遥か遠き|平穏《Shalom》
●戦闘機械都市SOS
「此度は、御協力ありがとうございます」
拠点の会議室にてディラン・ヴァルフリート(|虚義の勇者《エンプティ》・h00631)は一礼する。
√ウォーゾーンの戦闘機械都市で起きる戦いの一つを予知したのだと彼は告げた。
√ウォーゾーンに於いて人類は「戦闘機械群ウォーゾーン」の支配下から奪還し、生命攻撃機能を無効化した「戦闘機械都市」に暮らしている……という状況を知らぬ者はこの場にそう多くないだろう。
今回戦場となる都市は名を|シャローム《Shalom》と言う。
規模は√EDENの地方都市レベル、激戦区からは少し離れた地域に位置する拠点だ。
力を付ける前に叩いておこうという算段か、此処に敵勢力の襲来がある。
「まずは……都市を襲う敵軍の、第一波に対処して頂ければと思います」
敵は半機半人の怪物、『チャイルドグリム』。
召喚能力と捕食能力で都市そのものさえ食い荒らす大群だ。
戦場では学徒動員兵をはじめとした現地戦力も抵抗している。
√能力者ならざる彼等のみでは全滅を免れ得ないが……周辺地形に精通した彼等と協力すれば戦いを有利に運べるかもしれない。
「襲撃を指揮している|工作員《機械兵》の撃破が今回の作戦目標となりますが……」
敵も星詠みの力を扱うらしく、その所在は未だ確定していないのだとディランは言う。
候補は二つ。
都市の外に構えた襲撃者の本陣か……既に都市内部に潜入しているか。
チャイルドグリム撃破後、本陣に乗り込む場合は『バトラクス』の集団と戦闘になる。
連戦で此方も消耗するリスクはあるが、敵戦力を削るという点でリターンも大きい。
一方、都市内部を捜索する場合は小康状態となる。
確か暦の上ではバレンタインシーズンだったか。
先の戦いで被害を抑えられていれば、一息つく余力もあるかもしれない。
いずれの選択にせよ、最終的にはルドルフを撃破すれば此度の脅威は退けられる。
√ウォーゾーンでの戦いは続いていくが……人々を護り、或いは敵の情報を得る事は未来への確かな布石になるだろう。
「……どうか、御武運を」
最後は言葉少なに見送られ、あなたたちは戦場へと赴く。
第1章 集団戦 『AL失敗作-『チャイルドグリム』』

●Innocence
√能力者が訪れた時、戦闘機械都市シャロームは既に戦場と化していた。
応戦する現地戦力の発砲音。怒号と悲鳴。建物が倒壊する振動。
赤子や子供の声。咀嚼音。
「――――――――!!」
『チャイルドグリム』は人間と戦闘機械群の和解をテーマに製造された。
胎児の臓器などを戦闘機械群のものと置き換えて培養し、出来上がったのは失敗作。
ただ喰らい、増え続けるだけの理性無き怪物。
都市の人々も武器を取り抵抗しているが、兎も角敵の数が多い。
√能力を持たない彼等では、いずれ物量に呑まれ全滅する未来は避け得ない。
蹂躙に抗わんとする生命、その一つ一つが未来に繋がる可能性だ。
守り通す為に……襲い来る大群を打ち払え。
●“|不吉の黒兎《ラビットフット》”真白・刹那
戦場とは過酷なものだ。
無慈悲な機械の蹂躙も、半人半機の有機的な悍ましさも。
当たり前のように呆気なく人が死ぬ、その恐怖も。士気を挫くには充分だろう。
年端もいかない子供なら無理もない……とは言えないのがこの|√《世界》なのだが。
まだ戦場に慣れていないのか、と慮るクラウス・イーザリー(希望を忘れた兵士・h05015)自身も18歳という身の上で。チャイルドグリムに追われていた学徒動員兵は、ローティーンそこらの幼さだった。
「ボ、ボク、怖くて……! ボクが戦わなきゃ……守らなきゃ、いけないのに……!」
「大丈夫だよ、落ち着いて。自分の名前は言える?」
「名前……す、すみません。ボクは、セツナって言います」
戦闘音こそ響き続けているが、市街地という事もあり近くに他の敵影は見当たらない。
セツナを追っていた敵の数はそう多くなかった。
逃げていたという事は、言わば本隊が近くに居たという事か。
震える手を握り、努めて穏やかに声を掛ける。
「そうだ、シェルターが襲われててっ……助けを呼びに行かないと!」
「助けが要るなら俺が力になるよ。
場所は……そうだな、上から制圧できそうな射撃に向いた場所はある?」
「あ、ありがとうございます! えっと……」
「俺はクラウス。辛いだろうけど一緒に頑張ろう」
「はい、クラウスさん! こっちのビルが使えると思います……!」
セツナの案内でクラウスは駆ける。
途中で二度ほどチャイルドグリムと遭遇する事もあったが数は少なかった。
それが意味するのは、戦力の大部分が何処かに集中しているという事だ。
先手を取ってスタンロッドで一蹴、速度を緩める事なく射撃ポイントへ辿り着く。
「ひっ……数が、あんなに増えて……!」
「……大丈夫。まだ間に合う」
なまじ俯瞰できる視点のせいで、チャイルドグリムの軍勢がシェルターを包み込む勢いで集る様は生理的な嫌悪を掻き立てるものだった。
セツナが逃れた後も増殖を続けていたのだろう。
膨大な数だが、未だシェルターが侵入を阻み続けている事もクラウスは理解する。
……鋼鉄の隔壁が、絶え間ない攻撃に今にも破られる寸前だという事も。
「今から俺はあの群れの掃討に集中しないといけない。
セツナ。その間、俺の背中は任せていいかな」
「わ、分かりました! ……時間は、どれくらいでしょうか?」
「一分も掛からないよ。任せて」
力の入った返事の後の確認に小さく笑って応える。
セツナ自身の装備の残弾は充分。適切な射撃地点に案内する手際といい、短い時間だが背中を預けるに足る能力は垣間見えていた。
狙いを定め、意識を集中させる。
【決戦気象兵器「レイン」】最大の特徴でもある300回もの攻撃回数、その一つさえ無駄には出来ない。
「撃ち払う――!」
怪物の蠢く悪夢のような光景を、光の雨が塗り替えた。
敵の√能力が文字通りの手数、頭数を増やすなら此方はそれ以上の攻撃回数で。
射程外からの奇襲は相性の有利を最大限に引き出し、瞬く間に敵群を制圧していく。
仕留め損なえばそこから増える。
流れ弾がシェルターを破れば、敵はこれ幸いと雪崩れ込むだろう。
故に、条件が許す限り最大の威力と精度で。
綿密な計算に基づいて、殲滅は完遂された。
「ふぅ……」
もう動くものが居ない事を確かめ、余韻もそこそこに意識を引き戻す。
射撃地点に使ったビルの室内にはドアを破り侵入してきたと思しき数体のチャイルドグリムが機能を停止して転がっていた。
セツナは銃を手にしたまま涙目でへたり込んでいるが、大きな負傷も無さそうだ。
「よく頑張ったね。ありがとう、助かったよ」
「そんな、ボクなんて全然……っ。
此方こそ、ありがとうございます。本当に……ありがとうございます……!」
念のためシェルターの中に居る人々の無事も確認した方がいいだろう。
それに、この都市を襲う脅威もまだ去った訳ではないのだ。
一方で……差し迫った危険から人々を守り通せた事もまた、揺るぎない成果だった。
●“|銀煌双星《ジェミニ》”ラナ・アルジェント&レナ・アルジェント
「良い。とても良い戦場だ」
肌をひりつかせるような闘争の気配。
今も至るところで襲撃者と都市の住民が殺し合う、生存競争の最前線。
レイリス・ミィ・リヴァーレ・輝・スカーレット(始祖の末裔たる戦場の|支配者《オーバーロード》・h00326)は一つ満足げに頷いた。
生きる為に、喰らう為に、誰もが己の全てを振り絞っている。
味方も良ければ敵も良い。実に√ウォーゾーンらしくて良い、と。
「しかし、今から指揮権の掌握は面倒だな」
やろうとすればそれを為す為の手札はある。
だが、そうこうする内に住民の犠牲が増える可能性も高い。
レイリスもこのまま人々が敗れ都市の滅ぶ結末を良しとする訳ではないのだ。
即断即決、都市へと放つは無数のレギオン。
古の兵法に於いても巧遅は拙速に如かず、戦いの規模が大きくなる程に情報の重要性は増していく。指揮官として振る舞うなら常識だ。
同時に紡がれる歌声が空気を揺らす。
「これは戦士の為に これは兵士の為に これは戦う者達の為の 自由」
戦場の情報収集に当たるレギオンを中継し、歌声は都市中へ広がっていく。
響き渡るは戦う者達の自由を称える【|年代記の剣達《クロニクルセイバーズ》】。
敢えて優先順位を付ける必要も無いだろう。
歌声はこの戦場で戦う者、全てに加護をもたらす。
一方……乾いた銃声と短い断末魔。
愛用のモシン・ナガンを手にアンナ・イチノセ(狙撃手・h05721)は小さく息を吐き、速やかに射撃地点を移す。
アンナは√能力者ではない。
この都市が滅亡の危機に直面しているように、√能力の有無は戦闘能力に於いて理不尽な程の隔たりを生じさせる。
それでも、出来る事はある。
自負に相応の技量、そして正確な状況認識に基づく立ち回り。
狙撃手としての優位を最大限に活かす事で、彼女は的確に襲撃者を葬っていた。
「っとあそこで複数に狙われてるのは……小さい女の子たち?」
セオリーを遵守するなら行動を変えるべきではない。理解はしている。
複数のチャイルドグリムに囲まれた少女たちの窮地はアンナにとっても危険なものだ。
見捨てられなかったのは、そも救援として駆け付けた義侠心ゆえか。
或いは姉妹と思しき少女たちの姿に、思い浮かべる過去があったか。
覚悟を決めて行動に移す。
奇襲の成果は上々、包囲網を破り駆けつけるのは容易だった。
「大丈夫?
