龍が土竜へと喰らい付く。
「ぐぁっ、があああっ!?」
「離しませんよ!!」
ガザミの縛霊手が、土竜の動きを止め、変化を中断させる。今こそ、完全な無防備状態だ。
「更紗さん、後は任せます!」
「うむ、任せろ!」
呼び寄せた春宵を手に、更紗が笑う。
春宵で大地を打ち、唱える。
「天に昇る神秘の欠片よ。白き光で天へ誘え」
直後、土竜の足元が強く輝き始めた。
「が、があああっ!!?」
それは何もかもを浄化するような光。その光に包まれ、土竜の姿が消えてゆく。
「ついでに|邪悪な死霊ども《お前ら》も浄化だ」
土竜に纏わりついていた死霊が『えっ』という顔(?)をした。
代償はこれでチャラ。死霊たちも光の中に溶けて、消え去ってゆく。
そうして光が収まった時、その場にはモンスターの影も形も、失くなっていたのであった。
「全力を出し切れたので満足です!」
ガザミが満足感に満ちた顔をしながら言った。だがそれはそれとして。
「はー、汗と汚れでドロドロですよ」
そんな風にぼやくと、更紗はニマッと笑って、温泉を指さした。
「なら、続きだ。もう邪魔者はいないからな」
「そうですね!」
ガザミもぱぁっと顔を明るくする。
こうして、ダンジョン温泉はひとたびの平和を得た。
これからは他の冒険者達も訪れる、賑やかな場所となるだろう。
その前に、今はこの場の者達だけで独占だ。
「働いた後の温泉は最高だ」
更紗は、温泉にゆっくりと浸かりながら、しみじみと語るのであった。