えーっと、気の強そうな方がお姉ちゃんで、後ろに隠れているのが妹ちゃんかな?」
「おかげさまで。あんた強いのね、見慣れない顔だけど」
「は、はい……私はレナ、お姉ちゃんはラナって言います」
「ちょっと、レナ」
「それより敵がまだ……!」
ラナのクイックドロウがにじり寄ろうとしていたチャイルドグリムを捉えた。
狙いは正確、牽制であれば効果は充分だっただろう。
それでは足りない。
本能的な反射による硬直が一瞬。
敵は身体の変異でダメージを回復し、怯む事なく再び襲い掛かろうとして――銃声。
今度はアンナが放ったものだ。
必要なのは致命傷を与え、確実に仕留める事。
「わたしは、アンナ。傭兵だよ。ここで会ったのも縁ってことで、よろしく」
「あんた、今どうやって……」
「コツは教えてあげる。でも、先に移動しよう」
大変なのは此処からだ。今の攻防で敵に居場所を勘付かれた。
都市中を荒らしまわっている半機半人の怪物が全方位から集まってくる。
接近される前に葬る。一方向ならアンナ一人でも容易い事だっただろう。
側面と背後からの急襲に対応しきれるかは、賭けだ。
「ま、やるしかないよね」
その時――歌声が響いた。
『兄弟達、姉妹達よ 我々は明日の為に戦う 戦わなければならない
正しき明日を手に入れるその時まで』
音源は上空の|ドローン《レギオン》。
ラナの、レナの、そしてアンナの傍らに伝説の銀鷹が出現する。
【年代記の剣達】は√能力を持たない者への加護。
1%でも成功の余地がある行動に、100%の成功を約束する√能力。
「……ふむ。お手並み拝見としようか」
戦闘機械群の差し向けた侵略者との戦いは現在も都市中で続いている。
その中でも目覚ましい動きを見せる三人の姿を認め、吸血鬼は独り言ちた。
「お仲間の支援かな。これなら……うん、やれそう」
アンナの適応は早い。銀鷹が丁寧に説明するような事こそ無かったが、もたらされた恩恵は感覚で漠然と理解した。
博打めいた離れ業であっても、今この瞬間は成功の保証がある。
迫るグリムチャイルドたちが√能力を発動していようと後れを取る事は無い。
「行くよ。二人は、わたしが指示したところを狙って」
「ふん! やってやろうじゃない!」
「わ、分かりました……っ」
弾丸は時に曲芸めいた弾道を描き、一つ一つが必殺の鋭さを以て獲物を鎮めていく。
アンナたちが包囲を脱しても歌の止む事は無い。
途切れる事の無い加護は侵略者を掃討する矛としても存分に効果を発揮した。
途中からはドローン越しの指揮が抵抗戦力の動きを効率化し……
長く感じるようでその実、迅速を極める短時間で以て都市内の掃討は果たされた。
そして、一息つく間もそこそこに戦いは次の段階へと移行する。
●“円卓第三席”“|戦嵐の歌姫《タイタニア》”アグネス・エーリヒ・ローゼンハイム
√ウォーゾーンに於いて決戦気象兵器を扱う事を許された人類の最精鋭兵士。
文字通りの一騎当千、それがレインメーカーだ。
時として単身で|WZ《ウォーゾーン》部隊にも勝る戦力を発揮する彼等だが、強大な力故にその制御に苦慮する事も少なくない。
……例えば、今のように。
最大出力なら、或いは√能力が無くともチャイルドグリム撃破は可能かもしれない。
守るべきものも何も無い瓦礫の山と引き換えに、だが。
「さて、ここはボクの出番かな」
少女の周囲に浮かぶレイン砲台、焦燥と歯痒さの滲む表情を見れば真紅・イサク(生きるとは何かを定義するモノ・h01287)にも同じレインメーカーの技を扱う者として粗方の事情は察せられた。
散発的なチャイルドグリムの襲撃にじわじわと追い込まれていく少女の傍へ、気負いの無い足取りで歩み寄る。
「! 貴方はいったい……」
「ボクはイサク、味方だよ。
とは言え……流石にあの物量相手には、優位を取れる場所が必要だ」
本能に突き動かされ襲い掛かるチャイルドグリムも、一体一体なら√能力の変異が進行する前に処理する事は難しくない。
問題は今もなお増殖を続ける、圧倒的な数の暴力。
……その状況を把握したからこそ、彼女にコンタクトを取ったのだ。
同じレインメーカーである事を示すように、自前の決戦気象兵器を浮かべてみせる。
「地の利はそっちにある。案内を頼んでもいいかな?」
「申し出には感謝しますが……守るべき人々諸共にという意図なら、
ローゼンハイムの名に懸けて承服できかねましてよ」
「勿論ボクも市民を傷つけるのは本意じゃないし、その為の手段はある。
急で難しいかもしれないけど、ボクを信じてほしい」
「……いいでしょう。状況は一刻を争います」
少女とて窮状を打開する術を探していたのだ。
集団から逸れた敵個体を蹴散らしつつチャイルドグリムの群れている地点を捕捉、襲撃に適した地点へと移動する。
「君はどの位気象操作が出来るかな? 遠慮なく出力全開で……と言いたいけど、
いきなり言っても難しいよね」
それが出来れば苦労はしない、という少女の心情も理解できる。
険しい表情に苦笑を一つ、まず行動で示すべく自らの兵器に意識を巡らせて。
「雨は軍勢となり、戦闘領域を支配する。暴威を振るう風と水の属性を主とする災禍。
其に枷を着け、御する事で自在の武器とせよ」
此度振るう√能力は【|天雨の軍勢《レインレギオン》・|枷により成される気象災厄の完全調和《パーフェクトウェザーディザスター》】。
名前通りの力だ。
威力を100分の1にまで抑える対価は300発もの手数、そして攻撃の完全制御。
荒ぶる風雨は一切の流れ弾を生じる事無く、射程内の獲物を打ちのめす弾丸となる。
「この力は……!」
「ボクなら君のレインも、望まない被害が出ないようにコントロールできる。
それに、敵もまだかなり残っているみたいだしね」
恐らく、道中で倒した逸れ個体に時間を与えると増殖して今打ち倒したような集団を形成するのだろう。
その群れが今も都市の至るところで蠢動を続けているのだ。
「時間との勝負だ、力を借りたい。君はどの位気象操作が出来るかな?」
「次からはわたくしのレインも使います。足手纏いにはなりませんわ」
目を見張っていた少女に再度問えば、今度は即答が返ってきた。
能力の性質上、二人ぶんのレインが合わさる事による威力の底上げは相乗効果を発揮し倍以上に殲滅効率を跳ね上げる。
……やがて駆逐は果たされた。
都市への被害も叶う限り最小限に抑えられた、筈だ。
「協力ありがとう。そういえば、まだ名前も聞いてなかったね」
「わたくしこそ御礼を申し上げるべき立場でしょう。
アグネス・エーリヒ・ローゼンハイムの名に懸けて、この恩を忘れは致しません」
掃討戦の疲労を表に出さない丁寧な礼は気品のあるもの。
レインメーカーとしての戦闘能力と言い、都市でも重要な立場なのかもしれない。
ともあれ……都市を滅ぼさんとした侵攻の第一波は最良に近い形で退けられたのだ。
●Monsters
時に、犠牲となる者にとっては圧倒的な力こそ却って慈悲になる事もある。
必死に抗い、足掻き、絶望と共に磨り潰されるほど惨い末路もそう在りはしない。
「――ハッ、上等! やったろうじゃないの!」
そんな地獄に呑まれんとする都市に飛び込み、継萩・サルトゥーラ(|百屍夜行《パッチワークパレード・マーチ》・h01201)は気炎を上げた。
絶望も、地獄も、デッドマンの存在を構築する血肉が嫌と言う程に知っている。
それでも人類は戦い続けているのだ。
尻込みする理由などありはしない。
「――――――――!!」
狂乱するチャイルドグリムの声。
半人半機の怪物は手当たり次第に全てを貪り成長と増殖を繰り返す。
その只中へ踏み込む以上、全方位から突き刺さる殺意も当然の事。
より効率的に、より悍ましく。
√能力によって変貌を続けながら、怪物は全方位から殺到する。
「まぁ焦んなや、楽しいのはこれからだ」
敵の能力は既に割れている。
捕食力、貫通力、蹂躙力の増強……個体数の暴力と合わさり、その変異は都市の破壊速度を致命的なまでに上昇させるだろう。
だが、戦闘に於いては単純な近接攻撃能力の強化に過ぎない。
小型改造無人ドローン兵器「アバドン」が襲い来る群れに照準を合わせる。
「さァて――逃がしやしねぇぞッ! アバドン展開!」
|先手必勝《やられる前にやる》、単純明快な戦術理論。
自分自身を囮とした【アバドンプレイグ】のミサイルとレーザーの弾幕がチャイルドグリムを迎え撃つ。
時間にして十秒前後の死線。
弾幕を力尽くに突破せんとした最後の一体が、一歩下がったサルトゥーラの眼前で計算通り力尽き動かなくなる。
「ハハハハハッ! まだまだ、此処からだぜぇ!」
成果は上々。そして敵はまだ都市中に蔓延っている。
戦う事は楽しい。
戦う事は正しい。
景気付け打ち込んだドラッグで消耗を誤魔化し、次の戦場を求めて再び駆ける。
死者を継ぎ接ぎ、再利用する等という冒涜。
それでも……人類の敵と戦う為に、デッドマンは造られたのだから。
●化け狸大繁盛の巻
「ご依頼とあらば危険な事もなんのその。何でも屋の喜々にお任せあれ!」
どろん、と参上したのは喜々・寿(何でもなれる何でも屋・h01709)。
人々の暮らす都市全体が戦場と化す一大事、既に至る所で襲撃者が暴れている。
それこそ、今まさに寿の目の前でも。
AL失敗作-『チャイルドグリム』。
有機物、無機物を問わず食い荒らす蝗害の如き怪物の大群。
質と量、双方を引き上げる√能力の猛威はこのままだと全てを喰い尽くすのだという。
「成程、狸の手も借りたいという訳じゃのう。ならばこうじゃ!」
先手必勝、素早く状況を見て取り行動に移る。
軽快な音と共に弾けるどろん煙幕、現れるは同じ姿をした12体の分身。
「群れよ、出番じゃ!」
「「「応ともよっ!!」」」
【御一人様御一行】……一人あたりの反応速度は半減するが、純然たる手数頭数の増加はそれを差し引いてもお釣りが来る。
寿の存在に気付いたチャイルドグリムが耳障りな叫声を上げる。
頭、腕、骨の無作為な増殖。
奇怪な見た目のみならず、その一つ一つが彼等なりの合理に基づき戦闘力を増大させていく悍ましい成長の力。
「ふんっ、それがどうした!」
「袋叩きじゃあ!!」
「――――――――――!?」
そして、数の暴力は分身した寿の側も同じ事。
頭数は合わせて13、手数は26、骨は沢山。
妖刀を振るい、或いは格闘の技で以て全方位から叩きのめす。
一体一体を確実に屠り、そして次へ。結果的に今はこれが一番速い。
「ふはは、千客万来じゃのう!」
都市に出た被害はどれ程か。倒すべき敵はどれだけ残っているのか。
この時点では把握する術も無いが、出来る事はある。
倒せば倒すだけ多くを助ける事に繋がるのだと、敢えて笑い飛ばし都市を駆ける。
やがて……奔走の甲斐あって、チャイルドグリムの脅威は打ち払われたのだった。
●|耀《かがや》ける星と共に
「……大切な人を、もう奪わせはしない」
浜野・弥子(悲劇を越えし|灯火《あかり》・h04252)は喪失の痛みを知っている。
同じ苦しみに晒されようとしている人たちが居て……阻む力があるなら、彼女はそれを見過ごしはしない。
戦場と化した都市内部に蠢くはチャイルドグリム。
弥子の存在に気付いた怪物たちは一斉にギラついた食欲を向ける。
「蹴散らす……! 力を貸して、耀星!」
【煌星術】に応じ顕現するは彼女の護霊たる耀星。
正面から切り込んだのは、それが最も早いという勝算があったからだ。
輝く星槍閃の薙ぎ払いは獲物に√能力を発動する事さえ許さず吹き飛ばす。
「――――――!!」
攻防に僅か遅れて響く叫び。
残るチャイルドグリムが増殖し、直後に魔力の矢で射抜かれた。
護霊は強く、弥子自身にも修めた技術がある。
扱う√能力の性質が類似していようと――似通っていればこそ、こんなところで後れを取る道理は無いのだと。
「――――――!!」
「……あなたたちに、悪気が無いのだとしても」
響く叫びには善意も悪意も無い。それ以前だ。
悍ましくともチャイルドグリムたちはただ生きようとしているだけ。
それを感じてしまえば、生理的な嫌悪以外にも思う事が無い訳ではない。
だとしても、手を緩めずに打ち滅ぼす。
「それでも……生きている人たちを理不尽に踏み躙っていい理由にはならないから」
一掃には然程の時間を要する事も無かった。
……まだ敵は残っている。
呼吸を整え、次の戦いへ彼女は向かう。
●棄てられたものたち
「失敗作……ですか」
試作品だからこそ、何にでもなれる。
それはクラリス・メルトダウン(|未完成の切り札《オルタレイション・ジョーカー》・h00882)の信条であり希望だ。
……ならば、失敗作の烙印を押されたものは。
無論、チャイルドグリムは人々を害する敵である。
本能のまま捕食を繰り返す怪物には元より駆逐以外の選択は無い。
ただ造られただけの彼等にも、最初から選択の余地など無かったのだとしても。
「――――――!!」
「だからこそ、放ってはおけませんね」
危機に晒されている都市の人々も……そして、このチャイルドグリムも。
救い云々というような大仰な話ではない。
ただ……今や誰にも望まれない彼等が、罪とも知らずに人々を傷つけ続けるのはあんまりだと思ったから。
敵が飛び散らせる唾液にも√能力の効果が込められている。
機敏な動きで射程外まで離れ、構えたバスターにカードをスキャン。
「――貴方は逃げる事も出来ない」
【|撃ち抜く絵札《リフレクト・チェンジャー》】はカードの力を引き出す√能力。
稲妻形の特徴的な尻尾を生やし、雷電を纏ったクラリスは加速する。
距離を詰める事も許さずチャイルドグリムに見舞う弾丸は雷属性。
機械と生身の双方に麻痺をもたらし、無数の跳弾はそのまま標的を沈黙させた。
遠く聞こえる戦闘音はまだ鳴り止まない。
そして、装備のエネルギーも充分に残っている。
「よし……行きましょう!」
努めて明るく掛け声一つ。
助けを求める者たちの為、戦場に駆け付けた切り札は再び走り出す。
●アンダーグラウンド・ハードボイルド
「モグモグ……まったく、ひどいもんモグ」
戦場と化したシャロームの街中、ひょこりと顔を出したモコ・ブラウン(化けモグラ・h00344)は顔を顰めた。
状況はまだ致命的な破局には至っていないのだろう。
だが、周囲に蔓延り無差別の捕食と破壊に勤しむ怪物の姿を見れば、それも時間の問題だと分かる。
「……ま、しゃーねぇモグ。仕事は仕事、しっかり働くモグ」
「――――――!!」
チャイルドグリムの行動原理は極めて単純だ。
ビルより栄養価の高い有機体の存在を察知すれば喰いつかんと一斉に殺到する。
叫声と共に飛び散る唾液は射程こそ短いが、受ければ致命的な機能不全を招く√能力。
前後左右、或いは頭上。
これがパニック映画であれば過剰と批判されかねない勢いで大群が迫り――
「反応が遅いモグっ!」
「――――――!?」
引き裂かれたのは残像。
後の先を取る拳銃の弾丸がチャイルドグリムを貫き、モコ自身の姿は掻き消える。
標的を見失い困惑する怪物たちの、その足元にモコの姿はあった。
土中に潜り闇を纏う、【|モグラ先制射撃《モグラ・カウンター》】に付随する隠密効果。
ヒット&アウェイに長けた能力はさながら土竜叩きのようだが、それに対応するだけの知性はチャイルドグリムに備わっていない。
「モグモグモグ……」
多少時間は掛かるが、今この場ではこれが最善なのだとモコは理解している。
戦いとは優位性の押し付け合いであり、趨勢は一手の誤りで容易く覆るという事も。
逸らず堅実に、為すべきを為す。
……その傍らで考える。
√ウォーゾーンは戦闘機械群に席捲された世界だが、戦闘機械都市は曲がりなりにも人々が奪還し維持している拠点だ。本来そう容易く陥落させられるものではない。
それが今回、都市の内部にチャイルドグリムの蔓延を許す程の事態となった。
この状況を作り出すだけの力を持った敵がまだ後に控えている、という事だ。
「解決に貢献したら|特別手当《ボーナス》でも出ねーかなぁモグ……」
待ち構える困難を思えば億劫だが、或いは権力者とでも接触すれば|正当な《・・・》報酬を要求する権利くらいはあるのではないか。
皮算用に気を紛らわせながら、モコは危なげなく襲撃者の骸を積み重ねるのだった。
●死地に射す光明
「いざ、ヒーロー出撃じゃ!」
高らかに嘶くエンジン、一陣の風と化し駆ける浮遊型バイク。
戦闘機械群の強襲を受け滅亡の危機に瀕する都市へ、マイティー・ソル(正義の秘密組織オリュンポスのヒーロー・h02117)は颯爽と駆け付けた。
「妾は正義の秘密組織オリュンポスの使徒にして、
光明太陽神が末裔、マイティー・ソル!」
名乗り口上と決めポーズも完璧に。
惜しむらくは目撃者がチャイルドグリムしか居なかった事だが……ある種の|お約束《ルーティン》として欠かせない要素だ。
もしかすると実は誰かが見ていた、という事もある。気は抜けない。
「人々の暮らす都市を害する怪物どもめ覚悟せよ!
この妾が正義の極光を以ておぬしらの悪を裁いてくれる!」
「――――――!!」
言葉を解する事はないチャイルドグリムだったが、反応は雄弁だった。
そも、彼等の行動原理は一つだ。
生存本能の命ずるままに貪り、成長し、増える事。
ソルの事も新たな獲物であるとしか見做す事なく、血と唾液と機械油を撒き散らしながら全方位より殺到する。
「ふんっ、マナーのなっておらん奴等め!
そんな動きで妾を捉えられると思うでないぞ!」
脇目も振らないチャイルドグリムの突進だが、都市の窮状を救うべくフライトフォックス・ヴィークル……浮遊型バイクで駆けつけたソルの機動力に及ぶものではない。
包囲を軽やかに掻い潜って頭上を取りヴィークルから跳躍。
更に空中きりもみ回転を加える事で攻撃範囲は拡大する。
「妾の脚が光って燃える! 勝利を掴めと轟き叫ぶ!!
一網打尽よ! ライダー・キィーーーック!!」
「――――――――!!」
事実、殺到し一箇所に集まっていたチャイルドグリムは【ライダー・キック】の格好の標的だった。
有効射程半径20m、眩い輝きに呑まれた獲物は断末魔を上げ消え去って。
敵を一掃すると同時に再度跳躍、ソルは再びヴィークルの座席に収まる。
「妾が来た以上は悪党どもの好きにはさせん! 行くぞっ!」
人々の平和を取り戻す為、ヒーローは駆けていく。
●湧き出る絶望に鉄槌を
「手が必要? 了解した。俺でできることならやろう」
「こいつぁ大した修羅場のようで。それがしも腕が鳴るっす!」
戦闘機械群の強襲、都市内へ侵入したチャイルドグリムの猛攻。
滅亡の危機に晒される戦闘機械都市シャロームの救援に訪れた六道・穂積の肩に乗り、袋鼠・跳助 (自称凄腕ヒットハム・h02870)が気炎を上げる。
「…………」
「いかがなさいましたか?」
「……いや、共闘できる味方の存在は心強いと思っただけだ」
そして跳助が乗っている肩と逆側に控えているのは石神・鸞(仙人掌侍女兼若女将・h02796)。目的を同じくする、√能力者ならざるサボテンメイドである。
敢えて戦場を求め移動する必要は無かった。
自己増殖の√能力を持つチャイルドグリムは今や都市中に蔓延しており、三人の合流した現在地にも全方位から集まってくる。
「作戦の第一段階は都市に侵入した敵の掃討との事でしたが……
これは聞きしに勝る数でございますね」
「ヒットマンの本懐は一撃必殺っすけど、
それだけが能じゃないってとこも見せてやるっす!」
続々と押し寄せるチャイルドグリムの第一陣を阻んだのは鸞が仕込んだトラップ。
メイド七つ道具から成る嗜みの一つだ。
知性らしい知性の無い相手を嵌める事はそう難しくない。
動きの止まった瞬間を逃さず降り注いだのは無数の弾幕。
穂積が展開した半自律浮遊砲台とミサイルランチャーが火を吹き標的を薙ぎ払う。
「――――――!!」
「……成程な」
手応えはあった。だが、穂積の表情は険しい。
悪かったのは場所か、状況か。
単純な話だ。
此方の撃破ペースより速く敵の新手が補充され続ければジリ貧は避け得ない。
√能力者の介入が無ければこの都市の滅亡は必至だというのもその延長上だろうか。
「これだから専ら、俺は支援の方が向いてるんだが……そうも言っていられないか」
必要な火力を用意する手段なら、ある。
単独なら困難だったかもしれないが……その隙を補う味方が居るならば。
「穂積様には何らかの打開策があるとお見受けしました。
私にできる事はございますか?」
「……60秒、力を溜める時間が欲しい」
カップ麺が3回は出来る時間だ。
だが、一瞬の差が生死を分ける戦闘の只中に60秒はあまりにも長い。
「話は聞かせて貰ったっす! 時間を稼ぐのは構わないっすが……
――別に、倒してしまっても構わんのだろう?」
「……ああ、勿論だ。頼む」
キリッ、とクールに決めてみせたのは跳助。
何より彼もまた一人前の√能力者であり、攪乱も得意とするところだ。
それだけの時間を稼ぐ事で決定打が担保されるならお安い御用だと胸を張る。
「いいっすねぇ、侠気に満ちたそれがしにぴったりの大役っす!」
外見的には通常ハムスターと変わらないサイズに見合わぬレールガンを取り出し、反動に備えて踏ん張る。
素早く狙いを定め――射出。
着弾地点から半径21m範囲の敵を吹き飛ばす【|ヒットハム流暗殺電磁砲《ハムテックレールガン》】は、この状況に最適の√能力の一つと言えた。
そして、この能力の本領はそれだけに留まらない。
「まだまだ、此処からっすよ! 鸞嬢、10万ボルトを喰らうっす!」
「えっ私ですか?」
「|支援《バフ》っす!!」
「冗談でございます。有難く活用させて頂きましょう」
それは戦闘力を底上げする単純にして強力な恩恵。
メイド流トラップが通じる事は戦いの序盤に分かっていたのだ。
√能力を持たない鸞であっても、そこを10万ボルトの強化で補えば元々身に付けていた技術との相乗効果は跳ね上がる。
「お代わりもあるっすけど……今回はその必要も無さそうっすねぇ」
「ああ、待たせた。充分だ……!」
そして、60秒。
穂積の拳に宿った消えざる魂の炎が揺らめく。
「これで――ケリを付ける!」
解き放つは【人類の怒りの一撃】。
18倍もの威力に10万ボルトの強化を上乗せし、燃え盛る拳は押し寄せる敵群を纏めて消滅させる。
位置関係の都合上僅かに生じた残党の処理にも、そう時間は掛からなかった。
「都市での戦闘は……まだ続いているようだな。
今ほどの多勢が他にも残っているのでなければいいが」
「穂積坊ちゃんが吹っ飛ばした奥の方に合体重ねたボスっぽいのが見えたっす。
多分ここの集団がなんかこう……アレだったんじゃないっすかねぇ」
「元々の都市の戦力もある程度抵抗自体は可能らしい事も鑑みれば、
此方で掃討した集団が特異な部類だった可能性は高いと思われます」
断片的な情報から分析しつつ、三人は救援を続けるべく次の戦場に移動する。
事実、此処が特に戦力の集中した“病巣”の一つだと判明するのは……戦いが一区切りついた後の事。
●逢瀬
√能力は千差万別だが、能力を持たない者にとってはいずれもが脅威だ。
或いは、それこそ√能力を振るう個体を多く擁する戦闘機械群にこの√ウォーゾーンが支配された要因であったかもしれない。
そして……√能力を持つ怪物の只中に無策で乗り込む事は、同じ√能力者であっても非常に大きな危険を伴う事に違いない。
尤も――意識しての事か、無意識かは兎も角――ハインリヒ・リエラ(愛を確かめるツギハギ・h01274)の行動が無策であったかについては、解釈の分かれるところだろうが。
「――――――!!」
戦場と化した都市には無数のチャイルドグリムが我が物顔で徘徊している。
本能のままに全てを喰らい尽くさんとする半機半人、その狙いがふらりと現れたハインリヒに向くのも当然の事だった。
増殖と合体を繰り返す大群の包囲。
全方向からの圧殺は単純ながら、対応する術無き者を磨り潰す死地と言える。
「……ああ……助けてくれるんだな。今も、一緒に……」
何処か夢心地に茫洋と呟きが零れた。
振り下ろされたハチェットが迫るチャイルドグリムを叩き割り、一撃で沈黙させる。
【デッドマンズ・チョイス】はその身に宿った知られざる記憶を目覚めさせる。
もう名前すら思い出せなくなった彼女の痕跡が、この窮地を切り抜ける為の力を貸してくれる。
敵は増殖し、合体によって回復し、延々と襲い掛かってくる。
ならばどうするか。増える間も無く叩き潰せばいい。
倍増した腕力でハチェットを振るうたびに血と油が飛び散り、断末魔を残して敵は動かなくなっていく。
勿論、目的は都市の救援だ。それはハインリヒも理解している。
その上で、今は。
恋焦がれる愛を傍に感じていられる時間に浸っていたいのだと。
返り血に濡れながら……死人の口許に刻まれていたのは淡い微笑み。
●Emotional instability
「――――――――!!」
「ぐ、ぐわああああ!!」
不酒・杉留(巫山戯過ぎる・h05097)はチャイルドグリムの犠牲となった。
思えば散々な人生だったかもしれない。
都市の危機を救いに来た辺り、悪人ではなかったのだが。
「犠牲……?」
「犠牲になったのだ……」
「犠牲の犠牲にな……」
「なーんてな」
「「「!?」」」
むくり、と杉留は起き上がる。
√能力者を真に殺害できるのは原則Ankerにのみだが――そういう話ではない。
異常と言えば、今回は理性無き怪物である筈のチャイルドグリムたちが普通に喋っている事からしてイレギュラー。
既に近辺は【|ギャグ世界の住人《ギャグセカイノジュウニンハシナナイ》】の術中にある。
「そして私は知っている。
これは長い付き合いになる(かもしれない)ヒロインとお近づきになる|好機《チャンス》だと!」
ヒロインとは限らないが……齢48にして訪れる春の気配、改めて周囲を見渡す。
しかし居るのはチャイルドグリムばかり。
「話が違うと言いたそうだね。だが、それがサポートの限界なのだよ」
「貴様……!」
「今こそ、悪しき私たちの対応を詫びよう。そして、君は許すのだ……」
じり、とにじり寄ってくるチャイルドグリムたち。
実のところ状況は至って|深刻《シリアス》なのだ。√能力はある種の逃避に過ぎない。
だからこそ……薄々無理筋だとは思っていても、押していくのも戦いの一つか。
「なーんてな(2回目)」
「…………?」
「集団敵ならまぁ……一人くらい持ち帰ってもバレへんか……」
「えっ」
「生物としてのの成長!(後半からは目を逸らしながら)
失敗作扱いからヒロインに昇格したくはないのか!!」
「……むむむ」
何でもありを旨とする√能力による疑似的な理性の付与と本能に訴える勧誘。
所業で敵味方に分かれてはいるが、根本は同じ√能力者なのだ。
どうにか絞り出したネタだが奇跡的にチャイルドグリムの|欠落《アイデンティティ》に……響いたような、あと一歩のような。
少なくとも数を強みとする敵の一部を釘付けにするという働きは果たしたのだ。
合体チャイルドグリムが新たなパーソナリティを得るのか、普通にこの後駆逐されるのか……それは未だ神のみぞ知る未来。
●あゝ遣り甲斐
「お仕事ですね! 頑張ります!」
求められている。人々に――そして社会に。
意気軒高にして元気溌剌、至る所でチャイルドグリムの暴れ回る都市へと月ヶ瀬・綾乃(人間(√EDEN)の|警視庁異能捜査官《カミガリ》・h03277)は飛び込んだ。
危険で悍ましい半機半人の大群が何するものか。
現在の職に就いてから幾つもの修羅場を潜り、今や彼女はちょっとやそっとの事では動じない度胸と実力を身に付けていた。
「――――――!!」
赤子の泣き声と機械の駆動音が混ざったような冒涜的な音を立て、地面や建物さえ喰らいながら這い回っていたチャイルドグリムが綾乃に気付く。
そして増える。
増殖と合体を繰り返し、叫声を放ちながら綾乃の方ににじり寄ってくる。
「そっか……あなたたち、赤ちゃんなんですね……」
チャイルドグリムは今まさに都市を滅ぼさんとする敵だが、その行動に悪意は無い。
まだ胎児の頃から機械と混ぜ合わされ、失敗作として捨てられた。
それから、彼等はただ生きてきただけなのだ。
生命として喰らい、育ち……その意義を知る事も無く、ただ本能のままに。
“母”を求め近付いてくるチャイルドグリムに綾乃は右手でそっと触れて。
「えいっ」
「――――――――!?」
「ちょっと可哀想ですけど、これもお仕事なんですよね」
問答無用の【ルートブレイカー】は右掌で触れた√能力を無効化する。
増殖も、融合も。
召喚された部分は瞬時に消し飛び、破壊の炎で炙れば敵はやがて動かなくなった。
仕事人は時に残酷なのだ。
「よーし、どんどん行きますよー!」
こなした仕事が誰かの為になる。嗚呼やり甲斐。
確かな手応えと達成感を原動力に、綾乃は次の現場へ駆けていく。
●一瞥
「――幽かに|象《しんり》に触れた気がした」
戦闘機械群の侵攻により地獄へと変貌しつつある都市へ、ユーフィリア・ユーベルメンシュ・ユニタリア(▓▓▓▓▓▓・h03120)はふらりと現れた。
√能力者の干渉が無ければ敗北と滅亡は必至の、|それだけ《・・・・》の状況を彼女の尺度がどのように評するかは余人の知る事ではないが……兎も角だ。
基本は味方に対する助言がユーフィリアの主な立ち回りになるのだが。
「――――――!!」
「あーし独りかぁ。じゃー仕方ないんでえ……」
周囲に人影は無く、蠢くのはチャイルドグリムばかり。
本能のままに同種とさえ喰らい合う怪物はユーフィリアを獲物と見做して襲い掛かり……ギラつく赤色に阻まれた。
|緋想天球儀《あかいあかいあかいそら》の描いたレーザートラップに焼かれ、転がりのたうつ身を焼き尽くしてトドメを刺す。
綱渡りと言えただろう。
きちんと正解をなぞっていれば落ちる事はまず無い、綱渡りの攻防。
敵の√能力はその戦闘力を大きく増大させるものだが、攻撃手段は近接に限られる。
突進の機動力は幾らか増すにせよ元が鈍重、意表を突かせなければ対応は間に合う。
【|象牙座の感触《フラグメント》】から得られた攻略情報だ。
正しく読み解き、実践する事が出来れば其処には失敗も敗北も無い。
「まー、今回は一人一人目先の対症療法でも何とかなりそうだしぃ?
あーしもぼちぼち潰していこうかねぇ」
それが今出来る最善だと、読み取ったからには是非もない。
全方位への注意を切らす事無く、敵を寄せ付けず、地道に着実に処理を重ねる。
「まー、こんなもんかなー?」
やがて、都市に蔓延っていた襲撃者がどうにか駆逐された頃。
先の事はどうあれ一区切り、異彩の巫女もビルの陰で一息ついて。
●駆け抜けていく光
「うわっ……こいつは見過ごせねーな!」
建物や通りを隔てて遠く聞こえる怒号、破壊された街並み、蔓延る怪物。
戦場と化した都市の惨状にラグレス・クラール(陽竜・h03091)は義憤を燃やす。
探すまでもなく四方八方から、少年に気付いた敵は一斉に襲い掛かってきた。
「――――――!!」
「纏めてぶっ飛ばす! おいでませだぜ、オレの御霊!」
【天照顕現】、迫るチャイルドグリムを薙ぎ払ったのは護霊「テラ」の天照光輪。
ラグレス自身も己の鉄拳を握りしめ、果敢に敵群へ飛び込んで叩き伏せる。
伝わってくるのは鋼鉄と骨肉の入り混じった不気味な手応え。
そして、剥き出しの生存本能。
チャイルドグリムは勝手な思惑で作り出された生まれながらの怪物であり失敗作。
彼等には元より善意も悪意もありはしない。
「だからってなぁ! 街の人たちを襲っていい理由にはならねーんだよ!」
その意思がブレる事は無い。
触手を払いのけ、不意に突きだす骨棘を躱し、渾身の一撃で打ち砕く。
師に教わった技術と持てる力の限りを尽くし、護霊との連携で敵を仕留めていく。
「ふーっ……テラ、サンキューな」
その場に居たチャイルドグリムの撃破に時間はそう掛からなかった。
ラグレスも無傷とはいかなかったが、それも護霊の天照翔風が癒してくれる。
「よしっ! もう一頑張りだな、行くぜテラ!」
都市での戦いはまだ続いている。向かうべき場所は声で分かる。
襲撃者を迎え撃ち人々を守りに、少年は迷う事無く駆けていく。
……これは、その為に使う力なのだから。
第2章 集団戦 『バトラクス』

●鋼鉄の最前線
無限に広がる未来の可能性は、やがて一つに収束して現在となる。
分岐した|√《世界》の数々も例外ではない。そうして時間は進んでいく。
幾つもの意思と行動の結果、事象は定まった。
此度の侵攻を指揮する者――特殊工作兵『ルドルフ・シュナイダー』の姿は、都市近郊に敷かれた本陣の最奥にある。
待ち構えるのは無数の量産型戦闘機械群バトラクス。
警備体制には一分の隙も無く、衝突を避ける事は困難だろう。
戦闘機械群に反抗する者を誘き寄せ、物量と連携で返り討ちとするか。
よしんば突破されるとしても過程で消耗を強いる事が出来れば良し。
敵地へ飛び込む事を嫌うなら態勢を立て直し、更なる次の攻勢で都市を落とすまで。
尻尾を掴まれた事さえ逆襲の布石としてルドルフは選択を迫る。
※第一章に引き続き、プレイングで希望すればNPCと協力できます。
第一章に登場していなかったNPCでも都市解放の際に遭遇していた等の扱いで
第二章から登場させる事も可能です。
詳しくはシナリオ冒頭のMSメッセージをご確認ください。
●|真剣勝負《ウォー・ゲーム》
眼前の敵を打ち倒す。それは戦士の領分だ。
一方、指揮官としての戦いは些か性質を異にする。
√能力者は一騎当千の力を振るうがゆえに結果として戦術的な境界も曖昧な節はあるのだが……兎も角、|流儀《スタイル》の話だ。
「既に布石は打ってある。レインの出番だろう」
即ち、戦場の俯瞰と戦力の運用。
ルドルフ・シュナイダーが無数のバトラクスを操り陣形を構築したように、レイリス・ミィ・リヴァーレ・輝・スカーレット(始祖の末裔たる戦場の|支配者《オーバーロード》・h00326)も自ら従えた兵器群で攻略に臨むのだという事。
時に戦いの勝敗は始まる前から決まっている、と言われる。
都市内のチャイルドグリム掃討戦に際し放ったレギオンは必要な情報を網羅し、既に展開を完了している。
敵陣に未だ動きは無い。
当然だ。
先に手を出した方が不利になる、そう見えるよう装った布陣で部隊を動かした。
「ふ、|彼方《あちら》の星詠みは此方の手の内まで見透かすほど便利ではないらしい」
――仮に知っていたなら、見過ごしはしなかっただろう。
或いは他の√能力者にも対処する余力を残す為に迂闊な動きに出られなかったか。
下準備は整った。
「私の極殺弾幕で蹂躙しよう……【|不絶驟雨《ブレイクレスチェイン》】ッ!」
周囲に展開済みのレイン砲台に照射角度とタイミングを一斉送信。
水平に薙いだ手の動きを合図に、閃光が乱れ舞う。
それはレギオンを反射板にした全方位レーザー弾幕。
射程と射線の拡張は遮蔽を利用した地形の優位も、通常兵器の性能を前提とした戦術構築も無意味に堕とし宣言通りの蹂躙劇を引き起こす。
「計算さえ終わってしまえば容易い物だ……おっと」
まんまとレイリスに先手を許し、しかし敵の反応も迅速だった。
【不絶驟雨】はケタ違いの攻撃回数の代償に、一撃辺りの威力は絞らざるを得ない。
部隊が壊滅するまでに生じる猶予を無駄にする事なく捨て身の特攻に打って出る。
「その程度は対策済みだとも」
兵器の指揮に専念するに辺り、既に|鎮圧領域《サプレッションレディアス》は稼働済みだ。
そもそもが通常の兵装であれば有効射程外。
こうなれば周囲に作用する速度鈍化の前に、飛来する流れ弾など脅威には程遠い。
「体当たりは、まあ。この弾幕を抜けられるのならば当たってやってもいいがな」
突破しようと隊列を組むならレギオンの操作で弾幕の密度を調整し沈めるまでの事。
元より猶予など弾幕に晒されたバトラクスが壊滅するまでのごく僅か。
番狂わせなど生じる事も無く、戦場にはただ順当な結果だけがもたらされた。
●時を奪う雨と風の中で
戦闘機械都市シャロームで出会った幼い学徒動員兵、セツナ。
都市に置いてくる事も出来ただろう。
侵入したチャイルドグリムは駆逐され、都市内部は安全を取り戻している。
それでも、此度は共に戦う事をクラウス・イーザリー(希望を忘れた兵士・h05015)は選んだ。
この√ウォーゾーンで人類と戦闘機械群の戦いは続いていく。
セツナが再び戦いに直面した時、今回のようにクラウスが助けられる保証は無い。
ならばこうして力になれる今、少しでも慣れておいた方がいい。
それが結果的に生存率を上げる事に繋がるのだとクラウスは知っていた。
「危ないと思ったら逃げるんだよ」
「は、はいっ」
「危険に敏感な事は君の強みだ。失くさないようにね」
これはセツナ自身も望んだ事だ。
覚悟があるのは好ましいが……勇敢なだけでも、臆病なだけでも命を危険に晒す。
√能力を持たない|セツナ《一般人》は、一度死ねば終わりなのだと。
「……向こうから動く様子は無いな」
チャイルドグリムに群れから離れて単独で動く個体が居たような逸れはバトラクスたちには見られない。
わざわざ偵察に兵力を割かずとも星詠の力で補っているという事だろうか。
敷かれた陣は簡易的なものだが、万全の迎撃態勢である事が見てとれる。
「それなら、此方は先制の有利を活かすとしよう」
短く示し合わせた後、慎重に接近。
気付かれている。元より都合よく身を隠す余地は存在しない。
敵の反応に細心の注意を払い……射程ギリギリまで距離を詰める。
これまでの戦闘経験から鑑みるに敵の射程内まで引き込まれた訳ではない、筈だ。
「堅実にいかせて貰うよ――降り注げ」
レインメーカーを人類最精鋭たらしめる所以、【決戦気象兵器「レイン」】。
有効範囲内にレーザーを浴びせる300回もの超多段攻撃は事前の目算を裏切る事なく、バトラクスから戦いのイニシアチブを奪う事に成功した。
威力に大幅な制限を受けるとは言っても牽制の機銃を掻き消すには充分。
ジャミングで狙いを惑わしてやれば単発の粘着弾に対処する程度は難しくない。
機体そのものを追尾質量弾とする突撃体当たりを受ける訳にはいかないが、ただでさえレーザーに削られた状態で敵の方から距離を縮めてくるのは此方にとっても好機だ。
「セツナ、やれるかい?」
「はい……! 撃てます!」
「うん。油断はしないようにね」
援護射撃の精度は正確で無駄も無い。
心臓部を見極め撃ち抜ければ単独での撃破も不可能ではないかもしれない。
弾丸に動きの乱れた敵からスタンロッドの一撃を叩き込み墜としていく。
「っ……!」
「大丈夫。セツナ、射撃は銃口を見て撃たれる前に躱すんだ」
「わ、分かりました……!」
エネルギーバリアを展開、セツナに向かう銃弾を逸らして守る。
身を竦ませながらも動きを止める事は無い。目を逸らさず敵を見ようとしている。
後は、対処する術をどれだけ身に着けられるか。
銃火器はありふれているが故に、対応能力の有無は生存率に直結する。
「……ふぅ、こんなところかな。セツナ、無事かい」
「ボクは、大丈夫です。クラウスさんも御怪我は無いですか?」
「平気だよ、ありがとう」
一通りの敵機を撃破するまでに、クラウスが居なければ二度は被弾していただろう。
願わくば、そのたびに得た学びが小さな兵士の未来を守る糧となるように。
●化け狸大立ち回りの巻
「うーむ……どうするか悩むのう」
量産型戦闘機械群バトラクス、鋼鉄の装甲と銃火器で武装した人間サイズの兵器。
尖兵とはいえ、こうも数が多いと√能力者であっても油断できるものではない。
喜々・寿(何でもなれる何でも屋・h01709)の修めた技術はそれぞれがバトラクスの軍団を突破するのに一役買うものだ。
だからこそ、その手札はパズルを合わせるように適切に使う必要がある。
「よし、決めたぞ!」
ポンと手を打ち方針を固める。
考えた分だけ正解に近づけるという訳でもなし、元より長々と悩む性分でもない。
戦端が開かれ慌ただしくなる戦場を突っ切り、寿はその身一つで切り込んでいく。
「ひと暴れしてやるかのう!」
疾走の勢いも乗せ、岩をも砕く鉄拳の一撃を見舞う。
すかさず妖刀の一閃で斬り裂き、再び鉄拳を叩き込む。
バトラクス軍団を攻略する手段として寿が選んだ答えは|全て《・・》。
技術の限りを尽くし連携を繋ぐ【|百錬自得拳《エアガイツ・コンビネーション》】は大技だが、これだけの多勢だ。
当たるを幸いと言うように、そう攻撃を外す心配は無い。
漸く強襲に反応の追いついた個体が【バトラクスキャノン】を射出――しようとして標的を見失う。
如何な乱戦とて、戦闘情報を共有するバトラクス全てから身を隠せるような都合の良い遮蔽は存在しない。
バトラクスに妖怪についての知識があれば、気付ける可能性もあっただろうか。
味方である筈の一体が、√能力発動の瞬間になって隙を見せた個体を打ち砕く。
「ふはははは! わしに掛かればこんなものよ! 恐れ惑うがいい鉄人形ども!」
即席の|化け術《変身》が解け、正体を現すと同時にまた一撃。
味方と誤認していたのが敵だった――その前例は、ただ身を隠すだけの一手さえ同士討ちを誘発する攻め手に変える。
やがて縦横無尽の大暴れが一段落して残心を取る頃には、あれ程ひしめいていたバトラクスも最早動く事の無い鉄屑と化して転がるばかり。
●Rolling star
バトラクス……無限とも思える数が生産され続けている量産型の尖兵。
一体辺りの戦力は然程でもない、と言うのは√能力者にとっての話だ。
鋼鉄の装甲は個人が携行できる生半可な火力を跳ね返し、チープな銃火器から放たれる弾丸の一発でさえまともに受ければ致命傷となる。
特別な力を持たない多くの人間を殺戮するに当たって必要十分の最適化された性能。
整然と陣形を組み防御を固めるバトラクスは、その一体一体が絶望の権化だった。
「まぁこんなこともあろうかと良さそうなポジションに対物セットしてあるんだけど」
それでも人類は抗ってきたのだ。
姉と違い√能力に目覚める事は無かったアンナ・イチノセ(狙撃手・h05721)も、持たざる者なりの戦い方を心得ている。
「一度そっちに向かおうかな。二人はどうする?」
「勿論、私だって戦うわ!」
「待ってお姉ちゃん、逆に迷惑になるかもしれないのに……」
視線を向けた姉妹の反応は対照的だった。
勝気に即答する|姉《ラナ》の袖を諫めるように引く|妹《レナ》。
先の戦いでは√能力の援護を受けられた事もあり、共に負傷・消耗はほとんど無い。
「別に迷惑じゃないよ、|観測手《スポッター》がいると助かるしね」
「……そ、それなら……」
そして、ラナだけでなくレナ戦意そのものは問題ない。
気性もあるだろうが、彼女が消極的なのは慎重さ故だとアンナにも分かっていた。
先のチャイルドグリムとの戦いを振り返っても、牽制止まりの攻撃だけでは結果的には弾丸の無駄とも言える。
会話の際にも近づいてくる敵を警戒していたのはレナだった。
「サポート得意なのはどっちかな?」
「周りをよく見てるって言われるのはレナの方よ」
「まぁラナちゃんはどっちかと言うと撃つ側だよね」
「それはそうなんだけど、なんか微妙に釈然としないわね……」
「気にしない気にしない」
ともあれ、共に戦う仲間として不足は無い。
高望みをするなら足りないものばかりだが、そんなものは足りる事の方が少ないのだ。
装備を用意した地点まで移動し、既に戦闘の始まっている本陣を見据える。
敵の射程外からの狙撃……方針自体は先の戦いと同じだ。
√能力は一般人が相手取れるものではない。
だから、まともに受ける事の無いように立ち回る。
それは作戦以前の前提であり、アンナにとっては適切な武装による狙撃だった。
一撃。
破壊された武装の爆発に間近で晒されたバトラクスが動きを止める。
「よし、やれるね。予備もあるから、二人はこれを使って」
「使い方は分かるけど……コツを教えるって言ってたわよね。……どうやるのよ」
「そうだなぁ、わたし、最初からあんまり外さなかったからなぁ」
半眼になる姉とそれを宥める妹を見ながら、アンナは少し考えて。
「強いて言うなら、冷静でいることじゃないかな」
「冷静に……」
「あ、そうだ。それとバトラクスはあの辺りを狙うと誘爆するよ」
質より量の量産型と言えど、互いに連携し自律行動を取るそれは立派な精密機械だ。
武装破壊からの誘爆狙いでも撃破に充分な事は確かめられた。
装甲を貫いて動力を直接破壊するよりは狙いやすいだろう。
「出来ないなら無理しなくてもいいけど」
「無理なワケないじゃない! やってやるわよ、レナ!」
「う、うん……!」
その動きにたどたどしさは無い。
レナの示した通りの個所を弾丸は撃ち抜き、爆発に呑まれたバトラクスが沈黙する。
少なくとも、今はこの分なら心配も無用か。
いずれ敵も狙撃手の存在に気付くだろう。
その前に削れるだけの敵を削っておく必要がある。
敵全体の動きを見極め、優先度の高い個体から的確に。
「そういえば、さっき支援してくれた人、誰だったんだろう」
自らも狙撃に集中しながら、アンナはふと先の戦いを思い返す。
恐らく今もバトラクスと戦う√能力者の中に居るのだろう。
もしかすると再び戦場が重なる事もあるかもしれない。
「会えたらお礼を言わないとね。わたし、無能力者だからすごく助かるし」
……敵の動きが変わった。此方の居場所を割り出されたか。
だが、バトラクスも残り僅かだ。この分なら敢えて移動せずとも押し切れる。
「二人は撃ちやすい敵を狙っていいよ。近づいてくる奴はわたしが墜とす」
「分かりました……!」
「次のリロードは必要無さそうね!」
そして……最後のバトラクスが停止する。
壊滅状態に陥った本陣。だが、或いは手勢が消えた事で浮き彫りになったのだろうか。
最後に残った指揮官の強烈な存在を本能が感じ取る。
決戦は目前に迫っていた。
●太陽を疑っていて 月より少し翳って
「アグネス、君はレインで物量を減らすんだ。ボクは、熱操作で奴らを破壊する……!」
「ええ、よろしくてよ」
この段に至って真紅・イサク(生きるとは何かを定義するモノ・h01287)の力を疑う事もなく、アグネスからは二つ返事の承諾が返った。
雲霞の如くに迫りくるバトラクスの軍団を迎え撃つはレイン砲台の降雨弾幕。
√能力のように圧倒的な攻撃回数は無いが、その分威力の制約も無い。
つまり通常攻撃だが、レインメーカーのそれは決戦気象兵器の名に違わぬ効果を示す。
まして先の戦いとは異なり流れ弾の心配も無い郊外だ。
その猛威は【スウィープマシーン】の弾丸さえ捻じ伏せてみせる。
対するバトラクスは互いを壁とする陣形を組み、自らを質量弾とした突撃で弾幕の突破を試みた。
「雨は軍勢となり、戦闘領域を支配する。
気温とは熱、故に我が雨と軍勢は熱の理をも支配する」
それを薙ぎ払うように吹き抜けたのは一陣の風。
正確には急激な気温の低下が引き起こした大気の流れ。
冷気は吹雪となり、凍結した空気中の水分がバトラクスを縛る枷となる。
「――その理の自在操作を以て殲滅を行おう」
続いて襲い掛かったのは高温の熱波。
鋼鉄の戦闘機械であれど極端な低温、高温に対応するには専用の加工が必要だ。
熱相転移による崩壊、畳みかける連続攻撃がもたらすのは装甲の致命的な劣化。
【|天雨の軍勢《レインレギオン》・|熱の理よ、我が掌の中に《サーマルハンド》】は熱操作による通常攻撃を大幅に強化する。
極寒と酷暑が交互に織り成す連続攻撃は、殺到していたバトラクスの軍団を纏めて壊滅状態に叩き込んだ。
「ましてや……アグネス」
「出鱈目な出力ですわね。わたくしともあろう者が妬いてしまいそうです」
パチンと指を弾く音には嘆息一つ。
√能力が蹂躙した効果範囲の外側の大気に干渉し、もう一つのレインは既に発射準備を終えている。
「いいでしょう。任された分くらいは、完璧に果たしてみせましょう」
片手を振り下ろし号令を下す。
攻撃範囲重視のフォーメーションを組んだ一斉放火は、未だ動こうとしていたバトラクスをも一機残らず打ち砕いた。
●勇猛果敢、挫く事能わず
「ここが本陣になるのかあ……
チャイルドグリムはどうにかしたけど、
学徒動員兵のみんなも、√能力者のみんなもまだまだ頑張ってんだよな」
各所で繰り広げられる戦争を思わせる大規模な激突。
おかげで戦力が分散していた事もあり、ラグレス・クラール(陽竜・h03091)が敵の本陣まで踏み込む事は難しくなかった。
開戦前の万全の防御はもはや見る影もないが、それでも未だ大量のバトラクスが周辺の警護に当たっている。
「ここに来た縁だ、みんなの力になれるってんなら……
敵減らし、オレも頑張らねーとな!」
よし、と気合を入れる。声を抑えなかったのは意図的なものだ。
此度の侵攻の指揮官だというルドルフとの戦いに際し、背後を突かれる事の無いようバトラクスは前以て片付けておく必要がある。
ラグレスの思惑通り、侵入者を感知したバトラクスは一斉に集まってきた。
「テラは周囲の警戒頼む、何かあったら教えてくれな」
声を掛ければ護霊は短く吠えて応える。
バトラクスも数が集まれば油断ならない敵だが……√能力者は、それを纏めて相手取る事の出来る稀有な戦力という事でもある。
この多勢を薙ぎ払う事も|自分《√能力者》に求められている役割だとラグレスは理解していた。
「へっ、近づくと危ないぞ?」
テラの警告で死角を補い、【バトラクスキャノン】の砲弾は大きく躱す事で爆破の範囲外に逃れ、軽口を叩きながら周囲に視線を走らせる。――頃合いか。
「一気に行くぜ、【闘波連撃】!」
噴き上がる闘気が衝撃波となり駆け抜けた。
身軽に跳び回ってバトラクスを翻弄し、振るう鉄拳は砲弾ごと量産型の戦闘機械を纏めて吹き飛ばす。
幸い今のところ付近に他の味方の気配は無い。
巻き添えを気にせず昂揚のまま力を振るうには絶好のタイミングだ。
油断無く、集中を切らさず、天衣無縫の乱舞は遂に本陣に残っていたバトラクスを一掃してみせる。
残心。
鋭く研ぎ澄まされた感覚が、最後に残った敵の気配を捉えた。
「居るんだろ? 出て来いよ」
「やれやれ……お前等が首を突っ込んでこなければ、容易い任務だったんだがな」
そして――気怠げな声と共に、戦闘機械群を束ねていた者が姿を現す。
●|人機進撃《レイダーズ・アライアンス》
「ハコです」
「|巳琥《ミコ》です」
「「よろしくお願いします」」
ハコ・オーステナイト(▫️◽◻️🔲箱モノリス匣🔲◻️◽▫️・h00336)と森屋・巳琥(人間(√ウォーゾーン)の量産型WZ「ウォズ」・h02210)は奇しくも√ウォーゾーンを出身とする僅か6歳の少女たち。
幼い子供であっても学徒動員兵として戦場に駆り出される事は珍しくない世界だが……彼女たち程の幼い例は滅多にないかもしれない。
「ああ! よろしく頼むぞ!」
「……青亀良助です。よろしくお願いします」
戦闘機械群・社会式(Block Head・h01967)のプログラムに上書きされた“博愛”は二人の存在も|好意的《ポジティブ》に捉えた。
斯くも小さく幼い個体さえ同族の為に戦場に立つ強さと優しさを宿している。
それも人類という種に備わった美点である、と。
……その陰で青亀・良助(バトラーブルー・h05282)はひっそり頭を痛めていたが。
√能力者が戦力として如何に規格外であるかは彼もよく知っている。
良助自身も未成年であり、戦場に立つ者に年齢など関係無いと理解もしている。
それでも感覚の話として、限度というものはあるだろう。
しっかりしなければと気を引き締める。
√能力を持たない身でも出来る事はある筈だ。そう信じ修めた技がある。
「さて……」
とはいえ、だ。
敵本陣を守るバトラクスの軍団と√能力者たちの戦いは各所で始まっているが、猶も敵の護りは盤石だ。
力任せに突破する事、それ自体は不可能ではないだろう。
しかしその後に控えているのは強力な簒奪者との決戦だ。
下手な消耗は命取りとなり得る。それこそが敵の狙いだという事も見て取れた。
「それなら、困った時の……?」
巳琥の【|情報検索ソフトウェア『検索さん』《サーチ・アシスタント》】は端末に記録した招霊ロジックによりインビジブルを生前の姿に戻す√能力。
漂っていた|インビジブル《亡霊》の生前は都市を巡る戦いに斃れた者たちだ。
現代の戦場に立つ少女たちの幼さを嘆きながらも彼等がリアルタイムに目撃した敵陣の情報は正確で、攻略に当たっての戦術的な助言も的確なもの。
「年端いかないのは確かですが一人の兵士として
大変な世界ですが生き抜いていくのですー」
√能力の影響を受けた彼等もこの戦いに協力してくれるようだ。
直接的な戦闘能力は持たず効果が切れるまでだが、助言や情報伝達のサポートは地を揺るがす大混戦の中で大きな助けとなるだろう。
「おかげで敵陣の急所が見えました。この角度から攻めましょう」
「了解です。ハコは皆さんのサポートをさせていただきます」
「ああ! 後方からの火力支援は任せてくれ!」
そもそも戦闘に於いての完璧というのは理論値だ。
何が起きても万全の対応ができるよう事前に備える事は不可能ではないだろう。
だが、実際に戦闘が始まればどうしても隙というものは生じる。
彼我の戦力を鑑みて良助が打ち出した策は、膨大なバトラクス軍団の壊滅に繋がる攻めの一手だった。
「まずは挨拶代わりだ! 俺からの愛、受け取ってくれよな!」
バトラクスの布陣を薙ぎ払ったのは社会式の107㎜カノン砲。
√能力を使わない戦闘スタイルを取る彼だが、ベルセルクマシンにして決戦型WZである彼の火力は量産型の戦闘機械に痛打を与えるには充分。
態勢を立て直す暇など与えず、生じた隙から抉じ開けるようにハコたちが迫る。
「【レクタングル・モノリス】。宇宙ですね。
このハコには見た目からは想像出来ない機構があるんですよ?」
風切音と共に|飛来《召喚》した漆黒の直方体は自在の変形機能を持つ。
例えば此度は通常兵装とは一線を画した火力の機関銃を掃射する鋼鉄の獣。
バトラクスは一体一体が人間サイズをした鋼鉄の塊。
数えきれないほど群れ成す様は人類にとっての絶望……なのだが。
爆発する砲弾をものともせずその集団を蹂躙する様はパニック映画の主役めいて。
「神秘ですね」
「えぇそうですね……! このまま、殲滅します!」
凄まじいペースで破壊されながら、しかしバトラクスにはそもそも崩壊する士気が存在しない。モノリスの相手は無意味と判断し、合理的に他の対象へ狙いを移す。
ハコ自身は生身の人間ゆえにモノリス・パワーを攻撃に全振りした今は無防備だ。
砲弾は容赦なく少女を狙い、横合いから良助の手で叩き落とされる。
「ッ……やはり、この程度。総帥の手を煩わせる程ではございませんね」
両手盾を通じて伝わるのは重い手応え。
量産型と言えど√能力の使い手、一体辺りの単純な攻撃力が馬鹿にならない。
だが、|この程度《・・・・》だ。
忠誠を捧げた主人と時に戦場を共にする者としての矜持が良助にもある。
傷一つ無く食い下がれる|程度《・・》の相手に、この護りを抜かせはしない。
そして――入れ違うように前に出るのは量産型WZを駆る巳琥。
「鉄火場です! でも意外と快適です!」
「ははは、それ程でもあるな! お前の勇姿も存分に見せてくれ!」
社会式の援護射撃とハコのモノリスが猛威を振るう戦場は地獄の如き様相を呈していたが、両名とも味方側であるが故に巻き込まれる心配はあまり無い。
更には的確に防御に回る良助の働きもあり、見た目に反してとても動きやすかった。
巳琥が駆るのもれっきとしたWZ、人類が戦闘機械群に抗う為の兵器。
単純にバトラクスより高水準にある性能を活かし、もはや戦術も意味を成さない有様の敵を討ち漏らしの無いよう確実に葬っていく。
斯くして……一騎当千と称するに相応しい働きは、バトラクスの軍勢を迅速に全滅へと追い込むのだった。
●心を震わせる者たち
戦闘機械都市シャロームの郊外には開けた荒野が広がっている。
それは嘗ての都市を巡る戦いで戦術兵器が薙ぎ払った痕跡。
今や至る所で戦いが続く広大な戦場に、【世界を変える歌】が響き渡った。
膨大なバトラクスの軍団を相手取る主力は√能力者だが、自分たちの生きる都市を護るべく戦う現地の非√能力者も少なくない。
紅河・あいり(クールアイドル・h00765)の血脈に宿る生家の祀神が授ける霊魂は|対並行世界決戦歌唱能力者《レゾナンスディーヴァ》たる歌声を人々の元へ届かせる。
歌と踊りのパフォーマンス、アイドルの実力をバトラクスに理解できたとは言い難い。
分かるのは彼女の√能力が非√能力者に力を与え、戦況を傾ける一手となった事。
持たざる者の傍らに現れた幻影の鼓舞は、彼等の行動の成功率を極限に引き上げる。
歌声を絶やすべく殺到したバトラクスが弾丸を放ち――その悉くが青白い炎に飲まれて逸れた。
「こんなお話はご存じですか……?」
ひゅうどろろ、と効果音。
何処からともなく紡がれる怪談めいた語りに合わせて闇の帳が下り、増えゆく影に囲まれる無人の逢魔時が辺りを包む。
「怖がりもしない機械相手だとユーレー的には些か物足りませんねぇ」
嘯く誉川・晴迪(幽霊のルートブレイカー・h01657)は実体化しないまま、飛来した弾丸をすり抜け笑う。
響き続ける歌声を邪魔する事に何の躊躇も無い無粋な無機物の群れ、風情も情緒も期待するだけ酷というものだろう。
「まぁ……こうなれば少しは可愛げもあるでしょうか」
晴迪も手数の多さに秀でた√能力者の一人である。
攪乱するヒトダマ死霊や魂魄炎の人魂をちらつかせてやれば敵の狙いはブレる。
破壊の炎は鋼鉄の装甲をも焼き尽くし、晴迪を動力部に乗せ爆走する幽霊自動車は人間大の戦闘機械をしてマッハの速度で撥ね飛ばす。
実際の脅威に対し有効な対応を模索して狼狽える様は、人も機械も大差ないか。
「おー、アイドルの歌もユーレーの怪談も面白いネ⭐︎」
バトラクスたちがオーディエンスとして落第な分、という訳でもないが。
兎玉・天(うさてん堂・h04493)はにんまりと笑みを浮かべ二人の√能力を堪能していた。
天真爛漫、“楽しい”は力になる。
弾む気持ちは人間災厄「巨大質量」の在り方にも影響し、その身を軽く浮かばせる。
「ニンゲンちゃんの良さも分からず傷つける奴らをうさてんちゃんは許さないヨ⭐︎」
にこやかに、楽しげに笑みを浮かべたままバトラクスを見下ろす瞳に温度は無い。
何かを思考する僅かな沈黙。
それから、天の手元には【不思議骨董品】が創りだされる。
効果は今の彼女が発揮できる力に応じたあらゆる技能の増強。
バトラクスに感情は無い。
今も晴迪に翻弄されているが、兎も角人間らしい心や感性は持ち合わせていない。
それが……不意に、如何な計器を以てしても解明不能な不具合を引き起こす。
状況分析能力および反応速度の低下、照準の誤差。
機械は恐怖を理解しないが故に、それに対処する術をも持ち得ない。
後は虫でも潰すように、淡々と砕くのみ。
「――ま、こんなものかしら」
「結構なお点前でした」
「楽しかったヨ⭐︎」
一曲歌い終え、あいりに直接届いたのはこの場に居合わせた二人の拍手のみだったが。
その頃にはあれだけ犇めいていたバトラクスも駆逐され、襲撃の指揮を執っていたルドルフへの道が開かれたのだった。
●圧倒する力
「此処が依頼の現場だね」
襲撃を受けた戦闘機械都市の郊外、至る所で戦闘の繰り広げられる戦場を明星・葵(重装級超常体改造格闘少女・h00947)は突き進む。
既にだいぶ数を減らしながらもバトラクスは未だ尽きる事なく、不敵な√能力者には無数の砲門が向けられた。
「うん、分かり易いのは良い事だ!」
逃げも隠れもしない敵の群れと特に制約も無い戦場。
距離を詰めて破壊すればいい、それだけのシンプルな仕事。
快活に笑って駆け出す葵へと【バトラクスキャノン】は容赦なく降り注いだ。
着弾、爆発。爆煙が立ち込め視界を遮る。
一見軽装の少女にしか見えない葵を重甲着装者たらしめるのは、改造人間として強化された細胞から成る頑健な肉体そのもの。
まして不意打ちですらなく見え透いた攻撃。√能力と言えど量産型に過ぎないバトラクスの火力では、その鉄壁を破るには及ばない。
「けほっ、煙たーい! だけど次はこっちの番!」
ドッ、と爆煙を突き破った葵が拳を振りかぶる。
バトラクスに人間らしい感情など備わってはいない。
ただ、爆殺した筈の対象からの計算外の逆襲はまるで驚愕のような硬直を引き起こす。
生じた隙は一瞬。
敵の方からわざわざ集まり、接近してきたのだ。この好機を見過ごす理由は無い。
「さぁ、私の必殺連携だよ!」
高速連続パンチは牽制だが一つ一つが破格の力を宿している。
鎧袖一触に薙ぎ払い、そして神通力が反撃を許さず動きを縛る。
「これで――フィニッシュっ!!」
仕上げは半径20m弱のクレーターを作り出す必殺の一撃。
振動が地を揺らし、後には爆心地めいた破壊の跡だけが残される。
「これで良し! 残りはボスくらいかなー?」
バトラクスだった残骸が転がる中、一仕事終えた少女は手の汚れを軽く払って。
●一騎当千の合わされば
「あらぁ。おばあちゃんの出番かしら?」
「いや敵めっちゃ多いやん。集団相手とは聞いてたけど」
各所で戦闘の繰り広げられる戦場にあっても、ユッカ・アーエージュ(レディ・ヒッコリー・h00092)常と変わらぬ様子でおっとりと首を傾げた。
隣で片町・真澄(爆音むらさき・h01324)が二度見したように、参戦した√能力者を相手取るバトラクスは途方もない数を誇る。
その物量たるや、普段の戦いと比べても優に三倍を超えていても可笑しくない。
「構わない。おれの役目は、この世界を壊そうとする奴を討つ事だ」
「ふふ、なんともヒロイックで頼もしい事だ。僕も力添えさせて貰おう」
黒鉄・彪(試作型特殊義体サイボーグ・h00276)から普段の明るさは鳴りを潜め、簒奪者を狩る機械の如く冷徹な暗殺者の顔に。
そんな彪だけでなく……ユッカも、真澄も。敵の物量を把握こそすれ、そこに怯懦の色はない事に桐谷・要(観測者・h00012)は気付いていた。
確かにバトラクスの数は膨大だが、それを相手取る√能力者もまた多勢。
そして一体辺りの性能はこれまでの記録と概ね一致する。
無論、油断は禁物だが……恐れるに足りず、と言って差し支えない。
時にこれより余程過酷な戦場を超えなければならない場面も多い事を思えば、寧ろ容易く切り抜けて然るべき、とまで言えるだろうか。
「それに数ならねぇ、おばあちゃんも意外と友達は多いのよ?」
得意げに微笑んだユッカの指先に淡い光が灯り、輝きを増してその身を包む。
敵は都市を陥落させる為にこれ程の軍勢を動員し操っているのだという。
その指揮官が未だ控えている以上、此処は速やかに片を付けるのが得策だろう。
「ちょぉっとだけ、本気で動いちゃいましょ」
装甲貫通の力を宿すその御業の名は【|多重恩寵《エレオス》】――精霊たちによって象られた淡く光る翼を纏い、ユッカの動きが加速する。
「よっし、ウチもちょっと騒がせに行ったろか」
真澄もまた緩く脱力した体勢から踏み込み、一気にトップスピードまで引き上げる。
地を擦る鉄パイプが――その実態は衝撃波生成棒状装置なのだが――奏でるは爆音むらさきの二つ名に違わぬ騒音。
けたたましい疾走は単なる攪乱のみを目的としたものではない。
「掣肘しろ、"三番"!」
【抑響"三番"】、回り薙ぐ衝撃波は意外にも繊細なコントロールと以外でもない破壊力を以て、広範囲のバトラクスにのみ強烈な振動を叩き込む。
「成程ね。敵役もただの木偶では張り合いが無いと思っていたけれど……」
【バトラクスキャノン】に【スウィープマシーン】、√能力無き人々に対しては虐殺をもたらす兵装も二人の強襲を前にしては纏めて薙ぎ払われるばかり。
一方、ただ破壊されるだけのガラクタという訳でもない。
戦闘情報を共有して連携し、部隊全体が一つの生き物のように動き反撃を狙う。
「これなら、僕も出番があるというものだね」
胸の内に覚悟の炎を燃やし、観測者はささやかな支援を重ねる。
友たる死霊に求める働きは統率を崩す事無い機械群への僅かな干渉。
支援攻撃で追いやり、或いは動きを縛り、|形《・》を整える。
「うん、我ながら上出来だ。そう思わないかい?」
「ああ」
要の流し目に短く頷き、電脳ゴーグルに送られてくるアオタカの観測情報を元に最終確認は自分の手で。
義体骨格等と接続した黒翼で飛翔しながら敵を追い込み、彪は切り札が必殺の効果を発揮するタイミングを見極める。
――今。
「やれっ、クロハ!」
小型浮遊レーザー兵器にコマンドを叩き込む。
味方を巻き込む事なく、最大数の敵を捉え襲うは【乱射乱撃】。
敵が群として動くと言うなら、此方も群全体に対する最高効率の殲滅で応じるまで。
300回もの対簒奪者オールレンジ攻撃が既に半壊していたバトラクス軍への決定打。
そこから敵が一機残らず動きを停止するまで、そう時間は掛からなかった。
●贅沢な人選
「依頼場所に到着したよ、マスター」
独自アセンの量産型ウォーゾーン“ブッタ”を駆り、第四世代型・ルーシー(独立傭兵・h01868)は通信先の主人に報告を入れる。
任務は戦闘機械都市シャロームに侵攻するバトラクス部隊の撃破。
この√ウォーゾーンでは比較的ありふれた戦いだ。
或いは本来√能力者を擁さない都市には過剰な程の数こそ特筆に値するか。
だが、多数の√能力者が介入した今となっては各々の担当数も知れている。
『メインシステム 戦闘モード起動』
戦闘に際しWZから注入される薬物がルーシーを単なる戦闘機械に仕立て上げる。
彼女が施されたのは|そう《・・》なる為の強化人間手術。
今となってはWZ操縦に最適化された部品こそがルーシーの本質なのかもしれない。
バトラクスの一斉に放つ【人間狂化爆弾】が周囲を埋め尽くす。
機体一つごとにもたらす精神異常は一種類だが、それも此処までの数が重なれば時に相反する複数の効果は獲物の精神を破壊して余りある。
付加効果のみならず、単純な爆破だけでも相当の破壊力を発揮するだろう。
対するルーシーはただ飛翔し範囲外へ逃れた。
同じ量産型とはいえWZとバトラクスではそもそもの性能が違う。
味方を巻き込む事も厭わないバトラクスの攻撃が成果を上げる事はなく、展開されたドローンが返礼のレーザーを見舞う。
「…………」
バトラクスは無人機に過ぎない。性能も過去のデータと矛盾は無い。
だが、その動きにはテンプレートから些か外れるものがあるか。
聞けば此度の都市襲撃は一体の簒奪者が指揮を執っているのだという。
未だ本陣に潜み姿を見せない指揮官が直接操作しているのだろうか。
機体同士を盾とし部隊全体の割合として被害を抑制する防御陣形。
此方に消耗を強いる為の時間稼ぎとしては成程、それなりに有効なようだ。
幾つかの行動パターンと所要時間、予測される消耗をシミュレート。
ルーシーの判断は迅速だった。
サブマシンガンからパルスブレードに持ち替え、推力を全開に引き上げる。
「――消えろ、イレギュラーッ!」
部品の一つと化した筈の少女から放たれたのは溶岩のような感情の発露。
渾身の【一閃】、繰り出した腕部が破損する程の反動は必要経費。
防御が意味を成さない特大の破壊力の前では密集陣形など格好の獲物に過ぎない。
ルーシーが最も頼りにしている装備の一撃は、小賢しい戦術ごとバトラクスの集団を吹き飛ばした。
●秘められし意思
戦闘機械都市シャロームを滅ぼさんとする戦闘機械群の襲撃。
本陣最奥からルドルフが操るバトラクスの軍勢が各所で√能力者と激突する戦場に、蒼穹を切り裂き新たに現れた者が居る。
鋭く洗練された白き勇姿。あれは鳥か、飛行機か。
「人呼んでリズ・ダブルエックス(ReFake・h00646)、推参であります!」
着地……はしなかったが決めポーズ。
どちらかと言えばリズの本領はレイン兵器による遠隔攻撃だ。
敵はひしめくバトラクスの集団、とりあえず射程内に収められれば充分。
「ふむふむ……ええ、話は伺っています」
本来の敵の計画は都市を内部から破壊した上でのバトラクスによる完全制圧。
√能力者の介入が無ければ確実に滅びていたと目される大攻勢だ。
軍団を形成するバトラクスの数は途方もないが……一体一体は量産型。
まして参戦した√能力者の活躍で次々に殲滅されているとあらば、今はまだ数を残していても大局的には既に虫の息と言っても過言ではない。
それならば。
「――決戦気象兵器には隠された秘密があります」
上空から戦場を見下ろすリズの声を聞く者は居ない。
いや、居たとしても|心の赴くまま《フィーリングで》適当な事を口走っているだけなのだが。
「世界に介入する意味とは、レインシステムとは……!
そう、大きな秘密が……!!」
答えはCMの後。
【|創生の大気《レインシステム・ヘブンズコード》】、レイン兵器の介入は世界創生の大気を顕現させる。
「という訳でなんか良い感じになるようにお願いします」
アバウト極まる願いだったがどうやら受諾されたようだ。
√能力者も、そうでない者も、人々の生きる都市を護るべく戦い続けている。
彼等の負う傷が、支払う犠牲が、少しでも減るように。
戦場全体にささやかな幸運をもたらし、創生の大気は去っていく。
「それでは、元ベルセルクマシンらしく! 殲滅開始であります!」
リズも使い捨ての肉体の|少女人形《レプリノイド》ではあるが、バトラクスとは性能が違う。
レイン砲台から放たれるレーザーは敵軍を薙ぎ払い、問答無用に蹂躙するのだった。
第3章 ボス戦 『特殊工作兵『ルドルフ・シュナイダー』』

●使い走りの殺戮者
「……まったく。雁首揃えて御苦労な事だ」
人類を裏切ったように装い戦闘機械群の懐に入る者が居れば、人間そっくりに偽装して潜入工作を行う機械兵も居る。
√ウォーゾーンの長い戦いは今やその内情を深い混沌に染め上げていた。
|戦闘機械都市《シャローム》を襲撃した特殊工作兵『ルドルフ・シュナイダー』もその一人だ。
人間と寸分違わぬ振る舞いをしていながら、その実態は人工皮膚を張り付けた機械兵。
手勢悉くを失いながら、逃げようともせず待ち構えていたのは|勝算《・・》があるが故の事。
「そんな大層な話でもないがな。それにどうせ互いに√能力者だ。
一度二度殺したところで嫌がらせ程度にしかならんだろうよ」
これ見よがしにちらつかせる暗器は警戒を誘う為のパフォーマンス。
大仰に肩を竦め、ルドルフは露悪的に口元を歪める。
「ま、やれるだけの事はやっておかなくては依頼主サマの覚えも悪い。
それに……無謀な一般人の首でも取れれば、戦果の足しにはなるだろうさ」
ルドルフは特定の派閥に属す事無く独自に活動しているのだという。
言わば単独で派閥を為しているに等しい。
その実力はチャイルドグリムやバトラクスとは次元が違う。
だとしても、此処で討たねばルドルフは奪える限りの命を奪うだろう。
人々の生きる都市へと降りかかる殺意に幕を下ろせ。
※第二章同様、この章からの参戦プレイングでも
それまで幕間で共闘していた等の形でNPCとの協力を希望可能です。
詳しくはシナリオ冒頭のMSメッセージをご確認ください。
●|輝ける完勝の勲《パーフェクト・ゲーム》
残るは此度の侵攻を指揮する大将首一つ。
ルドルフ・シュナイダーの前には|都市《シャローム》を護るべく立ち上がった現地の兵たちがずらりと並んでいる。
「俺一人殺すのに随分と頭数を揃えたものだ。お利口だな。
冥途の手土産が増えて俺としても都合が良い」
都市の住民からすればルドルフは許されざる仇敵だ。
無数の敵意など歯牙にもかけず、簒奪者は芝居がかった仕草で肩を竦める。
「感謝するよ邪魔者A。どうせならお前の首も獲らせてくれれば猶有難い」
「皮算用は結構だが貴様にくれてやる土産は無い。手ぶらで帰れ簒奪者A」
世間話のような気軽さで向けられる無機質な殺意を受け流すはレイリス・ミィ・リヴァーレ・輝・スカーレット(始祖の末裔たる戦場の|支配者《オーバーロード》・h00326)。
実のところルドルフが評したように――√能力者の補助を前提とすれば――数を動員する事は有効だ。そして、一人の犠牲も出さないという宣言は些か大見得が過ぎる。
此処に居たのがレイリスのみなら、だが。
「一般人の首を取るって言ったか? そのつもりなら……オレは全力でお前を止める」
「ほう?」
戦列を組む|WZ《ウォーゾーン》部隊に比べれば小柄だが、ラグレス・クラール(陽竜・h03091)の存在をルドルフは見逃さない。
先の戦いで操っていたバトラクスを通じて情報は得ているのだ。
その目には敵対者への嘲弄こそあれ、侮りの色は無い。
「誰も殺されてたまるかよ」
「なら精々頑張って守る事だな。先に死ねばその後の殺しは見ないで済むぞ?」
「貴様には不可能だと言った」
特に背後の情報を吐く素振りは無し、雑談の合間に調整は完了した。
此処までの戦いで手を回した甲斐あって兵たちの消耗は最小限、臨時の指揮官として彼等の信頼も得た。
ならば大詰め、指揮官と言う本来の役割を果たす段だ。
「よし、攻めるぞ。ラグレス君、奴に先手を取らせるな」
「任せろ! 改めて頼むぜ、テラ! 完全憑依だ!」
少年の掛け声に応じるは護霊の咆哮。
【天照憑依・天照波動掌】――御霊テラと完全融合した少年の身が波動を宿す。
「さぁ、一暴れ行くぜ!」
「ッ……!?」
人間に偽装した機械兵であるルドルフの本質は鋼鉄の塊だ。
当然、見掛け以上の重量を備えたその身体が|空間ごと《・・・・》引き寄せられた。
挨拶代わりの一撃、相対速度も威力に上乗せした掌波を叩き込む。
「ハ、やってくれる――」
ラグレスの掌波はルドルフの意表を突き完璧に決まる、筈だった。
実際、咄嗟に防御こそされたが相当のダメージを与えた手応えはある。
着目すべきは本来不可能な防御を間に合わせた反応速度。
躯体を歪めながらも受け身を取り、即座に反撃を繰り出す為の【最適化】。
「いいぞ、WZ隊は盾になれ。|少女人形《レプリノイド》隊は前線を維持。狙撃手、敵を炙ってやれ」
「チッ、雑魚共が……!」
自身の負傷など|数字《ステータス》の変化程度にしか考えていない、ただ敵を屠る為の動き。
それを阻んだのは遅れて前に出たWZの装甲だった。
止められるのは一撃が限界だ。
機械の馬力と精密性、煩わしげに振るう凶刃凶弾は二度目に腕を落とし三度目で命を奪うだろう。
間隙を埋めるべく少女人形が身を挺し……その前に|少年《ラグレス》が割って入る。
「待て、他の者はともかく少女人形は死んでも死なん。それは君がすべき事では――」
「それでもだっ!」
死しても同型のバックアップ素体に記憶を転送できる量産型。
少女人形がそういうものだという事はラグレスも知っている。
状況によっては駒として消費する事を受け入れざるを得ない場合もあるだろう。
だが、今は。
それでも死なせないのだと、身体が動いた。
「御立派な事だ。やはりお前は他の奴等より先に死んでおけ」
「ぐ、……っ!」
代償は無慈悲な一閃。
元より圧倒的な簒奪者の身体性能を倍増させた暗殺術は、味方を庇う為に防御の手数を割いたラグレスの喉笛を描き切る。
血飛沫と共に倒れた少年には目もくれず、ルドルフは次の獲物を値踏みするように視線を走らせて。
「人間の非合理性とはつくづく理解し難い。だがお陰で随分とやり易く、」
「まだだ!」
「な――ッ」
再び空間諸共の引き寄せ、そして掌波の一撃。
防御されようと今のルドルフの耐久力自体は据え置きだ。
先程より幾らか激しく吹き飛んだルドルフの逆襲を、先程とは別のWZが阻む。
「一応は厚意だったんだが。直球の仇で返されると傷つくな」
「言ってろ!」
即座の蘇生を可能としたのは都市を守る戦いの中で蓄えた力によるもの。
共に戦う味方を守りながら戦うのは至難の業だが、蘇生できる内は無理も効く。
後方からの狙撃が二度の掌波で破損した傷口を抉り火花を散らす。
「いい加減、有象無象が鬱陶しいな」
畳みかける援護射撃を前に、物理的に有り得ない挙動でルドルフの姿が消失した。
後の先を取る【処理作業】の効果はシンプルだが、一撃必殺を可能とする簒奪者の地力と合わされば無敵の√能力とさえ言える。
「――そろそろだと思っていたよ」
後方の狙撃手を始末しようとしたルドルフをレギオンの掃射が押し留めた。
本来なら√能力者への奇襲手段として温存していたであろうそれを隠密の為に切らせたのは前線で追い詰めたラグレスたちの成果。
そして、苦し紛れの一手の攻略はレイリスの仕事だ。
「一見すると厄介だがな、その√能力」
攻撃への自動反応という受動的な技であるが故に、タネが割れていれば誘い出す事も不可能ではない。
兵たちの動きを統括するレイリスなら跳躍のタイミングと出現位置は絞り込める。
そして、隠密の絡繰が単に光学迷彩によるものなら。
「私の目から逃れる事は出来ん。……いいぞ、ポイントを割り出した。
ラグレス君、後は手筈通りに」
「おう、逃がしやしねえよ! テラ!」
レイリスの索敵特化レギオンがルドルフの居場所を割り出し、ラグレスの師と共に幾多の戦場を超えてきた護霊の経験が狙いを補正する。
跳躍反撃は強力だが隙はある。
僅かなインターバルを逃さず荒ぶる波動が獲物を捉え、空間ごと引き寄せて。
「依頼主がいるっつったな。そんな奴に従って、何が目的なんだ?」
「守秘義務って奴があるんだよ。悪いがフリーランスは信用第一でな」
「そうかよ。……ま、何にしても、たくさんの命を奪うなら……ここで一旦潰れとけ」
これで掌波の被弾は三度目。
随分とダメージの蓄積したルドルフにもそろそろ余力は無いが策はある。
だからこそ、余計な真似をされる前に一息に仕留めるのが最善だろう。
「射線さえ通るなら理論上は月面を狙撃できる機体だ。存分に味わえ」
この瞬間の為に待機させていた五基の【|天を裂く者《シューティング・スター》】。
召喚した分だけ命中率低下のデメリットを負う事になるが、妨害が入らなければ事前に照準した一点を撃ち抜く程度は造作も無い。
ダメージは実に15倍。
対象のみを撃ち抜く一斉発射は簒奪者をしてひとたまりもなく蒸発させる。
一部始終を見届けた兵たちから湧く歓声。
都市防衛戦最後の激突は、遂に一人の死者も出さない完全勝利で幕を下ろすのだった。
●涙で出来た思いが
邪悪なインビジブルを味方に付け、蟲毒めいた凄惨な殺し合いを日常とする者たち。
前提として|規格《ステータス》が違う。
簒奪者……特に単独で行動する個体が如何に隔絶した力を振るうか、幾多の戦場を超えてクラウス・イーザリー(希望を忘れた兵士・h05015)は直截に理解している。
戦闘機械都市シャロームを護る戦いの中で出会った学徒動員兵、セツナ。
守り切って戦うのは不可能だと判断したが故に、クラウスはルドルフとの決戦前に別れる事を選んだ。
敵勢力を駆逐した都市は今のところ安全だ。巻き込まれる恐れは無いだろう。
「あ、あの……クラウスさん!」
「なんだい?」
呼び止められて振り返る。
手渡されたのはよく手入れされている事が伺える小振りのナイフ。
「これ……兄さんの形見で、御守りなんです。えっと……邪魔には、ならない筈です。
返しに、帰ってきてください。……預かってもらえますか?」
「……分かった。預かるよ、ありがとう」
頷き、受け取って懐に収める。
元より負ける訳にはいかない戦いだ。負けられない理由が増えて困る事も無い。
「大丈夫、勝ってくるよ」
「はい……信じて、待っています」
見送る視線を背に、青年は戦場へ向かう。
「――なんだ、あの子供は帰したのか。ちょうど良い足手纏いだと踏んでたんだが」
「ッ……!」
敵の側からも接近してきていたのか、遭遇は思いのほか早かった。
初手を見切れたのはクラウス自身も隠密の心得に長けるが故か。
ただ、速い――既に【最適化】を発動している。
「悪いがレインは使用禁止だ。人工皮膚を張り直すのが面倒なんでな」
「戦闘機械群にも……意外と所帯染みてるん、だな……!」
修めた技量が無ければ僅か数秒の内に三度は殺されていただろう。
至近まで切り込んでくるルドルフを振り切るのは困難。
拳銃で応戦するも、暗器が閃くたびに浅くない傷が無数に刻まれていく。
「相手が悪かったな。手柄になってくれて感謝するぜ」
故に、見極めるべきは一瞬の好機。
トドメの一撃は不可避だからこそ……それを覆す|異能《√能力》が逆転の鍵となる。
「――遅いッ!」
「おっと……!」
バトラクスを通じルドルフも√能力者たちの戦力を探っていた。
だからこそ、レインメーカーとしての立ち回りを主軸としていたクラウスの近接攻撃はルドルフの意表を突くに足る一手となり得る。
後の先を取る【先手必勝】、持ち替えたハンドアックスが機械兵の装甲を斬り裂く。
(浅いか……!)
「ぐっ……それがお前の切り札か。やってくれるな……!」
与えた傷は深いが、致命傷にはまだ届かない。
光学迷彩で姿を隠し追撃の機を狙う――その姿に向けてルドルフが嗤う。
「それにしてもやっぱり、お前もつくづく相手が悪い。
|自分《てめぇ》も使う迷彩に引っ掛かるものかよ」
その言葉は半分が事実で半分はブラフだ。
本当に見透かされているなら武器を弾き飛ばされるだけでは済まなかっただろう。
其処か、と手応えを元に今度こそルドルフはクラウスの輪郭を鮮明に捉える。
ルドルフも手負いだがクラウスも条件は同等以上だ。逃す要因は無い。
(……ここでこいつを殺さないと、都市の人達やセツナに危害が及ぶ)
危機感は人々を思ってのもの。
こうして戦ったからこそ明確に分かる。
もはや性能の半分も発揮できない状態でさえ、この機械兵には√能力を持たない人々を殺し尽くすに足る力がある。
(それだけは、どんな手段を使っても止めなければ)
傷も顧みず前に出る。
ハンドアックスも失い、咄嗟に掴んだのは懐のナイフ。
戦闘機械群との戦いに於いて、斬撃で有効打を与えられる達人などそうは居ない。
鋼鉄の装甲を前に、ましてナイフ程の刃渡りなら猶更だ。
この|世界《√》のナイフは武器でなく、生きる為の生活用具だった。
そんなものを手に取ったところで、機械兵の眼中に入る事は無い。
――だが、それを振るうのが歴戦の√能力者であれば。
倒すべき敵が既に損傷し、弱点を剥き出しにしていたのなら。
「セツナたちを……殺させは、しない……!」
「ガッ……!?」
斧で装甲を砕いた内部へと刃を突きこみ、そのまま渾身の力で斬り裂く。
機械兵として計算外の要素にはルドルフも脆かったのだろう。
動きが硬直した一瞬、繋がる配線ごと動力部を切断する。
理解も反応も追いつかない、とばかりの不気味な程の無表情。
それ以上の反応を示す事無くルドルフ・シュナイダーは動きを止め……再び動き出す事は無かった。
「……どうにか……なったか」
安堵の息を吐く余力もなく、痛みを訴える全身の傷に顔を顰める。
このまま戻ったら却って心配させてしまうだろうか。
それ以前に、勝ったというのに時間差で息絶えては格好も付かない。
苦心しながら応急手当てに取り掛かり……素直に勝利の喜びを噛み締められるのは、もう少し後の事。
●Fight song
「おっとぉ! 一般人の首を取る? 聞き捨てならんなあ!」
「威勢の良い事だ。聞き捨てならなければどうする?」
「当然、このわしが成敗するまでよ!」
啖呵を切る喜々・寿(何でもなれる何でも屋・h01709)に対し、ルドルフは煽るように野卑な笑みを浮かべてみせる。
先んじて攻撃を仕掛けてくる気配は無い。
(ふぅむ、奴の√能力に対抗するには……)
……敵の使う√能力は既に割れている。
察するに狙いは【処理作業】による後の先を取った反撃か。
だとすれば、この攻防一体の√能力を攻略できねば勝機は無い。
(……手数が必要と考えた!)
「群れよ、出番じゃ!」
「「「よし来たっ!!」」」
「殴り込みじゃあ!」
判断は迅速、再び呼び出すは【御一人様御一行】たる12の分身。
一気呵成に攻め立てる出端を挫くように、先陣を切った分身の1体を暗器が襲う。
同時に光学迷彩を纏ったルドルフの姿が薄れ消えて――
「――そこじゃあ!」
「チッ、小賢しい……!」
「ふふん、このわしを化かし合いで出し抜こうなど百年早いわ!」
その隠密を暴くは分身の招集に際し薄く張ったどろん煙幕。
姿を隠せど実体が消える訳でなし、煙の動きがルドルフの居場所を教えてくれる。
反撃の標的となるのは仕掛けた一人のみ。
生じる隙を他の分身で埋めてやれば、全てに反撃を成立させる事は物理的に困難だ。
「皆殺しを御所望か。なら、望み通りにしてやろう……!」
「やれるものならなあ!」
ルドルフの選択は簒奪者の圧倒的な|基礎性能《ステータス》に物を言わせた強行突破。
分身の代償として反応速度が半減した寿たちに対し、その13倍の速度で動けば駆逐できるという暴論を本気のように思わせる程の気迫。
√能力者の基準で見ても怪物的な戦闘能力に、技術と連携を以て立ち向かう。
「なんだか向こう側で激しい戦闘音がするね」
膨大なバトラクスの軍勢が壊滅した後の事。
指揮官を残すばかりの本陣、ルドルフが待ち構えていた地点から少し離れた位置でアンナ・イチノセ(狙撃手・h05721)は状況の把握に務めていた。
√能力を持たない彼女たちが強大な簒奪者を相手取るにはそれだけの慎重さが求められる、という点が一つ。
そしてもう一つ。
「嘘、あの人――むぐっ」
「お姉ちゃん、静かに……!」
「……やっぱりね」
同行していたラナの視線の先には様子のおかしい|人間《・・》の姿。
敵が備えた√能力の一つ、【秘匿通信】で利用する為の手駒なのだろう。
手近な廃ビルの屋上に陣取り、注意深く観察する事で真相を見抜く。
あれだけ大量に存在したバトラクスにはカモフラージュの役割もあった、という事。
この本陣そのものが秘密基地として機能するよう調整されていたのだ。
秘密基地へ誘い込まれないよう立ち回る、といった以前の問題。
チャイルドグリムやバトラクスの軍勢を突破する程の戦力を自らの狩場に誘い込み葬る、ルドルフが仕掛けた最後にして最大の罠。
見たところ洗脳された人々が自発的に動く様子は無い。
人質か、それとも他の謀略に使うつもりなのか。
いずれにせよ今は温存しているという事だろう。
確認し、それから今も苛烈な戦闘が繰り広げられている方向に視線を移す。
「うーん、なんか手練れっぽい人がいるね。
一撃で決めないと、ヤバいかもしれない」
「一撃で……って、あんな戦いにどうやって手出しするつもりよ?」
「待つよ。わたしも一般人だから、隙は逃さないようにしないとね」
|特殊弾生成小箱《とてもだいじなもの》――銀髪淑女の忘れ形見から生成される強力な弾丸は簒奪者すらも砕くのだという。
一日に三発限りの切り札を対物狙撃銃に込め、意識を集中させる。
「――居るんだろ、お見通しだ。どうせならもっと前で狙ったらどうだ?」
「なんだ、先を越されてしまったね」
寿と一進一退の攻防を繰り広げながら、不意にルドルフがあらぬ方向へ声を掛ける。
相手の方から意識を割いてきたなら寧ろ都合は良いか。
一人姿を見せた真紅・イサク(生きるとは何かを定義するモノ・h01287)は不敵な笑みを浮かべ、自らの操る兵装を展開してみせる。
「随分と忙しそうじゃないか。折角だ、もう一つおまけをあげるとしよう」
「厭らしいサービスだ。確かに一人で喰うのは骨が折れそうだな」
手数で攻める有用性は寿たちが現在進行形で証明している通りだ。
否応なしに意識が分散すればその分だけ被弾も増える。
その上でルドルフが取ろうとする手段も、既に分かっている。
「雨は軍勢となり、戦闘領域を支配する。
雷は破壊ではなく支配と隷属の権能をも併せ持つ。
その支配の雷を以て軍勢を率いよう」
【|天雨の軍勢《レインレギオン》・|支配を示す雷の波動《インペルハッキング》】――イサクが展開したのはレイン兵器ではない。
ウォーゾーンハッキング支配特化型レギオンが放つ電波の効力は、機械兵であるルドルフにも及ぶ。
「甘いな。そんな格下殺しにこの俺が――」
発動条件はハンドサインを出しさえすれば、手の先が僅かに動きさえすればいい。
妖刀と鉄拳の滅多打ちに晒され、√能力を受けながらもルドルフは余裕を崩さず。
「――此処だね」
ハッキングに抵抗しながら別の√能力を行使しようとする瞬間。
これならあの厄介な跳躍反撃にリソースを回す余力も無いだろう。
気負う事なく自然体で照準を微調整。
引鉄を引く。
この遠距離で、常識離れした戦闘を繰り広げる相手に、当てられる理由があるか。
銀髪の少女が言っていた事が、ふと脳裏をよぎった。
「なんで当たるかって?
それは、私が、狙撃手だからだよ」
銃声は遅れて響いた。
ハンドサインを作ろうとしていた手が吹き飛び、続けて飛来した弾丸はルドルフの膝を撃ち抜く。
「な、に……ッ!?」
「さぁ、出番だよアグネス」
期待以上の仕事だ。
束縛に特化させたハッキングの出力を上げ、イサクはもう一人の仲間に合図を出す。
「最大出力でいきます。巻き込まれぬようお気をつけて」
「うむ、遠慮なくやってしまえ!」
真っ向からルドルフを相手取り前線を支え続けた妖狸は残存する分身と最後に一撃を見舞い機敏に後退。
決戦気象兵器「レイン」――その力を一撃に特化させた一斉射撃。
極大の光柱は天より降る審判の如く、簒奪者を消し去るのだった。